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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-16
(45)【発行日】2024-10-24
(54)【発明の名称】植物の栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20241017BHJP
   A01G 22/25 20180101ALI20241017BHJP
   A01G 22/35 20180101ALI20241017BHJP
【FI】
A01G7/00 602Z
A01G7/00 601Z
A01G22/25 Z
A01G22/35 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020177462
(22)【出願日】2020-10-22
(65)【公開番号】P2021069375
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2023-10-03
(31)【優先権主張番号】P 2019194269
(32)【優先日】2019-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000148357
【氏名又は名称】株式会社前川製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 博也
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-207825(JP,A)
【文献】特開2014-168389(JP,A)
【文献】登録実用新案第3001784(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00-7/06
A01G 22/00-22/67
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の栽培方法であって、
20℃~40℃の気温において根域温度を8℃~16℃に維持して植物を土壌栽培する低温処理工程を含み、
前記植物が、アブラナ科植物、ナス科植物、セリ科植物、ヒルガオ科植物、サトイモ科植物、及びユリ科植物からなる群から選択される、
前記方法。
【請求項2】
葉の老化抑制、葉の光合成活性増加、葉の枚数の増加、及び植物の成長促進からなる群から選択される少なくとも一つの作用のための、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
20℃~40℃の気温において根域温度を8℃~16℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含み、前記植物が、アブラナ科植物、ナス科植物、セリ科植物、ヒルガオ科植物、サトイモ科植物、及びユリ科植物からなる群から選択される、植物の葉の老化を抑制する方法。
【請求項4】
20℃~40℃の気温において根域温度を8℃~16℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含み、前記植物が、アブラナ科植物、ナス科植物、セリ科植物、ヒルガオ科植物、サトイモ科植物、及びユリ科植物からなる群から選択される、植物の葉の光合成活性を増加させる方法。
【請求項5】
20℃~40℃の気温において根域温度を8℃~16℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含み、前記植物が、アブラナ科植物、ナス科植物、セリ科植物、ヒルガオ科植物、サトイモ科植物、及びユリ科植物からなる群から選択される、植物の葉の枚数を増加させる方法。
【請求項6】
20℃~40℃の気温において根域温度を8℃~16℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含み、前記植物が、アブラナ科植物、ナス科植物、セリ科植物、ヒルガオ科植物、サトイモ科植物、及びユリ科植物からなる群から選択される、植物の成長を促進する方法。
【請求項7】
低温処理工程における根域の温度調整が、液体の通過を遮断するが温度の伝達が可能な遮断層で根域から隔てられた液体を、他の冷却機構により冷却することによって行われる、請求項~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
低温処理工程において、根域温度を10℃~16℃に維持する、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
低温処理工程が、気温20℃~30℃で行われる、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
低温処理工程を、28日以上行う、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
栽培植物の生産のために用いられる、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の栽培方法、植物の葉の老化を抑制する方法、植物の葉の光合成活性を増加させる方法、植物の葉の枚数を増加させる方法、植物の成長を促進する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、気温が20℃を超える条件にてユーストマ属植物の栽培を行うにあたり、花芽分化期における根圏温度を実質的に10~20℃に維持する根圏低温処理を行うことを特徴とする、ユーストマ属植物における葉先枯れ症の抑制方法が記載されている。
【0003】
特許文献2には、育苗時の植物を培養液を用いて水耕栽培する水耕栽培方法であって、前記培養液の水温を調整することにより、育苗時の前記植物の徒長を抑制する水耕栽培方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-168389号公報
【文献】特開2015-62409号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、根圏低温処理が、ユーストマ属植物における葉先枯れ症の抑制以外の効果を有することは記載されていない。また、特許文献2は水耕栽培における水温の調整が徒長抑制以外の効果を有することは記載されていないし、また土壌栽培については何ら記載されていない。
【0006】
一実施形態において、本発明は、根域温度を低温に維持して植物を栽培する低温処理工程を含む、新たな植物栽培方法を提供することを課題とする。また、一実施形態において、本発明は、植物の生育等に有利な植物栽培方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、根域温度を低温に維持して植物を土壌栽培する低温処理工程を含み、低温処理工程が、温度維持のために用いられる媒体が根域に直接接触しない状態で行われる、植物の栽培方法を今回見出した。また、本発明者は、根域温度を低温に維持して植物栽培する低温処理工程を含む方法によって、植物の葉の老化抑制、葉の光合成活性増加、葉の枚数の増加、及び植物の成長促進からなる群から選択される少なくとも一つの効果が奏され得ることを見出した。
【0008】
本発明は、以下の実施形態又は特徴を包含する。
(1)根域温度を8℃~20℃に維持して植物を土壌栽培する低温処理工程を含み、低温処理工程が、温度維持のために用いられる媒体が根域に直接接触しない状態で行われる、植物の栽培方法。
(2)葉の老化抑制、葉の光合成活性増加、葉の枚数の増加、及び植物の成長促進からなる群から選択される少なくとも一つの作用のための、(1)に記載の方法。
(3)根域温度を8℃~20℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含む、植物の葉の老化を抑制する方法。
(4)根域温度を8℃~20℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含む、植物の葉の光合成活性を増加させる方法。
(5)根域温度を8℃~20℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含む、植物の葉の枚数を増加させる方法。
(6)根域温度を8℃~20℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含む、植物の成長を促進する方法。
(7)低温処理工程が、温度維持のために用いられる媒体が根域に直接接触しない状態で行われる、(3)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)低温処理工程において、根域温度を10℃~16℃に維持する、(1)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)低温処理工程が、気温20℃~30℃で行われる、(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)低温処理工程を、28日以上行う、(1)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11)植物が、アブラナ科植物、ナス科植物、セリ科植物、ヒルガオ科植物、サトイモ科植物、及びユリ科植物からなる群から選択される、(1)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)栽培植物の生産のために用いられる、(1)~(11)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の土壌栽培方法は、水耕での栽培が難しい根菜等の植物に対しても適用可能である。また、本発明の方法は、植物の葉の老化抑制、葉の光合成活性増加、葉の枚数の増加、及び植物の成長促進からなる群から選択される少なくとも一つの効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1A~Cは、実施例(後述)において栽培に使用した機器を示す。図1Aは、人工光形中型グロースキャビネットを、図1Bはその中に設置された発泡スチロール製のウォーターバスを、図1Cはインキュベーター外部に設置したプログラム精密低温恒温水槽を示す。図1Dは、本発明の一実施形態の模式図を示す。図1Dにおいて、101は植物を、102は遮断層を、103は土壌を、104は液体媒体をそれぞれ示す。
図2図2は、根域温度の低下がシロイヌナズナの生育に及ぼす影響を示す。図2Aは、対照区(気温23℃/根域温度23℃)の42日目の写真を、図2Bは低温区(気温23℃/根域温度13℃)の42日目の写真を示す。
図3図3は、根域温度の低下がシロイヌナズナの葉面色相角度に及ぼす影響を示す(対照区(気温23℃/根域温度23℃、図中「23℃/23℃」と記載)及び低温区(気温23℃/根域温度13℃、図中「23℃/13℃」と記載)の結果を示す)。図3Aは新葉から6枚目の葉(28日目)、図3Bは新葉から10枚目の葉(42日目)、図3Cは新葉から22枚目の葉(42日目)の結果を示す。*及び**は、それぞれ対照区に対して5%及び1%水準で有意差があることを示す(n=8)。
図4図4は、根域温度の低下がシロイヌナズナの葉面温度に及ぼす影響を示す(対照区(気温23℃/根域温度23℃、図中「23℃/23℃」と記載)及び低温区(気温23℃/根域温度13℃、図中「23℃/13℃」と記載)の結果を示す)。図4Aは新葉から6枚目の葉(22日目)、図4Bは新葉から6枚目の葉(28日目)、図4Cは新葉から22枚目の葉(42日目)の結果を示す。*及び**は、それぞれ対照区に対して5%及び1%水準で有意差があることを示す(n=8)。
図5図5は、根域温度の低下がシロイヌナズナの葉のFv/Fm値(光合成活性)に及ぼす影響を示す(対照区(気温23℃/根域温度23℃、図中「23℃/23℃」と記載)及び低温区(気温23℃/根域温度13℃、図中「23℃/13℃」と記載)の結果を示す)。新葉から22枚目の葉(42日目)の結果を示す。**は、対照区に対して1%水準で有意差があることを示す(n=8)。
図6図6は、根域温度の低下がシロイヌナズナの葉数に及ぼす影響を示す。42日目の結果を示す(対照区(気温23℃/根域温度23℃、図中「23℃/23℃」と記載)及び低温区(気温23℃/根域温度13℃、図中「23℃/13℃」と記載)の結果を示す)。*は、対照区に対して1%水準で有意差があることを示す(n=4)。
図7図7は、根域温度の低下がシロイヌナズナの実生の成長に及ぼす影響を示す(対照区(気温23℃/根域温度23℃、図中「23℃/23℃」と記載)及び低温区(気温23℃/根域温度13℃、図中「23℃/13℃」と記載)の結果を示す)。42日目の根部新鮮重を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一態様において、本発明は、根域温度を8℃~20℃に維持して植物を土壌栽培する低温処理工程を含み、低温処理工程が、温度維持のために用いられる媒体が根域に直接接触しない状態で行われる、植物の栽培方法に関する。
【0012】
本明細書において、「根域」、「根」、及び「根部」等の用語は互換的に使用され、植物の根を指し、例えば「根の伸長していく範囲」を意味し得る。
【0013】
土壌栽培において、土壌は任意のもの、例えば天然土又は培養土を用いることができる。培養土は、天然土に加え、又は天然土とは別に、バーミキュライト、ピートモス、パーライト、腐葉土、堆肥等の一以上を含んでいてもよい。
【0014】
低温処理工程において、根域温度は、例えば、8℃以上、9℃以上、10℃以上、11℃以上、又は12℃以上に維持されてもよい。また、根域温度は、例えば、20℃以下、18℃以下、16℃以下、14℃以下、又は13℃以下に維持されてもよい。根域温度は、例えば、8℃~20℃、10℃~16℃、12℃~14℃又は約13℃に維持されてもよい。
【0015】
低温処理工程の期間は限定しないが、例えば7日以上、14日以上、21日以上、23日以上又は28日以上であってよく、60日以下、56日以下、49日以下、42日以下、又は35日以下であってよい。低温処理工程の期間は、例えば7日~60日、14日~56日、21日~49日又は23日~42日であってよい。低温処理工程は連続して行うことが好ましいが、例えば1日、2日、3日等の間隔を開け、断続的に行うこともできる。
【0016】
本発明の方法において、栽培期間は限定しない。栽培期間は、上記低温処理工程の期間と同一であってもよいし、低温処理工程よりも長い期間、例えば1日、2日、3日、7日、14日、又は1ヶ月以上長い期間であってもよい。
【0017】
本発明の土壌栽培方法において、根域温度の調整方法は、温度維持のために用いられる媒体が根域に直接接触しない状態で行われる。例えば、温度維持のために用いられる媒体が液体(例えば、水、培養液、又はグライコール等の不凍液)である場合、植物の栽培を行っている土壌又は当該液体を、液体の通過を遮断するが、温度の伝達が可能な遮断層で覆うことによって、媒体が根域に直接接触することを妨げることができる。このような遮断層の例としては、金属箔、又はプラスチックフィルム又はシートが挙げられる。例えば、このような遮断層で覆った土壌で植物を栽培し、当該土壌を温度コントロールが可能な液体で満たされた水槽に浸すことで、土壌が温度コントロールのために用いられる液体と接触することなく、土壌の温度管理が可能となる。本実施形態の模式図を図1Dに示す。図1Dにおいて、101は植物を、102は液体の通過を遮断するが、温度の伝達が可能な遮断層を、103は土壌を、104は液体媒体を示す。
【0018】
また、温度維持のために用いられる媒体が固体である場合、当該固体を根域に直接接触しないように土中又は土の上に配置することによって、根域の温度調整を行うことができる。温度維持のために用いられる固体媒体の例としては、伝熱手段、例えば金属性の伝熱手段が挙げられる。
【0019】
温度維持のために用いる液体又は固体の媒体は、他の冷却機構により冷却することができ、温度センサー等により適宜これらの媒体又は土壌の温度を計測してもよい。温度維持のために用いられる媒体の温度は、上記低温処理工程における土壌温度と同一であってもよいし、土壌温度と、例えば±3℃以内、±2℃以内、又は±1℃以内の範囲で異なっていてもよい。
【0020】
根域を低温処理する際に、媒体として液体を用いる場合、媒体が直接植物の根域に接触するような方法では、根から媒体が吸収され、水分のコントロールが難しいという欠点がある。したがって、一実施形態において、本発明の方法は、温度維持のために用いられる媒体が根域に直接接触しない状態で行うことによって、媒体が直接植物の根域に接触する場合に比べ、植物に与える水分量の調整を行うことが可能になるという効果を奏し得る。また、本発明の土壌栽培方法は、水耕での栽培が難しい根菜等の植物に対しても適用可能であるという効果も奏し得る。
【0021】
低温処理工程における気温(又は、環境温度)は限定しないが、例えば20℃以上、21℃以上、22℃以上、又は23℃以上であってもよく、また、例えば、40℃以下、35℃以下、30℃以下、25℃以下、又は24℃以下であってもよい。気温は、例えば、20℃~40℃、20℃~30℃、21℃~25℃、22℃~24℃、又は23℃であってもよい。栽培は露地栽培又はハウス栽培のいずれであってもよく、ハウス栽培である場合、気温は制御されたものであってもよい。
【0022】
本発明の方法の対象植物は限定しない。植物の例として、単子葉植物及び双子葉植物を含む被子植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、草本植物及び木本植物等が挙げられる。植物の具体例としては、アブラナ科植物、例えばシロイヌナズナ属植物、アブラナ属植物、又はダイコン属植物、例えば、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica campestris L.)、キャベツ(Brassica oleracea L. var. capitata L.)、ナタネ(Brassica campestris L., B. napus L.)、カリフラワー(Brassica oleracea var. botrytis)、ダイコン(Raphanus sativus L.)等;ナス科植物、例えば、ナス属植物、トウガラシ属植物、タバコ属植物、例えばナス(Solanum melongena L.)、トマト(Solanum lycopersicum)、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、ピーマン(Capsicum annuum L. var. angulosum Mill.)、トウガラシ(Capsicum annuum L.)、タバコ(Nicotiana tabacum L.)等;セリ科植物、例えばニンジン属植物、例えばニンジン(Daucus carota subsp. sativus);ヒルガオ科植物、例えばサツマイモ属植物、例えばサツマイモ(Ipomoea batatas)等;サトイモ科植物、例えばサトイモ属植物又はコンニャク属植物、例えばサトイモ(Colocasia esculenta (L.) Schott)又はコンニャク(Amorphophallus konjac)等;ユリ科植物、例えばネギ属植物又はクサスギカズラ属植物、例えばネギ(Allium fistulosum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、ニラ(Allium tuberosum Rottl.)、ニンニク(Allium sativum L.)、アスパラガス(Asparagus officinalis L.)等が挙げられる。本発明の方法の対象植物は、根菜、例えばダイコン、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、コンニャク、タマネギ等であってよい。
【0023】
本発明の方法は、葉の老化抑制、葉の光合成活性増加、葉の枚数の増加、及び植物の成長促進からなる群から選択される少なくとも一つ、例えば二つ以上、三つ以上、又は四つ全ての作用を有する。また、本発明の方法は、上記作用の少なくとも一つ、例えば二つ以上、三つ以上、又は四つ全てのためのものであってよい。また、本発明の方法は、葉面温度の減少及び/又は吸水量の増加の効果をさらに有していてもよい。
【0024】
本明細書において、葉の老化抑制は、葉の退色の防止を含む。葉の色は、実施例に記載の通り、分光測色計を用いて葉の表面の色相角度を計測することにより調べることができる。本発明の方法による老化抑制は、例えば低温処理工程を行わない対照区と比べて、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、5%以上、又は10%以上の色相角度(h)の向上であってもよい。
【0025】
本明細書において、葉の光合成活性増加は、実施例に記載の通り、PAMクロロフィル蛍光測定器を用いて計測することができる。本発明の方法による葉の光合成活性増加は、例えば低温処理工程を行わない対照区と比べて、1%以上、2%以上、又は3%以上のFv/Fm値の上昇であってもよい。
【0026】
本明細書において、葉の枚数の増加は、目視で確認することができ、例えば子葉2枚を除く、展開した本葉の数として求めることができる。本発明の方法による葉の枚数の増加は、例えば低温処理工程を行わない対照区と比べて、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、5%以上、又は10%以上の葉の枚数の増加であってもよい。葉の枚数の増加は、植物全体の光合成の活性を高め得る。
【0027】
本明細書において、植物の成長促進は、植物、例えば植物の根部の新鮮重量又は乾燥重量の増加を含む。本発明の方法による植物の成長促進は、例えば低温処理工程を行わない対照区と比べて、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、又は100%以上の新鮮重の増加であってもよい。
【0028】
一態様において、根域温度を8℃~20℃に維持して植物を栽培する低温処理工程を含む、植物の葉の老化を抑制する、植物の葉の光合成活性を増加させる、植物の葉の枚数を増加させる、又は植物の成長を促進する方法に関する。これらの効果の一以上、又は例えば二つ以上、三つ以上、又は四つ全ての作用を有していてもよい。本態様の方法は、土壌栽培又は水耕栽培のいずれであってもよい。土壌栽培の方法における詳細、例えば土壌の種類、低温処理工程及び栽培、対象植物の詳細は上記の通りである。また、水耕栽培についても、対象植物の詳細は土壌栽培と同様であり、低温処理工程及び栽培の詳細は、土壌ではなく液体に根部を浸して栽培を行う点を除き、土壌栽培と同様である。水耕栽培では、培養液の温度を調整することで、培養液により根域の温度の調整と養分の供給を同時に行うことができる。水耕栽培は当業者に公知の方法により行うことができ、その具体的な方法、例えば養液の組成は、公知の組成に従うことができる。
【0029】
本発明の方法は、植物の栽培方法又は栽培植物の生産方法ということもできる。
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0030】
[実施例1] 本発明方法による低い根域温度での植物栽培例(その1)
<材料と方法>
1)栽培装置
人工光形中型グロースキャビネット(図1A:コイトトロンHNシリーズ、KOITO)内に発泡スチロール製のウォーターバス(図1B)を設置し、インキュベーター外部に設置したプログラム精密低温恒温水槽(図1C:NCB-3300、EYELA)の水を循環させた。
【0031】
2)植物材料及び栽培条件
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana Col-0)の種子(インプランタイノベーションズより購入)を植物材料として供試した。80mL容量のアルミ製容器(直径65mm×深さ60mm)に培養土(バーミキュライト:さし芽種まきの土:パーライト=6:3:1)を24gずつ充填し、液体肥料(花工場、住友化学園芸)を蒸留水で1000倍に希釈したものを45mL(実験1)、56mL(実験2)又は79.4倍に希釈したものを50mL(実験3)ずつ散布した。シロイヌナズナの種子は、培養土の表面に一粒ずつ播種し、蛍光灯下の12時間日長(光量子密度80μmol m-2s-1)で23℃に設定したインキュベーター内に静置し、発芽を促した。
【0032】
発芽後14日目の実生を12℃又は23℃に設定した恒温水槽の水を循環させたウォーターバスにアルミ製容器ごと設置した。恒温水槽を各温度に設定した時の根域温度はおよそ13℃又は23℃であった。なお、アルミ製容器は水を通さず、ウォーターバス中の水が培養土に浸透することはない。ウォーターバスは、蛍光灯下の12時間日長(光量子密度光量子密度80μmol m-2s-1)で23℃、相対湿度70%に設定した人工光形中型グロースキャビネット内に設置した。液体肥料を散布した直後の培養土の重量を計測しておき、その後一日おきに重量を確認し、散布直後と同じ重量になるように蒸留水を追加散布した。また、実験1及び実験2では、発芽後35日目に液体肥料を蒸留水で200倍に希釈したものを5mLずつ追加で散布した。
【0033】
本発明の一実施形態の模式図である図1Dを参照して説明すると、本実施例において、植物101はシロイヌナズナであり、遮断層102はアルミ製容器であり、土壌103は培養土であり、液体媒体104は恒温水槽の水であるということができる。
【0034】
3)植物形質の調査方法
根域温度の低下がシロイヌナズナの実生の成長に及ぼす影響を評価するため、発芽後22、28及び42日目の葉色、葉面温度、光合成活性、葉数、根重等を測定した。葉色は、分光測色計(CM-700d, コニカミノルタセンシング社)を用いて葉の表面の色相角度を計測することで求めた。葉面温度は、サーモグラフィーカメラ(E4、フリアーシステムズ社)を用いて葉の表面の温度を計測することで求めた。光合成活性は、PAMクロロフィル蛍光測定器(JUNIOR-PAM、WALZ社)を用いて、葉のFv/Fm値を測定することで評価した。葉数は、子葉2枚を除く、展開した本葉の数として求めた。根重は、根部新鮮重として計測した。
【0035】
<結果>
1)根域温度の低下がシロイヌナズナの実生の成長に及ぼす影響
発芽後42日目の実生の様子を観察したところ、実験1で、対照区(気温23℃/根域温度23℃)に比べ、低温区(気温23℃/根域温度13℃)の個体では、黄化や褐変などの老化症状を示す葉の数が少ない傾向を確認した(図2)。実験2~3においても同様の傾向が認められた(データ示さず)。
【0036】
2)根域温度の低下がシロイヌナズナの葉面色相角度に及ぼす影響
発芽後28日目及び42日目の葉面色相角度を調査した。その結果、実験1では、対照区(気温23℃/根域温度23℃)に比べ、低温区(気温23℃/根域温度13℃)で調査した全ての葉面の色相角度が有意に高い値を示した(図3A(新葉から6枚目の葉))。また、発芽後42日目の結果(図3B(新葉から10枚目の葉)、図3C(新葉から22枚目の葉))から、対照区では10枚目の葉に比べ22枚目の葉の色相角度が低下し、黄化が進んでいることが示唆されたが、低温区では、そのような低下は見られず、緑色が維持されていた。実験2及び3でも同様の傾向が示された(データ示さず)。以上から、根域温度の低下が、シロイヌナズナの老化に伴う葉色の変化を抑制することが示唆された。
【0037】
3)根域温度の低下がシロイヌナズナの葉面温度に及ぼす影響
発芽後22日目、28日目及び42日目の葉面温度を調査した。その結果実験1で、対照区(気温23℃/根域温度23℃)に比べ、低温区(気温23℃/根域温度13℃)で調査した全ての葉の葉面温度が有意に低い値を示した(図4)。実験2及び3でも同様の傾向が示された(データ示さず)。低下した温度は、実験4の発芽後42日目の葉(22枚目、図4C)では1℃前後であったが、他の葉では2℃前後の低下が認められた(図4A:新葉から6枚目の葉(22日目)、図4B:新葉から6枚目の葉(28日目))。葉面温度の変化には蒸散が関与する。蒸散が活発に行われると、葉面温度は低下する。蒸散は、根から植物体内に吸収された水が、葉の裏側にある気孔などから水蒸気として放出される現象である。以上から、根域温度の低下によるシロイヌナズナの葉面温度の低下は、根から植物体内に吸収される水の量が増加し、蒸散量が増加したことによって引き起こされている可能性が考えられる。
【0038】
4)根域温度の低下がシロイヌナズナの葉のFv/Fm値(光合成活性)に及ぼす影響
発芽後42日目の葉のFv/Fm値を測定し、光合成活性を調査した。その結果、実験1で、22枚目の葉のFv/Fmが、対照区(気温23℃/根域温度23℃)に比べ、低温区(気温23℃/根域温度13℃)で高い値を示すことを確認した(図5)。実験2及び3でも同様の傾向が示された(データ示さず)。以上から、根域温度の低下が、シロイヌナズナの葉の老化に伴う光合成活性の低下を抑制することが示唆された。
【0039】
5)根域温度の低下がシロイヌナズナの葉数に及ぼす影響
発芽後42日目の葉数を調査した。その結果、実験2で、42日目の葉の数が、対照区(気温23℃/根域温度23℃)に比べ、低温区(気温23℃/根域温度13℃)で増加していることを確認した(図6)。実験1及び3でも同様の傾向が示された(データ示さず)。以上から、根域温度の低下が、シロイヌナズナの葉数を増加させることが示唆された。
【0040】
6)根域温度の低下がシロイヌナズナの実生の成長に及ぼす影響
発芽後42日目の根部新鮮重を調査した。その結果、実験3において、対照区(気温23℃/根域温度23℃)に比べ、低温区(気温23℃/根域温度13℃)で根部新鮮重の増加を確認した(図7)。以上から、根域温度を低下させることにより、シロイヌナズナの根系の発達が促進されることが示唆された。
【0041】
[実施例2] 本発明方法による低い根域温度での植物栽培例(その2)
<材料と方法>
1)栽培装置
人工光形中型グロースキャビネット(図1A:コイトトロンHNシリーズ、KOITO)内に発砲スチロール製のウォーターバス(図1B)を設置し、インキュベーター外部に設置したプログラム精密低温恒温水槽(図1C:NCB-3300、EYELA)の水を循環させた。
【0042】
2)植物材料および栽培条件
トマト(Solanum lycopersicum Micro-Tom)の種子を植物材料として供試した。セルトレイに培養土(スーパーソイルミックスA)を充填し、トマト種子を播種し、蛍光灯下の12時間日長(光量子密度80μmol m-2s-1)で25℃に設定したインキュベーター内に静置し、発芽を促した。
【0043】
発芽後14日目の実生を培養土(スーパーソイルミックスA)を45gずつ充填した80mL容量のアルミ製容器(直径65mm×深さ60mm)に移植し、液体肥料(花工場、住友化学園芸)を蒸留水で1000倍に希釈したものを45mLずつ散布した。12または23℃に設定した恒温水槽の水を循環させたウォーターバスにアルミ製容器ごと設置した。恒温水槽を各温度に設定した時の根域温度はおよそ16または23℃であった。ウォーターバスは、蛍光灯下の12時間日長(光量子密度80μmol m-2s-1)で25℃、相対湿度80%に設定した人工光形中型グロースキャビネット内に設置した。
【0044】
液体肥料を散布した直後の培養土の重量を計測しておき、その後一日おきに重量を確認し、散布直後と同じ重量になるように蒸留水を追加散布した。また、追肥として、液肥(花工場1/200)を2週間おきに1回、花芽が形成された後は1週間おきに1回、20mLずつ施用した。
【0045】
3)植物形質の調査方法
根域温度の低下がトマト実生の成長に及ぼす影響を評価するため、移植後3ヶ月目の実生の葉数、葉面温度、光合成速度、移植後3ヶ月目(1回目)または4ヶ月目(2回目)の実生の茎葉重および根重を測定した。葉面温度は、サーモグラフィーカメラ(E4、フリアーシステムズ社)を用いて第5 葉の表面の温度を計測することで求めた。光合成活性は、PAMクロロフィル蛍光測定器(JUNIOR-PAM、WALZ社)を用いて、第5 葉のFv/Fm値を測定することで評価した。葉数は、子葉2枚を除く、展開した本葉の数として求めた。茎葉重および根重は、地上部新鮮重と乾燥重および根部新鮮重と乾燥重として計測した。
【0046】
根域温度の低下がトマト果実の発達や品質に及ぼす影響を評価するため、移植後3ヶ月目(1回目)または4ヶ月目(2回目)までの着蕾数、落蕾数、未熟果数(C)、熟果数(D)、総果数(C+D)、未熟果重、熟果重、総熟果重、熟果糖度および熟果色を測定した。熟果糖度は、手持屈折計(Brix0~32%,C-Timvasion社)を用いて測定した。熟果色は、分光測色計(CM-700d,コニカミノルタセンシング社)を用いて熟果の表面の色相角度を計測することで求めた。
【0047】
<結果>
1)根域温度の低下がトマト実生の成長に及ぼす影響
実験期間中に2回の栽培実験を実施した。1回目の実験で、移植後3ヶ月目の実生について葉数を調査したところ、対照区(25℃/23℃)に比べ、低温区(25℃/16℃)で少ない傾向が示されたが、有意差は認められなかった。第5葉の葉面温度は、低温区で有意に低い値を示したが、光合成速度に差異は認められなかった。地上部新鮮重と乾燥重は、対照区に比べ、低温区で有意に低い値が示され、根部新鮮重は有意に高い値が示されたが、根部乾燥重に有意差は認められなかった。
【0048】
1回目の実験では、低温区の葉面温度が光合成の最適温度とされる25℃よりも低い温度だったことから、2回目の実験では、植物体と光源(蛍光灯)の距離を狭め、低温区の葉面温度が25℃前後となるように調整した。その結果、移植後3ヶ月目の実生の第5 葉では、光合成活性を示すFv/Fm値が、対照区に比べ、低温区で有意に高い値を示した。しかし、移植後4ヶ月目の実生の地上部新鮮重と乾燥重は、対照区に比べ、低温区で有意に低い値を示した。一方、根部新鮮重は、低温区で高い傾向が示されたが、有意差は認められなかった。
【0049】
以上から、トマトでは、根域温度の低下が葉面温度の低下を引き起こし、その結果、葉面温度が光合成の適温(25℃)になることで、対照区よりも光合成活性が高くなることが示された。根域温度の低下による光合成活性の上昇は、シロイヌナズナでも確認されていることから、この現象が植物に共通するものである可能性が示された。また、根域温度の低下により、茎葉の発達は抑制されるが、根系の発達は促進されることも示された。シロイヌナズナでも同様の結果が得られていることから、この現象も植物に共通する可能性がある。
上記の結果を表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
2)根域温度の低下がトマト果実の発達や品質に及ぼす影響
1回目の実験で、移植後3ヶ月目までの実生に形成された花蕾の数(着蕾数)および果実形成前に脱離した花蕾の数(落蕾数)を調査したところ、対照区(25℃/23℃)に比べ、低温区(25℃/16℃)で少ない傾向が示されたが、有意差は認められなかった。
【0052】
移植後3ヶ月目までの実生に形成された果実に関しては、対照区に比べ、低温区で、未熟果の数や重さ(未熟果数、未熟果重)は少なく、熟果の数や重さ(熟果数、熟果重)は多い傾向が示されたが、有意差は認められなかった。果実収量に関わる形質である1個体あたりの総熟果重も、低温区で多い傾向が示された。一方、果実品質に関わる形質である熟果糖度や熟果色おいては、対照区と低温区との間で差異は検出されなかった。
【0053】
葉面温度が25℃前後となるように植物体と光源との距離を変更した2回目の実験では、移植後4ヶ月目までの実生に形成された果実に関する形質調査を行った。その結果、対照区に比べ、低温区では、未熟果数、総果数および総熟果重が有意に高い値を示した。一方、熟果糖度は、対照区よりも低温区で、有意に低い値となった。また、低温区では、対照区に比べ、熟果数は高い値を示し、未熟果重は低い値を示したが、有意差は認められなかった。
【0054】
以上から、トマトでは、根域温度の低下により葉面温度が低下し、その温度が25℃前後となった場合に、着果数が増加し、果実の発達が促進されることで、1個体あたりの果実収量がおよそ13%増大するが、果実糖度は低下することが示された。低温区での果実収量の増大は、生育後期まで本葉の光合成活性が高いレベルで維持されていることが原因と考えられる。また、果実糖度の低下は、光合成産物(糖)を受け取る器官(シンク)である果実の数が増加することで、光合成産物を生産する器官(ソース)である葉から各果実に分配される糖が減少したことによると判断される。
上記の結果を表2に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
実施例2の結果をまとめると、トマトの実生は、根域温度を栽培適温とされる25℃よりも9℃低い16℃に設定して栽培すると、1)根系の発達が促進され、2)葉面温度が低下し、3)葉の光合成活性が高いレベルで維持される(葉の老化が抑制される)ことを確認した(表1)。これらの現象は、実施例1でシロイヌナズナを用いた実験でも確認されている。トマトはナス科、シロイヌナズナはアブラナ科に分類される植物であり、根域温度の低下が実生の成長に及ぼす影響が分類上かなり遠縁の種属間でも共通に見られることが示された。さらにトマトの果実に関しては、根域温度の低下により葉面温度が25℃前後となった場合に、1)着果数が増加し、2)果実の発達が促進され、3)果実収量が増大するが、4)果実糖度は低下することを確認した(表2)。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明により、植物工場等における果実の生産性や品質の向上に寄与することが期待される。具体的には、果実を収穫対象とするトマトやイチゴなどの作物を栽培するにあたり、根域温度を低下させ、根系の発達を促進し、葉の老化を抑制することによって、収穫期間が延長され、果実収量を増加させることが可能になる。また、未熟果を摘果し、熟果数を減らすことで各果実に分配される糖の量を増やすことによって、果実収量を減らすことなく、高糖度の果実を生産することが可能になるかもしれない。
【符号の説明】
【0058】
101 植物
102 遮断層
103 土壌
104 液体媒体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7