昭和44(ワ)3847民事訴訟 意匠権
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裁判所 |
大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
昭和46年12月22日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
意匠権
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キーワード |
意匠権15回 無効8回 侵害6回 新規性6回 差止4回 実施2回 無効審判1回 審決1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
主 文
被告は、別紙イ号図面記載の学習杭を製造し、販売し又は拡布してはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
事 実
第一 当事者双方の求めた裁判
原告訴訟代理人は主文同旨の裁判を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却
する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
一、原告は、登録二八四三五五号意匠(昭和四一年一〇月二五日出願、同四三年五
月一一日登録)の意匠権者である。
右登録意匠(本件登録意匠という)の意匠に係る物品は学習机であり、願書に添
付された意匠を記載した図面の内容は別紙(一)の意匠公報に示されているとおり
である。
右の図面は、六面図中の底面団及び左側面団がその他の四面図と符号しないが、
これは作図上の誤記によるものであり、その瑕疵の程度も軽微であつて意匠の特定
に欠けるところはなく、図面全体を綜合して判断するときは、本件登録意匠の構成
は次のとおりであることが容易に判明する。
(イ) 長方形の天板の左右両側部下方に天板受梁を設け、これに天板の中央より
やや後方の位置で脚座に上下(上段は鞘部、下段は支柱)からなる天板脚を取り付
けた逆T字型脚をそれぞれ取り付け、その両逆T字型脚の底部に横杆を取り付け、
天板右下内側に右側天板脚と接して袖抽斗を取り付けてなる机本体に、天板背面端
縁の左右両側部内方に各一本の天板奥行とほぼ同じ長さの書架脚を天板と直角にそ
れぞれ取り付け、書架脚上半部前方に梯形の側板を突設し、両脚間上部に横杆を、
また両側板間下部に棚板を取り付け、その横杆と棚板の間に仕切りを設けてなる書
架を取り付けたことを基本構成とする。
(ロ) 各部の構成として、袖抽斗部は両天板脚の中間未満の巾とし、抽斗底部の
高さは天板脚の上下接続位置と同じくし、下方を空間とし、さらに奥行において側
面が天板脚部より前方が大きく後方が小さく表われる構成とし、袖抽斗は同じ深さ
の三段からなり、それぞれに低い椀形の輪廓をなした引手があり、上下からなる天
板脚にはその上段鞘部側面に三弁花形ノブ付の係止ネジ二個を、また下段支柱部に
数個のネジ孔を設け、天板受梁は前半部を削いだ形状とし、天板左下方内側に左側
天板脚と接して鉤形の支えが取り付けてあり、書架底部は厚目に表われ、また書架
の仕切りは三個からなつている。
しかして、本件登録意匠の要部は前記(イ)の基本構成にあり、なかんずく書架
を机天板の背部から二本の脚によつて机上部前面に突設した点に斬新さがあつて、
該書架を設けるために机本体の意匠を逆T字型の脚を天板の中央より後方に配置し
て取り付けたことにより全体がバランスよく構成されている特長がある。
二、被告は、鋼鉄製家具の製造販売等の事業を営む会社であるが、別紙イ号図面記
載の学習机(以下イ号物件という)の製造販売を現に行なつている。
イ号物件の意匠は、
(イ) 長方形の天板の左右両側部下方に天板受梁を設け、これに天板の中央より
やや後方の位置で脚座に上下(上段は鞘部、下段は支柱)からなる天板脚を取り付
けた逆字T字脚をそれぞれ取り付け、その両逆T字型脚の底部に横杆を取り付け、
天板右下内側に右側天板脚と接して袖抽斗を取り付けてなる机本体に、天板背面部
端縁の左右両側部内方に各一本の天板奥行とほぼ同じ長さの書架脚を天板と直角に
それぞれ取り付け、書架脚上半部前方に梯形の側板を突設し、両脚間部上に横杆
を、また両側板間下部に棚板を取り付け、その横杆と棚板の間に仕切りを設けてな
る書架を取り付けている。
(ロ) 各部の構成として、袖抽斗部は両天板脚間の中央未満の巾とし、抽斗の底
部の高さは天板脚の上下接続位置と同じくし、下方を空間とし、さらに奥行におい
て側面が天板脚部より前方が大きく後方が小さく表われ、袖抽斗は上二段が同じ深
さで最下段はこれより深い三段からなり、それぞれの前板上部に皿形の輪廓をなし
た引手があり、上下からなる天板脚にはその上段鞘部側面に五弁花形ノブ付の係止
ネジ一個を、また下段支柱部に数個のネジ孔を設け、天板受梁は全体が直線状であ
り、天板下左部に浅い中央抽斗板面が表われ、書架底板の下には左に蛍光灯カバー
と右に小物入れとが直線的に表われ、仕切りは二個からなり、書架脚間底部天板上
にバツクボードがある。
三、イ号物件の意匠を本件登録意匠と対比すると、イ号物件の意匠の基本的構成は
本件登録意匠の要部と一致しており、また、各部分の構成においても、以下に述べ
る如く本件登録意匠と異なる特段の印象を与える点はみられないので、全体観察に
よる綜合判断によれば両意匠は顕著に類似するものというべきである。
(1) 天板受梁の側面形状について。本件登録意匠は前半部の下を削いだ形状で
あるのに対し、イ号物件の意匠は直線状であるが、机の一部分たる脇板の形状とし
ては両者とも極めてありふれたもので意匠的創作意図は認められず、意匠として特
に留意される部分でないから、右相異点は書架付学習机として両意匠が異なる特段
の印象を惹起するものでなく、全体的になされる類否判断上は両者の間に差異がな
い。
(2) 天板支持脚の鞘形部に設けられた調節ノブの形状個数について。本件登録
意匠は三弁花形のものが二個で、イ号物件の意匠は五弁花形のものが一個である
が、右形状は両者とも極めてありふれたものであり、個数の差異は構造に由来する
もので、全体からみれば部分的かつ軽微な相異であるというべく、全体的類否判断
上特段の差異ある印象を与えるものではない。
(3) 袖抽斗について。本件登録意匠とイ号物件の意匠は共に天板の右下部に三
段抽斗を設け下方を空間とした点において一致している。ただ、各段の抽斗の深さ
が前者は三段とも同じであるのに対し、後者は上二段が同等で最下段はこれより深
くなつており、また引手の形状が前者は低い椀形の輪廓をなしているのに対し、後
者は皿形の輪廓をなして前板の上部に設けられている。しかし、右形状は共に袖抽
斗において従来普通にみられるところであり、特に意匠的に創作、意図されたもの
でないから、この部分的相異は意匠の全体的類否判断上特段の差異的印象を与える
ものではない。
(4) 中央抽斗について。イ号物件の意匠には袖抽斗の左側天板直下に浅い中央
抽斗の前板面が表われているが、本件登録意匠にはこれが表われていない。しか
し、学習その他の事務用の机において、袖抽斗のほかに中央抽斗を設けることは、
極めてありふれたことであるから、これを設けたイ号物件の形状に特段の意匠的創
作意図が表現されているとは認められず、イ号物件の意匠が本件登録意匠と意匠的
に異なつた印象を与えるものとはいえない。
(5) 書架について。天板後端縁の左右に各一本の書架支柱を天板に直角に取り
付け、その支柱間上部に前方に出張つた形状に書架を取り付け、その書架は底板と
横支持杆と梯形の両側板と仕切りとからなつている主要な構成形状において、イ号
物件の意匠は本件登録意匠と一致している。イ号物件の底板の下は蛍光灯カバー及
び小物入れを取り取けた形状となつているが、前面から見れば底板が肉厚に表われ
る程度であつて、これは本件登録意匠の底板の肉厚状と大差なく、かつ、右蛍光灯
カバー等は単なる付属品であるため、これらの存否から看者をして直ちに異なる特
段の印象を惹起せしめるに至らない。
(6) その他仔細な部分に存する相異点について。これらはいずれも付属的部分
ないし部分的箇所に関するもので、本件登録意匠との全体的類否判断において判断
を左右する程度の差異ではない。もともと、書架付学習机にあつては、机本体の基
本構造と書架の形状及び机に対する取付状態とが最も看者の注意を惹くものであつ
て、机本体部の細部の機能的構造や付属部分等については、機能性の面で考慮され
ることはあつても審美的には特徴をもつた意匠部分として余り評価されないのが一
般である。まして背部や底部の構造に至つては、意匠に係る物品が壁と床に接して
使用する学習机であることの本質上、類否判断に当り考慮の対象とならないもので
ある。
四、なお、本件登録意匠については、これを本意匠として類似第一号ないし第六号
の各類似登録意匠がなされている。
そのうち、類似第五号意匠(昭和四三年一二月一〇日出願、同四五年三月一一日
登録)の願書に添付された意匠を記載した図面の内容は別紙(二)の意匠公報に示
されているとおりである。
同図面からすると、右類似第五号意匠の構成は、右側に設けた袖抽斗の上二段が
浅く、最下段が深く、その引手は抽斗前板上部に皿形凹形状としてあり、袖抽斗の
左側に天板に接して中央抽斗があり、逆T字型脚をつなぐ横杆は脚座より上方で両
天板脚を直接継いでおり、高さ調節ノブは左右に各一個あり、書架部の棚板下方に
は直線状に照明体等があり、仕切りは両書架柱を継ぐ横杆に取り付けてあり、また
両書架柱間下部の天板後縁にはこれに接して堰板状に腰高の本当りブツクエンドレ
ールとブツクエンドを形成しており、上記の点以外は本意匠である本件登録意匠と
同じ構成である。
ところで、イ号物件の意匠は右類似第五号意匠と殆んどそつくり同一といつてよ
いほど酷似しており、この点からもイ号物件の意匠が本件登録意匠と類似している
ことが窺われるのである。
五、よつて、被告のなすイ号物件の製造及び販売その他の拡布行為は原告の本件登
録意匠の意匠権を侵害するものであり、然らずとするも少なくとも前記類似第五号
意匠の意匠権を侵害するものであるから、原告は意匠法第三七条により、主位的に
本件登録意匠の意匠権に基づき、予備的に前記類似第五号意匠の意匠権に基づい
て、被告の侵害行為の差止を求める。
第三 請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因一のうち、原告が本件登録意匠の意匠権者であること、本件登録意匠
に係る物品は学習机であつて、その願書に添付された意匠を記載した図面の内溶が
別紙(一)の意匠公報に示されているとおりであること、右図面の表現に六面図中
の相互間において符合しない箇所があることは認めるが、本件登録意匠の構成並び
にその要部に関する原告の主張は争う。
請求原因二の事実は認める。
請求原因三のうち、本件登録意匠とイ号物件の意匠との間に原告指摘の相異点が
あることは認める(但し、後述の如く他にもかなりの相異点が存する。)が、両者
が類似する旨の原告の主張は争う。
二、原告の意匠権に存する瑕疵について
(一) 本件登録意匠は、その構成が客観的に不確定であり、意匠法第三条第一項
にいう工業上利用することができる意匠に該当せず、もとよりイ号物件の意匠と対
比して類否を論ずることもできない。
意匠法施行規則によれば、立体を表わす図面は正投象図法により作成することが
要求されているが、本件登録意匠の図面は、
別紙(一)の意匠公報を一見して明らかなように正面図、底面図、右側面図及び右
側面図が相互に一致していない。およそ正投象図法によつて作成すべき六面図中の
四面図が相互にくいちがつた形状を表現しているときは、これを単なる作図上の誤
記によるものと解することは許されず、もはや意匠に係る物品の形象は認識不可能
と判断しなければならない。
仮りに右図面の不一致を善解して意匠の構成を究明することが許されるとして
も、本件登録意匠の図面からは以下に述べるように幾通りもの意匠が想定されるの
であつて、唯一の特定した意匠を客観的に想定することは不可能である。
(1) 先ず、正面図において天板下右側に表わされている抽斗は、底面図におい
ては左側に表わされており、抽斗の位置が左右いずれであるか特定していない。
(2) 右側面図には抽斗の前面に引手と思われる突出物が表わされているが、左
側面図にはそれがなく、引手の有無が判明しない。
(3) 右側面図の水平脚の底面視は、水平脚の底面の外廓が現われるのみの筈で
あるのに、底面図には机の背面に近い箇所に横線が表わされており、この部分の具
体的意匠が判明しない。
(4) 右側面図の逆T字型脚に支えられている天板受梁の先端、すなわち抽斗の
正面に接近している上記受梁の端部の高さが正面図のそれと一致していない。
(5) 右側面図における天板受梁の先端の二本線は底面図を参照するもいかなる
意匠を表わすものか不明である。
(6) 背面図にみられる書棚両端のブツクエンドの後端を示す線が平面図と一致
していない。
(7) 正面図、背面図及び右側面図にみられる書棚支柱上部外側のネジ頭は平面
図に現われていない。
(8) 平面図によれば、机天板の書棚支柱に接する最後端は書棚支柱の一部にく
い込んでいるように表わされているが、右側面図ではそうなつていない。
(9) 正面図における抽斗の外廓において、その右側は支柱に達し、右支柱の正
面視の左側を示す線と一致し、その上部は支柱の巾より若干広い巾の天板受に接す
るように表わされているので、支柱に接している部分と天板受に接している部分の
境界線が右側面図に表わされる筈であるが、右側面図ではそうなつていない。
(10) 底面図と背面図の比較において、背面図では抽斗の左側輪廓線は支柱と
同一線上にあるが、底面図では支柱より内側に示されており、正面図と対照しても
一致していない。
(11) 抽斗の前端の位置が右側面図と底面図で異なつている。
(12) 正面図及び背面図において左右支柱の下部水平脚に近い部分を連結する
ステーは支柱に到達結合されているが、底面図ではそのようになつていない。
(13) 右側面図においては、逆T字型支柱は伸縮式と思われ、上半部が鞘とし
て下部支柱より巾広く表わされているが、正面図及び背面図では同一の巾に表わさ
れている。
(14) 右側面図では抽斗は天板の前後方向の位置で前寄りになつているが、底
面図では後寄りに現わされている。
(15) 右側面図において支柱下端の水平脚は天板の前後端とほぼ等しく表わさ
れているが、底面図ではむしろ天板の前後端より後寄りにずれて表現されている。
(16) 平面図における左右棚柱間の書棚背部を示す平行線は底面図のそれとサ
イズが異なる。
(17) 右側面図及び平面図に示されている書架柱の厚みと底面図における厚み
が異なつている。
(18) 正面図におけるフツクはどのように支柱に取り付けられているのか不明
である。
(19) 前記フツクの底面図示が背面図及び右側面図におけるそれと異なつてい
る。
(20) 水平脚の上部において左右支柱を連結するステーの取付ネジが底面図に
示されていない。
以上のとおり本件登録意匠は不特定の箇所多数を包蔵しており、意匠の創作を完
成したものとはいえず、いわんやその構成が原告主張の如きものであるとは到底認
めることができない。
(二) 本件登録意匠は新規性を欠いている。すなわち、原告が本件登録意匠の要
部であると主張する形状は、以下に述べるとおり本件登録意匠の登録出願前におい
て既に公知であるか或いは業界において通常の知識を有する者であれば公知の形状
を結合することにより極めて容易に作りえたものであつて、決して新規な創作では
ない。
(1) 先ず、原告主張の机本体部分の基本形状は、元来被告が苦心の末改良を重
ねて完成した意匠であつて、被告は、H型台脚上に二本脚を据え付けたことを要部
とする学習机の意匠につき、登録第二八四七七四号及び同類似の一(いずれも昭和
四〇年六月一五日出願、昭和四三年五月二一日登録)の各意匠登録を受けており、
本件登録意匠は被告の右登録意匠を利用するものであることが明らかである。な
お、本件登録意匠中、伸縮自在の支持脚とその昇降係止ネジも原告の創作にかかる
ものではなく、前記登録第二八四七七四号意匠において既に被告の創作として本件
登録意匠の登録出願より一年四箇月前に出願されているものである。
(2) 次に、書架の取付状態については、訴外【A】の出願にかかる実用新案出
願公告昭和三六年一八五五四号、訴外朝日工芸株式会社の考案発表した雑誌「家具
と装飾」昭和四一年六月号三四頁所載の意匠、訴外立川能率器製造販売株式会社の
考案発表した同誌同号三三頁所載の意匠、訴外高梨産業株式会社の考案発表した同
誌昭和四一年五月号一七頁所載の意匠などによつて、机の天板後端縁の両側部に書
架支柱を天板と直角に取り付け、両支柱間の上部前方に書架を取り付けた形状は既
に公知となつていたものであり、この点も原告の創作にかかるものではない。
(3) さらに、側面全体の形状についても、訴外立川スチール工業株式会社が昭
和四一年七月頃頒布した同社のカタログに同様の机の意匠が公表されて公知となつ
ていたもので、原告の創案と称することはできない。
結局、本件登録意匠はその内容を検討してみると被告が権利を有する意匠とその
他公知の意匠とを結合したにすぎぬものであつて、新規性を欠くものであることは
明瞭である。
(三) 本件登録意匠には、前記(一)、(二)で述べたような登録無効の事由が
あるので、被告は昭和四四年三月一五日特許庁に対し登録無効審判を請求し、右審
判請求事件は目下同庁において審理中であるが、早晩登録無効の審決がなされるこ
とは疑いを容れないところである。なお、原告主張の類似第五号の登録意匠は、本
意匠たる本件登録意匠が審判によつて無効とされるときは、これと運命を共にすべ
き性質のものであるのみならず、被告のイ号物件の意匠が後述の如く昭和四三年七
月三〇日にグツドデザインに選定されて公知となつた後に類似意匠登録の出願がな
されたものであるから、被告は右類似意匠についても登録無効の審判を請求してい
る。
ところで、登録無効の審判が確定するまでは一応形式的に意匠権が存在すること
はこれを否定できないが、原告の意匠権は前叙の如き無効原因のある登録に基づい
て生じた瑕疵ある権利であり、他方、被告の実施するイ号物件の意匠は、机本体部
分につき被告自らの有する登録第二八四七七四号意匠権を利用したものであつて、
原告の意匠権を侵害する悪意に出た実施でないこと等を勘案すると、原告が本件登
録意匠又はその類似第五号意匠の意匠権に基づいて被告に対し差止請求をなすが如
きは、明らかに行き過ぎであり、右は権利の濫用にわたるものであつて許されな
い。
三、仮りに本件登録意匠に登録無効原因がないとしても、イ号物件の意匠は本件登
録意匠と非類似である。
両者を対比すると、原告指摘の相異点以外にも両者の間には次のような相異点があ
る。
(1) 主脚を支える下脚座及びその左右を連結しているステーについて。本件登
録意匠では、いずれも縦長の各部等寸法であるが、イ号物件の意匠では下脚座は扁
平で、しかも前後両端に近付くにつれて厚さが薄くなつており、またステーは扁平
である。
(2) 棚柱と天板後部について。本件登録意匠において天板後部両側から垂直に
設けられた棚柱は正面の巾が側面の巾より大であり、また天板上には他に何も設け
られていないのに対し、イ号物件の意匠では棚柱の正面巾が側面の巾より小である
と共に、天板の後部上に本当り兼ブツクエンドレールが設けられている。
(3) 棚板の部分について。本件登録意匠における棚板は棚柱上部に前向きに設
けた前縁の長さが後縁より短い側板間にブレートがかけ渡されているが、イ号物件
の意匠においては側板の形状が方形であり、かつ表面は樹脂加工のシボ模様付であ
る。また棚板の右側は小抽斗、左側に小抽斗と一直線の形状に並ぶ蛍光灯が固定さ
れて棚板と一体となつており、蛍光灯のカバー及び小抽斗両端には横縞が入つてい
る。
(4) ブツクエンド(書架仕切り)について。本件登録意匠のブツクエンドは一
端が本当りに、他端が棚板に係合されているのに対し、イ号物件の意匠ではブツク
エンドは本当りのみに係合されており、正面からみるときは係合用の小孔が多数整
然とあけれらており、またブツクエンドの形状も異なる。
(5) バツクボードについて。本件登録意匠には、書棚支柱間にバツクボードに
ついていないイ号物件にはそれがつけてある。
ところで、学習机においては、側面の形状のみが意匠の要部をなすものではな
く、その他の形状全般、特に前面の形状をも同様に重視すべきであつて、意匠全体
が看者に与える審美感を中心として登録の審査がなされているのが実状である。ま
た、学習机そのものの性格からいつて、形状の要素をなすものは天板、脚、抽斗、
それに天板上の書架程度がすべてであるといつてよく、およそ奇抜なる意匠を考案
する余地が少ない物品であり、看者の立場からは、形状に一部の僅かな差異であつ
ても全体的な印象、美感に相当の差異が生ずるものである。
本件において、イ号物件の意匠と本件登録意匠との間には上述のとおり側面だけ
でなく全面について検討を加えると多数の相異点がみられるのであつて、イ号物件
の意匠はすべてにわたつて床面に対する直線を強調し、美感と安定感とを与えるよ
う配慮されているもので、これを全体としてみるときは、両者が看者の趣味に応じ
て別異の美感を起させ、別個の意匠であるとの認識を与えること明らかである。
なお、イ号物件の意匠は昭和四三年七月三〇日に通産省貿易振興局長によりグツ
ドデザインとして選定されている。右選定時には既に本件意匠は登録済であり選定
に際しては特許庁意匠課長もその衝に当り厳密な審査を受けるわけであるから、イ
号物件の意匠がグツドデザインとして選定された事実は、本件登録意匠とは非類似
のものと判定せられた何よりの証左というべきである。
第四 証拠関係(省略)
理 由
一、
原告が本件登録意匠の意匠権者であること、本件登録意匠における意匠に係る物品
は学習机であり、登録願書に添付された意匠を記載した図面の内容は別紙(一)の
意匠公報に示されているとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、別紙(一)の意匠公報図面に基づいて考察すると、本件登録意匠の構成の概要
は原告主張のとおりであることが認められる。
もつとも、別紙(一)の意匠公表に示されている本件登録意匠の図面には、底面
図における袖抽斗の位置が正面図及び側面図のそれと左右反対に描かれ、また本来
対称的に表現される筈の左側面図と右側面図とが全く同一に描かれており、この点
を捉えて被告は、本件登録意匠の図面はそれぞれくいちがつた形状を表現してお
り、これを単なる作図上の誤記によるものと解することは許されず、意匠に係る物
品の形象はもはや認識不可能と判断すべきであると主張する。
なるほど、意匠公報に示す六面図中に符号しない箇所がある場合、そのすべてを
正しいものとするときは直ちに矛盾を生じ、該図面による立体的意匠を現わす物品
は実在しえないことになる。しかし、この場合に、符合しない箇所が意匠の本質的
な点であり、そのため意匠の不特定を来し、創作者の意図した立体的意匠を客観的
に想定するに由なき場合は格別、右符合しない箇所を当業者の常識をもつて合理的
に善解しうる余地があるか、右不一致の箇所の何れが正しいかを未決定のまま保留
しても、それが全体の意匠の把握に大した影響を及ぼさない程度の微細な点である
場合には、可能な限り右図面の記載を統一的、綜合的に判断して創作者の意図した
意匠の具体的構成の究明につとめるのが条理上自然な解釈態度である。
別紙(一)の意匠公報中の底面図は、机の前面を上側に、背面を下側にして作図
されていることが他の図面と対照しておのずから明らかであるから、袖抽斗が机の
正面向つて左側にある状態を図示していることとなるが、後記(1)に説示すると
おり底面図は誤つて左右反対に作図されたものと認めるのが常識に適うものと考え
られる。また、左側面図はそれだけ見ても、この図示を正しいものとするときは使
用者が書架の背面側に坐することとなり著るしく通常の使用方法に反するから、誤
つて右側面を図示したものではないかと直感せしめるものであり、これに加えて、
左右側面図以外の各図面によると、本件登録意匠は側面視において左右対称に表わ
れるものであることが明瞭であるから、左側面図は机の前面を右側に、背面を左側
にして作図すべきところを誤つて左右裏返しに作図したものであることが容易に推
測される。このように見るときは、意匠公報の図面から一個の纒まつた立体形状を
想定することは不可能ではない。
被告は更に、本件登録意匠の図面の表現を右の趣旨に善解したうえで意匠の構成
を理解しようとしても、右図面からは幾とおりもの意匠が想定され、唯一の特定し
た意匠が客観的に記載されていないから、結局本件登録意匠の構成を知ることがで
きない旨主張し、多岐にわたりその根拠とするところを指摘しているので、以下右
主張に対して順次判断を示すこととする。
(1) 袖抽斗の位置について。本件登録意匠の図面には、正面図のほか背面図に
も袖抽斗は天板下の正面から向つて右側に位置するように描かれており、ひとり底
面図においてのみ天板下左側に位置するように描かれているから、底面図の記載は
作図上の誤記であると解するのが相当で、本件登録意匠の袖抽斗は天板下右側にあ
るものと認められる。
(2) 引手の有無について。正面図、底面図及び右側面図によれば、各抽斗の前
面中央部に低い椀状輪廓をなした引手があり、その上縁が袖斗前面から僅かに突出
していることを窺うに十分であるから、左側面図に引手上縁の突出部分が描かれて
いないのは作図に当り遺脱したものと認むべきである。
(3) 脚座の底面について。正面図、背面図、左右側面図の記載から考えると、
脚座を底面から見た場合、形状としては底面の外廓が表われるのみであるから、底
面図において脚座の底面に横線が描かれているのは、形状を示したものでなく、模
様を示したものと解するのが相当である。
(4) 天板受梁先端部の縦巾について。正面図と側面図とは同一縮尺をもつて描
かれているにもかかわらず、天板受梁先端の上下の巾が正面図においては公報図面
上の実測で約一ミリに、左右側面図においては公報図面上の実測で約二ミリ弱に描
かれているが、意匠を記載した図面は寸分の狂いも許されない設計図面とは異な
り、意匠を特定しうる程度に作成されていれば足りるものと解すべく、正面図及び
側面図のいずれによるも、天板受梁が前半部下面をテーパー状に削いで受梁高さの
約三分の一程度を先端部に残した形状であることを優に認めることができるから、
前叙の如き図面上の微細な寸法の不一致は意匠を特定する妨げとなすに足りないも
のである。
(5) 天板受梁先端部の意匠部分について。左右側面図における天板受梁の先端
に描かれている二本線は、稜線を示したものと解しうるので、天板受梁先端部の形
状又は模様が不明であるとすることはできない。
(6) 書架側板の後端位置について。書架側板の後端縁は、背面図によれば書架
脚に食い込んでいるように描かれ、平面図によれば書架脚前面に接しているように
描かれているが、書架脚自体が前後方向に扁平な角柱であり、側板の厚みも薄いも
のであるから、書架脚と側板との接合状態は殆んど人目につくことがなく、正面図
及び側面図によつて側板が書架脚から前方に突設されていることが理解できる以
上、側板後端縁の位置が書架脚の背面まで達しているか、それとも書架脚の前面に
接するだけであるのかは、文字どおり微差にすぎず、かかる点が図面上両様に解さ
れるとしても、未だ意匠の同一性の特定を害するものとは解せられない。
(7) 書棚支柱上部外側のネジ頭について。正面図、背面図及び右側面図によれ
ば、書架支柱上部両外側にネジ頭が僅かに突出していることが確認できるから、平
面図に右突出部分が描かれていないのは作図に当り遺脱したものと認むべきであ
る。
(8) 書架脚の天板に対する取付位置について。底面図及び左右側面図による
と、書架脚は天板後部端縁に接して取り付けるものであることが理解できる。平面
図において書架脚が一見天板後部端縁に一部食い込んでいるように描かれているの
は、底面図及び左右側面図と対照すれば、天板輪廓稜線を示す二重線を巾広く書き
過ぎたためであることを窺うに難くない。
(9) 袖抽斗の右側面の形状について。正面図によれば、袖抽斗の右側面は天板
脚に接し、その上部は支柱の巾より若干広い巾の天板受に接するものであることが
認められるが、これを左右側面から見た場合には、必ずしも袖抽斗側面の支柱に接
している部分と天板受に接している部分の境界線が側面図に表われる筈のものとは
いえないので、この点に関する被告の指摘は当らず、正面図と側面図との間に表現
の不一致はない。
(10) 袖抽斗の右側面の位置について。正面図及び背面図によれば、袖抽斗の
右側面は右側天板脚に接していることを理解するに十分であるから、底面図におい
て天板脚内側に抽斗側面輪廓線が描かれているのは、正面図及び背面図と対照すれ
ば誤記であることが確認できる。
(11) 抽斗前面と受梁との相対位置関係について。左右側面図には抽斗の前面
が天板受梁前端より僅かに前方に位置するように描かれているのに対し、底面図に
は両者が殆んど同一線上に位置するように描かれている。しかし両図面の差異は辛
うじて識別できる程度の微差であり、厳密な表現の要求される設計図面と異なり、
意匠を記載した図面の作図としては、この程度の差異があつても抽斗前面が天板前
縁近くに形成されていることを理解しうる以上、上記差異が意匠の範囲を知るうえ
でその特定についての妨げとなるものとは認め難い。
(12) 天板脚下端部の横杆による連結について。正面図及び背面図によれば、
左右天板脚はその下端の脚座に接する部分において横杆により連結されていること
が容易に理解できる。底面図において横杆が左側天板脚に達する直前において切れ
ているように描かれているのは、本来左側天板脚内側に位置していない袖抽斗の輪
廓線を誤つて書き加えたためであることは一見して明らかである。
(13) 逆T字型脚の構造について。正面図、背面図及び左右側面図を綜合すれ
ば、天板脚は上下二段からなり、上部を角状の鞘形とし、下部を角形の支柱として
脚座上に据え付け、鞘形と支柱との外面寸法の差異は側面視においてはやや大き
く、前後視においては小さいものであることを理解するに足りる。従つて、公報図
面の如く極度に縮尺された図面において、正面図及び背面図に鞘形の巾と下部支柱
の巾とが殆んど相等しく表現されているとしても何ら異とするに足りず、この点に
関する被告の指摘は当らない。
(14) 袖抽斗の天板に対する取付位置について。袖抽斗前面と天板前部端縁、
袖抽斗背面と天板背部端縁との各間隔の比率は、底面図でほぼ相等しく抽かれ、側
面図では前部が後部より小さく、抽斗が天板後縁よりも前縁寄りに位置するように
描かれているけれども、底面図及び側面図を通じて袖抽斗の前面及び背面は天板の
前後端縁よりいずれもやや内側寄りに位置して取り付けられていることが理解でき
るから、両図面の不一致の程度は極めて僅かであつて、意匠の特定の見地からは問
題とするに足りない程度のものである。
(15) 脚座と天板との相対的位置関係について。脚座の前後端縁は、側面図で
は天板の前後端と同一垂線上に位置するように描かれているのに対し、底面図では
むしろ天板前後端より後方寄りにずれた位置にあるように描かれているけれども、
右両図面のいずれによつても脚座の長さは天板の奥行きとほぼ同等であることが窺
われるうえに両図面における脚座の天板に対する相対位置のずれの程度も極めて僅
かであるので、両図面の不一致は意匠の範囲を知りうる限度で天板に特定する妨げ
とはならないと認める。
(16) 書架横杆の厚みについて。左右書架脚間に設けられた横杆の厚みは、公
報図面上の実測では平面図で約〇・五ミリ巾、底面図で約〇・九ミリ巾に描かれて
おり、両図面は正確性を欠くきらいなしとしないけれども、いずれにしても横杆の
断面が縦長の矩形であり、横杆の後端縁は両書架脚背面を結んだ線より前方にある
ことを理解しうるから、意匠を記載した図面としてはこの程度の表現上の差異があ
つても意匠を特定するに不十分ということはできない。
(17) 書架脚の厚みについて。被告には、書架脚の厚みが平面図及び側面図と
底面図とでは相異なつて表現されているというが、本件登録意匠を底面視した場合
には書架脚前端縁付近は脚座後端部に蔽い隠されて見えなくなる筈であり、底面図
は正にそのような状況を図示したものであつて、平面及び側面図との間に実質上不
一致があるとはいえないので、この点に関する被告の指摘は当らない。
(18) フツクの取付構造について。正面図、背面図、底面図及び側面図を綜合
すると、左右天板受梁下縁には天板脚後方寄りの位置にフツクが取り付けられ、こ
のフツクの形状はV字形基幹の先端部に折曲した鉤部が重なつており、V字形基幹
部は受梁下縁から垂下し、先端鉤状の折曲部分が外側を向いていることが認められ
るので、フツクの取付構造が図面上不明確であるとの被告の所論は当らない。
(19) フツクの形状について。右(18)において説示したとおりであり、底
面図示が背面図及び側面図の表現と符合していないとは認められない。
(20) 天板脚を連結する横杆の取付ネジについて。正面図、背面図及び側面図
には、左右天板脚の横杆に接する箇所の外側方にネジ頭が描かれており、左右天板
脚は横杆によつて連結され、その連結は左右外側からネジ止めによりなされること
がこれらの図面によつて明らかであるから、底面図においてネジ頭が図示されてい
ないのは作図に当り記載を遺脱したものであることを窺うに十分である。
以上説示の如く、本件意匠公報はこれに示す六面図を克明に対照検討するとき
は、幾多の不備誤謬等が見出されるので不正確のそしりは免れないが、それにも拘
らず本件登録意匠は公報図面に基づいてその構成を理解することがなお可能であ
り、その意匠が構成上不特定であるとは認め難いので、これを相容れない被告の主
張は到底採用できない。
三、被告が鋼鉄製家具の製造販売等の事業を営む会社であつて、イ号物件の学習机
の製造販売を現に行つていること、イ号物件の意匠の構成がその大綱において原告
主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、別紙イ号図面の記載とイ号物件
を撮影した写真であることにつき争いのない検甲第一号証の一ないし四に徴する
と、イ号物件の意匠は当事者間に争いのない前記構成要素のほか、
脚座は角形材の上面前後をやや削いだテーパー状とし、左右天板脚を連結する横杆
の断面は横長の矩形とし、書架脚の断面は縦長の矩形とし、天板後部上面に本当り
兼ブツクエンドレールを設け、梯形の書架側板の表面にシボ模様を表わし、棚板直
下に設けられた螢光灯カバー及び物入れの表面に横縞模様を表わし、書架仕切りは
書架脚を連結する横杆に多数の小孔を設けこれと係合してなるものであることが認
められる。
四、そこで、本件登録意匠とイ号物件の意匠を対比して両者の類否を検討する。
両者は、いずれも、長方形の天板の左右両側部下方に天板受梁を設け、これに天
板の中央よりやや後方の位置で脚座に上下(上段は鞘部、下段は支柱)からなる天
板脚を取り付けた逆T字型脚をそれぞれ取り付け、その両逆T字型脚の底部に横杆
を取り付け、天板右下内側に右側天板脚と接して袖抽斗を取り付けてなる机本体
に、天板背面端縁の左右両側部内方に各一本の天板奥行とほぼ同じ長さの書架脚を
天板と直角にそれぞれ取り付け、書架上半部前方に梯形の側板を突設し、両脚間上
部に横杆を、また両側板間下部に棚板を取り付け、その横杆と棚板の間に仕切りを
設けてなる書架を結合した全体的形状において一致しているほか、部分的にも、天
板脚部分につき上段鞘形部の側面にノブ付係止ネジを、下段支柱に数個のネジ孔を
設けた点、袖抽斗部分につきその巾を両天板脚間の中央未満とし、全体の高さを天
板脚の上下接続位置と同じくし、これに抽斗を三段設け、下方を空間とし、さらに
奥行において側面が天板脚部から前方を大きく後方を小さく表われるようにした点
において基本的に一致しているが、その反面、部分的に両者の間には次のような相
異点がみられる。
(1) 天板受梁の側面の形状。本件登録意匠では前半部の下面を削いでテーパー
状としているのに対し、イ号物件の意匠は同じ巾となつている。
(2) 脚座及び横杆の形状。本件登録意匠ではいずれも断面が縦長の矩形をなす
角棒であるが、イ号物件の意匠ではいずれも断面が横長の矩形をなしているうえ、
脚座は前後端に近付くに従つて厚みを減じている。
(3) 天板支払脚の鞘形部に設けられたノブの形状及び個数。本件登録意匠では
三弁花形のものが二個であるのに対し、イ号物件の意匠では五弁花形のものが一個
である。
(4) 袖抽斗各段の深さ及び引手の形状。本件登録意匠の各段の抽斗の深さは三
段とも同等であり、引手は低い椀形の輪廓をなして前板中央部に設けてあるのに対
し、イ号物件の意匠における抽斗の深さは上二段が同等で最下段のものはこれより
深くなつており、引手は皿形の輪廓をなして前板の上部に設けてある。
(5) 中央抽斗の有無。イ号の物件の意匠には、袖抽斗の左側天板直下に本件登
録意匠にはない中央抽斗がみられる。
(6) 天板上の本当り兼ブツクエンドレールの有無。イ号物件の意匠には、天板
上面後端に本件登録意匠にはない本当り兼ブツクエンドレールがみられる。
(7) 書架脚の形状。本件登録意匠では断面が横長の矩形で正面から見た巾が側
面から見た巾より大きく表われるが、イ号物件の意匠では断面が縦長の矩形で正面
から見た巾が側面から見た巾より小さく表われる。
(8) 書架側板の模様の有無。イ号物件の意匠には、書架側板に本件登録意匠に
はないシボ模様が表わされている。
(9) 書架仕切りの取付位置。本件登録意匠では書架仕切りは上端が横杆に、下
端が棚板に取り付けられているのに対し、イ号物件の意匠ではイ号図面にみられる
如く、多数の係合用小孔を設けた横杆に係合されているのみである。(なお、被告
は、書架仕切りの形状についても両者の間に差異があるというが、本件登録意匠の
書架仕切りは輪廓が側板より小さいというほかに限定はないことが公報図面から窺
われるから、ありふれた形状のものを予定しているものと解せられ、イ号物件の意
匠における書架仕切りも輪廓が側板より小さく、かつありふれた形状のものである
ことがイ号図面及び前掲検甲第一号証の一ないし四の写真によつて認められるの
で、両者の形状に意匠上の差異は認められない。)
(10) 螢光灯、小物入れ、バツクボードの有無。イ号物件の意匠では、棚板直
下に本件登録意匠にない螢光灯カバー及び小物入れがみられ、各々の正面に細い横
縞の模様が表わされている。また、本件登録意匠においては書架の下の書架脚間は
素通しとなつているのに対し、イ号物件の意匠では同所にバツクボードがみられ
る。
(11) 鉤形支持具の有無。イ号物件の意匠には、本件登録意匠に存する天板下
の鉤形支持具が存しない。
しかし、右認定の両者の意匠に差異の存する点は、そのすべてが意匠としては全
体からみて細部の差異であるばかりでなく、学習机はその性質上正面及び側面を天
板よりやや高い視点から見た外観が最も視覚に訴えるものであつて、(1)の如き
天板直下の側面部分や(2)の如き脚廻り部分、さらに(11)の如き天板裏の部
分における各差異は人目に触れにくい部分に関するものというべきであり、また
(3)ないし(10)の差異は、いずれも極めてありふれたもので特徴がないた
め、機能的にはともかく、意匠的には看者に異なつた印象を与えるに足りないもの
と認められる。これに対して、両者の意匠の一致している、下部を横杆で連結した
逆T字型脚を天板の中央より後方に配置して取り付けた机本体の天板背部から二本
の脚を直立させその脚の上部前面に梯形側板を有する書架を取り付けた点は、本件
登録意匠の創作者が特に看者の注意を惹くように意図して構成した、いわば最も創
意の存する基本的部分であることが成立に争いのない甲第三号証(鑑定書)によつ
て認められ、この部分を含めた全体的形状及び袖抽斗を含めた各部の主要な形状が
一致していること前叙のとおりである以上、前記(1)ないし(11)の如き差異
あるために両者が看者に異なつた審美感を与えるものとは謂い難く、畢竟、右差異
あるにかかわらずイ号物件の意匠は全体として本件登録意匠に類似するものと認め
るのが相当である。
被告は、本件登録意匠における机本体部分の基本形状、書架の机に対する取付状
態、全体の側面形状等は部分的にいずれも公知となつていたもので、本件登録意匠
はこれらを寄せ集めたにすぎず新規性を欠いており、かかる新規性なき全体形状に
おいてイ号物件の意匠が本件登録意匠と一致しても、他に部分的な差異が多数ある
以上両者は別個の意匠とみるべきである旨主張するけれども、本件登録意匠が公知
の先行意匠の寄せ集めにすぎない事実は、これを認めるに足りる証拠がない。もつ
とも、いずれも成立に争いのない乙第一号証の一(審判請求書)及び同第二号証
(鑑定書)の各添付資料によると、(イ)逆T字型脚体を天板の側面中央に取り付
けた机本体(被告会社製リビングデスク)、(ロ)四本脚の机本体の後脚を天板上
に延長して書架脚となし、書架脚の上部に線枠袖付の書架を前方に突設した学習机
(訴外朝日工芸株式会社製ジユニアデスク・スタデイ)、(ハ)天板後端縁付近を
逆T字型脚で支持し、その脚を上方に延長して書架脚とし、書架脚の上部に方形側
板付の書架を前後方向に突設した学習机(訴外高梨産業株式会社製ロビンジユニア
ーデスク)、(ニ)逆T字型脚体を天板の側面中央に取り付けた机本体の天板奥寄
りの両側面に書架支柱を立て、支柱に二段の書棚を架した製図兼用机(訴外立川能
率器製販株式会社製タツクデスク)等が、それぞれ本件登録意匠の出願前に市販さ
れ、その意匠が公知となつていることは認められるけれども、これら(イ)ないし
(ニ)の意匠は、いずれも本件登録意匠と一部共通な要素を含んでいるにせよ、本
件登録意匠において創作者が最も苦心したとみられる、天板後端縁に支柱によつて
取り付けた書架と机本体とのバランスをとるために逆T字型脚を天板の中央より後
方に配置した着想は右(イ)ないし(ニ)の意匠のいずれにも見受けられないとこ
ろであり、本件登録意匠は右着想を核心としつつ先行意匠の部分的要素を結合させ
て一体化したものということができる。そうすると本件登録意匠の要部を構成して
いる机本体部の基本形状、書架の取付状態、書架側面の形状の諸要素の一体的結合
には、それなりの新規性、創作性を肯定することができるのであつて、これと異な
る前提に立つて本件登録意匠とイ号物件の意匠を非類似であるとする被告の主張は
失当といわねばならない。
なお、被告主張の如く、本件登録意匠の登録日後である昭和四三年七月三〇日に
イ号物件の意匠がいわゆるグツドデザインに選定されたとしても、かかる事情は何
ら叙上の判断を左右すべき資料とするに足りない(ちなみに、当時本件登録意匠の
意匠公報は未だ発行されていなかつたことが明らかである。)。
成立に争いのない乙第二号証(鑑定書)に記載されている、叙上の判断と相反す
る見解は当裁判所の採用しないところである。
五、してみると、被告のなすイ号物件の製造及び販売その他の拡布行為は、原告の
本件登録意匠の意匠権に対する侵害を構成するから、原告はその意匠権に基づいて
被告の右侵害行為の差止を求めうるものといわねばならない。被告は、原告の被告
に対する差止請求権の行使は権利濫用であつて許されない旨主張するが、右主張は
本件登録意匠が具体的な意匠の構成を知りえず、かつ新規性、創作性を欠いている
ことを前提とするものであるところ、右前提事実の認められないことは既に説示し
たとおりであるから、被告の右主張は失当とするほかはない。
六、よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟
法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)
別紙(一)
<11694-001>
別紙(二)
<11694-002>
<11694-003>
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