【リパーゼ最高裁判決】昭和62(行ツ)3審決取消
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裁判所 |
最高裁判所第二小法廷
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裁判年月日 |
平成3年3月8日 |
事件種別 |
民事 |
原審 |
昭和58(行ケ)142 (昭和61年10月29日) |
法令 |
特許権
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キーワード |
実施6回 進歩性4回 審決3回 新規性1回
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主文 |
原判決を破棄する。本件を東京高等裁判所に差し戻す。 |
判示事項 |
特許出願に係る発明の要旨の認定 |
事件の概要 |
特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。 |
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判決文
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人菊池信男、同大島崇志、同島田清次郎、同岩舩榮司、同小花弘路、同
米倉章、同伊沢宏一郎、同船岡嘉彦の上告理由一について
一 原審の確定したところによれば、(一) 被上告人のした本件特許出願の拒絶査
定に対する審判請求において特許庁がした審決は、本願発明の要旨を、別紙明細書
抜粋の特許請求の範囲記載のとおり認定した上、第一ないし第六引用例に記載され
た発明に基づいて本願発明の進歩性を否定し、本件審判請求は成り立たないとした、
(二) そして、本件特許出願の明細書の発明の詳細な説明には、別紙明細書抜粋の
(1)ないし(10)の記載がある、というのである。
二 原審は、右確定事実に基づいて、次のとおり認定判断し、審決には、本願発明
の基本構成部分の解釈を誤った結果、同部分の進歩性を否定した違法があり、右の
誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるとして、これを取り消した。
1 本願明細書の発明の詳細な説明中の前記(4)記載の方法は、リゾプス・アル
ヒズス(リゾプス・アリツスと同義)からのリパーゼ(以下「Raリパーゼ」とい
う。)によるトリグリセリドの酵素的鹸化により遊離するグリセリンを測定するト
リグリセリドの測定方法であるところ、これは、Raリパーゼを使用してトリグリ
セリドを測定する方法に関する被上告人出願の昭和四五年特許願第一三〇七八八号
の発明の構成、すなわち、その特許請求の範囲に記載されている、「溶液、殊に体
液中のリポ蛋白質に結合して存在するトリグリセリド及び/又は蛋白質不含の中性
脂肪を全酵素的かつ定量的に検出するに当り、リポ蛋白質及び蛋白質不含の中性脂
肪をリゾプス・アルヒズスから得られるリパーゼを用いて分解し、かつ分解生成物
として得られるグリセリンを自体公知の方法で酵素的に測定することを特徴とする、
トリグリセリドの定量的検出法」との構成と実質的に同一である。そして、本願明
細書の発明の詳細な説明の記載による限り、本願発明は、(4)記載の測定方法の改
良を目的とするものであるから、Raリパーゼを使用することを前提とするものと
いうことができる。
2 本願明細書の(4)の記載によれば、本願発明の発明者は、Raリパーゼ以外
のリパーゼはRaリパーゼのように許容される時間内にトリグリセリドを完全に分
解する能力がなく、遊離グリセリンによるトリグリセリドの測定には不適当である
と認識しているものと認められるから、発明者が、右のようなトリグリセリド測定
に不適当なリパーゼをも含める意味で本願発明の特許請求の範囲中の基本構成に広
く「リパーゼ」と記載したものと解することはできない。
3 本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「リパーゼ」の文言は、Raリ
パーゼを指すものということができる。
4 そうであれば、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により前記(4)記載の
測定方法の改良として技術的に裏付けられているのは、Raリパーゼを使用するも
のだけであり、本願明細書に記載された実施例も、Raリパーゼを使用したものだ
けが示されている。
5 そうすると、本願発明の特許請求の範囲中の基本構成に記載された「リパー
ゼ」は、文言上何らの限定はないが、Raリパーゼを意味するものと解するのが相
当である。
三 しかしながら、原審の右の判断は、にわかに是認することができない。その理
由は、次のとおりである。
特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新
規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発
明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならない
ところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請
求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義
が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤
記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特
段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが
許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発
明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特
許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号に
よる改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。
これを本件についてみると、原審が確定した前記事実関係によれば、本願発明の
特許請求の範囲の記載には、トリグリセリドを酵素的に鹸化する際に使用するリパ
ーゼについてこれを限定する旨の記載はなく、右のような特段の事情も認められな
いから、本願発明の特許請求の範囲に記載のリパーゼがRaリパーゼに限定される
ものであると解することはできない。原審は、本願発明は前記(4)記載の測定方法
の改良を目的とするものであるが、その改良として技術的に裏付けられているのは、
Raリパーゼを使用するものだけであり、本願明細書に記載された実施例もRaリ
パーゼを使用したものだけが示されていると認定しているが、本願発明の測定法の
技術分野において、Raリパーゼ以外のリパーゼはおよそ用いられるものでないこ
とが当業者の一般的な技術常識になっているとはいえないから、明細書の発明の詳
細な説明で技術的に裏付けられているのがRaリパーゼを使用するものだけである
とか、実施例がRaリパーゼを使用するものだけであることのみから、特許請求の
範囲に記載されたリパーゼをRaリパーゼと限定して解することはできないという
べきである。
四 そうすると、原審の確定した前記事実関係から、本願発明の特許請求の範囲の
記載中にあるリパーゼはRaリパーゼを意味するものであるとし、本願発明が採用
した酵素はRaリパーゼに限定されるものであると解した原審の判断には、特許出
願に係る発明の進歩性の要件の有無を審理する前提としてされるべき発明の要旨認
定に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法は原判決
の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、
その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
よって、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、行政事件
訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり
判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 中 島 敏 次 郎
裁判官 藤 島 昭
裁判官 香 川 保 一
裁判官 木 崎 良 平
明細書抜粋
特許請求の範囲
「リパーゼを用いる酸素的鹸化及び遊離するグリセリンの測定によってトリグリセ
リドを測定する場合に、鹸化をカルボキシルエステラーゼ及びアルキル基中の炭素
原子数10∼15のアルカリ金属―又はアルカリ土類金属―アルキル硫酸塩の存在
で実施することを特徴とするトリグリセリドの測定法。」
発明の詳細な説明
(1) 「本発明はグリセリドを鹸化し、かつこの際に遊離するグリセリンを測定
することによってトリグリセリドを測定するための新規方法及び新規試薬に関する。」
(2) 「公知方法によれば、差当りアルコール性アルカリでトリグリセリドを鹸
化し、次いで生じるグリセリンを測定することによりこの測定を行なっている。」
(3) 「この公知方法の重大な欠点は、エタノール性アルカリを用いる鹸化にあ
る。この鹸化工程は、さもなければ個有の精密かつ容易に実施すべき方法を煩雑に
する。それというのは、この鹸化はそれだけで約70℃の温度で20∼30分を必
要とするからである。引続き、グリセリン測定そのものを開始する以前に、中和し
かつ遠心分離しなければならない。」
(4) 「この欠点は、1公知方法で、トリグリセリドの酵素的鹸化により除去さ
れ、この際、リゾプス・アリツス(Rhizopus arrhizus)からの
リパーゼを使用した。この方法で、水性緩衝液中で、トリグリセリドを許容しうる
時間内に完全に脂肪酸及びグリセリンに分解することのできるリパーゼを発見する
ことができたことは意想外のことであった。他のリパーゼ殊に公知のパンクレアス
―リパーゼは不適当であることが判明した。」
(5) 「しかしながら、この酵素的分解の欠点は、鹸化になおかなり長い時間が
かかり、更に、著るしい量の非常に高価な酵素を必要とすることにある。使用可能
な反応時間を得るためには、1試験当り酵素約1mgが必要である。更に、反応時
間は30分を越え、従って殊に屡々試験される場合の機械的な実験室試験にとって
は適正が低い。最後に、遊離した脂肪酸はカルシウムイオン及びマグネシウムイオ
ンと不溶性石鹸を形成し、これが再び混濁させ、遠心しない場合にはこれにより測
定結果の誤差を生ぜしめる。」
(6) 「従って、本発明の目的は、これらの欠点を除き、酵素的鹸化によるトリ
グリセリドの測定法を得ることにあり、この方法では、必要量のリパーゼ量並びに
必要な時間消費は著るしく減少させられ、更に、沈でんする石けんを分離する必要
性も除かれる。」
(7) 「この目的は、本発明により、リパーゼを用いる酵素的鹸化及び遊離した
グリセリンの測定によるトリグリセリドの測定法により解決され、この際鹸化は、
カルボキシルエステラーゼ及びアルキル基中の炭素原子数10∼15のアルカリ金
属―又はアルカリ土類金属―アルキル硫酸塩の存在で行なう。」
(8) 「リパーゼとしては、リゾプス・アリツスからのリパーゼが有利である。」
(9) 「本発明の方法を実施するための本発明の試薬はグリセリンの検出用の系
及び付加的にリパーゼ、カルボキシルエステラーゼ、アルキル基中の炭素原子数1
0∼15のアルカリ金属―又はアルカリ土類金属―アルキル硫酸塩及び場合により
血清アルプミンからなる。」
(10) 「有利な試薬組成物の範囲で、特に好適な試薬は次のものよりなる:リ
ゾプス・アリツスからのリパーゼ 0.1∼10.0mg/ml」
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