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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】概日リズム調節剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/10 20160101AFI20240815BHJP
   A23K 20/105 20160101ALI20240815BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20240815BHJP
   A61K 31/56 20060101ALI20240815BHJP
   A61P 25/20 20060101ALI20240815BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
A23L33/10
A23K20/105
A23L33/105
A61K31/56
A61P25/20
A61P43/00 111
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020055737
(22)【出願日】2020-03-26
(65)【公開番号】P2021052736
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2019179697
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231637
【氏名又は名称】株式会社ニップン
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100156982
【弁理士】
【氏名又は名称】秋澤 慈
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 千尋
(72)【発明者】
【氏名】大池 秀明
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-112328(JP,A)
【文献】Karthikeyani Chellappa et al,The leptin sensitizer celastrol reduces age‐associated obesity and modulates behavioral rhythms,Aging Cell,2019年,Vol.18, Issue3, e12874,p.1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
A61K
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペン及びそれらの薬理学的に許容される塩からなる群から選択される1以上を有効成分として含む概日リズム調節剤であって、ホパン型トリテルペンがプリスチメリンであり、ククルビタン型トリテルペンがククルビタシンB、ククルビタシンD、ククルビタシンE、ククルビタシンI、ククルビタシンS及びイソククルビタシンBからなる群から選択される1以上である、前記概日リズム調節剤
【請求項2】
PER2の発現量、発現リズムの位相又は発現リズムの周期長を調節する、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズム調節用飲食品。
【請求項4】
請求項1または2に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズム調節用動物用飼料。
【請求項5】
請求項1または2に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズムの調節を介した疾患の予防、緩和、または治療のための医薬組成物。
【請求項6】
請求項1または2に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズムの調節を介した疾患の予防、緩和、または治療のための動物用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は特定のトリテルペン類を有効成分とする概日リズム調節剤に関する。
【背景技術】
【0002】
人を含む多くの生物は概日リズムという24時間周期の行動パターンを持ち、睡眠・覚醒の周期だけでなく、体温、血圧、ホルモン分泌や自律神経活動などあらゆる生理現象がこのリズムに従って変動する。概日リズムを生む仕組みを体内時計といい、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群が組織ごとにタイミングを合わせて(これを同調という)、24時間周期で発現変動を繰り返すことで、その下流で代謝の概日リズムが作られる。たとえば、植物においては生長や花形成、気孔の開閉、窒素代謝等の多様な活動がこの時計遺伝子の制御下で概日変動を示し、時計遺伝子の発現制御によりこれらを調節する試みがなされている(特許文献1)。哺乳類では、PER、CRY、BMAL、CLOCKという時計遺伝子のネガティブフィードバックをコアループとした転写翻訳調節により、24時間のリズムが作られる。哺乳類の体内時計は明暗情報から活動時間を定める中枢時計(視交叉上核)と、末梢の様々な組織に存在する末梢時計に大別される。基本的に中枢時計と末梢時計は一定の位相関係を維持してリズムを刻むが、末梢時計は、グルココルチコイドやインスリン等の刺激や、さらには特定の食品成分により、中枢時計とは独立して影響を受けることが報告されている(非特許文献1~3)。
近年、交代勤務や夜更かしの習慣等による不規則な活動・食事の影響で身体的・精神的不調が生じることが指摘されている(非特許文献4)。また、身近な例として航空機による長距離移動が原因で時差ボケが起こることはよく知られている。これらに共通する要因の一つに、実際の睡眠や食事の時刻に対し、中枢時計や末梢時計が刻むリズムの間でずれが生じた時に、是正にかかる時間に組織ごとに差があることが考えられる。概日リズムを調節し正常に保つことができれば、体内時計の不調和を改善できる。特に、前者のような長期的な健康への悪影響を抑えるためには、概日リズム調節剤として、日常的に摂取することができ概日リズムの乱れを効果的に抑えることができる、安全性の高い食品形態のものが望ましい。
【0003】
概日リズムの調整、特に時差ボケへの対応として、航空会社では照明の点灯時間や食事のタイミングを到着地に近づけるなどの対応を取る。また、医薬品として日本ではメラトニンが処方される。メラトニンは睡眠を誘導する内因性ホルモンで、夜間に分泌が上昇して朝目覚める前に減少する日内変動を示す。概日リズムの乱れに起因する睡眠障害の治療として、メラトニンリズムを整えることを目的に、その前駆物質や受容体作動薬、メラトニン分泌リズム改善剤が用いられる。
しかしながら、メラトニンは内因性のホルモンであるためその使用には注意が必要であり、特異的な概日リズム調整作用があるとは言いがたい。またメラトニンの前駆物質であるセロトニンは、経口摂取により消化器系・循環器系に悪影響があることが指摘されていて、これらは国内では食品としては認可されていない。
【0004】
上記の問題点を解決するために、食品由来あるいは食品として利用可能な成分の体内時計調節機能の評価が盛んにおこなわれている。たとえばオリーブに含まれるポリフェノールであるオレアセインは時計遺伝子であるBMAL1、PER1の発現調節により概日リズムを調整する(特許文献2)。また、小麦ふすま由来のアルキルレゾルシノールは時計遺伝子BMAL1の発現リズムを動かし周期を変えることで概日リズムを調整する(特許文献3)。温州みかんから抽出されるクリプトキサンチン/またはそのエステル体にも概日リズム調整能があることが報告されている(特許文献4)。
【0005】
トリテルペンは広く植物界に分布する化合物群であり、6つのイソプレンから構成され、C3048の分子式を持つテルペンの一種である。トリテルペンにはスクアレンなどの環状構造を有しないものやオレアナン型、ウルサン型、ルパン型、ホパン型、セラタン型、フリーデラン型、タラキセラン型、タラキサスタン型、マルチフロラン型、ジャーマニカン型等の5つの環状構造を有する化合物群、ククルビタン型、ダンマラン型、ラノスタン型、プロトスタン型等の4つの環状構造を有する化合物群等、数多くの化合物が含まれる。ホパン型トリテルペンにはセラストロール、ホパン、プリスチメリン等が含まれ、ククルビタン型トリテルペンには、ククルビタシンA~L、O~T、クグアシンA~S等が含まれる。
【0006】
ホパン型トリテルペンのセラストロール(2R,4aS,6aR,6aS,14aS,14bR)-10-ヒドロキシ-2,4a,6a,6a,9,14a-ヘキサメチル-11-オキソ-1,3,4,5,6,13,14,14b-オクタヒドロピセン-2-カルボン酸; CAS34157-83-0)は、伝統的な漢方薬として炎症・腫れ・乾癬の治療に利用されるライコウトウ(タイワンクロヅル)に含まれる。高い抗酸化能を有し、抗炎症の他、肥満や神経変性疾患などへの治療効果が期待されている(非特許文献5)。プリスチメリン(メチル(2R,4aS,6aR,6aS,14aS,14bR)-10-ヒドロキシ-2,4a,6a,6a,9,14a-ヘキサメチル-11-オキソ-1,3,4,5,6,13,14,14b-オクタヒドロピセン-2-カルボン酸塩;CAS1258-84-0)は、ニシキギ科の植物(Gymnosporia heterophylla)などから単離可能なトリテルペノイドキノンメチドで、抗がん剤や抗ウイルス薬としての活性を示し(非特許文献6)、避妊薬としての効果も知られている(非特許文献7)。ククルビタシンB([(E,6R)-6-[(2S,8S,9R,10R,13R,14S,16R,17R)-2,16-ジヒドロキシ-4,4,9,13,14-ペンタメチル-3,11-ジオキソ-2,7,8,10,12,15,16,17-オクタヒドロ-1H-シクロペンタ[a]フェネントレン-17-イル]-6-ヒドロキシ-2-メチル-5-オキソヘプト-3-エン-2-イル]酢酸塩;CAS6199-67-3)、ククルビタシンD((2S,8S,9R,10R,13R,14S,16R,17R)-17-[(E,2R)-2,6-ジヒドロキシ-6-メチル-3-オキソヘプト-4-エン-2-イル]-2,16-ジヒドロキシ-4,4,9,13,14-ペンタメチル-2,7,8,10,12,15,16,17-オクタヒドロ-1H-シクロペンタ[a]フェナントレン e-3,11-ジオン;CAS3877-86-9)、ククルビタシンE([(E,6R)-6-[(8S,9R,10R,13R,14S,16R,17R)-2,16-ジヒドロキシ-4,4,9,13,14-ペンタメチル-3,11-ジオキソ-8,10,12,15,16,17-ヘキサヒドロ-7H-シクロペンタ[a]フェナントレン -17-イル]-6-ヒドロキシ-2-メチル-5-オキソヘプト-3-エン-2-イル]酢酸塩;CAS18444-66-1)、ククルビタシンI((8S,9R,10R,13R,14S,16R,17R)-17-[(E,2R)-2,6-ジヒドロキシ-6-メチル-3-オキソヘプト-4-エン-2-イル]-2,16-ジヒドロキシ-4,4,9,13,14-ペンタメチル-8,10,12,15,16,17-ヘキサヒドロ-7H-シクロペンタ[a]フェナントレン e-3,11-ジオン;CAS2222-07-3)、ククルビタシンS((1S,2S,4R,6S,9S,10R,11R,14R,15R)-17-ヒドロキシ-6-(2-ヒドロキシプロパン-2-イル)-2,9,11,14,19,19-ヘキサメチル-5-オキサペンタシクロ[12.8.0.02,11.04,10.015,20]ドコサ-16,20-ジエン-8,13,18-トリオン;CAS60137-06-6)、イソククルビタシンB([(E,6R)-6-[(3R,8S,9R,10R,13R,14S,16R,17R)-3,16-ジヒドロキシ-4,4,9,13,14-ペンタメチル-2,11-ジオキソ-3,7,8,10,12,15,16,17-オクタヒドロ-1H-シクロペンタ[a]フェナントレン-17-イル]-6-ヒドロキシ-2-メチル-5-オキソヘプト-3-エン-2-イル]酢酸塩;CAS17278-28-3)はククルビタン型トリテルペンで抗がん作用などが期待されており、ウリ科の植物全般に含まれる苦み成分の一つである(非特許文献8)。トリテルペンのうち、コロソリン酸、マスリン酸、オレアノール酸等のオレアナン型トリテルペンやウルソール酸などのウルサン型トリテルペンについては概日リズム調節に有効であることは公知(特許文献5)だが、ホパン型トリテルペンおよびククルビタン型トリテルペンが概日リズムの調整に有効であることはこれまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-40231
【文献】特開2016-183189
【文献】特開2009-183197
【文献】国際公開2002/043736
【文献】特開2019-43912
【非特許文献】
【0008】
【文献】Balsalobre A et al., Science, 2000 Sep;289(5488):2344-7
【文献】Oishi K et al., Biochem Biophys Res Commun. 2017 Jan 29;483(1):165-170
【文献】Oike H, Biosci Biotechnol Biochem. 2017 May;81(5):863-870
【文献】Brum MC et al., Diabetol Metab Syndr. 2015 May 17;7:45
【文献】R Cascao et al., Front Med, 2017 Jun 15;4:69.
【文献】Murayama T et al., Antivir Chem Chemother 2007 18 (3): 133-139
【文献】Mannowetza N et al., PNAS May 30, 2017 114 (22) 5743-5748
【文献】S Garg et al., Int J Oncol. 2018 Jan;52(1):19-37.
【文献】Balsalobre A, Cell. 1998 Jun 12;93(6):929-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、哺乳類の時計遺伝子の発現量、時計遺伝子の発現リズムの位相又は周期長を調節することにより、ヒトや動物の概日リズムを調節し、概日リズムの乱れに起因する諸症状を予防する組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ホパン型トリテルペン及びククルビタン型トリテルペンが哺乳類の時計遺伝子の発現量、時計遺伝子の発現リズムの位相又は周期長を調節することにより概日リズム調節に有効であることを見出した。
すなわち本発明は以下の通りである。
[1]ホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペン及びそれらの薬理学的に許容される塩からなる群から選択される1以上を有効成分として含む概日リズム調節剤。
[2]PER2の発現量、発現リズムの位相又は発現リズムの周期長を調節する、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
[3]ホパン型トリテルペンがセラストロール及びプリスチメリンからなる群から選択される1以上であり、ククルビタン型トリテルペンがククルビタシンB、ククルビタシンD、ククルビタシンE、ククルビタシンI、ククルビタシンS及びイソククルビタシンBからなる群から選択される1以上である、前記[1]又は[2]に記載の概日リズム調節剤。
[4]前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズム調節用飲食品。
[5]前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズム調節用動物用飼料。
[6]前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズムの調節を介した疾患の予防、緩和、または治療のための医薬組成物。
[7]前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズムの調節を介した疾患の予防、緩和、または治療のための動物用医薬組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、哺乳類の時計遺伝子、特にPER2の発現量、発現リズムの位相又は発現リズムの周期長を調節し、概日リズムを調節することでき、概日リズムの乱れに起因する諸症状を予防する組成物を提供することができる。本発明の組成物は、投与のタイミングに応じて、概日リズムを前、あるいは後ろに動かすことができる。体内時計は外部刺激(食事、強い光、時差など)により攪乱されることがあるが、刺激のタイミングに応じてリズムが前進しやすい時間帯や後退しやすい時間帯があることが知られている。本発明のトリテルペンは、一方向だけでなく両方向にリズムを動かすため、乱れた概日リズムを効果的に調節することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】トリテルペン((A)セラストロール、(B)ククルビタシンB、(C)グリチルレチン酸)を図中矢印のタイミングで添加した時のヒトPER2の発現の概日リズムの変化を示す。
図2】ランダムに選抜した16種類のテルペン(2種類のジテルペンを含む)の添加によるPER2の発現の概日リズムの変化について、試料添加後(A)2番目に出現するピークの位相(B)3番目に出現するピークの位相を示す。
図3】(A)セラストロールおよび(B)ククルビタシンBの位相後退効果の濃度依存性を示す。
図4】血清刺激からの各時間(15、21、27、33時間後)における(A)セラストロールまたは(B)ククルビタシンBの添加による概日リズムの位相への影響を示す。
図5】トリテルペン((A)セラストロール、(B)ククルビタシンB)を図中矢印のタイミングで添加した時のマウスPER2の発現の概日リズムの変化を示す。
図6】セラストロール、プリスチメリンを図中矢印のタイミングで添加した時のヒトPER2の発現の概日リズムの変化を示す。
図7】ククルビタシンD、ククルビタシンE、ククルビタシンIを図中矢印のタイミングで添加した時のマウスPER2の発現の概日リズムの変化を示す。
図8】ククルビタシンSを図中矢印のタイミングで添加した時のマウスPER2の発現の概日リズムの変化を示す。
図9】イソククルビタシンBを図中矢印のタイミングで添加した時のマウスPER2の発現の概日リズムの変化を示す。
図10】濃度の異なるセラストロールを図中矢印のタイミングで添加した時のマウスPER2の発現量の増強作用(A)と、周期長の短縮作用(B)。
図11】濃度の異なるプリスチメリンを図中矢印のタイミングで添加した時のマウスPER2の発現量の増強作用。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の概日リズム調節剤は、ホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペン及びそれらの薬理学的に許容される塩からなる群から選択される1以上を有効成分として含有する。
本発明において、トリテルペンは炭素数30を基本骨格とする化合物であり、その代表例として五環性トリテルペンや四環性トリテルペンが挙げられる。ここで、五環性トリテルペン、四環性トリテルペンとは、トリテルペン類の1種であり、イソプレン単位6個から成るそれぞれ五環性、四環性の化合物で、炭素数は30個を基本とするが、生合成過程で転位、酸化、脱離あるいはアルキル化され炭素数が前後するものも含まれる。
五環性トリテルペンや四環性トリテルペンは、一般に、その骨格により分類されており、五環性トリテルペンとしては例えばオレアナン型トリテルペン、ウルサン型トリテルペン、ルパン型トリテルペン、ホパン型トリテルペン、セラタン型トリテルペン、フリーデラン型トリテルペン、タラキセラン型トリテルペン、タラキサスタン型トリテルペン、マルチフロラン型トリテルペン、ジャーマニカン型トリテルペン等が、四環性トリテルペンとしてはククルビタン型、ダンマラン型、ラノスタン型、プロトスタン型等が挙げられる。
五環性トリテルペン類のうち、ホパン型トリテルペンの代表例としてはセラストロール、ホパン、プリスチメリン等が挙げられ、ククルビタン型トリテルペンの例としてはククルビタシンA~L、O~T、クグアシンA~S等が挙げられる。
【0014】
セラストロールはホパン型トリテルペンであり、タイワンクロヅル、Celastrus regelii(ツルウメモドキの近縁種)等に含まれる。
プリスチメリンは、ニシキギ科の植物(Gymnosporia heterophylla)などから単離可能なトリテルペノイドキノンメチドである。プリスチメリンはセラステロールのメチルエステルであってホパン型トリテルペンに分類される。
【0015】
ククルビタン型トリテルペンとして例示される、ククルビタシンB、ククルビタシンD、ククルビタシンE、ククルビタシンI、ククルビタシンS)、イソククルビタシンBは、ウリ科植物(メロン、ユウガオ、ヘビウリ、トゲヘチマ、キカラスウリ、ペポカボチャ、コロシント、ルッファなど)等に含まれる。
【0016】
本発明において、ホパン型トリテルペンは好ましくはセラストロール及びプリスチメリンからなる群から選択される1以上である。またククルビタン型トリテルペンは好ましくはククルビタシンB、ククルビタシンD、ククルビタシンE、ククルビタシンI、ククルビタシンS及びイソククルビタシンBからなる群から選択される1以上である。
【0017】
ホパン型トリテルペンやククルビタン型トリテルペンは、それらを含有することが公知である天然の植物から公知の方法で抽出、精製して得ることができるほか、化学合成によって人工的に得ることもできる。薬理学的に許容される塩及び/又は誘導体の形態で使用することもできる。また市販品も好適に利用することができる。
ホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペンは、植物の抽出物の形態で用いても良い。
【0018】
植物の抽出物の形態で用いる場合には、原料として使用する植物に適した方法でホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペンを得ることができる。例えば、セラストロールであればタイワンクロヅルを抽出原料として、Kutney et al, Can. J. Chem. 59:2677, 1981に開示される方法で得ることが出来る。ククルビタシンBであればウリ科植物を抽出原料として、植物体を粉砕し、適切な低級アルコール(エタノール、メタノールなど)またはその含水アルコール、ケトン(アセトン)、エステル(ジエチルエーテル、酢酸エチルエステル、アセトニトリル)等の有機溶剤で抽出して得ることが出来る。
【0019】
ホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペンのヒトの摂取量は、摂取する患者等の年齢、性別、症状の程度、摂取形態によって異なるが、成人(体重約60kg)では1日あたりホパン型トリテルペンの上限は好ましくは5000mg、より好ましくは1mg~500mg、ククルビタン型トリテルペンの上限は好ましくは10mg、より好ましくは0.01mg~1mgである。
【0020】
またホパン型トリテルペン、ククルビタン型トリテルペンの動物の摂取量は、摂取する動物の種類、年齢、性別、症状の程度、摂取形態によって異なるが、例えばマウス(体重約30g)では1日あたりホパン型トリテルペンの上限は好ましくは30mg、より好ましくは6μg~3mg、ククルビタン型トリテルペンの上限は好ましくは60μg、より好ましくは0.06~6μgである。
【0021】
本発明の概日リズム調節剤は、医薬組成物の態様でもよく、助剤とともに任意の形態に製剤化して、経口投与または非経口投与が可能な医薬品とすることができる。医薬組成物の投与対象はヒトに限られず、動物を投与対象とした動物用医薬組成物も含まれる。例えば、経口用の剤形としては、錠剤、口腔内速崩壊錠、カプセル、顆粒、細粒などの固形投薬形態、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態とすることができる。非経口の剤形としては、注射剤、点眼剤、点鼻剤、貼付剤、坐剤、皮膚外用剤の形態で投与される。なお、医薬品には医薬部外品も含まれる。
【0022】
固形投薬形態とする場合、一般製剤の製造に用いられる種々の添加剤を適当量含んでいてもよい。このような添加剤として、例えば賦形剤、結合剤、酸味料、発泡剤、人工甘味料、香料、滑沢剤、着色剤、安定化剤、pH調整剤、界面活性剤などが挙げられる。
【0023】
液体投薬形態とする場合、本発明の概日リズム調節剤は必要に応じてpH調整剤、緩衝剤、溶解剤、懸濁剤等、等張化剤、安定化剤、防腐剤などの存在下、常法により製剤化することができる。
【0024】
皮膚外用剤の形態としては、特に限定されず、例えば、乳液、クリーム、化粧水、パック、分散液、洗浄料、メーキャップ化粧料、頭皮・毛髪用品等の化粧品や、軟膏剤、クリーム剤、外用液剤等の医薬品などとすることができる。上記成分以外に、通常化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる成分、例えば、美白剤、保湿剤、各種皮膚栄養成分、紫外線吸収剤、酸化防止剤、油性成分、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、色剤、水、防腐剤、香料等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0025】
本発明の概日リズム調節剤は、機能性食品、健康食品、特定保健用食品、栄養機能食品等の保健機能食品、特別用途食品(例えば、病者用食品)、健康補助食品、サプリメント等として調製されてもよい。サプリメントとして、例えば、一般的なサプリメントの製造に用いられる種々の添加剤とともに錠剤、丸状、カプセル(ハードカプセル、ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)状、粉末状、顆粒状、細粒状、トローチ状、液状(シロップ状、乳状、懸濁状を含む)等の形状とすることができる。
【0026】
本発明の概日リズム調節剤は、飲食品に配合することができる。配合可能な食品に特に限定はないが、例えば、飴、グミ、チューインガム等の菓子類;クッキー、クラッカー、ビスケット、チョコレート、プリン、ゼリー、スナック菓子、米菓、饅頭、羊羹などの菓子類;アイスクリーム、アイスキャンディー、シャーベット、ジェラート等の冷菓;ドーナツ、ケーキ、食パン、フランスパン、クロワッサン等のベーカリー食品;うどん、そば、中華めん、きしめん等の麺類;白飯、赤飯、ピラフ等の米飯類;カレー、シチュー、ドレッシング等のソース類;ハム、ソーセージ、かまぼこ、ちくわ、魚肉ソーセージ等の練り製品;天ぷら、コロッケ、ハンバーグなどの各種惣菜類;ジュース、お茶等の飲料等が挙げられる。
【0027】
本発明の概日リズム調節剤は、動物用飼料に配合することができる。動物用飼料としてどのような飼料に配合しても良く、飼料の製造工程中に原料に添加しても良い。動物用飼料として用いる場合には、その添加量については、特に限定的ではなく、動物用飼料の種類に応じ適宜決めればよい。
【0028】
本発明の概日リズム調節剤によれば、時計遺伝子の発現量、発現リズムの位相又は発現リズムの周期長を調節することが出来る。本明細書において、遺伝子の「発現リズム」とは、遺伝子が一定周期で発現の活性化及び発現の抑制を繰り返すリズムをいい、「時計遺伝子の発現リズムの位相を調節する」とは、時計遺伝子がある発現リズム(又は、発現リズムの周期)に沿って発現の活性化及び発現の抑制を示す際に、当該発現リズム(又は、発現リズムの周期)の位相を時系列的に遅らせる(後退)、又は、早めること(前進)をいう。よって、時計遺伝子の「発現リズムの位相を調節する」の好ましい態様としては、本来の発現リズム(又は、発現リズムの周期)と比較して差異が生じた位相の分、位相を時間軸に沿って遅らせる、又は、早めることにより調節することである。時計遺伝子の「発現リズムの周期長を調節する」とは、時計遺伝子がある発現リズム(又は、発現リズムの周期)に沿って発現の活性化及び発現の抑制を示す際に、その周期長を長くしたり短くしたりすることをいう。本発明の概日リズム改善剤は、例えば、時計遺伝子のうちPER2の発現リズムの位相を、時間軸に沿って遅らせる、又は、早めることにより、又は発現リズムの周期長を長くしたり短くしたりすることにより調節することができる。
【0029】
時計遺伝子とは、概日リズム(サーカディアンリズム)をつかさどる遺伝子である。時計遺伝子としては、PER(PER1、PER2など)、CRY(CRY1、CRY2など)、BMAL(BMAL1など)、CLOCK(CLOCK)が挙げられる。これらの遺伝子は、ヒト、マウスなど様々な動物が有し、またほぼ全身の細胞に発現していることが知られている。
概日リズムは上記時計遺伝子間の発現変動により生じる。ほぼ全身の細胞に発現している時計遺伝子が組織ごとにタイミングを合わせて(これを同調という)24時間周期で発現変動を繰り返し、その下流で代謝のリズムを作る。時計遺伝子のネガティブフィードバックをコアループとした転写翻訳調節により、24時間のリズムが生まれる。その中心的な役割を担っているPER2の発現リズムを制御することにより、一連の時計遺伝子の発現が制御され、その結果として概日リズムの制御が可能である。
【0030】
例えば、交代勤務によって概日リズムが大きく乱れることは、肥満・がんのリスク要因となる(van Drongelen et al., Scand J Work Environ Health 2011;37(4):263-275、Wegrzyn LR et al., Am J Epidemiol. 2017 Sep 1;186(5):532-540) 。また、概日リズムが乱れている人ほど、大うつ病、双極性障害、著しい孤独感、幸福感の欠如、健康不安、反応時間の悪化、気分の不安定化といった症状が高確率で出現する(Jones, Lane et al., Nat Commun. 2019 Jan 29;10(1):343)。さらに、概日リズムが夜型の生活を続ける人は朝型の人と比較して糖尿病、神経障害、精神疾患、消化器・呼吸器疾患のリスクが大きいなどといった報告がある(Knutson and von Schantz et al., Chronobiol Int. 2018 August ; 35(8): 1045-1053)。本発明の概日リズム調節剤により、概日リズムの調節が可能であることから、概日リズムの調節を介した疾患の予防、緩和、治療等に使用することができる。そのような疾患としては、以下に限定されるものではないが例えば、睡眠障害や不眠症、時差ぼけ(ジェットラグ)、癌、肥満、高血圧、脳梗塞、脳溢血、冠攣縮性狭心症、自律神経失調症、躁うつ病、うつ病、大うつ病、双極性障害、著しい孤独感、幸福感の欠如、健康不安、反応時間の悪化、気分の不安定化、消化器・呼吸器疾患、神経障害、神経疾患、糖尿病などの内分泌・代謝系および自律神経系疾患を挙げることができる。
【実施例
【0031】
以下本発明を具体的に説明する為に実施例を示すが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0032】
試験例1 セラストロール、プリスチメリン、ククルビタシンB、ククルビタシンD、ククルビタシンE、ククルビタシンI、ククルビタシンS、または、イソククルビタシンBの概日リズム調節効果
代表的な時計遺伝子の一つPERに着目し、ヒトPER2の発現リズムを概日リズムの指標とし、トリテルペン類の概日リズム調節機能を検討した。ヒトPER2の発現リズムを概日リズムの指標とすることは、概日リズムの調節作用を評価する系として確立されており、例えばIsojima et al., PNAS 2009 Sep;106(37):15744-15749、Hirota et al., Science 2012 Aug;337:1094-1097 等に開示されている。
【0033】
(被験物質)
セラストロール(東京化成工業(株)、C2737)、プリスチメリン(MedChemexpress、HY-N1937)、ククルビタシンB(東京化成工業(株)、C3442)ククルビタシンD(ChemFaces、CFN90209)、ククルビタシンE(Cayman Chemical、14821)、ククルビタシンI(Cayman Chemical、14747)、ククルビタシンS(ChemFaces、CFN90535)、イソククルビタシンB(ChemFaces、CFN91003)、は市販されているものを用いた。
各試薬はジメチルスルホキシド(DMSO; Wako, 048-21985)に溶解し、細胞に各試薬を添加するとき、DMSO終濃度が0.1%になるようにした。
【0034】
(試験方法)
試験系として、ヒトPER2プロモーター下にルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ概日リズムレポーターを安定発現するヒト骨肉腫由来U2OS細胞(U2OS-PER2-Luc)、マウスPER2プロモーター下にルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ概日リズムレポーターを安定発現するマウス由来3T3細胞(3T3-PER2-Luc)、あるいはマウスPER2下流にルシフェラーゼ遺伝子をノックインしたPER2::LUCノックインマウスの培養組織片を用いた。ルシフェリンールシフェラーゼ反応による発光値の変化が、PER2の転写活性変化を表す。発光を数日間計測し、連続的な発光の波形を得て概日リズムの指標とした。なお、PER2::LUCとは、PER2のC末端にルシフェラーゼが連結された融合タンパク質である。
(1)U2OS-PER2-Luc細胞、あるいは、3T3-PER2-Luc細胞を35mm径ディッシュに播種し、10%牛胎児血清、ペニシリンーストレプトマイシンを添加した2mLのDMEM培地(High glucose)でコンフルエントまで培養した。
(2)50%ウマ血清を添加したDMEM培地で2時間培養し、細胞のリズムを合わせた(非特許文献9)。この2時間の50%ウマ血清入り培地での培養を以下血清刺激と表す。血清刺激の後、0.1Mのルシフェリン2μL、ペニシリンーストレプトマイシンを添加したDMEM培地2mL(最終濃度:0.1mMルシフェリン)に交換して、37℃、5%CO2条件下で3日以上連続的に発光を計測した。計測にはATTO社の発光測定装置Kronos dioを用いた。発光量は1分間の積算値を10分間隔で測定した。
(3)PER2::LUCノックインマウスについては解剖後、ペニシリンーストレプトマイシン、0.1Mルシフェリン1μLを添加した1mLのDMEM培地(High glucose)(最終濃度:0.1mMルシフェリン)に肺組織片を注意深く移して37℃、5%CO2条件下で3日以上連続的に発光を計測した。計測には細胞と同様、ATTO社の発光測定装置Kronos dioを用いた。発光量は1分間の積算値を10分間隔で測定した。
(4)計測途中に装置を止め培地中に試薬を添加した。添加後装置を再開し、続けて発光を記録した。
(5)Kronos dioに搭載されている解析システムにより、得られた発光値の経時変化の波形からノイズを除去し、デトレンドして発光リズムを得た。得られた発光リズムの位相を求め、対照群(溶媒として使用したジメチルスルホキシドを等量添加したもの)との比較検証を行った。
【0035】
(結果)
概日リズムの位相は発光が示す波形の頂点の時間(横軸:Kronosで発光計測を開始してからの経過時間)により特徴づけられる。試薬添加直後は添加の刺激により発光がやや乱れるため、発光値が回復した後の頂点位相を基準とし、位相の解析を行った。血清刺激から24時間後にセラストロール(終濃度0.5μM)またはククルビタシンB(終濃度0.1μM)を添加し、数日間の計測後得られたピークの位相を比較すると、概日リズムの位相がセラストロールで最大約10時間、ククルビタシンBで最大約5時間後退した(図1)。図1にはこの時の代表的な波形データと、同じトリテルペン類の中でも、位相に影響を及ぼさない例としてグリチルレチン酸(終濃度5μM)の波形データを示す。試薬の添加は図中矢印のタイミングで行った。
ランダムに選抜した16種類のテルペン(2種類のジテルペンを含む)で同様の試験を行うと、血清添加後2、3番目に出現するピークの位相は、セラストロール、コロソリン酸の2種類のトリテルペンにより、有意に後退した(n=6~10、一元配置分散分析の後Tukey HSDテストにより解析)。また、ククルビタシンBにおいては3番目のピークにおいて後退傾向(p=0.079)を示した(図2)。コロソリン酸については、この細胞における位相変異作用は上述の通り公知である(特許文献5)。
このセラストロールおよびククルビタシンBの位相後退効果は、濃度依存性を示した(図3)。また、血清刺激からの時間を変えて、15、21、27、33時間後にセラストロールまたはククルビタシンBを添加すると、概日リズムの位相はタイミングに応じて前進、または後退した(図4)。
また、セラストロール、ククルビタシンBをPER2::LUCノックインマウスの肺培養組織片に添加すると、ヒト培養細胞と同様に、PER2の概日発現リズムの位相が変化した(図5)。
プリスチメリン(終濃度0.5μM)の添加は、セラストロール(終濃度0.5μM)の添加と同様に、U2OS-PER2-Luc細胞の位相を大きく変化させた(図6)。
ククルビタシンD(終濃度0.5μM)ククルビタシンE(終濃度0.1μM)、ククルビタシンI(終濃度0.1μM)、ククルビタシンS(終濃度5μM)もしくは、イソククルビタシンB(終濃度5μM)の添加は、3T3-PER2-Luc細胞の位相を変化させた(図7図8図9)。
また、セラストロールおよびプリスチメリンは、濃度依存的に3T3-PER2-Luc細胞の発光量を増加させた(図10A図11)。すなわち、PER2の発現量を増加させたことを意味する。
さらに、セラストロールは、濃度依存的に3T3-PER2-Luc細胞の概日時計の周期長を短縮させた(図10B)。
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