(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-15
(45)【発行日】2024-05-23
(54)【発明の名称】細胞の取得方法、および細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240516BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240516BHJP
【FI】
C12M1/00 D
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2019546738
(86)(22)【出願日】2018-10-02
(86)【国際出願番号】 JP2018036897
(87)【国際公開番号】W WO2019069931
(87)【国際公開日】2019-04-11
【審査請求日】2020-09-02
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2017193584
(32)【優先日】2017-10-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】児島 千恵
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】原口 裕次
(72)【発明者】
【氏名】川野 武志
(72)【発明者】
【氏名】瀧 優介
(72)【発明者】
【氏名】横山 楓
【合議体】
【審判長】長井 啓子
【審判官】松本 淳
【審判官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-039947号公報(JP,A)
【文献】国際公開第2015/105029号(WO,A1)
【文献】特開2011-244713号公報(JP,A)
【文献】特開2010-011747号公報(JP,A)
【文献】特開2013-233101号公報(JP,A)
【文献】特開2017-000113号公報(JP,A)
【文献】特開2013-013367号公報(JP,A)
【文献】特開平08-172956号公報(JP,A)
【文献】国際公開第2016/052558号(WO,A1)
【文献】特開2005-278564号公報(JP,A)
【文献】特開2014-073092号公報(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M1/00-3/10
C12N5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体を注入する注入口と、流体を排出する排出口と、前記注入口と前記排出口とを結び、且つ、加熱によって変性するゲル中に金微粒子を分散させてなる細胞培養基材を収納する流路と、を備える細胞培養容器で培養された細胞から、取得する細胞を選択する工程と、
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程と、
前記細胞培養容器の前記流路に液体を流し、前記液体のせん断応力により前記選択された細胞を剥離する工程と、
前記細胞培養容器の前記排出口から細胞を回収する工程と、
を含む、細胞の取得方法
であって、
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程の直前に、前記流路から液体の全部又は一部を除去する工程を含む、細胞の取得方法。
【請求項2】
前記ゲルが、コラーゲンゲルまたはゼラチンゲルである、請求項1に記載の細胞の取得方法。
【請求項3】
前記流路の高さが、前記ゲルの表面から0.2mm以上2.0mm以下である、請求項1又は2に記載の細胞の取得方法。
【請求項4】
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射
し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程の前に、前記細胞培養容器の前記流路に37℃以上40℃未満の液体を注入する工程を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞の取得方法。
【請求項5】
前記液体を除去する工程が、前記細胞培養容器の前記注入口から気体を注入するか、前記細胞培養容器の前記排出口から液体を吸引する工程である、請求項
1~4のいずれか一項に記載の細胞の取得方法。
【請求項6】
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射
し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程における前記ゲルへの前記光の収束位置は、前記選択された細胞から半径100μm未満の範囲である、請求項1~
5のいずれか一項に記載の細胞の取得方法。
【請求項7】
前記細胞を回収する工程が、前記ゲルとの接着性が弱まった前記選択された細胞のみを回収する工程である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の細胞の取得方法。
【請求項8】
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射
し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程が、複数の前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに前記光を照射
し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程であり、前記細胞を回収する工程が、前記流路に液体を流す工程によって複数の前記選択された細胞を回収する工程である、請求項1~
7のいずれか一項に記載の細胞の取得方法。
【請求項9】
流体を注入する注入口と、流体を排出する排出口と、前記注入口と前記排出口とを結び、且つ、加熱によって変性するゲル中に金微粒子を分散させてなる細胞培養基材を収納する流路と、を備える細胞培養容器で培養された細胞から、取得する細胞を選択する工程と、
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程と、
前記細胞培養容器の前記流路に液体を流し、前記液体のせん断応力により前記選択された細胞を剥離する工程と、
前記細胞培養容器の前記排出口から細胞を回収する工程と、
前記回収した細胞を培養する工程と、を含む、細胞の培養方法
であって、
前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射し、前記選択された細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱める工程の直前に、前記流路から液体の全部又は一部を除去する工程を含む、細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養容器、細胞の取得方法、および細胞の培養方法に関する。
本願は、2017年10月3日に、日本に出願された特願2017-193584号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
培養基材で培養された細胞をより効率的に回収するため、例えば、感温性高分子を含む 培養基材の上で細胞を培養し、温度変化を利用して細胞の回収を行う方法が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本発明の第1の態様によると、細胞培養容器は、流体を注入する注入口と、流体を排出する排出口と、前記注入口と前記排出口とを結び、且つ、加熱によって変性するゲル中に金微粒子を分散させてなる細胞培養基材を収納する流路と、を備える。
本発明の第2の態様によると、細胞の取得方法は、第1の態様の細胞培養容器で培養された細胞から、取得する細胞を選択する工程と、前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射する工程と、前記細胞培養容器の前記流路に液体を流す工程と、前記細胞培養容器の前記排出口から細胞を回収する工程と、を含む。
本発明の第3の態様によると、細胞の培養方法は、第3の態様の細胞の取得方法により 取得した細胞を培養する。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図2】一実施形態の細胞培養容器を含む細胞取得システムの構成を示す概念図である。
【
図3】一実施形態の細胞培養容器の構成を示す概念図である。
【
図4】一実施形態の細胞培養容器を用いて、細胞を培養した後に、目的の細胞を剥離する前の操作を模式的に示した図である。
【
図5】一実施形態の細胞培養容器を用いて、目的の細胞にレーザー光を照射する操作を模式的に示した図である。
【
図6】一実施形態の細胞培養容器を用いて、目的の細胞にレーザー光を照射した後の操作を模式的に示した図である。
【
図7】一実施形態の細胞培養容器の製造方法の流れを示すフローチャートである。
【
図8】一実施形態の細胞培養容器を用いた細胞の取得方法の流れを示すフローチャートである。
【
図9】実施例の細胞培養容器の上面図と断面図とを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
(第1の実施形態)
以下では、適宜図面を参照しながら、一実施形態の細胞培養容器、および細胞の取得方法等について説明する。
【0007】
細胞培養基材の上で培養した細胞のうち、人工多能性幹細胞(iPS細胞)から分化誘導された細胞等、特定の細胞を効率的に剥離し、回収することがしばしば必要になる。
本発明者らは、細胞培養基材を流路内に配置し、外部からの光により、細胞培養基材に局所的な温度変化を加えて所望の細胞の細胞培養基材に対する接着性を弱めた後、流路に液体を流して、液体のせん断応力により細胞を剥離し、液体ごと細胞を回収することにより、効率的に所望の細胞のみを回収できることを見出した。
本実施形態の細胞培養容器は、流体を注入する注入口と、流体を排出する排出口を備え、該注入口と該排出口とを結ぶ流路に、細胞培養基材を収納することにより、該細胞培養容器に流体を流して剥離した細胞をまとめて回収することができる。
【0008】
図1は、本実施形態の細胞培養容器1の断面図である。細胞培養容器1は、流体を注入する注入口21と、流体を排出する排出口22と、前記注入口と排出口を結ぶ流路23と、を備える。流路23には、加熱によって変性するゲル15中に金微粒子を分散させてなる細胞培養用基材14が収納されている。金微粒子13は、ゲル15の内部の微小体積要素19を拡大して模式的に示した。
流体とは、液体又は気体をいう。液体としては、例えば、各種の培養液や緩衝液が細胞の種類に応じて選択して用いられ、気体としては、例えば、空気が用いられる。
【0009】
金微粒子13は、光熱変換特性の高い大きさの粒子とすることができ、特に、表面プラズモン共鳴吸収(SPR)が起こる大きさとしてもよい。レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定された金微粒子13の体積平均径は、例えば、1nm以上200nm未満、10nm以上100nm未満、30nm以上70nm未満とすることができる。ゲル15での金微粒子13の濃度は、例えば、100μM以上1000μM未満、250μM以上500μM以下としてもよい。金微粒子13の濃度が低いと、金微粒子13の発熱量が小さくなるため、細胞培養基材の熱変性が起こりにくくなり、細胞の剥離成功確率が下がる傾向がある。一方、金微粒子13の濃度が高いと、局所での温度上昇が大きくなるため、温度制御が難しくなり、また細胞傷害性が高くなる傾向がある。
なお、金微粒子13は、デンドリマーに内包させたり、ゲルに対して親和性を有する分子で修飾したりする等、保護剤を用いてゲル中でより安定化するようにしてもよい。
【0010】
ゲル15は、室温から所定の温度に上昇した場合に変性する。本実施形態で「変性」とは、ゲル15が温度上昇により、細胞の容易な剥離をもたらす構造の変化を起こすことを意味する。ゲル15がコラーゲンゲルまたはゼラチンゲルの場合、「変性」には、例えば、コラーゲンタンパク質の二次または三次構造の変化によりもたらされる状態であるゾル化や凝集化、低分子化等が含まれる。ゲル15が変性する温度は、例えば60℃以下、50℃以下、40℃以下である。ゲル15の材料は、後述の剥離による細胞の取得を可能にするものであれば特に限定されないが、例えば、コラーゲンゲルまたはゼラチンゲルとしてもよい。二種類以上の高分子を混合して得たゲルを用いることもできる。
【0011】
細胞培養容器1の底部32及び上部31の少なくとも一方は、光透過性を有する材料で形成される。細胞培養容器1は、本実施形態の細胞培養容器1の技術的特徴を損なわない限り任意の形状で構成され得る。
細胞培養容器1の底部32及び上部31の材質は、酸素透過性を有するものであってよい。例えば、アクリルやポリスチレン等の酸素透過性高分子樹脂等が挙げられる。酸素透過性を有することにより、外部から細胞50の培養に必要な酸素を供給することができる。
【0012】
図2は、細胞培養容器を用いて細胞の取得を行う細胞回収システム1000を示す概念図である。細胞取得システム1000は、細胞培養容器1と、倒立顕微鏡70とを備える。
細胞培養容器1には、細胞培養基材14の搭載面11上に細胞50が培養液51中で培養されている。
【0013】
細胞培養基材14で培養されている細胞50のうち、単離して取得したい細胞を選択細胞500とし、その他の細胞を非選択細胞501とする。選択細胞500はその態様は特に限定されないが、例えば、適切に遺伝子等が改変されレポーター遺伝子等の判別手段により特徴が現れている細胞や、初期化や適切な分化等が誘導されて構造上判別可能な特徴を有している細胞等が挙げられる。
なお、選択細胞500は、上記のように単一の細胞50でもよいし、複数の細胞50または複数の細胞50を含んで構成されるコロニーでもよい。
【0014】
倒立顕微鏡70は、照射部71と、ダイクロイックミラー72と、レンズ系73と、観察部74と、支持台75とを備える。
なお、正立顕微鏡を用いて細胞回収システム1000を構築してもよい。
【0015】
照射部71は、レーザー光を出射する。照射部71から出射されるレーザー光の波長は、金微粒子13が光熱変換特性を発揮する波長域に設定される。特に表面プラズモン共鳴吸収(SPR)が起こる波長域に設定してもよい。ゲル15に照射されるレーザー光は、細胞に照射した場合に重大な損傷を与えない波長およびエネルギーを有するものであればよい。照射部71から出射されるレーザー光の波長は、例えば、400nm以上1200nm未満、450nm以上900nm未満、532nm等に設定される。細胞培養容器1へ入射するレーザー光の出力は、例えば0.1mW以上1000mW未満、0.4mW以上100mW未満とすることができる。レーザー光の波長およびエネルギーは、細胞に傷害を与えずにゲル15に効率よく温度上昇および変性を起こすよう、適宜調整される。照射部71から出射した光は、ダイクロイックミラー72に入射する。
なお、選択細胞500の近傍を選択的に照射することができれば、照射部71の出射光は特にレーザー光に限定されず、コヒーレントでない単色光や一定の波長範囲の光からなる光でもよい。
【0016】
ダイクロイックミラー72は、照射部71からのレーザー光を反射するとともに、細胞培養容器1からの可視光を透過させて観察部74へと出射する。ダイクロイックミラー72で反射されたレーザー光は、不図示のガルバノミラー等により適切な位置にレーザー光が照射されるように光の向きが調節され、レンズ系73を透過して細胞培養容器1に入射する。細胞培養容器1に入射したレーザー光は、細胞培養容器1の底部32、細胞培養基材14を透過した後、細胞培養基材14において選択細胞500の近傍の所定の位置で収束する。
図2では、収束するレーザー光7を、一点鎖線を用いて模式的に示した。
なお、所望の位置にレーザー光7を収束することができれば、レーザー光7の照射光学系の構成は特に限定されない。
また、レーザー光の照射位置を固定し、支持台75を移動することによって、選択細胞500の近傍にレーザー光が収束する構成としてもよい。
【0017】
細胞培養基材14におけるレーザー光7の収束位置は、例えば、選択細胞500に傷害を与えずに選択細胞500の下方のできるだけ近い位置とすることができ、レーザー光7のスポット径、PSF(Point Spread Function)やPSFに基づくパラメータ等に基づいて定められる。細胞培養基材14におけるレーザー光7の収束位置は、例えば、選択細胞500の直下であって、深さが100μm未満の範囲、または選択細胞500から半径100μm未満の範囲とすることができる。また、細胞傷害性に問題が無ければ、選択細胞500を収束位置としてもよい。
【0018】
照射部71からのレーザー光7を金微粒子13が光熱変換し、レーザー光7の収束位置の近傍のゲルが変性すると、選択細胞500の足場となっているゲルまたは周囲の環境の物理的または化学的特性が変化するため、選択細胞500が搭載面11との接着性が弱まる。従って、流路15に液体を流すことにより、選択細胞500のみをゲルから剥離させ、取り出すことができる。具体的には、例えば、液体の貯留槽と注入口21とを直接的又は間接的にチューブ等で接続し、ポンプを使用して注入口21から送液するか、排出口22から吸引することにより、流路15に液体を流すことができる。この液体のせん断応力によってゲルから剥離した選択細胞500は液体によって排出口22に押し流されるので、排出口22から液体ごと回収することができる。
【0019】
観察部74は、接眼レンズ等を備え、不図示の照明により照らされた細胞培養容器1からの可視光をユーザにより観察可能にする。ユーザは、細胞培養容器1からの可視光を見て、支持台75を移動させる等して細胞培養容器1を適切に位置合わせ等することができる。
なお、レーザー光7の照射光学系とは異なるレーザー光源およびガルバノミラーを用いてレーザー走査を行うことにより細胞培養容器1の画像を取得し、不図示の表示装置に表示する構成としてもよい。
【0020】
支持台75は、細胞培養容器1を支持する。支持台75は不図示の移動機構によりXYZの各方向に移動可能であり、これにより細胞培養容器1を任意の位置に調整することが可能である。支持台75は、例えば、透明発熱体が形成されたガラスを含んで構成され、細胞培養容器1の底部32へレーザー光7を透過させると共に、細胞培養容器1全体の温度を制御する。
なお、細胞培養容器1の大きさ、構造等に応じて、レーザー光7の光路となる部分に開口部が形成されている支持台75を用いることもできる。
【0021】
本実施形態の細胞培養基材14は、金微粒子の濃度の異なる複数のゲルが積層されたものであってもよい。例えば、細胞培養基材14は、金微粒子を含むゲル15の下に、金微粒子を含まないかゲル15より低濃度で含むゲルの層を配置したものとすることができる。複数のゲルの層を備えることにより、発熱層であるゲル15の厚さが面内で概ね均一となる。これにより、レーザー光7の照射条件の調整が容易となり、照射部位を変えた場合であっても細胞の単離が容易となる。
【0022】
図3は、細胞培養容器1のXZ平面の断面図を示したものである。
本実施形態の細胞培養基材14は、ゲル15の厚さを、例えば0.4mm以上、0.5mm以上1.7mm以下、0.5mm以上1.2mm以下とすることができる。ゲル15の厚さが薄すぎるとゲル15を均一または平坦に作成することが難しくなる傾向がある。一方でゲル15の厚さが厚すぎると、流路23を満たす培養液の量が少なくなり、細胞の培養が難しくなる傾向がある。また、ゲル15に到達する光が減弱し、細胞50近傍での金微粒子13の発熱量が減少することがあるため、細胞50の取得が難しくなる可能性がある。
ここで、ゲル15の厚さは、細胞培養容器1の底部32の表面からの厚さの平均をいう。
【0023】
細胞培養後、レーザー光7を照射する前に、ゲル15を加温してもよい。これにより、ゲルを変性させるためにレーザー光を照射する時間を短くすることができ、選択細胞500へのレーザー光による影響を低減することもできる。ゲル15の加温方法の一例として、
図4に示すように、注入口21から流路23に矢印の方向に沿って、ゲルに全体的な変性が起きる温度未満の温度、例えば、37℃以上40℃未満の温度の液体(例えば培養液)を注入する方法が挙げられる。注入口21から流路23にゲルに全体的な変性が起きる温度未満の液体51を供給することにより、選択細胞500の周囲の温度が上昇する。
ゲル15の加温には、支持台75の発熱体を用いてもよく、細胞培養容器1を温度制御可能なインキュベータに載置してもよく、またこれらの方法を二以上併用してもよい。
また、流路23内の液体51は、レーザー光7を照射したときに、選択細胞500の近傍でのゲル表面温度の上昇を抑制し、選択細胞の剥離の効率を下げる傾向がある。そのため、レーザー光7を照射する前に、注入口21に空気を注入するか、排出口22から液体を吸引することにより、液体51を排出口22より除去してもよい。液体51の除去は完全でなくてもよく、一部の液体が流路23に残っていてもよいが、残存する液体が多すぎると、選択細胞500の近傍でのゲル表面温度の上昇が抑制されるため、選択細胞500の取得効率を上げることが難しくなる。また、液体を除去しすぎると細胞50に障害を与える可能性がある。例えば、液体が、ゲル14の搭載面11から0.1mm~0.8mmとなる程度に液体51を除去してもよい。
なお、ここで液体を除去しておくと、レーザー照射後、流路23に液体を流す際、気体と液体の界面がゲル14の搭載面11を通過するので、選択細胞500により大きなせん断応力がかかり、剥離しやすいという効果も得られる。
【0024】
図5は、目的の細胞にレーザー光7を照射する操作を模式的に示した図である。液体51を除去する場合はその後、選択細胞500の近傍にレーザー光7を照射すると、ゲル15中の金微粒子13が光熱変換し、選択細胞500の足場となっているゲルまたは周囲の環境の物理的または化学的特性が変化するため、選択細胞500を搭載面11に付着させている力が弱まり、流路に液体を流すと、せん断応力により選択細胞500が搭載面11から剥離する。
【0025】
図6は、目的の細胞にレーザー光7を照射した後の操作を模式的に示した図である。レーザー光7により搭載面11に対する接着性が弱くなった選択細胞500は、流路15に液体を流すことにより、液体のせん断応力によって搭載面11から剥離し、液体によって排出口22に押し流されるので、排出口22から液体ごと回収することができる。
流路15に液体を流す速さは、当業者が適宜決定することができる。
【0026】
(細胞培養基材1の製造方法)
図7は、本実施形態の細胞培養容器1の製造方法の流れを示すフローチャートである。
ステップS1001において、所定の体積平均径を有する金微粒子13を含む溶液を調製する。例えば、特開2013-233101号公報に記載の方法のように、金イオンを含む溶液(HAuCl4等)中で還元剤(アスコルビン酸、ヒドロキノン、クエン酸等)の存在下に、金からなる種核を成長させて得ることができる。ステップS1001が終了したら、ステップS1003に進む。
金微粒子13の体積平均径は、調整した金微粒子13をレーザー回折式粒度分布測定装置で測定することができる。粒度分布測定装置を用いず、簡易的に測定する場合は、透過型電子顕微鏡を用いて撮像し、解析ソフトウェア等を用いて測定して算出することができる。
【0027】
ステップS1003において、ステップS1001で調製された金微粒子13を含む溶液を用いてコラーゲンと金微粒子13とを含む混合溶液を調製し、細胞培養容器1の底板32の上に加えて静置する。混合溶液が固まると、コラーゲンゲル中に金微粒子13が分散され包埋される。ステップS1003が終了したら、ステップ1005に進む。
【0028】
ステップS1005において、細胞培養容器1の底板32の上に形成されたゲル層の上に、流路23が形成されるように上板31を被せる。流路23の高さは、ゲル層の厚さにより異なるが、例えば、ゲル表面から0.2mm以上2.0mm以下、0.5以上1.5mm以下、0.8mm以上1.2mm以下とすることができる。ステップS1005が終了したら、処理を修了する。
【0029】
図8は、本実施形態の細胞培養容器1を用いた細胞の取得方法および生産方法の流れを示すフローチャートである。ステップS2001において、細胞培養基材14の表面、すなわち搭載面11の上で細胞を培養する。ステップS2001が終了したら、ステップS2003に進む。
【0030】
ステップS2003において、支持台75の温度を適宜調節し、細胞培養容器1をゲル15の全体的な変性が起きる温度未満の温度に加熱する。レーザー光7の照射を行う前に細胞培養容器1の温度を上げることで、レーザー光7の照射時間を短くすることができ、選択細胞500への細胞傷害性を低減することができる。ステップS2003が終了してから、ステップS2005に進んでもよく、ステップS2003は、その後ステップS2005からS2013のいずれかまで、継続して行ってもよい。
【0031】
ステップS2005において、ゲル15の全体的な変性が起きる温度未満の温度に加温した液体(例えば培養液)51を注入する。レーザー光7の照射を行う前に液体51の温度を上げることで、レーザー光7の照射時間を短くすることができ、選択細胞500への影響を低減することができる。ステップ2005が終了したら、ステップ2007に進む。なお、ステップS2003とステップS2005の順序は、適宜前後してもよく、平行して操作を行ってもよい。
【0032】
ステップS2007において、細胞培養容器1内の液体51を流路23から除去する。液体51の除去は、細胞培養容器1の注入口21から空気を注入するか、または排出口22から液体51を吸引することにより行う。ステップS2007が終了したら、ステップS2009に進む。ステップS2009では、搭載面11上で培養された細胞50の中から、取得する細胞50(選択細胞500)を選択する。必要に応じて、蛍光蛋白質が発現している細胞50や、構造的特徴を持った細胞50が選択される。
なお、ステップS2005からステップS2009は順序を変えてもよい。例えば、加温した液体51を注入し、細胞50を選択してから、液体51を除去してもよく、細胞50を選択してから加温した液体51を注入し、液体51を除去してもよい。
【0033】
ステップS2011において、ゲル15における選択細胞500の近傍の収束位置に向けてレーザー光7を照射する。ゲル15の搭載面11と反対の面側からレーザー光7を照射することで、細胞50に直接光が当たり細胞傷害を引き起こすことを避けることができる。ゲルの変性により選択細胞500と搭載面11との結合が弱まる。ステップS2011が終了したら、ステップS2013に進む。まとめて回収する選択細胞500が複数存在する場合、ステップS2009とステップS2011を複数回繰り返し、すべての選択細胞500に対してステップS2011を行ったら、ステップS2013に進む。また、細胞を選択するステップS2009を、加温した培養液を注入するステップS2005及び培養液を除去するステップS2007の前に行う場合であって、選択細胞500が複数存在する場合は、ステップS2009を複数回繰り返してすべての細胞を選択してから、ステップS2005及びステップS2007を行い、その後ステップ2011を繰り返してすべての選択細胞500にレーザーを照射するとよい。
【0034】
ステップS2013において、細胞培養容器1の流路23に液体を流すことにより、選択細胞500は、液体のせん断応力によりゲル15の搭載面11から剥離し、排出口22に流されるので、選択細胞500を排出口22から回収する。ステップ2015において、回収した選択細胞500を、他の培地等に配置して培養を行うことができる。ステップS2015が終了したら、処理を終了する。なお、ステップS2013において、選択細胞500を回収したら、ステップS2003に戻って他の細胞50を選択細胞500として取得してもよい。また、回収した選択細胞は、そのまま臨床、研究、工業用等の様々な用途に使用してもよい。
【0035】
上述の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の細胞培養容器1は、流体を注入する注入口と、流体を排出する排出口と、前記注入口と排出口を結び、且つ、加熱によって変性するゲル中に金微粒子を分散させてなる細胞培養基材を収納する流路と、を備える。これにより、前記流路に液体を流すことによって、選択した細胞のみをまとめて回収することができ、単位時間当たりの細胞回収数を多くすることができる。
【0036】
(2)本実施形態の細胞の取得方法は、第1の態様の細胞培養容器で培養された細胞から、取得する細胞を選択する工程と、前記選択された細胞の近傍の前記ゲルに光を照射する工程と、前記細胞培養容器の前記流路に液体を流す工程と、前記細胞培養容器の前記排出口から細胞を回収する工程と、を含む。これにより、前記流路に生じた走流によって、選択した細胞を回収することができ、単位時間当たりの細胞回収数を多くすることができる。
【0037】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【0038】
(実施例)
【0039】
iPS細胞を用いてiPS細胞から分化誘導された心筋細胞を用いて本実施形態の細胞の取得を行った。
【0040】
(試薬調製)
・カルシウム・マグネシウム不含有リン酸緩衝食塩水[PBS(-)]
NaCl(4.003 g)、KCl(0.1003 g)、KH2PO4(0.1006 g)、NaH2PO4(0.575 g)をイオン交換水(500 mL)に溶かした後 、オートクレーブで滅菌してPBS(-)を調製した。
・10倍無機塩培地
イオン交換水(10mL)へCaCl2 無水物(20.2mg)、MgCl・6H2O (23.5mg)、KCl(40.4mg)、NaCl(639.7mg)、NaH2PO4 ・2H2O(14.1mg)を加えて溶解させて10倍無機塩培地を調製した。
・再構成溶液
NaOH(0.05M,10mL)へNaHCO3(219.7mg)、HEPES(477.12 mg)を加えて溶解させて再構成溶液を調製した。
・希塩酸
0.05MのHCl水溶液をpHメーター(堀場製作所社製、pH/CONDMETER D-54)を用いてpH3.0に調整することで希塩酸(pH3.0)を作製した。ここで、10倍無機塩培地、再構成溶液、希塩酸(pH3.0)はそれぞれフィルター(ADVANTEC社製、孔径0.20μm)を用いてフィルター滅菌した。
・濃縮金ナノ粒子(AuNP)溶液
4mL(2mL×2)の、金ナノ粒子を成長させた溶液であるGrowth溶液(S.Yagi, et al, JElectrochem Soc, 159, H668 (2012)参照)を遠心管に入れ25℃、回転数3000rpmで20分間遠心分離した。上澄み溶液(1.8mL×2)を除去し、超純水(1.8mL×2)を添加し、再度同じ条件で遠心分離した。その後、上澄み溶液(1.8mL×2)を除去し、超純水(0.2mL×2)を添加し還元剤濃度を希釈した濃縮AuNP溶液(Au500μM)を作製した。金ナノ粒子の体積平均径は、調整した金ナノ粒子を透過型電子顕微鏡(日本電子社製,JEM-2000F,加速電圧200kV)を用いて撮像し、解析ソフトウェア(ケニス社製,Photomeasure(登録商標))を用いて測定して算出した。
【0041】
(ゲル作製)
クリーンベンチ(昭和科学社製,S-1001PRV)内で、細胞培養用基材(新田ゼラチン社製,Cellmatrix(登録商標)I-A,コラーゲン濃度0.3wt%,pH3.0,0.56mL)へ希塩酸(0.42mL)、濃縮金ナノ粒子(AuNP)溶液(0.70mL)、10倍無機塩培地(0.20mL)、再構成溶液(0.20mL)を氷冷下で、この順番で加えてコラーゲンゲル溶液(2.1mL)を調製した。これを、氷冷下で、96穴プレート(Nunc社製)に入れた後、ダイレクトヒートCO2インキュベータ内で37℃下、30分間インキュベーションし、金ナノ粒子包埋コラーゲンゲルを作製した。その後、37℃下でゲル上へPBS(-)を100μL/well加え、6時間インキュベーションすることでゲルを洗浄した。
【0042】
(培養チップの作製)
レーザー加工機を用い、アクリル板に、高さ1.0mmの流路が形成されるようにアクリル板をPDMS(ポリジメチルシロキサン;厚さ100μm)シートを用いて貼りあわせた。この流路に、上記で作製した金ナノ粒子包埋コラーゲンゲルをゲルの高さが0.5mmとなるまで加え、ダイレクトヒートCO
2インキュベータ内で37℃下、30分間インキュベーションした。次に、ゲル表面から上板の底面までの高さが0.5mmとなるように加工したアクリル板の上板をPDMSシートを用いて接着し、培養チップを作製した。作製した培養チップの上面図と断面図を
図9に示す。
【0043】
(細胞播種および剥離)
文献(Biochem Biophys Res Commun, 425;321:2012)にしたがって、バイオリアクターを用いた浮遊培養系で、ヒトiPS細胞を心筋細胞に分化させた。
浮遊培養系においてヒトiPS細胞はバイオリアクターの内表面に接着することなく細胞同士が相互に接着し、球状の細胞凝集塊(胚様体)を形成しながら増殖する。その胚様体の中で上述の心筋細胞分化は進行し、自立拍動心筋細胞を含んだ胚様体が出現する。この浮遊培養バイオリアクターを用い心筋細胞分化を17日間行った。分化17日後の胚様体を分散させシングル細胞を得るために酵素等処理を行った。心筋細胞の障害を避けるためマイルドな処理方法(通常細胞の継代時に使用する濃度の5分の1の濃度のトリプシン/EDTAで処理)を用いシングル細胞を獲得した。この方法を用いることで毎回再現性良くシングル細胞を得ることができた。
作製した培養チップに通常動物細胞用培地ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(10%牛胎児血清および1%ペニシリン-ストレプトマイシン含有)で分散させた前記心筋細胞(6000cell/well)を注入口から流路に流し込み、37℃で4日間培養した。
培養終了後、培養チップを37℃に保温した保温チャンバー(細胞培養用コンパクトチャンバーC-150AW;○○社製)に移した。次に、培養チップの注入口と排出口にチューブを設置した後、シリンジを用いて40℃に加温した培養液を注入した。次に、空気を注入して、排出口から培養液を除去した。続いて、上記保温チャンバーを顕微鏡の支持台に設置し、拍動する心筋を顕微鏡下で検出し、その心筋細胞へスポット径が最小となるように設定し光照射し、空気置換細胞剥離チップを得た。
対照として、空気を注入せずに、培養液を残したまま、光照射する以外は上記と同様にして、空気無置換細胞剥離チップを得た。
【0044】
電動Ti-E顕微鏡に光刺激装置(Ti-LAPP FRAPモジュール)を取り付けた。光刺激装置にレーザーをファイバによって導入し、XYZ 軸方向に観察光学系とは独立して駆動させることが出来る構成とした。また精密な温度管理をするために、保温箱で顕微鏡を覆い、さらにチップの周辺を小型インキュベータ(C150-HA 株式会社ブラスト)で覆った2 重の保温構造とした。チップへの培養液の導入は、50mL 遠沈管に入れた培養液をダイアフラムポンプでチューブを通じてブロックヒーターへ送り、予熱してから行った。予熱しない場合、細胞剥離時に培養液の温度が低下してレーザー照射で熱変性した金ナノ粒子包埋コラーゲンゲルが熱変性前の状態に戻ってしまうことがあるからである。ブロックヒーターの後は、チューブを流量計/温度計(SLI-2000 センシリオン(株))に接続し、流量と培養液の温度をモニターした。チューブは、流量計/温度計の後、チップに接続され、チップの後は回収/廃液容器に接続した。空気の注入はチップと流量計/温度計の間にあるチューブに針を刺し、そこからシリンジで空気を入れた。観察は4倍、10倍の対物レンズ(ニコン社製,Plan-Fluor)を用いて行った。
光照射は、1.0秒の間隔で2.0秒間5回行った。
細胞剥離の手順は以下のようにした。まず、ターゲットとなる心筋細胞を10 倍位相差観察によって目視検出する。次に、空気を50~100μL 程度(流路が空気で満たされる程度)注入して、流路から培養液を除去した。そして、フィルターをレーザー照射用に変え、レーザーを2 秒~20秒程度照射した。照射時間はレーザーパワーによって調整する。レーザー照射後、排出口から吸引するか、注入口から培養液を送液することにより、流路に培養液を流して心筋細胞に外力を加え剥離した。
【0045】
(細胞回収)
光照射後、40℃に保温した培養液を、シリンジを用いて培養チップの注入口から5ml/分の流速で注入し、排出口に設置したチューブから剥離した細胞を回収した。
【0046】
(結果)
回収した培養液から取得した心筋細胞は拍動を有し、本発明の方法によれば細胞に障害を与えることなく回収できることが確認できた。
光照射する前に、培養液除去した場合は、除去しなかった場合に比較して、目的の細胞を剥離・回収できる確率が高い傾向が見られた。
この結果、光照射する前に空気を置換することにより培養液を除去することで、選択した細胞の取得の効率を上げることができることが判明した。
【符号の説明】
【0047】
1…細胞培養容器、7…レーザー光、10…第1の層、11…搭載面、13…金微粒子、14…細胞培養基材、15…ゲル、21…注入口、22…排出口、24…流路、50…細胞、51…培養液、70…顕微鏡、500…選択細胞、1000…細胞取得システム