平成29(行ケ)10216審決取消請求事件
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裁判所 |
審決取消 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成30年8月22日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官長谷川茜 原告ホーユー株式会社
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対象物 |
染毛剤,その使用方法及び染毛剤用品 |
法令 |
特許権
特許法17条の24回
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キーワード |
審決17回 実施11回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
1 特許庁が不服2016-7849号事件について平成29年10月11日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟
である。争点は,①補正における新規事項の追加の有無,②明確性要件違反の有無,
③実施可能要件違反の有無である。 |
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判決文
平成30年8月22日判決言渡
平成29年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成30年7月18日
判 決
原 告 ホ ー ユ ー 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 比 留 川 浩 介
同訴訟代理人弁理士 祖 父 江 榮 一
谷 水 浩 一
井 津 健 太 郎
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 大 熊 幸 治
長 谷 川 茜
河 本 充 雄
板 谷 玲 子
主 文
1 特許庁が不服2016-7849号事件について平成29年10
月11日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟
である。争点は,①補正における新規事項の追加の有無,②明確性要件違反の有無,
③実施可能要件違反の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「染毛剤,その使用方法及び染毛剤用品」とする発明につき,平
成23年2月28日に特許出願した(特願2011-42737号。以下「本願」
という。甲1)。原告は,平成24年2月13日,平成26年11月25日及び平成
27年4月17日に特許請求の範囲等を補正し,さらに,平成28年2月2日に,
特許請求の範囲及び発明の詳細な説明について,
「常温」を「常温(25℃)」とし,
「撹拌羽」の寸法を追加することなどを含む,後記3と同内容の補正をしたが,審
査官は,同補正のうち,「常温」を「常温(25℃)」とすることが新規事項の追加
に当たるとして,同月16日付けで同補正を却下し,同日付けで拒絶査定をした(甲
2の2,甲4の2,甲6の2,甲8の2,甲9の1・2)。
原告は,同年5月30日,拒絶査定不服審判請求をする(不服2016-784
9号)とともに,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明について上記でした補正と
同内容の補正をし(以下「本件補正」という。後記3のとおり。,その後,
) 「常温」
を「常温(25℃)」とすることが新規事項の追加に当たり,本件補正を却下すべき
とする同年6月16日付けの前置報告書が出されたことから,平成29年5月12
日付け上申書で「常温」を「常温(25℃)」とする補正を撤回することを含む新た
な補正案を示した(甲10の1・2,甲11,17)。
特許庁は,同年10月11日,
「撹拌羽」の寸法を追加することが新規事項の追加
に当たるとして本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
審決をし,同審決謄本は,同月24日,原告に送達され,原告はこれに対して本件
訴訟を提起した。
2 平成27年4月17日の補正後の本願の特許請求の範囲(以下,各請求項に
係る発明を「本願発明1」などといい,これらを併せて「本願発明」といい,その
明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)の記載(甲6の2)
【請求項1】
「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共
に,
(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%及び/又は(B)アニオン性
界面活性剤0.05~10質量%を含有し,
常温で液状である油性成分0.01~1質量%及び揮発性溶剤0.1~20質量%
を含有し,
その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染
毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記
の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後4
0分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴
とする染毛剤。
撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの
円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市
販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容
器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かな
クリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心
となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したもの
である。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,
対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。
このように撹拌羽を位置決めしたもとで,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rp
mの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。」
【請求項2】
「請求項1に記載した染毛剤を,ノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出し
て頭髪に適用することを特徴とする染毛剤の使用方法。」
【請求項3】
「請求項1に記載した染毛剤と,この染毛剤を泡状に吐出するためのノンエアゾー
ルフォーマー容器とを含んで構成されることを特徴とする染毛剤用品。」
3 本件補正の内容(甲10の2)
(1) 補正事項1
請求項1の記載を以下のとおり補正する(下線部が本件補正による補正部分。以
下,補正された請求項1の発明及び同請求項1を引用する請求項2,3の発明を併
せて「本件補正発明」という。。
)
【請求項1】
「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると
共に,
前記第1剤と前記第2剤の混合液中に,
(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%,
(B)アニオン性界面活性剤0.1~10質量%,
高級アルコール及びシリコーン類を含む,常温(25℃)で液状である油性成分
0.01~1質量%,並びに,
エタノール,イソプロパノール,プロパノール,ブチルアルコール,ベンジルア
ルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し,
その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染
毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記
の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後4
0分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴
とする染毛剤。
撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの
円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市
販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容
器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かな
クリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心
となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したもの
である(撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との
間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである。。撹拌羽の回転半径は円筒形容器
)
の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に
収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで,
25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌
する。」
(2) 補正事項2(下線部が本件補正による補正部分。)
明細書の【0012】の記載を以下のとおり補正する(下線部が本件補正による
補正部分。。
)
「即ち,ノンエアゾールフォーマー容器から染毛剤の各剤の混合液を泡状に吐出
し,その150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビ
ーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3
A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致する
ように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すよ
うに,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から
漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右
方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,
羽の幅10mmである。。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数m
)
m程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達す
るサイズである。」
4 審決の理由の要点
(1) 本件補正について
本件補正は,請求項1に記載される「撹拌羽」について,(撹拌羽の左右方向の幅
「
は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅1
0mmである。」と特定すること(以下「特定事項a」という。
) )を含むものである。
出願当初の特許請求の範囲又は明細書(以下,出願当初の特許請求の範囲,明細
書及び図面を併せて「当初明細書等」といい,出願当初の明細書及び図面を併せて
「当初明細書」という。)に,「撹拌羽」について記載があるのは,【0012】【0
013】のみであるところ,そこには,「撹拌羽」の形状,寸法について,「その回
転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底
部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決め」されて
いる,
「回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部
を延設したものである」「撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数m
,
m程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達す
るサイズである」と記載され,円筒形容器の「内径がほぼ6cm」との記載がある
ことから,
「撹拌羽」の回転半径は,円筒形容器の半径ほぼ3cmより数mm程度小
さいものであって,
「撹拌羽」の左右方向の全幅については,円筒形容器の内径(ほ
ぼ6cm)より少し(数mm程度の2倍)小さいものであることは記載されていた
といえるものの,
「支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅1
0mmである」ことは,当初明細書等には記載されておらず,当初明細書等の記載
から自明な事項ともいえない。
特定事項aにいう「撹拌羽」の形状,寸法は,本願の請求項1に記載された発明
特定事項である「撹拌条件」を決定する上で重要な要素であるといえる。そして,
「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡を『手で揉み込むようにして頭髪
に適用する』という操作に相当する標準的な機械的撹拌操作」の撹拌条件及び泡持
ちのよい染毛剤を選ぶための「新規,客観的かつ簡易な指標」を見いだしたことが
本願の請求項1の発明の特徴点といえるが,その撹拌条件を決定する重要な要素で
ある「撹拌羽」の形状,寸法について,当初明細書等に記載されていない特定事項
aを本願の請求項1に追加することは,当初明細書等の全ての記載を総合すること
により導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであ
る。
以上のとおり,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてした
ものとはいえず,いわゆる新規事項の追加に当たるから,特許法17条の2第3項
に違反し,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却
下すべきものである。
(2) 本願発明について
ア 明確性について
一般に,
「撹拌羽」の形状が,発生する液流を決定する重要な要素であることは撹
拌技術の分野における技術常識である。このことは,泡の形成を目的とする撹拌に
おいても当然いえることであって,
「撹拌羽」の形状の如何によって発生する液流に
違いがあり,たとえ「撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転」という条件
で撹拌しても,形成される泡の状態には違いが生じることが予測される。したがっ
て,泡の形成を目的とする撹拌において,形成される泡を一定の状態とするための
撹拌条件の特定には,撹拌装置の「撹拌羽」の形状も特定する必要がある。
本願発明において,
「撹拌羽」の片方の羽の横方向の幅,換言すると「支軸と羽と
の間隔(隙間)」が特定されていない。そして,当初明細書の記載をみても,「支軸
と羽との間隔(隙間)」について記載されておらず,自明な事項でもない。
したがって,本願発明においては,撹拌装置の「撹拌羽」の形状,特に,
「支軸と
羽との間隔(隙間)」が特定されていないため,「撹拌直後の泡(a)の体積に対す
る撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内」とな
るための撹拌条件が不明であって,本願発明1は明確ではなく,請求項1を引用す
る本願発明2,3も同様である。
イ 実施可能要件について
上記アのとおり,泡持ちの良さを判定するための泡を形成する撹拌条件が不明で
ある以上,
「撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体
積の比率b/aが0.7~1の範囲内」となることを確認することができないから,
本願明細書の記載は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ
十分に記載されているとはいえない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)
当初明細書等には,撹拌条件を決定する「撹拌羽」について,
「日光ケミカルズ株
式会社(以下「日光ケミカルズ」という。)製の市販乳化試験器ET-3A型(以下
「ET-3A」という。)の回転軸に取付けた撹拌羽」を用いること,「撹拌羽は,
回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設
したものである」こと,
「撹拌羽の回転半径は,200ml容で内径がほぼ6cmの
円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度) 小さいものであることが記載されてい
」
る(【0012】。
)
ET-3Aは,日光ケミカルズにより,本願の出願の日である平成23年2月2
8日以前から販売されており(商品名「NIKKOL ET-3A 3連式乳化試験
機」,販売に当たっては、100,200,300,500mlの各サイズのビー
)
カーに対応した4種類の所定の撹拌羽根(以下「本件撹拌羽根」という。)が付属品
として添付されている(甲13)。実際に,原告は,平成5年から平成15年までに
ET-3Aを6機購入しており,その付属品として,本件撹拌羽根を入手している
(甲14) 200mlビーカー用の本件撹拌羽根の寸法を測定した結果,
。 その回転
半径は,6cmの円筒容器の半径より僅かに(数mm程度)小さいものであった(甲
15の1)。そして,本件撹拌羽根の寸法は,発売以来,一度も変更されていない
(甲13)上,付属品の4種類の本件撹拌羽根の形状は,いずれも回転中心とな
る支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものであ
る(甲13)。
このように,ET-3Aが本件撹拌羽根を付属品として販売されているという販
売の態様,付属品である本件撹拌羽根の形状が当初明細書等に記載された「撹拌羽」
の形状と同一であることを参酌すると,当初明細書等に記載された撹拌条件として,
ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根を用いていること
は明らかである。
したがって,当初明細書等に記載された「市販乳化試験器ET-3A型を使用する
こと」「撹拌羽の形状が「山」の字を構成する形態であること」「撹拌羽の回転半
, ,
径が内径6cmの円筒形容器の半径よりやや小さい寸法であること」等の撹拌条件
に接した当業者は,本願発明を構成する撹拌条件として,ET-3Aの付属品の2
00mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用するという意味であると理解するといえ
る。そして,付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法は,「支軸直径
6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mm」である(甲15)
から,当該寸法は,当初明細書等に記載されていると同然であると理解することが
できる。したがって,当該寸法は,
「当初明細書等の記載から自明な事項」であるか
ら,これを追加する本件補正は新たな技術的事項を導入するものではない。
本件補正により追加した撹拌羽の寸法は,本願の出願時の200mlビーカー用
の本件撹拌羽根の実寸法を追加したにすぎないから,出願時に開示された発明の範
囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることもなく,新規事項の追加
を制限する趣旨にも反しない。
2 取消事由2(明確性要件違反の判断の誤り)
本件補正後の特許請求の範囲においては,特定事項aにより撹拌羽の寸法が特定
されているから,本件補正発明は明確である。
また,仮に当該寸法が特定されていない場合であっても, 当初明細書には,撹拌
条件として「市販乳化試験器ET-3A型を使用すること」 撹拌羽の形状が
,
「 「山」
の字を構成する形態であること」,
「撹拌羽の回転半径が内径6cmの円筒形容器
の半径よりやや小さい寸法であること」が記載されている 【0012】 。
( ) そして,
当業者には,これらの記載から,本願発明を構成する撹拌条件がET-3Aの付
属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用するという意味であること
は明らかであるから,本願発明の撹拌条件は明確である。
3 取消事由3(実施可能要件違反の判断の誤り)
仮に撹拌羽の寸法が特定されていない場合であっても,当初明細書には,撹拌条
件として「市販乳化試験器ET―3Aを使用すること」「撹拌羽の形状が「山」の
,
字を構成する形態であること」「撹拌羽の回転半径が内径6cmの円筒形容器の半
,
径よりやや小さい寸法であること」が記載されているから(【0012】,本願発明
)
を構成する撹拌条件が,ET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽
根を使用するという意味であることは明らかである。したがって,本願明細書の記
載は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分にされてい
る。
4 被告の主張に対する反論
(1) 被告が主張するように,支軸直径6mmの撹拌羽根が単体で市販され
ていることや,ET-3Aが付属品以外の撹拌羽根を用いることができること
は,本願発明における撹拌条件として,あえて付属品以外の撹拌羽根を使用す
るという根拠になるものではない。
また,乙6の1・2に記載された取引形態については,いつ公開されたもの
であるのか,どのような取引形態であるのかなどの説明がされておらず ,出願
時におけるET-3Aの取引形態として,撹拌羽根を付属品として添付しない
状態での取引形態が存在していたという事実はない。加えて,甲13に記載さ
れているように,正規の販売者である日光ケミカルズは,本件撹拌羽根を付属
品として添付している旨陳述していることからも,被告の主張は根拠を欠く。
(2) なお,原告が本件補正により「撹拌羽」の寸法を追加した理由は,平成2
7年10月29日付け拒絶理由通知書において,「撹拌羽」について,「回転中心と
なる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態である撹拌羽の「左右方向の
幅」がどの程度であるのか,何ら規定されていない。」という明確性要件違反の拒絶
理由が通知されたからである。そして,本件補正は,審判請求と同時に提出した手
続補正書(甲10の2)により追加されたものであるが,審査官による前置審査で
は,特定事項aの追加については何ら指摘されていない(甲17)。また,類似の案
件である「特願2011-43114号」について,特定事項aの追加と同様の補
正をしているが,当該案件については特に指摘もなく特許査定になっている(甲1
6の1・2)。
第4 被告の主張
1 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)に対して
(1) 本願発明は,「特定の撹拌条件」による撹拌後の泡の所定時間後の体積
減少率が所定の範囲となることにより課題を解決するものであるとともに,それに
より本願発明を画定しようとするものであるから,本願発明においては,特に試行
錯誤の上でようやく得られた「撹拌条件」が本願発明を画定する上で極めて重要な
要素であり,「撹拌条件」が変更されたとすれば,本願発明が異なるものとなって
しまう。したがって,「撹拌条件」の不明な条件を明確にするという本件補正が認
められるためには,先願主義のもと,補正の要件を規定する特許法17条の2第3
項の規定に照らし,この「撹拌条件」が当初明細書等及び技術常識等から当業者に
とって明らかであることが必要である。
(2)ア しかし,当初明細書等には,
「撹拌条件」については,当初明細書の【0
011】~【0013】に記載があるのみであるところ,これらの記載から明らか
にされている撹拌条件は,①日光ケミカルズのET-3Aを用いること,②泡状の
染毛剤を「200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収
容する」こと,③ET-3Aの回転軸に取り付けた「撹拌羽」は,
「回転中心が円筒
形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅
かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決め」されること,④「撹
拌羽」は,
「回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の
羽部を延設したものである」こと,⑤「撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より
僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡
の液面に達するサイズである」こと及び⑥「25℃の雰囲気中,撹拌羽を150r
pmの回転速度で3分間回転させる」ことにとどまる。
したがって,本件補正により追加した特定事項aである「撹拌羽の左右方向の幅
は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅
10mm」は,上記記載においては,何ら明らかにされていないし,その他当初明
細書等には,撹拌条件についての記載はない。
一方,撹拌羽根の形状が,発生する液流を決定する重要な要素であることは撹拌
技術の分野における技術常識であり,撹拌羽根の形状の如何によって発生する液流
に違いがあり,形成される泡の状態には違いが生じることが予測されるから,泡の
形成を目的とする撹拌において,形成される泡を一定の状態とするための撹拌条件
の特定には,撹拌装置の撹拌羽根の形状も特定する必要があるといえる。
このように,撹拌羽根の寸法は,撹拌状態を大きく左右するものであって,どの
ような撹拌羽根を用いるかは,撹拌条件を特定する上で大きな要素を占めるもので
あるにもかかわらず,当初明細書等の記載からは,その「撹拌羽」の寸法は不明で
あるというほかない。
イ なお,本願発明のように,
「特定の撹拌条件」を採用することによって課
題を解決するものや,特定の撹拌条件によりその特性を評価するものにおいては,
通常,乙1~4にあるように明細書の記載において,どのような撹拌羽根を用いる
のかを含めて,その撹拌条件が具体的に明示されている。
(3) 原告は,当初明細書の記載から,ET-3Aの付属品の200mlビーカ
ー用の本件撹拌羽根を使用する意味であることは明らかである旨主張する。
ア しかし,当初明細書等には,
「撹拌羽」として,付属品の200mlビー
カー用の本件撹拌羽根を使用することについては何ら記載されておらず,原告の主
張は,当初明細書の記載に基づくものではないから,前提において失当である。
また,
「撹拌羽の形状が「山」の字を構成する形態であること」「撹拌羽の回転半
,
径が6cmよりやや小さい寸法であること」等の撹拌条件についての当初明細書の
記載から,「撹拌羽」が何らかの装置の付属品であることはうかがえず,ましてや,
撹拌羽の寸法がET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根と同じ
「支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mm」である
ことが理解できるものではない。
仮に,撹拌を実施する際に,付属品の撹拌羽根を用いる場合が通常であるとして
も,それは,単に撹拌羽根が付属品である可能性があるという,一般的な蓋然性を
いうものにすぎない。
イ 甲13,甲14,甲15の1のみならず,甲号証のいずれにも,ET-
3Aが付属品の本件撹拌羽根のみを用いるものであることをうかがわせる記載はな
い。そして,乙5に記載されているように,PTFE撹拌棒
「 (セントリフュージ型),
」
「PTFE撹拌棒(アンカー型),
」「PTFE撹拌棒(プロペラ型)」などの,ET
-3Aに取り付けて用いることができる「支軸直径6mm」の撹拌羽根が単体で市
販されていること及びET-3Aのような乳化試験機において,このような付属品
以外の撹拌羽根を用いることができることは明らかであるから,本件発明の撹拌条
件を試行錯誤により定めるに当たっては,付属品以外の単体で市販されているよう
な撹拌羽根を任意で選択し得るもというべきである。このことは,乙6の1・2の
「商品説明」の頁の「商品について」の欄に記載されているように,ET-3Aを
付属品なしに販売する事例が見られることからすると,出願時においても,ET-
3Aを販売するに当たって,本件撹拌羽根を付属品として添付しない状態での取引
形態も存在していたといえることからも裏付けられる。
以上のことからすると,当初明細書等に「ET-3Aにより撹拌する」旨の記載
があるとしても,このことから,当然に,ET-3Aの付属品である200mlビ
ーカー用の本件撹拌羽根を用いて撹拌を行うものと当業者が認識し得るものではな
い。
なお,原告がET-3Aの実機を有し,付属品の本件撹拌羽根を有している事実
があったとしても,撹拌羽根が単体で市販されており,そのような市販の撹拌羽根
をET-3Aにおいても使用可能であるという事実や,ET-3Aが付属品なしに
取引されるという事実に鑑みると,当初明細書等の記載のみから,原告が「付属品」
である「本件撹拌羽根を有している」という事実を当業者が直ちに認識し得るもの
でもない。
(4) 小括
上記のとおり,当初明細書等に記載された事項からは,本件「撹拌条件」におけ
る「撹拌羽」の寸法は不明というほかないから,本件補正発明において特定された
「撹拌羽」の寸法は,当初明細書等に記載されたものとも,当該記載から自明なも
のともいえない。
そして,
「撹拌条件」において,撹拌羽根の寸法は,撹拌状態を大きく左右するも
ので,どのような撹拌羽根を用いるかは,撹拌条件を特定する上で大きな要素を占
めるものであって,本願発明においても重要な要素を占めるものであるから,撹拌
条件として「撹拌羽」の寸法を追加することは,新たな技術的意義を導入するもの
であり,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとは
いえず,本件補正が新規事項を追加するものであるとした審決の判断に誤りはない。
したがって,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するので,同法159
条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下すべきとの審決の判
断に誤りはない。
2 取消事由2(明確性要件違反の判断の誤り)に対して
(1) 本件補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとは
いえず,却下すべきものである。したがって,審決における本願発明の認定に誤り
はない。原告の明確性に関する主張は,審決が本件補正を却下すべきものとした判
断の誤りを前提とするものであるから,その前提において失当である。
(2) 原告は,本件補正が仮に却下されるべきものであるとしても,本願発明の
撹拌条件は明確である旨主張する。
しかし,本願発明において,日光ケミカルズのET-3Aを用い,その回転軸に
取り付けた「撹拌羽」が回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成す
る形態で対の羽部を延設したものであることや,回転半径は円筒形容器の半径より
僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡
の液面に達するサイズであることが特定されていたところで,このような「撹拌羽」
がどのようなものであるのか確定することはできない。
そして,本願発明は,
「特定の撹拌条件」による撹拌後の泡の所定時間後の体積減
少率が所定の範囲となることにより課題を解決するものであるとともに,それによ
り本願発明を画定しようとするものであるから,本願発明においては,特に上記「撹
拌条件」が本願発明を定める上で極めて重要な要素であって,
「撹拌条件」が変更さ
れたとすれば,本願発明が異なるものとなってしまう。
また,撹拌羽根の形状は,発生する液流を決定する重要な要素であることは撹拌
技術の分野における技術常識であり,撹拌羽根の形状の如何によって形成される泡
の状態には違いが生じることが予測されることから,泡の形成を目的とする撹拌に
おいて,形成される泡を一定の状態とするための撹拌条件の特定には,撹拌装置の
撹拌羽根の形状も特定する必要がある。
そうすると,本願発明の「撹拌条件」の重要な要素である「撹拌羽」の寸法等が
不明であることは,第三者に不測の不利益を与えかねない程不明確なものというほ
かない。
したがって,本願発明が明確でないとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(実施可能性要件違反の判断の誤り)に対して
本願発明は,
「特定の撹拌条件」による撹拌後の泡の所定時間後の体積減少率が所
定の範囲となることにより課題を解決するものであるから,泡持ちの良さを判定す
るための泡を形成するための「撹拌羽」としてどのようなものを用いるかを確定す
ることができないと,本願発明における「撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌
後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内である」こと
は,どのようにすれば確認できるのか明らかでない。
また,本願発明の「撹拌条件」は,それにより得られた「泡の外観や泡の液化挙
動等」を出願人が「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をウィッグに揉
み込んで適用した場合の平均的な泡の状態」とほぼ同じであることを「実験的」に
確認したことにより得られたものであるから,その撹拌条件は,試行錯誤の上でよ
うやく得られたものというべきものである。
以上のことからすると,本願明細書の記載は,当業者が本願発明の実施をするこ
とができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできないから,審決
の実施可能要件違反の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 発明の内容
本願発明の特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ, (甲
証拠
1,甲2の2,甲4の2,甲6の2)によると,本願発明は,以下のとおりのもの
であると認められる。
(1) 技術分野
本願発明は,染毛剤,その使用方法及び染毛剤用品に関するものである(本願明
細書【0001】。
)
(2) 課題
従来,多剤式染毛剤の各剤混合物を泡状にして用いる染毛剤は,吐出した泡を手
で揉み込むようにして頭髪全体にムラなく適用することができるという利点を持つ
反面,特にノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤では,
泡が潰れて液状化し,そのために頭髪から垂れ落ちを起こし易いという問題があっ
た(本願明細書【0002】【0003】【0005】【0006】)。
本願発明は,ノンエアゾールフォーマー容器から良好な泡状に吐出できる染毛剤
であって,吐出した泡を手で揉み込むようにして頭髪に適用しても,染毛処理中の
泡の液状化が防止される,泡持ちの良い染毛剤を提供することを解決すべき課題と
するものである(本願明細書【0007】)。
(3) 課題を解決するための手段
上記課題を達成するために,本願発明の発明者は,ノンエアゾールフォーマー容
器用染毛剤において,「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま
特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40
分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内である」という条件
を満たすことが上記の課題を解決する手段であることを見いだした。ここでいう,
特定の撹拌条件とは,泡状に吐出した染毛剤を「手で揉み込むようにして頭髪に適
用する」という操作を,判定基準としての客観的統一性を持たせた機械的な撹拌操
作に置き換えたものである。具体的には,ノンエアゾールフォーマー容器から染毛
剤の各剤の混合液を泡状に吐出し,その150mlを,200ml容で内径がほぼ
6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容し,次いで,日光ケミカルズのET
-3Aの回転軸に取り付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致
するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残
すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端
から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したもので,撹拌羽の回転
半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の
幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位
置決めし,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,
泡を撹拌するというものである(本願明細書【0008】【0011】【0012】
【0013】)。
また,本願発明の染毛剤は,上記課題を達成するために,(A)成分であるカチ
オン性界面活性剤及び/又は(B)成分であるアニオン性界面活性剤をそれぞれ0.
05~10質量%の範囲内で含有するとともに,常温で液状である油性成分を0.
01~1質量%の範囲内で含有し,揮発性溶剤を0.1~20質量%の範囲内で含
有している(本願明細書【0038】【0040】【0048】~【0056】【0
065】【0066】)。
(4) 効果
「比率b/aが0.7~1の範囲内である」という客観的な指標に基づき,
「ノン
エアゾールフォーマー容器から泡状に吐出できる染毛剤であって,吐出した泡を手
で揉み込むようにして頭髪に適用しても染毛処理中の泡の液状化が防止され,泡持
ちが良い」という課題を解決できる染毛剤が提供される(本願明細書【0018】。
)
2 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)について
審決は,特定事項aを本願の請求項1に追加することが新たな技術的事項を導入
するものであって,これを含む本件補正は却下すべきと判断するので,以下,検討
する。
(1) 判断の前提となる事実
以下の各証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア 撹拌条件に関する当初明細書の記載(甲1)
「【課題を解決するための手段】
【0011】更に第1発明において「特定の撹拌条件下で撹拌」とは,泡状に吐出
した染毛剤を「手で揉み込むようにして頭髪に適用する」という操作を,判定基準
としての客観的統一性を持たせた機械的な撹拌操作に置き換えたものであり,具体
的には以下の条件下での撹拌を言う。
【0012】即ち,ノンエアゾールフォーマー容器から染毛剤の各剤の混合液を泡
状に吐出し,その150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例
えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器E
T―3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一
致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを
残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下
端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである。撹拌羽
の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽
部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。
【0013】このように撹拌羽を位置決めした下で,25℃の雰囲気中,撹拌羽を
150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。この撹拌条件下で撹拌
した直後の泡の状態は,同上のノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をウ
ィッグに揉み込んで適用した場合の平均的な泡の状態との比較において,泡の外観
や泡の液化挙動等がほぼ同じであることが実験的に確認されている。」
イ ET-3A及び本件撹拌羽根に関する事実
ET-3Aは,乳化試験等に用いる実験用の機械であり,日光ケミカ
ルズは,昭和60年頃から現在まで継続してET-3Aを販売しており,その累計
出荷台数は平成30年5月11日現在で301台である。(甲13,18)
日光ケミカルズが販売するET-3Aには,100,200,300,
500mlの大きさのビーカーにそれぞれ対応した,4種類の本件撹拌羽根が付属
品として必ず添付されており,その形状,寸法は発売開始当初から現在までの間に
変更されていない上,これまでに顧客の要望に応じて撹拌羽根の形状,寸法が変更
されたということもない。(甲13,18)
本件撹拌羽根は,4種類いずれもが回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」
の字を構成する形態で対の羽部を延設したものであり,原告が所持している200
mlビーカー用の本件撹拌羽根13本の寸法は以下のとおりである。甲13,
( 14,
甲15の1)
日光ケミカルズが平成17年7月頃に作成したカタログには,上記の
ように支軸の下端から「山」の字を構成する形態で対の羽部が延設された形状をし
た本件撹拌羽根を装着した状態のET-3Aの写真が掲載されている。また,平成
26年12月13日に作成された新しい日光ケミカルズのカタログにも,ET-3
Aの付属品として,「付属品 ・攪拌羽根(ビーカー200ml用),ビーカークラ
ンプ 各3set」などとして,4種類の本件撹拌羽根が写真入りで記載されてい
る。(甲13)
ET-3Aにおいては,本件撹拌羽根以外にも支軸直径が6mmであ
る別の撹拌羽根を使用することが可能であり,実際にET-3Aに取付け可能な撹
拌羽根が何種類か市販されている。しかし,市販されているいずれの撹拌羽根も本
件撹拌羽根とはその形状が異なっており,本件撹拌羽根のように支軸の下端から漢
字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設するような形状のものはなく,し
たがって,支軸直径を除く寸法も同じではない。(乙5)
(2) 判断
ア 新たな技術的事項導入の有無について
特許請求の範囲等の補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は
図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の
2第3項),上記の「最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事
項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合
することにより導かれる技術的事項を意味し,当該補正が,このようにして導かれ
る技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,
当該補正は「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」
するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20
年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。
これを本件についてみるに,前記で認定したような本願発明において,撹拌羽根
の形状,寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ,当初
明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。しかし,当初明細書の
【0012】には,①撹拌にET-3Aを用いること,②「撹拌羽」は,回転中心
となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹
拌羽」であること,③「撹拌羽」の回転半径は,内容量が200mlで内径約6c
mのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載され
ているところ,前記(1)イの事実によると,当初明細書に記載されている上記「撹拌
羽」の形状,寸法は,ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌
羽根のそれと一致するものである。また,前記(1)イの事実によると,ET-3Aは,
昭和60年頃から長年にわたって販売されており,多数の当業者によって使用され
てきたと推認される実験用の機械であるところ,販売開始以来,付属品である本件
撹拌羽根の形状,寸法に変更が加えられたことは一度もなく,しかも,遅くとも平
成17年7月頃には,本件撹拌羽根は,ET-3Aとともに日光ケミカルズのカタ
ログに掲載されていた。さらに,当初明細書の記載に適合するような形状,寸法の
ET-3A用の撹拌羽根が,ET-3A本体とは別に市販されていたことは証拠上
認められない。
以上の事実を考え併せると,当業者が,当初明細書等に接した場合,そこに記載
されている撹拌羽が,ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカ
ー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。そし
て,特定事項aは,200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するもの
であるから,特定事項aを本願の請求項1に記載することが,明細書又は図面の全
ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を
導入するものとはいえず,新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由があ
る。
イ 被告の主張について
被告は,ET-3Aのような乳化試験機において,付属品以外の撹拌羽根を任意
に選択して用いることができるのは明らかであるところ,ET-3Aに取付け可能
な撹拌羽根が単体で市販されていたり,ET-3Aが付属品なしで取引されていた
りすることからすると,当業者が,当初明細書等の記載から,そこでいう撹拌羽根
が,200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することはないなど
と主張する。
しかし,前記(1)イ のとおり,ET-3Aに取付け可能な撹拌羽根として市販さ
れていることが証拠上確認できるものは,そのいずれもが当初明細書に記載されて
いるような回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の
羽部を延設したものではないから,それらの撹拌羽根が市販されているという事実
をもって,上記アの認定は左右されない。
また,証拠(乙6の1・2)によると,いわゆるインターネットオークションに
おいて,本件撹拌羽根が付属品として添付されていない中古品のET-3Aが取引
されている事実は認められるものの,このような取引の事実があったからといって
上記アの認定が左右されることはないというべきである。
よって,被告の上記主張はいずれも採用できない。
ウ 小括
以上のとおり,特定事項aは新たな技術的事項を導入するものではなく,特定事
項aを本願の請求項1に追加することは願書に添付した明細書,特許請求の範囲及
び図面に記載した事項の範囲内においてするものというべきである。審決の明確性
及び実施可能性についての判断は,特定事項aの追加が新規事項の追加に当たり,
本件補正を却下すべきことを前提としてされたものであるから,特定事項aの追加
が新規事項の追加に当たるとした判断の誤りは審決の明確性及び実施可能性につい
ての判断にも影響を及ぼすものといえる。
したがって,審判において,特定事項aの追加が新規事項の追加に当たらないこ
とを前提に,再度,審理・判断を行う必要があるものと認められる。
第6 結論
以上の次第で,取消事由1は理由があり,審決にはその結論に影響を及ぼす違法が
あるから,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森 義 之
裁判官
佐 野 信
裁判官
熊 谷 大 輔
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