(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】水素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 3/06 20060101AFI20241008BHJP
【FI】
C01B3/06
(21)【出願番号】P 2021022737
(22)【出願日】2021-02-16
【審査請求日】2023-10-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(74)【代理人】
【識別番号】100194881
【氏名又は名称】小林 俊弘
(72)【発明者】
【氏名】柏木 努
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 健一
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-191303(JP,A)
【文献】国際公開第2015/033815(WO,A1)
【文献】特開2012-091981(JP,A)
【文献】特開平04-059601(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0275981(US,A1)
【文献】国際公開第2018/037819(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/211960(WO,A1)
【文献】特開2005-330240(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 3/00 - 6/34
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)金属ケイ素粒子
(ただし、半導体装置製造ラインにおいて発生するシリコン屑、半導体製品の生産過程のシリコンの切削加工において発生するシリコンの切粉、及びシリコンの研磨屑を除く)と(B)
水の電気分解により得られるアルカリ電解水を混合・攪拌することにより、水素を製造することを特徴とする水素の製造方法。
【請求項2】
前記(A)金属ケイ素粒子として、平均粒径が0.01~200μmである金属ケイ素粒子を用いることを特徴とする請求項1に記載の水素の製造方法。
【請求項3】
前記(B)アルカリ電解水として、pH10.5~13.5で、金属イオン化合物の含有量が金属換算で0.5質量%以下のアルカリ電解水を用いることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の水素の製造方法。
【請求項4】
前記(B)アルカリ電解水に、更に(C)アルコールを添加することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の水素の製造方法。
【請求項5】
前記(A)金属ケイ素粒子と前記(B)アルカリ電解水と前記(C)アルコールの混合比(質量比)を、0.05~10.0/99.95~80.0/0~10.0(質量%;(A)/(B)/(C))とすることを特徴とする請求項4に記載の水素の製造方法。
【請求項6】
前記混合・攪拌を、攪拌翼を用いて行うことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素の効率的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
簡易で安価な水素の製造方法として、メカノケミカル反応を利用した水素の製造方法が開発されている。ケイ素、アルミニウム等の無機物質の粉末と水あるいは水に水酸化ナトリウム等アルカリ物質を添加したアルカリ性水溶液を、遊星ボールミルで機械的エネルギーを付与して混合すると、混合エネルギーによりメカノケミカル反応が生じ、常温で水素が製造される(特許文献1)。しかし、上記製造方法では、無機物質の表面が酸化されて水素の発生量が抑制される。その対策として、酸化反応及び還元反応を生じる複数の無機物質を添加して、メカノケミカル反応で水素を製造している(特許文献2)。しかし、この製造方法は、水素製造溶媒に各種無機物質に起因する金属化合物が生成し、廃液処理などが必要となり煩雑である。
【0003】
一方、メカノケミカル反応で大量に水素が製造できるとして、12nmサイズのケイ素粒子をKOH水溶液(pH=13.0)と50℃で反応させて水素生成速度が580mL/min・gとなったとの報告がある(非特許文献1)。この製造方法は、原料となる微細なケイ素粒子の作製にHF処理、硝酸処理が必要で取り扱い性に難があり、廃液処理が困難である。また、生成水素のコストアップ要因ともなる。更に10nmほどのサイズのナノ粒子は、保管中に酸素や水蒸気と反応して酸化が進行し、水素を生成する前に物質量の小さいナノ粒子そのすべてが反応前に酸化され、使用不可になることもある。それを抑制するためには酸素かつ水分なしの条件下ならびに低温・暗所でのナノ粒子の保存が必要で、また消費期限にも注意が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-47789号公報
【文献】国際公開第2019/172152号
【非特許文献】
【0005】
【文献】J.Nanopart.Res.(2016)18:116
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来技術では、金属粒子とアルカリ性水溶液とのメカノケミカル反応により水素が生成するが、金属粒子の表面が酸化して、反応量は次第に減少するといった問題がある。
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、簡易且つ安価な手法で水素の製造が可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明では、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、水素を製造することを特徴とする水素の製造方法を提供する。
【0008】
このような水素の製造方法であれば、アルカリ電解水中で金属粒子を攪拌しているので、常に金属粒子表面がアルカリ電解水と十分に接触でき、金属粒子の表面が酸化して反応量が次第に減少することがなく、簡易且つ安価な手法で水素の製造が可能となる。
【0009】
また、前記(A)金属ケイ素粒子として、平均粒径が0.01~200μmである金属ケイ素粒子を用いることができる。
【0010】
このような(A)成分を用いることで、アルカリ電解水との混合・攪拌でより効率良く水素を製造することができる。なお、本発明においては、ケイ素粒子は「金属粒子」に含まれるものとする。
【0011】
また、前記(B)アルカリ電解水として、pH10.5~13.5で、金属イオン化合物の含有量が金属換算で0.5質量%以下のアルカリ電解水を用いることが好ましい。
【0012】
このような(B)アルカリ電解水を用いることで、より水素生成反応の効率が向上するうえ、アルカリ電解水中に生成する水酸化物の純度が高くなる。
【0013】
また、前記(B)アルカリ電解水に、更に(C)アルコールを添加することもできる。
【0014】
このように(C)アルコールを添加すると、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水との濡れ性や、アルカリ電解水中に生成する高純度金属水酸化物の溶解性や、生成金属水酸化物の構造をコントロールすることができる。
【0015】
この場合、前記(A)金属ケイ素粒子と前記(B)アルカリ電解水と前記(C)アルコールの混合比(質量比)を、0.05~10.0/99.95~80.0/0~10.0(質量%;(A)/(B)/(C))とすることが好ましい。
【0016】
このような混合比とすることで、水素の生成と高純度金属水酸化物の生成とをバランスよく行うことができる。
【0017】
また、前記混合・攪拌を、攪拌翼を用いて行うことができる。
【0018】
攪拌翼を用いて(A)、(B)成分を混合・攪拌することで、より一層効率良く水素を製造することができる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によれば、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することで、常温で安価かつ簡易に水素を製造することが可能である。更に、混合・攪拌することにより、反応による金属粒子表面付近でのアルカリ電解水のpHの変化による水素生成の減少も避けることが可能となる。その他、混合・攪拌することにより、温度のムラがなくなり、効率よい反応と熱エネルギー損失の抑制も可能となる。また、反応水溶液に含まれる副生成物として純度の高い金属水酸化物が得られる。特に、(A)成分として平均粒径0.01~200μmの金属ケイ素粒子を用いることで、より効果的に水素を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明で用いる水素製造装置の概念図である。
【
図2】本発明でケイ素粉末の作製に用いた遊星ボールミルの概要図である。
【
図3】本発明での容器の回転による粉砕を示す概念図である。
【
図4】本発明で使用したケイ素粉末の電子顕微鏡像の一例を示す写真である。
【
図5】本発明で使用したケイ素粉末のサイズ分布の一例を示すグラフである。
【
図6】本発明で使用したケイ素粉末の電子顕微鏡像の他の一例を示す写真である。
【
図7】本発明で使用したケイ素粉末のサイズ分布の他の一例を示すグラフである。
【
図8】粉砕前のケイ素粉末の電子顕微鏡像の一例を示す写真である。
【
図9】本発明で使用したケイ素粉末とアルカリ電解水の反応で生じた水素生成量の時間変化の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
上述のように、反応量の減少を抑制し、水素生成速度が速く、生成量の多い水素の製造方法の開発が求められていた。
【0022】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討を重ねた結果、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、簡易且つ安価な手法で水素の製造ができることを見出し、本発明を完成させた。
【0023】
即ち、本発明は、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、水素を製造することを特徴とする水素の製造方法である。
【0024】
以下、本発明の実施の形態に係る水素の製造方法、すなわち(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、水素を製造する方法について、詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
<(A)金属ケイ素粒子>
(A)金属ケイ素粒子は、アルカリ電解水との混合で目的の水素を生成するための原料となるケイ素(Si)金属粒子である。
(A)金属ケイ素粒子の平均粒径は、走査電子顕微鏡装置で測定されたメジアン径として0.01~200μmが好ましく、0.1~200μmがより好ましく、0.1~10μmがより一層好ましく、0.2~3μmが更に好ましい。特にシンプルな攪拌翼による(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水との混合の場合は、平均粒径が0.05~5μmが好ましい。
このような平均粒径の(A)成分を用いることで、アルカリ電解水との混合・攪拌でより効率良く水素を製造することができる。
【0026】
金属粒子は、市販品を用いてもよいし、必要に応じて粉砕したものを用いてもよい。所望の粒径(粒度分布)の金属粒子を得るため、分級してもよい。
【0027】
以下、(A)金属ケイ素粒子(金属粉末)として、具体例を挙げて説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0028】
ケイ素金属粒子(粉末)は、所定の条件で原料ケイ素粉を粉砕して得ることができる。
固体の粉砕に使用する粉砕機は特に限定されず、例えば、ボールミル、ビーズミル、ロッドミル、ジェットミル、SAG(Semi-Autogenous Grinding)ミル、ROM(Run Of Mine)ミル、回転式石臼等の粉砕機も使用できるが、これらに限定することはない。
図2に代表的な粉砕機の遊星ボールミルを示す。
図3に粉砕容器の内部を示す。以下図を参照しながらこれらについて説明する。
遊星ボールミル装置10は、
図2の概念図に示すように、回転駆動される中心軸11と、中心軸11と一体に回転するテーブル13と、テーブル13に回転可能に支持された複数の容器12を備える。容器12は、中心軸11の周りを、
図2,3に示すように、図中の矢印Aの方向に公転しながら、容器12の中心軸12aのまわりを図中の矢印Bの方向に自転する。これにより、各容器12内で、粉砕媒体21により、金属粉末22が粉砕される。この時、容器12には必要に応じて溶媒(不図示)を導入してもよい。
【0029】
一例として、本発明で使用可能なケイ素粒子(粉末)の電子顕微鏡写真を後述する
図4,6,8に示す。また、これらのケイ素粒子(粉末)のサイズ分布を後述する
図5,7に示す。
【0030】
<(B)アルカリ電解水>
(B)アルカリ電解水は、水の電気分解により得られるアルカリ性の水であり、電解装置の陰極室から得られる(例えば、特開2005-319427号公報、特許第4021083号公報参照)。上記アルカリ電解水は、特に限定されず、金属イオン化合物(例えば、電解液に含まれる電解質に由来するもの)を含んでもよいが、後述するように少ない方が好ましい。
(B)アルカリ電解水は、金属粒子表面に不動態膜が形成されることを抑制して、水素生成反応の効率を向上させることから、水素生成量が増大する。
(B)アルカリ電解水は、pH10.5~13.5のアルカリ性水溶液であることができ、金属イオン化合物の含有量が金属換算で0.5質量%以下であることができる。pH10.5以上であれば(A)金属ケイ素粒子と混合・攪拌することで水素の発生量が十分で、生成速度も十分速くなる。pH13.5以下であればアルカリとしての取り扱いなど作業性が悪くなることもない。また、(A)金属ケイ素粒子表面に酸化物が生成し、水素発生量が抑制されないようにするため、pH10.5~13.5が好ましく、pH11.5~13.5がより好ましく、pH12.0~13.3が更に好ましい。金属イオン化合物の含有量は金属換算で0.4質量%以下が好ましく、0.3質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下が更に好ましい。金属イオン化合物が少ないほど、アルカリ電解水中に高純度水酸化物が生成できる。
【0031】
特に、水素生成反応の効率向上と、アルカリ電解水中に生成する水酸化物の高純度化の観点から(B)アルカリ電解水として、pH10.5~13.5で、金属イオン化合物の含有量が金属換算で0.5質量%以下のアルカリ電解水を用いることが好ましい。
【0032】
従来の水素製造において使用されてきた水酸化ナトリウム溶液などのアルカリ水溶液は、多量の金属イオンを含んでいる。このため、上述したように廃液処理などが必要となって工程が煩雑になると共に、環境への負荷も大きいものであった。
これに対し、本発明で用いるアルカリ電解水は上記のように水の電気分解により得られるので、金属イオン化合物(電解反応に供する水等に含まれるものなど)の含有量が非常に少ない。そのうえ、水素生成反応の効率を向上させるので、生産性向上と環境負荷低減の両面に優れている。
【0033】
<(C)アルコール>
(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水との濡れ性や、アルカリ電解水中に生成する高純度金属水酸化物の溶解性や生成金属水酸化物の構造コントロールのため、(C)アルコールの添加は任意の範囲で可能である。
【0034】
アルコールは、例えば下記の炭素数1~10の脂肪族炭化水素系アルコール群から選択できる。アルコールは、単独又は複数のアルコールを混合して使用することができる。アルコールとしては、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、n-プロピルアルコール、イソプロパノール、ブチルアルコール、ヘキシルアルコール、オクチルアルコール等が代表例であるが、アルカリ電解水との相溶性、水素生成後の水溶液の廃液処理の観点から炭素数の少ないアルコールが好ましく、メチルアルコール、エチルアルコールがより好ましい。
【0035】
前記(A)金属ケイ素粒子と前記(B)アルカリ電解水と前記(C)アルコールの混合比(質量比)は任意であるが、混合比を、0.05~10.0/99.95~80.0/0~10.0(質量%;(A)/(B)/(C))とすることが好ましい。
このような混合比とすることで、水素の生成と高純度金属水酸化物の生成とをバランスよく行うことができる。
【0036】
<水素の製造方法>
水素の製造方法について説明する。本発明では、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水とを混合・攪拌することで水素が生成する。例えば
図1に示したシンプルな装置が使用出来る。このように、本発明の水素の製造方法は、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、簡易且つ安価な手法で水素の製造が可能である。
【0037】
図1に(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水との攪拌手段の動作により反応する水素発生装置1を示す。但し、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することができる装置であれば、任意な装置で水素を製造することができる。
【0038】
図1の水素発生装置1は、撹拌機(攪拌手段)3、水素取り出し口5、温度計6を備えた水素発生反応容器2と、前記容器2内の金属ケイ素粒子22とアルカリ電解水4とから構成される。撹拌機は特に限定されず、例えば、マグネティックスターラや、攪拌翼を備えた攪拌装置を用いることができるが、混合・攪拌を、攪拌翼を用いて行うことが好ましい。また、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水との混合・攪拌は、攪拌翼と水素発生反応容器との間に挟まれた金属ケイ素粒子とアルカリ電解水のメカノケミカル反応も含まれてもよい。
このように(A)、(B)成分を混合・攪拌することで、より一層効率良く水素を製造することができる。
【0039】
図1の水素発生装置1は、水素発生反応容器2内の金属ケイ素粒子22とアルカリ電解水4とを、マグネティックスターラである攪拌機3で混合、攪拌し、水素を発生させる。なお、本実施の形態では攪拌機3は、温度調節機能(ヒータ)を備えるマグネティックスターラであり、容器2を加熱することとしている。攪拌機3の構成はこれに限られず、オイルバス、恒温槽等容器の温調機能と、金属ケイ素粒子22及びアルカリ電解水4の攪拌機能とを備えるものであればよい。容器2の加熱温度は、好ましくは30~95℃、より好ましくは60~80℃であり、例えば70℃とすることができる。これにより、金属ケイ素粒子22とアルカリ電解水4との反応を促進し、水素の発生量を増加させることが可能となる。発生した水素は水素取り出し口5から回収容器(不図示)等へ供給される。必要に応じて、更に脱水剤などの精製手段や温度調節手段(冷却など)を備えることもできる。
【0040】
以上のように、本発明の水素の製造方法は、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、常に金属ケイ素粒子表面がアルカリ電解水と十分に接触でき、金属ケイ素粒子の表面が酸化して反応量が次第に減少することがなく、簡易且つ安価な手法で水素の製造が可能である。更に、混合・攪拌することにより、反応による金属ケイ素粒子表面付近でのアルカリ電解水のpHの変化による水素生成の減少も避けることが可能となる。その他、混合・攪拌することにより、温度のムラがなくなり、効率よい反応と熱エネルギーの損失を抑制できる。
アルカリ電解水はアルカリ金属イオンの含有量が少ないため、金属ケイ素粒子表面の酸化を抑制し、水素発生量の増加に貢献する。更に、金属ケイ素粒子と水が反応して水素が発生したアルカリ電解水中に副生成物としてケイ素の水酸化物が含まれるが、この化合物にはアルカリ金属が結合していない純度の高い水酸化物が得られる特徴がある。
【実施例】
【0041】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、これらの実施例を本発明の趣旨に基づいて変形、変更することが可能であり、それらを本発明の範囲から除外するものではない。
【0042】
[実施例1-11、比較例1-3]
図1に示した水素発生装置を用いて以下のように(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合することにより水素を発生させた。水素の生成速度の測定は下記の通りである。なお、以下において、金属ケイ素粒子の平均粒径は走査電子顕微鏡装置で測定されたメジアン径であり、アルカリ電解水中のK
+イオン量(質量%)は誘導結合プラズマ発光分析法により測定した金属換算の値である。
【0043】
実施例で使用したケイ素粒子は表1に示した通りである。このうち、実施例1、4で使用したケイ素粒子については以下の通りである。
図5は実施例1に用いたケイ素粒子で,回転数300rpmで3分間粉砕し作製した試料のサイズ分布であり,
図4はその電子顕微鏡写真である。
図7は実施例4のケイ素粒子に対応し回転数600rpmで5分間粉砕し作製した試料のサイズ分布で,
図6はその電子顕微鏡写真である。なお、
図8は,粉砕前のケイ素粒子の電子顕微鏡写真である。
【0044】
(水素の生成速度の測定)
攪拌手段による混合・攪拌下での水素生成速度は以下のように測定した。まず反応開始時の容器内の気体をArのみとし1気圧とする。反応により生成した水素は容器内の内圧を上昇させるので、反応容器の水素取り出し口を大気圧開放し、内圧上昇に寄与する生成した水素の体積を実測した。反応開始から1分間の水素の生成量(標準状態の体積)を水素生成時間(1分)で割り、さらに用いたケイ素粒子の質量(g)で割った値を「ケイ素粒子1g当たりの水素の生成速度[ml/min・g]とした。また、生成した水素の体積を物質量molで表し、1時間あたりの水素生成速度[mmol/h・g]としたものも併記する。
【0045】
(実施例1)
250mlのフラスコに、金属ケイ素粒子として平均粒径1.15μm(1150nm)のケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)150mLを加えて、温度70℃に加熱し、撹拌子の回転数700rpmで4時間攪拌・混合して水素を発生させた。
水素生成速度は、290mmol/h・g(108ml/min・g)であった。
【0046】
(実施例2)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに、金属ケイ素粒子として平均粒径452nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)150mLを加えて、温度70℃に加熱し、撹拌子の回転数700rpmで4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は700mmol/h・g(261ml/min・g)であった。
【0047】
(実施例3)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径621nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K
+イオン0.33質量%含有)150mLを加えて、温度70℃に加熱し、撹拌子の回転数700rpmで4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、1370mmol/h・g(513ml/min・g)であった。
図9に反応開始から4時間までの水素生成量の時間変化を示す。
【0048】
(実施例4)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径404nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)150mLを加えて、温度70℃に加熱し、撹拌子の回転数700rpmで4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、1290mmol/h・g(483ml/min・g)であった。
【0049】
(実施例5)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径517nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)150mLを加えて、温度70℃に加熱し、撹拌子の回転数700rpmで4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、960mmol/h・g(360ml/min・g)であった。
【0050】
(実施例6)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径426nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)135mLとメチルアルコール15mLを加え、温度70℃で撹拌子の回転数700rpm、4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、550mmol/h・g(208ml/min・g)であった。
【0051】
(実施例7)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径426nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)105mLとメチルアルコール45mLを加え、温度70℃で撹拌子の回転数700rpm、4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、430mmol/h・g(161ml/min・g)であった。
【0052】
(実施例8)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径426nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)60mLとメチルアルコール90mLを加え、温度70℃で撹拌子の回転数700rpm、4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、230mmol/h・g(87ml/min・g)であった。
【0053】
(実施例9)
実施例1と同様にして、250mlのフラスコに金属ケイ素粒子として平均粒径426nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)150mLを加え、温度70℃で撹拌子の回転数700rpm、4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、670mmol/h・g(250ml/min・g)であった。
【0054】
(実施例10)
実施例1-9のアルカリ電解水を別のアルカリ電解水(pH=12.5、K+イオン0.35質量%含有)に変更し、250mlのフラスコに金属粒子として平均粒径426nmのケイ素粒子を0.1gとアルカリ電解水150mLを加え、温度70℃で撹拌子の回転数700rpm、4時間混合・攪拌して水素を発生させた。水素生成速度は、590mmol/h・g(226ml/min・g)であった。
【0055】
(実施例11)
(A)成分と(B)成分を30℃で混合・攪拌した以外は実施例1と同様にして水素を発生させた。水素生成速度は、134mmol/h・g(50ml/min・g)であった。
【0056】
(比較例1)
実施例1と同様にして、200mlのフラスコに金属ケイ素粒子のかわりに平均粒径30μmのチタン粒子を0.4gとアルカリ電解水(pH=12.4、K+イオン0.33質量%含有)150mLを加え、温度70℃に加熱し、撹拌子の回転数700rpmで4時間攪拌・混合して水素を発生させた。水素生成速度は、0.54mmol/h・g(0.2ml/min・g)であった。
【0057】
(比較例2)
(A)成分と(B)成分を混合・攪拌しなかった(撹拌子の回転数0rpm)以外は実施例1と同様にして水素を発生させた。水素生成速度は、80mmol/h・g(30ml/min・g)であった。
【0058】
(比較例3)
実施例1のアルカリ電解水を純水(pH=7.0、K+イオン不含有)に変更して、実施例1と同様の条件で水素を発生させた。水素生成速度は、6.8mmol/h・g(2.54ml/min・g)であった。
【0059】
実施例1-11、比較例1-3の結果を表1にまとめて示す。
【表1】
【0060】
表1から明らかなように、本発明の水素の製造方法(実施例1-11)は、(A)金属ケイ素粒子と(B)アルカリ電解水を混合・攪拌することにより、簡易且つ安価な手法で水素の製造が可能である。実施例11の結果から、常温でも水素を製造できることが分かる。また、実施例3における水素発生の経時変化を示す
図9より、反応開始から短時間で多くの水素を発生すること(最初の1分間に理論量の約3分の1の水素が発生)、水素生成量が経時的に減少することなく増加していることが分かる。つまり、本発明が、金属粒子の表面が酸化されて反応量(水素生成量)が経時的に減少することを抑制し、初期の水素生成速度が速く、生成量の多い水素の製造方法であることを示している。ケイ素の酸化物であるSiO
2の溶解度はpH9以上のアルカリ領域で急激に上昇するが、上記実施例では、pH12.4以上の強アルカリ電解水を用いると共に攪拌しているため、ケイ素金属粒子の表面が生成したSiO
2で覆われてもこれが溶解除去されて水素生成量が経時的に減少することを抑制していると考えられる。実施例6-9より、アルコールとしてメチルアルコールを反応系に添加した場合、アルコール添加量が増えるに従って水素発生量が少なくなる。つまり、アルコール添加量を調節することで水素発生速度を調節できることが分かる。
一方、金属粒子としてチタン粒子を用いた比較例1や、混合・攪拌をしなかった比較例2や、アルカリ電解水に代えて純水を用いた比較例3では水素生成量が少なかった。以上から、本発明の水素製造方法が優れていることが明らかである。
【0061】
本発明の水素製造方法は、アルカリ電解水はアルカリ金属イオンの含有量が少ないため、金属粒子表面の酸化を抑制し、水素発生量の増加に貢献する。更に、金属粒子と水が反応して水素が発生したアルカリ電解水中に副生成物として金属水酸化物が含まれるが、この化合物にはアルカリ金属が結合していない純度の高い水酸化物が得られる特徴がある。また、水素の生成速度が速いことも特徴である。このように、本発明は反応量の減少を抑制し、水素生成速度が速く、生成量の多い水素の製造方法である。
更に、本発明によれば、水素を効率良く製造できると共に、副生成物としての金属水酸化物も高純度であるため、環境負荷が小さく、金属水酸化物自体を有効利用することも可能となる。
【0062】
(産業上の利用可能性)
本発明は、簡易で安価な手法で水素発生量が多い水素の製造方法を提供することから、本発明は、自動車用燃料電池などに使用される水素の製造施設における水素製造装置に好適である。また、水素製造施設に限らず、車載用、家庭用等の小電力電源向けの水素製造装置に応用可能である。
【0063】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【符号の説明】
【0064】
1…水素発生装置、 2…水素発生反応容器、 3…攪拌機、 4…アルカリ電解水、
5…水素取り出し口、 6…温度計、 10…遊星ボールミル装置、 11…中心軸、
12…粉砕容器、 12a…中心軸、 13…テーブル、 21…粉砕媒体、
22…金属粉末(金属ケイ素粒子)、 A…粉砕容器の公転、 B…粉砕容器の自転