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平成29(ワ)13005不当利得返還請求事件

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裁判所 東京地方裁判所
裁判年月日 平成30年7月6日
事件種別 民事
当事者 被告株式会社マコメ研究所平井佑希 は,磁気センサー,磁気スケール,磁気カードリーダー等,磁気応用 の行為 は,イ号物件と岩盤との間にはセメントが充填された隙間があり,イ は,イ号物件の磁気変位センサーはボーリング孔の内面に配置したも がイ号物件を製造した当時の特許権者はYであり,原告はYから不当利 は,原告から依頼を受けて,平成18年6月2日,原告に対し「デ 及びHは,平成18年6月頃,F観測井向け模擬試験を行った。 及びHは,平成18年9月27日から同年10月3日にかけて,
対象物 リング式多段岩盤変動測定装置
法令 特許権
特許法102条3項1回
特許法36条6項2号1回
民法703条1回
キーワード 特許権42回
実施36回
許諾19回
侵害6回
無効2回
優先権1回
主文
事件の概要 1 本件は,名称を「リング式多段岩盤変動測定装置」とする特許権(請求項の 数8。以下「本件特許権」又は「本件特許」といい,特許請求の範囲における20 請求項1の発明を「本件発明」という。)を有する原告が,被告が平成19年 に製造,販売したデジタル式2連地殻活動総合観測装置は,本件発明の技術的 範囲に属するところ,被告は実施料を支払うことなく上記装置を販売したこと により,法律上の原因なく実施料相当額の利得を得たと主張して,被告に対し, 民法703条に基づく不当利得金1800万円及び民法704条前段所定の25 法定利息702万円の合計2502万円のうち100万円及びこれに対する 催告の後である平成28年10月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済み まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

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判決文

平成30年7月6日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成29年(ワ)第13005号 不当利得返還請求事件

口頭弁論終結日 平成30年5月11日

判 決

原 告 A

被 告 株式会社マコメ研究所

同訴訟代理人弁護士 伊 藤 真

平 井 佑 希

丸 田 憲 和

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成28年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。

第2 事案の概要

1 本件は,名称を「リング式多段岩盤変動測定装置」とする特許権(請求項の数8。以下「本件特許権」又は「本件特許」といい,特許請求の範囲における請求項1の発明を「本件発明」という。)を有する原告が,被告が平成19年に製造,販売したデジタル式2連地殻活動総合観測装置は,本件発明の技術的範囲に属するところ,被告は実施料を支払うことなく上記装置を販売したことにより,法律上の原因なく実施料相当額の利得を得たと主張して,被告に対し,民法703条に基づく不当利得金1800万円及び民法704条前段所定の法定利息702万円の合計2502万円のうち100万円及びこれに対する催告の後である平成28年10月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,特に断

5 らない限り,枝番を含むものとする。)

(1) 当事者等原告は,平成20年3月31日に退職するまで,X大学地震火山・防災研究センター(以下「本件研究センター」という。)の准教授であり,地震予知に関わる研究や観測装置の開発に携わってきた。(乙27)有限会社Y(以下「Y」という。)は,平成8年2月14日に設立され,医薬品の製造,販売,食品の販売,地盤変形計測器の製造,販売等を目的とする法人であり,同年6月から原告の兄であるZが代表取締役を務めている。(乙16)被告は,磁気センサー,磁気スケール,磁気カードリーダー等,磁気応用機器の開発,製造,販売を目的とする株式会社である。

(2) 原告の有する特許権ア Yは,以下の本件特許権を有していた(以下,本件特許に係る明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。なお,本件特許権の発明者は原告である。(甲1)登録番号:特許第3256880号出願日:平成8年9月6日優先日:平成8年5月8日優先権主張国:米国登録日:平成13年12月7日発明の名称:リング式多段岩盤変動測定装置イ Yは,平成23年11月3日,原告に対し,本件特許権の持分2分の1を,平成28年8月4日にその余の2分の1を,いずれも無償で譲渡した。(甲9,10)

(3) 本件発明の特許請求の範囲本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである。

5 「被測定物内のボーリング孔を利用して被測定物のひずみを測定する装置において,被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体と変位を検出する手段より構成され,リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的な変位を検出する手段を,ボーリング孔の内面に配置し,装置中央部分を空洞にしたことを特徴とするリング式多段岩盤変動測定装置」

(4) 本件発明の構成要件本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。A 被測定物内のボーリング孔を利用して被測定物のひずみを測定する装置において,B 被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体とC 変位を検出する手段より構成され,D リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的な変位を検出する手段を,ボーリング孔の内面に配置し,E 装置中央部分を空洞にしたことを特徴とするF リング式多段岩盤変動測定装置

(5) 被告の行為ア 本件研究センターは,E県内のF観測施設において,地殻活動の観測を行っていたところ,平成16年頃,E県G事務所(以下「G事務所」という。)が実施する県道の拡幅・整備工事により,F観測点の観測機能に障害が生じることとなった。このため,G事務所は,その補償措置として,下記の移設工事(以下「本件工事」という。)を実施することとなり,入札の結果,H株式会社(以下「H」という。)が観測機能の維持に必要な観測機器の納入を受注した。名称:F観測施設 大深度ボアホール観測装置(デジタル式2連地殻活

5 動総合観測装置)設置観測井掘削工事時期:平成19年2月21日移設場所:E県F市立I小学校敷地内実施者:G事務所イ 被告は,Hから受注して上記観測機器(デジタル式2連地殻活動総合観測装置〔型式HR-4200-02〕。以下「イ号物件」という。)を製造の上,納入した。3 争点

(1) 構成要件充足性

(2) 無効の抗弁の成否

(3) 特許権者による無償実施の許諾の有無

(4) Yから原告への不当利得返還請求権の譲渡の有無

(5) 損害の発生の有無及びその額

第3 争点に関する当事者の主張

1 争点(1)(構成要件充足性)について

〔

(原告の主張)

〕

(1) 構成要件Bについて

イ号物件は,「被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体」を有しているから,構成要件Bを充足する。被告は,イ号物件と岩盤との間にはセメントが充填された隙間があり,イ号物件と岩盤は接していないと主張するが,被告作成の概念図(甲3)では,イ号物件の構成要素であるセントライザーがボーリング孔に接している設置図が描かれている。また,請求項1では「被測定物のひずみを測定する」と記載され,被測定物を岩盤に限定していないので,イ号物件が接する被測定物が岩盤ではなくモルタルであったとしても,構成要件Bを充足する。

5 (2) 構成要件Dについて

イ号物件は,リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的な変位を検出する手段を装置内部側面に配置したものであり,構成要件Dを充足する。被告は,イ号物件の磁気変位センサーはボーリング孔の内面に配置したものではないと主張するが,「内面」という言葉には「内部」という意味が含まれており,構成要件Dの「ボーリング孔の内面に配置し」とは,「ボーリング孔の内部に配置し」と解すべきである。〔

(被告の主張)

〕

(1) 構成要件Bについて

構成要件Bは「被測定物に接する装置」と規定するところ,原告は,イ号物件を岩盤のひずみを測定する地殻活動総合観測装置であると主張しているので「被測定物」は「岩盤」であると考えられるが,イ号物件と岩盤との間にはセメントが充填されている隙間があるから,イ号物件は岩盤に接していない。原告は,セントライザーがボーリング孔の内面に接しているから構成要件Bを充足すると主張するが,セントライザーはボーリング孔より十分小さい径しか有しないので,ボーリング孔と直接接するとは限らず,また,仮にセントライザーがボーリング孔に接しているとしても,セントライザーは観測装置それ自体ではないから,これにより観測装置がボーリング孔の内面に接しているとはいえない。原告は,本件発明の「被測定物」にはモルタルも含まれると主張するが,モルタルのような充填物は「被測定物」ではないから,岩盤との隙間にモルタルを充填して設置する場合は構成要件Bを充足しない。したがって,イ号物件は構成要件Bを充足しない。

(2) 構成要件Dについて

5 構成要件Dは,「リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的

な変位を検出する手段を,ボーリング孔の内面に配置し,」と規定するが,イ号物件が内蔵する磁気変位センサーは,イ号物件のケースに固定されており,「ボーリング孔の内面」に配置するものではないから,構成要件Dを充足しない。原告は,「ボーリング孔の内面」とは「ボーリング孔の内部」を意味すると主張するが,「内面」と「内部」とでは全く意味が異なるから,原告の主張は理由がない。したがって,イ号物件は構成要件Dを充足しない。

2 争点(2)(無効の抗弁の成否)について

〔

(被告の主張)

〕請求項1においては,「変位を検出する手段」(構成要件C)と「リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的な変位を検出する手段」(構成要件D)という2つの変位検出手段が規定されている。このうち,前者についてはどのような変位を検出するのかが限定されていないのに対し,後者ではこれが限定されており,両者は異なる変位検出手段であるとも考えられる。そうすると,少なくとも構成要件Cの変位検出手段が,どのような変位を検出するのか,それによる技術的意義がどのようなものかを,当業者において理解することができず,本件発明は特許法36条6項2号の明確性要件を欠く。仮に,これらが同一の変位検出手段を意味するのであれば,特許請求の範囲の記載の上で,「前記変位検出手段」などと記載して,両者の関係を明確にすべきであり,いずれにしても明確性要件を欠く。〔

(原告の主張)

〕本件発明に係る2つの「変位検出手段」は同一であり,構成要件BないしDを一体のものとして読めば,本件発明に係る測定装置は「被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体と(被測定物に接

5 する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つの)変位を検出する手段より

構成され」るものであると明確に理解することができる。請求項1の記載は,特許庁の審査官が修正の必要がないと判断して査定した文面であり,明確性の要件を欠くという

(被告の主張)

は理由がない。

3 争点(3)(特許権者による無償実施の許諾の有無)について

〔

(被告の主張)

〕仮に,イ号物件が請求項1に係る構成要件を充足するとしても,イ号物件の製造,販売当時の特許権者であるYは本件特許を無償で実施することについて許諾していた。

(1) 原告と被告は,平成8年頃から,原告が実施する実験に用いる計測器の開

発,製造を被告に依頼し,被告はこれに応じて当該計測器を開発,製造,販売するという関係にあり,原告は,被告に対し,計測器の構成に関する詳細な指導をしていた。そして,原告と被告は,平成14年3月頃からは,後にイ号物件となる多段式歪計の開発を共同して行っていた。

(2) イ号物件の開発,製造に関して,原告は,メール等により被告に対してそ

の設計事項の詳細や見積りについて細かく指示をするとともに,各種テスト,中間検査,現場での設置作業に立ち会い,模擬試験の報告書の作成にも関与するなどして,実質的な決定権者というべき立場にあった。

(3) 原告は,イ号物件の製造,販売が本件特許の実施に当たるとの認識を有し

ていたにもかかわらず,特許権の実施料の支払などを請求していないことに照らすと,原告は,被告がイ号物件を製造,販売するに当たり,本件発明を無償で実施することを許諾していたというべきである。

(4) イ号物件を製造,販売した当時の特許権者であるYは,その設立以来原告

の実兄が代表取締役を務め,原告に代わり本件特許の出願及び権利の維持を行ってきた会社であり,原告と密接な人的関係を有する。Yは,原告の意思から離れて本件特許権を独自に行使する意思を有しておらず,その権利行使

5 等を原告に包括的に委任していたものであり,原告も,Yの代理人として行

動していた。前記(3)のとおり原告が本件発明を無償で実施することについて許諾していたというべきである以上,Yも,被告が行ったイ号物件の製造,販売に関し,当然にこれを許諾していたというべきである。〔

(原告の主張)

〕

(1) 原告がイ号物件の開発に深く関与したとの主張については否認する。原告

は,本件研究センター長の指示によりイ号物件の開発に関与していたにすぎず,イ号物件の図面を見たことはなく,中間検査時までその部品も見ていない。また,イ号物件の構成について指導を求められたこともない。

(2) 原告は,イ号物件の製造,販売当時,本件特許の権利者ではなかったので

あるから,被告にその実施料の支払を請求しなかったのは当然であり,これにより本件特許権の実施について許諾していたということはできない。

(3) イ号物件の製造,販売当時の特許権者はYであり,Yは被告がイ号物件を

製造,販売することを知らなかったから,その製造,販売を許諾することはあり得ない。

4 争点(4)(Yから原告への不当利得返還請求権の譲渡の有無)について

〔

(原告の主張)

〕原告は,遅くとも平成21年1月22日には,Yから被告に対する不当利得返還請求権の譲渡を受けた。〔

(被告の主張)

〕被告がイ号物件を製造した当時の特許権者はYであり,原告はYから不当利得返還請求権の譲渡を受けたことを示す証拠はない。

5 争点(5)(損害の発生の有無及びその額)について

〔

(原告の主張)

〕イ号物件の販売価格は1億8000万円と推定されるところ,本件発明は一

5 つのボーリング孔の複数個所で岩盤の変動を測定できるようにした世界初の

技術であることや,本件発明を使用しなければイ号物件を製造できなかったことを考慮すると,実施料率は10%が相当である。そうすると,被告の本件発明の実施に対し原告が受けるべき金銭の額は,1800万円となる(特許法102条3項)。加えて,原告は,平成21年1月22日に特許権侵害の通告をしたことから,同日から7.8年分の民法所定の法定利息702万円(1800万円×0.05×7.8)の支払を求める。よって,原告は,被告に対し,不当利得に基づく返還請求権として1800万円及び法定利息702万円の合計2502万円並びにこれに対する遅延損害金を請求する権利を有するが,原告は,その一部請求として,被告に対し,100万円及びこれに対する平成28年10月21日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。〔

(被告の主張)

〕否認又は争う。

第4 当裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1) 本件明細書には次の各記載がある(甲1)。ア 産業上の利用分野「【産業上の利用分野】この発明は,装置内部が中空で別の装置用電源線や信号線を通せる構造であり,ボーリング孔の複数の地点で岩盤や建造物の変動を測定できることを特徴とする,岩盤変動測定装置に関するものである.」イ 従来の技術「【従来の技術】岩盤や建造物内のボーリング孔で使用されるひずみ測定用装置,傾斜測定用装置,体積ひずみ測定用装置等は,被測定物に密着

5 した密閉された容器の内部にセンサーがある構造で,測定装置をボーリング孔の中に設置すると,装置に付けられた信号線や電源線が障害になり,同じボアホールの浅い地点には別の装置を設置することができなかった.このため,測定装置毎にボーリング孔が必要で,装置の設置にはボボーリング孔〔判決注:原文ママ〕の穿孔経費が上乗せされ高額になっていた.この穿孔経費を節約する1つの方法として,同じボーリング孔を利用して多点でひずみの測定ができる多段式岩盤変位計が開発され,J株式会社より発売されている.しかし,この装置は複雑な構造で設置しにくく,口径が大きいボーリング孔でなければ使用できなかった.また,この装置では岩盤等の傾斜を同時に測定できない欠点があった.」ウ 発明が解決しようとする課題「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,同じボーリング孔の複数の地点において,岩盤等のひずみや傾斜が測定できる装置を提供し,装置を設置するためのボーリング孔の穿孔経費の低減をする.」エ 課題を解決するための手段「【課題を解決するための手段】岩盤の変形によるひずみを測定するには,2点間の変位を測定すればよい.本発明の特徴は,図1で示すようにボーリング孔に密着した円筒状の容器内において,リング状構造体1を基準尺用のアームとして用いて岩盤内の2点間の変位の検出をすることである.リング構造体1上の任意の点を基点2として岩盤に密着した装置の内側の側面3の任意の部分に固定し,この点を支点4とし,1上の別の部分を基点5とする.この5と相対する岩盤に密着した3上の測定点6との間の相対変位を検出する.この場合,検出した変位量より紙面の左右の方向に相当する4と6との間のひずみ量が求められる.このように,1をアームとして利用すればボーリング孔の中央部分に,信号や電源用のケーブルを通すための空間を設けることができる.この空間を利用して他の装置の

5 信号線や電源線を通せば,同じボーリング孔のより深い部分に他の装置を設置でき,ボーリング孔の多点で岩盤の変動を測定できる.」オ 発明の効果「【発明の効果】本考案〔判決注:原文ママ〕による岩盤の変動を測定する装置は,従来の装置と異なりボーリング孔の孔軸方向の装置中央に信号線や電源線を通すことが可能で,同じボーリング孔の複数地点で岩盤の変動が測定できる.(中略)ボーリング孔は深くなればなるほど高額になるが,この発明による装置であれば同じボーリング孔の複数の地点に設置でき,ボーリング孔の穿孔経費を節減できる.」

(2) 本件発明の意義前記(1)によれば,本件発明は,岩盤や構造物のひずみなどの変動を測定できるリング式多段岩盤変動測定装置に関するものであって,測定装置をボーリング孔の中に設置すると,装置につけられた信号線等が障害となり,一つの孔に複数の装置を設置することができず,複数の地点で測定を行うためには装置毎にボーリング孔が必要となり経費が高額になるという課題を解決するため,「被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体と変位を検出する手段」(請求項1)という構成を採ることより装置中央部分を空洞とし,空洞部分に信号線等を通して他の測定装置を設置することで,一つの孔の複数地点で測定を可能とするという効果を奏するものであると認められる。

(3)イ号物件の構成等イ号物件の構成は別紙のとおりであるところ,同物件は,円筒状のケースの内部に計測器等を格納した計測器であり,ケース全体をモルタルによりボーリング孔に固定した上で,同孔の直径の変位を検出する手段を備えたものであり,その中心部分を空洞にすることにより,同孔の孔底部にもう一つの測定装置を設置し,一つの孔の複数地点で測定することを可能にするもので

5 あると認められる(甲4,5,乙18,19)。そうすると,イ号物件は,本件発明の構成要件全てを充足するかどうかについては当事者間に争いがあるものの,その技術思想は共通するということができる。

2 争点(3)(特許権者による無償実施の許諾の有無)について以上のとおり,本件発明とイ号物件とは少なくともその技術思想を共通にすることを踏まえ,また,事案の性質に鑑み,まず,争点(3)について判断する。(1) 認定事実前記第2,2の前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。ア イ号物件の開発,製造における原告の関与(ア) 前記のとおり,平成16年頃,県道の拡幅・整備工事に伴い,G事務所による観測装置の移設工事(本件工事)が行われることとなり,被告が新たな観測施設に設置されるイ号物件の製作を請け負った。原告は,本件研究センター長からの指示を受けて,イ号物件の開発,製造に関与することとなった。(甲6,原告本人)(イ) 原告,被告及びHの担当者らは,平成16年10月21日,本件工事に係るF観測点に設置する観測機器について打合せを行った。上記打合せにおいて,観測機器は地下500メートルと400メートルに設置する2連式とされ,地下400メートルに設置する装置は被告製で中空構造とし,地下500メートルに設置する装置は有限会社K(以下「K」という。)が製造するとされた。(乙9)(ウ) 原告は,平成17年5月30日,被告に対し,イ号物件の仕様書案のうち「観測機器の製作」等の部分について補充をするよう指示した。これを受け,被告は,仕様書の補充を行い,同月31日,これを原告に送付して確認を求めた。(甲14,乙10)

5 原告は,被告から送られてきた仕様書案を見て,イ号物件が本件発明の構成要件を充足し,本件特許の実施に当たると認識した。(原告本人)(エ) 原告は,被告に対し,F観測点に設置する歪計,傾斜計については新型センサーユニットを採用し,当該センサーユニットを装着できる歪計ユニットをKに製作させ,部品レベルで被告に納入させることなどを指示した。これを受け,被告は,「F観測点向け総合観測装置製作の件」と題する平成18年4月3日付け書面をKに送付し,対応を依頼した。(乙6)(オ) 原告,被告,G事務所及びHの担当者らは,平成18年4月27日,X大学において,F観測点向け「デジタル式2連地殻活動総合観測装置」について打合せを行った。上記打合せにおいて,原告は,データロガーのデータを転送する場合,電波若しくは光通信で切り離しておいてほしいなどと依頼した。(乙5の7)(カ) 原告は,被告L工場において平成18年5月26日に行われたF観測点向け「デジタル式2連地殻活動総合観測装置」の立会テストに立ち会った。その際,原告は,測定機器に関し,センサヘッドケーブルのDサブコネクタ接続をせず,センサケーブルごとにコネクタ接続する方式としてほしいと要望した。(乙5の8,乙8の1の資料1)(キ) 被告は,原告から依頼を受けて,平成18年6月2日,原告に対し「デジタル式2連地殻活動総合観測装置 構想図」と題する図面を送付し,確認するように依頼した。(甲2,3)(ク) 被告及びHは,平成18年6月頃,F観測井向け模擬試験を行った。原告は,同試験の項目について指示を与え,同試験にも立ち会い,試験結果についても意見を述べた。(乙8の1)(ケ) 被告及びHは,平成18年9月27日から同年10月3日にかけて,2回目の模擬試験を行い,原告もこれに立ち会った。同試験の実施に当

5 たっては,使用予定の中空ベーラの製作が遅れたが,原告が代替品として特殊ベーラを使用することを承認したため,予定どおり試験が実施された。(乙8の2)(コ) 原告は,平成18年12月13日及び同月20日に行われたF観測点向け「デジタル式2連地殻活動総合観測装置」の中間検査に立ち会った。(乙5の13・14)(サ) イ号物件は,平成19年2月21日,原告,被告及びHの担当者らの立会いの下,F観測点に埋設された。(乙5の17)イ 原告とYの関係等(ア) Y及び被告は,平成13年1月31日,本件特許権とは別の特許権について,Yが被告に通常実施権を許諾する旨の契約を締結したところ,原告は,その契約書原案を作成し,被告に交付した。(乙1〔17頁〕,11~13)(イ) 原告は,被告に対し,平成21年1月22日付け通告書を送付し,本件特許等の特許権者であるYの代理人として,被告が本件特許を権利者の許諾なく使用している旨通告した。(甲8,乙15の1)(ウ) Yは,被告に対し,平成22年1月6日,「特許権の侵害に関わる連絡」と題する書面を送付し,Yが有する本件特許権等に関する問題は原告に委任しており,今後は原告に連絡するよう伝えた。(乙14)(2) 検討前提事実及び上記認定事実に照らし,本件特許の権利者であるYが,被告に対し,本件特許の実施を黙示に許諾したかどうかについて検討する。ア 前記(1)ア(ア)ないし(サ)のとおり,原告は,イ号物件の開発,製造に当初から関与し,その仕様書,図面について確認するとともに,その具体的な構成等についても指示を与え,各種の検査や試験にも立ち会っているとの事実が認められる。これによれば,原告は,イ号物件の開発,製造に主導

5 的に関与し,イ号物件の構成を熟知していたということができるところ,原告は,仕様書の確認をした平成17年5月の時点において,イ号物件が本件発明の構成要件を充足すると認識したと供述している(原告本人〔5頁〕)。原告は,本件特許の発明者であり,本件特許の特許権者であるYの代表者と兄弟の関係にあるので,イ号物件が本件特許権の侵害に当たると原告が認識した場合には,その製造の中止や実施料の支払を求めることが可能であったと考えられる。しかし,原告は,平成17年5月以降も各種検査や試験に立ち会い,イ号物件の図面を確認したり,その構成等に意見を述べるなどして,同物件の製造に積極的に協力しており,原告が,同物件の納入後の平成21年1月に至るまでの間に,イ号物件の製造の中止や実施料の支払を求めるなどの行動に及んだことをうかがわせる証拠はない。これに加えて,原告が発明者であり,Y等が特許権者となっている特許権は,本件特許の他にも複数あり(乙17),原告は,平成13年に本件特許権とは別の特許権について通常実施権の許諾に係る契約書原案を作成しているとの事実も認められる(前記(1)イ(ア)) これによれば,。 原告は,特許権の取得や行使について十分な知識・経験を有していたというべきであり,原告自身も別事件の証拠として提出された陳述書(乙27〔4頁〕)において,自らの技術を特許化して関連する企業をコントロールできる状態にしておく必要性を意識している旨記載している。このように特許権の取得,行使の必要性を自覚している原告が,本件においては,平成17年5月の時点においてイ号物件が本件発明の構成要件を充足すると認識していながら,その後もイ号物件の製造に主導的に関与し,平成19年2月に同物件が完成し,納入された後までその製造の中止や実施料の支払を求めていないことによれば,原告は被告が本件特許を実施することについて黙示に許諾していたと認めるのが相当である。

5 イ 次に,イ号物件の開発,製造当時の本件特許権の権利者であるYが本件特許を被告が実施することについて黙示に許諾していたかどうかについて検討する。前記のとおり,イ号物件の開発,製造に主導的に関与していたのは原告であり,Yが同物件の開発,製造に主導的に関与したことはうかがわれないが,①Yの代表者は,イ号物件の製造当時においても,原告の実兄であること,②原告は平成13年頃にYの有する他の特許権の通常実施権の許諾に係る契約に関与しており,この当時からYは原告にその有する特許権の行使を委ねていたことがうかがわれること,③原告が,被告に対し,イ号物件が本件特許権を侵害する旨の平成21年1月22日付け通告書(甲8,乙15の1)を送った際も,Yの代理人である旨を明示していること,

④Yも,被告に対し,平成22年1月6日付け書面(乙14)において,本件特許権等に関する問題は原告に委任しており,今後は原告に連絡するよう求めていることなどに照らすと,Yは,イ号物件の製造当時において,本件特許の実施に関する意思決定を原告に包括的に委ねていたものと認めるのが相当である。そうすると,原告がイ号物件の製造,販売について,本件特許を無償で実施することを許諾していた以上,当時の特許権者であるYも当然に無償で許諾していたものと認めるのが相当である。ウ 原告は,本件研究センター長の指示によりイ号物件の開発に関与していたにすぎず,イ号物件の構成について指導を求められたことはなく,その図面も見たことがないと主張するが,原告がイ号物件の開発,製造に主導的に関与し,その仕様書や図面を確認し,その構成等について指示していると認められることは前記判示のとおりである。また,原告は,本件特許の権利者ではないのであるから,被告にその実施料の支払を請求する立場になく,Yは被告がイ号物件を製造,販売する

5 ことを知らなかったと主張するが,前記イ①ないし④によれば,Yは,イ号物件の製造当時において,本件特許の実施に関する意思決定を原告に包括的に委ねていたものと認められるのであるから,原告は本件特許権の実施料の支払を請求し得る立場にあったというべきであり,Yがイ号物件の製造,販売の詳細について知らなかったとしても上記結論を左右するものではない。エ したがって,本件特許権の権利者であるYは本件特許を被告が実施することについて黙示に許諾していたと認められるので,原告の被告に対する本件特許権の侵害を理由とする不当利得返還請求は理由がない。

3 争点(4)(Yから原告への不当利得返還請求権の譲渡の有無)について被告がイ号物件を製造,販売した当時の特許権者はYであることから,原告が被告に対して特許権侵害に基づく不当利得返還請求をするためには,原告がYから同請求権の譲渡を受けるなどする必要があるところ,原告は,遅くとも平成21年1月22日には,Yから被告に対する不当利得返還請求権の譲渡を受けたと主張する。しかし,原告がその根拠として挙げる証拠(甲9)はYから本件特許権の持分の譲渡を受けたことを示すものであり,原告が明示又は黙示に不当利得返還請求権の譲渡を受けたと認めるに足りる証拠はない。したがって,原告の被告に対する不当利得返還請求は理由がない。

4 結論以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部

裁判長裁判官

佐 藤 達 文

裁判官

三 井 大 有

裁判官

今 野 智 紀

別紙

●(省略)●

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