平成27(ワ)19661特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成28年12月7日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告株式会社アプトデイト 原告湖北工業株式会社
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対象物 |
電解コンデンサ用タブ端子 |
法令 |
特許権
特許法104条の312回 特許法29条2項4回 特許法29条1項3号2回 特許法36条6項1号2回 特許法36条4項1号2回 特許法36条6項2号2回 特許法100条1項1回 特許法102条3項1回 特許法79条1回
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キーワード |
実施73回 無効73回 特許権42回 無効審判20回 侵害9回 刊行物9回 進歩性8回 許諾8回 ライセンス6回 新規性6回 実用新案権5回 差止5回 優先権2回 損害賠償2回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,発明の名称を「電解コンデンサ用タブ端子」とする特許第4452
917号の特許権(以下「本件特許権1」といい,その特許を「本件特許1」とい
う。また,本件特許1の願書に添付した明細書及び図面を併せて「本件明細書1」
という。)及び発明の名称を「タブ端子の製造方法およびその方法により得られる
タブ端子」とする特許第4732181号の特許権(以下「本件特許権2」といい,
その特許を「本件特許2」という。また,本件特許2の願書に添付した明細書及び
図面を併せて「本件明細書2」という。)の特許権者である原告が,別紙1被告製
品目録(1)記載の電解コンデンサ用タブ端子(以下「被告製品」という。)は,本件
特許1の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本件発明1
-1」という。),同2記載の発明(以下「本件発明1-2」という。),本件特
許2の願書に添付した特許請求の範囲の請求項10記載の発明(以下「本件発明2
-10」という。)及び同11記載の発明(以下「本件発明2-11」という。)
の各技術的範囲に属するから,被告が被告製品を製造し,譲渡し,輸出し,又は譲
渡若しくは輸出の申出をする行為は,本件特許権1及び同2を侵害する行為である
と主張して,①特許法100条1項に基づき,被告に対し,被告製品の製造,譲渡, |
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判決文
平成28年12月7日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成27年(ワ)第19661号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成28年10月6日
判 決
原 告 湖 北 工 業 株 式 会 社
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 吉 武 賢 次
同 宮 嶋 学
同 髙 田 泰 彦
同 柏 延 之
同 砂 山 麗
同 高 橋 三 郎
同 白 井 徹
同 補 佐 人 弁 理 士 永 井 浩 之
同 中 村 行 孝
同 浅 野 真 理
被 告 株 式 会 社 ア プ ト デ イ ト
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 根 本 浩
同 松 山 智 恵
同 野 呂 悠 登
同 勝 浦 敦 嗣
同 小 松 紘 士
同 戸 松 良 太
同 寺 垣 俊 介
同 水 戸 悠 貴
同 足 立 拓
同 杉 本 圭
同 横 山 竜 一
同訴訟復代理人弁護士 江 頭 あ が さ
同 補 佐 人 弁 理 士 赤 堀 龍 吾
同 斉 藤 直 彦
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙1被告製品目録(1)記載の電解コンデンサ用タブ端子を製造し,
譲渡し,若しくは輸出し,又は譲渡若しくは輸出の申出をしてはならない。
2 被告は,別紙1被告製品目録(1)記載の電解コンデンサ用タブ端子を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,5830万円及びこれに対する平成27年7月23日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,発明の名称を「電解コンデンサ用タブ端子」とする特許第4452
917号の特許権(以下「本件特許権1」といい,その特許を「本件特許1」とい
う。また,本件特許1の願書に添付した明細書及び図面を併せて「本件明細書1」
という。)及び発明の名称を「タブ端子の製造方法およびその方法により得られる
タブ端子」とする特許第4732181号の特許権(以下「本件特許権2」といい,
その特許を「本件特許2」という。また,本件特許2の願書に添付した明細書及び
図面を併せて「本件明細書2」という。)の特許権者である原告が,別紙1被告製
品目録(1)記載の電解コンデンサ用タブ端子(以下「被告製品」という。)は,本件
特許1の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本件発明1
-1」という。),同2記載の発明(以下「本件発明1-2」という。),本件特
許2の願書に添付した特許請求の範囲の請求項10記載の発明(以下「本件発明2
-10」という。)及び同11記載の発明(以下「本件発明2-11」という。)
の各技術的範囲に属するから,被告が被告製品を製造し,譲渡し,輸出し,又は譲
渡若しくは輸出の申出をする行為は,本件特許権1及び同2を侵害する行為である
と主張して,①特許法100条1項に基づき,被告に対し,被告製品の製造,譲渡,
輸出及び譲渡又は輸出の申出の差止めを求め,②同条2項に基づき,被告に対し,
被告製品の廃棄を求めるとともに,③特許権侵害の不法行為による損害賠償請求権
(対象期間は,平成24年8月1日から平成27年1月31日までである。)に基
づき,被告に対し,損害賠償金5830万円(逸失利益5300万円及び弁護士費
用530万円の合計)及びこれに対する不法行為後の日である平成27年7月23
日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(本
件特許権1の侵害を原因とする請求と,本件特許権2の侵害を原因とする請求とは,
選択的併合の関係にあるものと解される。)事案である。
2 前提事実等(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実等)
(1) 当事者
原告は,電気機械,工作機械,通信機械器具及び同部分品の設計製造並びに販売
等を目的とする株式会社であり,電解コンデンサ用タブ端子を製造販売している。
被告は,弱電器部品の製造等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
なお,被告が電解コンデンサ用タブ端子を自ら製造しているか否かについては,
争いがある。
(2) 本件特許権1及び同2
ア 原告は,次の内容の本件特許権1の特許権者である(甲1,2)。
特 許 番 号 特許第4452917号
登 録 日 平成22年2月12日
出 願 番 号 特願2003-429116
出 願 日 平成15年12月25日
優 先 権主 張 番 号 特願2002-381570
優 先 日 平成14年12月27日(以下「本件優先日」という。)
優先権主張国 日本国
発 明 の 名 称 電解コンデンサ用タブ端子
特許請求の範囲 別紙2(特許第4452917号公報)の
【特許請求の範囲】欄記載のとおり
イ 原告は,次の内容の本件特許権2の特許権者である(甲3,4)。
特 許 番 号 特許第4732181号
登 録 日 平成23年4月28日
出 願 番 号 特願2006-38212
出 願 日 平成18年2月15日
発 明 の 名 称 タブ端子の製造方法およびその方法により得られる
タブ端子
特許請求の範囲 別紙3(特許第4732181号公報)の
【特許請求の範囲】欄記載のとおり
(3) 本件発明1-1,同1-2,同2-10及び同2-11の各構成要件の分説
ア 本件発明1-1を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説に
係る各構成要件を符号に対応して「構成要件1A」などという。)。
1A:芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に,
1B:圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子で
あって,
1C:前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が
施されてなり,
1D:前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理である,
1E:電解コンデンサ用タブ端子。
イ 本件発明1-2の構成要件は,引用に係る本件発明1-1の構成要件(上記
ア)と,次の構成要件2Aに分説される。
2A:前記の酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接
部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなる,
ウ 本件発明2-10を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説
に係る各構成要件を符号に対応して「構成要件10A」などという。)。
10A:芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に,
10B:圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなるタブ端子であって,
10C:前記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは2~4を表す)から
なる皮膜が形成されてなることを特徴とする,
10D:タブ端子。
エ 本件発明2-11を構成要件は,引用に係る本件発明2-10の構成要件(上
記ウ)と,次の構成要件11Aに分説される。
11A:スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(xは2~4を表す)か
らなる皮膜が形成されてなる,
(4) 被告の行為
被告は,別紙4被告製品目録(2)記載①ないし⑪の電解コンデンサ用タブ端子(以
下,個別には同目録の番号に応じて「被告販売製品①」などといい,これらを総称
して単に「被告販売製品」という。)のうち,平成22年2月頃から現在まで,被
告販売製品①,同②及び同④ないし同⑪を譲渡し又はこれらについて譲渡の申出を
し,被告販売製品④について輸出し又はこれについて輸出の申出をし,平成22年
2月頃から平成26年7月5日までの間,被告販売製品③を譲渡し又はこれについ
て譲渡の申出をした。
被告販売製品は,表面にスズめっきを施したCP線(被告販売製品①,同②,同
④ないし同⑪)又は銅線(被告販売製品③)をリード線とし,これに,圧扁部と丸
棒部からなるアルミ芯線が溶接されている電解コンデンサ用タブ端子である。
なお,原告は,被告販売製品が被告製品の構成を全て備えている旨主張している
ところ,被告は,この点は否認するものの,被告販売製品が構成要件1A,1B,
1E,10A,10B及び10Dを充足することは,争っていない。
3 争点
(1) 被告販売製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 被告販売製品は構成要件1Cを充足するか(争点1-1)
イ 被告販売製品は構成要件1Dを充足するか(争点1-2)
ウ 被告販売製品は構成要件2Aを充足するか(争点1-3)
エ 被告販売製品は構成要件10Cを充足するか(争点1-4)
オ 被告販売製品は構成要件11Aを充足するか(争点1-5)
(2) 本件各発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認
められるか(争点2)
ア 本件発明1-1及び同1-2についての特許について
(ア) 無効理由1(新規性欠如)は認められるか(争点2-1)
(イ) 無効理由2(進歩性欠如)は認められるか(争点2-2)
(ウ) 無効理由3(実施可能要件違反)は認められるか(争点2-3)
(エ) 無効理由4(サポート要件違反)は認められるか(争点2-4)
(オ) 無効理由5(明確性要件違反)は認められるか(争点2-5)
イ 本件発明2-10及び同2-11についての特許について
(ア) 無効理由1(新規性欠如)は認められるか(争点2-6)
(イ) 無効理由2(進歩性欠如)は認められるか(争点2-7)
(ウ) 無効理由3(実施可能要件違反)は認められるか(争点2-8)
(エ) 無効理由4(サポート要件違反)は認められるか(争点2-9)
(オ) 無効理由5(明確性要件違反)は認められるか(争点2-10)
(3) 許諾による通常実施権は認められるか(争点3)
(4) 先使用による通常実施権は認められるか(争点4)
(5) 被告製品の差止め及び廃棄の必要性は認められるか(争点5)
(6) 原告が受けた損害の額(争点6)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(被告販売製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)について
ア 争点1-1(被告販売製品は構成要件1Cを充足するか)及び争点1-2(被
告販売製品は構成要件1Dを充足するか)について
【原告の主張】
構成要件1Cは,「前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成
長抑制処理が施されてなり,」と規定し,構成要件1Dは「前記のウィスカ抑制処
理が,酸化スズ形成処理である,」と規定する。
東レリサーチセンターが,被告販売製品における溶接部分の表面をX線光電子分
光法(以下「XPS」という。)により分析したところ,酸化スズ(SnO又はS
nO 2 )が確認された(甲7)。これは,同溶接部に酸化スズ形成処理がされたこと
を示している。
したがって,被告販売製品は構成要件1C及び同1Dをいずれも充足する。
【被告の主張】
被告販売製品において,リード線とアルミ芯線との溶接部の表面に酸化スズが存
在することは認める。
原告は,構成要件1Dの「酸化スズ形成処理」について,「溶接部に少なくとも
SnO又はSnO 2 」が形成されていることをもって,構成要件1Dを充足する旨主
張するが,構成要件1Dの「酸化スズ形成処理」の具体的意義を明確にしていない。
そもそも,電解コンデンサ用タブ端子のうちスズめっきが施された部分は,大気中
に置いておくことにより自然と酸化物を形成するから,その溶接部の表面に酸化ス
ズが存在することは技術常識である(乙3,4)。したがって,「酸化スズ形成処
理」というからには,上記のような自然に形成される酸化スズが存在するのみでは
足りず,通常よりも多くの量の酸化スズを形成させるような何らかの処理が想定さ
れているものと解される。
なお,被告販売製品においては,リード端子スズめっきを溶接する前と,めっき
後のすすぎの工程を経た後とを比較すると,スズの元素濃度が減少しているから(乙
86),酸化スズも減少していると考えられる。したがって,被告販売製品におい
て,「酸化スズ形成処理」は行われていないというべきである。
また,原告は,構成要件1Cの「ウィスカの成長抑制処理」の具体的意義も明ら
かにしないまま,同文言の存在を無視して,溶接部に酸化スズが少しでも存在すれ
ば構成要件1Cをも充足すると主張しているものであり,明らかに失当である。
イ 争点1-3(被告販売製品は構成要件2Aを充足するか)について
【原告の主張】
構成要件2Aは,「前記の酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アルミ
芯線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなる,」と規定する。
前記ア【原告の主張】において主張したとおり,被告販売製品の溶接部には,酸
化スズ(SnO又はSnO 2 )が存在しているから,被告販売製品は,構成要件2A
を充足する。
【被告の主張】
上記ア【被告の主張】で主張したとおり,原告は,「酸化スズ形成処理」の具体
的意義を明確にしていないし,被告販売製品において,「酸化スズ形成処理」は行
われていないから,被告販売製品は構成要件2Aを充足しない。
ウ 争点1-4(被告販売製品は構成要件10Cを充足するか)について
【原告の主張】
(ア) 構成要件10Cの解釈
構成要件10Cは,「前記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは2~4
を表す)からなる皮膜が形成されてなることを特徴とする,」と規定する。
ここで,被告も「SnPO X 」が「リン酸スズ」であることを認めていること,「S
n 2 P 2 O 7 」のように化学量論的組成を明確に示す表記に代えて「SnPO 3.5 」の
ように元素組成のみを示す表記がされる慣行があることからして,構成要件10C
の「SnPO X(xは2~4を表す)からなる」とは,「リン酸スズからなる」こと
を意味すると解すべきである。
(イ) 被告販売製品の構成
東レリサーチセンターが,被告販売製品における溶接部分の表面をXPS及びオ
ージェ電子分光法・深さ方法分析(以下「AES」という。)により分析したとこ
ろ,被告販売製品の溶接部分の表面の同じ分析深さでSn,O及びPが存在するこ
とが確認され,また,Sn-O結合及びP-O結合が存在することが確認された(甲
7,10の1ないし10の5,16)。このことから,被告販売製品の溶接部の表
面には,リン酸スズ,すなわち,「SnPO X(xは2~4を表す)」が存在してい
ると推認できる。
この点について,被告は,被告販売製品の溶接部の表面に「SnPO X(xは2~
4を表す)」が存在することの立証がされていないと主張するが,熱処理や溶剤処
理によって形成される皮膜は,結晶体のような精製された化合物とは異なり,多く
の格子欠陥を有する非結晶状態となっていることがほとんどである。したがって,
被告販売製品における溶接部の表面にも,Sn,P及びOが化学量論性の高い状態
にあるリン酸スズとは異なる乱雑な構造で存在していると考えられる。このような
状態の物質をXPSで分析した場合には,ケミカルシフトの分布した多数のピーク
が重なり合ったピークが計測されることとなるから,必ずしも単結晶膜のような精
製された化合物のような明確なピークが観察されるものではない。
したがって,被告販売製品は構成要件10Cを充足する。
【被告の主張】
(ア) 構成要件10Cの解釈
原告は,構成要件10Cの「SnPO X(xは2~4を表す)からなる」とは,「リ
ン酸スズからなる」ことを意味すると解すべきと主張するが,リン酸スズには,「S
nPO X(xは2~4を表す)」以外のものが存在しているのであるから,構成要件
10Cは,文字どおり「SnPO X(xは2~4を表す)からなる」ものと解するべ
きである。
(イ) 被告販売製品の構成について
原告が提出する被告販売製品の分析結果(甲7,10の1ないし10の5,16)
によっても,同一の深さ領域でP,Sn及びOが検出されたことと,Sn-O結合
とP-O結合が存在していると推察されたことが示されているのみであるところ,
一般に,リン酸スズの分子構造としては様々なものが知られていること,被告販売
製品の表面にはC,Al,Fe,Cu等の元素も検出されたことなどからして,被
告販売製品の溶接部分の一部に「SnPO X(xは2~4を表す)」が存在している
ことは立証されていないというべきである。
仮に,溶接部の表面に「SnPO X(xは2~4を表す)」が存在していたとして
も,すすぎの工程において,リンを有する物質のほとんどは除去されるのであるか
ら,極めて微量が存在するにすぎず,これらからなる「皮膜」が形成されていると
は到底言い難い状態にあると考えられる(乙86)。
エ 争点1-5(被告販売製品は構成要件11Aを充足するか)について
【原告の主張】
(ア) 構成要件11Aの解釈
構成要件11Aは,「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(xは2~
4を表す)からなる皮膜が形成されてなる,」と規定する。
ここで,本件明細書2の段落【0038】 「SnPO X が形成されていない部分,
に
すなわちSnが存在している部分においても,そのSn表面上にPO X からなるリ
ン系化合物の皮膜が形成される。」と記載していることからして,構成要件11A
の「PO X(xは2~4を表す)からなる」とは,リン酸そのものではなく,リン酸
塩を意味すると解すべきである。
(イ) 被告販売製品の構成
東レリサーチセンターが,被告販売製品における溶接部分の表面をXPS及びA
ESにより分析したところ,被告販売製品の溶接部分の表面の同じ分析深さでSn,
O及びPが存在することが確認され,また,Sn-O結合及びP-O結合が存在す
ることが確認されたほか,Cu等のタブ端子を構成する元素由来のピークも確認さ
れた(甲7,10の1ないし10の5,16)。したがって,被告販売製品のスズ
表面には,例えばリン酸銅等のリン酸塩,すなわち,「PO X(xは2~4を表す)」
が存在していると推認できる。
したがって,被告販売製品は構成要件11Aを充足する。
【被告の主張】
(ア) 構成要件11Aの解釈
原告は,構成要件11Aの「PO X(xは2~4を表す)からなる」とは,リン酸
そのものではなくリン酸塩を意味すると解すべきと主張するが,「PO X 」とは「酸
化リン」を意味するものであるから,原告の解釈は誤りである。
(イ) 被告販売製品の構成について
原告が提出する被告販売製品の分析結果(甲10の1ないし10の5)は,単に
「PO X(リン酸塩)の状態が主成分であると考えられる」と述べるにとどまってお
り,「PO X(xは2~4を表す)からなる」の存在は立証されていないというべき
である。
仮に,溶接部の表面にPO X(xは2~4を表す)が存在していたとしても,すす
ぎの工程において,リンを有する物質のほとんどは除去されるのであるから,極め
て微量が存在するにすぎず,これらからなる「皮膜」が形成されているとは到底言
い難い状態にあると考えられる(乙86)。
(2) 本件各発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認
められるか(争点2)
ア 争点2-1(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由1〔新
規性欠如〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 乙38発明①
本件優先日前に日本国内で頒布された刊行物である特開2000-277398
号公報(以下「乙38公報」という。)には,コンデンサ用リード線に関する次の
発明(以下「乙38発明①」という。)が開示されている。
「すずめっきされた銅線の端部に,アルミニウム線が溶接されたコンデンサ用リ
ード線であって,前記すずめっきされた銅線と前記アルミニウム線との溶接部に,
ウィスカが発生するのを防止するための高温加熱が施された,コンデンサ用リード
線。」
(イ) 本件発明1-1と乙38発明①の対比
乙38発明①の「すずめっきされた銅線」が本件発明1-1の「芯材表面にスズ
からなる金属層が形成されてなるリード線」に,乙38発明①の「アルミニウム線」
が本件発明1-1の「アルミ芯線」に,乙38発明①の「ウィスカが発生するのを
防止するための高温加熱」が本件発明1-1の「ウィスカの成長抑制処理」に, そ
れぞれ相当する。
したがって,本件発明1-1と乙38発明①とは,「芯材表面にスズからなる金
属層が形成されてなるリード先端部に,アルミ芯線が溶接されてなり,前記リード
線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が施されてなる」との
点において一致し,次の点において形式的に相違する。
a 本件発明1-1の「アルミ芯線」は「圧扁部」を有するのに対し,乙38発
明①の「アルミニウム線」がこれを有するか不明である点(以下「相違点1-A」
という。)
b 本件発明1-1は「電解コンデンサ用タブ端子」であるのに対し,乙38発
明①は「コンデンサ用リード線」である点(以下「相違点1-B」という。)
c 本件発明1-1は,「ウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理である」のに
対し,乙38発明①の「ウィスカが発生するのを防止するための高温加熱」が酸化
スズ形成処理であるか不明である点(以下「相違点1-C」という。)
(ウ) 本件発明1-2と乙38発明①の対比
本件発明1-2と乙38発明①とを対比すると,上記(イ)の相違点1-Aないし同
1-Cのほか,次の点において形式的に相違する。
本件発明1-2は,「前記の酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アル
ミ線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなる」のに対し,乙3
8発明①がこのような構成を備えているか不明である点(以下「相違点2-A」と
いう。)。
(エ) 相違点についての検討
a 相違点1-Aについて,コンデンサ用リード線に用いられるアルミニウム線
が圧扁部を有することは本件優先日時点での技術常識であったから(乙40,41),
相違点1-Aに係る構成は,当該技術常識を参酌することにより乙38公報から導
き出せる事項であり,乙38公報に記載されているに等しいというべきである。
b 相違点1-Bについて,アルミニウム線と銅線等が溶接されたコンデンサ用
リード線を,電解コンデンサ用のタブ端子として用いることは,本件優先日時点で
の技術常識であったから(乙39,40),相違点1-Bに係る構成は,当該技術
常識を参酌することにより乙38公報から導き出せる事項であり,乙38公報に記
載されているに等しいというべきである。
c 相違点1-Cについて,乙38公報には,「ウィスカが発生するための高温
加熱」として,約150℃で約21分間加熱することが開示されているところ,約
150℃の温度条件で加熱されたスズめっきの表面に酸化スズが形成されることは,
本件優先日時点の技術常識であったから(乙42ないし44),相違点1-Cに係
る構成は,当該技術常識を参酌することにより乙38公報から導き出せる事項であ
り,乙38公報に記載されているに等しいというべきである。
d 相違点2-Aについて,乙38公報には,「ウィスカが発生するための高温
加熱」として,約150℃で約21分間加熱することが開示されているところ,約
150℃の温度条件で加熱されたスズめっきの表面に酸化スズが形成されること,
及び,SnO 2 は酸化スズのうち最も代表的なものであることは,本件優先日時点の
技術常識であったから(乙42ないし44),相違点2-Aに係る構成は,当該技
術常識を参酌することにより乙38公報から導き出せる事項であり,乙38公報に
記載されているに等しいというべきである。
(オ) 小括
以上によれば,本件発明1-1及び同1-2は,いずれも実質的に乙38公報に
記載された発明というべきであるから,本件発明1-1及び同1-2についての 各
特許は,いずれも特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであり,同法
123条1項2号の無効理由があるから,特許無効審判により無効にされるべきも
のである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権1を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
従来,タブ端子において,鉛フリーのリード線を用いると,アルミ線を溶接した
部分にウィスカが生じるが,これを防ぐためにウィスカ成長抑制する処理を施せば,
リード線のはんだ濡れ性が阻害されてしまうという,背反する課題があった。
本件発明1-1及び同1-2は,このような課題に対し,ウィスカがスズ金属単
体からなることを確認した上で,溶接部分の残留応力を取り除くばかりでなく,こ
れに加え,溶接部分のスズを酸化スズに変成しておくことにより,スズの結晶変態
を抑制し,ウィスカの発生を抑制できることを見いだしたものであり,更に,はん
だ濡れ性を損なうことのない適度な条件(熱処理における温度や時間,溶剤処理に
おける溶剤の種類,濃度及び温度)を明らかにする画期的な発明である。他方,乙
38公報は,ウィスカの発生原因や,タブ端子の処理方法とウィスカ抑制との関係,
はんだ濡れ性とウィスカの成長抑制との両立などについて何ら検討されておらず,
単に当時の公知事項を記載したにすぎないものである。
被告は,乙38公報に,本件発明1-1及び同1-2が記載されているに等しい
と主張するが,乙38公報で開示されているスズめっきは,スズ金属100パーセ
ントとは限らないのに対し,本件発明1-1,同1-2の「芯材表面にスズからな
る金属層が形成されてなるリード先端部に,」とある「スズ」とは,本件明細書1
の段落【0012】,同【0033】の記載からして,スズ金属100パーセント
を意味するものであるから,この点において相違しているといえる。また,乙38
公報記載の熱処理により酸化スズが形成されることがあったとしても,それはたま
たま空気中で熱処理がされたためであって,より効率的な真空下での熱処理であれ
ば酸化スズは生じないはずである。
したがって,本件発明1-1及び同1-2が,乙38公報に記載されているに等
しいということはなく,これらの発明が新規性を有することは明らかである。
イ 争点2-2(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由2〔進
歩性欠如〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 相違点に係る容易想到性
仮に,上記ア【被告の主張】(イ)において主張した相違点が乙38公報に実質的に
記載されているとはいえず,これらの点が本件発明1-1及び同1-2と乙38発
明①との実質的な相違点であったとしても,次のとおり,これらの相違点に係る構
成は,本件優先日時点において,当業者が周知技術を適用し,又は技術常識を参酌
することにより,容易に想到することができた。
a 相違点1-Aについて,コンデンサ用リード線に用いられるアルミニウム線
に圧扁部を設けることは,本件優先日時点の周知技術であったところ(乙40,4
1),乙38発明①に上記周知技術を適用して相違点1-Aに係る本件発明1-1
の構成とすることは,本件優先日当時,当業者が容易に想到できたことである。
b 相違点1-Bについて,アルミニウム線と銅線等が溶接されたコンデンサ用
リード線を,電解コンデンサ用のタブ端子として用いることは,本件優先日時点の
周知技術であったところ(乙39ないし41),乙38発明①に上記周知技術を適
用して相違点1-Bに係る本件発明1-1の構成とすることは,本件優先日当時,
当業者が容易に想到できたことである。
c 相違点1-Cについて,約150℃の温度条件で高温加熱することにより,
スズめっきの表面に酸化スズが形成されることは,本件優先日当時の技術常識であ
ったから(乙42ないし44),乙38発明①の「加熱処理」をもって酸化スズ形
成処理とすることは,本件優先日当時,上記技術常識を考慮することにより当業者
が容易に想到できたことである。
また,コンデンサ用リード線のスズめっきが施された部分に,加熱処理を施すこ
とによって適切な量の酸化スズを形成させて,はんだ濡れ性とウィスカの発生抑制
を両立させることは,本件優先日当時の技術常識を参酌することにより当業者が容
易に予期し得たものであり(乙38,46ないし48),本件発明1-1は,相違
点1-Cに係る構成を備えることにより,当業者が予期しない格別顕著な効果を奏
するものではない。
d 相違点2-Aについて,約150℃の温度条件で高温加熱することにより,
スズめっきの表面に酸化スズが形成されること,及び,形成された酸化スズが少な
くともSnO 2 を含むことは,本件優先日当時の技術常識であったから(乙42ない
し45),乙38発明①の「加熱処理」により,溶接部に少なくともSnO 2 が含ま
れるようにすることは,本件優先日当時,上記技術常識を考慮することにより当業
者が容易に想到できたことである。
また,上記cで主張したところに照らせば,本件発明1-2は,相違点2-Aに
係る構成を備えることにより,当業者が予期しない格別顕著な効果を奏するもので
はない。
(イ) 小括
以上によれば,本件発明1-1及び同1-2は,本件優先日当時,乙38発明 ①
に周知技術を適用し,又は技術常識を参酌することにより,当業者が容易に発明す
ることができたものであるから,本件発明1-1及び同1-2についての各特許は,
いずれも特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項
2号の無効理由があるから,特許無効審判により無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権1を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
前記ア【原告の主張】で主張したとおり,本件発明1-1及び同1-2は,タブ
端子において,溶接部分の残留応力を取り除くばかりでなく,スズを酸化スズに変
成しておくことによって,ウィスカの発生を抑制できることを見いだしたものであ
り,更に,はんだ濡れ性を損なうことのない適度な条件を明らかにする画期的な発
明である。
他方,乙38公報では,ウィスカの発生原因や,タブ端子の処理方法とウィスカ
抑制との関係,はんだ濡れ性とウィスカの成長抑制との両立などについては何ら検
討されていない。
被告が提出する乙46ないし48号証にも,酸化スズを形成することがウィスカ
の成長抑制に効果がある旨の記載はないし,はんだ濡れ性との両立についても何ら
検討されていない。
したがって,ウィスカの成長抑制処理とはんだ濡れ性とを両立しようとした本件
発明1-1及び同1-2が,乙38公報に記載された発明から容易に発明できたも
のということはできないから,本件発明1-1及び同1-2が進歩性を有すること
は明らかである。
ウ 争点2-3(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由3〔実
施可能要件違反〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 本件発明1-1は,「前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィス
カの成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理
である,」との構成を備えることにより,はんだ濡れ性を損なうことなく,溶接部
からのスズウィスカの発生が抑制された電解コンデンサ用タブ端子を提供すること
を目的とする発明と解される。
ところで,スズが乾いた空気にさらされることによって酸化し,表面に酸化スズ
を形成することは,本件優先日当時における技術常識であるが(乙3),本件明細
書1の発明の詳細な説明には,「酸化スズ形成処理」として,スズが空気中にさら
されて形成される酸化スズと比較して,どの程度更に酸化スズを形成させる処理で
あれば,本件発明1-1の作用効果を奏するかが記載されていない。実施例におい
ても,タブ端子に熱処理や溶剤処理を施した旨は記載されているものの,酸化スズ
の形成量について一切評価を行っていない。
仮に,酸化スズの形成量を,
「ウィスカの成長を抑制することができる程度の量」
を解釈したとしても,本件明細書1の発明の詳細な説明には,どの程度ウィスカの
成長を抑制した場合に「ウィスカの成長を抑制することができる」と判断できるの
かが記載されていないので,結局,どの程度の酸化スズを形成する処理が「酸化ス
ズ形成処理」に当たるのか理解できない。
したがって,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日時点の技術
常識を考慮しても,当業者にとって,どの程度の量の酸化スズを形成すれば本件発
明1-1の作用効果を奏するのか明らかではなく,本件発明1-1は,当業者に期
待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とするものである。
(イ) また,本件明細書1の発明の詳細な説明に記載された実施例は,特定の温度
条件での熱処理又は特定の溶剤を用いる溶剤処理を行っているが,当該実施例に記
載された特定の条件以外に,どのような条件で熱処理又は溶剤処理を行えば,本件
発明1-1の作用効果を奏するのかは明らかではない。また,熱処理又は溶剤処理
以外の「酸化スズ形成処理」によっても本件発明1-1の作用効果を奏するかは明
らかではない。
したがって,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術
常識を考慮しても,当業者にとって,実施例に記載された特定の条件以外の熱処理
若しくは溶剤処理により,又は熱処理及び溶剤処理以外の「酸化スズ形成処理」に
より本件発明1-1の作用効果を奏するのか明らかではなく,本件発明1-1は,
当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とするもので
ある。
(ウ) 上記(ア)又は(イ)の点において,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載は,
当業者が本件発明1-1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載され
ていないから,本件発明1-1についての特許は,特許法36条4項1号の規定に
違反してされたものであり,同法123条1項4号の無効理由があるから,特許無
効審判により無効にされるべきものである。
また,同様の理由により,本件発明1-2についての特許も,特許無効審判によ
り無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権1を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
本件明細書1の発明の詳細な説明には,実施例として,110℃,130℃,1
80℃にて熱処理を行った場合には,このような熱処理を行わない場合と比べて,
はんだ濡れ性を損なうことなくウィスカの成長を抑制できたこと,他方で,200℃
にて熱処理を行った場合にははんだ濡れ性が損なわれたことが記載されている(段
落【0033】ないし同【0036】)。同様に,メタ珪酸ナトリウム又はケイフ
ッ化アンモニウムにて溶剤処理を行った場合には,このような溶剤処理を行わない
場合と比べて,ウィスカの成長を抑制できたことも記載されている(段落【003
7】ないし同【0040】)。
これらの記載に接した当業者は,特定の温度条件による熱処理又は特定の溶剤に
よる溶剤処理を行うことにより,はんだ濡れ性を損なうことなく,ウィスカの成長
を抑制できることを理解することができる。
したがって,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1-
1及び同1-2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると
いえ,これらの発明についての各特許が,実施可能要件に違反してされたというこ
とはない。
エ 争点2-4(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由4〔サ
ポート要件違反〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 本件発明1-1は,「前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィス
カの成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理
である,」との構成を備えることにより,はんだ濡れ性を損なうことなく,溶接部
からのスズウィスカの発生が抑制された電解コンデンサ用タブ端子を提供すること
を目的とする発明と解される。
ところで,本件明細書1の実施例は,タブ端子に熱処理又は溶剤処理を施し,ウ
ィスカ長さ及びはんだ濡れ性の評価を行っているが,溶接部に酸化スズが形成され
ているかについては,一切評価を行っていない。したがって,上記熱処理や溶剤処
理が「酸化スズ形成処理」かは明らかではなく,「酸化スズ形成処理が施されてな
り」との構成を備えることにより,所期の課題を解決できることについても明らか
ではない。
仮に,実施例に記載された熱処理又は溶剤処理によって酸化スズが形成されてい
るとしても,当該実施例に記載された特定の条件以外の熱処理又は溶剤処理により
所期の課題を解決できることは明らかではないし,熱処理及び溶剤処理以外の「酸
化スズ形成処理」によって所期の課題を解決できることも明らかではない。
このように,本件明細書1の発明の詳細な説明には,当業者において,本件優先
日当時の技術常識に照らして,本件発明1-1の構成(本件明細書1の特許請求の
範囲の請求項1記載の構成)を備えることにより所期の課題を解決できることが認
識できる程度に記載も示唆もされていない。
したがって,当業者が本件明細書1の発明の詳細な説明の記載内容及び本件優先
日当時の技術常識を考慮しても,当該特定の内容を特許請求の範囲の請求項1の全
範囲に拡張ないし一般化することはできない。
(イ) 上記(ア)の点において,本件発明1-1は,発明の詳細な説明に記載したもの
ということはできないから,本件発明1-1についての特許は,特許法36条6項
1号の規定に違反してされたものであり,同法123条1項4号の無効理由がある
から,特許無効審判により無効にされるべきものである。
また,同様の理由により,本件発明1-2についての特許も,特許無効審判によ
り無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権1を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
スズが高温環境下で酸素と反応して酸化スズが形成されること,酸化スズの形成
によりスズウィスカの発生が抑制できること自体は,被告も認めるとおり本件優先
日時点での周知事項であったから(乙42ないし48),当業者は,同周知事項に
照らして,本件明細書1に記載された実施例が開示する処理が,酸化スズ形成処理
であり,ウィスカの成長抑制処理であることを認識することができる。
したがって,本件発明1-1及び同1-2は,発明の詳細な説明に記載したもの
といえ,本件発明1-1及び同1-2についての各特許が,サポート要件に違反し
てされたということはない。
オ 争点2-5(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由5〔明
確性要件違反〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載さ
れている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確であるといえるのは,出
願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,
又はおよそ実際的でないという事情が存するときに限られると解される。
本件発明1-1は,「前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの
成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理であ
る,」との構成を備えるものであり,「ウィスカ抑制処理」と「酸化スズ形成処理」
は,電解コンデンサ用タブ端子を製造するための一工程であるから,本件発明1-
1に係る特許請求の範囲には,物の製造方法が記載されている。そして,本件優先
日当時,電解コンデンサ用タブ端子を,その構造又は特性により直接特定すること
が不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存したとは認められない。
(イ) また,スズが乾いた空気にさらされることにより酸化して表面に酸化スズを
形成することは,本件優先日当時の技術常識であるところ(乙3),本件発明1-
1に係る特許請求の範囲には,「酸化スズ形成処理」との記載はあるが,酸化スズ
の形成量を規定しておらず,当該「酸化スズ形成処理」が,スズが空気中にさらさ
れて形成された酸化スズと比して,更にどの程度酸化スズを形成する処理であるの
か明らかではない。
仮に,酸化スズの形成量を「ウィスカの成長を抑制することができる程度の量」
と解釈したとしても,どの程度ウィスカの成長を抑制した場合にウィスカの成長を
抑制することができると判断できるかが明確でないため,やはり「酸化スズ形成処
理」による酸化スズの形成量を特定することができない。
(ウ) 上記(ア)又は(イ)の点において,本件発明1-1に係る特許請求の範囲の記載
は不明確であるから,本件発明1-1についての特許は,特許法36条6項2号の
規定に違反してされたものであり,特許無効審判により無効にされるべきものであ
る。
また,同様の理由により,本件発明1-2についての特許も,特許無効審判によ
り無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権1を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
本件発明1-1及び同1-2に係る特許請求の範囲に記載された「ウィスカ抑制
処理」と「酸化スズ形成処理」は,形式的には製造方法であるが,当該処理後のタ
ブ端子の溶接部に酸化スズが形成されていることを間接的に規定したものであるこ
とが明らかであるから,特許請求の範囲の記載が不明確であるとはいえない。
また,本件明細書1の発明の詳細な説明には,実施例として,熱処理を行う場合
の温度条件や,溶剤処理を行う場合の溶剤,これらの処理を行った場合のウィスカ
の成長抑制程度について詳細に開示しているから,酸化スズの形成量やウィスカの
成長抑制程度が規定されていないとしても,そのことをもって特許請求の範囲の記
載が不明確になるということはない。
したがって,本件発明1-1及び同1-2に係る特許請求の範囲の記載は明確で
あり,本件発明1-1及び同1-2についての各特許が明確性要件に違反してされ
たということはない。
カ 争点2-6(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理由
1〔新規性欠如〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 乙38発明②
本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である乙38公報には,コ
ンデンサ用リード線に関する次の発明(以下「乙38発明②」という。)が開示さ
れている。
「すずめっきされた銅線の端部に,アルミニウム線が溶接されたコンデンサ用リ
ード線であって,温度90℃~99℃で約12分間の条件で,ファインクリーナ3
15で洗浄された,コンデンサ用リード線。」
(イ) 本件発明2-10と乙38発明②の対比
乙38発明②の「すずめっきされた銅線」が本件発明2-10の「芯材表面にス
ズからなる金属層が形成されてなるリード線」に,乙38発明②の「アルミニウム
線」が本件発明2-10の「アルミ芯線」に,それぞれ相当する。
したがって,本件発明2-10と乙38発明②とは,「芯材表面にスズからなる
金属層が形成されてなるリード先端部に,アルミ芯線が溶接されてなる」との点に
おいて一致し,次の点において形式的に相違する。
a 本件発明2-10の「アルミ芯線」は「圧扁部」を有するのに対し,乙38
発明②の「アルミニウム線」がこれを有するか不明である点(以下「相違点10-
A」という。)
b 本件発明2-10は「タブ端子」であるのに対し,乙38発明②は「コンデ
ンサ用リード線」である点(以下「相違点10-B」という。)
c 本件発明2-10のタブ端子は,「前記溶接部の少なくとも一部に,SnP
O X(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」のに対し,乙38発明②
がこのような構成を有するか不明である点(以下「相違点10-C」という。)
(ウ) 本件発明2-11と乙38発明②の対比
本件発明2-11と乙38発明②とを対比すると,上記(イ)の相違点10-Aない
し同10-Cのほか,次の点において形式的に相違する。
本件発明2-11は,「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(xは2
~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」のに対し,乙38発明②がこのよう
な構成を有するか不明である点(以下「相違点11-A」という。)。
(エ) 相違点についての検討
a 相違点10-Aについて,コンデンサ用リード線に用いられるアルミニウム
線が圧扁部を有することは本件特許2の出願日時点での技術常識であったから(乙
40,41),相違点10-Aに係る構成は,当該技術常識を参酌することにより
乙38公報から導き出せる事項であり,乙38公報に記載されているに等しいとい
うべきである。
b 相違点10-Bについて,アルミニウム線と銅線等が溶接されたコンデンサ
用リード線を,タブ端子として用いることは,本件特許2の出願日時点での技術常
識であったから(乙39ないし41),相違点10-Bに係る構成は,当該技術常
識を参酌することにより乙38公報から導き出せる事項であり,乙38公報に記載
されているに等しいというべきである。
c 相違点10-Cについて,そもそも「SnPO X(xは2~4を表す)」とい
う化合物は一般に知られておらず,また,原告が構成要件10Cにいう「皮膜」の
意義を明らかにしないから,本件発明2-10に係る特許請求の範囲の記載は不明
確であるというべきであるが,仮に,「SnPO X(xは2~4を表す)」が一般的
なリン酸スズを意味し,かつ,「皮膜」が「タブ端子をリン系溶剤を用いて洗浄す
ることによってタブ端子の溶接部分に形成されるもの」を意味するとの前提に立つ
と,相違点10-Cに係る構成は,乙38公報に記載されているに等しいといえる。
すなわち,乙38公報には,コンデンサ用リード線をアルカリ性洗浄液で洗浄す
ること,洗浄工程は90℃ないし99℃で約12分間の条件で洗浄する工程である
こと,洗浄剤としてファインクリーナ315(縮合リン酸塩等を含むアルカリ洗浄
液である。乙49)などの洗浄液を用いることが開示されているところ,スズめっ
きリン酸塩を含む溶液で90℃ないし99℃で約12分間洗浄するとリン酸スズが
形成されることは,本件特許2の出願日時点の技術常識であったから(乙50,5
1),相違点10-Cに係る構成は,当該技術常識を参酌することにより乙38公
報から導き出せる事項であり,乙38公報に記載されているに等しいというべきで
ある。
d 相違点11-Aについて,そもそも「PO X(xは2~4を表す)」という化
合物は一般に知られておらず,また,原告が構成要件11Aにいう「皮膜」の意義
を明らかにしないから,本件発明2-11に係る特許請求の範囲の記載は不明確で
あるというべきであるが,仮に,「PO X(xは2~4を表す)」がPとOをと有す
るリン化合物を意味し,かつ,「皮膜」が「タブ端子をリン系溶剤を用いて洗浄す
ることによってタブ端子の溶接部分に形成されるもの」を意味するとの前提に立つ
と,相違点11-Aに係る構成は,乙38公報に記載されているに等しいといえる。
すなわち,乙38公報には,コンデンサ用リード線をアルカリ性洗浄液で洗浄す
ること,洗浄工程は90℃ないし99℃で約12分間の条件で洗浄する工程である
こと,洗浄剤としてファインクリーナ315(縮合リン酸塩等を含むアルカリ洗浄
液である。乙49)などの洗浄液を用いることが開示されているところ,スズ-銀
合金めっき等を,縮合リン酸塩であるピロリン酸ナトリウムを含む溶液で洗浄する
ことにより,めっき表面にPとOを有するリン化合物が形成されることは,本件特
許2の出願日時点の技術常識であったから(乙52),相違点11-Aに係る構成
は,当該技術常識を参酌することにより乙38公報から導き出せる事項であり,乙
38公報に記載されているに等しいというべきである。
(オ) 小括
以上によれば,本件発明2-10及び同2-11は,いずれも実質的に乙38公
報に記載された発明というべきであるから,本件発明2-10及び同2-11につ
いての各特許は,いずれも特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであ
り,同法123条1項2号の無効理由があるから,特許無効審判により無効にされ
るべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権2を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
従来,タブ端子において,鉛フリーのリード線を用いると,アルミ線を溶接した
部分にウィスカが生じるが,これを防ぐためにウィスカ成長抑制する処理を施せば,
リード線のはんだ濡れ性が阻害されてしまうという,背反する課題があった。
本件発明2-10及び同2-11は,このような課題に対し,ウィスカの発生原
因(融点が低く,低温状態でも結晶変態を起こしうるというスズの特性)に着目し,
溶接部分の残留応力を取り除くばかりでなく,溶接部分の表面にリン酸系化合物の
皮膜を形成することにより,スズがディスロケーションによって結晶成長すること
を抑制し,ウィスカの発生を抑制できることを見いだしたものである。他方,乙3
8公報は,ウィスカの発生原因や,タブ端子の処理方法とウィスカ抑制との関係,
はんだ濡れ性とウィスカの成長抑制との両立などについて何ら検討されておらず,
単に当時の公知事項を記載したにすぎないものである。
被告は,乙38公報に,本件発明2-10及び同2-11が記載されているに等
しいと主張する。
しかしながら,乙38公報で開示されているスズめっきは,スズ金属100パー
セントとは限らないのに対し,本件発明2-10及び同2-11の「芯材表面にス
ズからなる金属層が形成されてなるリード先端部に,」とある「スズ」とは,スズ
金属100パーセントを意味するものであるから,両発明は,まず,この点におい
て相違している。
次に,乙38公報に開示されている「ファインクリーナ315による洗浄」は,
アルミニウム線の脱脂や,溶接時に発生するカーボンの除去を目的とするものであ
って,この場合には,洗浄液中の縮合リン酸塩の濃度は低く調製されると考えられ
るから,本件発明2-10や同2-11のようにリン化合物の皮膜は形成されない。
また,乙38公報で用いられる洗浄液は,「ファインクリーナ315」に限られる
ものでなく「非エッチング型弱アルカリクリーナ」とされているのであるから,洗
浄液としてリン酸塩を含まない溶剤が使用された場合には,リン化合物の皮膜が形
成されることはない。
さらに,乙51号証に記載されている「リン酸及びホスホン酸を含む金属表面用
化成処理水溶液」は,金属表面のスズめっき層をエッチングするものであり,乙3
8公報に記載された「非エッチング型弱アルカリクリーナ(商品名:ファインクリ
ーナ315)」とは化学組成が異なっている。また,乙50号証には,スズ-亜鉛
合金めっきをリン酸に水素ナトリウムを含む溶液で処理することによりリン酸塩皮
膜が形成されることが記載されているにとどまり,本件発明2-10及び同2-1
1のように,リン酸塩溶液を用いてスズめっきを処理することによりリン酸スズ皮
膜を形成することについては記載されていない。
加えて,乙52号証には,スズ-銀合金めっきを熱処理して形成された酸化膜を
縮合リン酸塩溶液で処理することにより,当該酸化膜を除去することが記載されて
いるにとどまり,スズ-銀合金めっきをリン酸塩溶液で洗浄すればリン化合物が形
成されるという技術事項を開示するものではないし,仮にこれが開示されていると
しても,スズめっきにおいても同様にリン化合物が形成されるとは限らないという
べきである。
以上のとおり,本件発明2-10及び同2-11が,乙38公報に記載されてい
るに等しいということはなく,これらの発明が新規性を有することは明らかである。
キ 争点2-7(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理由
2〔進歩性欠如〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 相違点に係る容易想到性
仮に,上記カ【被告の主張】(イ)において主張した相違点が乙38公報に実質的に
記載されているとはいえず,これらの点が本件発明2-10及び同2-11と乙3
8発明②との実質的な相違点であったとしても,次のとおり,これらの相違点に係
る構成は,本件特許2の出願日時点において,当業者が周知技術を適用し,又は技
術常識を参酌することにより,容易に想到することができた。
a 相違点10-Aについて,コンデンサ用リード線に用いられるアルミニウム
線に圧扁部を設けることは,本件特許2の出願日時点の周知技術であったところ(乙
40,41),乙38発明②に上記周知技術を適用して相違点10-Aに係る本件
発明2-10の構成とすることは,本件特許2の出願日当時,当業者が容易に想到
できたことである。
b 相違点10-Bについて,アルミニウム線と銅線等が溶接されたコンデンサ
用リード線を,タブ端子として用いることは,本件特許2の出願日時点の周知技術
であったところ(乙39ないし41),乙38発明②に上記周知技術を適用して相
違点10-Bに係る本件発明2-10の構成とすることは,本件特許2の出願日当
時,当業者が容易に想到できたことである。
c 相違点10-Cについて,そもそも「SnPO X(xは2~4を表す)」とい
う化合物は一般に知られておらず,また,原告が構成要件10Cにいう「皮膜」の
意義を明らかにしないから,本件発明2-10に係る特許請求の範囲の記載は不明
確であるというべきであるが,仮に,「SnPO X(xは2~4を表す)」が一般的
なリン酸スズを意味し,かつ,「皮膜」が「タブ端子をリン系溶剤を用いて洗浄す
ることによってタブ端子の溶接部分に形成されるもの」を意味するとの前提に立つ
と,乙38発明②から相違点10-Cに係る構成とすることは,本件特許2の出願
日当時,当業者が容易に想到できたことである。
すなわち,スズめっきリン酸塩を含む溶液で90℃ないし99℃で約12分間洗
浄するとリン酸スズが形成されることは,本件特許2の出願日時点の技術常識又は
公知事項であったから(乙50,51),乙38発明②のコンデンサ用リード線を
ファインクリーナ315を用いて温度90℃ないし99℃で約12分間洗浄するこ
とにより,スズめっきが施された溶接部にリン酸スズが形成されることは,本件特
許2の出願日当時,上記技術常識又は公知事項を考慮することにより当業者が容易
に想到できたことである。
また,コンデンサ用リード線のスズめっきが施された部分に,リン系溶剤による
洗浄処理を施してリンを含む層を形成させて,ウィスカの発生を抑制させることは,
本件特許2の出願日当時の技術常識を参酌することにより当業者が容易に予期し得
たものであり(乙53),本件発明2-10が,相違点10-Cに係る構成を備え
ることにより,当業者が予期しない格別顕著な効果を奏するものではない。
d 相違点11-Aについて,そもそも「PO X(xは2~4を表す)」という化
合物は一般に知られておらず,また,原告が構成要件11Aにいう「皮膜」の意義
を明らかにしないから,本件発明2-11に係る特許請求の範囲の記載は不明確で
あるというべきであるが,仮に,「PO X(xは2~4を表す)」がPとOとを有す
るリン化合物を意味し,かつ,「皮膜」が「タブ端子をリン系溶剤を用いて洗浄す
ることによってタブ端子の溶接部分に形成されるもの」を意味するとの前提に立つ
と,乙38発明②から相違点11-Aに係る構成とすることは,本件特許2の出願
日当時,当業者が容易に想到できたことである。
すなわち,スズ-銀合金めっき等を,縮合リン酸塩であるピロリン酸ナトリウム
を含む溶液で洗浄することにより,めっき表面にPとOを有するリン化合物が形成
されることは,本件特許2の出願日時点の技術常識又は公知事項であったから(乙
52),乙38発明②のコンデンサ用リード線をファインクリーナ315を用いて
温度90℃ないし99℃で約12分間洗浄することにより,スズめっきの表面近傍
にPとOを有するリン化合物が形成されることは,本件特許2の出願日当時,上記
技術常識又は公知事項を考慮することにより当業者が容易に想到できたことである。
また,上記cで主張したところに照らせば,本件発明2-11は,相違点11-
Aに係る構成を備えることにより,当業者が予期しない格別顕著な効果を奏するも
のではない。
(イ) 小括
以上によれば,本件発明2-10及び同2-11は,本件特許2の出願日当時,
乙38発明②に周知技術を適用し,又は技術常識若しくは公知事項を参酌すること
により,当業者が容易に発明することができたものであるから,本件発明2-10
及び同2-11についての各特許は,いずれも特許法29条2項の規定に違反して
されたものであり,同法123条1項2号の無効理由があるから,特許無効審判に
より無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権2を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
乙53号証では,85℃での洗浄処理の後,更に180℃の処理を行うことによ
り,ウィスカの成長を抑制することができたということであって,洗浄処理及び熱
処理によって圧縮圧力を低下させることによりウィスカの成長を抑制したと認識し
ている。ここで,洗浄工程については,リン酸アンモニウム水溶液のみならず硼砂
やホウ酸アンモニウム水溶液を用いていても同程度の効果があるとしているから,
溶接部分にリン酸系化合物が形成されることをもってウィスカの成長を抑制できる
とは認識していない。
これに対し,本件発明2-10及び同2-11は,ウィスカの発生原因に着目し
た上で,溶接部分の表面にリン酸系化合物(SnPO X 又はPO X )の皮膜を形成す
ることにより,スズの結晶成長を抑制し,ウィスカを抑制する方法を確立したもの
であり,乙38公報や乙53号証に記載された発明とは技術的思想が根本的に異な
るものである。
したがって,本件発明2-10及び同2-11が,本件特許2の出願日当時,乙
38公報に記載された発明から当業者が容易に発明することができたということは
ない。
ク 争点2-8(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理由
3〔実施可能要件違反〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 本件発明2-10について
本件発明2-10は,「前記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは2~
4を表す)からなる皮膜が形成されてなることを特徴とする,」との構成を備える
ものである。
しかしながら,本件明細書2の発明の詳細な説明に記載された実施例においては,
タブ端子を,トリポリリン酸ナトリウムを含む溶剤中に85℃で10分間浸漬して
洗浄処理を行い(実施例1),また,リンのイオン注入を行っている(実施例2)
が,これらの実施例において,溶接部にSnPO X が形成されたことや,SnPO X
からなる皮膜が形成されたことを全く確認していない。むしろ,既に主張したとお
り,「SnPO X(xは2~4を表す)」という化合物が一般に知られていないこと
からすれば,これらの実施例においても,「SnPO X(xは2~4を表す)からな
る皮膜」は形成されていないというべきである。
また,上記実施例1及び同2以外のいかなる条件であれば,溶接部に「SnPO
(xは2~4を表す)からなる皮膜」を形成することができるか,本件明細書2の
X
発明の詳細な説明の記載によっても理解することができない。
以上のとおり,本件発明2-10は,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤
や複雑高度な実験等を必要とするものである。
(イ) 本件発明2-11について
a 本件発明2-11についても,上記(ア)で指摘したところが妥当する。
b 本件発明2-11は,「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(x
は2~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる, との構成を備えるものである。
」
しかしながら,本件明細書2の発明の詳細な説明に記載された実施例では,溶接
部にPO X が形成されたことや,PO X からなる皮膜が形成されたことを全く確認し
ていない。むしろ,既に主張したとおり,「PO X(xは2~4を表す)」という化
合物が一般に知られていないことからすれば,これらの実施例においても,「PO
X (xは2~4を表す)からなる皮膜」は形成されていないというべきである。
また,実施例以外のいかなる条件であれば,溶接部に「PO X
(xは2~4を表す)
からなる皮膜」を形成することができるか,本件明細書2の記載によっても理解す
ることができない。
以上の点からも,本件発明2-11は,当業者に期待し得る程度を超える試行錯
誤や複雑高度な実験等を必要とするものである。
(ウ) 上記(ア)のとおり,本件明細書2の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件
発明2-10の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないか
ら,本件発明2-10についての特許は,特許法36条4項1号の規定に違反して
されたものであり,同法123条1項4号の無効理由があるから,特許無効審判に
より無効にされるべきものである。
また,上記(イ)のとおり,本件発明2-11についての特許も,本件発明2-10
についての特許と同様に,特許無効審判により無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権2を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
本件明細書2の発明の詳細な説明の段落【0037】には,「本発明者らがAE
Sスペクトル分析等によって分析したところ,溶接部分の表面にはSnPO X(xは
2~4)のリン酸化合物が形成されていることを確認した。」と記載されており,
当業者は,本件明細書2の発明の詳細な説明に記載された実施例に従い得られたタ
ブ端子をAESスペクトル分析等によって分析することによって,「SnPO X(x
は2~4を表す)からなる皮膜」を確認できるといえる。このことは,「PO X(x
は2~4を表す)からなる皮膜」についても同様である。
したがって,本件発明2-10及び同2-11は,当業者に期待し得る程度を超
える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とするものではなく,これらの発明につい
ての各特許が,実施可能要件に違反してされたということはない。
ケ 争点2-9(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理由
4〔サポート要件違反〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 本件発明2-10について
本件発明2-10は,溶接部分からのスズウィスカが発生しないタブ端子を提供
することを目的とする発明と解される。
ところで,本件明細書2の発明の詳細な説明に記載された実施例では,タブ端子
を,トリポリリン酸ナトリウムを含む溶剤中に85℃で10分間浸漬して洗浄処理
を行い(実施例1),また,リンのイオン注入を行っている(実施例2)が,これ
らの実施例において,溶接部にSnPO X が形成されたことや,SnPO X からなる
皮膜が形成されたことは,全く確認されていない。むしろ,既に主張したとおり,
「SnPO X(xは2~4を表す)」という化合物が一般に知られていないことから
すれば,これらの実施例においても,「SnPO X(xは2~4を表す)からなる皮
膜」は形成されていないというべきである。そうすると,当業者は,本件明細書2
の発明の詳細な説明の記載内容及び本件特許2の出願日の技術常識を考慮しても,
本件発明2-10が「前記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは2~4を
表す)からなる皮膜が形成されてなる」との構成を備えることにより,溶接部分か
らのスズウィスカが発生しないタブ端子を提供するとの所期の課題を解決できると
認識することはできない。
仮に,実施例における洗浄処理やイオン注入により「SnPO X(xは2~4を表
す)からなる皮膜」が形成されると仮定しても,当該実施例に記載された特定の条
件以外の方法によっても「SnPO X(xは2~4を表す)からなる皮膜」が形成さ
れるかは明らかではなく,やはり当業者は,本件明細書2の発明の詳細な説明の記
載内容及び本件特許2の出願日の技術常識を考慮しても,本件発明2-10が「前
記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは2~4を表す)からなる皮膜が形
成されてなる」との構成を備えることにより,溶接部分からのスズウィスカが発生
しないタブ端子を提供するとの所期の課題を解決できると認識することはできない。
このように,本件明細書2の発明の詳細な説明には,当業者において,本件特許
2の出願日当時の技術常識に照らして,本件発明2-10の構成を備えることによ
り所期の課題を解決できることが認識できる程度の記載がなく,その示唆もないか
ら,請求項に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ない
し一般化することはできない。
(イ) 本件発明2-11について
a 本件発明2-11についても,上記(ア)で指摘したところが妥当する。
b 本件発明2-11も,溶接部分からのスズウィスカが発生しないタブ端子を
提供することを目的とする発明と解される。
本件明細書2の実施例において,スズが存在する部分にPO X が形成されたこと
や,PO X からなる皮膜が形成されたことは全く確認されておらず,むしろ,「PO
(xは2~4を表す)」という化合物が一般に知られていないことからすれば,こ
X
れらの実施例において「PO X(xは2~4を表す)からなる皮膜」は形成されてい
ないというべきである。そうすると,当業者は,本件明細書2の発明の詳細な説明
の記載内容及び本件特許2の出願日の技術常識を考慮しても,本件発明2-11が
「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(xは2~4を表す)からなる皮
膜が形成されてなる」との構成を備えることにより,溶接部分からのスズウィスカ
が発生しないタブ端子を提供するとの所期の課題を解決できると認識することはで
きない。
仮に,実施例における洗浄処理やイオン注入により「PO X (xは2~4を表す)
からなる皮膜」が形成されると仮定しても,当該実施例に記載された特定の条件以
外の方法によっても「PO X(xは2~4を表す)からなる皮膜」が形成されるかは
明らかではなく,やはり当業者は,本件明細書2の発明の詳細な説明の記載内容及
び本件特許2の出願日の技術常識を考慮しても,本件発明2-11が「スズが存在
する部分において,スズ表面にPO X(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成され
てなる」との構成を備えることにより,溶接部分からのスズウィスカが発生しない
タブ端子を提供するとの所期の課題を解決できると認識することはできない。
このように,本件明細書2の発明の詳細な説明には,当業者において,本件特許
2の出願日当時の技術常識に照らして,本件発明2-11の構成を備えることによ
り所期の課題を解決できることが認識できる程度の記載がなく,その示唆もないか
ら,請求項に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ない
し一般化することはできない。
(ウ) 上記(ア)のとおり,本件発明2-10は,発明の詳細な説明に記載したものと
いうことはできないから,本件発明2-10についての特許は,特許法36条6項
1号の規定に違反してされたものであり,同法123条1項4号の無効理由がある
から,特許無効審判により無効にされるべきものである。
また,上記(イ)のとおり,本件発明2-11についての特許も,本件発明2-10
についての特許と同様に,特許無効審判により無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権2を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
スズの表面をリン酸ナトリウム(NaH 2 PO 4 )等のリン酸塩溶液で処理すると,
その表面にリン酸スズを主体とするリン酸塩皮膜が形成されることは,被告も認め
るとおり本件特許2の出願日時点での周知事項であったから(乙50) 当業者は,
,
トリポリリン酸ナトリウムを用いて溶剤処理した場合にもリン酸スズを主体とする
リン酸塩皮膜が形成されると認識することができる。また,被告が主張するように,
リン酸スズにはSn 2 P 2 O 7 等が存在し,これはSnPO 3.5(すなわち,SnPO
X におけるx=3.5に相当)にほかならない。
したがって,本件発明2-10及び同2-11は,発明の詳細な説明に記載した
ものといえ,本件発明2-10及び同2-11についての各特許が,サポート要件
に違反してされたということはない。
コ 争点2-10(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理
由5〔明確性要件違反〕は認められるか)について
【被告の主張】
(ア) 本件発明2-10について
本件発明2-10は,「前記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは2~
4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」との構成を備えるものであるが,既に
主張したとおり,「SnPO X(xは2~4を表す)」という化合物が一般に知られ
ていないこと,本件明細書2には「皮膜」における「SnPO X
(xは2~4を表す)」
の分布の程度が記載されておらず,実施例でも「SnPO X(xは2~4を表す)か
らなる皮膜」が形成されたことの確認が行われていないことからすれば,「SnP
O X (xは2~4を表す)からなる皮膜」の意義が不明確である。
(イ) 本件発明2-11について
a 本件発明2-11についても,上記(ア)で指摘したところが妥当する。
b 本件発明2-11は,「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(x
は2~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」との構成も備えるが,既に主張
したとおり,「PO X(xは2~4を表す)」という化合物が一般に知られていない
こと,本件明細書2には「皮膜」における「PO X(xは2~4を表す)」の分布の
程度が記載されておらず,実施例でも「PO X (xは2~4を表す)からなる皮膜」
が形成されたことの確認が行われていないことからすれば,「PO X(xは2~4を
表す)からなる皮膜」の意義が不明確である。
(ウ) 上記(ア)のとおり,本件発明2-10に係る特許請求の範囲の記載は不明確
であるから,本件発明2-10についての特許は,特許法36条6項2号の規定に
違反してされたものであり,同法123条1項4号の無効理由があるから,特許無
効審判により無効にされるべきものである。
また,上記(イ)のとおり,本件発明2-11についての特許も,本件発明2-10
についての特許と同様に,特許無効審判により無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権2を行使することができない(特
許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
当業者にとって,「皮膜」とは,化成処理(ある金属の表面に化学薬品等の処理
液を作用させて化学反応を起こさせる処理)を行った際に形成される化成皮膜を意
味することが明らかであるから,皮膜の厚みが特定されていないとしても,そのこ
とをもって特許請求の範囲の記載が不明確になるというものではない。
したがって,本件発明2-10及び同2-11についての各特許が,明確性要件
に違反してされたということはない。
(3) 争点3(許諾による通常実施権は認められるか)について
【被告の主張】
原告と被告は,平成10年8月17日,「双方の所有するアルミ電解コンデンサ
用タブ端子の製造に関する,特許および実用新案権を相互に無償で許諾する」旨が
記載された「通常実施権許諾書」(乙6)を取り交わしている(以下「本件クロス
ライセンス契約」という。)。
本件クロスライセンス契約は,その締結に至る経緯や,契約締結時に存在してい
た特許権が保護期間満了により消滅した後にもその取扱いをめぐって交渉がされた
こと,契約締結後に取得した特許権について個別にライセンス契約の交渉はされな
かったことなどに鑑みれば,契約締結時に存在していた特許権及び実用新案権のみ
ならず,原告と被告が将来保有することとなる特許権及び実用新案権をも対象とし
ていることが明らかである。
そうすると,本件クロスライセンス契約は,本件特許権1及び同2もその対象に
含むものであるから,被告は,本件特許権1及び同2について,同契約に基づく許
諾による通常実施権を有するというべきである。
【原告の主張】
一般的な契約慣行や「双方の所有する・・・特許および実用新案権」との通常実
施権許諾書の文言からして,本件クロスライセンス契約の対象となった権利は,同
契約の締結時に原告及び被告が保有していた特許権及び実用新案権であって,将来
取得するであろう権利は対象となっていない。
したがって,被告が,本件クロスライセンス契約に基づき,本件特許権1及び同
2について許諾による通常実施権を有しているということはない。
(4) 争点4(先使用による通常実施権は認められるか)について
【被告の主張】
仮に,被告販売製品が本件発明1-1,同1-2,同2-10及び同2-11の
技術的範囲に含まれるとすれば,被告は,これらの発明を知らないでその発明をし
た者から知得して,日本国内において,遅くとも平成14年12月27日から現在
に至るまで,被告販売製品と同じ構成を有する電解コンデンサ用タブ端子(以下「本
件先使用製品」という。)を販売する事業をしているから(乙58ないし61,6
4ないし78),被告は,本件発明1-1及び同1-2に係る本件特許権1並びに
本件発明2-10及び同2-11に係る本件特許権2について先使用による通常実
施権を有する(特許法79条)。
なお,原告は,本件発明1-1,同1-2,同2-10及び同2-11にいう「芯
材表面にスズからなる金属層」とは,鉛を含まないスズめっきによる金属層を意味
するなどと主張するが,そもそも,特許請求の範囲に「鉛を含まない」などの限定
はないから,原告の上記主張は,その前提において誤りがある。また,仮に,原告
の上記主張を前提としても,本件先使用製品には,鉛フリーのスズめっきが施され
たものも存在していたから(乙79,80),被告が先使用による通常実施権を有
することに変わりはないというべきである。
【原告の主張】
被告が提出する書証(乙58ないし61,64)は,いずれも仕様書や図面にす
ぎず,被告が平成14年12月27日時点で本件先使用製品を販売していたことの
裏付けにはならないというべきである。
仮に,被告が平成14年12月27日時点で本件先使用製品を販売していたと認
められたとしても,本件先使用製品は,リード線に鉛を含むものであるところ,本
件発明1-1,同1-2,同2-10及び同2-11にいう「芯材表面にスズから
なる金属層」とは,鉛を含まないスズめっきによる金属層を意味するから,被告が,
これらの発明に係る特許権について先使用による通常実施権を有するということは
ない。
(5) 争点5(被告製品の差止め及び廃棄の必要性は認められるか)について
【原告の主張】
被告が販売する電解コンデンサ用タブ端子には,製品名や型式番号が付されてお
らず,わずかに「品名」が付されているのみであるが,この「品名」は,取引先 の
電解コンデンサの仕様等に応じて付されているものであり,膨大な数に上る。した
がって,被告製品を製品名,型式番号又は「品名」により特定することは困難であ
る。他方で,原告は,被告製品を図面及び構造によって特定しており,これによれ
ば,上記のとおり無数に存在する電解コンデンサ用タブ端子のうち,本件発明1-
1,同1-2,同2-10又は同2-11の技術的範囲に含まれるすべての電解コ
ンデンサ用タブ端子について,原被告間の紛争を一回的に解決することができる。
既に主張したとおり,被告による被告販売製品の製造,譲渡,輸出及び譲渡又は
輸出の申出は,本件特許権1及び同2を侵害する行為であるところ,被告が,被告
販売製品以外にも,同一の構成を有する電解コンデンサ用タブ端子(被告製品)を
製造し,譲渡し,輸出し,又は譲渡若しくは輸入の申出をしていることが推認でき
るから(なお,被告は,被告とは法人格が異なるものの実質的には被告と一体の関
係にある株式会社改伸工業に被告製品を製造させている。),被告販売製品のみな
らず,図面及び構造によって特定される被告製品についても,差止め及び廃棄が認
められるべきである。
【被告の主張】
原告の主張は否認し,又は争う。
(6) 争点6(原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
ア 逸失利益(5300万円)
被告は,平成24年8月1日から平成27年1月31日までの間に,被告製品を
販売して少なくとも10億6000万円の売上をあげた。
過去の実施許諾の事例等からして,本件各発明の実施に対し受けるべき金銭の額
としては,売上高の5パーセントが相当である。
したがって,特許法102条3項の規定により,原告は,被告に対し,10億6
000万円×0.05=5300万円を,自己が受けた損害の額として請求できる。
イ 弁護士費用(530万円)
被告による本件各特許権の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,530
万円である。
【被告の主張】
原告主張の損害の発生及びその額は,争う。
なお,被告製品の特定が不十分であり,その売上高については,認否することが
できない。
第3 当裁判所の判断
1 争点2-2(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由2〔進
歩性欠如〕は認められるか)について
事案に鑑み,まず,争点2-2から検討する。
(1) 乙38公報に記載された発明の構成
ア 乙38公報の記載
本件優先日前に日本国内で頒布された刊行物である乙38公報には,次の記載が
ある(各項目末尾の【】は,乙38公報の段落番号を示す。)。
「本発明は,すずめっきされた銅線とアルミニウム線とが溶接されたコンデンサ
用リード線の製造方法に関するものである。」【0001】
「本発明の課題は,ウィスカの発生を防止することができるコンデンサ用リード
線の製造方法を提供することである。」【0004】
「本発明は,以下のような解決手段により,前記課題を解決する。すなわち,請
求項1の発明は,すずめっきされた銅線とアルミニウム線とが溶接されたコンデン
サ用リード線の製造方法であって,前記コンデンサ用リード線をアルカリ性洗浄液
で洗浄する洗浄工程と,前記コンデンサ用リード線から前記アルカリ性洗浄液を除
去する洗浄液除去工程と,前記コンデンサ用リード線を高温加熱して,溶接部にウ
ィスカが発生するのを防止する乾燥工程とを含むコンデンサ用リード線の製造方法
である。」【0005】
「請求項2の発明は,請求項1に記載のコンデンサ用リード線の製造方法におい
て,前記洗浄工程は,温度90℃~99℃で約12分間洗浄する工程であり,前記
乾燥工程は,温度約150℃で約21分間加熱する工程であることを特徴とするコ
ンデンサ用リード線の製造方法である。」【0006】
「コンデンサ用リード線1は,図1に示すように,極めて純度の高いすずがめっ
きされた銅線10とアルミニウム線11とを溶接部12で溶接したものである。」
【0007】
「前記洗浄装置20は,例えば,アルミニウム及びその合金用の非エッチング型
弱アルカリクリーナ(商品名:ファインクリーナ315)などの洗浄液によって,
コンデンサ用リード線1を洗浄する洗浄槽である。この洗浄装置20は,温度90℃
~99℃の洗浄液でコンデンサ用リード線1を約12分間洗浄して,アルミニウム
線11を脱脂したり,銅線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生する
カーボンを除去する。」【0008】
「前記乾燥装置25は,コンデンサ用リード線1を加熱して乾燥するとともに,
溶接部12にウィスカが発生するのを防止する装置である。この乾燥装置25は,
コンデンサ用リード線1を温度約150°で約21分間加熱する。」【0010】
「本発明の実施形態では,コンデンサ用リード線1をアルカリ性の洗浄液で洗浄
し,このコンデンサ用リード線1から洗浄液を除去した後に,このコンデンサ用リ
ード線1を加熱している。その結果,アルカリ性の洗浄液で洗浄した後に,コンデ
ンサ用リード線1を温度約150℃で約21分間加熱して,溶接部12にウィスカ
が発生するのを防止することができる。」【0012】
「例えば,本発明の実施形態では,コンデンサ用リード線1を温度150℃で2
1分間加熱しているが,例えば,温度100℃~125℃で4時間程度加熱しても
よい。」【0014】
「本発明によれば,コンデンサ用リード線をアルカリ性洗浄液で洗浄し,前記コ
ンデンサ用リード線から前記アルカリ性洗浄液を除去し,前記コンデンサ用リード
線を加熱して,溶接部にウィスカが発生するのを防止するので,ウィスカの発生を
防止することができる。」【0015】
イ 以上の乙38公報の記載によれば,乙38公報には,次の発明(以下「引用
発明1」という。)が記載されているものと認められる。
1a:すずがめっきされた銅線10の端部に,
1b:アルミニウム線11が溶接されたコンデンサ用リード線1であって,
1c:前記すずがめっきされた銅線10と前記アルミニウム線11との溶接部1
2に,ウィスカが発生するのを防止する加熱処理が施された,
1d:(乙38公報には,加熱処理により酸化スズが形成されるかについての記
載はない。)
1e:コンデンサ用リード線。
2a:(乙38公報には,加熱処理により溶接部12にSnO又はSnO 2 が含ま
れることとなるかについての記載はない。)
(2) 引用発明1と本件発明1-1及び同1-2との対比
ア 引用発明1の「すずがめっきされた銅線10」が本件発明1-1及び同1-
2の「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線」に,引用発明1
の「アルミニウム線11」が本件発明1-1及び同1-2の「アルミ芯線」に,引
用発明1の「ウィスカが発生するのを防止する加熱処理」が本件発明1-1及び同
1-2の「ウィスカの成長抑制処理」に,それぞれ相当するものと認められる。
イ(ア) この点について,原告は,乙38公報に記載された「すずがめっきされた
銅線10」の「すずめっき」はスズ金属100パーセントとは限らないのに対し,
本件発明1-1及び同1-2の「スズからなる金属層」はスズ金属100パーセン
トを意味すると主張しており,引用発明1の「すずがめっきされた銅線10」が本
件発明1-1及び同1-2の「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリ
ード線」に当たらない旨主張しているとも解される。
しかしながら,本件発明1-1及び同1-2に係る特許請求の範囲には,「スズ
からなる金属層」がスズ金属100パーセントのものに限られるとの限定はない 。
また,乙38公報の段落【0002】及び同【0003】には,「従来より,極め
て純度の高いすずがめっきされた銅線110とアルミニウム線111とが溶接され
たコンデンサ用リード線101が知られている。・・・このために,従来より,す
ずめっきに鉛を添加して,ウィスカ113の発生を防止していた。」,「しかし,
現在,環境問題に関心が集まっており,鉛の使用を制限又は全廃する計画が話題に
なっており,・・・このために,環境対策として,鉛の使用ができず,コンデンサ
用リード線の溶接部から発生するウィスカの対策が急務になっている。」などの記
載があり,引用発明1も,鉛を用いることなくウィスカの発生を防止することを目
していることが明らかであるから,乙38公報に記載された「すずめっき」が,ス
ズ金属100パーセントのものを殊更に排除しているものとは認め難いというべき
である。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) なお,本件発明1-1及び同1-2の「ウィスカの成長抑制処理」は,特許
請求の範囲の文言上,「ウィスカの成長を抑制するための処理」という意義と解す
るほかないところ,引用発明1における「加熱処理」も,乙38公報の段落【00
12】に記載されているとおり,ウィスカの成長を抑制するための処理として記載
されているのであるから,本件発明1-1及び同1-2の「ウィスカの成長抑制処
理」に当たるというべきである。
ウ 一致点
本件発明1-1及び同1-2と引用発明1とは,「芯材表面にスズからなる金属
層が形成されてなるリード先端部に,アルミ芯線が溶接されてなり,前記リード線
とアルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が施されてなる」点において
一致している。
エ 相違点
(ア) 本件発明1-1と引用発明1とは,次の各点において相違する(なお,後記
cの相違が実質的なものであるか否かについては,後述する。)。
a 本件発明1-1の「アルミ芯線」は「圧扁部」を有するのに対し,引用発明
1の「アルミニウム線11」がこれを有するか不明である点(以下「相違点1-1」
という。)。
b 本件発明1-1は「電解コンデンサ用タブ端子」であるのに対し,引用発明
1は「コンデンサ用リード線」である点(以下「相違点1-2」という。)。
c 本件発明1-1の「ウィスカの成長抑制処理」は「酸化スズ形成処理」であ
るのに対し,引用発明1の「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」が
「酸化スズ形成処理」であるか不明である点(以下「相違点1-3」という。)。
(イ) 本件発明1-2と引用発明1とは,上記相違点1-1ないし同1-3に加え,
次の点において相違する(なお,この相違が実質的なものであるか否かについては,
後述する。)。
本件発明1-2は,「前記酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アルミ
線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなる」のに対し,引用発
明1の「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」により,溶接部にSn
O又はSnO 2 が含まれることとなるか不明である点(以下「相違点2」という。 。
)
(3) 相違点についての検討
ア 相違点1-1について
本件優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平9-21359
2号公報(乙40)及び特開平9-139326号公報(乙41)には,アルミニ
ウム丸棒線と銅下地錫引鉄線又は銅被覆鋼線が溶接されたコンデンサ用リード線に
おいて,アルミニウム丸棒部の一部を扁平部とすることが記載されているから(乙
40の段落【0002】等,乙41の段落【0002】等),コンデンサ用リード
線に用いられるアルミニウム線に圧扁部を設けることは,本件優先日時点における
周知技術であったものと認められ,これを引用発明1に適用することを妨げるべき
事由は見当たらない。
そうすると,乙38公報に接した当業者において,引用発明1に上記周知技術を
適用して,相違点1-1に係る構成とすることは,本件優先日当時,容易に想到で
きたことであるといえる。
イ 相違点1-2について
本件優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平9-45579
号公報(乙39),特開平9-213592(乙40)及び特開平9-13932
6号公報(乙41)には,それぞれ,コンデンサ用リード線をタブ端子とすること
(乙39の段落【0013】等),アルミ線丸棒部と銅下地錫引鉄線とが接合され
た外部引き出しリード線をアルミ電解コンデンサに用いること(乙40の段落【0
002】等),スズめっきが施されたCP線(銅被覆鋼線)をアルミ電解コンデン
サ用のタブ端子とすること(乙41の段落【0002】等)が記載されているから,
スズがめっきされた銅線とアルミニウム線が溶接されたコンデンサ用リード線をア
ルミ電解コンデンサ用のタブ端子とすることは,本件優先日時点における周知技術
であったものと認められ,これを引用発明1に適用することを妨げるべき事由は見
当たらない。
そうすると,乙38公報に接した当業者において,引用発明1に上記周知技術を
適用して,相違点1-2に係る構成とすることは,本件優先日当時,容易に想到で
きたことであるといえる。
ウ 相違点1-3について
(ア) 本件優先日前に日本国内において頒布された大木道則ほか編「化学辞典」
(東
京化学同人)(乙42),特開平9-274060号公報(乙43),木村恵英ほ
か「錫めっきコンタクトの温度サイクルによる劣化メカニズムとその加速試験法」
電子通信学会技術研究報告R83-63(乙44)及び朝倉信幸ほか「端子圧着部
における皮膜の電気的破壊についての一考察」矢崎技術レポート第20号(乙45)
には,それぞれ,「スズは室温では空気中で安定であるが,高温では酸素と反応し
てSnO 2 となる。」(乙42の715頁),「錫メッキ層の表面には,時効によっ
て,酸化錫の皮膜が形成される」(乙43の段落【0014】),「室温の大気中
に放置してその時効によって形成される酸化皮膜の厚さ,通常大気中で150℃と
いう高温雰囲気下に1時間放置したときに形成される酸化皮膜の厚さ」(乙43の
段落【0020】),スズめっきコネクタについて「高温になると・・・露出した
錫表面は高温のために急速に酸化される。」(乙44の56頁),Cu-Sn-F
e-P合金にCu(銅)下地めっきとSn(スズ)めっきとを施したテスト端子を
120℃で1000時間放置した場合に「Snめっき材料ではほとんどが酸化錫(Ⅳ)
(SnO 2 )であった」(乙45の82頁)との各記載がある。これらの記載からす
れば,スズめっきを空気中で高温加熱すると,その表面に酸化スズ(SnO 2 )が形
成されることは,本件優先日当時の技術常識であったものと認められる。
(イ) 相違点1-3は,「本件発明1-1の『ウィスカの成長抑制処理』は『酸化
スズ形成処理』であるのに対し,引用発明1の『ウィスカが発生するのを防止する
ための加熱処理』が『酸化スズ形成処理』であるか不明である点」である。
ここで,乙38公報には,前記(1)アで認定したとおり,「例えば,本発明の実施
形態では,コンデンサ用リード線1を温度150℃で21分間加熱しているが,例
えば,温度100℃~125℃で4時間程度加熱してもよい。」との記載があって
(段落【0014】),上記「コンデンサ用リード線1」は,「極めて純度の高い
すずがめっきされた銅線10とアルミニウム線11とを溶接部12で溶接したもの」
というのであるから(段落【0007】),上記(ア)に認定した本件優先日当時の技
術常識に照らせば,乙38公報に「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処
理」の実施例として記載されたコンデンサ用リード線1を温度150℃で21分間
加熱する処理によって,溶接部に酸化スズが形成されることは,当業者にとって明
らかというべきである。したがって,引用発明1の「ウィスカが発生するのを防止
するための加熱処理」は,本件発明1-1の「酸化スズ形成処理」に当たるものと
認められる。
この点について,原告は,乙38公報記載の熱処理により酸化スズが形成される
ことがあったとしても,それはたまたま空気中で熱処理がされたためであって,よ
り効率的な真空下での熱処理であれば酸化スズは生じないはずであると主張するが,
乙38公報には,コンデンサ用リード線の加熱処理を真空下で行うべき旨の記載は
なく,少なくとも空気中で加熱処理を行う態様を排除しているとは認め難いから,
原告の主張を採用することはできない。
以上によれば,相違点1-3は,実質的な相違点とは認め難い。
エ 相違点2について
相違点2は,「本件発明1-2は,『前記酸化スズ形成処理により,前記リード
線と前記アルミ線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなる』
のに対し,引用発明1の『ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理』によ
り,溶接部にSnO又はSnO 2 が含まれることとなるか不明である点」であるが,
上記ウ(ア)に認定した本件優先日当時の技術常識に照らせば,乙38公報に「ウィス
カが発生するのを防止するための加熱処理」の実施例として記載されたコンデンサ
用リード線1を温度150℃で21分間加熱する処理によって,溶接部に酸化スズ
(少なくともSnO 2 )が形成されることは,当業者にとって自明というべきである。
したがって,相違点2は,実質的な相違点とは認め難い。
オ 小括
以上のとおり,本件発明1-1及び同1-2と引用発明1とを対比した相違点の
うち,相違点1-3及び同2はいずれも実質的な相違点とは認め難く,相違点1-
1及び同1-2については,本件優先日当時,当業者において引用発明1に上述し
た周知技術を適用して同相違点に係る構成とすることはいずれも容易想到であった
というべきであるから,本件発明1-1及び同1-2は,いずれも,本件優先日当
時,当業者が引用発明1及び上述した周知技術に基づいて容易に発明することがで
きたものと認められる。
(4) 原告の主張について
原告は,要旨,従来,鉛フリーのリード線をタブ端子として用いる場合に,ウィ
スカの成長抑制とはんだ濡れ性との両立という課題があったところ,本件発明1-
1及び1-2は,ウィスカの発生機序に着目し,溶接部分の残留応力を取り除くば
かりでなく,これに加え,溶接部分のスズを酸化スズに変性させておくことにより,
スズの結晶変態を抑制し,ウィスカの発生を抑制できることを見いだしたものであ
り,更に,はんだ濡れ性を損なうことのない適度な条件(熱処理における温度や時
間,溶剤処理における溶剤の種類,濃度及び温度)を明らかにする画期的な発明で
あると主張する。
しかしながら,特許請求の範囲には,「熱処理における温度や時間,溶剤処理に
おける溶剤の種類,濃度及び温度」などの「適度な条件」による構成の限定はない
のであるから,「適度な条件」を明らかにしたことを理由として本件発明1-1及
び同1-2の進歩性が認められるということにはならない。また,ウィスカの発生
機序に着目し,溶接部分のスズを酸化スズに変成させておくことによりスズの結晶
変態を抑制したとの点についても,特許請求の範囲には記載のない発明の作用機序
を主張するにとどまるものであって,「物」の発明であるところの本件発明1-1
及び同1-2が,引用発明1とその構成において異なることを指摘するものとは認
められない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
(5) 争点2-2の小括
以上によれば,本件発明1-1及び同1-2は,本件優先日当時,引用発明1及
び上述した周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとい
うべきであるから,これらの発明についての各特許は,特許法29条2項の規定に
違反してされたものであり,同法123条1項2号の無効理由があるから,特許無
効審判により無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権1を行使することができないから
(特許法104条の3第1項),本件特許権1の侵害を原因とする原告の請求は,
その余の争点につき判断するまでもなく,いずれも理由がない。
2 争点2-7(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理由
2〔進歩性欠如〕は認められるか)について
(1) 乙38公報に記載された発明の構成
前記1アに認定した乙38公報の記載によれば,本件特許2の出願日前に頒布さ
れた刊行物である乙38公報には,次の発明(以下「引用発明2」という。)が記
載されているものと認められる。
10a:すずがめっきされた銅線10の端部に,
10b:アルミニウム線11が溶接されたコンデンサ用リード線1であって,
10c:(乙38公報には,溶接部12の少なくとも一部にSnPO X〔xは2~
4を表す〕からなる皮膜が形成されているかについての記載はない。)
10d:コンデンサ用リード線。
11a:(乙38公報には,すずが存在する部分において,すずの表面にPO X〔x
は2~4を表す〕からなる皮膜が形成されているかについての記載はな
い。)
(2) 引用発明2と本件発明2-10及び同2-11との対比
ア 引用発明2の「すずがめっきされた銅線10」が本件発明2-10及び同2
-11の「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線」に,引用発
明2の「アルミニウム線11」が本件発明2-10及び同2-11の「アルミ芯線」
に,それぞれ相当するものと認められる。
なお,乙38公報に記載された「すずがめっきされた銅線10」の「すずめっき」
はスズ金属100パーセントとは限らないのに対し,本件発明2-10及び同2-
11の「スズからなる金属層」はスズ金属100パーセントを意味する,との原告
の主張は,前記1(2)アで述べたところと同様の理由により,採用することができな
い。
イ 一致点
本件発明2-10及び同2-11と引用発明2とは,「芯材表面にスズからなる
金属層が形成されてなるリード先端部に,アルミ芯線が溶接されてなる」点におい
て一致している。
ウ 相違点
(ア) 本件発明2-10と引用発明2とは,次の各点において相違する(なお,後
記cの相違が実質的なものであるか否かについては,後述する。)。
a 本件発明2-10の「アルミ芯線」は「圧扁部」を有するのに対し,引用発
明2の「アルミニウム線11」がこれを有するか不明である点(以下「相違点10
-1」という。)。
b 本件発明2-10は「タブ端子」であるのに対し,引用発明2は「コンデン
サ用リード線」である点(以下「相違点10-2」という。)。
c 本件発明2-10は,「前記溶接部分の少なくとも一部に,SnPO X(xは
2~4を表す)からなる皮膜が形成されて」いるのに対し,引用発明2の「溶接部
12」に「SnPO X(xは2~4を表す)からなる皮膜」が形成されているか不明
である点(以下「相違点10-3」という。)。
(イ) 本件発明2-11と引用発明2とは,上記相違点10-1ないし同10-3
に加え,次の点において相違する(なお,この相違が実質的なものであるか否かに
ついては,後述する。)。
本件発明2-11は,「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X〔xは2
~4を表す〕からなる皮膜が形成されて」いるのに対し,引用発明2のスズが存在
する部分に「PO X〔xは2~4を表す〕からなる皮膜」が形成されているか不明で
ある点(以下「相違点11」という。)。
(3) 相違点についての検討
ア 相違点10-1について
前記1(3)アで認定説示したところによれば,コンデンサ用リード線に用いられる
アルミニウム線に圧扁部を設けることは,本件特許2の出願日(本件優先日より後
である。)時点においても周知技術であったものと認められ,これを引用発明2に
適用することを妨げるべき事由は見当たらないから,乙38公報に接した当業者に
おいて,引用発明2に上記周知技術を適用して,相違点10-1に係る構成とする
ことは,本件特許2の出願日当時,容易に想到できたことであるといえる。
イ 相違点10-2について
前記1(3)イで認定説示したところによれば,スズがめっきされた銅線とアルミニ
ウム線が溶接されたコンデンサ用リード線をアルミ電解コンデンサ用のタブ端子と
することは,本件特許2の出願日(本件優先日より後である。)時点においても周
知技術であったものと認められ,これを引用発明2に適用することを妨げるべき事
由は見当たらないから,乙38公報に接した当業者において,引用発明2に上記周
知技術を適用して,相違点10-2に係る構成とすることは,本件特許2の出願日
当時,容易に想到できたことであるといえる。
ウ 相違点10-3について
(ア) 本件特許2の出願日当時の技術常識
a 本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である特開平11-3
14311号公報(乙50)には,次の記載がある(各項目末尾の【】は,同公報
の段落番号等を示す。)。
「薄鋼板の片面(:缶外面となる面)に1.0~20.0g/㎡の錫めっき皮膜
を有し,その上にリン量換算で0.1~10g/㎡のリン酸錫を主体とするリン酸
塩皮膜を・・・有することを特徴とする加工性,塗料密着性,耐食性に優れた缶用
片面樹脂被覆鋼板。」【請求項1】
「リン酸塩皮膜の構造については,リン酸錫が主体であり,・・・リン酸塩皮膜
の形成方法としては,一般的な塗布,浸漬法及び電解法があり,浴温度,電解条件
を含め通常の条件で問題はなく,特に限定するものではない。」【0010】
「実施例 通常の方法で冷間圧延,及び焼鈍された低炭素冷延鋼板(1)に通常
の方法で脱脂・酸洗を行った後,缶外面に相当する鋼板面については(2) (3)
及び
に示す条件で錫あるいは錫-亜鉛合金めっきを施し,更にその上に(4)に示す条
件でリン酸塩皮膜を形成させた。」【0018】
「(4)リン酸塩皮膜形成条件 (a)リン酸塩皮膜A ・NaH 2 PO 4 :10
0g/L ・H 3 PO 4:30g/L ・ロール塗布 ・乾燥:150℃1分 (b)
リン酸塩皮膜B ・NaH 2 PO 4:100g/L ・H 3 PO 4:30g/L ・M
g(H 2 PO 4 )2:10g/L ・ロール塗布 ・乾燥:150℃1分」【0019】
b 本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である特開平7-28
6285号公報(乙51)には,次の記載がある(各項目末尾の【】は,同公報の
段落番号を示す。)。
「本発明は鉄,あるいは鉄系合金の金属表面,特にスズメッキした鉄の表面に化
成皮膜を構成するのに使用する金属表面用化成処理水溶液に関する。 【0001】
」
「上記のようなスズメッキ缶の化成処理の方法として,オルトリン酸及び/又は
その塩をPO 4 換算で1~30g/l,シュウ酸及び/又はその塩をシュウ酸換算
で0.005~5g/l,及び2価のスズイオンを0.005~0.5g/l含有
し,pHが3~5の水溶液でスズメッキ缶を化成処理する方法が・・・記載されて
いる。」【0003】
「また,リン酸イオン1~50g/l,酸素酸イオン0.2~20.0g/l,
スズイオン0.01~5.0g/l,縮合リン酸イオン0.01~5.0g/lを
含有し,pH2~6からなる水溶液で化成処理する方法が, ・
・ ・記載されている。」
【0004】
「本発明は,上記従来の課題に鑑みてなされたものであり,その目的は,耐食性,
塗膜密着性に優れた化成皮膜を金属表面に形成する金属表面用化成処理水溶液を提
供することである。」【0009】
「上記目的を達成するために,少なくともリン酸イオンとホスホン酸化合物とス
ズイオンとを含有し,かつpHが5.0以下である金属表面用化成処理水溶液を提
供する。」【0010】
「上記金属表面用化成書類水溶液において,第1成分のリン酸イオンの供給源は,
オルトリン酸,又はその塩が挙げられる。」【0012】
「本発明の化成処理水溶液をスズメッキした鉄等の金属表面に適用するには,ま
ず金属表面を脱脂,水洗いし,次いで浸漬法,スプレー法などの任意の方法で化成
処理水溶液を塗布する。処理温度は,一般に常温~80℃,好ましくは40℃~6
0℃である。また,処理時間は,通常約5秒~2分,好ましくは20~60秒であ
る。そして,化成処理水溶液の塗布の後,水洗,純水による洗浄,乾燥の順で処理
を完了する。」【0026】
「本発明に係る金属表面用化成処理水溶液により,スズメッキ缶表面を処理する
と,主に金属表面のスズメッキ層がリン酸及びホスホン酸化合物によってエッチン
グされ,スズイオンが化成処理浴中に溶出するが,このスズイオンはリン酸及びホ
スホン酸化合物と反応して不溶性のリン酸スズを形成する。このリン酸スズがスズ
メッキ缶の露出鉄面を化成皮膜として被覆する。」【0027】
c 上記a及びbの記載によれば,少なくとも1重量パーセント程度のリン酸塩
を含有する溶剤を用いてスズめっきの表面を処理することにより,スズめっき層の
スズが溶出し,これがリン酸と反応してリン酸スズを形成し,このリン酸スズがス
ズめっきの表面を化成皮膜として被覆することは,本件特許2の出願日当時の技術
常識であったものと認められる。
(イ) 相違点10-3についての検討
a 相違点10-3は,「本件発明2-10は,『前記溶接部分の少なくとも一
部に,SnPO X (xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されて』いるのに対し,
引用発明2の『溶接部12』に『SnPO X(xは2~4を表す)からなる皮膜』が
形成されているか不明である点」である。
ここで,乙38公報には,前記1(1)アで認定したとおり,
「前記洗浄装置20は,
例えば,アルミニウム及びその合金用の非エッチング型弱アルカリクリーナ(商品
名:ファインクリーナ315)などの洗浄液によって,コンデンサ用リード線1を
洗浄する洗浄槽である。この洗浄装置20は,温度90℃~99℃の洗浄液でコン
デンサ用リード線1を約12分間洗浄して,アルミニウム線11を脱脂したり,銅
線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生するカーボンを除去する。」
との記載があるところ(段落【0008】),「ファインクリーナ315」は,縮
合リン酸塩を25ないし30質量パーセント含有するアルカリ洗浄液であるから
(乙49,56。これが希釈された溶液が洗浄に使用されるとしても,同溶液中の
リン酸塩の濃度は少なくとも1重量パーセント程度になるものと解される。乙49,
92,93参照。),上記(ア)に認定した本件特許2の出願日当時の技術常識に照ら
せば,乙38公報に記載されたコンデンサ用リード線1を温度90℃ないし99℃
の温度で約12分間洗浄するとの処理を経ることにより,溶接部の少なくとも一部
にリン酸スズ(SnPO X )からなる皮膜(原告は,争点1-3に関し,本件発明2
-10にいう「SnPO X 」が「リン酸スズ」を意味し,かつ,同発明にいう「皮膜」
が「熱処理や溶剤処理によって形成される」
「多くの格子欠陥を有する非結晶状態」
であっても構わない旨主張している。)が形成されることは,当業者にとって自明
というべきである(なお,「SnPO 3.5 」とも表記しうるピロリン酸スズ(Ⅱ)〔S
n 2 P 2 O 7 〕が安定な化合物として知られていることからして〔乙1〕,溶接部に形
成されたリン酸スズの少なくとも一部は,「SnPO X(xは2~4を表す)」に当
たると合理的に推認できる。)。
b ところで,乙38公報には,「そして,コンデンサ用リード線1は,液回収
装置21内でエアを吹き付けられて,水洗装置22内で洗浄液が洗い流される(洗
浄液除去工程),次に,コンデンサ用リード線1は,遠心分離機23によって純水
を除去された後に,エアブロー24によって純水が除去される。」(段落【001
1】)などの記載があり,「ファインクリーナ315」による洗浄処理の後に洗浄
液除去工程や水洗工程が予定されているが,乙51号証の段落【0026】にも,
「化成処理水溶液の塗布の後,水洗,純水による洗浄,乾燥の順で処理を完了する。」
との処理が記載されており,これにも関わらず,同【0027】のように,「この
スズイオンはリン酸及びホスホン酸化合物と反応して不溶性のリン酸スズを形成す
る。このリン酸スズがスズメッキ缶の露出鉄面を化成皮膜として被覆する。」とし
て,リン酸スズによる皮膜が形成されているのであるから,引用発明2のコンデン
サ用リード線1は,洗浄処理に引き続く洗浄液除去工程や水洗工程を経た後にも,
リン酸スズからなる皮膜を備えているものと認めるのが相当である。
また,本件発明2-10では,リン酸スズからなる皮膜を意図的に形成するため
にタブ端子をリン系溶剤で洗浄するのに対し,乙38公報における「ファインクリ
ーナ315」による洗浄は,同公報の段落【0008】にあるように,「アルミニ
ウム11を脱脂したり,銅線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生す
るカーボンを除去する」ことを目的とするものであるから,洗浄工程の目的が異な
っているが,工程の目的が異なっていたとしても,これによって得られる「物」が
変わらないのであれば,「物」の発明としての同一性を否定することはできないと
ころ,本件発明2-10に係る特許請求の範囲には,単に「前記溶接部分の少なく
とも一部に,SnPO X(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」と記
載されているにとどまり,当該皮膜の厚みやリン量換算でどの程度のリン酸スズが
形成されているべきかについては何らの限定も付していないのであるから,引用発
明2のコンデンサ用リード線1と本件発明2-10のタブ端子を,この点において
区別することは困難というほかはない。
c したがって,相違点10-3は,実質的な相違点とは認め難い。
エ 相違点11について
(ア) 本件特許2の出願日当時の技術常識
a 本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である特開2002-
161396号公報(乙52)には,次の記載がある(各項目末尾の【】は,同公
報の段落番号等を示す。)。
「アウターリード部2の表面に錫-銀合金めっきを施した後,表面の洗浄を行い
表面に付着しためっき液を除去し,熱風炉において電子部品用リードフレーム1に
熱処理を行った。熱風の温度は70℃~210℃の範囲で任意に設定できる。70℃
以下とすると加熱による効果が低く,210℃以上とすると錫-銀合金めっき皮膜
8が溶融してしまうため好ましくない。・・・本実施の形態においては150℃で
40秒間熱処理を行った。」【0068】
「続いて,錫-銀合金めっき皮膜8の最表面に形成された酸化層等をエッチング
するために三リン酸ナトリウムを含む処理液で処理する。具体的には,濃度が12
0g/L,液温が60℃の三リン酸ナトリウム・12水和物水溶液に30秒間浸漬
して,錫-銀合金めっき皮膜8の最表面の酸化層等をエッチングする。」【006
9】
「(実施例1)三リン酸ナトリウムを含む処理液で処理した後,更にリン酸化合
物とカルボン酸化合物を含む溶液で錫-銀合金めっき皮膜8の表面を洗浄処理する
工程を加えたこと以外は実施の形態1と同様にして電子部品用リードフレーム1を
形成した。」【0085】
「リン酸化合物としては,リン酸,三リン酸ナトリウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,亜リン酸,亜リン酸ナトリウム,亜リン酸水素ナトリウム,ピロリン酸ナトリ
ウム等が用いられる。本実施例では濃度70g/Lの亜リン酸水素ナトリウムと,
濃度30g/Lのピロリン酸ナトリウムと,カルボン酸化合物として,濃度40g
/Lのピロリジン-2-カルボン酸とを含む60℃の水溶液に30秒間浸漬して処
理した。」【0086】
「更に本実施例においては,実施の形態1と同様の方法により結晶相の組成分析
を行った。分析の結果,この錫-銀合金めっき皮膜8の結晶層はSn相,Ag 4 Sn
相,Ag相の3相より構成されていることがわかった。」【0089】
「更に本実施例においては,形成された錫-銀合金めっき皮膜8に含まれる物質
の微量分析を行った。錫-銀合金めっき皮膜8の微量分析は,TOF-SIMS/
Physical Electronics社製 TRIFTを使用した飛行時間
型二次イオン質量分析法を用いた。なお,一次イオン種Ga+,二次イオン種Po
sitive/Negativeで測定した。分析の結果,この錫-銀合金めっき
皮膜8表面には分子量31,63,79に相当するリン化合物P,PO 2 ,PO 3 が
測定された。」【0090】
「(実施例2)めっきにより錫-銀合金めっき皮膜8を形成した後,その表面に
熱処理を行わないこと以外は実施例1と同様にして電子部品用リードフレーム1を
形成した。」【0091】
「更に本実施例においては,実施の形態1と同様の方法により結晶相の組成分析
を行った。分析の結果,この錫-銀合金めっき皮膜8の結晶相はSn相,Ag 4 Sn
相の2相により構成されており,これにより,熱処理することによりAg 4 Snは一
部がAg,Snに変化することがわかった。」【0093】
b 上記aの記載によれば,スズ-銀合金めっきの表面を70℃~210℃の範
囲で熱処理するとAg 4 Snは一部がAg,Snに変化すること,その後,リン酸塩
を含有する少なくとも60℃の溶剤を用いて少なくとも30秒間,錫-銀合金めっ
きの表面を処理することにより,その表面にリン化合物P,PO 2 ,PO 3 が形成さ
れることは,本件特許2の出願日当時の技術常識であったものと認められる。
(イ) 相違点11についての検討
a 相違点11は,「『スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(xは2
~4を表す)からなる皮膜が形成されて』いるのに対し,引用発明2のスズが存在
する部分に『PO X(xは2~4を表す)からなる皮膜』が形成されているか不明で
ある点」である。
ここで,乙38公報には,前記1(1)アで認定したとおり,
「前記洗浄装置20は,
例えば,アルミニウム及びその合金用の非エッチング型弱アルカリクリーナ(商品
名:ファインクリーナ315)などの洗浄液によって,コンデンサ用リード線1を
洗浄する洗浄槽である。この洗浄装置20は,温度90℃~99℃の洗浄液でコン
デンサ用リード線1を約12分間洗浄して,アルミニウム線11を脱脂したり,銅
線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生するカーボンを除去する。」
との記載があるところ(段落【0008】),「ファインクリーナ315」は,縮
合リン酸塩を25ないし30質量パーセント含有するアルカリ洗浄液であるから
(乙49,56),上記(ア)に認定した本件特許2の出願日当時の技術常識に照らせ
ば,乙38公報に記載されたコンデンサ用リード線1を温度90℃ないし99℃の
温度で約12分間洗浄するとの処理を経ることにより,溶接部のスズが存在する部
分において,スズ表面にリン化合物P,PO 2 ,PO 3 からなる皮膜が形成されるこ
とは,当業者にとって明らかというべきである。
b なお,前記ウ(イ)bのとおり,乙38公報では,「ファインクリーナ315」
による洗浄処理の後に洗浄液除去工程や水洗工程が予定されているが,乙52号証
の段落【0069】にも,「更に,電子部品表リードフレーム1の側面に漏れた銀
を電気的に除去し,洗浄した後乾燥させる。」との処理が記載されており,これと
同様の処理による実施例1(同【0085】)においてスズ-銀合金めっき皮膜8
表面にはリン化合物P,PO 2 ,PO 3 が測定されたというのであるから,引用発明
2のコンデンサ用リード線1は,洗浄処理に引き続く洗浄液除去工程や水洗工程を
経た後にも,リン化合物P,PO 2 ,PO 3 からなる皮膜を備えているものと認める
のが相当である。
また,本件発明2-11では,PO X(xは2~4を表す)からなる皮膜を意図的
に形成するためにタブ端子をリン系溶剤で洗浄するのに対し,前記ウ(イ)bのとおり,
乙38公報における「ファインクリーナ315」による洗浄は,アルミニウムの脱
脂及びカーボンの除去が目的となっているが,工程の目的が異なっていたとしても,
これによって得られる「物」が変わらないのであれば,「物」の発明としての同一
性を否定することはできないところ,本件発明2-11に係る特許請求の範囲には,
単に「スズが存在する部分において,スズ表面にPO X(xは2~4を表す)からな
る皮膜が形成されてなる」と記載されているにとどまり,当該皮膜の厚みやリン量
換算でどの程度のPO X が形成されているべきかについては何らの限定も付してい
ないのであるから,引用発明2のコンデンサ用リード線1と本件発明2-11のタ
ブ端子を,この点において区別することは困難というほかはない。
原告は,仮に,乙52号証にスズ-銀合金めっきをリン酸塩溶液で洗浄すればリ
ン化合物が形成されることが記載されていたとしても,スズめっきにおいても同様
にリン化合物が形成されるとは限らないと主張するが,乙52号証の段落【009
3】に記載されているとおり,スズ-銀合金めっきを熱処理することにより,Ag
4 Snは一部がAg,Snに変化するというのであるから,スズめっきにおいてもリ
ン化合物が形成されると考えるのが自然であって,原告の上記主張は採用すること
ができない。
c したがって,相違点11は,実質的な相違点とは認め難い。
オ 小括
以上のとおり,本件発明2-10及び同2-11と引用発明2とを対比した相違
点のうち,相違点10-3及び相違点11は実質的な相違点とは認め難く,相違点
10-1及び同10-2については,本件特許2の出願日当時,当業者において引
用発明2に上述した周知技術を適用して同相違点に係る構成とすることはいずれも
容易想到であったというべきであるから,本件発明2-10及び同2-11は,本
件特許2の出願日当時,いずれも当業者が引用発明2及び上述した周知技術に基づ
いて容易に発明することができたものと認められる。
(4) 原告の主張について
原告は,要旨,従来,鉛フリーのリード線をタブ端子として用いる場合に,ウィ
スカの成長抑制とはんだ濡れ性との両立という課題があったところ,本件発明2-
10及び同2-11は,ウィスカの発生機序に着目し,溶接部分の残留応力を取り
除くばかりでなく,これに加え,溶接部分の表面にリン酸系化合物の皮膜を形成す
ることにより,スズがディスロケーションによって結晶成長することを抑制し,ウ
ィスカの発生を抑制できることを見いだしたものであると主張する。
しかしながら,溶接部分の表面にリン酸系化合物の皮膜を形成することにより,
スズがディスロケーションによって結晶成長することを抑制したというのは,特許
請求の範囲には記載のない発明の作用機序を主張するにとどまるものであって,
「物」
の発明であるところの本件発明2-10及び同2-11が,引用発明2とその構成
において異なることを指摘するものとは認められないから,原告の上記主張を採用
することはできない。
(5) 争点2-7の小括
以上によれば,本件発明2-10及び同2-11は,本件特許2の出願日当時,
引用発明2及び上述した周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることがで
きたものというべきであるから,これらの発明についての各特許は,特許法29条
2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号の無効理由がある
から,特許無効審判により無効にされるべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件特許権2を行使することができないから
(特許法104条の3第1項),本件特許権2の侵害を原因とする原告の請求は,
その余の争点につき判断するまでもなく,いずれも理由がない。
3 結論
以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,原告の本件請求には
いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
嶋 末 和 秀
裁判官
笹 本 哲 朗
裁判官
天 野 研 司
(別紙1)
被 告 製 品 目 録 (1)
次の構造を有する電解コンデンサ用タブ端子。
1 図面
被告製品の構造を図面で説明すると,次のとおりである。
図面中の符号1は丸棒部を,符号2はリード線部を,符号3は圧扁部をそれ
ぞれ示しており,破線で囲まれた部分は丸棒部にリー ド線部が溶接された部分
を示している。
2 構造
被告製品は,アルミ芯線を用いて圧扁部と丸棒部を形成し,表面に 鉛を含ま
ないスズメッキを施したCP線又は銅線を用いたリード線を上記丸棒部に溶接
することによって作製されている。
被告製品においては,上記溶接部分の表面に酸化スズ(SnO又はSnO 2 ),
SnPO X(xは2~4を表す)及びPO X(xは2~4を表す)が存在してい
る。
以上の被告製品の構造を本件各発明に対応させて記載すると,次のとおりで
ある。
【a】表面に鉛を含まないスズメッキを施したCP線または銅線を用いたリード線
【b】端部に,圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる,
【c】上記リード線と上記アルミ芯線との溶接部分の表面に酸化スズ(SnO又は
SnO 2 ),SnPO X(xは2~4を表す)及びPO X(xは2~4を表す))が存
在する,
【d】電解コンデンサ用タブ端子。
以 上
(別紙3)
特許4732181号公報(甲4号証)
(別紙4)
被 告 製 品 目 録 (2)
次の品名及びロットNoを有する電解コンデンサ用タブ端子。
①SXTN-127366CBG(ロットNo:P11-40319-10)
②AD22205N31AFP(ロットNo:472374)
③JJV4116ANW(ロットNo:なし)
④ETU0103CLW(ロットNo:F06-50714-01)
⑤TRE2-09030-264B(ロットNo:F14-50701-01)
⑥SXT-2010580(ロットNo.544019)
⑦SXT-2010580C(ロットNo:475017)
⑧SXT-127360F(ロットNo:574846)
⑨SXT-127360C(ロットNo: 575838)
⑩FM11036K11BKL(ロットNo:584562)
⑪FP125078D22CCQ(ロットNo:591845)
以 上
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