平成24(行ケ)10200審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成25年2月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告サムスンコーニング精密素材株式会社
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法令 |
特許権
特許法36条6項2号8回 特許法36条4項1号7回
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キーワード |
審決15回 実施8回 優先権1回
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主文 |
1 特許庁が不服2010-17125号事件について平成24年1月23日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
本願は,平成18年12月28日(パリ条約による優先権主張 2005年1
2月30日,大韓民国)に特許出願(特願2006-356188号。発明の名
称「外光遮断層,外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプレイフ
ィルタを含むディスプレイ装置」)され,平成22年3月26日付けで拒絶査定が
された。これに対し,原告は,平成22年7月30日,拒絶査定に対する不服審判
の請求(不服2010-17125号)をし,平成23年2月7日付け手続補正書
により特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。)が,特許庁は,平
成24年1月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
謄本は,同年2月7日,原告に送達された(附加期間90日)。
2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数11)の請求項1の記載は,次のとお
りである(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】
透明樹脂材質の基材と, |
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判決文
平成25年2月27日判決言渡
平成24年(行ケ)第10200号 審決取消請求事件
平成25年1月28日 口頭弁論終結
判 決
原 告 サムスンコーニング精密素材株式会社
訴訟代理人弁理士 辻 徹 二
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 森 林 克 郎
同 神 悦 彦
同 田 部 元 史
同 芦 葉 松 美
主 文
1 特許庁が不服2010-17125号事件について平成24年1月23日に
した審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
本願は,平成18年12月28日(パリ条約による優先権主張 2005年1
2月30日,大韓民国)に特許出願(特願2006-356188号。発明の名
称「外光遮断層,外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプレイフ
ィルタを含むディスプレイ装置」
)され,平成22年3月26日付けで拒絶査定が
された。これに対し,原告は,平成22年7月30日,拒絶査定に対する不服審判
の請求(不服2010-17125号)をし,平成23年2月7日付け手続補正書
により特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。
)が,特許庁は,平
成24年1月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
謄本は,同年2月7日,原告に送達された(附加期間90日)。
2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数11)の請求項1の記載は,次のとお
りである(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。。
)
「
【請求項1】
透明樹脂材質の基材と,
前記基材の一面に一定の周期で互いに離隔して形成され,0.5~1.5wt%
重量濃度で着色剤を含む樹脂を含むくさび形遮光パターンとを含み,
前記基材の一面の面積に対する前記くさび形遮光パターンの底面の面積の割合が
20~50%であり,
前記着色剤を含む樹脂は金属粉末を前記樹脂に添加したものであり,
前記金属粉末は,黒色の金属であること
を含むディスプレイフィルタ用外光遮断層。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本願発明の「黒色
の金属」の意義は明確でなく,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許法3
6条6項2号に違反する,②本願明細書の発明の詳細な説明には,表面が黒く処理
された金属を金属粉末として樹脂に添加した後も,
「黒色の金属」という物理的性
質を保持するための具体的手段が開示されておらず,自明ともいえないから,本願
明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明を実施することができる程
度に明確かつ十分に記載されたものではなく,同条4項1号に違反する,というも
のである。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
(1) 取消事由1(特許法36条6項2号に係る判断の誤り)
審決は,本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,「黒色の金属」について
定義がされておらず,具体的な物質・部材等を特定するための説明もないから,色
彩として黒く見える(黒色の)金属,例えば,鉄・コバルト・ニッケル・クロム等
の黒色の光沢を持つ金属も含まれることとなり,技術的外縁が不明で,その意義が
明確であるとはいえないとして,特許法36条6項2号に違反すると判断する。
しかし,「黒色の金属」は,本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】
)
に定義されている上,当業者において明確かつ自明の範囲内のものであり,不明確
とはいえない。すなわち,金属は,その表面を研磨すれば金属光沢が生じるが,粉
末状態であると比表面積が大きいため酸化された状態となり易く,酸化された金属
粉末は金属光沢を失っている。また,粉末状態の金属粒子は,多数存在することに
より光を乱反射するため,表面を研磨したバルク(塊)な金属に比べ,光をより吸
収し,より黒いものとなる。
なお,本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】)に記載された「表面
が黒く処理された」金属とは,金属粒子の表面が酸化したり,光の反射率が比較的
低いことによって,当該金属粒子が黒くなった状態の金属であり,
「黒色の金属」
とはその金属を言い換えたものである。
したがって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「黒色の金属」の意義
は明確であり,特許法36条6項2号に違反しない。
(2) 取消事由2(特許法36条4項1号に係る判断の誤り)
審決は,①本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】)に記載された
「表面が黒く処理された」金属は,例えば,顔料の素材のように導電性を持たない
ものを含むところ,そのような物質では,
「電磁波遮断機能を効率的に具現するこ
とができる」との効果を発揮することができない,②本願明細書の発明の詳細な説
明には,「表面が黒く処理された」金属を金属粉末として樹脂に添加した後も,
「黒
色の金属」という物理的性質を保持するための具体的手段が開示されていないとし
て,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明を実施することが
できる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,特許法36条4項1号に違
反すると判断する。
しかし,金属粒子は,酸化された表面を除いて導電性を有しているから,可視光
及び電磁波を吸収する特性を有しており,金属粒子の粒径,密度をどのように設定
するかは,当業者が適宜なし得る事項である。また,鉄やコバルト,ニッケル,ク
ロム等の白い光沢を持つ金属であっても,その金属粉末は,外光遮断機能及び電磁
波吸収機能を具現化することができる。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明を実施
することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり,特許法36条4項
1号に違反しない。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(特許法36条6項2号に係る判断の誤り)に対して
本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「黒色の金属」は,本願明細書の発
明の詳細な説明の記載及び技術常識を参酌しても,具体的にどのような材質のもの
が含まれるかという技術的外縁が明らかでなく,その意義は明確でない。また,単
に「黒色の金属」と表記した場合,当業者は,これが鉄やコバルト,ニッケル,ク
ロム等であると認識するのが通常であるところ,鉄やコバルト,ニッケル,クロム
は,実際には白色や銀白色で,光沢のある金属であるから,鉄やコバルト,ニッケ
ル,クロムから形成された微粒子たる金属粉末について,本願発明における外光遮
断機能を有する「黒色の金属」に含まれるのか否かは明確でない。なお,本願明細
書の発明の詳細な説明(段落【0031】)の記載からは,「表面が黒く処理され
た」金属と「黒色の金属」との関係も明確でない。
したがって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「黒色の金属」の意義
は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び当業者の技術常識を参酌しても明確
でなく,特許法36条6項2号に違反する。
(2) 取消事由2(特許法36条4項1号に係る判断の誤り)に対して
上記のとおり,鉄やコバルト,ニッケル,クロム等の白い光沢を持つ金属の金属
粉末は,外光遮断機能を具現化することができない。また,本願明細書の発明の詳
細な説明(段落【0031】)に記載された「金属粉末の表面が黒く処理された」
金属について,本願の出願当時の技術常識に照らして,表面が黒く処理された金属
を「12~20μm」よりはるかに小さな微粒子とした場合にも,依然として電磁
波遮断機能及び外光遮断機能を備えた「黒色の金属」として存在し得るのかが明ら
かでなく,「12~20μm」よりはるかに小さな微粒子である金属粉末を,電磁
波遮断機能及び外光遮断機能を備えた「黒色の金属」とする表面処理の方法も明ら
かでない。
したがって,当業者は,具体的にどのような金属粉末が,本願明細書の発明の詳
細な説明(段落【0031】)に記載された「黒色の金属」であるのか理解するこ
とができず,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明を実施す
ることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから,特許法36条
4項1号に違反する。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,特許法36条6項2号,同条4項1号の判断に誤りがあ
り,これを取り消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 事実認定
(1) 本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりであ
る。
(2) また,本願明細書には,以下の記載がある(甲1)。
「
【0001】
本発明は,外光遮断層,外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプ
レイフィルタを含むディスプレイ装置に関し,より詳細には,明室におけるコント
ラスト比(contrast ratio)を向上させ,輝度を高めて視野角を広げることができ
る外光遮断層,外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプレイフィル
タを含むディスプレイ装置に関する。
」
「
【0008】
このような従来技術に係るPDP(判決注・「プラズマディスプレイパネル」の
ことを指す。
)装置において,外部が明るいという条件,すなわち明室であるとい
う条件では,外部環境光がPDPフィルタを通過してパネルアセンブリ内に流入す
ることがある。このような場合,パネルアセンブリ内の放電セルから発生した入射
光と外部からPDPフィルタを通過して流入した外部環境光との重畳が発生する。
その結果,明室の条件においてコントラスト比(contrast ratio)が低下し,PD
P装置の画面表示能力が劣るようになる。
」
「
【0010】
本発明は,輝度,視野角および明室条件におけるコントラスト比を向上させるこ
とができる外光遮断層を提供することを目的とする。」
「
【0020】
本発明の外光遮断層,外光遮断層を含むディスプレイフィルタおよびディスプレ
イフィルタを含むディスプレイ装置によると,輝度,視野角および明室条件におけ
るコントラスト比を向上させることができる。
」
「
【0027】
外光遮断層230は,支持体232と,支持体232の一面に形成された基材2
34と,基材234内に形成されて外部からパネルアセンブリに流入する外部環境
光を遮断する遮光パターン236とを含む。本実施形態において,遮光パターン2
36は,くさび形のブラックストライプ(black stripe)で構成される。」
「
【0030】
また,遮光パターン236は,パネルアセンブリ(未図示)に対向する基材23
4の一面に並列に形成され,外部環境光がパネルアセンブリ内部に流入することを
防止する。
【0031】
基材234は紫外線硬化性樹脂で形成され,遮光パターン236は光の吸収が可
能な黒色無機物および/または有機物,金属で形成されたりする。特に,金属で形
成される場合は,電気伝導度が大きく,すなわち電気抵抗が低いため,金属粉末を
添加して遮光パターン236を形成する場合,金属粉末の濃度による電気抵抗の調
節が可能であり,遮光パターン236は電磁波遮断機能を遂行することができる。
ひいては,表面が黒く処理された,または黒色の金属(これを“ブラックメタル”
という)を用いる場合,外光遮断機能および電磁波遮断機能を効率的に具現するこ
とができる。また,遮光パターン236としては,カーボンブラック,アセチレン
ブラック,アニリンブラックまたはブラックメタルなどの着色剤を含む樹脂を用い
たりする。ここで,着色剤を含む樹脂としては,紫外線硬化性樹脂または熱硬化性
樹脂などが用いられたりする。
」
2 判断
(1) 取消事由1(特許法36条6項2号に係る判断の誤り)について
ア 審決は,本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,「黒色の金属」につ
いて定義がされておらず,具体的な物質・部材等を特定するための説明もないから,
色彩として黒く見える(黒色の)金属,例えば,鉄・コバルト・ニッケル・クロム
等の黒色の光沢を持つ金属も含まれることとなり,技術的外縁が不明で,その意義
が明確であるとはいえないとして,特許法36条6項2号に違反すると判断する。
しかし,審決の上記判断には,以下のとおり,誤りがある。
すなわち,本願発明に係る特許請求の範囲の記載及び本願明細書の発明の詳細な
説明の上記記載によれば,本願発明は,PDP装置において,明室条件では,外部
環境光がPDPフィルタを通過してパネルアセンブリ内に流入し,パネルアセンブ
リ内の放電セルから発生した入射光との重畳が発生する結果,コントラスト比が低
下し,PDP装置の画面表示能力が劣るところ,輝度,視野角及び明室条件におけ
るコントラスト比を向上させることができる外光遮断層を提供することを目的とし,
透明樹脂材質の基材の一面に一定の周期で互いに離隔して,所定濃度で着色剤を含
む樹脂を含むくさび形遮光パターンを,所定の面積割合で形成するものであり,着
色剤を含む樹脂は金属粉末を樹脂に添加したもので,その金属粉末は黒色の金属で
あるというものと解される。そして,本願発明における遮光パターンは,0.5~
1.5wt%重量濃度で着色剤を含む樹脂を含むものであり,その着色剤を含む樹
脂は,金属粉末を前記樹脂に添加したもので,その金属粉末は,黒色の金属である
と特定されている。そうすると,本願発明に係る特許請求の範囲の「前記金属粉末
は,黒色の金属である」との記載は,その文言どおり,樹脂に添加される金属粉末
の色が黒色であることを意味するものと理解することができる。
また,本願明細書の発明の詳細な説明の記載(段落【0027】【0031】
, )
を参照すると,本願発明における遮光パターンは,外部からパネルアセンブリに流
入する外部環境光を遮断するものであり,光の吸収が可能となるように,黒色の金
属粉末を用いるものと解されるから,本願発明における金属粉末の「黒色」とは,
外部環境光の吸収が可能な程度の黒色であると理解することができる。
さらに,金属粉末は比表面積が大きいため,通常,大気中では表面が酸化された
状態にあるところ,金属の酸化物に黒色のものが存在することは当業者に広く知ら
れた事項であり(甲6)
,金属粉末として黒色のものが存在することも技術常識と
いえるから,当業者は,黒色の金属粉末が具体的にどのようなものであるかを理解
することができるものと認められる。
したがって,本願発明に係る特許請求の範囲の「前記金属粉末は,黒色の金属で
ある」との記載の意味は明確といえる。
イ 被告の主張について
これに対し,被告は,①単に「黒色の金属」と表記した場合,当業者は,これが
鉄やコバルト,ニッケル,クロム等であると認識するのが通常であるところ,鉄や
コバルト,ニッケル,クロムは,実際には白色や銀白色で,光沢のある金属である
から,鉄やコバルト,ニッケル,クロムから形成された微粒子たる金属粉末につい
て,本願発明における外光遮断機能を有する「黒色の金属」に含まれるのか否かは
明確でない,②本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】
)の記載からは,
「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」との関係が明確でないと主張する。
しかし,上記のとおり,本願発明の特許請求の範囲の「黒色の金属」とは,樹脂
に添加される金属粉末が,黒色の金属粉末であることを意味するものにすぎず,金
属の種類(鉄など)を特定するものではないから,被告の上記主張は,前提におい
て相当でない。また,黒色の金属粉末であるかどうかは,その金属粉末の色により
決定されるものであり,金属粉末が白色で光沢があるものであれば,色が黒色でな
い以上,黒色の金属粉末に含まれないことは明らかである。
さらに,本願明細書の発明の詳細な説明には,「表面が黒く処理された,または
黒色の金属(これを“ブラックメタル”という)を用いる場合」(段落【003
1】
)と記載されており,
「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」とは異な
る概念であると解され,両者の関係が問題となる余地があるところ,本願発明は,
平成23年2月7日付け手続補正書において,特許請求の範囲の請求項1について,
「前記金属粉末は,黒色の金属であること」として,本願明細書の発明の詳細な説
明に記載された「表面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」のうち,「黒色の
金属」に特定したものと解されるから,発明の詳細な説明に「表面が黒く処理され
た,または黒色の金属」と記載されていることをもって,本願発明の特許請求の範
囲に記載された「黒色の金属」が不明確であるということもできない(なお,当審
における原告の主張には,特許請求の範囲及び本願明細書の発明の詳細な説明の記
載と整合しないような部分もあるが,そうであるからといって,審決の明確性要件
の判断を是認することはできない。。
)
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
ウ 以上のとおり,本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「黒色の金属」
の意義は明確であり,特許法36条6項2号に違反しない。
(2) 取消事由2(特許法36条4項1号に係る判断の誤り)
ア 審決は,①本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0031】)に記載され
た「表面が黒く処理された」金属は,例えば,顔料の素材のように導電性を持たな
いものを含むところ,そのような物質では,「電磁波遮断機能を効率的に具現する
ことができる」との効果を発揮することができない,②本願明細書の発明の詳細な
説明には,「表面が黒く処理された」金属を金属粉末として樹脂に添加した後も,
「黒色の金属」という物理的性質を保持するための具体的手段が開示されていない
として,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明を実施するこ
とができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,特許法36条4項1号
に違反すると判断する。
しかし,審決の上記判断には,以下のとおり,誤りがある。
すなわち,上記のとおり,本願発明は,特許請求の範囲において,「前記金属粉
末は,黒色の金属である」とし,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「表
面が黒く処理された」金属と「黒色の金属」のうち,
「黒色の金属」に特定したも
のと解される。そして,上記のとおり,金属粉末として黒色のものが存在すること
は,技術常識というべきであり,当業者は,黒色の金属粉末が具体的にどのような
ものであるか理解することができるものと認められる。そうすると,
「金属粉末の
表面が黒く処理された」金属について実施可能要件を満たすか否かにかかわらず,
本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「黒色の金属」については,特許法3
6条4項1号に違反しないものと認められる。
イ 被告の主張について
これに対し,被告は,①鉄やコバルト,ニッケル,クロム等の白い光沢を持つ金
属の金属粉末は,外光遮断機能を具現化することができない,②本願明細書の発明
の詳細な説明に記載された「金属粉末の表面が黒く処理された」金属について,
「12~20μm」よりはるかに小さな微粒子とした場合にも,依然として電磁波
遮断機能及び外光遮断機能を備えた「黒色の金属」として存在し得るのかが明らか
でなく,その表面処理の方法も明らかでないと主張する。
しかし,上記のとおり,本願発明は,樹脂に添加される金属粉末が,黒色の金属
粉末であるとするものにすぎず,金属の種類(鉄など)を特定するものではない。
また,本願発明は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「表面が黒く処理
された」金属と「黒色の金属」のうち,
「黒色の金属」に特定したものと解される。
したがって,被告の上記主張は,その前提に誤りがあり,採用することができな
い。
ウ 以上のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明
を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり,特許法36
条4項1号に違反しない。
3 結論
以上のとおり,原告が主張する取消事由には理由があり,審決は取消しを免れな
い。その他,被告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝 田 俊 文
裁判官
西 理 香
裁判官
知 野 明
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