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特許7575760アーバスキュラー菌根菌の培養用培地及び培養方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-22
(45)【発行日】2024-10-30
(54)【発明の名称】アーバスキュラー菌根菌の培養用培地及び培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20241023BHJP
【FI】
C12N1/20 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021514239
(86)(22)【出願日】2020-04-17
(86)【国際出願番号】 JP2020016892
(87)【国際公開番号】W WO2020213718
(87)【国際公開日】2020-10-22
【審査請求日】2023-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2019080349
(32)【優先日】2019-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「共生ネットワークの分子基盤とその応用展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川口 正代司
(72)【発明者】
【氏名】田中 幸子
(72)【発明者】
【氏名】矢野 幸司
(72)【発明者】
【氏名】秋山 康紀
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 勝晴
(72)【発明者】
【氏名】江澤 辰広
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-170973(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0124065(US,A1)
【文献】特表2016-528906(JP,A)
【文献】米国特許第06576457(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル化剤を含み、半流動状態であるアーバスキュラー菌根菌の純粋培養用の培地であって、
ゲル化剤の濃度が、ゲランガム0.01~0.15%(w/v)、寒天0.05~0.35%(w/v)、又はカラギーナン0.03~0.25%(w/v)である、培地
【請求項2】
2μg/mLをえる濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、ストリゴラクトン、及び有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
粘度が0.1~100 mPa・sである、請求項1又は2に記載の培地。
【請求項4】
ゲル化剤を含み、半流動状態である培地で培養することを特徴とする、アーバスキュラー菌根菌の純粋培養方法であって、
培地中のゲル化剤の濃度が、ゲランガム0.01~0.15%(w/v)、寒天0.05~0.35%(w/v)、又はカラギーナン0.03~0.25%(w/v)である、方法
【請求項5】
2μg/mLをえる濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、ストリゴラクトン、及び有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種が、培地中に更に含まれる、請求項に記載の培養方法。
【請求項6】
前記培地の粘度が0.1~100 mPa・sである、請求項4又は5に記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーバスキュラー菌根菌培養用の培地、及びアーバスキュラー菌根菌の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
菌根菌は植物と共生して菌根を作り、その菌糸から主としてリン及び窒素を吸収して宿主植物に供給する。中でも内生菌根菌の1種であるアーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhizal fungi)は、特定の植物とのみ共生するのではなく、多数の宿主植物と共生するので、農産物の育成における重要性は大きい。また、アーバスキュラー菌根菌の共生は、リン等の吸収促進の他にも、耐病性の向上及び水分吸収の促進にも貢献する。特に、リン資源であるリン鉱石の枯渇が懸念されていることから、リン肥料を軽減するためにもアーバスキュラー菌根菌の更なる活用が望まれる。
【0003】
ところで、アーバスキュラー菌根菌は宿主植物根を必要とする絶対共生菌であるため、その培養のために宿主植物が必要となる。菌根菌を培養する方法として、殺菌した土壌、砂などを利用したポット培養法がある。また、ポット培養法の改良法として、液体肥料を噴霧しながら培養するエアロポニック培養法、形質転換したニンジン毛状根を用いるin vitro系培養法などもある。これらのいずれの方法も、宿主植物との共生による二者培養法である。
【0004】
しかしながら、二者培養法は、雑菌の混入(コンタミネーション)の危険性がある、菌根菌の増殖効率が植物の状態に大きく依存する、培養のための土地の確保などによりコストが高くなるといった問題点があり、アーバスキュラー菌根菌のみを純粋培養できる簡便な方法が望まれる。
【0005】
これまでのところ、アーバスキュラー菌根菌を改変M培地で純粋培養すると、まれに小さな胞子様の構造を形成することが報告されている(非特許文献1)。また、純粋培養する方法として、特許文献1ではトリプトファンダイマー及びロイシルプロリンを加えた培養基で菌根菌を培養することで菌根菌の純粋培養が容易にできることが、特許文献2ではアミン又はアミン誘導体を加えた培養基で菌根菌を培養することで菌根菌の純粋培養が容易にできることが報告されている。
【0006】
特許文献3では、本発明者らは、アーバスキュラー菌根菌を培養し得る基礎培地、例えば改変M培地中に、炭素数が13~18の直鎖飽和脂肪酸、好ましくはミリスチン酸、パルミチン酸及びそれらの塩の1種又は2種以上を2μg/mL(約10μM)を越える濃度で含む培地、さらにはストリゴラクトン、ペプトンのような有機性窒素源を含む培地中で培養することで、アーバスキュラー菌根菌を効率よく純粋培養できることを報告している。
【0007】
しかしながら、今まで開発されたアーバスキュラー菌根菌の純粋培養の方法は、固形培地又は液体培地を利用した方法であり、増殖した胞子が小さく未熟であったり、大量培養には課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特開2009-95332号公報
【文献】日本国特開2014-68600号公報
【文献】日本国特開2018-170973号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Hildebrandt, U., Ouziad, F., Marner, F. J. & Bothe, H. The bacterium Paenibacillus validus stimulates growth of the arbuscular mycorrhizal fungus Glomus intraradices up to the formation of fertile spores. FEMS Microbiol. Lett. 254, 258-267 (2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、アーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、大型胞子を多数増殖させることが可能である、アーバスキュラー菌根菌培養用の培地及びアーバスキュラー菌根菌の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
従来の液体培地は菌糸が絡まって塊になることで培養容器内で均一に増殖できず、培養効率が悪くなるという問題があり、固形培地は枯渇した栄養等の追加が困難であり、長期の培養には適さないという問題がある。そこで、本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、半流動培地を用いてアーバスキュラー菌根菌を培養することで、培養容器内でアーバスキュラー菌根菌を均一に増殖させることができ、従来より大きな胞子を多数増殖させることができる上、継代もしくは栄養を追加することで長期間の培養が可能となるという知見を得た。
【0012】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のアーバスキュラー菌根菌培養用の培地、及びアーバスキュラー菌根菌の培養方法を提供するものである。
【0013】
項1.ゲル化剤を含み、半流動状態であるアーバスキュラー菌根菌培養用の培地。
項2.前記ゲル化剤を培地が半流動状態となる量で含む、項1に記載の培地。
項3.前記ゲル化剤が、多糖類である、項1又は2に記載の培地。
項4.アーバスキュラー菌根菌の純粋培養用である、項1~3のいずれか一項に記載の培地。
項5.2μg/mLを越える濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、ストリゴラクトン、及び有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種を更に含む、項1~4のいずれか一項に記載の培地。
項6.粘度が0.1~100 mPa・sである、項1~5のいずれか一項に記載の培地。
項7.ゲル化剤を含み、半流動状態である培地で培養することを特徴とする、アーバスキュラー菌根菌の培養方法。
項8.前記ゲル化剤が、培地が半流動状態となる量で培地中に含まれる、項7に記載の培養方法。
項9.前記ゲル化剤が、多糖類である、項7又は8に記載の培養方法。
項10.アーバスキュラー菌根菌の純粋培養方法である、項7~9のいずれか一項に記載の培養方法。
項11.2μg/mLを越える濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、ストリゴラクトン、及び有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種が、培地中に更に含まれる、項7~10のいずれか一項に記載の培養方法。
項12.前記培地の粘度が0.1~100 mP・sである、請求項7~11のいずれか一項に記載の培養方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の培地及び培養方法によれば、アーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、大型胞子を多数増殖させることが可能となる。
【0015】
また、本発明は、継代もしくは栄養の追加が容易なことから長期間の培養を可能にするシステムであり、アーバスキュラー菌根菌の大規模生産が可能となる。そして、長期間の培養を行うことで胞子を大量に増殖させることが可能となる。
【0016】
本発明は、増殖が植物の状態に大きく依存する宿主植物との共存培養法と比較して、安定的且つ簡便にアーバスキュラー菌根菌を増殖させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】アーバスキュラー菌根菌を液体培地、固形培地又は半流動培地を用いて培養した結果を示す写真である。
図2】アーバスキュラー菌根菌の宿主共存培養、又は固形培地若しくは半流動培地を用いた純粋培養における娘胞子形成量を示すグラフである。
図3】アーバスキュラー菌根菌の寒天半流動培地又はゲランガム半流動培地を用いた純粋培養における娘胞子形成量を示すグラフである。グラフの値は平均値±標準偏差を示す。n=3
図4】アーバスキュラー菌根菌をゲランガム半流動培地、寒天半流動培地又はκ-カラギーナン半流動培地のゲル化剤濃度を変化させて培養した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0019】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0020】
本発明のアーバスキュラー菌根菌培養用の培地は、ゲル化剤を含み、半流動状態であることを特徴とする。
【0021】
本発明のアーバスキュラー菌根菌の培養方法は、ゲル化剤を含み、半流動状態である培地で培養することを特徴とする。
【0022】
アーバスキュラー菌根菌は、内生菌根菌であり、グロムス亜門(Glomeromycotina)に属する300種程度の菌類で構成されており、アーバスキュラー菌根菌は陸上植物の8割以上と共生関係を築くことができると推定されている。本発明で使用するアーバスキュラー菌根菌の菌種は、特に限定されず、アーバスキュラー菌根菌のいずれの菌種も用いることができる。アーバスキュラー菌根菌としては、例えば、リゾファガス・イレギュラリス(Rhizophagus irregularis)、リゾファガス・クラルス(Rhizophagus clarus)などが挙げられる。
【0023】
本発明では、アーバスキュラー菌根菌の培養に半流動培地を使用することを特徴としており、半流動培地を用いることでアーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、大型胞子を多数増殖させることが可能となる。また、継代及び培地の追加が容易なことから長期間の培養が可能となる。半流動培地を用いることで、液体培地に比べて培養容器内でアーバスキュラー菌根菌を均一に増殖させることができるようになる。
【0024】
本発明における「半流動(状態)」とは、液体と固体の間の状態であり、外部から攪拌、振とうなどの物理的な力を加えた時には流動性を示すが、静置していれば液体培地に比べて対流が少ないような性状を意味する。本発明における「半流動(状態)」とは、本発明の効果が得られる状態のものであれば特に制限されず、アーバスキュラー菌根菌の菌糸がある程度まっすぐに伸張可能な状態、培地を添加するためにピペットで吸引することが可能な状態、又は培地を混ぜ合わせることが可能な状態であれば好ましい。
【0025】
培地の半流動状態は、培地中にゲル化剤を添加することによって実現される。このようなゲル化剤としては、微生物培養用の培地で使用可能であって培地を半流動化できるものであれば特に限定されず使用することができ、天然及び人工のゲル化剤のいずれであってもよい。そのようなゲル化剤としては、例えば、ゲランガム、寒天、ゼラチン、シリカゲル、アクリルアミド、グルコマンナン、メチルセルロース、アラビアガム、スターチ、アルギン酸ナトリウム、カラギーナン、ベントナイト、アルギナート、コラーゲン、融解石英、水溶性デンプン、ポリアクリレート、セルロース、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、デキストラン、ポリサッカライドなどが挙げられる。好ましくは多糖類、より好ましくはゲランガム、寒天及びカラギーナンであり、特に好ましくはゲランガムである。ゲル化剤は、培地中で1種単独で又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0026】
ゲル化剤の培地への添加量は、特に限定されず、培地が半流動状態となる量であることが好ましい。そのような添加量としては、ゲル化剤としてゲランガムを使用する場合は、例えば0.01~0.15%(w/v)、好ましくは0.025~0.1%(w/v)であり、ゲル化剤として寒天を使用する場合は、例えば0.05~0.5%(w/v)、好ましくは0.1~0.3%(w/v)であり、ゲル化剤としてカラギーナンを使用する場合は、例えば0.03~0.25%(w/v)、好ましくは0.05~0.1%(w/v)である。ただし、この濃度は20~40℃程度の一般的な培養温度において半流動状態を維持するのに必要な濃度であって、この温度より低い場合はより少量のゲル化剤が使用され、この温度より高い場合はより多量のゲル化剤を使用することが望ましい。
【0027】
本発明の培地には、(1)2μg/mLを越える濃度の炭素数13~18の飽和脂肪酸、(2)ストリゴラクトン、及び(3)有機性窒素源からなる群から選択される少なくとも1種が更に含まれることが好ましい。特許文献3で報告されているように、培地中に炭素数13~18の飽和脂肪酸(並びにストリゴラクトン及び/又は有機性窒素源)を添加することで、アーバスキュラー菌根菌の純粋培養において、胞子の形成量を増加させることできる。
【0028】
炭素数13~18の飽和脂肪酸としては、直鎖脂肪酸、分岐鎖脂肪酸(イソ脂肪酸、アンテイソ脂肪酸など)のいずれでもよく、例えば、炭素数14のミリスチン酸、炭素数15のペンタデシル酸、炭素数16のパルミチン酸、炭素数18のステアリン酸などが挙げられる。中でも、好ましくはミリスチン酸、パルミチン酸である。炭素数13~18の飽和脂肪酸としては、1種又は2種以上を使用できる。また、飽和脂肪酸は遊離の状態で使用してもよいし又は塩の状態で使用してもよい。塩としては、特に限定されず、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。好ましくは、水溶性の塩(例えば、カリウム塩)である。なお、本発明における飽和脂肪酸には、飽和脂肪酸の塩も含まれる。
【0029】
炭素数13~18の飽和脂肪酸の培地中濃度は、適宜決定することができ、好ましくは2μg/mLを越える濃度であり、より好ましくは5μg/mL以上であり、更に好ましくは10μg/mL以上であり、特に好ましくは20μg/mL以上である。また、濃度の上限値は、菌根菌の生育を阻害しない程度であればよく、好ましくは1 g/mL、より好ましくは0.1 g/mL、更に好ましくは10 mg/mL、特に好ましくは2 mg/mLである。
【0030】
ストリゴラクトンは、菌糸分岐誘導物質(Branching factor:BF)として単離同定された物質である。ストリゴラクトンの培地中濃度は、適宜決定することができ、好ましくは0.1 ng/mL以上、より好ましくは0.5 ng/mL以上、更に好ましくは1 ng/mL以上、特に好ましくは10 ng/mL以上である。また、濃度の上限値は、悪影響を与えない範囲であればよく、好ましくは1 mg/mL、より好ましくは0.5 mg/mL、更に好ましくは0.1 mg/mL、特に好ましくは10μg/mLである。
【0031】
これらの飽和脂肪酸及びストリゴラクトンは、いわゆる基礎培地に添加される。
【0032】
基礎培地は、アーバスキュラー菌根菌の培養に使用できる培地であれば特に限定されない。基礎培地は必須構成成分として、グルコース、マンノース、キシロース、フルクトース、ガラクトース、スクロース、ラクトース、ラフィノースなどの資化性糖とリン酸水素ナトリウムなどの無機塩を含む培地であり、その他に必要に応じて、酵母粉末、酵母エキス、チアミン、ピリドキシン等の各種ビタミン類、ペプトン、麦芽エキス、NZアミン(カゼインの酵素加水分解物)等の有機性窒素源、無機酸等のpH調整剤などを含む。公知の基礎培地として、例えば、M培地、改変M培地、SC培地が挙げられる。胞子形成の観点からは、ペプトンのような有機性窒素源を含む培地が好ましい。さらに、必要に応じて、パルミトレイン酸(C16:1)のような炭素数が14~18である不飽和脂肪酸を培地に加えることもできる。また、必要に応じて培地のpHが調整される。培地のpHは、使用時において酸性側、特に5~7であることが望ましい。
【0033】
本発明の培地の粘度は、培地が半流動状態となる範囲である限り特に限定されず、好ましくは0.1~100 mPa・s、より好ましくは0.5~80 mPa・s、特に好ましくは1.0~60 mPa・sである。当該粘度は、培養前、培養中及び培養後のいずれかの時点で有していればよく、特に培養前に有していることが望ましい。当該粘度は、28℃において、RE85型コーンプレート回転粘度計(東機産業株式会社製、コーンスピンドル:1°34' X R24)又はHBDV3TCP型コーンプレート回転粘度計(ブルックフィールド社製、コーンスピンドル:CPA-42Z)を用いて、回転数を50 rpmとして測定した値である。
【0034】
本発明の培養方法の培養条件(温度、培養時間等)は、アーバスキュラー菌根菌を培養可能であれば特に限定されず、例えば、菌根菌の一般的な培養方法と同様の条件により行うことができる。培養温度としては、通常20~35℃、好ましくは28℃である。また、培養は、宿主植物との共存培養法ではなく、アーバスキュラー菌根菌単独の純粋培養であることが望ましく、静置培養で行うことも望ましい。本発明の培養方法では、半流動培地を使用するため、培養中に培地を追加することができるので、長期間の培養を行うことが可能である。さらに、本発明の培養方法では、継代培養を行ってもよい。本発明の培地を使用した純粋培養により得られるアーバスキュラー菌根菌には、宿主植物との共生培養ではないため植物の根の組織は含まれない。
【0035】
本発明の培地及び培養方法によれば、アーバスキュラー菌根菌の培養効率を向上でき、大型胞子を多数増殖させることが可能となる。また、本発明は、継代もしくは栄養の追加が容易なことから長期間の培養を可能にするシステムであり、アーバスキュラー菌根菌の大規模生産が可能となる。このような長期間の培養を行うことで胞子を大量に増殖させることが可能となる(4ヶ月で1胞子から6000倍程度の胞子を増殖させることが可能)。本発明は、増殖が植物の状態に大きく依存する宿主植物との共存培養法と比較して、安定的且つ簡便にアーバスキュラー菌根菌を増殖させることができる。また、固形培地での純粋培養と比較しても、大型胞子を多数増殖させることができる。
【実施例
【0036】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0037】
<使用菌株>
リゾファガス・クラルス(Rhizophagus clarus) HR1
【0038】
<培地の組成>
・M培地の組成
MgSO4・7H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 731 mg/L、KNO3 (富士フイルム和光純薬株式会社): 80 mg/L、KCl (ナカライテスク株式会社): 65 mg/L、KH2PO4 (富士フイルム和光純薬株式会社): 4.8 mg/L、Ca(NO3)・4H2O (ナカライテスク株式会社): 288 mg/L、Fe(III)EDTA (株式会社同仁化学研究所): 8 mg/L、MnCl2・4H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 6 mg/L、ZnSO4・7H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 2.65 mg/L、H3BO3 (富士フイルム和光純薬株式会社): 1.5 mg/L、CuSO4・5H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 130 μg/L、Na2MoO4・2H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 2.4 μg/L、KI (富士フイルム和光純薬株式会社): 750 μg/L、Sucrose (ナカライテスク株式会社): 10 g/L
【0039】
・ビタミン等添加物の組成(最終濃度)
Glycine (ナカライテスク株式会社): 3 mg/L、Thiamine-HCl (富士フイルム和光純薬株式会社): 100 μg/L、Pyridoxine-HCl (富士フイルム和光純薬株式会社): 100 μg/L、Nicotinic acid (富士フイルム和光純薬株式会社): 500 μg/L、Myo-inositol (富士フイルム和光純薬株式会社): 50 mg/L
【0040】
・改変M培地の組成
MgSO4・7H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 731 mg/L、KNO3 (富士フイルム和光純薬株式会社): 80 mg/L、KCl (ナカライテスク株式会社): 65 mg/L、KH2PO4 (富士フイルム和光純薬株式会社): 4.8 mg/L、Ca(NO3)・4H2O (ナカライテスク株式会社): 288 mg/L、Fe(III)EDTA (株式会社同仁化学研究所): 8 mg/L、MnCl2・4H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 3 mg/L、ZnSO4・7H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 1.3 mg/L、H3BO3 (富士フイルム和光純薬株式会社): 1.5 mg/L、CuSO4・5H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 65 μg/L、Na2MoO4・2H2O (富士フイルム和光純薬株式会社): 1.2 μg/L、KI (富士フイルム和光純薬株式会社): 750 μg/L、Sucrose (ナカライテスク株式会社): 1 g/L、Glucose (富士フイルム和光純薬株式会社): 1 g/L、MES (株式会社同仁化学研究所)(pH 6.5): 10 mM
【0041】
・改変ビタミン等添加物の組成(最終濃度)
Glycine (ナカライテスク株式会社): 3 mg/L、Thiamine-HCl (富士フイルム和光純薬株式会社): 10 mg/L、Pyridoxine-HCl (富士フイルム和光純薬株式会社): 100 μg/L、Nicotinic acid (富士フイルム和光純薬株式会社): 500 μg/L、Myo-inositol (富士フイルム和光純薬株式会社): 50 mg/L、ミリスチン酸カリウム(富士フイルム和光純薬株式会社): 400 μM、GR24 (合成ストリゴラクトン)(発明者により合成): 100 nM、ペプトン(BD Difco BactoTM-Peptone): 1 g/L
【0042】
<培養方法>
・宿主共存培地培養
0.3%(w/v)ゲランガム(Phytagel, SIGMA-ALDRICH)を添加したM培地をオートクレーブ滅菌し、ビタミン等添加物を添加後、1シャーレ(STAR SDish 9015 ver.2, 理科研株式会社)あたり20 mlずつ分注した。この培地にニンジン毛状根を3~4 cmのせ、28℃暗所で2週間培養した。それにアーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を1シャーレ当たり10個毛状根付近に植菌し、28℃暗所で7週間培養した。
【0043】
・固形培地培養
0.3%(w/v)ゲランガムを添加した改変M培地をオートクレーブ滅菌し、改変ビタミン等添加物を添加後1シャーレ(STAR SDish 9015 ver.2, 理科研株式会社)あたり20 mlずつ分注した。アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を1シャーレあたり5個培地に植菌し、28℃暗所で6週間培養した。
【0044】
・液体培地培養
改変M培地をオートクレーブ滅菌し、改変ビタミン類添加後1フラスコ(細胞培養フラスコ 75 cm2 No.90075、TPP)あたり25 mlずつ分注した。アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を1フラスコあたり20個培地に植菌し、28℃暗所で2ヶ月間培養した。同様の培地を25 ml追加し、ひき続き2ヶ月間培養した。
【0045】
・半流動培地培養
0.05%(w/v)ゲランガムを添加した改変M培地をオートクレーブ滅菌し、改変ビタミン等添加物を添加後1フラスコ(細胞培養フラスコ 75 cm2 No.90075、TPP)あたり25 mlずつ分注した。アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を1フラスコあたり100個培地に植菌し、28℃暗所で1ヶ月間培養した。同様の培地を25 ml追加し、ひき続き1ヶ月間培養した。培養物を25 mlずつ(1/2量)フラスコ(細胞培養フラスコ 75 cm2 No.90075、TPP)に分注し、同様の培地を75 ml追加し、ひき続き1ヶ月間培養した。さらに培養物を10 mlずつ(1/20量)フラスコ(細胞培養フラスコ 75 cm2 No.90075、TPP)に分注し、同様の培地を40 ml追加し、ひき続き1ヶ月間培養した。
【0046】
・寒天半流動培地培養とゲランガム半流動培地培養との比較
0.2%(w/v)寒天(Agar)又は0.05%(w/v)ゲランガムを添加した改変M培地をオートクレーブ滅菌し、改変ビタミン等添加物を添加後1フラスコあたり30 mlずつ分注した。アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を1フラスコあたり20個培地に植菌し、28℃暗所で7週間培養した。
【0047】
・各種ゲル化剤を用いた半流動培地培養
0.01%(w/v)、0.025%(w/v)、0.05%(w/v)、0.15%(w/v)のゲランガム(Phytagel, SIGMA-ALDRICH)、0.05%(w/v)、0.1%(w/v)、0.2%(w/v)、0.35%(w/v)の寒天(富士フイルム和光純薬株式会社)又は0.03%(w/v)、0.05%(w/v)、0.1%(w/v)、0.25%(w/v)のκ-カラギーナン(富士フイルム和光純薬株式会社)を添加した改変M培地をオートクレーブ滅菌し、改変ビタミン等添加物を添加した。これらの培地を、25 cm2の細胞培養フラスコ(No.90025、TPP)に1フラスコあたり15 mlずつ分注した。アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を1フラスコあたり20個培地に植菌し、28℃暗所で5週間培養した。
【0048】
<粘度測定>
表1の濃度のゲランガム(Phytagel, SIGMA-ALDRICH)、寒天(富士フイルム和光純薬株式会社)又はκ-カラギーナン(富士フイルム和光純薬株式会社)を添加した改変M培地をオートクレーブ滅菌し、改変ビタミン等添加物を添加した。粘度測定にはRE85型コーンプレート回転粘度計(東機産業株式会社、コーンスピンドル:1°34' X R24、回転数:50 rpm)若しくはHBDV3TCP型コーンプレート回転粘度計(ブルックフィールド、コーンスピンドル:CPA-42Z、回転数:50 rpm)を用いた。なお、測定温度は28℃で測定時間は5分間とした。
【0049】
結果
・アーバスキュラー菌根菌純粋培養における液体培地、固形培地、半流動培地の培養比較(図1)
アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子を液体培地、固形培地、半流動培地を用いて培養した。液体培地では、菌糸は成長したが、液体中を広がることができず、菌糸が塊となり、娘胞子も形成されたが、半流動培地と比較して小さく少なかった。固形培地では菌糸は広がって成長し、娘胞子も形成されたが、菌糸の成長が数週間で止まった。半流動培地では菌糸は広がって成長し、娘胞子も形成され、培地を定期的に添加することにより、菌糸と娘胞子は形成され続けた。
【0050】
・宿主共存培養と固形培地、半流動培地を用いた純粋培養における娘胞子形成量との比較(図2)
アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子をニンジン毛状根に宿主として感染させ培養することで得られた娘胞子形成量と固形培地、半流動培地を用いた純粋培養における娘胞子形成量の比較を行った。宿主共存培地、固形培地ではどちらも数週間で胞子形成が止まるが、半流動培地では培地を定期的に添加することにより娘胞子は形成され続け、他の培地よりも多く娘胞子を形成した。また、再度の実験により同様の結果が得られた。
【0051】
・アーバスキュラー菌根菌純粋培養における寒天半流動培地培養とゲランガム半流動培地培養との比較(図3)
アーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)胞子の寒天半流動培地とゲランガム半流動培地とを用いた培養の比較を行った。寒天の半流動培地を用いた場合もゲランガム半流動培地と同様に娘胞子の形成が見られた。
【0052】
・濃度を変化させた各ゲル化剤を含む培地の粘度(表1)
表1の濃度のゲル化剤を含む培地の粘度の測定を行った。
【表1】
【0053】
・アーバスキュラー菌根菌純粋培養におけるゲランガム半流動培地、寒天半流動培地又はκ-カラギーナン半流動培地のゲル化剤濃度を変化させた培養比較(図4)
ゲランガム半流動培地、寒天半流動培地又はκ-カラギーナン半流動培地のゲル化剤濃度を変化させたときのアーバスキュラー菌根菌(リゾファガス・クラルス)の培養比較を行った。ゲランガム半流動培地は0.01%(w/v)~0.15%(w/v)、寒天半流動培地は0.05%(w/v)~0.35%(w/v)、κ-カラギーナン半流動培地は0.03%(w/v)~0.25%(w/v)の濃度範囲で培養したが、いずれのゲル化剤濃度でも菌糸は培養フラスコ内で広がって成長し、娘胞子が形成された。
図1
図2
図3
図4