平成25(ワ)33706不当利得返還請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成27年9月4日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告KDDI株式会社 原告ハイポイントエスアーエールエル
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対象物 |
通信システムおよび呼処理装置 |
法令 |
特許権
特許法36条6項1号1回 特許法29条2項1回 特許法123条1項2号1回 特許法36条4項1号1回 特許法36条6項2号1回 民法703条1回
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キーワード |
実施69回 ライセンス50回 無効35回 特許権29回 審決11回 許諾9回 無効審判8回 侵害5回 訂正審判4回 進歩性4回 分割2回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
1 事案の要旨
本件は,通信システムに関する特許権を有していた原告が,移動電話通信サ
ービスの提供を行う被告に対し,被告の通信システムは原告の特許発明の技術
的範囲に属すると主張して,民法703条に基づき,実施料相当額の不当利得
の返還として10億円及びこれに対する平成26年1月18日(訴状送達の日
の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める事案である。 |
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判決文
平成27年9月4日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成25年(ワ)第33706号 不当利得返還請求事件
口頭弁論終結日 平成27年7月10日
判 決
ルクセンブルグ国<以下略>
原 告 ハイ ポイント エスアーエールエル
同訴訟代理人弁護士 片 山 英 二
同 服 部 誠
同 岡 本 尚 美
同 黒 田 薫
同訴訟代理人弁理士 小 林 純 子
同 補 佐 人 弁 理 士 黒 川 恵
同 相 田 義 明
東京都新宿区<以下略>
被 告 K D D I 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 一
同 渡 辺 光
同 奥 村 直 樹
同 補 佐 人 弁 理 士 那 須 威 夫
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,10億円及びこれに対する平成26年1月18日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,通信システムに関する特許権を有していた原告が,移動電話通信サ
ービスの提供を行う被告に対し,被告の通信システムは原告の特許発明の技術
的範囲に属すると主張して,民法703条に基づき,実施料相当額の不当利得
の返還として10億円及びこれに対する平成26年1月18日(訴状送達の日
の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める事案である。
2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は,移動電話通信サービスに係る技術の活用を業とする会社(ルク
センブルグ法人)である。
イ 被告は,移動電話通信サービスの提供等を業とする株式会社である。
〔弁論の全趣旨〕
(2) 原告の特許権
原告は,次の特許権を有していた(以下「本件特許権」といい,本件特許
権に係る特許の特許公報を末尾に添付する。)。〔甲1~5,弁論の全趣
旨〕
特許番号 特許第2132129号
発明の名称 「通信システムおよび呼処理装置」
出願日 平成4年7月3日
優先日 平成3年(1991年)7月9日
登録日 平成9年9月12日
権利消滅日 平成24年7月3日(存続期間満了)
訂正審判請求 平成25年6月7日
訂正審決 平成25年10月15日
(3) 本件特許権の出願経過等
ア アメリカ合衆国所在のエイ・ティ・アンド・ティ・コーポレーション
(以下「AT&T」という。)は,平成4年7月3日,発明の名称を「通
信システムおよび呼処理装置」とする特許出願(特願平4-198951
号。パリ条約による優先日:平成3年〔1991年〕7月9日,米国)を
した(甲1。以下,かかる特許出願を「本件出願」という。)。
本件出願については,平成7年6月29日に出願公告の決定がされ,同
年11月15日に出願公告がされた。
これに対し,平成8年2月15日,異議申立てがあったが,平成9年3
月6日作成で異議申立無効の処分がされた。
そして,平成9年8月7日に特許査定がされ,同年9月12日,本件
出願について,設定の登録(特許第2132129号。請求項の数1
8。)がされた(本件特許権。甲1,2。以下,この特許を「本件特許」
といい,本件特許に係る発明の詳細な説明及び図面〔甲2〕を「本件明細
書等」という。)。
イ AT&Tは,ルーセント テクノロジーズ インコーポレイテッド(以下
「ルーセント・テクノロジーズ」という。)に対し,本件特許権を譲渡し,
その後,本件特許権は,アメリカ合衆国所在のアバヤ テクノロジー エル
エルシー(以下「アバヤ・テクノロジー」という。),英国領ケイマン諸
島のウインドワード コーポレイション(以下「ウインドワード」とい
う。),英国領チャネル諸島ガーンジー島所在のハイ ポイント(ガーン
ジー)リミテッド(以下「ガーンジー」という。),そして,原告に対し,
順次譲渡された。これらの権利移転は,いずれも平成20年8月19日受
付けで,同年9月1日に登録された。〔甲1,弁論の全趣旨〕
ウ 原告は,本件特許権の権利消滅後の平成25年6月7日,本件特許権の
うち特許請求の範囲請求項1,4ないし8,10,13ないし17につい
て,訂正審判(訂正2013-390085)を請求した。
原告は,同手続の中で,同年8月9日付けで,手続補正をした。同手続
補正後の訂正審判請求の内容は,特許請求の範囲請求項1,6ないし8,
10,15ないし17について特許請求の範囲の記載を訂正し,請求項4,
5,13,14を削除し,請求項19ないし28を追加する,というもの
である。〔乙21〕
特許庁は,同年10月15日,上記訂正を認める旨の審決をし,この審
決は確定した(甲1,3。審決確定後の請求項の数24。)。
(4) 本件発明
本件特許に係る平成25年10月15日付け訂正審決確定後の特許請求
の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,「本件発明」という。
なお,文中の「/」は,原文における改行箇所を示す。)。
「公称周波数および第1の位相を有する第1のクロック信号により指示さ
れる時刻に,出て行く呼の音声通信トラヒック(以下において「出行通信
トラヒック」と称する)の送信を行う第1のユニットと,/前記公称周波
数を有する第2のクロック信号によって指示される時刻に,受信された出
行通信トラヒックを無線電話に送信する第2のユニットと,/前記公称周
波数を有し,かつ前記第1の位相から調節できるように固定された第1の
量だけ転位させた第2の位相を有する第3のクロック信号によって指示さ
れた時刻に,第1のユニットから受信した出行通信トラヒックを第2のユ
ニットに送ることによって前記の第1および第2のユニット間の通信のイ
ンタフェースをとる第3のユニットと,/前記第2のユニットを前記第3
のユニットと接続し,第3のユニットによって受信のために第2のユニッ
トに送られる出行通信トラヒックを統計的に多重化されたパケットとして
伝送し,変動性の伝送遅延を有する通信媒体と,/前記の受信された出行
通信トラヒックの第2のユニットによる送信の時刻に先立つ第1の所定の
時間枠の中で,第2のユニットが第3のユニットから出行通信トラヒック
を受信するかどうかを判断する第1の手段からなる遅延決定手段と,/第
2のユニットにおける出行通信トラヒックの受信が第1の枠から外れてい
ると判断した場合,これに応じて,前記の対応する枠から外れている受信
を対応する枠の中に移すために,第2の位相の第1の位相からの第1の変
位量を加減する第3の手段とを備えたことを特徴とする通信システム。」
(5) 本件発明の構成要件
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれ
の記号に従い「構成要件A」などという。)。
A 公称周波数および第1の位相を有する第1のクロック信号により指示
される時刻に,出て行く呼の音声通信トラヒック(以下において「出行
通信トラヒック」と称する)の送信を行う第1のユニットと,
B 前記公称周波数を有する第2のクロック信号によって指示される時刻
に,受信された出行通信トラヒックを無線電話に送信する第2のユニッ
トと,
C 前記公称周波数を有し,かつ前記第1の位相から調節できるように固
定された第1の量だけ転位させた第2の位相を有する第3のクロック信
号によって指示された時刻に,第1のユニットから受信した出行通信ト
ラヒックを第2のユニットに送ることによって前記の第1および第2の
ユニット間の通信のインタフェースをとる第3のユニットと,
D 前記第2のユニットを前記第3のユニットと接続し,第3のユニット
によって受信のために第2のユニットに送られる出行通信トラヒックを
統計的に多重化されたパケットとして伝送し,変動性の伝送遅延を有す
る通信媒体と,
E 前記の受信された出行通信トラヒックの第2のユニットによる送信の
時刻に先立つ第1の所定の時間枠の中で,第2のユニットが第3のユニ
ットから出行通信トラヒックを受信するかどうかを判断する第1の手段
からなる遅延決定手段と,
F 第2のユニットにおける出行通信トラヒックの受信が第1の枠から外
れていると判断した場合,これに応じて,前記の対応する枠から外れて
いる受信を対応する枠の中に移すために,第2の位相の第1の位相から
の第1の変位量を加減する第3の手段とを備えた
G ことを特徴とする通信システム。」
(6) 被告システム
被告は,平成14年4月より,3G(第3世代)の携帯電話サービス「C
DMA2000 1x」を開始した(以下,この携帯電話サービスに用いら
れる被告の移動電話通信システムを「被告システム」という。)。その内容
は,以下のとおりである。〔甲5〕
ア 被告システムの全体的構成
被告システムは,概要,①BTS(Base Transceiver Station,無線基
地局),②BSC(Base Station Controller,基地局制御装置),③M
SC(Mobile Switching Center,移動交換局)の三つの機器から成るも
のであり,BTSは,ユーザの使用するMS(Mobile Station,移動機,
携帯端末)と,無線通信方式により接続され,MSCは,PSTN
(Public Switched Telephone Network,公衆交換電話網,公衆回線網)
と,有線方式により接続される。
これらの機器の接続状況を図示すると,次のとおりであり,その概略の
説明は下記イのとおりである。
イ 各機器の接続状況
(ア) MSとBTS間の接続
BTSは,そのサービスエリア内にある複数のMSに対して無線接続
され,両者間ではCDMA2000に準拠した無線通信方式により音声
信号の送受信が行われる。
MSとBTS間の音声信号の送受信は,20ミリ秒(0.02秒,1
/50秒)間隔で送信されるフレーム信号を送受信することによって行
われる。
(イ) BTSとBSC間の接続
BSCは,複数のBTSと接続され,両者間は,パケットを送受信す
ることによって音声信号の授受を行う。
(ウ) BSCとMSC間の接続
MSCは,複数のBSCと接続されており,両者間ではパルス符号変
調(PCM)によりデジタル化された信号(PCM信号)が,パケット
化されることなく送受信される。
(エ) MSCとPSTN間の接続
MSCとPSTN間の音声信号の送受信は,PCM信号によって行わ
れる。PCM信号は,PSTNのクロックタイミングに合わせて,12
5μ秒(0.000125秒,1/8000秒)毎に送信される。
(7) AT&Tと国際電信電話株式会社とのクロスライセンス契約の存在
国際電信電話株式会社(以下「KDD」という。)は,本件特許の保有
者であったAT&Tと,1988年(昭和63年)12月に,クロスライセ
ンス契約を締結した(以下「本件クロスライセンス契約」という。乙13の
1)
本件クロスライセンス契約においては,以下のとおり,定義規定が存在
する。
●(省略)●
本件特許の対応米国特許(米国特許第5,195,091号。発明の名
称「適応同期装置」(ADAPTIVE SYNCHRONIZATION ARRANGEMENT)。以下「対
応米国特許」という。乙14)は,1991年(平成3年)7月9日に出願
され,1993年(平成5年)3月16日に特許された。なお,本件特許は,
前記のとおり,1992年(平成4年)7月3日に出願され,1995年
(平成7年)11月15日に出願公告がされたものである(甲2)。
(8) 合併による被告設立の経緯等
被告は,2000年(平成12年)10月に,第二電電株式会社(以下
「第二電電」という。),KDD及び日本移動通信株式会社(以下「日本移
動通信」という。)の合併により設立された。合併における存続会社は第二
電電である。〔乙19〕
(9) 被告による無効審判請求
ア 被告は,平成26年6月26日付けで,本件特許の請求項1~3,6
~8の発明につき,サポート要件違反,実施可能要件違反を理由として,
無効審判請求をした。〔乙20〕
これに対し,平成26年12月22日,特許庁審判長から審理事項通
知(以下「本件審理事項通知」という。)がされた。そこには,「発明
の詳細な説明及び図面には,クロック600信号に対するボコーダ60
4の出力クロック622のオフセットを,受信パケットにより指定され
た同じ量の時間だけ変更することが記載されるのみであり(本件特許明
細書の【0085】,【0086】,【0087】,図19),当該変
更を行わないことは記載されていません。このため,仮に『第1のユニ
ット』がボコーダ604であり,『第1のクロック』が出力クロック6
22であるとすると,『第2の位相の第1の位相からの第1の変位量を
加減する』ことは読み取れませんが,『第1のユニット』がボコーダ6
04であり,『第1のクロック』が出力クロック622であるとする根
拠はあるのでしょうか?」と記載されている。〔乙36,2頁5~13
行〕
イ 原告,被告は,上記を踏まえて平成27年2月25日付けで口頭審理
陳述要領書を提出し,同年3月11日に,特許庁において口頭審理が行
われた。そこにおいて,原告は,口頭審理陳述要領書において記載した
とおり,本件特許につきサポート要件違反の無効理由を有するとしても,
後記エのとおりの訂正請求をする予定であるからその無効理由は解消さ
れる旨を主張した。〔甲32〕
ウ 特許庁は,平成27年4月23日,本件特許の請求項1~3,6~8
の発明についての特許を無効とする旨の審決予告(以下「本件審決予
告」という。)をした。なお,本件審決予告においては,仮に原告が下
記エのとおり訂正請求を行ったとしても,サポート要件違反の無効理由
は解消されるものではないとしている。〔乙40〕
エ 原告が本件特許の請求項1の発明(本件発明)の特許請求の範囲の記
載につき,将来,訂正請求を行って訂正する予定であると主張する内容
(以下「本件訂正」という。)を,構成要件の分説に沿って記載すると,
以下のとおりである(下線は訂正箇所であり判決で付記。この発明を
「訂正発明」といい,訂正後の構成要件につき,「構成要件A’」,
「構成要件F’」という。)
A’ 公称周波数および第1の位相(後記第3の手段により変位量を加減
するための指示が行われる前に,第1のクロック信号が有する位相を指
す)を有する第1のクロック信号により指示される時刻に,出て行く呼
の音声通信トラヒック(以下において「出行通信トラヒック」と称す
る)の送信を行う第1のユニットと,
B 前記公称周波数を有する第2のクロック信号によって指示される時刻
に,受信された出行通信トラヒックを無線電話に送信する第2のユニッ
トと,
C 前記公称周波数を有し,かつ前記第1の位相から調節できるように固
定された第1の量だけ転位させた第2の位相を有する第3のクロック信
号によって指示された時刻に,第1のユニットから受信した出行通信ト
ラヒックを第2のユニットに送ることによって前記の第1および第2の
ユニット間の通信のインタフェースをとる第3のユニットと,
D 前記第2のユニットを前記第3のユニットと接続し,第3のユニット
によって受信のために第2のユニットに送られる出行通信トラヒックを
統計的に多重化されたパケットとして伝送し,変動性の伝送遅延を有す
る通信媒体と,
E 前記の受信された出行通信トラヒックの第2のユニットによる送信の
時刻に先立つ第1の所定の時間枠の中で,第2のユニットが第3のユニ
ットから出行通信トラヒックを受信するかどうかを判断する第1の手段
からなる遅延決定手段と,
F’ 第2のユニットにおける出行通信トラヒックの受信が第1の枠から
外れていると判断した場合,これに応じて,前記の対応する枠から外れ
ている受信を対応する枠の中に移すために,第2の位相の前記第1の位
相からの第1の変位量を加減する第3の手段とを備えた
G ことを特徴とする通信システム。」
(10) 本件発明の特許請求の範囲の記載と本件明細書等の実施例との対比
本件発明の特許請求の範囲に記載された以下の文言が,本件明細書等の
実施例の以下の記載に対応することについては当事者間に争いがない。
・ 第1のユニット:ボコーダ604
・ 第2のユニット:チャネル要素245
・ 第3のユニット:プロセッサ602
・ 第1のクロック信号:クロック622で生成したクロック信号
・ 第2のクロック信号:セル・クロック1000で生成したクロック信
号
・ 第3のクロック信号:送信割り込み信号TX_INT_X
3 争点
(1) 被告システムは本件発明の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)
ア 構成要件Aの充足性
イ 構成要件Bの充足性
ウ 構成要件Cの充足性
エ 構成要件Dの充足性
オ 構成要件Eの充足性
カ 構成要件Fの充足性
(2) 被告システムが構成要件E,Fにおける「判断」との要件につき文言上充
足しないとしても,本件発明と均等なものとして,その技術的範囲に属する
か(予備的主張)
(3) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認めら
れるか
ア 無効理由1(明確性要件違反)
イ 無効理由2(実施可能要件違反)
ウ 無効理由3(サポート要件違反)
エ 無効理由4(GSM規格書〔乙3~6〕を主引例とする進歩性欠如)
(4) 訂正の対抗主張の成否(明確性要件違反,実施可能要件違反,サポート
要件違反に係る無効理由についての予備的主張)
(5) 被告が,本件クロスライセンス契約に基づき,本件特許の通常実施権を
有するか
ア クロスライセンス契約上の地位の承継の有無
イ 対抗要件欠缺の有無
ウ 原告が対抗要件なく実施権を主張できる背信的悪意者に当たるか
エ 対抗要件を具備しないとの原告の主張は信義則に反するか
(6) 被告による利得の発生の有無及びその額
(7) 原告による不当利得返還請求権の譲受けの事実の有無
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件Aの充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 被告システム(イ号物件目録a記載)の「VPU位相(位相①)」は本
件発明の「第1の位相」に,「VPUクロック信号(クロック信号①)」
は「第1のクロック信号」に,「出トラヒックを運ぶパケットを送信す
る」は「出行通信トラヒックを送信する」に,「VPU」は「第1のユニ
ット」にそれぞれ対応するから,被告システムは構成要件Aを充足する。
(2) 被告システムでは,トラヒックの送信時刻に特段の制御が行われていな
い状態において,SDUからBTSへ20ミリ秒毎にパケットを送信する
ために,VPUクロック信号のVPU位相(「第1の位相」)から,ある
一定量だけ転位させたSDU位相(「第2の位相」)を有するSDUクロ
ック信号があり,かかる一定量は,SDU位相のシフト(「第2の位相の
第1の位相からの第1の変位量を加減」)により調節できるようになって
いる。これらのVPUクロック信号及びSDUクロック信号が構成要件A
の「第1の位相を有する第1のクロック信号」及び構成要件Cの「前記第
1の位相から調節できるように固定された第1の量だけ転位させた第2の
位相を有する第3のクロック信号」を充足することは明らかである。
〔被告の主張〕
(1) 原告の主張(1)は否認する。被告システムは本件発明の構成要件Aを充足
しない。
(2) 被告システムでは,VPUからSDUへの送信タイミングが変更される
こともあり(甲10,25~32項),第1の位相が固定されたものであ
ることを要する構成要件Aを充足することはない。
2 争点(1)イ(構成要件Bの充足性)について
〔原告の主張〕
被告システム(イ号物件目録b記載)の「クロック信号②」は本件発明の
「第2のクロック信号」に,「パケット」は「出行通信トラヒック」に,
「BTSユニット」は「第2のユニット」にそれぞれ対応するから,被告シ
ステムは構成要件Bを充足する。
〔被告の主張〕
否認する。
3 争点(1)ウ(構成要件Cの充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 被告システム(イ号物件目録c記載)の「SDU位相(位相②)」は
「第2の位相」に,「SDUクロック信号(クロック信号③)」は「第3の
クロック信号」に,「パケット」は「出行通信トラヒック」に,「SDU」
は「第3のユニット」にそれぞれ対応するから,構成要件Cを充足する。
(2) 被告の主張に対する反論
ア 構成要件Cの解釈の問題として,構成要件Cにおいては「第2の位
相」の決定プロセスまで規定しているものではない。すなわち,システ
ムが扱う全ての呼の全てのサイクルにおいて,第3のユニットの位相を
制御する場合を除き,第1及び第3ユニットの位相差を,全て一定とす
べき限定はない。
また,加減後にはもはや加減前の「固定された第1の量」は存在しな
いから,構成要件Cにおける「調節できるように固定された第1の量」
は,加減前の第1の位相と第2の位相の位相差であると解するほかない。
本件発明においては,第1の位相からの変位量が「第1の量」から「第
1の量±α」に調節されることから,「第2の位相」については,調節
前の第2の位相と調節後の第2の位相という二つの位相が考えられるも
のである。
イ 「第2の位相」のシフトの後に,本件発明外の制御として「第1の位
相」をシフトすることは何ら制限されておらず,VPUの送信時刻の調
整が,SDUの送信時刻の調整の後に行われ,かつ,異なる情報に基づ
いて,異なる調整量が決定されるとしても,被告システムの構成要件充
足性は何ら影響を受けない。
被告システムのクロック信号が「同期している」かどうかの議論は,
構成要件充足性の議論として適切ではないが,トラヒックの送信時刻に
特段の制御が行われていない状態において,VPUクロック信号のVP
U位相から,ある一定量だけ転位させたSDU位相を有するSDUクロ
ック信号があり,二つのクロック信号の公称周波数は同一であるから同
期しているものである。
ウ 本件において重要なのは遅延変動の程度であって,トラヒックの種類で
はないから,「固定された」との文言をもって「第1のユニットから受
信した出行通信トラヒック」が「非パケット」に限定されるべきとの被
告の解釈は理由がない。被告システムにおける第1のユニットから第3
のユニットへの送信は,VPU→ANノードのIP Switch→S
DUという流れであるところ,生じる伝送遅延はわずか0.075ミリ
秒であるから,生じる遅延変動もわずかなものであって,SDUに設け
られた入力バッファ(甲10,2頁の図)により緩衝されていると推測
される。VPUとSDU間の送信トラヒックが「パケット」であること
によって,VPU位相とSDU位相の位相差が「固定された」量になり
得ないとの被告の主張は誤りである。
また,甲10の表11における,「VPU」,「10.2(mse
c)」との記載は不明瞭であり,そもそも99.9%のパケットについ
ての「VPUからSDUへの伝送にかかる遅延変動」を表しているかど
うかは疑わしく,むしろ「VPUの内部でのトラヒック処理にかかる遅
延変動」である可能性がある。そうである場合,被告システムにおいて
は,甲10,2頁の図のVPU内に示された「Output Buff
er」のようなバッファにより,20ミリ秒毎の周期を有するVPUク
ロック信号の送信タイミングにパケットが間に合うように,VPU内部
でのトラヒック処理にかかる遅延変動を緩衝していると解される。
エ 「インターフェースをとる」等に関する被告の主張は,本件特許請求
の範囲の記載を無視し,本件明細書等の段落【0012】のような抽象
的記載に基づき本件発明の目的を論じるものであって,失当である。
「インタフェースをとる」とは,第1のユニットから送られる出トラ
ヒックが第3のユニットを経由して第2のユニットに受信されるという
ことを意味すると解すべきである。
被告が主張する理由は,「接続部分」を意味するにすぎない「インタ
フェース」という文言を含んだ「インタフェースをとる」という用語に,
「非同期性を補償する」といった飛躍した意味を持たせる根拠たり得な
い。
〔被告の主張〕
(1) 構成要件C等における第2の位相は,第1の位相を基準として,そこから
の転位量である第1の量を決定し,第1の位相から当該第1の量だけ転位さ
せて得られる位相である。また,本件明細書等の開示によれば,構成要件F
により第1の量を加減することによって「調節」(構成要件C)する場合を
除き,第1の量は加減の前後を問わず固定されていると解するほかない。
そうすると,構成要件Cは,「第1の位相」と「第2の位相」とが同期し
ていること,また,第2の位相を変位させると,第1の位相も略同時期に同
量変位させることを意味するものというべきである。
構成要件Cにおける「前記第1の位相」は,第3のユニットから送信され
るパケットについての「第1の位相」(構成要件A)を意味するから,第1
の位相及び第2の位相は,同一の出行通信トラヒックにかかるものであって,
他の出行通信トラヒックにかかる位相ではない。
(2) 被告システムにおいては,SDUの送信タイミングは,BTSの受信時刻
(PATE値)に基づいてSDUにおいて決定されるのであり,VPUの送
信タイミングを基準とすることはない。VPUの送信時刻の調整は,SDU
の送信時刻の調整の後にVPUにおいて行われ,かつ,異なる情報に基づい
て,異なるアルゴリズムで調整量が決定される。そうすると,被告システム
において,VPUの信号とSDUの信号が同期していないことは明白である。
被告システムでは,VPUからの送信タイミングとSDUの送信タイミング
の位相差を決定することがなく,SDUの信号の位相はVPUの信号の位相
に基づいて固定されるものでないから,構成要件Cを充足しない。
(3) 本件発明において,第1のユニットから第3のユニットへ送信される出行
通信トラヒックは,「変動性の伝送遅延を有する」パケットではないと解す
るのが相当である。そうであるからこそ「固定された」第1の量の転位が可
能なのである。
これに対して,被告システムにおいては,VPUとSDU間で送受信され
るのは,「変動性の伝送遅延を有する」パケットであるから,この点からも
構成要件Cを充足しない。
被告システムにおいて,VPUとSDU間で送受信されるのは,「変動性
の伝送遅延を有する」パケットである。甲10の11項の表によれば,VP
Uの遅延変動は10.2m秒であり,1.0m秒にすぎないSDUの遅延変
動よりはるかに大きく,VPUからの送信時刻とSDUとの送信時刻の位相
差を「固定」することもできない。
(4) 本件明細書等の段落【0009】,【0012】等の記載を参酌すれば,
構成要件Cにおける「インタフェースをとる」とは,第2のユニットにおけ
る出行通信トラヒックの受信を第1の枠の中に移すという動作を通じて,第
1,第3及び第2のユニットの動作の間で知覚される非同期性を補償するこ
とを意味することは明らかである。ソフト的であり,制御態様を合意する
「インタフェースをとる」(構成要件C)を,単なる物理的,ハード的な意
味での「接続する」(構成要件D)と同義に解することはできない。
この点からも,本件発明は第1ないし第3のユニット間の非同期性を補償
するものであることが明らかである。
4 争点(1)エ(構成要件Dの充足性)について
〔原告の主張〕
被告システム(イ号物件目録d記載)において,本件明細書等に記載された
実施態様との対比で構成要件Dの「通信媒体」に該当するものはトランク20
7及び210であり,被告システムはこれを備えるから構成要件Dを充足する。
〔被告の主張〕
否認する。
5 争点(1)オ(構成要件Eの充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 被告システム(イ号物件目録e記載)において,二つの時間枠は,予め定
まっている以上,「第1の所定の時間枠」に対応し,平均PATE差分値に
基づき,パケットが一定の時間枠の中で受信されるか判断する手段は「遅延
決定手段」に対応するから,構成要件Eを充足する。
(2) 被告の主張する特定の「時間枠」に関する主張については,複数の時間枠
の中から選ばれたものであっても「第1の」という文言には反せず,どのよ
うな場合にいずれの時間枠を用いるかが予め決まっていれば,所定のものと
いうことができるものと解される。
(3) また,構成要件Eの判断は,「個々のパケット」について行うべきものと
限定されないから,構成要件Eの制御(構成要件Fも同じ)が,呼の継続中
は常になされることが要求されるものではない。
すなわち,第1の所定の時間枠の中で,第2のユニットが出行通信トラ
ヒックを受信するかどうかを複数のパケットの受信時刻に基づいて判断する
システムや,構成要件E及びFの制御を行い得るのが呼の継続中の一定期間
に限られているシステムも,本件発明のシステムである。本件発明の制御は,
「呼の確立後」に行うものに限定されておらず,「呼の確立後」に1チック
単位での調節を行うものは,一つの実施例にすぎない。
本件明細書等の段落【0083】に記載の制御は,受信時刻のバラツキ
を平均化してクロック信号を制御することができる。このような平均化のメ
リットは,呼の確立後の制御においても同様に得られるから,当業者は呼の
確立後においても,クロック調整のために複数のパケットの平均値を算出す
ることを当然に考慮し得るものである。
(4) 被告システムのBTSに存在する二つの時間枠は,いずれも送信予定時
刻との時間的関係及び時間幅(要するに,始点と終点)が予め特定されてお
り,またどのような場合に,いずれの時間枠を用いるかも予め決まっている
から「所定の」時間枠にあたり,そのようにして決定された特定の時間枠は,
「第1の所定の時間枠」に当たる。
本件発明は,複数回行われ得る制御の内の一つの制御の基本構成をクレ
ームしており,個々の制御はそれぞれが完結した本件発明の実施となる。個
々の構成要件Fの制御との関係では,構成要件Eの「第1の所定の時間枠」
は特定の時間枠を指している必要があるが,複数回行われ得る構成要件Fの
制御の全てに共通して,「第1の所定の時間枠」が同じ特定の時間枠である
必要はない。被告のいう「しきい値」は,±5ms,±8msのことを指し
ており,これは構成要件Fの制御を必要としない時間枠の始点と終点に相当
するものである。
〔被告の主張〕
(1) 被告システムは,構成要件Eを充足しない。その理由は以下のとおりであ
る。
(2) 構成要件Eにおける「第1の所定の時間枠」は,「第2のユニットが第3
のユニットから出行通信トラヒックを受信する」前に設定されている必要が
あり,さらに,複数の範囲を選択するようなものであってはならない。
(3) また,本件発明は,呼が継続中は,常に構成要件Eの判断と,当該判断に
基づく構成要件Fの加減を連続して行うことを予定している。「所定の時間
枠」は,遅くとも第2のユニットが受信する前に設定されていなければ,パ
ケットを受信する毎に遅延の有無を判定し,当該枠の中に移すということも
不可能である。
本件明細書等の段落【0083】は,呼の確立前の制御にかかる説明であ
って,呼の確立前であれば,受信平均時間に基づく制御が可能であることを
記載するにすぎず,呼の確立後について,そのような記載はない。
呼の確立前は,「空のトラヒック」が流れていることから,当該トラヒッ
クが第2のユニットの時間枠外で受信されて無線電話に送信できなかったと
しても通話に支障がないが,呼の確立後は,複数個のパケット(各トラヒッ
クの長さは20m秒)の送信ができないと,通話に著しい支障を生じると説
明されている。
本件発明は,実質的に無欠陥の通話を実現するために,通話中は,1チッ
ク単位での調整を行うものである。本件明細書等では,1PCMサンプル
(1チック=125μ秒に相当)か,せいぜい複数PCMサンプルを犠牲に
することで,パケット単位での欠落を予防すると説明されている。
このような本件発明に,複数パケットの欠落を伴う平均受信時刻を用いた
送信時刻の制御が含まれると解することはできない。
(4) また,本件明細書等の実施例については,遅延決定手段がセルにある構成
しか記載がなく,「所定の時間枠」が受信側にないとすれば,どのように受
信時刻と比較するのか不明であるということができる。
(5) 被告システムにおいては,BTSの受信時刻が,幅のないターゲット時間
となるように,BSCからの送信時刻を制御するが,ノイズの影響を除去す
るために,しきい値としてターゲット時間を設けているが,このしきい値を
もって,本件発明の「時間枠」であると解することはできない。被告システ
ムでは,複数のパケットを受信した後に初めて算出されるPATE値に応じ
て,二つのしきい値のいずれを用いるかを決定するのであり,各受信時に予
め一義的に定まっている「第1の所定の時間枠」は存在しない。複数の時間
枠が存在し,受信後に初めて比較対象となる時間枠が確定する被告システム
は,「所定の時間枠」との構成を充足しないものである。
被告システムのタイム調整では,8個のパケットのPATE値を平均して
いるが,平均PATE値が一定範囲内にあるか否かの判断は,各パケットを
一定の範囲内に受信したか否かの判断とは異なる。SDUからの送信時刻の
調整の要否及び調整量は,BTSによって決定されるものではなく,SDU
自らが判断するものであり,SDUは,各信号の送信時に毎回送信時刻の調
整の要否を判断しているのではなく,17回に1回,あるいは,9回に1回,
そのような判断がなされるにすぎない。BTSに「遅延決定手段」が設けら
れていないことも明らかである。
6 争点(1)カ(構成要件Fの充足性)について
〔原告の主張〕
(1) 被告システム(イ号物件目録f記載)における「パケットの平均受信時刻
が,・・・時間枠から外れていると判断した場合」は,「第2のユニットに
おける出行通信トラヒックの受信が第1の枠から外れていると判断した場
合」にあたり,構成要件Fを充足する。
(2) 構成要件Fにおける「前記の対応する枠」とは,調整の要否を判断した時
に用いた時間枠であり,次の送信周期の時間枠ではない。構成要件E・Fに
おいては,時間枠の中で複数のパケットが平均して受信されたかどうかの判
断を行い,これに応じて制御を行うことも,実施態様として含まれるもので
ある。構成要件Fは,単に時間枠から外れている受信時刻があるとの判断を
前提に,その受信時刻を時間枠の中に移すことが調節の目的であるとするも
のであり,調節時の「調節量」について何ら限定を行うものではない。調整
を行った結果,後続のパケットが必ず時間枠の中で受信されることまでは求
められていない。
過去のパケットと将来のパケットとの間に受信時刻の変動が生じる可能性
は十分にあり,将来のパケットの受信時刻が必ずウィンドウ時間内に受信さ
れるような調整量を,過去のパケットのみから計算することはできない。
(3) 構成要件Fにおける「変位量を加減する」との文言は,客観的に第1の位
相と第2の位相の変位量を変化させる制御があれば充足されるものである。
構成要件Fは「変位量を加減する」としか記載しておらず,当該加減を行う
に際して,何らかの形で「第1の位相」を具体的に参照する必要があるとま
で規定するものではない。
第3及び第2のユニット間のトラヒック制御と,第1及び第3のユニット
間のトラヒック制御とは,制御の局面が異なっており,その制御内容も,そ
れぞれ独立に考えることができる。発明の実施態様のうち,どの部分に着目
して発明を特定するかは出願人の自由であり,本件発明は,専ら第3及び第
2のユニット間のトラヒック制御に関する技術的手段を提供するものである。
(4) 被告システムの「所定の時間枠」は,調整の要否を判断する際に,受信
されたパケットの遅延変動の大小に応じて一義的に決まるものであり,被告
システムは,当該「所定の時間枠」の中に,後続のパケットが受信されるよ
うに,調整を行っている。
複数のパケットの平均的な受信が時間枠から外れていると判断された場
合には,必ずその複数のパケットの少なくとも一つは,時間枠から外れてい
るのであり,時間枠から外れている受信時刻があるとの判断を前提に,その
受信時刻を時間枠の中に移すために制御が行われれば,それは「枠の中に移
すために」という目的に合致した制御であるということができる。
〔被告の主張〕
(1) 被告システムが構成要件Fを充足するとの点は否認する。理由は以下のと
おりである。
(2) 構成要件Fにおける「対応する枠」とは,第1の時間枠を意味する。本件
明細書等の実施例には,第1の時間枠に相当する時間枠は一つしかなく,
「対応する枠」との記載から第1の時間枠が複数存在すると解することはで
きない。
「受信を対応する枠の中に移す」との文言は,個々のパケットの受信につ
いて,その各々を第1の時間枠内に移すことを意味する。「枠の中に移すた
めに」という文言は,調整後の後続のパケットが必ず時間枠の中で受信され
るように調整することを意味するのではなく,所定の時間枠の中で受信され
たかどうかの判断の対象となったパケットの後続のパケットが,判断の対象
となったパケットと同じタイミングで受信された場合に当該所定の時間枠の
中で受信される調整を行うという意味である。「枠から外れている受信」,
つまり,調整直前の受信時刻が調整により時間枠内になるように,第1の変
位量を加減するのであって,将来のパケットの受信時刻が必ずウインドウ時
間内に受信されるように調整を行うものではない。
(3) また,特許請求の範囲に「枠から外れている受信を・・・枠の中に移すた
めに,・・・第2の位相を変位(加減)する」とは記載せず,第1の変位量
を定義した上で,「第1の変位量を加減する」と記載したのは,第1の量を
加減することにより第2の位相を転位させることを明らかにする趣旨である。
構成要件Fは,当該制御により,第2のユニットにおける出行通信トラヒ
ックの受信を第1の枠の中に移すという制御を行うものである。ところが,
第1の位相を動かさず,第2の位相だけを動かすと,第3のユニットにおけ
る第1のユニットからのトラヒックの受信が,第3のユニットから第2のユ
ニットへのトラヒックの送信に間に合わず,第2のユニットにおける受信を
第1の枠の中に移すことはできない。
発明の詳細な説明には,第1の位相を第2の位相と略同時にシフトさせ,
両位相の位相差を一定量に維持する構成のみが記載されており,かかる構成
でなければ,本件発明の目的は達成できない。
(4) 被告システムでは,送信時刻の調整時に次の送信周期の「所定の時間枠」
が定まっていないから,第1の時間枠の中に移すことは不可能である。
被告システムのタイム調整では,枠から外れている場合に,直ちにこれ
に応じて送信時刻の調整をおこなうものではない。また,個々のパケットが
一定の時刻にBTSに到着するように調整するものでもない。平均受信時刻
を時間枠内に移したとしても,各パケットの「受信」について,第1の枠の
中に移すことにはならない。
7 争点(2)(被告システムは,本件発明と均等なものとして,その技術的範囲
に属するか)について
〔原告の主張〕
被告システムは本件発明の各構成要件を充足するものであるが,仮に構成
要件E及びFにおける「判断」が「個々のパケット」について行われるもの
であると解され,構成要件Eが「時間枠の中で複数のパケットを平均して受
信するかどうかを判断」する場合を包含せず,構成要件Fが「複数のパケッ
トの平均的な受信が時間枠から外れていると判断」する場合を包含しないと
解されたとしても,構成要件E・Fの各要件であり判断対象である個々のパ
ケットにつき,これを上記のとおり複数のパケットの受信時刻の平均に基づ
いて行う構成に置換したものは,以下のとおり,本件発明と均等である。
(1) 第1要件(非本質的部分性)について
本件発明において,第3及び第2のユニット間を流れるパケットは統計
的に多重化されており,変動性の伝送遅延を有する(構成要件D)ものであ
る。そして,本件発明の目的は,第3及び第2のユニット間を流れるパケッ
トに変動性の伝送遅延が生じるシステムにおいて,第2のユニットが無線電
話へのパケット送信予定時刻までの適切な時間にパケットを第3のユニット
から受信できなくなる(第3のユニットの送信と第2のユニットの受信が非
同期となる)という課題を解決することである(本件明細書等の段落【00
05】)。
本件発明は,このような課題を解決するべく,構成要件AないしDの構
成を前提として,「第2のユニットによる送信の時刻に先立つ第1の所定の
時間枠」を設け,その枠の中で第2のユニットがパケットを受信していない
と第1の手段が判断した場合(構成要件E)に,パケットの受信を「枠の中
に移すために,第2の位相の第1の位相からの第1の変位量を加減」し(構
成要件F),もって第3のユニットの送信タイミングを調整する第3の手段
を設けるという技術的思想を提供するものである(本件明細書等の段落【0
010】)。
ここで,第3の手段が第2の位相の調整を行うのは,第1の手段におい
て,「パケットが時間枠の中で受信されていない」という「判断」を行った
場合であるが,この「判断」を「個々のパケット」について行うことは,本
件発明の技術的思想の中核的,特徴的部分ではない。「判断」の本質的意義
は,パケットの受信時刻を時間枠と比較し,それに基づき「調整の必要性を
判断」することにあるからである。
例えば,二つのパケットが続けて時間枠の中で受信されなかったことを
もって,第1の手段に「調整が必要と判断」させるシステム設計にしたとし
ても,本件発明が技術的思想として別個のものとなるわけではない。同様に,
複数のパケットが平均して時間枠の中で受信されなかったことをもって,第
1の手段に「調整が必要と判断」させるシステム設計にしたとしても,本件
発明が技術的思想として別個のものとなるわけではない。いずれの場合も,
パケットの受信時刻を時間枠と比較し,それに基づき「調整の必要性を判
断」するという本質は同じである。
したがって,構成要件E及びFの「判断」を,複数のパケットの受信時
刻の平均に基づいて行う構成に置換することは,本件発明の本質的部分の置
換ではない。
(2) 第2要件(作用効果の同一性)について
構成要件E及びFの「判断」を,複数のパケットの受信時刻の平均に基
づいて行う構成に置換したとしても,「第2のユニットが所定の時間枠の中
でパケットを第3のユニットから受信できるように,第3のユニットの送信
タイミングを調節する」という作用効果が生じるのは,本件発明と同じであ
る。
なお前記のとおり,構成要件Fの「枠の中に移すために」という文言は,
制御の目的を規定したものであり,調整を行った結果,後続のパケットが
「必ず」枠の中で受信されることまでは求められていない。そもそも,「個
々のパケット」に対して制御を行えば,パケットを時間枠の中で必ず受信さ
せることができるというわけでもない。
個々のパケットについて調整の必要性判断を行うか,複数のパケットに
基づいて調整の必要性判断を行うかによって,調整の頻度や調整量は異なる
ものとなるであろうが,作用効果の同一性は実質的なもので足りるから,均
等の第2要件の充足は,このような作用効果の量的違いによって否定される
ものではない。
(3) 第3要件(置換容易性)について
構成要件E及びFの「判断」を,複数のパケットの受信時刻の平均に基
づいて行う構成に置換することは,本件明細書等の段落【0083】の記載
に基づき,当業者が容易に想到することができるものである。
本件明細書等の段落【0083】には,構成要件Fの「加減」を,複数
のパケットの調節時間の平均に基づいて行うことができるとの記載がある。
加減量の決定の場面と加減の必要性の有無を判断する場面というのは,ほぼ
同時的な場面であることからすれば,複数のパケットの調節時間の平均に基
づき加減量を決定する場合に,前提となる加減の必要性判断も,複数のパケ
ットの平均値に基づき行い得ることは,当業者にとって明白である。調整量
の決定にあたり平均値を採用するのは,1個のパケットがたまたま異常値を
示したような場合を捨象するためであると考えれば,調整の必要性判断にあ
たっても平均値を用いるのが合理的だからである。
(4) 第4要件(推考非容易性)について
構成要件E及びFの「判断」を,複数のパケットの平均的な受信に基づ
いて行うシステムは,本件発明の優先日における公知技術と同一又は公知技
術から当業者が容易に推考できたものではない。
(5) 第5要件(意識的除外の不存在)について
本件発明の出願手続などにおいて,構成要件E及びFの「判断」を,複
数のパケットの平均的な受信に基づいて行うことは,本件発明の技術的範囲
から意識的に除外されていない。
〔被告の主張〕
被告システムは本件発明と均等ではない。均等の各要件についての被告の主
張は,以下のとおりである。
(1) 第1要件(非本質的部分性)につき
本件発明は,第3のユニットと第2のユニット間の伝送遅延の変動を補償
し,第1,第3及び第2のユニット間の同期を取ることをその目的とする。
構成要件Fによる第1の量の加減は,第2のユニットにおけるパケットの受
信時刻を,「枠の中に移すために」行われる。個々のパケットについて第1
の量の調整の要否を判断し,その調整量を決定し,当該調整を実行しなけれ
ば,パケットの欠落が生じる可能性があり,本件発明の目的が達成できない。
これに対し,平均受信時刻を用いて調整の必要性を判断する場合には,時
間枠の外で受信されたとしても,直ちに,調整するのではなく,調整が行わ
れるまで複数回,待たなければならない。その結果,調整が行われるまでの
間の複数のトラヒックの第2のユニットにおける受信時刻が,第2のユニッ
トから無線電話への送信時刻(例えば,本件明細書等の図19の1300)
に間に合わず,いずれも無線電話に送信できないという事態が生じうる。
また,平均受信時刻に基づいて調整の要否及び調整量を判断すると,必ず
しも受信時刻が時間枠に入るわけではない。
したがって,構成要件E及びFの調整を個々のパケットについて行わない
とすれば,本件発明の目的を達成できない。よって,構成要件E及び構成要
件Fにかかる調整を,個々のパケットについて行うことは,本件発明の本質
的部分である。
被告システムは,複数のパケットの受信時刻を平均し,当該平均受信時刻
に基づいて,送信時刻の調整の要否及び調整量を決定しており,個々のパケ
ットについてこれらの制御を行うものではない。かかる相違は,本件発明の
本質的部分である。
よって,均等の第1要件を満たさない。
(2) 第2要件(作用効果の同一性)につき
平均受信時刻を用いて構成要件E及びFにかかる制御を行った場合,複数
のパケットの欠落が生じ,通話に著しい支障が生じうる。したがって,かか
る制御を行う被告システムでは,本件発明の目的を達成できない。
よって,均等の第2要件を満たさない。
(3) 第3要件(置換容易性)につき
被告システムは,平均受信時刻を用いてターゲット時間を決定する際に,
PATE差分値の平均に応じて,エラー限界(しきい値)を変えている。
このように,本件発明の構成要件Eにおいて,平均受信時刻を用いるだけ
でなく,しきい値まで変更する構成を想到することは,その動機付けもなく,
容易ではない。
よって,均等の第3要件を満たさない。
(4) 第5要件(禁反言)につき
本件明細書等の段落【0083】には,「平均時間」に基づく送信時刻の
制御についての記載がある。それにもかかわらず,特許請求の範囲に,「平
均時間」に基づいて送信時刻を制御する構成は記載されていない。したがっ
て,出願人は,意図的に「平均時間」に基づいて送信時刻を制御する構成を
除外したというべきである。
よって,均等の第5要件を満たさない。
8 争点(3)ア(無効理由1〔明確性要件違反〕)について
〔被告の主張〕
本件発明は,以下のとおりの抽象的な文言により各構成要素が表現されて
いる上,以下の①ないし⑪の構成要素が,本件発明の目的及び作用効果との
関係で,どのような構造でどのような機能を果たすものなのかが不明である。
①「第1の位相を有する第1のクロック信号」
②「出行通信トラヒックの送信を行う第1のユニット」
③「第2のクロック信号」
④「出行通信トラヒックを無線電話に送信する第2のユニット」
⑤「第1の位相から調節できるように固定された第1の量」
⑥「第2の位相を有する第3のクロック信号」
⑦「第1および第2のユニット間の通信のインタフェースをとる第3のユ
ニット」
⑧「通信媒体」
⑨「第2のユニットによる送信の時刻に先立つ第1の所定の時間枠」
⑩「第1の手段からなる遅延決定手段」
⑪「第2の位相の第1の位相からの第1の変位量を加減する第3の手段」
そうすると,本件発明は特許法36条6項2号に定める明確性要件を欠き,
特許法123条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきもの
であるから,特許法104条の3第1項により原告は権利を行使することが
できない。
〔原告の主張〕
(1) 本件発明の特許請求の範囲の記載に係る被告の主張①ないし⑪の文言につ
いては,上記2ないし6〔原告の主張〕においても主張したとおり,それぞ
れ明確であるから,被告の主張する明確性要件違反の無効理由は存しない。
(2) このうち,「第1の位相」は構成要件A・C・Fを通じて同じ特定の位相
を指している。また,変位量の加減後は,「第1の量」は変化するのであり,
もはや「固定された第1の量」ではなくなるところ,構成要件Cの「第1の
量」は,構成要件Fに基づく変位量の加減がされる「前」の,「固定され
た」状態における,第1の位相と第2の位相の位相差である。
構成要件Fの「第1の変位量」も加減の対象であり,同じく変位量の加減
がされる「前」の,「固定された」状態における,第1の位相と第2の位相
の位相差である。そうすると,「第1の位相」は,変位量を加減するための
指示が行われる前に,第1のクロック信号が有する位相であり,これが,構
成要件C・Fにおいて「第2の位相」の比較対象とすべき「第1の位相」で
ある。
仮にこれと異なる解釈を行う余地があるとすれば,本件発明の特許請求の
範囲における「第1の位相」の技術的意義は,必ずしも明確ではない可能性
がある。しかしながら,その場合には,本件発明については,最高裁昭和6
2年(行ツ)第3号同第二小法廷平成3年3月8日判決(民集45巻3号1
23頁)にいう「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解
することができない」特段の事情があるということになるため,本件発明の
要旨認定のあり方としては,まず本件明細書等の発明の詳細な説明の記載を
参酌すべきということになる。そして,特許請求の範囲と本件明細書等の発
明の詳細な説明の記載を照らして読めば,本件明細書等の実施例において
「第1のユニット」,「第2のユニット」及び「第3のユニット」に対応す
るものは,それぞれ「ボコーダ604」,「チャネル要素245」及び「プ
ロセッサ602」であること,「第1のクロック信号」,「第2のクロック
信号」及び「第3のクロック信号」に対応するものは,それぞれ「出力クロ
ック622で生成したクロック信号」,「セル・クロック1000で生成し
たクロック信号」及び「送信割り込み信号TX_INT_X」であることは明らかで
ある。また,実施例においては,本件発明の課題を解決するため,セルにお
ける所定の時間枠内にパケットが受信されるよう,プロセッサ602の
TX_INT_X信号の位相が調節されており(本件明細書等の段落【0080】~
【0086】),引き続いて出力クロック622の位相も,ほぼ同時に調節
される制御がされている(本件明細書等の段落【0085】,【008
6】)。かかる実施例の記載を念頭に,本件特許請求の範囲の記載を合理的
に解釈した場合,構成要件C・Fの変位量の調節又は加減との関係で,「第
2の位相」と比較すべき「第1の位相」が「変位量を加減するための指示が
行われる前に,第1のクロック信号が有する位相」であり,ほぼ同時に出力
クロック622を調節する制御は,本件発明の内容にはなっていないという
ことが当業者にとって明らかである。
本件特許請求の範囲に「調節できるように・・・第1の量」や「第1の変
位量を加減」との記載があるにもかかわらず,かかる調節や加減がされる実
施例が存在しなくなるような帰結をもたらす不合理な解釈(「第2の位相」
と比較すべき「第1の位相」が加減の前後で統一的でない解釈)を,当業者
があえて採用することはあり得ない。
(3) もっとも,万一本件特許が無効にされるべきものと認められた場合に備
え,原告は,後記12〔原告の主張〕記載のとおりの訂正を行う予定であり,
これによれば無効理由がないことについて疑義がなくなるというべきである。
9 争点(3)イ(無効理由2〔実施可能要件違反〕)について
〔被告の主張〕
本件発明は,抽象的な文言により各構成要素が表現され,各構成要素と明細
書に記載された具体的な装置との対応関係も不明である。よって,当業者が本
件明細書等の発明の詳細な説明を参酌しても,本件発明を実施することはきわ
めて困難であり,本件特許は無効とされるべきである。
そうすると,本件発明は特許法36条4項1号に定める実施可能要件を欠き,
特許法123条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきもので
あるから,特許法104条の3第1項により原告は権利を行使することができ
ない。
〔原告の主張〕
被告の実施可能要件違反の主張はその理由とするところがそもそも明らかで
はなく,理由がないが,本件特許に対しては,前記第2,2(3)ウのとおり,
平成25年10月15日に,請求項1についての訂正を含むすべての訂正を認
容する審決がされた(訂正2013-390085)。同審決においても,本
件発明の各構成要件がもっぱら抽象的な文言により表現されているとか,各構
成要件と明細書に記載された具体的な装置との対応関係が不明であるといった
指摘はなく,同審決は,「出行通信トラヒック」とは,いわゆる順方向リンク
の通信トラフィックと認められ,第1のユニットに相当するボコーダ604か
ら第3のユニットに相当するプロセッサ602へ,そこからさらに第2のユニ
ットに相当するチャネル要素245から移動電話203に送信されるものであ
るから,本件特許の出願当初の明細書の記載の範囲内のものであって,「第1
のユニット」が「ボコーダ604」に,「第2のユニット」が「チャネル要素
245」に,「第3のユニット」が「プロセッサ602」にそれぞれ相当する
ことを認めている。
したがって,本件発明について,被告の主張する,もっぱら抽象的な文言に
より各構成要素が表現され,各構成要件と明細書に記載された具体的な装置と
の対応関係も不明であるということはない。本件発明が実施可能要件を満たす
ことは明らかである。
10 争点(3)ウ(無効理由3〔サポート要件違反〕)について
〔被告の主張〕
原告の主張によれば,本件発明において,「第1のユニット」,「第2の
ユニット」及び「第3のユニット」は本件明細書等に記載された実施態様に
おいてはそれぞれ「ボコーダ604」,「チャネル要素245」,「プロセ
ッサ602」に対応し,「第1のクロック信号」,「第2のクロック信号」
及び「第3のクロック信号」は,それぞれ「クロック622で生成したクロ
ック信号」,「セル・クロック1000で生成したクロック信号」及び「送
信割り込み信号TX_INT_X」に対応し,「第1の位相」及び「第2の位相」は
それぞれ「出力クロック622で生成するクロック信号の位相」及び
「TX_INT_Xの位相」に対応する。
しかし,本件明細書等に,「前記第1の位相から調節できるように固定さ
れた第1の量だけ転位させた第2の位相」(構成要件C)及び「第2の位相
の第1の位相からの第1の変位量を加減する第3の手段」(構成要件F)が
記載されていないことは,本件明細書等の記載から明らかである。
本件特許は特許法36条6項1号に定めるサポート要件を欠き,特許法1
23条1項4号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものであるか
ら,特許法104条の3第1項により原告は権利を行使することができない。
〔原告の主張〕
(1) 本件発明は,変動性の伝送遅延を与えるパケット交換通信媒体によって,
第2のユニット(無線電話に出行トラヒックを送信する)と第3のユニット
(電話網側で第1のユニットと接続している)が相互に接続されている無線
電話通信システムに関するものであり,同システムにおいて,第1のユニッ
トが公称周波数及び第1の位相を有する第1のクロック信号に基づきトラヒ
ックを第3のユニットに送信し,第3のユニットが,同じ周波数と,当該第
1の位相から固定された「第1の量」だけ転位させた第2の位相を有する第
3のクロック信号に基づき,トラヒックを第2のユニットに送信することを
前提とする(構成要件A~D)。通常,相互にトラヒックを送受信する通信
ユニットにおいては,前記第1及び第3のクロック信号のような一定の位相
関係を有する,同期したクロック信号により送信タイミングがとられており,
ユニット間の伝送遅延が予測可能であれば,これらのユニットは互いに同期
して動作することが可能となる。しかし,第2及び第3のユニット間のよう
に,二つのユニットを接続する通信媒体が予測できない変動性の伝送遅延を
もたらす場合には,ユニットがそれぞれ独立したタイミングで送受信を行っ
ているのと同じ状況が生じ,トラヒックの送受信に問題が生じる(本件明細
書等の段落【0004】,【0005】)。そこで本件発明は,第2及び第
3のユニット間の非同期性を補償するために,第2のユニットにおいて出行
トラヒックの受信が期待される所定の時間枠を設定し,その時間枠の中で第
3のユニットが送信する出行トラヒックが受信されるように,第2の位相の
第1の位相からの変位量である上記「第1の量」を調節(構成要件E・F)
し,もって第2の位相をシフトすることで,第3のユニットの送信タイミン
グをシフトすることを解決手段とするものである(本件明細書等の段落【0
010】)。
上記のとおり,本件発明は,第2及び第3のユニット間の非同期性を調
整するために,第3のユニットのクロック信号が有する第2の位相をシフト
することを内容とするものである。これを本件発明のクレームでは,まず構
成要件Cにおいて,第2の位相を第1の位相から「固定された第1の量」だ
け転位した,つまり,第1の位相と一定の位相関係にある位相であると定義
しつつ,一定の場合には第1の量が調節可能であるということを「調節でき
るように」という文言で表現している。つまり構成要件Cによれば,「第2
の位相」は,「第1の量」の調節前は,第1の位相から「第1の量」だけ転
位した位相であるが,「第1の量」の調節後は,第1の位相から「第1の量
±α」(調節量を±αとする)だけ転位した位相であるということになる。
(2) そして,構成要件Cの「調節できる・・・第1の量」との記載を受けて,
本件発明のクレームは構成要件E及びFにおいて,いかなる場合に第1の量
が調節されるかを具体化し,また構成要件Fにおいて「第2の位相の第1の
位相からの第1の変位量を加減する」という表現を用いて,第2の位相が第
1の位相から「第1の量」だけ転移した位相から,「第1の量±α」だけ転
位した位相となること,すなわち第2の位相がシフトされることを規定して
いる。
ここで,クレームの用語は,原則としてそのクレーム全体を通じて,統
一的に用いられるべきものであるところ,本件発明には,上記のとおり第2
の位相をシフトする旨の記載はあっても,第1の位相をシフトする旨の記載
は一切ない。したがって,構成要件A,C及びFの「第1の位相」は,全て
同じ特定の位相を指すものと解すべきである。
(3) もっとも,本件発明「外」の制御として,第1の位相をシフトすることが
クレーム上制限されるわけではない。したがって,本件発明において,前記
第1の変位量の加減後も,第1のクロック信号の位相が,構成要件A及びC
の「第1の位相」のまま固定されていなければならないということはない。
この点に関して被告は,本件明細書等の実施例によれば,プロセッサ6
02からの送信時刻(「TX_INT_Xの位相」)のシフトとボコーダ604から
の送信時刻(「出力クロック622で生成するクロック信号の位相」)のシ
フト,すなわち第2の位相のシフトと第1の位相のシフトが,実質的に同時
に,かつ同一量にて行われるところ,結果として,第2の位相の第1の位相
からの変位量は常に同じであり,本件明細書等には,TX_INT_Xの位相の出力
クロック622の位相からの変位量を加減する手段はないと主張する。すな
わち被告は,本件発明が第1の位相のシフトという制御も内容として含むか
のように解し,第1の位相と,それをシフトした後の位相のそれぞれの位相
に対する第2の位相の変位量を比較して,クレームによれば変位量の「加
減」があるはずのところ,本件明細書等においては,変位量は「常に同じ」
という齟齬があると主張していると解される。
しかし,かかる被告の主張は,クレームに何ら記載も示唆もないにもか
かわらず,第1の位相のシフトまで行うことが本件発明の内容に含まれると
の前提の上でされたものであって,その前提において誤りである。また「第
1のユニット」,「第2のユニット」,「第3のユニット」がそれぞれ特定
のユニットを指すものであるのと同様に,「第1の位相」も特定の位相を指
すものであり,クレームに何ら記載も示唆もないのに,「第1の位相」が,
構成要件A及びCにおける位相と異なる位相も指すと解することはできない。
これは例えば,構成要件Eの最初の「第2のユニット」が「ユニットA」を
指している場合に,構成要件Eの2番目の「第2のユニット」をそれとは異
なる「ユニットB」を指すものと解することが不合理であるのと同様である。
このように,「第1の位相」は,構成要件A,C及びFを通じて同じ特
定の位相であると解すべきであり,本件発明が本件明細書等にサポートされ
ているかどうかの検討にあたっては,
①加減前の「第2の位相」の「第1の位相」からの変位量と,
②加減後の「第2の位相」の①と同じ「第1の位相」からの変位量
が異なるものとなる制御が本件明細書等に開示されているかどうかを検
討すべきである。
(4) 構成要件Cに係る本件明細書等の記載としては,本件明細書等の段落
【0055】,【0062】及び【0063】には,実施例におけるクロッ
ク回路600は,TDMバス130を介して,ボコーダ回路604に20ミ
リ秒のクロック信号を分配しており(これに同期する出力クロック622の
位相が「第1の位相」に相当する),かつ適応同期回路611は,出力クロ
ック622に同期しているがそれから位相が固定された一定の量変位してい
るようなクロック信号TX_INT_X(このTX_INT_Xの位相が「第2の位相」に相
当する)を生成する。この変位量は,プロセッサ602によって制御される
ものである。このように,本件明細書等には,構成要件Cの「前記第1の位
相から調節できるように固定された第1の量だけ転位させた第2の位相」と
いう構成が記載されている。
(5) 構成要件Fに係る本件明細書等の記載としては,本件明細書等の段落【0
081】及び【0084】によれば,SPU264からチャネル要素245
へのパケットの送信は,適応同期回路611によってプロセッサ602に発
行される送信割り込み信号TX_INT_Xによって誘発されるところ,チャネル要
素245からの要求があった場合,プロセッサ602は適応同期回路611
に指示して,TX_INT_Xをチャネル要素245によって指定された量1310
だけ調節する。このようにしてプロセッサ602により,TX_INT_Xの位相が
シフトされると,TX_INT_Xの位相の(TX_INT_Xの位相をシフトする前の)出
力クロック622の位相に対する変位量,すなわち「第2の位相」の「第1
の位相」からの変位量は変化する。したがって,構成要件Fの「第2の位相
の第1の位相からの変位量を加減する第3の手段」も,本件明細書等に記載
されている。
この点に関し被告は,TX_INT_Xの位相は,チャネル要素245から受信し
たパケットにおいて指定された量だけ,適応同期回路611に指示して,プ
ロセッサ602からチャネル要素245へ送信する時刻(「TX_INT_Xの位
相」)をシフトすることだけが開示されており,TX_INT_Xの位相を,出力ク
ロック622で生成するクロック信号の位相を基準に,転位量を加減する構
成についての開示はないとし,「TX_INT_Xの位相のシフト」と,「TX_INT_X
の位相の出力クロック622の位相からの変位量の加減」とが,異なる制御
であるかのように主張する。
しかし,第2の位相を第1の位相から「第1の量」だけ転位した位相から,
「第1の量±α」だけ転位した位相にすることは,第2の位相をシフトする
のと同義であり,それと同様に,TX_INT_Xの位相の(TX_INT_Xの位相をシフ
トする前の)出力クロック622の位相に対する変位量を加減することは,
TX_INT_Xの位相のシフトと同義である。
(6) 以上のとおり,本件発明の「前記第1の位相から調節できるように固定
された第1の量だけ転位させた第2の位相」(構成要件C)及び「第2の位
相の第1の位相からの第1の変位量を加減する第3の手段」(構成要件F)
という構成は,いずれも本件明細書等(段落【0055】,【0062】,
【0063】,【0081】及び【0084】など)に記載されている。そ
して,この事実が,本件明細書等に,例えば段落【0086】,【008
7】などの「第1の位相のシフト」に係る記載が存在していることを理由に
変わるということはあり得ない。
上記によれば,本件発明がサポート要件を欠くとの被告の主張は,失当
である。
11 争点(3)エ(無効理由4〔GSM企画書(乙3~6)を主引例とする進歩
性欠如〕)について
〔被告の主張〕
(1) GSM規格書(乙3~6)には,第1のユニット及び第3のユニットに相
当する構成が開示されている。「音声符号化」と「伝送の制御」の二つの機
能を有する本件明細書等に記載の音声処理ユニットが,ボコーダ602にお
いて「音声符号化」を行い,プロセッサ604において「伝送の制御」を行
うのと同様,「音声符号化」と「伝送の制御」の二つの機能を有するGSM
08.60記載のTRAUに,「音声符号化」を行う部分及び「伝送の制
御」を行う部分が存在することは自明である。そのうち,前者が本件発明の
「第1のユニット」,後者が「第3のユニット」に相当する。
(2) すなわち,GSM08.60(乙4)の「4.6.1.1 初期時間調節
状態」には,TRAU内の(ボコーダ機能を有する)トランスコーダについ
て,「トランスコーダは,音声フレームの送信時間を125μS(1音声サ
ンプル)単位で調整することができる。」こと,「CCUは要求される時間
調整を計算し,ダウンリンク方向のフレームが遅延させられるべき250/
500μSのステップの数(『時間調節』フィールドにおける2進数値)を
含むフレームを返す。この情報を受信すると,TRAUは『時間調節』フィ
ールドを命令されたように次のダウンリンクフレームに設定し,そして,続
くフレームをそれに応じて遅延させる。」ことが記載されている。また,
「4.6.1.2. 静的時間調節状態」には,「タイミングを調整するた
めの命令を受信すると,トランスコーダは二つの音声サンプルをスキップす
るかまたは繰り返して,正しいタイミングを実現する。」ことが記載されて
いる。さらに,「図 GSM08.60/4.1. 初期時間調節手段」に
は,BTS内のCCU(Channel Codec Unit)が「調節時間を計算」し,こ
れをTRAU(Transcorder/RA Unit)に送信し,当該情報を受け取ったT
RAUが,直後の送信時刻を,当該「調節時間」だけ前後させることが記載
されている。
つまり,GSM08.60には,CCUにおいて計算された「調節時間」
をTRAUが受信すると,TRAUからBTSへの送信時刻を当該時間だけ
調節すると同時に,トランスコーダからTRAU内の「伝送の制御」をする
部分への送信時刻も当該時間だけ調節することが記載されている。
GSM08.60記載のシステムは,伝送の制御をするユニット(「第3
のユニット」に相当)の位相を,トランスコーダ(「第1のユニット」に相
当)の前の周期の位相と比較したときの「変位量」は,送信時刻の調節の前
後で異なっている。したがって,同システムは,「伝送の制御をするユニッ
トの位相の,トランスコーダの位相からの変位量を加減する手段」を有して
いる。したがって,GSM08.60には,「『伝送の制御』を担う箇所の
位相は,『音声符号化』を担う箇所の位相から調節できるように固定された
量だけ転位されていること」は記載されている。
(3) GSM規格書には,出行通信トラヒックにかかる構成が開示されている。
GSM規格書においてTRAUからCCUへ送信されるのはフレームである
ところ,フレームは,20m秒分の音声を符号化したデータが含まれ,20
m秒毎に送信される(乙4,4頁第2章,4.6章,乙5図1等)。したが
って,GSM規格書記載のフレーム送信は,その形式及び内容において,本
件発明の「パケット」による伝送に対応させることができ,GSM規格書に
は,出行通信トラヒックに相当する構成は記載されている。
(4) GSM規格書記載の構成において,TRAUとBTS間に統計多重化され
たパケットにより伝送する構成を組み合わせることで,本件発明を容易に想
到できる。
ア 携帯電話システムを含む音声通信システムにおいて,音声トラヒックを,
統計的に多重化されたパケットにより送信することは,乙7ないし12,
22の記載によれば,周知の技術である。
イ このうち,特に乙22記載のパケット交換方式を,GSM規格書記載の
技術に組み合わせることは,容易である。すなわち,乙22及び乙23に
は,GSMを具体的に挙げ,GSM方式にパケット伝送方式(セルラーパ
ケットスイッチ)を導入することが具体的に記載されている。また,携帯
電話システムにおけるパケット交換方式を記載した乙12は,乙22の著
者であるグッドマンの発明であり,乙22の図2~7,11は,乙12の
図2~5,7,9,12と同一ないし実質的に同一であるといえることに
鑑みれば,乙22のシステムをGSM方式に適用できるとの記載に基づき,
当業者が,乙12のシステムをGSM方式に適用することは容易である。
ウ そして,GSM規格書(乙3~6)には,第3のユニットから第2のユ
ニットへ送信される出行通信トラヒックを,「統計的に多重化されたパケ
ットとして伝送」することは開示されていない。しかし,乙22に,GS
M方式にパケット伝送方式を適用することが記載されているように,両者
の組み合わせは容易であり,これにより相違点に想到できる。すなわち,
音声のパケット伝送方式は,音声を符号化し,一定の長さ毎に一塊のデー
タ(パケット)として送信する方式であるところ,GSM方式は,トラン
スコーダにおいて音声を符号化し,20秒毎に一塊のデータ(フレーム)
としてTRAUからCCUに送信している。したがって,GSM方式にお
けるTRAUとCCU間において,フレーム伝送に代えて,パケット伝送
を行うことに想到することは容易である。
エ よって,原告の本件発明の解釈に従えば,当業者が,GSM規格書記載
の構成に,乙22記載の技術ないし周知技術を組み合わせて本件発明に
至ることは容易であり,本件発明は特許法29条2項に定める進歩性を
欠く。
そうすると,本件特許は特許法123条1項2号に基づき特許無効審判
により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3第1項に
より原告は権利を行使することができない。
〔原告の主張〕
(1) GSM規格書には,「第1のユニット」(構成要件A)及び「第3のユニ
ット」(構成要件C),「統計的に多重化されたパケット」(同D)及び
「第1の所定の時間枠」(同E)に相当する構成が開示されていない。
まず,構成要件A及びCについて,GSM規格書には,第1のユニットに
相当する構成は記載されていないが,その具体的な装置が記載されていない
ことにとどまらず,本件発明の「第1のユニット」と「第3のユニット」は,
クレーム上,それぞれ異なるクロック信号により指示される時刻に出トラヒ
ックを送信するものでなければならないところ,このような互いに異なるク
ロック信号により指示される時刻に出トラヒックを送信する二つのユニット
がBSCのTRAUに存在することは,GSM規格書には記載されていない。
被告は,本件明細書等の実施例のボコーダ604が「第1の位相」に相当
するのであれば,TRAUの音声エンコーダーが「第1のユニット」に相当
するとのあてはめを行うのみで,互いに異なるクロック信号に基づきトラヒ
ック送信を行う二つのユニットの存在については説明できていない。
以上のとおり,GSM規格書に,「第1のクロック信号により指示される
時刻に・・・送信を行う第1のユニット」(構成要件A)及び「第3のクロ
ック信号によって指示される時刻に」送信を行う「第3のユニット」(構成
要件C)は記載されていない。
(2) 構成要件E及びFについて,GSM規格書には,「ダウンリンクの音声フ
レームのタイミングが調整されたとき,当該調整は,4.6.1.1及び4.
6.1.2章に記載したように,C6-C11のビットに表示される。これ
に応じて,フレーム同期ユニットは,そのフレーム同期ウィンドウを変更し
なければならない。」(乙4,24頁16~19行)としか記載されていな
い。ここにいう「フレーム同期ユニット」がどこにあるのかは,GSM規格
書を見ても不明であるし,「フレーム同期ウィンドウ」を使ってどのような
制御が行われるのか,またその制御によってどのような機能が奏されるもの
であるのか,その具体的内容がまったく不明である。
もっとも,「フレーム同期ウィンドウ」が,少なくとも本件発明の構成要
件Eにかかる「第1の所定の時間枠」とは異なるものであるということは,
GSM規格書の記載から明らかである。すなわち,本件発明の「第1の時間
枠」は「所定の」ものであり,変更されることを前提としていない。第2の
ユニット(セル)による送信の時刻との関係において,その送信時刻に先立
って予め決まっているものである。これに対し,GSM規格書の「フレーム
同期ウィンドウ」は,「・・・フレーム同期ユニットは,そのフレーム同期
ウィンドウを変更しなければならない。」と記載されているとおり「変更」
されるものである。「フレーム同期ウィンドウ」は「所定の」ものではない
以上,本件発明の「第1の所定の時間枠」とは異なるものであることが明ら
かである。
したがって,GSM規格書には,「第1の所定の時間枠」(構成要件E)
が記載されていないし,その構成を前提とした,「第2のユニットにおける
出行通信トラヒックの受信が第1の枠から外れていると判断」する第1の手
段(構成要件E)に相当する構成も,「枠の中に移すために」行われる「第
1の変位量を加減」する第3の手段(構成要件F)に相当する構成も記載さ
れていない。
(3) そして,被告が周知の技術を示すものとして提出する乙各号証には,
「統計的に多重化されたパケット」が記載されておらず,GSM規格書に記
載された発明に,乙各号証に記載された発明を組み合わせることはできない。
そうすると,本件発明は,GSM規格書記載の構成に乙22記載の技術
ないし周知技術を組み合わせることで容易に想到し得るとは認められないか
ら,進歩性欠如の被告の主張には理由がない。
12 争点(4)(訂正の対抗主張の成否)について
〔原告の主張〕
被告の提出する明確性要件違反,実施可能要件違反,サポート要件違反の
各無効理由に対して,原告は,予備的に訂正による無効理由の回避を主張す
る。
本件訂正により,構成要件Aの「第1の位相」が「後記第3の手段により
変位量の加減を加減するための指示が行われる前に,第1のクロック信号が
有する位相」であることを明確にし(構成要件A’),かつ,構成要件Fの
「第1の位相」の前に「前記」と記載する(構成要件F’)ことにより,
「第1の位相」が構成要件A’,C及びF’に共通して,変位量を加減する
ための指示が行われる前に第1のクロック信号が有する位相を指しているこ
と,したがって変位量の調節又は加減「後」も,「第2の位相」と比較すべ
き「第1の位相」は,当該調節又は加減「前」に比較したものと同じ位相で
あるということが明確となり,本件発明に無効理由がないことにつき疑義が
なくなるというべきである。
本件特許については,無効審判事件(無効2014-800110事件)
が係属しており,現状で原告は訂正審判請求ができない状態にあるが,可能
となった場合に,原告は本件訂正の内容での訂正請求を行う。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。原告は,「第1の位相」の技術的意義が不明確であると
主張して訂正を予定しているとするが,「第1の位相」が,「第3の手段」
により位相量を加減するための指示が行われる前の,特定の立ち上がりエッ
ジのタイミングを表すための具体的な位相を指すものであることは,本件明
細書等に開示されていないから,本件訂正は,訂正要件を満たさない。
また,「第1の量」は,本件訂正前は,対応する(同一の出行通信トラヒ
ックの送信にかかる)立ち上がりエッジのタイミングを比較するものであっ
たのが,本件訂正により,対応しない(異なる出行通信トラヒックの送信に
かかる)立ち上がりエッジのタイミングを比較するものとなり,実質上,特
許請求の範囲を変更することになる。
したがって,本件訂正は認められない。
13 争点(5)ア(クロスライセンス契約上の地位の承継の有無)について
〔被告の主張〕
(1) 本件発明に係る特許は1994年(平成6年)1月1日以前に出願され
たものであるから,前記第2,2(7)記載の本件クロスライセンス契約に
いう「発明」に該当する。よって,本件特許は「AT&T特許」に該当
するので,KDDは,本件特許につき,非独占的,譲渡不能かつ無償の
ライセンスを有している。
(2) 被告は,第二電電,KDD及び日本移動通信の合併により設立された会
社であり,存続会社である第二電電(乙19)は,合併により,他の2
社の権利義務を包括的に承継した。したがって,被告は,当該合併によ
り,本件クロスライセンス契約上の権利義務を当然に承継した。
乙13の2の「通知」(原文は「Notice」。以下「本件通知」とい
う。)は,本件クロスライセンス契約の相手方であるAT&Tが組織再
編により3社に分割された際に,AT&TからKDDに対してなされた
通知である。●(省略)●
したがって,被告は,本件クロスライセンス契約をKDDから承継し
たものであり,本件特許につき通常実施権を有している。
(3) ●(省略)●「本契約の発効日において従事している業務」との限定の
ほかは何らの限定も付されていない。「本契約の発効日において従事し
ている業務」とは,KDDに関しては,「通信事業」という包括的なも
のと理解するのが相当である。
この点に関して原告は,実施許諾の範囲は「3G CDMA携帯電話
ネットワークの業務」と限定されると主張するが,そのように解するこ
とはできない。すなわち,本件クロスライセンス契約が締結された19
88年(昭和63年)当時,2G(GSM)携帯電話システムですら規
格が定まりつつある段階であり(乙3~6),運営開始前であった。●
(省略)●本件クロスライセンス契約により実施権が許諾される範囲で
ある「本契約の発効日において従事している業務」は,特定のシステム
による技術分野ないし事業分野に限定されるものではない。
したがって,本件クロスライセンス契約による実施権の許諾は,その
発効日である1988年(昭和63年)12月23日に従事していた通
信事業をその範囲とするものであって,将来開発されるシステム(例え
ば3G携帯電話システム)による通信事業を排除する趣旨でないことは
明らかである。
(4) 米国ニュージャージー連邦地方裁判所は,合併の効果についてはデラウ
ェア会社法を適用し,合併により通常実施権を包括承継した場合には,当
該承継は,特許権者の同意がなければ禁止される譲渡にあたらないと判断
した(乙33,23頁1~18行)。同様に,本件クロスライセンス契約
において,合併の効果については,日本の会社法が適用されるべきであり,
同法によれば,合併により契約が承継されるのは,譲渡等の特定承継と異
なる一般承継であるから,特許権者の同意を要しないと解するのが相当で
ある。
〔原告の主張〕
(1) 本件クロスライセンス契約の「本契約の発効日において従事している業
務」とは,その文言に素直に,本契約の発効日において現に従事している
業務であると解すべきであり,本件クロスライセンス契約の発効日当時,
被告が従事していなかった「第3世代CDMA携帯電話ネットワーク」の
業務はこれに含まれない。
よって,本件ライセンス契約上の権利が被告システムに及ぶこともない。
(2) 被告は,本件クロスライセンス契約について,「限定的な契約」をする
ことは,全面的に紛争を防止するという趣旨に反すると主張するが,そも
そも本件クロスライセンス契約が全面的に紛争を防止することを目的とし
たものとする理由はなく,被告の主張は前提において誤りである。原告は
単に「本契約の発効日において従事している業務」をその文言に素直に解
すべきであると主張しているのであり「限定的な契約」であると主張する
ものではない。
また,原告は,平成12年10月にKDDが被告に吸収合併されたこ
とにより,本件クロスライセンス契約は消滅したのみならず,被告が,
「本契約の発効日において従事している業務」ではない業務を行うに至っ
たことをAT&Tが認識していなかったはずはなく,それにもかかわらず,
AT&Tから何らの通知等がなかったという事実は,本件クロスライセン
ス契約の両当事者が,「本契約の発効日において従事している業務」が携
帯電話事業を含む電気通信事業を意味すると認識していたからにほかなら
ないと主張する。
しかし,本件クロスライセンス契約においては,実施許諾分野を「本
契約の発効日において従事している業務」と明示しているのであるから,
本契約の発効日後に,一方当事者が「本契約の発効日において従事してい
る業務」でない業務を行い,それを他方当事者が認識したとしても,当該
業務は,当然に,実施許諾分野外なのであるから,他方当事者が何らかの
通知等をする必要はない。まして,本件においては,消滅会社である被告
はライセンシーでないことは明らかなのであるから,被告が「本契約の発
効日において従事している業務」でない業務を行ったとして,仮にAT&
Tがこれを認識したとしても,AT&Tがこれを理由に何らかの通知をす
る必要はない。
(3) 本件クロスライセンス契約の規定する実施許諾の範囲に「第3世代CD
MA携帯電話ネットワーク」の業務が含まれると解釈される余地はないが,
仮に,そのように解釈されたとしても,KDDの有するライセンスが被告
に承継されることはない。
すなわち,消滅会社の有する債権債務について,日本の会社法に基づ
く合併により存続会社に当然承継されるためには,当該債権債務の準拠法
により,当該準拠法のもとで有効な譲渡または承継とされるために要求さ
れる要件を具備することが必要となるところ(甲28,234頁),本件
クロスライセンス契約のライセンス承継の可否は,米国ニューヨーク州法
が準拠法となる。そして,米国において,特許の移転の解釈に関しては各
州法に対して連邦法が優越する関係にあり,連邦法によれば,合併によっ
て消滅会社が有していたライセンスを,ライセンサーの同意なくして存続
会社に承継させることは認められず,存続会社はライセンサーの同意がな
ければ,ライセンシーとはなり得ない。本件において,本件クロスライセ
ンス契約の実施許諾範囲の点をひとまず措いたとしても,KDDが有する
ライセンスを被告に承継させることについてライセンサーは同意をしてい
ないのであるから,KDDの有するライセンスは,日本の会社法に基づく
合併によっても被告に承継されることはない。
また,被告は,この問題は日本国特許の通常実施権に関するものであ
るところ,米国法は日本国特許を規律するものではないから,この問題に
米国連邦法が適用される余地はないとも主張する。しかし,ここでは,日
本国特許の成立や効力を問題としているのではなく,ライセンス承継の可
否を問題としており,知的財産権の譲渡や使用許諾に関しては,通則法7
条以下により規律され,当事者間で準拠法の合意があればそれに従うので
あるから(甲29,286頁),日本国特許の通常実施権に関する限り,
日本国特許法以外の法が適用される余地がないとするのは誤りである。
なお,仮に,本件クロスライセンス契約上の債権債務の承継に関する
準拠法が日本法であったとしても結論は同じである。すなわち,特許権者
は,ライセンスを行う相手方がどのような会社であるかによって,ライセ
ンスを行うか行わないかを選択する自由を有しているところ,相手方の属
性に着目してライセンスを行ったにもかかわらず,特許権者の全く預り知
らないところで行われるライセンシーの合併によって,特許権者が意図し
ない相手方がライセンスを必ず取得できるとなれば,極めて背理である。
したがって,ライセンス契約上の債権債務が,契約当初の当事者にのみ一
身専属的に帰属し,理由を問わずこれを他社に譲渡したり,拡大したりす
ることはできないということが契約上明確になっている場合には,そのよ
うな契約当事者の意思が合併の効果に優先されると解するべきである。●
(省略)●本件において,本件クロスライセンス契約の当事者であるKD
Dは合併によって消滅したのであるから,これに伴ってKDDに専属する
権利義務も消滅し,存続会社に承継されないと解すべきであり,被告が,
ライセンサーの同意なくして,KDDのライセンスを承継すると解するこ
とは,本件クロスライセンス契約3.03条に反し許されない。
14 争点(5)イ(対抗要件欠缺の有無)について
〔原告の主張〕
仮に本件クロスライセンスに基づく何らかの実施権が存在していると解
し得たとしても,被告は,当該ライセンス(通常実施権)について対抗要件
を備えていなかったのであるから,平成20年9月1日以降,それを原告に
対して対抗することはできない。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
15 争点(5)ウ(原告が対抗要件なく実施権を主張できる背信的悪意者に当た
るか)について
〔被告の主張〕
原告は背信的悪意者であるから,被告が実施権について登録を備えていな
いことを根拠に,被告の実施権を原告に対抗できないと主張することは許さ
れない。すなわち,本件特許は,AT&Tにより出願され,同社が特許を取
得し,複数の企業を転々譲渡され,原告が取得するに至っている(甲1)。
AT&Tから本件特許を譲り受けたルーセント・テクノロジーズ,及び,ル
ーセント・テクノロジーズから本件特許を譲り受けたアバヤ・テクノロジー
は , い ず れ も , そ の 譲 渡 契 約 書 に , 「 subject to existing rights and
licenses of third parties」(存在する第三者の権利及び実施権を条件と
して)と記載されており,本件クロスライセンス契約に基づく実施に対して
は権利が及ばないものであった。また,ルーセント・テクノロジーズは,A
T&Tから分離して設立された会社,アバヤ・テクノロジーは,ルーセント
・テクノロジーズから分離して設立された会社で,いずれも事業譲渡により
本件特許を取得したものであり,本件クロスライセンス契約に関する限り,
第三者というべき立場にない。
本件特許は,さらに,アバヤ・テクノロジーからウインドワード,ガーン
ジーを経て,原告に譲渡された。これらの譲渡契約書は,当事者を除くほか,
いずれも同一であり,その譲渡契約日は,いずれも2008年(平成20
年)3月13日である。また,アバヤ・テクノロジー及びウインドワードの
代表者は,Aである。ガーンジーと原告が関連会社であることは,その商号
(ガーンジーは英国領チャネル諸島ガーンジー島所在のハイポイントであ
る)から明らかである。しかも,ウインドワードの所在するケイマン諸島及
びガーンジーの所在するチャネル諸島は,いずれも,タックスヘイブン(租
税回避地)であり,ペーパーカンパニーが多数登録されていることで有名で
ある。また,原告の所在するルクセンブルグ大公国も,タックスヘイブンと
して知られている。
さらに,米国では,実施権が許諾された特許権の譲受人は,譲り受け後も,
実施権の登録等の有無にかかわらず,当然に,実施権の負担のある特許を譲
り受けることしかできず,実施権者による実施に対して権利行使することは
許されない。
かかる事実関係に鑑みれば,原告は,本件特許権の実施権者が存在し,本
件特許権が実施権の負担のある権利であることを熟知しながら,本件特許権
の譲渡を受けたものであって,背信的悪意者というべきである。
したがって,原告は,被告の実施権について,その登録の欠缺を主張する
正当な利益を有しない。
〔原告の主張〕
否認ないし争う。原告は背信的悪意者ではない。
16 争点(5)エ(対抗要件を具備しないとの原告の主張は信義則に反するか)
について
〔被告の主張〕
ルーセント・テクノロジーズは,AT&Tからその一部門を分離して設立
された会社であり,それに伴い,本件特許を含む膨大な特許を譲り受けたも
のである。そして,アバヤ・テクノロジーは,ルーセント・テクノロジーズ
からその一部門を分離して設立された会社であり,それに伴い,本件特許を
含む膨大な特許を譲り受けたものである。以上の事実関係に鑑みれば,アバ
ヤ・テクノロジーが,被告に通常実施権の登録がないことを理由に,被告の
アバヤ・テクノロジーに対するライセンスの抗弁が認められないと主張する
ことは,信義則に反する。
原告は,アバヤ・テクノロジーから,ウインドワード,ガーンジーを経由
して本件特許を含む複数の特許を取得したところ,ウインドワードはアバヤ
・テクノロジーの子会社であり,ガーンジーは原告の子会社である。したが
って,実質的には,アバヤ・テクノロジーから原告への直接の譲渡と解する
ことができる。なお,原告は,ウインドワードからガーンジーへの表明保証
について,その実質はアバヤ・テクノロジーの原告に対する表明保証である
とも主張するところである。
原告は,広範にライセンスされ,満了間近の特許であるにもかかわらず,
本件特許を含む複数の特許を200万ドル支払って取得し,かつ,原告が得
た収入をアバヤ・テクノロジーと分配する合意を結んでいた(乙38,35
頁16~17行)。つまり,アバヤ・テクノロジーと原告は,本件特許に関
する限り経済的に一体とみるべきである。原告は,原告がアバヤ・テクノロ
ジーから,被告が本件特許のライセンシーではないことの具体的な表明保証
を受けて,本件特許を譲り受けていると主張するが,アバヤ・テクノロジー
が本件特許からの収入について分配を受けるとすれば,かかる表明保証によ
りライセンスの抗弁が切断されるとするのは信義則に反する。
したがって,被告は,本件特許の通常実施権を,原告に対抗することがで
きる。
〔原告の主張〕
アバヤ・テクノロジーと原告は関連会社ではなく,アバヤ・テクノロジー
から原告に本件特許が譲渡されるに至るまでにも,ウインドワード及びガー
ンジーの2社が介在しており,原告からアバヤ・テクノロジーに収入の分配
がされるというだけで,アバヤ・テクノロジーと原告を経済的に一体と評価
するには無理がある。また,原告からアバヤ・テクノロジーに収入の分配が
されるという事実をもって,ライセンスの抗弁を切断することが信義則に反
すると解すべき理由もない。
なお,訴外「Sprint Nextel Corporation」(以下,同訴訟における被告
を単に「スプリント」という。)ほかと原告とのカンザス連邦地方裁判所に
おける訴訟の略式判決(乙38)は,本件とは異なる背景事情を考慮して,
エクイティ上の禁反言により原告がスプリントに対して侵害訴訟を提起する
ことは許されないと判示したものであって,本件に影響を与えるものではな
い。すなわち,乙38は,原告がルーセント・テクノロジーズから譲り受け
た特許権に基づいてスプリントに対して侵害訴訟を提起した事案であるが,
カンザス連邦地方裁判所は,かつてルーセント・テクノロジーズがスプリン
トに対して何十億ドルものワイヤレスネットワーク装置を販売していたとい
う事情を考慮し,今になって原告がスプリントによる同装置の使用は特許権
侵害を構成すると主張することは,エクイティ上の禁反言により許されない
と判断したものである。本件は,乙38とは異なり,ルーセント・テクノロ
ジーズが被告に対して被告システムを販売したといった事実はないのである
から,乙38が米国の判決であり,かつ確定していない一審判決に過ぎない
点を措いたとしても,本件に何らの影響を与えるものではない。
17 争点(6)(被告による利得の発生の有無及びその額)について
〔原告の主張〕
被告は,本件訴え提起の10年前である平成15年12月20日から本件特
許権が消滅する平成24年7月3日までの間,被告システムの利用者への提供
を行っている。
被告が,平成15年12月20日から平成24年7月3日までの間に本件発
明を実施して利用者にサービスを提供することによって得た売上高は,15兆
円を下らない。
特許権者は,本来支払うべき特許発明の実施についての実施料を支払わずに,
当該特許権を実施した者に対し,法律上の原因なく利得した実施料相当額を不
当利得の額としてその返還を求めることができるところ,被告は,特許権者に
対して,少なくとも10億円の不当利得返還債務を負う。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
18 争点(7)(原告による不当利得返還請求権の譲受けの事実の有無)につい
て
〔原告の主張〕
前記第2,2(3)イ記載のとおり,AT&Tは,ルーセント・テクノロジー
ズに対し,本件特許権を譲渡し,その後,本件特許権は,アバヤ・テクノロジ
ー,ウインドワード,ガーンジー,原告に対し順次譲渡された。これら権利移
転は,いずれも平成20年8月19日受付けで,同年9月1日に登録された。
AT&Tは,平成8年3月29日にルーセント・テクノロジーズに対して,
ルーセント・テクノロジーズは平成12年9月29日にアバヤ・テクノロジー
に対して,アバヤ・テクノロジーは平成20年3月13日にウインドワード,
ウインドワードは同日,ガーンジーに対して,ガーンジーも同日,原告に対し
て,それぞれ有した本件特許権侵害に基づく過去の全ての損害の賠償を請求す
る権利及びその他一切の救済を求める権利を譲渡した。
よって,原告は被告に対して,少なくとも10億円の不当利得返還請求権を
有する。
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件発明の意義
(1) 本件発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2,2(4)のとおりであると
ころ,本件明細書等には,以下の記載がある。
ア 発明の詳細な説明(下線は判決で付記。)
・ 「【産業上の利用分野】本発明は,概して,通信ユニット間の伝送遅
延が予め決められないような電気通信構造に関する。」(段落【00
01】)
・ 「【従来の技術】デジタル通信システムにおいては,顧客構内装置
(CPE)がこれらを相互接続する網通信装置(例えば,公衆交換電
話網)と独立にタイミングがとられることが時々ある。特に,この重
要な例は,デジタル・セルラ移動電話システムの重要な種類である符
号分割多重アクセス(CDMA)無線電話システムである。CDMA
システムでは,無線機を収容したノード,即ち,移動無線電話および
セル地域の基地局(略して「セル」と称する)が,全地球的測位シス
テム(GPS)の衛生(判決注;ママ)からセルによって受信された
クロック信号に同期されているのに対し,基地局どおし(判決注;マ
マ),および基地局と公衆電話網とをデジタル通信によって相互接続
する無線電話交換システムは,同様にGPSから受信されるが電話網
によって分配されるクロック信号に同期されている。」(段落【00
02】)
・ 「この説明のために,2つの一連の事象,信号,または動作が,
(a)同じ公称周波数で発生するか,またはこれらの一方が他方の周
波数の整数倍の周波数で発生し,かつ(b)互いに一定の位相関係で
発生する場合,これらは,互いに同期されている,または同期してい
ると考える。この説明では,同期していない動作は,非同期であると
考える。」(段落【0003】)
・ 「通信システムの異なるユニットの動作が独立したタイミングであ
ると,それらのユニットが,所定の安定かつ不変の周波数で,時間的
に安定かつ不変の点,即ち一定の位相で互いに呼トラヒックを与える
という仮定が崩れてしまう。それどころか,独立したタイミングによ
り,相互のユニットが,一定の周波数および位相を中心に変動する速
度および時点で互いに呼トラヒックを与えることになる。この非同期
性は何とかして補償しなければならない。」(段落【0004】)
・ 「独立した時間調整は,この非同期性の1つの原因に過ぎない。前
記のCDMA無線電話システムのような通信システムに存在しうるも
う1つの原因は,通信ユニット間に所定かつ一定の伝送遅延の欠如で
ある。発信ユニットおよび着信ユニットが共通のクロックまたは互い
に同期された個となる(判決注;ママ)クロックの何れかによってタ
イミングがとられていると仮定すれば,ユニット間の伝送遅延が固定
されていて予め判断できる場合,ユニットが互いに同期して動作でき
るように通信システムの設計において非同期性を補償することが可能
である。しかし,遅延が予め決められずに可変的で変動する場合,実
質的な影響は,ユニットが独立して時間調整されるようなものである。
遅延の変動は,例えば,通信ユニット間を移動中の通信に伴う伝送路
の偶発的変化,または通信ユニットの間を流れる通信トラヒックの負
荷の可変性(これも通信ユニットによって扱うべきものである)の結
果である。この非同期性も同様に補償しなければならない。」(段落
【0005】)
・「独立的な時間調整によって起こる問題に対する十分ではないが部分
的な解決方法は,通信を行うユニット間の通信をデジタル形式でなく
アナログ形式で処理することである。アナログ通信情報は,その伝送
と非同期的に受信することができる。また,この非同期性のために,
エラー,即ちグリッチが通信にもたらされるが,その問題は,音声の
みの通信に対しては許容できる場合が多い。従って,CDMA無線電
話システムにおいては,無線電話交換システムがアナログの音声のみ
の通信によって電話網にインタフェースがとられている場合,交換シ
ステムをGPS衛生(判決注;ママ)のクロック信号に同期させて,
結果的に無線電話および基地局に同期して動作するようにしてもよい。
勿論,このような構造は,アナログ通信に関係するあらゆる不都合---
例えば,低品質,低容量,干渉に対する敏感さ,さらには構造をデー
タ通信には不向きにする非同期起因性のグリッチの問題など---を招
く。」(段落【0006】)
・「同様に,変動する伝送遅延によって生じる問題に対して十分ではな
いが部分的な解決方法は,回路交換通信トラヒックであり,これによ
って,伝送遅延の通信トラヒック負荷への依存性が避けられる。しか
し,回路交換方式は,多くの用途において別の理由から非効率的であ
り望ましくない。さらに,回路交換方式では,一般にCDMAの呼の
『ソフト渡し(チャネル切り替え)』中に発生するような伝送路の変
更に起因する伝送遅延の変動は除去されない。 」(段落【000
7】)
・「【発明が解決しようとする課題】従って,本発明は,従来の技術の
前記およびその他の不都合を解決することを目的とする 。」(段落
【0008】)
・ 「【課題を解決するための手段】概して,本発明によれば,変動性の
伝送遅延を与える伝送媒体(例えば,パケット交換通信媒体など)に
よって通信ユニットを相互に接続する通信システムにおいて,通信ユ
ニットの幾つかと名目上は同期しているが,他のユニットの動作に対
する位相関係の所定の枠(即ち,範囲)の中で動作し,かつ前記の幾
つかのユニットの動作に対する放置すれば一定な位相関係を時々調節
して前記の所定の枠の中の動作を実現し維持するようなインタフェー
スが,通信ユニット間に与えられる。これにより,種々のユニットの
動作が,インタフェース構造の動作に同期するようになり,あたかも
それらが互いに同期し,かつ一定の伝送遅延を有する伝送媒体によっ
て相 互接 続 され てい るか のよ う に , 進行 する 。 」 ( 段落 【0 00
9】)
・ 「さらに具体的には,ある公称周波数と第1の位相を有する第1のク
ロック信号によって指示される時刻に入来通信トラヒックの受信また
は出行通信トラヒックの送信を行う第1のユニット,前記の公称周波
数を有するクロック信号によって指示される時刻に第1のユニットへ
の入来通信トラヒックの送信または第1のユニットから受信した出行
通信トラヒックの送信を行う第2のユニット,第1および第2のユニ
ット間の通信のインタフェースをとる第3のユニット,および第2の
ユニットと第3のユニットとの間で通信トラヒックを伝えるためにそ
れらを接続し,変動性の伝送遅延を有する通信媒体を備えた通信シス
テムにおいて,インタフェース動作を次のように行う。第3のユニッ
トが,前記の公称周波数を有するとともに前記第1の位相から調節で
きるように固定された量だけ変移(判決注;ママ)させた第2の位相
を有するクロック信号によって指示される時刻に,第2のユニットか
ら受信した入来通信トラヒックを第1のユニットに送ったり,第1の
ユニットから受信した出行通信トラヒックを第2のユニットに送った
りする。受信された出行通信トラヒックの第2のユニットによる送信
の時刻より前の所定の時間枠の中で第2のユニットが出行通信トラヒ
ックを第3のユニットから受信するか,または,受信された入来通信
トラヒックの第3のユニットによる送信の時刻より前の所定の時間枠
の中で第3のユニットが入来通信トラヒックを第2のユニットから受
信するかに関する判断を行う。次に,何れかの通信トラヒック型の受
信がそれぞれ所定の枠の外に当たると判断した場合,これに応じて,
前記の受信をそれぞれの枠内に移すために,それに影響する第2の位
相の第1の位相からの変移量(判決注;ママ)を必要に応じて加減す
る。」(段落【0010】)
・ 「以下における説明用の実施例の説明では,水準3の『パケット』
と水準2の『フレーム』を区別するが,分かりやすくするために,本
文および特許請求の範囲において『パケット』(判決注;「]」は誤
記により訂正)という用語を使用する場合,『パケット』および『フ
レーム』の何れか,または両方を含むものとする。」(段落【001
3】)
・ 「次に,図2は,本発明によって構成されたセルラ移動無線電話シ
ステムの説明に役立つ実施例である。図1および2の両システムに共
通の要素は,図1において使用したものと同じ番号表記を用いて図2
に示す。」(段落【0029】)
・ 「図3において,図1のセル102と同様に,セル202は,コン
トローラ241の制御下で動作するTDMバス140,およびTDM
バス140をトランク207に結合するDS1インタフェース242
を含む。コントローラ241は,例えば,AT&TのAutoplexシリー
ズIIのセル局の制御複合装置である。これは,セル102のコントロ
ーラ141と機能的に全く同じであるが,セル202が複数のデジタ
ル無線機243からなる事実を考慮して,新たに後述の付加的な機能
も果たす。デジタル無線機の信号の入出力は,すべて,対応する1つ
以上のチャネル要素およびクラスタ・コントローラ244によってT
DMバス140へとインタフェースがとられる。チャネル要素245
は,個別の利用者にサービスを行うデジタル無線機243へのインタ
フェースである。チャネル要素245は,関係付けられた無線機24
3によって送受信されている個々のセルに対し,信号処理機能---この
例では,基本波および拡散スペクトラム(CDMA)の信号処理機能-
--を与える。」(段落【0035】)
・ 「説明用の音声処理ユニット(SPU)264を図6に示す。各S
PU264は,LANバス・インタフェース601を含む。インタフ
ェース601は,所与の基板アドレス311を求めてLANバス26
0を進むフレーム310を監視し,求めるアドレス311を有するも
のを捕捉する。LANバス・インタフェース601は,バッファ62
0を含む。LANバス・インタフェース601は,フレーム310を
捕捉すると直ちに,それにタイム・スタンプを追加し,それをバッフ
ァ620に格納してプロセッサ602に割り込み指示を出す。タイム
・スタンプは,さらに後述するカウンタ623の現在の計数であ
る。」(段落【0052】)
・ 「各サービス回路612は,独自のボコーダ604を有する。ボコー
ダ604は,音声の圧縮および伸張の機能を与える。各ボコーダは,
プロセッサ602からバッファ603を介して圧縮された音声のトラ
ヒック・フレームを規則的な間隔で(例えば,20ミリ秒ごとに)受
信し,そのトラヒック・フレームを所定数(例えば,160バイト)
のパルス符号変調(PCM)された音声標本へと伸張する。各バイト
は,この例では125μ秒の期間(これを(『チックタック』の)『チ
ック』と称する)を有する。逆方向の場合,ボコーダ604は,16
0バイトのCPM音声標本(判決注;ママ)を受信し,それに対し音
声圧縮関数を実行して,圧縮された音声のトラヒック・フレームをバ
ッファ603を介してプロセッサ602に規則的な間隔で(20ミリ
秒ごとに)出力する。ボコーダ604とプロセッサ602との間のト
ラヒック・フレームの交換は,ボコーダ604内部の入力クロック6
21および出力クロック622によって発生されるクロック信号によ
ってタイミングをとる一方,ボコーダ604によるCPM標本(判決
注;ママ)の送受信は,クロック回路600によって発生されるクロ
ック信号によってタイミングをとる。クロック621および622は,
システムの初期化時およびサービス回路612のリセット時に,回路
600のクロック信号のエッジによって同期がとられる。ボコーダ6
04は,当分野において周知である。具体的には,各ボコーダ604
は,カルコム社(Qualcomm Inc.)のQCELP低ビット・レート可
変速音声符号化/復号アルゴリズムを実施するAT&Tの16Aデジ
タル信号プロセッサ(DSP)を用いて実施される。QCELPアル
ゴリズムは,音声活動が低いか無い期間には極力少ない情報を送るよ
うに対応する。この実施例のフレーム伝送機構は,時間的に変化する
トラヒック負荷に理想的に適応する。」(段落【0055】)
・ 「適応同期回路611においては,クロック回路600から得たクロ
ック信号を用いて,クロック回路600によって発生された20m
secのクロック信号に周波数は同期しているがそれから位相が変位し
ている(変位量はプロセッサ602によって制御される)ようなクロ
ック信号が生成される。これらのオフセット・クロック信号は,プロ
セッサ602の動作の時間調整に使用される。これらのオフセット・
クロック信号の生成および使用については,以下においてさらに説明
する。物理的には,回路611および600を1つの装置として実施
してもよい。」(段落【0063】)
・ 「既に述べたように,LANバス・インタフェース601は,対応す
る音声処理ユニット(SPU)264にアドレス指定されたフレーム
を受信すると直ちに,その受信したフレームにタイム・スタンプを追
加し,それをバッファ620に格納して,プロセッサ602に割り込
みを掛ける。ステップ900において,プロセッサ602がLANバ
ス・インタフェース601から受信割り込み信号によって呼び出され
ると,プロセッサ602は,ステップ902において,LANバス・
インタフェース601のバッファ620から受信されたフレームを取
り出す。次に,ステップ904において,そのフレームに対し通常の
水準2の処理,即ちLAPDプロトコル処理を実行する。この処理に
フレーム受信の承認を含めてもよい。水準2の処理が終わりしだい,
ステップ906において,制御フィールド303を調べて,これが水
準2のみのフレーム(例えば,鉢巻検査フレーム)かどうかを調べる。
そうならば,フレームの処理を終了し,ステップ908において,単
に呼び出し点に戻る。しかし,このフレームが水準2のみのフレーム
でない場合,即ち,その利用者データ・フールド(判決注;ママ)3
04に水準3のプロトコルが入っている場合,ステップ910におい
て,そのフレームのDLCI302を用いて,そのメモリからフレー
ムが関係する呼に関して格納されている呼の状態情報を選択する。次
に,ステップ911において,受信した水準3のプロトコルのパケッ
ト・タイプ・フィールド321を調べて,そのパケットの種類---ト
ラヒックか,信号か---を判断する。フィールド321が,パケット
が信号パケットであることを示す場合,そのパケットがセルから交換
機への信号情報,即ちDCS201向けの信号を伝えることを意味す
る。従って,プロセッサ602は,ステップ970において,信号に
より指示された関数を実行する。これは,3つの関数のうちの何れか
である。即ち,呼の確立もしくは破棄またはソフト渡し中の第2の呼
の追加もしくは削除の何れかによって呼の状態情報を更新する関数,
呼の電話網に向かう部分にトーンを挿入する関数,または初期クロッ
ク同期化(図17に関連して説明する)を行う関数の何れかである。
次に,プロセッサ602は,ステップ946において,呼び出し点に
戻る。音声/信号パケット350が,20msecの周期で送受信され
るのに対し,信号のみのパケット351は,信号情報の送信要求に応
じて何時でも送ることができる。」(段落【0066】)
・「パケットがトラヒック・パケットであることをフィールド321が
示す場合,プロセッサ602は,ステップ912において,クロック
調整および同期化の関数を実行して,回路600によって発生された
クロック信号に対する回路611によって発生されたクロック信号の
オフセットをプロセッサ602により決定された量または受信された
パケットのクロック調整フィールドにより指示された量だけ変化させ
る。これについては図18に関連して説明する。次に,ステップ91
4において,受信された水準3のパケットの音声/信号タイプ・フィ
ールド326を調べて,そのパケットによって伝えられる情報の種類-
--音声のみ,音声と信号,または信号のみの何れか---を特定する。そ
のトラヒック・パケットが音声のみのパケットであるならば,ステッ
プ916において,取り出した呼の状態情報を調べて,その呼がソフ
ト渡し中かどうかを判断する。ソフト渡し中でない場合,ステップ9
18において,フレームの空中CRCフィールド323(セル202
と移動電話203との間のCDMA伝送に関して算出されたチェック
・サムの結果が収容されている)を検査する。空中CRCの検査結果
が合わない場合,そのパケットは欠陥のある情報を伝えることになる
ので,ステップ923において,そのパケットを捨て,ステップ94
6において,戻る。このトラヒックの損失はボコーダ604により隠
蔽される。ステップ918において空中CRC検査の結果が一致した
場合,ステップ919において,パケットの信号品質フィールド32
4を調べて,音声品質が所定のしきい値を満たすかどうかを判断する。
音声品質がそのしきい値を確かに満たす場合,ステップ920におい
て,パケットにコマンドを追加することにより ,そのパケットに
『可』の印を付け,ステップ922において,その音声情報パケット
を適切なサービス回路612に割り当てられたバッファ603に格納
した後,ステップ946において,呼び出し点に戻る。音声品質が最
小のしきい値を満たさない場合,ステップ921において,パケット
に『不可』の印を付け,ステップ922において,その音声情報パケ
ットを適切なサービス回路612に割り当てられたバッファ603に
格納した後,ステップ946において,戻る。」(段落【006
7】)
・「ボコーダ604から受信されたトラヒック・フレーム(音声情報の
区分)についてプロセッサ602によって実行される関数を図15に
示す。これらの関数は,各サービス回路612に対して20msecごと
に実行される。特定のサービス回路612に対する関数の実行も,適
応同期回路611によって与えられる相応の送信割り込み信号の受信
によって,割り込み駆動される。」(段落【0074】)
・「ここで,セル202および音声処理ユニット(SPU)264の動
作の同期化を図16-22に関係付けて詳細に説明する。 」(段落
【0079】)
・ 「電話網100から移動無線電話203へのトラヒックの流れに対
する初期のタイミング調整の状況を図19に示す。前述のように,す
べての移動無線電話203およびすべてのセル202のすべてのチャ
ネル要素245の動作は,全地球的測位衛星によって放送される信号
などの共通のタイミング信号によって駆動され同期化される。これか
ら,各セル202が20msecのセル・クロック1000信号を獲得し,
このクロック1000が誘引となって,20msecごとに時刻1300
において,呼に関係する各チャネル要素245が,対応する移動電話
203への送信を行う。所与の呼に対し,プログラムされた一定のオ
フセット(これはゼロの場合もある)が,存在することがある(即ち,
セル・クロック1000の立ち上がりと時刻Tx1300との間のオ
フセット)。この一定のオフセットにより,信号1304,1307,
1308および1309の相対位置が,このオフセット分だけ影響を
受ける。」(段落【0080】)
・ 「時刻1300に呼トラヒックを送ることができるためには,チャ
ネル要素245が,時刻1300の最低でもある最小の期間だけ前の
時刻t min 1301には,呼トラヒックを受信しなければならない。チ
ャネル要素245は,前の送信の時刻1300のわずか後で現在の送
信に関する前記の受信期限1301のわずか前に存在する時間枠13
02の期間内に,送信情報を受信することが望ましい。このように,
時間枠1302により,小さな時間的変動に対して余裕が与えられる。
しかし,呼が確立されつつあるときは,その呼を扱うチャネル要素2
45が,送信するための呼トラヒックのパケットをSPU264から
何時受信するかは不明である。これは,既に述べたように,移動電話
交換機201の動作が,セル202のクロックとは異なるクロックに
よって制御され,このクロックが,セル・クロック1000から独立
していて,これに同期していないからである。さらに,その他の要因,
即ち移動電話交換機201と異なるセル202との間の距離の相違,
およびこれらの間で伝送される異なるトラヒック負荷---さらにこれら
の間で結果的に異なる伝送遅延時間---なども,受信時刻を不明にする。
従って,チャネル要素245とSPU264との間で呼の経路が最初
に確立され,かつ空のトラヒックがこれらの間を流れ始めたとき,S
PU264からのパケットは,時間枠1302の外側にある時刻13
03---さらに最悪の場合には,時刻tmin1301の後の時刻1303
---に,チャネル要素245によって受信される可能性がある。このよ
うな場合,そのチャネル要素に対応するチャネル・コントローラ24
4が,信号パケットをSPU264に送って,SPU264からのパ
ケットの送信時間の調整の必要性を示すと共に,チャネル要素245
におけるパケットの受信時間を時間枠1302内に安全に位置付ける
ために送信時間を調節しなければならない分の時間も示す。」(段落
【0081】)
・ 「セル202において実行されるクロック調整関数を図16に示す。
これらの関数によって,クラスタ・コントローラ244においてパケ
ットの受信時に呼び出されプロセッサによって実行されるルーチンが
構成される。ステップ1001において,このルーチンが呼び出され
ると,ステップ1002において,受信されたパケットが呼に対して
受信された最初のトラヒック・パケットかどうかを調べる。最初のパ
ケットである場合,ステップ1004において,そのパケットが受信
された時間を時間枠1302(この範囲はクラスタ・コントローラ2
44に記憶されている)と比較し,ステップ1006において,時間
枠1302との関連で何時,そのパケットが受信されたかを判断する。
パケットが枠1302のほぼ中心で受信された場合,クロックの調整
は必要ないので,ステップ1022において,ルーチンは,単にその
呼び出し点に戻る。パケットの受信が早すぎた場合,ステップ100
8において,セル交換機タイプの信号パケットが呼を処理しているS
PU264のプロセッサ602に送られるようにすることで,その呼
に対するTX_INT_X割り込みの時間を同様にパケット中で指定された時
間だけ遅らせるようにプロセッサ602に要求することにより,受信
時間を枠1302のほぼ中央に移すようにする。逆に,パケットの受
信が遅すぎた場合,ステップ1010において,セル交換機タイプの
信号パケットがプロセッサ602に送られるようにすることで,その
呼に対するTX_INT_X割り込みの時間を指定された時間だけ早めす(判
決注;ママ)ように要求する。そして,ステップ1022において,
ルーチンはその呼び出し点に戻る。」(段落【0082】)
・ 「チャネル要素245のパケット受信時間1303は,SPU26
4におけるパケット送信時間に対応する。前述のように,SPU26
4からチャネル要素245へのパケットの送信は,適応同期回路61
1によってプロセッサ602に発行される送信割り込み信号TX_INT_X
によって誘発される。結果的に,チャネル要素245におけるパケッ
トの受信時間をある量だけ調節するためには,回路611のTX_INT_X
信号を同じ量だけ調節する必要がある。従って,プロセッサ602は,
前記の信号パケットをチャネル要素245から受信すると,これに応
じて,図11ステップの970において,適応同期回路611に指示
して,対応するサービス回路612に対するTX_INT信号を指定された
量だけ調節させる。回路611は,これに応じて,その送信割り込み
信号を指定された期間(図19において1310として示した)だけ
変更する。このようにして,パケットの送信時間は,SPU264に
おいて時刻1304から時刻1305へと変更される。時刻1305
は,チャネル要素245において枠1302の中にあるパケット受信
時刻1306に相当する。」(段落【0084】)
・ 「しかし,パケットを所与の時刻に送信できるためには,プロセッ
サ602が,ボコーダ604からのそのパケットに含まれているトラ
ヒック・フレーム(呼トラヒックの区分)を送信時刻よりある程度早
い時刻に受信しなければならない。パケット送信時刻1304が,フ
レーム受信時刻1307に対応し,さらにこれが,ボコーダ604の
トラヒック・フレーム送信時刻1308に対応するのに対し,変更さ
れたパケット送信時刻1305は,変更されたトラヒック・フレーム
受信時刻1311に対応し,さらにこれが,ボコーダ604のトラヒ
ック・フレーム送信時刻1309に対応する。結果として,プロセッ
サ602は,ボコーダ604がそのトラヒック・フレーム送信時刻を
時刻1308から時刻1309に変更するようにしなければならな
い。」(段落【0085】)
・ 「ボコーダ604では,内部の出力クロック622を用いてトラヒ
ック・フレームの送信時刻が調節される。X番目のサービス回路61
2のクロック622は,クロック回路600から受信したクロック入
力信号に最初に同期される。プロセッサ602は,ボコーダ604に
コマンドを送り,回路600のクロックの入力信号に対するボコーダ
604の出力クロック622信号のオフセットをプロセッサ602が
チャネル要素245から受信した信号パケットにおいて指定された前
記の期間だけ調節させる。ボコーダ604は,これを実行することに
より,そのトラヒック・フレーム送信時刻を時刻1308(判決注;
「13008」は誤記)から時刻1309に変更する。最終的な結果
として,チャネル要素245,サービス回路612,およびプロセッ
サ602の同期を要する動作が互いに同期化された。」(段落【00
86】)
・ 「セル202からのクロック調整制御パケットの受信に対するプロ
セッサ602の応答状況を図17に示す。ステップ1050において,
受信された信号パケットによりクロック調整の実行を要求していると
判断すると,プロセッサ602は,ステップ1052において,パケ
ットの内容を調べて,タイミング信号を移動させるべき方向を判断す
る。それを遅らせなければならない場合,ステップ1054において,
適応同期回路611にコマンドを送り,後続のTX_INT_X割り込み信号
をそのパケットで指定された量の時間だけ遅らせるようにする。また,
ステップ1056において,ボコーダ604にもコマンドを送り,ク
ロック600信号に対するボコーダ604の出力クロック622のオ
フセットを指定された同じ量の時間だけ増加させよう(判決注;マ
マ)にして,ステップ1062において,戻る。タイミング信号を時
間的に進める場合,ステップ1058において,適応同期回路611
にコマンドを送り,後続のTX_INT_X割り込み信号を受信した信号パケ
ットで指定される量の時間だけ進めるようにする。また,ステップ1
060において,ボコーダ604にもコマンドを送り,クロック60
0信号に対するボコーダ604の出力クロック622のオフセットを
同じ量の指定時間だけ小さくするようにして,ステップ1062にお
いて,戻る。」(段落【0087】)
・ 「時刻1306の枠1302外へのドリフトは,チャネル要素の対
応するクラスタ・コントローラ244によって検出される。これに対
するその応答を図16に示す。クラスタ・コントローラ244におい
てパケットが受信されると,ステップ1001において図16のルー
チンが呼び出される。このルーチンは,ステップ1002において,
受信されたパケットがその呼に対して受信された最初のトラヒック・
パケットかどうかを調べる。呼は進行するので,これが最初に受信さ
れたトラヒック・パケットではないであろうから,ステップ1014
に進む。ここで,ステップ1004の場合と同様に,パケットが受信
された時刻を枠1302と比較し,ステップ1016において,枠1
302との関連において何時そのパケットが受信されたかを判断する。
そのパケットが枠1302の中で受信された場合,クロック調整の必
要はないので,ステップ1022において,戻るだけである。そのパ
ケットが枠1302の発生の前に受信された場合,ステップ1018
において,その呼を扱っているSPU264のプロセッサ602に送
られるこの呼に対する次のトラヒック・パケットに,そのクロック調
整フィールド322の中にこの呼に対するTX_INT_X割り込みの時刻を
1チック(例えば,PCM音声の1標本時間)だけ遅らせる要求を入
れて運ばせる。逆に,パケットが枠1302の発生の後に受信された
場合,ステップ1022において,この呼に対する次のトラヒック・
パケットに,そのクロック調整フィールド322の中にこの呼に対す
るTX_INT_X割り込みの時刻を1チック(例えば,PCM音声の1標本
時間)だけ進める要求を入れて運ばせる。」(段落【0094】)
・ 「そのトラヒック・パケットを受信すると,プロセッサ602は,
続いて図11のステップ912において,その必要な調整を行う。時
刻1404の枠1402から外れるドリフトは,プロセッサ602自
体によって検出される。プロセッサ602は,調整の必要性および調
整の方向を記録し,また図11のステップ912において,引き続き,
必要な調整をチックずつ行う。」(段落【0095】)
・ 「回路611によって出力されるTX_INT_XおよびRX_INT_Xの変移
(判決注;ママ)には,ボコーダ604のクロック621および62
2の出力信号に相応の変移(判決注;ママ)を起こさせることにより,
図21および22の例において,ボコーダ604のトラヒック・フレ
ーム送信時刻を時刻1309から時刻1509に変化させ,かつボコ
ーダ604のトラヒック・フレーム受信時刻を時刻1409から時刻
1609に変化させ,このようにしてボコーダ604の動作をプロセ
ッサ602の時間変移(判決注;ママ)された動作に揃えることが必
要となる。しかし,この揃える瞬間に,ボコーダ604は,割り込み
信号を進めるべきかまたは遅らせるべきかの判断によって,20msec
に相当する通常の160の標本の代わりに,それぞれ159または1
61のPCM標本を回路605から収集するだけの時間がたってから
呼トラヒックのトラヒック・フレームをプロセッサ602に送らなけ
ればならず,さらに通常の160の代わりにそれぞれ159または1
61のPCM標本の期間内に呼トラヒックのフレームを回路605に
出力しなければならない。この状態を補償するために,プロセッサ6
02は,回路611に命じて,図21および22にそれぞれ示したこ
のサービス回路612に対する信号TX_INT_XおよびRX_INT_Xに時間転
移を起こさせるようにすると同時に,プロセッサ602は,この同じ
サービス回路612のボコーダ604に命じて,そのPCM出力から
1つのPCM標本バイトを落とすようにさせ,さらにそのPCM入力
において付加的に1つのPCM標本バイトを生成させる。ボコーダ6
04がこれらを行うと,この場合も結果として,ボコーダ604のト
ラヒック・フレームの入力および出力の動作が,PCM標本の出力お
よび入力の動作にそれぞれ揃うようになる。」(段落【0097】)
・ 「図21および22に示したものと反対のドリフトの場合,そのド
リフトを補償するためにとるステップは,図21および22に対して
説明したものと反対である。具体的には,プロセッサ602によって,
回路601(判決注;ママ。回路611の誤記と解される。)に指示
を与え,このサービス回路612に対する回路601(判決注;ママ。
回路611の誤記と解される。)のTX_INT_XおよびRX_INT_Xの割り込
み信号出力を1PCM標本期間だけ遅らせる,さらにボコーダ604
に命じて,そのPCM出力において1PCM標本バイトを付加的に生
成させ,かつそのPCM入力から1PCM標本バイトだけ削除させ
る。」(段落【0098】)
・ 「ソフト渡しの開始時に,その時まで単独で呼を処理してきたセル
202のチャネル要素245と平行して,第2のセル202のチャネ
ル要素245が,その呼の処理を開始する。正に呼が初めて確立され
るときのように,第2のチャネル要素245におけるパケット受信時
刻1302が,枠1302の中にあるか外にあるか(図19参照)も,
第2のチャネル要素245によって送られるパケットのパケット受信
時刻1404が,プロセッサ602において枠1402の中にあるか
外にあるか(図20参照)も事前に知ることはできない。受信時刻1
306および1404が,それぞれ第2のチャネル要素245に対す
る枠1302および1402の外側にある場合,呼が最初に確立され
るときに使用された図19および20のクロック調整方式をここで使
用することはできない。これは,その呼が既に確立された進行中の呼
であるため,その方式を用いると,知覚できる混乱(聞こえるほどの
『欠陥(グリッチ)』)が呼に発生するからである。従って,図21
および22のさらに漸進的ではあるが事実上「無欠陥」のクロック調
整方式を用いて,受信時刻1306および1404を第2のチャネル
要素245に対する枠1302および1402の内側にそれぞれ移す
ように試みる。所望の効果を上げるためには,この調整を何度も繰り
返す必要もありうる。」(段落【0103】)
・ 「プロセッサ602およびソフト渡しに関わる2つのチャネル要素
245の間の伝播遅延時間の差が非常に大きいために,セル・クロッ
ク1000の同じクロック周期に双方のチャネル要素245によって
送られるパケットが,プロセッサ602において,そのチャネル要素
245に対するプロセッサ602の受信割り込みクロックRX_INT_Xの
異なるクロック周期に受信されると考えられる。また,プロセッサ6
02によって送信割り込みクロックTX_INT_Xの同じクロック周期にソ
フト渡しに関わる双方のチャネル要素245に送られる複製のパケッ
トは,それらのチャネル要素245によってセル・クロック1000
の異なるクロック周期に受信されると考えられる。受信されたパケッ
トを正しいクロック周期に関係付けることが,トラヒック・フレーム
350のパケット番号フィールド320(図9参照)によって運ばれ
るパケット番号の目的である。この関係付けは図11のステップ93
2-036(判決注;ママ)において行われる。」(段落【010
6】)
イ 図面の簡単な説明
・【図2】本発明の説明に役立つ実施例を取り入れたセルラ無線電話シス
テムのブロック図である。
・【図3】図2のシステムの1つのセルのブロック図である。
・【図6】図5のモジュールの音声処理ユニットのブロック図である。
・【図16】図3のセルのクラスタ・コントローラのクロック調整関数の
流れ図である。
・【図17】図11のステップ970において実行される図6のユニット
のプロセッサのクロック調整関数の流れ図である。
・【図19】図6のユニットのサービス回路に対して呼の確立時に行われ
るパケット送信のクロック調整のタイミング図である。
・【図21】図6のユニットのサービス回路に対して,確立された呼の期
間に行われるパケット送信のクロック調整のタイミング図である。
ウ 図面
・ 図2
・ 図3
・ 図6
・ 図16
・ 図17
・ 図19
・ 図21
(2) 上記記載によれば,本件発明の技術的意義については,以下のとおりと認
められる。
すなわち,通信ユニット間の伝送遅延が予め決められないようなデジタル
通信システムに関し(段落【0001】,【0002】),顧客構内装置
(CPE)がこれらを相互接続する網通信装置と独立にタイミングがとられ
ることが時々あるところ,(1)移動無線電話及びセル地域の基地局が衛星か
ら受信されたクロック信号に同期され,(2)基地局同士及び基地局と公衆電
話網とをデジタル通信によって相互接続する無線電話交換システムは,同様
にGPSから受信されるが電話網によって分配されるクロック信号に同期さ
れている。通信システムの異なるユニットの動作が独立したタイミングであ
ると,それらのユニットが一定の位相で互いに呼トラヒックを与えるという
仮定が崩れてしまう非同期性が発生するが,これは一つの非同期性の原因に
すぎず(段落【0004】,【0005】),さらにもう一つの非同期性の
原因として,通信ユニット間を移動中の通信に伴う伝送路の偶発的変化や通
信ユニットの間を流れる通信トラヒックの負荷の可変性等の原因により,ユ
ニット間の伝送遅延が予め決められずに可変的で変動する場合にも非同期性
が発生し,これも前記の異なるユニットの動作が独立したタイミングである
ことによる非同期性の発生と同様に補償する必要があるところ(段落【00
04】,【0005】),本件発明は,これら従来技術の課題及びその他の
不都合を解決することを目的として(段落【0008】),変動性の伝送遅
延を与える伝送媒体によって通信ユニットを相互に接続する通信システムに
おいて,通信ユニットの幾つかと名目上は同期しているが,他のユニットの
動作に対する位相関係の所定の範囲を「枠」として設定し,その中で動作し,
一定ではない位相関係を時々調節し,所定の枠の中の動作を実現し維持する
インタフェースを通信ユニット間に与えることを目的として,種々のユニッ
トの動作をそれらが互いに同期し,かつ一定の伝送遅延を有する伝送媒体に
よって相互接続されているかのように進行させるものである(段落【000
9】)。
このように,従来,複数のユニットを直列接続するとともに互いに同期さ
せ,各ユニットにおいて一定時間ごとに送信処理を行うことを前提とする通
信システムにおいては,ユニット間に不定量の伝送遅延や時刻のずれが存在
ないし発生すると,同期が得られないとの技術的課題が存したところ,本件
発明は,送信の下流側に相当するユニットで遅延を検出し,送信時点の調整
を上流側に相当するユニットに指示することにより,伝送遅延や時刻のずれ
に起因する非同期状態から,自動的に同期を再確立できるとの作用効果を達
成するものである。
2 争点(1)ウ(構成要件Cの充足性)について
(1) 事案に鑑み,争点(1)ウから判断する。
ア 本件発明の特許請求の範囲には,「前記第1の位相から調節できるよう
に固定された第1の量だけ転位させた第2の位相」(構成要件C)と記
載されているところ,この「第2の位相」は,第1の位相を基準として
そこからの転位量である固定された第1の量を決め,第1の位相からそ
の第1の量だけ転位させて得られる位相であると解される。理由は以下
のとおりである。
この点につき,構成要件Aには,「第1の位相を有する第1のクロック
信号」と,構成要件Fには,「第2のユニットにおける出行通信トラヒ
ックの受信が第1の枠から外れていると判断した場合,これに応じて,
前記の対応する枠から外れている受信を対応する枠の中に移すために,
第2の位相の第1の位相からの第1の変位量を加減する」と記載されて
おり,構成要件Cにいう「第2の位相」は,第1のクロック信号が有す
る第1の位相から,第1の量と同義である第1の変位量(この点につき
当事者間に争いはない。)の分だけ転位された位相であることが明らか
である。
その上で関連する本件明細書等の記載を検討すると,本件明細書等には,
本件発明の各構成要件の記載と同内容の段落【0010】を除き,本件
発明の構成要件に記載された「第1のユニット」ないし「第3のユニッ
ト」,及び「第1の位相」及び「第2の位相」についての記載はなく,
さらに「第1のクロック信号」,「第3のクロック信号」,「第1の位
相」,「第2の位相」,「第1の量」及び「第1の変位量」に至っては,
本件明細書等においても全く記載がなく,技術常識に照らせばそれらの
意義が明らかになるものと認めるべき証拠もない。そうすると,これら
の用語それ自体に加え,その「第1の量」が「固定された」ものである
こと(構成要件C)等の意義についても,本件明細書等に開示された内
容に従い,その内容を理解するに当たっては,明細書に用いられる用語
はその有する普通の意味で使用し,かつ明細書全体を通じて統一して使
用すること,特定の意味で使用する場合はその意味を定義して使用する
(特許法施行規則24条様式第29備考8参照)とされていることを前
提として行うほかない。
このうち,「第1のクロック信号」ないし「第3のクロック信号」に
ついては,それぞれ,「クロック622」で生成したクロック信号,
「セル・クロック1000」で生成したクロック信号,「送信割り込み
信号TX_INT_X」に該当するものと認められるところ,この点は当事者間
に争いはなく(前記第2,2(10)),その理解は,本件明細書等の段落
【0055】,【0063】,【0074】,【0080】,【008
6】,図19等の記載に照らしても相当であると認められる。
そして,「第1の位相」及び「第2の位相」が何を指すものかは本件
明細書等に全く記載がないものの,前記のとおり第1の位相は第1のク
ロック信号の有する位相であるところ(構成要件A),「第1のクロッ
ク信号」である「クロック622で生成したクロック信号」は,「出力
クロック622によって発生されるクロック信号」(段落【005
5】)と同義と解される。そうすると,「第1のクロック信号」が有す
るとされる「第1の位相」は,本件明細書等の段落【0086】の記載
によれば,「クロック回路600」によって発生されたクロック信号の
位相そのもの(同段落記載の「最初の同期」及び段落【0063】)で
あるか,あるいは,その後の調節により変更され得る(同段落記載の
「指定された前記の期間だけ調節」)が,「クロック回路600」によ
って発生された一定の周期での位相を持つクロック信号との変位量は一
定であるものと解される。
そして,本件明細書等によれば,「第3のクロック信号」であって,
「適応同期回路611」によって生成される「送信割り込みクロック
TX_INT_X」(段落【0106】)は,クロック信号,すなわち信号値が
周期的に変動する信号であるから位相を有し,その位相は「クロック回
路600」によって発生されたクロック信号に対して変位(オフセッ
ト)しており(段落【0067】),その変位量は指定された量(段落
【0084】。同段落の「ある量だけ調節」とある「ある量」及び「同
じ量だけ調節」の「同じ量」も同義と解される。)だけ調節可能(段落
【0084】)であるものの,調節されない限りは一定である(段落
【0084】の引用する図19,図19につき説明する段落【008
0】の記載)ものと解される。
そうすると,「送信割り込み信号TX_INT_X」の位相は,前記のとおり
クロック信号であり「クロック回路600」によって発生されたクロッ
ク信号の位相と同じか,あるいは変位量が一定である「第1の位相」に
対し,一定量だけ変位された位相であって,その変位量が調節可能であ
り,かつ調節されない限り一定であるといえるから,「第2の位相」に
該当するものと認められる。
イ このように「送信割り込み信号TX_INT_X」が有する位相が構成要件Cに
おける「第2の位相」に該当するものとして,次に,構成要件Cにおい
て「第1の量」は「固定された」ものとされているところ,この「固定
された」との意義につき検討する。
本件明細書等には,前記ア記載のとおり,「第1の量」自体及び第1
の量が「固定された」とされている点のいずれについても記載は全くな
いところ,第2の位相に相当するものと解される「送信割り込み信号
TX_INT_X」の位相は,第1の位相に対して一定量だけ変位された位相で
あり,その変位量は調節されない限り一定であって,この一定の変位量
が「第1の量」に相当するものである。そうすると,「第1の位相」か
らの変位量が調節されない限り一定であることが「固定された」ことに
当たり,その変位量の調節が行われ得ることを「調節できるように」と
するもの(構成要件C)ということができる。
この点に関して原告は,「『調節できるように固定された第1の量』
という文言は,調節されるまでは構成要件Cの『第1の量』が『固定さ
れ』ていることを規定するものである。」(原告第5準備書面17頁下
3行~最終行)とし,同旨をいうものと解される。そして,構成要件F
には「第1の変位量を加減する」とも記載されているところ,この構成
要件Fにおける第1の変位量(第1の量)の加減が行われる前に,第1
の量が固定されることなく変更されるものは,本件発明の技術的範囲に
属しないと解釈すべきことについて当事者間に争いがない。
ここで,本件明細書等の段落【0004】には,従来技術について
「通信システムの異なるユニットの動作が独立したタイミングであると,
それらのユニットが,・・・一定の位相で互いに呼トラヒックを与える
という仮定が崩れてしまう。・・・この非同期性は何とかして補償しな
ければならない。」と記載されており,同段落【0005】ないし【0
008】には,独立した時間調整はこの非同期性の一つの原因に過ぎず,
通信システムにおいて通信ユニット間の伝送遅延が変動することもまた,
補償すべき非同期性の原因となること,そして「本発明は,従来の技術
の前記およびその他の不都合を解決することを目的とする」ことがそれ
ぞれ記載されているから,仮に構成要件Cにおける「第1の量」が固定
されていないとすると,「第1のユニット」と「第3のユニット」が一
定の位相で互いに呼トラヒックを与えるという仮定が崩れて補償すべき
非同期性を生じ,従来技術と同じ不都合に陥ることは明らかである。し
たがって,「第1の位相」からの一定の変位量である「第1の量」が調
整されるまで固定されていることは,ユニット間の非同期性という従来
技術における不都合(段落【0004】)を解決するために必要不可欠
な構成であるということができる。
そうすると,構成要件Cに「前記第1の位相から調節できるように固
定された第1の量だけ転位させた第2の位相」と記載されたその「第2
の位相」は,「第1の位相」を基準としてそこからの転位量である固定
された「第1の量」を決め,「第1の位相」からその「第1の量」だけ
転位させて得られる位相であると解される。
ウ これを被告システムにおいてみると,被告システムにおいては「VPU
が逆方向でSDUから受信するPATE値は,SDUがBTSから受信
するPATE値と同一のものではありません。VPUから来るパケット
がSDUに到達する(順方向)ときに,到達時にタイムスタンプが保存
されます。VPUに送られるPATE値は,順方向のパケット(SDU
を離れBTSに向うパケット)の処理時に計算されます。・・・次いで,
PATE値は,次にVPUに送信されるパケットに入れられて送られま
す(入方向)。」(甲10,9~10頁,26~27項)とあるところ,
VPUの送信時刻の調整がSDUの送信時刻の調整の後に行われる点に
ついては当事者間に争いがない。実際,原告も「SDUにおける送信時
刻の調節は,その後に,VPUにおける送信時刻の調節を必ずもたらす
こととなる。」と主張しているところである(原告第6準備書面17頁
7~8行)。
これを前提とし,さらに被告システムにおいて,SDUにおける送信
時刻の調整を実現する手段が「第3の手段」に該当するものと仮定して,
被告システムにおけるSDU及びVPUにおける各送信時刻に係る位相
の調整について検討しても,被告システムにおけるVPUの位相の変更
は,SDUの位相の変更とは無関係に独立して行われるものであること
が明らかである。すなわち,SDUにおける送信時刻の調整後,VPU
において,「第1の位相」に相当するとされるクロック信号の位相が変
更されるところ,この変更(VPUの位相の変更)は,調整タイマーが
t=0となる毎に送信時刻の調整(時間調整)の要否を判断するもので
あり,その後,調整タイマーは8あるいは12に再セットされることと
なる(甲10,10頁,28項)。一方,SDUの送信タイミングを指
定するクロック信号の位相の変更(SDUの位相の変更)は,調整タイ
マーがt=0となる毎に送信時刻の調整(時間調整)の要否を判断する
だけでなく,調整タイマーがt=5となる毎に,クロックの1周期を超
え得る調整(フレーム調整)の要否をも判断し,その条件が満たされる
場合には,フレーム調整を行うものである。このフレーム調整とは,
「変位量を1周期以上の差として捉えても,技術的には何ら差支えな
い」(原告第3準備書面13頁2~3行)との解釈を前提としても,1
周期を超え得る変位量の調整に当たるから,SDUの位相の変更を伴う
ものとなる。さらにSDUにおける調整タイマーは8あるいは16に再
セットされることとなる(甲10,6~7頁,15~21項)。そうす
ると,SDUの位相が変更された後,VPUの位相が変更されるまでの
時間は一定であるとはいえず,それぞれの位相が独立したタイミングで
変更されることとなる。
これによれば,被告システムにおいては,「第1の変位量」の加減が
行われる前に,「第1の位相」とSDUの送信タイミングを指定するク
ロック信号の位相との間の転位(変位)量である「第1の量」を固定す
るべく制御がなされているとはいえず,むしろ,「第1の変位量」の加
減が行われる前であっても,「第1の位相」が変更されうる構成を採用
しているということができる。したがって,被告システムにおいては
「第1の変位量」の加減が行われる前に「第1の位相」が変更されてお
り,SDUの送信タイミングを指示するクロック信号の位相との 転位
(変位)量である「第1の量」も固定されているものとはいえないから,
被告システムは構成要件Cを充足しないものというべきである。
(2) この点に関して原告は,構成要件Cの「固定された第1の量」につき,
「第1の量」は,加減前の「第1の位相」と「第2の位相」の位相差である
と解するほかないとし,本件発明のシステムは,「第1の位相」が,本件発
明外の制御により調節されたならば,その新たに特定された「第1の位相」
に基づいて,構成要件AないしEの制御を前提とした構成要件Fの制御を行
い得るものであり,この調節後の「第1の位相」と「第2の位相」の間の変
位量が,次の変位量の「加減」まで「固定されている」ことが,構成要件C
の要請するところである旨主張する。
しかし,本件発明は,構成要件Fによる「第1の変位量」の加減,すなわ
ち「第1の位相」を変更しない調節のみによって構成要件F記載の「外れて
いる受信を対応する枠の中に移す」ことを実現するものであるところ,後記
3で検討するとおり,構成要件Fによる第1の変位量の加減に加えて,第1
の位相を変更して第1の変位量を更に加減することは,「外れている受信を
対応する枠の中に移すために」(構成要件F)行われるものとはいえないと
いうべきである。構成要件Fにおける第1の変位量の加減は,「第1の位
相」と「第2の位相」の間における「一定の位相」(段落【0004】)関
係を崩すことにはなるものの,構成要件Cにおける「調節できるように固定
された第1の量」とは,このような変位量の変更を,構成要件Fにより加減
がなされる場合に限り許容することで,従来技術における課題である,独立
した時間調整による非同期性と,伝送遅延の変動による非同期性をともに
(段落【0008】)解決するための構成を特定したものと認められるもの
である。そうすると,原告の上記主張は,独立した時間調整による非同期性
を解決すべき課題の一つとする本件発明の技術思想に反するものというべき
であるから,原告の上記主張は採用することができない。
3 争点(1)オ,カ(構成要件E及びFの充足性)について
(1)ア 構成要件Fには,「第2のユニットにおける出行通信トラヒックの受信
が第1の枠から外れていると判断した場合,これに応じて,前記の対応す
る枠から外れている受信を対応する枠の中に移すために,第2の位相の第
1の位相からの第1の変位量を加減する第3の手段とを備えた」ものと記
載されているところ,この「第3の手段」についても,本件明細書等には
全く記載がない。また,「第1の変位量」については構成要件Cにおける
「第1の量」と同義であるところ,構成要件Fにおける「第1の変位量を
加減する」ことについて,本件明細書等には,「第1の位相」に該当する
「出力クロック622」の位相について,これを調節することに関する記
載(段落【0086】)があるが,構成要件Fにおける「第1の変位量を
加減する」ことについては,「第1の位相」を変更しない処理を意味する
と解される点につき,当事者間に争いがない。
これを前提として,構成要件Fにおける「第3の手段」につき検討する
と,この「第3の手段」について,「第2の位相の第1の位相からの第1
の変位量を加減する」ものとされているから,「第3の手段」は「第1の
量」と同義である「第1の変位量」を加減するものであることが明らかで
ある。
さらに,構成要件Fにおける「第3の手段」は,「第1の枠から外れて
いると判断した場合,これに応じて,前記の対応する枠から外れている受
信を対応する枠の中に移すために」行われるものをいうものであるところ,
この「第1の枠」について,本件明細書等には全くこれに関する記載がな
い。この点に関し,本件明細書等においては,「電話システムの動作との
その位相関係」(段落【0011】。段落【0010】に記載された「第
2の位相の第1の位相からの変移量」に相当すると解される。)は,「放
置すれば一定な位相関係」(段落【0009】)にあり,これを「時々調
整」(段落【0009】,【0011】)すること,具体的には「必要に
応じて加減する」(段落【0010】)ことによって,「他のユニットの
動作に対する位相関係の所定の枠(即ち,範囲)の中」 (段落【001
0】)の動作を実現し維持することができ,「媒体によって受ける伝送遅
延の変動を,所定の枠内での動作が実現・維持するように補償する」(段
落【0011】)との課題が解決されることが開示されている。
そうすると,構成要件Fにおける「第3の手段」は,所定の枠内での動
作を実現・維持するに足りる量だけ第1の変位量を加減することによって,
媒体による伝送遅延の変動を原因とする非同期性を補償し,従来技術にお
ける不都合を解決する(段落【0005】,【0008】)ものと解する
ことができる。
イ これを被告システムにおいてみると,被告システムでは「時間制御は,
Bearer Payload ProcessorのCell Processing Element内で行われます。」
(甲10,5頁,13項)とされ,この点につき甲10の2頁の図1も参
照すると,原告の主張するとおりSDU内の「CPE(Cell Processing
Element)」が「第3の手段」に該当する可能性が高いとみられるものの,
「SDUは,・・・出方向のパケットがIPスイッチに向けて返送される
送信時間を変更し,次のパケットの処理時間を変更します。」(甲10,
5~6頁,14項)との記載によれば,被告システムにおけるSDU内の
前記CPEが行う時間制御は,SDUからの送信タイミングを変更するも
のであって,「第1の位相」を基準としてそこからの転位量である「第1
の量」と同義である「第1の変位量」について,これを所定の枠内での動
作を実現・維持するに足りる量だけ「加減する」ものとはいえないという
べきである。そうすると,被告システムは構成要件Fを充足しない。
(2) この点に関して原告は,構成要件Fにおける「外れている受信を対応する
枠の中に移すために」とは,単に時間枠から外れている受信時刻があるとの
判断を前提に,その受信時刻を時間枠の中に移すことが調節の目的であると
述べているにすぎず,調節時の「調節量」について限定を行うものではない
旨主張する。
しかし,「調節」とは,「ほどよくととのえること。ととのえてほどよく
なること。つりあいのとれるようにすること。」(広辞苑第六版,1831
頁)を意味するところ,本件明細書等の記載によれば「所定の枠内での動作
が実現・維持」(段落【0011】)するに足りる量の調整がされるべきこ
とが明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) また,原告は,「第1の位相」の調節に関して,「第1の位相」が本件
発明外の制御により調節されたならば,その新たに特定された「第1の位
相」に基づいて,構成要件AないしEの制御を前提とした構成要件Fの制御
を行い得るものであり,構成要件Cについても,この調節後の「第1の位
相」と「第2の位相」の間の変位量が,次の変位量の「加減」まで「固定さ
れている」ことが,構成要件Cの要請するところである旨主張する。
しかし,原告も「第1の位相」の調節は本件発明の要件でないと主張する
とおり,本件発明は,「第1の位相」が調節されることを前提とすることな
く,構成要件Fによる「第1の変位量」の加減,すなわち「第1の位相」を
変更しない調節のみによって「外れている受信を対応する枠の中に移す」
(構成要件F)ことを実現するものと解されることについては,既に検討し
たとおりである。
そうすると,構成要件Fによる第1の変位量の加減に加えて,「第1の位
相」を変更して「第1の変位量」を更に加減することは「外れている受信を
対応する枠の中に移すために」(構成要件F)行われるものとはいえないか
ら,独立した時間調整による非同期性を解決すべき課題の一つとする本件発
明の技術思想に反するものというほかない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4 結語
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の
請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
東 海 林 保
裁判官
今 井 弘 晃
裁判官
勝 又 来 未 子
(別紙)
イ号物件目録
a 50Hzの公称周波数およびVPU位相(位相①)を有するVPUクロック信
号(クロック信号①)により指示される時刻に,出トラヒックを運ぶパケットを
送信するVPUと,
b 50Hzの公称周波数を有するクロック(クロック信号②)によって指示され
る時刻に,受信されたパケットをMSに送信するBTSユニットと,
c 50Hzの公称周波数を有し,位相①から調節できるように固定された量だけ
転位させたSDU位相(位相②)を有するSDUクロック信号(クロック信号
③)によって指示された時刻に,VPUから受信したパケットをBTSユニット
に送ることによって,VPUとBTSユニット間の通信を両者の間に入って接続
するSDUと,
d BTSユニットをSDUと接続し,SDUによって,受信のためにBTSユニ
ットに送られる統計的に多重化されたパケットを伝送し,通過するパケットの伝
送遅延が一定でなく変動する通信媒体と,
e 前記の受信されたパケットのBTSユニットによる送信予定時刻に先立つ,
①パケットの到着時刻の変動が小さいとき,すなわち八つの連続するパケットの
PATE値について,連続する2パケット間の差分値(八つのパケットに対し
て七つ)を平均し,当該平均値(「平均PATE差分値」)が5ミリ秒未満の
場合には,10ミリ秒の範囲,又は
②パケットの到着時刻の変動が大きいとき,すなわち平均PATE差分値が5ミ
リ秒以上の場合には,16ミリ秒の範囲
の時間枠(パケットの受信が期待される時間の範囲)の中に,八つの連続するパ
ケットの到着時刻の平均があるかどうかを判断するSDU内の手段と,
f 八つの連続するパケットの平均受信時刻が,上記①または②のそれぞれの場合
に対応する時間枠から外れていると判断した場合,これに応じて,後続するパケ
ットが,対応する時間枠の中で受信されるように,位相②の位相①からの変位量
を加減するSDU内の手段とを備えた
g ことを特徴とする通信システム。
特許公報省略
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