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平成29(行ケ)10143審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成30年7月5日
事件種別 民事
当事者 被告富士フイルム株式会社
原告イー.ケー.シー.テクノロジー.
対象物 ウェーハレベルパッケージングにおけるフォトレジストストリッピングと残渣除去のための組成物及び方法
法令 特許権
キーワード 実施60回
審決27回
進歩性8回
無効6回
優先権1回
特許権1回
無効審判1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事件の概要 弁論の全趣旨から認められる。なお,本判決においては,「テトラメチルアン モニウムヒドロキシド」を「TMAH」と,「コリンヒドロキシド」を「COH」と, 「ヒドロキシルアミン」を「HA」と,「ヒドロキシルアミン塩」を「HA塩」と, 「ヒドロキシルアミンサルフェート」を「HAS」とそれぞれ表記することがある。)

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判決文

平成30年7月5日判決言渡
平成29年(行ケ)第10143号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成30年5月10日
判 決
原 告 イー.ケー.シー.テクノロジー.
インコーポレーテッド
同訴訟代理人弁護士 増 井 和 夫
橋 口 尚 幸
齋 藤 誠 二 郎
被 告 富士フイルム株式会社
同訴訟代理人弁護士 根 本 浩
同訴訟代理人弁理士 赤 堀 龍 吾
鷲 尾 透
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2015-800143号事件について平成29年4月25日
にした審決のうち,「特許第5456973号の請求項1ないし9に係る発明
についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
第2 前提となる事実(証拠を掲記した以外の事実は,当事者間に争いがないか,
弁論の全趣旨から認められる。なお,本判決においては,「テトラメチルアン
モニウムヒドロキシド」を「TMAH」と,「コリンヒドロキシド」を「COH」と,
「ヒドロキシルアミン」を「HA」と,「ヒドロキシルアミン塩」を「HA塩」と,
「ヒドロキシルアミンサルフェート」「HAS」
を とそれぞれ表記することがある。)
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成17年10月28日,発明の名称を「ウェーハレベルパッケ
ージングにおけるフォトレジストストリッピングと残渣除去のための組成物
及び方法」とする国際出願(PCT/US2005/039381,優先権
主張:平成16年10月29日 米国)をし,平成26年1月17日,特許
権の設定の登録(特許第5456973号。請求項の数は15。)を受けた
(以下「本件特許」という。甲50,52)。
(2) 被告は,平成27年6月26日,本件特許の請求項1~15につき無効審
判を請求した(無効2015-800143号)。
原告は,平成28年12月28日付けで,本件特許の特許請求の範囲及び
明細書について訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明
細書及び図面を併せて「本件明細書」という。なお,本件訂正において,請
求項10~15は削除するとされた。甲51)
特許庁は,平成29年4月25日,原告の本件訂正請求を認めた上,以下
のとおりの審決をし,その謄本は,同年5月9日,原告に送達された。なお,
出訴期間として90日が附加された。
「特許第5456973号の請求項1ないし9に係る発明についての特許を
無効とする。
特許第5456973号の請求項10ないし15についての本件審判の請
求を却下する。」
(3) 原告は,平成29年7月7日,審決の取消しを求めて,本件訴訟を提起し
た。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許につき,本件訂正後の請求項1~9に係る特許請求の範囲の記載は,
次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1~9に記載された各発明を,
請求項の番号に従って,それぞれ「訂正後発明1」~「訂正後発明9」といい,
これらを総称して「本件訂正発明」という。なお,原文の改行は適宜省略する
ことがある。以下同じ。)。
「【請求項1】
上に回路又は回路の一部が存在する,集積回路基板から,ウェーハレベルパ
ッケージング基板から,又はプリント基板から,ポリマー,エッチング残渣,
アッシング残渣,又はそれらの組合せを除去するための組成物であって,前記
組成物が,
下記構造:
【化1】
(式中:Xは,ヒドロキシドであり,R1は,メチルであり,かつR2,R3,及びR4
は,独立にメチル,エチル,ヒドロキシメチル又はヒドロキシエチルである)
を有する0.4質量%~30質量%の有機アンモニウム化合物と,
下記構造:
【化2】
(式中:Xは,サルフェートであり,R5は,水素であり,かつR6及びR7は,水素
である)を有する0.1質量%~5質量%のオキソアンモニウム化合物と,
水とを含み,
前記組成物のpHが7より高く,
前記組成物が,前記基板と関係がある回路,又はその一部の動作性を維持し
ながら,前記基板から,前記ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又
はそれらの組合せを除去することができる,組成物。
【請求項2】
水と混和性の有機極性溶媒をさらに含む,請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記有機極性溶媒がN-メチル-ピロリドン,ジメチルスルホキシド,ジグ
リコールアミン,モノエタノールアミン,プロピレングリコール,又はそれら
の混合物を含む,請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記有機アンモニウム化合物が1質量%~10質量%の量で存在し,前記水が15
質量%~94質量%の量で存在し,かつ前記オキソアンモニウム化合物が0.4質量%
~3質量%の量で存在する,請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
上に回路又は回路の一部が存在する,集積回路基板から,ウェーハレベルパ
ッケージング基板から,又はプリント基板から,ポリマー,エッチング残渣,
アッシング残渣,又はそれらの組合せを除去するための組成物であって,前記
組成物が,
テトラメチルアンモニウムヒドロキシドからなる有機アンモニウム化合物と,
ヒドロキシルアミンサルフェートからなるオキソアンモニウム化合物と,
水とを含み,
前記有機アンモニウム化合物が1質量%~10質量%の量で存在し,かつ前記オキ
ソアンモニウム化合物が0.4質量%~3質量%の量で存在し,
前記組成物のpHが7より高く,
前記組成物が,前記基板と関係がある回路,又はその一部の動作性を維持し
ながら,前記基板から,前記ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又
はそれらの組合せを除去することができる,組成物。
【請求項6】
上に銅又はアルミニウムの回路又は回路の一部が存在する,集積回路基板か
ら,ウェーハレベルパッケージング基板から,又はプリント基板から,ポリマ
ー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれらの組合せを除去するための
組成物であって,前記組成物が,
有機アンモニウム化合物としてテトラメチルアンモニウムヒドロキシドと,
オキソアンモニウム化合物としてヒドロキシルアミンサルフェートと,
pH調整剤と,
水とを含み,
前記有機アンモニウム化合物が1質量%~10質量%の量で存在し,かつ前記オキ
ソアンモニウム化合物が0.5質量%~3質量%で存在し,
前記組成物のpHが7~12である,
前記組成物が,前記基板と関係がある回路,又はその一部の動作性を維持し
ながら,前記基板から,前記ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又
はそれらの組合せを除去することができる,組成物。
【請求項7】
前記組成物のpHが7~11である,請求項1から6のいずれか1項に記載の組成
物。
【請求項8】
上に回路又は回路の一部が存在する,集積回路基板から,ウェーハレベルパ
ッケージング基板から,又はプリント基板から,ポリマー,エッチング残渣,
アッシング残渣,又はそれらの組合せを除去するための方法であって,前記集
積回路基板,ウェーハレベルパッケージング基板,又はプリント基板と,請求
項1から7のいずれか一項に記載の組成物とを35℃~100℃で,かつ10秒~45
分間接触させる工程を含み,それにより前記集積回路基板,ウェーハレベルパ
ッケージング基板,又はプリント基板から,これら基板と関係がある回路,又
はその一部の動作性を維持しながら,前記ポリマー,エッチング残渣,アッシ
ング残渣,又はそれらの組合せを除去する,方法。
【請求項9】
前記温度が45℃~75℃であり,かつ前記時間が5分~30分である,請求項8に
記載の方法。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりである。その概要は,①本
件特許は,実施可能要件に適合するものとはいえない,②本件特許は,サポー
ト要件に適合するものとはいえない,③本件訂正発明は,特表2002-52
0812号公報(甲1)に記載された発明(2つの発明が記載されており,以
下,それぞれ「甲1発明A」及び「甲1発明B」という。)と特開2002-
196510号公報(甲2)に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明
できたものである,④本件訂正発明は,米国特許第6245155号明細書(甲
12)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえな
い,というものである。
4 審決が認定した主引用発明の内容並びに本件訂正発明と主引用発明との一致
点及び相違点
(1) 甲1発明Aについて
ア 甲1発明Aの内容
溶液F4であって,組成が,5%のヒドロキシルアミン,45%の溶媒,12%
の塩基,38%の水からなる,溶液F4。
イ 訂正後発明1と甲1発明Aとの一致点
組成物であって,前記組成物が,塩基と,アンモニウム化合物と,水と
を含む,組成物。
ウ 訂正後発明1と甲1発明Aとの相違点
<相違点1>
訂正後発明1の「塩基」は,「下記構造:
【化1】
(式中:Xは,ヒドロキシドであり,R1は,メチルであり,かつR2,R3,
及びR4は,独立にメチル,エチル,ヒドロキシメチル又はヒドロキシエ
チルである)を有する0.4質量%~30質量%の」有機アンモニウム化合物で
あるのに対して,甲1発明Aの「塩基」は,これが明らかではない点。
<相違点2>
訂正後発明1の「オキソアンモニウム化合物」は,「下記構造:
【化2】
(式中:Xは,サルフェートであり,R5は,水素であり,かつ R6 及びR7
は,水素である)を有する0.1質量%~5質量%のオキソアンモニウム化合
物」であるのに対して,甲1発明Aの「ヒドロキシルアミン」は,訂正
後発明1の「オキソアンモニウム化合物」に該当する化合物ではない点。
<相違点3>
訂正後発明1の「組成物」は,「組成物のpHが7より高く」なっている
のに対して,甲1発明Aの「溶液F4」は,これが明らかではない点。
<相違点4>
訂正後発明1の「組成物」 「上に回路又は回路の一部が存在する,
は,
集積回路基板から,ウェーハレベルパッケージング基板から,又はプリ
ント基板から,ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれ
らの組合せを除去するための」組成物であって,「前記基板と関係があ
る回路,又はその一部の動作性を維持しながら,前記基板から,前記ポ
リマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれらの組合せを除去
することができる」組成物であるのに対して,甲1発明Aの「溶液F4」
は,一応,これが明らかではない点。
(2) 甲1発明Bについて
ア 甲1発明Bの内容
集積回路から残留物を除去するための方法であって,前記集積回路を,
コリン化合物,水及び有機溶媒を含む組成物と,前記集積回路から前記残
留物を除去するのに十分な温度で,かつ十分な時間,接触させる工程を含
み,前記組成物が,さらにヒドロキシルアミン又はヒドロキシルアミン塩
を含む,方法。
イ 訂正後発明1と甲1発明Bとの一致点
組成物であって,前記組成物が,有機アンモニウム化合物と,アンモニ
ウム化合物と,水とを含む,組成物。
ウ 訂正後発明1と甲1発明Bとの相違点
<相違点1>
訂正後発明1の「有機アンモニウム化合物」は,「下記構造:
【化1】
(式中:Xは,ヒドロキシドであり,R1は,メチルであり,かつR2,R3,
及びR4は,独立にメチル,エチル,ヒドロキシメチル又はヒドロキシエ
チルである)を有する0.4質量%~30質量%の」有機アンモニウム化合物で
あるのに対して,甲1発明Bの「コリン化合物」は,この構造に限られ
ない点。
<相違点2>
訂正後発明1の「オキソアンモニウム化合物」は,「下記構造:
【化2】
(式中:Xは,サルフェートであり,R5は,水素であり,かつR6及びR7は,
水素である)を有する0.1質量%~5質量%のオキソアンモニウム化合物」
であるのに対して,甲1発明Bの「ヒドロキシルアミン又はヒドロキシ
ルアミン塩」のうち,「ヒドロキシルアミン」は,訂正後発明1の「オ
キソアンモニウム化合物」に該当する化合物ではなく,また,「ヒドロ
キシルアミン塩」は,訂正後発明1の「オキソアンモニウム化合物」の
構造に限られない点。
<相違点3>
訂正後発明1の「組成物」は,「組成物のpHが7より高く」なっている
のに対して,甲1発明Bの「組成物」は,これが明らかではない点。
<相違点4>
訂正後発明1の「組成物」 「上に回路又は回路の一部が存在する,
は,
集積回路基板から,ウェーハレベルパッケージング基板から,又はプリ
ント基板から,ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれ
らの組合せを除去するための」組成物であって,「前記基板と関係があ
る回路,又はその一部の動作性を維持しながら,前記基板から,前記ポ
リマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれらの組合せを除去
することができる」組成物であるのに対して,甲1発明Bの「組成物」
は,一応,これが明らかではない点。
第3 原告主張の取消事由
1 取消事由1(甲1発明Aに基づく容易想到性の判断の誤り)
(1) 訂正後発明1について
ア 相違点の認定の誤り
審決が認定した甲1発明A,並びに訂正後発明1と甲1発明Aとの相違
点3及び4は争わない。しかし,甲1発明Aと訂正後発明1とを対比した
場合,甲1発明Aにおける化合物の含有量には数値限定がされなければな
らない。また,訂正後発明1ではオキソアンモニウム化合物がHASに限定さ
れている点を的確に反映させなければならない。
したがって,訂正後発明1と甲1発明Aとの相違点1及び2は次のよう
に認定されるべきである。
<相違点1>
訂正後発明1の「塩基」は,「下記構造:
【化1】
(式中:Xは,ヒドロキシドであり,R1は,メチルであり,かつR2,R3,
及びR4は,独立にメチル,エチル,ヒドロキシメチル又はヒドロキシエ
チルである)を有する0.4質量%~30質量%の有機アンモニウム化合物」で
あるのに対して,甲1発明Aの「12%の塩基」は,化学構造が明らかでは
ない点。
<相違点2>
訂正後発明1は「0.1質量%~5質量%のHAS」を含有するのに対して,甲
1発明Aは「5%のHA」を含有する点。
イ 相違点1に係る有機アンモニウム化合物の選択についての判断の誤り
審決は,甲1の記載に基づき,「塩基」としてTMAHやCOHを採用すること
は容易であると判断した。
しかし,甲1発明Aでは,単に「塩基」とのみ特定されているだけであ
って,具体的にどのような化合物がよいのかを示唆していない。また,甲
1の段落【0041】に例示された7種類の塩基から,特定の構造を選択
する積極的な動機付けは存在しない。さらに,甲1には,同段落も含めて,
HAと組み合わせる塩基に関する記載があるのみで,HASと組み合わせるべき
塩基についての記載はないし,HASとHAが同様の化合物であるとして並列的
に記載されている訳でもない。
したがって,当業者は相違点1に係る構成を容易に想到することができ
ない。
ウ 相違点2に係るオキソアンモニウム化合物の選択についての判断の誤り
(ア) HAをHASに置換することについて
審決は,甲1に接した当業者において,甲1発明AのHAを,銅との不
適合とならない少量添加の範囲内でHA塩に置換することは,甲1が示唆
する「化学を設計すること」にすぎないと判断した。
しかし,甲1の表5の記載を参酌すれば, HA以外の成分の含有量がレ
ジスト除去効率に影響を及ぼしていることは明らかであるから,当業者
は,単純にHAを少量添加すればレジスト除去効率が高まるとは理解しな
いし,HAではなくHA塩の一種にすぎないHASであればなおさらである。
また,甲1の請求項17及び段落【0015】の記載も,任意にHA又
はHA塩を含むとしているにすぎず,甲1発明AのHAをHASに置換すること
について,何ら具体的な示唆を与えるものではない。
さらに,甲1の段落【0017】の記載は,HAを含有する組成物は銅
との高度の不適合性を示す場合があることを警告し,HAを注意深く使用
すべきことを指摘しているにすぎない。そもそも,同段落の記載は, HAS
を用いる態様に関し,何ら具体的な示唆を与えるものではない。
このように甲1におけるごく一般的な記載から,相違点2に係る構成
に至る動機付けを導くことはできない。
(イ) 甲2に開示されている技術について
a 審決は,甲1にはHA塩が具体的に開示されていないとしても,HAS
は周知の化合物であり,HAをHASに置換可能であることは甲2等におい
て既に知られていたと判断した。
しかし,HAは分子量33.03の塩基性化合物,HASは分子量164.14の酸
性化合物と,両者の化学的性質は明らかに異なっている。また,硫酸
イオンの存在は半導体の製造上好ましくないとされている。したがっ
て,HA塩の一種としてHASが周知であったとしても,甲1発明Aに用い
られているHAを単純にHASに置換できるものではないし,多種多様な化
合物を包含するHA塩の中からHASを積極的に採用する動機付けもない。
仮に,当業者が,甲1発明AのHAをHASに置換することを想定し,甲
1発明Aに基づいてHASをそのまま5質量%配合すると,化学当量からみ
て,これは約2質量%のHAを配合した場合に相当するが,これに相当す
る溶液F3(甲1の表5参照)では,レジスト除去能力が「不完全」
とされている。他方で,HAに換算して5質量%相当の含有量が望ましい
とすると,配合すべきHASは約12.5質量%となり,訂正後発明1の「0.1
質量%~5質量%」を大きく逸脱する。
b そもそも,甲2は,HAの不安定性や危険性に鑑み,HASを使用した剝
離液を新たに提案するものにすぎず,HAを用いた組成物において,こ
れをHASに置換することを技術思想として提案するものではない。また,
甲2によれば,高い剝離性能を発揮するためには,HAS以外にモノエタ
ノールアミン等の含有量が重要とされている。したがって,甲2が開
示するこれらの技術思想に鑑みれば,アルカノールアミン類との組合
せを捨象し,HASに関する部分のみを取り出して甲1発明Aに適用する
ことはできない。
換言すると,甲2が開示する技術思想においては,HASとアルカノー
ルアミン等の組合せが必須であり,かつ,モノエタノールアミン等の
含有量が重要な要素となっているから,当該技術思想を甲1発明Aに
適用すると訂正後発明1の構成に至らない。
エ 相違点3に係るpH値についての判断の誤り
審決は,「pHを7より高くすることは,当業者における通常の試行錯誤に
よる化学の設計の範囲内の事項にすぎない」と判断した。
しかし,単に「試行錯誤」により到達できたというだけでは,進歩性を
否定する理由とならない。そもそも,TMAHとHASを洗浄成分とする組成物は,
酸性側で使用すべきことが本件特許の優先日当時の技術常識であった。上
記ウのとおり,酸性化合物であるHASを選択した組成物であれば,その特性
を生かすべく酸性側で使用するのが合理的である。訂正後発明1は,この
技術常識に反し,アルカリ性側で優れた作用効果を発揮することを見出し
たものである。
オ 相違点4について
審決が認定したとおり,訂正後発明1の構成を選択すれば,おのずと訂
正後発明1と同様の作用効果がもたらされることは争わない。
カ 相違点の容易想到性についての判断方法
相違点1~3に係る構成は相互に関連しているから,訂正後発明1の進
歩性の判断に当たっては,相違点1~3をそれぞれ個別に判断するのでは
なく,その相互関係を考慮すべきである。
すなわち,訂正後発明1では,相違点1に係る特定構造の有機アンモニ
ウム化合物の一定量と,相違点2に係る特定構造のオキソアンモニウム化
合物(HASに限定)の一定量とを組み合わせ,しかも従来技術では酸性側で
使用されていたところを,相違点3に係るpHをアルカリ性側となるように
調整することで,初めて課題解決が達成されるものである。
このように,相違点1~3を全て解決するためには,多種多様な要因を
複雑に組み合わせることが必要であるところ,審決が指摘した文献は,い
ずれもこの点について具体的な示唆を与えるものではない。
キ 訂正後発明1の作用効果
訂正後発明1の組成物をアルカリ性側で使用することにより,①残存フ
ォトレジストを除去・洗浄する機能においては,組成物のpHが酸性側では
全く除去できない条件下でも,pHをアルカリ性側に調整すると除去可能と
なり,残渣除去性能において格段の差がみられ,かつ,②回路の損傷量を
抑える点においては,代表的な金属である銅とアルミニウムのいずれにつ
いても,pHが酸性側の場合よりも同等以上の効果が得られる。これは,甲
1発明Aから予測できない顕著な作用効果である。
ク 小括
したがって,当業者は,甲1発明Aに基づいて,訂正後発明1を容易に
想到することができない。
(2) 訂正後発明2及び3について
訂正後発明1が進歩性を有する以上,訂正後発明2及び3も同様に進歩性
を有する。
(3) 訂正後発明4について
ア 訂正後発明4と甲1発明Aとの相違点は,次のとおりである。
<相違点1’>
含有量が「1質量%~10質量%」である点を除き,相違点1と同じ。
<相違点2’>
含有量が「0.4質量%~3質量%」である点を除き,相違点2と同じ。
イ 相違点1’について
甲1の表5は,塩基の含有量を12質量%から減らすと不利益がもたらされ
ることを明確に示唆している。他方,甲1の段落【0016】は,塩基を
10質量%より多く添加することを教示している。したがって,訂正後発明4
のように有機アンモニウム化合物の含有量を「1質量%~10質量%」まで減ら
すことは,甲1の示唆に反する。
ウ 相違点2’について
甲1の表5は,HAの含有量を5質量%から減らすと不利益となることを示
唆している。また,HAとHASとがいずれもヒドロキシルアミン構造を有する
点に着目してHAをHASに置換するのであれば,化学当量を考慮して約12.5
質量%のHASを配合することになるから,HASの含有量が増加する。
したがって,訂正後発明4のようにHASの含有量を「0.4質量%~3質量%」
に減らすことは,甲1の示唆に反する。
エ 小括
以上によれば,当業者は,甲1発明Aから,有機アンモニウム化合物及
びHASの含有量の数値範囲を減縮した訂正後発明4を容易に想到することが
できない。
(4) 訂正後発明5及び6について
訂正後発明5及び6の有機アンモニウム化合物及びHASの含有量についても,
上記(3)ア~ウにおける主張が妥当する。
したがって,当業者は,甲1発明Aに基づいて,訂正後発明5及び6を容
易に想到することができない。
(5) 訂正後発明7~9について
従属項である訂正後発明7~9についても,上記において主張したとおり,
当業者は,甲1発明Aに基づいて,容易に想到することができない。
(6) 小括
したがって,当業者は甲1発明Aに基づいて本件訂正発明を容易に想到す
ることができたとの審決の判断は誤りである。
2 取消事由2(甲1発明Bに基づく容易想到性の判断の誤り)
(1) 訂正後発明1について
ア 相違点1について
審決は,甲1に「コリン化合物」としてCOH及びTMAHが例示されているか
ら,甲1発明Bの「コリン化合物」としてCOHやTMAHを選択することは容易
であると判断した。
しかし,甲1発明Bは,甲1の請求項10及び17に基づいた極めて抽
象的なものにすぎず,組成物が含有する具体的な化合物,各化合物の含有
量及びpHについて,何ら特定していない。また,甲1には「コリン化合物」
として抽象的に様々な化合物の名称が列挙されているにすぎず,その選択
についての具体的な示唆はない。
したがって,このような抽象的な内容に基づいて,当業者は,訂正後発
明1を容易に想到することができない。
イ 相違点2について
審決は,甲1発明Bの組成物はHA又はHA塩を含むところ,HA塩としてHAS
は周知であり,かつ,HAをHASに置換可能であることも当業者に知られてい
ると判断した。
しかし,甲1発明Bは単に「ヒドロキシルアミン又はヒドロキシルアミ
ン塩」を含むと抽象的に記載しているにすぎず,甲1にHA塩の具体的な化
合物としてHASが例示されている訳でもない。そして,多種多様な化合物を
包含するHA塩の中からHASを積極的に採用することの動機付けがないことは,
上記1(1)ウにおいて主張したとおりである。
ウ 相違点3について
審決は,甲1発明BのpHを訂正後発明1の数値範囲のものとすることは,
甲1の記載に従う当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項であると
判断した。
しかし,そもそも甲1にpHについて言及した記載はなく,敢えてpHを7
より高くすることを示唆していない。また,相違点1に係るコリン化合物
と相違点2に係るHA又はHA塩の含有量により,pHは酸性側,アルカリ性側
のいずれにもなり得る。さらに,上記1(1)エにおいて主張したとおり,TMAH
とHASを洗浄成分とする組成物は,酸性側で使用すべきことが本件特許の優
先日当時の技術常識であったから,「pHを7より高く」することは,当業
者における通常の創意工夫の範囲を逸脱する。
エ 相違点の容易想到性についての判断方法
甲1発明Bに基づく容易想到性の判断に当たっても,相違点1~3に係
る構成は相互に関連しているから,訂正後発明1の進歩性の判断に当たり,
相違点1~3をそれぞれ個別に判断するのではなく,その相互関係を考慮
すべきであることは,上記1(1)カにおいて主張したとおりである。
(2) 訂正後発明2,3,7~9について
訂正後発明1が進歩性を有する以上,訂正後発明2,3,7~9も同様に
進歩性を有する。
(3) 訂正後発明4について
甲1発明Bは組成物中の各成分の含有量が明らかでないところ,訂正後発
明4の「1質量%~10質量%の有機アンモニウム化合物」及び「0.4質量%~3質
量%のHAS」のように,それぞれ含有量を調整する動機付けがないことは,上
記1(3)において主張したとおりである。
(4) 訂正後発明5及び6について
訂正後発明5及び6の有機アンモニウム化合物及びオキソアンモニウム化
合物の含有量についても,上記1(3)の主張が妥当する。また,訂正後発明6
はpH調整剤の使用を必須とし,pHを7~12の範囲に減縮している。
したがって,訂正後発明5及び6が進歩性を有することは明らかである。
(5) 小括
したがって,当業者は甲1発明Bに基づいて本件訂正発明を容易に想到す
ることができたとの審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(実施可能要件適合性の判断の誤り)
(1) 審決は,①本件明細書には組成物のpHが7付近の実施例がないこと,②回路
を形成する金属材料に関し,銅以外の実施例がないことを根拠として,本件
特許が実施可能要件に適合していないと判断したが,これは誤りである。
すなわち,当業者は,本件明細書の記載に基づいて,pH7付近においても本
件訂正発明を実施することができるし,保護すべき導電性金属の種類に応じ
てpHを適宜調整することができる。また,本件訂正発明の作用効果は,追試
実験によっても確認されている。
(2) pH7付近で実施することは可能であること
十分な作用効果が得られなかった場合に処理条件を適宜設定することは,
自然科学一般において常に必要な当たり前の作業にすぎず,当業者の実験事
項にすぎない。
これを訂正後発明1についてみると,まず,訂正後発明8及び9に係る特
許請求の範囲の記載から,温度及び接触時間を適宜変更することが予定され
ていると理解できる。また,本件明細書の表19に,W5及びW6としてpH
が12以上である実施例が記載されていることに加え,段落【0044】及び
【0089】に,pHは7~12が望ましい範囲であること,この範囲内ではpH
が12以上の例よりも強い条件(高温又は長い接触時間)を適用すればよいこ
とが記載されている。したがって,本件明細書の表19にpHが7~12の範囲に
係る実施例が記載されていなくとも,本件明細書の記載に接した当業者は,
pH7付近では表19記載の条件(55℃で10分間)よりも強い条件を容易に適用
することができる。
原告が実施した追試実験において,訂正後発明1に係る組成物でpHが7~12
の範囲内のものであっても,表19記載の条件より処理時間を長くすること
により,レジストの「完全な除去」が実現できた。また,回路上の残渣除去
性能試験においても,pHが7~12の範囲内の組成物は,pHが7未満の組成物よ
りも格段に優れた作用効果を発揮した。
(3) 保護すべき導電性金属の種類に応じてpHを適宜調整できること
訂正後発明1は,回路の素材が銅の場合とアルミニウムの場合の両方を含
んでいるところ,銅の場合とそれ以外の場合とでは,pHを変えたときのエッ
チング速度の傾向が異なる。また,訂正後発明1に係る特許請求の範囲には,
微細な回路に使用することが記載されているところ,このような微細な回路
では腐食に対する許容量が特に問題となる。
しかし,当業者は,本件明細書の段落【0043】~【0045】の記載
及びアルミニウムに関する技術常識に基づき,腐食に対する許容量を勘案し
て,訂正後発明1の組成物の構成と具体的な処理条件とを調整することで,
訂正後発明1を実施することができる。
すなわち,本件明細書の段落【0043】~【0045】の記載は,ポリ
マーや残渣の除去と,回路に使用されている金属の腐食防止とを両立するた
めには,保護すべき金属の種類に応じて,pH調整剤を任意成分として使用し,
pHを適宜調整することが重要であることを示唆している。また,回路の素材
として代表的な金属であるアルミニウムは,pHが高くなると損傷度が増すも
のの,腐食が進みやすいNaOH水溶液の場合でも,pH10程度までは十分に許容
できるレベルに腐食を抑えられることは技術常識である。
実際に原告が実施したアルミニウム銅合金配線の残渣除去試験において,
残渣除去性能と配線の保護とがpHが7~12の範囲で両立することが確認できた。
(4) 小括
以上によれば,訂正後発明1に関し,本件明細書の発明の詳細な説明の記
載は実施可能要件に適合している。そして,従属項である訂正後発明2~9
に関しても,実施可能要件に適合していることは明らかである。
したがって,本件特許は実施可能要件に適合する。
4 取消事由4(サポート要件適合性の判断の誤り)
(1) 審決は,①本件訂正発明に係る組成物は,有機アンモニウム化合物として
TMAHを含んでいるところ,本件明細書にはCOH以外の実施例がないこと,②本
件明細書にはpHが7~12の範囲の実施例がないこと,③本件明細書には銅以外
の金属で形成された回路の損傷について確認した実施例がないことを根拠と
して,本件特許がサポート要件に適合していないと判断した。しかし,次の
とおり,この判断は誤りである。
(2) COHとTMAHとは置換可能であること
訂正後発明1~4の組成物は,含有する有機アンモニウム化合物としてCOH
以外の化合物を許容する。また,訂正後発明5及び6の組成物は,含有する
有機アンモニウム化合物がTMAHに限定されている。
しかし,COH及びTMAHは,4個の炭素原子が窒素原子に結合した4級アンモ
ニウム塩の構造を有しているところに特徴があり,R1~R4の置換基の違いは
本質的な問題でない。実際に,本件特許の優先日前から,COH及びTMAHのいず
れもが残渣除去に有効であることは周知であり,両者は同等なものとして使
用されていた。また,本件明細書においても,COHとTMAHとは特に区別されて
いない。
したがって,当業者は,COHとTMAHとは容易に置換可能な化合物であり,本
件明細書の実施例において使用されたCOHに換えてTMAHを用いた場合も,発明
の課題が解決できると認識できる。
(3) pHが7~12の組成物について
上記3(2)において主張したとおり,当業者は,本件明細書の表19,段落
【0044】及び【0089】の各記載から,組成物のpHをアルカリ性側に
調整すれば残渣を除去・洗浄する機能を有すること,pHが7~12の範囲ではpH
が12以上の場合よりも強い条件を適用すればよいこと,がそれぞれ理解でき
る。
(4) 回路の損傷について
上記3(3)において主張したとおり,当業者は,本件明細書の段落【004
3】~【0045】の各記載及び技術常識から,回路の素材が銅の場合とそ
れ以外(アルミニウム等)の場合とでは,素材に応じて組成物のpHを7以上の
アルカリ性側で適宜調整すればよいことを容易に理解できる。
(5) 小括
以上によれば,訂正後発明1~6に関し,特許請求の範囲の記載はサポー
ト要件に適合している。そして,訂正後発明7~9に関しても,サポート要
件に適合していることは明らかである。
したがって,本件特許はサポート要件に適合する。
第4 被告の反論
1 取消事由1(甲1発明Aに基づく容易想到性の判断の誤り)について
(1) 訂正後発明1について
ア 相違点の認定の誤りについて
原告は,訂正後発明1と甲1発明Aとを対比した場合,甲1発明Aの化
合物の含有量に数値限定がされなければならないと主張する。しかし,甲
1発明Aの「12%の塩基」と「5%のHA」の含有量は,本件訂正発明1におけ
るそれと一致しているのであるから,審決が両化合物の含有量を一致点と
判断していることに何ら誤りはない。
イ 相違点1に係る有機アンモニウム化合物の選択について
原告は,甲1には,HASと組み合わせるべき塩基についての記載がないと
主張する。しかし,甲1の請求項17及び段落【0015】は,HAとHA塩
とを同様の化合物として並列的に記載しているし,段落【0041】は,
HAのみならずHA塩に対しても適用できる記載である。
したがって,当業者が,甲1の記載に基づき,甲1におけるHA又はHA塩
と組み合わせる塩基として容易にTMAHを選択することができる。
ウ 相違点2に係るオキソアンモニウム化合物の選択について
HASは,HA塩の中でも周知の化合物である。また,甲2の段落【0005】
には,HAの代わりにHASを用いる技術思想が明確に記載されている。甲1発
明Aと甲2記載の技術思想とは,組成物をレジスト剥離等に用いる点で共
通しているから,当業者は,甲1発明Aを改良しようとする際,甲2の記
載内容を当然に参考とする。なお,甲2にはアルカノールアミンを用いる
ことが記載されているものの,TMAHを使用すること,及びHAをHASに置換す
ることを阻害するような記載は存在しない。したがって,甲2の記載を参
照した上で甲1の請求項17及び段落【0015】の記載に接した当業者
は,極めて容易にHA塩の中からHASを採用できる。
そして,HASとHAとは基本骨格としてヒドロキシルアミン構造を有する点
で共通するから,甲1の段落【0017】は,甲1発明AのHAをHASに置き
換えた場合についても,銅との不適合性を解消するような化学を設計する
ための具体的な示唆を与えるものであるとともに,含有量を決める上でも
参考になるものである。なお,甲1発明AのHAをHASに置き換える場合には,
5質量%という含有量をそのまま使用するのが自然であり,化学当量まで考
慮する必要性はない。
エ 相違点3に係るpH値について
本件特許の優先日当時,有機アンモニウムとオキソアンモニウム化合物
とを洗浄成分とする組成物について,これを酸性側のみで使用すべきとの
技術常識は存在しない。そして,甲1発明AのHAをHASに置換し,塩基とし
てTMAHを選択すれば,得られた組成物のpHはアルカリ性となるから,当業
者は,敢えてpH調整剤を添加して酸性側にpHを調整することなく,当然に
アルカリ性の洗浄剤組成物として使用することを検討する。
オ 小括
したがって,当業者は,訂正後発明1を容易に想到できる。
(2) 訂正後発明4~6について
ア 訂正後発明4について
原告は,甲1の表5の記載は,塩基及びHAの含有量を減らすと不利益が
もたらされることを示唆すると主張する。しかし,当業者に具体的な示唆
を与えるのは表5に限られないから,表5記載の溶液の結果を参照しつつ,
他の段落の記載を参考にして,適した塩基及びHASの含有量について試行錯
誤することを妨げるものではない。
したがって,当業者は,訂正後発明4を容易に想到できる。
イ 訂正後発明5及び6について
訂正後発明5は,訂正後発明1の数値範囲を更に減縮したものであるが,
やはり訂正後発明1の発明特定事項の範囲内である。
訂正後発明6は,訂正後発明1の数値範囲を減縮し,かつ,pH調整剤を
必須の成分としたものであるが,pH調整剤の使用は周知技術にすぎない。
したがって,当業者は,訂正後発明5及び6をいずれも容易に想到でき
る。
(3) 小括
以上のとおり,当業者が甲1発明Aに基づいて本件訂正発明を容易に想到
することができないという原告の主張は失当である。
2 取消事由2(甲1発明Bに基づく容易想到性の判断の誤り)について
甲1発明Bを出発点として,甲1の表5記載の各溶液及びその他の記載を参
照すれば,訂正後発明1の具体的な化合物を選択する動機付けは優に認められ
る。訂正後発明2~9についても同様である。
したがって,この点についての審決の判断は正当である。
3 取消事由3(実施可能要件適合性の判断の誤り)について
(1) pH7付近で実施するには過度の試行錯誤を要すること
ア 本件明細書には,pHが7付近の本件訂正発明に係る組成物を,銅,アルミ
ニウム,これらの合金を含むいずれの金属からなる回路を用いた基板に対
して使用しても,回路の損傷度が許容範囲内となることを確認した記載は
ない。したがって,当業者は,pH7付近の組成物も含まれる本件訂正発明が,
残渣除去と回路の保護という各課題の両立を図ることができるものである
と理解することができない。
原告が指摘する本件明細書の段落【0044】には「特定の実施態様で
は,pHを約7~約12…の範囲に維持及び/又は修正することが望ましい」と
記載されている。しかし,この「特定の実施態様」がどのようなものであ
るかは全く不明であるから,当業者は,本件訂正発明に係る組成物がこれ
に該当すると理解できない。
また,段落【0089】にはpHが7~12の組成物に関する記載しかないと
ころ,表19記載の組成物のうちpHが7~12のものは,いずれも本件訂正発
明の範囲外の組成物(W20及びW28)である。そうすると,当業者は,
W20及びW28については強い条件を適用するとよいと理解するのであ
って,本件訂正発明に係る組成物であるが表19に記載されていないもの
に対しても,強い条件を適用することが可能であると理解しない。
仮に,当業者が表19を参照し,組成物W5又はW6を出発点として検
討するとしても,回路を形成する金属の種類,組成物のpH及びpHの調整手
段(腐食防止剤でもあるクエン酸等のpH調整剤を添加するのか,有機アン
モニウム化合物やオキソアンモニウム化合物の含有量を調整するのかなど)
によって,本件訂正発明の作用効果を奏するか否かも変化するから,結局,
どのような組成物を作製すればよいのかが理解できない。
したがって,当業者が本件訂正発明をpH7付近で実施するには,明らかに
過度の試行錯誤を要する。
イ 原告は,原告が実施した追試実験に基づいて,本件訂正発明を実施する
ことができると主張する。しかし,
原告が証拠として提出した追試実験は,
いずれも本件明細書の実施例と異なる組成物を用いたものであって,当該
実験の結果を本件明細書の記載から導き出すことができない。
また,原告が当該追試実験において用いた組成物には,腐食防止剤とし
ても機能するクエン酸が含まれている。そうすると,当該追試実験におい
てはこのクエン酸の影響を無視することができないから,このような実験
によって得られた結果は,本件訂正発明の作用効果を示すものとも,本件
訂正発明に係る組成物とその他の組成物との作用効果を比較検討し得るも
のともいえない。
したがって,当該追試実験は,本件明細書の表19に記載された実験結
果を補足するものではない。
(2) 回路に用いられる金属の種類に応じてpHを調整できるとの主張について
ア 本件明細書の段落【0043】の記載は,本件訂正発明におけるpH調整
剤の種類は「所望のpHシフト」及び「金属に対する腐食性」に依存するこ
とを示唆するにとどまり,金属の腐食性に応じて組成物のpHを調整するこ
とを示唆していない。また,回路を形成する金属の種類によって,組成物
のpHを変えたときの腐食の傾向が大きく変わるところ,どの値のpHに,ど
のように調整するのか(例えばpH調整剤を用いるのか否か)が記載されて
いないから,当業者が本件訂正発明の課題を解決できるようにpHを調整す
るには,過度の試行錯誤を要する。
イ また,上記(1)アのとおり,本件明細書の段落【0044】記載の「pH
を約7~約12…の範囲に維持及び/又は修正することが望ましい」とされ
る「特定の実施態様」がどのようなものであるかは全く不明である。すな
わち,当該「特定の実施態様」はどのような金属を回路に使用する場合で
あるかが記載されていない。
原告は,腐食が進みやすいNaOH水溶液における浸食度を指摘して,当業
者は,この技術常識に基づき,pH7を超えるアルカリ性側で適切な範囲に調
整することができると主張する。しかし,組成物の組成によって適切なpH
の範囲は異なるところ,本件明細書には,本件訂正発明に係る組成物につ
いて,回路を形成する金属の種類によって損傷の傾向が異なるかどうかや,
回路の損傷を抑えるために組成物の組成をどのように調整すればよいかに
関する記載がない。
したがって,当業者は,本件訂正発明に係る組成物が課題を解決できる
かどうかを理解できない。
ウ 原告が実施した追試実験においても,pH7.4の組成物については,処理時
間が短いとレジストを除去できず,他方,処理時間を長くすると銅の損傷
が実用上許容できる範囲を超えており,本件訂正発明の作用効果が得られ
ない結果となっている。
(3) したがって,本件特許は実施可能要件に適合していない。
4 取消事由4(サポート要件適合性の判断の誤り)について
(1) COHとTMAHとは置換可能であるとの主張について
原告が実施した追試実験においても,TMAHを用いた場合とCOHを用いた場合
とで,銅の損傷の傾向が一致しているとはいえないし,組成物又は試薬によ
って金属の浸食度が大きく異なることは技術常識であるから,当業者は,腐
食の許容量が小さい回路を用いた場合に,COHとTMAHとが同様に使用可能な化
合物であると認識できない。
そもそも,本件訂正発明の課題は,①残存フォトレジストの除去・洗浄が
実現されることと,②金属で形成された回路の損傷量を許容範囲内に抑える
こと,との両立を図るものであるところ,本件特許の優先日前から,COH及び
TMAHの双方が上記の2つの課題の解決に有効であることが周知であったこと
の主張立証はない。
(2) pHが7~12の組成物について
上記3(1)アのとおり,当業者は,本件明細書の段落【0044】記載の「特
定の実施態様」が,本件訂正発明の組成物を指すと理解することができない
から,ひいては,本件訂正発明に係る組成物のpHをアルカリ性側に調整すれ
ば残渣を除去・洗浄する機能を有すると理解できない。また,本件訂正発明
に係るpHが7~12の範囲の組成物は本件明細書の表19に記載されていないか
ら,当業者は,段落【0089】の記載に基づいて,当該組成物に対してよ
り強い条件を適用すればよいと理解することができない。
(3) 回路の損傷について
上記3(2)において主張したとおりである。
(4) したがって,本件特許はサポート要件に適合していない。
第5 当裁判所の判断
1 本件訂正発明について
(1) 特許請求の範囲
本件訂正発明の特許請求の範囲は,上記第2の2に記載のとおりである。
(2) 本件明細書の記載内容
本件明細書には,概ね以下の記載がある(甲51。なお,記載中の表1,
2,4,7,16及び19については,別紙本件明細書図表目録参照。)。
ア 技術分野
開示する実施態様は,一般的に集積回路,半導体パッケージ,及びプリ
ント基板の製作に関する。さらに詳しくは,本実施態様は,下層にある基
板又は材料を傷つけずに,ポリマーを除去し,エッチング/アッシング残渣
を洗浄するための組成物と方法に関する。(【0001】)
イ 背景
WLP(判決注:ウェーハレベルパッケージング)プロセスの際,ボンドパ
ッド分布及びはんだバンプ構築のため等,ウェーハ上にパターンの輪郭を
描くためにフォトリソグラフィー工程が必要である。このフォトリソグラ
フィープロセスは,フォトレジストのストリッピング工程とエッチング残
渣の除去工程を含む。(【0005】)
半導体ウェーハ及びプリント基板(printed circuit board(PCB))の製造
では,基板をフォトレジストで被覆する。このフォトレジストを化学作用
のある放射線にさらしてから露光又は非露光フォトレジストを適切な現像
液で除去して残存フォトレジストにパターンを生成する。この残存フォト
レジストは,下層にある基板の被覆領域を保護する。露光領域はエッチン
グされ…又はその上にさらに添加物質が沈着される…。エッチング又は沈
着後,残存フォトレジストを除去しなければならない。基板上に残る材料
の除去はさらに難しい。挑戦は,フォトレジストだけを除去し,他のいず
れの材料もエッチング又は腐食せず,或いはストリッパー又はフォトレジ
ストからのいずれの残渣も残しておくことである。…加工したウェーハ又
はPCBの露出している他の材料を腐食せずにフォトレジストをストリッピン
グ又は除去するのに選択しうるストリッパーを見つけることは難しい。望
ましいものは,許容しうるレベルの腐食しか引き起こさないストリッパー
である。(【0006】)
従来のフォトレジストストリッパーは溶媒とアルカリ性塩基を含む。…
これらフォトレジストストリッパー,及び他の水性ストリッパーは,硬い
ベークドフォトレジストを完全には除去できず,かつ下層にある基板の冶
金(特に配線材料として銅が用いられている)を腐食する。【0010】
( )
ウ 概要
本発明は,特に,IC,ウェーハ基板上のWLP回路,及びPCBから,ポリマ
ー,エッチング後残渣,及び酸素アッシング後残渣を除去するための組成
物と方法を提供することによって,上記限界及び欠点を克服する。本発明
…は,基板を,有効量の有機アンモニウム化合物;約2~約20質量%のオキ
ソアンモニウム化合物;及び水を含有する混合物と接触させる工程を含む
方法に関する。(【0012】)
エ 実施態様の説明
有機アンモニウム化合物の…例として,…以下のものが挙げられる:…
テトラメチルアンモニウムヒドロキシド…。いくつかの実施態様では,有
機アンモニウム化合物は,…有機エポキシと,…三級アミン…との反応の
生成物であり,これが有機アンモニウムヒドロキシド化合物を形成する。
(【0024】~【0028】)
好ましい実施態様では,有機アンモニウム化合物は,少なくとも1つの
以下のものを含む:コリン塩…。好ましい塩の対イオンは変化しうるが,
本発明の組成物で使うのに特に好ましい塩の対イオンは,ヒドロキシド対
イオンであ(る。)(【0029】)
オキソアンモニウム化合物の例として,…以下のものが挙げられる:ヒ
ドロキシルアミン,ヒドロキシルアミンサルフェート…。好ましい実施態
様では,オキソアンモニウム化合物は,以下のものの少なくとも1つを含
む:ヒドロキシルアミン…,ヒドロキシルアミン塩…。式II(判決注:上
記第2の2【請求項1】【化2】参照)のオキソアンモニウム塩が存在す
る場合,本発明の組成物で使うのに特に好ましい塩の対イオンは,サルフ
ェート…である。(【0033】)
任意に,また必要な場合だけ通常,pH調整剤を用いて,pHが,基板と関
係がある回路,又は回路の一部の動作性を維持しながら,基板からポリマ
ーを除去し,残渣を除去し,或いはその両方を除去するために有効な特定
範囲内であるように,本発明の組成物のpHを維持及び/又は修正することが
できる。用途によっては,本組成物のpHをより酸性又はより塩基性に調整
してよく,また,使用する個々のpH調整剤は,所望のpHシフト及びいくつ
かの他の因子によって決まる。この因子としては,限定するものではない
が,組成物中での溶解度;有機アンモニウム化合物,オキソアンモニウム
化合物,水,及びいずれの任意成分(例えば,有機溶媒など)との混和性;
金属(例えば,銅,アルミニウム等)に対する腐食性;などが挙げられる。
回路基材と適合性の酸性及び塩基性pH調整剤は技術上周知であり,それら
にはpH緩衝液も含まれ,酸/塩基のみならず塩も含み,或いは単に酸性/塩
基性化合物も含む。しかしながら,本発明の組成物にいずれかの任意的な
pH調整剤を添加する場合,オキソアンモニウム及び/又は有機アンモニウム
化合物の塩基性のため,pH調整剤は,通常,酸性pH調整剤のみだろう。典
型的な酸性pH調整剤として,無機酸,例えば塩酸,硝酸,硫酸,リン酸な
ど;有機酸,例えば炭酸,クエン酸など;及びその組合せが挙げられる。
(【0043】)
本発明の組成物が集積回路基板,ウェーハレベルパッケージングにおけ
る基板,又はプリント回路/ウェーハ板上のフォトレジスト/ポリマー及び/
又は残渣除去のために使用される状況では,組成物の所望pHは通常塩基性
である。特定の実施態様では,pHを約7より高く,例えば約8以上又は約9
以上に維持及び/又は修正することが望ましい。特定の実施態様では,pH
を約7~約12,例えば約8~約11.5又は約9~約11の範囲に維持及び/又は修
正することが望ましい。最も好ましい実施態様では,本発明の組成物のpH
は少なくとも約12に維持及び/又は修正される。(【0044】)
有利には,本発明の組成物を用いて,基板(例えば,IC,WLP,及びPCB
基板)からフォトレジスト/ポリマー及び/又は有機残渣をストリッピング/
除去することができる。本発明の組成物を用いるときに保護すべき物質と
しては,限定するものではないが,以下のものが挙げられる:IC接続,は
んだバンプ,バンプ下の物質(UBM),導電性金属(特に銅及び銅合金),耐火
金属/金属合金,耐火金属オキシド/ニトリド/オキシニトリド,バリア層,
エッチング停止層,リフトオフ層,誘電体(特にlow-k誘電体),貴金属など,
並びにその組合せ及び/又は層化アセンブリー。(【0045】)
オ 実施例
表1~7は,いくつかの典型的な組成物を要約する。(【0058】)
カ WLPウェーハについてドライ-フィルムフォトレジスト調製及びストリッ
ピング
WB1000,WB2000,WB3000,及びWB5000は,ウェーハ上にWLPはんだバンプ
を形成するのに使うため,DuPont製のドライフィルムフォトレジストであ
る。(【0072】)
キ はんだバンプドウェーハからのスピンオン(Spin-On)フォトレジスト及び
フラックス除去
200nmのTiW上の100nmのCuから成る種冶金をシリコンウェーハ基板上に沈
着させた。50ミクロンのJSR THB-151Nフォトレジスト(湿潤物質なし)を該
種冶金の上面で回転させた。この被覆ウェーハを120℃で300秒間ソフトベ
ークした。レジストを露光して非露光レジストを2.38% TMAH現像液で除去
した。レジストパターンにわたってNiの薄層を電気メッキし,Sn/Agから成
る鉛フリーはんだ材料を電気メッキで沈着させて,図9D~9Eに示され
るはんだバンプを作製した。
このウェーハを約3cm2のサンプルに切断し,ヒュームフード下,温度制
御されたビーカー内で処理した。溶液D2~D12について処理条件と結
果を表16と図9A~9C及び9F~9Gに要約する。フォトレジストは
溶液D8~D12で完全に除去された。(【0081】)
ク ウェーハレベルパッケージングからフォトレジストの除去
下表19に示されるように,55℃で10分間露出後,組成物W1~W30
をそのDuPont WB3000ドライフィルムフォトレジストをWLP基板から除去す
る能力について評価した。(【0087】)
WLPフォトレジストを除去するために最も有効な組成物は,少なくとも約
12のpHを生じさせるような,有機アンモニウム化合物とオキソアンモニウ
ム化合物の量のバランスを示す組成物だった。pHが約7~約12の組成物は,
約55℃及び約10分の接触時間ではフォトレジストの除去があまり完全でな
かったが,より高温及び/又はより長い接触時間では,より良い性能を有し
うる。(【0089】)
(3) 本件訂正発明の特徴
上記(2)によれば,本件訂正発明の特徴は概ね次のとおりと認められる。
ア 本件訂正発明は,集積回路,半導体パッケージ,及びプリント基板の製
作に関する。さらに詳しくは,本実施態様は,下層にある基板又は材料を
傷つけずに,ポリマーを除去し,エッチング/アッシング残渣を洗浄するた
めの組成物と方法に関する。(【0001】)
イ WLPプロセスの際,ボンドパッド分布及びはんだバンプ構築のため等,ウ
ェーハ上にパターンの輪郭を描くためにフォトリソグラフィー工程が必要
である。半導体ウェーハ及びプリント基板(PCB)の製造では,基板をフォト
レジストで被覆する。エッチング又は添加物質の沈着後,残存フォトレジ
ストを除去しなければならないが,加工したウェーハ又はPCBの露出してい
る他の材料を腐食せずにフォトレジストをストリッピング又は除去するの
に選択し得るストリッパーを見つけることは難しい。望ましいものは,許
容しうるレベルの腐食しか引き起こさないストリッパーである。(【00
05】,【0006】)
従来のフォトレジストストリッパーは溶媒とアルカリ性塩基を含む。こ
れらのフォトレジストストリッパー,及び他の水性ストリッパーは,硬い
ベークドフォトレジストを完全には除去できず,かつ下層にある基板の冶
金(特に配線材料として銅が用いられている)を腐食する。【0010】
( )
ウ 上記の課題を踏まえ,本件訂正発明は,特に,IC,ウェーハ基板上のWLP
回路,及びPCBから,ポリマー,エッチング後残渣,及び酸素アッシング後
残渣を除去するための組成物と方法を提供することによって,上記限界及
び欠点を克服するものであり,基板を,有効量の有機アンモニウム化合物,
約2~約20質量%のオキソアンモニウム化合物及び水を含有する混合物と接
触させる工程を含む方法に関する。(【0012】)
有機アンモニウム化合物の例としてTMAHが挙げられる 【0024】 。
( )
いくつかの実施態様では,有機アンモニウム化合物は,有機エポキシと三
級アミンとの反応の生成物であり(【0027】,【0028】),好ま
しい実施態様では,コリン塩であり,特に好ましい塩の対イオンは,ヒド
ロキシ対イオンである(【0029】)。
オキソアンモニウム化合物の例としてHA,HASが挙げられる【0033】。
( )
組成物の所望pHは通常塩基性である。特定の実施態様では,pHを約7より
高くすることが望ましい(【0044】)。
2 取消事由3(実施可能要件適合性の判断の誤り)について
(1) 事案に鑑み,取消事由3から検討する。
(2) 明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというために
は,物の発明にあっては,当業者が明細書及び図面の記載並びに出願当時の
技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用できるように,方法の
発明にあっては,その方法を使用できるように,それぞれ具体的に記載され
ていることが必要である。
本件についてみると,訂正後発明1~7は組成物の発明,訂正後発明8及
び9は訂正後発明1~7のいずれかの組成物を用いた方法の発明であるから,
本件訂正発明について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要
件に適合しているというためには,少なくとも,訂正後発明1~7の組成物
を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていなけ
ればならない。
そして,本件訂正発明に係る組成物は,上記1において説示したとおり,
集積回路基板等からポリマーやエッチング・アッシング残渣を除去すること
が可能であることと,同時に,金属で形成された回路の損傷量を許容し得る
範囲に抑えることが求められるものであるから,本件訂正発明に係る組成物
を生産し,使用することができるというためには,当該組成物がこの2つの
性質を兼ね備えていることが必要である。したがって,本件訂正発明におけ
る実施可能要件適合性の判断に当たっては,基板からポリマーやエッチング・
アッシング残渣を除去することができることと,金属で形成された回路の損
傷量を許容し得る範囲に抑えること,の2つの性質を両立している組成物を
生産することができるといえるかどうかを検討することとなる。
(3) 本件明細書の発明の詳細な説明における記載内容についてみると,請求項
1に記載された成分である有機アンモニウム化合物,HAS及び水を含む具体的
な組成物として,含有量及びpHの点を措くと,表2のB5,表4のD11,
表7のM2~M4,表19のW3,W5,W6,W11~W13がそれぞれ
記載されている。
そして,これらの組成物が有するレジスト除去性能に関し,①表7に,M
2について「完全な溶解」,M3及びM4について「完全なリフトオフ」で
あること
(なお,使用したレジストや処理条件等の詳細に関する記載はない。,

②段落【0081】及び表16に,D11について,JSR THB-151Nフォトレ
ジストを用いたところ「レジストは完全に除去された」こと,③段落【00
87】~【0089】及び表19に,W5及びW6について,ベークせず,
塗布されたWB3000(フォトレジスト)の「完全な除去」ができたことがそれ
ぞれ示されている。これらの試験は,本件訂正発明に係る組成物が有すべき
基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去性能に関し,除去
対象としてレジストを選択した場合の評価を得ることを目的とするものと認
められる。しかし,金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑え
ることに関しては,D11,M2~M4,W5及びW6のいずれについても,
発明の詳細な説明中にこれを評価したと認めるに足りる記載は見当たらない。
また,W3,W11~W13について,WB3000のレジストストリッピング
試験結果は「除去せず」であること(表19)が示されているものの,B5
については,レジストを含め,ポリマー,エッチング・アッシング残渣の除
去性能を確認したと認めるに足りる記載は見当たらない。
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明において,訂正後発明1に
係る成分を含有し,実際にポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去と
金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立して
いる組成物についての具体的な実施例が記載されていると認めることはでき
ない。
(4) ところで,本件訂正発明のような有機アンモニウム化合物を含有するレジ
スト除去・洗浄剤では,レジスト除去は塩基の作用によるものであって,塩
基の濃度が高い,あるいは,pHが高いほど,その除去作用が強いという傾向
にあることは当業者における技術常識である(弁論の全趣旨)。また,回路
に用いられる代表的な導電性金属である銅やアルミニウムの腐食性が,接触
する組成物・溶液の種類とそのpHに依存することも,当業者における技術常
識であり,例えば,アルミニウムは,接触する溶液の種類によるものの, pH
が12以上で不安定化する傾向にあることは周知の技術常識である(甲48)。
これらの技術常識に照らせば,当業者は,一般論として,塩基の濃度とpH
を調整することにより,レジスト除去に代表されるポリマー,エッチング・
アッシング残渣の除去作用の強弱と,回路材料である金属の腐食作用の強弱
とを変化させることが可能であると一応理解できるというべきである。さら
に,当業者は,本件明細書の段落【0089】の記載から,レジスト除去を
より高温で,より長時間行うと,より完全となる傾向があることも理解する
ことができる。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,実際のpHが明らかにされた
具体的な組成物の記載は一切存在しないし(例えば,W3,W11~W13
はpH<7,W5及びW6はpH>12であることが記載されているものの,具体的に
pHがいかなる値であったのかは明らかでない。),上記(3)において説示した
とおり,訂正後発明1に係る成分を含有し,基板からのポリマー,エッチン
グ・アッシング残渣除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲
に抑えることが両立している具体的な組成物の例も記載されていない。
また,本件明細書に記載されているその余の組成物についても,基板から
のポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属
の腐食作用の各程度を,同一の組成物について具体的に評価した例は発明の
詳細な説明に記載されておらず,実際のpHの値が具体的に明らかにされた組
成物すら記載されていない。
(5) 以上検討したところによれば,本件明細書に接した当業者は,塩基の濃度
及びpHと,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用,
及び回路材料である金属の腐食作用との間に関係性があるとの技術常識を考
慮して,pHを調整することにより,ポリマー,エッチング・アッシング残渣
の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることの両
立が可能であることを一応理解できるとはいえるものの,反面,本件明細書
の発明の詳細な説明においては,当該調整の出発点となるべき具体的組成物
の実際のpHの値が一切明らかにされていない上,基板からのポリマー,エッ
チング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属の腐食作用との関
係において,どの程度のpHの調整が必要であるのかについての具体的な情報
が余りにも不足しているといわざるを得ない。そのため,当業者が,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本件訂正発明に係る組成物を生
産しようとする場合,具体的に使用するレジストや回路材料等を念頭に置い
て,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去と回路の損傷
量を許容し得る範囲に抑えることとが両立した適切な組成物を得るためには,
的確な手掛かりもないまま,試行錯誤によって各成分の配合量を探索せざる
を得ないところ,このような試行錯誤は過度の負担を強いるものというべき
である。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,訂正後発明1~7
の組成物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載され
ているものとはいえない。
(6) 原告は,原告が実施した追試実験において,pHが7付近の本件訂正発明に係
る組成物及び有機アンモニウムとしてTMAHを含む本件訂正発明の組成物も所
期の効果を奏するものであることが示されており,本件特許は実施可能要件
に適合すると主張する。
しかし,実施可能要件適合性は,出願時の技術常識を前提として,発明の
詳細な説明の記載に基づいて判断すべきであって,出願後に提出された証拠
によって要件適合性の立証をすることはできないというべきである。
また,原告が提出した追試実験に係る証拠を考慮するとしても,これらの
証拠には,レジスト除去作用と回路材料である金属の腐食防止作用とが両立
することを示すものは見当たらず,依然として,基板からのポリマー,エッ
チング・アッシング残渣を除去することができることと,回路を形成する金
属の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとが両立しているような本件訂正
発明に係る組成物が現実に得られるのかも判然としないというべきである。
(7) したがって,本件特許が実施可能要件に適合するものとはいえないとの審
決の判断に誤りがあるとはいえない。
3 取消事由4(サポート要件適合性の判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては,特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に
記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説
明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出
願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のも
のであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(2) 上記1のとおり,本件訂正発明の課題は,集積回路基板,ウェーハレベル
パッケージング基板又はプリント基板から,ポリマー,エッチング残渣,ア
ッシング残渣,又はそれらの組合せを除去することができると同時に,回路
を構成する銅などの材料は腐食されないとの2つの性質を両立させることの
できる組成物を提供することと認められる。
しかし,上記2において説示したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明
には,上記2つの性質が両立していると具体的に評価された実施例に関する
記載はなく,技術常識を併せ考慮したとしても,当業者が本件訂正発明に係
る組成物を生産しようとする場合,過度の試行錯誤によって各成分の配合量
を探索せざるを得ない。
したがって,本件訂正発明1~7に係る特許請求の範囲の記載は,技術常
識を考慮しても,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,集
積回路基板等から,ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれ
らの組合せの除去と回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとを両立さ
せることのできる組成物と認識できる範囲内のものであるとはいえない。
(3) 原告は,実施可能要件について主張したところと同様に,追加の実験結果
を参酌すれば本件特許はサポート要件に適合すると主張する。
しかし,出願後に提出された証拠によって要件該当性の立証をすることは
許されないし,原告が提出した証拠を考慮するとしても,本件訂正発明の課
題を解決できる組成物が現実に得られるのか判然としないことは,上記3の
実施可能要件適合性に関する判断において説示したとおりである。
(4) したがって,本件特許がサポート要件に適合するものとはいえないとの審
決の判断に誤りがあるとはいえない。
4 結論
以上によれば,実施可能要件及びサポート要件に適合しないとして本件特許
を無効とした審決の結論に誤りはないから,その余の取消事由について判断す
るまでもなく,原告の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴 岡 稔 彦
裁判官
高 橋 彩
裁判官
間 明 宏 充
別紙 本件明細書図表目録
表1 組成物
表2 組成物
表4 組成物
表7 組成物
表16 スピンオンレジストストリッピングの処理条件と結果
表19 ウェーハレベルパッケージングからのフォトレジスト除去

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