【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度経済産業省重質油等高度対応処理技術開発事業、「アスファルテン凝集制御技術の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【解決手段】溶液を構成する各成分情報を取得し(S1)、溶液の各成分のうちの所望の温度T未満の融点を有する成分を液相成分に分類し、かつ温度T以上の融点を有する成分を非液相成分に分類し(S2)、液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出し(S3)、液相全体の平均ハンセン溶解度指数値と非液相成分のハンセン溶解度指数値との差Δδを算出し(S4)、非液相成分を差Δδに基づいて液相成分と非液相成分とに再分類して液相成分及び非液相成分を更新し(S5)、更新後の液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出し(S6)、S4〜S6をS5において液相成分に再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返す。
前記所望の温度における前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分の凝集度を、前記最終段階での更新後の液相全体の前記平均ハンセン溶解度指数値と前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値との差及び前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分の濃度に基づいて算出するステップを更に有する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載の多成分系溶液の性状推定方法。
前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分のうち、前記凝集度が所定の閾値未満の成分を凝集相成分として分類し、前記凝集度が前記所定の閾値以上の成分を固相成分として分類するステップを更に有する
ことを特徴とする、請求項3又は4記載の多成分系溶液の性状推定方法。
請求項1〜8記載の多成分系溶液の性状推定方法により、原多成分系溶液の性状を推定し、さらに当該性状推定結果に基づいて、前記原多成分系溶液に所望の種類の溶媒を所望の分率で混合した場合、前記原多成分系溶液の温度を所望の温度に変更した場合、又は前記原多成分系溶液に所望の種類の溶媒を所望の分率で混合しかつ前記原多成分系溶液の温度を所望の温度に変更した場合における新多成分系溶液の性状を予測し、その予測を基に、前記所望の種類の溶媒を前記所望の分率で前記原多成分系溶液に混合する、又は前記原多成分系溶液の温度を前記所望の温度に変更する、又は前記所望の種類の溶媒を前記所望の分率で前記原多成分系溶液に混合しかつ前記原多成分系溶液の温度を前記所望の温度に変更する
ことを特徴とする、多成分系溶液の処理方法。
前記所望の種類の溶媒及び前記所望の分率、及び/又は前記所望の温度は、予測された前記新多成分系溶液の性状が、推定された前記原多成分系溶液における凝集相成分及び固相成分の全部又は一部が溶解し、又は、凝集相成分及び固相成分の凝集又は析出が抑制された性状となる溶媒及び分率、及び/又は温度である
ことを特徴とする、請求項13記載の多成分系溶液の処理方法。
前記所望の種類の溶媒及び前記所望の分率、及び/又は前記所望の温度は、予測された前記新多成分系溶液の性状が、推定された前記原多成分系溶液における非固相成分のうちの一種類以上の成分が析出した性状となる溶媒及び分率、及び/又は温度である
ことを特徴とする、請求項13記載の多成分系溶液の処理方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、溶媒と混合した重質油においては、液相のハンセン溶解度指数値は、溶媒の値そのものではなく、溶媒の値と重質油中の液相成分の値とに基づいて決まると考えられる。このため、重質油に含まれる各成分のうち、どの成分が溶解して液相をなすのか、それにより、液相のハンセン溶解度指数値はどう変化するのか、その結果、どの成分が凝集又は析出するのかについて、把握することが重要となる。
【0006】
しかしながら、複数の成分からなる溶液である多成分系溶液の液相、凝集相及び固相の性状、その相変化のメカニズム、特に重質油中のアスファルテンの溶解、凝集及び析出の挙動については、産業上大きなテーマであるにもかかわらず、その解明はほとんどなされていない。
【0007】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、多成分系溶液中の各成分の性状を推定することができる方法、装置及びプログラム、さらには、かかる方法を用いた多成分系溶液の処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本出願に係る発明者らは、多成分系溶液中における溶質の凝集のメカニズム、とりわけ重質油中におけるアスファルテンの凝集のメカニズムについて鋭意検討した結果、アスファルテンの凝集性状を適切に表しているであろうと考えられる多成分系凝集モデル(Multi-Component Aggregation Model:MCAM)を想定した。その結果、かかるモデルに基づけば、重質油中のアスファルテンの溶解、凝集及び析出といった性状を定量的に推定することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明の多成分系溶液の性状推定方法は、コンピュータによる多成分系溶液の性状推定方法であって、
(1)前記多成分系溶液を構成する各成分の分率、融点及びハンセン溶解度指数値を取得するステップと、
(2)前記多成分系溶液を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、前記所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分として分類するステップと、
(3)前記液相成分として分類された各成分のハンセン溶解度指数値を各成分の当該液相における分率で重み付けした加重平均値として、液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出するステップと、
(4)液相全体の前記平均ハンセン溶解度指数値と、非液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値との差を算出するステップと、
(5)非液相成分における各成分を、前記差に基づいて、液相成分又は非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分及び非液相成分を更新するステップと、
(6)更新後の液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値を各成分の当該液相における分率で重み付けした加重平均値として、更新後の液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出するステップと、
(7)前記ステップ(4)〜(6)を、前記ステップ(5)において液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返すステップと
を含むことを特徴としている。
【0010】
前記「多成分系溶液を構成する各成分」において、「成分」とは、「溶液をある特定の物理的又は化学的性状を基準として括った塊」、言い換えれば、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」という意味と捉えることができる。特定の物理的又は化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が考えられる。この場合、溶液は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。
或いは、「成分」を「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えることも可能である。即ち、「同一の分子種に属すると認められる分子を集めて一括りにしたもの」と捉えることである。ここで「同一の分子種」とは、「分子構造を完全に特定し、その上で同一であると認められる分子の一括り」という意味と考えてもよく、また、「ある任意に設定した特定の条件を満たす分子の一括り」という意味で捉えてもよい。「ある任意に設定した特定の条件」とは、例えば、構造上同じ官能基を有していることのみを条件とする場合や、ある構造の芳香環を有していることのみを条件とする場合など、条件は任意に設定してもよいという意味である。
【0011】
「溶液を構成する各成分」という文言において、「成分」という語を、前記後者の「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」という意味で用いる場合、「構成する各成分」とは、厳密に当該溶液中に存在するすべての分子種が構成の対象となるというわけではなく、溶液中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象とすると考えても良い。当該溶液中に存在しているできる限り多くの分子種を対象とすることが望ましいが、例えば、重質油には何十万という種類の分子種が存在しているとも言われているので、その場合は、微量しか存在していないような分子種は無視してもよい。試料とする溶液を前もって成分分析し、各分子種の存在量(存在割合)を以て、対象とする分子種の選定基準にしてもよい。
【0012】
さらに、「分率」については、重量分率、容量分率又はモル分率等、存在割合を示すものであれば何でもよく、いずれをも含む概念である。液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出する場合は、好ましくは容量分率が用いられ、各成分の当該液相における容量分率で重み付けした加重平均値として算出される。
【0013】
本発明によれば、実施形態の欄で後述するように、多成分系凝集モデルに基づいて、多成分系溶液の性状を推定することができる。具体的には、多成分系溶液の性状として、液相の成分、及び液相の平均ハンセン溶解度指数値を推定することができる。
【0014】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、最終段階での更新後の液相成分における各成分の分率の合計を液相分率として算出するステップを更に含む。
これにより、多成分系溶液の性状として、液相の量(溶液全体に対する分率)を推定することができる。
【0015】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、所望の温度における前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分の凝集度を、液相全体の前記平均ハンセン溶解度指数値と前記非液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値との差及び前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分の濃度に基づいて算出するステップを更に有する。
【0016】
これにより、多成分系溶液の性状として、多成分系溶液中における非液相の各成分の凝集度をそれぞれ推定することができる。
【0017】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、凝集度(D)を下記の式(A)により算出する。
D(p,q) = M
AS (K
0 +K
1 p +K
2 q +K
3 p
2 +K
4 pq +K
5 q
2+K
6p
3 +K
7p
2q +K
8pq
2 +K
9 q
3) ・・・(A)
ここで、pは、前記所望の温度Tが、T≦150℃のときに、p = (L
0(T - 25) + L
1)RED
g、前記所望の温度Tが、150℃<T≦200℃のときに、p = (L
0(150 - 25) + L
1)RED
g、前記所望の温度Tが、200℃<Tのときに、p = (L
0(T - 25) + L
2)RED
gで表され、
L
0、L
1及びL
2は、係数であり、
RED
gは、RED≧0.3のときに、RED
g=RED、RED<0.3のときに、RED
g=0.3と表され、
REDは、RED=Δδ/R
0で表され、
Δδは、液相全体の前記平均ハンセン溶解度指数値と前記非液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値との差であり、
R
0は、非液相成分における各成分の定数であり、
qは、q=logCで表され、
Cは、非液相成分における各成分の濃度であり、
M
AS、及びK
0〜K
9は、係数である。
【0018】
これにより、上記の(A)式を用いて、多成分系溶液中における非液相の各成分の凝集度をそれぞれ推定することができる。
【0019】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、最終段階での更新後の非液相成分における成分のうち、前記凝集度が所定の閾値未満の成分を凝集相成分として分類し、前記凝集度が前記所定の閾値以上の成分を固相成分として分類するステップを更に有する。
【0020】
これにより、多成分系溶液の性状として、多成分系溶液中の凝集相の成分、固相の成分を推定することができる。
【0021】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、凝集相成分として分類された各成分の分率の合計を凝集相分率として算出するステップと、前記固相成分として分類された各成分の分率の合計を固相分率として算出するステップとを更に有する。
【0022】
これにより、多成分系溶液の性状として、多成分系溶液中の凝集相の量(溶液全体に対する分率)と、固相の量(溶液全体に対する分率)を推定することができる。
【0023】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、前記凝集相成分として分類された各成分の凝集度の和を当該成分の数で除した値として、凝集相全体の平均凝集度を算出するステップを更に有する。
【0024】
これにより、多成分系溶液の性状として、多成分系溶液中の凝集相の平均凝集度を推定することができる。
【0025】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、多成分系溶液には、所望の種類の溶媒が所望の分率で混合されている。
本発明は、溶剤等の溶媒が混合された多成分系溶液にも適用することができる。
【0026】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定方法において、好ましくは、多成分系溶液は、重質油、又は重質油と溶媒との混合液である。
これにより、重質油の性状を推定し、アスファルテンの凝集を制御して、重出油の処理に寄与することができる。
【0027】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定装置は、多成分系溶液の性状推定装置であって、
多成分系溶液を構成する各成分の分率、融点及びハンセン溶解度指数値を取得する成分情報取得部と、多成分系溶液を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、前記所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する初期分類部と、液相の性状を推定する液相演算部とを備え、
液相演算部は、前記液相成分として分類された各成分のハンセン溶解度指数値を各成分の当該液相における分率で重み付けした加重平均値として、液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出し、液相全体の前記平均ハンセン溶解度指数値と、非液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値との差を算出し、非液相成分における各成分を、前記差に基づいて、液相成分又は非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分及び非液相成分を更新し、更新後の液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値を各成分の当該液相における分率で重み付けした加重平均値として、更新後の液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出し、液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで、平均ハンセン溶解度指数値、液相成分、及び非液相成分の更新を繰り返すことを特徴としている。
【0028】
本発明によれば、実施形態の欄で後述する多成分系凝集モデルに基づいて、多成分系溶液の性状を推定することができる。具体的には、多成分系溶液の性状として、液相の成分、及び液相の平均ハンセン溶解度指数値を推定することができる。
【0029】
また、本発明の多成分系溶液の性状推定装置において、好ましくは、非液相の性状を推定する非液相演算部を更に備え、前記非液相演算部は、所望の温度における前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分の凝集度を、液相全体の前記平均ハンセン溶解度指数値と前記非液相成分における各成分のハンセン溶解度指数値との差及び前記最終段階での更新後の非液相成分における各成分の濃度に基づいて算出する。
【0030】
これにより、多成分系溶液の性状として、多成分系溶液中における非液相の各成分の凝集度をそれぞれ推定することができる。
【0031】
また、本発明のプログラムは、上記の多成分系溶液の性状推定方法を実行させることを特徴としている。
【0032】
本発明のプログラムによれば、コンピュータを上記の多成分系溶液の性状推定装置として機能させることができる。これにより、多成分系溶液中の各成分の性状を推定することができる。
【0033】
また、本発明の多成分系溶液の処理方法は、上記の多成分系溶液の性状推定方法により、原多成分系溶液の性状を推定し、さらに当該性状推定結果に基づいて、原多成分系溶液に所望の種類の溶媒を所望の分率で混合した場合、原多成分系溶液の温度を所望の温度に変更した場合、又は原多成分系溶液に所望の種類の溶媒を所望の分率で混合しかつ原多成分系溶液の温度を所望の温度に変更した場合における新多成分系溶液の性状を予測し、その予測を基に、その所望の種類の溶媒をその所望の分率で原多成分系溶液に混合する、又は原多成分系溶液の温度をその所望の温度に変更する、又はその所望の種類の溶媒をその所望の分率で原多成分系溶液に混合しかつ原多成分系溶液の温度をその所望の温度に変更することを特徴としている。
【0034】
本発明の多成分溶液系の処理方法によれば、多成分系溶液に溶媒を混合したり、多成分系溶液の温度を変化させたりしたときの多成分系溶液の性状を予想することができ、かかる予想に基づいて、多成分系溶液の処理を行うことが可能となる。
【0035】
また、本発明の多成分系溶液の処理方法において、好ましくは、その所望の種類の溶媒及びその所望の分率、及び/又はその所望の温度は、予測された新多成分系溶液の性状が、推定された原多成分系溶液における凝集相成分及び固相成分の全部又は一部が溶解し、又は、凝集相成分及び固相成分の凝集又は析出が抑制された性状となる溶媒及び分率、及び/又は温度である。
【0036】
これにより、溶媒種を適切に選択する、新たな溶媒を追加する、又は、溶液の温度を変更する措置を講じて、溶液中における凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は溶質の凝集若しくは析出を抑制することができる。
【0037】
また、本発明の多成分系溶液の処理方法において、好ましくは、その所望の種類の溶媒及びその所望の分率、及び/又はその所望の温度は、予測された新多成分系溶液の性状が、推定された原多成分系溶液における非固相成分のうちの一種類以上の成分が析出した性状となる溶媒及び分率、及び/又は温度である。
【0038】
これにより、溶媒種を適切に選択する、新たな溶媒を追加する、又は、溶液の温度を変更する措置を講じて、一種以上の成分を析出させることができる。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、多成分系溶液中の各成分の性状を推定することができる。例えば、本発明によれば、多成分系溶液中における液相、凝集相及び固相に関し、各相の成分及びその量(分率)を推定し、また、凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度を算出することもできる。このため、例えば、溶媒種を適切に選択する、或いは新たな溶媒を追加する、溶液の温度を変更する等の措置を適切に講ずれば、溶液中における凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は溶質の凝集若しくは析出を抑制すること、或いは一種以上の成分を析出させることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0041】
(1.多成分凝集モデル)
本発明の実施形態の説明に先立ち、本発明が立脚する多成分凝集モデルについて説明する。以下、「ハンセン溶解度指数値」を「HSP値」と記すことがある。
【0042】
重質油を例にとって、多成分系凝集モデル(Multi-Component Aggregation Model:MCAM)を前記ステップ(1)〜(7)に合わせて説明する。ここで、重質油というものを、説明の簡便上、A分子、B分子、C分子、D分子及びE分子から構成されているものと仮定する。
(1)まず、各成分の分率、融点及びハンセン溶解度指数値を取得する。(2)次にある所望の温度Tを設定したとする。A分子、B分子、C分子、D分子及びE分子のうち、温度Tよりも融点が低いA分子及びB分子は液体となるので液相を形成し、C分子、D分子及びE分子は非液相を形成する。(3)これにより、液相のHSP値は、A分子のHSP値とB分子のHSP値をそれぞれの存在割合(好ましくは容量分率)により加重平均した値となる。(4)この時点までは、C分子、D分子及びE分子は非液相成分であったが、液相のHSP値とC分子、D分子及びE分子の各々のHSP値との差を見ると、(5)液相のHSP値との差が極めて小さいC分子は液相に移ることになる。(6)その結果、液相のHSP値は、A分子、B分子及びC分子の各々のHSP値の各々の存在割合(好ましくは容量分率) により加重平均した値に変化する。(7)その結果、D分子は、当該更新後の液相とのHSP値差が小さくなったため、固相を維持できなくなり、凝集相となる。一方、E分子は、液相のHSP値が変化したにもかかわらずHSP値差が大きいため、依然として、固相を維持している。
【0043】
このようにして、液相の成分の再分類が行われ、最終的に、全成分(A分子、B分子、C分子、D分子及びE分子)が、液相成分、凝集した凝集成分、析出した固相成分に分けられた状態となる。
現実の重質油というものは、何十万種という成分から成っているものであるので、液相のHSP値及び各成分のHSP値に基づいて液相成分と非液相成分の再分類が次々と行われ、最終的に、液相、凝集相及び固相に分類された状態となる。
【0044】
因みに、重質油中に存在するアスファルテンというのは、アスファルテン分子がアボガドロ数(6×10の23乗)以上塊集すると、目に見える程度の大きさになり固体として析出するが、塊集度合がそれよりはるかに少ない場合は、重質油中で分散・浮遊した状態にあると推定できる。この状態にあるものを「凝集体」と名付け、その凝集度合を小さくすることを「凝集の緩和、抑制」と呼ぶ。
【0045】
(2.装置)
次に、
図1を参照して、本発明の多成分系溶液の性状推定装置の実施形態を説明する。
図1は、実施形態の多成分系溶液の性状推定装置の機能ブロック図である。コンピュータに本発明のプログラムを実行させることにより、コンピュータが多成分系溶液の性状推定装置として機能する。
なお、
図1では、情報の入力及び出力を行うインタフェースの図示を省略している。
【0046】
本装置は、演算装置1と記憶部2とを備えている。演算装置1は、1つのCPUで構成してもよいし、通信回線を介して互いに接続された複数の演算装置で構成されてもよい。また、記憶部2は、演算装置1に内蔵されていてもよいし、外部装置であってもよいし、通信回線を介して接続された記憶装置であってもよい。
【0047】
本演算装置1は、成分情報取得部10と、初期分類部20と、液相演算部30と、非液相演算部40とを有している。
【0048】
(2−1.成分情報取得部)
成分情報取得部10は、対象とする多成分系溶液を構成する各成分について、その分率、融点、及びHSP値を取得する。これらの成分の情報は、多成分系溶液についての情報がデータベースとして格納された記憶部2から取得するとよい。
【0049】
データベースにこれらの成分の情報が格納されていない場合には、成分情報算出部11によって、各成分の必要なパラメータを推算するとよい。
【0050】
多成分系溶液を構成している成分の融点とHSP値を推算する方法の一例として、「分子組成(分子構造)に関する情報を基に行う方法」を挙げることができる。
【0051】
(1)この方法では、先ず、試料である溶液を構成している各分子種につき、各々の分子種の分子組成(分子構造)に関する情報を得ることが必要である。ここで、溶液を構成している分子種とは、当該溶液中に存在している厳密にすべての分子種を指すというわけではなく、溶液中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種を指すと考えても良い。当該溶液中に存在しているできる限り多くの分子種を対象とすることが望ましいが、微量しか存在していないような分子種は無視してもよい。試料とする溶液を前もって成分分析し、各分子種の存在量(存在割合)を以て、対象とする分子種の選定基準にしてもよい。
【0052】
あるいはまた、前述のように、「成分」を「溶液をある特定の物理的又は化学的性状を基準として括った塊」、言い換えれば、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」という意味で用いる場合には、この「分子組成(分子構造)に関する情報を基に行う方法」は、次のようにして適用することが可能である。
即ち、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」の各々について、NMR、元素分析、質量スペクトル等を測定することにより、公知の方法を用いて、その分画物(フラクション)の「平均分子構造」を得ることができる。こうして得られた「平均分子構造」を用いれば、この方法を適用することができる。
【0053】
(2)次に、得られた各々の分子種の分子組成(分子構造)に関する情報に基づいて、各々の分子種の融点を推定する。これには、原子団寄与法(Marrero Gani法)を用いることができる。即ち、分子種について、その分子構造を形成している「基」に分解し、各々の基が持つ固有のパラメータ値からその分子種の融点を算出する。
前記のように「平均分子構造」を用いる場合も、当該構造を基に原子団寄与法を用いて、当該「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」の融点を算出する。
【0054】
(3)また、各々の分子種の分子組成(分子構造)に関する情報に基づいて、各々の分子種のHSP値を推定する。前記のように「平均分子構造」を用いる場合も、同様である。HSP値の推定も、原子団寄与法にて行うことができる。即ち、分子種についてその分子構造を形成している基に分解し、各々の基が持つ固有のパラメータ値(Fd値, Fp値, Eh値, Vc値)を用いて、その分子種のHSP値を算出する。
【0055】
原子団寄与法としては、例えば、D.W.van Krevelen , K.te Nijenhuis著「Properties of Polymers(4ed.2009)」に記載のKrevelen & Hoftyzerの方法やEmmanuel Stefanis, Costas Panayiotou著「Prediction of Hansen Solubility Parameters with a New Group-Contribution Method」に記載のStefanis & Panayiotouの方法等を用いることができる。
これらについては、分子構造から推算するプログラムを利用することもできる。このようなプログラムとして、例えば、HSPiP(http://www.hansen-solubility.Com/)がある。
さらには、これらの諸方法で得た値を参考にして、適宜修正を加えて得た値を用いることもできる。
【0056】
HSP値は、文献(Hansen,C.M.,Hansen solubility parameters:a user’s handbook. 2nd ed.; CRC: Boca Raton; London,2007)に、1200種類を超える物質のHSP値が報告されているので、その文献値を使用することもできる。
【0057】
Krevelen & Hoftyzerの方法の概略は、次のとおりである。
i.まず、物質のHSP値(δt)は、次の式で求められることが広く知られている。
【0059】
図3に、HSP値の模式図を示す。HSP値とは、ある物質がある溶媒にどのくらい溶けるのかを示す溶解性の指標であり、溶解性を[分散項(δ
d)、分極項(δ
p)、水素結合項(δ
h)]のベクトルで表すものである。
【0060】
ii.次に、δd, δp, δhは、Krevelen & Hoftyzerの原子団寄与法によると、次の式で求められる。
【0062】
ここで、Fd値((MJ/m
3)
1/2・mol
-1)とは、分散力に起因する各基(原子団)のモル引力定数であり、Fp値((MJ/m
3)
1/2・mol
-1)とは、双極子間力に起因する各基(原子団)のモル引力定数であり、Eh値(J・mol
-1)とは、各基(原子団)の水素結合エネルギーである。
また、Vはモル体積(cm
3・mol
-1)であり、RheineckおよびLinが提案した以下の式(3)により求めることができる。
【0064】
ここでVcは各基(原子団)のモル体積である。
D.W.van Krevelen , K.te Nijenhuis著「Properties of Polymers(4ed.2009)」の文献によれば、多くの基について、Fd値, Fp値, Eh値, Vc値が示されているので、当該文献にて値が記載されている基については、その値を用いればよい。(D.W.van Krevelen , K.te Nijenhuis著「Properties of Polymers(4ed.2009)」195〜197ページ及び215ページ)。値が記載されていない基については、構造的に近似する他の基の情報を用いて推定した値を用いるなどを行えばよい。
iii.以上により、Krevelen & Hoftyzer法によりHSP値(δt)を算出することができる。
【0065】
(2−2.初期分類部)
初期分類部20は、多成分系溶液を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する。すなわち、溶媒の融点以上のある任意の温度以上において、その温度における「液相」の量及び組成を求める。融点がその温度より低い成分は、液相に存在する成分となる。このときの「液相」の量及び成分が求まる。
【0066】
(2−3.液相演算部)
液相演算部30は、液相の性状を推定するために、平均HSP算出部31と、Δδ(HSP値差)算出部32と、再分類部33と、液相成分情報算出部34とを備えている。
【0067】
平均HSP算出部31は、液相全体の平均HSP値を算出する。ここで、液相全体の平均HSP値は、当該液相成分における各成分のHSP値を各成分の当該液相における分率、好ましくは容量分率で重み付けした加重平均値として算出されるものである。
【0068】
HSP値差(Δδ)算出部32は、液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を算出する。
【0069】
再分類部33は、非液相成分における各成分を、差(Δδ)に基づいて、液相成分と非液相成分とに再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分及び非液相成分を更新する。
再分類部33は、溶解する成分があればそれを液相に加えて液相全体のHSP値を再計算する。
【0070】
平均HSP算出部31は、更新後の液相全体の平均HSP値を算出する。ここで、更新後の液相全体の平均HSP値は、更新後の液相成分における各成分のHSP値を各成分の当該液相における分率、好ましくは容量分率で重み付けした加重平均値として算出されるものである。
【0071】
そして、液相成分に再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで、平均HSP値、液相成分及び非液相成分(凝集相、固相)の更新を繰り返す。
【0072】
さらに、液相情報算出部34は、最終段階での更新後の液相成分の分率の合計を液相分率として算出する。
【0073】
(2−4.非液相演算部)
非液相演算部40は、非液相の性状を推定するために、凝集度算出部41、凝集相、固相分類部42、凝集相情報算出部43、及び固相情報算出部44を有する。非液相演算部40は、非液相の性状として、例えば、凝集相の量、成分、凝集している成分それぞれの凝集度及び凝集相の平均凝集度並びに固相の量及び組成を決定する。
【0074】
凝集度算出部41は、所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分における各成分の凝集度を、液相全体の平均HSP値と前記非液相成分における各成分のHSP値との差及び最終段階での更新後の非液相成分における各成分の濃度Cに基づいて算出する。具体的には、以下のようにして分類する。
【0075】
最終的に液相に溶解しなかった非液相成分における各成分について、そのHSP値と液相全体のHSP値に基づいてそれぞれの凝集度を決定する。凝集している成分それぞれの凝集度Dは、液相のHSP値、凝集している成分のHSP値、凝集している成分の濃度及び場の温度を変数とする関数式(A)により、算出することができる。
【0076】
D(p,q) = M
AS (K
0 +K
1 p +K
2 q +K
3 p
2 +K
4 pq +K
5 q
2+K
6p
3 +K
7p
2q +K
8pq
2 +K
9 q
3) ・・・(A)
【0077】
ここで、pは、前記所望の温度Tが、T≦150℃のときに、p = (L
0(T - 25) + L
1)RED
g、前記所望の温度Tが、150℃<T≦200℃のときに、p = (L
0(150 - 25) + L
1)RED
g、前記所望の温度Tが、200℃<Tのときに、p = (L
0(T - 25) + L
2)RED
gで表される。
【0078】
RED
gは、RED≧0.3のときに、RED
g=RED、RED<0.3のときに、RED
g=0.3と表され、REDは、RED=Δδ/R
0で表され、Δδは、液相全体の前記平均HSP値と前記非液相成分における各成分のHSP値との差であり、R
0は、非液相成分における各成分ごとの定数である。
【0079】
L
0、L
1及びL
2は、経験的に得た係数であり、下記の定数値を有する。
L
0 =−0.0031262、 L
1 = 1.07815、 L
2 = 1.15631
【0080】
qは、q=logCで表され、Cは、非液相成分における凝集している当該成分の濃度である。
【0081】
M
ASは、成分種により定まった定数であり、例えば、多成分系溶液の凝集相成分及び固相成分がアスファルテンの場合、以下のとおりである。カナダ産オイルサンド系アスファルテン(CaAs):1.319、中東産アスファルテン1 (ArAs1):1.000、中東産アスファルテン2 (ArAs2):1.136である。
【0082】
K
0〜K
9は、経験的に得た係数であり、以下の定数値を有する。
K
0=−1.26929、K
1= 9.42231、K
2= 0.363439、K
3=−11.1925、K
4= 0.093622、K
5=−0.15436、K
6= 5.337433、K
7=−0.20868、K
8= 0.077223、K
9= 0.019492である。
【0083】
以上より、ある温度において、ある溶液中においてある成分が凝集している場合、その凝集している成分の凝集度Dの値を算出することができる。
尚、上記において数値で示したL
0、L
1、L
2、M
AS及びK
0〜K
9等の値は、対象により種々の数値を採り得るものであり、上記の数値に限定されるものではない。
【0084】
凝集相、固相分類部42は、最終段階での更新後の非液相成分のうち、凝集度が所定の閾値未満の成分を凝集相成分に分類し、凝集度が所定の閾値以上の成分を固相成分に分類する。すなわち、凝集度が凝集レベルにある成分を凝集相成分とし、析出レベルにある成分を固相成分とする。ここで、「凝集レベルにある」とは、概念的には、凝集粒子の大きさが数百nm以下で液中に分散していることをいい、「析出レベルにある」とは、凝集粒子の大きさがサブミクロン以上で液中に分散できず沈殿していることと考えられる。凝集度D≧5であるとき、おおむね、その成分種は析出すると判断できるが、この閾値は、成分種により変化しうるものである。
【0085】
凝集相情報算出部43は、凝集相成分として分類された各成分の量(溶液全体に対する分率)の合計を凝集相分率として算出する。さらに、凝集相情報算出部43は、凝集相成分として分類された各成分の凝集度の和を当該成分の数で除した値を凝集相全体の平均凝集度として算出する。
【0086】
固相情報算出部44は、固相成分として分類された各成分の量(溶液全体に対する分率)の合計を固相分率として算出する。
【0087】
(3.方法)
次に、
図2を参照して、本発明の多成分系溶液の性状推定方法の実施形態を説明する。
図2は、実施形態の多成分系溶液の性状推定方法のフローチャートである。本方法は、本発明のプログラムによりコンピュータによって実行される。
【0088】
本実施形態では、多成分系溶液として、以下に示す11種類の成分(分子種O−01〜O−11)を含むモデル重質油を用いて、このモデル重質油の性状(溶解、凝集及び析出性状)をコンピューターにより推定する例を説明する。
【0090】
(S1:成分情報取得)
まず、モデル重質油の性状推定にあたり、先ず、モデル重質油を構成する各成分の分率、融点及びHSP値(δt)を取得する(S1)。
【0091】
表1に、モデル重質油の分子組成(分率)、推算した各分子の融点及びHSP値(δt)を示す。
【0093】
上記の表1に示した各分子の融点及びHSP値(δt)は、データベースから既知のものを取得してもよいし、原子団寄与法により、コンピュータを用いて算出してもよい。
以下に、HSP値(δt)及び融点を原子団寄与法により算出する一例を説明する。
【0094】
i.HSP値の求め方
(1)「O−01」分子の場合
前出のKrevelen & Hoftyzerの文献において、分子を形成している基について示されているFd値, Fp値, Eh値及びVc値の数値を用いて、Krevelen & Hoftyzerの方法により算出できる。
【0095】
即ち、「O−01」分子の場合、基は、「CH3−」が2個と「−CH2−」が28個とからなっている。前出のKrevelen & Hoftyzerの文献によると、「CH3−」のFd値は420、Vc値は33.5と記載されており、「−CH2−」のFd値は270、Vc値は16.1と記載されているのでこれらの値を用い、前出の式(3)及び式(2)より、「O-01」のδdは、{(420×2)+(270×28)}/{(33.5×2)+(16.1×28)}=16.22となる。δp 及びδhについても同様に計算して、HSP値(δt)=16.22 と算出することができる。
【0096】
「O−02」〜「O−11」分子の場合も同様にして算出する。分子を形成している基に関し、Krevelen & Hoftyzerの文献に記載されている基については、Fd値, Fp値, Eh値及びVc値の記載値を用いればよい。記載されていない基については、構造的に近似する他の基の情報を用いて推定した値を用いるなどを行えばよい。
【0097】
ii.融点の求め方
融点の推算は、原子団寄与法の一つであり、「Joback, K. G., Reid, R. C., Chem. Eng. Comm., 57, 233 (1987).」に記載されているJoback法を用いればよい。
【0098】
次に、多成分系溶液を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、前記所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する(S2)。
例えば、当該モデル重質油の場合、その液温が250℃である場合、この温度よりも低い融点を有する「O−01」〜「O−03」、「O−09」及び「O−10」分子が液相成分として分類され、一方、この温度よりも高い融点を有する「O−04」〜「O−08」及び「O−11」分子が非液相成分として分類される。
【0099】
次に、液相成分として分類された各成分のHSP値について、各成分の当該液相における容量分率で重み付けした加重平均値を、液相全体の平均HSP値として算出する(S3)。各成分について、密度、分子量等の物性に関する諸情報を予め記憶部2に格納しておくことにより、容量分率は成分情報算出部11において、容易に算出することができる。
【0100】
次に、液相全体の前記平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差を算出する(S4)。
【0101】
次に、非液相成分における各成分を、差(Δδ)に基づいて、液相成分又は非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分及び非液相成分を更新する(S5)。
なお、この再分類における更新は、非液相成分における各成分について、1つずつ順番に行ってもよし、複数の成分ごとに行ってもよい。
【0102】
次に、更新後の液相成分における各成分のHSP値について、各成分の当該更新後の液相における容量分率で重み付けした加重平均値を、更新後の液相全体の平均HSP値として算出する(S6)。
【0103】
そして、ステップS4〜S5を、ステップS5において液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返す(S6)。
このようにして、最終段階での更新後の液相成分をモデル重質油のその温度における液相の成分とし、また、最終段階での更新後の平均HSP値をモデル重質油のその温度での液相全体の平均HSP値として決定する。また、最終段階での更新後の液相成分における分類された各成分の分率の合計を液相分率として算出する。
【0104】
続いて、所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分の凝集度Dを算出する(S7)。
【0105】
次に、最終段階での更新後の非液相成分における各成分を、凝集度Dに基づいて、凝集相成分と固相成分とに分類する(S8)
【0106】
さらに、これらの結果に基づいて、モデル重質油の種々の性状を表すパラメータを算出する。例えば、凝集相成分に分類された各成分の分率の合計を凝集相分率として算出し、また、固相成分に分類された各成分の分率の合計を固相分率として算出する。さらに、凝集相成分に分類された各成分の凝集度の和を当該成分の数で除した値を凝集相全体の平均凝集度として算出する。
【0107】
上記の方法により、このモデル重質油について、先ず無溶媒での液相、凝集相及び固相の量及び組成並びに凝集相における各分子の凝集度 及び凝集相の平均凝集度を算出、推定した。実験は-50℃から350℃まで100℃間隔で実施した。
表2に、各温度において、各分子がいかなる相に存在するかを示す。これはまた、各相の分子組成を示しているものである。
【0109】
さらに、
図4に、各温度における各相の量と凝集相の平均凝集度を示す。
図4中、「Liquid」は「液相」、「Aggregate」は「凝集相」、「Solid」は「固相」の意味である。また、「Phase wt ratio」は、「各相の重量分率」の意味である。さらに、「Averaged Dagg」は、「平均凝集度」の意味である。「Temperature」は「温度」の意味である。本明細書における他の図においても同様である。
【0110】
表2及び
図4に示すように、無溶媒の場合、150℃までは全て固相であり、250℃以上では全て凝集相又は液相となり、350℃では液相の割合が増加する。凝集相の平均凝集度は250℃と300℃でそれぞれ1.53と1.25である。
【0111】
(4.処理方法)
次に、本発明の多成分系溶液の処理方法の実施形態を説明する。
処理にあっては、上記のように、原多成分系溶液としてモデル重質油の性状を推定し、さらに、モデル重質油に、溶媒を混合したり、温度を変更したりしたときに新モデル重質油の性状を、上記の方法により予測する。そして、予測と同じ条件で、溶媒をその分率でモデル重質油に混合したり、モデル重質油の温度の予測時の温度に変更することによって、溶液の処理を行う。
【0112】
これにより、本発明においては、上記の方法により算出又は推定された溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度に基づいて、凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は成分の凝集若しくは析出を抑制するための措置を施すことにより溶液を処理することができる。
【0113】
(4−1.凝集緩和処理)
まず、処理例として、溶液における凝集相及び固相の溶解、又は成分の凝集若しくは析出抑制のための処理を説明する。溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度が判ったならば、凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は成分の凝集若しくは析出を抑制するためには、いかなる措置をとればよいのかという指針を得ることが可能となる。
【0114】
ここで、モデル重質油を30wt%トルエン溶液とした場合の液相、凝集相及び固相の量及び組成、並びに凝集相の平均凝集度を算出、推定した。下記の表3に、各温度において、各分子がいかなる相に存在するかを示す。これはまた、各相の分子組成を示しているものである。
【0116】
さらに、
図5に、各温度における各相の量と凝集相の平均凝集度を示す。
【0117】
表3及び
図5に示すように、トルエン溶液では、-50℃においても固相は10%に過ぎず、90%は凝集相で溶媒中に分散している。50℃では100%が凝集相となり、150℃以上では昇温と共に凝集相が減少し液相が増加する。凝集相の平均凝集度は-50℃の1.81から350℃の1.27に向かって昇温と共に減少することがわかる。
【0118】
さらに、モデル重質油のトルエン溶液について、凝集相及び固相を溶解するには、HSP値が最も大きいO−11分子を基準にして、O−11分子が溶解するよう、添加する溶剤の種類及び量を決めることになる。具体的には、溶媒をトルエンから、トルエンとブロモベンゼン(HSP値20.4(δd=21.0、δp=2.5、δh=2.0、δt=20.4))の等重量比混合溶媒に変更することで、350℃の液温下で、すべての凝集相及び固相を溶解させることができる。
【0120】
さらに、
図6に、各温度における各相の量と凝集相の平均凝集度を示す。
【0121】
このように、モデル重質油における凝集相及び固相の析出量、析出性状等により、
とりうる措置は様々であるが、具体的には、例えば、現状と同じ溶媒を添加する、或いは、新たに別種の溶媒(溶剤)を添加する、溶液の温度を上げる等が考えられる。特に、溶媒(溶剤)の添加については、現状の溶液、追加する溶媒(溶剤)、凝集相及び固相の各々のHSP値に基づいて溶媒(溶剤)追加後の性状を予測することにより、いかなるHSP値を有する溶媒(溶剤)を、いかなる量を添加すればよいのかを決めることができる。
【0122】
(4−2.析出促進処理)
次に、処理例として、溶液における析出促進のための処理を説明する。
溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度が判ったならば、推定された溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度に基づいて、一種以上の成分を析出させるためには、いかなる措置をとればよいのかという指針を得ることが可能となる。
【0123】
このように、当該溶液における液相の性状等により、とりうる措置は様々であるが、具体的には、例えば、新たに別種の溶媒(溶剤)を添加する、溶液の温度を下げる等が考えられる。特に、溶媒(溶剤)の添加については、現状の溶液、追加する溶媒(溶剤)、凝集相及び固相の各々のHSP値に基づいて溶媒(溶剤)追加後の性状を予測することにより、いかなるHSP値を有する溶媒(溶剤)を、いかなる量を添加すればよいのかを決めることができる。
【0124】
このように、溶液中における液相、凝集相及び固相に関し、それらの量及び組成を算出、推定し、また凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度を算出することができるので、例えば、溶媒種を適切に選択する、或いは新たな溶媒を追加する、溶液の温度を変更する等の措置を適切に講ずれば、溶液中における凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は成分の凝集若しくは析出を抑制すること、或いは一種以上の成分を析出させることが可能となる。
【0125】
なお、上記の実施形態では、多成分系溶液として、モデル重質油の性状を推定した例を説明したが、本発明では、多成分系溶液は、重質油に限定されない。