特許第6029072号(P6029072)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6029072光パラメトリック発振器とそれを用いたランダム信号発生装置及びイジングモデル計算装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6029072
(24)【登録日】2016年10月28日
(45)【発行日】2016年11月24日
(54)【発明の名称】光パラメトリック発振器とそれを用いたランダム信号発生装置及びイジングモデル計算装置
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/39 20060101AFI20161114BHJP
   G02F 3/00 20060101ALI20161114BHJP
【FI】
   G02F1/39
   G02F3/00
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-39586(P2014-39586)
(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公開番号】特開2015-163922(P2015-163922A)
(43)【公開日】2015年9月10日
【審査請求日】2016年1月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504202472
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 卓弘
(72)【発明者】
【氏名】井上 恭
(72)【発明者】
【氏名】山本 喜久
【審査官】 廣崎 拓登
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2014/0016168(US,A1)
【文献】 国際公開第2012/118064(WO,A1)
【文献】 特開平09−297334(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00− 1/125
1/21− 7/00
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる光周波数fp1、fp2を有する時間同期した2つの光パルスを繰り返し周期Tpで出力する2つのポンプ光源と、
前記2つの光パルスを合波して出力する光合波手段と、
前記光合波手段から同一時刻に入射された前記2つの光パルスにより光パラメトリック増幅する3次の非線形光学媒質と、透過光周波数fsの光フィルタとを有する光共振器とを備え、
前記光フィルタの光周波数fsは、fp1+fp2=2fsの関係が成り立つように設定されており、
前記光共振器の共振器長は、発生した光パルスが光共振器を1周する時間が前記ポンプ光パルスの繰り返し周期TpのN倍(Nは任意の自然数)となり、かつ発生した光パルス間の相対位相が0またはπであることを特徴とする光パラメトリック発振器。
【請求項2】
前記3次の非線形光学媒質は光ファイバであり、前記光共振器はリング共振器であることを特徴とする請求項1に記載の光パラメトリック発振器。
【請求項3】
前記3次の非線形光学媒質において発生した光パルスの異なる光周波数fp1、fp2のポンプ光それぞれに対しての位相ミスマッチΔk’がΔk’>0を満たすように、非線形光学媒質のゼロ分散波長および分散スロープと、前記光フィルタの光周波数fsとを設定することを特徴とする請求項1または2記載の光パラメトリック発振器。
【請求項4】
ポンプ光パルスのコヒーレンス時間が発振光の光共振器一周時間に比べて十分長いことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の光パラメトリック共振器。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の光パラメトリック共振器と、
該光パラメトリック共振器から出力された隣接する光パルス間の位相差が0であるかπであるかを測定する位相差測定手段とを備え、
前記測定手段で測定した位相差をビット0及び1に割り振ることでランダム信号を発生することを特徴とするランダム信号発生装置。
【請求項6】
前記位相差測定手段は、光パルス間の時間差に等しい遅延時間を有する遅延干渉計と、光検出器とを有することを特徴とする請求項5に記載のランダム信号発生装置。
【請求項7】
請求項1から4のいずれかに記載の光パラメトリック発振器と、
前記光パラメトリック発振器から出力された隣接する光パルス間の位相差が0であるかπであるかを測定する位相差測定手段とを備えたイジングモデル計算装置であって、
前記光共振器は、N(N≧2)個の発振光パルスのうちの任意の2個を適切な強度と位相で結合するための光結合手段をN個有し(Nは任意の自然数)、前記光結合手段で任意の2パルス間の結合の強度と位相を制御することによりイジングモデルを模擬することを特徴とするイジングモデル計算装置。
【請求項8】
請求項7のイジングモデル計算装置において、前記光結合手段は、光分岐のための光カプラと、光遅延線と、光強度変調器と、光位相変調器と、光合波のための光カプラとを有することを特徴とするイジングモデル計算装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対位相が0またはπである独立な光パラメトリック発振を一つの光共振器中で実現する光パラメトリック発振器に関する。また、該光パラメトリック発振器を用いたランダム信号発生器及びイジングモデル計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光パラメトリック発振器は、光パラメトリック増幅現象を増幅手段とする光発振器であり、従来のレーザでは発生が難しい波長においてコヒーレント光を発生するための手段として広く用いられている。光パラメトリック増幅とは、非線形光学媒質にポンプ光とともにシグナル光を入力すると、シグナル光が増幅されるとともに、アイドラ光と呼ばれる光が発生する現象である。例えば2次の非線形光学効果の場合には、ポンプ光、シグナル光、アイドラ光の角周波数をωp、ωs、ωiとすると、ωp=ωs+ωiの関係が成り立つ。最近、2次の非線形光学媒質を用いて、シグナル光とアイドラ光の周波数が同一となる縮退した光パラメトリック共振器が構築されている(非特許文献1)。2次の非線形光学媒質を用いた縮退した光パラメトリック共振器においては、ポンプ光位相(φp) とシグナル光位相(φs) には以下の関係が成り立つ(非特許文献2)。
【0003】
【数1】
【0004】
ここで、nは任意の整数である。これより、発生するシグナル光の位相は、φp+π/4に対して0またはπの相対位相を持つ。相対位相0で発振するかπで発振するかは自然放出雑音の位相により決定されるため、完全にランダムである。すなわち、閾値を超えた発振においては、振幅は一定であるが、0またはπの離散化した相対位相をもつ。
【0005】
さらに、パルス化したポンプ光を用いて、シグナル光の光共振器一周時間をポンプ光の繰り返し周期のN倍(Nは自然数)とすることで、一つの光共振器中にN個の独立な縮退した光パラメトリック発振器を生成することが可能である。このとき、各々の縮退した光パラメトリック発振器間の相対位相は0またはπとなる。光共振器の光出力からは、ランダムな相対位相をもつN個の光パラメトリック発振パルスが周期的に出力される。
【0006】
上記のパルス多重された縮退パラメトリック発振器を用いて、ランダム信号を発生する手法が非特許文献1において提案、実証されている。本手法においては、光共振器から出力される光パラメトリック発振パルス列における隣接パルス間の位相差を測定し、例えば位相差が0であればビット0、πであればビット1を割り当てることにより、Nビットのランダム信号を発生することができる。さらに、ポンプ光を光共振器寿命より長い周期でOFFにすることにより、新たなパターンのNビットランダム信号を周期的に発生することができる。ここで、光共振器寿命は、nを共振器の屈折率、Lを共振器長、cを光速、dを共振器の一周あたりの損失とすると、nL/cdと表される。
【0007】
また、パルス多重された縮退パラメトリック発振器の位相特性を用いて、強磁性体の理論モデルであるイジングモデルの基底状態探索問題を解く計算機を構築する手法が提案されている(非特許文献3)。イジングモデルは、磁性材料の物性理解だけにとどまらす、最近ではNP完全問題などをマッピング可能なモデルとして注目されている。イジングモデルは、スピン数が増大するにつれ解くことが非常に困難になるが、非特許文献3に記載の手法により効率よく解くことのできる可能性が示唆されている。
【0008】
+1、−1の2つの自由度を持つN個のスピンからなるイジングモデルのハミルトニアンは次式で表される。
【0009】
【数2】
【0010】
ここで、σjはj番目のスピンを表し、Jj,lはj番目及びl(エル)番目のスピンの間の結合計数であり、Jj,l>0は強磁性、Jj,l<0は反磁性を表す。非特許文献3の記載に基づいて、イジングモデルをパルス多重された縮退パラメトリック発振器を用いて実装した例を図1に示す。図1において、ポンプパルスレーザ11から繰り返し周期Tpの光パルスが出力され、スイッチ12でON/OFFされる。スイッチ12がONのとき、ダイクロイックミラー13を介して2次の非線形光学媒質14に光パルスが入力され、2次の非線形光学効果により光パルスが発生する。なお、ダイクロイックミラーは、ポンプ光波長は透過し、シグナル光波長は反射するよう設定されている。2次の非線形光学効果により発生した光パルスとポンプ光は、鏡15で反射され、部分透過鏡16で一部が反射され、光結合手段17を介して再びダイクロイックミラー13を介して2次の非線形光学媒質14に入力される。また、部分透過鏡16で反射されず透過した光パルスとポンプ光は、1ビット干渉計(遅延時間Tp)19および光検出器20でパルス間の位相を測定された後、記録装置21に記録される。各スピンをパルス多重された縮退パラメトリック発振器の相対位相の値(={0,π})に対応させる。
【0011】
また、スピン間の結合は、光共振器4中に光分岐素子、パルスの繰り返し周期Tpのn倍(nは自然数)の時間遅延を持つ遅延線、光強度変調器、光位相変調器、光合波素子からなる光結合回路を挿入することにより実装する。例えばパルスの繰り返し周期に等しい遅延線を有する光結合回路の場合、隣接するパルス間の結合を実現できる。強度変調器のオンオフにより、時分割多重されているj番目、j+1番目のパルス間の結合のオンオフが可能である。また、位相変調器によりj番目、j+1番目のパルス間の結合位相を0またはπに設定することで、Jj,j+1の正負を制御することができる。光結合回路の個数は、パルス多重度及び設定する問題に依存する。非特許文献3の記載では、MAX−CUTと呼ばれるNP困難な問題が、古典的な総当たり法に比べて効率よく解けることが計算機シミュレーションによって予測されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】A. Marandi,N. C. Leindecker, K. L. Vodopyanov, and R. L. Byer, “All-optical quantum random bit generation from intrinsically binary phase of parametric oscillators,” Opt. Express 20, 19322 (2012).
【非特許文献2】A. Marandi,N. C. Leindecker, V. Pervak, R. L. Byer, and K. L. Vodopyanov, “Coherence properties of a broadband femtosecond mid-IR optical parametric oscillator operating at degeneracy,” Opt. Express 20,7255 (2012).
【非特許文献3】Z. Wang, A. Marandi, K. Wen, R. L. Byer, and Y. Yamamoto, “A coherent Ising machine based on degenerated optical parametric oscillators,” arXiv:1311.2696 (2013).
【非特許文献4】K. Inoue and T. Mukai, Signal wavelength dependence of gain saturation in a fiber optical parametric amplifier,” Opt. Lett. 26, 10-12 (2001).
【非特許文献5】G. P. Agrawal, “Nonlinear fiber optics,” Academic Press, Inc. (1989).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、従来の光パラメトリック発振器(例えば非特許文献1参照)では、2次の非線形光学効果を用いて相対位相がランダムな光パルス列を発生させているが、2次の非線形光学効果を用いた縮退した光パラメトリック発振器では、ポンプ光の波長は、パラメトリック発振光(シグナル光)の波長の半分とする必要があるため、2つの大きく異なる波長に対応した光素子が混在した装置が必要になるという問題があった。
【0014】
本発明は、上記従来の問題に鑑みなされたものであって、本発明の課題は、2つの大きく異なる波長に対応した光素子が混在した装置を用意する必要のない、縮退した光パラメトリック発振器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するために、一実施形態に記載された発明は、異なる光周波数fp1、fp2を有する時間同期した2つの光パルスを繰り返し周期Tpで出力する2つのポンプ光源と、前記2つの光パルスを合波して出力する光合波手段と、前記光合波手段から同一時刻に入射された前記2つの光パルスにより光パラメトリック増幅する3次の非線形光学媒質と、透過光周波数fsの光フィルタとを有する光共振器とを備え、前記光フィルタの光周波数fsは、fp1+fp2=2fsの関係が成り立つように設定されており、前記光共振器の共振器長は、発生した光パルスが光共振器を1周する時間が前記ポンプ光パルスの繰り返し周期TpのN倍(Nは任意の自然数)となり、かつ発生した光パルス間の相対位相が0またはπであることを特徴とする光パラメトリック発振器である。
【0016】
他の一実施形態に記載された発明は、上記光パラメトリック共振器と、該光パラメトリック共振器から出力された隣接する光パルス間の位相差が0であるかπであるかを測定する位相差測定手段とを備え、前記測定手段で測定した位相差をビット0及び1に割り振ることでランダム信号を発生するランダム信号発生装置である。
【0017】
さらに他の一実施形態に記載された発明は、上記光パラメトリック発振器と、前記光パラメトリック発振器から出力された隣接する光パルス間の位相差が0であるかπであるかを測定する位相差測定手段とを備えたイジングモデル計算装置であって、前記光共振器は、N(N≧2)個の発振光パルスのうちの任意の2個を適切な強度と位相で結合するための光結合手段をN個有し(Nは任意の自然数)、前記光結合手段で任意の2パルス間の結合の強度と位相を制御することによりイジングモデルを模擬することを特徴とするイジングモデル計算装置である。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、光パルス多重縮退の光パラメトリック共振器の多重度を容易にあげることが可能である。さらに、高い多重度を生かして、高速なランダム信号発生や、多数のスピンから構成されるイジングモデルの基底状態探索問題を解く計算機を実現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】イジングモデルをパルス多重された縮退パラメトリック発振器を用いて実装した従来例を示す図である。
図2】実施形態1のパラメトリック発振器の構成例を示す図である。
図3】ポンプ波長λpを変化させた時のシグナル光波長の利得を示す図である。
図4】実施形態4のランダム信号発生装置の構成例を示す図である。
図5】実施形態5のイジングモデル計算装置の構成例を示す図である。
図6図5に示すイジングモデル計算装置の光結合手段の詳細例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
(実施形態1)
本実施形態では、同期した2波長(fp1、fp2)のポンプパルス光を3次の非線形光学媒質および光フィルタを備える光共振器に入射することによって、縮退した光パラメトリック発振を実現している。光フィルタの透過光周波数は、fs=(fp1+fp2)/2に設定される。図2は、本実施形態で用いられる光共振器の構成例を示す図である。本実施形態では、光周波数fp1、fp2の光パルスを同じ繰り返し周波数1/Tp(繰り返し周期Tp)で、かつ同じタイミングで出力する2つのポンプパルスレーザ1、2から出力される光パルス列を、光合波手段3により合波し、光入力手段41を介して光共振器4に入力する。光共振器4は、光入力手段41、3次の非線形光学媒質42、光フィルタ43、偏波コントローラ44、光出力手段45を備えるリング共振器として構成されている。光共振器長は、光共振器4中の光パルス一周時間がNTp(N:自然数)となるような長さである。
【0021】
入力された2波長のポンプパルス列が3次の非線形光学媒質42に入力されると、四光波混合による光パラメトリック増幅がおこる。光フィルタ43の透過中心波長をfs=(fp1+fp2)/2に設定することにより、縮退パラメトリック発振を実現できる。
【0022】
ここで、3次非線形光学媒質42中の四光波混合過程について説明する。2つのポンプ光電界の複素振幅をそれぞれEp1、Ep2、シグナル光、アイドラ光電界の複素振幅をそれぞれEs、Eiとすると、これらの間には次式に述べる結合方程式が成り立つ(非特許文献4)。なお、γは非線形定数を表す。
【0023】
【数3】
【0024】
【数4】
【0025】
【数5】
【0026】
【数6】
【0027】
シグナルとアイドラが縮退している場合を考える(Es=Ei)。Ex=Aiφx,x={p1,p2,s}とすると、シグナルの振幅Asに対して次式が成り立つ。
【0028】
【数7】
【0029】
【数8】
【0030】
【数9】
【0031】
【数10】
【0032】
上式(10)において、ks、kp1、kp2はそれぞれシグナル、ポンプパルスレーザ1からのポンプ光、ポンプパルスレーザ2からのポンプ光の波数である。式(7)、(9)によると、θ=2nπ(n:自然数)のとき、シグナル光は増幅されることがわかる。このとき、
【0033】
【数11】
【0034】
ここで、
【0035】
【数12】
【0036】
とおいた。このように、φs0に対して0またはπの位相差を持つ成分のシグナル光が効率よく増幅される。
【0037】
3次の非線形光学媒質中の2ポンプ波長、シグナル・アイドラ縮退の四光波混合を増幅過程として用いた光パラメトリック発振器においては、共振器により帰還されたシグナル光のうち、φs0に対して0またはπの位相差を持つ成分のシグナル光が発振する。閾値を超えた定常状態においてのφs0に対しての位相差が0になるかπになるかは、発振に至るまでの過渡状態において発生した自然放出雑音の初期位相により決定されるため、完全にランダムになる。このように、2次の非線形媒質を用いた光パラメトリック発振と同様、出力される縮退した光パラメトリック発振器パルスの相対位相は、0またはπの自由度を有する。また、光パルスの共振器1周時間NTpにおいてNを大きくする(共振器長を長くする)ことにより、縮退した光パラメトリック発振器パルスの多重度を大きくすることができる。
【0038】
本実施形態では、光パラメトリック発振を発生させるのに3次の非線形光学効果を生じる3次の非線形光学媒質を用いている。よって、2次の非線形光学効果を用いた場合に生じる大きく異なる波長に対応した光素子に対応する装置は必要ない。また、3次の非線形光学媒質としては、光ファイバを用いることができる。すなわち、本構成は、光共振器を構成する光ファイバそのものを非線形媒質として使用できる。よって、光ファイバとの結合損失の問題は回避できる。さらに、光ファイバを長くすることにより、四光波混合過程の相互作用長が大きくなるため、利得も増大する。よって、本構成は、高いパルス多重度を有する縮退した光パラメトリック共振器を実現するために適している。また、近い波長に対応した光素子のみで光パラメトリック発振器を構成できることから、相対位相のランダムな光パルス列を発生させることができる光パラメトリック発振器を安価に実現することができる。
【0039】
なお、上記では3次の非線形光学媒質として光ファイバを用いる例を説明してきたが、これに限定されるものではなく、3次の非線形光学効果を生じる非線形光学結晶や光導波路などであってもよい。また、光共振器の構成もリング共振器に限定されるものではなく、例えばファブリ・ペロー共振器などであってもよい。
【0040】
(実施形態2)
本実施形態では、実施形態1の構成の装置において、ポンプ光、シグナル光、アイドラ光の位相ミスマッチΔk’がΔk’>0となるように、非線形光学媒質のゼロ分散波長、分散スロープ、ポンプ光の波長、発振光の波長をそれぞれ設定する。これらの値を設定することにより、位相雑音源となる非縮退の四光波混合過程によって光パラメトリック発振が起こらないようにしている。実施形態1では、非線形媒質中で2波長ポンプの四光波混合過程のみしか起こらないと仮定したが、現実には、一方の波長のポンプ光のみによるシグナル・アイドラ非縮退の四光波混合過程によっても光パラメトリック発振が起こる可能性がある。シグナル・アイドラ非縮退の光パラメトリック発振によって得られるシグナル光・アイドラ光の位相は完全にランダムであるため、これらの光が光フィルタの透過中心波長fsに入り込む場合には、縮退した光パラメトリック発振器において位相雑音源となるが、実施形態2ではこれを防止している。
【0041】
非特許文献5によると、ポンプパワーPpx(x={1,2})の1波長ポンプの四光波混合の利得は次式で与えられる。
【0042】
【数13】
【0043】
ここで、1波長ポンプの場合の位相ミスマッチΔk’は次式で与えられる。
【0044】
【数14】
【0045】
ここで、ks、kpxは実施形態1の縮退した光パラメトリック発振器におけるシグナル光、ポンプ光の波数である。また、kiは、光周波数fpxの1波長ポンプの場合に発生するアイドラ光の波数である。アイドラ光の光周波数fiは、fi=2fpx−fsで与えられる。4次以上の高次分散の影響が無視できるとすると、Δk’は以下のように得られる。
【0046】
【数15】
【0047】
ここで、λpx、λs、λはそれぞれポンプ光波長、シグナル光波長、ゼロ分散波長であり、dD/dλは分散スロープである。またcは光速を表す。式(12)より、Δk’>0となれば、1波長ポンプ光による非縮退の四光波混合過程による光パラメトリック発振の利得が生じないことがわかる。すなわち、Δk’>0となるように、式(14)に沿って非線形光学媒質のゼロ分散波長λ、分散スロープdD/dλ、ポンプ光の波長λpx、発振光の波長λsをそれぞれ設定すれば、実施形態1で説明した2波長ポンプ光による縮退パラメトリック発振によって生成させたパルス光に、1波長ポンプ光による縮退パラメトリック発振に起因した位相雑音が重畳することはない。
【0048】
式(12)、式(14)を用いて、1波長ポンプの四光波混合の利得が発生しない条件を見積もることができる。例として、ゼロ分散波長1537nm、分散スロープ0.03ps/nm2/km、非線形定数γ=11の光ファイバを用いた場合について以下に説明する。通常、効率よく2 ポンプ波長の四光波混合を起こすには、ゼロ分散波長に対し短波長側と長波長側にそれぞれポンプ波長を配置する。式(14)からは、分散スロープが正の場合、λp<λ0の時にはΔk’>0となり利得は発生しない。よって、ポンプ波長を1531nmに固定し、ゼロ分散波長に対して長波長側のポンプ光によるパラメトリック増幅のシグナル光に対する利得が発生する領域を計算する。シグナル光波長λsを、ポンプ光波長λp1(=1531nm)、λp2に対して2/λs=1/λp1+1/λp2となるように設定すると、式(12)、式(14)より長波長側ポンプ波長λpを変化させた時のシグナル光波長の利得は図3のように求められる。これより、例えば長波長側ポンプのピークパワーを0.5Wと設定する場合には、波長を約1549nmより長波長側に設定することで、1波長ポンプの四光波混合による雑音を抑圧した縮退した光パラメトリック共振器が構成可能である。
【0049】
(実施形態3)
本実施形態では、実施形態1、2のパルス多重の縮退した光パラメトリック共振器と同様の構成の共振器において、ポンプ光パルスのコヒーレンス時間を発振光の光共振器一周時間に比べて十分長く設定する。
【0050】
実施形態1、2のようなパルス多重の縮退した光パラメトリック共振器においては、ポンプ光のコヒーレンス時間が光パルスの光共振器一周時間より短い場合、非線形光学媒質からパラメトリック増幅過程により発生したシグナル光が光共振器を一周し、再びポンプ光と合波され非線形光学媒質においてパラメトリック増幅される際、ポンプ光と光の位相関係が揺らぐ。ポンプ光と光の位相関係が揺らぐと、位相が定まった縮退した光パラメトリック発振が達成できない。本実施形態の縮退した光パラメトリック共振器では、コヒーレンス時間が光共振器一周時間より十分長いポンプ光パルスを用いることで、ポンプ光と光の位相関係が揺らぐことがなくなり、位相が定まった縮退した光パラメトリック発振が達成できる。特に、コヒーレンス時間の長い連続光レーザを外部変調することで、コヒーレンス時間の長いポンプ光パルスを生成することが可能である。
【0051】
(実施形態4)
本実施形態では、実施形態1から実施形態3のいずれかのパルス多重の縮退した光パラメトリック共振器を用いてランダム信号発生器を構成する。図4は、本実施形態のランダム信号発生器の構成例を示す図である。本実施形態のランダム信号発生器は、実施形態1の構成に加えて、光スイッチ5と、1ビット遅延干渉計19と、光検出器20と、信号変換装置21とをさらに備えている。具体的には図4に示すように、光合波手段3と光入力手段41の間にポンプ光のON/OFFのための光スイッチ5を挿入し、光出力手段45の後に、縮退した光パラメトリック共振器パルス間の位相差を測るための手段として、パルス間隔Tpに等しい時間遅延をもつ1ビット遅延干渉計19と、その出力に接続された光検出器20を備えている。また、光検出器20からの出力信号を閾値処理して0または1のデジタル信号に変換するための信号変換装置21をさらに備えている。
【0052】
1ビット遅延干渉計19の2腕間の位相差は、隣接する光パルス間の位相差が0の時、光パルスがポートAから出力され、πの時ポートBから出力されるよう調整されている。よって、光検出器20は位相差0の時光を検出し、πの時には何も検出しない。信号変換装置では、光検出器出力信号の大小に対して閾値処理し、例えば信号大の場合にはビット0、小の場合にはビット1を割り当てることで、バイナリのビット列を得る。上に述べたように、原理的にパルス多重の縮退した光パラメトリック共振器から出力される光パルスの相対位相は原理的に0またはπの何れかをランダムにとるので、共振器に多重されたパルス数がNの場合、Nビットのランダム信号を得ることができる。
【0053】
さらに、光スイッチ5を用いてポンプパルスレーザを光共振器寿命(cavity lifetime)より長い周期でオンオフすることにより、新たな位相パターンの縮退した光パラメトリック発振を行い、新たなパターンのNビットランダム信号を周期的に発生することができる。ここで、光共振器寿命は、nを共振器の屈折率、Lを共振器長、cを光速、dを共振器の一周あたりの損失とすると、nL/cdと表される。
【0054】
本実施形態により、従来の手法に比べパルス多重数Nの増大が容易であるから、より高速なランダム信号発生が可能になる。
【0055】
(実施形態5)
本実施形態では、実施形態1から実施形態3のいずれかのパルス多重の縮退した光パラメトリック共振器を用いてイジングモデル計算装置を構成している。図5は、本実施形態のイジングモデル計算装置の構成例を示す図である。
【0056】
本実施形態のイジングモデル計算装置は、実施形態1の構成に加えて、光スイッチ5と、光結合手段6と、1ビット遅延干渉計19と、光検出器20と、信号変換装置21とをさらに備えている。具体的には図5に示すように、光合波手段3と光入力手段41の間にポンプ光のON/OFFのための光スイッチ5を挿入しており、また光出力手段45の後に、光パラメトリック共振器パルス間の位相差を測るための手段として、パルス間隔Tpに等しい時間遅延をもつ1ビット遅延干渉計19と、その出力に接続された光検出器20を備えている。また、光検出器20からの出力信号を処理、記録するための信号処理装置21を備えている。さらに、共振器4中に、光結合手段6が挿入されている。
【0057】
図6は、光結合手段6をさらに詳細に示す図である。光結合手段6は、光分岐手段65と、光合波手段61との間に、強度変調器64と、N組の位相変調器63と、光遅延線62とを有する経路が並列に設けられて構成されている。kはその絶対値が1≦|k|≦N(Nは自然数)となる整数とする。光分岐手段と光結合手段の間に経路0からNまでのN2+1の経路があり、経路kには経路kの強度変調器(IMk)、経路kの位相変調器(PMk)、経路kの光遅延線(DLk)が挿入されている。光遅延線kを適切に設定することにより、光路kは光路0に比べ、kTp長く設定されている(kが負の整数の場合は、|k|Tp短く設定される)。このように、k番目の光路において強度変調器kをオンにすることで、k番目の光路と0番目の光路とでkビット遅延干渉計を構成することができ、これにより、1≦j≦Nの任意のj番目の光パラメトリック発振パルスとj+k番目のパルスとの間の光学的結合を実現することができる。
【0058】
これは、強度変調器kをオンにすることで、式(2)におけるJm,m+k(mは1≦m≦Nの任意の自然数)をゼロ以外の値に設定できることに相当する。また、位相変調器の位相を0またはπに設定することで、Jm,m+kの値を正、負に設定することができる。
【0059】
このように、図5の系を用いて0、πの2値の位相を持つN個の縮退した光パラメトリック発振パルス群において、N2通りの異なる時間間隔だけ離れたパルスに対して、任意の結合計数Jj,lを設定することが可能なイジングモデル系を構築することができる。
【0060】
光結合手段6中の位相変調器63と強度変調器64を、プログラムしたいイジングモデル系にあわせて駆動した後、光スイッチ5をオンにしてポンプ光を光共振器4に導入する。パルス多重の縮退した光パラメトリック発振が定常状態になったあと、光出力手段45の後に備えられた1ビット遅延干渉計19と検出器20により、実施形態3に述べたのと同様にして各パルス間の位相差を測定する。測定結果は信号処理装置21により記録される。これにより、全N1パルスの相対位相が得られる。このようにして得られた位相の組み合わせは、設定したJj,lからなるマルチモード光共振器中で最も低いポンプパワーで発振する位相の組み合わせに相当しているため、プログラムしたイジングモデル系の基底状態を得ることと等価である。
【符号の説明】
【0061】
1、2 ポンプパルスレーザ
3 光合波手段
4 光共振器
41 光入力手段
42 3次の非線形光学媒質
43 光フィルタ
44 偏波コントローラ
45 光出力手段
5 光スイッチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6