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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-06
(45)【発行日】2025-01-15
(54)【発明の名称】アンモニアの製造方法及び製造装置
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/085 20210101AFI20250107BHJP
   B01J 31/22 20060101ALI20250107BHJP
   B01J 31/24 20060101ALI20250107BHJP
   C01C 1/04 20060101ALI20250107BHJP
   C25B 1/27 20210101ALI20250107BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20250107BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20250107BHJP
【FI】
C25B11/085
B01J31/22 Z
B01J31/24 Z
C01C1/04 E
C25B1/27
C25B9/00 Z
C25B9/23
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021544059
(86)(22)【出願日】2020-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2020033649
(87)【国際公開番号】W WO2021045206
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2023-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2019162176
(32)【優先日】2019-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「分子触媒を用いたアンモニア合成に関する研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西林 仁昭
(72)【発明者】
【氏名】荒芝 和也
(72)【発明者】
【氏名】芦田 裕也
(72)【発明者】
【氏名】近藤 章一
(72)【発明者】
【氏名】菊池 隆正
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-209684(JP,A)
【文献】国際公開第2015/037445(WO,A1)
【文献】特開2017-206773(JP,A)
【文献】特開2010-195703(JP,A)
【文献】特開2013-159568(JP,A)
【文献】ASHIDA Yuya et al.,Molybdenum-Catalyzed Ammonia Formation Using Simple Monodentate and Bidentate Phosphines as Auxiliar,Inorganic Chemistry,米国,2019年06月25日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B9/00-11/097
C25B1/27
C01C1/04
B01J31/22-31/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
錯体及びプロトン源の存在下、電源から供給される電子により窒素分子からアンモニアを製造する方法であって、
前記錯体は、
(A)PNP配位子として2,6-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ピリジン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ピリジン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(B)PCP配位子として1,3-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ベンゾイミダゾール-2-イリデン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ベンゼン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(C)PPP配位子としてビス(ジアルキルホスフィノエチル)アリールホスフィン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよい)を有するモリブデン錯体、又は、(D)trans-Mo(N22(R567P)4(但し、R5及びR6は同じでも異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、2つのR7は互いに繋がってアルキレン鎖を形成していてもよい)で表されるモリブデン錯体であり、
前記プロトン源は、電解質膜、カソード槽に用いる溶液、又は電解質膜及びカソード槽に用いる溶液の双方を用いる、
アンモニアの製造方法。
【請求項2】
前記(A)のモリブデン錯体は、下記式(A1),(A2)又は(A3)
【化1】
(式中、R1及びR2は同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、Xはヨウ素原子、臭素原子又は塩素原子であり、ピリジン環上の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子で置換されていてもよい)で表されるモリブデン錯体である、
請求項1に記載のアンモニアの製造方法。
【請求項3】
前記(B)のモリブデン錯体は、下記式(B1)又は(B2)
【化2】
(式中、R1及びR2は同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、Xはヨウ素原子、臭素原子又は塩素原子であり、ベンゼン環上の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子で置換されていてもよく、R3及びR4の少なくとも一方はトリフルオロメチル基で置換されている)で表されるモリブデン錯体である、
請求項1に記載のアンモニアの製造方法。
【請求項4】
前記(C)のモリブデン錯体は、式(C1)
【化3】
(式中、R1及びR2は同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、R5はアリール基であり、Xはヨウ素原子、臭素原子又は塩素原子である)で表されるモリブデン錯体である、
請求項1に記載のアンモニアの製造方法。
【請求項5】
前記(D)のモリブデン錯体は、式(D1)又は(D2)
【化4】
(式中、R5及びR6は同じであっても異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、nは2又は3である)で表されるモリブデン錯体である、
請求項1に記載のアンモニアの製造方法。
【請求項6】
前記窒素分子として、常圧の窒素ガスを用いる、
請求項1~5のいずれか1項に記載のアンモニアの製造方法。
【請求項7】
イオン交換膜をカソード及びアノードで挟持した構造の膜電極接合体、前記膜電極接合体を挟み込む一対の集電体、前記アノードに接する集電体側に配置されたアノード槽、前記カソードに接する集電体側に配置されたカソード槽、及び前記カソード槽に窒素ガスを供給する窒素ガス供給部を備えた装置本体と、
前記装置本体の外側で前記一対の集電体に接続された電源装置と、
を備え、
前記カソードは、触媒として、
(A)PNP配位子として2,6-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ピリジン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ピリジン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(B)PCP配位子として1,3-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ベンゾイミダゾール-2-イリデン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ベンゼン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(C)PPP配位子としてビス(ジアルキルホスフィノエチル)アリールホスフィン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよい)を有するモリブデン錯体、又は、(D)trans-Mo(N22(R567P)4(但し、R5及びR6は同じでも異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、2つのR7は互いに繋がってアルキレン鎖を形成していてもよい)で表されるモリブデン錯体を含み、
前記アノードは、水からプロトンを生成する触媒を含む、
アンモニア製造装置。
【請求項8】
前記アノード槽に用いる溶液は、水又は硫酸水溶液(H2SO4を含む水)であり、前記カソード槽に用いる溶液は、水、硫酸水溶液(H2SO4を含む水)又はイオン液体である、
請求項7に記載のアンモニア製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンモニアの製造方法及び製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
窒素分子からアンモニアを製造する方法において、触媒にモリブデン錯体を用いた場合、還元剤としてヨウ化サマリウム(II)を、プロトン源としてアルコール類又は水を用いた報告例がある(非特許文献1)。ポリスチレン樹脂に担持されたモリブデン錯体を用いて、アンモニアを生成したことが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Nature 2019年, 568(7753)巻, 536-540ページ
【文献】Chem. Lett. 2019年, 48巻, 693-695ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
窒素分子からアンモニアを製造する方法において、触媒にモリブデン錯体を用いた場合、電子を反応系に供給の観点から、非特許文献1では還元剤としてヨウ化サマリウム(II)を使用する必要があり、非特許文献2では還元剤としてデカメチルコバルトセンを使用する必要があり、実用化の観点から、これら還元剤の回収とリサイクルが容易でないことが課題であった。
【0005】
本発明は、上述した課題を解決するためになされたものであり、還元剤を使用することを回避して、電気化学的にアンモニアを製造する方法を主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために本発明者らは、窒素分子からアンモニアの製造に必要な電子及びプロトンを、モリブデン錯体に速やかに供給できるように、モリブデン錯体を電極近傍に配置したアンモニア製造装置を製作して、還元剤であるヨウ化サマリウム(II)又はデカメチルコバルトセン等を使用することなく、電源から供給される電子により、アンモニアを製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。窒素分子からアンモニアを製造する方法において、触媒にモリブデン錯体を用いて、還元剤を使用することなく電源から供給される電子により、アンモニアを製造した報告例はない。
【0007】
即ち、本発明のアンモニアの製造方法は、錯体及びプロトン源の存在下、電源から供給される電子により窒素分子からアンモニアを製造する方法であって、
前記錯体は、
(A)PNP配位子として2,6-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ピリジン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ピリジン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(B)PCP配位子として1,3-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ベンゾイミダゾール-2-イリデン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ベンゼン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(C)PPP配位子としてビス(ジアルキルホスフィノエチル)アリールホスフィン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよい)を有するモリブデン錯体、又は、
(D)trans-Mo(N22(R567P)4(但し、R5及びR6は同じでも異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、2つのR7は互いに繋がってアルキレン鎖を形成していてもよい)で表されるモリブデン錯体であり、
前記プロトン源は、電解質膜、カソード槽に用いる溶液、又は電解質膜及びカソード槽に用いる溶液の双方を用いる、
アンモニアの製造方法である。
【0008】
本発明のアンモニア製造装置は、
イオン交換膜をカソード及びアノードで挟持した構造の膜電極接合体、前記膜電極接合体を挟み込む一対の集電体、前記アノードに接する集電体側に配置されたアノード槽、前記カソードに接する集電体側に配置されたカソード槽、及び前記カソード槽に窒素ガスを供給する窒素ガス供給部を備えた装置本体と、
前記装置本体の外側で前記一対の集電体に接続された電源装置と、
を備え、
前記カソードは、触媒として、
(A)PNP配位子として2,6-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ピリジン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ピリジン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(B)PCP配位子として1,3-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ベンゾイミダゾール-2-イリデン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ベンゼン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、
(C)PPP配位子としてビス(ジアルキルホスフィノエチル)アリールホスフィン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよい)を有するモリブデン錯体、又は、(D)trans-Mo(N22(R567P)4(但し、R5及びR6は同じでも異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、2つのR7は互いに繋がってアルキレン鎖を形成していてもよい)で表されるモリブデン錯体を含み、
前記アノードは、水からプロトンを生成する触媒を含む、
ものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアンモニアの製造方法によれば、モリブデン錯体及びイオン交換膜の存在下、還元剤を使用することなく電源から供給される電子により窒素分子からアンモニアを簡便に製造することができる。また、本発明のアンモニア製造装置では、アノード槽の水からアノードに含まれる触媒の作用によりプロトンが生成する。そのプロトンは、アノード及びイオン交換膜を通ってカソードへ移動する。カソード槽では、移動してきたプロトンと、カソード槽に供給される窒素ガスと、電源装置からカソードへ供給される電子とが、カソードに含まれるモリブデン錯体の作用により反応してアンモニアが生成する。本発明のアンモニア製造装置は、本発明のアンモニアの製造方法を実施するのに適している。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】アンモニア製造装置10の断面図。
図2】カソード槽27及びその周辺装置の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のアンモニアの製造方法及び製造装置の好適な実施形態を以下に示す。
【0012】
本実施形態のアンモニアの製造方法は、錯体及びプロトン源の存在下、電源から供給される電子により窒素分子からアンモニアを製造する方法である。この方法では、触媒として、(A)PNP配位子として2,6-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ピリジン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ピリジン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、(B)PCP配位子として1,3-ビス(ジアルキルホスフィノメチル)ベンゾイミダゾール-2-イリデン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよく、ベンゼン環の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子に置換されていてもよい)を有するモリブデン錯体、(C)PPP配位子としてビス(ジアルキルホスフィノエチル)アリールホスフィン(但し、2つのアルキル基は同じでも異なっていてもよい)を有するモリブデン錯体、又は、(D)trans-Mo(N22(R567P)4(但し、R5及びR6は同じでも異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、2つのR7は互いに繋がってアルキレン鎖を形成していてもよい)で表されるモリブデン錯体を用いる。
【0013】
(A)のモリブデン錯体において、アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基及びそれらの構造異性体などの直鎖状又は分岐状のアルキル基であってもよいし、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などの環状のアルキル基であってもよい。アルキル基は、炭素数1~12であることが好ましく、炭素数1~6であることがより好ましい。アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペントキシ基、ヘキシルオキシ基、ベンジルオキシ基及びそれらの構造異性体などの直鎖状又は分岐状のアルコキシ基であってもよいし、シクロプロポキシ基、シクロブトキシ基、シクロペントキシ基、シクロヘキシルオキシ基などの環状のアルコキシ基であってもよい。アルコキシ基は、炭素数1~12であることが好ましい。アルコキシ基がベンジルオキシ基の場合、ベンジルオキシ基はベンゼン環上の少なくとも1つの水素原子が樹脂で置換されていてもよい。ハロゲン原子としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などが挙げられる。
【0014】
(A)のモリブデン錯体としては、例えば式(A1),(A2)又は(A3)
【化1】
(式中、R1及びR2は同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、Xはヨウ素原子、臭素原子又は塩素原子であり、ピリジン環上の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子で置換されていてもよい)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。アルキル基、アルコキシ基及びハロゲン原子としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。R1及びR2としては、嵩高いアルキル基(例えばtert-ブチル基やイソプロピル基)が好ましい。ピリジン環上の水素原子は、置換されていないか、4位の水素原子が鎖状、環状又は分岐状の炭素数1~12のアルキル基、アルコキシ基で置換されていることが好ましい。より好ましいアルコキシ基としては、ベンゼン環上の少なくとも1つの水素原子が樹脂で置換されたベンジルオキシ基が挙げられ、その樹脂しては、クロロメチル樹脂(例えば、ポリマー結合型5-[4-(クロロメチル)フェニル]ペンチル]スチレン、ポリマー結合型4-(ベンジルオキシ)ベンジルクロリド、ポリマー結合型4-メトキシベンズヒドリルクロリド)、(クロロメチル)ポリスチレン、メリフィールド樹脂、JandaJel-Cl(商標)等が挙げられる。このうち、(クロロメチル)ポリスチレン、メリフィールド樹脂及びJandaJel-Cl(商標)が好ましい。
【0015】
(B)のモリブデン錯体は、下記式(B1)又は(B2)
【化2】
(式中、R1及びR2は同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、Xはヨウ素原子、臭素原子又は塩素原子であり、ベンゼン環上の少なくとも1つの水素原子はアルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子で置換されていてもよい)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。アルキル基、アルコキシ基及びハロゲン原子としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。R1及びR2としては、嵩高いアルキル基(例えばtert-ブチル基やイソプロピル基)が好ましい。ベンゼン環上の水素原子は、置換されていないか、5および6位の水素原子が鎖状、環状又は分岐状の炭素数1~12のアルキル基で置換されていることが好ましい。R3及びR4は、少なくとも一方がトリフルオロメチル基で置換されていることが好ましく、両方ともトリフルオロメチル基で置換されていることがより好ましい。
【0016】
(C)のモリブデン錯体としては、例えば式(C1)
【化3】
(式中、R1及びR2は同じであっても異なっていてもよいアルキル基であり、R5はアリール基であり、Xはヨウ素原子、臭素原子又は塩素原子である)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。アルキル基としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。アリール基としては、例えば、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基及びそれらの環上の水素原子の少なくとも1つの原子がアルキル基又はハロゲン原子で置換されたものなどが挙げられる。アルキル基やハロゲン原子としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。R1及びR2としては、嵩高いアルキル基(例えばtert-ブチル基やイソプロピル基)が好ましい。R5としては、例えばフェニル基が好ましい。
【0017】
(D)のモリブデン錯体としては、式(D1)又は(D2)
【化4】
(式中、R5及びR6は同じであっても異なっていてもよいアリール基であり、R7はアルキル基であり、nは2又は3である)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。アルキル基及びアリール基としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。式(D1)では、R5及びR6がアリール基(例えばフェニル基)でR7が炭素数1~4のアルキル基(例えばメチル基)であることが好ましい。式(D2)では、R5及びR6がアリール基(例えばフェニル基)でnが2であることが好ましい。
【0018】
本実施形態のアンモニアの製造方法において、プロトン源として用いるイオン交換膜は、プロトン伝導性の高分子電解質膜が好ましい。こうした高分子電解質膜としては、例えばアストム社のネオセプタ(登録商標)、AGC社のセレミオン(登録商標)、旭化成社のAciplex(登録商標)、Fumatech社のFumasep(登録商標)、Fumatech社のfumapem(登録商標)、デュポン社のナフィオン(登録商標)、ソルヴェイ社のアクイヴィオン(登録商標)、AGC社のフレミオン(登録商標)、ゴアテックス社のゴアテックス(登録商標)等が挙げられる。イオン交換膜22としては、旭化成社のAciplex(登録商標)、デュポン社のナフィオン(登録商標)、ソルヴェイ社のアクイヴィオン(登録商標)及びAGC社のフレミオン(登録商標)が好ましく、ナフィオン(登録商標)がより好ましい。
【0019】
本実施形態のアンモニアの製造方法において、窒素分子として、窒素ガスを用いることが好ましい。窒素ガスは、窒素ボンベ、レギュレータ及びマスフローコントローラを使用して、流量を制御した形で用いることがより好ましい。
【0020】
本実施形態のアンモニアの製造方法において、反応温度は、常温(0~40℃)にすることが好ましい。反応雰囲気は、加圧雰囲気にする必要はなく、常圧雰囲気でよい。反応時間は、特に限定するものではないが、通常は数分~数10時間の範囲で設定すればよい。
【0021】
次に、本実施形態のアンモニアの製造方法を実施するアンモニア製造装置について、以下に説明する。ここでは、一例としてアンモニア製造装置10を示す。図1はアンモニア製造装置10の断面図、図2はカソード槽27及びその周辺装置の説明図である。
【0022】
アンモニア製造装置10は、装置本体20と、電源装置30とを備えている。装置本体20は、膜電極接合体21と、一対の集電体25,25と、アノード槽26と、カソード槽27とを備えている。電源装置30は、装置本体20の外側に配置され、装置本体20内のアノード23及びカソード24に接続されている。
【0023】
膜電極接合体21は、イオン交換膜22の両面をアノード23及びカソード24で挟み込んだ構造のものである。本実施形態において、アノード23とは、電源装置30から電流が流れ込む電極のことをいい、カソード24とは、電源装置30へ電流が流れ出る電極のことをいう。電気化学的には、アノード23は酸化反応が起こる電極であり、カソード24は還元反応が起こる電極であり、アンモニアの製造は、カソード24側のカソード槽27にて実施される。
【0024】
イオン交換膜22は、アンモニアを製造する際にプロトン源として用いられる部材であり、プロトン伝導性の高分子電解質膜が好ましい。こうした高分子電解質膜の具体例は、既に示したとおりである。
【0025】
アノード23は、図示しないが、ガス拡散層と触媒層とを備えたものである。ガス拡散層は、アノード23の集電体25側に配置されている。
【0026】
本実施形態中のガス拡散層は、例えば、カーボンペーパー、カーボンクロス、又はカーボンフェルト等が挙げられる。カーボンペーパーとしては、例えば、東レ社のTGP-H-060、TGP-H-090、TGP-H-120、TGP-H-060H、TGP-H-090H、TGP-H-120H、エレクトロケム社のEC-TP1-030T、EC-TP1-060T、EC-TP1-090T、EC-TP1-120T、SIGRACET社の22BB、28BC、36BB、39BB等が挙げられる。カーボンクロスとしては、例えば、エレクロトケム社のEC-CC1-060、EC-CC1-060T、EC-CCC-060、東レ社のトレカ(登録商標)クロスが挙げられ、CO6142、CO6151B、CO6343、CO6343B、CO6347B、CO6644B、CO1302、CO1303、CO5642、CO7354、CO7359B、CK6244C、CK6273C、CK6261C等が挙げられる。カーボンフェルトとしては、例えば、フロイデンベルグ社のH1410、H2415等が挙げられる。
【0027】
本実施形態のアノード23におけるガス拡散層は、カーボンペーパーが好ましく、TGP-H-060、TGP-H-090、TGP-H-060H、TGP-H-090H、EC-TP1-060T、EC-TP1-090Tがより好ましい。
【0028】
アノード23における触媒層は、触媒を含む層であり、アノード23のイオン交換膜22側に配置されている。触媒としては、水からプロトンを生成する反応を促進するものであれば特に制限なく公知の触媒を使用することができる。触媒としては、例えば、酸化イリジウム(IV)粉末触媒、白金、金、銀、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、タングステン、鉛、鉄、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウム等の金属およびこれらの合金などが挙げられる。このうち、触媒としては、酸化イリジウム(IV)粉末触媒、白金が好ましい。触媒層は、触媒の他に、触媒担体と電解質とを備えている。
【0029】
触媒担体は、触媒を担持するものであり、例えば、チャンネルブラック、ファーネスブラック、サーマルブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック、種々の炭素原子を含む材料を炭化し賦活処理した活性炭、コークス、天然黒鉛、人造黒鉛、グラファイト化カーボンなどの炭素質材料、ニッケル又はチタン等の金属メッシュ、金属発泡体等が挙げられる。このうち、触媒担体としては、比表面積が高く電子伝導性に優れている点で、カーボンブラック、ケッチェンブラック、ニッケル金属メッシュ、チタン金属メッシュ及び金属発泡体が好ましく、さらに耐久性に優れることから、チタンの金属メッシュ及び金属発泡体がより好ましい。
【0030】
電解質は、触媒層におけるプロトン伝導を担うものであり、例えば、デュポン社のナフィオン(登録商標)、ソルヴェイ社のアクイヴィオン(登録商標)、AGC社のフレミオン(登録商標)、旭化成社のアシプレックス(登録商標)等のフッ素系スルホン酸ポリマー、炭化水素系スルホン酸ポリマー、部分フッ素系導入型炭化水素系スルホン酸ポリマー等が挙げられる。電解質としては、ナフィオン、アクイヴィオン、フレミオン、アシプレックスが好ましい。これらの電解質を混合して用いてよく、高電流領域での電圧特性の観点から、ナフィオン等のパーフルオロ酸系高分子を含むことが好ましい。
【0031】
カソード24は、図示しないが、ガス拡散層と触媒層とを備えたものである。ガス拡散層は、カソード24の集電体25側に配置されている。こうしたガス拡散層の具体例は、既に示したとおりである。
【0032】
本実施形態のカソード24におけるガス拡散層は、カーボンペーパーが好ましく、TGP-H-060、TGP-H-090、TGP-H-060H、TGP-H-090H、EC-TP1-060T、EC-TP1-090Tがより好ましく、TGP-H-060H、TGP-H-090H、EC-TP1-060T、EC-TP1-090Tがさらにより好ましい。
【0033】
カソード24における触媒層は、触媒を含む層であり、カソード24のイオン交換膜22側に配置されている。触媒としては、窒素とプロトンと電子からアンモニアを生成する反応を促進するもの、具体的には上述した(A)~(D)のいずれかのモリブデン錯体が挙げられる。(A)のモリブデン錯体としては、上述した(A1),(A2)又は(A3)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。(B)のモリブデン錯体としては、上述した(B1)又は(B2)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。(C)のモリブデン錯体としては、上述した(C1)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。(D)のモリブデン錯体としては、上述した(D1)又は(D2)で表されるモリブデン錯体が挙げられる。触媒層は、触媒の他に、触媒担体と電解質とを備えている。触媒担体及び電解質としては、アノード23と同じものを用いることができる。
【0034】
アノード槽26は、アノード23側に配置された槽であり、カソード槽27は、カソード24側に配置された槽である。
【0035】
本実施形態中の槽に用いる溶液としては、例えば水、イオン液体、メタノール、イソプロピルアルコール、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N-メチルピロリドン、ジエチルアミン、ヘキサメチルホスホン酸トリアミド、酢酸、アセトニトリル、塩化メチレン、トリフルオロエタノール、ニトロメタン、スルホラン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン、プロピレンカーボナート等が挙げられる。このうち、水、イオン液体、テトラヒドロフラン、及びジメトキシエタンが好ましい。
【0036】
具体的には、本実施形態中の槽に用いる溶液としての水には、支持電解質を添加してもよい。支持電解質としては、水中で解離してイオンを形成する化合物であれば特に限定されない。支持電解質としては、HCl、HNO3、H2SO4、HClO4、NaCl、Na2SO4、NaClO4、KCl、K2SO4、KClO4、NaOH、LiOH、KOH、アルキルアンモニウム塩、アルキルイミダゾリウム塩、アルキルピペリジニウム塩、アルキルピロリジニウム塩等が挙げられる。これらの支持電解質は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。このうち、本実施形態中の槽に用いる溶液としては、水、精製水、及び硫酸水溶液(H2SO4を含む水)が好ましい。
【0037】
本実施形態中の槽に用いる溶液としてのイオン液体としては、例えば、ジエチル-メチル-(2-メトキシエチル)アンモニウム-ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、ジエチル-メチル-(2-メトキシエチル)アンモニウム-テトラフルオロボレート、N-メチル-N-プロピルピペリジニウム-ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、トリメチル-プロピルアンモニウム-ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、メチル-プロピルピロリジウム-ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、ブチル-メチルピロリジウム-ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、ブチルピリジニウム-テトラフルオロボレート、ブチルピリジニウム-トリフルオロメタンスルホナート、1-エチルピリジニウムヘキサフルオロボレート、1-メチル-1-プロピルピペリジニウムヘキサフルオロホスフェート、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイト、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイト、又はそれらの組み合わせが挙げられる。これらのイオン液体は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。このうち、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、及び1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイトが好ましい。
【0038】
イオン液体に、硫酸、トリフルオロメタンスルホン酸等の酸を添加して用いる事も可能であり、酸を添加して用いるイオン液体として好ましいものは、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、1-ブチル-1-メチルピペリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、及び1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイトである。
【0039】
本実施形態中の槽に用いる溶液中に含まれる電解質としては、溶液中に溶解してイオン伝導性を示す物質であればよく、例えば、プロトン、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、イミダゾリウムイオン、ピリジニウムイオン、4級アンモニウムイオン、ホスホニウムイオン、ピロリジニウムイオン、ホスホニウムイオン等の単独、若しくは複数を組み合わせたカチオンが挙げられ、一方、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、テトラフルオロボレート、トリフルオロ(トリフルオロメチル)ボレート、ジメチルホスファートイオン、ジエチルホスファートイオン、ヘキサフルオロホスファート、トリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロホスファート、トリフルオロアセテート、メチルスルファート、トリフルオロメタンスルホナート、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、過塩素酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン等の単独、若しくは複数を組み合わせたアニオンが挙げられる。前記電解質は1種を単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0040】
前記電解質におけるイミダゾリウムイオンとしては、例えば、1-アリル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムイオン、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムイオン、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1,3-ジメチルイミダゾリウムイオン、2,3-ジメチル-1-プロピルイミダゾリウムイオン、1-デシル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1,3-ジメチルイミダゾリウムイオン、1-デシル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-エチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムイオン、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムイオン、3-エチル-1-ビニルイミダゾリウムイオン、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-(2-ヒドロキシエチル)-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-(2-ヒドロキシエチル)-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムイオン、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムイオン、1-メチル-3-n-オクチルイミダゾリウムイオン、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムイオン、1-メチル-3-ペンチルイミダゾリウムイオン、1-メチル-3-n-オクチルイミダゾリウムイオン、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムイオン等が挙げられる。
【0041】
前記電解質におけるピリジニウムイオンとしては、1-ブチルピリジニウムイオン、1-ブチル-4-メチルピリジニウムイオン、1-エチル-3-メチルピリジニウムイオン、1-エチル-3-(ヒドロキシメチル)ピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0042】
前記電解質における4級アンモニウムイオンとしては、例えば、トリエチルペンチルアンモニウムイオン、ジエチル(メチル)プロピルアンモニウムイオン、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムイオン、トリメチルプロピルアンモニウムイオン、シクロヘキシルトリメチルアンモニウムイオン、ジエチル(2-メトキシエチル)-メチルアンモニウムイオン、エチル(2-メトキシエチル)-ジメチルアンモニウムイオン、エチル(3-メトキシプロピル)ジメチル-アンモニウムイオン、エチル(ジメチル)(2-フェニルエチル)-アンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、トリエチルペンチルアンモニウムイオン、テトラ-n-ブチルアンモニウムイオン、ジエチル(メチル)プロピルアンモニウムイオン、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムイオン、トリメチルプロピルアンモニウムイオン、シクロヘキシルトリメチルアンモニウムイオン、ジエチル(2-メトキシエチル)-メチルアンモニウムイオン、エチル(2-メトキシエチル)-ジメチルアンモニウムイオン、エチル(3-メトキシプロピル)ジメチル-アンモニウムイオン、エチル(ジメチル)(2-フェニルエチル)-アンモニウムイオン等が挙げられる。
【0043】
前記電解質におけるホスホニウムイオンとしては、例えば、トリブチルメチルホスホニウムイオン、トリブチルエチルホスホニウムイオン等が挙げられる。
【0044】
前記電解質におけるピロリジニウムイオンとしては、例えば、1-アリル-1-メチルピロリジニウムイオン、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムイオン、1-メチル-1-プロピルピロリジニウムイオン、1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウムイオン等が挙げられる。
【0045】
アノード槽26に用いる溶液は、水、精製水及び硫酸水溶液(H2SO4を含む水)が好ましく、カソード槽27に用いる溶液は、イオン液体、水及び硫酸水溶液(H2SO4を含む水)が好ましく、このうち、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイト、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、硫酸水溶液(H2SO4を含む水)がより好ましい。
【0046】
アノード槽26では、槽に用いる溶液及び電解質が非水系の場合は水を添加して、本実施形態を行うこともでき、アノード槽26にて使用される水が、アノード23の触媒の作用により、酸素、プロトン及び電子になる(2H2O→O2+4e-+4H+)。プロトンはイオン交換膜22を通ってカソード24に移動し、電子はカソード24側の集電体25を通って電源装置30へ移動する。発生した酸素は、アノード槽26の溶液に一部溶解しつつも大気へ解放できるし、アノード槽26の溶液に窒素ガスをバブリングして強制的に酸素を追い出すこともできる。
【0047】
カソード槽27には、窒素ガスが供給される。窒素ガスの供給は、図2に示すように、窒素ボンベ31から、レギュレータ32及びマスフローコントローラ33により制御した流量の窒素ガスを、ガス配管34を通じてカソード槽27内の溶液にバブリングして供給する。カソード24では、上述したモリブデン錯体により、カソード槽27に供給される窒素ガスと、アノード23からイオン交換膜22を通って移動してきたプロトン又は、カソード槽27に用いる溶液由来のプロトンと、電源装置30から供給される電子とが反応して、アンモニアが生成する(N2+6e-+6H+→2NH3)。カソード24で生成したアンモニア、副生した水素及び未反応の窒素で構成される混合ガスは、カソード槽27からガス配管35を通じてアンモニア捕集用の希硫酸水溶液槽36に送り込まれる。アンモニアの捕集については、この希硫酸水溶液槽36を混合ガスが通過する際に、アンモニアは希硫酸水溶液にて捕集される場合、カソード槽27にて使用した溶液にて捕集される場合、又は前記の両方の場合がある。副生した水素及び窒素はドラフト装置37を通じて安全に外部へ排出される。ガス配管34,35とカソード槽27との接続部分には、パテやシール剤を使用してガス漏れを防止する。
【0048】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例
【0049】
以下に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0050】
[実験例1]
1.アンモニア製造装置10の作製
まず、アノード23を以下のようにして作製した。アノード23に用いる触媒インクは、白金担持カーボン(田中貴金属工業社製、白金含有量:46.5重量%、品名「TEC10E50E」)、脱イオン水、エタノール(富士フイルム和光純薬社製)、および電解質としてのナフィオン分散溶液(富士フイルム和光純薬社製、品名「5% Nafion Dispersion Solution DE521 CS type」)を用いて調製した。ガラス製のバイアル瓶に、白金担持カーボン、脱イオン水、エタノール及びナフィオン分散溶液を、この順序で加えて、得られた分散溶液を、マイクロテック・ニチオン社製の超音波ホモジナイザーSmurt NR-50Mを用いて超音波を出力40%に設定して30分間照射することで、触媒インクを調製した。次に、この触媒インクを、80℃にしたホップレートに固定したカーボンペーパー(東レ社製、品名「TGP-H-090H」、2.9cm×2.9cmの正方形)に塗布した。塗布量は、塗布した面1cm2あたりの白金量が2.4mgとなるようにした。このようにして、白金触媒(20mg)が含まれるアノード23を作製した。
【0051】
上述の触媒インク中のプロトン伝導イオノマーであるナフィオン(以下、イオノマーと略す)の割合について説明する。触媒インクの調製では、下記式から算出されるイオノマーの割合(重量%)を28重量%となるようにした。
イオノマーの割合(重量%)
=[イオノマーの固形分(重量)/〔{白金担持カーボン(重量)+イオノマーの固形分(重量)}]×100
具体的には、イオノマーがナフィオンである場合、白金担持カーボンの量を100.0mg、ナフィオン分散溶液の量を837μL、脱イオン水の量を0.6mL、エタノールの量を5mLと設定した。ナフィオン分散溶液(837μL)中のナフィオン固形分は38.9mgであった。
【0052】
次に、カソード24を以下のようにして作製した。カソード24の作製の前に、まず、ケッチェンブラックとナフィオンとの組成物(以下、組成物1という)を以下のようにして作製した。ケッチェンブラック(535mg、ライオン社製、品名「EC600JD」)およびナフィオン分散溶液(8.37mL、富士フイルム和光純薬社製、品名「5% Nafion Dispersion Solution DE521 CS type」)をスクリュー管にて混合し、得られた分散溶液を、マイクロテック・ニチオン社製の超音波ホモジナイザーSmurt NR-50Mを用いて超音波を出力40%に設定して30分間照射した後、ナフィオン分散溶液のエタノールを、エバポレーターを用いて溶媒留去することで、ケッチェンブラックとナフィオンとの組成物1を919mg(99%収率)、黒色粉末状で得た。
【0053】
カソードに用いる触媒インクは、メリフィールド樹脂に担持された下記式で表されるモリブデン錯体(1)(9.1mgのうち、ICP発光分光分析法により、モリブデンあたりのモル数は6.6μmol)と組成物1(51.8mg)とを乳鉢で擦りつぶし、樹脂に担持されたモリブデン錯体、ケッチェンブラック及びナフィオンとの混合物とした後、その混合物とイオン液体(1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、300μL)との分散液をカーボンペーパー(東レ社製、品名「TGP-H-090H」、2.9cm×2.9cmの正方形)に塗布した。このようにして、カソード24を作製した。モリブデン錯体(1)は、非特許文献のChem.Lett.2019年,48巻,693-695ページに記載の方法で合成することができる。
【化5】
【0054】
次に、膜電極接合体21を以下のようにして作製した。イオン交換膜22として、デュポン社のナフィオン212膜(登録商標)(膜厚50μm、5cm×4cmの正方形)を用意した。イオン交換膜22の一方の面にアノード23を配置し、もう一方の面にカソード24を配置して、膜電極接合体21を得た。アノード23及びカソード24は、いずれも触媒塗布面がイオン交換膜22と接するように配置した。
【0055】
得られた膜電極接合体21の両面に、ステンレス鋼製で、25個の直径2.5mmの円状の穴をあけた集電体25,25を取り付けた。続いて、アノード側の集電体25にテフロン(登録商標)製ガスケットを介してアノード槽26を取り付け、カソード側の集電体25にテフロン製ガスケットを介してカソード槽27を取り付けた。また、両集電体25,25に電源装置30を接続した。以上のようにして、アンモニア製造装置10を組み上げた。
【0056】
2.アンモニアの製造
以上のようにして組み上げたアンモニア製造装置10を用いて以下の条件でアンモニアを製造した。
装置本体20の温度:25~28℃(室温)
電源装置30:Princeton Applied Research社製のVersaSTAT 4を使用して電圧と電流の測定も行った。
アノード槽26:精製水(8mL)
カソード槽27:1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(8mL)
測定条件:-2.3Vで50分間の定電位測定を行った。
【0057】
アンモニアの定量には、Thermo社製のThermo Scientific Dionex イオンクロマトグラフィー(IC)システム、Dionex Integrionを使用した。アンモニア捕集用の希硫酸水溶液槽の水及びカソード槽のイオン液体のアンモニア量を定量した。装置のカラム及びサプレッサーの負担を解消するため、イオン液体中のアンモニアについては、一旦、精製水にてアンモニアを水層に抽出して分析した。
【0058】
その結果を表1に示す。実験例1では、アンモニア生成量は0.703μmol、使用電気量は64.6C、変換効率は0.32%であった。錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は106.5nmolであった。
【0059】
[実験例2]
カソード24に添加する触媒をモリブデン錯体からチタノセンジクロリドに変更した以外は、上述した実験例1と同様にしてアンモニア製造装置10を作製した。具体的には、カソード24を以下のようにして作製した。すなわち、チタノセンジクロリド(46.5mg)と上述した組成物1(92.4mg)とを乳鉢で擦りつぶし、錯体、ケッチェンブラック及びナフィオンとの混合物とした後、その混合物(39mg)とイオン液体(1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、300μL)との分散液をカーボンペーパーに塗布し、カソード24を得た。
【0060】
このアンモニア製造装置10を用いて実験例1と同様にしてアンモニアの製造を試みた。その結果を表1に示す。実験例2では、アンモニア生成量は0.523μmol、使用電気量は81.3C、変換効率は0.19%であった。錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は9.9nmolであった。
【0061】
[実験例3]
カソード24に触媒を添加せずに作製した以外は、上述した実験例1と同様にしてアンモニア製造装置10を作製した。このアンモニア製造装置10を用いて実験例1と同様にしてアンモニアの製造を試みた。その結果を表1に示す。実験例3では、アンモニア生成量は0.121μmolであり、アンモニア製造装置10の部材由来のアンモニアを確認した。
【0062】
[考察]
カソードの触媒としてモリブデン錯体を使用した実験例1では、カソードの触媒としてチタノセンジクロリドを使用した実験例2よりも10倍以上の多くのアンモニアが生成することが分かった。また、カソードに触媒を添加しなかった実験例3では、アンモニアは実質的には生成しなかった。なお、実験例1が本発明の実施例に相当し、実験例2,3が比較例に相当する。
【表1】
【0063】
[実験例4]
カソード24に添加する触媒をモリブデン錯体(2)
【化6】
に変更し、カソード槽及び触媒層で使用するイオン液体を1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイトに変更した以外は、上述した実験例1と同様にしてアンモニア製造装置10を作製した。具体的には、カソード24を以下のようにして作製した。すなわち、モリブデン錯体(2)(6.0mg,6.6μmol)と上述した組成物1(51.8mg)とを乳鉢で擦りつぶし、錯体、ケッチェンブラック及びナフィオンとの混合物とした後、その混合物とイオン液体(1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロフォスフェイト、300μL)との分散液をカーボンペーパーに塗布し、カソード24を得た。
【0064】
このアンモニア製造装置10を用いて実験例1と同様にしてアンモニアの製造を試みた。その結果を表2に示す。実験例4では、アンモニア生成量は0.540μmol、使用電気量は103.6C、変換効率は0.15%であった。錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は81.8nmolであった。
【0065】
[実験例5]
カソード24に添加する触媒をモリブデン錯体(3)
【化7】
に変更した以外は、上述した実験例4と同様にしてアンモニア製造装置10を作製した。具体的には、モリブデン錯体(3)(5.8mg,6.6μmol)と上述した組成物1(51.8mg)とを使用した。
【0066】
このアンモニア製造装置10を用いて実験例1と同様にしてアンモニアの製造を試みた。その結果を表2に示す。実験例5では、アンモニア生成量は1.003μmol、使用電気量は114.1C、変換効率は0.25%であった。錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は152.0nmolであった。なお、実験例4,5は本発明の実施例に相当する。
【表2】
【0067】
[実験例6]
1.アンモニア製造装置10の作製
アノード23を以下のようにして作製した。カーボンペーパー(東レ社製、品名「TGP-H-090H」、2.7cm×2.7cmの正方形)のサイズ及び塗布量を変更した以外は、実験例1のアノード23と同様にして実験例6のアノード23を作製した。塗布量は、塗布した面1cm2あたりの白金量が1.0mgになるようにした。具体的には、アノード23は、白金触媒(7.3mg)が片面に塗られたカーボンペーパーである。
【0068】
次に、カソード24を以下のようにして作製した。初めに前出のモリブデン錯体(3)(5.8mg)を、1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(1.0mL)に溶かした触媒インクを調製した。次に、前記の触媒インク(50μL)を、カーボンペーパー(東レ社製、品名「TGP-H-090H」、2.7cm×2.7cmの正方形)に塗布して、実験例6のカソード24を作製した。具体的には、カソード24は、式(3)で表されるモリブデン錯体(0.29mg,0.33μmol)及びイオン液体である1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(50μL)が片面に塗られたカーボンペーパーである。
【0069】
次に、膜電極接合体21を以下のようにして作製した。イオン交換膜22として、デュポン社のナフィオン212膜(膜厚50μm、5cm×4cmの正方形)を用意した。イオン交換膜22の一方の面に先ほど作製したアノード23を配置し、もう一方の面に先ほど作製したカソード24を配置した後、上下盤温度132℃、荷重5.4kN、圧着時間240秒の条件で熱圧着して、実験例6の膜電極接合体21を得た。アノード23及びカソード24は、いずれも触媒塗布面がイオン交換膜22と接するように配置した。
【0070】
得られた膜電極接合体21の両面に、ステンレス鋼製で、25個の直径2.5mmの円状の穴をあけた集電体25,25を取り付けた。続いて、アノード側の集電体25にテフロン製ガスケットを介してアノード槽26を取り付け、カソード側の集電体25にテフロン製ガスケットを介してカソード槽27を取り付けた。また、両集電体25,25に電源装置30を接続した。以上のようにして、実験例6のアンモニア製造装置10を組み上げた。
【0071】
2.アンモニアの製造
以上のようにして組み上げたアンモニア製造装置10を用いて以下の条件でアンモニアを製造した。
装置本体20の温度:25~28℃(室温)
電源装置30:Princeton Applied Research社製のVersaSTAT 4を使用して電圧と電流の測定も行った。
アノード槽26:0.02mol/Lの硫酸水溶液(6mL)
カソード槽27:1-ブチル-1-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(6mL)
測定条件:-2.3Vで60分間の定電位測定を行った。
【0072】
アンモニアの定量には、Thermo社製のThermo Scientific Dionex イオンクロマトグラフィー(IC)システム、Dionex Integrionを使用した。アンモニア捕集用の希硫酸水溶液槽の水及びカソード槽のイオン液体のアンモニア量を定量した。
【0073】
実験例6では、アンモニア生成量は0.390μmol、使用電気量は21.8C、変換効率は0.52%であった。錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は1180nmolであった。同じモリブデン錯体(3)を使用した実施例5との比較にあたり、50分あたりの錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は、983.3nmolとなり、6倍程度の向上が見られた。
【0074】
[実験例7]
カソード24を作製する際の触媒インクに用いる溶液を、ジクロロメタン(1.0mL)に変更した事と、カソード槽27に用いる溶液を、0.02mol/Lの硫酸水溶液(6mL)に変更した以外は、上述した実験例6と同様にしてアンモニア製造装置10を作製し、アンモニアの製造を実施した。アンモニア生成量は0.20μmol、使用電気量は105.1C、変換効率は0.06%であった。錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は606.1nmolであった。同じモリブデン錯体(3)を使用した実施例5との比較にあたり、50分あたりの錯体1μmolあたりのアンモニア生成量は、505.1nmolとなり、3倍程度の向上が見られた。なお、実験例6,7は本発明の実施例に相当する。
【0075】
本出願は、2019年9月5日に出願された日本国特許出願第2019-162176号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、アンモニアの製造方法に利用可能である。
図1
図2