(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-30
(45)【発行日】2024-05-10
(54)【発明の名称】ポリマーがいしの経年劣化診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/71 20060101AFI20240501BHJP
【FI】
G01N21/71
(21)【出願番号】P 2020080533
(22)【出願日】2020-04-30
【審査請求日】2023-03-16
(32)【優先日】2019-11-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 隆
(72)【発明者】
【氏名】本間 大成
(72)【発明者】
【氏名】本間 宏也
(72)【発明者】
【氏名】大石 祐嗣
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-198593(JP,A)
【文献】藤井 隆,レーザー誘起ブレイクダウン分光によるがいし付着物質計測技術の開発,電力中央研究所報告,H15016,[online],2016年07月,PP.1-17,Retrieved from the Internet:<URL:https://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/download/RItVofH7TGAVhR0SFi44r8x4aEC5t8AO/H15016.pdf>
【文献】BENGTSSON et al.,Remote Laser-Induced Breakdown Spectroscopy for the Detection and Removal of Salt on Metal and Polym,APPLIED SPECTROSCOPY,2006年,Vol.60/No.10,PP.1188-1191
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/71
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマーと充填剤とを含むポリマーがいしの経年劣化を診断する方法であって、
診断対象のがいしの表面にレーザ光を照射したときの発光を受光して得られる発光スペクトルを得て、
前記発光スペクトルにおけるポリマー由来成分の発光強度と、充填剤由来成分の発光強度とから、ポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を求め、
前記診断対象のがいしの表面から得られた前記ポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比と、対照試料の表面から得られた前記対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比とを比較して、前記診断対象のがいしの経年劣化を診断する
ポリマーがいしの経年劣化の診断方法。
【請求項2】
前記ポリマー由来成分が前記ポリマー由来の原子、原子団又は分子であり、
前記充填剤由来成分が前記充填剤由来の原子、原子団又は分子である
請求項1に記載のポリマーがいしの経年劣化の診断方法。
【請求項3】
前記ポリマーがシリコーンゴムを含み、
前記充填剤がアルミナを含み、
前記ポリマー由来成分がSiであり、
前記充填剤由来成分がAlである
請求項1又は2に記載のポリマーがいしの経年劣化の診断方法。
【請求項4】
前記ポリマーがシリコーンゴムを含み、
前記充填剤がアルミナを含み、
前記ポリマー由来成分がCNであり、
前記充填剤由来成分がAlである
請求項1又は2に記載のポリマーがいしの経年劣化の診断方法。
【請求項5】
前記対照試料の表面が、未経年のがいしの表面である
請求項1~4のいずれか1項に記載のポリマーがいしの経年劣化の診断方法。
【請求項6】
前記対照試料の表面が、経年したがいしの内部を切り出した面である
請求項1~4のいずれか1項に記載のポリマーがいしの経年劣化の診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマーがいしの経年劣化診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、外被材にシリコーンゴム等の有機材料を使用したポリマーがいしが国内外で適用を試みられている。ポリマーがいしは、磁器がいしに比べて軽量であり、撥水性が高いので耐汚損性に優れている等の特長を有している。
【0003】
ポリマーがいしの長期性能に関しては未知の部分が多い。ポリマーがいしに関して、経年による状態変化と絶縁性能との関係を調査し、劣化メカニズムを明らかにすることが求められている。
【0004】
課電中のがいしの状態を遠隔、非接触で計測する手法として、レーザ誘起ブレイクダウン分光(Laser-Induced Breakdown Spectroscopy:LIBS)によりポリマーがいし表面の状態を計測する方法が報告されている(非特許文献1参照)。LIBSにより、ポリマーがいし表面におけるSiに対するCNの発光強度比が計測され、経年劣化したポリマーがいしではSiに対するCNの発光強度比が低下することが明らかにされた。
【0005】
また、がいしの状態を計測する手法として、走査型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散X線分光(Scanning Electron Microscope-Energy Dispersion X-ray spectroscopy:SEM-EDX)によりポリマーがいしの状態を計測する方法が報告されている(非特許文献2参照)。経年劣化したポリマーがいしの表面付近(深さ100μm程度)では、充填剤として含有される三水和アルミナの成分であるAlに対して、シリコーンゴム成分であるSiの比率が減少することが明らかにされた。
【0006】
特許文献1には、LIBSを用いてがいし類の汚損を計測する方法及び装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】O. KOKKINAKI, A. KLINI, N. MAVRIKAKIS, K. SIDERAKIS, E. KOUDOUMAS, D. PYLARINOS, E. THALASSINAKIS, C. KALPOUZOS, D. ANGLOS, “Assessing the Type and Operational Quality of SIR HV Insulators by Remote LIBS Analysis,” Proceedings of 8th Euro-Mediterranean Symposium on Laser Induced Breakdown Spectroscopy, Johannes Kepler University Linz, Austria, 2015
【文献】本間宏也、屋地康平、畔柳俊幸、菊池一哉、上林知紀、坂田学 “断面顕微観察によるポリマーがいしの劣化深さ評価” (B)平成30年電気学会電力・エネルギー部門大会、2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、課電中のポリマーがいしの経年劣化の状態を遠隔、非接触で診断をする際に、診断の精度を高めることが求められている。
【0010】
そこで、本発明は、診断の精度を高めることができるポリマーがいしの経年劣化の診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のポリマーがいしの経年劣化の診断方法は、ポリマーと充填剤とを含むポリマーがいしの経年劣化を診断する方法であって、診断対象のがいしの表面にレーザ光を照射したときの発光を受光して得られる発光スペクトルを得て、前記発光スペクトルにおけるポリマー由来成分の発光強度と、充填剤由来成分の発光強度とから、ポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を求め、前記診断対象のがいしの表面から得られた前記ポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比と、対照試料の表面から得られた前記対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比とを比較して、前記診断対象のがいしの経年劣化を診断する。
【0012】
本発明のポリマーがいしの経年劣化の診断方法は、ポリマーと充填剤とを含むポリマーがいしの経年劣化を診断する方法であって、診断対象のがいしの表面におけるLIBSスペクトルのポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比と、対照試料の表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比とを比較する。これにより診断対象のがいしの経年劣化を診断する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のポリマーがいしの経年劣化の診断方法によれば、LIBSスペクトルのポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比と、対照試料の表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比との比較により診断対象のがいしの経年劣化を診断することで、ポリマーがいしの経年劣化の診断方法において、診断の精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、第1実施形態で用いるLIBS測定装置の構成を示す模式図である。
【
図3】
図3は、
図2のLIBSスペクトルの一部拡大図である。
【
図4】
図4は、経年劣化前(新品)のポリマーがいしの断面のSEM画像である。
【
図5】
図5は、経年劣化後のポリマーがいしの断面のSEM画像である。
【
図6】
図6は、LIBSによるレーザ光のショット数に対する、Si/Alの強度比を示すグラフである。
【
図7】
図7は、LIBS及びSEM-EDXから得られた試料の深さに対するSi/Al強度比を示すグラフである。
【
図8】
図8は、LIBSスペクトルの他の一例の一部拡大図である。
【
図9】
図9は、LIBSスペクトルの他の一例の一部拡大図である。
【
図10】
図10は、LIBSスペクトルの他の一例の一部拡大図である。
【
図11】
図11は、LIBSから得られた、CN/Si強度比、CN/Al強度比及びSi/Al強度比を示すグラフである。
【
図12】
図12は、LIBSで照射するレーザのエネルギーに対する静止接触角を示すグラフである。
【
図13】
図13は、クリーニング処理のためにレーザを照射する領域を説明する平面図である。
【
図14】
図14は、クリーニング処理前後におけるLIBSスペクトルの一例である。
【
図15】
図15は、クリーニング処理前後におけるLIBSによるレーザ光のショット数に対する、Si/Alの強度比を示すグラフである。
【
図16】
図16は、LIBSの焦点距離に対する各元素の強度を示すグラフである。
【
図17】
図17は、LIBSの焦点距離に対する、Si/Alの強度比を示すグラフである。
【
図18】
図18は、第2実施形態で用いるLIBS測定装置の一例の構成を示す模式図ある。
【
図19】
図19は、第2実施形態で用いるLIBS測定装置の他の一例の構成を示す模式図である。
【
図20】
図20は、LIBSで照射するレーザ光のエネルギーに対する信号強度を示すグラフである。
【
図21】
図21は、LIBSで照射するレーザ光のエネルギーに対する、Si/Alの強度比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。以下に説明する形態はあくまで例示であり、当業者にとって自明な範囲で適宜修正することができる。
【0016】
<第1実施形態>
(LIBS測定装置の構成)
図1は、本実施形態で用いるLIBS測定装置の構成を示す模式図である。LIBSは、10
9~10
10W/cm
2以上程度のパルスレーザ光を測定対象物に集光し照射することでプラズマを発生させ、プラズマからの発光を分光することにより、測定対象物に含有される元素の種類および濃度を測定する手法である。LIBS測定装置1は、タイミングコントローラ10、レーザ11、ミラー12、第1レンズ13、第2レンズ14、受光望遠鏡30、光ファイバ31、分光器32、カメラ33、及びコンピュータ34を有する。LIBSスペクトルの測定対象は、ポリマーがいしの試料20である。ポリマーがいしは、ポリマーと充填剤とを含む。ポリマーとしては、例えばシリコーンゴムを含有する。充填剤としては、例えば三水和アルミナを含有する。
【0017】
タイミングコントローラ10は、所定のタイミングで駆動信号をレーザ11に出力する。レーザ11は、例えば、パルス幅10ns、パルス繰り返しが10HzであるQスイッチNd:YAGレーザである。レーザ11は、駆動信号を受けて基本波(1064nm)のレーザ光を生成する。基本波のレーザ光は第2高調波(532nm)に変換され、レーザ光Lとして出射される。レーザ光Lは、例えば50mJ~200mJの出力である。
【0018】
ミラー12、第1レンズ13及び第2レンズ14から、レーザ光Lを導くための光学系が構成されている。光学系により、レーザ光Lは試料20に照射される。光学系は、例えばレーザ11から計測対象の試料20までの距離や集光後のレーザビーム径(言い換えると、スポット径)が考慮されるなどした上で、適当な構成に適宜調整・設定される。
図1のLIBS測定装置1では、光学系は、例えば凹レンズ(焦点距離50mm)と凸レンズ(焦点距離400mm)とを組み合わせて、レーザ光Lのビーム径を8倍に拡大して集光する拡大集光光学系である。光学系はこれに限るものではなく、集光光学系等の光学系でもよい。光学系で集光したレーザ光Lのスポット径は、例えば500μm~700μm程度である。ミラー12はレーザ光Lの進行方向を屈曲するために設けられているが、光学系に含まれるミラーの数は特に限定されず、2個以上であってもよく、また0個であってもよい。必要に応じてその他の光学部材を含んでもよい。
【0019】
LIBS測定装置1は、遠距離から試料に光を照射する遠距離LIBS測定装置であり、光学系を構成する第2レンズ14から試料20までの距離dは、例えば10m程度である。レーザ11の出射口から試料20までの距離が10m程度であってもよい。
【0020】
本実施形態のLIBS測定装置1は、測定の離隔距離が10m程度以上の遠距離計測系に適用できる装置であり、課電中のがいしに対する測定が可能である。
【0021】
集光したレーザ光Lが試料20の表面に照射されると、アブレーションにより試料20の表面から試料分子が蒸発し、衝撃波が発生してプラズマが生成され、プラズマ中の試料20由来の励起分子から発光が生じる(
図1中、光EMで示す)。光EMは受光望遠鏡30で受光される。受光望遠鏡30は、例えば主鏡直径230mmのカセグレン式望遠鏡である。
【0022】
受光望遠鏡30には光ファイバ31が接続されており、光ファイバ31は分光器32に接続されている。受光望遠鏡30で受光された光EMは、光ファイバ31の端面に入射され、分光器32へと導かれ、分光された光信号になる。分光器32は、例えば焦点距離500mmの分光器である。
【0023】
分光器32にはカメラ33及びコンピュータ34が接続されている。カメラ33は、例えばイメージインテンシファイア付きCCD(ICCD:Intensified Charge Coupled Device)カメラである。分光器32で分光された光信号は、カメラ33で検出されて電気信号に変換される。得られた電気信号はコンピュータ34で信号処理がなされ、これにより試料20の表面において生じたプラズマの光EMから得た試料20の元素を分析したLIBSスペクトルが得られる。得られた電気信号やLIBSスペクトルは、コンピュータ34において必要に応じて信号処理等がなされ、記録される。分光器32及びカメラ33は、高電子増倍管とバンドパスフィルタとの組み合わせなどから構成された撮像部であってもよい。コンピュータ34は、分光器32及びカメラ33を制御するように構成されている。
【0024】
コンピュータ34は、タイミングコントローラ10に接続されている。レーザ11によるレーザ光Lの照射とプラズマからの光EMのカメラ33による受光との遅延時間は、タイミングコントローラ10によって制御される。レーザ光Lの照射とカメラ33による受光との遅延時間は、カメラ33の露光開始時刻の遅延時間(カメラ33のゲート遅延時間)に相当する。カメラ33のゲート幅はカメラ33内の制御機能によって制御可能である。分光器32及びカメラ33は、コンピュータ34により制御可能に構成されている。
【0025】
なお、必要に応じ、カメラ33と試料20との間(具体的には例えば、受光望遠鏡30の対物レンズ若しくは対物境の前、又は光ファイバ31の前)に、ND(Neutral Density)フィルタやバンドパスフィルタ等の光学フィルタが配設されるようにしてもよい。
【0026】
なお、複数パルスのレーザ光によるプラズマ発光スペクトルが積算されて発光強度が算定される(言い換えると、1データとされる)ようにしてもよい。発光強度を算定する際の発光スペクトルの積算の回数は、具体的には例えば、あくまで一例として挙げると、50回程度に設定され得る。
【0027】
(ポリマーがいしのLIBSスペクトル)
図2は、LIBSスペクトルの一例である。横軸は波長(wavelength[nm])であり、縦軸は発光の強度(Intensity[a.u.])である。LIBSスペクトル中の発光スペクトルのピークは、その波長から、それぞれSi、Al、Na、H、K、Oに帰属される。
【0028】
図3は、
図2のLIBSスペクトルの一部拡大図である。
図2の380nm~410nmの領域を拡大したスペクトルに相当する。Si(390.55nm)、Al(394.40nm)、Al(396.15nm)のスペクトルが示されている。例えば、Alのスペクトル(396.15nm)に対して裾と考えられる波長を結ぶベースラインB
Alを設定し、ベースラインB
AlからAlのスペクトルの頂部までの高さから、Alの発光強度I
Alを得る。また、Siのスペクトル(390.55nm)に対して裾と考えられる波長を結ぶベースラインB
Siを設定し、ベースラインB
SiからSiのスペクトルの頂部までの高さから、Siの発光強度I
Siを得る。ここで、各元素の発光強度を求める際には、各発光スペクトルの生データから、レーザ照射なしで計測したバックグラウンドスペクトルを差し引く処理や、各スペクトルに対して5点移動平均処理等を適宜行ってもよい。また、上記のようにして求めた各元素の発光強度について、同じ条件で複数回データを取得して発光強度の平均値及び標準偏差等を求めるようにしてもよい。
【0029】
(ポリマーがいしのSEM画像)
図4は、経年劣化前(新品)のポリマーがいしの断面のSEM画像である。表面から内部にかけて均一な状態となっている。
【0030】
図5は、経年劣化後のポリマーがいしの断面のSEM画像である。表面から200μm程度の範囲では、空隙が発生し、組織が不均一になった劣化した状態となっている。それよりも内側の範囲では、均一な状態となっている。
【0031】
なお、LIBSではアブレーションによりレーザ光Lが照射された試料20の表面に凹部が形成される。凹部はレーザ光Lのショット数とともに深くなる。このため、試料20の同じ場所にレーザ光Lを照射することで、LIBSスペクトルの試料20の深さ方向の変化を測定することができる。
【0032】
後述のポリマーがいしの経年劣化の診断方法では、対照試料として、
図4に示す経年劣化前(新品)のポリマーがいしの表面からa方向に測定する。また、対照試料として、
図5に示す経年劣化後のポリマーがいしの断面において組織が均一で密になっている部分をb方向に測定する。診断対象の試料として、
図5に示す経年劣化後のポリマーがいしの表面から、組織が不均一となっている部分をc方向に測定する。対照試料としては、組織が均一となっている未経年相当の箇所を適宜選択可能である。
【0033】
(ポリマーがいしの経年劣化の診断方法)
本実施形態のポリマーがいしの経年劣化の診断方法では、ポリマーと充填剤とを含むポリマーがいしを診断対象とする。ポリマーがいしの経年劣化を診断するために、まず、LIBSによって診断対象のがいしの表面にレーザ光を照射したときの発光を受光して得られる発光スペクトルを得る。
【0034】
得られた発光スペクトルにおける、ポリマー由来成分の発光強度と充填剤由来成分の発光強度とから、ポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を求める。
【0035】
ここで、ポリマー由来成分は、例えばポリマー由来の原子、原子団又は分子であり、充填剤由来成分は、例えば充填剤由来の原子、原子団又は分子である。本実施形態においては、原子団とは、化学結合により2つ以上の原子から構成される物質であり、分子とは、化学結合により2つ以上の原子から構成される電荷的に中性な物質であると定義する。例えば、ポリマーがシリコーンゴムを含み、充填剤が三水和アルミナを含む場合、ポリマー由来成分をSiとし、充填剤由来成分をAlとする。あるいは、ポリマーがシリコーンゴムを含み、充填剤が三水和アルミナを含む場合、ポリマー由来成分をCNとし、充填剤由来成分をAlとする。ポリマー由来成分は、上記のSiあるいはCNに限るものではなく、ポリマーがいしを構成するポリマーに含まれた成分である原子、原子団又は分子から適宜選択可能である。例えば、ポリマー由来の分子は、上記のCNの他、C2あるいはCHであってもよい。また、充填剤由来成分は、上記のAlに限るものではなく、ポリマーがいしを構成する充填剤に含まれた成分である原子、原子団又は分子から適宜選択可能である。但し、ポリマー由来成分と、充填剤由来成分とは、互いに異なるものとする。
【0036】
上記のように診断対象のがいしの表面から得られたポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を求めるとともに、同様にして、対照試料のがいしの表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を求める。ここで、対照試料の表面としては、例えば未経年のがいしの表面が用いられる。あるいは、対照試料の表面としては、経年したがいしの内部を切り出した面が用いられる。対照試料のポリマー由来成分及び充填剤由来成分は、診断対象のがいしの表面から得られたポリマー由来成分及び充填剤由来成分とそれぞれ同じ成分とする。
【0037】
診断対象のがいしの表面から得られたポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比と、対照試料のがいしの表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比とを比較して、診断対象のがいしの経年劣化を診断する。
【0038】
ポリマーがいしが経年劣化する場合、ポリマーの劣化と、充填剤の劣化とにおいて劣化の程度に差が発生する場合がある。この場合、例えば、発光スペクトルにおいて、ポリマー由来成分の強度の経年劣化による変化の程度と、充填剤由来成分の強度の経年劣化による変化の程度とに差が発生する。この差を予め測定しておくことで、ポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比から、診断対象のポリマーがいしの経年劣化を診断することができる。
【0039】
対照試料のがいしの表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比は、予め対照試料に対して測定した値をテーブルにして、診断対象のがいしについて診断しようとする際にテーブルを参照するようにしてもよい。
【0040】
本実施形態のポリマーがいしの経年劣化の診断方法において、例えば、上記の
図2あるいは
図3として得られたLIBSスペクトルから、診断対象の試料のSi信号強度とAl信号強度の比(Si/Al強度比)を求める。診断対象の試料とともに、対照試料についてもSi/Al強度比を求める。診断対象の試料のSi/Al強度比と、対照試料のSi/Al強度比との比較から、診断対象の試料の経年劣化を診断する。
【0041】
シリコーンゴムを含むポリマーと三水和アルミナを含む充填剤とを含むポリマーがいしが経年劣化した場合、LIBSにおいてAlの強度に対して、Siの強度が小さくなる。即ち、Si/Alの強度比は、経年劣化に伴って小さくなる。従って、診断対象試料のポリマーがいしのSi/Alの強度比が、対照試料のポリマーがいしのSi/Alの強度比より有意に小さい場合に、診断対象試料のポリマーがいしは経年劣化をしていると診断できる。
【0042】
(ポリマーがいしの経年劣化の診断方法の作用・効果)
本実施形態のポリマーがいしの経年劣化の診断方法によれば、診断対象のがいしの表面から得られたポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比と、対照試料のがいしの表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比とを比較することで、診断対象のポリマーがいしの経年劣化について診断できる。例えば、診断対象のがいしの表面から得られたポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比が、対照試料のがいしの表面から得られた対照試料のポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比より有意に小さい場合、診断対象のがいしが経年劣化をしていると診断できる。
【0043】
本実施形態のポリマーがいしの経年劣化の診断方法によれば、課電中のポリマーがいしの経年劣化の状態を遠隔、非接触で診断をする際に、診断の精度を高めることができる。
【0044】
<第1実施例>
上記の試料のa方向、b方向、c方向の測定においてSi/Alの強度比の、LIBSによるレーザ光のショット数に対する変化を測定した。
図6は、LIBSによるレーザ光のショット数に対する、Si/Alの強度比を示すグラフである。
図6において、実線aは、経年劣化前(新品)のポリマーがいしの表面からa方向に測定したときのSi/Alの強度比を示す。破線bは、経年劣化後のポリマーがいしの断面において組織が均一で密になっている部分をb方向に測定したときのSi/Alの強度比を示す。点線cは、経年劣化後のポリマーがいしの表面から、組織が不均一となっている部分をc方向に測定したときのSi/Alの強度比を示す。
【0045】
図6において、実線a及び破線bは、1ショット~5ショットではSi/Alの強度比が安定していないが、6ショット~20ショットでは安定し、0.2程度となった。点線cは、1ショット~3ショットではSi/Alの強度比が安定していないが、4ショット~20ショットでは安定し、0.12~0.15程度となった。対照試料である実線a及び破線bに対して、診断対象の試料である点線cはSi/Alの強度比が有意に小さいことが確認された。
【0046】
また、アブレーションにより形成される凹部の深さは、LIBSによるレーザ光のショット数に対して概ね線形に増大することが実験的に確認された。凹部の深さは、3D形状計測機測定した。100mJ~200mJのエネルギーのレーザ光Lを20ショット照射したときの凹部の深さが約100μmである場合、ショット数から測定対照の深さを換算することができ、1ショットあたりで凹部の深さは5μm深くなると見積もられた。
【0047】
図7は、LIBSから得られた試料の深さに対するSi/Al強度比を示すグラフであり、図中破線cで示す。劣化していないと考えられる深さ300μm~400μmの領域におけるSi/Al強度比に対する相対値として示している。SEM-EDXから得られた試料の深さに対するSi/Al強度比についても実線dとして示す。
【0048】
経年劣化したポリマーがいしでは、LIBSによるSi/Al強度比は、表面から20μm程度までの深さでは安定していないが、20μmより深い領域では安定して1より小さかった。SEM-EDXから得られたSi/Al強度比についても同様に安定して1より小さかった。LIBSによるSi/Al強度比とSEM-EDXによるSi/Al強度比を比較すると、両者は同様の結果を示した。これは、経年劣化したポリマーがいしの表面では、Siが減少したためであると考えられる。LIBSによるSi/Al強度比において、表面から20μm程度までのSi/Al強度比が安定していない領域は、表面付着物質の影響であると考えられる。
【0049】
<第2実施例>
LIBSによるポリマーがいしの経年劣化の診断方法では、ポリマーがシリコーンゴムを含み、充填剤が三水和アルミナを含む場合、ポリマー由来成分をCNとし、充填剤由来成分をAlとすることができる。
【0050】
図8~10は、LIBSスペクトルの388nm~389nmの領域の拡大図である。
図8は、未経年劣化(新品)のポリマーがいしの表面のスペクトルである。
図9は、経年劣化後のポリマーがいしの断面において組織が均一で密になっている部分のスペクトルである。
図10は、経年劣化後のポリマーがいしの表面の組織が不均一となっている部分のスペクトルである。
【0051】
図8及び
図9では、388.3nm近傍にCNに帰属されるスペクトルのピークが確認されたが、
図10ではノイズに埋もれる程度にCNに帰属されるスペクトルのピークが小さくなった。
【0052】
図11は、LIBSから得られた、CN/Si強度比、CN/Al強度比及びSi/Al強度比を示すグラフである。それぞれ、aは、経年劣化前(新品)のポリマーがいしの表面からa方向に測定したときの強度比を示す。bは、経年劣化後のポリマーがいしの断面において組織が均一で密になっている部分をb方向に測定したときの強度比を示す。cは、経年劣化後のポリマーがいしの表面から、組織が不均一となっている部分をc方向に測定したときの強度比を示す。
【0053】
LIBSでのCN/Al強度比は、Si/Al強度比と同様に、経年劣化したポリマーがいしでは、未経年劣化(新品)のがいし又は経年劣化後のポリマーがいしの断面において組織が均一で密になっている部分と比較して、有意に小さいことが確認された。また、ポリマー由来成分同士の強度比であるCN/Siについても同様の結果が確認された。
【0054】
<第3実施例>
経年劣化したポリマーがいしにLIBSによるレーザを照射したときの水の静止接触角を調べた。
図12は、LIBSで照射するレーザのエネルギーに対する静止接触角を示すグラフである。経年劣化したポリマーがいしにレーザを照射すると、レーザ光の強度を高めるとともに水の静止接触角が小さくなった(
図12中〇で示す)。これらの試料を14日放置すると、小さくなった水の静止接触角はもとの値にまで回復した(
図12中□で示す)。これは、レーザ光の照射により表面における撥水性能が一旦低下するが、がいしを構成するポリマーが含有する低分子シリコーンゴムががいしの表面に染み出し、撥水性が回復するに至ったものであると考えられる。レーザ光の照射による照射痕で撥水性の回復を確認することで、撥水性能に影響を与えない範囲でのがいし表面の経年劣化を計測、診断することが可能である。
【0055】
<第4実施例>
上記のLIBSによるポリマーがいしの経年劣化の診断方法を実施する前に、プラズマが発生しない程度のエネルギー密度のレーザを照射してポリマーがいしの表面付着物質を除去、クリーニングした。クリーニング用のレーザ光は、LIBS用のレーザを用いて、焦点位置をずらしてスポット径を大きくすることで対応可能である。例えば、
図1のLIBS測定装置1において、レーザ光Lの焦点位置を50cmずらし、スポット径を1mm程度にまで広げ、レーザのエネルギーを50mJまで下げて照射することで、クリーニングを行うことができる。レーザ光Lの焦点位置を50cmずらすには、例えば
図1のLIBS測定装置1において、第1レンズ13と第2レンズ14との間隔を調整することでレーザ光Lの焦点位置を調整することができる。
【0056】
図13は、クリーニング処理のためにレーザを照射する領域を説明する平面図である。クリーニングを行う際には、例えば、スポット径が1mmのレーザ光を、0.5mm程度ずつ移動させて、必要な個所にクリーニング用のレーザが照射されるようにする。
【0057】
図14は、クリーニング処理前後における、経年劣化したポリマーがいしのLIBSスペクトルの一例である。クリーニング前(No cleaning)では、CaのスペクトルがAlのスペクトル程度に現れている。これは、ポリマーがいしの表面付着物質に起因するものである。クリーニング後(After cleaning)では、Alのスペクトルに比べてCaのスペクトルが大幅に小さくなっている。また、Siのスペクトル強度も小さくなっている。これは、CaやSiを含む表面付着物質が除去されたことを示している。
【0058】
図15は、クリーニング処理前後における、経年劣化したポリマーがいしのLIBSによるレーザ光のショット数に対する、Si/Alの強度比を示すグラフである。クリーニング前(No cleaning)では、1ショット及び2ショットのSi/Alの強度比は、3ショット以降よりも高い値となっている。クリーニング後(After cleaning)では、1ショット~2ショットのSi/Alの強度比が3ショット目以降と同程度になっている。表面付着物質の存在は表面のアブレーションやプラズマ発生機構に影響を有することが示された。クリーニング処理を行ったあとでLIBSの測定を行うことにより、安定したデータを取得することが可能となる。
【0059】
<第5実施例>
上記のLIBSによるポリマーがいしの経年劣化の診断方法において取得するLIBSスペクトルの各元素の強度の、焦点距離依存性を調べた。試料は未経年劣化(新品)のポリマーがいしを用い、光学系によりレーザ光の焦点距離を10.5m~11.5mで調整し、そのときのLIBSスペクトルの各元素の強度を求めた。なお、LIBS測定装置1において焦点距離を調節するには、第1レンズ13と第2レンズ14との間隔を調整する。
【0060】
図16は、LIBSの焦点距離(Focus distance)に対する各元素の強度(Intensity)を示すグラフである。
図16に示すように、CNの強度は小さいために変化が明らかではない(
図16中□で示す)。Siの強度は明らかな焦点距離依存性があり、焦点距離10.9m程度で最大の強度を有する(
図16中〇で示す)。Alの強度は、394.40nm及び396.15nmの両者において明らかな焦点距離依存性があり、焦点距離10.9m程度で最大の強度を有する(
図16中◇及び△で示す)。
【0061】
図17は、LIBSの焦点距離(Focus distance)に対するSi/Alの強度比(Intensity ratio)を示すグラフである。焦点距離が10.7m~11.5mの領域では、Si/Alの強度比はほぼ一定となり、Si/Alの強度比は焦点距離に対してロバスト性を有する。
【0062】
<第2実施形態>
上記の第1実施形態では、離隔距離が10m程度以上の遠距離計測に適用したLIBS測定装置について説明したが、本発明はこれに限らず、離隔距離が10m以下、例えば25cm程度の近距離計測のLIBS測定装置にも適用できる。
【0063】
図18は、第2実施形態で用いるLIBS測定装置の一例の構成を示す模式図である。LIBS測定装置1Aは、タイミングコントローラ10、レーザ11、ミラー15、第1レンズ16、第2レンズ17、半波長板(HWP)18、ポーラライザ19、受光ファイバ30A、光ファイバ31、分光器32、カメラ33、及びコンピュータ34を有する。LIBSスペクトルの測定対象の試料は可動ステージ20Aに取り付けられる。
【0064】
レーザ11は、例えば、第1実施形態と同様のQスイッチNd:YAGレーザであり、その出力は3mJ~11mJであり、例えば5mJである。レーザ光Lのビーム径は1cm程度である。ミラー15、第1レンズ16、半波長板(HWP)18、ポーラライザ19から、レーザ光Lを導くための光学系が構成されている。LIBS測定装置1Aは、近距離から試料に光を照射する近距離LIBS測定装置であり、光学系を構成する第1レンズ16から試料までの距離は、例えば25cm程度である。
図18に示したLIBS測定装置1Aは、試料に入射する入射光の光軸とプラズマからの光を受光する光軸が同じ光軸上にレイアウトされたオンアクシス(On-axis)型のLIBS測定装置である。光学系で集光したレーザ光Lのスポット径は、例えば30μm程度である。集光したレーザ光Lが試料の表面に照射されて生成されるプラズマ中の励起分子からの光EMが受光ファイバ30A(例えば口径1.9mmのバンドルファイバ)で受光される。上記を除いては、第1実施形態のLIBS測定装置1と同様の構成である。
【0065】
本実施形態のLIBS測定装置1Aを用いて、第1実施形態と同様にポリマーがいしの経年劣化の診断方法に適用できる。即ち、ポリマーがいしの経年劣化を診断するために、まず、LIBSによって診断対象のがいしの表面にレーザ光を照射したときの発光を受光して得られる発光スペクトルを得て、得られた発光スペクトルにおける、ポリマー由来成分の発光強度と充填剤由来成分の発光強度とからポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を求める。これを対照試料と比較して、診断対象のがいしの経年劣化を診断する。
【0066】
本実施形態のポリマーがいしの経年劣化の診断方法によれば、非接触で診断をする際に、診断の精度を高めるとともに、測定試料へのダメージを小さくすることができる。LIBS測定装置1Aを小型化してドローン上に実装すること等により、課電中のポリマーがいしの経年劣化の状態を遠隔で診断することもできる。
【0067】
図19は、第2実施形態で用いるLIBS測定装置の他の一例の構成を示す模式図である。LIBS測定装置1Bは、実質的に
図18と同様の構成であるが、試料に入射する入射光の光軸とプラズマからの光を受光する光軸が異なる光軸上にレイアウトされたオフアクシス(Off-axis)型のLIBS測定装置である。プラズマからの光は、2枚のレンズ17A、17Bにより受光ファイバ30Aの端面に入射するように構成されている。上記を除いては、
図18のLIBS測定装置1Aと同様の構成である。
【0068】
図18のオンアクシス型のLIBS測定装置1Aを用いて、LIBSによるスペクトルの信号強度のレーザ光の強度依存性を調べた。試料は未経年劣化(新品)のポリマーがいしを用いた。レーザのエネルギーを3mJ~11mJで調整し、そのときのLIBSスペクトルの各元素の強度を求めた。
【0069】
図20は、LIBSで照射するレーザ光のエネルギー(Laser energy)に対する信号強度(Intensity)を示すグラフである。
図20に示すように、CNの強度(図中□で示す、Siの強度(図中〇で示す)、Alの強度(図中◇及び△で示す)は、それぞれレーザ光のエネルギーに対して概ね線形に増大することが確認された。
【0070】
図21は、LIBSで照射するレーザ光のエネルギー(Laser energy)に対するSi/Alの強度比(Intensity ratio)を示すグラフである。レーザ光のエネルギーが3mJ~11mJの範囲では、Si/Alの強度比はほぼ一定となり、Si/Alの強度比はレーザ光のエネルギーに対してロバスト性を有する。
【0071】
本実施形態のLIBS測定装置を用いたポリマーがいしの経年劣化の診断方法によれば、診断対象のがいしの表面から得られたポリマー由来成分/充填剤由来成分の強度比を、対照試料と比較することで、診断対象のポリマーがいしの経年劣化について診断できる。
【符号の説明】
【0072】
1 LIBS測定装置
10 タイミングコントローラ
11 レーザ
12 ミラー
13 第1レンズ
14 第2レンズ
20 試料
30 受光望遠鏡
31 光ファイバ
32 分光器
33 カメラ
34 コンピュータ