平成26(ワ)8905特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成28年6月15日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告E&EJapan株式会社
株式会社立花エレテック 原告日亜化学工業株式会社
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対象物 |
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子 |
法令 |
特許権
特許法102条2項6回 特許法123条1項4号4回 特許法102条3項3回 特許法123条1項2号3回 特許法126条5項2回 特許法36条6項1号2回 特許法29条1項3号1回 特許法29条1項1回 特許法126条6項1回 特許法123条1項8号1回 特許法104条の31回 特許法29条2項1回 特許法100条1項1回
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キーワード |
無効72回 特許権59回 実施34回 侵害29回 無効審判19回 損害賠償15回 審決9回 訂正審判9回 進歩性6回 差止6回 分割4回 新規性3回 優先権2回 刊行物1回
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主文 |
1 被告E&Eは,原告に対し,25万5000円及びこれに対する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告立花は,原告に対し,15万2000円及びこれに対する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告に生じた費用の4分の1と被告立花に生じた費用の2分の1を被告立花の負担とし,原告に生じた費用の4分の1と被告E&Eに生じた費用の2分の1を被告E&Eの負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。 |
事件の概要 |
1 原告は,発明の名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする特許
第3972943号に係る特許権(以下「本件特許権1」といい,その特許を
「本件特許1」という。また,その願書に添付した明細書〔訂正審判事件(訂正
2014-390187)の平成27年1月21日付け審決(同月29日確定)に
より訂正されたもの。別紙2(訂正明細書)参照〕及び図面〔別紙4(特許第3
972943号公報)参照〕を併せて「本件明細書1」という。)及び発明の名
称を「窒化物半導体素子」とする特許第3786114号に係る特許権(以下
「本件特許権2」といい,その特許を「本件特許2」という。また,その願書に
添付した明細書〔訂正審判事件(訂正2015-390089)の平成27年9
月24日付け審決(同年10月2日確定)により訂正されたもの。別紙5(訂正明
細書)参照〕及び図面〔別紙7(特許第3786114号公報)参照〕を併せて
「本件明細書2」という。)の特許権者である。 |
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判決文
平成28年6月15日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成26年(ワ)第8905号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成28年4月27日
判 決
原 告 日 亜 化 学 工 業 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 古 城 春 実
同 宮 原 正 志
同 牧 野 知 彦
同 加 治 梓 子
同訴訟代理人弁理士 鮫 島 睦
同 山 尾 憲 人
同 田 村 啓
同 玄 番 佐 奈 恵
被 告 E&E Japan株式会社
(以下「被告E&E」という。)
同訴訟代理人弁護士 伊 藤 真
同 平 井 佑 希
被 告 株 式 会 社 立 花 エ レ テ ッ ク
(以下「被告立花」という。)
同訴訟代理人弁護士 井 上 裕 史
同 田 上 洋 平
同 佐 合 俊 彦
主 文
1 被告E&Eは,原告に対し,25万5000円及び
これに対する平成26年4月23日から支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
2 被告立花は,原告に対し,15万2000円及びこ
れに対する平成26年4月23日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告に生じた費用の4分の1と被告立
花に生じた費用の2分の1を被告立花の負担とし,
原告に生じた費用の4分の1と被告E&Eに生じた
費用の2分の1を被告E&Eの負担とし,その余を
原告の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行す
ることができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告E&Eは,別紙1物件目録記載の製品を譲渡し,輸入し又は譲渡の申
出をしてはならない。
2 被告立花は,別紙1物件目録記載の製品を譲渡し又は譲渡の申出をしてはな
らない。
3 被告E&Eは,その占有に係る別紙1物件目録記載の製品を廃棄せよ。
4 被告立花は,その占有に係る別紙1物件目録記載の製品を廃棄せよ。
5 被告E&Eは,原告に対し,110万5000円及びこれに対する平成26
年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,次項記載の金員
の限度で被告立花と連帯して)を支払え。
6 被告立花は,原告に対し,被告E&Eと連帯して103万5000円及びこ
れに対する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
第2 事案の概要
1 原告は,発明の名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする特許
第3972943号に係る特許権(以下「本件特許権1」といい,その特許を
「本件特許1」という。また,その願書に添付した明細書〔訂正審判事件(訂正
2014-390187)の平成27年1月21日付け審決(同月29日確定)に
より訂正されたもの。別紙2(訂正明細書)参照〕及び図面〔別紙4(特許第3
972943号公報)参照〕を併せて「本件明細書1」という。)及び発明の名
称を「窒化物半導体素子」とする特許第3786114号に係る特許権(以下
「本件特許権2」といい,その特許を「本件特許2」という。また,その願書に
添付した明細書〔訂正審判事件(訂正2015-390089)の平成27年9
月24日付け審決(同年10月2日確定)により訂正されたもの。別紙5(訂正明
細書)参照〕及び図面〔別紙7(特許第3786114号公報)参照〕を併せて
「本件明細書2」という。)の特許権者である。
原告は,別紙1物件目録記載の青色LED(以下「被告LED」という。)に
搭載されている窒化物半導体素子(以下「被告製品」という。)が,本件特許1
の願書に添付した特許請求の範囲の請求項2記載の発明(訂正審判事件〔訂正20
14-390187〕の平成27年1月21日付け審決〔同月29日確定〕により
訂正されたもの。別紙3〔特許請求の範囲〕参照。 以下「本件発明1」といい,
本件特許1のうち本件発明1に係る特許を「本件発明1についての特許」という
ことがある。)及び本件特許2の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1記載
の発明(訂正審判事件〔訂正2015-390089〕の平成27年9月24日付
け審決〔同年10月2日確定〕により訂正されたもの。別紙6〔訂正特許請求の範
囲〕参照。以下「本件発明2」といい,本件特許2のうち本件発明2に係る特許
を「本件発明2についての特許」ということがある。 )の各技術的範囲に属する
から,被告E&Eが被告LEDを譲渡し,輸入し又は譲渡の申出をする行為及び被
告立花が被告LEDを譲渡し又は譲渡の申出をする行為(以下「譲渡等」という
ことがある。)は,いずれも本件特許権1及び同2を侵害する行為であると主張
して,被告らに対し,次のとおりの請求をしている。
①本件特許権2の侵害を原因として,特許法100条1項に基づき,被告E&E
に対しては被告LEDの譲渡,輸入及び譲渡の申出の差止めを,被告立花に対して
は被告LEDの譲渡及び譲渡の申出の差止め(前記第1の1,2)。
②本件特許権2の侵害を原因として,同条2項に基づき,被告らそれぞれに対し,
その占有に係る被告LEDの廃棄(前記第1の3,4)。
③本件特許権1及び同2の侵害を原因として,不法行為による損害賠償請求権
(不法行為の対象期間は,平成19年6月22日から平成26年4月10日までで
ある。)に基づき,被告らに対し,損害賠償金(弁護士費用)100万円(内訳は,
被告E&Eによる本件特許権1の侵害につき25万円,被告E&Eによる本件特許
権2の侵害につき25万円,被告立花による本件特許権1の侵害につき25万円,
被告立花による本件特許権2の侵害につき25万円)及びこれに対する平成26年
4月23日(各被告への訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分
の割合による遅延損害金の連帯支払。
④本件特許権1及び同2の侵害を原因とする不法行為による損害賠償請求権又は
実施料を支払うことなく本件発明1及び同2を実施したことによる不当利得返還請
求権(本件特許権1に基づく請求と同2に基づく請求は,選択的併合の関係にある。
また,不法行為による損害賠償請求権に基づく請求と不当利得返還請求権に基づく
請求は,選択的併合の関係にある。)に基づき(不法行為又は不当利得の対象期間
は,平成19年6月22日から平成26年4月10日までである。),被告E&E
に対しては損害賠償金又は不当利得金10万5000円及びこれに対する平成26
年4月23日(同被告への訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5
分の割合による遅延損害金の支払を求め,被告立花に対しては損害賠償金又は不当
利得金3万5000円及びこれに対する平成26年4月23日(同被告への訴状送
達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払
(なお,原告は,被告E&Eに対する請求と,被告立花に対する請求について,請
求額が重複する限りにおいて被告らの連帯支払を求めている。)。
2 前提事実等(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実等。なお,証拠の掲記に際し,枝番号の表記を省略すること
がある。)
(1) 当事者
ア 原告は,半導体及び関連材料,部品,応用製品の製造,販売並びに研究開発
などを業とする株式会社である。
イ 被告E&Eは,電子部品の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
ウ 被告立花は,各種電気機械器具,照明機械器具,電子応用機械器具等の製
造・販売,半導体素子等の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 本件特許権1及び同2
ア 原告は,次の内容の本件特許権1の特許権者である(ただし,本件口頭弁論
終結時において,既に存続期間が満了している。)。
登 録 番 号 特許第3972943号
発 明 の 名 称 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子
出 願 日 平成17年7月19日(特願2005-209227)
(特願平6-154708の分割である特願平10-32
6404の分割である特願2002-118852の分割)
原 出 願 日 平成6年7月6日(特願平6-154708の出願日)
公 開 日 平成17年11月10日
登 録 日 平成19年6月22日
特 許 請求 の 範 囲 別紙3(訂正特許請求の範囲)記載のとおり
本件特許1については,訂正審判事件(訂正2014-390187)の平成2
7年1月21日付け審決(同月29日確定)により訂正が認められており,同審決
の確定により,本件特許1の願書に添付した特許請求の範囲が別紙3(訂正特許請
求の範囲)に記載のとおりのものとして,特許がされたものとみなされた(甲1の
1・2,12の1ないし3,17)。
イ 原告は,次の内容の本件特許権2の特許権者である。
登 録 番 号 特許第3786114号
発 明 の 名 称 窒化物半導体素子
出 願 日 平成16年1月5日(特願2004-502)
(特願2001-174903の分割)
原 出 願 日 平成13年6月8日
公 開 日 平成16年4月2日
優 先 日 平成12年11月21日
(優先権主張番号 特願2000-355078)
(優先権主張国 日本国)
登 録 日 平成18年3月31日
特 許 請求 の 範 囲 別紙6(訂正特許請求の範囲)記載のとおり
本件特許2については,訂正審判事件(訂正2015-390019)の平成2
7年5月29日付け審決(同年6月8日確定)及び再度の訂正審判事件(訂正20
15-390089)の平成27年9月24日付け審決(同年10月2日確定)に
より訂正が認められており,後者の審決の確定により,本件特許2の願書に添付し
た特許請求の範囲が別紙6(訂正特許請求の範囲)に記載のとおりのものとして,
特許がされたものとみなされた(甲2の1・2,18の1ないし3,29,31の
1・2,32)。
(3) 本件発明1及び同2
ア 本件発明1(本件特許1の特許請求の範囲の請求項2記載の発明)を構成要
件に分説すると,次のとおりである(以下,分説に係る各構成要件を符号に対応
して「構成要件1A」などという。)。
1A:基板上にn型層,活性層,p型層が積層された構造を備え,該p型層上と,
該n型層が一部露出された表面に,それぞれ正電極と負電極が設けられた
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって,
1B:前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,第一のn型層
よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有すると共に,
1C:前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域において,前記
第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型層の
基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する
1D:窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
イ 本件発明2(本件特許2の特許請求の範囲の請求項1記載の発明)を構成要
件に分説すると,次のとおりである(以下,分説に係る各構成要件を符号に対応
して「構成要件2A」などという。なお,本件の審理中に訂正がされた関係上,
符号2Eと同2Fの順が入れ替わっている。)。
2A:Inを含む窒化物半導体からなる井戸層と窒化物半導体からなる障壁層を
有する量子井戸構造の活性層を,p型窒化物半導体層と,n型窒化物半導
体層とで挟む構造を有する窒化物半導体素子において,
2B:前記活性層がL個(L≧2)の前記障壁層を有し,
2C:前記n型窒化物半導体層に最も近い位置に配置された障壁層を障壁層B 1 ,
該障壁層B1から前記p型窒化物半導体層に向かって数えてi番目(i=
1,2,3,・・・L)の障壁層を障壁層B i ,とした時に,i=Lの障
壁層B L が,前記p型窒化物半導体層中に設けられ,前記活性層よりもバ
ンドギャップエネルギーの大きなAlを含む窒化物半導体の第1のp型窒
化物半導体層,と前記井戸層と,の間に設けられ,
2D:前記障壁層B L の膜厚が,i≠Lの障壁層B i の膜厚より大きく,
2F:前記障壁層B 1 を含む前記n型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不
純物濃度が1×10 17 /㎤以上2×10 18 /㎤以下であり,前記障壁層B L
を含む前記p型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度が5×
10 16 /㎤未満である,
2E:ことを特徴とする窒化物半導体素子。
(4) 被告らの行為
被告LEDは,青色発光するLEDであって,窒化物半導体素子である被告製品
を搭載している。
被告E&Eは,平成24年12月頃,台湾法人であるEverlight Electronics社
(以下「エバー社」という。 )から被告LED1000個を輸入してこれを被告
立花に販売し,被告立花は,平成25年1月頃,これを株式会社イガラシ(以下
「イガラシ」という。)に販売した。
なお,被告らは,被告製品が本件発明1の構成要件1A及び1D,並びに本件発
明2の構成要件2A,2B及び2Eを充足することにつき,争っていない。
(以上につき,甲6,乙28ないし35,丙1,2,5,7)
3 争点
(1) 被告製品は本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 被告製品は構成要件1Bを充足するか(争点1-1)
イ 被告製品は構成要件1Cを充足するか(争点1-2)
(2) 本件発明1についての特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認
められるか(争点2)
ア 無効理由1(乙第6号証を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点
2-1)
イ 無効理由2(乙第13号証を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争
点2-2)
ウ 無効理由3(サポート要件違反)は認められるか(争点2-3)
エ 無効理由4(実施可能要件違反)は認められるか(争点2-4)
オ 無効理由5(乙第27号証による新規性欠如)は認められるか(争点2-5)
(3) 被告製品は本件発明2の技術的範囲に属するか(争点3)
ア 被告製品は構成要件2Cを充足するか(争点3-1)
イ 被告製品は構成要件2Dを充足するか(争点3-2)
ウ 被告製品は構成要件2Fを充足するか(争点3-3)
(4) 本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認
められるか(争点4)
ア 無効理由1(サポート要件違反)は認められるか(争点4-1)
イ 無効理由2(実施可能要件違反)は認められるか(争点4-2)
ウ 無効理由3(訂正要件違反)は認められるか(争点4-3)
(5) 被告LEDの譲渡等につき原告の承諾があったか(争点5)
(6) 被告LEDの譲渡等の差止め及び廃棄の必要性があるか(争点6)
(7) 損害及び不当利得の額(争点7)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(被告製品は本件発明1の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
ア 被告製品の構成
被告製品の構成を本件発明1の構成要件充足性の判断に必要な限りで模式図によ
り示すと, 別紙8(被告製品構造説明書 (1))のとおりとなる(甲6)。(判決
注:以下,原告の主張に係る同別紙の模式図中の番号によって特定される層を「層
(1)」などと記載する。)
イ 争点1-1(被告製品は構成要件1Bを充足するか)について
(ア) 被告製品は,そのn型層(61)中に,n型層(A)と,これに接し,これよりも
電子キャリア濃度が大きいn型層(B)を有するから,構成要件1B「前記n型層中
に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,第一のn型層よりも電子キャリア濃
度が大きい第二のn型層と,を有すると共に,」を充足する。
(イ) 被告らの主張について
被告らは,被告製品のn型層(61)中に有する高Si濃度領域(被告らが「Siス
パイク」と称する領域)について,SiH 4 の流量を変化させて生じたものではな
いから,電子キャリア濃度が大きいとは即断できないと主張するが,窒化ガリウム
系化合物半導体中の電子キャリア濃度が,ドーピングの手法にかかわらずドーパン
トの濃度に比例することは技術常識である。
また,被告らは,本件発明1における「第二のn型層」は,①均一な面発光が得
られ,②発光出力が向上し,③Vf(順方向電圧)が「明らかに」低下するという
効果を奏するものでなくてはならないとして,被告製品における高Si濃度領域は,
これが属するn型層の他の領域と比べて約3倍程度のSi濃度しかなく,上記各効
果を奏しないから,「第二のn型層」に当たらないと主張するが,特許請求の範囲
の記載は,電子キャリア濃度の差について何らの限定をしていないし,被告製品が
本件発明1の作用効果を奏しないということもない(甲11)。
ウ 争点1-2(被告製品は構成要件1Cを充足するか)について
(ア) 被告製品において,n型層(A)とn型層(B)はn型層中の,基板とn型層露出
表面の間のn型層領域にあり,n型層(B)はn型層(A)の基板側に設けられているか
ら,被告製品は構成要件1C「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型
層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第
一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」を充足する。
(イ) 被告らの主張について
被告らは,被告製品のn型層(61)中に高Si濃度領域が存在することを認めなが
ら,同領域は,SiH 4 の流量を変化させずに,単にいったん低下させたTMGa
の流量を徐々に戻しながら形成されているから,n型層(61A)と同(61B)とは単一の
層(被告の主張する層[61-2])と認定されるべきと主張して,この場合には構成要
件1Cを充足しないと主張する。
しかしながら,そもそも,物の発明である本件発明1の充足性に関し,製造方法
に依拠した主張をすること自体失当であるし,被告らが依拠する分析結果(乙1)
によっても,被告製品は,n型層中に,電子キャリア濃度の大きいn型層(61B)を
有していることが明らかである。
【被告らの主張】
ア 被告製品の構成
被告製品の構成を本件発明1の構成要件充足性の判断に必要な限りで模式図によ
り示すと,別紙10(被告製品全体模式図),別紙11(被告製品層 [61-1][61-
2][61-3]付近模式図)及び別紙12(被告製品活性層(層[4~60])模式図)のと
おりとなる。(判決注:以下,被告らの主張に係る上記各別紙の模式図中の番号に
よって特定される層を「層[1]」などと記載する。)
イ 争点1-1(被告製品は構成要件1Bを充足するか)について
(ア) 「電子キャリア濃度が大きい」との立証がないこと
被告製品における層[61-2]中の,層[61-3]との界面付近に相当する甲6号証の1
の図2(3)-1のSIMSチャートの深さ(Depth)3μm付近には,Si
濃度の小さなピーク(以下「Siスパイク」という。)が観察されるが,このS
iスパイクは,SiH 4 の流量を変化させて生じたものではない(SiH 4 の流量
を変化させずに,Ga源であるTMGaの流量を変化させたものである。)から,
結晶成長の際にSiH 4 流量を変化させた場合に観察される「Si濃度と電子キャ
リア濃度が相関する」という甲6号証の2に示される立論が当然に成り立つもので
はなく,Siスパイクに相当する部分の「電子キャリア濃度が大きい」と即断する
ことはできない。
(イ) 「第二のn型層」に当たらないこと
本件明細書1の記載からして,本件発明1における「第二のn型層」は,これを
有することにより,他の発光素子と比べて,①均一な面発光が得られ,②発光出力
が向上し,③Vf(順方向電圧)が「明らかに」低下する,という効果を奏するも
のでなくてはならないところ,被告製品におけるSiスパイクは,これが属するn
型層の他の領域と比べて約3倍程度のSi濃度しかなく,実験の結果(乙1ないし
3)からしても,被告製品は上記①ないし③の効果を奏するものではない。
したがって,被告製品は「第二のn型層」を有しないから,構成要件1Bを充足
しない。
ウ 争点1-2(被告製品は構成要件1Cを充足するか)について
原告は,被告製品の構成を説明する中で,Si源であるSiH 4 の流量や結晶成
長温度が異なる部分をも単一の層であると主張するが,このような説明が許される
のであれば,SiH 4 の流量を変化させずに,単にいったん低下させたTMGaの
流量を徐々に戻しながら形成された層[61-2]も,単一の層と認定されるべきである。
そうすると,仮に,層[61-2]中にSiスパイクが存することを理由に,単一の層
たる層[61-2]が「第二のn型層」に当たるとしても,層[61-2]よりも層[61-3]が基
板側に設けられていること,層[61-1]は「前記n型層中の基板と前記露出表面の間
にあるn型層領域」にないことから「該第一のn型層」に当たらないことからして,
層[61-2]は,「該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層」とはいえ
ないこととなる。
したがって,被告製品は,構成要件1C「前記n型層中の基板と前記露出表面の
間にあるn型層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成され
た層と,該第一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」を
充足しない。
(2) 争点2(本件発明1についての特許は特許無効審判により無効にされるべき
ものと認められるか)について
ア 争点2-1(無効理由1〔乙第6号証を主引例とする進歩性欠如〕は認めら
れるか)について
【被告らの主張】
(ア) 本件特許1の原出願日より前に日本国内で頒布された特開平4-32128
0号公報(以下「乙6公報」という。)には,青色発光ダイオードに係る発明
(以下「乙6発明」という。 )が開示されているところ,本件発明1と乙6発明
とは,次の2点において相違するほかは,同一である。
① 本件発明1のn型層は,相対的に高い電子キャリア濃度のn型層(第二のn
型層)が,相対的に低い電子キャリア濃度のn型層(第一のn型層)に接して,基
板側に設けられている構造であるのに対し,乙6発明のn型層の層構造は明示され
ていない点。
② 本件発明1の第一のn型層と第二のn型層は,基板とn型層の露出表面との
間にあるn型層領域に設けられているのに対し,乙6発明のn型層の配置は明示さ
れていない点。
(イ) しかるところ,本件発明1と同一の技術分野に属する窒化ガリウム系化合物
半導体素子のn型層において,高キャリア濃度n型層を低キャリア濃度n型層に接
して基板側に配置するとの層構造は,本件特許1の原出願日当時における周知技術
(少なくとも公知技術)であったから(乙7ないし12),乙6発明に同周知技術
又は公知技術を適用して,上記相違点①に係る本件発明1の層構造とすることは,
当業者が容易に想到できたものである。
また,そのような層構造を採用した際,具体的に各層がどのような配置となるか
については,n型層をどの程度エッチングして露出させるかという単なる設計的事
項にすぎない(乙13,27),若しくは,乙13号証には,n型層の全てが基板
と露出表面の間にあるn型層領域である構成が開示されているから,当業者におい
て,乙6発明から適宜設計して,又は乙13号証に開示された構成を組み合わせて,
上記相違点②に係る本件発明1のn型層の配置とすることは,容易に想到できたも
のである。
(ウ) そうすると,本件発明1は,乙6発明に基づき,これに周知慣用技術を適用
して,又は周知慣用技術及び乙13号証記載の構成を組み合わせて,当業者が容易
に発明することができたものであるから,本件発明1についての特許は,特許法2
9条2項に違反してされたものである。
したがって,本件発明1についての特許には,特許法123条1項2号の無効理
由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告ら
に対し,本件特許権1を行使することができない(同法104条の3第1項)。
【原告の主張】
(ア) 乙6発明と本件発明1とは,次の2点において形式的に相違する。
① 本件発明1が「前記n型層中に,第一のn型層3’と,第一のn型層3’に
接して,第一のn側層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層33と,を有
する」(構成要件1B)のに対して,乙6発明ではn型層中に第一のn型層3のみ
を有する点。
② 本件発明1が「前記n型層中の基板1と前記露出表面の間にあるn型層領域
において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層3’と,該第一
のn型層3’の基板側に設けられた前記第二のn型層33と,を有する」(構成要
件1C)のに対して,乙6発明では,n型層中の基板1と露出面の間にあるn型層
領域において,第一のn型層3のみを有する点。
もっとも,上記2点の相違点は,技術的に密接に関連しており,乙6発明と本件
発明1の実質的な相違点は,露出表面を形成したn型層に加えて,その基板側に高
キャリア濃度のn型層を有するか否かという点に集約される。
(イ) 被告らは,高キャリア濃度n型層を低キャリア濃度n型層に接して基板側に
配置するとの層構造は,本件特許1の原出願日当時における周知技術(少なくとも
公知技術)であったと主張するが,被告らが周知技術の根拠とする乙7号証ないし
乙12号証には,負電極用の露出表面が形成された第一のn型層の基板側に接して,
第一のn型層よりも電子キャリア濃度の高い第二のn型層を形成する構成は一切開
示されていないから,乙6発明に乙7号証ないし乙12号証記載の構成を組み合わ
せたところで,上記実質的相違点に係る本件発明1の構成は導かれない。また,低
キャリア濃度n型層に電極形成用の露出表面を形成すると,電極とn型層との接触
抵抗が極めて高くなり,電極から注入された電流の水平方向の広がりが不十分にな
ることから,乙6発明におけるn型層を,乙7号証ないし乙12号証における高キ
ャリア濃度n型層と低キャリア濃度n型層で置換したとしても,当業者は,高キャ
リア濃度n型層に電極形成用の露出表面を形成するのが当然であり,低キャリア濃
度n型層に電極形成用の露出表面を形成する動機はなく,本件発明1の構成とする
ことには阻害要因がある。
また,乙27号証は,単にn層の成長初期においてドーピング濃度を高くすれば
よいことを説明しているのではなく,オーム性電極形成を容易にするために当該ド
ーピング濃度の高い部分にオーム性電極を接触させることを開示しているのであり,
電極形成層の下に,これより高い電子キャリア濃度層を設ける構成は開示されてい
ないから,乙6発明に乙27号証記載の構成を組み合わせても,上記実質的相違点
に係る本件発明1の構成は導かれない。
イ 争点2-2(無効理由2〔乙第13号証を主引例とする進歩性欠如〕は認め
られるか)について
【被告らの主張】
本件特許1の原出願日より前に日本国内で頒布された特開平6-21511号公
報(以下「乙13公報」という。)には,半導体発光素子に係る発明(以下「乙
13発明」という。)が開示されているところ,本件発明1 と乙13発明とは,
「本件発明1のn型層は,相対的に高い電子キャリア濃度のn型層(第二のn型層)
が,相対的に低い電子キャリア濃度のn型層(第一のn型層)に接して,基板側に
設けられている構造であるのに対し,乙13発明のn型層の層構造は明示されてい
ない点」において相違するほかは,同一である。
しかるところ,本件発明1と同一の技術分野に属する窒化ガリウム系化合物半導
体素子のn型層において,高キャリア濃度n型層を低キャリア濃度n型層に接して
基板側に配置するとの層構造は,本件特許1の原出願日当時における周知技術(少
なくとも公知技術)であったから(乙7ないし12),乙13発明に同周知技術又
は公知技術を適用して,又は乙27号証記載の構成を組み合わせて,上記相違点に
係る本件発明1の層構造とすることは,当業者が容易に想到できたものである。
したがって,本件発明1は,乙13発明に基づいて,当業者が容易に発明するこ
とができたものであり,本件発明1についての特許は,特許法123条1項2号の
無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,
被告らに対し,本件特許権1を行使することができない(同法104条の3第1
項)。
【原告の主張】
上記争点2-1について主張したところと同様の理由により,乙13発明に乙7
号証ないし乙12号証記載の構成,さらには乙27号証記載の構成を組み合わせて
も,本件発明1の構成は導かれないし,低キャリア濃度n型層に電極形成用の露出
表面を形成する動機はなく,本件発明1の構成とすることには阻害要因があるから,
被告らの主張には理由がない。
ウ 争点2-3(無効理由3〔サポート要件違反〕は認められるか)について
【被告らの主張】
本件発明1の作用効果である①均一な面発光が得られ,②発光出力が向上し,③
Vf(順方向電圧)が「明らかに」低下するという作用効果を奏しない領域が,形
式的に「第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい」ことを理由に「第二のn
型層」に当たるというのであれば,特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載
された課題解決手段が反映されていないというべきであるし,発明の詳細な説明に
開示された内容を過度に拡張ないし一般化するものであるから,本件発明1は,発
明の詳細な説明に記載したものでなく,本件発明1についての特許は,特許法36
条6項1号の規定に違反してされたものである。
したがって,本件発明1についての特許には,特許法123条1項4号の無効理
由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告ら
に対し,本件特許権1を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
被告らの主張は,被告製品における高Si濃度領域が,本件発明1の作用効果を
奏しないことを前提とするものであるが,第二のn型層の電子キャリア濃度と第一
n型層の電子キャリア濃度の差がそれほど大きくない場合であっても,本件発明1
の効果が得られることに変わりはないから,被告らの主張は前提を誤っている。
エ 争点2-4(無効理由4〔実施可能要件違反〕は認められるか)について
【被告らの主張】
(ア) 本件明細書1の記載をみても,どのような構成とすれば,被告製品のような
濃度差の小さいSiスパイクでもなお本件発明1の作用効果を奏することができる
のか,当業者において理解することができない。
(イ) また,甲9号証に電子キャリア濃度が「5×10 16 から2×10 18cm-3まで自
由に制御できた。」との記載があるとおり,本件明細書1に実施例として記載され
ている「1E+20 atom/cm 3 」や「5E+20 atom/cm 3 」など極めて高い電子キャリアを有
する第二のn型層を得るための具体的な製造方法は,本件明細書1には記載されて
おらず,当業者において理解することができない。
(ウ) 以上の2点において,本件明細書1の発明の詳細な説明は,経済産業省令で
定めるところにより,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に
記載したものとはいえないから,本件発明1についての特許は,特許法(平成14
年法律第24号による改正前のもの。)36条4項の規定に違反してされたもので
ある。
したがって,本件発明1についての特許には,特許法123条1項4号の無効理
由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告ら
に対し,本件特許権1を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
被告らの主張のうち(ア)については,被告製品における高Si濃度領域が,本件
発明1の作用効果を奏しないことを前提とする主張であるが,その前提が誤ってい
ることは,すでに争点2-3について主張したとおりである。
被告らの主張のうち(イ)については,甲9号証の理解を誤るものである。甲9号
証は,同記載の範囲外の濃度を実施できないことを何ら含意するものではない。
オ 争点2-5(無効理由5〔乙第27号証による新規性欠如〕は認められるか)
について
【被告らの主張】
本件特許1の原出願日より前に日本国内で頒布された特開平4-242985号
公報(以下「乙27公報」という。 )には,窒化ガリウム系化合物半導体レーザ
ダイオードに係る発明(以下「乙27発明」という。 )が開示されているところ,
本件発明1と乙27発明とは,次のとおり,同一の発明である。
a 乙27発明は,基板上にGaAlN層(3),GaN層(4),GaAlN層(5)
が積層され,GaAlN層(5)とGaAlN層(3)の露出表面に,それぞれ金属電極
(6A)及び(6B)を形成した構造を備える(乙27公報の段落【0040】【0041】
【0043】【0045】【図1】)。ここで,乙27発明の「GaAlN層(3)」
が本件発明1の「n型層」に,乙27発明の「GaN層(4)」が本件発明1の「活
性層」に,乙27発明の「GaAlN層(5)」が本件発明1の「p型層」に,乙2
7発明の「金属電極(6A)及び(6B)」が本件発明1の「正電極」及び「負電極」に,
それぞれ相当するから,乙27発明の上記構造は,本件発明1の構成要件1Aに相
当する。
b 乙27発明のGaAlN層 (3)に関して,乙27公報の段落【0025】
【0038】には,n層成長初期に高濃度にドーピングし,pn接合付近ではドー
ピングしないかあるいは低濃度にドーピングしてもよい旨が記載されているから,
GaAlN層(3)をかかる態様でドーピングすると,基板側に高濃度にドーピング
された(電子キャリア濃度が大きい)層が,電極面側にドーピングしないか低濃度
にドーピングされた層に接して形成される。この構造は,本件発明1の構成要件1
Bに相当する。
c 乙27発明のGaAlN層(3)は,電極(6B)用の露出表面と基板との間に設
けられており,この構造は,上記bの構造と併せると,本件発明1の構成要件1C
に相当する。
d 乙27発明は,窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であるから,本件発明
の構成要件1Dに相当する。
以上のとおり,本件発明1は,本件特許の原出願前に日本国内で頒布された刊行
物に記載された発明であるから,本件発明1についての特許は,特許法29条1項
3号の規定に違反してされたものである。
したがって,本件発明1についての特許には,特許法123条1項2号の無効理
由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告ら
に対し,本件特許権1を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
乙27公報の段落【0025】には,「n層のオーム性電極形成を容易にするた
めにn層成長初期に高濃度にドーピングし,pn接合付近ではドーピングしないか
或いは低濃度にドーピングしても良い。」との記載があるが,これは,段落【00
32】からも明らかなように,同一組成の結晶によるpn接合構造(ホモ接合構造)
の半導体レーザダイオードの作成方法に関する記載である。他方,乙27公報の段
落【図1】は,段落【0038】からも明らかなように,異種組成の結晶による接
合が二つ形成されている構造(ダブルへテロ接合構造)に関する記載である。
乙27公報は,ダブルへテロ接合構造のレーザダイオードにおいて,オーム性電
極形成を容易にするために,高濃度ドーピング層(高濃度キャリア層)を,電極と
接触する電極形成層としてn層に設けることを開示するにとどまり,高濃度ドーピ
ング層を電極形成層の下に形成する構成を開示するものではない。
したがって,乙27発明は,構成要件1Cを備えない点において,本件発明1と
は相違するから,本件発明1についての特許が特許法29条1項に違反してされた
ということはない。
(3) 争点3(被告製品は本件発明2の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
ア 被告製品の構成
被告製品の構成を本件発明2の構成要件充足性の判断に必要な限りで模式図によ
り示すと,別紙9(被告製品構造説明書(2))のとおりとなる(甲7)。
イ 争点3-1(被告製品は構成要件2Cを充足するか)について
被告製品において,n型窒化物半導体層に最も近い位置に配置された障壁層(39)
を障壁層B 1 としたときに,該障壁層からp型窒化物半導体層(1)及び(2)に向かっ
て数えて19番目の障壁層B 19 に当たる障壁層(3)は,p型窒化物半導体層中に設
けられ,活性層よりもバンドギャップエネルギーの大きなAlを含む窒化物半導体
のp型層(2)と,井戸層(4)との間に設けられているから,被告製品は構成要件2C
「前記n型窒化物半導体層に最も近い位置に配置された障壁層を障壁層B 1 ,該障
壁層B1から前記p型窒化物半導体層に向かって数えてi番目(i=1,2,
3,・・・L)の障壁層を障壁層B i ,とした時に,i=Lの障壁層B L が,前記
p型窒化物半導体層中に設けられ,前記活性層よりもバンドギャップエネルギーの
大きなAlを含む窒化物半導体の第1のp型窒化物半導体層,と前記井戸層と,の
間に設けられ,」を充足する。
ウ 争点3-2(被告製品は構成要件2Dを充足するか)について
(ア) 障壁層(3)の膜圧(340Å)は,障壁層(5),(7),(9),(11),(13),(15),
(17),(19),(21),(23),(25),(27),(29),(31),(33),(35),(37)及び(39)の
いずれの膜圧(150ないし160Å)よりも大きいから,被告製品は構成要件2
D「前記障壁層B L の膜圧が,i≠Lの障壁層B i の膜圧より大きく,」を充足す
る。
(イ) 被告らの主張について
被告らは,層(40)ないし層(60)も「活性層」と認定すべきであると主張するが,
本件発明2の「活性層」のうち,「Inを含む窒化物半導体からなる井戸層」に当
たるためには,単に「Inを含む窒化物半導体」であるのみでは足りず,キャリア
の発光再結合による発光を可能とする層でなくてはならないところ,被告製品にお
いて,層(4),(6)・・・(38)と比してバンドギャップが狭くなく,In混晶比も相
対的に低い層(40),(42)・・・(60)は,「井戸層」に当たらないから,層(40)ない
し層(60)が「活性層」に含まれるということはない。また,被告製品と構造が異な
る製品が問題とされた他の訴訟における原告の主張は,被告製品における「活性層」
の認定の根拠とはなり得ないというべきである。
被告らは,層(3)は「活性層」と認定されるべきではないと主張するが,被告製
品における層(3)の組成及び構造は,本件明細書2において障壁層として好ましい
とされた組成及び構造に合致しているし,活性層がGaN障壁層とInGaN井戸
層の繰り返しである場合には,InGaN井戸層と第1のp型窒化物半導体層との
間に,障壁層としてのGaNを形成すれば足り,障壁層ではないバッファ層などを
あえて形成する必要はないから,層(3)は「活性層」に含まれるというべきである。
エ 争点3-3(被告製品は構成要件2Fを充足するか)について
(ア) エバーライトエレクトロニクス株式会社作成の分析結果報告書(乙1)にお
ける被告製品のSIMS分析の結果のうち,活性層近傍を拡大し,被告製品におけ
る各層に対応させて示すと,次図のとおりとなる(なお,Al,In,Siの各プ
ロファイルを太線で示した。)。
GaN(3)
AlGaN(2) InGaN(4)~(38)の偶数 InGaN(40)~(60)の偶数
GaN(5)~(39)の奇数 GaN(41)~(59)の奇数
半導体層
表面側 基板側
BL B1
Al
In
N
Si
5E+16
③ ② ①
ここで,活性層の最もn側にある障壁層B 1 (層(39))を含む,活性層のn側の
約半分の領域(上記図の①,②)に含まれる複数の障壁層のSi濃度は,1×10
/㎤以上2×10 18 /㎤以下である。
次に,Si濃度は,障壁層B 11 (層(19))付近において5×10 16 /㎤まで落ち
ている。SIMSチャート上では,その後,p側に行くに連れてSiプロファイル
の上昇が観察されるが,これは,試料の表面汚染の影響を受けたものである(この
ことは,SIMSチャート上のC,H,Oの各プロファイルが同様に上昇している
ことからも分かる。)。この表面汚染の影響は,障壁層B 11 (層(19))の位置にお
いて相応に残っているから,障壁層B 11 (層(19))のSi濃度は5×10 16 /㎤未
満になっているものと認められる。そして,活性層中でn型層側において高かった
Si濃度が一度大きく下げた後に,意図的にSi濃度を増加させることは考え難い
から,結局,活性層の最もp型にある障壁層B L (層(3))を含む,活性層のp側
の約半分の領域(上記図の③)に含まれる複数の障壁層のSi濃度は,5×10 16
/㎤未満であると認められる。
したがって,被告製品は,構成要件2F「前記障壁層B 1 を含む前記n型窒化物
半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度が1×10 17 /㎤以上2×10 18 /㎤
以下であり,前記障壁層B L を含む前記p型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn
型不純物濃度が5×10 16 /㎤未満である,」を充足する。
(イ) 被告らの主張について
被告らは,n型不純物には酸素(O)も含まれると主張して,SIMSチャート
上のOプロファイルだけを考えても構成要件2Fを充足しないと主張するが,SI
MSにおける酸素の検出限界は10 17 /㎤程度であるから,SIMSチャートの結
果を見ても被告製品に酸素が含まれているとはいえないし,そもそも,被告らは,
被告製品において酸素をn型ドーパントとして添加しているとも主張してないので
あるから,SIMSチャート上のOプロファイルは,ドーパントではなく単なる異
物にすぎないというべきである。
【被告らの主張】
ア 被告製品の構成
被告製品の構成を本件発明2の構成要件充足性の判断に必要な限りで模式図によ
り示すと,別紙10(被告製品全体模式図),別紙11(被告製品層 [61-1][61-
2][61-3]付近模式図)及び別紙12(被告製品活性層(層[4~60])模式図)のと
おりとなる。
イ 争点3-1(被告製品は構成要件2Cを充足するか)について
争点3-2において主張するとおり,被告製品において障壁層B L に相当するの
は障壁層[5]であり,原告の主張する層(3)ではない。
ウ 争点3-2(被告製品は構成要件2Dを充足するか)について
被告製品における「活性層」は,層[3-1]ないし層[39]ではなく,層[4]ないし層
[60]と把握されるべきである。なぜなら,層[40]ないし層[60]も,「Inを含む窒
化物半導体からなる井戸層と窒化物半導体からなる障壁層を有する量子井戸構造」
を有し(本件明細書2の【請求項1】,段落【0008】参照),具体的な組成と
しても一般式In α Ga 1-α N(0<α≦1)を充足する(本件明細書2の段落【0
036】参照)上,原告自身,他の訴訟において「活性層」について「井戸層に始
まり井戸層に終わる」と主張していることからすれば,層[40]ないし層[60]も「活
性層」と認定すべきであるし,層[3-1]及び層[3-2]は,活性層の上に直接AlGa
N層[2]を成長させることによる活性層の結晶性悪化を防止するために設けられた
キャップ層[3-2]及びバッファ層[3-1]であるから,「活性層」と認定されるべきで
はない。
そうすると,被告製品における「障壁層B L 」に相当するのは層[5]であって,
他の障壁層の膜圧より大きいわけではないから,被告製品は,構成要件2D「前記
障壁層B L の膜圧が,i≠Lの障壁層B i の膜圧より大きく,」を充足しない。
仮に,層[3-1]及び層[3-2]までも「活性層」と認定されるとすれば,層[61-1]も
「活性層」と認定されるべきであり,その場合には,層[61-1]の膜圧は,層[3-1]
及び層[3-2]の膜圧よりもはるかに大きいから,やはり被告製品は,構成要件2D
「前記障壁層B L の膜圧が,i≠Lの障壁層B i の膜圧より大きく,」を充足しな
い。
エ 争点3-3(被告製品は構成要件2Fを充足するか)について
(ア) 構成要件2Fは,障壁層にn型不純物をドープするか否かという製法ではな
く,障壁層に含まれるn型不純物の濃度により発明の構成を特定するものであるか
ら,構成要件2Fの充足性を判断するには,意図的にドープされたか否かにかかわ
らず,障壁層に含まれる全てのn型不純物の濃度を検討すべきである。
そして,本件明細書2の記載によれば,n型不純物はSiに限られるものではな
く,例えば酸素(O)が含まれるところ,SIMSチャートによれば,被告製品の
障壁層には,酸素が7×10 16 /㎤程度検出されている。そうすると,酸素の濃度
だけを見ても,被告製品の障壁層には5×10 16 /㎤を超えるn型不純物が含まれ
ているのであるから,被告製品は構成要件2Fを充足しない。
(イ) また,Si濃度についても,被告製品の層[5]ないし層[39]の奇数の層は,
全てSiをドープして形成しており,例えば層[5]及び層[7]のドーピングの濃度は
6×10 16 /㎤である。したがって,Si濃度について見ても,被告製品は構成要
件2Fを充足しない。
(4) 争点4(本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべき
ものと認められるか)について
ア 争点4-1(無効理由1〔サポート要件違反〕は認められるか)について
【被告らの主張】
(ア) 本件発明2の特許請求の範囲において,最もp型窒化物半導体側に設けられ
た最後の障壁層B L の組成は特に限定されておらず,ノンドープの障壁層も含まれ
るところ,最後の障壁層の膜圧が厚くなればなるほど,発光効率は減少するから
(乙5),「閾値電流密度などの素子特性に優れ,且つ長寿命,高出力の窒化物半
導体素子を得る」という本件発明2の作用効果を得ることができなくなる。このよ
うな構成をも含む特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載された課題解
決手段が反映されていない。
(イ) 本件発明2の構成要件2Fは,障壁層B 1 を含むn型窒化物半導体層側の複
数の障壁層のn型不純物濃度について「1×10 17 /㎤以上2×10 18 /㎤以下」
と特定するものであるが,本件明細書2において,B 1 を含む複数の障壁層をドー
プで,B L を含む複数の障壁層をアンドープで成長させた実施例は実施例12のみ
であるところ,同実施例からは,「1×10 17 /㎤以上2×10 18 /㎤以下」とい
う数値を特定する技術的意義を理解することができない。そうすると,特許請求の
範囲に記載された数値範囲全体にわたる十分な数の具体例が示されておらず,技術
常識に照らしても,同数値範囲全体について発明の詳細な説明に記載があるという
ことはできない。
(ウ) 以上の2点において,本件発明2についての特許は,特許法36条6項1号
の規定に違反して特許されたものである。
したがって,本件発明2についての特許には,特許法123条1項4号の無効理
由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告ら
に対し,本件特許権2を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
(ア) 被告らの主張のうち(ア)について,乙5号証記載の計算結果が正しいかは,
現実の素子を用いて検証されなければ不明というほかないし,仮に,これが正しい
ことを前提としても,通常の定格駆動電流を用いた場合にまで,最後の障壁層の膜
圧により出力が変化することを読み取ることはできない。そもそも,本件発明2に
より解決すべき課題は,第1のp型窒化物半導体層の熱による井戸層への悪影響や,
p型キャリアにとって十分広い空間を確保できないことによる素子寿命の低下であ
り,同課題を本件発明2の構成により解決できることは当業者にとって明らかであ
る。
(イ) 被告らの主張のうち(イ)について,本件明細書2の段落【0041】には,
障壁層B1を含むn型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度を5×1
0 16 /㎤以上2×10 18 /㎤以下とすることが,段落【0125】には,n型不純
物の濃度の下限値が1×10 17 /㎤となることが,それぞれ開示されているから,
本件発明2が発明の詳細な説明に記載されていないということはない。
イ 争点4-2(無効理由2〔実施可能要件違反〕は認められるか)について
【被告らの主張】
本件発明2は,最もp型窒化物半導体側に設けられた最後の障壁層B L の膜圧が,
他の障壁層B i の膜圧よりも大きいとするが(構成要件2D),単に障壁層B L の
厚さを厚くすることを超えて,「他の障壁層よりも厚い」ことの技術的意義は,本
件明細書2の発明の詳細な記載や技術常識を考慮しても理解することができない。
よって,本件発明2についての特許は,特許法(平成14年法律第24号による改
正前のもの。)36条4項の規定に違反してされたものである。
したがって,本件発明2についての特許には,特許法123条1項4号の無効理
由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告ら
に対し,本件特許権2を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
本件明細書2の段落【0051】の記載を当業者が参照すれば,i≠Lの障壁層
B i よりも障壁層B L 膜圧が大きいことの意義が,p型のキャリアが多く存在する
空間を広くし,素子寿命を向上しながら,n型層側から活性層内の各井戸層までの
距離を近づけて,各井戸層へのn型層側からのキャリアの注入を促進する点にある
ことを理解できるから,本件発明2についての特許が特許法(平成14年法律第2
4号による改正前のもの。)36条4項の規定に違反してされたということはない。
ウ 争点4-3(無効理由3〔訂正要件違反〕は認められるか)について
【被告らの主張】
(ア) 本件発明2についての特許に関し,原告は,訂正審判事件(訂正2015-
390019)において,訂正前の請求項に「前記障壁層B 1 を含む前記n型窒化
物半導体層側の複数の障壁層がn型不純物をドープして成長させたものであり,前
記障壁層B L を含む前記p型窒化物半導体側の複数の障壁層がn型不純物をアンド
ープで成長させたものである」という特定事項を追加する訂正を行い(以下「第
1次訂正」という。 ),さらに,再度の訂正審判事件(訂正2015-3900
89)において,上記特定事項を「前記障壁層B 1 を含む前記n型窒化物半導体層
側の複数の障壁層のn型不純物濃度が1×10 17 /㎤以上2×10 18 /㎤以下であ
り,前記障壁層B L を含む前記p型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物
濃度が5×10 16 /㎤未満である,」とする訂正を行ったが(以下「第2次訂正」
という。),いずれの訂正の訂正事項も,訂正前の本件明細書2の段落【005
2】,【0118】ないし【0130】には記載されていない事項であるから,第
1次訂正,第2次訂正は,いずれも特許法126条5項の規定に違反してされたも
のである。
(イ) また,第1次訂正により追加された特定事項は,物の発明について特許請求
の範囲にその物の製造方法が記載されたものであるが,当該特許請求の範囲の記載
を,第2次訂正のように,物の構造,特性により特定する記載に改める訂正をする
には,当該製造方法により製造された物が,客観的にいかなる構造,特性を有する
かを立証した上,訂正後の発明特定事項にかかる物の構造,特性が,上記範囲を拡
張又は変更するものでないことを立証しなくてはならないというべきである。
しかるところ,「前記障壁層B 1 を含む前記n型窒化物半導体層側の複数の障壁
層がn型不純物をドープして成長させたものであり,前記障壁層B L を含む前記p
型窒化物半導体側の複数の障壁層がn型不純物をアンドープで成長させたものであ
る」との製造方法により製造された物が,客観的にいかなる構造,特性を有するか
については,本件明細書2の記載によっても明らかではない。
そうすると,第2次訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものであ
って,特許法126条6項の規定に違反してされたものである。
(ウ) 以上の2点において,本件発明2についての特許には特許法123条1項8
号の無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告
は,被告らに対し,本件特許権2を行使することができない(特許法104条の3
第1項)。
【原告の主張】
(ア) 被告らの主張のうち(ア)について,第1次訂正については,訂正前の本件明
細書2の段落【0052】ないし【0054】の記載を根拠とするものであり,第
2次訂正については,訂正前の本件明細書の段落【0041】の記載を根拠とする
ものである。争点4-1において主張したとおり,本件明細書2には,障壁層B1
を含むn型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度を5×10 16 /㎤以
上2×10 18 /㎤以下とすること及びn型不純物の濃度の下限値が1×10 17 /㎤
となることが,それぞれ記載されているのであるから,第1次訂正,第2次訂正と
も,訂正前の明細書に記載された事項の範囲内のものであって,特許法126条5
項の規定に違反してされたものではない。
(イ) 被告らの主張のうち(イ)について,訂正前の本件明細書2の段落【0045】
には,「本発明において,アンドープとは意図的にドープしないことであり,窒化
物半導体成長時に,n型若しくはp型不純物をドープしないで成長させるものであ
る。この時,不純物濃度は,5×10 16 /㎤未満となる。」として,「アンドープ
で成長させ」との構成と「n型不純物濃度が5×10 16 /㎤未満」とが同義である
ことを明示しているのであるから,第2次訂正が特許請求の範囲の実質的な拡張に
当たるということはない。
(5) 争点5(被告LEDの譲渡等につき原告の承諾があったか)について
【被告らの主張】
本件は,原告が,被告らに対して訴訟を提起することを目的に,イガラシを介し
て,被告LEDを被告らから購入したものである(いわば「おとり購入」というべ
きものである。)。被告らは,イガラシに販売した被告LED1000個の他に,
被告LEDを譲渡,輸入又は譲渡の申出をしていない。
そうすると,被告らによる全ての被告LEDの譲渡,輸入又は譲渡の申出は,原
告自身の意思に基づく「おとり購入」により生じたものであり,特許権者である原
告の承諾に基づくものであるから,本件特許権の侵害には当たらない。
【原告の主張】
イガラシは,被告立花に対し,「砲弾型LED球」の購入を申し込んだにすぎず,
エバー社製のLEDの購入を申し込んだものではないし,まして,型番等を指定し
て被告LEDの購入を申し込んだものでもないから,イガラシへの被告LEDの販
売が原告による「おとり購入」によるものなどということはできない。当然のこと
ながら,原告は,被告LEDの譲渡,輸入又は譲渡の申出を承諾したものではない。
(6) 争点6(被告LEDの譲渡等の差止め及び廃棄の必要性があるか)について
【原告の主張】
被告らは,イガラシに対する譲渡以外に被告LEDを譲渡等していない旨主張す
るが,同主張は,信用できない。また,被告立花は,原告から特許権侵害の警告を
受けた後も,自社ウェブサイトにおいて,被告LEDを含むエバー社製のLEDを
取り扱っている旨を依然として宣明している。これらの事情に鑑みると,いまだ被
告E&Eがエバー社から被告LEDを輸入して,これを譲渡等するおそれがあり,
また,被告立花が被告LEDを譲渡等するおそれがあるというべきである。
【被告らの主張】
前記のとおり,本件は,原告がイガラシを介して被告LEDを購入した「おとり
購入」の事案であり,被告らはイガラシに対する譲渡以外に被告LEDを譲渡等し
ていないし,被告LEDの在庫を保有しているわけでもない。
したがって,被告らが将来被告LEDを輸入や譲渡等をする可能性はなく,差止
め及び廃棄の必要性は存在しないというべきである。
(7) 争点7(損害又は不当利得の額)について
【原告の主張】
ア 逸失利益又は実施料相当額
(ア) 特許法102条2項により推定される損害の額
被告らが平成19年6月22日から平成26年4月10日までの間に被告LED
を販売したことにより得た利益は,被告E&Eについて10万5000円(売上高
105万円の10パーセント),被告立花について3万5000円(売上高35万
円の10パーセント)である。特許法102条2項により,これらの利益額は,本
件特許権1又は同2が侵害されたことにより原告が受けた損害の額と推定される。
(イ) 特許法102条3項により算定される損害の額
上記(ア)のとおり,被告らは,平成19年6月22日から平成26年4月10日
までの間に,本件発明1及び同2の実施品である被告LEDを販売して,被告E&
Eについて105万円の,被告立花について35万円の各売上げをあげたところ,
本件発明1及び同2の実施に対し特許権者である原告が受けるべき金銭の額は,そ
れぞれ,同売上高の10パーセント(被告E&Eについて10万5000円,被告
立花について3万5000円)を下回ることはない。特許法102条3項により,
原告は,これらの額を原告が受けた損害の額として請求することができる。
(ウ) 連帯支払義務
被告立花が被告E&Eから被告LEDを仕入れてこれを販売していることからす
れば,被告立花による被告LEDの販売によって原告が被った損害については,被
告らが連帯してこれを賠償する責任を負うというべきである。
(エ) 不当利得の額
上記(イ)のとおり,本件発明1及び同2の実施に対し特許権者である原告が受け
るべき金銭の額は,被告LEDの売上高の10パーセントであるところ,被告は,
原告に実施料を支払うことなく被告LEDを販売して売上げをあげたのであるから,
被告E&Eについて10万5000円,被告立花について3万5000円を利得し,
同額の損失が原告に発生している。
(オ) 逸失利益額又は実施料相当額の小括
原告は,不法行為による損害賠償(ただし,上記(ア)と上記(イ)とを選択的に主張
する。)と不当利得返還(上記(エ))とを選択的に請求するものであり,また,本
件発明1の実施による損害賠償(又は不当利得返還)と本件発明2の実施による損
害賠償(又は不当利得返還)とを選択的に請求するものである。
イ 弁護士費用
原告が本件訴訟追行のために要した弁護士費用のうち,被告らによる特許権侵害
の不法行為と相当因果関係にある額は,本件特許権1の侵害について50万円(被
告らそれぞれにつき25万円),本件特許権2の侵害について50万円(被告らそ
れぞれにつき25万円)の合計100万円である(前記ア(ウ)のとおり,被告立花
が被告E&Eから被告LEDを仕入れてこれを販売していることからすれば,被告
立花による被告LEDの販売によって原告が被った損害については,被告らが連帯
してこれを賠償する責任を負うというべきである。)。
【被告らの主張】
ア 逸失利益について
(ア) 損害の不発生
前記のとおり,被告らが被告LEDを譲渡等したのは,イガラシに対する100
0個のみであり,当該1000個の被告LEDは,原告が訴訟の証拠とするために
全て受け取っている(また,その一部は,被告立花がイガラシから回収した。)。
そして,当該1000個以外に,被告LEDは市場に出回っていない。したがって,
そもそも,被告LEDが譲渡等されなければ,原告の製品が販売されていたであろ
うとの条件関係が存在しないので,原告に逸失利益の損害は生じておらず,特許法
102条2項を適用する前提を欠くというべきである。
被告立花は,被告LEDを販売した売上代金(2万円)を全額イガラシに返金し
ているので,そもそも被告立花が受けた利益は零であるが,上記返金前の被告立花
の利益が被告LEDの売上高(上記のとおり,2万円である。)の10パーセント
であることは争わない。
被告E&Eは,被告LEDを販売したことによる同被告の利益の額が10万50
00円であることは争わない。
(イ) 本件特許権1及び同2の寄与率を考慮した損害額の推定の覆滅
仮に,原告に何らかの逸失利益の損害が生じているとしても,原告は,被告LE
Dについて原告が保有する9件の特許権を侵害するなどと主張していること,被告
LEDは,本件発明1の作用効果を奏しないか,奏したとしても極めてわずかな効
果しか奏しないこと,被告LEDは,被告製品(窒化物半導体素子)にさらなる部
材を付加していること,有色LED市場における原告のシェアなどからすれば,本
件発明1が被告らの得た利益に寄与した割合は,5パーセントを上回ることはない。
よって,特許法102条2項により被告らが得た利益の額が,原告が受けた損害の
額と推定されるとしても,その95パーセント相当額については,同推定が覆滅さ
れるべきである。
イ 実施料率について
本件発明1及び同2の実施に対し特許権者である原告が受けるべき金銭の額が売
上高の10パーセントを下回ることはないとの原告の主張は否認し,争う。
ウ 弁護士費用について
本件と相当因果関係のある弁護士費用の損害額が,本件特許権1の侵害につき5
0万円,本件特許権2の侵害につき50万円であるとの原告の主張は否認し,争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告製品は本件発明1の技術的範囲に属するか)について
(1) 被告製品の構成について
証拠(甲6,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,基板上にn型層,
活性層,p型層が積層された構造を備えた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子で
あり,p型層と,n型層(別紙8〔被告製品構造説明書(1)〕にいう層(61),別
紙11〔被告製品層[61-1][61-2][61-3]付近模式図〕にいう層[61-1]ないし層[61-
3])が一部露出された表面に,それぞれ正電極と負電極が形成されており,前記n
型層中には,前記n型層が一部露出された表面よりも基板側に(別紙8にいう層
(61B),別紙11にいう層[61-2]と層[61-3]の境界付近),Si濃度が高い領域
(以下「高Si濃度領域」という。)が存在していることが認められる。
(2) 争点1-1(被告製品は構成要件1Bを充足するか)及び争点1-2(被告
製品は構成要件1Cを充足するか)について
ア 前記のとおり,被告製品のn型層中には,高Si濃度領域が存在するところ,
電気情報通信学会技術研究報告に掲載された加藤久喜ほか「SiドープGaNを用
いた青色LEDの特性」(甲9)には,SiドープGaNの電気的特性について,
「図-4にSiH 4 流量に対する室温における自由電子濃度N及びSi濃度の関係
を示す。図から明らかなように,GaN中に取り込まれるSiは,SiH 4 流量に
比例しており線型制御が可能であることがわかった。そしてSiH 4 流量すなわち
Si濃度に比例して室温での自由電子濃度は増加し,5×10 16 から2×10 18 c
m -3 まで自由に制御できた。」との記載があり,これによれば,被告製品における
高Si濃度領域の電子キャリア濃度は,n型層中の他の領域よりも高いものと推認
でき,同推認を覆すに足りる証拠はない。
この点について,被告らは,被告製品中の高Si濃度領域は,SiH 4 の流量を
変化させて生じたものではないから,「Si濃度と電子キャリア濃度が相関する」
という立論が当然に成り立つものではないと主張するが,前記文献には,GaN中
に取り込まれるSiがSiH 4 流量に比例することと,Si濃度に比例して室温で
の自由電子濃度が増加することとを区別して記載しているのであるから,仮に,被
告製品の高Si濃度領域が,SiH 4 の流量を変化させて生じたものではないとし
ても,そのことをもって上記認定が左右されるものではない。
イ 次に,被告製品中の高Si濃度領域は,下図(原告作成の分析結果報告書
〔甲6の1〕の図2(3)-1のSIMSチャート。ただし赤色の点線,矢印及び
黒字による吹き出しを付した。)の深さ(Depth)3μm付近から明らかなと
おり,その上下に存する領域(Siの濃度がほぼ一定している領域)とは異なり,
不純物たるSi濃度が,次第に増大した後に減少していることが認められ,証拠
(甲23ないし25)によれば,半導体の分野において,このように濃度が変化し
ている領域を「一つの層」と観念することがあるものと認められるから,被告製品
中の高Si濃度領域も,「一つの層」と観念して差し支えないというべきである。
高濃度Si領域
Si濃度一定領域
Si濃度一定領域
ウ 以上によれば,被告製品(別紙8〔被告製品構造説明書(1)〕を用いてその
構造を説明する。)は,そのn型層(61)中に,n型層(61A)と,これに接して,こ
れよりも電子キャリア濃度が大きいn型層(61B)を有し,n型層(61)中,基板と露
出表面の間にあるn型層領域において,露出表面が形成されたn型層 (61A)と,n
型層(61A)の基板側に設けられたn型層(61B)を有すると認められる。
そして,被告製品の「n型層(61A)」が本件発明1の「第一のn型層」に,被告
製品の「n型層(61B)」が本件発明1の「第二のn型層」に,それぞれ当たるとい
えるから,被告製品は,構成要件1B「前記n型層中に,第一のn型層と,第一の
n型層に接して,第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,
を有すると共に,」,同1C「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型
層領域において,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第
一のn型層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」をいずれも充足
する。
エ なお,被告は,被告製品における高Si濃度領域は,これが属するn型層の
他の領域と比べて約3倍程度のSi濃度しかなく,本件発明1の作用効果である①
均一な面発光が得られ,②発光出力が向上し,③Vfが明らかに低下する,という
効果を奏しないから,「第二のn型層」に当たらないと主張する。
しかしながら,そもそも,特許請求の範囲には,第一のn型層と第二のn型層と
の電子キャリア濃度の差を限定する記載はない上,証拠(甲11)によれば,第二
のn型層のSi濃度が第一のn型層のSi濃度の3倍程度にとどまる発光素子であ
っても,第二のn型層が存在しない発光素子と比して,少なくともVf値の低下が
見られたというのであるから,被告製品の高Si濃度領域が,本件発明1の「第二
のn型層」に当たるとの認定は妨げられないというべきである。
(3) 争点1の小括
前記前提事実及び上記認定説示によれば,被告製品は,本件発明1の構成要件を
全て充足するから,本件発明1の技術的範囲に属するものと認められる。
2 争点2(本件発明1についての特許は特許無効審判により無効にされるべき
ものと認められるか)について
(1) 争点2-1(無効理由1〔乙第6号証を主引例とする進歩性欠如〕は認めら
れるか)について
ア 本件特許1の原出願日より前に日本国内で頒布された乙6公報には,次の記
載がある(引用に際し,乙6公報中の段落番号等を【】で示す。)。
「【請求項1】Ga X Al 1 -X N(但しXは0<X≦1の範囲にある。)よりな
るバッファ層と,Znがドープされた発光する活性層と,Siがドープされたn型
のクラッド層と,さらに,Mgがドープされたp型のクラッド層とを具備している
ことを特徴とする青色発光ダイオード。」
「【産業上の利用分野】本発明は,一般式がGa X Al 1 - X N(0≦X≦1)で
表される窒化ガリウム系化合物半導体よりなる青色発光ダイオードに係り,特に発
光効率が高く,高輝度,かつ色純度の良い,青色発光ダイオードに関するものであ
る。」【0001】
「・・・本発明は上記事情を鑑みて成されたものであり,上記i型層をp型層と
n型層ではさむ構造の青色発光ダイオードを実現することにより,高効率で,高輝
度かつ色純度等の発光特性に優れた青色発光ダイオードを提供することを目的とす
る。」【0008】
「【課題を解決するための手段】本発明は,サファイア基板上に,一般式がGa
X Al 1 - X N(0≦X≦1)で表される窒化ガリウム系化合物半導体が積層された
構造を有する青色発光ダイオードにおいて,Ga X Al 1 - X N(但しXは0<X≦
1の範囲にある。)よりなるバッファ層と,Znがドープされた発光する活性層と,
Siがドープされたn型のクラッド層と,さらに,Mgがドープされたp型のクラ
ッド層とを具備していることを特徴とするものである。」【0009】
「その構造の一例を図1にしめす。本発明の青色発光ダイオードは,サファイア
基板1上に,Ga X Al 1 - X N(0<X≦1)よりなるバッファ層12,Siがド
ープされたn型のクラッド層であるSiドープn型Ga X Al 1 - X N層3(以下n
型クラッド層という。),Znがドープされた発光する活性層であるZnドープG
aXAl1-XN層14(以下活性層とい
う。),Mgがドープされたp型のクラッ
ド層であるMgドープp型Ga X Al 1 - X
N層5(以下p型クラッド層という。)が
順に積層され,さらに,3および5から電
極が取り出された構造となっている。」
【0010】
イ 乙6公報の上記アの記載によれば,乙6公報には次の発明(乙6発明)が記
載されているものと認められる。
「サファイア基板上にn型クラッド層,活性層,p型クラッド層が積層された構
造を備え,該p型クラッド層上と,該n型クラッド層が一部露出された表面に,そ
れぞれ電極が設けられた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」
ウ 乙6発明の「サファイア基板」は本件発明1の「基板」に,乙6発明の「n
型クラッド層」は本件発明1の「n型層」に,乙6発明の「p型クラッド層」は本
件発明1の「p型層」に,乙6発明の「電極」は本件発明1の「正電極と負電極」
に,それぞれ該当するといえるから,本件発明1と乙6発明とは,次の点で相違し,
その余の点において一致するものと認められる。
(ア) 本件発明1は「前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,
第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有する」のに対
し,乙6発明の「n型クラッド層」がかかる層構造を有するかが明記されていない
点(以下「相違点6-1」という。)。
(イ) 本件発明1は「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域に
おいて,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型
層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」のに対し,乙6発明の
「n型クラッド層」がかかる層構造を有するかが明記されていない点(以下「相
違点6-2」という。)
エ 相違点に係る容易想到性について
被告らは,窒化ガリウム系化合物半導体素子のn型層において,高キャリア濃度
n型層を低キャリア濃度n型層に接して基板側に配置するとの層構造は,本件特許
1の原出願日当時における周知技術(少なくとも公知技術)であったとして,乙6
発明に同周知技術又は公知技術を適用して,相違点6-1に係る本件発明1の層構
造とすることは,当業者が容易に想到できた,また,そのような層構造を採用した
際に,具体的に各層がどのような配置となるかは,n型層をどの程度エッチングし
て露出させるかという設計的事項にすぎないから,相違点6-2に係る本件発明1
の層構造とすることも,当業者が容易に想到できたなどと主張する。
確かに,本件特許1の原出願日前に日本国内で頒布されたと認められる乙7号証
ないし乙12号証には,窒化ガリウム系化合物半導体素子のn型層中において,電
子キャリア濃度の小さいn型層(以下「n - 層」という。)に接して,電子キャリ
ア濃度の大きいn型層(以下「n + 層」という。)が形成されている構成が開示さ
れているものと認められる。しかしながら,乙7号証ないし乙12号証に開示され
た構成は,いずれも,n - 層ではなくn + 層に負電極用の露出表面が形成され,か
つ,同露出表面が形成されたn + 層に接して,当該n + 層の上側に設けられたn - 層
が形成された構成が開示されているにとどまり,「電子キャリア濃度が小さくかつ
露出表面が形成されたn - 層と,これに接してこれよりも基板側に電子キャリア濃
度が大きいn + 層が設けられている」という,相違点6-2に係る本件発明1の構
成は開示されていないのであるから,乙6発明に乙7号証ないし乙12号証に開示
された構成を適用しても,相違点6-2に係る本件発明1の構成が導かれることは
ない。
この点について,被告らは,高キャリア濃度n型層と低キャリア濃度n型層とを
どのような配置とするかは,n型層をどの程度エッチングして露出させるかという
設計的事項にすぎないなどと主張するが,前記のとおり,乙7号証ないし乙12号
証に開示された構成においては,いずれもn + 層に負電極用の露出表面が形成され
ているのであって,これらの証拠をもって,n + 層ではなくn - 層に電極形成用の
露出表面を形成することまでもが設計的事項にすぎないなどということはできない。
なお,乙27公報の段落【0025】には,「ドナー不純物をドーピングする場合,
その濃度に関してはn層に均一にドーピングしても良い。又,n層のオーム電極形
成を容易にするためにn型層成長初期に高濃度にドーピングし,pn接合付近では
ドーピングしないか或いは低濃度にドーピングしても良い。」との記載があるが,
「n層のオーム電極形成を容易にするために」との記載があることから明らかなと
おり,同記載は,高濃度にドーピングした層に電極を形成することが含意されてい
るのであり,乙27公報をもっても,低濃度にドーピングした層に電極用の露出表
面を形成し,その下に接して高濃度にドーピングした層を設ける配置とすることが
設計的事項にすぎないと認めることはできないというべきである。
以上によれば,本件発明1が,乙6発明に被告ら主張の周知技術又は公知技術を
適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであったとは認
められない(なお,被告らは,乙6発明に乙13公報記載の構成を組み合わせるか
のような主張もするが,乙6発明に乙13公報記載の構成を組み合わせても,上記
各相違点に係る本件発明1の構成に至らないことは明らかである。)。
オ 争点2-1の小括
したがって,本件発明1についての特許が,被告らの主張する無効理由1によっ
て,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
(2) 争点2-2(無効理由2〔乙第13号証を主引例とする進歩性欠如〕は認め
られるか)について
ア 本件特許1の原出願日より前に日本国内で頒布された乙13公報には,次の
記載がある(引用に際し,乙13公報中の段落番号等を【】で示す。)。
「【請求項1】 発光層中に【化1】
層を少なくとも一層含む半導体発光素子において,発光層と成長基板との間に【化
2】 層を設けたことを特徴とする半導体発光素子。
【請求項2】 前記発光層中の【化1】層に接して,これよりバンドギャップエネ
ル ギ が 大きい【化 3 】 層を有す るこ と
を特徴とする請求項1記載の半導体発光素子。」
「【産業上の利用分野】本発明は,可視から紫外で発光する化合物半導体発光素
子用構造に関する。」【0001】
「【発明が解決しようとする課題】本発明は以上の問題点を解決するために提案
されたもので,その目的は,可視から紫外にわたる広い波長域における高効率半導
体発光素子を提供することにある。さらに詳述すれば,本発明は,発光層内へ電子
及び正孔を閉じ込めることが可能である上,発光層に用いた【化1】層の結晶性が
自動的に向上する半導体発光素子を提供することにある。」【0005】
「【課題を解決するための手段】本発明の半導体発光素子は,発光層中に【化1】
層を少なくとも一層含む半導体発光素子において,発光層と成長基板との間に【化
2】層を設けたことを最も主要な特徴とする。また,本発明の第2の主要な特徴は,
前記発光層中の【化1】層に接してこれと格子定数の異なる【化3】層を設けたこ
とにある。従来のGaNホモ接合ダイオード及びGaAlN/GaNヘテロ接合ダ
イオードとは,発光層中にInを含
む層を少なくとも一層含む点が異な
る。さらに,従来のホモ接合ダイオ
ードとは,発光層中にヘテロ接合界
面を有する点が異なる。従来のIn
GaAlN/InGaNヘテロ接合
ダイオードとは,格子不整合条件下
で素子を作製する点が異なるもので
ある。」【0006】
「〔実施例1〕(格子不整合ダブルヘテロ構造及び単一量子井戸構造)
図1は,本発明の第1の実施例の構造を示す図であって,61はサファイア(00
01)基板,62は膜厚5μm及び電子濃度10 19 cm -3 のSiドープn型GaN
電流注入層,63は膜厚0.5μmのアンドープIn 0.1 Ga 0.9 N発光層,64は膜
厚2μm及びホール濃度10 18 cm -3 のMgドープp型GaN電流注入層,65は
n側電極,66はp側電極である。電極65に対して正の電圧を66に加えること
により,電子及び正孔を発光層63に注入した。その結果,立ち上がり電圧4Vの
電流対電圧特性が得られ,波長380nm帯にのみ発光ピークを持つ発光を観測で
きた。最大光出力は1.6mWであり,外部量子効率は2%であった。また,In
GaN発光層63の組成を変化することによって,発光波長を600nmまで長波
長化することができた。」【0010】
イ 乙13公報の上記アの記載によれば,乙13公報には次の発明(乙13発明)
が記載されているものと認められる。
「サファイア基板61上にSiドープn型GaN電流注入層62,アンドープI
n 0.1 Ga 0.9 N発光層63,Mgドープp型GaN電流注入層64が積層された構造
を備え,該Mgドープp型GaN電流注入層64上と,該Siドープn型GaN電
流注入層62が一部露出された表面に,それぞれp側電極66とn側電極65が設
けられた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」
ウ 乙13発明の「サファイア基板61」は本件発明1の「基板」に,乙13発
明の「Siドープn型GaN電流注入層62」は本件発明1の「n型層」に,乙1
3発明の「アンドープIn 0.1 Ga 0.9 N発光層63」は本件発明1の「活性層」に,
乙13発明の「Mgドープp型GaN電流注入層64」は本件発明1の「p型層」
に,乙13発明の「p側電極66」は本件発明1の「正電極」に,乙13発明の
「n側電極65」は本件発明1の「負電極」に,それぞれ該当するといえるから,
本件発明1と乙13発明とは,次の点において相違し,その余の点において一致す
るものと認められる。
(ア) 本件発明1は「前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,
第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有する」のに対
し,乙13発明の「Siドープn型GaN電流注入層62」がかかる層構造を有す
るかが明記されていない点(以下「相違点13-1」という。)。
(イ) 本件発明1は「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域に
おいて,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型
層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」のに対し,乙13発明の
「Siドープn型GaN電流注入層62」がかかる層構造を有するかが明記されて
いない点(以下「相違点13-2」という。)
エ 相違点に係る容易想到性について
上記相違点13-1及び同13-2は,争点2-1において検討した相違点6-
1及び同6-2と実質的に異なるところがないところ,既に認定説示したとおり,
乙7号証ないし乙12号証には,「電子キャリア濃度が小さくかつ露出表面が形成
されたn - 層と,これに接してこれよりも基板側に電子キャリア濃度が大きいn +
層が設けられている」という,相違点13-2(相違点6-2と実質的に同一であ
る。)に係る構成は開示されていないのであるから,乙13発明に乙7号証ないし
乙12号証に開示された構成を適用しても,相違点13-2に係る本件発明1の構
成が導かれることはない。また,乙7号証ないし乙12号証及び乙27公報をもっ
ても,低濃度にドーピングした層に電極用の露出表面を形成し,その下に接して高
濃度にドーピングした層を設ける配置とすることが設計的事項にすぎないと認める
ことはできない。したがって,本件発明1が,乙13発明に周知技術又は公知技術
を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであったとは
認められない。
オ 争点2-2の小括
したがって,本件発明1についての特許が,被告らの主張する無効理由2によっ
て,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
(3) 争点2-3(無効理由3〔サポート要件違反〕は認められるか)について
ア 被告らは,本件発明1の作用効果である①均一な面発光が得られ,②発光出
力が向上し,③Vf(順方向電圧)が「明らかに」低下するという作用効果を奏し
ない領域が,形式的に「第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい」ことを理
由に「第二のn型層」に当たるというのであれば,特許請求の範囲には,発明の詳
細な説明に記載された課題解決手段が反映されていないというべきであるし,発明
の詳細な説明に開示された内容を過度に拡張ないし一般化するものであるから,本
件発明1は,発明の詳細な説明に記載したものでないと主張する。
イ そこで検討するに,本件明細書1には,次の記載がある(引用に際し,本件
明細書1の段落番号等を【】で示す。)。
「本発明はレーザダイオード(LD),発光ダイオード(LED)等の発光素子
に使用される窒化ガリウム系化合物半導体(In a Al b Ga 1 - a - b N,0≦a,0
≦b,a+b≦1)よりなる発光素子に関する。」【0001】
「従って本発明はこのような事情を鑑みてなされてものであり,その目的とする
ところは,ダブルへテロ,シングルへテロ等,少なくともn型層が活性層と基板と
の間に形成された構造を備える窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において,ま
ず第一に活性層より均一な発光を得て,素子の光度,出力を向上させることにあり,
第二にVfをさらに低下させて,発光効率を向上させることにある。」【0006】
「【課題を解決するための手段】我々はn型層にさらにキャリア濃度の高い層を
介在させることにより,上記問題が解決できることを見いだした。即ち,本発明の
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子は,基板上にn型層,活性層,p型層が積層
された構造備え,p型層上と,n型層が一部露出された表面に,それぞれ電極が設
けられた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって,前記n型層中に,第一の
n型層と,第一のn型層に接して,第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい
第二のn型層と,を有すると共に,前記露出されたn型層表面に形成された電極か
ら供給された電子が,前記第二のn型層中で平行に供給若しくは移動する窒化ガリ
ウム系化合物半導体発光素子。」【0007】
「第二のn型層33の電子キャリア濃度は1×10 1 8 /cm 3 ~1×10 2 2 /cm 3
の範囲に調整することが好ましく,また第二のn型層33よりも電子キャリア濃度
の小さい第一のn型層は1×10 1 6 /cm 3 ~1×10 1 9 /cm 3 の範囲に調整するこ
とが好ましい。これらの電子キャリア濃度は,前記のように第二のn型層にSi,
Ge,Sn,C等のn型ドーパントをドープすることにより調整可能である。第二
のn型層33の電子キャリア濃度が1×10 1 8 /cm 3 よりも小さいと,電子を広げ
る作用が得られにくくなり均一な活性層の発光が得られにくく,1×10 2 2 /cm 3
よりも大きいと結晶性が悪くなり,発光素子の性能に悪影響を及ぼす恐れがある。
また第一のn型層についても電子キャリア濃度が1×10 1 6 /cm 3 よりも小さいと
活性層自体の発光が得られにくく,また1×10 1 9 /cm 3 よりも大きいと1μm以
上の厚膜を形成した際に結晶性が悪くなる傾向にあり,素子の出力を低下させる恐
れがあるからである。」【0016】
「・・・図5は本発明の他の実施例の発光素子の構造を示す模式断面図である。
これは第一のn型層3に形成された負電極8と基板1との間に,第二のn型層33
が形成され,第二のn型層33と負電極8との距離が接近していることを示してい
る。本来であれば,電極8をキャリア濃度の大きい第二のn型層33の表面に形成
できれば,例えば図4と比較して,電子がキャリア濃度の大きい第二のn型層33
を通って流れるので,発光素子のVfを低下させることができる。しかしながら,
サファイアのような絶縁性基板を用いた場合,エッチングを第二のn型層33で止
めることが生産技術上困難であるため,図5のように第二のn型層33と負電極8
との距離を短くして,電極8から注入された電子がキャリア濃度の大きい第二のn
型層33を通ることにより,Vfを低下させることが可能となる。」【0019】
「さらに,・・・第二のn型層33を,n型層の電極形成面と基板との間に形成
することにより効果的にVfを低下させることができる。なぜなら,SiC,Zn
O,Si等の導電性基板の表面に窒化ガリウム系化合物半導体を成長した構造の発
光素子であれば,n型層の電極は基板側に形成でき,n層側の電子は活性層に対し
垂直に供給される。それに対し前記のようにサファイア基板を有する素子は,活性
層に対し平行に供給される。垂直に供給される電子がn型層を移動する距離はせい
ぜい数μmであるのに対し,平行に供給される電子の移動距離は数十μm~数百μ
mもある。従って電子が平行に供給される素子において,電子が平行に供給される
第二のn型層のキャリア濃度を大きくすることにより,電子が移動しやすくなるの
でVfを低下させることができる。」【0020】
ウ 以上によれば,本件明細書1には,n型層が活性層と基板との間に形成され
た構造を備える窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において,n型層中に更にキ
ャリア濃度の高い層(第二のn型層)を介在させること,さらに,第二のn型層を
n型層の電極形成面と基板との間に形成することにより,エッチングを第二のn型
層上で止めることの技術上の困難性を補いつつ,電極から注入された電子が第二の
n型層を通ることにより,また,電子の垂直方向と水平方向の移動距離を調整する
ことにより,Vfを低下させることができるという技術的思想が明確に記載されて
いるし,本件明細書1の他の記載(例えば段落【0014】)も斟酌すれば,電子
が第二のn型層中に均一に広がることにより,活性層から均一な発光を得るという
技術的思想も記載されているということができる。さらに,段落【0016】には,
第一のn型層及び第二のn型層について好ましい電子キャリア濃度についても記載
されている。
そうすると,特許請求の範囲に記載された本件発明1は,これら本件明細書1の
記載により実質的に裏付けられているといえ,「第二のn型層」の電子キャリア濃
度について特許請求の範囲に限定がない点についても,上記段落【0016】の記
載や当業者の技術常識からその意義を把握することが可能というべきであるから,
本件発明1が,発明の詳細な説明に記載したものでないということはできない。
エ 争点2-3の小括
したがって,本件発明1についての特許が,被告らの主張する無効理由3によっ
て,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
(4) 争点2-4(無効理由4〔実施可能要件違反〕は認められるか)について
被告らは,①本件明細書1の記載をみても,どのような構成とすれば,被告製品
のような濃度差の小さいSiスパイクでもなお本件発明1の作用効果を奏すること
ができるのか,当業者において理解することができない,②本件明細書1に実施例
として記載されている「1E+20 atom/cm 3 」や「5E+20 atom/cm 3 」など極めて高い電
子キャリアを有する第二のn型層を得るための具体的な製造方法は,本件明細書1
には記載されておらず,当業者において理解することができないなどとして,本件
明細書1の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確
かつ十分に記載したものとはいえないと主張する。
しかしながら,上記(3)において認定説示したところによれば,当業者は,本件
明細書1の記載と技術常識に基づいて本件発明1の意義を把握することができ,本
件発明1に係る半導体発光素子を適宜製造し,使用することができるものと認める
の が 相 当 で あ る ( な お , 実 施 例 に 記 載 さ れ た 「 1E+20 atom/cm 3 」 や 「 5E+20
atom/cm3 」という電子キャリア濃度を得る製造方法が具体的に記載されていないこ
とのみをもって,直ちに,本件発明1自体を実施することができないとはいえな
い。)。
したがって,本件発明1についての特許が,被告らの主張する無効理由4によっ
て,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
(5) 争点2-5(無効理由5〔乙第27号証による新規性欠如〕は認められるか)
について
ア 本件特許1の原出願日より前に日本国内で頒布された乙27公報には,次の
記載がある(引用に際し,乙27公報中の段落番号等を【】で示す。)。
「【産業上の利用分野】本発明は,可視単波長,特に,青色領域から紫色領域ま
で,及び紫外光領域で発光可能な半導体レーザダイオードに関する。」【0001】
「【課題を解決するための手段】本第1発明は,n型伝導性を示す窒化ガリウム
系化合物半導体((Al x Ga 1- x ) y In 1 - y N:0≦x≦1,0≦y≦1)から
成るn層と,p型伝導性を示す窒化ガリウム系化合物半導体((Al x ’ Ga 1 - x ’ )
y’ In 1 - y ’ N:0≦x’≦1,0≦y’≦1)(x=x’またはx≠x’,y=
y’またはy≠y’)から成るp層とが接合された少なくとも1つのpn接合を設
けたことを特徴としている。」【0008】
「まず,同一組成同士の結晶によるpn接合構造を作製する場合につき述べ
る。・・・」【0022】
「ドナー不純物をドーピングする場合,その濃度に関してはn層に均一にドーピ
ングしても良い。又,n層のオーム性電極形成を容易にするためにn層成長初期に
高濃度にドーピングし,pn接合付近ではドーピングしないか或いは低濃度にドー
ピングしても良い。」【0025】
「以上が同一組成の結晶によるpn接合構造の半導体レーザダイオードを作製す
る場合の基本的方法である。異種混晶組成の結晶の接合,いわゆるヘテロ接合を利
用した素子を作製する場合にも,pn接合を形成するという点では上記同一混晶組
成の結晶の接合を利用する場合と同様である。」【0032】
「ヘテロ接合を利用する場合も,同一組成の結晶によるpn接合の場合と同様に,
オーム性電極組成を容易にするため電極と接触する部分付近のキャリア濃度は高濃
度にしても良い。」【0038】
「【実施例】以下,本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。((Al x G
a 1 - x ) y In 1 - y N:0≦x≦1,0≦y≦1)半導体レーザダイオード用単結
晶の作製には横型有機金属化合物気相成長装置を用いた。以下基板としてサファイ
ア,Si,6H-SiC及びGaNを用いた場合各々について成長手順を示す。」
【0040】
「(1)サファイア基板の場合 図1は,
サファイア基板を用いた半導体レーザダイオー
ドの構造を示した断面図である。図1において,
(0001)面を結晶成長面とするサファイア
基板1を有機洗浄の後,結晶成長装置の結晶成
長部に設置する。・・・」【0041】
「次に,・・・サファイア基板1上に50n
m程度の膜厚を持つAlN層2を形成する。次
に,・・・Siドープn型GaAlN層3(n層)を成長する。」【0042】
「・・・GaAlN層3の表面の一部をSiO 2 でマスクした後,・・・SiO 2
でマスクされていない部分に厚さ0.5μmのGaN層4を成長させる。次
に,・・・ドープGaAlN層5(p層)を0.5μm成長する。」【0043】
「次に,ドープGaAlN層5(p層)の窓8の部分と,Siドープn型GaA
lN層3(n層)に,それぞれ,金属電極を形成する。・・・」【0045】
イ 乙27公報の上記アの記載によれば,乙27公報には次の発明(乙27発明)
が記載されているものと認められる。
「サファイア基板上にSiドープn型GaAlN層3,GaN層4,ドープGa
AlN層5が積層された構造を備え,該Siドープn型GaAlN層3上と,該ド
ープGaAlN層5が一部露出された表面に,それぞれ金属電極が設けられた窒化
ガリウム系化合物半導体発光素子。」
ウ 乙27発明の「サファイア基板」は本件発明1の「基板」に,乙27発明の
「Siドープn型GaAlN層3」は本件発明1の「n型層」に,乙27発明の
「GaN層4」は本件発明1の「活性層」に,乙27発明の「ドープGaAlN層
5」は本件発明1の「p型層」に,乙27発明の「金属電極」は本件発明1の「正
電極と負電極」に,それぞれ該当するといえるから,本件発明1と乙27発明は,
「サファイア基板上にn型層,活性層,p型層が堆積された構造を備え,該n型層
上と,該p型層が一部露出された表面に,それぞれ正電極と負電極が設けられた窒
化ガリウム系化合物半導体発光素子」である点において一致し,次の点において相
違していると認められる。
(ア) 本件発明1は「前記n型層中に,第一のn型層と,第一のn型層に接して,
第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層と,を有する」のに対
し,乙27発明の「Siドープn型GaAlN層3」がかかる層構造を有するかが
明記されていない点(以下「相違点27-1」という。)。
(イ) 本件発明1は「前記n型層中の基板と前記露出表面の間にあるn型層領域に
おいて,前記第一のn型層であって前記露出表面が形成された層と,該第一のn型
層の基板側に設けられた前記第二のn型層と,を有する」のに対し,乙27発明の
「Siドープn型GaAlN層3」がかかる層構造を有するかが明記されていない
点(以下「相違点27-2」という。)
エ 上記相違点について,被告らは,乙27公報の段落【0025】【0038】
に記載された態様でSiドープn型GaAlN層3をドーピングすれば,基板側に
高濃度にドーピングされた層が,ドーピングしないか低濃度にドーピングされた層
に接して形成されるから,乙27発明は本件発明1と同一であると主張する。
しかしながら,乙27公報の段落【0025】の「n層のオーム性電極形成を容
易にするためにn層成長初期に高濃度にドーピングし,pn接合付近ではドーピン
グしないか或いは低濃度にドーピングしても良い。」との記載は,段落【0032】
の記載からも明らかなように,「同一組成の結晶によるpn接合構造の半導体レー
ザダイオードを作製する場合」に関するものであって,「サファイア基板上にSi
ドープn型GaAlN層3,GaN層4,ドープGaAlN層5が積層された構造
を備え」た窒化ガリウム系化合物半導体発光素子についての記載ではない。
また,上記の点を措いて,段落【0025】の上記記載や,段落【0038】の
「ヘテロ接合を利用する場合も,同一組成の結晶によるpn接合の場合と同様に,
オーム性電極組成を容易にするため電極と接触する部分付近のキャリア濃度は高濃
度にしても良い。」との記載を参酌するとしても,いずれの段落も,n型層のキャ
リア濃度を高濃度とする目的について,電極の形成を容易にするためと明確に記載
しているのであるから,高キャリア濃度層上に電極を形成することが前提とされて
いるものと解するのが相当であり,相違点27-2に係る本件発明1の構成のよう
に,基板と露出表面の間にあるn型層領域において,露出表面が設けられた低キャ
リア濃度層の基板側に高キャリア濃度層を設けることは,想定されていないという
べきである。
以上によれば,相違点27-2に係る本件発明1の構成が,乙27公報に記載さ
れているとか,記載されているに等しいということはできないから,乙27公報に
開示された乙27発明が,本件発明1と同一であるということはできない。
オ 争点2-5の小括
したがって,本件発明1についての特許が,被告らの主張する無効理由5によっ
て,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
(6) 争点2の小括
以上の検討によれば,本件発明1についての特許は,被告らの主張する理由によ
って,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないから,原告によ
る本件特許権1の行使が特許法104条の3第1項により封じられるものではない。
3 争点3(被告製品は本件発明2の技術的範囲に属するか)について
(1) 争点3-3(被告製品は構成要件2Fを充足するか)について
事案に鑑み,争点3-3から判断する。
原告は,エバーライトエレクトロニクス株式会社作成の分析結果報告書(乙1)
に示される被告製品のSIMS分析結果を検討すれば,同製品において,活性層の
最もn型窒化物半導体層側にある障壁層B 1 (層(39))を含む,活性層のn型窒化
物半導体層側の約半分の領域に含まれる複数の障壁層のSi濃度は,1×10 17 /
㎤以上2×10 18 /㎤以下であり,活性層の最もp型窒化物半導体層側にある障壁
層B L (層(3))を含む,活性層のp型窒化物半導体層側の約半分の領域に含まれ
る複数の障壁層のSi濃度は,5×10 16 /㎤未満であると合理的に推認される旨
主張する。
しかし,原告の主張によっても,同分析結果報告書記載のSIMSチャートでは,
Si濃度は,n型窒化物半導体層側から数えて11番目の障壁層B 1 1 付近で約5
×10 16 /㎤まで落ちた後,半導体層の表面(p型窒化物半導体層側)に向かって
Siプロファイルの上昇が観察される(半導体層の表面から深さ約200nm程度
までは,Si濃度が5×10 16 /㎤を超えている)というのであるから,同チャー
トに基づいて,直ちに「活性層の最もp型にある障壁層B L (層(3))を含む,活
性層のp型窒化物半導体層側の約半分の領域に含まれる複数の障壁層のSi濃度は,
5×10 16 /㎤未満である」旨推認することは,困難である。
この点について,原告は,Siプロファイルの上昇は試料の表面汚染の影響を受
けたものであり,この表面汚染の影響は,障壁層B 11 (層(19))の位置において相
応に残っており,障壁層B 11 (層(19))付近でいったん5×10 16 /㎤未満までS
i濃度が下げた後に,意図的にSi濃度を増加させることは考え難いから,活性層
の最もp型窒化物半導体層側にある障壁層B L (層(3))を含む,活性層のp型窒
化物半導体層側の約半分の領域に含まれる複数の障壁層のSi濃度が5×10 16 /
㎤未満と認められる旨主張するものの,試料の表面汚染についての定量的な主張立
証や,被告製品の製造方法に関する具体的な主張立証は,何ら行っていない。
したがって,被告製品が構成要件2Fのうち「前記障壁層B L を含む前記p型窒
化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度が5×10 16 /㎤未満」との点を
充足することは,立証されていないというべきである。
(2) したがって,その余の構成要件充足性について判断するまでもなく,被告製
品は,本件発明2の技術的範囲に属するものとは認められない。
4 争点5(被告LEDの譲渡等につき原告の承諾があったか)について
被告らは,原告が,訴訟提起を目的として,イガラシを介して被告LEDを被告
らから購入したもので,被告らはこれ以外に被告LEDを譲渡等していないから,
被告らによる全ての被告LEDの譲渡等は,原告自身の意思に基づく「おとり購入」
により生じたものであって,特許権者である原告の承諾に基づくものであるなどと
主張する。
しかしながら,証拠(丙1)によれば,イガラシは,被告立花に対し,「弊社希
望内容下記に改めて記します。 ・砲弾型LED球 大/小(5mmと3mm?)
・色は提灯の色に合わせ,青/赤/黄を希望 ・数量はミニマムにて(小は100
0個とのことでしたが,少なければベターです)」などと記載したメールを送付し
てLEDの購入方を申し込んだにとどまり,型番や構成等により,特に本件各発明
の技術的範囲に含まれる製品を特定するなどして被告LEDを注文したものではな
いから,確かにその後,イガラシに販売した被告LEDが開封されることもなく原
告の手に渡っていたとしても(甲6,7),そのことをもって,特許権者である原
告が,被告らに対し,被告LEDの輸入,譲渡及び譲渡の申出について承諾してい
たと評価することは困難というほかない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
5 争点7(損害又は不当利得の額)について
(1) 前記前提事実及びこれまで認定説示してきたところによれば,被告LEDに
搭載された被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属するところ,被告E&Eは,
平成24年12月頃,エバー社から被告LED1000個を輸入してこれを被告立
花に販売し,被告立花は,平成25年1月頃,これをイガラシに販売したのである
から,被告らによる上記各行為は,いずれも本件特許権1を侵害するというべきで
あるが,原告は,被告立花が被告E&Eから被告LEDを仕入れてこれを販売して
いることを主張するにとどまり,被告らが共謀の上で被告LEDを販売したとか,
被告らの間に極めて密接な関係があるなど,共同不法行為の成立に必要な事実関係
を主張立証していないから,被告らの各行為について,個別に不法行為が成立する
にとどまるというべきである。
(2) そこで,被告らの行為により原告が受けた損害の額について検討する。
ア(ア) 原告は,特許法102条2項の適用を主張するところ,前記前提事実及び
弁論の全趣旨によれば,原告は,被告LEDと競合するLEDを販売等していると
認められるから,原告には,被告らによる本件特許権1の侵害行為がなかったなら
ば利益が得られたであろう事情が認められるといえ,同条項の適用が認められるべ
きである(知財高裁平成24年(ネ)第10015号同25年2月1日特別部判
決・判時2179号36頁)。この点について,被告らは,被告LEDが譲渡等さ
れなければ,原告の製品が販売されていたであろうとの条件関係が存在しないから,
原告には逸失利益の損害は生じていないと主張するが,上記のとおり原告が被告L
EDの競合品を販売等していることからして,なお原告に逸失利益の損害が生じた
と認定するに差し支えないというべきである。
(イ) 本件特許権1の侵害により被告らがそれぞれ得た利益の額について,被告E
&Eが10万5000円の利益を得たことについては,原告と同被告との間で争い
がない。また,被告立花が被告LEDの販売により得る利益が,売上高の10パー
セントであることは,原告と同被告との間で争いがないところ,被告立花は,イガ
ラシに対して被告LEDを2万円で販売し,それ以上に被告LEDの販売等により
売上をあげた事実は認められないから,被告立花が得た利益の額は,2000円と
認めるのが相当である(なお,被告立花は,上記売上代金を全てイガラシに返金し
ているとの事情を主張するが,同事実によっても,一度発生した損害が発生しなか
ったことになるわけではないし,これにより原告に生じた損害が塡補されたと認め
ることもできない。)。したがって,これらの額は,特許法102条2項により,
原告が受けた損害の額と推定される。
(ウ) 被告らは,①原告が被告LEDについて原告が保有する9件の特許権を侵害
すると主張していること,②被告LEDは,本件発明1の作用効果を奏しないか,
奏したとしても極めてわずかな効果しか奏しないこと,③被告LEDは,被告製品
(窒化物半導体素子)にさらなる部材を付加していること,④有色LED市場にお
ける原告のシェアなどからすれば,本件発明1が被告らの得た利益に寄与した割合
は5パーセントを上回ることはなく,推定された損害額のうち95パーセント相当
額について,同推定が覆滅されるべきである旨主張する。
しかしながら,①について,被告LEDが,原告の他の特許権に係る発明の技術
的範囲に含まれるか,含まれるとして,他の特許権に係る発明が被告LEDの売上
にいかに寄与したかについては,本件証拠によっても,判然としないというほかな
い。②について,被告LEDが本件発明1の作用効果を奏しないか,極めてわずか
しか奏しないなどといった事実は認められない。③については,被告LEDが被告
製品に部材を付加しているとしても,その価値の源泉の大半は被告製品にあるもの
と合理的に推認できる。④については,有色LED市場における原告のシェアを一
般的に示すのみでは,本件において,なお原告の受けた損害の額についての推認を
覆すには十分とはいえない。
以上のとおり,損害の額の推定が一部覆滅されるべきであるとする被告らの主張
は,採用することができない。
(エ) 以上の検討によれば,被告E&Eによる本件特許権1の侵害行為により原告
が受けた損害(逸失利益)の額は10万5000円と認められ,被告立花による本
件特許権1の侵害行為により原告が受けた損害(逸失利益)の額は2000円と認
められる。
イ 特許法102条3項にいう本件発明1の実施に対し受けるべき金銭の額及び
本件発明1の無償実施による不当利得の額が,ア(エ)に認定した額を上回ることを
認めるに足りる証拠はない。
ウ 弁護士費用について
被告らそれぞれによる本件特許権1の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用
相当損害金としては,本件特許権1の内容や本件訴訟の審理経過等に鑑み,各15
万円をもって相当と認める。
(3) 損害額についての小括
以上の検討によれば,原告は,本件特許権1の侵害を原因として,被告E&Eに
対し,逸失利益に対応する損害賠償金10万5000円及び弁護士費用に対応する
損害賠償金15万円の合計額である25万5000円並びにこれに対する遅延損害
金の支払を,被告立花に対し,逸失利益に対応する損害賠償金2000円及び弁護
士費用に対応する損害賠償金15万円の合計額である15万2000円並びにこれ
に対する遅延損害金の支払を求めることができる。
なお,原告は,逸失利益の損害については,被告立花による被告LEDの譲渡に
より原告が受けた逸失利益の額の限度において被告らに連帯支払を求める一方で,
弁護士費用の損害については,被告らの各行為により原告が受けた弁護士費用の損
害の合計額について被告らに連帯支払を求めている。まず,弁護士費用の損害につ
いては,被告らに共同不法行為が成立すると認められないことは前記 (1)のとおり
であるから,原告は,被告らに対し各15万円及び遅延損害金の支払を求めること
ができるにとどまり,被告らの支払義務が不真正連帯債務となるものではない。次
に,逸失利益の損害については,被告E&Eの譲渡により原告が受けた逸失利益の
損害と,被告立花の譲渡により原告が受けた逸失利益の損害とは,別個の損害であ
って重複するものではないから,原告は,これらの損害の賠償をそれぞれ求めるこ
とができ,被告らの支払義務が不真正連帯債務となるものではない(このように解
したとしても,原告が各被告からそれぞれ受領できる損害賠償金及び遅延損害金の
額並びに両被告から受領できる損害賠償金及び遅延損害金の総額のいずれも,原告
の請求額〔前記第1の5項及び6項参照〕を上回ることはないから,本件について
処分権主義違反の問題が生じることはないし,原告の上記連帯支払を求める主張を
もって,原告が,原告が受けた逸失利益の損害額は10万5000円に限定される
と主張しているとまでは解されないから,本件について弁論主義違反の問題が生じ
ることもない。)。
6 結論
以上によれば,原告の請求のうち,本件特許権1の侵害を原因とする請求につい
ては,被告E&Eに対して25万5000円及びこれに対する不法行為後の日であ
る平成26年4月23日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害
金の支払を,被告立花に対して15万2000円及びこれに対する不法行為後の日
である平成26年4月23日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延
損害金の支払をそれぞれ求める限度において理由があるが,その余は理由がない。
また,原告の請求のうち,本件特許権2の侵害を原因とする請求はいずれも理由が
ない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
嶋 末 和 秀
裁判官
鈴 木 千 帆
裁判官
天 野 研 司
(別紙1)
物 件 目 録
下記の青色LED。
記
1254-15ASUBC/XXXX-XX-X(XXX)
(ただし,上記のXには,任意の英数字が入る。)
以 上
(別紙8)
被告製品構造説明書(1)
1 被告製品構造模式図
被告製品のLEDチップ構造の模式図を以下に示す。
Mg doped GaN 正電極
[2940Å] 1
Al0.10Ga0.90N
[175Å] 2 GaN/InGaN積層 3乃至60 約1.46μm
負電極
GaN D
Si doped GaN (Si濃度:低) A
3.54μm 61 Si doped GaN (Si濃度:高) B
Si doped GaN (Si濃度:低) C
Al0.23Ga0.77N
[25Å] 62 約6.83μm
Al0.14Ga0.86N
[200Å] 63
GaN [3.86μm] 64
サファイア基板
図1 LED チッ プ構 造模 式図
GaN [340Å] 3
In0.08Ga0.92N[28Å] GaN[150~160Å]
4乃至38の偶数 5乃至39の奇数
GaN[180Å]
In0.02Ga0.98N[17Å]
41乃至59の奇数
40乃至60の偶数
GaN
図2 半導体 積層 構造 の模 式図
図 2 では, 半導体正電極側から基板側に向かい ,各層に順に番号を振っ た 。
ま た, 図 1では層(61)の 中をさらに4層に分け ,半導体正電極側から基 板
側 に 向 かい, 層(D) , (A ), (B) ,(C)と記号を振った。以下 , 各 番
号 及 び 記号を用いて ,当該層の組成及び機能を説明する。
2 被告製品の構造
被告製品の構造は次のとおりである。
① 被告製品は,基板上にn型層である層(40)ないし(61),活性層である
層(3)ないし(39),p型層である層(1)及び(2)が積層された構造
を備えた窒化ガリウム系化合物半導体発光素子である。
② 被告製品は,p型層上と,n型層が一部露出された表面に,それぞれ正電極と
負電極が設けられている。
③ 被告製品は,そのn型層中に,n型層(A)と,これに接し,これよりも電子
キャリア濃度が大きいn型層(B)を有する。
④ n型層(A)とn型層(B)はn型層中の,基板とn型層露出表面の間のn型
層領域にあり,n型層(B)はn型層(A)の基板側にある。
以上
(別紙10)
被告製品全体模式図
GaN 2702Å[1]
AlGaN 143Å[2]
p-層
Buffer層 HT-GaN 216Å[3-1]
Cap層 GaN 100Å[3-2]
2nd-MQW[4~39]
InGaN/GaN Loop=18
活性層
1st-MQW[40~60]
InGan/GaN Loop=11
GaN 1000Å[61-1]
GaN 31359Å
[61-2&3]
AlGaN 13Å[62] n-層
AlGaN 212Å[63]
GaN 37061Å[64]
サファイア基板
(別紙11)
被告製品層[61-1][61-2][61-3]付近模式図
GaN
1000Å[61-1]
GaN(Si-Dope)
約19000Å[61-2]
GaN(Si-Dope)
約12000Å[61-3]
(別紙12)
被告製品活性層(層[4~60])模式図
loop18
InGaN 30Å GaN 150Å
[4ないし38の偶数] [5ないし39の奇数]
loop11
GaN 180Å
InGaN 13Å [41ないし59の奇数]
[40ないし60の偶数]
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