昭和56(ネ)3156民事訴訟 意匠権
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
昭和58年5月16日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
意匠権
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キーワード |
実施13回 意匠権11回 侵害8回 許諾3回 差止2回 特許権1回 損害賠償1回 実用新案権1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
主 文
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事 実
第一 双方の求めた裁判
一 控訴人は、主文同旨の判決を求めた。
二 被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」と
の判決を求めた。
第二 被控訴人ら主張の請求の原因
一 侵害の差止めについて。
(一) 被控訴人A(以下「被控訴人A」という。)は、次の登録意匠(以下「本
件意匠」という。)の意匠権者である。
登録番号 意匠登録第三六〇六三九号
登録出願日 昭和四六年一二月一八日
登録日 昭和四七年一二月二七日
意匠に係る物品 ふとん干器
意匠の構成 別紙(一)記載のとおり。
(二) 控訴人は、別紙(二)物件目録記載のふとん干器(以下「控訴人物件」と
いう。)を製造し、これを販売している。
(三) 控訴人物件の意匠は、次のとおり、本件意匠に類似するものである。
1 本件意匠は、「一本の円棒の両端部を下方に直角に曲げたものを天にもう一本
の円棒の両端部の各々が上方を向いてu字形を形成するように曲げたものを地に各
々水平に配し、またこれらの両端を支持する円棒(支柱)を左右に垂直に配するこ
とにより四本の円管をほぼ方形に組んで構成したフレーム三葉の、各フレーム一方
の支柱を平面的に束ねてその上下二か所に二個の固定具を配してこれら三葉のフレ
ームを一体化してなる」意匠である。
2 一方、控訴人物件の意匠は、「本件意匠とほぼ同様の円棒三本(固定する支柱
を除く。)をやや蝶羽状を呈する四辺形の三辺を構成するように組んだフレーム部
四葉の各端部を、二本の支柱により支持される二個の固定具に接続して、これら四
葉のフレームを一体化してなる」意匠である。
3 そこで、本件意匠と控訴人物件の意匠とを比較すると、これらは、
「四辺形に組まれた数葉のフレームの一辺を束ねて、その上下に二個の固定具を配
してこれらを一体化した意匠」である点で共通し、
(1) 本件意匠のフレームが三葉であるのに対し控訴人物件のそれが四葉である
点
(2) 本件意匠の各フレームが方形を呈しているのに対して控訴人物件のそれが
やや蝶羽状を呈している点
(3) 固定具間の支柱の数が本件意匠は三本であるのに対し控訴人物件のそれは
二本である点
で相違している。
ところで、本件意匠に係る物品であるところのふとん干器は本件意匠の出願当時
他に例をみない新品種の商品であり、その基本的な形状からして極めて独創的なも
のであつて、本件意匠は、いわゆる原始創作意匠にあたるものであるが、このよう
な場合看者としては当該意匠の基本的な部分に斬新さを見出して注意を惹かれるも
のであり、したがつてそうした部分が意匠の要部であるというべきところ、本件意
匠においては、まさに、
「四辺形に組まれた数葉のフレームの一辺を束ねてその上下に固定具を配して、こ
れら数葉のフレームを一体化している」
点に意匠の要部があることは明瞭である。
これに対して、前記(1) フレームが三葉であるか四葉であるか、(2) フ
レームが方形を呈しているかやや蝶羽状の四辺形であるか、(3) 固定具間の支
柱の数が三本か二本か、といつた点は、いずれも、各々の意匠の前記のごとき共通
点を勘案してもなお且つ美観上明らかに別意匠であると認識せしめるほどの差異を
もたらすようなものではない。
(四) したがつて、控訴人が控訴人物件を製造、販売する行為は、被控訴人Aの
本件意匠権を侵害するものであるから、被控訴人Aは、控訴人に対し、右製造、販
売の差止を求める。
二 損害賠償について。
(一) 被控訴人Aは、本件登録意匠の意匠権者であり、被控訴人タイヨー産業株
式会社(以下「被控訴人会社」という。)は、後記のとおり、昭和五一年一一月ご
ろには被控訴人Aから本件意匠権について独占的通常実施権の許諾を得て、そのこ
ろから本件意匠権の実施品であるふとん干器を製造、販売しているものである。
(二) 控訴人は、昭和五二年一一月二六日から昭和五四年六月二〇日ごろに至る
まで、本件意匠権の侵害品である控訴人物件四五五〇台を、その製造、販売が本件
意匠権を侵害するものであることを知りながらまたは過失によりこれを知らない
で、製造、販売したものであり、その売上げ額は、合計金一四一三万八三五〇円に
達している。
(三) 被控訴人Aは、控訴人の前記侵害行為により、得べかりし本件意匠の実施
料を得ることができず、したがつて、実施料相当額の損害をこうむつた。そして、
その実施料は控訴人物件の販売価格の五パーーセントをもつて相当とするから、控
訴人物件の総売上額の五パーセントにあたる金七〇万六九一七円の損害をこうむつ
たことになる。
被控訴人会社は、遅くとも昭和五一年一一月ごろには、被控訴人Aから黙示で独
占的通常実施権の許諾を得ていたもので、しかも、その内容は、専ら被控訴人会社
にのみ実施させ、権利者たる被控訴人A自身が一切実施をしないことは勿論、第三
者に対しても実施権を許諾することがありえないという点で、むしろ専用実施権た
る実質を持つものであるから、被控訴人会社が控訴人の独占的通常実施権侵害によ
つてこうむつた損害額については、意匠法第三九条第一項の適用ないし類推適用が
あるものと解すべきところ、控訴人が控訴人物件を売り上げた総金額は金一四一三
万八三五〇円に達し、これによつて得た利益は少くとも右総売上額の一五パーセン
トを下らないから、結局、控訴人が控訴人物件の製造、販売によつて得た利益は金
二一二万〇七五二円であり、被控訴人会社は、右利益額から被控訴人会社が被控訴
人Aに対して支払うべき実施料の額を差し引いた金一四一万三八三五円の損害をこ
うむつたものである。
(四) よつて、被控訴人らは、それぞれ、控訴人に対し、被控訴人らのこうむつ
た前記損害の額に相当する金員及びこれらに対する控訴人の前記侵害行為の後であ
る昭和五四年七月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の率による遅延損害
金の支払いを求める。
第三 請求の原因に対する控訴人の認否及び主張
一 請求の原因一の(一)及び(二)の事実並びに同二の(一)のうち被控訴人A
が本件意匠の意匠権者であることは認める。同二の(三)のうち、本件意匠の実施
料は販売価格の五パーセントをもつて相当とするかどうかは知らない。その余の事
実はすべて否認する。
二 控訴人物件の製造、販売が本件意匠権の侵害となる旨の被控訴人らの主張は理
由がない。
(一) 被控訴人らの請求の原因一の(三)における主張は、構造、機能が類似す
れば直ちに意匠も類似するというもので、その失当であることは明らかである。
すなわち、意匠の類似判断に際しては、物品全体から受ける印象が重要であり、
全体を構成する部品も特定のイメージに従つて統一的にデザインされるべきもので
あるところ、右主張においては、本件意匠と控訴人物件の意匠とではその統一イメ
ージの点において全く相違していることが不当にも看過されているのである。
また、新規な部分に看者の注意がひかれる旨の説明は一般論としては首肯できる
ものであるが、四辺形に組まれた数葉のフレームの一辺を束ね、その上下に固定具
を配して、これら数葉のフレームを一体化したもの総てが類似範囲にあるとするか
のごとき主張は、独断にすぎ、通念上何人をも首肯せしめる論法ではない。この点
については、乙第五ないし第七号証等の先行意匠との対比で類似範囲を制限的に解
釈するのが、きわめて合理的で適正かつ妥当なのである。
(二) そもそも、控訴人物件の意匠は、空を舞う蝶或いは花にとまつて羽を動か
しながら蜜を吸う蝶の優雅な姿のイメージをもつて作られたものであつて、四葉の
フレームと二本の管からなる支柱とが、それぞれ独自の形状をもち、それらの組合
せによつてそれが表現されている。しかるに、本件意匠は、方形のフレームを三葉
束ねたのみで、全くその種の主張がみられないものである。
(三) 意匠の類似判断は、一般の需要者を基準とし、間接対比してされるべきも
のとされている。
ところで、一般の需要者といえども、フレームの数が七本も八本もあるのならと
もかく、三本、四本という数は一目でわかる数であり、また、支柱の数にしても、
その数自体の認識はとにかくとして、両側二本のみを残している控訴人物件とフレ
ームの数と同数の支柱がある本件意匠にかかるものとは、全く印象が異なるもので
あり、その相違は何人でもきわめて容易に判別できるものである。まして、前記の
ごとく控訴人物件の意匠概念は本件意匠には全く見当らないものであるから、両意
匠は非類似であると考えるのが至当であり、それが意匠性の根本概念と法益保護の
理念に合致するものである。
(四) さらに、被控訴人らは、構造、機能が類似している旨の主張以外積極的に
は意匠上の共通点を主張していない。これは、技術的思想を保護する特許法、実用
新案法であれば格別、物品の外観に表わされた美観を保護の対象とする意匠法には
馴染まないものといわざるをえない。
第四 控訴人の主張に対する被控訴人らの反論
控訴人は、控訴人物件は空を舞う蝶或いは花にとまつて羽を動かしながら蜜を吸
う蝶の優雅な姿のイメージをもつて作られたものであつて、その形状にそれが表現
されているのに対して、本件意匠にはその種の表現がない旨主張している。
しかしながら、大量生産の工業製品にあつては、その物の機能、使い勝手、使い
心地といつたものに関する思想がその意匠=美観の内容をなしている場合がほとん
どなのであつて、蝶とか花とか特定の物に擬した装飾的なものが意匠=美観の内容
をなすことはむしろ稀なのである。
本件意匠の出願当時、これは商品自体他に類を見ない新種商品だつたのであるか
ら、その意匠の内容もまずもつてその基本的形状がもたらすところの美観について
検討されなければならない。
してみれば、本件意匠すなわち方形に組まれた数葉のフレームの一方を束ねて展
開自在のふとん干しとしたという意匠から受けるイメージは、堅牢、安全、コンパ
クト、軽量、簡素、合理的といつた機能美にあり、これがすなわち本件意匠の美観
の内容ということができる。
これに対して、控訴人は前記のごとく、控訴人製品の意匠は蝶の印象が強い旨主
張するけれども、それは本件意匠の各葉のフレームの形状をやや肩上りにしただけ
にすぎず、これだけではこれを見る者をして当然に「蝶」を想起させるものとは到
底いえない。
むしろ、控訴人物件の意匠は本件意匠の前記機能美を依然そつくりそのまま備え
ているのであつて、看者としても、こうした機能美にこそ控訴人製品について美観
を惹起されるのである。
第五 証拠関係(省略)
理 由
一 被控訴人Aが本件意匠の意匠権者であること及び控訴人が控訴人物件を製造、
販売していることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人物件の意匠が本件意匠と類似するかどうかについて検討する。
(一) 本件意匠の構成を示すものであることについて当事者間に争いのない別紙
(一)の記載によれば、本件意匠は、「一本の円棒の両端部を角部を小円弧状にし
て下方に直角に曲げたものを上部に、他の一本の円棒の両端部が上方を向くu字状
を形成するように曲げたものを下部に、それぞれ水平に配置し、これらの両端部を
支持する支柱(上下の円棒より僅かに細い円棒)を左右に垂直に配置することによ
り四本の円棒を僅かに横長の矩形に組んで構成したフレーム三葉の各一方の支柱を
平面的に束ね、その上下二か所に二個の固定具を配してこれら三葉のフレームを一
体化してなるもの」であるということができる。
(二) 一方、控訴人物件を示すものであることについて当事者間に争いのない別
紙(二)物件目録の記載によれば、控訴人物件の意匠は、「僅かに下方に彎曲した
一本の円棒の一端部を角部を小円弧状にして上方に直角に曲げ他端部を同様円弧状
に約一一〇度の角度をもつてやや斜め上方に曲げたものを下部に水平に配置し、右
直角に曲げた端部にはその上方に垂直に、やや斜めの上方に曲げた端部にはその延
長方向に、それぞれ右円棒より僅かに細い円棒を配置し、垂直に配置した円棒の長
さに比し斜め上方に向けて配置した円棒の長さを約一・一五倍とし、これらの僅か
に細い各円棒の上端に、下部に水平に配置した前記円棒とほぼ同じ太さで両端角部
を小円弧状として下方に曲げた円棒の両端を接続させることにより構成された、上
辺が傾斜しているやや縦長蝶羽状のフレーム二葉の垂直の各円棒の上下二か所に、
内側に円棒二本の取付用部分を有する固定具をその両端部によつて固定し、前記フ
レームより垂直の円棒を除いた構成のフレーム二葉の右除いた円棒に接続すべき各
端部をそれぞれ右固定具の取付用部分に取り付けることにより、右四葉のフレーム
を一体化してなるもの」ということができる。
(三) そこで、本件意匠と控訴人物件の意匠とを対比すると、両者は、
「円棒により四角形ないしはその縦一辺を除く三辺を構成するように組まれたフレ
ーム数葉を、その縦一辺の上下二か所に取り付けた固定具により一体化したもの」
である点では共通するが、
(1) 本件意匠の各フレームはいずれも同形で僅かに横長の矩形状であるのに対
し、控訴人物件の意匠においては、垂直な円棒のあるフレームとこれを欠くフレー
ムとの二種があり、これらのフレームが構成する形状は上辺が傾斜しているやや縦
長の蝶羽状である点
(2) 本件意匠のフレームは三葉であるのに対し、控訴人物件の意匠においては
フレームが四葉である点
(3) 右(1)の相違に伴ない、固定具間の支柱の数が、本件意匠では三本であ
るのに対し、控訴人物件の意匠においてはこれが二本となつている点
で相違していることが明らかである。
ところで、本件意匠に係る物品も控訴人物件もともにふとん干器であることを考
えると、本件意匠(前者)と控訴人物件の意匠(後者)とは、その共通する前記構
成により、いずれも比較的軽快で簡素な感じを与える点で共通するということはで
きるであろうが、前記相違点(1)とくに前者のフレームが僅かに横長の矩形であ
るのに対し後者のそれがやや縦長の蝶羽状である点は、前記(3)の相違点と相ま
つて、看者に対し、前者は静的な安定した感を与えるのに対し、後者は動的でやや
不安定な感を与えるものであり、また、右の点に関連して、前記相違点(2)にお
いて後者のフレームが四葉となつている点も、右の不安定感を少しでも解消する意
味を持つ点において前者における三葉とは異なる印象を与えるものということがで
き、両意匠は、全体として看者に異なつた美感を生じさせる非類似のものとするの
が相当である。
ところで、被控訴人らは、本件意匠にかかる物品であるふとん干器が、本件意匠
の出願当時他に例をみない新品種の商品で、その基本的形状は極めて独創的であ
り、本件意匠は、いわゆる原始創作意匠にあたるものであるとして、「四辺形に組
まれた数葉のフレームの一辺を束ねてその上下に固定具を配して、これら数葉のフ
レームを一体化している」点に本件意匠の要部がある旨主張するが、仮に右ふとん
干器が被控訴人ら主張のとおり新品種の商品であつたとしても、物品の構成とそれ
に基づく作用効果が問題とされる特許権又は実用新案権の場合と異なり、意匠権の
場合には、その意匠に係る物品についての当該意匠全体から受ける美感が問題とさ
れるもので、新品種の商品であるからといつて、ただちにその物品としての基本的
構成部分に意匠としての要部があるとすることはできないのみならず、いずれもそ
の成立に争いのない乙第五号証及び乙第七号証によれば、本件意匠の出願前、衝立
又は衣服掛けについてではあるが、同じ家庭用品について、「円棒によつて複数の
ほぼ方形のフレームを構成し、これらをその支柱に固定具を配することにより一体
化した」意匠が公知であつたことが認められ、この事実に照しても、被控訴人らが
要部と主張する前記の点ないしは前認定の本件意匠と控訴人物件の意匠とに共通す
る構成に本件意匠の要部があるとみるのは相当でないから、被控訴人らの右主張は
採用できない。
三 以上によれば、控訴人物件の意匠が本件意匠と類似することを前提とする被控
訴人らの各請求は、その余の事項について判断するまでもなく、失当としてこれを
棄却すべきものである。よつてこれと結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人
らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用は、民事訴訟法第九六条前段、第
八九条により、第一、二審とも被控訴人らの負担として、主文のとおり判決する。
(裁判官 石澤健 楠賢二 岩垂正起)
別紙(一)
本件意匠
<12360-001>
別紙(二)
物件目録
<12360-002>
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