(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-01
(45)【発行日】2024-02-09
(54)【発明の名称】ナチュラルチーズの製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 19/068 20060101AFI20240202BHJP
A23C 3/033 20060101ALI20240202BHJP
A23C 3/07 20060101ALI20240202BHJP
A23C 19/05 20060101ALI20240202BHJP
【FI】
A23C19/068
A23C3/033
A23C3/07
A23C19/05
(21)【出願番号】P 2019206654
(22)【出願日】2019-11-15
【審査請求日】2022-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳沢 有哉
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 光太郎
(72)【発明者】
【氏名】植村 邦彦
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-057423(JP,A)
【文献】実開昭55-058894(JP,U)
【文献】特開2018-201460(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
短波帯交流電界殺菌による原料乳の加温工程を具備することを特徴とするナチュラルチーズの製造方法
であって、前記加温工程を、温度を72~95℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で行い、レンネットを添加する工程を含むナチュラルチーズの製造方法。
【請求項2】
短波帯交流電界殺菌による原料乳の加温工程を具備することを特徴とするナチュラルチーズの製造方法であって、前記加温工程を、温度を78~100℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で行
い、レンネットを添加する工程を含むナチュラルチーズの製造方法。
【請求項3】
さらに、間接殺菌による原料乳の加温工程を具備することを特徴とする請求項1~
2のいずれかに記載のナチュラルチーズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナチュラルチーズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チーズ類はその嗜好性等から広く食されている。チーズ類は栄養豊富な食品であることから、チーズ類の保存に関するいくつかの発明が開示されている。
特許文献1は、常温において、保存安定性に優れ、かつ、組織の柔軟性が長期間維持されてなる、チーズ製品の提供を課題とし、その解決手段として、常温で保存安定性及び組織の柔軟性が維持されてなる、チーズ製品であって、ナチュラルチーズと、トレハロースと、結晶セルロース及び/又は加工澱粉とを含んでなる、チーズ製品を開示している。
特許文献2は、プロセスチーズ類の製造に際し、リン酸塩類を使用せずにチーズの分散性を改善し、チーズ本来の風味を損なうことなく、製品の食感、風味、保存性も同時に向上させるプロセスチーズの製造方法、プロセスチーズに使用する乳化剤などの提供を課題とし、その解決手段として、 チーズにグリシンの可食性金属塩またはそれとグリシンを含有させて製造することを特徴とするプロセスチーズ類の製造方法、並びにグリシンの可食性金属塩またはそれとグリシンからなるチーズの乳化剤、プロセスチーズ類の風味、食感改善剤及び保存性改善剤を開示している。
【0003】
上記した発明はいずれもプロセスチーズに関するものである。これらに対してナチュラルチーズは、プロセスチーズに比較して保存性が悪いという特性があるものの、近年、可能な限り保存料等を使用しないことが志向されている。
また、ナチュラルチーズの製造において、保存性に大きく関与する生乳の殺菌条件は、カードの形成やカードの物性にも影響を及ぼすことが知られている。このため、一般的には、殺菌条件は63℃以上で30分や72~75℃以上で15秒の条件が採用されることが多い(以下、従来法)。
しかし、このような条件での殺菌は、一部の耐熱性菌や芽胞菌が残存する場合があるが、これより高い温度や長い時間殺菌するとレンネット凝固は脆弱になり、水分の高い軟らかいチーズとなり製造上好ましくない。
よって、ナチュラルチーズの製造工程での生乳の殺菌において、生乳の物性等を変えずに、微生物を低減させるナチュラルチーズの製造方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5512241号公報
【文献】特許第3927333号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、ナチュラルチーズの製造方法における原料乳の殺菌において、その後の製造工程に悪影響を与えることなく、原料乳の物性を変化させずに微生物を低減させる工程を含む新規なナチュラルチーズの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明には以下の構成が含まれる。
(1)短波帯交流電界殺菌による原料乳の加温工程を具備することを特徴とするナチュラルチーズの製造方法。
(2)前記加温工程を、温度を72~95℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で行なうことを特徴とする(1)に記載のナチュラルチーズの製造方法。
(3)前記加温工程を、温度を78~100℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で行なうことを特徴とする(1)に記載のナチュラルチーズの製造方法。
(4)さらに、間接殺菌による原料乳の加温工程を具備することを特徴とする(1)~(3)のいずれかに記載のナチュラルチーズの製造方法。
(5)レンネットの添加工程を含むことを特徴とする(1)~(4)のいずれかに記載のナチュラルチーズの製造方法
【発明の効果】
【0007】
本発明のナチュラルチーズの製造方法は、乳の連続処理が可能であり、かつ、従来法よりもレンネット添加量を低減しても従来法と同等の品質を有するレンネットカードが得られる、また従来法よりも殺菌強度を増強し、微生物リスクを低減させても従来法と同等の品質を有するレンネットカードが得られる、との効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は本発明で使用する短波帯交流電解殺菌装置の一態様である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のナチュラルチーズの製造方法ついて以下に詳細に説明する。
(原料乳)
本発明のナチュラルチーズの製造方法で用いる原料乳は、一般的にナチュラルチーズの製造に用いられているものであればどのようなものであってもよいが、牛、羊、水牛、山羊等の獣乳を例示できる。
【0010】
(原料乳の殺菌)
本発明のナチュラルチーズの製造方法では、短波帯交流電界殺菌による原料乳の加温工程を具備する。
短波帯交流電界殺菌とは、ジュール加熱とマイクロ波の間の周波数(3~30MHz)の交流といえる短波帯を用いた殺菌方法であり、対象物に流れる交流電流によって短時間の間に温度を上昇させることが可能である。具体的には、電極間に原料乳の流れる流路を形成し、この流路を流れる原料乳に対して周波数3~30MHzの短波帯の交流電界を印加し、原料乳中に流れる交流電流によって、原料乳を短時間で殺菌温度まで上昇させることからなる。
【0011】
本発明のナチュラルチーズの製造方法では、短波帯交流電界殺菌装置に対して予備加熱をかねて間接殺菌装置を組み合わせて用いることができる。短波帯交流電界殺菌装置と間接殺菌装置を組み合わせて用いた一態様を
図1に例示する。
原料タンク1からの配管の途中にポンプ2を設け、このポンプにより原料乳を間接殺菌装置3に送り込んで加温し、短波帯交流殺菌装置4にて殺菌温度まで加熱する。加熱された原料乳は冷却装置5によって冷却され、リリーフバルブ6より取り出される。
【0012】
一般にタンパク質を含む液状食品の殺菌において交流電界処理を行うことは知られている(例えば、特許5912662号、特許5317344号)。しかし、これらの殺菌は、液状食品の風味や有効成分の変性を伴うことなく均質化処理後の液状食品の殺菌を目的としたものである。
これに対して本発明は、液状食品一般に適用される殺菌方法を均質化処理の有無にかかわらず、均質化処理前の乳の殺菌のような焦げ付きが生じやすいナチュラルチーズの製造工程に適用したものである。そして、本発明では、従来ナチュラルチーズの製造において採用されていた殺菌方法に代えて短波帯交流電界処理を適用するに当たり、原料乳の凝固特性やホエイタンパク質へ与える影響や殺菌効果を検討し、ナチュラルチーズの製造に適した殺菌条件を調整した。
本発明により調整された条件で短波帯交流電界処理を行うことで、ナチュラルチーズの製造に悪影響を与えることなく、良好な殺菌効果を得ることができることが明らかになった。この点は本発明において新たに得られた知見であり、上記した、ナチュラルチーズの製造工程に適用することを考慮しない液状食品一般の殺菌技術からは予測することができない。
【0013】
(殺菌条件)
本発明のナチュラルチーズの製造方法では、短波帯交流電界殺菌装置を用いて原料乳の殺菌温度を72~100℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で調整することができる。
【0014】
例えば、従来法よりもレンネット添加量を低減しても従来法と同等の品質を有するレンネットカードを得るためには、温度を72~95℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で設定すればよく、72~90℃、0.1~15秒が好ましく、72~87℃、0.1~15秒がさらに好ましく、72~85℃、0.1~15秒が最も好ましい。
また、
図1に図示したとおり、短波帯交流電界殺菌装置単独ではなく、間接殺菌装置と組み合わせて用いることもでき、間接殺菌装置で60~70℃程度に原料乳を加熱後、加熱した原料乳を、温度を72~95℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で設定した短波帯交流電界殺菌装置で処理することもできる。
【0015】
従来法よりも殺菌強度を増強し、微生物リスクを低減させても従来法と同等の品質を有するレンネットカードを得るためには、温度を78~100℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で設定すればよく、80~95℃、0.1~3.0秒が好ましく、82~92℃、0.1~2.0秒がさらに好ましく、85~90℃、0.1~1.0秒が最も好ましい。
また、
図1に図示したとおり、短波帯交流電界殺菌装置単独ではなく、間接殺菌装置と組み合わせて用いることもでき、間接殺菌装置で60~70℃程度に原料乳を加熱後、加熱した原料乳を、温度を78~100℃、保持時間を0.1~15秒の範囲で設定した短波帯交流電界殺菌装置で処理することもできる。
【0016】
(殺菌工程以後のチーズ製造工程)
殺菌処理された原料乳は、一般的なナチュラルチーズの製造に用いることができ、レンネットを添加して製造するナチュラルチーズであればどのようなものにも用いることができる。ナチュラルチーズは、青カビチーズや白カビチーズ等のカビ系チーズ、ゴーダチーズ、グラナチーズ、パルメザンチーズ等の硬質系チーズ、パスタフィラタチーズやモザレラチーズ等の非熟成チーズ等を例示できる。なお、殺菌処理された原料乳は、レンネットを用いないナチュラルチーズの製造にも用いることができる。
【実施例】
【0017】
(試料)
生乳(乳脂肪分(Fat):3.66~4.10%、無脂固形分(SNF):8.81~8.95%)を用いた。
(殺菌)
(プレート(SH)殺菌)
SH殺菌は、間接プレートにて熱媒に蒸気を用いて所定の温度まで昇温した。その後、二重配管にて冷媒に水道水を用いて冷却し、パウチ容器にサンプリングした。パウチ容器はシールにて密封した後氷水中にて10℃以下まで冷却した。保持時間は、冷却入り口までの配管内保持液量と流量により調整した。
(短波帯交流電界(RF)殺菌)
RF殺菌は、RFのみで所定の温度まで昇温可能な場合はRFのみ、あるいは間接プレートにて前加温を行った後、RFにて所定の温度まで昇温した。周波数は27MHzを使用した。
その後、二重配管にて冷媒に水道水を用いて冷却し、パウチ容器にサンプリングした。パウチ容器はシールにて密封した後氷水中にて10℃以下まで冷却した。
【0018】
(レンネット凝固性等の特性評価)
様々な条件で殺菌を行った原料乳について、以下の観点からレンネット凝固性等の特性評価をおこなった。
(目視による凝固開始時間(RCT))
レンネット1gをイオン交換水1Lに希釈してレンネット液とした。
サンプル乳10mlを中型試験管に分注し,35℃のウォーターバスにて5分間保温した。その後、レンネット液0.5ml(100 IMCU/g)を加えて30秒間撹拌した後,傾斜させた試験管立てに立てて35℃のウォーターバスで反応させた。試験管の壁面を目視で観察し,凝固物が生じた時間を測定してRCT(分)とした。
【0019】
(動的粘弾性測定による凝固開始時間と貯蔵弾性率)
レンネット0.1gをイオン交換水10mlに希釈してレンネット液とした。
サンプル乳20mlを30℃恒温槽で5分間保温し、レンネット液を40μl(40 IMCU/L-milk)添加しマグネットスターラーを用いて30秒間撹拌した。その後、12mlをレオメータ(粘弾性測定装置):ARES(TA Instruments)の冶具(クエット)に素早く供し、レンネット添加2分後から測定を開始した。測定は、30℃保持、Strain 0.5%、Frequency 1.0rad/sの条件で、サンプルの貯蔵弾性率(G’〔Pa〕)の経時変化を測定し、G’>1.0Paとなった時間を凝固開始時間とした。また、凝固性の指標として、測定開始30分後、測定開始60分後のG’ 〔Pa〕(それぞれ、G’(30min)、G’(60min))の値を測定した。
【0020】
(かたさ)
30℃に保温した乳40ml(100ml容ビーカー)にレンネット液(0.1g/イオン交換水10ml)を80μl(40 IMCU/L-milk)加えて30秒間撹拌し、30℃のウォーターバスにて1時間静置後のカードを直ちにレオメーター(山電)にて測定した。測定は、貫入試験として冶具に16mm円柱プランジャーを使用し、貫入速度1mm/secの条件で行い、10mm貫入時までの最大荷重をカードのかたさ(N)とした。
【0021】
(保水性)
レンネットカードの保水性は、50ml容のファルコンチューブに40g(遠心前重量)のサンプル乳をいれて30℃のウォーターバスで10分間保温し、レンネット液(0.1g/イオン交換水10ml)を80μl(40IMCU/L-milk)添加、撹拌して60分静置後、直ちに遠心分離機にて4000xGで10分間、室温にて遠心し、上清を除いた重量を遠心後重量とした。なお、保水率は以下の式から算出した。
保水率(%) = 遠心後重量(g) / 遠心前重量(g)
【0022】
(サンプル乳のpH調整)
サンプル乳のpH調整は、スターラーバーで撹拌中のサンプルに20%乳酸溶液を添加して行った。
【0023】
(可溶性ホエイタンパク質濃度と不溶性ホエイタンパク質濃度)
各サンプル50gを遠沈管にいれ、遠心機で7000xG、4℃、30分間遠心分離した。これを、上部の脂肪相が入らないようにミルパップ(安積濾紙)でろ過して、それぞれの脱脂乳を得た。各サンプル約20mlを50ml容ファルコンチューブにいれ、25℃ウォーターバスに30分間静置した後、試料約20mlをビーカーに入れ、スターラーで攪拌しながら1N塩酸でpH4.6に調整した。これを、遠心機(KUBOTA KS-5000P)で1500rpm、室温、30分間遠心処理し、上澄みを採取した。この上澄みを0.45μm PVDFフィルター(マイレクスHVフィルター(Merck Millipore))でろ過後、高速液体クロマトグラフ (HPLC)で分析し、可溶性ホエイタンパク質(β-ラクトグロブリン(β-Lg)、α-ラクトアルブミン(α-La))の定量を行った。機器の分析は以下の条件で行った。
カラム : TSK-GEL G3000PWXL (TOSHO社製)
移動相 : 55%アセトニトリル+0.1%TFA
流量 : 0.3ml/min
注入量 : 10μl
シグナル: 210nm
未殺菌乳の可溶性ホエイタンパク質濃度を基準として、以下の式から殺菌後の乳の不溶性ホエイタンパク質濃度を算出した。
不溶性ホエイタンパク質濃度 (mg/ml) =
未殺菌乳の可溶性ホエイタンパク質濃度 (mg/ml) - 殺菌処理乳の可溶性ホエイタンパク質濃度 (mg/ml)
【0024】
以下に本発明の試験例を挙げて説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[試験例1]
【0025】
RF処理乳のレンネット凝固性について、従来のSH処理乳と凝固開始時間やカードのかたさなどの比較を行った。
まず、SHとRFの殺菌効果は同等であると考えられたことから、Q熱病原菌(Coxiella burnetii:D72℃=1.88s、D63℃=3.72min、Z=4.34℃)を対象として、従来のSHによるHTST殺菌条件(72℃以上約15秒)の殺菌効果(生菌減少数)を基準に、RFでもそれと同等、あるいは同等以上となる殺菌条件で処理した生乳のレンネット凝固性を確認した。表1に各試作水準(生乳(RM)、SH-1、RF-1~6)、及び殺菌処理後のそれぞれの試料のQ熱病原菌の減少数(計算値)をまとめた。
なお、以下では、水準名(サンプル名)が「生乳(RM)」「SH-番号」のものは比較例を、「RF-番号」のものは実施例を表すものとする。
【0026】
【0027】
【0028】
表2に、pH未調整、表3にpH6.50に調整後の各水準の目視による凝固開始時間(RCT)、動的粘弾性測定による凝固開始時間(凝固開始時間)、かたさ、保水率の測定結果を示す。
プレート殺菌(SH)でHTST殺菌条件のサンプル(SH-1)と比較して、短波帯交流電界殺菌(RF)でHTST殺菌条件のサンプル(RF-1)は、RCTや凝固開始時間が短く、カードのかたさや保水率は同等であった。また、RFでHTST殺菌条件よりも高温短時間で処理したサンプル(RF2~6)は、殺菌温度が高いほどRCTや凝固開始時間は増加する傾向であったが、カードのかたさや保水率はSH-1とほぼ同等であった。
この結果を、表1のQ熱病原菌減少数のデータとあわせみれば、RF殺菌によれば、従来のSHによるHTST殺菌の条件(殺菌温度72℃、保持時間14.7秒)に比較して、高い殺菌温度(78~95℃)でRF殺菌することにより、短い保持時間(0.9秒)でより高い殺菌効率を得ることができることがわかる。また、このような条件でRF殺菌しても、生乳の凝固に関連する諸特性は、SH殺菌を行なった場合と同等であったことが確認できた。
【0029】
表4に、生乳(RM)を含む各サンプルの可溶性ホエイタンパク質濃度を示す。SH-1とRF-1を比較した場合、RF-1のほうがSH-1よりも可溶性ホエイタンパク質濃度は高かった。また、RF-2の可溶性ホエイタンパク質濃度が最も高く、RF3~5はSH-1とほぼ同等であった。
このため、高い殺菌温度で短時間のRF殺菌を行なっても、熱によりホエイタンパク質が変性してしまう等の悪影響は出ないことが確認できた。
【0030】
【0031】
[試験例2]
続いてSHとRFで、殺菌条件(殺菌温度と保持時間)が同じ場合の乳の凝固性について比較を行った。表5に各水準の殺菌温度と保持時間、及び殺菌処理後のそれぞれの試料の可溶性ホエイタンパク質濃度を示す。SHとRFは、保持時間は一定(2.7秒)にして、殺菌温度を80℃~120℃まで10℃間隔で処理した(それぞれSH-1~5、RF-1~5)。また、RFのみでは所定の温度までの昇温が不安定であったため、前加温としてSHにより70℃まで予備加熱後、RFにて所定の温度まで加熱した。
【0032】
【0033】
【0034】
表6に、各サンプルのレンネット凝固性(凝固開始時間)、レンネットカード特性(1時間経過後の貯蔵弾性率(G’))の測定結果を示す。
凝固開始時間に関しては、同じ殺菌温度で比較した場合、SHよりもRFのほうが凝固開始時間は短く、殺菌温度が高いほど凝固開始時間の差は大きくなった。また、1時間経過後の貯蔵弾性率G’に関しては、RF、SHともに殺菌温度が高いほど硬さは減少し、同じ殺菌温度でのRFとSHの貯蔵弾性率に違いは見られなかった。
したがって、殺菌条件(殺菌温度と保持時間)が同じ場合には、RFとSHの間で殺菌処理後の生乳の凝固特性はRFのほうが優れるがカード特性に顕著な差異はみられない。しかし、表5の可溶性ホエイタンパク質濃度のデータを参照すると、SH殺菌を行った場合には、殺菌条件が同じであるにも拘わらず、殺菌温度が高温になるにつれて可溶性ホエイタンパク質濃度が激減していることが見て取れる。
このため、RF殺菌はSH殺菌に比較して、同一の殺菌条件であっても熱によるホエイタンパク質の変性の影響が少ない、優れた殺菌方法であるといえる。
【0035】
[試験例3]
RF殺菌はSH殺菌よりも目標温度までの到達時間が短く、熱によるホエイタンパク質の変性やレンネット凝固性に与える影響が少ないと考えられた。そこで、これらRF殺菌の特性を活かすべく、従来のSHによるHTST殺菌条件(72℃以上約15秒)よりも高温短時間殺菌条件下でRF処理した乳のレンネット凝固性について、SHでHTST処理した乳と比較した。
また、レンネット添加時の乳のpHの違いがレンネット凝固性に与える影響を調べるため、pH未調整(約pH6.75)、pH6.50、pH6.20に調整した乳のレンネット凝固性を比較した。
表7に各水準の殺菌温度と保持時間、及び殺菌処理後のそれぞれの試料の可溶性ホエイタンパク質濃度を示す。RFは、保持時間は0.6秒として殺菌温度87℃~120℃で処理した(RF-1~7)。また、比較としてSHでHTST殺菌条件相当で処理した乳を調製した(SH-1)。
各サンプルの可溶性ホエイタンパク質濃度は、RF殺菌においては、殺菌温度が94℃程度までは、従来のSH殺菌でHTST処理したサンプル(SH-1)と比較して同等程度であることがわかった。
【0036】
表8~10に、pH未調整、pH6.50、pH6.20に調整した各サンプルのレンネット凝固性とカード特性の測定結果を示す。SH-1の測定結果と比較して、いずれのpH域でもRFでの殺菌温度が100℃以上(RF-4~7)のサンプルは、凝固開始時間は長く、カードのかたさは低い傾向であった。
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
表11に、各サンプルの大腸菌群と一般生菌数の測定結果を示す。殺菌後のすべてのサンプルで殺菌効果に問題ないことを確認した。
【表11】
【0042】
<まとめ>
(RF処理の殺菌効果)
乳のRF処理による殺菌効果について、熱感受性の異なる指標菌株を用いてSH処理と比較した。その結果、RF殺菌は芽胞菌を含むいずれの指標菌株でもSH殺菌と同等のD値とZ値を有しており、RFとSHは殺菌温度と保持時間が同じ場合、殺菌効果は同等であると考えられた。
【0043】
(RF殺菌乳のレンネット凝固性)
RF殺菌乳のレンネット凝固性について、従来のSHでHTST処理した乳と比較して、RFでHTST処理した乳は、レンネット凝固開始時間は短くカードのかたさは同等であった。また、Q熱病原菌を対象として生菌減少数がHTST殺菌と同等、あるいは同等以上の高温短時間でRF処理した乳でも、従来のSHでHTST処理した乳と同等のレンネット凝固開始時間とカードのかたさを有するサンプルを得た。また、それらRF処理した乳の可溶性ホエイタンパク質濃度は、SHでHTST処理した乳よりも高く、殺菌時の昇温速度の違いによりRFはSHよりも熱の影響が小さいと推察された。
以上から、レンネット凝固では、RFを用いて従来と同条件で殺菌処理した乳は、従来法で処理した乳よりも凝固性が生乳に近かったことから、RF処理により従来のSH処理よりもレンネット添加量を低減しても従来と同等の品質を有するレンネットカードが得られる可能性、また従来よりも殺菌強度を増強しても従来と同等の品質を有するレンネットカードが得られる可能性が示唆された。
【0044】
レンネット凝固では、RF処理により従来のSH処理よりも殺菌強度を増強しても従来と同等のレンネットカードを得られることが明らかとなった。また、レンネット添加量を低減しても従来と同等のレンネットカードを得られることが示唆された。
以上より、レンネット凝固が確認されたことから、RF交流電界殺菌処理のみ、あるいは70℃以下のSH処理とRF交流電界殺菌処理により得られた原料乳を用いて、レンネットを添加して製造するナチュラルチーズであればどのようなものにも用いることができることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0045】
ナチュラルチーズの製造工程に短波帯交流電界殺菌を適用することにより、レンネット添加量を低減した場合でも、あるいは、殺菌強度を増強した場合でも、従来法と同等の品質を有するレンネットカードを製造する。
【符号の説明】
【0046】
1 原料タンク
2 ポンプ
3 間接殺菌装置
4 短波帯交流殺菌装置
5 冷却装置
6 リリーフバルブ