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特許7621387光電変換素子材料及び光電変換素子材料の製造方法並びに半導体ナノ粒子が分散されたインク
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-16
(45)【発行日】2025-01-24
(54)【発明の名称】光電変換素子材料及び光電変換素子材料の製造方法並びに半導体ナノ粒子が分散されたインク
(51)【国際特許分類】
   H10K 30/60 20230101AFI20250117BHJP
   H10F 30/00 20250101ALI20250117BHJP
   C01G 29/00 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
H10K30/60
H01L31/08 N
C01G29/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022574021
(86)(22)【出願日】2021-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2021048457
(87)【国際公開番号】W WO2022149516
(87)【国際公開日】2022-07-14
【審査請求日】2023-07-10
(31)【優先権主張番号】P 2021001129
(32)【優先日】2021-01-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】514274672
【氏名又は名称】延世大学校 産学協力団
【氏名又は名称原語表記】UIF (University Industry Foundation), Yonsei University
【住所又は居所原語表記】50,YONSEI-RO, SEODAEMUN-GU, SEOUL 03722, REPUBLIC OF KOREA
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 弘規
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 優輔
(72)【発明者】
【氏名】仲沢 達也
(72)【発明者】
【氏名】キム ヒョンジュン
(72)【発明者】
【氏名】キム ドンヒョン
【審査官】丸橋 凌
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第110950383(CN,A)
【文献】特開2017-028267(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110911568(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0373250(US,A1)
【文献】国際公開第2020/054764(WO,A1)
【文献】EMBDEN, Joel van et al.,Ultrathin Solar Absorber Layers of Silver Bismuth Sulfide from Molecular Precursors,ACS Applied Materials & Interfaces,2019年,Vol. 11,pp. 16674-16682
【文献】OeBERG, Viktor A. et al.,Cubic AgBiS2 Colloidal Nanocrystals for Solar Cells,ACS Applied Nano Materials,2020年,Vol. 3,pp. 4014-4024
【文献】PAI, Narendra et al.,Spray deposition of AgBiS2 and Cu3BiS3 thin films for photovoltaic applications,Journal of Materials Chemistry C,2018年,Vol. 6,pp. 2483-2494
【文献】DU, Yaping et al.,Near-Infrared Photoluminescent Ag2S Quantum Dots from a Single Source Precursor,Journal of the American Chemical Society,2010年,Vol. 132,pp.1470-1471
【文献】JIANG, Li et al.,Solution-processed AgBiS2 photodetectors from molecular precursors,Journal of Materials Chemistry C,2020年,Vol. 8,pp. 2436-2441
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 31/00-31/20
H10K 30/00-30/89
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に形成された半導体膜からなる受光層とからなる光電変換素子材料において、
前記半導体膜は、AgBiSからなり、
前記半導体膜の結晶子径が10nm以上25nm以下であり、
前記半導体膜の表面粗さが9.05nm以上15nm以下であることを特徴とする光電変換素子材料。
【請求項2】
700nm以上1200nm以下の波長の光に対して応答性を有する請求項1記載の光電変換素子材料。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の光電変換素子材料の製造方法であって、
基材に半導体ナノ粒子が分散媒に分散されてなるインクを塗布して半導体層を形成する工程と、
前記半導体層を焼成して受光層を形成する工程と、を含み、
前記インクの前記半導体ナノ粒子は、AgBiS からなり、結晶子径が5nm以上20nm以下であり、
前記半導体ナノ粒子は、長鎖アルキルアミン、長鎖カルボン酸、チオール類の少なくともいずれかよりなる保護剤により保護されており、
前記インクの分散媒は、低極性有機溶媒であり、
前記半導体層を焼成する工程の焼成温度は、250℃以上300℃以下とする光電変換素子材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光センサ等に用いられる光電変換素子材料に関する。特に、基材上に所定の金属カルコゲナイドからなる受光層を備える光電変換素子材料に関する。また、本発明は、光電変換素子材料の受光層を形成するのに好適な半導体ナノ粒子が分散されたインクに関する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池、光センサ、発光デバイス(LED)等の各種の光半導体デバイスに搭載される光電変換素子や発光素子の構成材料として、量子ドット(QD:Quantum Dot)と称される半導体ナノ粒子の利用が期待されている。半導体は、ナノスケールの微小粒子とすることで量子閉じ込め効果を発現し、粒径に応じたバンドギャップを示す。そのため、半導体ナノ粒子の組成と粒径を制御してバンドギャップを調節することで、発光波長や吸収波長を任意に設定することができるようになる。
【0003】
半導体ナノ粒子は、光電変換素子を受光素子として備える半導体デバイスの小型化・薄型化に寄与し得る。例えば、ビデオカメラ・携帯電話カメラ等に従来から搭載されているCMOSイメージセンサの光電変換部にはシリコンフォトダイオードが用いられている。このCMOSイメージセンサにおいては、センサ駆動に必要な光吸収のため、ある程度の厚さ(2~3μm)のシリコン薄膜を形成することが求められる。一方、半導体ナノ粒子は、高い量子効率を有し吸光係数が高いという特性も有する。これにより、CMOSイメージセンタの受光素子の厚さを既存技術より薄く(1μm未満)することが可能となる。
【0004】
そして、発光・吸収波長が調節可能であるという半導体ナノ粒子の特徴は、従来の半導体材料では対応が困難であった波長域の光を対象とする光電変換素子の開発の起点となり得る。特に最近においては、近赤外領域の光に対して応答性を有する光電変換素子の開発が求められている。近赤外光を利用する光電変換素子としては、LIDAR(Light Detection and Ranging)や近赤外線(SWIR)イメージセンサに適用される受光素子が挙げられる。LIDARとは、自動車自動運転・ドローン・船舶等におけるリモートセンシングシステムである。LIDARは、レーザー光を対象物に照射し、その反射光を受光素子で感知して対象物との距離・角度を検出する測定システムである。LIDARは、近年の自動運転技術の発展において重要なデバイスといえる。また、SWIRイメージセンサも、食品検査、農業分野、ドローン等の分野において、今後需要が高まることが予測されるデバイスである。
【0005】
上記で例示したLIDARやSWIRイメージセンサ等の光電変換素子は近赤外領域の光に対して良好な応答特性が要求される。この点、従来の半導体材料は、この要求に応えることは困難であった。上記したCMOSイメージセンサで使用されるシリコンは、そのバンドギャップ値から近赤外光への対応は困難である。よって、かかる近赤外光への対応という観点からも半導体ナノ粒子の有効性が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2020-40847号公報
【文献】特開2020-15802号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在のところ、近赤外領域の光に対して応答性を有する半導体ナノ粒子の報告例はさほど多くない。半導体ナノ粒子は、粒径制御によりバンドギャップが調節できるとしても、その調節可能な範囲はナノ粒子を構成する半導体材料のバンドギャップが基準となる。ここで、光子エネルギーの式(E=hc/λ(h:プランク定数、c:光速度、λ:波長))に基づけば、近赤外光領域(波長域を700nm~2500nmとする)における応答性を獲得するには、半導体ナノ粒子のバンドギャップは約1.77eV以下であることが必要となる。しかし、かかる低バンドギャップの半導体材料はさほど多くはない。
【0008】
半導体ナノ粒子を構成する半導体材料としては、遷移金属に属する1種又は2種の金属(Pb、Cd等)と、酸素を除くカルコゲン元素(S、Se、Te等)との2元系又は3元系化合物である金属カルコゲナイドが知られている。特に、半導体ナノ粒子としたときに、近赤外光に対して応答性を有し、実用化まで図られている金属カルコゲナイドとしては、PbSが知られている。しかし、PbSはPbを含むため、最近の環境問題等から好適な半導体材料とは言い難い。よって、この要求を満たす半導体材料の構成・組成の検討が必要となる。
【0009】
そして、近赤外光に対する応答特性を有する金属カルコゲナイドを見出し、その半導体ナノ粒子が製造できたとしても、実用性がある高い光応答特性を有する素子材料の形成に関する検討も必要である。半導体ナノ粒子を光電変換素子等に適用するための態様としては、半導体ナノ粒子を適宜の分散媒に分散させてインク(分散液)とし、これを基材に塗布して受光層となる半導体薄膜を形成している。光電変換素子の近赤外光に対する応答特性の向上のためには、半導体ナノ粒子の特性も重要であるが、前記のようにして半導体薄膜としたときの特性が更に重要となる。
【0010】
本発明は、上記のような背景のもとになされたものであり、近赤外領域に光吸収性を有する金属カルコゲナイドからなる半導体ナノ粒子を提案し、この半導体ナノ粒子より形成される半導体薄膜からなり、光応答性に優れた受光層を備える光電変換素子材料を提供することを目的とする。そして、前記半導体ナノ粒子を含むインクと、このインクを用いて好適な構成の半導体薄膜を製造する方法についても明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、上記課題の解決のため、まず、好適なバンドギャップを有し、半導体ナノ粒子としたときに近赤外線領域における応答性を発揮し得る金属カルコゲナイドの組成について検討した。そして、本発明者等は、Ag系カルコゲナイドであるAgBiSとAgSに着目した。これらのAg系カルコゲナイドのバンドギャップは、バルク状態で1eV以下であることから、これらを半導体ナノ粒子とすることで近赤外線光の応答性を発揮できると考えられる。
【0012】
そこで、本発明者等は、AgBiSとAgSのそれぞれの半導体ナノ粒子の近赤外線光の吸収性を確認すると共に、これらの半導体ナノ粒子を好適な状態でインクとすること、更に、受光層となる半導体薄膜を形成することが可能であることを確認した。そして、これらの検討を基に本発明者等は、半導体ナノ粒子で形成されたAgBiS薄膜及びAgS薄膜について、近赤外線光への応答性が向上された薄膜の構成と検討を行い本発明に想到した。
【0013】
上記課題解決する本発明は、基材と、前記基材の上に形成された半導体膜からなる受光層とからなる光電変換素子材料において、前記半導体膜は、Ag2-xBix+1(xは0又は1の整数である)からなり、前記半導体膜の結晶子径が10nm以上25nm以下であることを特徴とする光電変換素子材料である。
【0014】
以下、本発明に係る金属カルコゲナイド薄膜からなる受光層を備える光電変換素子材料の構成及びその製造方法について説明する。上記の通り、本発明に係る光電変換素子材料は、基材と基材上の受光層とを基本的構成とする。
【0015】
A 本発明に係る光電変換素子材料の構成
A-1 基材
基材は、金属カルコゲナイドの半導体膜からなる受光層を支持するための部材である。この目的を果たすことができる材質であれば、基材はどのような材質でも良い。基材の材質としては、例えば、ガラス、石英、シリコン、セラミックスもしくは金属等が例示される。また、基材の形状及び寸法は、特に限定されない。
【0016】
A-2 受光層
(a)受光層の組成
本発明に係る光電変換素子材料の受光層を構成する半導体膜は、Ag系の金属カルコゲナイドであるAg2-xBix+1(xは0又は1である)、即ち、AgBiS又はAgSからなる薄膜である。これらの金属カルコゲナイドのバンドギャップは、バルク状態において0.8eV(AgBiS)、0.9eV(AgS)と1eV未満であることから、これら金属カルコゲナイドのナノ粒子は近赤外線領域での応答性を有すると考えられる。
【0017】
(b)受光層の構造
半導体膜からなる受光層は、AgBiS又はAgSのナノ粒子が堆積することによって構成される薄膜である。本発明においては、光応答性を向上させる上で、薄膜中のAgBiS又はAgSの半導体ナノ粒子の結晶子径が規定される。結晶子径は、半導体ナノ粒子内で単結晶とみなすことのできる最大領域である。本発明の薄膜中の半導体ナノ粒子は、多結晶体又は単結晶体であり、結晶子径は半導体ナノ粒子の粒径よりも小さいか又は等しい。本発明では、AgBiS又はAgSの結晶子径を10nm以上40nm以下とする。本発明の半導体からなる受光層において、光応答性が結晶子径に関連する理由は定かではないが、本発明者等は結晶性を高めることで、AgBiS又はAgSの結晶構造の好適化が生じていると推定する。AgBiS又はAgSの結晶子径が10nm未満の状態は結晶性が低く、薄膜形成前の状態(インク中の半導体ナノ粒子の状態)と差異はなく光応答性の改善効果はない。一方、AgBiS又はAgSの結晶子径が40nmを超えた状態にある薄膜には、AgBiS粒子又はAgS粒子の粗大化や化合物の分解が部分的に生じていると考えられ、この場合も光応答性が低下する。AgBiS及びAgSの結晶子径については、10nm以上25nm以下がより好ましい。
【0018】
結晶子径は、物質がX線照射を受けたときの回折に寄与し得る最小単位であることから、X線回折(XRD)によって測定することができる。本発明について受光層の結晶子径をXRDにより測定するとき、AgBiSにおいては、CuKα線による2θ=27°近傍、31°近傍で回折ピークが見られる。また、AgSにおいては、CuKα線による2θ=26°近傍、38°近傍で回折ピークが見られる。本発明においては、AgBiSは2θ=31°近傍、AgSは2θ=38°近傍における回折ピークに基づき結晶子径を測定することが好ましい。後述の通り、本発明ではAgBiS又はAgSの薄膜を所定の温度で熱処理することで結晶子径を調整することができる。AgBiS及びAgSにおいて、いずれの熱処理温度でも明確に確認できるのが2θ=38°近傍のピークである。結晶子径は、前記の回折ピークの半価幅を算出し、Scherrerの式に基づき算出することができる。
【0019】
また、本発明に係る光電変換素子材料の受光層の表面粗さは、2nm以上15nm以下であることが好ましい。表面粗さの増大は、粒子間距離に影響を及ぼすと考えられる。光電変換素子において、粒子間距離は粒子間の電子の授受の効率に作用することから、表面粗さを前記範囲にすることが好ましい。また、半導体薄膜からなる受光層の厚さは、10nm以上とするのが好ましい。
【0020】
本発明に係る光電変換素子材料は、近赤外領域の光に対する吸収性・応答性を有する。好ましくは、700nm以上1200nm以下の波長の近赤外光領域の光に対して応答性を有する。この特性は、受光層を形成する半導体であるAgBiS又はAgSのバンドギャップに起因する。
【0021】
そのため、本発明に係る光電変換素子材料は、近赤外領域の波長の光を取り扱う半導体デバイスに適用され、用途は特に限定されない。例えば、受光素子、光学センサ、光検出器等の幅広い用途の半導体材料として利用できる。特に、近赤外線領域における優れた受光感度を有するため、LIDAR、SWIRイメージセンサ等の受光素子に好適である。
【0022】
B 本発明に係る光電変換素子材料の製造方法
本発明に係る光電変換素子材料の製造においては、上記した基材に受光層となる半導体薄膜(AgBiS薄膜又はAgS薄膜)を形成することを要する。本発明では、AgBiS薄膜又はAgS薄膜の形成を、それらの半導体ナノ粒子が分散したインクの塗布により行う。また、上述した半導体の結晶子径を好適な範囲とするため、塗布後の半導体層を焼成し結晶性を高める処理を行うこととする。以下、これらの特徴部分について説明する。
【0023】
B-1 本発明に係る半導体ナノ粒子インク
本発明では半導体ナノ粒子を分散媒に分散させたインクが適用される。半導体ナノ粒子は、Ag2-xBix+1(xは0又は1である)からなる。インク中で分散するこれらの半導体ナノ粒子は、粒径が3nm以上20nm以下であり、且つ、結晶子径が3nm以上20nm以下である。半導体ナノ粒子の粒径をこのように規定するのは、量子ドットの量子閉じ込め効果を保持しつつも近赤外光領域にバンドギャップを有するようにするためである。そして、結晶子径は、半導体ナノ粒子内で単結晶とみなせる領域の最大値であることから、前記粒径範囲内でできるだけ大きいほうが好ましいといえる。
【0024】
半導体ナノ粒子は、保護剤により保護された状態で分散媒に分散している。保護剤とは、半導体ナノ粒子の凝集・粗大化を抑制し、分散状態を安定させるための添加物である。半導体ナノ粒子の凝集・粗大化は、基材に塗布し受光層としたとき応答特性に影響を及ぼすことから回避されなければならない。保護剤は、半導体ナノ粒子に結合し、保護剤同士の反発力によるナノ粒子の凝集を抑制する有機化合物である。
【0025】
本発明に係るインクの保護剤は、長鎖アルキルアミン、長鎖カルボン酸、チオール類の少なくともいずれかで構成される。具体的には、長鎖アルキルアミンとは、炭素数6以上の直鎖又は分枝を有するアルキルアミンである。具体的に好ましいアルキルアミンとしては、オクチルアミン(炭素数8)、デシルアミン(炭素数10)、ドデシルアミン(炭素数12)、テトラデシルアミン(炭素数14)、オレイルアミン(炭素数18)等が挙げられる。また、カルボン酸は、炭素数6以上の直鎖又は分枝を有するカルボン酸である。具体的に好ましいカルボン酸としては、オクタン酸(炭素数8)、ラウリン酸(炭素数12)、ミスチリン酸(炭素数14)、オレイン酸(炭素数18)等が挙げられる。そして、チオール類は、炭素数6以上の直鎖又は分枝を有するチオール類である。具体的に好ましいチオール類としては、オクタンチオール(炭素数8)、ドデカンチオール(炭素数12)、オクタデカンチオール(炭素数18)等が挙げられる。以上の長鎖アルキルアミンとカルボン酸とチオール類は、1種以上を組み合わせて保護剤とすることが適用できる。
【0026】
半導体ナノ粒子インクの分散媒は、低極性の有機溶媒が使用される。具体的には、トルエン、ヘキサン、クロロホルム、ジクロロメタン、シクロヘキサン、オクタノール等の単独溶媒又はこれらの混合溶媒が好ましい。
【0027】
本発明の半導体ナノ粒子インクは、予めAgBiS、AgSのナノ粒子を合成し、これを分散媒に分散させることで製造することができる。AgBiSナノ粒子は、Ag塩(例えば、酢酸銀、シュウ酸銀、硝酸銀、炭酸銀、ジエチルジチオカルバミン酸銀等)とBi塩(酢酸ビスマス、硝酸ビスマス等)とを保護剤と共に混合した混合溶液に硫黄又は硫黄化合物を添加して反応させることで、保護剤が結合したAgBiSナノ粒子が合成される。また、AgSナノ粒子は、上記と同様のAg塩に保護剤と共に硫黄化合物(チオ尿素、硫黄)を混合・反応させることで合成可能である。いずれのナノ粒子も合成後に反応液から分離し、適宜に洗浄を行った後に分散媒に添加することでインクとすることができる。
【0028】
B-2 基材への受光層の形成方法(インクの塗布及び焼成工程)
上述した半導体ナノ粒子が分散したインクを基材に塗布し、焼成することで本発明における半導体膜からなる受光層を形成することができる。インクの塗布方法は、半導体ナノ粒子を均一に基材上に堆積させるため、スピンコート法が好ましい。このインクの塗布は、2回以上繰り返し行うことが好ましい。塗布の条件については、回転数を500~5000rpm、回転時間を10~300秒で行うことが好ましい。
【0029】
そして、本発明では、半導体ナノ粒子のインク塗布後に焼成処理を行うことで好適な光応答性を有する受半導体ナノ粒子光層となる。この焼成工程では、加熱により基材上の半導体ナノ粒子(AgBiSナノ粒子、AgSナノ粒子)の結晶性を高め、結晶子径を上述した好適範囲にする。このときの焼成温度は、200℃以上350℃以下とする。200℃未満では、結晶子径が所定範囲とならず、応答性の改善効果は少ない。また、粒子表面に吸着した保護剤が十分に揮発しないため粒子周囲の電荷に偏りが生じ、量子閉じ込め効果が阻害された状態となる。焼成温度を200℃以上とすることで結晶性が向上し応答性の改善効果が見込まれる。このとき、粒子表面に保護剤が僅かに残存している可能性はあるものの、量子閉じ込め効果を阻害し得る量の保護剤は除去されている。一方、焼成温度の上限については、350℃を超えると、過剰な結晶化により結晶子径が大きくなる。また、化合物の分解によるAgの析出や、所望の化学組成から乖離した化合物の生成等による半導体膜の破壊のおそれがある。この焼成処理は、不活性ガス(窒素、アルゴン等)で行うことが好ましく、処理時間としては0.5時間以上とするのが好ましい。
【0030】
尚、半導体ナノ粒子のインク塗布後の焼成温度については、200℃以上250℃とすることがより好ましい。250℃以上の焼成処理でも結晶性の観点から光応答の改善効果は見込まれる。但し、特にAgBiSに関しては、250℃以上の焼成処理は、三相共晶点を超えた処理となり半導体粒子が一旦溶解するため、膜の安定性に影響が生じるおそれがある。
【0031】
以上の焼成工程を経ることで所定の結晶子径の半導体の薄膜からなる受光層が形成される。そして、受光層と電気的接続を可能とする配線を適宜に形成することで光電変換素子とすることができる。
【発明の効果】
【0032】
以上説明したように、本発明は、金属カルコゲナイドであるAg2-xBix+1(xは0又は1の整数)で構成された受光層を備える光電変換素子材料に関する。この受光層は、前記金属カルコゲナイドの半導体ナノ粒子により構成されており、近赤外領域の光応答性を有する。特に、半導体からなる受光層の結晶子径を所定範囲にすることで、近赤外領域の光への応答性が向上している。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】第1実施形態で製造したAgBiSナノ粒子のTEM写真。
図2】第1実施形態で製造したAgBiSナノ粒子のXRD回折パターンを示す図。
図3】第1実施形態で製造したAgBiSナノ粒子のDSC分析の結果を示す図。
図4】第1実施形態で製造したAgBiSインクの吸光特性を示す図。
図5】第1実施形態で製造した光電変換素子の受光層表面のXRD回折パターンを示す図。
図6】第1実施形態で製造した光電変換素子の受光層表面のAFMによる表面形態の観察結果を示す写真。
図7】第1実施形態で製造した各光電変換素子のPL測定結果を示す図。
図8】第1実施形態で製造した各光電変換素子の光応答性の評価試験の結果を示すグラフ。
図9】焼成温度200℃及び500℃で製造した光電変換素子のPL測定結果を対比するグラフ。
図10】焼成温度200℃及び500℃で製造した光電変換素子の光応答性を対比するグラフ。
図11】第1実施形態で製造した光電変換素子(200℃、300℃)と、PbSを受光層とを対比するグラフ。
図12】第1実施形態で製造した各光電変換素子の光応答性の評価試験の結果(高バイアス)を示すグラフ。
図13】第2実施形態で製造したAgSナノ粒子のTEM写真。
図14】第2実施形態で製造したAgSナノ粒子のXRD回折パターンを示す図。
図15】第2実施形態で製造したAgSインクの吸光特性を示す図。
図16】第2実施形態で製造した光電変換素子の受光層表面のXRD回折パターンを示す図。
図17】第2実施形態で製造した光電変換素子の受光層表面のAFMによる表面形態の観察結果を示す写真。
図18】第2実施形態で製造した各光電変換素子のPL測定結果を示す図。
図19】第2実施形態で製造した各光電変換素子の光応答性の評価試験の結果を示すグラフ。
図20】焼成温度200℃及び500℃で製造した光電変換素子のPL測定結果を対比するグラフ。
図21】焼成温度200℃及び500℃で製造した光電変換素子の光応答性を対比するグラフ。
図22】第2実施形態で製造した光電変換素子(200℃、300℃)と、PbSを受光層とを対比するグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0034】
第1実施形態:以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、半導体材料としてAgBiSからなる受光層を備える光電変換素子材料を製造した。AgBiSの半導体ナノ粒子を合成してインクとし、これを基材に塗布・焼成処理して受光層を形成し光電変換素子材料を製造した。その後、受光層となる薄膜の形態観察と光電変換素子の光応答特性の評価を行った。
【0035】
[AgBiSインクの作製]
酢酸銀(Ag(OAc))133.5mgと酢酸ビスマス(Bi(OAc))386mgとオレイン酸5.5mLとを混合し、混合容器内をNガス置換後100℃で1時間攪拌した。この混合液にオレイルアミン5mLに硫黄33mgを溶解させたものを添加して反応させた。反応中は放置して冷却した。その後、アセトンでAgBiSナノ粒子を分離抽出し、抽出液を遠心分離してAgBiSナノ粒子を回収した。更に、回収したナノ粒子をトルエンに混合し、アセトンにて再度、抽出・遠心分離してAgBiSナノ粒子を回収した。これを分散媒であるトルエンに添加してインクとした(ナノ粒子濃度0.04M)。このインクは黒色であった。
【0036】
[AgBiSナノ粒子の粒径及び結晶子径の測定]
上記で製造したインク中のAgBiSナノ粒子の粒径・結晶子径を検討した。この検討では、透過型電子顕微鏡(TEM)によりAgBiSナノ粒子を観察して粒径(平均粒径)を測定した。そして、インクからAgBiSナノ粒子をSiO粉末に担持し、乾燥状態で測定した。XRD分析装置は、株式会社リガク製Ultima IVで、特性X線をCuKα線とし、分析条件として0.1°/min.とした。
【0037】
図1は、本実施形態で製造したAgBiSナノ粒子のTEM像である。均質な粒径のナノ粒子が製造できたことが確認され、画像解析(ImageJソフトウェアを用いた二値化画像解析)の結果、その平均粒径は8.75nmであった。また、図2は、AgBiSナノ粒子のXRD回折パターンを示す。2θ=31°近傍の回折ピークに基づき、その半価幅からこのAgBiSナノ粒子の結晶子径は7.2nmと算出された。
【0038】
[AgBiSナノ粒子の熱的挙動]
次に、AgBiSナノ粒子の示差走査熱量分析(DSC)を行った。図3にその結果を示す。110℃付近で残存した溶媒の揮発、160℃付近で保護剤の脱離に由来する熱量ピークが観察された。即ち、過剰な保護剤は200℃未満で十分揮発していることを示唆している。また、250~260℃付近に大きな吸熱ピークが検出された。これはAgBiSの三相共晶点に由来するピークであると考えられる。
【0039】
[AgBiSナノ粒子の吸光特性]
本実施形態で製造したAgBiSナノ粒子の光半導体特性を確認するため吸光特性を評価した。上記のインクを100倍希釈した溶液を紫外可視近赤外分光光度計(UV-Vis-NIR分光光度計:株式会社島津製作所製UV-3600i Plus)にて吸光特性を分析した。
【0040】
図4にAgBiSインクの吸光スペクトルを示す。このAgBiSインクにおいては、波長1000nmを超える領域にまで吸収端が延伸しており、近赤外領域の光吸収が可能であることが確認された。
【0041】
[受光層の形成]
以上のAgBiSナノ粒子及びインクの緒特性を確認した後、このインクを基材に塗布して受光層を形成し光電変換素子材料を製造した。基材として、シリコンウエハー(寸法:25×25厚さ0.6mm)を用意し、この基材に上記のインクを塗布した。インクの塗布はスピンコート法により行い、基材上にインクを滴下して回転数2000rpm(30秒)で塗布して半導体層を形成した。本実施形態では、この塗布工程を3回繰り返し、1回の塗布量を0.1mL(ナノ粒子の質量2.8mg)とした。
【0042】
AgBiSインク塗布後は焼成処理により受光層を形成した。焼成処理は、窒素雰囲気中、150℃、200℃、250℃、300℃、350℃、400℃、500℃の7パターンの処理温度を設定した。処理時間は、0.5時間とした。
【0043】
[受光層の結晶子径、表面粗さの測定(XRD、AFM)]
上記7パターンの焼成により製造した7種の光電変換素子について、受光層を構成する半導体薄膜をXRD分析すると共に結晶子径を算出した。XRD分析は、シリコンウエハー上の薄膜をそのまま測定した。ナノ粒子の分析と同様の装置と条件により行った。また、原子間力顕微鏡(AFM:株式会社日立ハイテクサイエンス製Nanocute)により、受光層の表面形態の撮像と表面粗さの測定を行った。
【0044】
図5は、上記7種の光電変換素子の受光層表面のXRD回折パターンを示す。この回折パターンの27°付近の回折ピークを観ると、焼成温度の上昇に伴いピーク強度が高くなると共に、半価幅が狭いシャープなピークを発現することが確認される。このことから、焼成温度を高温とすることで結晶性が向上することがわかる。そこで、31°付近の回折ピークに基づき、結晶子径を算出した結果、下記の値を得た。また、図6は、AFMによる受光層表面形態の観察結果である。AFMによる表面粗さの測定結果を表1に示した。
【0045】
【表1】
【0046】
表1から、焼成処理の温度の上昇に伴い、薄膜の結晶子径が大きくなることがわかる。特に、200℃以上において結晶性の向上が伺える。但し、焼成温度が500℃となると、31°付近のピークが焼失し、純38.3°付近のAg由来のピークが明瞭になっていることから、この焼成温度ではAgBiSの分解が生じていることがわかる。
【0047】
また、焼成温度と薄膜の表面粗さとの関係をみると、200℃までの焼成温度では表面粗さに変化はなく、250℃~300℃の間で表面粗さが上昇し、300℃~350℃で一旦元の表面粗さに戻っている。
これは、上記したAgBiSナノ粒子のDSC分析で確認されたAgBiSの三相共晶点(250~260℃付近)を超える温度での焼成でAgBiSナノ粒子の溶解が一旦生じたことに関連すると考察される。そのため、焼成温度と表面粗さとの間に完全な比例関係はないといえる。但し、焼成温度が400℃を超えると表面粗さは一気に上昇しておりAgBiS粒子の粗大化が生じている。この点は、XRD回折プロファイルにおいて、27°近傍の回折ピークが400℃で急上昇していることと符合している。そして、500℃の焼成ではAgBiSの分解により表面粗さは低下していてもAgBiS粒子のアイランド化が生じている。
【0048】
[フォトルミネッセンス測定]
以上の受光層の構成の確認後、本実施形態で製造した光電変換素子材料の光半導体特性の予備的評価として、フォトルミネッセンス(PL)測定を行った。ここでは、150℃、200℃、300℃の焼成処理を経て製造した光電変換素子材料を用いて測定を行った。PL測定は、測定装置として株式会社堀場製作所LabRam Aramisを用い、測定条件として500~1000nmの範囲を測定とした。
【0049】
図7に各光電変換素子材料のPL測定結果を示す。先のXRD測定結果を踏まえてみると、200℃以上の焼成処理による薄膜の結晶性の向上と共に、PLが増大することわかる。
【0050】
[光応答特性の評価]
本実施形態で製造した光電変換素子材料について、光応答特性を評価した。この評価試験では、150℃、200℃、300℃の焼成処理を経て製造した光電変換素子材料を用い、それぞれの受光層表面に、Ti膜(膜厚5nm)、Au膜(膜厚40nm)の順にくし形へ熱蒸着法にてパターニングして電極を形成してサンプルを作製した。そして、電極に接続したマルチメーターで0.5Vのバイアス電圧を負荷し、近赤外線光源のパルス照射に伴う光電流を測定した。近赤外線の波長は、740nm、850nm、940nmとし、近赤外線のパルス照射は、20秒ON/40秒OFFとした。
【0051】
この光電流測定結果を図8に示す。200℃以上の焼成処理を行い、薄膜の結晶子径を調整したAgBiS薄膜において、光応答性の向上が見られることが分かる。この試験の場合は、特に200℃の焼成処理をしたサンプル(結晶子径13.77nm)において特に良好な光電流の増幅が見られた。
【0052】
更に、350℃を超える焼成温度の影響を確認するため、500℃で焼成処理して作成した受光層について、PL測定と光応答性評価を行った。これらの結果を200℃で焼成して製造した受光層と対比しつつ図9及び図10に示す。図9のPL測定の結果から、500℃で焼成したAgBiS薄膜では発光ピークがほぼ消失していることが分かった。また、図10の光電流測定の結果から、500℃で焼成したAgBiS薄膜は、ほとんど光応答を示さないことが確認された。この500℃で焼成したAgBiS薄膜についてSEM-EDSで分析したところ、AgBiSの結晶構造が崩れて粒子の存在が確認された。
【0053】
ここで本実施形態では、近赤外線領域において感応性を有する金属カルコゲナイド薄膜として従来から知られるPbS薄膜を受光層とする光電変換素子との比較を行った。市販のPbS粒子(Sigma-Aldrich社)を分散したインクを作製し、これを本実施形態と同じ基材に塗布した。そして、上記と同様に光応答性の評価試験を行った。
【0054】
その結果を本実施形態の光電変換素子(焼成温度150℃、200℃、300℃)と共に図11に示す。PbSを受光層とする光電変換素子においては、一応は光電流の発生が認められるが、本実施形態のAgBiS薄膜を受光層とする光電変換素子(200℃、300℃)は、この従来技術に対して高い光電流を発する。よって、本発明に係る光電変換素子は、従来技術に対して優位性を有することが明確となった。
【0055】
次に、光電変換素子の光応答特性評価として、光電流測定時のバイアスを高バイアスに設定したときの評価を行った。この評価では、受光層表面に市販のAgナノペーストをスクリーン印刷により塗布し、厚さ約1μmのくし形配線を形成してサンプルを作製した。そして、電極に接続したマルチメーターで2.0Vのバイアス電圧を負荷し、近赤外線光源のパルス照射に伴う光電流を測定した。近赤外線の波長は、850nm、940nmとし、近赤外線のパルス照射は、10秒ON/10秒OFFとした。
【0056】
この光応答性評価試験の結果を図12に示す。図12から、高バイアス下の光応答性は、特に、300℃、350℃で焼成した薄膜(結晶子径22.32nm、21.29nm)において、光電流の大幅な増幅がみられた。
【0057】
第2実施形態:本実施形態では、半導体薄膜としてAgSからなる受光層を備える光電変換素子材料を製造した。第1実施形態と同様に、AgSの半導体ナノ粒子の合成とインク製造後、基材に塗布・焼成処理して光電変換素子材料を製造した。
【0058】
[AgSインクの作製]
酢酸銀134mgとチオ尿素30.5mgとオレイルアミン11.8mLとドデカンチオール0.2mLを混合し混合液を200℃で10分間攪拌し反応させた。反応後、混合液を放置して冷却した。その後、メタノールでAgSナノ粒子を分離抽出し、抽出液を遠心分離してAgSナノ粒子を回収した。更に、回収したナノ粒子をトルエンに混合し、メタノールにて再度、抽出・遠心分離してAgSナノ粒子を回収した。これを分散媒であるトルエンに添加してインクとした(ナノ粒子濃度0.04M)。このインクは薄褐色透明であった。
【0059】
[AgSナノ粒子の粒径及び結晶子径の測定]
上記で製造したインク中のAgSナノ粒子の粒径・結晶子径を検討した。第1実施形態と同様の条件にて、TEMにより粒径(平均粒径)測定とXRD分析を行った。
【0060】
図13は、本実施形態で製造したAgSナノ粒子のTEM像である。ここでも均質な粒径のナノ粒子が製造できたことが確認され、その平均粒径は14.86nmであった。また、図14は、AgBiSナノ粒子のXRD回折パターンを示す。2θ=38°近傍の回折ピークに基づき、その半価幅からこのAgSナノ粒子の結晶子径は17.2nmと算出された。
【0061】
[AgSナノ粒子の吸光特性]
第1実施形態と同様の方法にてAgSインクの吸光特性を測定した結果を図15に示す。AgSインクにおいても、波長1000nmを超える領域にまで吸収端が延伸しており、近赤外領域の光吸収が可能であることが確認された。
【0062】
[受光層の形成]
以上の検討を行った後、AgSインクを基材に塗布して受光層を形成し光電変換素子材料を製造した。第1実施形態と同様に、基材であるシリコンウエハーにインクを塗布した。インクの塗布方法は、第1実施形態と同様にした。AgSインク塗布後は第1実施形態と同様に、焼成処理を行って受光層を形成した。焼成処理は、窒素雰囲気中、150℃、200℃、250℃、300℃、350℃、400℃、500℃の処理温度を設定した。
【0063】
[受光層の結晶子径、表面粗さの測定(XRD、AFM)]
本実施形態の7種の光電変換素子材料について、受光層を構成する半導体薄膜をXRD分析すると共に結晶子径を算出した。また、原子間力顕微鏡により、受光層表面形態の撮像と表面粗さの測定を行った。
【0064】
図16は、各光電変換素子材料の受光層表面のXRD回折パターンを示す。また、図17は、AFMよる受光層表面形態の観察結果である。XRD回折パターンの38°付近の回折ピークに基づいて算出した結晶子径及び表面粗さの値を表2に示す。
【0065】
【表2】
【0066】
本実施形態のAgS薄膜からなる受光層の焼成処理による粒子の挙動は、基本的に第1実施形態のAgBiS薄膜からなる受光層と同様である。即ち、焼成処理の温度の上昇に伴い、薄膜の結晶子径が大きくなるが、焼成温度が高温となるとAgSの分解が生じる。尚、本実施形態においては、150℃で焼成したときの38°付近のAgSのピークが結晶子径の算出ができない程に極小であった。そして、焼成温度と薄膜の表面粗さとの関係においても、比較的低温の焼成温度では表面粗さは変化しないが、250℃以上の焼成で表面粗さが上昇しており、ここでも結晶構造の変化等が生じていると推察される。そして、500℃の焼成でAgSの分解とAgS粒子のアイランド化が生じる。
【0067】
[フォトルミネッセンス測定]
更に、本実施形態で製造したAgSからなる受光層を備える光電変換素子材料のPL測定結果を図18に示す。本実施形態でも焼成処理による薄膜の結晶性の向上と共に、PLが増大することわかる。
【0068】
[光応答特性の評価]
そして、本実施形態で製造したAgSからなる受光層を備える光電変換素子材料について、光応答特性を評価した。ここでは、第1実施形態における低バイアス条件下(0.5V)での光電流測定と同様のサンプル及び測定条件にて、150℃、200℃、300℃の焼成処理を経て製造した光電変換素子について光電流を測定した。
【0069】
AgSからなる受光層を備える光電変換素子の光電流測定結果を図19に示す。本実施形態でも200℃の焼成処理をしたサンプル(結晶子径13.26nm)において特に良好な光電流の増幅が見られた。第1実施形態のAgBiSからなる受光層も同様であったが、200℃以上で焼成された受光層は、150℃で焼成された受光層に対して明瞭な光応答性を示すことが確認された。
【0070】
更に、本実施形態でも500℃で焼成処理して作製したAgSからなる受光層について、PL測定と光応答性評価を行った。これらの結果を図20及び図21に示す。図20のPL測定結果から、500℃で焼成したAgS薄膜では発光ピークが消失していることが分かった。そして、図21の光応答性評価結果から、500℃で焼成したAgS薄膜は、ほとんど光応答を示さないことが確認された。本実施形態でも500℃で焼成したAgS薄膜についてSEM-EDSで分析したところ、AgSの組成が崩れていることが確認された。
【0071】
また、本実施形態のAgSからなる受光層と従来技術であるPbSからなる受光層とを対比したものを図22に示す。第1実施形態のAgBiSと対比すると、AgSはAgBiS程にはPbSに対する優位性は高くはない。但し、740nm、850nmではAgSはPbSよりも光電流値は高くなる。この点、第1実施形態のAgBiSは940nmの領域においてもPbSよりも極めて良好な光応答を示していたことから、近赤外受光素子としての応用の可能性がより期待される。
【産業上の利用可能性】
【0072】
以上説明したように、本発明に係る光電変換素子材料は、受光層として金属カルコゲナイドであるAg2-xBix+1(xは0又は1の整数)からなる半導体膜を備える。この受光層は、適切な結晶性を付与することで近赤外領域の光に対して優れた応答性を発揮する。本発明は、各種光半導体デバイスの受光素子用の光電変換薄膜として特に有用であり、LIDARやイメージセンサ用途の受光素子として、それらの小型化や性能向上に寄与することが期待できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図15
図16
図17
図18
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図20
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図22