(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-12
(45)【発行日】2025-03-21
(54)【発明の名称】食塊形成装置、咀嚼状態評価方法、食感評価方法及び食塊の製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/02 20060101AFI20250313BHJP
【FI】
G01N33/02
(21)【出願番号】P 2021540750
(86)(22)【出願日】2020-08-13
(86)【国際出願番号】 JP2020030772
(87)【国際公開番号】W WO2021033619
(87)【国際公開日】2021-02-25
【審査請求日】2023-07-11
(31)【優先権主張番号】P 2019151113
(32)【優先日】2019-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】302042678
【氏名又は名称】株式会社J-オイルミルズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】東森 充
(72)【発明者】
【氏名】柴田 曉秀
(72)【発明者】
【氏名】西 慶一郎
(72)【発明者】
【氏名】長畑 雄也
(72)【発明者】
【氏名】木村 功
(72)【発明者】
【氏名】清水 里奈
(72)【発明者】
【氏名】堀田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】井上 賀美
【審査官】永田 浩司
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101915708(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107063904(CN,A)
【文献】米国特許第08671785(US,B2)
【文献】特表2019-514525(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00 - 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工口腔空間に設けられた第1人工歯と、
前記第1人工歯に対向する位置に配置された第2人工歯と、
前記第1人工歯又は前記第2人工歯と並列配置された人工舌と、
前記第1人工歯及び前記第2人工歯の少なくとも一方の側方に配置された壁面状の人工頬と、
前記第1人工歯又は前記第2人工歯を駆動させて咬合動作をさせる駆動手段と
、
前記咬合動作により離散した食品を、前記人工口腔空間の所定の位置に集める食品収集手段とを備え、
前記人工口腔空間に配された
前記食品を前記咬合動作によって咀嚼し、前記食品収集手段によって
前記咬合動作により離散した前記食品を、前記人工口腔空間の所定の位置に集めることにより、前記食品の食塊を形成
し、
咬合動作時に、前記食品収集手段は、前記人工頬より外側に配置されることを特徴とする食塊形成装置。
【請求項2】
前記駆動手段は、前記咬合動作の他に、一方の人工歯を他方の人工歯に対して水平方向にずらす動作をすることを特徴とする請求項1に記載の食塊形成装置。
【請求項3】
前記食品に対して水分を供給する水分供給手段を備えていることを特徴とする請求項1
又は2に記載の食塊形成装置。
【請求項4】
前記人工口腔空間の前記食品又は前記食塊を撮像する撮像手段と、
前記撮像手段が撮像した、前記食塊の画像から咀嚼状態を評価する評価手段と、
を備えていることを特徴とする請求項1~
3のいずれか1項に記載の食塊形成装置。
【請求項5】
前記評価手段は、前記食塊を局所変化と全体の均一性とから選ばれる1種又は2種により評価することを特徴とする請求項
4に記載の食塊形成装置。
【請求項6】
咀嚼状態の異なる食塊の画像を入力して機械学習を行う機械学習手段を備え、
前記機械学習手段で得られた判断法により前記食塊を評価することを特徴とする請求項
4又は5に記載の食塊形成装置。
【請求項7】
前記第1人工歯及び前記第2人工歯のうち一方が下顎の歯をなし、他方が上顎の歯をなし、前記下顎の歯が前記上顎の歯に向かって上下に動くと共に、前記人工舌は、前記下顎の歯の間にあって前記下顎の歯とは独立して上下に動くように構成されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の食塊形成装置。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の食塊形成装置を用いて、前記食品の咀嚼状態を評価する咀嚼状態評価方法。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1項に記載の食塊形成装置を用いて、前記食品の食感を評価する食感評価方法。
【請求項10】
請求項1~4のいずれか1項に記載の食塊形成装置を用いる食塊の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工口腔空間で食品を咀嚼して食塊を形成する食塊形成装置、咀嚼状態評価方法、食感評価方法及び食塊の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品の食感を評価する際には、評価者が咀嚼した食品を一度吐き出し、これを評価することが行われていた。また、近年では、押圧機構と圧力センサを用いて食品を押圧し、食感を評価する評価システムも知られている。
【0003】
例えば、特許文献1の食感評価システムは、食感の評価対象である試料を押圧するための押圧装置と、試料の押圧時に前記試料から受ける圧力分布の経時的変化を計測する計測装置(圧力分布センサ)と、押圧装置による押圧動作を制御するとともに、圧力分布センサからの圧力分布データに基づいて試料の食感を評価する食感評価手段(制御PC)とを備えている。
【0004】
この押圧装置は、上下一対のプレートを有し、下側のプレートの上面に圧力分布センサが載置され、圧力分布センサ上に試料が載置される。上側のプレートは圧力分布センサと上下方向に対向する位置に設けられ、リニアスライダに接続されている。リニアスライダは、制御PCからの押圧動作制御信号に応じて圧力センサ面に対して鉛直方向に駆動されるため、試料の押圧動作を制御することができる(段落0022~0028,
図1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の食感評価システムは、圧力分布の経時的変化から得られる特徴量に基づいてのみ、食感を評価する構成である。しかしながら、実際の人による咀嚼行動は、噛み方や唾液の浸潤の仕方等、個人差が大きく、精度良く食感を評価することは困難であった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、人の咀嚼を再現することで食品の食感評価に利用可能な食塊形成装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の食塊形成装置は、人工口腔空間に設けられた第1人工歯と、前記第1人工歯に対向する位置に配置された第2人工歯と、前記第1人工歯又は前記第2人工歯と並列配置された人工舌と、前記第1人工歯及び前記第2人工歯の少なくとも一方の側方に配置された壁面状の人工頬と、前記第1人工歯又は前記第2人工歯を駆動させて咬合動作をさせる駆動手段とを備え、前記人工口腔空間に配された食品を前記咬合動作によって咀嚼し、前記食品の食塊を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明の食塊形成装置では、駆動手段により人工口腔空間の第1人工歯又は第2人工歯を駆動させて、第1人工歯と第2人工歯とが食品を咬合する。食塊形成装置は人工舌及び人工頬を有しているため、人の口腔内と同様に咬合している食品が、人工頬が壁になって人工口腔空間の中央に押し戻され、人工舌によりその位置が調整される。これにより、人工口腔空間で当該食品の食塊が形成されるため、本装置は、人の咀嚼を再現することができる。
【0010】
本発明の食塊形成装置において、前記駆動手段は、前記咬合動作の他に、一方の人工歯を他方の人工歯に対して水平方向にずらす動作をすることが好ましい。
【0011】
食塊形成装置の駆動手段は、一方の人工歯(例えば、第1人工歯)を他方の人工歯(第2人工歯)に対して水平方向にずらすように動作させることができる。これにより、本装置は、人の口腔内と同様に食品をすり潰しながら食塊を形成することができる。
【0012】
また、本発明の食塊形成装置において、前記咬合動作により離散した前記食品を、前記人工口腔空間の所定の位置に集める食品収集手段を備えていることが好ましい。
【0013】
本発明の食塊形成装置では、咬合動作によって食品が人工口腔空間に離散してしまう。このため、食塊形成装置に食品収集手段を設けて、離散した食品を人工口腔空間の所定の位置(例えば、人工舌の上面)に集める。これにより、本装置は、人の咀嚼をより忠実に再現して、食塊を形成することができる。
【0014】
また、本発明の食塊形成装置において、前記食品に対して水分を供給する水分供給手段を備えていることが好ましい。
【0015】
食塊形成装置に水分供給手段を設けることで、人工口腔空間に唾液に相当する水分が供給される。これにより、本装置は、水分で食品が塊状になり易く、人の咀嚼状態に近づけることができる。
【0016】
また、本発明の食塊形成装置において、前記人工口腔空間の前記食品又は前記食塊を撮像する撮像手段と、前記撮像手段が撮像した、前記食塊の画像から咀嚼状態を評価する評価手段と、を備えていることが好ましい。
【0017】
この構成によれば、人工口腔空間の食品又は食塊を撮像手段で撮像することで、評価手段がその画像から画像解析等によって咀嚼状態を評価する。これにより、本装置は、咀嚼状態の進行度合いを定量的に評価することができる。
【0018】
また、本発明の食塊形成装置において、前記評価手段は、前記食塊を局所変化と全体の均一性とから選ばれる1種又は2種により評価することが好ましい。
【0019】
食塊形成装置の評価手段は、人工口腔空間の食塊を局所変化、全体の均一性の1種(一方)又は2種(両方)で評価する。これにより、本装置は、正確に咀嚼状態の進行度合いを評価することができる。
【0020】
また、本発明の食塊形成装置において、咀嚼状態の異なる食塊の画像を入力して機械学習を行う機械学習手段を備え、前記機械学習手段で得られた判断手法により前記食塊を評価することが好ましい。
【0021】
この構成によれば、機械学習手段が咀嚼状態の異なる多数の食塊の画像を学習して、判断手法を確立する。これにより、本装置は、評価手段が食塊の状態を正確に評価できるようになる。
【0022】
本発明の咀嚼状態評価方法は、請求項1~7のいずれか1項に記載の食塊形成装置を用いて、前記食品の咀嚼状態を評価する方法であり、本発明の食感評価方法は、請求項1~7のいずれか1項に記載の食塊形成装置を用いて、前記食品の食感を評価する方法である。
【0023】
また、本発明の食感方法は、請求項1~4のいずれか1項に記載の食塊形成装置を用いる食塊の製造方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、様々な食品に対して、精度良く食感の評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図3】食塊形成装置による食塊形成プロセスのフローチャート。
【
図5】食塊形成装置による食塊形成の実験を説明する図。
【
図6A】食塊形成装置で食品を評価したときの結果(Contrast)を示すグラフ。
【
図6B】食塊形成装置で食品を評価したときの結果(Angular Second Moment)を示すグラフ。
【
図7A】食塊形成装置で食品を評価したときの結果(規格化Contrast)を示すグラフ。
【
図7B】食塊形成装置で食品を評価したときの結果(規格化Angular Second Moment)を示すグラフ。
【
図8A】食塊形成装置で2種類の食品を評価した結果(規格化Contrast)を示すグラフ。
【
図8B】食塊形成装置で2種類の食品を評価した結果(規格化Angular Second Moment)を示すグラフ。
【
図9A】2種類の食品をテクスチャーアナライザで評価した結果を示す図。
【
図9B】2種類の食品を官能評価した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
[第1実施形態]
以下、図面を参照して、本発明に係る食塊形成装置の第1実施形態について説明する。
【0027】
初めに、
図1、
図2を参照して、本発明に係る食塊形成装置1の概要を説明する。
【0028】
図1は、食塊形成装置1の概略図である。図示するように、食塊形成装置1は、主にロボットアーム2aと、ロボットハンド2bと、人の口腔内を再現する咀嚼機構部3とで構成されている。ロボットアーム2a及びロボットハンド2bは、本発明の「駆動手段」に相当する。
【0029】
ロボットアーム2aの先端部は下顎に相当し、下人工歯4が装着されている。下人工歯4の動作は2自由度であり(VAx,VAy)であり、咬断動作(咬合動作)と臼磨動作を行うことができる。また、アルミ製のフレーム11は上顎に相当し、上人工歯5が装着されている。
【0030】
咬断動作は、ロボットアーム2aを垂直方向(VAx)に駆動させることで、下人工歯4と上人工歯5とにより食品を咬合する動作である。また、臼磨動作は、ロボットアーム2aを水平方向(VAy)に駆動させて下人工歯4と上人工歯5とをずらし、食品をすり潰す動作である。
【0031】
下人工歯4、上人工歯5は何れも樹脂製であり、3Dプリンタを使用して作製される。なお、図示するように、下人工歯4、上人工歯5の中央部には、それぞれ溝、突起が形成されている。
【0032】
ロボットハンド2bの先端部(グリッパ可動部)には、人工舌6が装着されている。人工舌6の動作は垂直方向の運動(VBy)のみの1自由度である。人工舌6はシリコーンで作製され、その表面には弾性シートが貼付されており、人工舌6の上下運動に合わせて伸縮する。
【0033】
また、下人工歯4に隣接する部分には、人工頬7が取り付けられている。人工頬7はシリコーン製であり、ロボットアーム2aにより下人工歯4と同じ動作をする。咀嚼機構部3は上述の各構成を有しており、人工口腔空間に運搬された食品は、咀嚼運動を通じて粉砕され、すり潰され、唾液と混じり、食塊に変化していく。
【0034】
次に、
図2に、食塊形成装置1の全体斜視図を示す。図示するように、咀嚼機構部3の上方にフレーム11が配設されている。フレーム11には、上人工歯5の他、咀嚼した食品をかき集める収集舌8(本発明の「食品収集手段」)及びカメラ9(本発明の「撮像手段」)が装着されている。収集舌8として市販の綿棒を用いるが、咬合動作により人工口腔空間Sに離散した食品をかき集め、例えば、下人工歯4や人工舌6の上面に移動させる。
【0035】
また、カメラ9は、コンピュータと接続されたウェブカメラが望ましく、カメラ9は食品が咀嚼される様子を自動で撮像することができる。詳細は後述するが、カメラ9で撮像された画像からコンピュータ(本発明の「評価手段」)が画像解析を行って、さらに食塊(咀嚼の進行度合い)を評価する。これにより、食塊形成装置1は、食品の咀嚼状態を定量的に評価することができる。なお、咀嚼、食品の収集、画像撮影の各ステップは、コンピュータのプログラムにより自動制御する。
【0036】
また、下人工歯4及び人工舌6の側面にアクリルプレートを用いて壁面7’を作り、咀嚼された食品がこぼれないようにしている。さらに、人の口腔内を正確に再現するためには、唾液供給部(本発明の「水分供給手段」)が必要となる。今回、霧吹きを用いて食塊に水分(1回当り0.6ml)を投入したが、上人工歯5内に貯水部12を設け、食塊に対して所定時間毎に水分を供給するようにしてもよい。これにより、人工口腔空間Sに離散した食品が水分で小さな塊状になるため、食塊の形成に役立つ。このような構成により、食塊形成装置1は、人工口腔空間Sにおいて人の咀嚼を忠実に再現することができる。
【0037】
次に、
図3を参照して、食塊形成装置1による食塊形成プロセスを、フローチャートにより説明する。
【0038】
まず、食塊形成装置1において、カウンタiに「1」、咀嚼回数nに「0」をセットする(ステップS01)。食塊形成装置1においては、下顎が、固定された上顎に向かって動くため、咀嚼回数は下顎サイクル数ともいう。その後、ステップS02に進む。
【0039】
ステップS02では、カメラ9による撮像を開始する。具体的には、カメラ9が、この後開始する食品の咀嚼状態を撮像する。その後、ステップS03に進む。
【0040】
次に、カウンタiが上限サイクル数Nに到達したか否かを判定する(ステップS03)。上限サイクル数Nに到達した場合にはステップS08に進み、未だ到達していない場合にはステップS04に進む。
【0041】
カウンタiが上限サイクル数Nに到達していない場合(ステップS03で「NO」)、水分供給を実行する(ステップS04)。これは、人工口腔空間Sに唾液の代わりとなる水分を供給する処理である。その後、ステップS05に進む。
【0042】
ステップS05では、食品の咀嚼を実行する。ここで、咀嚼回数nに5を加算することから、下顎の動作を5回連続して実行する。5回目の下顎動作の前後で、人工舌6を上下に動作させ、食塊をかき混ぜる。これにより、人工口腔空間Sで食品の咀嚼が進むとともに、徐々に食塊が形成される。その後、ステップS06に進む。
【0043】
ステップS06では、食品の収集を実行する。これは、収集舌8(綿棒)が人工口腔空間S内に離散した食品をかき集める処理である。その後、ステップS07に進む。
【0044】
ステップS07では、カウンタiを1加算して、ステップS03にリターンする。そして、カウンタiが上限サイクル数Nに到達していなければ(ステップS03で「NO」)、再度ステップS04~S07の処理を繰り返す。
【0045】
一方、カウンタiが上限サイクル数Nに到達した場合(ステップS03で「YES」)、カメラ9が撮像を中止する(ステップS08)。その後、一連の食塊形成プロセスの処理を終了する。以上のように、食塊形成装置1は、食品毎に食塊形成の様子(咀嚼の進行度合い)を撮像し、分析する。
【0046】
次に、
図4A、
図4Bを参照して、食塊形成装置1の咀嚼軌道について説明する。
【0047】
本発明の食塊形成装置1では、人の下顎軌道を線形化し、平行四辺形型軌道として与える。
図4Aに示すように、上顎の歯(上人工歯5)と下顎の歯(下人工歯4)とが噛み合う位置を原点Oとし、水平方向にx軸、垂直方向にy軸をとる。そして、x軸方向、y軸方向の運動を時刻tの関数で表すと、その軌道は以下のフーリエ級数の形となる。なお、f[Hz]は周波数、X[mm]は臼磨長、Y[mm]は咬断長であり、α(0≦α≦2)は臼磨と咬断の長さの比を規定するパラメータである。
【0048】
(1)0≦α<1の場合
x(t)= αXA(t) ・・・(1A)
y(t)= YB(t) ・・・(1B)
(2)1≦α≦2の場合
x(t)= XA(t) ・・・(2A)
y(t)= (2-α)YB(t) ・・・(2B)
ただし、
【数1】
【数2】
【数3】
【0049】
図4Bは、パラメータを変化させた5種類(α=0,0.5,1.0,1.5,2.0)の軌道を示しており、矢印は動作方向を示している。今回、これら各軌道を採用した場合の食塊(咀嚼状態)を観察した。
【0050】
次に、
図5を参照して、食塊形成装置1による食塊形成の実験について説明する。
【0051】
今回、上限サイクル数N=6[回]、周波数f=1.0[Hz]、臼磨長X=10.0[mm]、咬断長Y=8.5[mm]に固定して、食塊形成装置1による食塊形成の実験を行った。試料の食品(A社のドーナツ,5.0g)を用いて、上述の各咀嚼軌道に対して10回ずつ実験を行い、咀嚼回数n=[0,5,10,15,20,25,30]の食塊画像を取得した。
【0052】
図5は、上から(a)α=0、(b)α=0.5、(c)α=1.0、(d)α=1.5、(e)α=2.0の場合の、食品の咀嚼回数に応じた画像を示している。図示するように、咀嚼回数が増加するにつれて次第に食塊が崩れていくことが分かる。また、咀嚼軌道によって、食品の崩れ方、まとまり方が異なっていることも見て取れる。
【0053】
次に、これらの食塊画像の相違を定量的に評価するため、同時生起行列(GLCM:Grey-Level Co-occurrence Matrix)を用いて画像テクスチャー解析を行う。ここで、同時生起行列とは、指定された空間関係にあるピクセルのペアが画像に発生する頻度を表す行列である(導出方法は省略する)。
【0054】
図5の各食塊画像の大きさは1920×1080pxであり、その中から224×224pxの部分をトリミングする(領域T)。そして、トリミングした画像をグレースケール画像に変換した後に同時生起行列を計算し、画像テクスチャー特徴量としてf
C: Contrast(局所変化)及びf
A: Angular Second Moment(全体の均一性)を算出する。
【0055】
Contrastは画像のグレーレベルの局所変化を示しており、Angular Second Momentは画像の均一性を示している。
【0056】
図6Aは、上記実験によるContrast(局所変化)の結果を示すグラフである。この結果には、食塊形成装置1による「人工食塊」と比較するため、人(被験者)が食品(A社のドーナツ,10.0g)を咀嚼したときの「ヒト食塊」のデータが含まれる(Human)。なお、「ヒト食塊」は、被験者がメトロノームに合わせて、周波数1.0[Hz]で自然に咀嚼した場合のデータである。
【0057】
図6Aでは、横軸が咀嚼回数n[回]、縦軸が局所変化f
C(平均)となっている。f
C(平均)は全10回の試行の平均値を用いており、咀嚼回数n=0[回]の値で規格化されている。この結果から、特にα=0.5~2.0のように水平方向の臼磨運動を含む場合に、f
C(平均)が一度増加し、その後、徐々に減少していく傾向があることが分かる。この理由としては、咀嚼初期に異質な部分が現れるが、咀嚼が進行すると次第に当該部分が減少していくことが考えられる。
【0058】
また、
図6A中の(i)、(ii)、(iii)は、それぞれα=1.0の場合の咀嚼回数n=0, 10, 30[回]を示しているが、
図5の対応する食塊画像(星マーク)からも、咀嚼による食塊の変遷が読み取れる。「ヒト食塊」のグラフとの比較では、f
C(平均)の大きさの違いはあるものの、食塊形成装置1による「人工食塊」のうちα=1.0が「ヒト食塊」に最も近い傾向を示した。
【0059】
図6Bは、上記実験によるAngular Second Moment(全体の均一性)の結果を示すグラフである。
図6Bでは、横軸が咀嚼回数n[回]、縦軸が全体の均一性f
A(平均)となっている。f
A(平均)は全10回の試行の平均値を用いており、咀嚼回数n=0[回]の値で規格化されている。
【0060】
グラフの傾向は、咬断運動に近い軌道のパラメータ(α=0,0.5)、臼磨運動に近い軌道のパラメータ(α=1.5,2.0)、中間的な軌道であるパラメータ(α=1.0)により、3つのグループに分けられる。「ヒト食塊」のグラフに注目すると、fA(平均)は、咀嚼回数n=10[回]までは減少していき、それ以降は単調増加していく傾向があることが分かる。
【0061】
ここでも、食塊形成装置1による「人工食塊」のうちα=1.0が「ヒト食塊」に近い傾向を示した。以上の結果から、本発明の食塊形成装置1は、適切な下顎軌道を与えることで、人間の食塊を再現できることが示唆された。
【0062】
今回、カメラ9が撮像した画像から、特徴量としてContrast(局所変化)及びAngular Second Moment(全体の均一性)を抽出して食塊(咀嚼状態)を評価したが、これらのうち少なくとも1つを用いて食塊を評価することもできる。
【0063】
また、カメラ9が撮像した撮像画像を、機械学習モデルで判断させて食塊を評価してもよい。具体的には、同じ食品(ドーナツ)で咀嚼状態の異なる入力画像を1000枚程用意する。入力画像は、咀嚼回数(例えば、0~30回)に応じた食塊画像を撮像して、これらを咀嚼回数に基づくクラスに分類し、教師データとする。
【0064】
そして、畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)のモデル学習を行い、咀嚼クラスの推定モデルを作成する。特に、畳み込みニューラルネットワークでは、画像を2次元データのまま入力可能で、有効な特徴量を学習の過程において自動で抽出することができる。これにより、新たな食塊画像を入力したとき、食塊の状態から咀嚼がどの程度進行したかを、簡便かつ迅速に判断することができる。
【0065】
[第2実施形態]
以下では、本発明に係る食塊形成装置の第2実施形態について説明する。
【0066】
第1実施形態では、食塊形成装置1で得られた食塊をカメラ9で撮影し、画像解析からContrast(局所変化)及びAngular Second Moment(全体の均一性)で食塊を評価した。第2実施形態は、食塊を画像解析する点は同じであるが、「規格化したContrast」及び「規格化したAngular Second Moment」という改良した評価値を用いて、食塊を評価する。
【0067】
まず、規格化したContrastのfC(n)(平均)の定義を説明する。fC(n)(平均)は、Contrastの全10回の試行の平均値に対して、fC(0)(平均)を差し引き(差分値)、さらに差分値の絶対値の最大値を用いて規格化した値である。
【0068】
f
C(n)(平均)は、次式で与えられる。
【数4】
【0069】
次に、規格化したAngular Second MomentのfA(n)(平均)の定義を説明する。fA(n)(平均)は、Angular Second Momentの全10回の試行の平均値に対して、fA(0)(平均)を差し引き(差分値)、さらに差分値の絶対値の最大値を用いて規格化した値である。
【0070】
f
A(n)(平均)は、次式で与えられる。
【数5】
【0071】
図7Aは、食塊形成装置1を用いて食品X(A社のドーナツ)を評価した場合のContrast(局所変化)の結果を示すグラフである。パラメータは、人が形成する「ヒト食塊」に近いα=1.0を採用した。また、(式6)において、咀嚼回数n=m={0,5,10,15,20,25,30}の場合をプロットし、グラフ化した。
【0072】
食塊形成装置1による「人工食塊」(実線)と比較するため、「ヒト食塊」のデータを破線で示す。なお、「ヒト食塊」は、被験者がメトロノームに合わせて、周波数1.0[Hz]で自然に咀嚼した場合のデータである。
【0073】
今回、
図6Aにおけるα=1.0とほぼ同じ条件であるため、規格化した局所変化f
C(n)(平均)は、はじめ単調増加して咀嚼回数n=10~20[回]で最大となり、その後、減少していく傾向が見られた。すなわち、咀嚼初期に異質な部分が現れるが、咀嚼が進行すると次第に当該部分が減少していく。「ヒト食塊」についても、同様である。
【0074】
図7Bは、食塊形成装置1で食品X(A社のドーナツ)を評価した場合のAngular Second Moment(全体の均一性)を示すグラフである。ここでも、パラメータとして、「ヒト食塊」に近いα=1.0を採用した。また、(式7)において、咀嚼回数n=m={0,5,10,15,20,25,30}の場合をプロットし、グラフ化した(実線)。
【0075】
fA(n)(平均)は、はじめ単調減少して咀嚼回数n=10~15[回]で最小となり、それ以降は少しずつ増加していく傾向が見られた。すなわち、咀嚼初期に均一性が一気に崩れるが、咀嚼が進行すると次第に均一性が回復していく。「ヒト食塊」(破線)についても、同様である。以上の結果から、本発明の食塊形成装置1は、適切な下顎軌道を与えることで、局所変化、全体の均一性の定義を変更しても、人間の食塊を再現することが示唆された。
【0076】
次に、
図8A、
図8Bを参照して、食塊形成装置1を用いて食感の異なる食品を評価できるか調べた結果について説明する。
【0077】
図8Aにおいて、実線のグラフは、食塊形成装置1で食品X(A社のドーナツ)を評価した場合のContrast(局所変化)の結果を示している。今回も、パラメータとして、「ヒト食塊」に近いα=1.0を採用した。また、(式6)において、咀嚼回数n=m={0,5,10,15,20,25,30}の場合をプロットした。
【0078】
破線のグラフは、食塊形成装置1で食品Y(B社のドーナツ)を評価した場合のContrastの結果を示している。パラメータや咀嚼回数n(m)は食品Xと同じとしたため、2つの波形が区別できれば、食塊形成装置1は、食品Xと食品Yの食感を区別できたことになる。ここでは、食品Xよりも食品Yの方が咀嚼の進行が早いことが見て取れる。
【0079】
また、
図8Bにおいて、実線のグラフは、食塊形成装置1で食品X(A社のドーナツ)を評価した場合のAngular Second Moment(全体の均一性)の結果を示している。ここでも、パラメータとして、「ヒト食塊」に近いα=1.0を採用した。また、(式7)において、咀嚼回数n=m={0,5,10,15,20,25,30}の場合をプロットした。
【0080】
破線のグラフは、食塊形成装置1で食品Y(B社のドーナツ)を評価した場合のAngular Second Momentの結果を示している。図示するように、食品Xよりも食品Yの方が均一性の回復が早く、咀嚼の進行が早いことが分かる。
【0081】
最後に、
図9A、
図9Bを参照して、食品X及び食品Yのテクスチャーアナライザによる評価、官能評価の結果を説明する。
【0082】
図9Aは、食品X及び食品Yをテクスチャーアナライザ(TA.XTplus:Stable Micro Systems社製)により評価したグラフである。
図9Aでは、横軸が咀嚼回数n[回]、縦軸が圧縮時最大応力[g]となっている。
【0083】
具体的には、食品X、食品Yのそれぞれについて、咀嚼5~30回目の食塊をテクスチャーアナライザによって計測し、圧縮時最大応力[g]を計測した。これによれば、食品Yの最大応力が食品Xの最大応力よりも常に小さく、柔らかいという結果が得られた。
【0084】
図9Bは、食品X及び食品Yを官能評価したグラフである。官能評価は評価者5名で行い、咀嚼はメトロノームに合わせて行った(100回/分に設定)。評価者は、VAS法にて0~10の尺度で評価し、評価者5名の6回の繰り返し評価の平均値を官能評価値とした。
【0085】
これによれば、官能評価によっても食品Yの方が、2倍以上スコア(口溶け)が高いという結果が得られた(P値は、多重比較検定での有意差を示す)。以上の結果から、同じドーナツであっても、食品Y(B社)の方が口溶けが良いということが実証され、本発明の食塊形成装置1により、食品X、食品Yの食感を区別することができた。
【0086】
このように、本発明に係る食塊形成装置1は、人工口腔空間Sで、人の口腔内のように食品を咀嚼して食塊を形成することができる。そして、食塊形成装置1に適切な下顎軌道を与えることで、人が食塊を形成する工程を再現することに成功した。食塊形成装置1を用いることで、例えば、新たに開発された食品が人にどのように咀嚼されるか等を調べることが可能になる。
【0087】
また、食塊の画像認識により、容易に咀嚼の進行度合いを評価できるので、食塊形成装置1は、複数の食品の食感を比較することもできる。なお、今回、食品としてドーナツを採用したが、他の食品であっても評価方法は同じである。しかしながら、機械学習モデルで食塊画像を評価する場合には、対象食品の咀嚼状態に応じた画像を予め学習させておく必要がある。
【符号の説明】
【0088】
1…食塊形成装置、2a…ロボットアーム、2b…ロボットハンド、3…咀嚼機構部、4…下人工歯、5…上人工歯、6…人工舌、7…人工頬、7’…壁面、8…収集舌、9…カメラ、11…フレーム、12…貯水部、S…人工口腔空間。