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特許7541290トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに抵抗性のナス科植物、ナス科植物細胞、およびナス科植物の作出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-20
(45)【発行日】2024-08-28
(54)【発明の名称】トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに抵抗性のナス科植物、ナス科植物細胞、およびナス科植物の作出方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/82 20180101AFI20240821BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240821BHJP
   C12N 15/29 20060101ALI20240821BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240821BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
A01H6/82 ZNA
C12N15/09 100
C12N15/29
C12N5/10
A01H1/00 A
【請求項の数】 27
(21)【出願番号】P 2020557796
(86)(22)【出願日】2019-11-27
(86)【国際出願番号】 JP2019046438
(87)【国際公開番号】W WO2020111149
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2022-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2018222289
(32)【優先日】2018-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019095150
(32)【優先日】2019-05-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新子 泰規
(72)【発明者】
【氏名】中原 健二
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】PIRON, F. et al.,PLoS ONE,2010年06月25日,Vol. 5, e11313,pp. 1-10
【文献】KADIRVEL, P. et al.,Euphytica,2012年12月05日,Vol. 190,pp. 297-308
【文献】CZOSNEK, H. et al.,Viruses,2013年03月22日,Vol. 5,pp. 998-1022
【文献】BMC Plant Biology,2012年,Vol.12,229 (p.1-18),doi:10.1186/1471-2229-12-229
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 6/82
C12N 15/00-15/90
C12N 5/10
A01H 1/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
翻訳開始因子eIF4E遺伝子、受容体様キナーゼRLK1遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子が変異を有し、
前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むものであり、前記変異は、前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子内の配列番号3に示される塩基配列に存在し、前記配列番号3に示される塩基配列が、配列番号13~18から選ばれる1種に示される塩基配列に変異しており、
前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むものであり、前記変異は、前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子内の配列番号6に示される塩基配列に存在し、前記配列番号6に示される塩基配列が、配列番号19~22から選ばれる1種に示される塩基配列に変異しており、
前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むものであり、前記変異は、前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子内の配列番号41に示される塩基配列に存在し、前記配列番号41に示される塩基配列が、配列番号53または54に示される塩基配列に変異しており、
前記変異によって、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率が、前記変異を有していない対照トマト植物よりも低下したトマト植物であって、
前記罹病率が、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの接種から20日以上経過した時点における目視判定可能な感染症状の有無、及び/又はPCRによって検出される前記ベゴモウイルス属ウイルスの遺伝子の有無に基づくものである、
トマト植物。
【請求項2】
前記トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルスである、請求項1に記載のトマト植物。
【請求項3】
前記変異が、ゲノム編集技術によってゲノム内の遺伝子に導入されたものである、請求項1または2に記載のトマト植物。
【請求項4】
前記変異が、下記(a)~(d)の少なくとも1種である、請求項1~3のいずれか一項に記載のトマト植物。
(a)フレームシフト変異、
(b)ナンセンス変異、
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損、および
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入。
【請求項5】
前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子に変異を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載のトマト植物。
【請求項6】
前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子に変異を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載のトマト植物。
【請求項7】
前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子に変異を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載のトマト植物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のトマト植物の部分。
【請求項9】
果実である、請求項8に記載のトマト植物の部分。
【請求項10】
種子である、請求項8に記載のトマト植物の部分。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載のトマト植物またはその部分の加工品。
【請求項12】
食用である、請求項11に記載の加工品。
【請求項13】
翻訳開始因子eIF4E遺伝子、受容体様キナーゼRLK1遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子が変異を有し、
前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むものであり、前記変異は、前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子内の配列番号3に示される塩基配列に存在し、前記配列番号3に示される塩基配列が、配列番号13~18から選ばれる1種に示される塩基配列に変異しており、
前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むものであり、前記変異は、前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子内の配列番号6に示される塩基配列に存在し、前記配列番号6に示される塩基配列が、配列番号19~22から選ばれる1種に示される塩基配列に変異しており、
前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むものであり、前記変異は、前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子内の配列番号41に示される塩基配列に存在し、前記配列番号41に示される塩基配列が、配列番号53または54に示される塩基配列に変異しており、
前記変異によって、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率が、前記変異を有していない対照トマト植物細胞よりも低下したトマト植物で細胞あって、
前記罹病率が、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの接種から20日以上経過した時点における目視判定可能な感染症状の有無、及び/又はPCRによって検出される前記ベゴモウイルス属ウイルスの遺伝子の有無に基づくものである、トマト植物細胞。
【請求項14】
前記トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルスである、請求項13に記載のトマト植物細胞。
【請求項15】
請求項13または14に記載のトマト植物細胞を有し、トマトに黄化葉巻様症状を呈する前記ベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率が低下した、トマト植物およびその部分。
【請求項16】
翻訳開始因子eIF4E遺伝子、受容体様キナーゼRLK1遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子を選択する工程と、
トマト植物のゲノム内の選択した遺伝子に対して、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率が低下する変異を導入する工程と、
前記ベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率が、前記変異を有していない対照トマト植物よりも低下したトマト植物を選別する工程と
を含み、
前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むものであり、前記変異を、配列番号3に示される塩基配列に導入し、
前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むものであり、前記変異を、配列番号6に示される塩基配列に導入し、
前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むものであり、前記変異を、配列番号41に示される塩基配列に導入し、
前記罹病率が、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの接種から20日以上経過した時点における目視判定可能な感染症状の有無、及び/又はPCRによって検出される前記ベゴモウイルス属ウイルスの遺伝子の有無に基づくものである、
トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率の低下した、ウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項17】
前記トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルスである、請求項16に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項18】
前記変異を、ゲノム編集技術によってゲノム内の遺伝子に導入する、請求項16または17に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項19】
前記変異が、下記(a)~(d)の少なくとも1種である、請求項16~18のいずれか一項に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
(a)フレームシフト変異、
(b)ナンセンス変異、
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損、および
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入。
【請求項20】
前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子に変異を導入する、請求項16~19のいずれか一項に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項21】
前記受容体様キナーゼRLK1遺伝子に変異を導入する、請求項16~19のいずれか一項に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項22】
前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子に変異を導入する、請求項16~19のいずれか一項に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項23】
前記配列番号3に示される塩基配列が、配列番号13~18から選ばれる1種に示される塩基配列になるように変異を導入する、請求項20に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項24】
前記配列番号6に示される塩基配列が、配列番号19~22から選ばれる1種に示される塩基配列になるように変異を導入する、請求項21に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項25】
前記配列番号41に示される塩基配列が、配列番号53または54に示される塩基配列になるように変異を導入する、請求項22に記載のウイルス抵抗性トマト植物の作出方法。
【請求項26】
請求項1~7のいずれか一項に記載のトマト植物またはその後代を、自家受粉または他家受粉させる工程を含む、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率の低下したトマト植物の育種後代の作出方法。
【請求項27】
請求項26に記載の作出方法によって得られた、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対する罹病率の低下したウイルス抵抗性トマト植物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに抵抗性のナス科植物、ナス科植物細胞、およびナス科植物の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トマト黄化葉巻病を引き起こす代表的なウイルスであるトマト黄化葉巻ウイルス(Tomato yellow leaf curl virus;以下「TYLCV」と略す場合がある。)は、1964年にイスラエルで発見された比較的新しい植物ウイルスの一種である。世界的にTYLCVや、TYLCVが属するベゴモウイルス属のウイルスが多数発見され、熱帯、亜熱帯、温帯地域を中心に、様々な植物や農作物に被害を与えている。ベゴモウイルス属には1分節のタイプと2分節のタイプがあり(それぞれMonopartite, Bipartite)、TYLCVは1分節タイプである。TYLCVの類縁のウイルスの発生分布は多様であり世界中で発生しているが、例えば、TYLCVの近縁種であるトマト黄化葉巻サルジニアウイルス(Tomato yellow leaf curl Sardinia virus)は、地中海周辺のみで発生している。一方で、TYLCVは、トマト生産地域を中心に世界的に蔓延している(非特許文献1を参照)。
【0003】
日本では、1996年にTYLCVを病源とするトマト黄化葉巻病が長崎県、愛知県、および静岡県で同時に発見され、その後、施設トマトの生産地で急速に発生が拡大している。特に、2000年以降、生食トマト主産地である九州での発生は甚大で、栽培しているトマト全てがTYLCV被害にあう農家も続出している。各県において、農家に対し厳重に注意喚起を行い、薬剤散布等によるTYLCV防除を徹底しているが、TYLCVの被害の発生は続いており、全国に広がっている。2016年時点でも、TYLCVはトマト生産において最も被害額の大きい病害となっている。
【0004】
トマト黄化葉巻病の症状は、トマトの葉の黄化から始まり、徐々に葉の縁が下側に巻いて奇形になる(例えば、図3(b)を参照)。症状が激しくなると、株全体がパーマをかけたようになる。果実には症状が出ないが、栽培初期にトマトがTYLCVに感染すると、果房2段目程度までしか着果しないため、収穫量が7~8割減となる多大な被害が発生する。
【0005】
トマト黄化葉巻病は、TYLCVの媒介虫であるタバココナジラミ(Bemisia tabaci (Gennadius))によって伝染し、永続的に蔓延してしまう。
【0006】
また、植物ウイルス自体に対する、効果的な抗ウイルス薬剤は存在しない。これまでの一般的な植物ウイルスの防除方法は、ウイルスを伝染する媒介虫への殺虫剤散布、栽培施設への媒介虫の進入を物理的に防ぐ防虫ネットや忌避資材の利用、土壌消毒、感染株の抜き取り、栽培管理機具の消毒、障壁作物の利用、およびウイルス抵抗性作物の育種などが中心となっている。
【0007】
TYLCVの防除方法についても同様である。TYLCVの媒介虫であるタバココナジラミの防除と感染株の早期抜き取りなどにより、TYLCVの伝染環を断ち切ることが主な対策である。
【0008】
しかしながら、タバココナジラミの防除のために、侵入阻止に有効な0.4mm目合い以下の防虫ネットを使用すると、栽培施設内の気温の上昇が懸念される。よって、現場では実施されにくい。
【0009】
また、トマトの大産地である九州などでは、栽培期間の異なる様々な栽培型のトマトが栽培されているため、一年中どこかの地域でトマトが栽培されている。このため、TYLCVを保毒したタバココナジラミは、色々なトマトの栽培型にあわせて野外や施設を移動し、寒い冬の時期にも死滅しない。このようにTYLCVの伝染環が途切れることがないため、TYLCVの防除が困難である。
【0010】
さらに、最近は殺虫剤耐性のあるタバココナジラミとして、タバココナジラミ-バイオタイプQが蔓延してきており、殺虫剤防除にも限界が見られる。
【0011】
TYLCV抵抗性トマトに関連して、耐性遺伝子と呼ばれるTy-1、Ty-2、Ty-3などの遺伝子がトマト野生種から見つかっている。しかし、これら遺伝子の存在によって、病徴が抑制されるものの、TYLCVの感染自体を阻止することはできない。
【0012】
TYLCV耐性遺伝子を交配で導入したトマトの品種が既に市場に出ているが、これら遺伝子の特性上、いずれの品種もTYLCVに感染し、トマトの生体内でウイルスが増殖することが知られている。よって、TYLCV耐性遺伝子が導入されたトマトを栽培するにあたり、タバココナジラミの防除を怠ると、当該トマトはTYLCVを保毒することとなる。このようなトマトはTYLCVによる病徴が抑制されても、TYLCVの感染源となるため、周囲のTYLCV感受性のトマト品種をTYLCV感染の危機に曝してしまう(例えば、非特許文献2~4を参照)。
【0013】
上述した問題はTYLCVに固有のものではなく、タバココナジラミで媒介され、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して共通の問題である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【文献】European Food Safety Authority, "EFSA Journal," 2013, 11(4):3162
【文献】B. Mabvakure et al., "Virology," 2016, 498: 257-264
【文献】J. Basak, "Journal of Plant Pathology & Microbiology," 2016, 7: 346
【文献】H. Czosnek編, "Tomato Yellow Leaf Curl Virus Disease", Springer, 2007, pp.85-118
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したような従来の植物ウイルスの防除方法では、TYLCV等の、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの蔓延を十分に防除することが難しかった。また、TYLCV耐性遺伝子を導入したナス科植物の品種では、例えTYLCV感染に伴う症状が抑制されていても、植物内ではTYLCVが増殖するため、TYLCVの伝染環を完全に分断することはできなかった。
【0016】
以上のような背景のもと、本発明は、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの感染を阻害する性質、感染後の当該ウイルスの増殖を抑制する性質および/または当該ウイルスの感染症状の発現を抑制する性質を有する、ウイルス抵抗性のナス科植物、ナス科植物細胞、およびナス科植物の作出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、以下のナス科植物、その部分およびそれらの加工品を提供する。
[1] 翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子が変異を有し、前記変異によって、前記変異を有する前記遺伝子の発現が抑制されているか、または前記変異を有する前記遺伝子のコードするタンパク質がトマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して非機能的であり、前記ウイルスに対してウイルス抵抗性を有する、ナス科植物。
[2]前記トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルスである、[1]に記載のナス科植物。
[3] 前記変異が、ゲノム編集技術によってゲノム内の遺伝子に導入されたものである、[1]または[2]に記載のナス科植物。
[4] 前記変異が、下記(a)~(d)の少なくとも1種である、[1]~[3]のいずれかに記載のナス科植物。
(a)フレームシフト変異、
(b)ナンセンス変異、
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損、および
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入。
[5] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子に変異を有する、[1]~[4]のいずれかに記載のナス科植物。
[6] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子に変異を有する、[1]~[4]のいずれかに記載のナス科植物。
[7] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子に変異を有する、[1]~[4]のいずれかに記載のナス科植物。
[8] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子に変異を有する、[1]~[4]のいずれかに記載のナス科植物。
[9] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むものであり、前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[5]に記載のナス科植物。
[10] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号3に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[9]に記載のナス科植物。
[11] 前記配列番号3に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号13~18から選ばれる1種に示される塩基配列に変異している、[10]に記載のナス科植物。
[12] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むものであり、前記翻訳受容体様キナーゼRLK遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[6]に記載のナス科植物。
[13] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号6に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[12]に記載のナス科植物。
[14] 前記配列番号6に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号19~22から選ばれる1種に示される塩基配列に変異している、[13]に記載のナス科植物。
[15] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または36に示される塩基配列を含むものであり、前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または36に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[7]に記載のナス科植物。
[16] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号35または38に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[15]に記載のナス科植物。
[17] 前記配列番号35に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号48~50から選ばれる1種に示される塩基配列に変異している、および/または前記配列番号38に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号51または52に示される塩基配列に変異している、[16]に記載のナス科植物。
[18] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むものであり、前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[17]に記載のナス科植物。
[19] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号41に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[18]に記載のナス科植物。
[20] 前記配列番号41に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号53または54に示される塩基配列に変異している、[19]に記載のナス科植物。
[21] トマトである、[1]~[20]のいずれかに記載のナス科植物。
[22] [1]~[21]のいずれかに記載のナス科植物の部分。
[23] 果実である、[22]に記載のナス科植物の部分。
[24] 種子である、[22]に記載のナス科植物の部分。
[25] [1]~[24]のいずれかに記載のナス科植物またはその部分の加工品。
[26] 食用である、[25]に記載の加工品。
【0018】
さらに本発明は、以下のナス科植物細胞、ならびにそれを有するナス科植物およびその部分を提供する。
[27] 翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子が変異を有し、前記変異によって、前記変異を有する前記遺伝子の発現が抑制されているか、または前記変異を有する前記遺伝子のコードするタンパク質がトマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して非機能的であり、前記ウイルスに対してウイルス抵抗性を有する、ナス科植物細胞。
[28]前記トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルスである、[27]に記載のナス科植物。
[29] 前記変異が、ゲノム編集技術によってゲノム内の遺伝子に導入されたものである、[27]に記載のナス科植物細胞。
[30] 前記変異が、下記(a)~(d)の少なくとも1種である、[27]~[29]のいずれかに記載のナス科植物細胞。
(a)フレームシフト変異、
(b)ナンセンス変異、
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損、および
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入。
[31] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子に変異を有する、[27]~[30]のいずれかに記載のナス科植物細胞。
[32] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子に変異を有する、[27]~[30]のいずれかに記載のナス科植物細胞。
[33] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子に変異を有する、[27]~[30]のいずれかに記載のナス科植物細胞。
[34] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子に変異を有する、[27]~[30]のいずれかに記載のナス科植物細胞。
[35] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むものであり、前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[31]に記載のナス科植物細胞。
[36] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号3に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[35]に記載のナス科植物細胞。
[37] 前記配列番号3に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号13~18から選ばれる1種に示される塩基配列に変異している、[36]に記載のナス科植物細胞。
[38] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むものであり、前記翻訳受容体様キナーゼRLK遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[32]に記載のナス科植物細胞。
[39] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号6に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[38]に記載のナス科植物細胞。
[40] 前記配列番号6に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号19~22から選ばれる1種に示される塩基配列に変異している、[39]に記載のナス科植物細胞。
[41] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または36に示される塩基配列を含むものであり、前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または36に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[33]に記載のナス科植物細胞。
[42] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号35または38に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[41]に記載のナス科植物細胞。
[43] 前記配列番号35に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号48~50から選ばれる1種に示される塩基配列に変異している、および/または前記配列番号38に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号51または52に示される塩基配列に変異している、[42]に記載のナス科植物細胞。
[44] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むものであり、前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[43]に記載のナス科植物細胞。
[45] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号41に示される塩基配列に対応する領域に変異を有する、[44]に記載のナス科植物細胞。
[46] 前記配列番号41に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号53または54に示される塩基配列に変異している、[45]に記載のナス科植物細胞。
[47] トマトである、[27]~[46]のいずれかに記載のナス科植物細胞。
[48] [27]~[47]のいずれかに記載のナス科植物細胞を有し、トマト黄化葉巻ウイルス抵抗性を有する、ナス科植物およびその部分。
[49] 果実である、[48]に記載のナス科植物の部分。
[50] 種子である、[48]に記載のナス科植物の部分。
[51] [48]~[50]のいずれかに記載のナス科植物またはその部分の加工品。
[52] 食用である、[51]に記載の加工品。
【0019】
さらに本発明は、以下のナス科植物の作出方法、および当該作出方法によって得られたナス科植物を提供する。
[53] 翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子を選択する工程と、ナス科植物のゲノム内の選択した遺伝子に対して、前記選択した遺伝子の発現が抑制される変異、または前記選択した遺伝子のコードするタンパク質が、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して非機能的になる変異を導入する工程と、前記ウイルスに対して抵抗性を有するナス科植物を選別する工程とを含む、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して抵抗性の、ウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[54]前記トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルスである、[53]に記載のナス科植物。
[55] 前記変異を、ゲノム編集技術によってゲノム内の遺伝子に導入する、[53]または[54]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[56] 前記変異が、下記(a)~(d)の少なくとも1種である、[53]~「55]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
(a)フレームシフト変異、
(b)ナンセンス変異、
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損、および
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入。
[57] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子に変異を導入する、[53]~[56]のいずれかに記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[58] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子に変異を導入する、[53]~[56]のいずれかに記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[59] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子またはその相同遺伝子に変異を導入する、[53]~[56]のいずれかに記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[60] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子またはその相同遺伝子に変異を導入する、[53]~[56]のいずれかに記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[61] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むものであり、前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[57]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[62] 前記翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号3に示される塩基配列に対応する領域に変異を導入する、[61]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[63] 前記配列番号3に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号13~18から選ばれる1種に示される塩基配列になるように変異を導入する、[62]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[64] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むものであり、前記受容体様キナーゼRLK遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[58]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[65] 前記受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号6に示される塩基配列に対応する領域に変異を導入する、[64]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[66] 前記配列番号6に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号19~22から選ばれる1種に示される塩基配列になるように変異を導入する、[65]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[67] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または36に示される塩基配列を含むものであり、前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または36に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[59]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[68] 前記ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号35または38に示される塩基配列に対応する領域に変異を導入する、[67]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[69] 前記配列番号35に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号48~50から選ばれる1種に示される塩基配列になるように変異を導入する、および/または前記配列番号38に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号51または52に示される塩基配列になるように変異を導入する、[68]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[70] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むものであり、前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子の相同遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列に対して85%以上の配列相同性を有する塩基配列を含むものである、[60]に記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[71] 前記核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子またはその相同遺伝子内の、配列番号41に示される塩基配列に対応する領域に変異を導入する、[70]に記載のトマト黄化葉巻ウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[72] 前記配列番号41に示される塩基配列に対応する領域が、配列番号53または54に示される塩基配列になるように変異を導入する、[71]に記載のトマト黄化葉巻ウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[73] 前記ナス科植物がトマトである、[53]~[72]のいずれかに記載のウイルス抵抗性ナス科植物の作出方法。
[74] [53]~[73]のいずれかに記載の作出方法によって得られた、ウイルス抵抗性ナス科植物。
【0020】
さらに本発明は、以下のナス科植物育種後代の作出方法および当該作出方法によって得られたナス科植物を提供する。
[75] [53]~[73]のいずれかに記載の作出方法によって得られたウイルス抵抗性ナス科植物またはその後代を、自家受粉または他家受粉させる工程を含む、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して抵抗性のウイルス抵抗性ナス科植物の育種後代の作出方法。
[76] [75]に記載の作出方法によって得られた、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して抵抗性である、ウイルス抵抗性ナス科植物。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの感染を阻害する性質、感染後の当該ウイルスの増殖を抑制する性質および/または当該ウイルスの感染症状の発現を抑制する性質を有する、当該ウイルスに抵抗性のナス科植物、ナス科植物細胞、およびナス科植物の作出方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、トマトの翻訳開始因子eIF4E遺伝子(solyc03g005870)のcDNA配列であり、下線部がエクソン2であり、2重下線部がガイドRNA認識部分(エクソン2の135番塩基~154番塩基)であり、四角で囲った部分がPAM配列である。
図2図2は、トマトの受容体様キナーゼRLK遺伝子(solyc02g091840)のcDNA配列であり、下線部がエクソン1であり、2重下線部がガイドRNA認識部分(エクソン1の790番塩基~809番塩基)であり、四角で囲った部分がPAM配列である。
図3図3は、TYLCV接種から42日後の、TYLCV感染の症状を示さない、eIF4E遺伝子の編集系統A132のT1個体(図中の(a))、およびTYLCV感染の症状を示した対照の変異を導入していないトマト(図中の(b))である。
図4図4は、eIF4E遺伝子の編集系統A132のT1個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から25日目に症状の有無及びPCR検定に基づき求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図5図5は、eIF4E遺伝子の編集系統A132の、無症状T1個体について実施したPCR検定の結果である。
図6図6は、eIF4E遺伝子の編集系統A132-10のT2個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から22日目に症状の有無およびPCR検定の結果から求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図7図7は、TYLCV接種から25日後の、TYLCV感染の症状を示さない、RLK遺伝子の編集系統C6のT1個体(図中の(a)および(b))、ならびにTYLCV感染の症状を示した対照の変異を導入していないトマト(図中の(c))である。
図8図8は、RLK遺伝子の編集系統C6の無症状T1個体について実施したPCR検定の結果である。
図9図9は、RLK遺伝子の編集系統C72のT1個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から28日目に症状の有無およびPCR検定の結果から求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図10図10は、RLK遺伝子の編集系統C6-18のT2個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から22日目に症状の有無およびPCR検定の結果から求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図11図11は、トマトの翻訳開始因子eIF4E遺伝子内の変異パターンを示す図であり、下線は変異部を表し、「・」は塩基の不在(欠損)を表す。
図12図12は、トマトの受容体様キナーゼRLK遺伝子内の変異パターンを示す図であり、下線は変異部を表し、「・」は塩基の不在(欠損)を表す。
図13図13は、トマトの染色体1番に存在する、ポリマーコート複合体COPIの成分をコードするdeltaCOP遺伝子(Solyc01g103480)であり、下線部がエクソン6であり、2重下線部がガイドRNA認識部分(エクソン6の70番塩基~89番塩基)であり、四角で囲った部分がPAM配列である。
図14図14は、トマトの染色体10番に存在する、ポリマーコート複合体COPIの成分をコードするdeltaCOP遺伝子(Solyc10g038120)であり、下線部がエクソン2であり、2重下線部がガイドRNA認識部分(エクソン2の31番塩基~50番塩基)であり、四角で囲った部分がPAM配列である。
図15図15は、トマトの核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子(Solyc10g074910)のcDNA配列であり、2重下線部がガイドRNA認識部分(エクソン4の74番塩基~93番塩基)であり、四角で囲った部分がPAM配列である。
図16図16は、染色体1番に存在するdeltaCOP遺伝子の編集系統D16のT1個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から21日目に症状の有無およびPCR検定の結果から求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図17図17は、染色体10番に存在するdeltaCOP遺伝子の編集系統E4のT1個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から21日目に症状の有無およびPCR検定の結果から求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図18図18は、NSI遺伝子の編集系統F43のT1個体、および対照の変異を導入していないトマトについて、ウイルス接種から21日目に症状の有無およびPCR検定の結果から求めた罹病率を示すグラフであり、各バーの下の括弧内の数字はサンプル数である。
図19図19(A)は、トマトの染色体1番に存在する、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子内の変異パターンを示す図であり、図19(B)は、トマトの染色体10番に存在する、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子内の変異パターンを示す図であり、下線は変異部を表し、「・」は塩基の不在(欠損)を表す。
図20図20は、トマトのシャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子内の変異パターンを示す図であり、下線は変異部を表し、「・」は塩基の不在(欠損)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、ナス科植物がその翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子またはその相同遺伝子、および/または核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子またはその相同遺伝子に変異を有し、当該変異によって、変異を有する遺伝子(eIF4E遺伝子、RLK遺伝子、deltaCOP遺伝子、NSI遺伝子あるいはそれらの相同遺伝子)の発現が抑制されているか、または変異を有する遺伝子のコードするタンパク質がトマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルス(例えばTYLCV)に対して非機能的であると、ナス科植物が当該ウイルスに対して抵抗性を有することを見出した。このようなトマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルス抵抗性の植物は、ナス科では初めての報告である。
【0024】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」とも言う。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施形態および図面に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0025】
本発明において、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに特に限定は無いが、トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)であることが好ましい。以下、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの具体例としてTYLCVを用いて本発明を説明するが、これらの説明は、本発明に係るベゴモウイルス属ウイルスをTYLCVに限定するものではない。以下の説明においては、「TYLCV」を「トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルス」と読み替えることもできることを理解されたい。
【0026】
[I]TYLCV抵抗性のナス科植物
一態様において、本実施形態は、TYLCV抵抗性ナス科植物に関する。本実施形態において、TYLCV抵抗性ナス科植物とは、TYLCVの感染を阻害する性質、感染してもTYLCVの増殖を抑制する性質および/またはTYLCVの感染症状の発現を抑制する性質を有する植物である。TYLCV抵抗性ナス科植物は、TYLCVの感染を阻害するか、感染してもTYLCVの増殖を抑制する性質を有する植物であることが好ましい。
【0027】
本実施形態において「トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)」とは、ジェミニウイルス科(Geminiviridae)ベゴモウイルス属(Begomovirus)に分類される、環状1本鎖DNAを1分節ゲノムとして有し、直径約20nmの球体状のウイルス粒子が2つ結合した双球状であるウイルスを意味する。
【0028】
TYLCVは、中近東、北中米、東南アジア、東アジア(日本、中国)などで主に発生している。日本で発生しているTYLCVは、主に2系統存在し、長崎で発見された分離株をはじめ、九州、関東などで発生しているTYLCVイスラエル系統と、東海、関東で発生しているイスラエルマイルド系統がある。
【0029】
本実施形態においてナス科植物は、Solanaceae科に属する植物である限り特に限定はなく、ナス属(Solanum属)、Nicotiana属、Capsicum属等に属する植物が挙げられる。具体的には、トマト(Solanum lycopersicum)、ナス(Solanum melongena)、タバコ(Nicotiana tabacum)、トウガラシ(Capsicum annuum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)等が挙げられ、好ましくはトマト、ナス、ジャガイモであり、特に好ましくはトマトである。
【0030】
一態様において、本実施形態のTYLCV抵抗性ナス科植物は、翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子が変異を有する。
【0031】
(eIF4E遺伝子)
eIF4E遺伝子とは、“eukaryotic translation iniciation factor 4E”、即ち、真核生物翻訳開始因子4Eをコードする遺伝子である。eIF4Eは、真核生物における翻訳開始因子の一種であり、タンパク質合成の開始において重要な役割を有する。eIF4Eは、eIF(iso)4Eとともに、eIF4Eファミリーを構成している。また、ナス科植物は、複数のeIF4Eのアイソフォームを有すると考えられる。例えば、トマトにおいては、eIF4Eは2種のアイソフォームからなり、2番染色体および3番染色体上に存在することが知られている。また、eIF(iso)4Eは、トマトにおいて1種存在し、9番染色体上に存在することが知られている。
【0032】
さらに他のナス科植物にも、トマトのeIF4Eと相同な遺伝子の存在が知られている。例えば、トウガラシには、トマトのeIF4Eと相同な遺伝子として、4番染色体上にあるpvr1およびpvr2の存在が知られている(尚、pvr1とpvr2はアレルの関係にある)。さらに、トマトのeIF(iso)4Eと相同な遺伝子として、3番染色体上のpvr6が知られている。
【0033】
上述したeIF4Eのアイソフォームといった、eIF4Eファミリーを構成するメンバーの遺伝子や、他のナス科植物について知られているeIF4Eと相同な遺伝子は、全て本発明に係わるeIF4E遺伝子の相同遺伝子である。
【0034】
本実施形態において、「eIF4E遺伝子」は、そのcDNA配列が配列番号1に示される塩基配列を含むもの、または配列番号1に示される塩基配列からなるものであることが好ましい。尚、「cDNA配列」とは、遺伝子から転写されたmRNAから逆転写によって合成されたDNAであり、遺伝子に存在するイントロンが除去された、タンパク質コード領域のみからなるDNA配列である。
【0035】
さらに本実施形態において、「eIF4E遺伝子の相同遺伝子」とは、そのcDNA配列が、配列番号1に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列を含むもの、あるいは配列番号1に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列からなるものであることが好ましい。配列番号1の塩基配列との相同性に特に限定はないが、85%以上、100%未満であることが好ましい。また、相同性の下限値は、87%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、99%以上、99.5%以上など、どのような値でもかまわない。尚、配列番号1に示す塩基配列と、相同性遺伝子のcDNA配列との相同性は、公知の方法で決定することができる。例えば、BLASTといった公知の相同性検索プログラムを使用して、塩基配列の相同性を決定することができる。
【0036】
(RLK遺伝子)
RLK遺伝子とは、“Receptor-Like Kinase”、即ち、受容体様キナーゼをコードするトマトの遺伝子である。RLKは、シロイヌナズナではBAM1(Barely Any Meristem 1)と呼ばれ、葉や配偶子形成に関わる、シュートと花分裂組織機能に必要なCLAVATA1関連レセプター様キナーゼタンパク質をコードしている。また、シロイヌナズナのBAM1にはかなり相同性の高いBAM2の存在が認められており、トマトにおいても、近年の研究から、相同性の高い相同体の存在がわかってきた。このような相同体とは、本実施形態に係わるRLKを「RLK1」(Solyc02g091840、2番染色体上)とすると、「RLK2」として知られるものである。尚、シロイヌナズナのBAM1については、TYLCVの近縁ウイルスのC4タンパク質との関連や、近縁ウイルスの複製にも関与することが示唆されているものの、トマトのRLKとTYLCVとの関係については、今まで報告はない。
【0037】
本実施形態において、「RLK遺伝子」は、そのcDNA配列が配列番号4に示される塩基配列を含むもの、または配列番号4に示される塩基配列からなるものであることが好ましい。
【0038】
本実施形態において「RLK遺伝子の相同遺伝子」とは、そのcDNA配列が、配列番号4に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列を含むもの、あるいは配列番号4に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列からなるものであることが好ましい。配列番号4の塩基配列との相同性に特に限定はないが、85%以上、100%未満であることが好ましい。また、相同性の下限値は、87%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、99%以上、99.5%以上など、どのような値でもかまわない。尚、配列番号4に示す塩基配列と、相同性遺伝子のcDNA配列との相同性は、公知の方法で決定することができる。例えば、BLASTといった公知の相同性検索プログラムを使用して、塩基配列の相同性を決定することができる。
【0039】
(deltaCOP遺伝子)
deltaCOP遺伝子は、ポリマーコート複合体COPIの成分をコードする遺伝子である。COPIの正確な役割の詳細は不明ではあるが、ゴルジ体との関連、およびゴルジ体への小胞輸送との関連が知られている。シロイヌナズナの研究においては、小胞輸送はジェミニウイルス科のウイルスの移行タンパク質の輸送に関連があるため、ウイルス感染にも関係があると推察されている。
【0040】
トマトでは、2種のdeltaCOP遺伝子の存在が認められており、それぞれ染色体1番と10番に存在する(Solyc01g103480、Solyc10g038120)。よって本明細書においては、染色体1番に存在するdeltaCOP遺伝子を「delta01遺伝子」と略し、染色体10番に存在するdeltaCOPを「delta10遺伝子」と略す場合があり、「deltaCOP遺伝子」という記載は、上記2種の遺伝子の両方またはいずれか一方を意味するものとする。
【0041】
タバコにおいては、TYLCVと近縁のTYLCSVの感染に関与することが示唆されているものの、トマトのdeltaCOPとTYLCVとの関係については、今まで報告はない。
【0042】
本実施形態において、deltaCOP遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号33または配列番号36に示される塩基配列を含むもの、あるいは配列番号33または配列番号36に示される塩基配列からなるものであることが好ましい。尚、配列番号33のcDNA配列は染色体1番に存在するdelta01遺伝子に対応するものであり、配列番号34のcDNA配列は染色体10番に存在するdelta10遺伝子に対応するものである。
【0043】
本実施形態において、「deltaCOP遺伝子の相同遺伝子」とは、そのcDNA配列が、配列番号33または配列番号36に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列を含むもの、あるいは配列番号33または配列番号36に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列からなるものであることが好ましい。配列番号33または配列番号36の塩基配列との相同性に特に限定はないが、85%以上、100%未満であることが好ましい。また、相同性の下限値は、87%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、99%以上、99.5%以上など、どのような値でもかまわない。尚、配列番号33または配列番号36に示す塩基配列と、相同性遺伝子のcDNA配列との相同性は、公知の方法で決定することができる。例えば、BLASTといった公知の相同性検索プログラムを使用して、塩基配列の相同性を決定することができる。
【0044】
(NSI遺伝子)
NSI遺伝子は、核シャトルタンパク質相互作用因子であると考えられている。シロイヌナズナの研究において、NSI遺伝子は、ベゴモウイルス属のCabbage leaf curl virus(CaLCuV)の移行タンパク(NSP;核シャトルタンパク質)と相互作用することが示されている。そのため、CaLCuVのウイルス感染および複製に関与すると推察される。トマトでは、NSI遺伝子は、アセチルトランスフェラーゼ様タンパク遺伝子として染色体10番に存在する(Solyc10g074910)。アセチルトランスフェラーゼ様タンパク遺伝子は、染色体5番にもう1つ存在する(Solyc05g010250)が、前者と後者の相同性は高くない。トマトのNSI遺伝子とTYLCVとの関係については、今まで報告はない。
【0045】
本実施形態において、NSI遺伝子は、そのcDNA配列が配列番号39に示される塩基配列を含むもの、または配列番号39に示される塩基配列からなるものであることが好ましい。
【0046】
本実施形態において「NSI遺伝子の相同遺伝子」とは、そのcDNA配列が、配列番号39に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列を含むもの、あるいは配列番号39に示される塩基配列に対して配列相同性を有する塩基配列からなるものであることが好ましい。配列番号39の塩基配列との相同性に特に限定はないが、85%以上、100%未満であることが好ましい。また、相同性の下限値は、87%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、99%以上、99.5%以上など、どのような値でもかまわない。尚、配列番号39に示す塩基配列と、相同性遺伝子のcDNA配列との相同性は、公知の方法で決定することができる。例えば、BLASTといった公知の相同性検索プログラムを使用して、塩基配列の相同性を決定することができる。
【0047】
(TYLCV抵抗性遺伝子)
本実施形態において、ナス科植物は、翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子に変異を有する(以下、変異を有する遺伝子を「TYLCV抵抗性遺伝子」ともいう)。当該変異とは、変異を有する遺伝子の発現を抑制するか、または遺伝子がコードするタンパク質をTYLCVに対して非機能的とするものである。TYLCVに対して非機能的なタンパク質とは、TYLCVが植物に感染し、増殖する際に利用できないか、TYLCVの感染および増殖を低減させるタンパク質を指す。一態様において、TYLCV抵抗性遺伝子は、タンパク質をコードしないように変異したものであってもよい。
【0048】
理論に束縛されるものではないが、TYLCVが植物に感染する際には、ナス科植物に存在する複数のeIF4Eのアイソフォームのうち、特定のeIF4Eを用いると考えられる。このとき、TYLCVの使用する特定のアイソフォーム(即ち、TYLCVに対して機能的なeIF4E)をコードする遺伝子が変異し、TYLCVが使用する特定のeIF4Eタンパク質が産生されなくなるか、または産生されたeIF4Eタンパク質がTYLCVに対して非機能的なものであると、ウイルスゲノム上にコードされる、感染増殖に必要なタンパク質の翻訳が進行しなくなると考えられる。もしくはeIF4Eとの相互作用を必要とするTYLCVタンパク質がその機能を果たせなくなり、TYLCVの感染および増殖が阻害されることで、ナス科植物がTYLCV抵抗性を獲得すると考えられる。
【0049】
一方、ナス科植物に存在する複数のeIF4E相同体のうちの1つが変異しても、植物自体は他の相同体を利用可能であるか、または植物自体はTYLCVに非機能的なeIF4Eタンパク質を利用可能であるため、宿主であるナス科植物の生育に影響を与えることなく、TYLCV抵抗性を付与することが可能であると考えられる。
【0050】
RLKについても、上述したように、RLK1(Solyc02g091840、2番染色体上)と相同性の高いRLK2の存在が知られており、植物において互いに補佐しながら存在していると考えられる。
【0051】
deltaCOP遺伝子は、前述のように2つのホモログが存在し、互いに補佐して存在すると考えられる。
【0052】
また、NSI遺伝子は、アセチルトランスフェラーゼ様タンパク遺伝子と考えられ、トマトには2種の遺伝子が存在している。
【0053】
上述したようにTYLCV抵抗性遺伝子を有するナス科植物は、TYLCV抵抗性を獲得する。例えば、TYLCV接種から20日以上経っても、植物体中のTYLCVの蓄積量が、TYLCV非接種株と同程度またはそれ以下であること、および/またはTYLCV感染症状が目視により確認できないことをもって、植物が「TYLCV抵抗性」を有すると判定することができる。具体的には、後述の実施例に示すとおり、常法により植物にTYLCVを感染させ、植物体中のTYLCVの蓄積をELISA法、PCR法等の公知の手法で確認することにより、植物のTYLCV抵抗性を判断することができる。また、TYLCVを感染させた植物のTYLCV感染症状(葉のモザイク化や黄化、糸葉、矮化、壊疽等)の有無を確認することによっても、植物のTYLCV抵抗性を判断することができる。
【0054】
ナス科植物が上述したTYLCV抵抗性を有する限り、遺伝子変異は、翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子に存在すればよい。よって、翻訳開始因子eIF4E遺伝子および/またはその相同遺伝子に変異を有するナス科植物、受容体様キナーゼRLK遺伝子および/またはその相同遺伝子に変異を有するナス科植物、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子および/またはその相同遺伝子に変異を有するナス科植物、核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子および/またはその相同遺伝子に変異を有するナス科植物、ならびに翻訳開始因子eIF4E遺伝子またはその相同遺伝子と、受容体様キナーゼRLK遺伝子またはその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子またはその相同遺伝子、および核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子またはその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも2つ以上に変異を有するナス科植物が本実施形態には含まれ得る。
【0055】
さらに本実施形態におけるTYLCV抵抗性ナス科植物は、eIF4E遺伝子に変異を有する場合、TYLCVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子の全てに変異を有してもよい。例えば、複二倍体等の倍数体植物の場合、複数存在する、TYLCVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子が、全てTYLCV抵抗性遺伝子に変異していることが好ましい。このようなTYLCV抵抗性ナス科植物は、TYLCVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子が変異している限り、他の正常なeIF4E遺伝子を有するものであってもよい。また、TYLCVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする内生の遺伝子が全て欠失、破壊等して機能を喪失し、代わりに外来のeIF4E遺伝子を導入したものであってもよい。
【0056】
TYLCV抵抗性ナス科植物がRLK遺伝子、deltaCOP遺伝子、および/またはNSI遺伝子に変異を有する場合も上記と同様である。即ち、本発明に係るTYLCVに対して機能的ないずれかのタンパク質をコードする遺伝子の全てに変異を有してもよく、TYLCVに対して機能的なタンパク質をコードする遺伝子が、全てTYLCV抵抗性遺伝子に変異していることが好ましい。このようなTYLCV抵抗性ナス科植物は、TYLCVに対して機能的ないずれかのタンパク質をコードする遺伝子が変異している限り、他の正常な遺伝子を有するものであってもよい。また、TYLCVに対して機能的ないずれかのタンパク質をコードする内生の遺伝子を全て欠失、破壊等して機能を喪失し、代わりに外来の相同な遺伝子を導入したものであってもよい。
【0057】
一態様において、本実施形態におけるTYLCV抵抗性ナス科植物は、そのゲノム内の遺伝子に変異を有する。遺伝子変異の具体例としては、以下の(a)~(d)が挙げられる。
(a)フレームシフト変異、
(b)ナンセンス変異、
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損、および
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入。
【0058】
(a)フレームシフト変異は、塩基の欠失または挿入により、コドンの読み枠がずれ、異なるアミノ酸配列をコードするようになる変異である。コードするアミノ酸配列が変わることにより、変異遺伝子はTYLCV抵抗性遺伝子となる。
【0059】
(b)ナンセンス変異は、本来アミノ酸をコードしていたコドンが終止コドンに変わる変異であり、これにより、TYLCV抵抗性遺伝子となる。
【0060】
(c)連続または非連続の3n塩基(n=1~7、好ましくはn=1~3、例えば3n塩基は、3、6または9塩基)の欠損により、当該欠損領域から下流の塩基配列によってコードされるアミノ酸配列が変化する。このような変化が生じるため、TYLCV抵抗性遺伝子となる。
【0061】
(d)1または複数の塩基の置換、欠失、付加、および/または挿入により、変異領域の下流の塩基配列がコードするアミノ酸配列の読み枠が変化する。読み枠の変化により、元々コードしていたアミノ酸配列が変わり、タンパク質の構造変化等が生じるため、TYLCV抵抗性遺伝子となる。一態様において、この変異は、コドンの3番目以外の塩基の変異であることが好ましい。置換、欠失、付加、および/または挿入される塩基の個数は、TYLCV抵抗性遺伝子が得られる限り特に限定されないが、例えば、1~5個、1~3個、または1~2個とすることができる。
【0062】
TYLCV抵抗性遺伝子の有する変異は、上記(a)~(d)からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。尚、上記(a)~(d)の変異は、択一的なものではなく、例えば、(c)や(d)の変異の結果として、(a)や(b)の変異が起こることもある。
【0063】
ナス科植物のゲノム内の変異は、変異を有する遺伝子の発現を抑制するもの、または当該遺伝子のコードするタンパク質をTYLCVに対して非機能的にするものであって、変異遺伝子を有する植物にTYLCV抵抗性を付与し、且つ当該植物の生命および生育に著しい障害を与えないものである限り、特に限定はない。
【0064】
次に、このような変異について具体的に説明する。
【0065】
一態様において、ナス科植物がeIF4E遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、eIF4E遺伝子のエクソン2(配列番号2)内に存在することが好ましく、エクソン2内の135番~154番塩基を含む領域、即ち、配列番号3に示したAGGGTAAATCTGATACCAGCを含む領域に存在することがより好ましい。ナス科植物がeIF4E遺伝子の相同遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、当該相同遺伝子内の、配列番号2に示される塩基配列に対応する領域に存在することが好ましく、当該領域内の配列番号3に示される塩基配列に対応する領域に存在することがより好ましい。
【0066】
ナス科植物が配列番号3に示したAGGGTAAATCTGATACCAGCまたはそれに対応する領域に変異を有する場合、当該変異は、1塩基挿入、3塩基欠損、もしくは9塩基の欠損または置換であることが好ましい。このような変異の具体例としては、15番目と16番目の塩基間への1塩基挿入(一例として、C(シトシン)の挿入)、16~18番目の3塩基欠損、8~18番目のいずれか9塩基の欠損(好ましくは、10番目および13番目以外の9塩基の欠損)が挙げられる。このような変異を有する領域の塩基配列を図11および配列番号13~18に示した。
【0067】
また、本発明においては、eIF4E遺伝子のアイソフォームであるeIF(iso)4E遺伝子に、上記eIF4E遺伝子と類似した変異を有する、TYLCV抵抗性ナス科植物の作出にも成功した。
【0068】
一態様において、ナス科植物がRLK遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、RLK遺伝子のエクソン1(配列番号5)内に存在することが好ましく、エクソン1内の790番~809番塩基を含む領域、即ち、配列番号6に示したTCTCTAGAGTACCTTGCAGTを含む領域内に存在することがより好ましい。ナス科植物がRLK遺伝子の相同遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、当該相同遺伝子内の、配列番号5に示される塩基配列に対応する領域に存在することが好ましく、当該領域内の配列番号6に示される塩基配列に対応する領域に存在することがより好ましい。
【0069】
ナス科植物が配列番号6に示したTCTCTAGAGTACCTTGCAGTまたはそれに対応する領域に変異を有する場合、当該変異は、5塩基欠損、7塩基欠損、もしくは1塩基の挿入または置換であることが好ましい。このような変異を有する領域の塩基配列を図12および配列番号19~22に示した。
【0070】
一態様において、ナス科植物がdeltaCOP遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、染色体1番のdeltaCOP遺伝子(即ちdelta01遺伝子)のエクソン6(配列番号34)内に存在することが好ましく、delta01遺伝子のエクソン6内の70番~89番塩基を含む領域、即ち、配列番号35に示したACTGGCTTTGGCAGCGACTCを含む領域に存在することがより好ましい。ナス科植物がdelta01遺伝子の相同遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、当該相同遺伝子内の、配列番号34に示される塩基配列に対応する領域に存在することが好ましく、当該領域内の配列番号35に示される塩基配列に対応する領域に存在することがより好ましい。
【0071】
ナス科植物が配列番号35に示したACTGGCTTTGGCAGCGACTCまたはそれに対応する領域に変異を有する場合、当該変異は、2塩基欠損、3塩基欠損、もしくは6塩基の欠損および1塩基置換であることが好ましい。このような変異の具体例としては、16~17番目の2塩基欠損、15~17番目の3塩基欠損、11番目の塩基の置換と12~17番目の6塩基の欠損が挙げられる。
【0072】
あるいは、deltaCOP遺伝子の変異は、染色体10番のdeltaCOP遺伝子(即ちdelta10遺伝子)のエクソン2(配列番号37)に存在することが好ましく、delta10遺伝子のエクソン2内の31番~50番塩基を含む領域、即ち、配列番号38に示したTTCATGTCTCTGCAATCCATを含む領域に存在することがより好ましい。ナス科植物がdelta10遺伝子の相同遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、当該相同遺伝子内の、配列番号37に示される塩基配列に対応する領域に存在することが好ましく、当該領域内の配列番号38に示される塩基配列に対応する領域に存在することがより好ましい。
【0073】
ナス科植物が配列番号38に示したTTCATGTCTCTGCAATCCATまたはそれに対応する領域に変異を有する場合、当該変異は、1塩基欠損、もしくは4塩基の欠損であることが好ましい。このような変異の具体例としては、17番目の1塩基欠損、14~17番目の4塩基欠損が挙げられる。
【0074】
deltaCOP遺伝子の変異を有する領域の塩基配列を図19、配列番号48~52に示した。
【0075】
一態様において、ナス科植物がNSI遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、NSI遺伝子のエクソン4(配列番号40)内に存在することが好ましく、エクソン4内の74番~93番塩基を含む領域、即ち、配列番号41に示したGAGGAATTTGTTCTAGTTGAを含む領域に存在することがより好ましい。ナス科植物がNSI遺伝子の相同遺伝子に変異を有する場合、当該変異は、当該相同遺伝子内の、配列番号40に示される塩基配列に対応する領域に存在することが好ましく、当該領域内の配列番号41に示される塩基配列に対応する領域に存在することがより好ましい。
【0076】
ナス科植物が配列番号41に示したGAGGAATTTGTTCTAGTTGAまたはそれに対応する領域に変異を有する場合、当該変異は、1塩基挿入、もしくは9塩基の欠損であることが好ましい。このような変異の具体例としては、3番目と4番目の塩基間への1塩基挿入(一例として、T(チミン)の挿入)、4~12番目の9塩基の欠損が挙げられる。このような変異を有する領域の塩基配列を図20および配列番号53と54に示した。
【0077】
本実施形態は、TYLCV抵抗性遺伝子である、配列番号13~18のいずれかに示した変異領域を有する変異eIF4E遺伝子自体、配列番号19~22のいずれかに示した変異領域を有する変異RLK遺伝子自体、配列番号48~50および配列番号51~52のいずれかに示した変異領域を有する変異deltaCOP遺伝子自体、ならびに配列番号53~54のいずれかに示した変異領域を有する変異NSI遺伝子自体に関する。このような遺伝子としては、cDNA配列が配列番号23~28のいずれかに示した塩基配列を含むか、または配列番号23~28のいずれかに示した塩基配列からなる変異eIF4E遺伝子、cDNA配列が配列番号29~32のいずれかに示した塩基配列を含むか、または配列番号29~32のいずれかに示した塩基配列からなる変異RLK遺伝子、cDNA配列が配列番号55~59のいずれかに示した塩基配列を含むか、または配列番号55~59のいずれかに示した塩基配列からなる変異deltaCOP遺伝子、cDNA配列が配列番号60~61のいずれかに示した塩基配列を含むか、または配列番号60~61のいずれかに示した塩基配列からなる変異NSI遺伝子が好ましい。本実施形態は、また、ナス科植物にTYLCV抵抗性を付与するための、上記変異eIF4E遺伝子、変異RLK遺伝子、変異deltaCOP遺伝子、または変異NSI遺伝子の使用にも関する。
【0078】
尚、ナス科植物の有する変異は、上述した領域に限定されるものではなく、TYLCV抵抗性が損なわれない限り、eIF4E遺伝子、RLK遺伝子、deltaCOP遺伝子、NSI遺伝子内の他の領域や、他の遺伝子に変異が存在してもよい。
【0079】
一態様において、ナス科植物の遺伝子の変異は、後述するCRISPRシステム等のゲノム編集技術によってゲノム内の遺伝子に導入されたものであることが好ましい。
【0080】
ゲノム内の変異遺伝子は、2つの対立遺伝子の両方に存在するホモ接合型であっても、一方の対立遺伝子にのみ存在するヘテロ接合型であってもよいが、ホモ接合型であることが好ましい。これは同じ変異配列によって2つの対立遺伝子が特徴付けられるホモ接合型の方が、変異遺伝子によってもたらされる性質が、より強く発現されると考えられるためである。
【0081】
(TYLCV抵抗性のナス科植物およびその部分)
本実施形態におけるTYLCV抵抗性のナス科植物は、TYLCVに抵抗性を示す限り、他のウイルスや細菌に対する抵抗性を示す、複合抵抗性ナス科植物であってもよい。他のウイルスの具体例としては、ナス科に感染する全てのポティウイルス(PVY等)、PVYと同様のVPgをウイルスゲノムの5’末端に有し、翻訳開始因子の変異による抵抗性が報告されているBymovirus属およびSobemovirus属に属するウイルス、翻訳開始因子の変異による抵抗性が報告されているCarmovirus属に属するウイルス等が挙げられる。
【0082】
一態様において、本実施形態は、TYLCV抵抗性を有するナス科植物の部分に関する。当該部分には、上記特徴を有するナス科植物およびその後代植物やクローンの植物体から採取される部分、あるいは植物体または部分から得られる派生物が含まれる。部分の具体例としては、果実、シュート、茎、根、若枝、葯といった器官、ならびに植物の組織や細胞が挙げられる。このような部分はいかなる形態であってもよく、懸濁培養物、プロトプラスト、胚、カルス組織、葉片、配偶体、胞子体、花粉および小胞子でもよい。ナス科植物の派生物としては、種子が挙げられる。
【0083】
また、本実施形態におけるTYLCV抵抗性ナス科植物の部分は、接ぎ木に利用する穂木、台木等であってもよい。また、一態様において、本実施形態は、上述のTYLCV抵抗性ナス科植物を再生し得る植物細胞(カルスを含む)等にも関し、本実施形態におけるTYLCV抵抗性ナス科植物は、このような植物細胞から得られた植物も含む。
【0084】
TYLCV抵抗性を有するナス科植物の部分は、生食用や加工用に有用である果実が好ましい。また、後代の作出等に有用であることから、当該部分は種子であることも好ましい。
【0085】
(ナス科植物またはその部分の加工品)
一態様において、本実施形態は、ナス科植物またはその部分の加工品に関する。当該加工品に特に限定はなく、食用、工業用、医療用などの加工品が挙げられ、特に食用の加工品であることが好ましい。
【0086】
例えばTYLCV抵抗性を有するナス科植物がトマトの場合、トマトの食用加工品としては、缶詰トマト、トマトペースト、ケチャップ、トマトソース、トマトスープ、乾燥トマト、トマトジュース、トマトパウダー、トマト濃縮物等が挙げられる。また、トマトを原料とする栄養補助食品(サプリメント)等も加工品の一例である。
【0087】
[II]TYLCV抵抗性を有する、ナス科植物細胞
一態様において、本実施形態は、TYLCV抵抗性を有するナス科植物細胞に関する。
【0088】
本実施形態のナス科植物細胞は、翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子が変異を有する。これら遺伝子およびその変異については、TYLCV抵抗性のナス科植物に関連して上述した通りである。
【0089】
ナス科植物細胞のTYLCV抵抗性は、上述した方法によって確認することができる。例えば、常法により植物細胞にTYLCVを感染させ、細胞中のTYLCVの蓄積をELISA法、PCR法等の公知の手法で検出することにより、TYLCV抵抗性の有無を確認することができる。
【0090】
本実施形態のTYLCV抵抗性ナス科植物細胞は、上述したTYLCV抵抗性のナス科植物およびその後代植物やクローンの植物体または部分から単離したものであってもよいし、後述するTYLCV抵抗性のナス科植物の作出方法によって得られる、遺伝子変異を導入した植物細胞でもよい。さらにTYLCV抵抗性ナス科植物細胞の形態にも特に限定はなく、懸濁培養物やプロトプラストも含まれる。
【0091】
当該植物細胞は、ナス科植物の細胞である限りその種類に特に限定はないが、トマト、ナス、タバコ、トウガラシ、ジャガイモの細胞であることが好ましく、トマト、ナス、ジャガイモの細胞であることがより好ましく、トマトの細胞であることがさらに好ましい。
【0092】
一態様において、本実施形態は、上述したナス科植物細胞を有し、TYLCV抵抗性を有する、ナス科植物体およびその部分に関する。当該ナス科植物体およびその部分には、遺伝子変異を導入した植物細胞から再生した植物体または組織や器官といった部分が含まれる。植物細胞から再生した植物体の部分もまた、上述したナス科植物細胞を有する部分である。尚、部分の詳細については、TYLCV抵抗性ナス科植物に関連して上述した通りである。
【0093】
また、ナス科植物の部分は、生食用や加工用に有用である果実が好ましい。また、後代の作出等に有用であることから、当該部分は種子であることも好ましい。
【0094】
一態様において、本実施形態は、ナス科植物またはその部分の加工品に関する。当該加工品に特に限定はなく、食用、工業用、医療用などの加工品が挙げられ、特に食用の加工品であることが好ましい。
【0095】
[III]TYLCV抵抗性のナス科植物の作出方法
一態様において、本実施形態は、本発明のTYLCV抵抗性ナス科植物の作出方法に関する。具体的には、下記の工程を含む作出方法に関する。
翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より少なくとも1種の遺伝子を選択する工程と、
ナス科植物のゲノム内の選択した遺伝子に対して、選択した遺伝子の発現が抑制される変異、または選択した遺伝子のコードするタンパク質がTYLCVに対して非機能的になる変異を導入する工程と、TYLCVに対して抵抗性を有するナス科植物を選別する工程。
【0096】
初めに、変異を導入する標的遺伝子を選択する。翻訳開始因子eIF4E遺伝子およびその相同遺伝子、受容体様キナーゼRLK遺伝子およびその相同遺伝子、ポリマーコート複合体deltaCOP遺伝子およびその相同遺伝子、ならびに核シャトルタンパク質相互作用因子NSI遺伝子およびその相同遺伝子からなる群より少なくとも1種の遺伝子を標的遺伝子として選択する。選択する遺伝子は、1種でもよいし、異なる2種以上の遺伝子の組み合わせでもよい。これら遺伝子については、TYLCV抵抗性のナス科植物に関連して上述した通りである。
【0097】
次に、選択した遺伝子に変異を導入する。ゲノム内の遺伝子に変異を導入するための方法としては、大別すると、以下に例示する2通りの方法を挙げることができる。
(1)直接ゲノム編集: TYLCVに対して機能的なeIF4E、RLK、deltaCOPまたはNSIを有する植物のゲノムを直接編集することにより、目的とする箇所にピンポイントで変異を導入し、TYLCV抵抗性遺伝子を有する植物を作出する方法。
(2)変異遺伝子導入: 次の手順(A)と(B)とを組み合わせた方法である。(A):TYLCV抵抗性遺伝子を作製し、適当なプロモーターを用いて植物に導入する。(B):植物が有する、上記(A)で作製したTYLCV抵抗性遺伝子に対応する内生の遺伝子の内、TYLCVに対して機能的な遺伝子をTYLCVに対して非機能的なものとする。
以下、それぞれの方法について説明する。
【0098】
(1)直接ゲノム編集
直接ゲノム編集は、CRISPR、TALEN等、部位特異的ヌクレアーゼを用いた公知のゲノム編集技術を用いて実施することができる。ゲノムの特定部位を切断可能な制限酵素を用いて二本鎖切断を導入すると、これが修復される際に、修復エラーにより各種変異が導入される。その結果、標的遺伝子(本実施形態ではTYLCVに対して機能的なeIF4E、RLK、deltaCOPまたはNSIをコードする遺伝子)に変異が導入される。
【0099】
特に高い特異性および高効率で変異を導入することができるため、CRISPRシステムを用いることが好ましく、CRISPR/Cas9システムを用いることが特に好ましい。CRISPR/Cas9システムでは、標的遺伝子と相補的な20塩基長程度の配列を含むガイドRNA(sgRNA)が標的を認識し、Cas9タンパク質が二本鎖を切断し、これが非相同性末端結合(NHEJ)修復経路によって修復される際に、修復エラーにより標的部位に変異が導入される。
【0100】
植物へのCasタンパク質およびsgRNAの送達は、それらをコードするベクターを介して、当業者に公知の方法、例えば、アグロバクテリウム法、標準的なトランスフェクション法、エレクトロポレーション法、パーティクルボンバードメント法等を用いて行うことができる。
【0101】
簡便には、後述の実施例に示すように、Cas遺伝子およびsgRNAを組み込んだバイナリベクターを構築し、これを用いてアグロバクテリウムを形質転換した後、このアグロバクテリウムを用いて植物を形質転換することで、植物へのCasタンパク質およびsgRNAの送達を行うことができる(Friedrich Fauser et al., "The Plant Journal," 2014, 79: 348-359、および大澤良および江面浩、「新しい植物育種技術を理解しよう-NBT(New plant breeding techniques)」、国際文献社、2013等を参照)。
【0102】
アグロバクテリウムにより形質転換する植物の形態は、植物体を再生しうるものであれば特に限定されず、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が挙げられる。アグロバクテリウムの除去後、用いたベクターに応じた薬剤を含む培地中で培養して、薬剤耐性を指標に目的遺伝子が組み込まれた切片の選別培養をすることができる。
【0103】
高効率で標的部位への変異導入が可能になるように、ガイドRNAを設計することができる。CRISPRシステムでは、PAM配列と呼ばれる3塩基の配列(最も一般的なpyogenes由来Cas9を用いる場合はNGG)の3塩基前が基本的に切断される。標的配列の直後にPAM配列が存在する必要があるため、PAM配列の上流を標的配列として、ガイドRNAを設計することができる。
【0104】
ガイドRNAの設計においては、塩基配列のGC含有率が高いほど切断効率が高くなるため、GC含有率を考慮することが好ましい。また、オフターゲット効果による非特異的な切断を極力減らすよう設計することができる。一態様において、植物がトマトである場合、ガイドRNAは、3番染色体のエクソン2中の特定の配列(例えば、配列番号3)および/または2番染色体のエクソン1中の特定の配列(例えば、配列番号6)を標的とする塩基配列を有するように設計することが好ましい。
【0105】
例えば、トマトの3番染色体上に存在するeIF4E遺伝子のcDNA配列(配列番号1)を示す図1中、エクソン2(図1中の下線部、配列番号2)に存在する四角で示した箇所をPAM配列とし、この3塩基から上流の通常20塩基(配列番号3)を標的としてガイドRNAを設計することができる。ナス科の他の植物に対して直接ゲノム編集を行う場合も、トマトの場合と同様に、eIF4E遺伝子の相同遺伝子内の、配列番号3に示される塩基配列に対応する領域を標的として選択し、PAM配列の選択およびガイドRNAの設計を行うことができる。このようにして標的部位に変異を導入して、TYLCV抵抗性のeIF4E遺伝子を有する植物を作出することができる。
【0106】
トマトの2番染色体上に存在するRLK遺伝子のcDNA配列(配列番号4)を示す図2中、エクソン1(図2中の下線部、配列番号5)に存在する四角で示した箇所をPAM配列とし、この3塩基から上流の通常20塩基(配列番号6)を標的としてガイドRNAを設計することができる。ナス科の他の植物に対して直接ゲノム編集を行う場合も、トマトの場合と同様に、RLK遺伝子の相同遺伝子内の、配列番号6に示される塩基配列に対応する領域を標的として選択し、PAM配列の選択およびガイドRNAの設計を行うことができる。このようにして標的部位に変異を導入して、TYLCV抵抗性のRLK遺伝子を有する植物を作出することができる。
【0107】
トマトの1番染色体上に存在するdeltaCOP遺伝子(即ちdelta01遺伝子)のcDNA配列(配列番号33)を示す図13中、エクソン6(図13中の下線部、配列番号34)に存在する四角で示した箇所をPAM配列とし、この3塩基から上流の通常20塩基(配列番号35)を標的としてガイドRNAを設計することができる。ナス科の他の植物に対して直接ゲノム編集を行う場合も、トマトの場合と同様に、delta01遺伝子の相同遺伝子内の、配列番号35に示される塩基配列に対応する領域を標的として選択し、PAM配列の選択およびガイドRNAの設計を行うことができる。このようにして標的部位に変異を導入して、TYLCV抵抗性のdeltaCOP遺伝子を有する植物を作出することができる。
【0108】
同様に、トマトの10番染色体上に存在するdeltaCOP遺伝子(即ちdelta10遺伝子)のcDNA配列(配列番号36)を示す図14中、エクソン2(図14中の下線部、配列番号37)に存在する四角で示した箇所をPAM配列とし、この3塩基から上流の通常20塩基(配列番号38)を標的としてガイドRNAを設計することができる。ナス科の他の植物に対して直接ゲノム編集を行う場合も、トマトの場合と同様に、delta10遺伝子の相同遺伝子内の、配列番号38に示される塩基配列に対応する領域を標的として選択し、PAM配列の選択およびガイドRNAの設計を行うことができる。このようにして標的部位に変異を導入して、TYLCV抵抗性のdeltaCOP遺伝子を有する植物を作出することができる。
【0109】
トマトの10番染色体上に存在するNSI遺伝子のcDNA配列(配列番号39)を示す図15中、エクソン4(図15中の下線部、配列番号40)に存在する四角で示した箇所をPAM配列とし、この3塩基から上流の通常20塩基(配列番号41)を標的としてガイドRNAを設計することができる。ナス科の他の植物に対して直接ゲノム編集を行う場合も、トマトの場合と同様に、NSI遺伝子の相同遺伝子内の、配列番号41に示される塩基配列に対応する領域を標的として選択し、PAM配列の選択およびガイドRNAの設計を行うことができる。このようにして標的部位に変異を導入して、TYLCV抵抗性のNSI遺伝子を有する植物を作出することができる。
【0110】
CRISPRシステムにより遺伝子内に1箇所の二本鎖切断を導入すると、20塩基程度が修復され、修復エラーにより変異が導入されると考えられる。よって、一態様において、本実施形態のTYLCV抵抗性遺伝子が有する変異は、連続または非連続の3n塩基(n=1~7、好ましくは1~3)の変異である。
【0111】
さらに本実施形態は、上記TYLCV抵抗性ナス科植物を作出するために使用したガイドRNAおよびガイドRNAを含むベクターにも関する。ガイドRNAが有する配列は上述したとおりである。本実施形態は、さらに、上記ガイドRNAを含むキットにも関する。当該キットは、CRISPRシステムによるゲノム編集を実施するために必要な部位特異的ヌクレアーゼ等を含んでいてもよく、TYLCV抵抗性ナス科植物を作出するために使用することができる。
【0112】
(2)変異遺伝子導入
変異遺伝子導入は、下記(A)と(B)の手順を組み合わせた方法である。
(A):TYLCV抵抗性遺伝子を作製し、適当なプロモーターを用いて植物に導入する。
(B):植物が有する、上記(A)で作製したTYLCV抵抗性遺伝子に対応する内生の遺伝子の内、TYLCVに対して機能的な遺伝子をTYLCVに対して非機能的なものとする。
上記(A)と(B)を実施する順序は、植物が死に至らない限り、特に限定はなく、(B)を先に実施してもよい。なお、(B)のみを特定の部位において実施する方法が、上記(1)直接ゲノム編集である。
【0113】
手順(A)において、TYLCVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードする変異遺伝子、非機能的なRLKタンパク質をコードする変異遺伝子、非機能的なdeltaCOPタンパク質をコードする変異遺伝子、および/または非機能的なNSIタンパク質をコードする変異遺伝子を作製し、適当なプロモーターを用いて植物に導入する。変異遺伝子の作製は、当業者に公知の手法を用いて実施することができる。例えば、所望の変異を有する塩基配列を合成し、これをPCR等で増幅して得ることができる。ここで導入する変異は、TYLCV抵抗性のナス科植物に関連して上述した通りである。
【0114】
作製した変異遺伝子の植物への導入も、当業者に公知の手法を用いて実施することができる。簡便には、変異遺伝子を搭載したベクターを用いて、例えば、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法等を用いて実施することができる。ここで導入する変異遺伝子は、ナス科植物由来のeIF4E遺伝子(またはその相同遺伝子)、RLK遺伝子(またはその相同遺伝子)、deltaCOP遺伝子(またはその相同遺伝子)および/またはNSI遺伝子(またはその相同遺伝子)を変異させたTYLCV抵抗性遺伝子であり、別種の植物のTYLCV抵抗性遺伝子であってもよい。
【0115】
上記ベクターを導入する植物の形態は、植物体を再生しうるものであれば特に限定されず、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が挙げられる。
【0116】
次に手順(B)において、植物が有する内生のeIF4E遺伝子(またはその相同遺伝子)、RLK遺伝子(またはその相同遺伝子)、deltaCOP遺伝子(またはその相同遺伝子)および/またはNSI遺伝子(またはその相同遺伝子)の中でTYLCVに対して機能的なものを、TYLCVに対して非機能的なものに変化させる。手順(B)の実施には、植物に変異を導入する方法として公知の手法を用いることができる。例えば、イオンビーム、EMSなどの変異原処理を用いることができる。上述のCRISPRやTALENなどのゲノム編集技術等によっても実施することができる。内生eIF4E、RLK、deltaCOPおよび/またはNSIの中で、TYLCVに対して機能的なものの全てを、TYLCVに対して非機能的なものとすることが望ましい。
【0117】
次に、TYLCV抵抗性遺伝子を有する植物の部分(葉片や植物細胞等)から植物体を再生する。植物体の再生は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことができる。例えば、トマトについては、Sun H.J. et al., "Plant Cell Physiol.," 2006, 47: 426等、タバコについては、Jefferson R.A. et al., "EMBO J.," 1987, 6: 3901等を参照して行うことができる。
【0118】
さらに再生した植物の中から、TYLCVに対して抵抗性を有するナス科植物を選別する。当該選別は、上述したTYLCV抵抗性を確認するための方法によって行うことができる。例えば、常法により植物にTYLCVを感染させ、植物体中のTYLCVの蓄積をELISA法、PCR方等の公知の手法で確認することにより、TYLCV抵抗性を有する植物を選別することができる。また、TYLCVを感染させた植物のTYLCV感染症状(葉のモザイク化や黄化、糸葉、矮化、壊疽等)の有無を確認することによっても、TYLCVに対して抵抗性を有するナス科植物を選別することができる。
【0119】
上記方法によって作出するナス科植物としては、トマト、ナス、タバコ、トウガラシ、ジャガイモ等が挙げられ、好ましくはトマト、ナス、ジャガイモであり、特に好ましくはトマトである。
【0120】
一態様において、本実施形態は、上述した方法により作出したナス科植物に関する。当該ナス科植物は、上記で説明したTYLCV抵抗性のナス科植物と同様である。
【0121】
TYLCV抵抗性遺伝子を有するTYLCV抵抗性ナス科植物が一旦得られれば、当該植物の後代やクローンを公知の手法により得ることができる。したがって、本実施形態のTYLCV抵抗性ナス科植物には、これらの後代およびクローンも含まれる。
【0122】
一態様において、本実施形態は、上述の作出方法によって得られたTYLCV抵抗性ナス科植物(初代)またはその後代を、自家受粉または他家受粉させる工程を含む、TYLCV抵抗性ナス科植物の育種後代の作出方法に関する。植物の自家受粉または他家受粉は、当業界で公知の方法で実施することが可能であり、自然状態で行われてもよいし、人為的に行われてもよい。このようにして得られた後代をさらに自家受粉または他家受粉させて、さらなる後代を作出することもできる。
【0123】
他家受粉において初代または後代と掛け合わせるナス科植物は、同じ遺伝子に同じ変異を有するナス科植物、同じ遺伝子に異なる変異を有するナス科植物、または異なる遺伝子に変異を有するナス科植物のいずれであってもよい。例えば、eIF4E遺伝子に変異を有する植物、RLK遺伝子に変異を有する植物、deltaCOP遺伝子に変異を有する植物、およびNSI遺伝子に変異を有する植物から選ばれた2種の間で掛け合わせも可能である。また、複数回の交配を実施することによって、3種以上の遺伝子に変異を有する植物を作出することも可能である。
【実施例
【0124】
[実施例1]
eIF4遺伝子に変異を導入するための組換えアグロバクテリウムAの作製
トマトの3番染色体に存在するとされるeIF4E遺伝子(Solyc03g005870)のエクソン2(配列番号2)内に、ガイドRNAが認識する部位を任意に設定した。設定した20塩基長の部位(配列番号3:AGGGTAAATCTGATACCAGC)に対応する二本鎖DNAを合成し、ベクターpUC19_AtU6oligo(国立研究開発法人 農業生物資源研究所より入手)内の制限酵素BbsIサイトに挿入し、組換えベクターAを構築した。なお、野生株のトマトの3番染色体に存在するeIF4E遺伝子のcDNA配列を図1および配列番号1に示した。
【0125】
構築した組換えベクターAからガイドRNA配列領域を含むカセット部位を切り出し、バイナリベクター pZD_OsU3gYSA_HolgerCas9_NPTII内の制限酵素I-SceIサイトに挿入し、組換えバイナリベクターAを得た。このバイナリベクターAを用いて、アグロバクテリウムLBA4404(タカラバイオ社製)を常法により形質転換させ、組換えアグロバクテリウムAを得た。
【0126】
[実施例2]
RLK遺伝子に変異を導入するための組換えアグロバクテリウムBの作製
トマトの2番染色体に存在するとされるRLK遺伝子(Solyc02g091840)のエクソン1(配列番号5)内に、ガイドRNAが認識する部位を任意に設定した。設定した20塩基長の部位(配列番号6:TCTCTAGAGTACCTTGCAGT)に対応する二本鎖DNAを合成し、ベクターpUC19_AtU6oligo(国立研究開発法人 農業生物資源研究所より入手)内の制限酵素BbsIサイトに挿入し、組換えベクターBを構築した。なお、野生株のトマトの2番染色体に存在するRLK遺伝子のcDNA配列を図2および配列番号4に示した。
【0127】
構築した組換えベクターBからガイドRNA配列領域を含むカセット部位を切り出し、バイナリベクター pZD_OsU3gYSA_HolgerCas9_NPTII内の制限酵素I-SceIサイトに挿入し、組換えバイナリベクターBを得た。このバイナリベクターBを用いて、アグロバクテリウムLBA4404(タカラバイオ社製)を常法により形質転換させ、組換えアグロバクテリウムBを得た。
【0128】
[実施例3]
染色体1番のdeltaCOP遺伝子に変異を導入するための組換えアグロバクテリウムCの作製
トマトの1番染色体に存在するとされるdeltaCOP遺伝子(Solyc01g103480)のエクソン6(配列番号34)内に、ガイドRNAが認識する部位を任意に設定した。設定した20塩基長の部位(配列番号35:ACTGGCTTTGGCAGCGACTC)に対応する二本鎖DNAを合成し、ベクターpUC19_AtU6oligo(国立研究開発法人 農業生物資源研究所より入手)内の制限酵素BbsIサイトに挿入し、組換えベクターCを構築した。なお、野生株のトマトの1番染色体に存在するdeltaCOP遺伝子のcDNA配列を図13および配列番号33に示した。
【0129】
構築した組換えベクターCからガイドRNA配列領域を含むカセット部位を切り出し、バイナリベクター pZD_OsU3gYSA_HolgerCas9_NPTII内の制限酵素I-SceIサイトに挿入し、組換えバイナリベクターBを得た。このバイナリベクターBを用いて、アグロバクテリウムLBA4404(タカラバイオ社製)を常法により形質転換させ、組換えアグロバクテリウムCを得た。
【0130】
[実施例4]
染色体10番のdeltaCOP遺伝子に変異を導入するための組換えアグロバクテリウムDの作製
トマトの10番染色体に存在するとされるdeltaCOP遺伝子(Solyc10g038120)のエクソン2(配列番号37)内に、ガイドRNAが認識する部位を任意に設定した。設定した20塩基長の部位(配列番号38:TTCATGTCTCTGCAATCCAT)に対応する二本鎖DNAを合成し、ベクターpUC19_AtU6oligo(国立研究開発法人 農業生物資源研究所より入手)内の制限酵素BbsIサイトに挿入し、組換えベクターDを構築した。なお、野生株のトマトの10番染色体に存在するdeltaCOP遺伝子のcDNA配列を図14および配列番号36に示した。
【0131】
構築した組換えベクターDからガイドRNA配列領域を含むカセット部位を切り出し、バイナリベクター pZD_OsU3gYSA_HolgerCas9_NPTII内の制限酵素I-SceIサイトに挿入し、組換えバイナリベクターBを得た。このバイナリベクターDを用いて、アグロバクテリウムLBA4404(タカラバイオ社製)を常法により形質転換させ、組換えアグロバクテリウムDを得た。
【0132】
[実施例5]
NSI遺伝子に変異を導入するための組換えアグロバクテリウムEの作製
トマトの10番染色体に存在するとされるNSI遺伝子(Solyc10g074910)のエクソン4(配列番号40)内に、ガイドRNAが認識する部位を任意に設定した。設定した20塩基長の部位(配列番号41:GAGGAATTTGTTCTAGTTGA)に対応する二本鎖DNAを合成し、ベクターpUC19_AtU6oligo(国立研究開発法人 農業生物資源研究所より入手)内の制限酵素BbsIサイトに挿入し、組換えベクターEを構築した。なお、野生株のトマトの10番染色体に存在するNSI遺伝子のcDNA配列を図15および配列番号39に示した。
【0133】
構築した組換えベクターEからガイドRNA配列領域を含むカセット部位を切り出し、バイナリベクター pZD_OsU3gYSA_HolgerCas9_NPTII内の制限酵素I-SceIサイトに挿入し、組換えバイナリベクターEを得た。このバイナリベクターEを用いて、アグロバクテリウムLBA4404(タカラバイオ社製)を常法により形質転換させ、組換えアグロバクテリウムEを得た。
【0134】
[実施例6]
トマトの形質転換
形質転換するトマトとして、公知の品種であるマニーメーカーもしくは自社品種Sを用いた。アグロバクテリウムを用いたトマトの形質転換は一般的な教科書(例えば、田部井豊編、「形質転換プロトコール<植物編>(Protocols for plant transformation)」、株式会社化学同人社、2012)に記載の方法に準じて実施した。具体的には、トマトの種子を無菌培地中で発芽させて得た子葉片、または通常播種した子葉片若しくは本葉片を殺菌したものを用意した。次に、実施例1~5で得た組換えアグロバクテリウムA~Eのそれぞれを、濁度が0.1~1.0になるまで培養した培養液を用意し、当該培養液に葉片を10分程度浸漬して、アグロバクテリウムに感染させた。
【0135】
感染から3日後に、アグロバクテリウムを除去した。トマトの葉片をカルベニシリン(100~500mg/ml)およびカナマイシン(20~100mg/ml)を加えたムラシゲスクーグ培地(MS培地と略すこともある)(MS基本培地に3%ショ糖、1.5mg/Lゼアチン、1%寒天を添加しもの)上に移し、25℃照明下(16時間照明/8時間暗黒)での選抜培養に付した。培養開始から10日~2週間毎に培地を交換して移植継代することで、葉片からのカルス形成を促した。引き続き継代培養を繰り返すことで不定芽を誘導した。
【0136】
不定芽が数センチほどに大きくなったら、発根培地(MS基本培地に1.5%ショ糖、1%寒天、50~250mg/mlカルベニシリン、20~100mg/mlカナマイシン、場合によってナフタレン酢酸(NAA)を添加したもの)に移植し、1ヶ月毎に継代しながら1~3ヶ月培養した。
【0137】
発根培地による培養までは全て無菌培養とした。発根した個体は、無菌培地から取り出し、市販の黒土や赤玉土などを混合したポット培土に移植し、生育させた。このようにして得られた再生個体をトランスジェニック当代(以下、T0と略すこともある)とした。
【0138】
[実施例7]
遺伝子編集継代の選抜
トランスジェニック当代の標的遺伝子内に遺伝子組み換えおよび編集(塩基の欠損、挿入または置換)部位が存在するか否かを確認するために、下記プライマーを用いたPCRによって目的の部位を増幅した。
eIF4E遺伝子(Solyc03g005870)内の領域に対しては、プライマー1(ATCCATCACCCAAGCAAGTTAATT(配列番号7))およびプライマー2(GTCCACAAAGCTATTTTTTCTCCC(配列番号8))、
RLK遺伝子(Solyc02g091840)内の領域に対しては、プライマー3(TTAACACGTCTGCGTAACCTC(配列番号9))およびプライマー4(CCGGTGAAGGTATTGTAGTATCC(配列番号10))、
delta01遺伝子(Solyc01g103480)内の領域に関しては、プライマー7(CGCATGTCAGCTATGCTAAATG(配列番号42))およびプライマー8(GTAGAGCAAATCCACCAGAACCAT(配列番号43))、
delta10遺伝子(Solyc10g038120)内の領域に関しては、プライマー9(ATGAAGCGCAAAGCCAGTGAG(配列番号44))およびプライマー10(ATCCACATCAGTGCTTGGTC(配列番号45))、
NSI遺伝子(Solyc10g074910)内の領域に関しては、プライマー11(CAGGTTATAGATACACCATCCA(配列番号46))およびプライマー12(TAAATCACCGGAAAGAAAG(配列番号47))。
尚、プライマー7は、delta01遺伝子のイントロン内の配列に基づくものであるため、配列番号33のcDNA配列中には対応する配列は存在しない。
【0139】
PCRには東洋紡社製の「KOD Plus Neo」を使用し、添付のマニュアルに従ってDNAの増幅を実施した。
【0140】
次に、標的部位内に制限酵素切断部位の存在する制限酵素、具体的には、eIF4E遺伝子はPvuII、RLK遺伝子はXbaI、delta01遺伝子についてはHinfI、delta10遺伝子についてはNcoI、NSI遺伝子についてはBsu36Iによって、増幅断片を処理し、当該増幅断片が切断されるか否かを確認した。遺伝子組み換えおよび編集が生じた遺伝子においては、制限酵素部位が変化していることから、制限酵素によって増幅断片が切断されない。これをもって、遺伝子組み換えおよび編集が標的遺伝子内で生じたと判断した(データ非表示)。
【0141】
その結果、いくつかの再生個体において、eIF4E遺伝子、RLK遺伝子、delta01遺伝子、delta10遺伝子、またはNSI遺伝子の配列が編集されていることが確認され、編集系統が選抜された。
【0142】
[実施例8]
eIF4E変異トマトのTYLCV抵抗性確認試験
TYLCVは自然界ではコナジラミにより虫媒されるが、感染葉汁液による機械的接種では感染しない。そのため多検体に効率よくTYLCVを感染させるために、アグロバクテリウムによるウイルス感染性クローン接種法を用いた。この方法では、遺伝子組み換えの方法と同様に、アグロバクテリウムのバイナリベクターにTYLCVの全長配列を組み込んだもの(感染性クローン)を作製し、当該クローンでアグロバクテリウムを形質転換する。得られた組換えアグロバクテリウムを液体培養した後、培地を0.01MのMESバッファー(pH5.7)に置換し、植物体(ここではトマト)の成長点、若めの茎もしくは葉柄にアグロバクテリウムを注射等で接種すると、注射部位付近の細胞にアグロバクテリウムが感染する。感染したアグロバクテリウムが植物のゲノムにTYLCVのDNAを導入すると、植物ゲノムに導入されたTYLCVのDNAはバイナリベクターに設計されたNOSプロモーター等によって発現されて、ウイルスが産生され、感染が成立する。自然界のTYLCVも植物細胞の核内で複製されることから、この感染性クローン接種を疑似接種として用いた。
【0143】
実施例7で選抜した、eIF4E遺伝子の編集系統の個体(T0)を隔離温室内で生育し、自家受粉させて種子を回収した。トランスジェニック後代(T1)となるこれらの種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗に対して、上述したTYLCV抵抗性確認試験の方法で、TYLCV-イスラエル系統の感染性クローンを接種した。尚、対照として、変異導入を実施していない野生型品種についても試験を行った。
【0144】
その結果、eIF4E遺伝子の編集系統A132のT1個体であるA132-4などの数個体では、ウイルス接種から20日以上たってもウイルス感染の症状(葉のモザイク化や黄化、糸葉、矮化、壊疽等)が見られなかった。図3に、ウイルス接種から42日目のA132-4(図3(a))および対照の変異を導入していない野生型トマト(図3(b))を示した。対照では、葉の縁が下側に巻いて奇形になっていることがわかる。また、ウイルス接種から25日目の感染症状の有無を目視により判定した。検査した植物個体数(サンプル数)に対する、症状及びPCRで陽性を示した植物個体数の割合を罹病率とした。その結果、対照の罹病率は約0.9であり、eIF4E編集系統A132の罹病率は0.6と低かった(図4を参照)。尚、ここで実施した試験方法は、自然界の虫媒によるウイルス感染よりも感染圧が高い方法であるため、本試験における罹病率0.6は、自然界においてウイルス感染が生じないと推定される値である。
【0145】
次に無症状株の葉からDNAを抽出し、TYLCV検出用のプライマー5(CCCTCTGGAATGAAGGAACA、配列番号11)およびプライマー6(TTGAAAAATTGGRCTCTCAA、配列番号12)を用いてPCR検定を行った。その結果、無症状のeIF4E編集系統の1株(A132-8)からはPCRによってウイルスが検出されたが、残りの株(eIF4E編集系統A132-2、A132-4、A132-9およびA132-10)からはウイルスは検出されなかった(図5を参照)。
【0146】
さらに、T1世代で抵抗性の見られたeIF4E編集系統A132-10から種子を採取し、当該種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗(T2世代に当たる)に対して上述のTYLCV感染性クローン接種を行った。変異導入前のS8株を対照とした。ウイルス感染から22日目に症状の有無に基づき罹病率を求めたところ、対照は0.9%以上であり、eIF4E編集系統A132-10は0.6未満であり、罹病率に明確な差が認められた。さらに無症状株の葉からTYLCVのDNAを抽出し、上述のようにPCR検定を行ったところ、無症状株の1つからウイルス感染が確認された。PCRによってウイルス感染が確認された個体数を、目視で症状の確認された個体数と合計し、サンプル数に対する合計数の割合をPCR検査後の罹病率として求めた。その結果、eIF4E編集系統の罹病率は約0.7となったが、それでも対照よりも明らかに低い値であった(図6を参照)。この結果から、eIF4E遺伝子に導入した変異によって、TYLCV抵抗性が遺伝していることを確認した。
【0147】
[実施例9]
RLK変異トマトのTYLCV抵抗性確認試験
実施例8と同様に、実施例7で選抜した、RLK遺伝子の編集系統の個体(T0)を隔離温室内で生育し、自家受粉させて種子を回収した。トランスジェニック後代(T1)となるこれらの種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗に対して、実施例8と同様に、TYLCV-イスラエル系統の感染性クローンを接種した。
【0148】
その結果、RLK遺伝子の編集系統については、接種から25日目に、ウイルスを接種した41株中3株が無症状であった。一方、対照では、ウイルスを接種した42株全てが症状を示していた。図7に、ウイルス接種から35日目のC6-18(図7(a))、C6-37(図7(b))、および対照の変異を導入していないトマト(図7(c))を示した。対照では、葉の縁が下側に巻いて奇形になっていることがわかる。次に無症状株であるC6-18およびC6-37の葉からDNAを抽出し、TYLCV検出用プライマーを用いてPCR検定を行った。その結果、これら2株からはウイルスは検出されなかった(図8を参照)。
【0149】
また、他のRLK遺伝子の編集系統であるC72のトランスジェニック後代(T1)についても、上述したTYLCV抵抗性確認試験を実施した。その結果、ウイルス感染から25日目に症状の有無に基づき求めた罹病率は、対照が約0.9であり、RLK編集系統は約0.4と低かった。さらに無症状の葉におけるウイルスの有無についてPCR検定を行ったところ、ウイルスは検出されなかった(図9を参照)。
【0150】
さらに、T1世代で抵抗性の見られたRLKの編集系統C6-18から種子を採取し、当該種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗(T2世代に当たる)に対してTYLCV感染性クローン接種を再度行った。ウイルス接種から22日目には、対照と比較して、罹病率に差が見られ、RLK遺伝子に導入した変異によって、TYLCV抵抗性が遺伝していることを確認した(図10を参照)。尚、罹病率の測定は2回実施したが、いずれも同様の結果が得られた。
【0151】
[実施例10]
delta01変異トマトのTYLCV抵抗性確認試験
実施例8と同様に、実施例7で選抜した、delta01遺伝子の編集系統の個体(T0)を隔離温室内で生育し、自家受粉させて種子を回収した。トランスジェニック後代(T1)となるこれらの種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗に対して、実施例8と同様に、TYLCV-イスラエル系統の感染性クローンを接種した。
【0152】
その結果、delta01遺伝子の編集系統であるD16のトランスジェニック後代(T1)について、上述したTYLCV抵抗性確認試験を実施した。その結果、ウイルス感染から21日目に症状の有無に基づき求めた罹病率は、対照が約0.9であり、D16編集系統は約0.75と低かった。さらに無症状の葉におけるウイルスの有無についてPCR検定を行ったところ、ウイルスは検出されなかった(図16)。
【0153】
[実施例11]
delta10変異トマトのTYLCV抵抗性確認試験
実施例8と同様に、実施例7で選抜した、delta10遺伝子の編集系統の個体(T0)を隔離温室内で生育し、自家受粉させて種子を回収した。トランスジェニック後代(T1)となるこれらの種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗に対して、実施例5と同様に、TYLCV-イスラエル系統の感染性クローンを接種した。
【0154】
その結果、delta10遺伝子の編集系統であるE4のトランスジェニック後代(T1)について、上述したTYLCV抵抗性確認試験を実施した。その結果、ウイルス感染から21日目に症状の有無に基づき求めた罹病率は、対照が約0.9であり、E4編集系統は約0.6と優位に低かった。さらに無症状の葉におけるウイルスの有無についてPCR検定を行ったところ、ウイルスは検出されなかった(図17)。
【0155】
[実施例12]
NSI変異トマトのTYLCV抵抗性確認試験
実施例8と同様に、実施例7で選抜した、NSI遺伝子の編集系統の個体(T0)を隔離温室内で生育し、自家受粉させて種子を回収した。トランスジェニック後代(T1)となるこれらの種子を播種し、生育させた。こうして得られた実生苗に対して、実施例5と同様に、TYLCV-イスラエル系統の感染性クローンを接種した。
【0156】
その結果、NSI遺伝子の編集系統であるF43のトランスジェニック後代(T1)について、上述したTYLCV抵抗性確認試験を実施した。その結果、ウイルス感染から21日目に症状の有無に基づき求めた罹病率は、対照が約0.9であり、F43編集系統は約0.6と優位に低かった。さらに無症状の葉におけるウイルスの有無についてPCR検定を行ったところ、ウイルスは検出されなかった(図18)。
【0157】
[実施例13]
TYLCV抵抗性eIF4E遺伝子のシーケンシング
前述のプライマー1およびプライマー2を用いてTYLCV抵抗性T1個体のeIF4E編集部位付近(すなわち、3番染色体上のeIF4E遺伝子内のエクソン2(配列番号2)の14番塩基近傍から3’側の領域)をPCR(T100サーマルサイクラー、Bio-Rad社製)で増幅し、増幅断片をクローニングして塩基配列を確認した。
【0158】
その結果、同領域に数塩基の欠損、挿入または置換が確認された。確認された6種のeIF4E遺伝子の変異配列を、配列番号3に示した野生型の塩基配列と共に、図11に示した。
【0159】
[実施例14]
TYLCV抵抗性RLK遺伝子のシーケンシング
前述のプライマー3およびプライマー4を用いてTYLCV抵抗性T1個体のRLK編集部位付近(すなわち、2番染色体上のRLK遺伝子内のエクソン1(配列番号5)の631番塩基近傍から3’側の領域)をPCR(T100サーマルサイクラー、Bio-Rad社製)で増幅し、増幅断片をクローニングして塩基配列を確認した。
【0160】
その結果、同領域に数塩基の欠損が確認された。確認された2種のRLK遺伝子の変異配列を、配列番号6に示した野生型の塩基配列と共に図12に示した。
【0161】
[実施例15]
delta01遺伝子のシーケンシング
前述のプライマー7(配列番号42)およびプライマー8(配列番号43)を用いてT0個体のdelta01遺伝子エクソン6内の編集部位付近をPCR(T100サーマルサイクラー、Bio-Rad社製)で増幅し、増幅断片をクローニングして塩基配列を確認した。
【0162】
その結果、同領域に数塩基の欠損および置換が確認された。確認された3種のdelta01遺伝子の変異配列を、配列番号35に示した野生型の塩基配列と共に図19の(A)に示した。
【0163】
[実施例16]
delta10遺伝子のシーケンシング
前述のプライマー9(配列番号44)およびプライマー10(配列番号45)を用いてT0個体のdelta10遺伝子エクソン2内の編集部位付近をPCR(T100サーマルサイクラー、Bio-Rad社製)で増幅し、増幅断片をクローニングして塩基配列を確認した。
【0164】
その結果、同領域に数塩基の欠損が確認された。確認された2種のdelta10遺伝子の変異配列を、配列番号38に示した野生型の塩基配列と共に図19の(B)に示した。
【0165】
[実施例17]
NSIのシーケンシング
前述のプライマー11(配列番号46)およびプライマー12(配列番号47)を用いてT1個体のNSI遺伝子エクソン4内の編集部位付近をPCR(T100サーマルサイクラー、Bio-Rad社製)で増幅し、増幅断片をクローニングして塩基配列を確認した。
【0166】
その結果、同領域に数塩基の欠損および挿入が確認された。確認された2種のNSI遺伝子の変異配列を、配列番号41に示した野生型の塩基配列と共に図20に示した。
【0167】
[実施例18]
TYLCV抵抗性のeIF4E遺伝子およびRLK遺伝子を導入したトマトの形質転換体の作出
実施例1で得た組換えアグロバクテリウムAおよび実施例2で得た組み換えアグロバクテリウムBを用いるか、もしくは実施例1及び2のガイドRNA認識部位をつなげて配したバイナリベクターFで組み替えたアグロバクテリウムFを用いて、実施例6と同様に、トマトにアグロバクテリウムを感染させて、トランスジェニック当代を得る。
【0168】
次に、トランスジェニック当代の標的遺伝子、即ち、eIF4E遺伝子およびRLK遺伝子の両方に、遺伝子組み換えおよび編集(塩基の欠損、挿入または置換)部位が存在するか否かを実施例7と同様に確認し、両方の遺伝子に変異を有する編集系統を選抜する。
【0169】
選抜した編集系統について、実施例8および実施例9と同様の試験方法でTYLCV抵抗性確認試験を実施する。このような試験によって、eIF4E遺伝子およびRLK遺伝子の両方に遺伝子組み換えおよび編集(塩基の欠損、挿入または置換)が存在し、TYLCV抵抗性を獲得したトマトの作出が確認できる。
【0170】
本出願は、2018年11月28日出願の特願2018-222289および2019年5月21日出願の特願2019-095150に基づく優先権を主張する。当該出願明細書に記載された内容は、全て本願明細書に援用される。
【産業上の利用可能性】
【0171】
本発明によれば、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスの感染を阻害する性質、感染後の当該ウイルスの増殖を抑制する性質および/または当該ウイルスの感染症状の発現を抑制する性質を有する、トマトに黄化葉巻様症状を呈するベゴモウイルス属ウイルスに対して抵抗性のナス科植物、ナス科植物細胞、およびナス科植物の作出方法を提供する。本発明は、当該ウイルスの感染によるナス科植物の収穫量の低減といった、主に農業分野における問題を解消することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0172】
配列番号1: eIF4E遺伝子(Solyc03g005870)のcDNA配列であり、317番~482番塩基がエクソン2であり、451番~470番塩基が標的配列である。
配列番号2: eIF4E遺伝子のエクソン2であり、135番~154番塩基が標的配列である。
配列番号3: eIF4E遺伝子のエクソン2内の標的配列
配列番号4: RLK遺伝子(Solyc02g091840)のcDNA配列であり、1番~2818番塩基がエクソン1であり、790番~809番塩基が標的配列である。
配列番号5: RLK遺伝子のエクソン1であり、790番~809番塩基が標的配列である。
配列番号6: RLK遺伝子のエクソン1内の標的配列
配列番号7: eIF4E遺伝子検出用のプライマー1
配列番号8: eIF4E遺伝子検出用のプライマー2
配列番号9: RLK遺伝子検出用のプライマー3
配列番号10: RLK遺伝子検出用のプライマー4
配列番号11: TYLCV検出用のプライマー5
配列番号12: TYLCV検出用のプライマー6
配列番号13: eIF4E遺伝子の変異領域I1
配列番号14: eIF4E遺伝子の変異領域I2
配列番号15: eIF4E遺伝子の変異領域I3
配列番号16: eIF4E遺伝子の変異領域I4
配列番号17: eIF4E遺伝子の変異領域I5
配列番号18: eIF4E遺伝子の変異領域I6
配列番号19: RLK遺伝子の変異領域R1
配列番号20: RLK遺伝子の変異領域R2
配列番号21: RLK遺伝子の変異領域R3
配列番号22: RLK遺伝子の変異領域R4
配列番号23: 変異eIF4E遺伝子のcDNA配列であり、451番~471番塩基が変異領域I1である。
配列番号24: 変異eIF4E遺伝子のcDNA配列であり、451番~467番塩基が変異領域I2である。
配列番号25: 変異eIF4E遺伝子のcDNA配列であり、451番~467番塩基が変異領域I3である。
配列番号26: 変異eIF4E遺伝子のcDNA配列であり、451番~467番塩基が変異領域I4である。
配列番号27: 変異eIF4E遺伝子のcDNA配列であり、451番~461番塩基が変異領域I5である。
配列番号28: 変異eIF4E遺伝子のcDNA配列であり、451番~467番塩基が変異領域I6である。
配列番号29: 変異RLK遺伝子のcDNA配列であり、790番~804番塩基が変異領域R1である。
配列番号30: 変異RLK遺伝子のcDNA配列であり、790番~802番塩基が変異領域R2である。
配列番号31: 変異RLK遺伝子のcDNA配列であり、790番~810番塩基が変異領域R3である。
配列番号32: 変異RLK遺伝子のcDNA配列であり、790番~804番塩基が変異領域R4である。
配列番号33: 染色体1番に存在するdeltaCOP遺伝子(delta01遺伝子)(Solyc01g103480)のcDNA配列であり、402番~572番塩基がエクソン6であり、471番~490番塩基が標的配列である。
配列番号34: delta01遺伝子のエクソン6であり、70番~89番塩基が標的配列である。
配列番号35: delta01遺伝子のエクソン6の標的配列
配列番号36: 染色体10番に存在するdeltaCOP遺伝子(delta10遺伝子)(Solyc10g038120)のcDNA配列であり、106番~274番塩基がエクソン2であり、136番~155番塩基が標的配列である。
配列番号37: delta10遺伝子のエクソン2であり、31番~50番塩基が標的配列である。
配列番号38: delta01遺伝子のエクソン2の標的配列
配列番号39: NSI遺伝子(Solyc10g074910)のcDNA配列であり、209番~393番塩基がエクソン4であり、283番~302番塩基が標的配列である。
配列番号40: NSI遺伝子のエクソン4であり、74番~93番塩基が標的配列である。
配列番号41: NSI遺伝子のエクソン4の標的配列
配列番号42: delta01遺伝子検出用のプライマー7
配列番号43: delta01遺伝子検出用のプライマー8
配列番号44: delta10遺伝子検出用のプライマー9
配列番号45: delta10遺伝子検出用のプライマー10
配列番号46: NSI遺伝子検出用のプライマー11
配列番号47: NSI遺伝子検出用のプライマー12
配列番号48: delta01遺伝子の変異領域D011
配列番号49: delta01遺伝子の変異領域D012
配列番号50: delta01遺伝子の変異領域D013
配列番号51: delta10遺伝子の変異領域D101
配列番号52: delta10遺伝子の変異領域D102
配列番号53: NSI遺伝子の変異領域N1
配列番号54: NSI遺伝子の変異領域N2
配列番号55: 変異delta01遺伝子のcDNA配列であり、471番~488番塩基が変異領域D011である。
配列番号56: 変異delta01遺伝子のcDNA配列であり、470番~487番塩基が変異領域D012である。
配列番号57: 変異delta01遺伝子のcDNA配列であり、470番~484番塩基が変異領域D013である。
配列番号58: 変異delta10遺伝子のcDNA配列であり、135番~154番塩基が変異領域D101である。
配列番号59: 変異delta10遺伝子のcDNA配列であり、135番~151番塩基が変異領域D102である。
配列番号60: 変異NSI遺伝子のcDNA配列であり、283番~303番塩基が変異領域N1である。
配列番号61: 変異NSI遺伝子のcDNA配列であり、283番~293番塩基が変異領域N2である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
【配列表】
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