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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-11
(45)【発行日】2025-04-21
(54)【発明の名称】重水素化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 37/00 20060101AFI20250414BHJP
   C07B 59/00 20060101ALI20250414BHJP
   C07C 39/14 20060101ALI20250414BHJP
   C07D 209/82 20060101ALI20250414BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20250414BHJP
【FI】
C07C37/00
C07B59/00
C07C39/14
C07D209/82
C07B61/00 300
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2024224443
(22)【出願日】2024-12-19
【審査請求日】2025-02-26
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100213436
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 直俊
(72)【発明者】
【氏名】土橋 祐太
(72)【発明者】
【氏名】並木 航太
(72)【発明者】
【氏名】永木 愛一郎
(72)【発明者】
【氏名】岡本 和紘
【審査官】増永 淳司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/070853(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/080202(WO,A1)
【文献】特開2014-111561(JP,A)
【文献】国際公開第2011/043254(WO,A1)
【文献】特開2023-79215(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2021-0071545(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第111099955(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 37/00
C07C 39/14
C07D 209/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒と触媒との共存下で、芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物と重水素源とを接触させる重水素化工程を含み、
前記溶媒は、2-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールのうちの少なくとも一つを含み、
前記触媒はイリジウムを含み、
前記重水素源として、重水及び重水素化溶媒のうちの少なくとも一つを含む重水素化合物の製造方法。
【請求項2】
前記重水素化工程では、前記重水素源を含む溶媒から水素ガス又は重水素ガスを発生させる請求項1に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項3】
前記触媒は、イリジウム以外の第3族~第11族に属する金属を更に含む共担持触媒である請求項2に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項4】
前記共担持触媒における、イリジウム担持割合は、前記共担持触媒の0.5重量%以上6重量%以下であり、
前記共担持触媒における、前記金属の担持割合は、前記共担持触媒の0.3重量%以上10重量%以下である請求項3に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項5】
前記共担持触媒における、イリジウムと前記金属との重量比は、1:0.05から1:12の範囲である請求項3に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項6】
前記共担持触媒における、イリジウムと前記金属との重量比は、1:0.05から1:12の範囲である請求項4に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項7】
前記金属として、白金、パラジウム、ロジウム及びルテニウムのうちのから選ばれる少なくとも一つを含む請求項3から6の何れか一項に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項8】
前記化合物を溶媒に溶解させた溶液と前記重水素源としての重水とを混合させた原料溶液を、前記触媒を充填した反応カラムに流通させて、前記化合物と前記重水素源とを接触させる請求項1から6の何れか一項に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項9】
前記重水素源が重水である請求項1から6の何れか一項に記載の重水素化合物の製造方法。
【請求項10】
前記重水素化工程は、密閉系で行われる請求項1から6の何れか一項に記載の重水素化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
重水素原子は、水素原子の安定同位体の一種であり、水素原子とは異なる物理的性質を有している。従って、重水素化された化合物は、通常の化合物とは物性が異なるだけでなく、異なる化学反応性を示すことがある。具体的には、化合物を重水素化することにより、その化合物に新たな機能を付与できる可能性がある。そのため、電子材料、有機EL材料等をはじめとする様々な機能性材料への重水素化化合物の応用が期待されている。
【0003】
特許文献1には、芳香環の重水素化方法が開示されている。この芳香環の重水素化方法は、活性化された触媒を用いて行われる。この芳香環の重水素化方法は、芳香環を有する化合物を、活性化された、白金触媒、ロジウム触媒、ルテニウム触媒、ニッケル触媒及びコバルト触媒より選ばれる触媒の共存下、重水素源と反応させて、芳香環を有する化合物を重水素化する。
【0004】
特許文献1に開示された芳香環の重水素化方法における、活性化された、白金触媒、ロジウム触媒、ルテニウム触媒、ニッケル触媒及びコバルト触媒より選ばれる触媒とは、いわゆる白金触媒、ロジウム触媒、ルテニウム触媒、ニッケル触媒或いはコバルト触媒が水素ガスあるいは重水素ガスと接触することにより活性化されたものであるとされている。
【0005】
特許文献1に開示された芳香環の重水素化方法では、活性化された触媒として、活性化されていない触媒を予め活性化させておいたものを使用してもよく、また、反応系に水素ガス或いは重水素ガスを存在させれば、活性化されていない触媒も同様に用いることが出来るとされている。そして、反応系に水素ガス或いは重水素ガスを存在させるには、反応液に直接水素ガス或いは重水素ガスを通過させるか、或いは密封した本発明の重水素化の反応系を水素ガス或いは重水素ガスで置換すればよいことが開示されている。
【0006】
特許文献1には、フェノールなどの芳香環の化合物、触媒としての白金カーボン又は塩化白金カリウム及び重水を懸濁させ、密封した反応系を水素置換した後、油浴中160℃で約24時間反応させて(つまり、バッチ式で反応させて)重水素化し、重水素化率が65から99%であった場合が開示されている。
【0007】
特許文献2には、芳香族化合物の重水素化方法が開示されている。この芳香族化合物の重水素化方法では、2-プロパノール、2-ブタノール及び3-ペンタノールから選ばれる少なくとも1種の溶液と、白金触媒、ロジウム触媒及びルテニウム触媒から選ばれる触媒との共存下で、重水及び重水素化溶媒から選ばれる重水素源と芳香族化合物とを接触させることで、触媒を予め水素ガス又は重水素ガスで活性化することなく、あるいは、水素ガス又は重水素ガスを反応系内に共存させることなく、効率よく目的の芳香族化合物の水素を重水素化できるとされている。
【0008】
特許文献2に開示された芳香族化合物の重水素化方法では、重水素化反応の反応時間は、通常、1時間から50時間とされている。特許文献2には、実施例として、例えばビフェニルなどの芳香族化合物と白金炭素のような白金触媒とに2-プロパノールなどの溶媒と重水とを加えて、試験管中(つまり、バッチ処理で)3時間から24時間の反応時間の範囲で各種の芳香族化合物を反応させて重水素化し、重水素化率が9%から99%であった場合が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2004/011400号
【文献】特開2014-111561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来技術にあっては、芳香環を有する化合物のような化合物を重水素化して重水素化合物を製造する場合に、24時間といった長い反応時間を要したり、また、バッチ式での反応制御を要したり(それぞれ、例えば特許文献1、2参照)していた。そのため、効率的に重水素化合物を得られない場合があった。
【0011】
本発明は、かかる実状に鑑みて為されたものであって、その目的は、効率的に重水素化合物を得ることができる重水素化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明に係る重水素化合物の製造方法は、
溶媒と触媒との共存下で、芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物と重水素源とを接触させる重水素化工程を含み、
前記溶媒は、2-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールのうちの少なくとも一つを含み、
前記触媒はイリジウムを含み、
前記重水素源として、重水及び重水素化溶媒のうちの少なくとも一つを含む。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、効率的に重水素化合物を得ることができる重水素化合物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例で用いた反応装置の構成を説明する図である。
図2】実施例で用いた別の反応装置の構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態に係る重水素化合物の製造方法について説明する。
【0016】
まず、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法の概要を説明する。
【0017】
本実施形態に係る重水素化合物の製造方法は、溶媒と触媒との共存下で、芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物と重水素源とを接触させる重水素化工程を含み、溶媒は、2-プロパノール(IPA)及びヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)のうちの少なくとも一つを含み、触媒はイリジウムを含み、重水素源として、重水及び重水素化溶媒のうちの少なくとも一つを含む。
【0018】
本実施形態に係る重水素化合物の製造方法では、効率的に重水素化合物を得ることができる。
【0019】
詳述すると、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法では、イリジウムの触媒作用により、2-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールのうちの少なくとも一つを含む溶媒と重水及び重水素化溶媒のうちの少なくとも一つを含む重水素源とから、水素ガス又は重水素ガスが発生するため、反応系外から水素ガス又は重水素ガスを導入せずとも、重水素化反応の反応系中に水素ガス又は重水素ガスが供給される。したがって、反応系外からの水素ガス又は重水素ガスの添加工程を要せず、また、事前の触媒活性化工程を必要としない、効率的な重水素化反応を行うことができる。
【0020】
以下、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法について詳述する。
【0021】
上述のように、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法では、溶媒と触媒との共存下で、芳香環又は複素環を有する化合物(以下、芳香族化合物等と称する場合がある)と重水素源とを接触させる工程を行い、芳香環又は複素環を有する化合物を重水素化した重水素化合物を得る。
【0022】
芳香族化合物等は、軽水素(質量数1の水素)と、芳香環及び複素環からなる群より選択される少なくとも1種の環構造とを有する化合物、すなわち、芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物である限り特に限定されない。芳香族化合物等は、芳香環及び複素環の何れか一方のみを有する化合物であってもよいし、芳香環及び複素環の双方を有する化合物であってもよい。また、化合物中に含まれる環構造の数は、一つでもあってもよいし、二つ以上であってもよい。
【0023】
また、化合物が有する芳香環において、一つの環骨格を構成する炭素原子の数は、特に限定されないが、5以上7以下であることが好ましく、5又は6であることがより好ましく、6であることが特に好ましい。
【0024】
軽水素と芳香環とを有する化合物としては、例えば、ベンゼン、トルエン、o-キシレン、m-キシレン、p-キシレン、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、ピロカテコール、レソルシノール、ハイドロキノン、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレン、ペリレン、1-ナフトール、2-ナフトール、ビフェニル、アズレン、1-アントロール、2-アントロール、9-アントロール、1-フェナントロール、2-フェナントロール、3-フェナントロール、4-フェナントロール、9-フェナントロール、アニリン、ジフェニルアミン、2,6-ジメチルアニリン、ベンジジン、安息香酸、サリチル酸、1-ナフトエ酸、2-ナフトエ酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ベンズアルデヒド、サリチル酸、1-ナフトアルデヒド、2-ナフトアルデヒド、フタルアルデヒド、イソフタルアルデヒド、テレフタルアルデヒド等が例示できる。
【0025】
化合物が有する複素環とは、環骨格中にヘテロ原子を有するものであり、ヘテロ原子としては、酸素原子、窒素原子、硫黄原子、リン原子又はケイ素原子が好ましく、窒素原子又は硫黄原子がより好ましい。複素環は、芳香族性を示すものであっても、芳香族性を示さないものであってもよいが、芳香族性を示すものが好ましい。
【0026】
化合物が有する複素環において、一つの環骨格中のヘテロ原子の数は、該環骨格を構成する原子の総数にもより、特に限定されないが、1以上3以下であることが好ましく、1又は2であることがより好ましい。一つの環骨格中のヘテロ原子の数が複数である場合には、これら複数のヘテロ原子は、すべて同一種類でもよいし、一部が同一種類でもよいし、すべて異なる種類でもよい。一つの環骨格中に複数種類のヘテロ原子を含む場合には、その組み合わせは特に限定されないが、窒素原子及び硫黄原子の組み合わせが好ましい。なお、化合物が有する複素環は、単環式及び多環式のいずれでもよいが、多環式である場合には、二環式又は三環式であることが好ましい。
【0027】
軽水素と複素環とを有する化合物としては、例えば、ピロール、フラン、チオフェン、イミダゾール、1-メチルイミダゾール、2-メチルイミダゾール、1,2-ジメチルイミダゾール、2-メチル-5-ニトロイミダゾール、1,2-ジメチル-5-ニトロイミダゾール、2-メチル-5-ニトロイミダゾール-1-エタノール、ピラゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、チアゾール、イソチアゾール、1,2,3-トリアゾール、1,2,4-トリアゾール、ピリジン、ピラジン、ピリダジン、ピリミジン、2H-ピラン、4H-ピラン、ピペリジン、ピペラジン、モルホリン、キノリン、イソキノリン、プリン、インドール、ベンゾイミダゾール、2-ヒドロキシベンゾイミダゾール、2-アミノベンゾイミダゾール、ベンゾチオフェン、フェナジン、フェノチアジン、ニコチン酸、イソニコチン酸、ニコチンアルデヒド、イソニコチンアルデヒド等が例示できる。
【0028】
なお、軽水素と芳香環とを有する化合物及び軽水素と複素環とを有する化合物は、上記で具体的に例示した化合物の少なくとも一つの水素原子が置換基で置換されたものでもよい。置換基で置換される水素原子の数は、芳香環又は複素環の種類にもよるが、1以上3以下であることが好ましい。置換基は、本発明の効果を妨げないものであれば特に限定さない。具体的には、置換基としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アリールアルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルコキシアルキル基、アリールオキシアルキル基、アルコキシカルボニルアルキル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アルキルカルボニルオキシアルキル基、アルキルカルボニルオキシ基、アリールカルボニルオキシ基、ヒドロキシアルキル基、ヒドロキシアリール基、水酸基、カルボキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン原子が例示できる。
【0029】
軽水素と芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物としては、例えば、上記で具体的に例示した軽水素と芳香環とを有する化合物から水素原子を除いたもの同士、軽水素と複素環とを有する化合物から水素原子を除いたもの同士又は軽水素と芳香環とを有する化合物から水素原子を除いたものと軽水素と複素環とを有する化合物から水素原子を除いたものとが、水素原子が除かれた原子間で互いに結合した構造を有するものでも良い。この時の互いに結合しているものの組み合わせは特に限定されず、例えば、芳香環のみを有する化合物、複素環のみを有する化合物、芳香環及び複素環を有する化合物からなる群から選択される。また、結合している上記化合物の数は特に限定されないが、2又は3であることが好ましく、2であることがより好ましい。このような化合物としては、2-(4-チアゾイル)ベンゾイミダゾール、1-フェニルイソキノリン、1-フェニルピラゾール、p-トリルピリジン、フェニルピリジンが例示できる。
【0030】
重水素化に用いる溶媒(以下、反応溶媒と称する場合がある)には、2-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールから選ばれる少なくとも1種を含む溶媒、すなわち、2-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールのうちの少なくとも一つを含む溶媒を用いる。
【0031】
反応溶媒は、2-プロパノールとヘキサフルオロ-2-プロパノールとを含んだ(併用した)溶媒であってもよい。反応溶媒として2-プロパノールとヘキサフルオロ-2-プロパノールとを併用する場合、これら溶媒の比率は目的に応じて、例えば重水素化する芳香族化合物等の溶解性などに応じて適宜選択し得る。
【0032】
反応溶媒は、2-プロパノールとヘキサフルオロ-2-プロパノール以外の溶媒含んでもよい。溶媒中の2-プロパノールやヘキサフルオロ-2-プロパノールの比率を下げることで、重水素化反応系における重水素原子の占める比率を向上させることができる場合がある。2-プロパノールやヘキサフルオロ-2-プロパノールはヒドロキシ基に軽水素原子である遊離プロトンを有していることから、これら溶媒の存在により、重水素化反応系における重水素原子の占める比率が下がる。そこで、反応溶媒中の2-プロパノールやヘキサフルオロ-2-プロパノールの比率を下げることで、重水素化反応系における重水素原子の占める比率を高め、重水素化反応の結果得られる芳香族化合物等の重水素化率を高めることができる場合がある。
【0033】
2-プロパノールとヘキサフルオロ-2-プロパノールと以外の反応溶媒に含み得る溶媒は、好ましくは、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン、シクロノナン、シクロデカン等の炭化水素系溶媒;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸イソプロピルなどのエステル系溶媒;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒、等が例示でき、酢酸エチルがより好ましいが、芳香族化合物等の溶解性などに応じて適宜選択し得る。
【0034】
重水素源は、反応系に重水素(デューテリウム)を供給する分子(化合物を含む)又はイオンである。なお、重水素とは、質量数2の水素の安定同位体で、DあるいはHと表記されるものである。
【0035】
重水素源の一例は、重水又は重水素化溶媒である。
【0036】
重水素源としては、コストや入手のしやすさを考慮すると重水を用いることが好ましいが、例えば重水素化メタノールなどの重水素化された遊離プロトンを有する化合物や、重ベンゼンのような重水素化された芳香族化合物等のような重水素化溶媒(重水素化された溶媒)であれば用いることができる。
【0037】
重水素源として重水を用いる場合、その重水の純度としては特に限定されることなく、好ましくは90atom%以上、より好ましくは95atom%以上、特に好ましくは99atom%以上のものを使用し得る。
【0038】
触媒は、少なくともイリジウムを含むものを用いる。触媒が含むイリジウムは、金属状又はイリジウムを含む化合物の状態であってよい。これにより、反応溶媒と触媒との共存下で芳香族化合物等と重水素源とを接触させて、芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物を重水素化する重水素化工程を行う際に、重水素源を含む溶媒から水素ガス又は重水素ガスを発生させつつ原料化合物を重水素化することができる。詳述すると、触媒として少なくともイリジウムを含むものを用いることで、重水素化工程を行う際に重水素源を含む溶媒から水素ガス又は重水素ガスを発生させて、これにより、重水素化を促進し、効率的に重水素化合物を得ることができる。なお、水素ガス又は重水素ガスとの意味合いには、水素ガスと重水素ガスとのうちの少なくとも一方の場合の意味と、水素ガス及び重水素ガスの場合の意味とを含む。
【0039】
触媒は、イリジウムと共に、第3族~第11族に属する金属(つまり、遷移金属)で、重水素化反応の触媒機能を有する公知のものを含み得る。触媒は、イリジウム以外の遷移金属を一種含んでもよいし、二種以上を含んでもよい。触媒がイリジウム以外に二種以上の遷移金属を含む場合、その組み合わせ及び比率は目的に応じて適宜選択し得る。触媒が含む遷移金属は、金属状又は遷移金属を含む化合物の状態であってよい。触媒が遷移金属を更に含むことで重水素化工程を行う際の重水素化を更に促進し、効率的に重水素化合物を得ることができる。
【0040】
触媒が含むイリジウム以外の遷移金属は、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムが好ましく、白金及びパラジウムが特に好ましい。
【0041】
すなわち、触媒は、イリジウムと共に、白金、パラジウム、ロジウム及びルテニウムから選ばれる少なくとも一つの白金族の金属を含み得る。触媒が含む白金族の金属は、金属状又はこれら金属を含む化合物の状態であってよい。触媒がこれら白金族の金属を更に含むことで重水素化工程を行う際の重水素化を更に促進し、いっそう効率的に重水素化合物を得ることができる。
【0042】
触媒は、イリジウムと、上記白金族の金属との共担持触媒であってよい。なお、本実施形態における担持触媒とは、イリジウムと上記白金族の金属とが共通の担体上に担持されたもののことである。
【0043】
触媒の担体は、一般的に遷移金属(白金族を含む)が担持された固定化触媒において用いられる担体を用いることができる。担体は、例えば活性アルミナ、活性炭、シリカ、セリア、樹脂ポリマーであってよい。担体は、活性アルミナを用いることが好ましい。
【0044】
重水素化工程における反応装置の反応容器もしくは反応菅の具体的形状は問わないが、押し出し流れ型反応器(管型反応器、PFR、いわゆるフローリアクタ)であると、反応装置が小型化され、また反応時間を短くすることができ、効率的に重水素化合物を得ることができるため好ましい。
【0045】
重水素化工程における反応装置が反応菅を有する押し出し流れ型反応器である場合を例示して好ましい装置形態及び操作を説明すると、以下のようである。
【0046】
反応菅は、円筒型の容器(カラム)を用いてよい。反応菅には、上述の触媒(一例として、イリジウムと白金とを共担持した共担持触媒)を充填した状態としてよい。以下では、触媒を充填した反応菅を、反応カラムと称する。
【0047】
この反応カラムに、芳香族化合物等を溶解した反応溶媒(芳香族化合物等を反応溶媒に溶解させた溶液)と重水素源(一例として重水)とを含む流体(以下、原料溶液と称する)を流通させることで、重水素化反応の反応場を構築することができる。
【0048】
重水素化反応は、反応カラムに供給された原料溶液を加熱することにより進行させることができる。重水素化反応の反応温度(つまり、原料溶液を加熱する温度)は、芳香族化合物等に含まれている基質の種類や原料溶液の濃度等を考慮して適宜調整し得るが、40℃以上250℃以下であることが好ましく、100℃以上180℃以下であることがより好ましい。
【0049】
反応装置は、反応カラムを加熱して、反応カラムに供給された原料溶液を加熱する加熱機構を有することが好ましい。原料溶液を加熱することで、重水素化反応が促進される。加熱機構は、加熱時の温度を所望の範囲に設定できるものであれば熱源や加熱方法は問わず、例えば、オイルバスを使用する加熱方法や、管状炉による加熱方法、マイクロ波の照射による加熱方法を選択し得る。
【0050】
また、反応カラムの下流側の流路(反応カラムの出口に続く流路)には、反応場となる反応カラム内の圧力(いわゆる背圧、以下、反応圧力と称する場合がある)を一定圧力以上に保持するための圧力制御弁(いわゆる背圧弁)が設けられているとよい。
【0051】
背圧弁を設けて反応圧力を一定圧力以上に保持することで、反応カラム内で原料溶液が加熱された際(例えば原料溶液の溶媒が大気圧(常圧)における沸点以上の温度となった際)の気泡の発生(気化)を抑制し、反応カラム内部での流体の滞留時間の減少や、これによる反応時間の短縮を抑制して、重水素化反応を十分に促進させることができるようになる。
【0052】
背圧弁を設けて反応圧力を一定圧力以上に保持することで、イリジウムの触媒作用により生じた水素ガスや重水素ガスが即時に反応溶媒に溶解し、重水素化の促進に寄与するようになる。
【0053】
また、背圧弁を設けて反応圧力を一定圧力以上に保持することで、溶解度の低い芳香族化合物等を用いた場合における、反応カラム内での芳香族化合物等の析出を抑制することができる。詳述すると、原料溶液中の溶媒の一部が気化すると、原料溶液から芳香族化合物等が析出しやすくなるが、このような析出が生じると、反応カラムの閉塞の原因となることがある。そこで、背圧弁を設けて反応圧力を一定圧力以上に保持することで原料溶液中の溶媒の気化を抑制し、芳香族化合物等が析出やこれによる反応カラムの閉塞を抑制することができるのである。
【0054】
反応圧力は大気圧以上に調整することが好ましく、例えば、ゲージ圧で0.5MPa以上3MPa以下であることが好ましく、1MPa以上2MPa以下であることがより好ましい。
【0055】
反応圧力を上記の下限値以上にすることで、上述のように原料溶液中の溶媒の気化が抑えられると共に、重水素化反応系内で発生した重水素ガスが溶媒に溶解しやすくなって、重水素化反応がより良く促進され、高い反応効率と反応時間の短縮とが実現される。
【0056】
また、反応圧力を上記の上限値以下にすることで、芳香族化合物等に含まれている基質や重水素化合物の分解を抑制する高い効果が得られる。また、反応圧力が上記の上限値以下であれば、耐圧性が高い反応器が不要となって、低コストで目的物を製造できるようになる。
【0057】
反応カラムは、入口及び出口以外の部分で密閉性を有することが好ましい。なお、密閉とは、すきまのないように、ぴったりと閉じていることであり、密閉性が高い、とは、隙間のないようにぴったりと閉じている状態を良好に維持できることをいう。
【0058】
なお、反応カラム内での原料溶液の滞留時間は、芳香族化合物等に含まれている基質の種類や原料溶液濃度、反応温度など考慮して適宜調整し得るが、10秒以上600秒以下であることが好ましく、60秒以上300秒以下であることがより好ましく、100秒以上200秒以下であることが特に好ましい。反応カラム内での原料溶液の滞留時間は、反応菅の寸法や、送液に使用するポンプ又はポンプ機構の種類や出力で調整してよい。
【0059】
重水素化反応において、反応カラムへの原料溶液の供給量や原料溶液中の各成分の割合(濃度)は、芳香族化合物等の種類や目標重水素化率等を考慮して適宜調整すれば良い。例えば、原料溶液中に含む重水の割合は、芳香族化合物等も含めた反応系内における重水素化反応に寄与する重水素及び軽水素の総量に占める重水素量の割合が、目標重水素化率と同等以上になる割合とすることができる。
【0060】
原料溶液中の各成分の割合(濃度)は、バッチ式で原料溶液を調製することによって調整してもよいし、連続式のミキサ(例えば、マイクロミキサ)を用いて、連続的に各成分を混合して調製してもよい。
【0061】
反応カラム及び反応カラムに接続する流路配管を形成する素材(材質)は、重水及び有機溶媒によって腐食しないものであれば特に限定されない。反応カラム及び反応カラムに接続する流路配管を形成する好適な素材は、例えば、ステンレスなどの金属合金、フッ素樹脂(例えばPFTF)のような樹脂、硼珪酸ガラス及び石英管である。
【0062】
反応装置は、原料溶液の送液に使用するポンプ又はポンプ機構(以下、ポンプ等と称する)を有してよい。原料溶液の送液に用いるポンプ等は特に限定されず、工業的に使用され得るものを適宜選択しうる。ポンプ等は、送液時に脈動を生じないものが好ましい。ポンプ等の具体例は、プランジャーポンプ、ギアーポンプ、ロータリーポンプ、ダイヤフラムポンプである。
【0063】
反応装置における、反応カラム、加熱機構、背圧弁及びポンプ以外の構成機器(以下、周辺機器と称する)は特に限定されない。周辺機器は目的に応じて適宜選択できる。周辺機器の一例は、センサー、及び製造された重水素化合物(重水素化された化合物)を貯蔵するタンクである。
【実施例
【0064】
以下では、実施例に基づいて、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法を説明する。
【0065】
(実施例1)
実施例1は、図1に示す反応装置100を用いて、芳香族化合物等としての1-ナフトールを重水素化する重水素化反応(重水素化工程)を行った。
【0066】
触媒は、日本軽金属製のθ-アルミナ粉末担体(型式:JRC-ALO-10)にイリジウム(Ir)のみを担持した担持触媒を用いた。担持触媒中のイリジウム(Ir)の担持量(含有量)は5.0wt%とした。したがって、この担持触媒にはイリジウム(Ir)以外の遷移金属は担持しておらず、この担持触媒におけるイリジウムの担持量と、イリジウム以外の遷移金属の担持量との比率(重量比、以下、担持比と称する)は1:0である。
【0067】
原料溶液は、以下の処方で調製した。反応溶媒として、2-プロパノール(IPA)を用いた。また、重水素源として重水を用いた。
【0068】
原料溶液は、反応溶媒(IPA)と重水素源との混合比が3対7(3:7)となり、また、原料溶液における芳香族化合物等の濃度が0.1Mとなるようにそれぞれを計量し、これらを混合し、また溶解させて調製した。
【0069】
反応装置100は、触媒を充填され、原料溶液を供給される反応カラム2と、反応カラム2に原料溶液を供給する送液ポンプ1と、反応カラム2の背圧を調節する背圧弁3と、反応カラム2から排出された反応後の溶液である反応溶液を貯留する反応溶液受けフラスコ4とを備えている。送液ポンプ1と、反応カラム2、背圧弁3及び反応溶液受けフラスコ4は、この順に配管で接続されている。
【0070】
反応装置100では、芳香族化合物等を反応溶媒に溶解させた溶液と重水素源としての重水とを混合させた原料溶液を、触媒を充填した反応カラム2に流通させて、芳香族化合物等と重水素源とを接触させる操作を行う。
【0071】
送液ポンプ1は、原料溶液を貯留した原料容器(図示せず)から原料溶液を吸い上げて、反応カラム2へ供給する。送液ポンプ1としては、HARBARD製のシリンジポンプ(型式:PHD ULTRA H70-3005)を採用した。
【0072】
反応カラム2のカラムには、外径が6.45mm、内径が4.45mm、長さが50mmの、ステンレス(SUS304)製の、入口及び出口以外での密閉性が高い筒状容器を用いた。つまり、本実施例においては、反応系の密閉性は担保されている(反応系の密閉性:有)。
【0073】
この反応カラム2に担持触媒を0.75g充填し、100℃のオイルバス(ヤマト科学製、型式:BO500)に浸漬した。つまり、本実施例における反応温度を100℃とした。
【0074】
反応カラム2は、いわゆるフローリアクタとして用いた。反応カラム2へ連続的に供給する原料溶液の供給速度及び反応カラム2内の圧力(背圧、反応圧力)は、送液ポンプ1の出力と背圧弁3の開度とを調節して、0.1mL/minで0.5MPaとした。
【0075】
以上説明した実施例1の条件を表1に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
以上説明した条件に従って重水素化反応を行い、反応溶液受けフラスコ4で反応溶液を回収した。なお、重水素化反応中に、反応カラム2で、水素及び重水素ガスと考えられる気泡の発生が確認できた。また、重水素化反応中に溶媒の気化は確認できなかった。
【0078】
反応溶液に含まれる重水素化合物は、以下のようにしてNMR(核磁気共鳴)分析により同定した。
【0079】
NMR分析には、核磁気共鳴装置(日本電子株式会社製、型式:JNM-ECS400)を用いた。
【0080】
まず、重水素化されていない試料(芳香族化合物等)と重水素化された試料(反応溶液に含まれる重水素化合物)について、H-NMRを測定し、重水素化されていない試料では観測されたピークが、重水素化された試料では消失又は大幅に低減していることで、重水素化が進行したことを確認した。
【0081】
NMRの測定方法及び重水素化率の算出方法は、以下のようにして行った。すなわち、内部標準物質を含有したNMR溶媒を用いて試料(反応溶液に含まれる重水素化合物)を溶解し、H-NMRの測定を行った。そして、内部標準物質又は分子内標準部位のプロトンピークの積分値を基準として、芳香環部位の重水素化率(平均重水素化率)を算出した。
【0082】
本実施例における重水素化率は58%であった。
【0083】
収率は、反応溶液の溶媒成分(重水を含む)をロータリーエバポレーターで十分に減圧留去した後、残留物の重量を測定することで算出した。すなわち、原料溶液の調製に使用した芳香族化合物等の重量と、残留物の重量とに基づいて、収率を算出した。具体的には、「収率(%)=残留物の重量/芳香族化合物等の重量×100」として求めた。
【0084】
本実施例における収率は99%(以下、「>99%」と表記する場合がある)であった。
【0085】
このように、イリジウムを触媒として用いることで、効率的な芳香族化合物等の重水素化を実現することができた。具体的には、長時間の滞留時間を要せず連続的な重水素化を実現し、また、反応系外から水素ガス又は重水素ガスを導入する操作を無くすことができた。また、触媒を活性化する工程も無くすことができた。これは、重水素化反応(重水素化工程)を行う際に重水素源を含む溶媒(原料溶液)から水素ガス又は重水素ガスを発生させて、これにより、芳香族化合物等の重水素化を促進し、効率的に芳香族化合物等の重水素化合物を得ることができたと考えられる。
【0086】
以上の評価結果(収率及び重水素化率)を併せて表1に示す。
【0087】
実施例2-10は、表1に示すように、実施例1とは異なり、イリジウムと共に、イリジウム以外の遷移金属を担体に担持した担持触媒(共担持触媒)を用いた。そして、これら実施例毎に、イリジウム(Ir)の担持量、イリジウムと共に担体に担持するイリジウム以外の遷移金属の種類、イリジウム以外の遷移金属の担持量及び担持比のうちの一つ以上を実施例1とは異ならせ、その他は実施例1と同じとした。なお、実施例5-8では、イリジウム以外の遷移金属として、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、白金及びパラジウム(Pt/Pd)をこの順で用いた。これら実施例の評価結果も併せて表1に示す。
【0088】
実施例11は、表1に示すように、芳香族化合物等の種類を2-ヒドロキシカルバゾールとした点で実施例3とは異なり、その他は実施例3と同じとした。この実施例の評価結果も併せて表1に示す。
【0089】
実施例12-14は、表1に示すように、反応溶媒としてヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)又は2-プロパノール(IPA)と酢酸エチルとを混合した溶媒を用いた点と、反応装置100とは別の、図2に示す反応装置200を用いて重水素化反応を行った点とで実施例3と異なり、その他は実施例3と同じとした。
【0090】
反応装置200は、送液ポンプ1として並列に配列された送液ポンプ11,12を有し、送液ポンプ11,12と反応カラム2との間にマイクロミキサ5が配置されている点で反応装置100と異なり、その他は反応装置100と同じである。
【0091】
反応装置200では、送液ポンプ11から供給された第一液体と送液ポンプ12から供給された第二液体とがマイクロミキサ5に連続的に供給され、また、マイクロミキサ5で連続的に混合されて原料溶液として調製される。マイクロミキサ5で調製された原料溶液は反応カラム2に供給される。
【0092】
本実施例において、第一液体は、反応溶媒に芳香族化合物等を溶解させたものである。また、第二液体は、重水である。
【0093】
第一液体には、第一液体と第二液体とが混合されて原料溶液となった際に原料溶液における芳香族化合物等の濃度が0.1Mとなるように芳香族化合物等を溶解させた。
【0094】
なお、実施例13、14の場合の第一溶液における2-プロパノール(IPA)と酢酸エチルとの混合比は、原料溶液における反応溶媒と重水素源との混合比、すなわち、原料溶液における2-プロパノール(IPA)、酢酸エチル及び重水の混合比がこの順に表1に示す値となるように調整した。
【0095】
送液ポンプ11、12の出力は、原料溶液における反応溶媒と重水素源との混合比が表1の値となるようにそれぞれ調節した。これら実施例の評価結果も併せて表1に示す。
【0096】
比較例1は、表1に示すように、イリジウムに代えてイリジウム以外の遷移金属である白金(Pt)のみが担持された担持触媒を用い、また、イリジウム以外の遷移金属としての白金の担持量を表1に示す値とした点で実施例1とは異なり、その他は実施例1と同じとした。比較例1の評価結果も併せて表1に示す。なお、重水素化反応中に、反応カラム2での気泡発生は確認できなかった。
【0097】
比較例2は、反応装置100を用いず、担持触媒を充填した試験管中に原料溶液を仕込んで5分間反応させて反応溶液を得た点で実施例3と異なり、その他は実施例3と同じとした。なお、比較例2において、試験管は外部に開放されており、反応系は密閉されていない(反応系の密閉性:無)。比較例2の評価結果も併せて表1に示す。
【0098】
比較例3は、反応溶媒を酢酸エチルのみとした点で実施例12と異なり、その他は実施例12と同じとした。比較例3の評価結果も併せて表1に示す。
【0099】
実施例1と実施例2-14との結果の比較より、触媒としてイリジウム以外の第3族~第11族に属する金属(遷移金属、特に、白金族の金属)を含む場合に、これを含まない場合と比べて重水素化率が向上することがわかった。
【0100】
実施例2-14の結果より、触媒が共担持触媒である場合、共担持触媒における、イリジウム担持割合は、共担持触媒の0.5重量%以上6重量%以下であることが好適であると言える。
【0101】
また、共担持触媒における、遷移金属の担持割合は、共担持触媒の0.3重量%以上10重量%以下、好ましくは0.3重量%以上5.0重量%以下であることが好適であると言える。
【0102】
また、共担持触媒における、イリジウムと遷移金属との担持比(重量比)は、1:0.05から1:12の範囲が好適であると言える。特に実施例9、10の重水素化率が他の実施例と比べてやや低いことを考慮すると、好ましくは1:1から1:9の範囲であるとさらに好適であると言える。
【0103】
実施例1-14と比較例3との比較より、反応溶媒がIPA又はHEIPであれば、良好な重水素化率を達成できることがわかった。
【0104】
特に実施例3と実施例12との比較より、反応溶媒としてHEIPを用いても、IPAを用いた場合と遜色ない重水素化率を達成できることがわかった。
【0105】
また、実施例13,14と実施例1-11(特に実施例3)との比較より、酢酸エチルが混合されて反応溶媒中のIPAの比率が低下した場合により高い重水素化率が実現されることがわかった。この結果は、反応溶媒中におけるIPAの比率が低下したことで、反応系内におけるIPA由来の遊離プロトン(軽水素)が少なくなり、これにより相対的に、反応系内における重水素の割合が増加したためと考えられる。この結果より、反応溶媒は、IPAに対して2倍以下の質量比で酢酸エチルを含み得ることが好適であると言える。
【0106】
比較例2と実施例1-14(特に実施例3)との比較より、触媒としてイリジウムを含む重水素化物の製造方法(本実施形態に係る重水素化合物の製造方法に従う製造方法)では、反応系が密閉系であることが重要であることがわかった。これは、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法にあっては、触媒として少なくともイリジウムを含むものを用いることで、重水素化反応(重水素化工程)を行う際に重水素源を含む溶媒から水素ガス又は重水素ガスを発生させて、これにより、重水素化を促進するものであるところ、反応系が開放系とされている場合は、発生した水素ガス又は重水素ガスが系外に揮散してしまい、重水素化の促進に寄与できなくなるためであると考えられる。
【0107】
換言すると、本実施形態に係る重水素化合物の製造方法では、反応系を密閉系とすることで、発生した水素ガス又は重水素ガスを反応系に留めおき、これらガスによって重水素化を促進していると考えらえる。特に実施例1-14では、背圧弁3により反応カラム2の背圧を保ち、これにより反応圧力をゲージ圧で0.5MPa以上とすることで、反応系で発生し、反応系で留めおかれた水素ガス又は重水素ガスが即時に反応溶媒に溶解し、重水素化の促進に寄与していると考えられる。
【0108】
以上のようにして、効率的に重水素化合物を得ることができる重水素化合物の製造方法を提供することができる。
【0109】
なお、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明は、重水素化合物の製造方法に適用できる。
【符号の説明】
【0111】
1 :送液ポンプ
11 :送液ポンプ
12 :送液ポンプ
100 :反応装置
2 :反応カラム
200 :反応装置
3 :背圧弁
4 :反応溶液受けフラスコ
【要約】
【課題】効率的に重水素化合物を得ることができる重水素化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】重水素化合物の製造方法は、溶媒と触媒との共存下で、芳香環及び複素環のうちの少なくとも一つを有する化合物と重水素源とを接触させる重水素化工程を含み、溶媒は、2-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールのうちの少なくとも一つを含み、触媒はイリジウムを含み、重水素源として、重水及び重水素化溶媒のうちの少なくとも一つを含む。
【選択図】なし
図1
図2