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平成25(ワ)8439損害賠償請求事件

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裁判所 請求棄却 大阪地方裁判所
裁判年月日 平成28年2月4日
事件種別 民事
当事者 被告P2
原告P1
対象物 折り曲げ罫線入りプラスチックシート及びその製造方法並びに折り曲げ罫線刃
法令 特許権
民事訴訟法6条1項1回
民事訴訟法61条1回
不正競争防止法2条1項14号1回
キーワード 特許権13回
実施11回
ライセンス8回
損害賠償8回
無効6回
無効審判2回
侵害1回
差止1回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 事案の概要 本件は,原告が被告に対し,「ライセンス秘密契約書」と題する契約書(甲 1)によりされたと主張する契約に基づき,平成11年6月分から平成21年 5月分までの同契約10条2項ただし書による最低使用料として1200万円 の支払を求めるほか,同契約5条に定められた義務に違反したことを理由に債 務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として5000万円に加え本件訴訟提 起に要した弁護士費用相当の損害金320万円の合計5320万円の支払と, これらの合計6520万円に対する訴状送達の日の翌日である平成21年7月 24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求 めた事案である。

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判決文

平成28年2月4日判決言渡し 同日原本交付 裁判所書記官
平成25年(ワ)第8439号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成27年11月20日
判 決

原 告 P 1
同訴訟代理人弁護士 薮 下 貴 幸

被 告 P 2
同訴訟代理人弁護士 本 渡 諒 一
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は,原告に対し,6520万円及びこれに対する平成21年7月24日
から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,原告が被告に対し,「ライセンス秘密契約書」と題する契約書(甲
1)によりされたと主張する契約に基づき,平成11年6月分から平成21年
5月分までの同契約10条2項ただし書による最低使用料として1200万円
の支払を求めるほか,同契約5条に定められた義務に違反したことを理由に債
務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として5000万円に加え本件訴訟提
起に要した弁護士費用相当の損害金320万円の合計5320万円の支払と,
これらの合計6520万円に対する訴状送達の日の翌日である平成21年7月
24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
めた事案である。
2 判断の前提となる事実(争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣
旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,かつて三菱樹脂株式会社(以下「三菱樹脂」という。)に勤務
していたことがあり,後記本件契約締結当時,飲食店で事務職として勤務
をしていた者である(甲9,甲10,甲17)。
イ P3は,原告の夫であり,三菱樹脂において長年,合成樹脂ケースの研
究開発等に携わり,平成9年に退職した後はP4を設立し,後記本件契約
締結当時,P4として合成樹脂ケースの加工に関する技術指導を行うコン
サルタント業をしていた者である(甲28)。
ウ 被告は,後記本件契約締結当時,株式会社スズキ(以下「スズキ」とい
う。)の代表取締役を務めていた者である。
エ スズキは,被告が設立し代表取締役を務めていた合成樹脂ケースの製造
等を業とする株式会社であり,後記本件契約締結当時,当該業界では関東
で最大規模の会社であった(乙38)。
オ 株式会社フジシール(以下「フジシール」という。)は,平成10年1
2月,合成樹脂ケースを製造販売する子会社として株式会社フジアルファ
(以下「フジアルファ」という。)を設立した会社である。なお,フジシ
ールは,平成12年12月,スズキの全株式を取得し,平成21年4月に
は,同社を吸収合併した。
(2) 合成樹脂ケース及び罫線刃について
ア 箱状の合成樹脂ケースは,プラスチック等の合成樹脂シートに折り曲げ
線を付けて折り畳んで製作されるが,その折り曲げ線である罫線は,ケー
スとなるプラスチックシートに折り曲げ罫線刃(以下「罫線刃」という。)
を用いて作られる(乙14)。
イ スズキは,箱状の合成樹脂ケースの前段階である折り目となる罫線を付
した合成樹脂シートを製作する段階までを手掛け,これを事業者に販売し,
購入した事業者は,自動充てん機にかけて商品を充てんしながら箱状に折
り畳んで合成樹脂ケースを製作して商品として完成させる(乙37)。
ウ 合成樹脂ケースに用いられる素材としては,かつては塩化ビニール,ポ
リエチレン,ポリプロピレンが中心であったが,平成10年頃には,PE
T(ペット)が主流になってきており,その加工のためには,従前の罫線
刃とは異なる罫線刃が必要となっていたが,その当時,これに対応する罫
線刃としては,P3が開発に関与した三菱樹脂製の罫線刃が最も優れたも
のであった(乙8,乙22)。
(3) 本件各特許について
スズキは,平成10年11月20日,発明者を被告とし,発明の名称を
「折り曲げ罫線入りプラスチックシート及びその製造方法並びに折り曲げ罫
線刃」とする特許出願(特願平10-331235。以下,「本件特許出願
1」といい,その発明を「本件発明1」という。乙4)と発明の名称を「折
り曲げ罫線入りプラスチックシート及びその折り曲げ罫線刃」とする特許出
願(特願平10-331236。以下,「本件特許出願2」といい,「本件
特許出願1」と併せて「本件特許出願」ともいう。また,本件特許出願2に
係る発明を「本件発明2」といい,「本件発明1」と併わせて「本件発明」
ともいう。乙5)を,P5を出願代理人として行った。その出願手続に際し,
P5に対して出願書類作成に必要な発明内容の技術説明をしたのはP3であ
る。なお,本件特許出願1は特許査定され特許権として設定登録されたが,
本件特許出願2は拒絶査定された。
(4) 本件契約について
原告と被告を契約当事者とし,それぞれの署名押印が存する平成11年1
月6日付け作成に係る「ライセンス秘密契約書」と題する契約書が存する
(ただし,原告の署名部分の署名者はP3である。)。ただし,原告が保管
していたと主張する上記題名の契約書(甲1。以下「本件契約書」という。)
の記載内容は,下記のとおりであるのに対し,被告が保管していたと主張す
る上記題名の契約書(乙3。以下「被告契約書」という。)には,第10条
2項1文目の「2,5%」の後ろに「(甲が乙の税金を負担する場合は2,
0%とする。)」との挿入された記載がある一方,下線を付した第10条2
項のただし書きの部分がない(そのほか,被告契約書にはいくつかの誤記が
ある。以下においては,後記争点(1)のとおり,その契約当事者に争いがあ
り,また上記の限度で成立に争いがあるが,そのことを前提として,この
「ライセンス秘密契約書」と題する書面によりされた契約を「本件契約」と
いい,下線を付した第10条2項のただし書きの部分を「最低使用料条項」
といい,その条項に基づく合意部分を「最低使用料支払約束」という。) 。

第1条(秘密保持)
本契約書の一切の内容は第3者に漏らさないこと,本契約が切れた場
合にでも西暦2010年までは秘密とする。
第2条(定義)
本契約書において,本件特許とは原告の研究開発により発生したプラ
スチックシートの罫線構造に関する件を言う。
第3条(契約の制約)
原告は被告以外に本件に関する技術契約を行わないこと。
第4条(努力と協力)
原告は契約後も罫線の改良に勤め,技術力向上に努力と協力を行うこ
と,
第5条(専用使用権の設定)
被告は第3者に本件の使用権を移転してはならない。
また,特許権を第3者に変更してはならない。
第6条(市場の監視)
原告は本件に関し,侵害されている,又は恐れのある事実を発見し
た時は,排除,又は予防について,被告に協力する。
第7条(罫線刃の購入)
被告は,本件に必要な罫線刃は,原告より購入すること,その単価は
1cm長さ当たり50円とする。(ただし,1年毎に単価を見直す。)
第8条(開発費の負担)
原告が罫線刃を加工する為の開発費,量産加工機購入費は全額被告の
負担とする。(領収書は被告に送付)
第9条(特許出願)
被告は,本件につき,原告の発明した罫線構造を2ヶ月以内に,被告
の氏名で発明者,出願者として特許出願を行う。(費用は被告負担)
第10条(原告の発明権の専用使用権の対価)
1項 被告は,本契約時,契約金として特許1件に付き100万円を
原告に現金で支払う。
2項 被告は契約の翌月より技術使用料として本件内容に該当する商
品の売上金の2.5%を毎月末に原告の指定する銀行口座に振り
込むこと。ただし,毎月の使用料が10万以下の場合は最低保証
として10万円を月末に振り込むこと。
3項 契約より2年後に第2項について協議し変更することができる。
4項 被告は如何なる理由があっても原告に支払った契約金,技術使
用料は返却請求を行わない。
第11条(契約解除)
一方の当事者が本契約に違反する場合には,契約を解除することが
できる。ただし,その時,本件の特許権は原告の名義に書き換えを行
う。(その時の費用は原告の負担とする。)
第12条(契約期間)
本件の契約期間は,本件特許の有効期間内とする。
特許権が得られなかった時は,それが確認された日までとする。
第13条(善意,協議)
原告,及び被告は信義誠実を持って,この契約を履行し,この契約に
定めのない事項,及び解釈に疑義が生じた事項については相互に誠意を
持って協議し解決を図るものとする。
(5) 本件訴訟の経緯等
ア 本件契約締結日と同日,指定されたP3名義の預金口座に被告名義で2
00万円が振り込み送金されたが,その後,被告ないしスズキが,本件契
約が対象とした商品を製造したことはない。また被告又はスズキ(以下,
両名をあわせて「被告側」という。)から原告又はP3(以下,両名をあわ
せて「原告側」という。)に対して最低使用料支払約束に基づく支払がさ
れたことはないし,後記ウまで,原告側から被告側に対してその支払請求
がなされたこともない。
イ 本件特許出願の出願人名義は,平成13年10月17日の届出により,
いずれもフジシールに変更された(乙40,乙41)。
ウ 原告は,平成19年5月頃,被告に対し,最低使用料支払約束に基づく
月10万円の支払いがないとの通知をした(甲10)。
エ 原告は,平成21年6月15日,大津地方裁判所長浜支部に本件訴訟を
提起した。
オ 大津地方裁判所長浜支部は,平成24年12月27日,原告の請求を一
部認容する判決を言い渡し,原告が同判決を不服として控訴したところ,
大阪高等裁判所は,平成25年7月11日,本件の訴えは,民事訴訟法6
条1項,4条,5条1項により大阪地方裁判所又は東京地方裁判所が専属
管轄権を有するものであり,大津地方裁判所長浜支部に管轄権がないとし
て,同支部言渡しの判決を同法309条により取り消し,本件を当裁判所
に移送するとの判決をした。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 争点1(本件契約の当事者)について
(原告の主張)
本件契約の当事者は,本件契約書を作成して取り交わした原告と被告であ
る。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。本件契約の当事者は,原告の夫であるP3とスズ
キである。
原告は,本件発明の内容を理解しておらず,本件発明の技術内容をP5に
説明したのもP3であり,本件契約の交渉をしたのもP3であるから,本件
契約の一方当事者はP3である。また,被告は罫線刃を必要としているもの
ではなく,被告が代表者を務めるスズキが罫線刃を必要としていたことは原
告側に認識されていたのであるから,被告が契約当事者ではなく,スズキが
契約当事者である。
(2) 争点2(最低使用料条項の定めの有無)について
(原告の主張)
本件契約の内容は,最低使用料条項を含むものである。
被告は,本件契約は最低使用料条項を含まない契約書(乙3)に基づき締
結されたものであると主張するが,その契約書は偽造文書である。
(被告の主張)
本件契約は最低使用料条項を含まない契約書(乙3)に基づき締結された
ものである。
最低使用料条項を含む本件契約書(甲1)にも被告の署名押印がされてい
るが,その原因は,被告が,その署名押印する際に,原告から重ねて送付さ
れてきた契約書案の1通目については,かねてから求めていたとおり最低使
用料条項がないことを確認して署名押印したものの,2通目については,そ
の点を確認せずに署名押印したためである。
(3) 争点3(最低使用料支払約束に基づく支払債務の発生の有無)について
(原告の主張)
ア 本件契約は,原告が発明した特許のもとになる罫線刃のアイデア(以下
「罫線刃構想」という。)を被告に提供し,これを受けた被告が,その費
用負担で,これから特許出願を行い,さらにこの特許発明により開発され
た罫線刃を用いて商品を製造販売し,その売上額の割合から使用料を原告
に支払うというものである。
つまり使用料は,本件発明を目的とするものではなく,罫線刃構想の使
用の対価であり,最低使用料条項は,被告に対し,罫線刃を開発に着手し,
出願した本件発明の実用化を促す目的で,実用化していない段階であって
も原告に対して技術使用料を支払わせるべく設けたものである。本件契約
の本質は罫線刃の購入契約ではなく,また原告による罫線刃供給義務の履
行が使用料支払義務に先履行すべき義務となるわけではない。
そのほかの条項は,被告が罫線刃構想を用いて製造する商品の製造量を
把握するためのものであり,本件契約の直接の目的ではない。
イ 本件においては,被告が原告から提供を受けた罫線刃構想に基づき特許
出願をして本件契約に基づく特許権を有している以上,被告は原告のアイ
デアである罫線刃構想を使用しているのであるから,被告が罫線刃構想に
基づいた商品を製造していなくても本件契約に基づく使用料の支払義務が
発生している。
ウ また仮に被告が主張するように,原告に罫線刃供給の先履行義務がある
としても,P3は,平成10年12月頃,本件発明にかかる罫線刃のサン
プルを作成して被告に送付している。そして罫線刃の開発のためには,被
告の製造に向けての開発が必要であるところ,本件において被告はサンプ
ルの送付を受けながら,テスト結果を原告に対して知らせず放置していた
ものである。
原告は被告主張に係る先履行義務を果たしているのに,被告はこれを放
置していたのであるから,その原告が被告に対して罫線刃を供給していな
いとして最低使用料支払約束に基づく債務の発生を争うことは許されない。
(被告の主張)
ア 本件契約が罫線刃構想を提供することを軸とするものであるようにいう
原告の主張は争う。また,本件契約締結前に出願された本件発明1,2と
も本件契約の対象となる技術でもない。
イ 以上の点をおいても,原告は,本件契約7条に基づく罫線刃の供給義務
を果たしておらず,本件契約8条に基づく罫線刃の開発もしていないので,
原告は被告に対して本件契約で定める罫線刃を供給できていない。
最低使用料条項は,原告による被告への罫線刃の供給が前提であるとこ
ろ,原告が先履行義務を果たさず,そのため被告が本件発明に基づく罫線
刃を使用して商品を製造することが不可能であるので,被告は最低使用料
支払約束に基づく使用料の支払債務を負わない。
ウ なお,本件発明2の特許出願は拒絶査定を受けていて,誰もが使用でき
る技術であるから,原告は,使用料の2分の1を請求できない。
(4) 争点4(本件契約に原始的不能等の瑕疵があるか)について
(被告の主張)
以下のいずれかの理由により,被告は,本件契約に基づく債務を負わない。
ア 本件発明は,いずれも実施不能であり,したがって本件契約は,実施不
能の技術を目的とするものであって契約の目的を達成できないものである
から,本件契約は原始的不能により無効である。
イ 被告は,本件発明を実施できると信じて本件契約を締結したが,実際は
実施不能なものであったから,本件契約は錯誤により無効である。
ウ 被告は,本件契約が履行不能であることを理由として,原告に対し,平
成23年2月10日に送付した書面によって,本件契約を解除する旨の意
思表示をした。
エ 原告は本件契約8条に規定する罫線刃の量産体制を有しておらず,同7
条に規定する罫線刃を供給することができないから,同11条に規定する
「一方当事者が本契約に違反する場合」に該当する。
被告は,以上を理由として本件契約を解除する。
(原告の主張)
ア 本件発明が実施不能であることは否認し,本件契約が原始的不能である
から無効である旨の主張は争う。
イ 本件発明が実施不能であることを前提にいう本件解約の錯誤無効の主張
は争う。
ウ 本件契約は履行不能ではないから,そのことを理由にいう契約解除の主
張は争う。
エ 原告が罫線刃の供給ができないこと等による本件契約11条該当を理由
とする本件契約解除の主張は争う。
(5) 争点5(被告は,本件特許出願の出願人名義が第三者であるフジシールに
変更されたことを理由に本件契約5条に定める義務違反として債務不履行又
は不法行為責任を負うか)について
(原告の主張)
ア 本件契約5条によれば,被告は,第三者に本件発明の使用権を移転して
はならないこと,本件発明の特許権を第三者に変更してはならないとされ
ているが,被告は,原告に無断で,本件特許出願の出願人名義をスズキか
らフジシールに変更した。これは,本件契約5条に違反する行為であり,
被告は原告に対し,これにより原告に生じた損害について債務不履行又は
不法行為責任を負う。
イ 被告は,P3が本件発明はスズキ名義で出願されたことを認識していた
ばかりでなく,スズキの株式がフジシールに買収されて本件特許出願の出
願人がフジシールに変更されることを承諾又は同意していたと主張するが,
そのような事実はない。
そもそも本件契約の当事者は原告であってP3ではないから,P3の認
識や承諾をいうことは失当である。
(被告の主張)
本件契約9条によれば,本件特許出願は被告を出願人として出願すべきも
のであるところ,実際には,スズキにおいて出願され,P3はこれに同意し
ていた。
そして,その後,フジシールがスズキの全株式を取得して同社を買収した
が,その当時,P3は,フジシールの子会社であるフジアルファの取締役と
して,この買収に関してフジシールに被告を紹介する労をとっているのであ
り,フジシールのスズキの買収により,本件発明の出願人がフジシールに変
更されることがあることを事前に知りながら,被告に対して何ら苦情も言わ
なかったから,原告は,本件特許出願の出願人名義をフジシールに変更する
ことを承諾又は同意していたといえる。
そして,本件契約に関し,原告とP3は実質的に同一であるから,原告は
本件特許出願の出願人名義が第三者であるフジシールに変更されることを承
諾又は同意していたといえる。
したがって,本件特許出願の出願名義人がフジシールに変更されたことは
本件契約5条に違反する債務不履行又は不法行為を構成しない。
(6) 争点6(原告の被告に対する請求の額)について
(原告の主張)
ア 最低使用料の請求について
被告は,最低使用料支払約束に基づき,平成11年2月から月額10万
円の最低使用料の支払債務を原告に対して負うところ,現在までその支払
は全くされていない。原告は被告に対し,そのうち平成11年6月分から
平成21年5月分までの未払使用料1200万円を請求する。
イ 損害賠償請求について
前記(5)(原告の主張)アの被告の債務不履行又は不法行為により,原
告は,本件発明に係る出願人又は特許権者の名義を原告に書き換えること
ができなくなった。本件発明に係る特許権等の価格は,それぞれ2500
万円であり,上記債務不履行又は不法行為による原告の損害は5000万
円を下らない。
ウ 弁護士費用相当損害金について
原告は,本件訴訟提起及び追行のため弁護士に委任しており,その弁護
士費用相当の損害金は320万円を下らない。
(被告の主張)
争う。
(7) 争点7(消滅時効)について
(被告の主張)
ア 原告は,被告に対して罫線刃を供給する義務を負担している(本件契約
7条)し,被告もまた原告側の実質的な契約者であるP4のP3から罫線
刃を購入する義務を負うから,本件契約は,商行為についての契約である。
イ P3は,スズキが平成12年2月にフジシールの子会社となった当時,
フジシールに既に入社しており,同年12月にはスズキの取締役にも就任
しているから,スズキがフジシールの子会社になったことにより本件発明
がフジシールの管理下に入ったことは知っていた。そうすると,平成12
年12月には,原告は被告に対し,最低使用料支払約束に基づく未払使用
料の請求及び本件契約5条違反を理由とする損害賠償請求が可能であった
にもかかわらず,平成21年6月15日までその請求をしていない。
ウ これらによれば,本件訴訟提起時である平成21年6月15日から5年
前以前に発生した未払使用料の請求及び債務不履行に基づく損害賠償請求
は5年の経過により時効が完成しており,また不法行為に基づく損害賠償
請求は3年の期間を経過して時効が完成している。
エ 被告は,原告に対し,大津地方裁判所長浜支部における平成23年2月
17日の同支部第11回弁論準備手続期日及び平成24年9月28日の同
支部第4回口頭弁論期日において,上記時効を援用する旨の意思表示をし
た。
(原告の主張)
ア 被告はスズキの代表者ではあるが特許発明を実施することを業とする商
人ではなく,原告も同様であるから,本件契約は商行為についての契約で
はない。また本件契約は絶対的商行為に該当するものではないし,原告は
営業として本件契約を締結したのでもないから,本件契約に基づく債務は
商行為に基づく債務ではない。
イ また原告側は,本件発明を第三者名義で出願したことを知らなかったし,
本件特許出願の出願人が被告から第三者に変更されたことを知ったのは平
成19年4月頃である。なお,P3においてスズキがフジシールに買収さ
れたことを知っていたとしても,これに伴う出願人の名義変更手続をして
いたか否かについては全く分からなかった。
ウ したがって,原告の被告に対する使用料請求権及び債務不履行又は不法
行為に基づく損害賠償請求権は,いずれも時効が完成していない。
(8) 争点8(権利濫用)について
(被告の主張)
原告側は,本件契約上の債務を履行する意思を有しておらず,かつ,事実
上履行できないものであり,実際,債務履行の準備行為を何一つしていない。
また,本件契約締結後から約9年間,原告側は,本件契約について話題にす
ることもなく,本件で請求する内容の権利行使もしていない。
したがって,原告の被告に対する本件における請求は権利濫用であり許さ
れない。
(原告の主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 前記第2の2の各事実に後掲の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,本
件に関し,以下の事実が認められる。
(1) P3は,三菱樹脂において長年,合成樹脂ケースの加工及びそのために
必要な罫線刃の研究開発等に携わっていた者であり,その間,各種の特許
発明をし,三菱樹脂が自動充てん機によりペットを用いた合成樹脂ケース
を製造するに必要な罫線刃を開発するなど,当該業界において有名な技術
者であった。同人は,平成9年2月,三菱樹脂を定年前に早期退職し,同
年10月,P4を設立してフジシールを含む関係業界に対して合成樹脂ケ
ースの加工に関する技術指導を行うコンサルタント業をしていた。(甲1
0,甲20,甲28)
(2) 被告が設立したスズキは,合成樹脂ケース分野で関東最大の会社であっ
たが,塩化ビニールを用いた合成樹脂ケースの加工を中心としていたとこ
ろ,大口注文主から自動充てん機で製造できるペットを用いた合成樹脂ケ
ースの加工を求められるようになり,そのために必要な罫線刃の入手を必
要としていた(乙8,乙37,乙38)。
(3) そうしたところ,被告は,罫線刃の製造会社である株式会社ナカヤマの
P6から,P3の紹介を受けた(甲10,甲20,乙8,乙37)。
(4) 被告から相談を受けたP3は,被告に対し,スズキが必要とする罫線刃
を提供することを承諾し,提供可能な罫線刃は2種類あるため,使用料と
して,1種類につき100万円,合計200 万円とすることを提案した
(乙14)。
(5) P3は,平成10年9月頃,被告に対し,使用可能な罫線刃2種類につ
いて,特許出願することを提案し,被告を伴って,P5を訪れ,本件発明
に基づく特許出願手続の依頼をした。そして,P3において,メモや図面
を示してP5に対して出願書類作成に必要な本件発明の技術説明をした
(甲20,乙1の2,乙14)。なお,P3は被告に対し,提供する罫線
刃の技術は,三菱樹脂製のものを100として70以上の品質が得られる
ものと説明していた(乙1の3)。
(6) その数日後,P3は被告に対し,罫線刃の実施に関する秘密契約を締結
することを提案し,契約書案を作成した上で送付することを伝えた(乙1
4)。そして,同年10月頃,「ライセンス秘密契約書」と題する手書き
の書面(乙1の1)を,被告に対して送付した。同契約書は,契約当事者
を原告とスズキとするものであり,その契約書には,10条2項ただし書
きに最低使用料条項が置かれていた(乙1の1,乙14,乙17)。次い
でP3は,同じ題名で同じく最低使用料条項を含む「ライセンス秘密契約
書」と題する書面をタイプ打ちして,再度,被告に送付したが,その契約
内容は,以前のものと同じであるものの,契約当事者を,原告側は原告の
実父であるP7とし,被告側をスズキではなく被告個人とするものであっ
た(乙2,乙14)。
(7) P3は,平成10年12月,合成樹脂ケースを製作する会社として設立
されたフジシールの子会社であるフジアルファに,同社において合成樹脂
ケースの加工及び罫線刃の技術開発の指導を担うものとして取締役に就任
した(甲10)。
(8) 同年11月20日,本件発明に基づく本件特許出願がされた。
(9) P3は,平成11年1月,前記(6)の契約書と概ね同じ内容の「ライセ
ンス秘密契約書」と題し,契約当事者を原告と被告とする契約書案を作成
し,これを被告に送付した。また,その送付時に,「契約金」の振込先と
してP3名義の信用金庫の口座,「技術使用料」の振込先として原告名義
の銀行口座を指定し,「なお今後の罫線の改良は第1回のテスト結果の判
断を待って進めますので結果を連絡願います。」との記載がある書面(乙
9)を併せて被告に送付した。
(10) 被告は,平成11年1月6日,P3から最後に送付された「ライセン
ス秘密契約書」と題する書面に署名押印して返送し,また上記指定に従い,
P3名義の銀行口座に契約金として200万円を振り込んだ(乙6)。な
お,これまでの間に,被告が原告と直接交渉した事実はないばかりか,何
らかの接触をした事実もない。
(11) その後,スズキにおいて本件契約書7条に該当する原告製造に係る罫
線刃を用いて合成樹脂ケースの加工をしたことはなく,またスズキから原
告に使用料の支払がされることもなく推移したが,そのことが当事者間で
問題とされることはなかった。
(12) スズキは,平成11年8月27日,発明の名称を「折り曲げ罫線入り
プラスチックシートおよびプラスチックシート用罫線刃」とする本件発明
と技術分野を同じくする発明についての特許出願をした。(甲13)
(13) 被告は,平成11年秋頃,東京ビックサイトでの展示会会場において,
P3も居合わせた場で,フジシールの会長から,合成樹脂ケースについて
一緒に事業をすることを提案された。そして,後日,料亭において,フジ
シールの会長及びP3とともに会食し,その席で,フジシールの会長から
スズキを買収したい旨告げられた。(甲20,乙14)
(14) 平成12年2月21日,スズキとフジシールは,スズキがそれまでに
有する発明等に関する権利をフジシールが有することができるものとし,
スズキが今後する発明等については,フジシールが自己の名義で特許等の
出願手続をすることができることとする旨の合意をした(乙30)。被告
は,平成12年12月,他の保有者である被告の親族らとともに,保有す
るスズキの全株式をフジシールに譲渡した(甲21,乙26)。
(15) 被告は,スズキがフジシールの子会社になった後もスズキの代表取締
役にとどまって,その経営に当たっていたが,平成12年12月31日,
代表取締役を解任され(退任登記は平成13年3月2日),その一方,P
3は,それに先立つ平成12年12月28日,スズキの取締役に就任した
(甲21,甲31,乙27)。
(16) P3は,平成13年8月,フジアルファを退職し(甲10),平成1
3年9月20日,有限会社開伸を設立した(甲18)。
(17) 平成13年10月17日,スズキとフジシールは,本件特許出願の出
願人名義をスズキからフジシールに変更する旨の変更届をした(乙40,
乙41)。
(18) P3は,平成14年5月24日,スズキの取締役を退任した(乙2
7)。
(19) スズキは,平成14年6月1日に株式会社フジパートナーズに商号変
更した後,平成21年4月1日にフジシールに吸収合併され解散した(乙
27)。
(20) 被告が経営する有限会社ベルテック(乙33)は,平成18年,P3
を被告として,不正競争防止法2条1項14号の不正競争防止法違反を理
由とする不正競争行為差止請求事件を東京地方裁判所に提起した。また,
P3が代表者を務める株式会社開伸は,平成18年6月, スズキが上記
(12)で出願した特許についての特許無効審判を請求し,これに対して被告
は,平成19年5月,P3が特許権者である,発明の名称を「シート,及
びシート折曲部用形成刃」と題する特許についての特許無効審判を請求し
た。(乙34,乙35,乙36の1)
(21) 原告は,平成19年5月頃,被告に対し,最低使用料支払約束に基づ
く月10万円の支払いがないとの通知をした。そうしたところ,被告から,
契約書がないので分からないとの回答であったことから,原告から被告に
対し,本件契約書の写しを送付した。(甲10,甲20)
(22) 原告は,平成21年6月15日,大津地方裁判所長浜支部に本件訴訟
を提起した。
2 争点1(本件契約の当事者)について
本件契約書及び被告契約書とも,原告と被告が契約当事者としてそれぞれ署
名押印する体裁で作成されているにもかかわらず,被告は,その署名主体が契
約当事者であることを否認し,本件契約の契約当事者であり,本件訴訟におい
て原告となるべき者は原告ではなくP3であり,被告となるべき者はスズキで
ある旨主張している。
しかし,被告の点についてみると,確かに本件契約がスズキの事業の一環と
してなされたことは明らかであり,またそこで予定されている「本件内容に該
当する商品」の製造販売もスズキでなされることが予定されているが,本件契
約が被告個人の資格でなされていることはその体裁上明らかであり,スズキの
代表者である被告自身も契約書作成に当たり,そのことを明確に認識していた
はずであるから,その実質的当事者がスズキであろうとも,本件契約は被告を
当事者として締結されたものと解するほかない。
他方,原告の点についてみると,両契約書はいずれも原告名義で作成されて
いるが,①そもそも被告は,罫線刃の技術者として有名なP3を頼って事業の
相談を持ちかけたことが契機で本件契約締結に至ったこと,②契約交渉はP3
がしていて被告が原告と接触した事実は全くなく,契約書作成のための原告の
署名さえP3がしていること,③契約書案作成途中では,原告の父親を契約当
事者とする契約書案さえ作成されていたこと,④契約金200万円の弁済先が
P3名義の預金口座と指定されたことなどからすると,被告が主張するように,
本件契約の当事者は原告を仮装したP3であると認める余地は十分にある。
しかし,被告自身,原告が契約当事者であることを明確に認識して本件契約
締結の意思表示をしたはずであり,また証拠(甲9,甲19)によれば,原告
がP3を代理人として本件契約の交渉をし,P3が署名代理の方式で原告を顕
名して本件契約を締結したと見ることができ,これを完全に排斥することはで
きないから,本件においては,原告側の本件契約の当事者を原告と認定するの
が相当である(なお,被告は,本件発明の発明者の点も問題にしているが,本
件発明が少なくとも原告側でなされたものであり,原告とP3間においては,
その発明者を原告とすることで一致しているのであるから(弁論の全趣旨),
この点が本件契約の当事者を決定する事情とはならないし,また本件契約の効
力を妨げる事情になるものではない。)。
3 争点2(最低使用料条項の定めの有無)について
被告は,最低使用料条項を含む本件契約書(甲1)に署名押印したことを認
めながら,その保管している被告契約書には最低使用料条項がないことから,
最低使用料条項の記載部分を認識しないで本件契約書に署名押印したとして,
その部分に基づく最低使用料支払約束はされていないように争っている。
そこで本件契約書と被告契約書を対比してみると,いずれにもP3の手によ
る原告署名部分が認められるが,それぞれの書面の署名文字は不自然なほど正
確に一致しているから,いずれかの署名部分は他の署名部分を何らかの手段で
コピーして作成したものと疑わざるを得ないものである。
そして,さらに検討するに,①最低使用料条項は契約書の2枚目に記載され
ているが,両契約書とも1枚目,3枚目ともに誤脱字はないが,被告契約書の
問題となる2枚目だけに複数の誤字(第8条の「賭する」,第9条の「賭し
て」,第10条(1)の「にっき」,同条(2)の「翌月ょり」,「2,5%」,同
条(3)の「契約ょり」)が認められること,②被告は本件契約締結の交渉時,
最低使用料条項を排除することを重視していたように主張立証するが,上記1
(21)のとおり,原告から最低使用料条項を前提に未払使用料の請求を受けた際,
そのような支払の根拠となる条項は排除していたはずと反論するわけではなく,
契約書が手元にないので分からないという反論にとどまっていたこと,③そし
て,本件訴訟が提起されるまで,最低使用料条項を含まない被告契約書を原告
に積極的に提示した様子がうかがえないことを併せ考えると,被告契約書は被
告によって偽造されたものと認められ,したがって本件契約書と被告契約書の
異なる契約書案が存在していたようにいう被告の弁解は採用できない。したが
って,原告と被告がした本件契約は最低支払条項を含む本件契約書に基づいて
されたものであり,当事者間には当該条項に基づく最低使用料支払約束がされ
たものと認定するのが相当である。
4 争点3(最低使用料支払約束に基づく支払債務の発生の有無)について
(1) 原告は,本件契約は,具体的な本件発明を対象とする契約ではなく,原告
が発明した特許のもとになる罫線刃構想を被告に提供し,これを受けた被告
はこれから自己費用負担で特許出願を行い,さらにこの特許発明により開発
された罫線刃を用いて商品を製造販売し,その売上額の割合から使用料を原
告に支払うというものであるとし,被告は罫線刃構想を使用して特許権を有
しているから,商品を製造していなくとも最低使用料支払約束に基づく使用
料を支払う債務を負う旨主張する。
確かに,本件契約9条を文言どおり解すると本件契約締結前に出願された
本件発明は本件契約の対象外ということになるし,また本件契約書中に本件
発明を具体的対象とする記載文言はないので,そもそも本件契約書の文言が
漠然としていることも併さって,原告のような解釈も採り得る余地があるこ
とは否定できない。
しかし,そもそも被告は,スズキの事業に役立てる罫線刃を求めてP3の
紹介を受けたのであり,スズキの事業に用いるために本件契約を締結したの
であるから,直ちに事業化できないようなアイデアにとどまる罫線刃構想を
対象とした契約であるとの原告の主張はいかにも不自然であり不合理である。
そして,確かに本件発明は,本件契約締結前に出願されているが,①本件
契約の交渉は本件発明の出願準備と同時に開始されたこと,②本件契約9条
には被告に特許出願「義務」が課せられているが,本件契約締結後に出願は
なされず,そのことが話題になったこともないこと,③被告は,本件契約締
結時に,本件特許出願の2件分として200万円を契約金として原告に支払
っているが,これは本件契約10条に基づく支払と理解されること,④本件
契約4条,8条によれば,今後の開発や改良が予定されているとはいえ,同
7条及びこれを前提とする商品の売上げが同10条2項で予定されているの
であるから,事業に使用することが可能な罫線刃がすぐに提供できることが
見込まれていたと考えられることなど,以上のような事実関係からすると,
本件契約は,本件発明として特定される具体的技術の提供を前提とし,その
実施品である罫線刃を原告が供給し,その罫線刃を用いて被告ないしはスズ
キが商品を製造して,その売上げから使用料を原告に支払うことを予定した
契約であったと解するのが相当であり,原告の主張の前提となる本件契約の
解釈は採用できない。
(2) そこで以上のような本件契約の理解を前提に,本件において被告に最低使
用料支払約束に基づく債務が発生していたといえるのかについて検討する。
まず最低使用料条項をみると,「毎月の使用料が10万以下の場合は最低
保証として10万円を月末に振り込むこと。」とあって,これ自体は,いか
なる場合であっても当然に毎月10万円の支払義務が発生するように解し得
るものである。
しかし,その前文には「被告は契約の翌月より技術使用料として本件内容
に該当する商品の売り上げ金の2.5%を毎月末に原告の指定する銀行口座
に振り込むこと。」とあり,これによれば,最低使用料条項にいう使用料と
は技術使用料のことであり,またその技術使用料は,「本件内容に該当する
商品の売り上げ」金額を基礎に定められるべきことが原則とされていると理
解できるから,最低使用料の発生は,「商品の売り上げ」が生じることが前
提となっていると解することも可能である。
そして,ここでいう「本件内容に該当する商品の売り上げ」とは,本件契
約7条によれば,原告が供給した罫線刃を用いて製造した商品の売上げであ
るから,原告から罫線刃の供給がなければ,商品の売上げは発生しようがな
いものである。
さらにいえば,本件契約5条によれば,被告は本件発明に基づく特許権を
得たとしても第三者によるライセンス収入を見込めないから,その点からも,
毎月の使用料を支払うためには,実施品である罫線刃の供給を受けて,これ
を用いてする合成樹脂ケースの製造を事業化することが絶対に必要であった
ということができる。
そうすると,このような関係をみると,本件発明を被告名義で出願したも
のの,なんら具体的収益のない段階で最低使用料条項に基づく使用料の支払
債務が当然に発生するという原告の解釈はいかにも不合理であって採用でき
ず,使用料の支払は,最低使用料条項に基づくものを含め,原告から供給を
受けた罫線刃を用いて被告による商品の製造が開始されることが前提と理解
されていたものと解するのが相当である。
また,この解釈は,原告の主張によれば,本件契約後直ちに最低使用料支
払債務が毎月発生するはずなのに,当初から,そのようなことが問題にされ
た様子がうかがえず,また原告による罫線刃の供給がなく,したがって被告
による対象商品の売り上げがないまま推移し,その中で最低使用料の支払問
題が当事者間で全く触れられることがなかったという,その後の経緯でも裏
付けられているといえる(原告の主張によれば,毎月受領できる10万円は
いってみれば一種の不労所得ということになるから,これを忙しくてその請
求を怠ったようにいう原告の弁解はいかにも不自然であるし,また被告がス
ズキの売却を前提に本件発明に基づく特許権だけを得ようと予め目論んでい
たようにいう原告の推測もその根拠は全くなく採用できない。他方,被告も
200万円の事業投資をしながら,これを放置したということになるが,被
告は少なくともスズキ名義で特許出願をするという利益を得ているわけであ
るし,また罫線刃の技術者として有名なP3との関係維持に配慮してこの問
題に触れなかったとする被告の弁解は,その後,P3が関与してスズキがフ
ジシールに買収された経緯をみると,一応の合理性があって理解可能である
といえる。)。
なお原告は,被告に罫線刃を供給できなかったのは,その開発に被告が協
力しなかったからであると主張するところ,確かに上記1(9)で摘記した書
面(乙9)の記載文言からすると,その当時,被告ないしスズキに供給する
罫線刃の完成に向けての作業が開始されていた様子がうかがえないではない
が,それにしても,その当時,原告側から被告側に対して何らかの協力を促
した様子は認められないし,そもそも本件における使用料請求は,それから
8年間も経過して初めてなされたものであって,その間,本件発明に基づい
た罫線刃を使用した事業は断念されたものとの信頼がお互いにできていたと
認められるから,そのような経緯を無視してする原告の主張は信義則上許さ
れないというべきである。
(3) したがって,原告の被告に対する最低使用料支払約束に基づく請求は理由
がないというべきである(なお,上記3で認定した被告契約書を偽造してま
で最低使用料の支払義務を免れようとした被告の行動は,上記解釈と矛盾す
るものといえる。しかし,これは先にみたように,解釈の仕方では原告主張
に係る債務を認められる余地があるために被告が安易に採った行動とみるほ
かなく,それ自体は非難されるべきであるが,だからといって,その点から
最低使用料は,本件の事実関係のもとでも当然に毎月発生するものとの合意
をしていたと解する根拠にはなし得ないというべきである。)。
5 争点5(被告は,本件特許出願の出願人名義が第三者であるフジシールに変
更されたことを理由に本件契約5条に定める義務違反として債務不履行又は不
法行為責任を負うか)について
(1) 本件特許出願の出願人名義が,平成13年10月17日,スズキからフジ
シールに変更された点について原告は,本件契約5条に違反する債務不履行
又は不法行為を構成すると主張する。
本件契約5条には,「特許権を第3者に変更してはならない」とあるから,
その趣旨は,特許査定前段階における出願名義人の変更を禁ずる趣旨を含む
ものと解されるが,以下の事実関係に照らし,この出願名義人の変更は,原
告が容認していたものということができるから,これについて債務不履行又
は不法行為をいう原告の主張は認められないというべきである。
(2) すなわち,上記出願名義人の変更は,スズキがフジシールの子会社化され
た結果として起きてきたことは上記1(14)ないし(17)の経緯に明らかである
が,その経緯にP3が深く関わったことは,子会社の取締役にすぎないP3
が,親会社のフジシールの会長と被告との料亭における会食の場に同席した
り(上記1(13)),フジシールがスズキの全株式を買い入れた後,スズキの
取締役に就任したりした(上記1(15))というその当時の一連の事実関係から
優に推認されるところである(P3は合成樹脂ケース加工の技術指導のため,
フジシールの子会社として設立されたフジアルファの取締役に就任したもの
であるから,スズキのフジシールの子会社化に伴って,スズキの取締役にも
就任するということは,これによりスズキの経営,少なくともその罫線刃関
連の事業に関与するようになったと認めるのが相当である。)。
そして,フジシールがスズキの全株式を取得するということは,スズキの
保有資産である出願中の特許発明に関する権利をフジシールが実質的に保有
する効果をもたらし,その反面,被告の権限だけで処理できないものになる
から,その経緯にP3が積極的に関与しながら,その後にされた出願名義人
変更だけをことさらに取り上げて本件契約5条の違反をいうのは相当ではな
いというべきである(スズキは,その後フジシールに吸収合併されているか
ら,先行して出願名義人の変更をしていなくとも,この吸収合併によりスズ
キとしての法的同一性を保ったまま形式的に出願名義人はフジシールに変更
されたはずである。要するにフジシールがスズキの全株式を取得した時点で,
本件契約5条が禁じようとした事態は生じていたといえるから,その事態の
招来に積極的に関与したP3が本件契約の5条違反を主張することは許され
ないというべきである。)。
また,そもそも本件特許出願が,いずれも本件契約9条にかかわらず,ス
ズキ名義でされている点についても,上記1(5)及びその後の上記認定の経
緯に照らし,P3の了解のもとされたことであると推認することができる。
なお以上の検討は,すべてP3についてしたものであるが,上記2に説示
したとおり,本件契約の契約当事者が原告というのなら,原告は交渉段階か
らP3を代理人としていたものであり,そればかりか,証拠(甲9,甲19)
によれば,原告は本件発明あるいは本件契約に関連して起きてくる諸問題の
処理を包括的にP3に任せきりにしていたといえるから,本件発明の出願人
の名義変更に関する経緯についても原告とP3を実質的に一体化してみるべ
きであって,P3の立場で本件契約5条の違反を主張することが許されない
以上,原告も同様に許されないというべきである。
(3) したがって,原告の被告に対する本件契約5条の違反を理由とする債務不
履行又は不法行為に基づく損害賠償請求は,その余の判断に及ぶまでもなく
ないというべきである。
6 以上によれば,原告の被告に対する請求は,本件発明がそもそも実施可能な
技術であったか否かなど,その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由
がないことになるから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民
事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。


大阪地方裁判所第21民事部


裁 判 長 裁 判 官 森 崎 英 二


裁 判 官 田 原 美 奈 子


裁 判 官 大 川 潤 子

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