(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-26
(45)【発行日】2024-08-05
(54)【発明の名称】フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド及びその利用
(51)【国際特許分類】
C07K 5/093 20060101AFI20240729BHJP
C07K 5/113 20060101ALI20240729BHJP
C07K 7/06 20060101ALI20240729BHJP
C07K 7/08 20060101ALI20240729BHJP
A01M 23/02 20060101ALI20240729BHJP
【FI】
C07K5/093 ZNA
C07K5/113
C07K7/06
C07K7/08
A01M23/02
(21)【出願番号】P 2020098675
(22)【出願日】2020-06-05
【審査請求日】2023-04-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北野 克和
(72)【発明者】
【氏名】野方 靖行
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特表2001-518287(JP,A)
【文献】特許第5931584(JP,B2)
【文献】特開2009-155295(JP,A)
【文献】BIOFOULING,2019年,VOL.35, NO.4,pp.416-428,https://doi.org/10.1080/08927014.2019.1602123
【文献】Peptides,1989年,Vol.9,pp.1403-1406
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
A01M 23/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ELQDALDIHWRE(配列番号1)から選択される、DAL(アスパラギン酸-アラニン-ロイシン)配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列を含む、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド
を含む、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起剤。
【請求項2】
上記アミノ酸配列は、ELQDALDIHWRE(配列番号1)、ELQDAL(配列番号2)、LQDALD(配列番号3)、QDALDI(配列番号4)、DALDIH(配列番号5)、DAL(配列番号9)及びDALD(配列番号10)からなる群から選ばれる1つのアミノ酸配列であることを特徴とする
、請求項1記載のフジツボ類キプリス幼生の付着誘起
剤。
【請求項3】
ELQDALDIHWRE(配列番号1)から選択される、DAL(アスパラギン酸-アラニン-ロイシン)配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列を含む、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを備えるフジツボ類トラップ装置。
【請求項4】
上記フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを
含浸させたゲルを備えることを特徴とする請求項
3記載のフジツボ類トラップ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フジツボ類キプリス幼生の付着を誘引する機能を有するペプチド、及び当該ペプチドを利用したフジツボ類トラップ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
フジツボ類は自由遊泳性のノープリウス幼生として孵化し、海水中の植物プランクトンなどを捕食する。その後、約1ヶ月程度で、キプリス幼生に変態する。キプリス幼生は、既に成体が固着生活を営んでいる場所が見つかると、その近傍で頭部の触角にあるセメント腺から固着物質を分泌して接着する。このように、フジツボ類は、種の存続のために同種が近接して生息するといった特徴を有する。
【0003】
これに関して、キプリス幼生は、フジツボ成体が分泌するフェロモン様の物質に誘起されて、フジツボ成体の近くに生息するといわれている。実際に、フジツボ成体の抽出液より、76、88及び98KDaの3個のサブユニットからなる糖鎖結合型タンパク質としてSettlement Inducing Protein Complex(SIPC)が単離されている(非特許文献1:Matsumura, K. et al., J. Exp. Zool., 1998, 281及び非特許文献2:Dreanno, C. et al., Proc. Natl. Acad. Sci, USA, 2006, 103, 14396)。
【0004】
また、フジツボ成体が分泌するフェロモン様の物質として、SIPCよりも拡散性の高い、分子量32KDaのWaterborne Settlement Pheromone(WSP)も単離されている(非特許文献3:Endo, N. et al., Biofouling, 2009, 25, 429及び特許文献1:特許第5931584号)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Matsumura, K. et al., J. Exp. Zool., 1998, 281
【文献】Dreanno, C. et al., Proc. Natl. Acad. Sci, USA, 2006, 103, 14396
【文献】Endo, N. et al., Biofouling, 2009, 25, 429
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述したSIPC及びWSPは、分子量が大きいことから化学合成により製造することは非常に困難であり、コスト面から非現実的であった。また、上述したSIPC及びWSPを組み換えタンパク質として製造するとしても、組み換えタンパク質を産生する生物の培養や、組み換えタンパク質の分離精製等が必要でありコストがかかるといった問題がある。
【0008】
以上のように、上述したSIPC及びWSPといったフジツボ類に対する誘起物質は、製造コストの面から現実的に利用することが困難であるといった問題があった。そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、低コストで製造することができる、フジツボ類に対する誘起能を有する新規物質及びその利用を提供することを目的とする。
【課題を解決する手段】
【0009】
上述した目的を達成するために本発明者等が鋭意検討した結果、所定の配列を有するペプチド断片がフジツボ類に対する誘起物質として機能することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は以下を包含する。
(1)DAL(アスパラギン酸-アラニン-ロイシン)配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列を含む、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド。
(2)上記のアミノ酸配列は、ELQDALDIHWRE(配列番号1)から選択されることを特徴とする(1)記載のフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド。
(3)上記アミノ酸配列は、ELQDALDIHWRE(配列番号1)、ELQDAL(配列番号2)、LQDALD(配列番号3)、QDALDI(配列番号4)、DALDIH(配列番号5)、DAL(配列番号9)及びDALD(配列番号10)からなる群から選ばれる1つのアミノ酸配列であることを特徴とする(1)記載のフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド。
(4)上記(1)乃至(3)いずれかに記載のフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを備えるフジツボ類トラップ装置。
(5)上記フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを含浸させたゲルを備えることを特徴とする(4)記載のフジツボ類トラップ装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、3~12アミノ酸残基の範囲の長さを有するペプチド断片であり、低コストに化学合成することができる。また、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは安全性に優れるため、フジツボの付着を防止したい海洋に広く適用することができる。
【0012】
本発明に係るフジツボ類トラップ装置は、3~12アミノ酸残基の範囲の長さを有する低コストに化学合成可能なフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを備える。また、フジツボ類トラップ装置は、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドが安全性に優れるため、フジツボの付着を防止したい海洋に広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明を適用したフジツボ類トラップ装置の一例を示す概略構成図である。
【
図2】本発明を適用したフジツボ類トラップ装置を備える構造体の一例を示す概略構成図である。
【
図3】本発明を適用したフジツボ類トラップ装置を着脱自在に備える構造体の一例を示す概略構成図である。
【
図4】本発明を適用したフジツボ類トラップ装置を備える構造体の他の例を示す概略構成図である。
【
図5】本発明を適用したフジツボ類トラップ装置を備える構造体の更に他の例を示す概略構成図である。
【
図6】実施例で合成したペプチド1を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図7】実施例で合成したペプチド2を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図8】実施例で合成したペプチド3を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図9】実施例で合成したペプチド4を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図10】実施例で合成したペプチド5を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図11】実施例で合成したペプチド6を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図12】実施例で合成したペプチド7を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図13】実施例で合成したペプチド8を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図14】実施例で合成したペプチド9を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【
図15】実施例で合成したペプチド10を用いて、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起試験を行った結果((A)はペプチド添加後6時間、(B)はペプチド添加後24時間)を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド及びこれを用いたフジツボ類トラップ装置について詳細に説明する。
【0015】
本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、DAL(アスパラギン酸-アラニン-ロイシン)配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列を有するペプチド断片である。
【0016】
ここで、ペプチドのアミノ酸配列は、常法に従って、N末端アミノ酸のアミノ酸残基が左側に位置し、C末端アミノ酸のアミノ酸残基が右側に位置するように記述する。したがって、DAL配列とは、N末端側からC末端側に向かってアスパラギン酸、アラニン及びロイシンがこの順にペプチド結合した配列を意味する。
【0017】
DAL配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列とは、DAL配列からなるアミノ酸配列、又は、DAL配列のN末端側及び/又はC末端側に任意のアミノ酸がペプチド結合して全体が4~12アミノ酸残基となってアミノ酸配列を意味する。
【0018】
また、「アミノ酸残基」とは、ペプチド鎖を構成しているアミノ酸の一単位に当たる部分を意味する。「アミノ酸残基」としては、天然若しくは非天然のα-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸、δ-アミノ酸、オルニチン、ホモセリン、ホモシステイン、β-アラニン、γ-アミノブタン酸又はδ-アミノペンタン酸などが挙げられる。アミノ酸残基は、アミノ酸に光学活性体があり得る場合、L体及びD体の何れであってもよいが、L体が好ましい。
【0019】
本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドに含まれる天然のアミノ酸残基を略号で表示する場合、次の略号で記述する。アラニン残基:Ala又はA、アルギニン残基:Arg又はR、アスパラギン残基:Asn又はN、アスパラギン酸残基:Asp又はD、システイン残基:Cys又はC、グルタミン残基:Gln又はQ、グルタミン酸残基:GluまたはE、グリシン残基:Gly又はG、ヒスチジン残基:His又はH、イソロイシン残基:Ile又はI、ロイシン残基:Leu又はL、リジン残基:Lys又はK、メチオニン残基:Met又はM、フェニルアラニン残基:Phe又はF、プロリン残基:Pro又はP、セリン残基:Ser又はS、スレオニン残基:Thr又はT、トリプトファン残基:Trp又はW、チロシン残基:Tyr又はY、バリン残基:Val又はV。
【0020】
また、任意のアミノ酸としては、上述した天然のアミノ酸以外に2-アミノアジピン酸(略号:Aad)、3-アミノアジピン酸(略号:bAad)、β-アラニン(略号:bAla)、2-アミノ酪酸(略号:Abu)、4-アミノ酪酸或いはピペリジン酸(略号:4Abu)、6-アミノカプロン酸(略号:Acp)、2-アミノヘプタン酸(略号:Ahe)、2-アミノイソ酪酸(略号:Aib)、3-アミノイソ酪酸(略号:bAib)、2-アミノピメリン酸(略号:Apm)、2,4-ジアミノ酪酸(略号:Dbu)、デスモシン(略号:Des)、2,2'-ジアミノピメリン酸(略号:Dpm)、2,3-ジアミノプロピオン酸(略号:Dpr)、N-エチルグリシン(略号:EtGly)、N-エチルアスパラギン(EtAsn)、ヒドロキシリジン(Hyl)、アローヒドロキシリジン(略号:aHyl)、3-ヒドロキシプロリン(3Hyp)、4-ヒドロキシプロリン(略号:4Hyp)、イソデスモシン(略号:Ide)、アローイソロイシン(略号:aIle)、N-メチルグリシン或いはサルコシン(略号:MeGly)、N-メチルイソロイシン(略号:MeIle)、6-N-メチルリジン(略号:MeLys)、N-メチルバリン(略号:MeVal)、ノルバリン(略号:Nva)、ノルロイシン(略号:Nle)、オルニチン(略号:Orn)を挙げることができる。
【0021】
フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドにおいて、DAL配列以外のアミノ酸残基の種類は、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起活性を有する限り任意である。また、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドにおけるDAL配列の位置は、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起活性を有する限り任意である。
【0022】
フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドの一例としては、ELQDALDIHWRE(配列番号1)からなるペプチド断片を挙げることができる。また、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドの他の例としては、ELQDALDIHWRE(配列番号1)におけるDAL配列を含む連続する部分アミノ酸配列からなり、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起活性を有するペプチドとすることができる。このようなフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドの他の例としては、より具体的に、ELQDAL(配列番号2)、LQDALD(配列番号3)、QDALDI(配列番号4)、DALDIH(配列番号5)、DAL(配列番号9)及びDALD(配列番号10)を挙げることができる。
【0023】
ただし、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、これら配列番号1~6のアミノ酸配列に限定されず、1又は複数のアミノ酸残基が置換したアミノ酸配列からなるものであっても良い。ここで、これらアミノ酸配列において置換する1又は複数のアミノ酸残基とはDAL配列を除くアミノ酸残基である。これらアミノ酸配列において置換するアミノ酸残基は、1又は2つのアミノ酸残基とすることが好ましく、1つのアミノ酸残基とすることがより好ましい。
【0024】
これらアミノ酸配列において所定のアミノ酸残基を置換する場合、置換前のアミノ酸残基と性質の類似するアミノ酸残基に置換することが好ましい。例えば、「マッキー生化学」第6版「5.アミノ酸・ペプチド・タンパク質」監修:市川厚、監訳:福岡伸一、発行者:曽根良介、発行所:(株)化学同)に記載されているように、アミノ酸は同様の性質(化学的性質や物理的大きさ)を持つ側鎖に従って分類される。また、タンパク質の活性を保持したまま、所定のグループに分類されるアミノ酸残基間における分子進化上の置換が頻度高く起こることがよく知られる。
【0025】
具体的に、中性非極性アミノ酸のうち、脂肪属性の疎水性側鎖をもつアミノ酸であるV(Val、バリン)、L(Leu、ロイシン)、I(Ile、イソロイシン)及びM(Met、メチオニン)からなる脂肪族疎水性アミノ酸グループが挙げられる。また、中性極性アミノ酸のうちヒドロキシメチレン基を側鎖に持つアミノ酸であるS(Ser、セリン)とT(Thr、スレオニン)から構成されるヒドロキシメチレン基グループが挙げられる。さらに、酸性であるカルボキシル基を側鎖に持つアミノ酸であるD(Asp、アスパラギン酸)とE(Glu、グルタミン酸)から構成される。酸性アミノ酸グループが挙げられる。さらにまた、塩基性のアミノ酸であるK(Lys、リジン)とR(Arg、アルギニン)から構成される塩基性アミノ酸グループが挙げられる。さらにまた、α位の炭素元素に側鎖としてメチレン基が結合しその先に極性基を有するアミノ酸であるN(Asn、アスパラギン、極性基はアミド基)、D(Asp、アスパラギン酸、極性基はカルボキシル基)及びH(His、ヒスチジン、極性基はイミダゾール基)から構成されるメチレン基=極性基グループが挙げられる。さらにまた、α位の炭素元素に側鎖としてジメチレン基以上の直鎖炭化水素が結合しその先に極性基を有するアミノ酸であるE(Glu、グルタミン酸、極性基はカルボキシル基)、K(Lys、リジン、極性基はアミノ基)、Q(Gln、グルタミン、極性基はアミド基)、R(Arg、アルギニン、極性基はイミノ基とアミノ基)から構成されるジメチレン基=極性基グループが挙げられる。さらにまた、側鎖にベンゼン核を持つ芳香族アミノ酸であるF(Phe、フェニルアラニン)、Y(Tyr、チロシン)及びW(Trp、トリプトファン)から構成される芳香族グループが挙げられる。さらにまた、側鎖に環状構造を有し、極性も有するアミノ酸であるH(H、ヒスチジン、環状構造と極性基は共にイミダゾール基)及びY(Tyr、チロシン、環状構造はベンゼン核で極性基は水酸基)から構成される環状&極性基グループが挙げられる。
【0026】
以上のように分類されるグループは、それぞれ機能的に類似したアミノ酸から構成される。よって、所定のアミノ酸配列からなるフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドにおいて、所定のアミノ酸残基を置換する場合、同じグループ内のアミノ酸から選択することで、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起機能を維持できる蓋然性が高い。一例として、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチド:ELQDALDIHWRE(配列番号1)においては、N末端又はC末端のグルタミン酸残基を、ジメチレン基=極性基グループを構成するリジン、グルタミン又はアルギニンに置換してもフジツボ類キプリス幼生の付着誘起機能を維持する蓋然性が高い。
【0027】
所定のアミノ酸配列からなるペプチド断片がフジツボ類キプリス幼生の付着誘起機能を有するかは、例えば以下の方法により確認することができる。先ず、供試するペプチド断片を含む海水を樹脂製の容器内に充填する。そして、容器内の海水にフジツボ類キプリス幼生を加え、所定時間経過した後の当該容器内面に付着したキプリス幼生を計測する。また、比較のため、ペプチド断片を含まない以外は同様な方法で容器内面に付着したキプリス幼生を計測する。供試するペプチド断片が存在する条件下で、容器内面に付着したキプリス幼生の数が統計的に有意に増加しているならば、当該ペプチド断片についてフジツボ類キプリス幼生の付着誘起機能を有すると判断できる。
【0028】
また、この試験において、キプリス幼生の死滅数を計測し、当該ペプチド断片についてフジツボ類キプリス幼生に対する毒性を有するか判定することができる。この結果に基づけば、供試したペプチド断片について、フジツボ類キプリス幼生に対する毒性がなく、且つ、付着誘起する機能を有するか判断することができる。
【0029】
本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、以上で説明したように最大でも12アミノ酸残基からなるペプチド断片であるため、化学合成により非常に容易に且つ低コストに製造することができる。
【0030】
ペプチド断片を化学的に合成する手法は、特に限定されず、従来公知の手法を適用することができる。ペプチドの化学的合成法としては、後述の実施例に記載した方法、本技術分野において固相ペプチド合成法と総称される方法、本技術分野において液相ペプチド合成法と総称される方法を挙げることができる。固相ペプチド合成法及び液相ペプチド合成法のいずれも、C末端からN末端に向かって、アミノ基に保護基を結合させたアミノ酸を順次結合させる点で共通しており、その後、アミノ基に結合した保護基を除去(脱保護)して次の反応点とする点で共通している。
【0031】
特に、本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、以上で説明したように最大でも12アミノ酸残基からなるペプチド断片であるため、液相ペプチド合成法による大量合成に適している。液相ペプチド合成法のなかでも、いわゆる疎水性タグを用いた液相ペプチド合成法(Y. Okada, H. Suzuki, T. Nakae, S. Fujita, H. Abe, K. Nagano, T. Yamada, N. Ebata, S. Kim and K. Chiba, Tag-Assisted Liquid-Phase Peptide Synthesis Using Hydrophobic Bnezyl Alcohols as Supports, J. Org. Chem., 2013, 78, 320-327.)を適用することが好ましい。
【0032】
疎水性タグとは、可溶性の担体であって固相法で使用される反応を適用できる化合物であり、1つめのアミノ酸のC末端に結合可能な分子である。疎水性タグとしては、3,4,5-三置換ベンジルアルコールを炭化水素鎖で疎水化した化合物を使用することができる。ペプチド合成反応では、当該疎水性タグのベンジルアルコール基に一つ目のアミノ酸のC末端を結合させ、これを基点にして順次、保護基を有するアミノ酸を結合させていき(脱保護したアミノ酸を反応基点とする)、目的とするアミノ酸配列のペプチドを合成する。
【0033】
ここで保護基としては、一般的な固相ペプチド合成法や液相ペプチド合成法で利用されているものを使用することができる。例えば、保護基としては、9-フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)やtert-ブトキシカルボニル基(Boc)を挙げることができる。Fmoc基をペプチド鎖から外す場合(脱保護)には、通常DMF/20%ピペリジン条件が用いられる。またBoc基をペプチド鎖から外す場合(脱保護)には通常トリフルオロ酢酸などが用いられる。
【0034】
ペプチド合成法により合成されたペプチドは、従来公知の方法に準じて精製することができる。例えば、種々のクロマトグラフィー(例えば、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、イオン交換カラムクロマトグラフィー、ゲルろ過、もしくは逆相クロマトグラフィー)等で精製することができる。
【0035】
なお、設計したペプチドにおいて、1つ以上の不斉点がある場合、その不斉点を有するアミノ酸を用いることによって、目的の不斉点を有するペプチドを製造することができる。また、合成したペプチドの光学純度を上げるために、製造工程の適当な段階で光学分割などを行ってもよい。光学分割法として例えば、不活性溶媒中(例えばメタノール、エタノール、もしくは2-プロパノールなどのアルコール系溶媒、ジエチルエーテルなどのエーテル系溶媒、酢酸エチルなどのエステル系溶媒、トルエンなどの炭化水素系溶媒又はアセトニトリルなどの非プロトン系溶媒、およびこれらの混合溶媒)、光学活性な酸(例えば、マンデル酸、N-ベンジルオキシアラニン、もしくは乳酸などのモノカルボン酸、酒石酸、o-ジイソプロピリデン酒石酸若しくはリンゴ酸などのジカルボン酸、又はカンファースルフォン酸若しくはブロモカンファースルフォン酸などのスルホン酸)と塩を形成させるジアステレオマー法により行うことができる。
【0036】
なお、本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、上述のように化学合成法により製造されたものに限定されず、当該付着誘起ペプチドを発現する形質転換体を用いて製造しても良い。形質転換体は、上述した付着誘起ペプチドをコードする核酸を宿主内で発現可能なようにベクターに挿入し、大腸菌、酵母、昆虫細胞等の宿主中で発現させることにより得られる。そして、得られた形質転換体を培養することにより、目的の付着誘起ペプチドを培養物に蓄積させることで生産することができる。また、無細胞タンパク質発現系を適用して、本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを製造しても良い。
【0037】
本発明に係るフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、海洋中に存在するフジツボ類キプリス幼生の固定物への付着を誘起する。ここで、対象となるフジツボ類とは、節足動物門甲殻亜門におけるフジツボ亜目に分類される動物を意味する。より具体的に、フジツボ類としては、特に限定されないが、タテジマフジツボ属(Amphibalanus)、フジツボ属(Balanus)及びオオアカフジツボ属(Megabalanus)を含むフジツボ科(Balanidae)のフジツボ;カメフジツボ属(Chelonibia)を含むカメフジツボ科(Chelonibiidae);アカツキフジツボ科(Chionelasmatidae)のフジツボ;イワフジツボ属(Chthamalus)を含むイワフジツボ科(Chthamalidae)のフジツボ;オニフジツボ属(Coronula)を含むオニフジツボ科(Coronulidae)のフジツボ;サラフジツボ科(Platylepadidae)のフジツボ;サンゴフジツボ科(Pyrgomatidae)のフジツボ;クロフジツボ属(Tetraclita)及びヒラフジツボ属(Tetraclitella)を含むクロフジツボ科(Tetraclitidae)のフジツボ;ムカシフジツボ科(Archaeobalanidae)のフジツボからなる群から選ばれる少なくとも1種のフジツボを挙げることができる。
【0038】
したがって、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドは、フジツボ類トラップ装置に利用することができる。フジツボ類トラップ装置は、海洋中に設置され、フジツボ類キプリス幼生の付着を誘起する機能を有する装置である。すなわち、フジツボ類トラップ装置を海洋に設置することで、フジツボ類トラップ装置及びその周囲の構造物に対してフジツボ類キプリス幼生の付着を誘起することができる。その結果、フジツボ類の付着を防止したい構造物に対するフジツボ類キプリス幼生の付着を防止することができる。
【0039】
例えば、
図1に概略的に示すように、フジツボ類トラップ装置1としては、一主面に複数の開口部2を有す蓋部材3と、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを含むゲル4を収容する筐体5とから構成される装置を挙げることができる。フジツボ類トラップ装置1は、開口部2からゲル4が臨むため、海洋に浸漬されるとゲル4内のフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドが拡散することとなる。
【0040】
ここで、ゲル4は、上述した付着誘起ペプチドを所定の濃度で分散させた高分子化合物溶液を作製し、高分子化合物が架橋して形成されるハイドロゲルを意味する。ゲル4を構成する高分子化合物は、特に限定されず、デンプン、アガロース、ペクチン、カラギナン、ジェランガム、アルギン酸ナトリウム、アクリルアミド及びコラーゲン様ペプチド等を挙げることができる。また、ゲル4は、特許第5931584号に開示された硬脆性ゲル及び軟伸性ゲルの混合相と前記軟伸性ゲルの単相とからなる親水性ダブルネットワークゲルを適用してもよい。
【0041】
以上のように構成されたフジツボ類トラップ装置を海洋中に設置されると、ゲル4に含まれるフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドが周囲の海中に拡散する。これにより、海中に存在するフジツボ類キプリス幼生は、フジツボ類トラップ装置及びその周囲の構造物に付着する。例えば、フジツボ類トラップ装置を構造物とともに海底に沈めることで、当該構造物の表面にキプリス幼生を付着させることができる。
【0042】
このように、フジツボ類トラップ装置によれば、当該装置及び当該装置に近接する構造物に対してフジツボの付着を誘起できるため、当該装置及び当該構造物から離間した施設・設備に対してフジツボの付着を防止することができる。フジツボの付着を防止する施設・設備としては、特に限定されないが、発電所における機器冷却用海水の取水装置並びに排水装置、工場取水・排水設備、定置網施設(網や錨、網の固定具)、排水溝、港湾施設、船舶係留施設等を挙げることができる。
【0043】
これら施設・設備に対するフジツボの付着を防止するには、より具体的には
図2に示すように、フジツボ類トラップ装置1を構造体10の一主面に取り付けた状態で、当該施設・設備の周囲の海底に沈めるといった方法・方式を採用することができる。構造体10は、例えばコンクリート成形体とすることができ、コンクリートからなる建築廃材としてもよい。また、
図2の例では、構造体10の上面にフジツボ類トラップ装置1を配設したが、フジツボ類トラップ装置1は構造体10の上面及び/又は側面に複数個配設しても良い。
【0044】
さらにまた、フジツボ類トラップ装置1は、
図3に示すように、構造体10に対して着脱自在とすることが好ましい。この場合、フジツボ類トラップ装置1は、所望のタイミングで構造体10から脱離することができる。例えば、フジツボ類トラップ装置1を取り付けた構造体10を海底に沈め、構造体10の表面にフジツボ類キプリス幼生が付着し、フジツボ成体まで成長した段階でフジツボ類トラップ装置1を取り外すことができる。一旦、構造体10表面にフジツボ成体が付着すれば、フジツボ類キプリス幼生はフジツボ成体に近接して構造体10表面に付着できるためである。構造体10から取り外したフジツボ類トラップ装置1は、異なる構造体10等に取り付けられ再利用することができる。
【0045】
図2及び/又は
図3に示したフジツボ類トラップ装置1を取り付けた構造体10は、例えば、発電所の取水装置の近傍に設置することで、当該取水装置に対するフジツボの付着を防止することができる。
【0046】
一方、フジツボ付着による被害としては、漁網の目を詰まらせ養殖魚を窒息させることが大きな問題となっている。例えば、
図4に示すように、海水より比重を軽くした浮遊型のフジツボ類トラップ装置11とすることができる。より具体的に、浮遊型のフジツボ類トラップ装置11としては、一般的に浮きやブイと呼称される球形のフロート部材の表面に
図1に示したようなフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを含むゲル4を臨ませても良いし、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを含む塗料を塗布しても良い。
【0047】
図4に示したフジツボ類トラップ装置11は、アンカー12に対して縄13によって連結されている。縄13の中途部にはフジツボ類トラップ装置11の着脱のための連結環15が配設されており、連結環15を介してフジツボ類トラップ装置11が縄13に連結されている。
図4に示したフジツボ類トラップ装置11は、アンカー12を海底に沈めることで、海底から所定の高さに位置することができる。
図4に示したフジツボ類トラップ装置11は、縄3の長さを調節することで、海底からの所望の高さに設定することができる。したがって、養殖魚を飼育する漁網の下部にフジツボ類トラップ装置11を位置させることで、漁網へのフジツボの付着を防止し、フジツボ類トラップ装置11の表面にフジツボの付着を誘起することができる。
【0048】
また、
図4に示したフジツボ類トラップ装置11は連結環15を介して縄13に連結しているため、容易に取り外すことができる。すなわち、フジツボ類トラップ装置11は、適宜取り替えることができ、長期間にわたって漁網へのフジツボの付着を防止することができる。
【0049】
さらにまた、漁網などの海洋に設置する設備に対するフジツボ類の付着を防止するには、
図4に示したフジツボ類トラップ装置11に限定されず、例えば、
図5(A)及び(B)に示すように、縄状或いは網状のフジツボ類トラップ装置20とすることができる。
図5(A)及び(B)に示すフジツボ類トラップ装置20は、フジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを含む溶液を縄や網に
含浸させて作製することができる。このとき溶液としては、ゲル化前の溶液とすることができ、当該溶液を縄や網に
含浸させた後にゲル化するものであってもよい。また、
図5(A)及び(B)に示したフジツボ類トラップ装置20では、適切な溶媒にフジツボ類キプリス幼生の付着誘起ペプチドを溶解させた溶液に縄や網に
含浸させたものであってもよい。
【0050】
図5(A)及び(B)に示したフジツボ類トラップ装置20は、例えば球形のフロート部材21(浮きやブイとの称される)に着脱自在に連結され海面近傍に設置される。フロート部材21は、図示しないが、海底に対してアンカー等で連結されることで、フジツボ類トラップ装置20を所定の位置に設置することができる。例えば、養殖魚を飼育する漁網を囲うように
図5(A)及び(B)に示したフジツボ類トラップ装置20を設置することができる。これにより、フジツボ類トラップ装置20の表面にフジツボの付着を誘起することができ、漁網へのフジツボの付着を防止することができる。なお、
図5(A)及び(B)に示したフジツボ類トラップ装置20は、漁網以外にも、停泊中の船舶の周囲に設置したり、海洋上に設置した建造物の周囲に設置したりすることで、船底や建造物へのフジツボの付着を防止することができる。また、この場合にも、フロート部材21に連結したフジツボ類トラップ装置20を適宜、取り替えることで長期にわたってフジツボの付着を防止することができる。
【0051】
〔実施例〕
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。本実施例では、下記のタグペプチドを利用した方法により、ペプチド1~10(表1、配列番号1~10)を化学的に合成した。
【0052】
【0053】
ペプチド合成に使用したタグペプチド、アミノ酸のカップリング反応、Fmoc基脱保護反応、全脱保護反応について説明する。
【0054】
〔タグペプチド〕
下記に示すTAG-OH(2,4-bis(docosyloxy)benzylalcohol)とFmoc-アミノ酸をC末端で結合させたFmoc-AA-TAG及び脱保護と伸長を行い生成したペプチドを本実施例においてタグペプチドと称することとする。
【0055】
【0056】
〔カップリング反応〕
Fmoc化/Boc化アミノ酸のカップリング方法では、先ず、脱保護したタグペプチド(1.0 eq)とFmoc化アミノ酸(1.3 eq)、COMU(1.3 eq)をdry THF(20 mL)に溶解させ、DIPEA(2.0 eq)を添加し、室温で30~60分攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、固体を捕集した。なお、本実施例では、詳細を後述するようにペプチド1~10の10種類を合成した。ペプチド1を合成する際には12残基目、ペプチド2~7を合成する際には6残基目、ペプチド9を合成する際には3残基目、そして、ペプチド10を合成する際には10及び11残基目については、Fmoc化アミノ酸に代えてBoc化アミノ酸を使用した。
【0057】
〔Fmoc基脱保護反応〕
Fmoc化を末端に有するタグペプチドをdry THFに溶解させ、室温で撹拌しながらPiperidine(1%)、DBU(1%)を添加し、室温で5~15分攪拌した。TLCによる反応終了確認後、1N HClで塩基を中和し、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、固体を捕集した。
【0058】
〔全脱保護反応〕
タグペプチドをChloroform 5 mLに溶解させ、TFA(19mL、95%)、TIS(250 μL、2.5%)、H2O(250μL、2.5%)を添加し、室温で1~2時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、セライトろ過により不溶性不純物を除去した。得られたろ液に冷diisopropyletherを加えてペプチドを析出させ、溶液をファルコンチューブに移し、凍結遠心(3500 rpm、15 min、-9℃)を行った。上清を捨て、同様の操作をさらに2回行い、固体を得た。得られた化合物はこの後逆相HPLCにより精製を行った。
【0059】
〔ペプチド1(ELQDALDIHWRE)の合成〕
ペプチド1の構造式を下記に示した。
【0060】
【0061】
先ず、TAG-OH(1514.9mg、2.0mmol)とFmoc-Glu(OtBu)-OH・H2O(1154.0mg、2.6mmol、1.3eq)をdry DCM(48mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(24.7mg、0.2mmol、0.1eq)、DIPCI(400μL、2.6mmol、1.3eq)を添加し、室温で1.75時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Glu(OtBu)-TAGの固体を捕集した。
【0062】
その後、ペプチド1のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を11サイクル行い、Boc-E(OtBu)-L-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-I-H(Trt)-W(Boc)-R(Pbf)-E(OtBu)-TAGの固体(1785.9mg、0.5213mmol、over 23 steps、overall yield 26%)を得た。最後にBoc-E(OtBu)-L-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-I-H(Trt)-W(Boc)-R(Pbf)-E(OtBu)-TAG(83.7 mg)の全脱保護を行い、ペプチド1の固体(29.4mg)を得た。
【0063】
HPLCによる分離精製は、溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~10min:20% → 10min~40min:20%~50% → 40 min~60min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C67H102N19O22]+: 1524.7442; found: 1524.7438
【0064】
〔ペプチド2(ELQDAL)の合成〕
ペプチド2の構造式を下記に示した。
【0065】
【0066】
先ず、TAG-OH(757.9mg、1.0mmol)とFmoc-Leu-OH(459.8mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(22mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.5mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で1時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Leu-TAGの固体を捕集した。
【0067】
その後、ペプチド2のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を5サイクル行い、Boc-E(OtBu)-L-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-TAGの固体(1343.7mg、0.7140mmol、over 11 steps、overall yield 71%)を得た。最後にBoc-E(OtBu)-L-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-TAG(110.8 mg)の全脱保護を行い、ペプチド2の固体(28.9 mg)を得た。
【0068】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~15min:20% → 15min~75min:20%~50% → 75min~100min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C29H49N7O12Na]+: 710.3331; found: 710.3338
【0069】
〔ペプチド3(LQDALD)の合成〕
ペプチド3の構造式を下記に示した。
【0070】
【0071】
先ず、TAG-OH(757.9mg、1.0mmol)とFmoc-Asp(OtBu)-OH(535.0mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(30mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.2mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200 μL、1.3mmol、1.3 eq)を添加し、室温で1時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Asp(OtBu)-TAGの固体を捕集した。
【0072】
その後、ペプチド3のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を5サイクル行い、Boc-L-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-TAGの固体(1337.9mg、0.6724mmol、over 11 steps、overall yield 67%)を得た。最後にBoc-L-Q(Trt)-D(OtBu)-ALD-(OtBu)-TAG(104.1 mg)の全脱保護を行い、ペプチド3の固体(22.7mg)を得た。
【0073】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~15min:20% → 15min~75min:20%~50% →75min~100min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C28H47N7O12Na]+: 696.3175; found: 696.3495
【0074】
〔ペプチド4(QDALDI)の合成〕
ペプチド4の構造式を下記に示した。
【0075】
【0076】
先ず、TAG-OH(757.0 mg、1.0mmol)とFmoc-Ile-OH(460.2mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(31mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.7mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で1時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Ile-TAGの固体を捕集した。
【0077】
その後、ペプチド4のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を5サイクル行い、Boc-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-I-TAGの固体(1477.6mg、0.7911mmol、over 11 steps、overall yield 79%)を得た。最後にBoc-Q(Trt)-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-I-TAG(91.9mg)の全脱保護を行い、ペプチド4の固体(25.4mg)を得た。
【0078】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~10 min:20% → 10min~40min:20%~50% →40min ~60min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C28H47N7O12Na]+: 696.3175; found: 696.3332
【0079】
〔ペプチド5(DALDIH)の合成〕
ペプチド5の構造式を下記に示した。
【0080】
【0081】
先ず、TAG-OH(757.8mg、1.0mmol)とFmoc-His(Trt)-OH(806.0mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(23mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.2mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で1時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-His(Trt)-TAGの固体を捕集した。
【0082】
その後、ペプチド5のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を5サイクル行い、Boc-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-I-H(Trt)-TAGの固体(1368.9mg、0.7294mmol、over 11 steps、overall yield 73%)を得た。最後にBoc-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-I-H(Trt)-TAG(64.5mg)の全脱保護を行い、ペプチド5の固体(15.3mg)を得た。
【0083】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~15 min:20% → 15min~75 min:20%~50% → 75min~100min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C29H46N8O11Na]+: 705.3178; found: 705.3247
【0084】
〔ペプチド6(ALDIHW)の合成〕
ペプチド6の構造式を下記に示した。
【0085】
【0086】
先ず、TAG-OH(758.6mg、1.0mmol)とFmoc-Trp(Boc)-OH(684.6mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(26mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.9mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で3時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Trp(Boc)-TAGの固体を捕集した。
【0087】
その後、ペプチド6のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を5サイクル行い、Boc-A-L-D(OtBu)-I-H(Trt)-W(Boc)-TAGの固体(1486.0mg、0.7460mmol、over 11 steps、overall yield 75%)を得た。最後にBoc-A-L-D(OtBu)-I-H(Trt)-W(Boc)-TAG(62.5mg)の全脱保護を行い、ペプチド6の固体(15.4mg)を得た。
【0088】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~15min:20% → 15min~75min:20%~50% → 75min~100min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C36H51N9O9Na]+: 776.3702; found: 776.4098
【0089】
〔ペプチド7(LDIHWR)の合成〕
ペプチド7の構造式を下記に示した。
【0090】
【0091】
先ず、TAG-OH(758.1 mg, 1.0mmol)とFmoc-Arg(Pbf)-OH(924.1 mg, 1.3 mmol, 1.3eq)をdry DCM(24 mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.4 mg, 0.1 mmol, 0.1 eq)、DIPCI(200 μL, 1.3 mmol, 1.3 eq)を添加し、室温で1.75時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Arg(Pbf)-TAGの固体を捕集した。
【0092】
その後、ペプチドの脱保護と伸長を5 サイクル行い、Boc-L-D(OtBu)-I-H (Trt)-W(Boc)-Arg(Pbf)-TAGの固体(1481.1 mg, 0.6358 mmol, over 11 steps, overall yield 64%)を得た。最後にBoc-L-D(OtBu)-I-H (Trt)-W(Boc)-Arg(Pbf)-TAG(101.6 mg, 43.62 μmol)の全脱保護を行い、ペプチド7の固体(27.1 mg)を得た。
【0093】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~15min:20% → 15min~75min:20%~50% → 75min~100min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C39H58N12O9]+: 838.4450; found: 839.4566
【0094】
〔ペプチド8(DIHWRE)の合成〕
ペプチド8の構造式を下記に示した。
【0095】
【0096】
先ず、TAG-OH(757.3mg、1.0mmol)とFmoc-Glu(OtBu)-OH・H2O(576.8mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(23mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(12.8mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で2時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Glu(OtBu)-TAGの固体を捕集した。
【0097】
その後、ペプチド8のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を5サイクル行い、Boc-D(OtBu)-I-H(Trt)-W(Boc)-R(Pbf)-E(OtBu)-TAGの固体(1540.8mg、0.6416mmol、over 11 steps、overall yield 64%)を得た。最後にBoc-D(OtBu)-I-H(Trt)-W(Boc)-R(Pbf)-E(OtBu)-TAG(91.4 mg)の全脱保護を行い、ペプチド8の固体(21.9mg)を得た。
【0098】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~10min:20% → 10min~40min:20%~50% → 40min~45min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C38H54N12O11Na]+: 877.3927; found: 877.4598
【0099】
〔ペプチド9(DAL)の合成〕
ペプチド9の構造式を下記に示した。
【0100】
【0101】
先ず、TAG-OH(755.3mg、1.0mmol)とFmoc-Leu-OH(458.6mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(22mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(13.7mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で1時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Leu-TAGの固体を捕集した。
【0102】
その後、ペプチド9のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を2サイクル行い、Boc-D(OtBu)-A-L-TAGの固体(1041.0mg、0.8582mmol、over 5 steps、overall yield 86%)を得た。最後にBoc-D(OtBu)-A-L-TAG(102.1mg)の全脱保護を行い、ペプチド9の固体(16.8mg)を得た。
【0103】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~10 min:20% → 10min~40min:20%~50% → 40min~45min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C13H23N3O6Na]+: 340.1479; found: 340.1232
【0104】
〔ペプチド10(DALD)の合成〕
ペプチド10の構造式を下記に示した。
【0105】
【0106】
先ず、TAG-OH(756.6mg、1.0mmol)とFmoc-Asp(OtBu)-OH(536.0mg、1.3mmol、1.3eq)をdry DCM(26mL)に溶解させ、撹拌しながらDMAP(13.0mg、0.1mmol、0.1eq)、DIPCI(200μL、1.3mmol、1.3eq)を添加し、室温で1時間攪拌した。TLCによる反応終了確認後、Acetonitrileを加えて目的物を析出させ、Acetonitrileで吸引ろ過、洗浄を行い、Fmoc-Asp(OtBu)-TAGの固体を捕集した。
【0107】
その後、ペプチド10のアミノ酸配列に従って、順次、ペプチドの脱保護と伸長を3サイクル行い、Boc-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-TAGの固体(1184.6mg、0.8558mmol、over 7 steps、overall yield 86%)を得た。最後にBoc-D(OtBu)-A-L-D(OtBu)-TAG(100.6mg)の全脱保護を行い、ペプチド10の固体(20.8mg)を得た。
【0108】
HPLCによる分離精製は溶媒をA液:H2O(0.1% TFA)、B液:Acetonitrile(0.1% TFA)とし、B液の比率;start~10 min:20% → 10min~40min:20%~50% → 40min~45min:50%(finish)で行った。
・MALDI-TOFMS Calcd. for [C17H28N4O9Na]+: 455.1748; found: 455.1732.
【0109】
〔キプリス幼生付着誘起試験〕
以上のように化学的に合成したペプチド1~10について、それぞれキプリス幼生に対する付着誘起作用を有するか試験した。先ず、ポリスチレン製24穴プレートの各ウェルに、各ペプチドを0.1、1.0、10(μg/mL)の濃度になるように溶解したDMSO 2%溶液を含む80%ろ過海水2mLを加えた。その後、各穴にタテジマフジツボキプリス幼生を6匹ずつ加え、25℃で暗所静置し、6時間後及び24時間後にキプリス幼生の観察を行った。各穴におけるキプリス幼生の付着個体数と死亡個体数を計測し、各サンプル濃度における付着誘起率と死亡率と算出した。
【0110】
ペプチド1~10について付着誘起率と死亡率を算出した結果を
図6~15に示した。また、ペプチドを含まないコントロール溶液を用いたときの付着誘起率と、ペプチドを含む溶液を用いたときの付着誘起率の最大値から付着増加率を算出した結果を表2及び3に示した。表2及び3は、それぞれキプリス幼生を添加してから6時間後及び24時間後に計測した結果を示している。
【0111】
【0112】
【0113】
図6~15及び表2並びに3から、ペプチド1~5、9及び10は、キプリス幼生を溶液に加えた後24時間以内の条件下では、少なくとも20%以上の付着率向上効果を有することが理解できる。また、供試したペプチドの中でも特にペプチド3は、キプリス幼生の付着率向上効果が極めて優れていることが理解できる。一方、ペプチド6及び7については、キプリス幼生を溶液に加えた後6時間以内の条件下では付着率向上効果が見られるものの、同24時間後においては付着率向上効果が見られなかった。
【0114】
この結果から、DAL(アスパラギン酸-アラニン-ロイシン)配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列からなるペプチドには、フジツボ類キプリス幼生の付着を誘起する作用を有することが明らかとなった。これらの結果から、DAL配列を含む3~12アミノ酸残基のアミノ酸配列からなるペプチドを用いてフジツボ類キプリス幼生の付着を誘起し、フジツボの付着を防止したい場所に対するフジツボ類の付着を防止することができることが示された。また、特に、LQDALD配列(配列番号3)からなるペプチドには、フジツボ類キプリス幼生の付着を誘起する極めて優れた作用を有することが明らかとなった。
【符号の説明】
【0115】
1…フジツボ類トラップ装置、2…開口部、3…蓋部材、4…ゲル、5…筐体、10…構造体、11…浮遊型のフジツボ類トラップ装置、12…アンカー、13…縄、15…連結環、20…縄状或いは網状のフジツボ類トラップ装置、21…フロート部材
【配列表】