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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-28
(45)【発行日】2024-07-08
(54)【発明の名称】アーバスキュラー菌根菌の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/14 20060101AFI20240701BHJP
   A01H 17/00 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
C12N1/14 C
C12N1/14 B
A01H17/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019208775
(22)【出願日】2019-11-19
(65)【公開番号】P2021078419
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-11-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 2019年8月11日 ウェブサイトのアドレス https://www.biorxiv.org/content/10.1101/731489v1
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「共生ネットワークの分子基盤とその応用展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 勝晴
(72)【発明者】
【氏名】秋山 礼伊
(72)【発明者】
【氏名】川口 正代司
(72)【発明者】
【氏名】田中 幸子
(72)【発明者】
【氏名】矢野 幸司
(72)【発明者】
【氏名】秋山 康紀
【審査官】井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-170973(JP,A)
【文献】特表平08-510380(JP,A)
【文献】特開昭61-249393(JP,A)
【文献】特開平11-225746(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 17/00
C12N 1/14
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーバスキュラー菌根菌の胞子又はアーバスキュラー菌根菌の胞子及び菌糸が埋め込まれたゲルを、2μg/mLを超える濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸を含む液体培地中に浸漬して培養することを特徴とする、アーバスキュラー菌根菌の培養方法。
【請求項2】
前記ゲルが、ゲル化剤としてゲランガム及び/又は寒天を含む、請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
アーバスキュラー菌根菌の純粋培養方法である、請求項1又は2に記載の培養方法。
【請求項4】
トリゴラクトン、及び有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種が、前記液体培地中に更に含まれる、請求項1~3のいずれか一項に記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーバスキュラー菌根菌の培養方法、及びアーバスキュラー菌根菌の培養に用いるゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
菌根菌は植物と共生して菌根を作り、その菌糸から主としてリンや窒素を吸収して宿主植物に供給する。中でも内生菌根菌の1種であるアーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhizal fungi)は、特定の植物とのみ共生するのではなく、多数の宿主植物と共生するので、農産物の育成における重要性は大きい。また、アーバスキュラー菌根菌の共生は、リン等の吸収促進の他にも、耐病性の向上や水分吸収の促進にも貢献する。特に、リン資源であるリン鉱石の枯渇が懸念されていることから、リン肥料を軽減するためにもアーバスキュラー菌根菌の更なる活用が望まれる。
【0003】
ところで、アーバスキュラー菌根菌は宿主植物根を必要とする絶対共生菌であるため、その培養のために宿主植物が必要となる。菌根菌を培養する方法として、殺菌した土壌や砂などを利用したポット培養法がある。また、ポット培養法の改良法として、液体肥料を噴霧しながら培養するエアロポニック培養法、形質転換したニンジン毛状根を用いるin vitro系培養法などもある。これらのいずれの方法も、宿主植物との共生による二者培養法である。
【0004】
しかしながら、二者培養法は、雑菌の混入(コンタミネーション)の危険性がある、菌根菌の増殖効率が植物の状態に大きく依存する、培養のための土地の確保などによりコストが高くなるといった問題点があり、アーバスキュラー菌根菌のみを純粋培養できる簡便な方法が望まれる。
【0005】
これまでのところ、アーバスキュラー菌根菌を改変M培地で純粋培養すると、まれに小さな胞子様の構造を形成することが報告されている(非特許文献1)。また、純粋培養する方法として、特許文献1ではトリプトファンダイマーやロイシルプロリンを加えた培養基で菌根菌を培養することで菌根菌の純粋培養が容易にできることが、特許文献2ではアミン又はアミン誘導体を加えた培養基で菌根菌を培養することで菌根菌の純粋培養が容易にできることが報告されている。
【0006】
特許文献3や非特許文献2では、本発明者らは、アーバスキュラー菌根菌を培養し得る基礎培地、例えば改変M培地中に、炭素数が13~18の脂肪酸、好ましくはミリスチン酸やパルミチン酸及び/又はそれらの塩の1種又は2種以上を2μg/mL(約10μM)を越える濃度で含む培地、さらにはストリゴラクトン、ペプトンのような有機性窒素源を含む培地中で培養することで、アーバスキュラー菌根菌を効率よく純粋培養できることを報告している。
【0007】
しかしながら、今まで開発されたアーバスキュラー菌根菌の純粋培養の方法は、固形培地や液体培地を利用した方法であり、増殖した胞子が小さく未熟であったり、大量培養には課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2009-95332号公報
【文献】特開2014-68600号公報
【文献】特開2018-170973号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Hildebrandt, U., Ouziad, F., Marner, F. J. & Bothe, H. The bacterium Paenibacillus validus stimulates growth of the arbuscular mycorrhizal fungus Glomus intraradices up to the formation of fertile spores. FEMS Microbiol. Lett. 254, 258-267 (2006).
【文献】Kameoka, H., Tsutsui, I., Saito, K., Kikuchi, Y., Handa, Y., Ezawa, T., Hayashi, T., Kawaguchi, M. & Akiyama, K. Stimulation of asymbiotic sporulation in arbuscular mycorrhizal fungi by fatty acids. Nat. Microbiol. 4, 1654-1660 (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、アーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、胞子生産も増加させることが可能である、アーバスキュラー菌根菌の培養方法、及び当該培養方法に使用できるゲルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
従来の液体培地は菌糸が絡まって塊になることで培養容器内で均一に増殖できず、培養効率が悪くなるという問題があり、固形培地は枯渇した栄養等の追加が困難であり、長期の培養には適さないという問題がある。そこで、本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、アーバスキュラー菌根菌の胞子をゲル中に固定化し、当該ゲルを液体培地に浸漬させて培養することで、固体培養及び液体培養と比べてバイオマス生産を増加させることができ、バイオマスの増加に伴い胞子生産も増加させることができるという知見を得た。
【0012】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のアーバスキュラー菌根菌の培養方法及びゲルを提供するものである。
【0013】
項1.アーバスキュラー菌根菌の胞子又はアーバスキュラー菌根菌の胞子及び菌糸が埋め込まれたゲルを液体培地中に浸漬して培養することを特徴とする、アーバスキュラー菌根菌の培養方法。
項2.前記ゲルが、ゲル化剤としてゲランガム及び/又は寒天を含む、項1に記載の培養方法。
項3.アーバスキュラー菌根菌の純粋培養方法である、項1又は2に記載の培養方法。
項4.2μg/mLを越える濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、ストリゴラクトン、及び有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種が、前記液体培地中に更に含まれる、項1~3のいずれか一項に記載の培養方法。
項5.アーバスキュラー菌根菌の胞子又はアーバスキュラー菌根菌の胞子及び菌糸が埋め込まれ、培地を含まないゲル。
項6.ゲル化剤としてゲランガム及び/又は寒天を含む、項5に記載のゲル。
項7.アーバスキュラー菌根菌の純粋培養に用いられる、項5又は6に記載のゲル。
【発明の効果】
【0014】
本発明の培養方法によれば、アーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、胞子生産も増加させることが可能である。
【0015】
また、本発明は、培地交換が容易なことから長期間の培養を可能にするシステムであり、アーバスキュラー菌根菌の大規模生産が可能となる。そして、長期間の培養を行うことで胞子を大量に生産することが可能となる。
【0016】
本発明は、増殖が植物の状態に大きく依存する宿主植物との共存培養法と比較して、安定的且つ簡便にアーバスキュラー菌根菌を増殖させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】固定化培養法の模式図である。
図2】固定化培養法、固体培養及び液体培養でのリゾファガス・イレギュラリスのバイオマス生産を示すグラフである。培養2か月の菌体重量増加量(1接種胞子あたりの乾物増加量)を示す。ミリスチン酸カリウムの終濃度は0.5 mMである。固定化培養法では0.5×改変SC培地を用い、固体培養と液体培養では1×改変SC培地を用いて28℃で培養した。エラーバーは標準誤差(固定化培養法n=6、固体培養n=6、液体培養n=3)を示す。異文字間に有意差有り(Tukey-Kramer検定、P < 0.05)。
図3】固定化培養法、固体培養及び液体培養でのリゾファガス・イレギュラリスの菌糸伸長の比較(左)と固定化培養法で培養した菌の構造(右)を示す写真である。固定化培養法では0.5×改変SC培地に0.5 mMミリスチン酸カリウムを添加した培地を用い、固体培養と液体培養では1×改変SC培地に0.5 mMミリスチン酸カリウムを添加した培地を用いて28℃で2か月間培養した。固定化培養法ではファイタゲル(Phytagel)タブレットの中心部分に胞子を接種し、6穴培養プレートで培養した。固体培養は、12穴培養プレートで培養した。BH:分岐菌糸、DS:娘胞子(次世代胞子)、H:菌糸、MS:親胞子(接種胞子)、RH:ランナー菌糸。
図4】固定化培養法におけるリゾファガス・イレギュラリスのバイオマス生産に対する各種添加物の効果を示すグラフ及び写真である。培養2か月の菌体重量増加量(1接種胞子あたりの乾物増加量)(左)と菌糸伸長の様子(右)を示す。0.5×改変SC培地に各種添加物を加え28℃で培養した。Myr:0.5 mMミリスチン酸カリウム、Glu:5 mMグルコース、Xyl:5 mMキシロース、Raff:5 mMラフィノース、GR24 (ストリゴラクトン):0.1μM GR24、Pep:0.05%ペプトン。エラーバーは標準誤差(n=6)を示す。異文字間に有意差有り(Tukey-Kramer検定、P < 0.05)。
図5】固定化培養法におけるリゾファガス・イレギュラリスのバイオマス生産と胞子生産との関係を示すグラフである。ミリスチン酸カリウム添加区の終濃度は0.5 mMであった。コントロール区には脂肪酸塩を添加しなかった。0.5×改変SC培地にミリスチン酸カリウムと各種添加物を加え28℃で2か月間培養した。菌体重量増加量(1接種胞子あたりの乾物増加量)と新たに形成された胞子の数(次世代胞子数/接種胞子数)との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0019】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0020】
本発明のアーバスキュラー菌根菌の培養方法は、アーバスキュラー菌根菌の胞子又はアーバスキュラー菌根菌の胞子及び菌糸が埋め込まれたゲルを液体培地中に浸漬して培養することを特徴とする。
【0021】
アーバスキュラー菌根菌は、内生菌根菌であり、グロムス亜門(Glomeromycotina)に属する300種程度の菌類で構成されており、アーバスキュラー菌根菌は陸上植物の8割以上と共生関係を築くことができると推定されている。本発明で使用するアーバスキュラー菌根菌の菌種は、特に限定されず、アーバスキュラー菌根菌のいずれの菌種も用いることができる。アーバスキュラー菌根菌としては、例えば、リゾファガス・イレギュラリス(Rhizophagus irregularis)、リゾファガス・クラルス(Rhizophagus clarus)、ギガスポラ・マルガリータ(Gigaspora margarita)などが挙げられる。
【0022】
本発明では、アーバスキュラー菌根菌の培養に、アーバスキュラー菌根菌の胞子又はアーバスキュラー菌根菌の胞子及び菌糸が埋め込まれたゲルを使用することを特徴としており、このようなゲルを用いることでアーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、胞子生産を増加させることが可能となる。このようなゲルを液体培地に浸漬することで、ゲルの内部に培地の栄養成分が浸潤し、ゲル内部に存在するアーバスキュラー菌根菌が栄養成分を利用し増殖できるようになる。本発明では、このように液体培地を用いることから、培地交換、変更及び追加が容易である。そのため、長期間の培養が可能となる。
【0023】
本発明における「アーバスキュラー菌根菌の胞子又はアーバスキュラー菌根菌の胞子及び菌糸が埋め込まれたゲル」とは、ゲルの内部にアーバスキュラー菌根菌の胞子や菌糸が存在するゲルを意味し、ゲルの中心部分にアーバスキュラー菌根菌の胞子や菌糸が存在することが望ましい。ゲルの大きさとしては、特に制限されず、液体培地がゲルの内部まで浸潤することが可能な程度の大きさであることが望ましい。また、ゲルの形状についても特に制限されず、例えば、立方体、直方体、楕円球、球、円柱などの形状が挙げられる。本発明において、ゲルを液体培地に浸漬することで液体培地から栄養成分が得られるため、調製した段階では、アーバスキュラー菌根菌の胞子が埋め込まれたゲルには培地などのアーバスキュラー菌根菌の増殖に必要な栄養成分が含まれている必要は無い。そのため、アーバスキュラー菌根菌の胞子(及び菌糸)が埋め込まれたゲルは、アーバスキュラー菌根菌の増殖に必要な栄養成分、特に培地を含まないことが望ましい。
【0024】
アーバスキュラー菌根菌の胞子(及び菌糸)が埋め込まれたゲルの調製に使用されるゲル化剤としては、アーバスキュラー菌根菌の培養に使用可能なものであれば特に限定されず使用することができ、天然及び人工のゲル化剤のいずれであってもよい。そのようなゲル化剤としては、例えば、ゲランガム、寒天、ゼラチン、シリカゲル、アクリルアミド、グルコマンナン、メチルセルロース、アラビアガム、スターチ、アルギン酸ナトリウム、カラギーナン、ベントナイト、アルギナート、コラーゲン、融解石英、水溶性デンプン、ポリアクリレート、セルロース、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、デキストラン、ポリサッカライドなどが挙げられる。好ましくは、ゲランガム及び寒天であり、特に好ましくはゲランガムである。ゲル化剤は、1種単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。ゲル化剤の添加量は、特に限定されず、ゲルを形成できる範囲から適宜決定することができる。アーバスキュラー菌根菌の胞子(及び菌糸)が埋め込まれたゲルの調製方法としては、特に限定されず、例えば、実施例に記載されているような方法により調製することができる。
【0025】
本発明における液体培地には、(1)2μg/mLを越える濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、(2)ストリゴラクトン、及び(3)有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種が含まれることが好ましい。特許文献3で報告されているように、培地中に炭素数13~18の飽和脂肪酸(並びにストリゴラクトン及び/又は有機性窒素源)を添加することで、アーバスキュラー菌根菌の純粋培養において、胞子の形成量を増加させることできる。
【0026】
炭素数13~18の飽和脂肪酸としては、直鎖脂肪酸、分岐鎖脂肪酸(イソ脂肪酸、アンテイソ脂肪酸など)のいずれでもよく、例えば、炭素数14のミリスチン酸、炭素数15のペンタデシル酸、炭素数16のパルミチン酸、炭素数18のステアリン酸などが挙げられる。中でも、好ましくはミリスチン酸、パルミチン酸である。炭素数13~18の飽和脂肪酸としては、1種又は2種以上を使用できる。また、飽和脂肪酸は遊離の状態で使用してもよいし又は塩の状態で使用してもよい。塩としては、特に限定されず、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。好ましくは、水溶性の塩(例えば、カリウム塩)である。なお、本発明における飽和脂肪酸には、飽和脂肪酸の塩も含まれる。
【0027】
炭素数13~18の飽和脂肪酸の培地中濃度は、適宜決定することができ、好ましくは2μg/mLを越える濃度であり、より好ましくは5μg/mL以上であり、更に好ましくは10μg/mL以上であり、特に好ましくは20μg/mL以上である。また、濃度の上限値は、菌根菌の生育を阻害しない程度であればよく、好ましくは1 g/mL、より好ましくは0.1 g/mL、更に好ましくは10 mg/mL、特に好ましくは2 mg/mLである。
【0028】
ストリゴラクトンは、菌糸分岐誘導物質(Branching factor:BF)として単離同定された物質である。ストリゴラクトンの培地中濃度は、適宜決定することができ、好ましくは0.1 ng/mL以上、より好ましくは0.5 ng/mL以上、更に好ましくは1 ng/mL以上、特に好ましくは10 ng/mL以上である。また、濃度の上限値は、悪影響を与えない範囲であればよく、好ましくは1 mg/mL、より好ましくは0.5 mg/mL、更に好ましくは0.1 mg/mL、特に好ましくは10μg/mLである。
【0029】
これらの飽和脂肪酸やストリゴラクトンは、いわゆる基礎培地に添加される。
【0030】
基礎培地は、アーバスキュラー菌根菌の培養に使用できる培地であれば特に限定されない。基礎培地は必須構成成分として、グルコース、マンノース、キシロース、フルクトース、ガラクトース、スクロース、ラクトース、ラフィノースなどの資化性糖とリン酸水素ナトリウムなどの無機塩を含む培地であり、その他に必要に応じて、酵母粉末や酵母エキス、チアミンやピリドキシン等の各種ビタミン類、ペプトン、麦芽エキス、NZアミン(カゼインの酵素加水分解物)等の有機性窒素源、無機酸等のpH調整剤などを含む。公知の基礎培地として、例えば、M培地、改変M培地、SC培地が挙げられる。胞子形成の観点からは、ペプトンのような有機性窒素源を含む培地が好ましい。さらに、必要に応じて、パルミトレイン酸(C16:1)のような炭素数が14~18である不飽和脂肪酸を培地に加えることもできる。また、必要に応じて培地のpHが調整される。培地のpHは、使用時において酸性側、特に5~7であることが望ましい。
【0031】
本発明の培養方法の培養条件(温度、培養時間等)は、アーバスキュラー菌根菌を培養可能であれば特に限定されず、例えば、菌根菌の一般的な培養方法と同様の条件により行うことができる。培養温度としては、通常25~35℃、好ましくは28℃である。また、培養は、宿主植物との共存培養法ではなく、アーバスキュラー菌根菌単独の純粋培養であることが望ましく、静置培養で行うことも望ましい。本発明の培養方法では、液体培地を使用するため、培養中に培地の交換、変更及び追加を行うことが可能である。さらに、本発明の培養方法では、継代培養を行ってもよい。本発明の培養方法の純粋培養により得られるアーバスキュラー菌根菌には、宿主植物との共生培養ではないため植物の根の組織は含まれない。
【0032】
本発明の培養方法によれば、アーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、胞子生産も増加させることが可能となる。また、本発明は、培地交換が容易なことから長期間の培養を可能にするシステムであり、アーバスキュラー菌根菌の大規模生産が可能となる。本発明の培養方法では、後述する実施例で示すようにバイオマスの増加に伴い胞子生産も増加するので、長期間の培養を行うことで胞子を大量に生産することが可能となる。本発明は、増殖が植物の状態に大きく依存する宿主植物との共存培養法と比較して、安定的且つ簡便にアーバスキュラー菌根菌を増殖させることができる。また、固形培地及び液体培地での純粋培養と比較しても、バイオマスを増加させ、菌糸伸張を増加させることができる。
【実施例
【0033】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0034】
<使用菌株>
リゾファガス・イレギュラリスDAOM197198(又はDAOM181602)
<培地の組成>
・改変SC培地の組成(脂肪酸を含まない)
【0035】
【表1】
【0036】
<固定化培養法>
固定化培養法の模式図を図1に示した。90 mmφペトリ皿に35 mlの3 M硫酸マグネシウムを含む0.75%ファイタゲル(別名ゲランガム、P8169、Sigma-Aldrich)を流し込み固化させた。ファイタゲルタブレット(直径17.5 mm、高さ6 mm)を2重のコルクボーラー(内径11.5 mmと17.5 mm)でくり抜いた。中心部分のゲルを深さ3 mm、直径11.5 mm程度になるよう薬さじもしくは卓上吸引機(NVP-11、株式会社日伸理化)で除いた。ゲルを取り除いた穴の底面を整えるため、少量の0.75%ファイタゲルを添加し固化させた。中心部分の穴にアーバスキュラー菌根菌(リゾファーガス・イレギュラリス)の胞子を300~400個接種し、3M硫酸マグネシウムを含む0.75%ファイタゲルを添加し固化させた。胞子を接種したファイタゲルタブレットを6穴培養プレート入れ、1ウェルあたり5 mlの改変SC液体培地(通常濃度又は半分の濃度)を加えた。改変SC培地には添加物として0.5 mMミリスチン酸カリウムや5 mM糖(グルコース、キシロース、ラフィノース)、0.1μM合成ストリゴラクトンGR24、0.05%ペプトン(Bacto Peptone、211677、Thermo Fisher Scientific)を加え、28℃暗所で培養した。培養期間中、1カ月に1回、液体培地を交換した。
【0037】
<菌体バイオマスの測定法>
6穴培養プレートのウェル中で菌体を含むゲルをナイフで切断した。1.5倍容量のクエン酸バッファー(8.3 mM クエン酸3ナトリウム、1.7 mMクエン酸、1% Triton X-100; pH 6.0)をウェルに添加し、薬さじで混合した。次に、プレートを50℃で20分間インキュベートした。菌体を含む溶解したゲルを5 mLのマイクロチューブに移し、更に50℃で20分間インキュベートした。サンプルをスイングロータ付き卓上遠心機(H103n、株式会社コクサン)を使用し室温で10分間3,500 rpmで遠心分離した。上清を除去した後、約5 mLのクエン酸バッファーを添加し、50℃で10分間インキュベートし、再度遠心分離した。この工程をもう一度繰り返した。菌体ペレットを残りの1 mLのクエン酸バッファーに懸濁し、1.5 mLの帯電防止型マイクロチューブ(AS-0150R、株式会社イナ・オプティカ)に移した。10分間3,500 rpmで遠心分離後、上清を除去した。菌体ペレットを10分間3,500 rpmで遠心分離することにより1 mLの蒸留水で3回洗浄した。アングルロータを用いて10分間12,000 rpmで遠心分離後、残留水分を完全に除去した。ペレットは48時間70℃で乾燥させた。デシケーターで冷却後、菌体重量をマイクロ電子天秤(BM-252, 株式会社エー・アンド・ディ)を使用して測定した。ウェルに接種した胞子の数は実体顕微鏡で予めカウントした。リゾファガス・イレギュラリスの菌体重量増加量は、ウェルの総菌体乾燥重量を接種した胞子の数で割り、接種した胞子の平均乾燥重量を引くことによって計算した。
【0038】
結果
・バイオマスの比較(図2)
固定化培養法、固体培養、及び液体培養でのリゾファガス・イレギュラリスのバイオマス生産を比較した。データは培養2ヶ月目の菌体生長量を示す(1接種胞子あたりの乾物増加量)。ミリスチン酸カリウムを添加した固定化培養法は、固体培養や液体培養に比べバイオマスが3~4倍に増加した。
【0039】
・菌糸伸長の比較(図3)
固定化培養法、固体培養及び液体培養でのリゾファガス・イレギュラリスの菌糸伸長を比較した。データは培養2ヶ月目の菌糸伸長を示す。固定化培養法は、固体培養や液体培養に比べ旺盛な菌糸伸長を示した。
【0040】
・固定化培養法における各種添加物の効果(図4)
糖の中でもラフィノースを添加することでバイオマス生産が促進された。また、ストリゴラクトンGR24、ペプトン及びラフィノースを組み合わせて添加することでバイオマスが更に増大した。
【0041】
・バイオマス生産と胞子形成の関係(図5)
各種添加物を加えた固定化培養法でバイオマスと胞子生産の関係を解析した。バイオマスが増加するにつれ、胞子生産も増大した。この結果から、固定化培養法でバイオマス生産を促進させると、接種源となる胞子をより多く生産できることになる。
図1
図2
図3
図4
図5