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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-08
(45)【発行日】2025-07-16
(54)【発明の名称】核酸送達促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/42 20170101AFI20250709BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20250709BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20250709BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20250709BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20250709BHJP
   A61P 1/18 20060101ALI20250709BHJP
   C07K 14/00 20060101ALI20250709BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20250709BHJP
【FI】
A61K47/42
A61K31/7105
A61K48/00
A61P35/00
A61P35/04
A61P1/18
C07K14/00 ZNA
C12N15/113 Z
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021553596
(86)(22)【出願日】2020-10-26
(86)【国際出願番号】 JP2020040071
(87)【国際公開番号】W WO2021080020
(87)【国際公開日】2021-04-29
【審査請求日】2023-10-19
(31)【優先権主張番号】P 2019194646
(32)【優先日】2019-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷内 恵介
(72)【発明者】
【氏名】和田 猛
(72)【発明者】
【氏名】原 倫太朗
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 一樹
(72)【発明者】
【氏名】高木 一憲
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/148620(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/002844(WO,A1)
【文献】CUI L. et al.,Small nucleolar noncoding RNA SNORA23, up-regulated in human pancreatic ductal adenocarcinoma, regulates expression of spectrin repeat-containing nuclear envelope 2 to promote growth and metastasis of xenograft tumors in mice,Gastroenterology,2017年,153,p. 292-306
【文献】GABIZON A. et al.,Targeting folate receptor with folate linked to extremities of poly(ethylene glycol)-grafted liposomes: in vitro studies,Bioconjugate Chem.,1999年,10,p. 289-298
【文献】GUARAGNA A. et al.,Synthesis and evaluation of folate-based chlorambucil delivery systems for tumor-targeted chemotherapy,Bioconjugate Chem.,2012年,23,p. 84-96
【文献】TANIUCHI K. et al.,Efficient delivery of small interfering RNAs targeting particular mRNAs into pancreatic cancer cells,Oncotarget,2019年04月23日,10(30),p.2869-2886
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
C07K
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体からなる、siRNA又はshRNAの送達促進剤であって、
カチオン性オリゴペプチドが、下記式(I)のアミノ酸残基:
【化1】
[式(I)において、Rは、基H-CH -であり、R は炭素原子数1のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。
少なくとも2個連続する部分を含み、式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基である、8~40個のアミノ酸からなるカチオン性オリゴペプチド部位を含み、かつ式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分が下記の構造:
【化2】
を有するL-2,4-ジアミノ酪酸(Dab)の8量体を部分構造として有するか、該ジアミノ酪酸の8量体である、
上記送達促進剤。
【請求項2】
カチオン性オリゴペプチドが、8~12個のアミノ酸からなる、請求項1記載の送達促進剤。
【請求項3】
葉酸が、カチオン性オリゴペプチドのN末端、C末端若しくは側鎖にリンカーを介して又は介さずに連結されている、請求項1又は2記載の送達促進剤。
【請求項4】
葉酸がカチオン性オリゴペプチドにリンカーを介して連結されており、リンカーがペプチドリンカーである、請求項記載の送達促進剤。
【請求項5】
ペプチドリンカーが、1~4個のグリシン残基からなるペプチドである、請求項記載の送達促進剤。
【請求項6】
葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体が、下記の構造を有するFol-Dab8A及び/又はFol-Dab8Bである、請求項1記載の送達促進剤。
【化3】
【化4】
【請求項7】
膵癌細胞で発現するSNORA18 snoRNA及びSNORA22 snoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAと、請求項1~のいずれか1項記載の送達促進剤とを含む、抗腫瘍剤。
【請求項8】
siRNA又はshRNAに対して0.5~10当量の葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を含む、請求項記載の抗腫瘍剤。
【請求項9】
siRNAが、RNA/RNA二本鎖である、請求項7又は8記載の抗腫瘍剤。
【請求項10】
siRNA又はshRNAが、修飾された塩基、修飾された糖、及び/又は改変されたヌクレオシド結合を含む、請求項7~9のいずれか1項記載の抗腫瘍剤。
【請求項11】
上記修飾された糖の修飾が2’-OMe修飾である、請求項10記載の抗腫瘍剤。
【請求項12】
上記改変されたヌクレオシド結合が、ホスホロチオエート結合である、請求項10又は11記載の抗腫瘍剤。
【請求項13】
請求項7~12のいずれか1項記載の抗腫瘍剤を含有する医薬組成物。
【請求項14】
以下:
(a)膵癌細胞で発現するSNORA18 snoRNA及びSNORA22 snoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAを含む製剤、及び
(b)下記式(I)のアミノ酸残基:
【化5】
[式(I)において、Rは、基H-CH -であり、R炭素原子数1のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。
少なくとも2個連続する部分を含み、式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基である、8~40個のアミノ酸からなるカチオン性オリゴペプチド部位を含み、かつ式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分が下記の構造:
【化6】
を有するL-2,4-ジアミノ酪酸(Dab)の8量体を部分構造として有するか、該ジアミノ酪酸の8量体である、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を含む製剤
を含む、組合せ製剤。
【請求項15】
以下:
(a)膵癌細胞で発現するSNORA18 snoRNA及びSNORA22 snoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNA、及び
(b)下記式(I)のアミノ酸残基:
【化7】
[式(I)において、Rは、基H-CH -であり、R炭素原子数1のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。
少なくとも2個連続する部分を含み、式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基である、8~40個のアミノ酸からなるカチオン性オリゴペプチド部位を含み、かつ式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分が下記の構造:
【化8】
を有するL-2,4-ジアミノ酪酸(Dab)の8量体を部分構造として有するか、該ジアミノ酪酸の8量体である、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体
を含む、膵癌治療のための医薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、siRNA等の核酸分子を細胞内に送達するための核酸送達促進剤に関する。本発明はまた、RNA干渉(RNAi)を利用して疾患の治療等に用いることができる薬剤に関する。特に、本発明は、膵癌に対して抗腫瘍効果を有し、膵癌の腫瘍増大・浸潤・転移を有効に抑制できる核酸製剤及びこれを含有する医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
膵癌は、癌の中で最も予後が悪いと言われている。その原因としては、膵臓が後腹膜臓器であるために早期発見が困難であることに加え、膵癌細胞の運動性が極めて高いため、腹膜浸潤や血管・消化管・神経等に転移をする傾向が強いことがある。
【0003】
本発明者等はこれまで、膵癌の浸潤及び転移のメカニズムを検討する中で、通常は核小体で見出され、インスリン様成長因子IIのmRNAの5’非翻訳領域に結合してインスリン様成長因子IIの翻訳を阻害することが知られているインスリン様成長因子2mRNA結合タンパク質3(Insulin-like Growth Factor 2 mRNA-Binding Protein 3、IGF2BP3)が、膵癌細胞では細胞膜突起中に存在し、このIGF2BP3に様々なmRNAが結合し、細胞膜突起中に集積していることを見出している。そして、これらのmRNAをRNA干渉(RNAi)により阻害することで、膵癌細胞の浸潤及び転移が有効に抑制されることを報告している(特許文献1)。
【0004】
近年新たな治療薬として注目されているRNA干渉(RNAi)を利用した核酸医薬において代表的なものであるsiRNA(small interfering RNA)は、一般的に21~23塩基対からなる低分子二本鎖RNAである。しかしながら、siRNAはその構造からアニオン性が高く、細胞膜透過性が低いために細胞内への送達という点で課題を有するものであった。この課題に対し、本発明者等は先に、siRNA-葉酸-ポリエチレングリコール(PEG)-キトサンオリゴ糖乳酸(COL)ナノ粒子複合体を作製し、このナノ粒子によるsiRNAの細胞への取り込みの促進効果を確認している。そして、膵癌細胞に取り込まれたIGF2BP3結合能を有するmRNAに対するsiRNAが、膵癌の浸潤及び転移を抑制することも報告している(非特許文献1)。
【0005】
一方、本発明者等は、側鎖にアミノ基又はグアニジノ基を有するカチオン性オリゴペプチドが、二重鎖RNAの細胞内への送達に有用であることを見出している(特許文献2、非特許文献2)。また、RNAi分子の送達のために、ビタミンEとカチオン性の糖とを含む複合体の利用についても検討している(非特許文献3及び4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開WO2016/002844号
【文献】国際公開WO2014/148620号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Oncotarget,2019,Vol.10,No.30, pp.2869-2886
【文献】Bioorganic & Medicinal Chemistry 21(2013)1717-1723
【文献】Bioorganic & Medicinal Chemistry 22(2014)1394-1403
【文献】Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 25(2015)815-819
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の通り、核酸医薬としてのsiRNA等のRNAi分子の細胞への送達は、核酸医薬の実用性を高めるうえで非常に重要な課題である。単に送達するのみならず、標的となる細胞に特異的に送達されること、細胞内に取り込まれた後の核酸医薬の効果を阻害しないこと等、達すべき課題は数多く残されている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題に鑑み検討を重ねた結果、本発明者等は、葉酸とカチオン性オリゴペプチドとの複合体を用いることで、葉酸受容体を有する細胞内にsiRNA及びshRNAを特異的に送達できることを見出した。また、この手法を用いて、膵癌細胞を標的とし、効果的にsiRNA又はshRNAを標的とする膵癌細胞に取り込ませ、特定のRNAの発現をノックダウンすることによって、膵癌に対して腫瘍の増大、浸潤及び転移を抑制し得る新たな治療戦略を見出し、本発明を完成するに到った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. 葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体からなる、siRNA又はshRNAの送達促進剤であって、カチオン性オリゴペプチドが、下記式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分を含み、下記式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基である、8~40個のアミノ酸からなるカチオン性オリゴペプチド部位を含む、上記送達促進剤。
【化1】
[式(I)において、Rは、基H-CH-、又は、式(II)で示される基であり、Rは、Rが基H-CH-の場合は、存在しない、若しくは、炭素原子数1~3のアルキレン基であり、Rが式(II)で示される基の場合は炭素原子数1~4のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。]
【化2】
[式(II)中、R、R及びRは、同一又は異なって、水素原子若しくはメチル基である。]
【0011】
2. カチオン性オリゴペプチド部位が、8~12個のアミノ酸からなる、上記1記載の送達促進剤。
3. カチオン性オリゴペプチド部位が、L-2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)、L-2,4-ジアミノ酪酸(Dab)、L-オルニチン(Orn)、L-リジン(Lys)、L-2-アミノ-3-グアニジノプロピオン酸(Agp)、L-2-アミノ-4-グアニジノ酪酸(Agb)、又はL-アルギニン(Arg)のホモ多量体である、上記1又は2記載の送達促進剤。
【0012】
4. カチオン性オリゴペプチドが、下記の構造を有するジアミノ酪酸の8量体を部分構造として有する、上記1~3いずれか記載の送達促進剤。
【化3】
【0013】
5. 葉酸が、カチオン性オリゴペプチドのN末端、C末端若しくは側鎖にリンカーを介して又は介さずに連結されている、上記1~4のいずれか記載の送達促進剤。
6. 葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体が、リンカーを介して連結されており、リンカーがペプチドリンカーである、上記5記載の送達促進剤。
7. ペプチドリンカーが、1~4個のグリシン残基からなるペプチドである、上記6記載の送達促進剤。
【0014】
8. 葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体が、下記の構造を有するFol-Dab8A及び/又はFol-Dab8Bである、上記4記載の送達促進剤。
【化4】
【化5】
【0015】
9. 膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAと、上記1~8のいずれか記載の送達促進剤とを含む、抗腫瘍剤。
10. 膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAが、インスリン様成長因子2mRNA結合タンパク質3(IGF2BP3)に結合するものである、上記9記載の抗腫瘍剤。
11. 膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAが、SNORA18 snoRNA、NUP85 mRNA、WASF2 mRNA、及びSNORA22 snoRNAからなる群より選択される、上記9又は10記載の抗腫瘍剤。
12. siRNA又はshRNAに対して0.5~10当量の葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を含む、上記9~11のいずれか記載の抗腫瘍剤。
13. siRNAが、RNA/RNA二本鎖である、上記9~12のいずれか記載の抗腫瘍剤。
14. siRNA又はshRNAが、修飾された塩基、修飾された糖、及び/又は改変されたヌクレオシド結合を含む、上記9~13のいずれか記載の抗腫瘍剤。
15.上記修飾された糖の修飾が2’-OMe修飾である、上記14記載の抗腫瘍剤。
16.上記改変されたヌクレオシド結合が、ホスホロチオエート結合である、上記14又は15記載の抗腫瘍剤。
17. 上記9~16のいずれか記載の抗腫瘍剤を含有する医薬組成物。
【0016】
18. 以下:
(a)膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAを含む製剤、及び
(b)下記式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分を含み、下記式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基である、8~40個のアミノ酸からなるカチオン性オリゴペプチド部位を含む、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を含む製剤:
【化6】
[式(I)において、Rは、基H-CH-、又は、式(II)で示される基であり、Rは、Rが基H-CH-の場合は、存在しない、若しくは、炭素原子数1~3のアルキレン基であり、Rが式(II)で示される基の場合は炭素原子数1~4のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。]
【化7】
[式(II)中、R、R及びRは、同一又は異なって、水素原子若しくはメチル基である。]
を含む、組合せ製剤。
【0017】
19. 以下:
(a)膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNA、及び
(b)下記式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分を含み、下記式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基である、8~40個のアミノ酸からなるカチオン性オリゴペプチド部位を含む、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体:
【化8】
[式(I)において、Rは、基H-CH-、又は、式(II)で示される基であり、Rは、Rが基H-CH-の場合は、存在しない、若しくは、炭素原子数1~3のアルキレン基であり、Rが式(II)で示される基の場合は炭素原子数1~4のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。]
【化9】
[式(II)中、R、R及びRは、同一又は異なって、水素原子若しくはメチル基である。]
を含む、膵癌治療のための医薬キット。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2019-194646号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、膵癌細胞特異的にsiRNA又はshRNAを効果的に送達し、膵癌の腫瘍増大、浸潤及び転移を抑制し得る核酸製剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】Fol-Dab8A及びFol-Dab8Bを含む粗生成物のHPLC解析結果を示す。
図2】siRNAのRNase A耐性に対する1~3当量のDab8、Fol-Dab8A及びFol-Dab8Bの影響を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)による蛍光強度変化によって示す。
図3】A:Alexa488で標識したsiRNAの葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体存在下におけるS2-013膵癌細胞への取り込みを示す共焦点顕微鏡画像を示す。B:Alexa488で標識したsiRNAの葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体非存在下におけるS2-013膵癌細胞への取り込みを示す共焦点顕微鏡画像を示す。C:カチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体存在下でのS2-013膵癌細胞へのsiRNAの取り込み効率を示す。結果は平均及び標準誤差を示す。Dab8-1はカチオン性オリゴペプチドDab8を1当量で添加したことを示し、Fol-Dab8B-3は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体Dab8Bを3当量で添加したことを示す。
図4】A:スクランブル対照siRNA又はSNORA18 siRNAと、カチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の併用によるSNORA18の発現抑制効果を示す。データはRT-PCRで増幅されたバンドについて、対照siRNAとDab8との組み合わせにおけるバンド強度を1とした相対強度で示す。B:スクランブル対照siRNA又はSNORA18 siRNAと葉酸-カチオン性ペプチド複合体(Fol-Dab8A及びFol-Dab8B)の併用によるマトリゲルアッセイでの浸潤細胞数を示す。
図5】A:スクランブル対照siRNA又はNUP85 siRNAと、カチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の併用によるNUP85の発現抑制効果を示す。データはRT-PCRで増幅されたバンドについて、対照siRNAとDab8との組み合わせにおけるバンド強度を1とした相対強度で示す。B:スクランブル対照siRNA又はNUP85 siRNAと葉酸-カチオン性ペプチド複合体(Fol-Dab8A及びFol-Dab8B)の併用によるマトリゲルアッセイでの浸潤細胞数を示す。
図6】A:スクランブル対照siRNA又はWASF2 siRNAと、カチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の併用によるWASF2の発現抑制効果を示す。データはRT-PCRで増幅されたバンドについて、対照siRNAとDab8との組み合わせにおけるバンド強度を1とした相対強度で示す。B:スクランブル対照siRNA又はWASF2 siRNAと葉酸-カチオン性ペプチド複合体(Fol-Dab8A及びFol-Dab8B)の併用によるマトリゲルアッセイでの浸潤細胞数を示す。
図7】A:スクランブル対照siRNA又はSNORA22 siRNAと、カチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の併用によるSNORA22の発現抑制効果を示す。データはRT-PCRで増幅されたバンドについて、対照siRNAとDab8との組み合わせにおけるバンド強度を1とした相対強度で示す。B:スクランブル対照siRNA又はSNORA22 siRNAと葉酸-カチオン性ペプチド複合体(Fol-Dab8A及びFol-Dab8B)の併用によるマトリゲルアッセイでの浸潤細胞数を示す。
図8】スクランブル対照siRNA(A)、SNORA18 siRNA(B)、NUP85 siRNA(C)、WASF2 siRNA(D)、又はSNORA22 siRNA(E)と、カチオン性オリゴペプチド(Dab8)又は葉酸-カチオン性ペプチド複合体(Fol-Dab8A及びFol-Dab8B)の併用によるマトリゲルアッセイでの浸潤細胞数を示す。
図9】Alexa488で標識したSNORA22 siRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8B、2当量)を培養液中に添加して一晩インキュベートしたS2-013膵癌細胞(A)およびHPNE正常膵管上皮細胞(B)における葉酸レセプター(FOLR1)及びSNORA22 siRNAの染色を示す共焦点顕微鏡画像である。
図10】葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8B、2当量)共存下でのS2-013膵癌細胞及びHPNE正常膵管上皮細胞へのSNORA22 siRNAの導入効率(%)を示す。結果は平均及び標準誤差を示す。*はP<0.05で有意差があることを示す。
図11】Alexa488で標識したSNORA22 siRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A(A)又はFol-Dab8B(B)、2当量)を培養液中に添加して一晩インキュベートしたS2-013膵癌細胞におけるリソソーム(LysoTracker)及びSNORA22 siRNAの染色を示す共焦点顕微鏡画像である。Merge/DAPIはAlexa488染色とDAPI染色を合わせた画像である。
図12】化学修飾されていないSNORA22 siRNA(A)又は化学修飾SNORA22 siRNA(B)と、カチオン性オリゴペプチド(Dab8)又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A若しくはFol-Dab8B)と混合して血清(10% FCS/PBS)に添加した直後(0)、3時間後(3)又は6時間後(6)後のsiRNAの安定性を非還元ゲルを用いたSDS-PAGEの結果で示す。-:FCSなし(PBSのみ)、対照:各SNORA22 siRNAを単独で添加。
図13】S2-013膵癌細胞由来ヒト膵癌オルガノイドを担持するマウスの膵癌組織への化学修飾SNORA22 siRNAの送達をin vivo imagerにて撮影した結果を示す。A-C:SNORA22 siRNAに対してDab8を1-3当量付加した場合、D-F:SNORA22 siRNAに対してFol-Dab8Aを1-3当量付加した場合、G-I:SNORA22 siRNAに対してFol-Dab8Bを1-3当量付加した場合。
図14】S2-013膵癌細胞由来ヒト膵癌オルガノイドを担持するマウスにおける膵癌腫瘍に対するSNORA22 siRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体との共投与による抗腫瘍効果を示す。Control:非投与対照群、SNORA22-Dab8:SNORA22 siRNAを葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体と共に投与した群、Scr-Fol-Dab8B:スクランブル対照siRNAを投与した群、SNORA22-Fol-Dab8B:SNORA22 siRNAを葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体と共に投与した群。*はP<0.05で有意差があることを示す。
図15】S2-013膵癌細胞由来ヒト膵癌オルガノイドを担持するマウスの膵癌組織への化学修飾SNORA18 siRNAの送達をin vivo imagerにて撮影した結果を示す。A-C:SNORA18 siRNAに対してFol-Dab8Aを1-3当量付加した場合、D-F:SNORA18 siRNAに対してFol-Dab8Bを1-3当量付加した場合。
図16】S2-013膵癌細胞由来ヒト膵癌オルガノイドを担持するマウスの膵癌組織への化学修飾WASF2 siRNAの送達をin vivo imagerにて撮影した結果を示す。A-C:WASF2 siRNAに対してFol-Dab8Aを1-3当量付加した場合、D-F:WASF2 siRNAに対してFol-Dab8Bを1-3当量付加した場合。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0021】
<核酸送達促進剤>
本発明は、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体からなる、核酸送達促進剤を提供する。
【0022】
<葉酸>
葉酸は、水溶性ビタミンB群の1種であり、下記の構造を有する。腫瘍細胞表面には葉酸受容体が高濃度に発現していることが報告されている。本発明者等は先に、膵癌細胞株であるS2-013において葉酸受容体が発現しており、葉酸を含む複合体を用いたsiRNAの細胞内送達を報告している(Oncotarget, 2019, Vol.10, No.30, pp.2869-2886)。
【0023】
【化10】
【0024】
本発明においてカチオン性オリゴペプチドとの複合体を作製するために使用される葉酸は、上記の構造を有する葉酸を用いても良く、またカチオン性オリゴペプチドとの結合性及び葉酸受容体との結合性を保持した葉酸塩若しくは葉酸誘導体であっても良い。
【0025】
例えば、上記の構造から理解される通り、葉酸分子には2個のカルボシキル基、アミノ基、イミノ基等が存在するため、カチオン性オリゴペプチドとの結合に関与しないこれらの官能基に当分野で知られる置換基を付加することもでき、また標識化合物を葉酸に結合させることもできる。
【0026】
<カチオン性オリゴペプチド>
本発明において使用可能なカチオン性オリゴヌクレオチドは、国際公開WO2014/148620号、並びにBioorganic & Medicinal Chemistry 21 (2013) 1717-1723に開示されたものを適宜使用することができる。
具体的には、本発明において使用するカチオン性オリゴヌクレオチドは、アミノ基又はグアニジノ基を有するアミノ酸残基を8個以上含むものであり得る。
【0027】
より具体的には、本発明において使用可能なカチオン性オリゴペプチドは、下記式(I)のアミノ酸残基が少なくとも2個連続する部分を含み、下記式(I)のアミノ酸残基の連続する部分以外は連続しない1個の他のアミノ酸残基であるカチオン性オリゴペプチド部位を含む、8~40個のアミノ酸からなるオリゴペプチドであり得る。
【0028】
【化11】
[式(I)において、Rは、基H-CH-、又は、式(II)で示される基であり、Rは、Rが基H-CH-の場合は、存在しない、若しくは、炭素原子数1~3のアルキレン基であり、Rが式(II)で示される基の場合は炭素原子数1~4のアルキレン基である。一つのカチオン性オリゴペプチドにおいてR及びRは全て同一である。]
【0029】
【化12】
[式(II)中、R、R及びRは、同一又は異なって、水素原子若しくはメチル基である。]
【0030】
上記の「式(I)のアミノ酸残基」としては、限定するものではないが、具体的には例えばL-2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)、L-2,4-ジアミノ酪酸(Dab)、L-オルニチン(Orn)、L-リジン(Lys)、L-2-アミノ-3-グアニジノプロピオン酸(Agp)、L-2-アミノ-4-グアニジノ酪酸(Agb)、又はL-アルギニン(Arg)を挙げることができる。
【0031】
上記の「他のアミノ酸残基」は特に限定されず、適宜選択することができる。例えばグリシン、L-アラニン、L-プロリンの他、プロリン骨格を有するアミノ酸として、L-アミノプロリン、L-グアニジノプロリン等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
一態様では、カチオン性オリゴペプチド部位は、上記の「他のアミノ酸残基」を含むヘテロ多量体であり得る。別の一態様では、カチオン性オリゴペプチド部位は、上記の「他のアミノ酸残基」を含まないホモ多量体であり得る。カチオン性オリゴペプチドの合成の簡便性、及び本発明者等が確認したsiRNA及びshRNAの安定化効果等を考慮すれば、カチオン性オリゴペプチド部位は、単一のアミノ酸から構成されるホモ多量体とすることが好ましい。
【0033】
この場合、単量体としてのアミノ酸は、天然のアミノ酸であっても非天然のアミノ酸であっても良い。また、アミノ酸はL型であってもD型であっても良く、それらがオリゴペプチド分子中に混在していても良い。
【0034】
従って、カチオン性オリゴペプチドは、例えばL-2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)、L-2,4-ジアミノ酪酸(Dab)、L-オルニチン(Orn)、L-リジン(Lys)、L-2-アミノ-3-グアニジノプロピオン酸(Agp)、L-2-アミノ-4-グアニジノ酪酸(Agb)、又はL-アルギニン(Arg)のホモ多量体を部分構造として有するものであり得る。
【0035】
カチオン性オリゴペプチドは、塩の形態であっても良く、好適に使用できる塩としては、塩酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩等を挙げることができるが、特に限定するものではない。
【0036】
二本鎖核酸には、らせん構造の異なるA型とB型とがあり、DNA/DNA二本鎖の場合には主溝の幅が13~18ÅのB型二重らせん構造を有しているのに対して、RNA/RNA二本鎖及びDNA/RNA鎖の場合には主溝の幅がそれぞれ7~14Å及び8~15ÅのA型二重らせん構造を有している。本発明はsiRNAの安定性向上を意図するものであるため、A型二重らせん構造のRNA/RNA鎖に結合可能なカチオン性オリゴペプチドを用いることが必要となる。
【0037】
カチオン性オリゴペプチドを構成するアミノ酸残基の数は、一般的に21~23塩基からなるsiRNA、及びそのようなsiRNAをもたらすshRNAの安定性を向上させるためには、8~12個とすればよい。
【0038】
具体的な一態様として、下記の実施例において実際に検討し、好ましい結果をもたらしたものとして、カチオン性オリゴペプチド部位は、下記の構造を有するジアミノ酪酸の8量体とすることができる。
【0039】
【化13】
【0040】
<葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体>
葉酸とカチオン性オリゴペプチドとの結合は、共有結合とすることが好ましい。共有結合は、カチオン性オリゴペプチドのN末端、C末端若しくは側鎖に直接又はリンカーを介した結合とすることができる。
【0041】
リンカーとしては、コンジュゲートの作製のために当分野で通常使用されるものを適宜用いることができ、特に限定するものではないが、例えばグリシンやセリン等のアミノ酸からなるペプチドリンカーとすることができる。例えば、ペプチドリンカーは、1~4個のグリシン残基からなるペプチドであり得る。例えば、下記の実施例において実際に検討し、好ましい結果をもたらしたものとして、3個のグリシン残基からなるリンカーを挙げることができる。
【0042】
葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体において、葉酸とカチオン性オリゴペプチドの比率は、葉酸受容体との相互作用、並びに二本鎖核酸との相互作用を考慮すると1:1とすることができるが、特に限定するものではない。
【0043】
上記の通り、葉酸分子には2個のカルボシキル基が存在するため、上記の構造のDab8を葉酸のカルボキシル基との反応を介して結合させた場合、以下の2通りの異性体が生じ得る。本明細書においては、便宜上、これらの化合物をFol-Dab8A、及びFol-Dab8Bと表記する。
【0044】
【化14】
【0045】
【化15】
【0046】
上記のFol-Dab8A、及びFol-Dab8Bでは、リンカーとして3個のグリシンを使用しているが、リンカーの長さは適宜変更することができる。
複合体形成に用いたカチオン性オリゴペプチドの種類に応じて、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体は、塩の形態として得られたものであっても良い。好適に使用できる塩としては、塩酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩等を挙げることができるが、特に限定するものではない。
葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体とすることで、siRNA及びshRNAの安定性を高めると共に、葉酸受容体を有する細胞への標的化送達が可能となる。
【0047】
なお、実施例では、Fol-Dab8A及びFol-Dab8Bの有効性を示す対照化合物として、葉酸を有さないカチオン性オリゴペプチドDab8を用いているが、UV検出と定量を可能にするためのチロシン(N端がアセチル基で保護されている)とグリシン3個をN端に有するものとしており、実施例ではこれを便宜上、Dab8と称する。
【0048】
【化16】
[式中、Ac-YGGGはN-アセチル-L-チロシン-グリシン-グリシン-グリシンを示す]
【0049】
本発明の核酸送達促進剤は、実施例において実証される通り、in vitro及びin vivoにおいて、siRNA又はshRNAの細胞への送達を促進することができる。本発明の核酸送達促進剤は、葉酸受容体を高発現する細胞、特に癌細胞への送達を特異的に促進することができる。
【0050】
<抗腫瘍剤>
本発明はまた、膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAと、上記本発明の送達促進剤とを含む核酸製剤を提供する。本発明の核酸製剤は、膵癌の腫瘍増大・浸潤・転移を効果的に抑制することができる。従って、本発明の核酸製剤は、膵癌に対する腫瘍増大抑制剤、浸潤・転移抑制剤、抗腫瘍剤としての作用を有する。
【0051】
本発明において、siRNA又はshRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体とは、更なる共有結合を介して結合することもできるが、共有結合を介さずに、siRNA又はshRNAの有する負電荷と、カチオン性オリゴペプチドの有する正電荷とでもたらされる相互作用により、siRNA又はshRNAの主溝内に葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体が部分的に入り込むようにして安定した構造を有し得るが、この安定化効果のメカニズムには拘束されることを意図しない。
【0052】
<RNAi分子>
siRNA及びshRNAは、RNA干渉と呼ばれるメカニズムにより、特定のmRNAを標的として、その翻訳(発現)を阻止することが知られている。標的配列の塩基数は特に限定されず、15~500塩基の範囲で選択され得る。siRNAは、短鎖二本鎖RNA分子であり、shRNAは、生体内でダイサーによってプロセシングされてsiRNAを生成することができるヘアピン型RNAである。本明細書において、siRNA及びshRNAを含めて「RNAi分子」と記載する場合がある。
【0053】
siRNAは、標的RNAの部分塩基配列と相同なセンス鎖と、当該センス鎖とハイブリダイズ可能なアンチセンス鎖がハイブリダイズした二本鎖RNAであり、通常、3’末端はOHのままである一方で5’末端がリン酸化され、3’末端側は1塩基以上4塩基以下突出していてもよい。
【0054】
これに対して、一本鎖RNAからなるshRNAは、標的mRNAの部分塩基配列と相同なセンス鎖の領域と、当該センス鎖とハイブリダイズ可能なアンチセンス鎖の領域がリンカー領域により結合されており、全体としてヘアピン状の構造を有している。shRNAは3’末端が1塩基以上4塩基以下突出していてもよく、また、当該3’突出末端はDNAで構成されていてもよい。shRNAは、上記のように細胞内で分解され、siRNAと同様にRNA干渉を引き起こす。従って、siRNAの代わりにshRNAを用いても良い。
【0055】
本発明の目的のために用いるsiRNA又はshRNAは、膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAである。
【0056】
本明細書において記載する「膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNA」は、特に限定するものではないが、インスリン様成長因子2mRNA結合タンパク質3(IGF2BP3)に結合するものであり得る。
【0057】
上記の通り、膵癌細胞ではヒトIGF2BP3が細胞膜突起中に存在し、このIGF2BP3に様々なmRNAが結合し、細胞膜突起中に集積している。これらの細胞膜突起中のIGF2BP3に結合しているmRNAをRNA干渉により阻害することで、膵癌における腫瘍増大・浸潤・転移が有効に抑制され得る。
【0058】
膵癌細胞で発現するmRNAであって、本発明者等がRNA干渉を利用して膵癌に対する抗腫瘍効果を確認したものとしては、例えばNUP85、WASF2、ARHGEF4、CCDC88A、LAMTOR2、mTORのmRNAを挙げることができる。
【0059】
<NUP85>
NUP85(ヌクレオポリン85)は、細胞核と細胞質の間の高分子の移動を調節する出入口を形成している核膜孔複合体の構成要素となるヌクレオポリン(nucleoporin)タンパク質ファミリーに属するタンパク質である。ヒトNUP85のアミノ酸配列及びこれをコードするmRNAの塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:79902、NCBI参照配列:NM_024844等として収載されている。
【0060】
<WASF2>
原発性免疫不全症の一種であるウィスコット・アルドリッチ症候群は、サイズの減少を伴う血小板減少、湿疹、易感染性を特徴とする疾患である。ウィスコット・アルドリッチ症候群タンパク質ファミリーメンバー2(WASF2)は、受容体キナーゼとアクチンをつなぐ多タンパク質複合体を形成するウィスコット・アルドリッチ症候群タンパク質ファミリーに属し、ヒトWASF2のアミノ酸配列及びこれをコードするmRNAの塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:10163、NCBI参照配列:NM_006990等として収載されている。
【0061】
<ARHGEF4>
ARHGEF4(Rho guanine nucleotide exchange factor 4、Rhoグアニンヌクレオチド交換因子4)は、Gタンパク質共役状態を介して機能する刺激によって開始する細胞内プロセスに関与するタンパク質である。ヒトARHGEF4のアミノ酸配列及びこれをコードするmRNAの塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:50649、NCBI参照配列:NM_015320等として収載されている。
【0062】
<CCDC88A>
CCDC88A(コイルドコイルドメイン含有88A)は、アクチン結合タンパク質であるGirdinタンパク質をコードする遺伝子である。ヒトCCDC88AのmRNAの塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:55704、NCBI参照配列:NM_001135597等として収載されている。
【0063】
<LAMTOR2>
LAMTOR2(late endosomal/lysosomal adaptor,MAPK and mTOR activator 2)は、ランゲルハンス細胞の恒常性のレギュレーターであり、シグナル伝達及びmTORカスケードに関与していると報告されている。ヒトLAMTOR2のアミノ酸配列及びこれをコードするmRNAの塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:28956、NCBI参照配列:NM_014017等として収載されている。
【0064】
<mTOR>
mTOR(mammalian target of rapamycin kinase、ラパマイシンキナーゼの哺乳動物標的)は、哺乳動物等の細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質キナーゼの1種である。ヒトmTORのアミノ酸配列及びこれをコードするmRNAの塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:2475、NCBI参照配列:NM_004958等として収載されている。
【0065】
当分野において周知の通り、mRNAは、遺伝子(DNA)から転写され、タンパク質をコードする情報を含むRNAである。通常二本鎖であるsiRNAは、その二本鎖が解離した後に一方の鎖(アンチセンス鎖)が特定のタンパク質と共にRISC(RNA-Induced-Silencing-Complex)と呼ばれる複合体を形成することが知られている。RISCはsiRNAのセンス鎖の塩基配列との相同配列を有するmRNAを認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によりmRNAを切断する。一方、shRNAは、送達された細胞内でのプロセシング後にsiRNAを生じ、その後同様に機能し得る。
【0066】
これに対してsnoRNAは、核小体に存在するノンコーディングRNA(small nuclear RNA)であり、リボソームRNA及びその他のRNAのメチル化やシュードウリジン化の化学修飾を導く等の機能を有するRNA分子群であることが報告されている(例えばMol.Biol.Cell,2004,15:281-293;J.Biol.Chem,2015,290:11741-11748)。
【0067】
本発明者等は最近、こうしたsnoRNAに属するSNORA18とSNORA22がIGF2BP3に対する結合能を有し、膵癌細胞の運動又は浸潤に関与することを見出している。また、snoRNAはKH型スプライシング調節タンパク質(KHSRP)と結合し、細胞質のPボディ(P-body)中に局在することも見出された(Oncotarget,2020,Vol.11,No.2,pp:131-147)。
本発明者等は、これらのsnoRNAに対するsiRNA又はshRNAも、snoRNAを認識して結合し、ノックダウンすることで、膵癌の腫瘍増大・浸潤・転移を抑制することができることを見出した。
【0068】
<SNORA18>
小核小体RNA SNORA18は、ウリジンからシュードウリジンへの修飾部位をガイドするRNAのメンバーとして報告されている。ヒトSNORA18の塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:677805、NCBI参照配列:NR_002959等として収載されている。
【0069】
<SNORA22>
小核小体RNA SNORA22も、ウリジンからシュードウリジンへの修飾部位をガイドするRNAのメンバーとして報告されている。ヒトSNORA22の塩基配列等の情報は、NCBI等のデータベースにGene ID:677807、NCBI参照配列:NR_002961等として収載されている。
【0070】
従って、特に限定するものではないが、本発明においてsiRNA又はshRNAが標的とすることができる膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAとしては、例えばSNORA18 snoRNA、NUP85 mRNA、WASF2 mRNA、及びSNORA22 snoRNAからなる群より選択されるものが挙げられる。
【0071】
mRNAを標的とする場合、siRNA又はshRNAがハイブリダイズし得る標的mRNAは、3’UTR、5’UTR、エキソン、イントロン、コード領域、翻訳開始領域、翻訳終結領域又は他の核酸領域を含み得る。
【0072】
本発明において使用するsiRNA及びshRNAは、mRNA又はsnoRNAをノックダウンして、その機能を阻害し得るものである。従って、より具体的には、本発明のsiRNA及びshRNAは、標的RNAの特定の塩基配列に対して実質的に相補的な塩基配列からなる。しかしながら、siRNA及びshRNAは、標的の塩基配列に対して1~2個程度のミスマッチがあっても良い。当業者であれば、標的となるmRNA又はsnoRNAの塩基配列が取得されている場合、標的配列以外の核酸の塩基配列と相同性がなく、標的配列の発現の阻害/ノックダウンのために好適な領域を選択し、特異性の高い適切なsiRNA及びshRNAを設計し、合成することができる。
【0073】
例えば、siRNAは、以下の条件:
(1)アンチセンス鎖の5’末端がA又はUであり、
(2)センス鎖の5’末端がG又はCであり、且つ
(3)アンチセンス鎖の5’末端部の7塩基中の4塩基以上はA又はUである
を満たす場合に、RNA干渉効果が高いことが知られている。従って、本発明で使用するsiRNAは、かかる塩基配列を有するものであり得るが、これに限定するものではない。同様に、本発明で使用するshRNAは、細胞内でのプロセシング後にこうしたsiRNAを生じるものであり得るが、これに限定するものではない。
ある標的配列に対して有効なsiRNA配列及びshRNA配列の決定は、インターネットを介して利用可能なプログラムを使用して実施することもできる。
【0074】
本明細書において、発現の阻害/抑制又はノックダウンとは、標的mRNA又はsnoRNAの分解、コードされるタンパク質への翻訳の阻害/抑制をいう。抑制は、対照と比較して、細胞又は細胞群(膵臓癌組織)における標的mRNA/snoRNA量を20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上低減させることを含む。発現の阻害/抑制又はノックダウンは、当技術分野で公知のいずれの方法で決定しても良く、例えばRT-PCRに基づく方法で決定することができる。
【0075】
siRNA及びshRNAは、天然(非修飾)ヌクレオチドのみから構成されるものであっても良いが、一部又は全てのヌクレオチドが修飾されたものであっても良い。当分野で知られるいずれかの修飾を用いることで、siRNA及びshRNAの化学的安定性が増大し得る。しかしながら、修飾によってsiRNA及びshRNAの意図する活性が低下することは望ましくない。例えば、shRNAの細胞内でのプロセシングを妨げるような修飾は用いないことは理解される通りである。非天然ヌクレオチドとしての修飾は、糖及び/又は塩基の修飾であり得る。
【0076】
糖の修飾としては、例えば、限定するものではないが、二環式糖、5'-ビニル、5'-メチル、4'-S、2'-F、2'-OCH(2’-OMe)、及び2'-O(CHOCH置換基等が挙げられる。二環式糖は、一般に架橋化核酸(Bridged Nucleic Acid、BNA)と称され、例えば、限定されないが、LNA(ロックド核酸(Locked Nucleic Acid(登録商標))、2,4-BNA、ENA(エチレンオキシ(4-(CH-O-2)BNA)などが挙げられる。あるいはまた、糖は、リボースの代わりに一部にデオキシリボースを含んでいても良く、この場合、siRNAの一方又は双方のオリゴヌクレオチド鎖、又はshRNAのオリゴヌクレオチド鎖中にDNAとRNAとが混在していても良い。好ましくは、siRNAは、RNA/RNA二本鎖である。また、shRNAは好ましくはRNA鎖である。糖の修飾として、例えば2’-OMe修飾が好適に使用し得る。
【0077】
塩基の修飾として、例えば、限定するものではないが、
シトシンの5-メチル化、5-フルオロ化、5-ブロモ化、5-ヨード化、N4-メチル化、
アデニンのN6-メチル化、8-ブロモ化、
グアニンのN2-メチル化、8-ブロモ化、
ウラシルの5-フルオロ化、5-ブロモ化、5-ヨード化、5-ヒドロキシル化
などが挙げられる。
【0078】
siRNA及びshRNA中の同一のヌクレオチド又は異なるヌクレオチドが、上記のような糖及び塩基の修飾を有することができる。
siRNA及びshRNAはまた、改変されたヌクレオシド間結合を含むことができる。
【0079】
改変されたヌクレオシド間結合とは、天然に存在するホスホジエステル結合の代わりに存在する、例えばホスホロチオエート結合、ホスホロジチオエート結合、ボラノホスフェート結合、ホスホロジアミデート結合及びホスホロアミデート結合などであり得る。
【0080】
siRNA及びshRNAのヌクレオシド間結合の少なくとも1つが、改変されたヌクレオシド間結合であり得る。あるいは、siRNA及びshRNAのヌクレオシド間結合の少なくとも2個、3個、4個、又はそれ以上が、改変されたヌクレオシド間結合であり得る。改変されたヌクレオシド間結合は、好ましくはホスホロチオエート結合である。
【0081】
siRNA及びshRNAにおいて、同一鎖中の異なるヌクレオチドが、独立して異なる修飾を受けることできる。また、同一のヌクレオチドは、修飾ヌクレオシド間結合(例えば、ホスホロチオエート結合)を有し、さらに、修飾糖(例えば、二環式糖)を有することができる。同一のヌクレオチドはまた、修飾核酸塩基(例えば、5-メチルシトシン)を有し、さらに、修飾糖(例えば、2’-OMe修飾、二環式糖等)を有することができる。
【0082】
本発明のsiRNA及びshRNAは、当技術分野で公知の方法によって製造することができる。例えば、siRNA及びshRNAは、市販の自動核酸合成装置を使用して合成し、その後、イオン交換カラムや逆相カラムなどを用いて精製することにより製造することができる。あるいは、siRNA及びshRNAは、核酸塩基配列並びに修飾部位及び種類を指定して、製造業者(例えば、株式会社ジーンデザイン)に注文し、入手することもできる。
【0083】
また、siRNA及びshRNAには標識化合物(蛍光タンパク質、ルシフェラーゼ等)、精製用化合物(ビオチン、アビジン、Hisタグペプチド、GSTタグペプチド、FLAGタグペプチド等)等の機能性分子が結合していてもよい。結合は、直接的な結合であってもよく、他の物質を介した間接的な結合であってもよいが、共有結合等で直接的に結合していることが好ましい。
【0084】
本発明の抗腫瘍剤は、限定するものではないが、siRNA又はshRNA1分子に対して0.5~10当量、好ましくは1~5当量、より好ましくは1~3当量の葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を含むことができる。
【0085】
実施例において実証されるように、siRNA又はshRNAと葉酸-カチオン性オリゴぺプチド複合体を併用することで、顕著に膵癌の腫瘍増大及び浸潤を抑制することができる。本発明の葉酸―カチオン性オリゴペプチド複合体はsiRNA又はshRNAに対して1~3当量程度の少量を添加するだけで十分な効果を発揮するため、極めて有用な膵癌の治療手段となることが期待される。
【0086】
本発明に係る抗腫瘍剤は、標的部位である膵癌組織に有効成分が送達されるものであれば特に制限されず、例えば、注射剤、液剤、徐放剤とすることができる。これら製剤の溶媒としては水が好ましいが、生理食塩水、PBS、血清アルブミン溶液を用いるなどして製剤が最終的に等張液又は略等張液となるようにすることが好ましい。
【0087】
<医薬組成物>
本発明はまた、本発明の抗腫瘍剤を1種以上含む医薬組成物を提供する。
本発明に係る抗腫瘍剤の標的部位は、膵臓のみならず、膵癌細胞が転移したリンパ節や他の臓器であってもよい。また、標的部位ヘ有効成分をより確実に送達するために、剤形としては注射剤が好ましい。
【0088】
医薬組成物は、製剤分野で通常使用される担体、賦形剤、安定化剤、崩壊剤、界面活性剤、結合剤、滑沢剤、乳化剤、懸濁剤、抗酸化剤、矯臭剤、充填剤、溶解補助剤、コーティング剤、着色剤、矯味剤、保存剤、緩衝剤等を含めることができる。具体的には、水、生理食塩水、他の水性溶媒、製薬上許容される有機溶媒、マンニトール、ラクトース、デンプン、微結晶セルロース、ブドウ糖、カルシウム、ポリビニルアルコール、コラーゲン、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、水溶性デキストリン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、アラビアゴム、キサンタンガム、カゼイン、ゼラチン、寒天、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、グリセリン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ソルビトールなどが挙げられる。
【0089】
医薬組成物は、経口的又は非経口的に被験体に投与できる。非経口的投与としては、限定されないが、皮下、静脈内、腹腔内、腫瘍内等への注射又は注入、及び内視鏡又は腹腔鏡を介した処置時の投与が挙げられる。
【0090】
本発明の医薬組成物の投与量や投与頻度は、それぞれの剤形や、患者の年齢、性別、体重、疾患の重篤度などにより適宜調整すればよい。例えば、医薬組成物は、siRNA又はshRNAが0.001mg/kg/日~1mg/kg/日、0.005mg/kg/日~0.5mg/kg/日、又は0.01mg/体重kg/日~0.1mg/kg/日となる量とし、これに対して0.5~10当量となるように葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の量を決定して、投与することができる。
【0091】
医薬組成物は、単回投与又は複数回投与することができ、例えば1日、2日、3日、4日、5日、6日、1週間、2週間、3週間、1ヶ月などの間隔で投与することができる。
【0092】
医薬組成物を投与する被験体は、哺乳動物、例えばヒト、サルなどの霊長類、及び非霊長類、例えばウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ネコ、イヌ、モルモット、ラット及びマウスであり得るが、より好ましくはヒトである。また、被験体は、ヒトへの有効性の評価のために使用可能な、例えばヒト膵癌細胞を移植した膵癌モデル動物であってよい。
【0093】
膵癌モデル動物としては、特に限定するものではないが、例えば特開2018-110575号に記載された癌オルガノイドを移植された非ヒト動物を用いることができる。ここで、「オルガノイド」とは、in vitroで3次元的に作製された臓器であり、特定の臓器に特異的な細胞の集合体をいう。当分野において、既に種々の臓器のオルガノイドが作製されている。特開2018-110575号に記載されている「癌オルガノイド」は、癌組織の微小環境を再現したオルガノイドである。本出願の発明者を含む研究グループでは、特開2018-110575号の手法を改変して、膵癌治療薬の効果を判定するために有用なヒト膵癌マウスモデルを作製しており(特願2020-078771)、このマウスモデルも、本発明の抗腫瘍薬及び医薬組成物のヒトへの有効性の評価のために好適に使用することができる。
【0094】
<組合せ製剤>
本発明はまた、上記の膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAと、上記の葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体とを含む、膵癌の腫瘍増大・浸潤・転移の抑制のための組合せ製剤を提供する。
【0095】
本明細書の記載から理解される通り、siRNA又はshRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体とは、共有的に結合されてはおらず、メカニズムに拘束されるものではないが、siRNA又はshRNAの主溝に葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体が部分的に挿入され、siRNA又はshRNAが安定化されることを意図するものである。
【0096】
従って、siRNA又はshRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体とは、予め同じ組成物中に含まれていなくても良い。すなわち、siRNA又はshRNAを含有する製剤と、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を含有する製剤とを別個に調製し、投与に先立って組み合わせるようにしても良い。
【0097】
あるいはまた、上記の2種の製剤は、別個に投与することもできる。しかしながら、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体によるsiRNA又はshRNAの安定化を考慮すると、これら2種の製剤は、異なる時点で投与する、あるいは異なる投与経路で投与するのではなく、同時に(若しくは連続して)、かつ同じ投与経路で投与することが好ましい。
【0098】
<キット>
本発明はまた、上記の膵癌細胞で発現するmRNA又はsnoRNAに結合してその発現を阻害し得るsiRNA又はshRNAと、上記の葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体とを含む、膵癌治療のための医薬キットを提供する。キットには、siRNA又はshRNA及び葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の他、同時に投与することができるか投与が適切な他の薬剤、担体、投与方法等についての説明書等を含めることができる。
【実施例
【0099】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0100】
[実施例1 葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の合成]
下記に示すようにして葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を合成した。尚、本実施例において使用した試薬及び分析装置は以下に示す通りである。
【0101】
<試薬>
Fmocアミノ酸誘導体およびペプチド固相合成担体としての樹脂は渡辺化学工業株式会社より、また、葉酸は東京化成株式会社より購入し、そのまま用いた。各ペプチド鎖はFmoc固相合成法を用い、Fmoc-NH-SAL-PEG樹脂を固相担体として合成した。Fmoc-AA-OH試薬にはFmoc-Dab(Boc)-OH、Fmoc-Gly-OH、Fmoc-Tyr(t-Bu)-OHを使用した。
【0102】
<ESI MS>
Varian 910-MS(JASCO)
<紫外可視分光光度計>
V-550(JASCO)
<温度可変紫外可視分光光度計>
UV-1650PC(SIMADZU)
<分光蛍光光度計>
FP-6500(JASCO)
<HPLC>
ポンプ:PU-2080i plus(JASCO)
検出器:UV-2075i plus(JASCO)
低圧グラジエントユニット:LG-2080-02(JASCO)
デガッサ:DG-2080-53(JASCO)
逆相カラム:μ-Bondasphere 150×3.9mm C18 5μm 100Å(Waters), SunFire C18 OBD 5μm 19×150mm(Waters)
【0103】
<工程1:カップリング操作>
まず、Fmoc固相合成により、L-2,4-ジアミノ酪酸の8量体(Dab8)を合成した。PetiSyzer(ハイペップ研究所)に、導入されたアミノ基が13μmolになるように固相担体を加えて、1.3mLのジメチルホルムアミド(DMF)で5回洗浄した後、DMFを1.3mL加えて1時間以上静置し、担体を膨潤させた。
【0104】
(i)膨潤後、1.3mLのDMFで5回洗浄した後、25%ピぺリジン/DMF溶液を1.3mL加えて5分間反応させ、Fmoc基を除去した。その際、数回に分けてボルテックスミキサーで攪拌した。
【0105】
(ii)続いて1.3mLのDMFで5回洗浄した後、樹脂上のアミノ基に対し5当量のFmoc-アミノ酸(Fmoc-AA-OH)、縮合試薬として、N-[(1H-ベンゾトリアゾール-1-イル)(ジメチルアミノ)メチレン]-N-メチルメタンアミニウムヘキサフルオロオスフェート-N-オキシド(N-[(1H-benzotriazol-1-yl)(dimethylamino)methylene]-N-methylmethan aminiumhexafluorophosphate-N-oxide)(HATU・HO、5当量)、ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA、10当量)、反応溶媒としてDMFを合計1.3mLになるように加え、15分間縮合反応させた。その際、数回に分けてボルテックスミキサーで攪拌した。
【0106】
N末端のアミノ酸まで(i)及び(ii)の操作を繰り返したのち、再び(i)の操作を行い、Fmoc基を除去することで、固相担体上にNH-GGG-Dab8を合成した。続いて1.3mLのDMFで5回洗浄した後、樹脂上のアミノ基に対し2当量の葉酸および2当量のN,N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)をDMF-ジメチルスルホキシド(DMSO)混合溶媒(1:1, v/v)1.5 mLに溶かし、6時間静置しておいたものを1.3mL加え、14時間縮合反応させた。
【0107】
<工程2:脱保護・脱樹脂および精製>
樹脂をDMF及びCHClでそれぞれ5回洗浄し、デシケーター中で減圧乾燥した。得られた樹脂を室温でトリフルオロ酢酸(TFA)-トリイソピロピルシラン-HO混合溶媒(96.5/1.0/2.5, v/v/v)中、1時間30分攪拌し、脱保護・脱樹脂を行った。樹脂を濾去し、溶媒をアルゴン気流下気化させた後、EtOを加えてペプチドを沈殿させた。遠心分離機にかけて上澄みを除去する操作を3回繰り返したのち、EtOをアルゴン気流下気化させ、粗生成物(葉酸-カチオン性オリゴペプチド)を得た。
得られた粗生成物を1mLの大塚蒸留水(大塚製薬工場製)に溶解した後、以下の条件を用いる逆相HPLCにより精製した。
【0108】
勾配サイクル:溶媒A(HO-0.05% TFA)中の溶媒B(CHCN-0.05% TFA)の比率 直線勾配で5分間で0%~5%;40分間で5%~25%;5分間で25%~100%
測定温度:30℃
流速:0.5mL/分
【0109】
図1に、Fol-Dab8粗生成物のHPLC解析結果を示す。葉酸が2つのカルボキシ基を含むことに起因し、葉酸を導入したDab8(Fol-Dab8と記載する)については、2つのピークに分かれて溶出した。HPLC解析において先に溶出されたものをFol-Dab8A、その後に溶出されたものをFol-Dab8Bとした。それぞれの化学構造式を下記に示す。
【0110】
【化17】
【0111】
【化18】
【0112】
HPLCにおいて分取した溶液を凍結乾燥し、黄色粉末として得られた。精製したFol-Dab8A若しくはFol-Dab8Bを大塚蒸留水に溶解させ、予め、葉酸のモル吸光係数を算出し(波長368nmのモル吸光係数:7967L/mol・cm)、葉酸のUV吸収から収量を算出した。Dab8は固相担体上にNH-GGG-Dab8を合成した後に、N端がアセチル基で保護されたチロシンとのカップリング操作を行い、<工程2>の操作を行った後にHPLCで精製することで白色粉末として得、TyrのUV吸収から収量を算出した。各ペプチドは質量分析(ESI-MS)によって同定を行った(Dab8の[M+H]m/z 計算値:1194.681、実測値:1194.682;Fol-Dab8Aの[M+H] m/z 計算値:1412.737、実測値:1412.738;Fol-Dab8Bの[M+H]m/z 計算値:1412.737、実測値:1412.739)。
【0113】
[実施例2 融解温度(Tm)解析]
実施例1で合成したカチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の存在下及び非存在下での核酸二重鎖の融解温度を測定した。
【0114】
本実施例では、アニーリングされたRNA二本鎖に対してカチオン性オリゴペプチド(Dab8)又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド(Fol-Dab8A若しくはFol-Dab8B)を添加し、融解温度(Tm値)を測定した。RNA二本鎖として、以下の配列からなるオリゴヌクレオチド対をsiRNAとして使用した。
5'-r(GUCAUCACACUGAAUACCA)dTdT-3'(配列番号1)
5'-r(UGGUAUUCAGUGUGAUGAC)dTdT-3'(配列番号2)
【0115】
50μM核酸水溶液144μLを調製し、95℃で5分間保った後、-0.5℃/分で4℃まで徐冷した。これを、200mM NaCl、20mM NaHPO-NaHPOを含むpH7.0のバッファー、大塚蒸留水、0.1mMペプチド水溶液の混合溶液に加え、最終濃度が10mM NaHPO-NaHPO、100mM NaCl、4μM核酸二重鎖、0、4、8、12、16、20μMペプチド(それぞれ0、1、2、3、4、5当量)になるようにサンプルを調整した。
【0116】
20℃から95℃まで0.5℃/分で昇温して260nmの吸光度を測定し、融解曲線を求めた。バックグラウンドによるノイズを除くために320nmの吸光度を測定し、260nmの吸光度から320nmの吸光度を引いた値で融解曲線を作成し、中線法でTm値を求めた。
【0117】
その結果、表1に示すように、RNA二重鎖に対してカチオン性オリゴペプチドを添加していない場合、Tm値は72.3℃であったのに対し、Dab8、Fol-Dab8A、又はFol-Dab8Bを1当量以上加えると、いずれもTm値は上昇した。すなわち、Fol-Dab8A及びBはいずれも、Dab8と同様、RNA二重鎖に結合してその熱力学的安定性を向上させることが示唆された。
【0118】
【表1】
【0119】
[実施例3 RNaseA耐性の評価]
カチオン性オリゴペプチド存在下における核酸二重鎖のRNA分解酵素耐性試験を行った。
本実施例では、アニーリングされたRNA二重鎖に対してペプチドを添加して複合体を形成させ、RNAの分解の速さを測定した。
【0120】
PCRチューブに大塚蒸留水、100mM Tris-HCl、1M NaClバッファー(pH7.3)を加えた後、0.1mMの5’末端が蛍光基である6-FAM修飾された一本鎖RNA(5'-FAM-r(GUCAUCACACUGAAUACCA)dTdT-3'、配列番号1)水溶液、0.1mMの3’末端が消光基であるDabcyl修飾された一本鎖RNA (5'-r(UGGUAUUCAGUGUGAUGAC)dTdT-dabcyl-3'、配列番号2)水溶液をそれぞれ等量混合し、最終濃度が10mM Tris-HCl、100mM NaCl、10μM siRNAになるように調製した。続いて95℃で5分保った後、-0.5℃/分で4℃まで徐冷した。
【0121】
石英セルに10mM Tris-HCl、100mM NaCl、10μM siRNA水溶液、及び0.1mMカチオン性オリゴペプチド水溶液を加え、最終濃度が10mM Tris-HCl、100mM NaCl、10nM siRNA、0、10、20、30nMペプチド(それぞれ0、1、2、3当量)になるように、3mLに調製した。その後、37℃で攪拌しながら100μg/mL ウシ膵臓由来RNase A(Roche社製)を15μL加え、蛍光強度の測定を開始して経時変化を追跡した(励起波長:490nm;測定波長:520nm;測定時間:60分)。
【0122】
結果を図2に示す。RNA二重鎖が解離すると、蛍光基と消光基との距離が離れるために蛍光強度が高くなることから、Dab8、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bのいずれも、1当量以上加えると、蛍光強度の増大速度が緩やかになっており、Dab8と同様に、Fol-Dab8A及びBによって、RNA二重鎖の分解酵素耐性が向上したことが示唆された。
【0123】
[実施例4 膵癌細胞へのsiRNAの取り込みの確認]
フローサイトメトリーでは標識が細胞内に取り込まれたものと取り込まれていないものとの識別が困難であるため、膵癌細胞へのsiRNAの取り込みを共焦点顕微鏡を用いて観察した。
【0124】
膵癌細胞株S2-013(東北大学加齢医学研究所 医用細胞資源センター・細胞バンク、ID:TKG0709)を2×10個/ウェルの細胞密度で4ウェルチャンバースライド(Thermo Fisher Scientific)中に播種し、これにAlexa647(Thermo Fisher Scientific)で標識したスクランブル対照siRNA(配列番号3及び4)に対してDab8、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bを1~3当量で添加して48時間培養した。siRNAの濃度は8.28μg/mLとして25μL使用し、Dab8、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bの濃度は原液(Dab8:119.3μg/mL、Fol-Dab8A,Fol-Dab8B:141.2μg/mL)を25倍希釈して使用した。siRNAに対して1、2、3当量に相当する量はそれぞれ3.9μL、7.8μL、11.7μLである。
【0125】
翌日、4%パラホルムアルデヒドにて固定し、DAPI入り封入剤で封入してからオールインワン蛍光顕微鏡(BZ-X800,keyence)による観察を行った。その結果、図3Aに示すように、Alexa647の蛍光により、siRNAの細胞内への取り込みが確認された。一方、siRNAのみを膵癌細胞株S2-013の培養液中に付加して培養した場合、Alexa647による蛍光で確認して、siRNAが細胞にほとんど取り込まれていないことが認められた(図3B)。
【0126】
取り込みを数値化するために、keyence解析ソフト BZ-X800 Analyzerのハイブリッドセルカウント機能を使用し、Dab8、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bの存在下でsiRNAが取り込まれた細胞のカウントを行った。判定は、細胞核の1/3以上が濃く染まっているものと、細胞核の周辺部に濃いかたまりがあるものを測定した。
【0127】
その結果、図3Cに示すように、カチオン性オリゴペプチド(Dab8)、並びに葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A、Fol-Dab8B)を用いた場合、添加したsiRNAに対して20~40%の細胞内への取り込みが確認された。また、Fol-Dab8Aでは3当量、Fol-Dab8Bでは1当量において最も導入効率が高く、1~3当量を付加したDab8よりも導入効率が良好であった。
【0128】
[実施例5 葉酸-カチオン性ペプチド付加siRNAによるノックダウン効果]
カチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の存在下における、SNORA18、NUP85、WASF2、SNORA22それぞれに対するsiRNAのノックダウン効果を検討した。
表2に、本実施例で使用したsiRNAの配列を示す。各siRNAは、当分野で通常行われる通り、表2に示すセンス鎖とアンチセンス鎖とが二本鎖形成したものを使用した。
【0129】
【表2】
【0130】
Dab8とsiRNAの複合体は1当量、Fol-Dab8AとsiRNAの複合体は3当量、Fol-Dab8BとsiRNAの複合体は1当量のカチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性ペプチドを付加したスクランブル対照siRNA(配列番号3及び4)、SNORA18 siRNA(配列番号5及び6)、NUP85 siRNA(配列番号7及び8)、WASF2 siRNA(配列番号9及び10)、SNORA22 siRNA(配列番号11及び12)のそれぞれを、6ウェルプレート(Thermo Fisher Scientific)のS2-013細胞の培養液(1.0×10個/ウェル)中に添加し、48時間後に細胞を回収した。
回収した細胞のRNAを用いて半定量RT-PCR法を行い、細胞におけるSNORA18、NUP85、WASF2、SNORA22のノックダウン効果について確認した。
【0131】
具体的には、S2-013細胞から得た全RNAを、StrataScript逆転写酵素(Agilent)およびランダムプライマーを用いて逆転写した。その後のPCR増幅のために各一本鎖cDNAの適切な希釈液を調製した。GAPDH mRNAを内部定量対照として用いた。SNORA18、NUP85、WASF2およびSNORA22を増幅するために使用されるプライマー配列は、以下の表3に記載する。
【0132】
【表3】
【0133】
PCR反応は、TaKaRa PCR Thermal Cycler Dice Gradient上で、94℃で2分間の初期変性、続いて94℃で30秒間、58℃で30秒間、72℃で1分間の21サイクル(GAPDHについて)又は25サイクル(SNORA18、NUP85、WASF2およびSNORA22について)で行った。バンド強度の測定のためのスキャニングおよびデンシトメトリー分析は、Quantity One分析システム(Bio-Rad)を用いて行った。
【0134】
その結果、図4A、5A、6A、および7Aにそれぞれ示すように、対照siRNAとDab8、Fol-Dab8A又はFol-Dab8Bの組合せでは、SNORA18、NUP85、WASF2およびSNORA22のいずれもノックダウン効果が見られないのに対して、SNORA18 siRNA、SNORA22 siRNA、NUP85 siRNA、およびWASF2 siRNAをFol-Dab8A又はFol-Dab8Bと組み合わせて添加した場合、いずれも顕著なノックダウン効果が確認された。このノックダウン効果は、葉酸が含まれていないDab8では見られなかった。
【0135】
[実施例6 葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体+siRNAによる細胞浸潤阻害効果]
葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体を付加したスクランブル対照siRNA、SNORA18siRNA、NUP85 siRNA、WASF2 siRNA、SNORA22 siRNA(いずれも実施例5で使用したもの)のそれぞれをS2-013細胞の培養液中に添加し、48時間後にマトリゲル浸潤アッセイを行った。
【0136】
無血清培地に懸濁した4.0×10個の細胞を、Matrigel Invasion Chamber(24ウェルプレート、孔径:8μm、Becton Dickinson製)の上部チャンバーに播種した。5%ウシ胎児血清を含む溶媒を下部チャンバーに添加した。細胞を上部チャンバー内で20時間インキュベートした後、3つの独立した領域を顕微鏡で観察し、下部チャンバーに浸潤した細胞を計数した。同様の実験を3回繰り返し、それぞれのsiRNAが取り込まれたS2-013細胞の細胞浸潤能を比較した。
【0137】
図4B、5B、6B、および7Bには、スクランブル対照siRNA、又はSNORA18 siRNA、NUP85 siRNA、WASF2 siRNA、及びSNORA22 siRNAのいずれかを葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体と共に細胞に添加したアッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示す。「*」はt-テストで対照に対してP<0.05で有意差があったことを示す。
【0138】
その結果、SNORA18siRNA、NUP85 siRNA、WASF2 siRNA、又はSNORA22 siRNAが取り込まれたS2-013細胞では、対照siRNAが取り込まれたS2-013細胞に比べて有意に細胞浸潤が抑制された。
【0139】
以上の結果より、培養細胞の培地に葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体と組み合わせて添加されたsiRNAが、S2-013細胞内に取り込まれ、細胞浸潤に関与するsnoRNAおよびmRNAの発現を阻害していることを確認できた。
【0140】
[実施例7 化学修飾siRNAに対する効果]
安定性を高めるために化学修飾したsiRNAを作製し、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体による効果を検討した。
表4に、本実施例で使用したsiRNAのセンス鎖及びアンチセンス鎖の配列を示す。それぞれ化学修飾された塩基を含むと共に、3’末端にホスホロチオエート結合を含む。
【0141】
【表4】
【0142】
スクランブル対照siRNA(配列番号3及び4)、及び上記のsiRNAを用いて、実施例4と同様にして細胞への取り込みを検討した。
【0143】
培養中の膵癌細胞株S2-013の培養液(2×10個/ウェル)中にAlexa488(Thermo Fisher Scientific)で標識したsiRNA(2.5μg/mL)と、これに対して1、2、3当量のDab8、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bを添加した。
【0144】
次いで、実施例5と同様にして、膵癌細胞の浸潤に対する化学修飾siRNAの効果を葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体の存在下又は非存在下で検討した。
培養中の膵癌細胞株S2-013の培養液中に、スクランブル対照siRNA(配列番号3及び4)、SNORA18 siRNA(配列番号21及び22)、NUP85 siRNA(配列番号23及び24)、WASF2 siRNA(配列番号25及び26)、SNORA22 siRNA(配列番号27及び28)のそれぞれを、2当量のDab8、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bと共に添加した。対照として、対照siRNA、SNORA18 siRNA、NUP85 siRNA、WASF2 siRNA、SNORA22 siRNAのそれぞれを単独でS2-013細胞の培養液中に添加した。
【0145】
48時間培養した後、マトリゲル浸潤アッセイを行った。マトリゲル浸潤アッセイにおいて、上部チャンバーから下部チャンバーへ移動した細胞の数を示す。「*」はt-テストでコントロールに対してP<0.05で有意差があったことを示す。
【0146】
その結果、図8に示すように、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bの存在下では、SNORA18 siRNA、NUP85 siRNA、WASF2 siRNA、又はSNORA22 siRNAのいずれを用いた場合も、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bの存在下でスクランブル対照siRNAを添加したS2-013細胞、およびsiRNA単独で添加した場合と比較して、S2-013細胞の浸潤が有意に抑制された。葉酸を含まないDab8の存在下では、SNORA18 siRNA、NUP85 siRNA、WASF2 siRNA、又はSNORA22 siRNAによるS2-013細胞の浸潤に対する抑制効果が認められたが、Fol-Dab8A、Fol-Dab8Bを添加した場合と比較すると抑制効果は弱かった。
【0147】
[実施例8 膵癌細胞への化学修飾siRNAの取り込みの確認1]
実施例7で作製した化学修飾SNORA22 siRNA(配列番号27及び28)をAlexa488(Thermo Fisher Scientific)で標識し、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8B、2当量)と共に、4ウェルチャンバー(Thermo Fisher Scientific)中のS2-013膵癌細胞又はHPNE正常膵管上皮細胞(ATCC)の培養液(5×10個/ウェル)中に添加して37℃で一晩インキュベートした後、DNA(DAPI)、葉酸レセプター(FOLR1)及びsiRNA(Alexa488)の染色を観察した。
【0148】
その結果、図9に示す通り、S2-013膵癌細胞では、HPNE正常膵管上皮細胞と比較して、葉酸レセプターの染色強度が高く、同時に細胞内に取り込まれたSNORA22 siRNAの染色強度が強かった。このことは、葉酸レセプターをより多く発現する膵癌細胞でより多くのSNORA22 siRNAが取り込まれていることを示す。
【0149】
図10に、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8B、2当量)共存下でのS2-013膵癌細胞およびHPNE正常膵管上皮細胞へのSNORA22 siRNAの導入効率(%)を示す。S2-013膵癌細胞へのSNORA22 siRNAの取り込みは、正常細胞と比較して3倍近い数値を示した。
【0150】
[実施例9 膵癌細胞への化学修飾siRNAの取り込みの確認2]
細胞内にエンドサイトーシスで取り込まれたsiRNAはエンドソーム内に取り込まれてリソソームへ融合することが知られている。本発明のsiRNAとFol-Dab8A又はFol-Dab8Bの複合体がエンドサイトーシスを介して取り込まれているかについて検証するため、リソソームの染色とsiRNAの染色の共焦点顕微鏡画像を取得した。
【0151】
Alexa488で標識した化学修飾SNORA22 siRNA(配列番号27及び28)、及び葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A又はFol-Dab8B、2当量)を、4ウェルチャンバー(Thermo Fisher Scientific)中のS2-013膵癌細胞の培養液(2×10個/ウェル)中に添加して一晩インキュベートし、リソソーム(LysoTracker、Thermo Fisher Scientificを用いて染色)及びsiRNA(Alexa488)の染色を観察した。
【0152】
その結果、図11に示すように、SNORA22 siRNAはS2-013膵癌細胞に取り込まれ、リソソームに局在することが示され、siRNAと葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体がエンドサイトーシスで取り込まれていることが示唆された。
【0153】
[実施例10 化学修飾によるsiRNAの安定性向上の確認]
本実施例では、siRNAの血清中での安定性が化学修飾によって向上するか否かを検討した。
【0154】
化学修飾されていないSNORA22 siRNA(配列番号11及び12)、又は化学修飾SNORA22 siRNA(配列番号27及び28)と、カチオン性オリゴペプチド(Dab8)又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A若しくはFol-Dab8B)と混合し、室温で15分間静置した後、PBS若しくは10% FCS/PBS中に1μLずつ添加し、混合した(最終20μM)。対照として、各SNORA22 siRNAを単独で添加した。
【0155】
混合直後、3時間又は6時間経過後にサンプリングし、液体窒素にて凍らせた後、-80℃に保管した。全てのサンプルが得られた後、非還元ゲルを用いてSDS-PAGEを行い、SYBR GOLD(Thermo Fisher Scientific)にて検出した。
【0156】
その結果、図12に示すように、化学修飾のないsiRNAの場合はカチオン性オリゴペプチド又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体が共存する場合も速やかに分解し得ることが示されたが、siRNAの化学修飾により、血清中での安定性が向上し、RNaseからの分解をほぼ抑制できることが示唆された。
【0157】
[実施例11 in vivoにおけるsiRNAの取り込み1]
特開2018-110575に記載された方法を改変し、S2-013膵癌細胞を用いてヒト膵癌オルガノイドを作製した。
具体的には、S2-013膵癌細胞(20×10個)、ヒト間葉系幹細胞MSC(LONZA、40×10個)、及びヒト臍帯静脈内皮細胞HUVEC(LONZA、14×10個)を48ウェルプレート(Thermo Fisher Scientific)中のDMEM/マトリゲル混合溶液中に加えて37℃のCOインキュベータで30分間インキュベートした。
その後、DMEM/EGM混合溶液300μL/ウェルを添加して、再び37℃で24時間インキュベートした、各ウェル内に膵癌オルガノイドを1個ずつ作製した。
【0158】
次いで、ヌードマウス(6週齢のBALB/cSlc-nu/nu(Pathogen-free female athymic nude mice)、日本エスエルシー株式会社)の脇腹の皮膚を切開し、上記で得られた膵癌オルガノイドを皮下に移植した(各群2匹)。
【0159】
移植後6週目に、Alexa-594で標識した化学修飾SNORA22 siRNA(配列番号27及び28、5μg)を、カチオン性オリゴペプチド(Dab8)又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A若しくはFol-Dab8B)を1当量、2当量又は3当量と共に、尾静脈注射にて投与した。24時間後、in vivo imagerにて撮影した。
【0160】
測定機器:Spectrum In Vivo Imaging System(PerkinElmer,Waltham,MA)
測定条件:kexc 640nm、kemi 680nm
【0161】
その結果、図13に示すように、Dab8を用いた場合(A-C)と比較して、Fol-Dab8Aを用いた場合(D-F)、及びFol-Dab8Bを用いた場合(G-I)にSNORA22 siRNAの膵癌組織への送達が促進されており、特にFol-Dab8Aを3当量付加した場合(F)、Fol-Dab8Bを2当量付加した場合(H)に高濃度に送達されていた。
尚、本実験から、siRNAの肝臓への移行・蓄積はほとんど観察されず、腎臓から排泄されていることも確認された。
【0162】
[実施例12 抗腫瘍効果の確認]
実施例11において作製したヒト膵癌オルガノイドをヌードマウス皮下に移植した1週後から、化学修飾SNORA22 siRNA(配列番号27及び28、5μg)を、週1回の頻度で、カチオン性オリゴペプチド(Dab8、2当量)又は葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8B、2当量)と共に尾静脈注射にて投与し、ノギスを用いて毎週腫瘍体積を計測した(各群n=8)。対照として、スクランブル対照siRNA(配列番号3及び4)を葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8B、2当量)と共に投与した。
【0163】
その結果、図14に示すように、投与開始から9週間後までの計測結果から、非投与の対照群(Control)、スクランブル対照siRNAを投与した群(Scr-Fol-Dab8B)、及びカチオン性オリゴペプチドと共に投与した群(SNORA22-Dab8)と比較して、SNORA22 siRNAを葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体と共に投与した群(SNORA22-Fol-Dab8B)において、8週目以降で有意な腫瘍増大抑制効果を認めた。
【0164】
[実施例13 in vivoにおけるsiRNAの取り込み2]
実施例11と同様にして、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A若しくはFol-Dab8B)と共に投与した場合の化学修飾SNORA18 siRNA(配列番号21及び22)の膵癌担持マウスへの送達をin vivo imagerにて撮影した。
【0165】
その結果、図15に示すように、Fol-Dab8A及びFol-Dab8BのいずれもSNORA18 siRNAの膵癌組織への送達を促進することが確認され、特にFol-Dab8Aを1当量(A)又は3当量(C)付加した場合に高濃度に送達されていた。
【0166】
[実施例14 in vivoにおけるsiRNAの取り込み3]
実施例11及び13と同様にして、葉酸-カチオン性オリゴペプチド複合体(Fol-Dab8A若しくはFol-Dab8B)と共に投与した場合の化学修飾WASF2 siRNA(配列番号25及び26)の膵癌担持マウスへの送達をin vivo imagerにて撮影した。
【0167】
その結果、図16に示すように、Fol-Dab8A及びFol-Dab8BのいずれもWASF2 siRNAの膵癌組織への送達を促進することが確認され、特にFol-Dab8Bを1当量(D)又は3当量(F)付加した場合に高濃度に送達されていた。
【産業上の利用可能性】
【0168】
本発明により、癌の中で最も予後が悪いと言われている膵癌に対して、腫瘍増大、浸潤及び転移を効果的に抑制することができる治療手段が提供される。本願の抗腫瘍剤は、膵癌細胞特異的に効果的に送達され、また他の抗癌剤及び/又は抗癌治療と組み合わせることで、膵癌の治療効果を飛躍的に高めることが可能となる。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
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【配列表】
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