平成26(ワ)6406民事訴訟 不正競争
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裁判所 |
請求棄却 大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成27年12月17日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告P1
P2 原告一般社団法人たかみクリニック
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法令 |
不正競争
不正競争防止法2条1項7号3回 不正競争防止法2条1項14号3回 不正競争防止法2条1項9号1回 民事訴訟法61条1回
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キーワード |
損害賠償2回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,大阪府茨木市内で在宅療養支援診療所(以下「原告診療所」という。)
を営む原告が,同診療所の元従業員であり,退職後,同様の在宅療養支援診療
所の業務委託を受けている被告P1(以下「被告P1」という。)及び同診療
所を開設した被告P2(以下「被告P2」という。)に対し,被告らは共同し
て,被告P1において原告診療所の患者に関する情報を持ち出して使用する不
正競争防止法2条1項7号該当の行為及び患者に対し原告診療所が組織改編し
て被告P2の診療所となった旨の虚偽の事実を告げて原告の営業上の信用を害
する同項14号該当の不正競争をなし,被告P2において被告P1の提供する
患者の情報が不正取得されたものであることを知りながら使用する同項9号該
当の不正競争行為をなし,原告に損害を与えたと主張して,①同法3条1項に
基づく住所録及びカルテの各写しの使用禁止,②同条2項に基づくレセプトコ
ンピュータ登録画面及びカルテの各写しの廃棄,③同法4条に基づく損害賠償
(遅延損害金を含む。),④同法14条に基づく信用回復措置としての文書の
交付をそれぞれ求めた事案である。 |
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判決文
平成27年12月17日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成26年(ワ)第6406号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結の日 平成27年10月6日
判 決
原 告 一般社団法人たかみクリニック
同訴訟代理人弁護士 高 山 智 行
被 告 P1
同訴訟代理人弁護士 宮 藤 幸 一
被 告 P2
同訴訟代理人弁護士 木 村 尚 巧
同訴訟復代理人弁護士 石 堂 一 仁
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告らは,別紙1患者一覧記載の患者について,原告が保有していた住所録
及びカルテの各写しを訪問診療又は処方箋交付に使用してはならない。
2 被告らは,別紙1患者一覧記載の患者について,原告が管理していたレセプ
トコンピュータ登録画面及びカルテの各写しを廃棄せよ。
3 被告らは,原告に対し,連帯して,1200万円及びこれに対する平成26
年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは,別紙1患者一覧記載の患者に対して,別紙2記載の文書を交付せ
よ。
第2 事案の概要
本件は,大阪府茨木市内で在宅療養支援診療所(以下「原告診療所」という。)
を営む原告が,同診療所の元従業員であり,退職後,同様の在宅療養支援診療
所の業務委託を受けている被告P1(以下「被告P1」という。)及び同診療
所を開設した被告P2(以下「被告P2」という。)に対し,被告らは共同し
て,被告P1において原告診療所の患者に関する情報を持ち出して使用する不
正競争防止法2条1項7号該当の行為及び患者に対し原告診療所が組織改編し
て被告P2の診療所となった旨の虚偽の事実を告げて原告の営業上の信用を害
する同項14号該当の不正競争をなし,被告P2において被告P1の提供する
患者の情報が不正取得されたものであることを知りながら使用する同項9号該
当の不正競争行為をなし,原告に損害を与えたと主張して,①同法3条1項に
基づく住所録及びカルテの各写しの使用禁止,②同条2項に基づくレセプトコ
ンピュータ登録画面及びカルテの各写しの廃棄,③同法4条に基づく損害賠償
(遅延損害金を含む。),④同法14条に基づく信用回復措置としての文書の
交付をそれぞれ求めた事案である。
1 判断の基礎となるべき事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の各証拠
及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,和歌山市及び大阪府茨木市等において,在宅療養支援診療所を
経営する一般社団法人であり,大阪府茨木市の原告診療所(「たかみクリ
ニック」(茨木))においては,訪問診療を中心とした医療を行っている。
イ 被告P1は,平成23年2月頃から原告診療所に勤務し,平成25年8
月末日まで,医師の手配,職員の人事,経理等を担当し,平成26年2月
末日に原告を退職した者である(甲38,乙42)。
ウ 被告P2は,平成26年2月1日付けでみどり往診クリニック(以下「被
告診療所」という。)を開設した医師である。同被告は,被告診療所にお
いて医療業務に従事するものの,その運営業務は被告P1に委託していた
(甲1,乙42)。
(2) 在宅療養支援診療所について(甲40,甲41,弁論の全趣旨)
在宅療養支援診療所は,厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているも
のとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関であり,保険医の往診及び
訪問看護により24時間対応できる体制を確保して連絡担当者の氏名,連絡
先電話番号等を文書により提供している患者に対して月に2回以上の訪問診
療を行った場合には,在宅時医学総合管理料を受け取ることができる。そし
て,同患者に対する個別の訪問診療については,上記在宅時医学総合管理料
とは別に医療保険上の訪問診療料のほか,個別の措置についてそれぞれの措
置料を受け取ることができる。
また,在宅療養支援診療所のうち,訪問診療を担当する医師(提携する外
部医師を含む。)が3人以上で,在宅医療を実際に一定数行っているという
実績評価がある場合に,機能強化型在宅療養支援診療所と認定されると管理
料などが加算される。
(3) 被告診療所開設の経緯
ア 原告診療所の状況
原告が,原告診療所において,在宅療養計画に基づき訪問診療を行って
在宅時医学総合管理料を受給していた対象の患者は,平成26年2月末頃
当時,別紙1患者一覧記載の87人を含む105人程度であった(原告代
表者)。
原告診療所の職員は,看護師1名,准看護師1名及び事務職員3名の合
計5名であった(甲38,原告代表者)。
イ 被告診療所の開設
被告P2は,平成26年2月1日,被告診療所を開設した(甲1)。
被告P2は,被告診療所で医療業務に従事していたが,被告P1が原告
を退職した同月末からは被告P1個人に対し,同被告が同年3月に在宅療
養支援診療所の経営等を目的とする株式会社MOCを設立して以降は同
社の代表取締役としての同被告に対して被告診療所の運営業務を委託し
ていた(乙39,乙42,被告P2)。
被告診療所は,平成26年3月以降,在宅医療支援診療所として,在宅
時医学総合管理料(月額約4万2000円)を受領するようになり,同年
12月には機能強化型在宅療養支援診療所の認定を受けた(乙32,乙4
2,弁論の全趣旨)。
ウ 原告診療所の患者等が被告診療所へ移ったこと
平成26年3月頃以降,原告がそれまで訪問診療を担当してきた別紙1
患者一覧記載の患者87名のうち,被告P2と診療契約を締結しなかった
3名(番号62,65,66),及び医療行為の提供を受けていない1名
(番号56)を除く者が被告診療所の患者として訪問診療を受けるように
なった。また,同月中には,原告診療所に勤務していた職員5名全員が被
告診療所に勤め始め,原告診療所においてアルバイトで勤務していた医師
数名も被告診療所において稼働するようになった(甲38,弁論の全趣
旨)。
2 争点
(1) 原告の主張する住所,氏名,生年月日等の患者情報(以下「本件患者情報」
という。)は,「営業秘密」に該当するか(争点1)
(2) 被告P1は,本件患者情報を不正の利益を得る目的で使用したか,また,
被告P2は,被告P1が本件患者情報を不正取得したことを知りながら,同
情報を使用したか(争点2)
(3) 被告らは,原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したか(争点3)
(4) 損害(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1について
(原告の主張)
以下のとおり,本件患者情報は,原告の営業秘密である。
ア 秘密管理性
原告診療所において,本件患者情報は,電子カルテに記録されているが,
電子カルテにアクセスするためにはID及び暗証番号が必要であり,その
ID及び暗証番号は原告代表者を含む医師及び看護師しか知っておらず,
それ以外の職員には電子カルテにアクセスする権限はない。
他方,レセプトコンピュータシステムには,患者の氏名,住所,生年月
日がデータとして入力されているが,このシステムを起動するためには上
記と異なるID及び暗証番号が必要であり,そのID及び暗証番号は原告
代表者及び事務職員しか知っておらず,それ以外のアルバイト医師,看護
師には,上記データにアクセスする権限はない。
イ 非公知性・有用性
被告らは,医療福祉関係機関の情報共有を理由に非公知性を否定するが,
本件患者情報は,守秘義務を負ったそれぞれの専門職が管理保有すべきも
のであり,公然と知られているものではなく,非公知性がある。
また,個々の情報にはさほどの価値がなくとも,情報の集合体に価値が
生じ有用性もある。
(被告らの主張)
原告の主張する営業秘密は,そもそも特定がされていないし,その点を措
いたとしても営業秘密とはいえない。
ア 秘密管理性
電子カルテのIDは単純なもので,暗証番号は原告診療所の電話番号で
あり,事務職員を含む職員全員が知っていた。実際,電子カルテ記入の補
助業務を事務職員が行っていたし,営業担当者も患者の状況確認のため日
常的に閲覧していた。レセプトコンピュータシステムを起動するために
は,IDと暗証番号は必要なく,ダブルクリックするだけで誰でも起動す
ることができた。
その上,原告においては,本件患者情報を区分して秘密として指定した
こともないし,外部への持出しを禁止したこともなかった。現に被告P1
は患者の氏名や電話番号を私物の携帯電話機に登録し,24時間対応を余
儀なくされていたし,電子カルテ等のコピーを事後に回収したり,復元不
可能な措置を講じて廃棄したりしたこともなく,従業員において,原告が
主張する本件患者情報が秘密であることを認識する可能性はなかったか
ら,秘密に管理されていたとはいえない。
イ 非公知性
在宅療養者に関わる医療福祉関係機関は,在宅療養支援診療所,入院で
きる病院,介護支援専門員・居宅介護支援事業所,デイサービス施設など
多数に及ぶが,連携して在宅療養者を支援することが介護保険法上も要請
されており,大阪府も医療機関相互や医療機関と介護等他職種との情報共
有を推進している。これらを受けて,各事業者は,在宅療養者の同意のも
と,患者・利用者情報を共有し,充実したサービスの提供とそれによる患
者・利用者の福祉に努めている。このように,特定人が在宅医療を必要と
する旨の情報は,多数の医療・介護事業者などが共有しており,非公知性
があるということはできない。
(2) 争点2について
(原告の主張)
ア 被告P1
被告P1は,転籍予定のある看護師と意を通じるなどして直近の電子カ
ルテをプリントアウトして持ち出し,また,同被告は,平成26年2月下
旬頃,直近のレセプトコンピュータの登録画面をプリントアウトして持ち
出した。被告P1は,原告診療所の患者に,被告診療所と原告診療所とを
混同するような説明をして,被告診療所の患者として奪取し,自ら利益を
得るために使用したもので,当該行為は,不正競争防止法2条1項7号に
該当する。
イ 被告P2
被告P2は,虚偽の事実説明による患者の奪取等といった被告P1の不
正な行為を認識認容し,むしろこれを利用したものである。被告P2は,
被告P1と共同経営者というべき関係にあり,同被告において,本件患者
情報を使用して患者らに対して虚偽の説明をすることにより患者らを誤
信させて被告診療所と契約を締結させ,原告と患者らの継続した契約関係
を断ち切らせるに至ったものである。当該行為は,本件患者情報を不正に
利用して営業活動を行ったといえるから,不正競争防止法2条1項9号に
該当する。
(被告らの主張)
ア 被告P1
被告P1が,レセプトコンピュータ登録画面及び電子カルテのプリント
アウトしたものを持ち出したとの主張は否認する。
被告診療所における患者に関する情報は,他の医療機関や介護支援専門
員等から紹介を受けたものである。なお,電話番号については,被告P1
が従前私物の携帯電話を原告における対応電話として使用していたこと
から,氏名とともに登録されていた。それ以外の患者(診療をしていない
別紙1患者一覧65,66番の患者を除く。)は,本人や家族,介護支援
専門員,医療機関等から紹介を受けたものである。
そして,各患者の病状,治療経過等については,医師の記憶又は他院の
診療情報提供書による以外は,各患者から,一から聴取した。薬剤につい
ては,お薬手帳で確認した。
イ 被告P2
否認し,争う。
(3) 争点3について
(原告の主張)
被告P1は,患者らに対し,「たかみクリニック」が「みどり往診クリニ
ック」に組織改編した,原告診療所が被告診療所と同一である旨の説明をし
ており,当該行為は,原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したも
のといえ,不正競争防止法2条1項14号に該当する。被告診療所の開設者
である被告P2も,当然,被告P1の行為を認識,認容していたものである
から,被告P1と共同して上記行為を行ったものといえる。
(被告らの主張)
原告の主張事実は,否認する。仮に原告の主張する事実を被告P1が述べ
たとしても,原告の営業上の信用とは無関係である。
なお,被告P1が平成26年3月頃から患者方を訪問してなしていた説明
は,従前の担当者が「みどり往診クリニック」に移籍するため連絡先が変わ
ること,別途診療契約を結ぶ必要があるが24時間体制で対応するので安心
して欲しいというものである。
(4) 争点4について
(原告の主張)
原告は,原告診療所において,月額500万円程度の診療報酬を得,これ
に要した経費は300万円程度であったが,被告らの不正競争行為により,
原告の診療報酬額は月105万円程度にまで減り,経費を差し引くと利益が
発生しない。すなわち,原告は,月額200万円の得べかりし利益を失った
のであるから,その損害は,被告診療所における診療開始時からの半年分で
ある1200万円である。
(被告らの主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告診療所においては,電子カルテに本件患者情報の記載があり,レセ
プトコンピュータ登録画面にも,治療経過を除く情報が表示されていた(甲
35の1ないし87,甲37の1ないし87)。
電子カルテにアクセスするためには,ID及びパスワードが必要である
が,ID及びパスワードは医師及び看護師だけでなく,原告の事務職員は
誰でも知っており,誰でもアクセス可能であった。また,本件患者情報の
持出しは禁止されておらず,原告診療所において訪問診療を行う際には,
電子カルテのみならず,電子カルテを打ち出したものを携行して利用して
いた。また,そのように打ち出したものやコピーしたものを事後に回収し
たり復元不可能な措置を講じて廃棄したりすることはなく,そのための指
針もなかった(甲36,乙42,原告代表者,被告P1)。
イ 被告P1は,原告診療所勤務中,患者からの電話の対応を行うため,私
物の携帯電話機に,原告診療所を受診する患者の氏名や連絡先等を保存し
ており,原告代表者もこれを認識していた。被告P1は,平成25年頃か
ら,原告代表者に対し,原告診療所を退職し,同じ事業を行う予定である
ことを述べていたが,原告を辞めるに際し,原告から,患者に関するデー
タについて破棄等を求められたことはなかった(原告代表者,被告P1)。
ウ 介護保険の地域支援事業については,医療と介護の連携強化のために,
患者の情報を共有することが推進されており,医療を担う在宅療養支援診
療所の患者情報は,介護関係の施設等もこれを共有していた(乙27)。
エ 被告診療所は,平成26年3月初旬以降,別紙1患者一覧記載の患者(4
名を除く。)に対する訪問診療を始めた。そして,その頃,被告P1は,
そのうち67名の患者について,その作成経緯について後記のとおり一部
争いがあるものの,患者の情報を記載した「在宅療養患者様紹介シート」
(以下「紹介シート」という。)を用意し,これに介護施設等から署名等
を受けて完成させた。また,被告P1は,患者を訪問した際,患者本人や
家族から生年月日等を確認するなどして,患者情報を補うこともあった(乙
5ないし26,乙30,ただし,各枝番を含む。証人P3,被告P1)。
被告診療所において診療を開始する際,患者の治療経過は,各患者の主
治医からの診療情報提供書により把握され,これがない場合には,担当医
師が,患者や家族からの聞き取りにより把握するなどした(被告P2)。
(2)ア 以上認定した事実に基づき検討するに,原告診療所の従業員は,誰でも
電子カルテにアクセスして本件患者情報を利用することができ,訪問診療
の際にはこれを打ち出したものも使用していたが,その持出しや保管,廃
棄等についての具体的な指針はなかったというのである((1)ア)。また,
被告P1は,患者の氏名や連絡先等を私物の携帯電話機に登録して業務に
対応していたもので,そのことは原告代表者も知るところであったが,そ
れにもかかわらず,原告は,被告P1が独立して同業を行うために退職す
ることを知りながら,退職時に本件患者情報を破棄させるなどの対応をと
っていない((1)イ)。さらに,本件患者情報は,各患者が利用している介
護関係の施設等と必然的に共有されている状態にあり,そのため,是非は
別として,それら施設から個人的関係を利用して本件患者情報を得ること
も可能であって,現に被告診療所は情報の提供を受けている。またそうで
なくとも,原告診療所で稼働していた者であれば,個別の患者宅の情報は
個人的に記憶されているものであって,その記憶をもとに当該患者に接触
は可能であるから((1)ウ,エ),本件患者情報は,原告だけの努力で秘密
として管理しようがない情報であるということもできる。
そうすると,原告の職員らが,本件患者情報は,医師等専門職の職業上
の守秘義務の対象であると認識していたとしても,原告の営業秘密として
管理されているものと認識することはできなかったというほかないから,
上記のような管理体制のもとでは本件患者情報が秘密として管理されて
いたということはできない。
イ なお,証拠(甲28ないし33の各1及び2)によれば,別紙1患者一
覧記載の患者のうち7名については,被告らの主張にかかわらず,紹介シ
ート作成につき,被告P1が施設等から各患者の情報を電話等で確認した
という事実を否定する回答が施設等から得られていることが認められる。
しかし,それらの回答によっても,これらの施設側は,原告診療所とは異
なる被告診療所に患者情報の内容を確認する作業を手伝っていることは明
らかであるから,そうすると,やはり本件患者情報は,原告において,秘
密として管理することに限界があったというほかない。
ウ したがって,本件患者情報は,これを営業秘密ということはできない。
(3) 以上のとおり,原告が主張する本件患者情報は営業秘密と認めることがで
きないから,そのことを前提とする被告P1の不正競争防止法2条1項7号
に該当する行為,さらには被告P1の不正競争行為を前提とする被告P2の
同項9号に該当する行為も認められないことになる。
2 争点3について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,原告診療所のほか,和歌山市内の診療所も経営していたが,原
告代表者が双方の往診担当医となっていたため,原告診療所における往診
は土,日曜日のみであり,訪問診療はアルバイトの医師を雇って対応して
いた。そして,平成26年になってからは,原告代表者は,原告診療所で
の往診もほとんど行っていない状況になっていた(甲41,原告代表者,
被告P1)。
イ 被告P1は,原告の了解のもと,原告診療所と同種の診療所を新たに経
営することを前提に平成26年2月末日に原告を退職し,その頃,被告P
2が開設した被告診療所において,その運営業務の委託を受ける形で事業
を開始した。その際,原告診療所で稼働していた職員全員である5名は原
告診療所を退職して被告診療所で稼働するところとなった。また,原告診
療所においてアルバイトで雇っていた医師4名のうち2名は,被告診療所
でアルバイト医師として稼働するところとなった(証人P4,原告代表者)。
ウ 被告P1は,同年3月以降,原告診療所の訪問診療を受けていた患者方
を訪問し,被告診療所による訪問診療を受けることを勧誘し,別紙1患者
一覧記載の患者のうち83名の患者から,総合的な在宅療養計画に基づき
定期的に訪問診療を行い,総合的な医学管理を行うことについての同意及
び申込みの書面である「訪問診療同意書並びに申込書」を徴求し,被告診
療所において訪問診療を行うこととなった(甲40,乙33,弁論の全趣
旨)。
エ 原告代表者は,平成26年3月初旬,原告診療所の患者の多くが被告診
療所による訪問診療を受けるようになったことに気付き,以後,20名以
上の患者を訪問し,被告診療所と原告診療所とが異なるとの説明を行った
ところ,そのうち6名の患者は,被告診療所ではなく原告診療所の訪問診
療を受けることとなったが,その余の患者はそのまま被告診療所の訪問診
療を受け続けた(原告代表者)。
オ 原告は,原告診療所において,「オレンジクラブ」と称し,患者から会
費名目で月額3000円を徴収し,これにより実際に要した医療費及び薬
剤費等の自己負担分を請求しないという制度を運用していた(被告診療所
も同じ制度を採用している。)が,平成26年3月末頃から,被告診療所開
業後,被告診療所の訪問診療を受けることになった患者らに対し,今まで
請求していなかった,本来の医療費及び薬剤費等の自己負担分と上記会費
との差額が未払いであるとして請求する旨を予告する通知をした(乙1,
乙2,乙36,弁論の全趣旨)。
(2)ア 上記(1)ウ認定の原告診療所の訪問診療を受けていた多くの患者が被告
診療所の訪問診療を受けるに至った経緯に関連して,原告は,被告P1が
原告の患者らに対し,「たかみクリニック」が「みどり往診クリニック」
に組織改編したなどと虚偽の事実を告知したと主張し,これが原告の営業
上の信用を害した行為であるとして,不正競争防止法2条1項14号の不
正競争行為に該当する旨主張する。
イ そして,被告診療所の患者となった者らが作成した報告書(甲3ないし
15)には,「たかみクリニックはみどり往診クリニックにかわりました
連絡先も新しくかわりました」との説明を受けたこと,原告診療所と被告
診療所が「別物」だと知らなかった旨の記載が認められ,その旨を詳細に
述べる陳述書(甲25)を作成した患者の存在も認められる。
ウ(ア) しかしながら,上記証拠のうち報告書(甲3ないし15)は,予め文言
が記載された書面に署名や押印を得たものにすぎないし,うち2名(甲
4,甲9の作成者)は,その作成経緯について,原告から約束と異なる
不当な金銭請求を受けたからやむなく作成に応じた旨を述べている(乙
3,乙4)上,それ以外の患者であっても,いずれも原告から同様の金
銭請求を受けている中でこの報告書の作成を求められた様子がうかがえ
るから(乙2),これらの報告書の記載内容の信用性は低いものである。
また,その点を措いたとしても,上記各証拠を含み,原告主張に係る被
告P1が「組織改編をした」という法的同一性を意味する用語を用いて
説明したことをうかがわせる証拠は全くない。
(イ) また確かに,上記(1)エのとおり,原告診療所と被告診療所の法的主
体の異同について誤解していた患者がいることが認められるけれども,
上記(1)ウのとおり,被告P1は,原告診療所と被告診療所が法的に異な
ることを前提とする新たな訪問診療についての同意と申込みを患者に求
めていたのであるから,これは明らかに,原告診療所と被告診療所は法
的主体としては異なることを患者に明示していたことからすると,これ
は被告P1もその趣旨を述べる供述しているように,被告診療所開設に
伴って原告診療所の職員らは全員が被告診療所に移り,アルバイトの医
師もほぼ同様であるだけでなく,患者の費用負担の点も同様であるため,
患者に提供できるサービスの点では実質的に同じであるといえること
を,被告P1が患者を被告診療所に勧誘するに当たり特に強調して説明
したことが原因と考えられる(なお,被告P1の供述には,被告診療所
では患者から正規の料金を徴収しているとする部分があるが,患者が原
告診療所と被告診療所の異同に気づかなかったというのであるから(甲
25),被告診療所が原告診療所同様の料金徴収制度であったことは容
易に推認でき,これに反する供述部分は採用できない。)。加えて,そ
もそも介護保険を利用して訪問診療所を利用するような患者の多くは,
高齢者であって理解力が不十分であったことも影響していることは否定
できないと考えられる。
エ そうすると,被告P1が患者勧誘のためにした説明が原告診療所と被告
診療所の実質的同一性を強調したために法的主体の異同に誤解を与える不
十分不適切なものであったとの誹りを免れないとしても,法的同一性につ
いて明確に虚偽といえるような言辞を弄した事実が認められない以上,そ
れより進んで被告P1が積極的に虚偽の事実を告げて患者をいわば騙して
勧誘していたと認めることはできないというほかない。
これに反する内容を含む証人P4の証言は採用できず,そのほか原告主
張に係る被告P1が虚偽の説明を積極的にしたことを認めるに足りる証
拠はない。
(3) したがって,被告P1が,原告主張に係る不正競争防止法2条1項14号
に該当する行為をしたものとは認められない。
3 結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の被告らに対する請
求はいずれも理由がないというべきであるから,これらをいずれも棄却するこ
ととし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判
決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 森 崎 英 二
裁判官 田 原 美 奈 子
裁判官 林 啓 治 郎
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