(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-05
(45)【発行日】2025-06-13
(54)【発明の名称】耐熱性を付与した抗真菌タンパク質,ならびにこれを有効成分とする薬剤とその使用
(51)【国際特許分類】
C12N 9/24 20060101AFI20250606BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20250606BHJP
A61K 38/47 20060101ALI20250606BHJP
A61P 31/10 20060101ALI20250606BHJP
C12N 15/56 20060101ALN20250606BHJP
【FI】
C12N9/24
C12N1/21
A61K38/47
A61P31/10
C12N15/56 ZNA
(21)【出願番号】P 2020184608
(22)【出願日】2020-11-04
【審査請求日】2023-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2019200455
(32)【優先日】2019-11-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年12月7日長崎大学において開催された第26回日本生物工学会九州支部長崎大会(2019)で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年12月7日第26回日本生物工学会九州支部長崎大会(2019)講演要旨集にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】平良 東紀
(72)【発明者】
【氏名】石川 一彦
(72)【発明者】
【氏名】久保田 智巳
(72)【発明者】
【氏名】神初 弾
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-533239(JP,A)
【文献】特表2015-531751(JP,A)
【文献】Lu, P. et al.,"Bifunctional enhancement of a beta-glucanase-xylanase fusion enzyme by optimization of peptide linkers",Appl. Microbiol. Biotechnol.,2008年,Vol. 79,pp. 579-587
【文献】Taira, T. et al.,"Characterization and antifungal activity of gazyumaru (Ficus microcarpa) latex chitinases: both the chitin-binding and the antifungal activities of class I chitinase are reinforced with increasing ionic strength",Biosci. Biotechnol. Biochem.,2005年,Vol. 69,pp. 811-818
【文献】平良東紀 ほか,"ガジュマル(Ficus micorocarpa)乳液由来キチナーゼ-Bのクローニング,発現および抗真菌活性",日本農芸化学会大会講演要旨集 2014年度(平成26年度)大会,2014年,2D02p13
【文献】Gaseidnes, S. et al.,"Stabilization of a chitinase from Serratia marcescens by Gly→Ala and Xxx→Pro mutations",Protein Engineering,2003年,Vol. 16,pp. 841-846
【文献】神初弾 他,"ガジュマル乳液由来キチナーゼ(ClxChiB)とBacillus circulans KA304由来キチナーゼ(FnChiI)の抗真菌活性における各ドメインの役割",日本農芸化学会大会講演要旨集 2018年度(平成30年度)大会,2018年,2A26p14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-9/99
C12N 15/00-15/90
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式1で表されるタンパク質であって,
b-ln-a…式1
(式中,bはクラスIキチナーゼまたはクラスIVキチナーゼ由来のキチン結合ドメイン,lnはリンカー部,aは触媒ドメイン)
式中,
bは,35から45のアミノ酸配列で表され,
lnは,4から20のアミノ酸配列で表され,
aは,配列番号3,又は配列番号3と90%以上の同一性を有する221から269のアミノ酸配列であって,
これらいずれかの配列において,
配列番号3のアミノ酸配列における73番目,107番目,127番目,189番目,210番目のいずれかに対応するアミノ酸残基又はその複数のアミノ酸残基がプロリンに置換されているアミノ酸配列,
で表され
,
配列番号1のアミノ酸配列からなるガジュマル乳液由来キチナーゼBよりも,
60℃における半減期が延長し,抗真菌活性を有する
ことを特徴とするタンパク質。
【請求項2】
aにおいて,配列番号3のアミノ酸配列における206番目のアミノ酸に対応するアミノ酸残基がリジン,アルギニン,ヒスチジンのいずれかのアミノ酸,209番目のアミノ酸に対応するアミノ酸残基がアスパラギン酸,及び211番目のアミノ酸に対応するアミノ酸残基がアルギニン,で置換されている請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
bが,配列番号2,配列番号15,配列番号16,配列番号17,配列番号18,配列番号19,配列番号20,配列番号21のいずれかを含む,請求項1
または2に記載のタンパク質。
【請求項4】
lnが,配列番号4のアミノ酸配列で表される請求項1から
3のいずれかに記載のタンパク質。
【請求項5】
aが配列番号5のアミノ酸配列で表される請求項1に記載のタンパク質。
【請求項6】
aが配列番号9のアミノ酸配列で表される請求項1に記載のタンパク質。
【請求項7】
配列番号8,配列番号10のアミノ酸配列のいずれかで表される請求項
1に記載のタンパク質。
【請求項8】
配列番号11,配列番号12,配列番号13,配列番号14のアミノ酸配列のいずれかで表される請求項1に記載のタンパク質。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかのタンパク質を産生する細胞株。
【請求項10】
請求項1から8のいずれかのタンパク質をコードするDNAを含む組み換えベクターを大腸菌で形質転換させた請求項9に記載の細胞株。
【請求項11】
請求項1から8のいずれかのタンパク質を有効成分とする抗真菌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,耐熱性を付与した抗真菌タンパク質,ならびにこれを有効成分とする薬剤等に関する。さらに詳しくいうと本発明は,ガジュマル乳液由来キチナーゼ-B(Gazyumaru latex chitinase-B:GlxChiB)の改良型酵素,ならびにこれを有効成分とする薬剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
甲殻類,昆虫,カビなどに含まれているキチンを加水分解するキチナーゼ(EC 3.2.1.14)は生物界に広く分布している。
このうち植物由来のキチナーゼは,植物病原微生物の8割以上を占めるカビの細胞壁キチンを分解する性質を有する。これにより一部の植物由来のキチナーゼは,カビ等の侵入や増殖を防ぐための生体防御タンパク質として機能するものであり,実際に抗カビ活性を示す。
これに対し,微生物由来で抗カビ活性を示すキチナーゼの報告は,ほとんどなされていないのが現状である。加えて,酵素製剤として市販されている数少ないキチナーゼ(微生物由来のみ)には抗カビ活性は無いことが確認されている。
【0003】
発明者らは,植物由来キチナーゼに着目し,有用なキチナーゼの発見について報告を行っている(非特許文献1)。
すなわち,発明者らは,各種植物よりキチナーゼのスクリーニングを行い,亜熱帯・熱帯地方に分布するクワ科の常緑高木であるガジュマル(学名:Ficus microcarpa)の乳液から,極めて強い抗カビ活性を示すキチナーゼ(Gazyumaru latex chitinase-B:GlxChiB)を見出した。加えて発明者らは,かかるGlxChiBの精製,cDNAクローニング,大腸菌によるリコンビナント体の作製に成功している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Toki Taira et al., Biosci Biotechnol Biochem. 2005 ; 69 (4) :811-818
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかるに,GlxChiBは強い抗カビ活性を有する一方,課題を有するものであった。
すなわち,GlxChiBは熱に対して不安定であり,GlxChiBを有効成分として製剤化しようとすると,製剤化の途中でGlxChiBが変性してしまい,抗カビ活性が低下してしまうことが懸念された。
このことから,GlxChiBを抗カビ剤の有効成分とする場合,GlxChiBの熱安定性の向上と抗カビ活性の維持が必要となると発明者らは考えた。
【0006】
上記事情を背景として,本発明では,GlxChiBをリード化合物として,これに熱耐性を付与し,製剤化が期待できる抗真菌タンパク質の開発を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは,鋭意研究の結果,GlxChiBの三次元構造解析を行い,かかるタンパク質の触媒活性ドメインにおけるループ領域に,プロリンを導入することにより,熱に対する安定性を向上させることに成功し,発明を完成させたものである。
さらに発明者らは,触媒活性ドメインの活性中心から離れた位置にジスルフィド結合を導入ないし塩結合を整えることにより,さらに熱安定性を向上させることに成功し,発明を完成させたものである。
【0008】
本発明は,以下の構成からなる。
本発明の第一の構成は,次の式1で表されるタンパク質であって,
b-ln-a…式1
(式中,bはキチン結合ドメイン,lnはリンカー部,aは触媒ドメイン)
式中,
bは,35から45のアミノ酸配列で表され,
lnは,4から20のアミノ酸配列で表され,
aは,
配列番号3,又は配列番号3と90%以上の同一性を有する221から269のアミノ酸配列であって,
これらいずれかの配列における三次構造のループ領域に,少なくともプロリンが置換または挿入されているアミノ酸配列で表されることを特徴とするタンパク質である。
【0009】
本発明の第二の構成は,aにおけるループ領域が,配列番号3における15から30番目,41から49番目,69から121番目,122から132番目,133から139番目,160から167番目,174から179番目,186から190番目,204から210番目,226から243番目である第一の構成に記載のタンパク質である。
本発明の第三の構成は,aにおけるループ領域が,配列番号3における69から121番目,122から132番目,133から139番目,160から167番目,174から179番目,186から190番目,204から210番目,226から243番目である第一の構成に記載のタンパク質である。
本発明の第四の構成は,aにおけるプロリン置換が,配列番号3における,20番目,44番目,73番目,107番目,123番目,127番目,134番目,137番目,189番目,210番目,228番目,これらで示されるアミノ酸のいずれか又は複数の置換である第一又は第二の構成に記載のタンパク質である。
本発明の第五の構成は,aにおけるプロリン置換が,配列番号3における,73番目,107番目,127番目,189番目,210番目,これらで示されるアミノ酸のいずれか又は複数の置換である第一から第三の構成いずれかに記載のタンパク質である。
本発明の第六の構成は,aにおけるプロリン置換が,配列番号3における,73番目,107番目,127番目,189番目,210番目,これらで示されるアミノ酸の全ての置換である第一から第四のいずれかに記載のタンパク質である。
【0010】
本発明の第七の構成は,aにおいて,配列番号3における39番目のアミノ酸が,システインで置換されている第一から第六の構成いずれかに記載のタンパク質である。
本発明の第八の構成は,aにおいて,配列番号3における206番目のアミノ酸がリジン,アルギニン,ヒスチジンのいずれかのアミノ酸,209番目のアミノ酸がアスパラギン酸,211番目のアミノ酸がアルギニンで置換されている第一から第七の構成いずれかに記載のタンパク質である。
【0011】
本発明の第九の構成は,bが,配列番号2,配列番号15,配列番号16,配列番号17,配列番号18,配列番号19,配列番号20,配列番号21のいずれかを含む第一から第八の構成いずれかに記載のタンパク質である。
本発明の第十の構成は,bが,配列番号2のアミノ酸配列で表される第九の構成に記載のタンパク質である。
本発明の第十一の構成は,lnが,配列番号4のアミノ酸配列で表される第一から第十の構成いずれかに記載のタンパク質である。
【0012】
本発明の第十二の構成は,配列番号6,配列番号8,配列番号10のアミノ酸配列のいずれかで表される第一の構成に記載のタンパク質である。
本発明の第十三の構成は,配列番号11,配列番号12,配列番号13,配列番号14のアミノ酸配列のいずれかで表される第一の構成に記載のタンパク質である。
【0013】
本発明の第十四の構成は,第一から第十三の構成いずれかのタンパク質を産生する細胞株である。
本発明の第十五の構成は,第一から第十三の構成いずれかのタンパク質をコードするDNAを含む組み換えベクターで形質転換した大腸菌である第十三の構成に記載の細胞株である。
本発明の第十六の構成は,第一から第十三の構成で表されるタンパク質を有効成分とする抗真菌剤である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により,GlxChiBをリード化合物として,これに熱耐性を付与し,製剤化が期待できる抗真菌タンパク質の提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明のタンパク質の作製方法を例示した図。
【
図2】GlxChiBにおけるプロリンの変異箇所を三次構造で示した図。図中における置換部位の位置表記は,触媒ドメインにおけるアミノ酸箇所として表記している。
【
図3】GlxChiBにおけるシステインの変異箇所を三次構造で示した図。図中における置換部位の位置表記は,GlxChiBにおけるアミノ酸箇所として表記している。
【
図4】GlxChiBにおけるKDR又はHDRの変異箇所を三次構造で示した図。図中における置換部位の位置表記は,GlxChiBにおけるアミノ酸箇所として表記している。
【
図5】本発明のタンパク質の耐熱性評価(60℃の半減期)の結果を示した図。
【
図6】本発明のタンパク質の耐熱性評価(65℃の半減期)の結果を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明について詳述する。
【0017】
本発明のタンパク質は,次の式1で表されるタンパク質であって,
b-ln-a…式1
(式中,bはキチン結合ドメイン,lnはリンカー部,aは触媒ドメイン)
式中,
bは,35から45のアミノ酸配列で表され,
lnは,4から20のアミノ酸配列で表され,
aは,
配列番号3,又は配列番号3と90%以上の同一性を有する221から269のアミノ酸配列であって,
これらいずれかの配列における三次構造のループ領域に,少なくともプロリンが置換または挿入されているアミノ酸配列で表されることを特徴とする。
すなわち,かかるタンパク質は,ガジュマル乳液由来キチナーゼ(Gazyumaru latex chitinase-B:GlxChiB,配列番号1)を基本構造とする誘導体であり,GlxChiBの有する抗カビ活性等の性能を有したまま,耐熱性を向上させたタンパク質である。かかるタンパク質は,これを有効成分として,抗カビなどの抗真菌剤としての使用が期待できる。
なお,本発明において上記式ないしこれに従属するアミノ酸配列で表されるタンパク質について,特段の優れた効果の発揮が客観的に認められることなしに,これのアミノ酸配列の一部を,置換,削除,挿入することにより同質の抗真菌効果を発揮するタンパク質は,均等な化合物として評価しうるものである。
【0018】
bは,キチン結合ドメインとして機能するアミノ酸配列である。このようなキチン結合ドメインとしては,クラスIキチナーゼ,もしくはクラスIVキチナーゼと称されるアミノ酸配列が知られており,これらは,35から42のアミノ酸配列を有することが知られている。
これらより,bは,キチン結合ドメインとして機能するとともに,この機能を阻害しない程度のアミノ酸配列長として35から45のアミノ酸配列で表される限り特に限定する必要はなく,種々の配列とすることができる。
このようなキチン結合ドメインとして例えば,クラスIキチナーゼ,もしくはクラスIVキチナーゼと称されるアミノ酸配列を含んだ配列を用いればよい。クラスIキチナーゼとしては,例えば,配列番号2,配列番号15,配列番号16,配列番号17,配列番号18,配列番号19,配列番号20などのアミノ酸配列が挙げられ,クラスIVキチナーゼとして例えば,配列番号21などのアミノ酸配列が挙げられる。
【0019】
bとして,GlxChiBにおけるキチン結合ドメインである配列番号2を含む配列であることが好ましい。これにより本発明にかかるタンパク質を,GlxChiBと類似のアミノ酸配列とすることができ,本発明のタンパク質の抗真菌作用ないし抗カビ作用の安定的な発揮が期待できる。
かかる場合,配列番号2を基本配列として,この機能を阻害しない任意の配列を付加することができる。かかる配列として,配列番号2の40アミノ酸残基から,13%ほど付加した長さである45アミノ酸残基とすればよく,好ましくは10%ほど付加した長さである44アミノ酸残基,より好ましくは8%ほど付加した長さである43アミノ酸残基,最も好ましくは5%ほど付加した長さである42アミノ酸残基とすればよい。また,かかる付加アミノ酸は,配列番号2のC末端,N末端,いずれかに付加してもよいし,両末端に付加してもよい。
【0020】
lnは,リンカー部として機能するアミノ酸配列であり,キチン結合ドメインであるbと,触媒ドメインであるaをつなぐアミノ酸配列として機能するものである。lnは,かかるリンカーとしての役割を果たすとともに,aとbそれぞれの機能を損なわない限り特に限定する必要はなく,種々のアミノ酸配列とすることができる。
このようなリンカー部としてlnは,典型的には4から20の任意長のアミノ酸配列で構成すればよく,好ましくは4から18,より好ましくは4から15,最も好ましくは4から12とすることができる。
また,lnは,aならびにbの機能性を損なわないものとして,中性アミノ酸で構成することが好ましく,耐熱性を向上させるため1又は複数のシステインを含むこともできる。かかる場合,触媒ドメイン又はキチン結合ドメインに置換導入したシステインに対応した数のシステインを置換導入するなどすることができる。
lnは,典型的には,配列番号4で示される配列,ないしこれに任意のアミノ酸を付加した配列とすることができる。
【0021】
aは,触媒ドメインとして機能するアミノ酸配列である。
本発明において,触媒ドメインとは,キチンを分解する機能を少なくとも備えるアミノ酸配列として定義される。
すなわち,触媒ドメインは,GlxChiBと同様のキチン分解機能により,抗カビ活性ないし抗真菌活性を発揮しうるものであり,これらの機能ないし活性部位を有するアミノ酸配列として定義されるものである。
なお,触媒ドメインは,かかるキチン分解機能を備えるものであるが,これに限定する必要はなく,他の機能を備えても構わない。
【0022】
aの基本構造として,GlxChiBにおける触媒ドメインである配列番号3ないしこれと同一性を有するアミノ酸配列を備えるものであり,かかる三次構造のループ領域に,プロリンが導入されている。
本発明において,「配列番号3と同一性を有するアミノ酸配列」とは,配列番号3と比較して,90%以上のアミノ酸配列が一致しており,かつ,配列番号3の触媒ドメインとしての機能を,同等ないし同等以上,若しくは損なわない程度に備えるアミノ酸配列として定義される。触媒ドメインの機能とは,配列番号3のGlxChiBが有するキチン分解活性を有することを意図し,同機能の同等ないし同等以上の目安としては,90%以上のキチン分解活性を有することであり,同機能を損なわない程度の目安としては,80%から90%未満を意図している。
このようなアミノ酸配列として,典型的には,配列番号3と90%以上の同一性を有する221から269のアミノ酸配列とすることができ,より好ましくは配列番号3と95%以上の同一性を有する233から257のアミノ酸配列とすることができ,さらに好ましくは配列番号3と98%以上の同一性を有する241から249のアミノ酸配列とすることができ,最も好ましくは配列番号3と99%以上の同一性を有する243から247のアミノ酸配列とすることができる。
【0023】
本発明においてループ領域とは,タンパク質の三次構造においてヘリックス構造やシート構造を有しない,これらを連結する可動可能な領域(以下,便宜的に「純粋ループ領域」と略する),もしくはループ領域と同等の取り扱いが可能なループ領域に隣接する末端ヘリックス領域(以下,便宜的に「ループ相当領域」と略する。)として用いられる。
これら純粋ループ領域,もしくはループ相当領域は,当業者の技術常識により,決定することができる。
すなわち,プロリン導入を行う前のaのアミノ酸配列(もしくはタンパク質としてのアミノ酸配列全体)が決定されれば,使用用途を想定した温度やpH,組成等の種々の条件をもとに,コンピューターを用いたタンパク質の三次元構造予測を行うことにより,純粋ループ領域,ならびにこれに隣接するヘリックス領域(ループ相当領域)を決定することができる。これら純粋ループ領域ならびにループ相当領域から,適宜,プロリンを導入する部位を決定すればよい。最終的には,プロリン導入を行ったタンパク質の生成を行い,X線結晶構造解析などで実測することで確認を行うことができる。
【0024】
本発明において純粋ループ領域としては,例えば,配列番号3における15から30番目,41から49番目,69から121番目,133から139番目,160から167番目,174から179番目,186から190番目,204から210番目,226から243番目の配列領域が挙げられる。また,ループ相当領域としては,配列番号3における122から132番目の配列領域が挙げられる。
aにおいてループ領域を,配列番号3における69から121番目,122から132番目,133から139番目,160から167番目,174から179番目,186から190番目,204から210番目,226から243番目とすることが好ましい。これにより,熱安定性を向上させつつ,活性を損なわないタンパク質の作製が,より容易になるという効果を有する。
【0025】
aにおけるプロリンの置換導入について,典型的には,配列番号3における,20番目,44番目,73番目,107番目,123番目,127番目,134番目,137番目,189番目,210番目,228番目,これらで示されるアミノ酸のいずれか又は複数のアミノ酸について置換導入すればよい。これらのアミノ酸は,aにおけるループ領域(ないしこれに近接するヘリックス領域。
図2参照)であり,触媒活性を有したままプロリンの置換導入による耐熱性向上を図ることができる効果を有する。
プロリンの置換導入について,より好ましくは,配列番号3における,73番目,107番目,127番目,189番目,210番目,これらで示されるいずれか又は複数のアミノ酸をプロリンにより置換導入すればよく(配列番号5。全てのアミノ酸Xが置換されている,もしくは置換されていない場合を除く),最も好ましくは,これらすべてのアミノ酸をプロリンにより置換導入(全てのアミノ酸Xが,Pに置換されている場合の配列番号5に該当)すればよい。
【0026】
aにおいて,配列番号3における39番目のアミノ酸が,システインで置換されていることが好ましい(
図3参照)。これにより,他の配列部分(例えば,ln)に対応するシステインを置換導入し,ジスルフィド結合をタンパク質内に形成することが可能となり,タンパク質の熱安定性を向上させる効果を有する。
かかる場合,典型的には,lnにシステインを置換導入すればよく,このような配列として例えば,配列番号4における4番目のグリシンをシステインに置換するなどすればよい。
【0027】
aにおいて,配列番号3における206番目のアミノ酸が塩基性アミノ酸(リジン,アルギニン)もしくはヒスチジン,209番目のアミノ酸がアスパラギン酸,211番目のアミノ酸がアルギニンで置換されていることが好ましい(
図4参照)。これにより,これらの3つのアミノ酸により良好な塩結合を形成することが可能となり,かかる塩結合形成により,タンパク質の熱安定性をさらに向上させる効果を有する。
上記のとおりaにおいては,プロリンないしシステインの置換,または塩結合部位の導入により,熱安定性を向上しうるものである。かかるaの配列としては,配列番号5,配列番号7,配列番号9として表すことができる。
配列番号5…プロリン置換導入活性部位(GlxChiBの活性部位である配列番号3における73番目,107番目,127番目,189番目,210番目のいずれか又は複数の少なくとも1以上の箇所が,プロリンで置換されている)
配列番号7…プロリンおよびシステイン置換導入活性部位(GlxChiBの活性部位である配列番号3における73番目,107番目,127番目,189番目,210番目のいずれか又は複数の少なくとも1以上の箇所が,プロリンで置換されている。加えて,39番目のアミノ酸がシステインで置換されている)
配列番号9…プロリンおよび塩結合部位導入活性部位(GlxChiBの活性部位である配列番号3における73番目,107番目,127番目,189番目,210番目のいずれか又は複数の少なくとも1以上の箇所が,プロリンで置換されている。加えて,209番目がリジン又はヒスチジン,211番目がアルギニンで置換されている)
【0028】
本発明についてGlxChiBを基本構造とする具体的配列を有したタンパク質として,次に示すアミノ酸配列が例示される。
配列番号6…プロリン置換導入体(GlxChiBのWTにおける117番目,151番目,171番目,233番目,254番目のいずれか又は複数が,プロリンに置換導入されているアミノ酸配列)
配列番号8…プロリンならびにシステイン置換導入体(配列番号6の置換導入に加え,44番目と83番目のアミノ酸が,システインに置換導入されているアミノ酸配列)
配列番号10…プロリン,システイン,塩結合部位置換導入体(配列番号8の置換導入に加え,250番目がリジンもしくはヒスチジン,253番目がアスパラギン酸,255番目がアルギニンに置換導入されているアミノ酸配列)
配列番号11…プロリン五重変異体(GlxChiBのWTにおける117番目,151番目,171番目,233番目,254番目の全てのアミノ酸が,プロリンに置換導入されているアミノ酸配列。以下,「mt5」で表される)
配列番号12…プロリンならびにシステイン置換導入体(配列番号11の置換導入に加え,44番目と83番目のアミノ酸が,システインに置換導入されているアミノ酸配列。以下,「mt5ss」で表される)
配列番号13…プロリン,システイン,KDR置換導入体(配列番号12の置換導入に加え,250番目がリジン,253番目がアスパラギン酸,255番目がアルギニンに置換導入されているアミノ酸配列。以下,「mt5ss/KDR」で表される)
配列番号14…プロリン,システイン,HDR置換導入体(配列番号12の置換導入に加え,250番目がヒスチジン,253番目がアスパラギン酸,255番目がアルギニンに置換導入されているアミノ酸配列。以下,「mt5ss/HDR」で表される)
【0029】
本発明のタンパク質は,通常用いられる任意の方法で作製することができる。
好ましくは,
図1に例示されるように,形質転換した細胞株(大腸菌)を用いた培養方法が挙げられる。すなわち,該当するタンパク質をコードするDNAを含む組み換えベクターを大腸菌に導入し形質転換させ,これを培養・発現誘導後,たんぱく成分を精製することにより,本発明のタンパク質を作成することができる。
【0030】
本発明のタンパク質は,これを有効成分として抗真菌剤として用いることができる。かかる場合,本発明のタンパク質が有効成分として作用する限り特に限定する必要はなく,液体噴霧によるスプレーや粉末粒子など,種々の態様で用いることができる。
また,本発明のタンパク質を有効成分とする場合,タンパク質そのものの化学形に限定されるわけではない。すなわち,抗真菌剤として用いられるタンパク質は,本発明の趣旨に鑑み,抗真菌として機能する際に本発明のタンパク質と同等と評価しうる化合物を含むものであり,例えば,製剤化のための安定化や有効期間の延長など,アミノ酸置換を伴わない化学的修飾などについては,本発明のタンパク質と均等なものとして評価しうるものである。
【実施例】
【0031】
<<実験例1>>
<1.GlxChiB変異体>
GlxChiBの変異体について,
図1の方法により作製を行った。主な変異体のアミノ酸置換箇所と置換アミノ酸,ならびに機能領域について,表1に示す。
表1においては,GlxChiBのwild type(配列番号1)を基本配列とし,この配列における置換箇所と置換したアミノ酸を変異体ごとに示している。加えて,触媒ドメイン(配列番号3)における置換箇所についても合わせて記載している。
【表1】
【0032】
なお,以降では,アミノ酸置換箇所について,必要に応じ,「(置換前アミノ酸の一文字表記)(置換箇所の番号)(置換後のアミノ酸の一文字表記)」で表す。例えば,WTにおいて,「A117P」であれば,「WT(配列番号1)の117番目のアミノ酸のアラニン(A)が,プロリン(P)に置換されている」という意味である。また,置換箇所が複数ある場合には,これらを”/”で併記して示す。
【0033】
<2.実験方法>
[キチナーゼ活性測定]
グリコールキチンを用いて,ImotoとYagishitaらの方法(Imoto T., Yagishita K., Agr. Biol. Chem. 1971;35:1154-1156.)に従って行った。0.2%グリコールキチンを含む0.1Mの各緩衝液250μLに酵素サンプル溶液10μLを加え,37℃で15分保持した。これに,0.5M炭酸ナトリウムを含む0.05%フェリシアン化カリウム溶液1mLを加え,15分間煮沸した。その後水中で冷却した後,420nmにおける吸光度を測定した(吸光度A)。また,反応系にサンプル溶液と同量の蒸留水を加えた反応液を同様に反応させ,420nmにおける吸光度を測定した(吸光度B)。吸光度BからAを差し引いた値(420)をキチナーゼ活性とした。1unitは,37℃で1分間にN-アセチルグルコサミンを1μmol遊離させる量とした。
【0034】
[SDS-PAGE]
SDS-PAGEは,0.1%SDSおよび5% β-メルカプトエタノール存在下で試料を3分間煮沸処理後,15% ポリアクリルアミドゲルを用いて行った。泳動後のタンパク質の染色にはCoomassie brilliant blue R-250 (CBB) を用いた。
【0035】
[タンパク質の定量]
タンパク質の定量はビシンコニン酸法(BCA法)により測定した。牛血清アルブミンで検量線を作成し,PIERCE社のBCA Protein Assay Reagent Kit を用いて行った。
【0036】
[耐熱性評価]
(1) 示差走査熱量計(DSC)によるTm値の測定
変異体サンプルは,全て10 mM リン酸Na緩衝液(pH 7.0)に対して透析したものを,タンパク質濃度0.5mhy/mlに調製しDSC測定に供した。DSC 測定はNano DSC (TAInstrments) を使用,ブランクセルには同緩衝液を用いた。サンプルを昇温速度1℃/min (25-125℃)で加熱することで,酵素タンパク質の変性に伴う比熱測定を行い。その比熱曲線のピークに相当する温度を酵素タンパク質の変性温度(Tm)とした。
(2) 60℃または65℃における半減期の測定
組換えタンパク質を60℃または65℃で5分から120分インキュベートした後,残存活性をキチナーゼ活性測定の方法で酵素活性を測定し,残存活性が50%になる時間(半減期)を算出した。
【0037】
[抗真菌活性測定]
1.5% 寒天及び,1.5% グルコースを含むポテト培地(Potato Dextrose Agar :PDA)をオートクレーブ処理し,プレートを作成した。前もって,PDAプレートに糸状性真菌 T. viride を培養し,菌糸が均一に生育している部位をコルクボーラーで抜き取った(直径4 mm)。抜き取った寒天を別のPDAプレートに等間隔に設置し,設置した寒天上に試料を一定量添加した。室温で12 時間放置した後,イメージスキャナーを用いてスキャンし,デジタル画像として保存した。伸長した菌糸の面積を,画像解析ソフトウェアを用いてピクセル数としてカウントした。サンプル添加区において伸長した菌糸の面積(A), Blankとして水添加区において伸長した菌糸の面積(B)に基づき,以下の式を用いて阻害値を算出した。
(式) 阻害率(%)=(B-A)×100 /B
【0038】
<3.実験結果>
1.ループ領域において,プロリンを1つ導入した際の耐熱性評価の結果を表2に示す。なお,表中の置換箇所については,触媒ドメイン配列をもとに示している。
(1) いずれの変異体においても,WTと比較して,Tmは上昇していた。
(2) 各変異体で60℃における半減期が延長されており,約1.4から2.5倍の半減期の延長が見られた。
(3) これらの結果から,プロリンの導入により,熱安定性が向上することが分かった。
【0039】
2.さらに,プロリンを5か所に置換導入した変異体(プロリン五重変異体。mt5)と,システインを2か所に置換導入(ss)した際の耐熱性評価の結果を表2,
図5及び
図6に示す。なお,表中の置換箇所については,WTの配列をもとに示している。
(1) WTとG44C/K83C(ss)のTm値は同じであったが,60℃における半減期(
図5および表2)において,WTの6.9分に対し,G44C/K83C(ss)は14.5分であった。これより,システインの導入により,約2.1倍の半減期の延長となっており,熱安定性が向上していることが分かった。
(2) WTに対しmt5ではTm値が増大していた。WTの6.9分に対し,mt5の半減期は47.4分であった。これより,プロリンを5か所に置換導入することで約6.9倍の半減期の延長となっており,熱安定性が大きく向上していることが分かった。
(3) さらに,mt5にシステインを導入したmt5ssにおいては,mt5に対しTm値の上昇は見られなかったが,mt5ssの半減期は,73.8分であり,mt5と比較して約1.6倍,WTと比較すると約10.7倍であった。これらより,ssの導入による熱安定性の向上がmt5において確認されるとともに,プロリン導入とシステイン導入を合わせると,飛躍的な熱安定性の向上が達成できることが分かった。
(4) さらに,mt5ssに塩橋を導入する目的でWTの250番目,253番目,255番目のアミノ酸を置換した2種の変異体(mt5ss/HDR,mt5ss/KDR)において,いずれの変異体もTm値が,mt5ss/KDRが69.1℃,mt5ss/HDRが71.1℃と,mt5やmt5ssよりも高い値を示し,これらと比較して熱安定性が向上していることが分かった。野生型のTm値(64.2℃)と比較すると,mt5ss/KDR及びmt5ss/HDRはそれぞれ4.9℃及び6.9℃と大幅な増大が見られた。また,mt5ss/KDRおよびmt5ss/HDRの60℃における半減期(
図5および表2)は,それぞれ104.7分および103.9分であり,いずれも,mt5ssと比較して約1.4倍,WTと比較して約15倍であった。さらに,65℃におけるmt5ss/KDRおよびmt5ss/HDRの半減期(
図6及び表2)は,それぞれ33.2分および63.3分であり,mt5ss(3.9分)より一桁,WT(0.7分)より2桁近い延長が見られた。これらの結果から,塩橋の導入による熱安定性の向上がmt5ssにおいて確認されるとともに,プロリン導入,システイン導入および塩橋導入を合わせることで,さらに飛躍的な熱安定性の向上が達成できることが分かった。
【0040】
3.酵素活性ならびに抗カビ活性を調べた結果を表2に示す。
(1) 酵素活性において,WTの5.40×10
9(U/mol)に対し,G44C/K83C(ss)が6.06×10
9(U/mol),mt5ssが5.88×10
9(U/mol),mt5ss/KDRが4.31×10
9(U/mol),mt5ss/HDRが5.13×10
9(U/mol)と,いずれもWTと同程度の酵素活性を示した。
(2) 抗カビ活性のIC
50においては,WTの1.56μMに対し,G44C/K83C(ss)が1.58μMと同等の抗カビ活性を示すことが分かった。一方,mt5ssは,0.69μMと,WTよりも低い値を示したことから,WTよりも優れた抗カビ活性を示すことが分かった。また,mt5ss/KDRおよびmt5ss/HDRのIC
50は,それぞれ1.58および1.94となり,WTとほぼ同等の抗カビ活性を示すことが分かった。
(3) なお,表2中のTm値は,上記の[耐熱性評価](1)「示差走査熱量計(DSC)によるTm値の測定」に示す方法で,示差走査熱量計(DSC)を用いて測定した。また,表2中のキチナーゼ活性の比活性(Specific activity)は,上記した<2.実験方法>[キチナーゼ活性測定]に示す方法で測定した。
【表2】
【配列表】