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平成26(ネ)10108特許権侵害行為差止等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
裁判年月日 平成27年9月28日
事件種別 民事
当事者 控訴人三洋電機株式会社
被控訴人日亜化学工業株式会社
対象物 窒化物系半導体素子
法令 特許権
特許法102条3項1回
キーワード 実施14回
無効11回
特許権10回
進歩性9回
新規性6回
無効審判4回
分割4回
侵害3回
差止2回
優先権1回
審決1回
損害賠償1回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事件の概要 1 本件は,発明の名称を「窒化物系半導体素子」とする特許権(以下「本件特 許権1」という。)及び発明の名称を「窒化物系半導体素子の製造方法」とす る特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権1と併せて「本件各特許 権」という。)を有する控訴人が,被控訴人による被控訴人製品の製造販売等 が本件各特許権の侵害に当たると主張して,被控訴人に対し,特許法100条 に基づく被控訴人製品の製造販売等の差止め及び廃棄並びに特許権侵害の不法 行為(民法709条,特許法102条3項)に基づく損害賠償金又は不当利得 金12億円及びこれに対する不法行為の日の後又は請求の日の後である平成2 3年8月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の 割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

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判決文

平成27年9月28日判決言渡
平成26年(ネ)第10108号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成23年(ワ)第26676号)
口頭弁論終結日 平成27年6月8日
判 決
控 訴 人 三 洋 電 機 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 尾 崎 英 男
同 日 野 英 一 郎
同 上 野 潤 一
同 鷹 見 雅 和
被 控 訴 人 日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 古 城 春 実
同 牧 野 知 彦
同 堀 籠 佳 典
同 加 治 梓 子
補 佐 人 弁 理士 松 田 一 弘
同 蟹 田 昌 之
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の半導体レーザダイオード製品(以下
「被控訴人製品」という。)の製造,譲渡,輸出又は譲渡の申出をしてはなら
ない。
3 被控訴人は,原判決別紙方法目録記載の製造方法(以下「被控訴人方法」と
いう。)を使用して被控訴人製品を製造してはならない。
4 被控訴人は,被控訴人製品を廃棄せよ。
5 被控訴人は,控訴人に対し,12億円及びこれに対する平成23年8月24
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,発明の名称を「窒化物系半導体素子」とする特許権(以下「本件特
許権1」という。)及び発明の名称を「窒化物系半導体素子の製造方法」とす
る特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権1と併せて「本件各特許
権」という。)を有する控訴人が,被控訴人による被控訴人製品の製造販売等
が本件各特許権の侵害に当たると主張して,被控訴人に対し,特許法100条
に基づく被控訴人製品の製造販売等の差止め及び廃棄並びに特許権侵害の不法
行為(民法709条,特許法102条3項)に基づく損害賠償金又は不当利得
金12億円及びこれに対する不法行為の日の後又は請求の日の後である平成2
3年8月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審が控訴人の請求をいずれも棄却したので,控訴人が控訴した。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり原判決を補正
するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の1ないし3のとおりであるから,
これを引用する。
(1) 原判決3頁4行目の「という。」の次に「また,本件特許権1及び2の優
先権主張日を「本件優先日」という。」を加える。
(2) 原判決6頁21行目の「35」の次に「50」を加える。
(3) 原判決7頁13行目の「請求棄却の判決」の次に「(以下「甲35判決」
という。)」を加え,同行目の「これに対しては」から15行目末尾までを「こ
れに対し,被控訴人は上告及び上告受理の申立て(最高裁平成26年(行ツ)
第44号,同年(行ヒ)第55号)をしたが,平成26年9月30日,上告
棄却及び上告不受理の決定がなされ,上記判決は確定した。」と改める。
(4) 原判決7頁24行目から25行目にかけての「その後」から26行目末尾
までを「本件口頭弁論終結時において,上記無効審判請求事件に対する審決
はなされていない。」と改める。
(5) 原判決8頁1行目冒頭から3行目末尾までを削る。
(6) 原判決8頁5行目冒頭から11行目末尾までを次のとおり改める。
「 本件特許1については前記1(4)イの訂正請求に対する判断が確定してい
ないことや,本件訴訟の経過及び当事者の主張にも鑑み,上記ア(ア)の訂
正請求後の特許請求の範囲の記載(本件特許発明1につき構成要件A1~
E1,本件特許発明1-2につきこれらに加え構成要件F1)に基づいて
判断することとする。」
(7) 原判決11頁25行目の「10-4~10-5cm-2」を「10-4~10-5
cm2」に改める。
(8) 原判決12頁16行目冒頭から末尾までを次のとおり改める。
「(イ) 特開2001-176823号公報(乙9。以下「乙9」という。)
a 技術常識等について
(a) 半導体の加工を含めた広い技術分野において,機械加工によって
生じる加工変質層(転位を含む領域を含むものである(甲35,乙
77,78,88,98)。したがって,加工変質層を除去すれば
転位を含む領域も除去される。)がコンタクト抵抗を上昇させる等,
コンタクト抵抗を含めた電気的特性に悪影響を与えること,転位が
キャリアをトラップして抵抗を高めること(乙12,73の6)が
知られており,そのため,電極が合金化するか否かなどは全く問う
ことなく,電極形成前に加工変質層をエッチング等の手段により除
去し(これにより,転位を含む領域によるコンタクト抵抗の上昇と
いう課題が解決されていた。)(乙24,31,77,78,81),
電極を形成すること(乙7,8,32,35,54,81,101)
が当業者において技術常識となっていた。上記技術常識は,GaN
についても当てはまり,GaNに関しても加工変質層や転位を除去
しており(乙33,73の7,乙87),その結果低転位密度とし
た面に電極を形成することが本件優先日当時の技術常識であった
(乙2の11,乙11,72の16)。
(b) 控訴人は,GaN以外の他の半導体基板でレーザ素子を作製する
場合には,基板に電極を形成する際に,アニーリングによって電極
金属と半導体基板が融合して合金化し,オーミックコンタクトが形
成されていたから,コンタクト抵抗が高くなるという課題は存在し
なかった旨主張するが,基板と電極が合金化するか否かは,基板と
電極の材料及び製造方法等の諸条件に依拠するものであるから,G
aNでもそれ以外の材料でも,適宜,条件を選択することにより合
金化させることが可能である。また,控訴人の主張は,合金化すれ
ば必ずコンタクト抵抗が低減することを前提とするが,基板と電極
が合金化しても,コンタクト抵抗が下がる場合もあれば,下がらな
い場合もあり,コンタクト抵抗が低減するか否かは,基板と電極の
材料及び製造条件次第である。
仮に,GaNが他の半導体と異なり合金化せず,従来の材料では,
合金化によりコンタクト抵抗の低減が実現されていたから,加工変
質層を除去する必要がなかったとしても,半導体素子(特に,レー
ザ発光素子)の基板と電極とのコンタクト抵抗が可及的に低いこと
が望ましいことは,素子の材料系を問わない当業者の技術常識であ
るから,ある当業者が,GaNが他の半導体と異なって合金化処理
によってはコンタクト抵抗の低減が実現しないことを発見したとす
れば,当該当業者は,当然,他の手段によるコンタクト抵抗の低減
化を試みることとなり,その場合における他の処理として,周知か
つ技術常識であるエッチングによる加工変質層の除去は,当該当業
者が直ちに想到する手段であるといえる。したがって,GaN基板
が合金を形成しないとの点が,エッチングによる加工変質層の除去
という周知・技術常識の手段を適用することの阻害要因となるもの
ではない。
そうすると,GaNが合金化しないと仮定しても,このことは,
エッチングにより加工変質層を除去して本件各特許発明に規定する
転位密度値やコンタクト抵抗値とすることを困難にするものではな
い。
b 本件特許1について
以下のとおり,本件特許発明1-2は,乙9に記載された発明と同
一であるか,又は同発明に基づいて容易に発明できたものであるから,
新規性又は進歩性を欠く。なお,本件特許発明1-2は,本件特許発
明1の従属項であるから,本件特許発明1-2について新規性又は進
歩性を欠けば,本件特許発明1も同様に新規性又は進歩性を欠く。
(a) 乙9には以下の発明(以下「被控訴人主張乙9発明1」という。)
が記載されている。
① ウルツ鉱構造を有するn型の窒化物系半導体基板からなる第1
半導体層と,
② 前記第1半導体層の裏面上に形成されたn側電極とを備えた,
⑤ 窒化物系半導体素子。
⑥ 前記第1半導体層は,所定の厚さになるまで裏面側が加工され,
該加工により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域
が除去された層であることを特徴とする窒化物系半導体素子。
(b) 本件特許発明1-2との対比
本件特許発明1-2と被控訴人主張乙9発明1とを対比すると,
本件特許発明1-2の構成要件A1,B1,E1,F1がそれぞれ
被控訴人主張乙9発明の構成①,②,⑤及び⑥に一致するから,両
者はこの範囲で一致し,以下の点で相違する。
相違点1:本件特許発明1-2が「前記第1半導体層の前記n側
電極との界面近傍における転位密度は,1×109cm-2以下」であ
るのに対し,被控訴人主張乙9発明1ではこの点が明記されていな
い点。
相違点2:本件特許発明1-2が「前記n側電極と前記第1半導
体層との界面において,0.05Ωcm2以下のコンタクト抵抗を有
する」のに対し,被控訴人主張乙9発明1ではこの点が明記されて
いない点。
⒞ 相違点の検討
① 相違点1について
本件優先日当時,GaN基板の転位密度は109個/cm2以下
であることが当たり前であった。そして,被控訴人主張乙9発明
1では機械研磨した後エッチング処理をして表面歪みなどを除去
した上で,この面にn電極を形成しているのであるから,前記a
の技術常識をも踏まえると,その転位密度が基板本来の転位密度
である109個/cm2以下になっていることは明らかである。し
たがって,相違点1は実質的な相違点といえないか,仮に,実質
的な相違点と考えたとしても周知技術を適用して容易に実現でき
る程度の違いにすぎない。
② 相違点2について
相違点2に係る構成は,エッチング処理などを施したことによ
り当然に得られる効果的な要件であるか,少なくとも設計的事項
にすぎないところ,被控訴人主張乙9発明1ではエッチング処理
をしているのであるから,相違点2は実質的な相違点といえない
か,少なくとも単なる設計的事項にすぎない。また,控訴人自身
が,相違点2に係るコンタクト抵抗はレーザであれば当然に備え
ている要素であるとしているところ(原審原告第4準備書面6頁
11~14行),被控訴人主張乙9発明1はレーザに関する公知
例なのであるから,被控訴人主張乙9発明1が本件特許発明1-
2の規定するコンタクト抵抗を充足していることは,控訴人自身
が認めているといってよい。さらに,相違点2に係る構成は,相
違点1に係る構成を採用すれば自動的に奏される効果であるか,
少なくとも当業者が適宜設計可能な事項を採用することで容易に
なし得るものである。
c 本件特許2について
以下のとおり,本件特許発明2は,乙9に記載された発明と同一で
あるか,又は同発明に基づいて容易に発明できたものであるから,新
規性又は進歩性を欠く。
(a) 乙9には以下の発明(以下「被控訴人主張乙9発明2」という。)
が記載されている。
① n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に,
活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第
1工程と,
② 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第
2工程と,
③ 前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近
傍の領域を除去する第3工程と,
④ その後,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が
除去された第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する第4工
程とを備える,
⑥ 窒化物系半導体素子の製造方法。
(b) 本件特許発明2との対比
本件特許発明2と被控訴人主張乙9発明2とを対比すると,本件
特許発明2の構成要件A2,B2,D2,F2が一致し,以下の点
で一応相違する。
相違点1:第3工程の裏面近傍の領域を除去する工程が,本件特
許発明2では,前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm
-2
以下とする工程であるのに対し,被控訴人主張乙9発明2では,
除去する工程によって得られる第1半導体層の裏面の転位密度が明
記されていない点。
相違点2:本件特許発明2は,前記第1半導体層と前記n側電極
とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm2以下とするのに対し,被控訴
人主張乙9発明2では,コンタクト抵抗の値が明記されていない点。
⒞ 相違点の検討
相違点1及び2につき,実質的な相違点ではないか,又は少なく
とも設計事項にすぎないことは,前記b⒞のとおりである。」
(9) 原判決12頁25行目冒頭に「ア」を加え,同行末尾に,改行の上,次の
とおり加える。
「イ 乙9に基づく新規性又は進歩性欠如の主張について
(ア) 技術常識について
本件優先日当時,GaNについて,被控訴人の主張するような技術
常識は存在していなかった。すなわち,本件各特許発明の画期的な意
義は,機械研磨によって生じる深い位置の転位がコンタクト抵抗の増
大の原因となることの発見であり,転位が素子の製造を不可能とする
ほどのコンタクト抵抗の増大の原因となるというような知見は,本件
優先日以前には存在しなかった。被控訴人主張の技術常識が存在する
との主張は甲35判決によっても退けられている。
a GaN以外の他の半導体基板(Si,GaAs,GaP,InP
SiC等)でレーザ素子を作製する場合には,基板に電極を形成す
る際に,アニーリングによって電極金属と半導体基板が融合して合
金化し,オーミックコンタクトが形成されていたから,コンタクト
抵抗が高くなるという課題は存在しなかった。GaN基板裏面を研
磨してn側電極を形成した場合,アニーリングを行っても,コンタ
クト抵抗が高くなるという本件各特許発明の課題は,貫通転位が極
めて少ないGaN基板を使用してレーザ素子を製造することを実際
に行って初めて認識できるものである。そして,このような課題の
認識がなければ,GaN基板裏面を機械研磨して鏡面仕上げした後
に,別のエッチングやCMP工程を行って,研磨面より下の層を除
去する動機はない。
被控訴人がその主張の根拠とする文献には,上記の課題,その解
決手段に関する記載,又は転位に着目しこれを電極形成前に除去す
ることの記載はないし,コンタクト抵抗の上昇の問題があることを
具体的に記載したものもない。
b 被控訴人提出の各文献に基づいて被控訴人が主張する加工変質層
が転位を含む領域を含むとの点は,抽象的な概念の間の関係にすぎ
ず,具体的な半導体の具体的な加工変質層に関するものではない。
被控訴人は,加工変質層を完全に除去すれば,転位を含む領域も完
全に除去されるなどとも主張するが,どのような加工変質層が実際
に除去されていたかは,半導体の種類や加工変質層の種類にもよる
し,とりわけ,除去によって解決すべき課題が認識されているかど
うかによるのであるから,抽象的に転位を含む領域が加工変質層に
含まれるとしても,直ちに加工変質層を除去することにつながるも
のではない。
c GaNを含む半導体の分野において,電極形成前に,電極形成面
の深い位置に生じる転位を含む加工変質層を完全に除去することは
技術常識ではなかった。被控訴人の提出する文献に,「加工変質層
がコンタクト抵抗を上昇させる」という当業者の認識を示す記載は
存在しないし,「GaN」,「転位」,「コンタクト抵抗」のどの
語の記載も存在しない。被控訴人は,これらの語の上位概念である
「半導体」,「加工変質層」,「電気的特性」の語を根拠に,加工
変質層を完全に除去することは技術常識であったとの主張をしてい
るにすぎない。GaN基板裏面のコンタクト抵抗が増大する技術課
題も,その原因が結晶中の深い位置に生じた転位であることも知ら
れていないときに,転位を含む領域を全て除去することが技術常識
であるはずがない。
被控訴人は,転位がキャリアをトラップして抵抗を高めることが
知られていた旨主張するが,本件優先日当時の当業者において,転
位に電子キャリアがトラップされ,その分だけ電子キャリア濃度が
下がり,その分だけコンタクト抵抗が上昇する可能性を観念できる
としても,それが,素子の製造において技術課題となり,転位の除
去を必要とする程度のコンタクト抵抗の上昇を引き起こす可能性の
あることを容易に知り得たものではない。また,n型GaN半導体
では結晶欠陥により電子キャリア濃度が増大するという知見(甲5
8参照)が存在するので,本件優先日当時の当業者は,GaN基板
を機械研磨して転位が生じると,むしろ,基板の研磨面近傍のGa
N半導体としての電気抵抗は低くなると考えるはずである。
d さらに,GaN基板の電極形成面について,本件優先日前に加工
変質層を除去していたことを示す文献は存在しない。被控訴人が,
GaNについて加工変質層を除去していた根拠として提出する文献
の記載は,GaN基板に電極を形成する面に関する記載ではなく,
GaN基板の成長面に素子を形成することに関する記載にすぎな
い。
また,被控訴人が低転位密度とした面に電極を形成することが技
術常識であったことの根拠として提出する文献には,本件各特許発
明を示唆する技術事項(機械研磨の後に電極を形成した場合のコン
タクト抵抗の増大の認識や,コンタクト抵抗の増大の原因が転位で
あること)の記載はない。
(イ) 本件特許発明1及び1-2について
乙9は,第1半導体層の裏面側を研磨して所定の厚さにした後,そ
の表面歪や酸化膜を除去するものであって,基板の内部まで延びてい
る転位を除去することは全く記載がない。したがって,乙9には,構
成要件F1における「該加工により発生した転位を含む第1半導体層
の裏面近傍の領域が除去された層」の記載がなく,乙9の発明特定事
項として被控訴人主張乙9発明1の⑥を挙げることは誤りである。
また,乙9は,相違点1及び相違点2について何ら記載がなく,上
記のとおり,表面歪や酸化膜を除去するものであって,基板の厚さ加
工により発生した基板の内部まで延びている転位を除去することは行
っておらず,当該事項に関する示唆もない。
被控訴人は,①乙9はレーザの発明であるから,コンタクト抵抗は
0.05Ωcm2以下である,②転位密度は本件優先日当時の技術水準
において1×109cm-2以下であるとも主張する。しかし,①につい
ては,乙9は,窒化物半導体チップをウエハーから分割する製造方法
に関する発明を記載したものであって,ウエハーの結晶成長面に割り
溝を形成し半導体チップの分割を行うことに関する記載はあるが,レ
ーザ発振の条件や動作についての記載は存在しない。したがって,こ
のような乙9の記載からコンタクト抵抗の値を導き出すことはできな
い。また,②についても,乙9の半導体チップ分割の発明に関し,基
板の転位密度は技術的に関係がなく,したがって,乙9に転位密度の
記載は存在しないであって,乙9の記載から転位密度の値を導き出す
ことはできない。
したがって,本件特許発明1-2は,被控訴人主張乙9発明1と同
一ではなく,また,被控訴人主張乙9発明1及び周知技術に基づいて
当業者が容易に発明することができたものでもない。
本件特許発明1についても同様である。
(ウ) 本件特許発明2について
上記(イ)と同様の理由により,本件特許発明2は,被控訴人主張乙
9発明2と同一ではなく,また,被控訴人主張乙9発明2及び周知技
術に基づいて当業者が容易に発明することができたものでもない。」
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,本件各特許(本件特許1の請求項1及び5並びに本件特許2の
請求項1)にはいずれも無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべ
きものであるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は
理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
事案に鑑み,争点(4)から判断する。
1 争点(4)(特許無効理由の有無)について
(1) 乙9に基づく本件特許発明2の進歩性の欠如の有無について
事案に鑑み,まず,本件特許発明2の進歩性の有無について判断する。
ア 本件特許発明2について
本件特許2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は前記第2の1(2)
イ(ウ)のとおりであるが,本件明細書2の記載によれば,本件特許発明2
は,おおむね以下の内容のものであることが認められる。
本件特許発明2は,窒化物系半導体素子の製造方法に関し,特に,電極
を有する窒化物系半導体素子の製造方法に関する(【0001】。

従来,窒化物系半導体層との格子定数の差が小さいGaN基板などの窒
化物系半導体基板を用いた窒化物系半導体レーザ素子が提案されている
(【0004】。
) このような窒化物系半導体レーザ素子では,n型GaN基
板の硬度が非常に大きいため,劈開工程の前にn型GaN基板の裏面を機
械研磨する方法が提案されているが(【0008】,機械研磨の際に,n型

GaN基板の裏面近傍に応力が加わるため,n型GaN基板の裏面近傍に
クラックなどの微細な結晶欠陥が発生するという不都合があり,その結果,
n型GaN基板と,n型GaN基板の裏面上に形成されたn側電極とのコ
ンタクト抵抗が増加するという問題点があった(【0009】。

本件特許発明2は,上記の課題を解決するためになされたものであり,
窒化物系半導体基板などの窒素面と電極とのコンタクト抵抗を低減するこ
とが可能な窒化物系半導体素子の製造方法を提供することを目的とする
(【0011】。

具体的に,本件特許発明2は,n型の窒化物系半導体層及び窒化物系半
導体基板のいずれかからなる第1半導体層(実施例につき【0042】)の
上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する
第1工程(実施例につき【0043】)と,前記第1半導体層の裏面を研磨
することにより厚み加工する第2工程(実施例につき【0046】【00

47】)と,前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した
転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体
層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下とする第3工程(実施例につ
き【0048】【0049】【0061】
, , )と,その後,前記転位を含む前
記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に,
n側電極を形成する第4工程(実施例につき【0052】)とを備え,前記
第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm 2以下
とする(実施例につき【0054】【0059】【表1】
, , (試料3~7),

窒化物系半導体素子の製造方法である(【0014】。

本件特許発明2では,研磨に起因して発生した第1半導体層の裏面近傍
の結晶欠陥(転位)を含む領域を除去することで,第1半導体層の裏面近
傍の結晶欠陥(転位)を低減し,結晶欠陥(転位)による電子キャリアの
トラップなどに起因する電子キャリア濃度の低下を抑制することができる。
その結果,第1半導体層の裏面の電子キャリア濃度を大きくすることがで
き,第1半導体層とn側電極とのコンタクト抵抗を低減することができ
(【0015】 実施例につき
, 【0059】【0061】, (
, ) 上記 【0011】)
の目的が達成される。
イ 乙9の記載内容及び乙9に記載された発明の内容
(ア) 乙9には以下の記載がある。
「【0182】(実施の形態15)本実施の形態では,窒化物半導体レ
ーザ素子を用いて,該素子の端面形成とチップ分割について説明する。
まず,n型GaN基板600の製造方法について説明する。
【0183】図8は,種
【図8】
基板10,n型GaN基板
600から構成されてい
て,n型GaN基板600
は,低温バッファ層15,
n型GaN膜20,誘電体
膜30,塩素ドーピングさ
れたn型GaN厚膜40から構成されている。」
「【0186】・・・ストライプ形状に加工した誘電体膜30の付いた
ウエハーをHVPE装置中にセットし,成長温度1100℃,Si濃度
3×1018/cm3,塩素濃度1×1017/cm3をドーピングしなが
ら,350μmの塩素ドーピングされたn型GaN厚膜40を積層する。
【0187】上記製造方法によってn型GaN厚膜40を形成後,ウ
エハーをHVPE装置から取り出し,研磨機で前記種基板10を剥ぎ取
り,n型GaN基板600を作製した。・・・」
「【0191】次に,上記n型GaN基板600を用いて,窒化物半導
体レ-ザ素子の製造方法について説明する。
【0192】図9は,窒
【図9】
化物半導体レ-ザ構造を示
しており,n型GaN基板6
00,n型GaNバッファ層
601,n型Al0.1Ga0.
9 Nクラッド層602,n型
GaN光ガイド層603,活
性層604,p型Al0.2G
a0.8Nキャリアブロック層
605,p型GaN光ガイド層606,p型Al0.1Ga0.9Nクラッド
層607,p型GaNコンタクト層608から構成されている。
【0193】・・・MOCVD装置に,前記n型GaN基板600を
セットし,1050℃の成長温度でn型GaNバッファ層601を1μ
m形成した。・・・
【0194】次に,1μmの厚さのn型Al0.1Ga0.9Nクラッド層
602を成長する。さらに,厚さ0.1μmのn型GaN光ガイド層6
03を成長する。n型GaN光ガイド層603成長後,基板の温度を7
00℃~800℃程度に下げ,複数の,厚さ4nmのIn0.15Ga0.8
5N井戸層と厚さ10nmのIn0.02Ga0.98N障壁層より構成される
活性層604・・・を成長する。・・・次に,基板温度を再び1050
℃まで昇温して,20nmの厚みのp型Al0.2Ga0.8Nよりなるキャ
リアブロック層605を成長する。・・・
【0195】その後,Mgをド-ピングしながら0.1μmの厚さの
p型GaN光ガイド層606を成長する。更に,Mgをド-ピングしな
がら0.5μmの厚さのp型Al0.1Ga0.9Nよりなるクラッド層60
7を成長する。最後に,Mgをド-ピングしながら0.1μmの厚みの
p型GaNよりなるコンタクト層608を成長した。」
「【0202】・・・上記ウエハーのGaN基板側を研磨機により研磨
して,塩素ド-ピングされたGaN基板の厚さを100μmにし,鏡面
出しをする。次に,フッ酸もしくは熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液
で,前記ウエハーをエッチング処理する。このエッチング処理は,研磨
によって生じた表面歪み及び酸化膜を除去し,p型,n型電極のコンタ
クト抵抗の低減と電極剥離を防止するために行う。」
「【0206】続いて,ウエハーを裏返しにして,GaN基板側に,T
i(15nm)/Al(150nm)によるn型電極611を,リソグ
ラフィ-技術でパタ-ン形成する。・・・」
(イ) 乙9から認定できる発明の内容
前記(ア)の乙9の記載によれば,乙9には以下の発明(以下「乙9発
明2」という。)が記載されているものと認められる。
「n型GaN基板を用いた窒化物半導体レーザ素子の製造方法であっ
て,
MOCVD装置に,n型GaN基板(600)をセットし,n型Ga
Nバッファ層(601),n型Al0.1Ga0.9Nクラッド層(602),
n型GaN光ガイド層(603),複数の,In0.15Ga0.85N井戸
層とIn0.02Ga0.98N障壁層より構成される活性層(604),p
型Al0.2Ga0.8Nよりなるキャリアブロック層(605),p型Ga
N光ガイド層(606) p型Al0.1Ga0.9Nよりなるクラッド層
, (6
07)を順次成長させ,最後に,p型GaNよりなるコンタクト層(6
08)を成長させることにより窒化物半導体レーザ構造(図9)を形成
し,
前記窒化物半導体レーザ構造を形成したウエハーのGaN基板側を研
磨機により研磨して,塩素ドーピングされたGaN基板の厚さを100
μmにし,鏡面出しをし,次に,前記研磨によって生じた表面歪み及び
酸化膜を除去してp型,n型電極のコンタクト抵抗の低減と電極剥離を
防止するために,フッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液で前記
ウエハーをエッチング処理し,ウエハーを裏返しにして,GaN基板側
に,Ti/Alによるn型電極をパタ-ン形成する,
窒化物半導体レーザ素子の製造方法。」
ウ 本件特許発明2と乙9発明2の対比並びに一致点及び相違点
(ア) 対比
本件特許発明2と乙9発明2とを対比すると以下のとおりである。
a 乙9発明2の「n型GaN基板(600)」は,本件特許発明2の
「n型の」「窒化物系半導体基板」「からなる第1半導体層」に相当
する。
b 乙9発明2の「複数の,In0.15Ga0.85N井戸層とIn0.02G
a0.98N障壁層より構成される活性層(604)」は,本件特許発明
2の「活性層」に相当するから,乙9発明2の「n型GaNバッファ
層(601),n型Al0.1Ga0.9Nクラッド層(602),n型G
aN光ガイド層(603),複数の,In0.15Ga0.85N井戸層と
In0.02Ga0.98N障壁層より構成される活性層(604),p型
Al0.2Ga0.8Nよりなるキャリアブロック層(605),p型Ga
N光ガイド層(606),p型Al0.1Ga0.9Nよりなるクラッド層
(607)」及び「p型GaNよりなるコンタクト層(608)」は,
本件特許発明2の「活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体
層」に相当する。
c 上記a,bから,乙9発明2の「MOCVD装置に,n型GaN基
板(600)をセットし,n型GaNバッファ層(601),・・・,
p型Al0.1Ga0.9Nよりなるクラッド層(607)を順次成長させ,
最後に,p型GaNよりなるコンタクト層(608)を成長させるこ
とにより窒化物半導体レーザ構造(図9)を形成」する工程は,本件
特許発明2の「n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板の
いずれかからなる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導
体層からなる第2半導体層を形成する第1工程」に相当する。
d 乙9発明2の「前記窒化物半導体レーザ構造を形成したウエハーの
GaN基板側を研磨機により研磨して,塩素ドーピングされたGaN
基板の厚さを100μmにし,鏡面出しを」する工程は,本件特許発
明2の「前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する
第2工程」に相当する。
e 乙9発明2の「GaN基板側に,Ti/Alによるn型電極をパタ
-ン形成する」工程は,本件特許発明2の「第1半導体層の裏面上に,
n側電極を形成する」工程に相当し,乙9発明2の「窒化物半導体レ
ーザ素子」は,本件特許発明2の「窒化物系半導体素子」に相当する。
(イ) 一致点
以上によれば,本件特許発明2と乙9発明2は以下の点で一致する。
n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に,活性層
を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と,
前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程
と,
その後,前記第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する工程とを
備えた窒化物系半導体素子の製造方法である点。
(ウ) 相違点
また,本件特許発明2と乙9発明2は以下の点で相違する。
a 相違点1
本件特許発明2では,前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研
磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除
去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下と
する第3工程を備えているのに対し,
乙9発明2では,前記研磨によって生じた表面歪み及び酸化膜を除
去してp型,n型電極のコンタクト抵抗の低減と電極剥離を防止する
ために,フッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液で前記ウエハ
ーをエッチング処理している点。
b 相違点2
前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗が,本件特許
発明2では,0.05Ωcm2以下であるのに対し,乙9発明2では,
0.05Ωcm2以下であるか否かが明らかではない点。
エ 技術常識等について
(ア) 加工変質層及び転位について
a 松永正久他3名編「エレクトロニクス用結晶材料の精密加工技術」,
株式会社サイエンスフォーラム,昭和60年1月30日(乙30)に
は,以下の記載がある。
「2. 加工変質層とその検出方法
・・・ここでは単結晶を対象とし
た機械加工を考えてみる。
・・・種々のこれまでの観察や実
験結果を総合しモデル図化すると図
-3のようになる。完全結晶をベー
スにして考えたが,非晶質や多結晶
についてもそれぞれ同様なモデルを
もとに考えればよいであろう。(5

78頁右欄17行~579頁左欄3
行)
b 志村史夫「半導体シリコン結晶工学」,丸善株式会社,平成5年9
月30日(乙31)には,以下の記載がある。
「ブロック切断,外径研削,スライシング,ラッピングの機械加工プ
ロセスを経たシリコンウエーハは表面にダメージ層すなわち加工変質
層を有している。加工変質層はデバイス製造プロセスにおいてスリッ
プ転位などの結晶欠陥を誘発したり,ウエーハの機械的強度を低下さ
せ,また電気的特性に悪影響を及ぼすので完全に除去しなければなら
ない。機械加工プロセスを経た単結晶表面に導入される加工変質層は,
図3.10(判決注・前記aの文献の図-3と同一の図である。)に
模式的に示されるように,非晶質層,多結晶層,モザイク層,クラッ
ク層,そして歪み層を含むと考えられる。加工変質層の深さは加工条
件によって異なる。」(111頁2~8行)
「機械加工プロセスでシリコンウエーハに導入された加工変質層は化
学エッチング・・・によって完全に除去される。」(111頁下2~
1行)
c 有田潔他5名「プラズマによるウエハ加工変質層の除去技術」,8th
Symposium on “Microjoining and Assembly Technology in
Electronics”, January 31-February 1, 2002(乙24)には,以下の
記載がある。
「ICカードやスタックドパッケージに代表される薄型パッケージン
グにおいては,基板等の周辺部材の厚みを薄くすると同時に,シリコ
ンウエハ自体の厚みも薄くする必要がある。このようなウエハの薄型
化においては,機械的な研削加工でウエハ厚みを100μmもしくは
それ以下まで薄くしなければならない。
ウエハの薄型加工は主にウエハを機械的に研削する「グラインディ
ング工程」と,グラインディング時にウエハに導入されたマイクロク
ラック等を含むストレス層(加工変質層)1),2)を除去する「ストレ
スリリーフ工程」から成っている。この加工変質層はウエハの反りや
クラック発生の原因となるため,グラインディング処理後には スト
レスリリーフ処理により完全に除去されなくてはならない。」(87
頁左欄2~15行)
また,上記の注1)として,乙31の111頁(上記bの部分を含
む頁)が引用されている。
d 佐々木恒孝他3名編「表面工学講座1 表面の構造」,株式会社朝
倉書店,昭和46年7月30日(乙78)には,以下の記載がある。
「1.3 加工変質層
1.3.1 緒言
固体を工業上の目的に使用するためには,その材料に対してなんら
かの加工をほどこさなければならない。一般に加工に際しては材料の
性質を変えないことが望ましいのであるが,加工のとき作用する力,
発生する熱,外気の作用,新生面効果などによって材料はなんらかの
変化をうけ,表面には内部とは違った層を形成する。このような層を
加工変質層とよんでいる。最近において,加工変質層の研究は半導体
を中心にして飛躍的な進歩がみられた。半導体材料には単結晶が多い
ので,これらの結果は半導体製品の性質の向上に対して重要である・
・・。
加工変質層の分類について筆者は次のように考えている。
・・・
(Ⅱ)組織の変化による変質
・・・
(3)転位密度の上昇」
・・・」(69頁1~21行)
また,「1.3.2 加工変質層の測定法」(70頁6行) 「
の (7)
転位密度」の項には,加工変質層の測定法の主要なものとして「透過
型電子顕微鏡」が記載されている。
さらに,「1.3.11 半導体材料の加工変質層」(96頁5行)
には,最近電子機器材料として使用される半導体は,Ge,Si,G
aAs,GaSb,InAs,InSb,LiTaO3,LiNbO3,
TeO2,各種フェライトなど多岐にわたっており,これらの材料の
加工機構の究明,製品の性能向上などを図るために,加工変質層の研
究が必要である旨記載されている(96頁6~9行)。なお,松永正
久「加工変質層と表面物性」,日本機械学会誌,昭和47年第75巻
第636号(乙77)にも,半導体材料を含めた金属の加工変質層の
種類につき,現在知られている主要なものとして,転位密度の上昇が
記載されている(15頁18~26行)。
e 河東田隆編著「集積回路プロセス技術シリーズ 半導体評価技術」,
産業図書株式会社,1994年5月30日初版第4刷発行(乙81)
には,以下の記載がある。
「ウエハに加工された結晶表面は,加工中の機械的損傷汚染を受けて
いる。・・・ウエハ表面,裏面の機会的(判決注・「機械的」の誤記
と解される。)損傷によって生じた転位などの結晶欠陥は,たび重な
る熱処理プロセスによって増殖,移動することにより,ウエハに複雑
なそりを引き起こす。このためできるだけ初期段階に機械的損傷,転
位を評価して,その除去を図る必要がある。」(9頁1~6行)
f 特開2001-313422号公報(乙2の11)には,以下の記
載がある。
「【0041】この基板1の研磨は・・・n型窒化物半導体層21が
露出するまで行う。・・・n型コンタクト層21の研磨によりダメー
ジを受けた領域をRIEにて1~2μm程度エッチングを行う。」
g 特開2000-252217号公報(乙33)には,以下の記載が
ある。
「【0044】上記(A)基板製造工程において,完全な表面を有す
るGaN単結晶基板1を研磨工程によって創出することは大変難し
い。なぜならば,研磨時に基板表面にダメージが導入されるからであ
る。このダメージを含む加工変質層はデバイスの特性に悪影響を与え
る。」
h Kyoycol Lee 他1名「Properties of Freestanding GaN Substrates
Grown by Hydride Vapor Phase Epitaxy」,Japanese Journal of
Applied Physics Vol.40,L13~15頁,2001年1月15日(乙
73の7)には,以下の記載がある。
「ヒロック(小丘)のあるGaNの表面形態を改善するために,その
表面をダイヤモンド研磨剤で研磨し・・・透過型電子顕微鏡測定法を
用いてサブサーフェスのダメージ層を観察した。」(乙73の7の訳
文1頁8~11行)
i WO98/45511公報(乙87)には,以下の記載がある。
「板状結晶のGaN結晶は,本発明で説明される方法で準備される。
・・・最初に,表面は,ダイヤモンド・マイクロパウダーを使って機
械的に研磨され・・・その研磨は,数ミクロン厚の,高い転位密度で
ある高欠陥結晶の隣接層を生成する。」(乙87の訳文2頁下6行~
3頁2行)
j 小括
上記aないしeによれば,①シリコン等の半導体単結晶材料に対し
て機械加工を施すと,表面には内部(完全結晶層)とは異なる加工変
質層(非晶質層,多結晶層,モザイク層,クラック層,ひずみ層(応
力漸移層))と呼ばれる層が生じること,②機械加工によって発生す
る転位密度の上昇した領域も加工変質層に含まれること,及び③転位
密度は透過型電子顕微鏡で観察・測定可能であること,は,いずれも
本件優先日当時の当業者にとって技術常識であったものと認められ
る。
また,上記fないしiによれば,GaNを含む窒化物半導体(本件
特許発明2はn型窒化物系半導体を対象とするものである。)におい
ても,機械研磨(加工)によって,損傷を受けた層や加工変質層が形
成されることや,転位が生じることも,本件優先日当時の当業者に知
られていたものと認められる。
そうすると,本件優先日当時,上記技術常識がGaNを含む窒化物
半導体についても同様に妥当し,GaNを含む窒化物半導体において
も,機械研磨を施すことにより,転位を含む加工変質層が生じること
等は,当業者にとって技術常識であったものというべきである。
なお,甲35判決における転位に解する解釈(「基板の機械研磨に
よって生じ得る加工変質層のうち,結晶中の深くまで生じ得る原子レ
ベルの線状の結晶欠陥」)も,転位が加工変質層に含まれることを前
提とするものと解されるから,上記の説示は,同判決における転位の
解釈と整合するものである。
控訴人は,乙31,77及び78の記載につき,半導体の基板に電
極を形成する際のことは記載していないと,乙73の7の記載につき,
基板の電極形成面ではなく,結晶成長面に生じた層について述べてい
るにすぎないと,乙87の記載につき,同文献における除去方法はG
aN結晶(基板)のエピタキシャル成長面に対して行われる処理であ
り,このことから,GaN基板の電極形成面の機械研磨で生じる転位
によってコンタクト抵抗が増大する技術課題を知ることはできない
と,それぞれ主張するなどしている(平成27年2月26日付け控訴
人第1準備書面36~45頁,47頁)。しかし,半導体の基板に機
械研磨を行えば加工変質層又はダメージ層が生じることは,結晶形成
面であれ,電極形成面であれ変わりはないはずであり,このことは上
記各文献,とりわけ上記b,d,h及びiの上記各文献の記載から十
分理解できるものであるから,上記各文献を上記認定のために用いる
ことに問題はない。
また,控訴人は,乙77及び78について,固体材料一般の表面が
有する物性について記載したもので,これらの文献において加工変質
層を除去することが記載されているのは,当該加工変質層の除去を必
要とするような技術課題が存在するからであるが,本件各特許におけ
る基板裏面側に関しては,コンタクト抵抗低減のため,加工変質層の
除去を要するといった技術課題の記載はないなどとも主張するが(平
成27年5月25日付け控訴人第4準備書面34頁),ここでは,乙
77及び78から加工変質層に転位が含まれることを認定しているに
とどまるのであるから,控訴人の上記主張は上記認定を左右するもの
ではない。
(イ) 転位がキャリアをトラップすることについて
a 河東田隆編著「集積回路プロセス技術シリーズ 半導体評価技術」,
産業図書株式会社,1994年5月30日初版第4刷発行(乙81)
には,以下の記載がある。
「格子欠陥は,結晶の構成原子(Si結晶ではSi原子自身)の周期
的配列が乱れたもので,その空間的な広がり方によって,点欠陥,線
欠陥,面欠陥に分類される・・・格子欠陥は,前述の汚染不純物と同
様,“不純物制御”の妨げになる。」(20頁下10~4行)
また,上記文献の「表2.1 半導体結晶の不完全性」(19頁)
には,「線欠陥(転位)」として,「らせん転位」,「60°転位」
及び「刃状転位」が記載されている。
b 半導体用語大辞典編集委員会編「半導体用語大辞典」,株式会社日
刊工業新聞社,1999年3月2
0日(乙2の9)には,以下の記
載がある。
「転位 ・・・結晶中のひずみに
起因する線欠陥の一種で, (a)

のように原子面の片側に線状にダングリングボンドが並ぶ結晶欠陥で
ある。」(731頁左欄下11~8行)
「転位の発生の源は結晶内の応力ひずみである・・・」(731頁右
欄12~13行)
「転位は・・・透過型電子顕微鏡により観察できる。」(732頁左
欄12~14行)
c 高橋清他1名監修「半導体・金属材料用語辞典」,株式会社工業調
査会,1999年9月20日(乙79)には,以下の記載がある。
「ダングリングボンド ・・・原子の結合に寄与するボンドが結合し
ないでブラブラしているボンド。・・・ダングリングボンドは,・・
・キャリアのトラップなどの作用をする。」(763頁下19~15
行)
d 特開2001-148357号公報(乙1の2)【0005】及び
特開2001-148533号公報(乙12)【0005】には,い
ずれも以下の同内容の記載がある。
「・・・GaN系化合物半導体以外の基板を使用すると,成長させる
GaN系化合物半導体膜と基板との熱膨張係数の違いや,格子定数の
違いにより,製造されるGaN系化合物半導体中には多数の欠陥が発
生する。その欠陥は刃状転位と螺旋転位に分類され,その密度は合計
で約1×109cm-2~1×1010cm-2程度にもなる。これらの欠
陥は,キャリアをトラップして,調製した膜の電気的特性を損ねるこ
とが知られている他,大電流を流すようなレーザーに対しては,寿命
の低下を招くことが知られている。」
e 小括
以上によれば,半導体結晶において線欠陥(転位)を含む格子欠陥
が不純物制御の妨げになることや,原子面の片側に線状にダングリン
グボンドが並ぶ結晶欠陥である転位において,ダングリングボンドが
キャリアのトラップなどの作用をすることは技術常識であったものと
認められる。また,GaN系化合物半導体においても,同様に転位(刃
状転位と螺旋転位)がキャリアをトラップして調製した膜の電気的特
性を損ねることが,本件優先日当時の当業者において知られていたも
のということができる。そして,キャリアがトラップされれば,キャ
リア濃度が低下することは明らかであるから,GaN系化合物半導体
において,転位がキャリアをトラップし,その結果,キャリア濃度が
低下することは,本件優先日当時の当業者にとって技術常識であった
ものと認められる。
なお,控訴人は,乙12につき,異種基板の上にGaN系化合物半
導体を結晶成長させる工程において,GaN系化合物半導体膜中に生
じる貫通転位について記載しているにすぎず,GaN基板の機械研磨
によって生じる転位について記載しているものではない旨主張する
(平成27年2月26日付け控訴人第1準備書面53~55頁)。
しかし上記aないしcにおいて認定した転位やダングリングボンド
の意義に照らすと,これらはその生成原因によって区別されるもので
はないと解されるし,転位がキャリアをトラップしてコンタクト抵抗
を高めるという機序に照らしてみても,結晶成長時に生じる転位であ
れ,研磨によって生じる転位であれ,その作用について変わるところ
はないものと解される。
よって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ) キャリア濃度とコンタクト抵抗の関係について
Siをドーピングして形
成されたn型GaN基板の
キャリア濃度とコンタクト
抵抗との関係について,乙
9 発明 2と同じ電 極材料
(Ti/Alの積層構造)
を用いた場合に,不純物濃
度(キャリア濃度)が高く
なれば接触比抵抗(コンタ
クト抵抗)が低くなり,その逆も成り立つこと,不純物濃度が1×10
17
cm-3を超えると接触比抵抗が1×10-5Ω・cm2以下となること
は,本件優先日当時,当業者に周知の事項であったと認められる(乙1
の2の【0052】,【0053】,【図10】,乙12の【0053】,
【0054】,【図10】。なお乙1の2及び乙12)。
(エ) 加工変質層を完全に除去することについて
前記(ア)b及びcによれば,本件優先日当時,少なくともシリコンに
ついては,電気的特性に悪影響を及ぼすことや,ウエハーの反りやクラ
ック発生の原因となることから,加工変質層は完全に除去すべきものと
されていたことが認められる。
オ 容易想到性の検討
(ア) 相違点1について
前記イのとおり,乙9発明2では,GaN基板を研磨機により研磨す
ることによって生じた表面歪み及び酸化膜を除去してn型電極のコンタ
クト抵抗の低減を図り,また,電極剥離を防止するために,ウエハーを
フッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液でエッチング処理するも
のとされている。そうすると,乙9発明2においては,GaN基板では,
必要とするコンタクト抵抗を確保するためには,研磨機による研磨及び
鏡面出しのみでは不十分であり,表面歪み等を除去する必要があること
が示唆されているものといえる。しかしながら,他方で,乙9には,表
面歪みの程度や除去すべき範囲についての具体的な記載はない。そうす
ると,乙9発明2に接した当業者は,乙9発明2において,研磨機によ
る研磨後,ウエハーのエッチング処理を行う際に,コンタクト抵抗の低
減を図るために,上記表面歪みをどの程度の範囲のものととらえてこれ
を除去する必要があるかについて検討する必要性があることを認識する
ものといえる。
そして,かかる認識をした当業者であれば,前記エ(ア)ないし(ウ)に
おいて認定した技術常識等に基づいて,乙9発明2においても,研磨機
による研磨によって加工変質層と呼ばれる層に転位が生じているため,
この転位がキャリアである電子をトラップしてキャリア濃度が低下し,
それによってコンタクト抵抗が高くなるという作用機序は容易に想起で
きるものといえる。そして,前記エ(エ)において認定したとおり,少な
くともシリコンについては,転位を含む加工変質層は完全に除去すべき
ものとされていたところ,前記エ(イ)のとおり,上記の転位を含む加工
変質層がコンタクト抵抗に与える影響についてはシリコンにおいてもG
aN系化合物半導体においても同様である上に,コンタクト抵抗は低い
ほど望ましいことに鑑みると,当業者としては,乙9発明2における表
面歪み(なお,ひずみ層も加工変質層に含まれる。)を,研磨機による
研磨で生じ,透過型電子顕微鏡で観察可能な転位を含む加工変質層とし
てとらえ,あるいは,表面歪みのみならず加工変質層の除去についても
考慮して,コンタクト抵抗上昇の原因となる加工変質層を全て除去でき
るまで上記のエッチング処理を行って,基板に当初から存在していた転
位密度の値に戻すことで,キャリア濃度が低下する要因を最大限に排除
し,コンタクト抵抗の低減を図ることは,容易に想到できたことと認め
られる。
そして,本件優先日当時のGaN基板の転位密度が,1×10 4~1
08cm-2程度であったことは,当業者に周知の事項であるから(乙1
の3ないし9,乙57),乙9発明2において,加工変質層を全て除去
すれば,除去後の基板の転位密度が1×109cm-2以下となることは
自明である。
したがって,乙9発明2において,技術常識等に基づいて相違点1に
係る構成を採用することは,当業者が容易になし得たことであるものと
認められる。
(イ) 相違点2について
乙9発明2においては,n型GaN基板のキャリア濃度は限定されて
いないものの,乙9【0186】には,n型GaN基板の成長時にSi
濃度が3×1018/cm3となるようにドーピングすることが記載され
ている。
他方,前記エ(ウ)において説示したとおり,Siをドーピングして形
成されたn型GaN基板のキャリア濃度とコンタクト抵抗との関係につ
いて,乙9発明2と同じ電極材料(Ti/Alの積層構造)を用いた場
合に,不純物濃度が1×1017cm-3を超えると接触比抵抗が1×10
-5
Ω・cm2以下となることは,本件優先日当時,当業者に周知の事項
であったと認められる。
そうすると,乙9発明2において,前記(ア)において説示したとおり,
相違点1に係る構成を採用してキャリアをトラップする要因となる研磨
によって生じた転位を含む加工変質層を全て除去し,転位密度をGaN
基板に当初から存在していた値にまで戻した上で,GaN基板へドーピ
ングするSi等の不純物濃度を3×1018/cm3程度にすることによ
り,コンタクト抵抗が少なくとも0.05(=5×10 -2)Ω・cm2
以下となるようにすることは当業者であれば容易になし得たことと認め
られる。
カ 控訴人の主張等について
(ア) 控訴人は,GaN以外の他の半導体基板でレーザ素子を作製する場
合には,基板に電極を形成する際に,アニーリングによって電極金属と
半導体基板が融合して合金化し,オーミックコンタクトが形成されてい
たから,コンタクト抵抗が高くなるという課題は存在しておらず,した
がって,基板裏面を研磨してn側電極を形成した場合,転位によりコン
タクト抵抗が高くなるという技術課題は,GaN基板を使用してレーザ
素子を製造することを実際に行って初めて認識できるものであり,この
ような課題の認識がなければ,GaN基板裏面を機械研磨して鏡面仕上
げした後に,別のエッチングやCMP工程を行って,研磨面より下の層
を除去する動機はないなどと主張する。
しかし,仮に控訴人が主張するように,GaN以外の従来の半導体基
板を用いたレーザ素子において,電極形成後のアニーリングによる合金
化によってオーミックコンタクトの形成が可能であったために,機械研
磨後の加工変質層の除去する必要性が認識されておらず(少なくとも必
須のものであるとの認識はされておらず),加工変質層除去の必要性が
GaNで初めて認識された事項であったとしても,前記イのとおり,乙
9には,GaNの電極形成面につき,鏡面仕上げがされた研磨面(当業
者であれば,その下に転位を含む加工変質層が存在すると認識し得るこ
とは前記オにおいて認定したとおりである。)について,更にコンタク
ト抵抗低減のためにエッチングを要することが記載されているのである
から,本件優先日前に,少なくともGaN基板裏面に関しては,電極を
形成する場合であっても,機械研磨をして鏡面仕上げを行えば足りるわ
けではなく,コンタクト抵抗増大等の問題を解決するため,それ以上に
別のエッチングやCMP工程を行って研磨面より下の層を除去する必要
があることを容易に認識することが可能であったということができる。
よって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 控訴人は,どのような加工変質層が実際に除去されていたかは,半
導体の種類や,加工変質層の種類にもよるし,とりわけ除去によって解
決すべき課題が認識されているかどうかによるのであるから,抽象的に
転位を含む領域が加工変質層に含まれるとしても,直ちに加工変質層を
除去することにつながるものではない旨主張する。
しかし,仮に,半導体基板の種類や用途等により,その用途で用いる
ために加工変質層を除去すべき程度が異なり得る(その結果,加工変質
層を全て取り除かなくても,当該用途に用いるに十分な半導体基板を得
ることができる。)としても,これを全て取り除くことにより課題を解
決できることを認識すること自体の妨げとなるものではない。そして,
当業者としては,GaN基板の裏面について,コンタクト抵抗増大の問
題等に対処するため,加工変質層を除去する必要があることを認識し得
たことは前記オにおいて説示したとおりなのであるから,そのような認
識を有する当業者としては,どの程度まで加工変質層を除去すべきなの
かが明らかではないのであれば,念のため全部除去するという判断に至
るのが通常であるし,このような判断に至ることの妨げとなるような事
情があったことを認めるに足りる証拠はない。
よって,控訴人の上記主張は,当裁判所の上記認定判断の妨げになる
ものではない。
(ウ) 控訴人は,GaNを含む半導体の分野において,電極形成前に深い
位置に生じる転位を含む加工変質層を完全に除去することは技術常識で
はないとか,被控訴人の提出する文献に,「加工変質層がコンタクト抵
抗を上昇させる」という当業者の認識を示す記載は存在しないし,「G
aN」,「転位」,「コンタクト抵抗」のどの語の記載も存在しないの
であって,被控訴人の上記の技術常識に関する主張はこれらの語の上位
概念である「半導体」,「加工変質層」,「電気的特性」の語を根拠と
するにすぎない,などと主張する。
しかし,当裁判所の上記認定判断が,控訴人の主張するように,上記
の上位概念から規定される技術的事項に基づき,本件特許発明2が乙9
発明2に基づいて容易に発明できるものと単純に結論するものではない
ことは,前記エ及びオにおいて説示したところに照らし明らかであって,
控訴人の上記主張は採用することができない。
また,控訴人は,本件優先日当時の当業者において,転位に電子キャ
リアがトラップされ,その分だけ電子キャリア濃度が下がり,その分だ
けコンタクト抵抗が上昇する可能性を観念できるとしても,それが,素
子の製造において技術課題となり,転位の除去を必要とする程度のコン
タクト抵抗の上昇を引き起こす可能性のあることを容易に知り得たもの
ではないとか,n型GaN半導体では結晶欠陥により電子キャリア濃度
が増大するという知見(甲58参照)が存在するので,本件優先日前の
当業者は,GaN基板を機械研磨して転位が生じると,むしろ,基板の
研磨面近傍のGaN半導体としての電気抵抗は低くなると考えるはずで
ある,などと主張する。
しかし,GaN系化合物半導体において,転位がキャリアをトラップ
し,その結果,キャリア濃度が低下することを技術常識として認識して
いる当業者であれば,乙9発明2に接した際には,転位を除去する必要
性につき容易に想到し得ることは前記オにおいて説示したとおりであ
る。
また,控訴人の指摘する甲58には,「窒化物半導体では結晶欠陥が
多いものは,結晶欠陥が少ないものよりもキャリア濃度が大きくなる傾
向がある」と記載(【0012】)されているが,その一方で,結晶欠
陥の数が多い領域を含む第2の窒化物半導体層4(【0031】,【0
032】)にn電極を形成する実施例(実施例3,7)のみならず,結
晶欠陥の数が多い領域を有さないn型バッファ層11(=兼n側コンタ
クト層)(【0033】)にn電極を形成する実施例(実施例1,2,
4~6)も記載されているから,本件優先日当時,結晶欠陥の多い領域
に電極を形成することが,当業者の唯一の選択肢であったとはいえない。
そうすると,甲58は,コンタクト抵抗が素子の製造において技術課題
となり,転位の除去を必要とする程度に,コンタクト抵抗の上昇が引き
起こされる可能性があることなどは知り得ないとの控訴人の主張の根拠
となるものとはいえない。
よって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(エ) 控訴人は,GaN基板の電極形成面について,本件優先日前に加工
変質層を除去していたことを示す文献は存在しないし,被控訴人が低転
位密度とした面に電極を形成することが技術常識であったことの根拠と
して提出する文献には,本件各特許発明を示唆する技術事項(機械研磨
の後に電極を形成した場合のコンタクト抵抗の増大の認識や,コンタク
ト抵抗の増大の原因が転位であること)の記載はないなどと主張する。
しかし,GaN系化合物半導体においても,機械研磨により,転位を
含む加工変質層が生じることが本件優先日当時の当業者の技術常識であ
ったことは前記エにおいて説示したとおりであり,この点がGaN系化
合物半導体の電極形成面においては異なると理解すべき根拠もない。
また,乙9発明2に技術常識を踏まえると本件特許発明2を容易に想
到し得ることは前記オのとおりである以上,低転位密度とした面に電極
を形成することが技術常識と認定できるかどうかは問題とはならない。
よって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(オ) なお,控訴人は,被控訴人主張の技術常識が存在するとの点は甲3
5判決によっても退けられている旨主張する。
甲35判決は,当該訴訟における原告(本件における被控訴人) 「技

術事項2」として主張した「GaN基板を機械研磨すると,GaN基板
内部に当業者が「ダメージ」等と呼称し,また,本件発明(判決注・本
件特許1の請求項1ないし8に係る発明)では「転位」と呼称されてい
る,透過型電子顕微鏡(TEM)で観察される結晶欠陥が生じること」
及び「技術事項3」として主張した「電極形成前に,「転位」(当業者
がいう「ダメージ」等)・・・をエッチングなどで除去すること(その
結果,エッチング後の基板の転位密度が,元の転位密度に戻っているこ
と)」についていずれも周知の技術であったと認めることはできない旨
判断している。
しかし,甲35判決は,当該訴訟の原告(本件における被控訴人)が提
出した各証拠に記載されていた,半導体素子の製造過程において基板の
研磨後に除去されたという表面歪み,ダメージ及びダメージ層等が,加
工変質層のどの部分までを指すものであるかは自明ではなく,これらが
結晶中の深くまで生じ得る原子レベルの線状の結晶欠陥である転位を含
むものとして用いられているか否かは不明であると判断しており(甲3
5判決34~37頁参照),このことを前提として,上記各技術事項が
周知技術とは認められないと判断したにすぎない。
これに対し,本件においては,甲35判決に係る訴訟において提出さ
れていなかった証拠も踏まえ,前記エにおいて認定したとおりの加工変
質層に関する技術常識等を認定し,容易想到性の有無を判断しているも
のであるから,本判決の判断は甲35判決の判断と矛盾するものではな
い。
よって,控訴人の上記主張は採用することができない。
なお,控訴人は,被控訴人の技術常識に関する主張はその法的位置付
けが不明であるなどとも主張するが,その主張内容に鑑みれば,被控訴
人は,技術常識を踏まえると,本件各特許発明につき,乙9発明等の被
控訴人が引用例として主張する発明に基づき新規性又は進歩性を欠く旨
の主張をしていることが明らかである。
(カ) 控訴人は,乙9は,第1半導体層の裏面側を研磨して所定の厚さに
した後,その表面歪みや酸化膜を除去するものであって,相違点1及び
相違点2について何ら記載がなく,当該事項に関する示唆すらもないな
どとして,乙9発明2から本件特許発明2を想到するのは容易ではない
旨主張する。
しかし,前記エにおいて認定した技術常識を踏まえると,乙9発明2
から本件特許発明2を容易に想到し得たことは前記オにおいて説示した
とおりである。
よって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(キ) なお,乙33【0044】には,GaN単結晶基板を機械研磨する
ことにより発生する加工変質層を除去するために,化学研磨や,メカノ
ケミカル研磨(CMPを意味するものと解される。)を用いることが必
要であるが,加工変質層を完全に除去することは難しく,特に研磨傷部
に入ったやや深い加工変質層は除去が難しいこと,【0045】には,
研磨表面の欠陥をなくすために,研磨時間を大きく取り,研磨傷の低減
を図っても,研磨によるピットが深くなることがあること,【0054】
には,実施例としてGaN単結晶基板に機械研磨,メカノケミカル研磨
を施し,ノマルスキー型顕微鏡で観察したところ,高倍率において基板
表面に細かい研磨傷や欠陥が認められたこと等が記載されている。
しかし,乙33に記載された発明は,機械研磨を行いダメージが導入
されたGaN単結晶基板につき,化学研磨等をするのではなく,アンモ
ニアガスを含む混合ガス雰囲気中で加熱すること等により,GaN基板
上に良好な窒化物系化合物半導体層を形成するものであって(【001
3】,【0014】),GaN単結晶基板を化学研磨ないしはメカノケ
ミカル研磨することは,上記の発明の課題解決手法の前提として記載さ
れている内容であるにとどまる。また,【0044】には,化学研磨な
いしはメカノケミカル研磨をする際の条件や研磨の量等の記載はない
し,【0054】にも機械研磨及びメカノケミカル研磨の条件等は何ら
記載がないのであって,他の条件であっても同様であるのかどうかも不
明である。加えて,CMPは,化学的な研磨と機械的な研磨の両方を目
的に応じて所望の割合で作用させることができる研磨方法で,化学的な
研磨の作用の割合が大きいと,研磨効率は下がるが,機械研磨の作用に
よる材料の変質を抑えることができるというものである(控訴理由書2
3頁)ことも併せ考えると,乙33【0044】の記載のみをもって,
どのような条件であっても機械研磨によって生じた加工変質層を完全に
除去することが不可能であるとか,困難であるとまで述べているものと
までは解し難い。かえって,上記記載によれば,条件は明らかではない
ものの,少なくとも乙33における研磨方法によっては,加工変質層を
完全に除去することができていないことを述べているにすぎないものと
も解し得る。
また,【0045】の記載についても,上記のCMPの特徴に加え,
【0045】には,ピットの発生原因は明らかではないとされながらも,
その発生原因として研磨条件も挙げられていることに照らすと,上記記
載をもって,加工変質層を除去することが常に困難であることを示すも
のとはいえない。
以上によれば,乙33の上記各記載は,前記オ(ア)の認定を左右する
ものではないというべきである。
キ 小括
その余の控訴人が種々主張する点はいずれも上記認定を左右するもので
はない。
よって,本件特許発明2は,乙9発明2に基づいて容易に想到し得たも
のであるから,本件特許2の請求項1は特許無効審判により無効にされる
べきものと認められる。
(2) 乙9に基づく本件特許発明1及び1-2の進歩性の欠如の有無について
ア 本件特許発明1及び1-2と本件特許発明2の対比
(ア) 本件特許発明1及び1-2と本件特許発明2の各構成要件を対比す
ると,以下のとおりの対応関係となる。
a 本件特許発明1及び1-2のA1と本件特許発明2のA2
b 本件特許発明1及び1-2のB1と本件特許発明2のD2
c 本件特許発明1及び1-2のC1と本件特許発明2のC2のうち
「・・・前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下
とする第3工程」の部分
d 本件特許発明1及び1-2のD1と本件特許発明2のE2
e 本件特許発明1及び1-2のE1と本件特許発明2のF2
f 本件特許発明1-2のF1と本件特許発明2のB2及びC2のうち
「前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位
を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して・・・」の部分
(イ) もっとも,①本件特許発明2には,本件特許発明1及び1-2のA
1の「ウルツ鉱構造を有する」に対応する記載がなく,②転位密度の記
載が,本件特許発明1及び1-2ではC1の「・・・界面近傍における
転位密度は・・・」と記載されている一方で,本件特許発明2では,C
2の「・・・第1半導体層の裏面の転位密度を・・・」と記載されてい
る点で異なっている。
イ 本件特許発明1及び1-2と乙9から認定できる窒化物系半導体素子の
発明の対比
上記アの点並びに前記(1)イ及びウにおいてした乙9発明2の認定及び
本件特許発明2と乙9発明2の相違点を踏まえると,本件特許発明1及び
1-2と乙9から認定できる窒化物系半導体素子の発明とは,前記(1)ウに
おいて認定した本件特許発明2と乙9発明2の相違点1(ただし,前記ア
のとおり,本件特許発明1及び1-2では,「・・・界面近傍における転
位密度は・・・」と記載されている。)及び相違点2に加え,本件特許発
明1及び1-2では,窒化物系半導体基板につきウルツ鉱構造を有するこ
とが特定されているが,乙9にはそのような明記がない点で異なっている
といえる。
そして,本件特許発明2と乙9発明2の相違点1及び2に係る構成につ
いて容易に想到し得ることは前記(1)オにおいて説示したとおりであって,
同様の理由により,本件特許発明1及び1-2と乙9から認定できる窒化
物系半導体素子の発明の相違点1及び2に係る構成も容易に想到し得るも
のであると認められる。なお,前記(1)オ(ア)において説示したとおり,機
械研磨後に基板の転位密度に回復するまでエッチング除去することが容易
に想到し得たものであるから,転位密度の測定箇所が界面近傍(本件特許
発明1及び1-2)であっても,裏面(界面)(本件特許発明2)であっ
ても,転位密度が1×109cm-2以下になっていることは明らかである
から,本件特許発明1及び1-2では,「・・・界面近傍における転位密
度は・・・」とされている点は上記認定を左右するものではない。
また,乙9には窒化物系半導体基板がウルツ鉱構造(六方晶)であるこ
との明記がされていないものの,結晶の面方位を表すミラー指数が立方晶
用ではなく,六方晶用の記載になっていることに照らすと,乙9もウルツ
鉱構造の窒化物系半導体基板を前提とするものと認められる(控訴人も,
被控訴人が,本件特許発明1及び1-2との対比に当たり,乙9発明1につ
き,「ウルツ鉱構造を有するn型の窒化物系半導体基板からなる第1半導
体層」との構成を有すると主張したことについて,特に争っていない。)。
ウ 小括
以上によれば,本件特許発明1及び1-2は,乙9から認定できる窒化
物系半導体素子の発明に基づいて容易に想到し得たものであるから,本件
特許1の請求項1及び5は特許無効審判により無効にされるべきものと認
められる。
なお,前記第2の1(4)イのとおり,無効2013-800099号事件
の審判手続において,本件特許1の請求項1に関し,「(ただし,機械研
磨を行わずにエッチングにより第1半導体層の一部を除去して,露出した
第1半導体層の裏面にn側電極を形成する工程を含む製造方法で製造され
た窒化物系半導体素子を除く)」との文言を付加する旨の訂正請求がなさ
れているところ,上記訂正請求が許されるものであることを前提としたと
しても,以上に判示したところに照らすと,上記の結論に変わりはない。
(3) 争点(4)についての結論
以上によれば,本件各特許(本件特許1の請求項1及び5並びに本件特許
2の請求項1)には無効理由があるとの被控訴人の主張には理由がある。
2 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本件請求
は理由がない。
よって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決はその結論において相当で
あって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり
判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅
裁判長裁判官鶴岡稔彦は,差支えのため署名押印することができない。
裁判官 田 中 正 哉

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