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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】終末糖化産物の分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/26 20060101AFI20240326BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20240326BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20240326BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20240326BHJP
   G01N 30/96 20060101ALI20240326BHJP
   G01N 30/08 20060101ALI20240326BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240326BHJP
【FI】
G01N30/26 A
G01N30/72 C
G01N30/88 F
G01N30/06 C
G01N30/96 B
G01N30/08 L
G01N27/62 X
G01N27/62 V
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021034846
(22)【出願日】2021-03-04
(65)【公開番号】P2022135201
(43)【公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-08-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000226998
【氏名又は名称】株式会社日清製粉グループ本社
(73)【特許権者】
【識別番号】000103840
【氏名又は名称】オリエンタル酵母工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 竜児
(72)【発明者】
【氏名】菊池 洋介
(72)【発明者】
【氏名】杉本 通代
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-049024(JP,A)
【文献】特開2014-119370(JP,A)
【文献】特開2008-170428(JP,A)
【文献】特開昭62-225953(JP,A)
【文献】国際公開第2017/033256(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0285645(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 - 30/96
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料を塩酸溶液で処理する酸処理工程、酸処理後の試料含有液を強酸性陽イオン樹脂と接触させ、次いで溶離液で試料を溶出させて精製する精製工程、及び前記溶離液による溶出液をLC-MS分析に供する分析工程を備える終末糖化産物の分析方法であって、
前記酸処理工程においては、終濃度が1~12Nの塩酸溶液で処理し、
前記精製工程においては、酸処理後の試料含有液を水、又は揮発性で中性から塩基性の化合物を含む溶液で希釈し、該試料を含む酸処理後の希釈液を、乾固処理することなく前記強酸性陽イオン樹脂と接触させ、且つ、
前記溶離液として、前記LC-MS分析に用いる有機溶媒を20質量%以上80質量%以下含み、且つ塩基性化合物を1質量%以上7質量%以下含む水溶液を用いて溶出させ、
前記分析工程においては、前記精製工程で得られた溶出液を、乾固処理することなく前記LC-MS分析に供する、終末糖化産物の分析方法。
【請求項2】
前記酸処理工程の前に、生体試料に対し、還元処理を施す工程を具備する、請求項1に記載の終末糖化産物の分析方法。
【請求項3】
前記分析する終末糖化産物が、糖修飾アミノ酸である、請求項1又は2に記載の終末糖化産物の分析方法。
【請求項4】
前記LC-MS分析が液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析法である、請求項1~3の何れか1項に記載の終末糖化産物の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、終末糖化産物の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質中に存在するアミノ基とグルコース等の還元糖のアルデヒド基とが、非酵素的に反応すると糖化産物が形成される。この反応は、非酵素的糖化反応又はメイラード反応と称される。非酵素的糖化反応は、生体内においても起きている。非酵素的糖化反応は、シッフ塩基を経てアマドリ転位生成物が形成される前期反応と、複雑な開裂や縮合等が起こる後期反応との2段階で起こると考えられ、後期反応では、終末糖化産物(Advanced Glycation End-product:AGE)と呼ばれる、単一ではない様々な物質が生成する。
【0003】
前期反応の生成物であるHbA1cは、糖尿病患者の血糖コントロールの指標として世界的に測定されて利用されているが、HbA1cの値の高さと合併症の発症率とが必ずしも一致しないことから、糖尿病の合併症の発症や進展について他の因子の関与も指摘されている。
【0004】
またAGEは、糖尿病や老化に伴う各種の症状や疾患等との関連性が報告されている。また、様々な生活習慣病との関連も報告されている。しかしながら、AGEは、HbA1cとは異なり、構造が多様でかつ不安定な構造のものも多く、生体における様々なAGEを正確に定量することは困難である。
AGEの分析方法としては、分析対象のAGEを認識・結合するモノクローナル抗体が利用できる場合は、それを利用したELISA測定法を用いることが可能であるが、そのようなモノクローナル抗体が確立できていない場合は、糖化された蛋白質を、酸又はアルカリによって加水分解し、酸又はアルカリの除去後に、HPLC分析、LC-MS分析、LC-MS/MS分析などによりAGEを検出し、標品と比較することで特定、定量する方法が行われている。
【0005】
本出願人は先に、質量分析による高感度且つ高精度なAGEの分析を可能にする試料の前処理方法として、生体試料を液相で酸処理するステップ、及び、酸処理した試料を強酸性陽イオン交換樹脂に添加して非酸性条件下で溶出するステップを含む調製方法を提案している(特許文献1参照)。この調製方法によって調整した試料は、AGEの純度が高く、該試料をLC-MS/MS等の質量分析にかけると、夾雑物に由来するノイズが大幅に低減された測定データが得られる。
【0006】
また本出願人は、終末糖化産物分析のための試料の調製方法として、蛋白質の完全加水分解を要しない方法も提案している(特許文献2参照)。特許文献2の方法は、生体試料に対し、限外濾過膜で濾過処理する工程及び還元処理を施す工程を含み、生体試料に対して酸処理を施す工程を含まない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2014-119370号公報
【文献】特開2017-049024号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の方法では、質量分析によるAGE分析の前処理手法として、タンパク質を分解するための塩酸による加水分解処理や、夾雑物の除去のための陽イオン交換カラム処理を行っている。しかしながら、塩酸による加水分解処理後に、塩酸を除去するために乾固処理を行っており、例えば、遠心濃縮装置を用いて1mLの塩酸を除去する場合、10時間以上の時間を要する等、乾固処理には時間が掛かる。また使用する塩酸が高濃度であると、遠心濃縮装置にダメージを与えることになり、処理時間の長期化のみならず、装置の維持のための労力的又は経済的な負担という課題もある。
【0009】
また特許文献1には、陽イオン交換カラム処理の工程においては、樹脂に吸着した物質を溶出させるために用いる溶出液として、アンモニア溶液やアンモニア溶液とメタノールの混合溶液が記載されており、例えば、実施例では7質量%アンモニア水溶液という比較的アンモニア濃度の高い溶離液を用いているため、回収した溶出液を吹付式試験管濃縮装置にセットして乾固させてアンモニアを除去している。しかしながら、例えば、吹付式試験管濃縮装置を用いて3mLのアンモニア水溶液を乾固する場合、10時間以上の時間を要する等、この段階の乾固処理にも時間が掛かる。
特許文献1の方法のように、質量分析に供する試料の前処理に時間を要することは、AGEの分析値を、臨床的に使用することの障害にもなる。
また蛋白質の加水分解処理に高濃度の塩酸を用いることは、AGEの分析のための、試料の前処理又は前処理を含む一連の処理を自動化装置で行うことを考えたときに、機器の腐食や有毒ガスの放出等の不都合を生じ得るため、分析の自動化の点でも好ましくない。
【0010】
他方、特許文献2に記載の方法によれば、生体試料に対して酸処理を施す工程を不要とすることができる。しかしながら、酸処理を行わないことによって、酵素加水分解に用いる酵素の試薬代によって測定費用が高額となり、更に酵素に含まれるAGEsによって測定値が過剰に見積もられるという点において改善の余地がある。また、多数の生体試料の分析を行うためには、限外濾過膜を備えた部品が多量に必要となったり、その交換を高頻度に行う必要が生じる等の不都合がある。斯かる不都合は、例えば短時間での多量の生体試料の分析やロボットによる分析を図る等の観点から好ましくない。
【0011】
本発明の解決課題は、生体試料に含まれるAGEの高感度な分析が可能であり、且つ該分析に要する時間を大幅に短縮可能な終末糖化産物の分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、生体試料を塩酸溶液で処理する酸処理工程、酸処理後の試料含有液を強酸性陽イオン樹脂と接触させ、次いで溶離液で試料を溶出させて精製する精製工程、及び前記溶離液による溶出液をLC-MS分析に供する分析工程を備える終末糖化産物の分析方法であって、前記酸処理工程においては、終濃度が1~12Nの塩酸溶液で処理し、前記精製工程においては、酸処理後の試料含有液を水、又は揮発性で中性から塩基性の化合物を含む溶液で希釈し、該試料を含む酸処理後の希釈液を、乾固処理することなく前記強酸性陽イオン樹脂と接触させ、且つ、前記溶離液として、前記LC-MS分析に用いる有機溶媒を20質量%以上80質量%以下含み、且つ塩基性化合物を1質量%以上7質量%以下含む水溶液を用いて溶出させ、前記分析工程においては、前記精製工程で得られた溶出液を、乾固処理することなく前記LC-MS分析に供する、終末糖化産物の分析方法を提供することにより、上記の目的を達成したものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の終末糖化産物の分析方法によれば、生体試料に含まれるAGEの高感度な分析が可能であり、且つ該分析に要する時間を大幅に短縮可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1(a)は、実施例1の分析方法における処理工程図であり、図1(b)は、実施例1の分析方法により得られたLC-MS/MS法による質量分析結果を示すグラフである。
図2図2(a)は、比較例1の分析方法における処理工程図であり、図2(b)は、比較例1の分析方法により得られたLC-MS/MS法による質量分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明をその好ましい実施態様に基づいて説明する。
本発明の終末糖化産物の分析方法は、生体試料に含まれる終末糖化産物を分析する方法である。終末糖化産物の分析には、生体試料に含まれる終末糖化産物についての何らかの情報が得られる分析が広く包含され、生体試料に含まれる終末糖化産物の特定や定量、複数の終末糖化産物の比率の測定等であってもよく、また終末糖化産物の有無を問わずチャートを得るのみであってもよい。
【0016】
本発明で分析する対象の終末糖化産物(以下AGEという)としては、例えば、N-ε-(カルボキシメチル)リジン、N-ε-(カルボキシエチル)リジン、S-(2-スクシニル)システイン、メチルグリオキサール-イミダゾロン、カルボキシエチルアルギニン、S-(2-スクシニル)システイン(以下、2SCともいう)が挙げられる。AGEは、生体中では、タンパク質若しくはペプチドと結合した非遊離体、又はタンパク質及びペプチドの何れとも結合していない遊離体として存在する。
本発明において分析するAGEは、通常、酸処理工程を経て、遊離体のAGEとなっている。
【0017】
本発明の終末糖化産物の分析方法は、酸処理工程及び精製工程を含む前処理工程と、前記精製工程により得られる前記溶離液による溶出液をLC-MS分析に供する分析工程とを備えている。以下、本発明における各工程について説明する。
【0018】
[酸処理工程]
前記酸処理工程においては、生体試料を酸で処理する。生体試料は、健常人から採取されたものであっても、疾病罹患患者から採取されたものでも良い。また生体試料としては、生体から採取されたあらゆる細胞、組織、及び体液、例えば、皮膚、筋肉、骨、毛髪、爪、脂肪組織、脳神経系、心臓及び血管等の循環器系、肺、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、消化器系、胸腺、血管、リンパ管、血液試料(全血、血清、血漿)、リンパ液、唾液、尿、精液、腹水、喀痰等、並びにそれらの培養物が挙げられる。このうち、低侵襲性の観点から血液試料(全血、血清、血漿)、リンパ液、尿、皮膚、末梢血管、筋肉、脂肪組織等が好ましく、血清、血漿がより好ましい。上記生体試料は、酸処理にかける前に、必要に応じてホモジナイズした後、遠心や濾過にかけ、細胞片や不溶性物質などの夾雑物を予め除去しておいてもよい。
【0019】
酸処理には、塩酸を用いる。酸処理においては、例えば、上記生体試料に塩酸の溶液を添加し、必要に応じて振盪又は攪拌した後、静置し、試料を加水分解させればよい。上記酸処理は、液相において行われる。すなわち、液体の状態の反応液中で試料の加水分解反応を進行させる。蛋白質が充分に加水分解するようにする観点、及び乾固処理することなく希釈のみで酸の影響を軽減できるようにする観点から、塩酸は、塩酸溶液の終濃度が1~12N、より好ましくは3~12Nとなるように加える。酸処理に使用される塩酸の量、反応時間および温度の条件は、生体試料を十分に溶解できる条件且つ反応液が液相となる条件であればよく、使用する生体試料や酸の濃度等に応じて決定すればよい。酸処理は、例えば、血清試料が5μLの場合は、200μLの6N塩酸を添加し、塩酸の添加を行った試料について、80~120℃で10~48時間、好ましくは100℃以上で18時間以上の加水分解処理を行う。
【0020】
[還元処理]
前記酸処理工程においては、酸処理工程の前に、生体試料に還元処理を施す還元処理を行うことも好ましい。還元処理を行う理由は次の通りである。従来、AGEを含む試料の質量分析には、液体クロマトグラフから溶離する液体試料をエレクトロスプレープローブ(ESIプローブ)によりイオン化して質量分析計に導入する、エレクトロスプレーイオン化質量分析法を利用することが好ましい。例えば、このESI法を利用してAGE分析を行うと、その分析中に、液体試料に含まれていたアマドリ転位生成物がESIプローブにてAGEへと変化してしまい、分析結果の信頼性が低下するという問題がある。生体試料に還元処理を施すことにより、ESI法による質量分析中に生体試料中のカルボニル基のアマドリ転位を防止し、結果として生体試料中で非AGE成分がAGEに変化することを防止し、高感度且つ高精度のAGE分析の実現を図ることができる。
【0021】
還元処理としては、還元処理剤としてヒドリド還元剤を用いたヒドリド還元(hydride reduction)処理が好ましい。ヒドリド還元とは、化合物の還元を求核剤としての水素供与体により行う還元反応である。ヒドリド還元剤としては公知の物を適宜使用可能であり、例えば、水素化ホウ素ナトリウム〔NaBH4〕、シアノ水素化ホウ素ナトリウム〔NaBH3CN〕、水素化トリエチルホウ素リチウム〔LiBH(C2H5)3〕、水素化トリ(sec-ブチル)ホウ素リチウム〔LiBH(sec-C4H9)3〕、水素化トリ(sec-ブチル)ホウ素カリウム〔KBH(sec-C4H9)3〕、水素化ホウ素リチウム、水素化ホウ素亜鉛、アセトキシ水素化ホウ素ナトリウム、水素化アルミニウムリチウム〔(LAH) LiAlH4〕、水素化ビス(2-メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウム〔NaAlH2(OC2H4OCH3)2〕等が挙げられる。これらのヒドリド還元剤の中でも特に、水素化ホウ素ナトリウムは、還元力が高く、且つカルボニル基を還元するが、エステルやアミド基は還元しないため、本発明で好ましく用いられる。
【0022】
還元処理は、例えば、生体試料に還元剤処理剤を含む溶液を添加し、必要に応じて振盪又は攪拌した後、所定時間静置することで実施できる。還元処理に使用される還元処理剤の量、反応時間、温度等の条件は、使用する生体試料や還元処理剤の種類等に応じて決定すれば良い。例えば、生体試料として全血、血清、血漿等の血液試料を用い、その膜透過画分に対してヒドリド還元処理を施す際に、ヒドリド還元剤として2mMのNaBH4溶液を用いる場合、血清試料の1/10容量程度で良い。
【0023】
〔精製工程〕
酸処理後の試料含有液は、水、又はアンモニア等の揮発性で中性から塩基性の化合物を含む溶液を加えて希釈する。この希釈により酸の影響を軽減することで、乾固処理することなく、強酸性陽イオン交換樹脂と接触させることが可能となる。希釈するための水としては、純水を用いることが好ましい。純水としては、蒸留水、イオン交換水、RO水等が挙げられる。比抵抗値が18MΩ・cm以上の超純水を用いてもよい。希釈に、アンモニア等の揮発性で中性から塩基性の化合物を含む溶液を用いることもでき、当該希釈用液のpHは、2~7であることが好ましい。
酸処理後の試料含有液は、その容量の20倍から100倍の希釈液で希釈することが好ましく、その容量の25倍から60倍の希釈液で希釈することが更に好ましい。例えば、酸処理後の試料含有液が200μLである場合、5mL以上の純水、又はアンモニア等の揮発性で中性から塩基性の化合物を含む溶液を加えて希釈する。
【0024】
酸処理後の試料含有液は、上述のように希釈により酸の影響を軽減した後、エバポレーター等により乾固処理することなく、強酸性陽イオン樹脂と接触させる精製工程に供される。以下、酸処理後の試料含有液を希釈したものを酸処理後の希釈液ともいう。
強酸性陽イオン交換樹脂による精製処理は、基本的には、通常の方法に従って行うことができる。強酸性陽イオン交換樹脂による精製処理は、通常、強酸性陽イオン交換樹脂に、酸処理後に希釈した試料を添加した後、該樹脂を洗浄し、その後、溶離液により該樹脂に吸着した物質を溶出させ、溶出液を回収することで実施される。
【0025】
強酸性陽イオン交換樹脂としては、スルホン酸型強酸性陽イオン交換樹脂が好ましい。強酸性陽イオン交換樹脂は、市販品の強酸性陽イオン交換樹脂を使用することができる。例えば、ダイヤイオン(登録商標)UBK-550、ダイヤイオン(登録商標)SK1B(三菱化学)、Oasis(商標)MCX(日本ウォーターズ社)、STRATA(商標)X-C(Phenomenex)、アンバーライト(登録商標)IR120B、アンバーライト(登録商標)200C、ダウエックス(登録商標)MSC-1(The Dow Chemical Company)、デュオライトC26(Rohm and Haas)、LEWATIT(登録商標)SP-112(LANXESS Distribution GmbH)等が好適に使用され得る。精製に使用する樹脂の量としては、例えば血清試料を用いる場合、血清試料1mLに対して50mg~300mgが好ましく、70mg~150mgがより好ましい。
【0026】
強酸性陽イオン交換樹脂は、酸処理後の希釈液を添加する前に、予め洗浄しておくことが好ましい。例えば、樹脂量の50倍容量以上の100%メタノールを、試料を添加する前のカラムに通液させて洗浄することが好ましく、100%メタノールの通液後、樹脂量の50倍容量以上の純水を通液させて、該樹脂を平衡化させることも好ましい。
【0027】
酸処理後の希釈液を強酸性陽イオン交換樹脂に添加する方法は特に限定されないが、例えば、強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに、酸処理後に希釈した液体を通液させればよい。酸処理後の希釈液は、例えば強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに滴下し、通液させる。通液の速度は、特に限定されないが、例えば減圧ポンプを用いた真空マニホールドを用いて1mL/30秒以下が好ましい。カラムに添加した試料中のAGE等の目的物質は、強酸性陽イオン交換樹脂に吸着する。
【0028】
次いで、目的物質が吸着した樹脂を洗浄する。洗浄は、希酸、例えば0.05~0.2N塩酸溶液、または1.5~2.5質量%ギ酸溶液、または終濃度が上記濃度となる希酸とメタノールの等量混合溶液を添加し、カラムを通過させればよい。洗浄によりカラム中の夾雑物が除去されるので、その後の溶出処理により、目的物質を選択的に回収することが可能となる。
【0029】
次いで、強酸性陽イオン交換樹脂に吸着させた試料を溶出させる。溶出処理に用いる溶離液としては、後の分析工程で行う質量分析装置に使用可能な有機溶媒を含む水溶液を基本とし、非酸性条件とするべく塩基性化合物をわずかに加えた溶離液を用いることが好ましい。より具体的には、LC-MS分析に用いる有機溶媒を20質量%以上80質量%以下含み、且つ塩基性化合物を1質量%以上7質量%以下含む水溶液を用いることが好ましい。LC-MS分析に用いる有機溶媒とは、アセトニトリル、メタノール等の、LC-MS分析において、液体クロマトグラフィーの移動相(以下、LCの移動相ともいう)に用いられる有機溶媒のことであり、LCの移動相として、アセトニトリルを主成分とするものを用いる場合は、溶離液に含まれる有機溶媒もアセトニトリルであることが好ましく、LCの移動相として、メタノールを主成分とするものを用いる場合は、溶離液に含まれる有機溶媒もメタノールであることが好ましい。
【0030】
前記塩基性化合物としては、例えば、アンモニア等が挙げられる。溶出処理用の溶離液に塩基性化合物を含ませることにより、樹脂に吸着したAGEsを溶出させることができる。塩基性化合物は、測定物質のイオンを妨害しない点から揮発性であることが好ましい。ここでいう、揮発性とは、室温でのイオン化の段階でも容易に気化する性質を有することをいう。
溶出溶液は、中性から塩基性であることが好ましく、pH7以上13以下であることが好ましい。
溶離液の量や濃度は、試料や樹脂の種類によって最適化することができ、樹脂に吸着した目的物質が回収され、質量分析装置にて目的とするAGE構造が検出可能な量及び濃度とすることが好ましい。
【0031】
[濾過工程]
前記手順で得られた溶出液は、好ましくは更なる精製処理に供される。
前記手順で得られた溶出液は、そのまま液体クロマトグラフィー-質量分析法による分析(LC-MS分析)に用いることができるが、夾雑物質等の所望しない混入物を除去する目的で、前記手順で得られた溶出液に対して、濾過処理を施してもよい。濾過処理としては、例えば、遠心や減圧処理による精密濾過、又は限外濾過を行うことができる。
精密濾過で用いる濾過膜の孔径は、分析装置のカラム流路及び質量分析装置のイオン化部等に干渉する物質を除去する観点から、好ましくは0.45μm以下、より好ましくは0.3μm以下、更に好ましくは0.2μm以下である。
【0032】
濾過工程で用いる限外濾過膜の分画分子量は、遊離体のAGE、特に修飾アミノ酸を通過させ、非遊離体のAGE、特に修飾アミノ酸以外の高分子化合物を除去する観点から、好ましくは10000以下、より好ましくは5000以下、更に好ましくは3000以下である。精密濾過膜及び限外濾過膜としては市販のものも好ましく用いられ、例えば、精密濾過には、エキクロディスク13CR(孔径0.2μm、日本ポール社)、ミニザルトRC4(孔径0.2μm、ザルトリウス社)、マイレクスLG(孔径0.2μm、メルクミリポア社)等のフィルターを用いることができ、限外濾過には、ナノセップUF(分画分子量3K~300K、日本ポール社)、ビバスピン500(分画分子量3K~1000K、ザルトリウス社)等のフィルターを用いることができる。使用するフィルターは、試料を溶解した溶媒に対して溶媒耐性を有するものを特に制限なく用いることができる。
【0033】
[分析工程]
前記精製工程で得られた溶出液は、全画分をAGE分析用試料として使用してもよいが、目的物質の含有量の高い画分を選択的に回収してAGE分析用試料として使用することが好ましい。目的物質の含有量の高い画分は、標準溶液を用いてカラム精製を行い、経時的に分取した溶出液の各画分について目的物質の含有量を調べることによって、予め決定しておくことができる。
前記精製工程で得られた溶出液は、AGE分析に適切な形態へと調製され、AGE分析に供される。AGE分析用試料は、AGE分析の方法や使用する機器に応じて適宜調製し得る。
【0034】
本発明の方法においては、前記の精製工程で得られた溶出液を、乾固処理することなくLC-MS分析に供する。すなわち、本発明においては、前記の溶出処理に用いる溶離液として、LC-MS分析において液体クロマトグラフィーの移動相として用いられる有機溶媒を含むものを用いることによって、強酸性陽イオン交換樹脂から遊離した成分を含む溶出液を、乾固処理することなく、LC-MS分析に供することが可能である。
【0035】
本発明におけるAGE分析の手法は、LC-MS分析である。すなわち、液体クロマトグラフィーと質量分析とを組み合わせたLC-MS法によりAGEの分析を行う。LC-MS法としては、LC-MS法、LC-MS/MS、LC-MS/MS/MS等法が挙げられる。検出感度をより向上させるためには、LC-MS/MS法や、LC-MS/MS/MS法などの液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析法がより好ましい。
【0036】
LC-MS分析の液体クロマトグラフィーの移動相としては、前述した溶離液に含まれる有機溶媒を用いることが好ましい。溶離液に、アセトニトリルを含む水溶液を用いた場合の移動相、好ましくは最終条件の移動相としては、例えば、メタノールの水溶液やアセトニトリルの水溶液、アセトニトリルとトリフルオロ酢酸の混合水溶液、アセトニトリルとギ酸の混合水溶液などが挙げられる。
【0037】
LC-MS分析計によりAGEを測定する際の測定条件は、目的とするAGEの種類や、機器の型、試料の状態等に応じて、当業者が通常の知識に基づいて適宜設定すればよい。液体クロマトグラフィーの条件は供される試料によって異なるが、例えば、80体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸溶液に対しては、移動相にギ酸水溶液とギ酸アセトニトリル溶液でグラジエントを形成させると好ましい。質量分析計としては、二重収束磁場型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、四重極型質量分析計などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
上記手順で測定された試料中のAGEに関する測定値を、同様の手順で測定された標準溶液からの測定値と比較することによって、生体試料由来のAGEを定量することができる。具体的には、所定濃度のAGEを含有する標準溶液からの測定結果に基づいて、検量線を作成する。検量線作成の際には、内部標準を用いて各測定値を校正しておくと、より精度の高い検量線が得られるため好ましい。
【0039】
上述した本発明の好ましい実施形態によれば、高濃度の塩酸溶液で処理することによって、生体試料中の蛋白質が加水分解されるため、LC-MS分析によるAGEの分析を高精度に行うことができる上に、酸処理後の酸除去のための乾固処理や強酸性陽イオン樹脂からの溶出液の乾固処理を不要とでき、LC-MS分析に供する試料の調整に要する工程や時間を大幅に軽減できる。斯かる効果が奏されることは、AGEの測定の臨床的な使用を容易とする。また酸処理後の乾固処理が不要であること等は、塩酸による装置の劣化を防止することも可能となり、ロボットにより前処理及び一連の分析処理を行うことも容易となる。
【実施例
【0040】
以下、実施例を基に本発明を更に詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
〔実施例1〕
ヒト血清5μLに、蒸留水5μL及びそれらと等量(10μL)のホウ酸ナトリウム緩衝液(0.2Mホウ酸、2mM DTPA、pH9.0)を添加し、更に水素化ホウ素ナトリウム溶液(2mM NaBH4、0.1N NaOH)を、該緩衝液の1/10量(1μL)添加し、軽く撹拌し遠心した後、室温で4時間放置して還元処理を行った。
還元処理後、各AGE及びLysineの内部標準を添加し、6Nの無鉄塩酸を200μL加え、100℃で18時間加熱し、加水分解を行った。
加水分解後、蒸留水によって10mLまで倍希釈したサンプルを、陽イオン交換カラムであるStrata-X-Cカラム(Phenomenex, Torrance, CA, USA)にアプライして分画を行なった。カラムは1mLのMeOHにて洗浄後、1mLの蒸留水で平衡化した後、サンプルを全量通過させた後、2%ギ酸3mLで洗浄し、1%のアンモニアを含む20%アセトニトリル1mLで溶出した。溶出した画分を0.2μmのポアフィルターによって濾過し、それをAGE分析用試料として、LC-MS/MS(TSQ Quantiva triple stage quadrupole mass spectrometer (Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA))にて測定を行った。LC-MS/MSのLCの移動相は、0.1%のギ酸を含む蒸留水と0.1%のギ酸を含むアセトニトリルを用いた。
【0042】
LC-MS/MS測定の条件は以下のとおりである。
(HPLC条件)
クロマトグラフィーカラム:SeQuant、ZIC-HILIC,150×2.1mm、5μm、200A Peek Hplc Column
カラム温度:40℃
移動相:A:0.1質量%ギ酸水溶液、B:0.1質量%ギ酸含有アセトニトリル溶液
グラジュエント条件:A:10%+B:90%
流速:200μL/min
インジェクション量:10μL
分析時間:20分
溶出時間:MG-H(約12分)、CMA(約13分)、CML(約12分)
(質量分析条件)
イオン化方法:H-ESI
キャピラリー温度:300℃
イオン化エネルギー:約3500V(陽性イオン化時)
(検出ピーク(m/z))
Lysine:147m/z→84m/z
Lysine d6:153m/z→89m/z
CML :205m/z→130m/z
CML d2:207m/z→130m/z
MG-H1 :229m/z→114m/z
MG-H1 d3:232m/z→117m/z
CMA :233m/z→116m/z又は118m/z
CMA d6:239m/z→119m/z又は121m/z
【0043】
〔比較例1〕
ヒト血清5μLに蒸留水15μL、等量(20μL)のホウ酸ナトリウム緩衝液(0.2Mホウ酸、2mM DTPA、pH9.0)を添加し、水素化ホウ素ナトリウム溶液(2mM NaBH、0.1N NaOH)を、該緩衝液の1/10量(2μL)添加し、軽く撹拌し遠心した後、室温で4時間放置して還元処理を行った。還元処理後、各AGE及びLysineの内部標準を添加し、6Nの無鉄塩酸を1mL 加え、100℃で18時間加熱し、加水分解を行った。加水分解後、遠心濃縮により乾固させたサンプルを1mLの蒸留水に溶解し、陽イオン交換カラムであるStrata-X-Cカラム(Phenomenex, Torrance, CA, USA)を用いて分画を行った。カラムは1mLのMeOHにて洗浄後、1mLの蒸留水で平衡化した後、サンプルを全量通過させ、2%ギ酸3mLで洗浄、7%アンモニア3mLで溶出した。溶出した画分を乾固し、0.1%ギ酸を含む20%アセトニトリル1mLにて溶解後、0.2μmのポアフィルターによって濾過し、LC-MS/MS(TSQ Quantiva triple stage quadrupole mass spectrometer (Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA))にて測定した。
【0044】
実施例1におけるLC-MS/MSによる測定(分析)開始までの各工程の進行実績及びLC-MS/MSによるAGE及びLysineの測定(分析)結果を図1に示し、比較例1におけるLC-MS/MSによる測定(分析)開始までの各工程の進行実績及びLC-MS/MSによるAGE及びLysineの測定(分析)結果を図2に示した。
図1(b)に示すように、実施例1の方法によれば、各種のAGE及びLysineの各ピークが明瞭に検出され、目的物質のピーク以外のピークやノイズの発生も僅かであった。また、図2(a)に示すように、比較例1の方法によれば、LC-MS/MSによる測定(分析)開始までに4日間要したのに対して、図1(a)に示すように、実施例1の方法によれば、LC-MS/MSによる測定(分析)開始までに2日のみ要しており、実施例の方法によれば、生体試料に含まれるAGEの高感度な分析を可能であること、及び該分析に要する時間を大幅に短縮可能であることが判る。
図1
図2