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平成30(ネ)10031特許権侵害差止等請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
裁判年月日 平成30年11月20日
事件種別 民事
当事者 控訴人兼被 トラタニ株式会社
被控訴人兼控訴人株式会社タカギ 兼控訴人株式会社名古屋タカギ
対象物 下肢用衣料
法令 特許権
特許法102条2項20回
特許法104条の34回
特許法102条3項1回
特許法73条2項1回
特許法167条1回
特許法36条1回
特許法29条1項1回
キーワード 無効47回
実施39回
侵害34回
特許権33回
損害賠償19回
新規性17回
審決16回
進歩性16回
無効審判7回
差止6回
分割1回
ライセンス1回
主文 1審原告及び1審被告らの各控訴をいずれも棄却する。控訴費用のうち,1審原告に生じた費用は1審原告の,1審被告らに生じた費用は1審被告らの,各負担とする。
事件の概要 1 本件は,発明の名称を「下肢用衣料」とする本件特許の特許権(以下「本件 特許権」という。)を有する1審原告が,被告製品を製造販売等する1審被告らに 対し,被告製品は本件発明の技術的範囲に属し,1審被告らの上記行為は本件特許 権を侵害すると主張して,特許法100条に基づき,被告製品の製造販売等の差止 め及び廃棄を求めるとともに,民法709条に基づき,1審被告タカギに対し特許 法102条2項による損害金1億2350万2610円及び原判決別紙「遅延損害 金起算日一覧表1」の「元金額」欄記載の各金員に対する不法行為又は不法行為後 の日である同別紙「起算日」欄記載の各日から各支払済みまで民法所定の年5分の 割合による遅延損害金の支払を,1審被告名古屋タカギに対し損害金3002万3 136円及び原判決別紙「遅延損害金起算日一覧表2」の「元金額」欄記載の各金 員に対する不法行為又は不法行為後の日である同別紙「起算日」欄記載の各日から 各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であ る(なお,1審被告タカギに対する訴状送達の日は平成26年8月22日,1審被 告名古屋タカギに対する訴状送達の日は同月25日である。)。 原判決は,被告製品につき本件発明の技術的範囲に属するとし,また,本件特許

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判決文

平成30年11月20日判決言渡
平成30年(ネ)第10031号 特許権侵害差止等請求控訴事件
原審 大阪地方裁判所平成26年(ワ)第7604号
口頭弁論終結の日 平成30年9月11日
判 決

控訴人兼被控訴人 ト ラ タ ニ 株 式 会 社
(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士 今 西 康 訓
同 宇 津 呂 修
同 渡 邉 り つ 子
同 細 場 健 太
同補佐人弁理士 鈴 江 正 二
同 木 村 俊 之
同 吉 村 哲 郎
同 渡 辺 容 子

被控訴人兼控訴人 株 式 会 社 タ カ ギ
(以下「1審被告タカギ」という。)


被控訴人兼控訴人 株式会社名古屋タカギ
(以下「1審被告名古屋タカギ」という。)

上記2名訴訟代理人弁護士 藤 本 英 二
同 富 永 夕 子
同 金 順 雅
同補佐人弁理士 藤 本 英 夫
同 西 村 幸 城
主 文
1審原告及び1審被告らの各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用のうち,1審原告に生じた費用は1審原告の,1審被告ら
に生じた費用は1審被告らの,各負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
⑴ 原判決中1審原告敗訴部分を次のとおり変更する。
⑵ 主位的請求
ア 1審被告タカギは,1審原告に対し,1587万1324円及びうち別紙1
「被控訴人タカギ遅延損害金一覧表」の「遅延損害金元金(円)」欄記載の各金員
に対する各「期間」欄記載の各期間末日から,うち144万2847円に対する平
成26年8月23日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 1審被告らは,1審原告に対し,連帯して2221万4204円及びうち別
紙2「被控訴人ら連帯分遅延損害金一覧表」の「遅延損害金元金(円)」欄記載の
各金員に対する各「年月」欄記載の各年月末日から,うち201万9473円に対
する平成26年8月26日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
⑶ 予備的請求
ア 1審被告タカギは,1審原告に対し,540万9449円及びうち別紙3
「被控訴人タカギ遅延損害金一覧表」の「遅延損害金元金(円)」欄記載の各金員
に対する各「年月」欄記載の各年月末日から,うち49万円に対する平成26年8
月23日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 1審被告名古屋タカギは,1審原告に対し,411万6907円及びうち別
紙4「被控訴人名古屋タカギ遅延損害金一覧表」の「遅延損害金元金(円)」欄記
載の各金員に対する各「年月」欄記載の各年月末日から,うち37万円に対する平
成26年8月26日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 1審被告ら
⑴ 原判決中1審被告ら敗訴部分を取り消す。
⑵ 1審原告の請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要等(特に断らない限り,略称は原判決に従う。)
1 本件は,発明の名称を「下肢用衣料」とする本件特許の特許権(以下「本件
特許権」という。)を有する1審原告が,被告製品を製造販売等する1審被告らに
対し,被告製品は本件発明の技術的範囲に属し,1審被告らの上記行為は本件特許
権を侵害すると主張して,特許法100条に基づき,被告製品の製造販売等の差止
め及び廃棄を求めるとともに,民法709条に基づき,1審被告タカギに対し特許
法102条2項による損害金1億2350万2610円及び原判決別紙「遅延損害
金起算日一覧表1」の「元金額」欄記載の各金員に対する不法行為又は不法行為後
の日である同別紙「起算日」欄記載の各日から各支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を,1審被告名古屋タカギに対し損害金3002万3
136円及び原判決別紙「遅延損害金起算日一覧表2」の「元金額」欄記載の各金
員に対する不法行為又は不法行為後の日である同別紙「起算日」欄記載の各日から
各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であ
る(なお,1審被告タカギに対する訴状送達の日は平成26年8月22日,1審被
告名古屋タカギに対する訴状送達の日は同月25日である。)。
原判決は,被告製品につき本件発明の技術的範囲に属するとし,また,本件特許
は特許無効審判により無効にされるべきものと認められず,特許権者はその権利行
使を制限されないとして,1審原告の請求のうち被告製品の製造販売等の差止め及
び廃棄並びに損害賠償請求の一部を認容した。
1審原告及び1審被告らは,それぞれ,これを不服として控訴し,その敗訴部分
につき,1審原告は上記控訴の趣旨記載の範囲での原判決の変更を求め,また,1
審被告らは,1審原告の請求の全部棄却を求めた。
2 前提事実
前提事実は,原判決「事実及び理由」の第2の2(原判決3頁24行目~6頁9
行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点
本件における争点は,原判決「事実及び理由」の第2の3(原判決6頁10行目
~24行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当事者の主張
1 原判決の引用
当事者の主張は,以下のとおり改めるとともに,後記2のとおり当審における主
張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の4(原判決6頁25行目~
70頁16行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑴ 原判決18頁21行目の「明細書」を,「本件明細書」に改める。
⑵ 原判決27頁8行目(図部分を除く。)の「置き換る」を,「置き換える」
に改める。
⑶ 原判決49頁23行目の「認められないとうべきである」を,「認められな
いというべきである」に改める。
⑷ 原判決53頁20行目の「または」を,「又は」に改める。
⑸ 原判決56頁23行目の「ポリウレタン」を,「ポリウレタンを」に改める。
⑹ 原判決56頁25行目の「縫い止り」を,「縫い止まり」に改める。
⑺ 原判決57頁21行目の「することになる」を,「することになる。」に改
める。
⑻ 原判決66頁25行目の「又は」を,「若しくは」に改める。
2 当審における主張
⑴ 構成要件Dの充足性(争点1-ア)について
〔1審原告の主張〕
ア 「腸骨棘点付近」の意義
(ア) 1審原告が「腸骨棘点付近」という用語を採用したのは,「腸骨棘」には
少なくとも「上前腸骨棘」と「下前腸骨棘」とが含まれるところ,発明の目的に照
らし,このうちの一方のみでは権利範囲として狭すぎるものの,「上前腸骨棘又は
下前腸骨棘(付近)」としたのでは,両者の間の領域が含まれるか否かが明らかで
なく,また,問題となるのは骨に対応する体表上の位置であることから,少なくと
も「上前腸骨棘」と「下前腸骨棘」とを包含する用語として「腸骨棘」を採用する
とともに,骨に対応する体表上の位置を示す趣旨で「腸骨棘点」とした上で,ある
程度の幅を持たせるべく「付近」の語を付したものである。
(イ) 上記解釈は本件明細書の記載に基づく解釈であり,拡張解釈ではない。す
なわち,「腸骨棘点付近」の意義を解釈するに当たって「腸骨棘」の意味に遡ると
ともに,本件で問題となる上前腸骨棘及び下前腸骨棘を起点(起始)とする筋の走
行方向等について,股関節の屈曲に関連する範囲で検討するのは当然である。また,
衣料は最終的には人が着用するものである以上,当業者が,本件明細書に記載され
た発明の技術的意義に基づいて「腸骨棘点付近」の意義を解釈し,それに必要な範
囲で筋肉に対する考察を行い得ることは明らかである。さらに,股関節の屈曲の際
に体表上に表れる現象については,医学的・解剖学的知識がなくても,自らの身体
を外部から観察することにより容易に知り得る。
(ウ) 1審被告らは,別件特許無効審判(無効2015-800152号)の審
決(以下「別件審決」という。)において,「腸骨棘点付近」の意義が「腸棘点
(上前腸骨棘の最も下縁の点)及びその付近」と判断されたことを指摘する。
しかし,別件審決は結論として明確性要件違反の違法はないと判断したため,そ
の理由付けに不備や不服があっても,1審原告にはその旨を申し立てる機会はなか
った。また,別件審決も,本件発明の「腸骨棘点付近」に下前腸骨棘が含まれない
と解釈したものではない。
(エ) 1審被告らは,「腸骨棘点」が文言上・学術上「下前腸骨棘」を意味する
客観的な文献が一切提出されていない一方で,「腸骨棘点」が「腸棘点(上前腸骨
棘の最下端)」であるとする文献が存在することなどを指摘する。
しかし,上記文献は,いずれも本件発明とは記載の趣旨や目的が相違する上,そ
もそも股関節の屈曲部を明らかにするものではない。内容的にも,一般的に「腸骨
棘点」と「腸棘点」とが同義であることを明らかにするものではなく,当該文献限
りでの用語法にすぎないし,その用語法も,むしろ使用目的に応じて「腸骨棘」な
いし「腸骨棘点」の意義を解釈すべきことを示している。
仮にこれらの文献に基づいて「腸骨棘点」の一般的な用語としての意義を「腸棘
点(上前腸骨棘の最下端)」と解したとしても,本件発明の目的及び「上前腸骨棘」
と「下前腸骨棘」とが2~3cmほどしか離れていないことに照らせば,本件発明
の「腸骨棘点付近」の範囲から「下前腸骨棘」を除外すべき理由はない。
(オ) 1審被告らは,仮に医学的・解剖学的事項を取り込んで解釈しても,「腸
骨棘点付近」は下前腸骨棘付近を含むとは解されないなどと主張する。
しかし,股関節の屈曲の程度が浅い場合は,上前腸骨棘付近では屈曲せず,それ
よりも下方の位置で大腿部は屈曲し,股関節の屈曲の程度に応じてその付け根とい
うべき位置は下方から上方に上昇するのであるから,股関節の屈曲の程度の深浅に
よらず,縫工筋の起点である上前腸骨棘付近のみが屈曲した股関節の付け根という
べき位置にくると考えることはできない。
また,縫工筋及び大腿直筋の走行部位や態様,作用,屈曲角度に応じた力の発揮
の程度等を考慮すると,仮に1審被告らの主張するように下前腸骨棘付近では大腿
直筋よりも縫工筋が前方に位置したとしても,敢えて縫工筋に着目すべき理由はな
い。
(カ) 1審被告らは,屈曲姿勢の違いによって股関節の付け根の位置が変わると
するのは本件明細書の記載と整合しないなどと主張する。
しかし,特許発明の作用効果とは従来技術と比較した場合の有利な作用効果をい
うところ,本件発明につき,浅い屈曲姿勢又は深い屈曲姿勢のいずれを基本形状と
して設計した場合でも従来技術の「直立姿勢」を基本形状としたものよりも作用効
果において優れていることは,本件明細書の記載から容易に理解できる。
イ 被告製品の構成要件Dの充足性
(ア) 乙12は1審被告らが行った3人のモニターの着用結果にすぎない上,そ
の着用状態は極めて不自然であり,設計時に想定された標準的な着用状態とはいえ
ず,むしろ,「被験者が被告製品の設計時に想定しえないような身体的特徴を有し
ているとか,意図的に不自然な着用をしていることが認められる場合」に当たる。
(イ) 仮に被告製品の特徴がインターネットに掲載された被告製品の広告宣伝と
相違していたのであれば直ちに修正できたはずであるにもかかわらず,1審被告ら
は,同宣伝文句をインターネット上に掲載し続けて需要者を勧誘し,被告製品を購
入するように仕向けていた。このような状況に照らすと,1審被告らは同宣伝文句
を設計時に想定された標準的な着用状態に沿うものと考えていた,又は少なくとも
黙示的にこのような宣伝文句の使用を承認していたと評価すべきである。また,被
告製品を購入した需要者から宣伝文句とは異なるなどの不満が出ていない以上,客
観的にも,インターネット上の宣伝文句が被告製品の特徴を的確に表しているとい
える。
よって,インターネット上の宣伝文句に基づいて設計時に想定された被告製品の
標準的な着用状態を認定することは妥当である。
〔1審被告らの主張〕
ア 「腸骨棘点付近」の意義
(ア) クレームの公示機能に鑑みると,本件明細書に記載されておらず,1審原
告が出願時に考慮したともみられない,大腿筋膜張筋,縫工筋及び大腿直筋の位置
関係や股関節の屈曲による上記各筋の収縮度合い等当業者が容易に理解し得ない医
学的・解剖学的事項を取り込んで,「腸骨棘点付近」を上前腸骨棘付近及び下前腸
骨棘付近のいずれをも含むものと拡張的に解釈することは許されない。
(イ) 本件特許に係る請求項及び本件明細書の記載に誤記等が散見されることや
1審原告の対応を踏まえると,請求項及び本件明細書の「腸骨棘点」は,医学的・
解剖学的用語である「(上前ないし下前)腸骨棘」と,衣料分野の当業者が参照す
る人体測定点に関する乙1記載の「腸棘点」を混乱したことによる誤記であり,実
際は「腸棘点」すなわち「上前腸骨棘の最も下縁の点」と記載する意図であった蓋
然性が認められる。
また,「腸骨棘点付近」の意義につき,当業者にとって不明確であること,別件
審決において,立位着用状態での,着用者の「腸棘点(上前腸骨棘の最も下縁の点)
及びその付近」と判断されていること,「腸骨棘点」が文言上・学術上「下前腸骨
棘」を意味することを裏付ける客観的な文献がない一方で,「腸棘点(上前腸骨棘
の最下端)」であるとする文献が存在することから,「腸骨棘点付近」とは,転子
点付近を含まず,また,少なくとも下前腸骨棘付近は含まないと解釈すべきである。
(ウ) 乙78及び83によれば,単に「腸骨棘点」という場合,「上前腸骨棘の
最下端の点」である上前腸骨棘点を指すと解される。また,乙79によれば,「上
前腸骨棘点」は使用実績があるのに対し,「下前腸骨棘点」は使用実績がない。
これらを踏まえると,「下前腸骨棘点」という語の不存在が強く推認される。
(エ) 仮に,「腸骨棘点付近」の解釈に際し医学的・解剖学的事項を取り込むと
しても,「腸骨棘点付近」が下前腸骨棘付近を含むとは解されない。
すなわち,下前腸骨棘と上前腸骨棘との位置関係や,下前腸骨棘付近での大腿直
筋と縫工筋の位置関係から,股関節の屈曲の程度の深浅に関わらず,下前腸骨棘付
近で大腿直筋が縫工筋よりも前方に位置することは有り得ない。このため,縫工筋
の起点である上前腸骨棘付近のみが,屈曲した股関節の付け根というべき位置にく
ることになる。
これに対し,屈曲姿勢が浅い場合には下前腸骨棘付近が屈曲した股関節の付け根
というべき位置にくると考えることは,本件明細書の記載と整合しない。足刳り形
成部の湾曲の頂点が上前腸骨棘付近に位置すれば,浅い又は深い屈曲姿勢をとった
場合のいずれも股関節の屈曲に伴う筋肉の動きに沿わせることができるが,下前腸
骨棘付近に位置すると,深い屈曲姿勢をとった場合にはそれに伴う筋肉の動きに沿
わせることができない。本件明細書の記載によれば,本件発明は着用者が深い屈曲
姿勢をとることを前提とした下肢用衣料を提供するものであるから,その場合に
「大腿部にかかる生地の抵抗が小さく,容易に運動することができる。」といえる
ためには,上記頂点を上前腸骨棘付近に位置させる必要がある。しかも,本件明細
書【0027】の記載は,屈曲姿勢が深まるのに伴って股関節の付け根の位置が高
くなるのが事実とするならば,虚偽ということになる。
そもそも,日常生活において深い股関節の屈曲は自然に行われるのであるから,
当業者であれば股関節を深く屈曲することを想定するのが当然である。
したがって,大腿筋膜張筋,縫工筋及び大腿直筋の位置関係や股関節の屈曲によ
る上記各筋の収縮度合いを考慮して「腸骨棘点付近」を解する場合でも,「腸骨棘
点付近」とは,少なくとも下前腸骨棘付近を含まず,せいぜい上前腸骨棘付近のみ
を含むものと解すべきである。
イ 被告製品の構成要件Dの充足性について
(ア) 被告製品の設計時に想定されたであろう着用状態を特定するにあたっては,
被告製品を購入して着用するのは現実の「人」である以上,「人」に対して実施し
た一定数の着用実験結果は,被験者が被告製品の設計時に想定し得ない身体的特徴
を有しているとか,意図的に不自然な着用をしていることが認められるような場合
等でない限り,十分考慮されなければならない。
そして,乙12及び106の1は,上前腸骨棘・下前腸骨棘・転子点と足刳り形
成部の湾曲した頂点との位置関係に関し,一般的な女性の体型を有する被験者3名
が任意に被告製品を着用した場合に,3名全員とも足刳り形成部の湾曲した頂点が
転子点付近又は転子点よりも下方に位置したとの結果を示している。このことは,
着用者の身体的個体差を捨象するとしてもなお考慮されるべきである。
(イ) インターネット広告の宣伝文句は,その作成時期と被告製品の設計時期と
がかけ離れている上,開発担当者と宣伝文句を作成する販売担当者は異なり,かつ,
相互に連携して宣伝文句を考案しているわけではない。また,仮に1審被告らが縫
合線を鼠径溝に沿うように着用することを想定して被告製品を開発し,販売しよう
としていたのであれば,甲21と同様に着用させた状態の写真がインターネット広
告に掲載されているはずであるが,そのような写真は掲載されていない。
したがって,1審被告らのインターネット広告の宣伝文句に基づいて被告製品の
設計時に想定された着用状態を認定することは相当でない。
⑵ 構成要件F及びGの充足性(争点1-ウ)について
〔1審原告の主張〕
構成要件F及びGにいう足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」とは,
足刳り形成部のうち,股部パーツと前身頃との境界部分から,臀部の隆起に対応さ
せる位置部分の手前までをいう。
そして,被告製品のギャザー部は,その本来的な目的に照らし,臀部の膨らみに
対応させているものと合理的に理解できるから,ギャザー部の起点E点までの部分
をもって「臀部の隆起に対応させる位置部分の手前まで」とするのが相当である。
〔1審被告らの主張〕
ア 本件明細書【0026】及び図3によれば,後身頃の足刳り形成部25と3
2の境界は,着用状態では,臀部の一番高いところよりもわずかに側方に位置して
上下に通過する線上に位置することになる。「臀部の一番高いところ」とは,左右
各臀部のおよそ中心と考えられるから,後身頃の足刳り形成部25と32の境界は,
着用状態では,左右各臀部の中心に上下に引いた線よりもわずかに側方の線上に位
置することになるはずである。ところが,被告製品のギャザー部の起点E点は,着
用状態で,そのような線上に位置しない。
したがって,臀部の隆起に対応させる位置よりも前側をもって足刳り形成部の
「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」とし,被告製品において構成要件Fの「足刳り
形成部の前側の湾曲部分」に対応するのは股部パーツと前身頃の境界であるB地点
からギャザー部の起点であるE点までの曲線部分であるとすることは,誤りである。
イ 足刳り形成部24,25が構成要件F及びGの「前側の湾曲」ないし「湾曲
部分」に相当し,山40aが構成要件F及びGの「山」に相当すると仮定すると,
「山」は「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」に対応する範囲である「前側」のみに
位置し,「前側」を超えては延びないものと解される。
他方,被告製品のパターンの「山」は,大腿部パーツの全長にわたって設けられ,
ギャザー部に縫い付けられる伸ばし付け部をも含んでおり,「前側の湾曲」ないし
「湾曲部分」に対応する範囲すなわち「前側」を超えて延びている。
したがって,被告製品は,構成要件F及びGの「山」に相当する構成を持たない。
ウ 本件明細書には,前身頃12及び後身頃14の腰部前側縁22,30が縫合
後に立体化されることや,パターン図において腰部前側縁22,30の間に隙間を
設けることについての言及がなく,これらの場合でも構成要件F及びGを適用可能
であるのか,可能であるならばどのように適用されるのかといったことを理解する
ことができない。また,本件明細書図3及び6では,「前側の湾曲」ないし「湾曲
部分」が前身頃12と後身頃14とにわたって延び,両者はパターン図において隙
間なく合致するものと理解される。そうすると,構成要件F及びGは,「前側の湾
曲」ないし「湾曲部分」が前身頃と後身頃にわたって延びるものについては,縫合
後の前身頃及び後身頃の縫合部分が立体化されないこと,すなわち前身頃と後身頃
とはパターン図において隙間なく合致することを前提としたものといえる。
他方,被告製品は,腰部曲線を縫い合わせ後,当該縫い合わせ部分が前部に突出
し,立体化されるものであり,腰部曲線部分をパターン図において隙間なく配置す
ることは不可能である。
したがって,被告製品は,構成要件F及びGの寸法関係を判断することはできず,
これらの構成要件を充足しない。
⑶ 無効理由(明確性要件違反)の有無(争点2)について
〔1審被告らの主張〕
ア 構成要件Dについて
「腸骨棘点付近」の意義につき,1審原告(及び原判決)が「上前腸骨棘付近及
び下前腸骨棘付近のいずれをも含むもの」と解したのに対し,別件審決においては,
立位での着用者の「腸棘点(上前腸骨棘の最も下縁の点)に近い位置にある場所」
と解されているという事実こそ,構成要件Dが不明確であることを示す。よって,
構成要件Dは明確とはいえない。
イ 構成要件F及びGについて
(ア) 構成要件Fの「山の高さ」の特定方法が不明であること
本件明細書図3の大腿部パーツ18に示されている破線は裾線36を上方に平行
移動させたものではないとすると,山40aの裾の特定方法が不明となることから,
その高さを特定することはできない。よって,構成要件Fは明確とはいえない。
(イ) 「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」の範囲が不明確であること
ダーツは,縫合によって自身を含めたその周辺を立体化するように作用するので
あり,本件明細書図3の例では,足刳り形成部25における少なくとも臀部ダーツ
31に近い部分は立体化する。そうすると,少なくとも当該部分は臀部の隆起に対
応する位置にあるといえることから,足刳り形成部25の全体が臀部の隆起に対応
する位置部分の手前にあるとはいえない。このため,本件明細書図3における臀部
ダーツと足刳り形成部25から「臀部の隆起に対応させる位置部分の手前」との概
念を導き出すことは,技術的な理解を欠くとともに,本件明細書の記載にも基づか
ないものであり,失当である。
また,臀部の隆起はその範囲が極めて曖昧であるため,「前側の湾曲」ないし
「湾曲部分」の基準をあくまでも臀部の隆起に求めるのであれば,やはり「前側の
湾曲」ないし「湾曲部分」は不明確となる。
さらに,「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」が明確といえるためには,少なくと
も,本件明細書図6において,山40aを右側に伸ばす形で拡大した場合に足刳り
形成部25に縫い合わされる位置までの範囲につき「前側の湾曲」等といえるのか
といった点が明らかにされなければならないところ,本件明細書にはこの点を明ら
かにするような記載はない。
以上より,構成要件F及びGは明確とはいえない。
(ウ) 構成要件Gの「湾曲部分」及び「山」の厳密な定義の必要性とその不存在
構成要件Gは,互いに縫い付けられる全ての部分で「湾曲部分」の幅より「山」
の幅が広いことを要求し,この広狭の逆転がごく一部にでも認められればその充足
性は否定される。このことに照らせば,構成要件Gに係る「湾曲部分」及び「山」
の特定方法は厳密に定められてしかるべきであるが,本件特許の特許請求の範囲に
おいて「湾曲部分」及び「山」は定義されておらず,本件明細書からこれを導き出
すこともできない。このため,構成要件Gは明確とはいえない。
〔1審原告の主張〕
ア 主位的主張
1審被告らの主張は,構成要件Dの「腸骨棘点付近」の不明確性,構成要件Fの
「山の高さ」及び「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」の不明確性,並びに構成要件
Gの「湾曲部分」及び「山」の不明確性に関するものであるところ,これらの点に
ついては,別件審決において全て明確と判断され,既に確定している。
したがって,1審被告らが本件において上記主張をすることは確定審決に対する
蒸し返しに等しく,信義則上許されないとともに,特許法104条の3の「特許無
効審判により…無効にされるべきものと認められるとき」に該当しない。
イ 予備的主張
(ア) 構成要件Dについて
前記のとおり,別件審決は,本件発明の「腸骨棘点付近」に下前腸骨棘付近が含
まれないと解釈したものではないことなどから,1審原告の主張する解釈と別件審
決の解釈との食い違いをもって「腸骨棘点」の意味が不明確であるとはいえない。
(イ) 構成要件F及びGについて
a 構成要件Fの「山の高さ」の特定方法について
構成要件Fの「山の高さ」とは,足刳り形成部の「前側の湾曲」に対応する大腿
部パーツの部分である「山」の高さを意味していることは明らかである。
b 「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」の範囲について
(a) 臀部ダーツ31によって後身頃14の生地が立体化されるとしても,それ
によって足刳り形成部25が通過する体表面上の位置は影響を受けないのであり,
あたかも足刳り形成部25における少なくとも臀部ダーツ31に近い部分が臀部ダ
ーツ31による立体化の影響を受けるかのような1審被告らの主張は失当である。
⒝ 「臀部の隆起」が臀部の一番高いところを意味することは明らかである。
⒞ 1審被告らは,「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」が明確といえるためには,
少なくとも,本件明細書図6において,山40aを右側に伸ばす形で拡大した場合
に足刳り形成部25に縫い合わされる位置までの範囲につき「前側の湾曲」等とい
えるのかといった点が明らかにされなければならないなどと主張する。
しかし,この主張は,山を拡大する一方で身頃側の足刳り形成部25の曲線形状
は当初のままとしているところ,その理由は明らかではない。
c 構成要件Gの「湾曲部分」及び「山」の厳密な定義の必要性とその不存在に
ついて
前記のとおり,構成要件F及びGにいう足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし
「湾曲部分」とは,足刳り形成部のうち,股部パーツと前身頃との境界部分から,
臀部の隆起に対応させる位置部分の手前までをいうものと解されるところ,構成要
件F及びGにおける「山」は,大腿部パーツにおいて,それらの「前側の湾曲」な
いし「湾曲部分」と等しい長さで縫い付けられる部分をいうと解するのが相当であ
る。単に定義が存在しないというだけで不明確であるということはできない。
⑷ 無効理由(サポート要件違反)の有無(争点3)について
〔1審被告らの主張〕
構成要件Fの「前側」は,本件明細書から自然に看取することが不可能である。
すなわち,【0020】には,「足刳り形成部24,25の湾曲深さをh2とする
と」と記載されており,「『前側の』湾曲深さ」とは記載されていない。また,図
3からは,足刳り形成部24,25が前側に位置していることは読み取れない。
他方,【0014】及び【0028】の各記載と図2に鑑みると,足刳り形成部
24,25の湾曲深さを「前側の」湾曲深さと解するのは強引である。
したがって,構成要件Fの「前側」が本件明細書に記載されているとはいえない。
〔1審原告の主張〕
前記のとおり,本件明細書の記載によれば,構成要件Fの「前側」は,足刳り形
成部のうち,股部パーツと前身頃の境界部分から臀部の隆起に対応させる位置部分
の手前までをいうと解され,本件明細書に記載されているといえる。
⑸ 無効理由(新規性欠如)の有無(争点4)及び 無効理由(進歩性欠如)の
有無(争点5)について
〔1審被告らの主張〕
ア 本件発明と先行製品とを対比すると,本件発明は「足刳り形成部の湾曲部分
の幅」よりも「山の幅」を全ての箇所で「広く形成」したものであるのに対し,先
行製品は,「足刳り形成部の湾曲」の幅よりも「脚口パーツ18」の「山40aの
幅」が「広い箇所と狭い箇所を形成し」たものであるとの相違点はない。
イ 構成要件F及びGの解釈について
本件発明に係る特許請求の範囲において,大腿部パーツの山と足刳り形成部の湾
曲部分の長さが一致することは特定されていない。したがって,大腿部パーツにつ
き,前身頃及び後身頃に取り付けた場合にそのままの長さを保っていることを要す
るとする解釈は,特許請求の範囲の記載に基づいたものではない。
ウ 以下のとおり,構成要件F及びGに技術的意義は存在せず,構成要件F及び
Gによって構成要件Hが得られるわけではない。
(ア) 各パーツの変形の仕方の違い
構成要件F及びGは裁断物の状態を対象としたものであるが,縫製後の状態で大
腿部パーツを前方に突出させるという効果,着用時の状態で股関節の屈伸運動が円
滑に行われるという効果をそれぞれ奏するとされている。
しかし,湾曲部分が設けられている前身頃及び後身頃と,山が設けられている大
腿部パーツとは,裁断されてから着用されるまでに全く異なった変形をする。そし
て,裁断物,縫製後及び着用時の各状態で,湾曲部分の幅及び山の幅は異なると考
えるのが自然であるが,その変化の仕方は明らかではない。そうすると,裁断物の
状態を対象とする構成要件F及びGの意味がそもそも不明といえる。
さらに,裁断物の状態から着用時の状態になるまでの各パーツの伸び方は異なる
ことから,裁断物の状態から着用時の状態になるまでに,湾曲部分の幅と山の幅と
の伸びる割合は同じにならない。このため,構成要件Gは,伸びる前の裁断物の状
態を対象にしているところ,伸びる前の「湾曲部分の幅」を基準に「山の幅」を定
めることに技術的意義はない。この点は構成要件Fについても同様である。
(イ) 着用時の生地の不均一な伸び
構成要件Gは裁断物の状態におけるものであるが,着用時の状態では,生地に不
均一な伸びが生じる。このため,構成要件Gの不等式の関係が裁断物の状態から着
用時の状態になるまで維持されるとはいえず,この関係が着用時の状態にどのよう
に反映されるのかも定かではなく,また,この関係を全ての部分で一律一様に満た
すようにすることの意義は見出せない。
(ウ) 構成要件F及びGによる盛り上げ作用の有無
構成要件F及びGをぎりぎり満たすようなサンプルにおいては,大腿部パーツは
前方に突出しない。したがって,構成要件F及びGによって構成要件Hが得られる
とはいえない。構成要件Hが得られるのは,パターンの形状の工夫によって大腿部
パーツを前方に突出させるにあたり,足刳り形成部の湾曲のカーブよりも大腿部パ
ーツの山のカーブをある程度浅くすれば大腿部パーツが前方に突出するという周
知・慣用技術によるものである。
(エ) 臀部ダーツ等の存在
本件明細書図3に示されている臀部ダーツ31を縫合すると,開いていた隙間が
詰まるのに伴い,臀部ダーツ31に隣接する湾曲部分の幅w2は広がる方向に変化
する。この変化により,構成要件Gの関係(w2<w1)は逆転し得る。つまり,
裁断物の状態で成立する上記「w2<w1」の関係は,縫製後の状態及び着用時の
状態で成立するとは限らない。したがって,構成要件Gに技術的意義を見出すこと
はできない。
(オ) 湾曲及び山の特定の不可解さ
前記のとおり,構成要件Gでは全ての位置で湾曲の幅より山の幅が広いか否かを
判別することから,湾曲及び山の特定方法や湾曲部分の幅及び山の幅のとり方を厳
密に定義しておく必要があるが,本件明細書からは,これらは不明である。
また,本件明細書図3の大腿部パーツの形状に鑑みると,大腿部パーツ内に示さ
れている破線の長さが山の幅に相当し,山より下側に表れる直線距離は無意味であ
る。このことは,湾曲部分の幅についても同様であり,大腿部パーツより複雑に変
形する前身頃,後身頃に設けられた湾曲部分の幅を考える上で,直線距離をとるこ
とに意味があるとはいえない。
このように,厳密に決められるべきはずの湾曲の幅w2及び山の幅w1の特定方
法が曖昧・不可解であるから,構成要件Gに技術的意義があるとはいえない。
エ 以上のとおり,いずれの観点からも構成要件F及びGに技術的意義があると
はいえず,単なる設計的事項以上のものということはできないから,本件発明は,
先行製品に基づいて容易に想到することができたものというべきである。
オ このことは,以下の点からも裏付けられる。
(ア) 先行製品において,脚口パーツの縁の寸法を身頃の足刳り形成部の寸法に
近づけていけば,やがて構成要件Gの関係を満たすことになるところ,衣服分野に
おいて,相互に縫い合わせる部分の寸法関係をどのように設定するかは設計的事項
にすぎない。
(イ) 本件明細書には臀部ダーツ31ないしこれに代わるダーツが示されている
のに対し,先行製品には,これらに相当するものは設けられていない。
しかし,曲面形成又は立体化のために,ダーツを設けるか,いせ込み又は伸ばし
を行うかは,当業者が適宜選択し得る手法(設計的事項)にすぎない。また,下肢
用衣料又は先行製品が属する技術分野又はこれに近接する技術分野において,臀部
を覆う部位にダーツを設けて膨らみを持たせることは周知技術である。
そうすると,先行製品に種々の形態の臀部ダーツを設けることは,当業者が容易
になし得ることであり,このように臀部ダーツを設けた場合,構成要件Gを満たす
蓋然性は極めて高い。
(ウ) 先行製品及び乙18発明は,ともにショーツに係る発明である点で技術分
野が同一であり,また,足口ないし脚部が前方に突出する点でその機能も同一であ
る。
そして,先行製品において,身頃側の足刳り形成部とこれに縫い合わされる脚口
パーツの縁との寸法関係に代えて,乙18に示されるパターンのように,腰部布6
とヒップ布8とを曲線で縫合するようにして立体感を持たせつつ,身頃側の足刳り
形成部とこれに縫い合わされる脚口パーツの縁との寸法を同等となるようにするの
は容易であって,この場合,構成要件Gを満たすことになる。
このことは,先行製品及び乙29記載の発明との関係でも同様である。
カ 乙18発明を主引用例とした場合の本件発明の新規性・進歩性
乙18には,構成要件Gの「足刳り形成部の湾曲部分の幅」や「山の幅」は明記
されていない。
しかし,本件発明と乙18発明とは,技術的課題と作用効果が一致し,課題解決
手段においても高い共通性がある。そうすると,仮に構成要件Gのように「足刳り
形成部の湾曲部分の幅」及び「山の幅」を比較するといった手法が本件特許出願前
に存在していなかったとしても,乙18発明につき「足刳り形成部の湾曲部分の幅」
及び「山の幅」を測定すれば構成要件Gの大小関係が得られるか,又はこの関係を
有するパターンを包含する蓋然性が高い場合,単に乙18において,構成要件Gと
同様の観点からそのパターンを分析することがなかったにすぎず,本件発明の構成
要件Gに係るパターンと同一・同等の構成のものが既に存在していたと推認し得る
というべきである。そうである以上,乙18に「足刳り形成部の湾曲部分の幅」及
び「山の幅」の記載がないからといって,本件発明について,構成要件Gを根拠と
して直ちにその新規性・進歩性を認めることは相当ではない。
そして,乙18発明は,構成要件Gの大小関係を有するパターンを包含する蓋然
性が高い。また,乙18発明のパターンについて「足刳り形成部の湾曲部分の幅」
及び「山の幅」を測定すれば,構成要件Gの大小関係を得ることができる。
したがって,本件発明について,構成要件Gを根拠として直ちにその新規性・進
歩性を認めることは相当ではない。このことは,乙29についても同様である。
〔1審原告の主張〕
ア 構成要件F及びGの解釈について
構成要件Hの「取り付け状態」の解釈並びに構成要件Hと構成要件F及びGとの
関係から,大腿部パーツの山と足刳り形成部の湾曲部分の長さとの関係について,
構成要件F及びGは,縫合後の各部の寸法関係を平面上の寸法関係に置き換えた場
合のことを定めていると解され,型紙状態において大腿部パーツの山と足刳り形成
部の湾曲部分の長さが一致することまでは求められていない。
イ 構成要件F及びGの技術的意義について
(ア) 各パーツの変形の仕方の違いについて
「湾曲部分」も「山」も大腿部を覆う部位であり,いずれも大腿部によって変形
させられるとともに,互いに縫い付けられていることにより,一方が身頃側の生地
の変形の影響を受けるのであれば他方も同じように身頃側の生地の変形の影響を受
けるのであって,構成要件F及びGの大小関係が逆転することはあり得ない。また,
全ての箇所で構成要件F及びGの大小関係が有意に維持されなくなるのは,着用時
の状態が生地の弾性限界を超えているときのみであるが,不適合なサイズのものを
着用しない限りそのようなことは起こり得ない。このことは,各パーツの伸び方に
ついても同様である。
また,1審被告らは,伸びる前の「湾曲部分の幅」を基準に「山の幅」を定める
ことに臨界的意義はないと主張するが,従来の長さ中心の設計法であるパターン設
計(型紙設計)においても,縫製後及び着用時の状態を考慮して裁断物の状態での
長さを定めているのであり,上記主張はパターン設計法自体を否定するに等しい。
(イ) 着用時の生地の不均一な伸びについて
同じ部位であれば同じように伸ばされることから,この点に関する1審被告らの
主張は失当である。
(ウ) 構成要件F及びGによる盛り上げ作用の有無について
1審被告ら主張に係るサンプルについて,なぜ大腿部パーツが前方に突出してい
ないと言い切れるのかが不明である。仮に前方に突出していなかったとしても,そ
のようなものはそもそも本件発明の権利範囲に含まれないというにすぎない。
よって,構成要件F及びGの効果として構成要件Hが得られることは明らかであ
る。他方,1審被告ら主張に係る周知・慣用技術は認められない。
(エ) 臀部ダーツ等の存在について
そもそも,臀部ダーツ31を縫合すれば湾曲部分の幅w2は広がる方向に変化す
るとの主張自体が事実に反する。また,裁断物の状態における直線と,縫製後や着
用時の状態における直線とは全く別個のものである。前記のとおり,パターン設計
においても,型紙上の「寸法」や「形状」は縫製後や着用時の状態を考慮して決定
されており,理論上は,型紙上で特定された「湾曲部分の幅」(w2)と,臀部ダ
ーツ31を縫合した後の状態で特定された「湾曲部分の幅」(縫合後の状態におけ
る直線距離)とは,概念自体において相違する。
(オ) 湾曲,山の特定の不可解さについて
a 本件発明において問題となる湾曲(部分)及び山がそれぞれ足刳り形成部及
び大腿部パーツのうちの特定の範囲であることは,特許請求の範囲の記載自体から
明らかであり,その範囲が「前側」に位置するものに特定されているのであるから,
明示的な定義がないからといって,曖昧・不可解とはいえない。
b 本件明細書の図面に正確性を欠くところがあったとしても,それにより幅の
意味やそのとり方が理解できなくなるわけではない。
c 1審被告らは,本件明細書図3の大腿部パーツ18について,素直に考えれ
ば大腿部パーツ内に示されている破線の長さが山の幅に相当し,山より下側に表れ
る直線距離は無意味であるなどと主張する。
しかし,そのように解した場合,裾線36の形状が変われば「幅」も変わること
になるが,「山」の形状自体は変わっていないため,「山」の特定方法として明ら
かに不合理である。
ウ 本件発明の新規性・進歩性について
(ア) 上記のとおり,構成要件F及びGには技術的意義がある。この点に係る本
件発明と先行製品との相違点は,特定の範囲において一定に保たれた足刳り形成部
の湾曲部分の高さ及び幅と大腿部パーツの山の高さ及び幅との関係に起因して,同
範囲において,足刳り形成部に取り付けられた筒状の大腿部パーツが前身頃に対し
て前方に突出する形状が実現されるという,本件発明の技術的意義の中核に関わる
ものである。
(イ) 1審被告らは,先行製品の脚口パーツの縁の寸法を身頃の足刳り形成部の
寸法に近づけていけば,やがて構成要件Gの関係を満たすことになるなどと主張す
る。
しかし,身頃側の足刳り形成部の寸法を変えずに脚口パーツの寸法のみを変更す
るということ自体,相手形状との整合性や完成品の着心地等を考慮しておらず,合
理性に欠ける。また,先行製品は,足刳り形成部の周長よりも脚口パーツの縁の長
さを短く形成し,脚口パーツを足刳り形成部に「伸ばし付けて」縫合することによ
って脚口の部分にフィット感を付与しているものであり,上記主張のように変更す
ることには動機付けがなく,阻害事由が存在する。
(ウ) 1審被告らは,先行製品に臀部ダーツを設けることは当業者が容易になし
得ることであり,その場合,構成要件Gを満たす蓋然性は極めて高いなどと主張す
る。
しかし,本件発明において臀部ダーツ又はそれに代わるダーツは要件になってい
ない上,先行製品に臀部ダーツ又はそれに代わるダーツを設けたからといって当然
に構成要件Gを充足することにはならない。また,先行製品は既に「臀部の膨らみ」
への対応を考慮に入れた上で特有の構成を採用しているのであり,現在の構成に重
ねて臀部ダーツ等を設けるべき理由はない。
(エ) 1審被告らは,先行製品に乙18発明を適用すれば構成要件Gを充足する
かのごとく主張する。
しかし,仮に先行製品の脚口が前方に突出するものであったとしても,乙18に
は構成要件Gは開示されていない。また,前記のとおり,足刳り形成部とこれに縫
い合わされる脚口パーツの縁との寸法を大きく異ならせて後者を前者に伸ばし付け
て縫合することによりフィット感を得ようとする先行製品において,両者の寸法を
同等になるようにするという構成の変更の動機付けはなく,阻害事由に当たる。こ
のため,先行製品に乙18発明を適用すれば当然に構成要件Gを充足することにな
るわけではない。先行製品に乙29記載の発明を適用する場合も同様である。
(オ) 乙18発明を主引用例とした場合の本件発明の新規性・進歩性について
1審被告らは,本件発明と乙18発明とは技術的課題と作用効果が一致し,課題
解決手段においても高い共通性がある,乙18は,構成要件Gの大小関係を有する
パターンを包含する蓋然性が高い,などとして,本件発明につき,構成要件Gを根
拠として直ちにその新規性・進歩性を認めることは相当でないと主張する。
しかし,1審被告らの主張は,本件発明と乙18発明につき過度に抽象的なレベ
ルで共通点を見出すものであることなどから,そもそも両者に共通性を認めること
はできない。また,1審被告らが「包含する蓋然性が高い」とする根拠は,記載も
されていない事項について都合よく解釈したものにすぎない。このことは,乙29
についても同様である。
⑹ 特許法102条2項の適用の可否(争点6)
〔1審原告の主張〕
ア 特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた
規定であり,その効果も推定にすぎず,かつ,特許権者が特許発明の実施をしてい
ることを要する旨の文言は存在しない。また,特許権者が特許発明を実施していな
くても,侵害者の製品と市場で競合する競合品を販売している場合には,販売利益
の減少による逸失利益を観念することができる。
よって,特許発明を自ら実施していることは特許法102条2項の適用を受ける
ための要件とはいえない。
イ 1審被告らは,本件は,知的財産高等裁判所平成25年2月1日判決の事案
とは異なるなどと主張する。
しかし,「特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得
られたであろうという事情が存在する場合」には逸失利益を観念することができる
から,同判決の判断基準を適用してもその合理性は失われない。
また,「ショーツ」自体国内で大量に販売され,市場に流通する物品であるなど
といった事情は,特許法102条2項の適用の要件とするのではなく,同項の推定
の覆滅事由として考慮すべきものである。
〔1審被告らの主張〕
特許法102条2項の適用に当たり,権利者は,損害が発生した事実については
自ら立証する必要があり,その立証のためには,特許発明を自ら実施していること
を要する。本件では,1審原告が特許発明を実施していることが認められないため,
特許法102条2項は適用されない。
また,本件は,上記知財高裁判決とは事案が異なる。仮に当該判決の判断基準を
適用し得るとしても,「ショーツ」自体国内で大量に販売され,市場に流通する物
品である上,原告製品と同じ効果を期待して需要者が購入し得る商品も大量に存在
すること,購入時の決め手は機能だけでなく,値段,素材,デザインなど多様であ
ることから,1審被告らが被告製品を販売していなくても,1審原告が原告製品の
販売により利益を得られない蓋然性は高い。
⑺ 1審原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)について
〔1審原告の主張〕
ア 以下の理由から,特許法102条2項に基づく1審原告の損害額を算定する
に当たって,同項に基づく推定額から株式会社ゴールドウインテクニカルセンター
(以下「訴外会社」という。)に生じた損害額を控除することはできない。
イ 1審被告らが侵害行為によって得た利益は,原告製品と被告製品とが競合す
る市場において原告製品の売上げが減退することによって得られたものである。特
許法102条2項は,このような事実関係を前提として侵害者が得た利益を競合関
係にある特許権者の損害額と推定している。しかし,訴外会社は,本件発明を実施
しておらず,被告製品の競合品の販売もしていない。そうである以上,同項の適用
に当たって訴外会社の存在を考慮すべき理由はなく,むしろ,1審原告の損害額か
ら訴外会社の損害額を控除することは,1審原告の「損害の填補」にならない。
また,そのような控除を認めることは侵害者の得た利益の範囲内でそれを1審原
告と訴外会社とに分配することを意味するが,不法行為に基づく損害賠償制度の目
的は「損害の填補」であって「侵害者が得た利益の分配」ではないから,これは損
害賠償請求制度の趣旨・目的に反し,むしろ,それぞれに生じた固有の損害額を別
個に算定することがこれに合致する。
ウ 特許法102条2項の損害概念は販売利益の減少による逸失利益であるのに
対し,不実施の共有者に認められる同条3項の損害概念は実施料相当額であって,
両者は損害の捉え方や算定の基礎等が異なるため,前者から後者を控除することに
合理性はなく,むしろ,別次元のものを同列に扱う点で不合理である。
エ 実施料相当額を観念するには,仮想的に訴外会社が本件特許権を1審被告ら
にライセンスするという状況を想定する必要があるが,それには1審原告の同意が
必要である。しかし,そのような同意を想定することは,1審被告らと係争状況に
ある1審原告の意思に反する。
オ 本件における特別の事情として,訴外会社の損害賠償請求権は既に1審原告
に債権譲渡されており,1審被告らが訴外会社から別途損害賠償請求されるおそれ
はない上,1審原告が行使するのは1審原告固有の損害賠償請求権のみであるから,
二重払いの危険性もない。にもかかわらず訴外会社に生じた損害額の控除を認める
ことは,侵害者を不当に利するものである。
〔1審被告らの主張〕
共有に係る特許権の侵害者に対する損害賠償請求権は金銭債権にほかならず,そ
の性質上可分債権であり,共有者全員のものを一括行使しなければならないような
ものではないから,各共有者はその持分に応じてのみ損害賠償請求権を行使できる
というべきである。したがって,特許権の共有者が特許権侵害行為によって損害を
受けた場合,特許法102条2項により,侵害者の得た利益の額を共有者の持分権
の割合によって按分した額をもって当該共有者の損害額と推定すべきこととなる。
本件でも,1審原告と訴外会社との本件特許権の共有割合は2分の1と推定され,
仮に被告製品が本件特許権を侵害したとしても,1審原告はその持分に応じてのみ
損害賠償請求権を行使できるにとどまる。
⑻ 推定覆滅事由の存否(争点9)
〔1審原告の主張〕
ア ハイウエストタイプとテンセル素材の製品の存在について
被告製品には,原告製品にはないハイウエストタイプとテンセル素材の製品が存
在する。しかし,これらの製品も,脚口部分が前方に突出するように構成されてい
ること,並びに脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないことという原告製品と共
通する機能を有する点で他の被告製品と何ら変わりがなく,全く別の製品群を構成
するものではない。表示上も,ハイウエストタイプであることは他の丈のタイプで
あることと,テンセル素材であることも他の素材であることと,それぞれ同程度の
位置付けしかない。需要者を誘引しているのはあくまで上記各機能であって,需要
者は被告製品の全てに共通している。
また,機能の新規性という点でも,上記各機能は本件発明の作用効果に由来する
新規な機能であるところ,それらを有するのは原告製品と被告製品以外にない。他
方,ハイウエストタイプやテンセル素材のショーツはありふれたものである。
さらに,価格についても,ハイウエストタイプやテンセル素材の製品には,ハ号
製品やニ号~ヘ号製品よりも低額なものが多数存在している。にもかかわらず需要
者が敢えて高額な上記各製品を購入するのは,上記各機能を有することによる。
したがって,ハイウエストタイプやテンセル素材の製品の存在を理由に推定の覆
滅を認めるのは妥当ではない。
イ 被告製品が原告製品よりも低価格であることについて
(ア) 価格差が推定覆滅事由たり得るといえるためには,単に侵害品が低価格で
あるというだけでは足りず,価格差が極めて大きいことで特許権者の製品への需要
と侵害者の製品への需要とが質的に異なるといえることが必要である。
しかるに,原告製品と被告製品とは直接的な競合関係にあり,価格差を考慮して
も同一市場において競争しているといえる。
(イ) 価格が顧客誘引力を有するか否かは,需要者が価格に鋭敏に反応するか否
かによるところ,原告製品及び被告製品について,価格に対する需要者の鋭敏性が
高いことをうかがわせる事情はない。しかも,被告製品の価格自体,他のショーツ
に比べて安いわけではなく,それのみでは需要喚起力を有しない。
加えて,特許法102条2項で問題となる侵害者利益は侵害者製品を現にその価
格で販売した結果得られたものであるところ,本件のように,さほどの販売実績や
利益を上げられなかった場合は,むしろその価格でさえ売れなかったと評価され,
侵害者製品の価格は需要者を誘引する作用を果たさなかったというべきである。
(ウ) 以上より,被告製品が原告製品よりも低価格であることを理由に推定を覆
滅するのは相当でない。
(エ) 1審被告らの主張について
原告製品の価格が高価か否かは,単に金額のみでなく,需要者が受けるメリット
(製品の機能)との関係で評価すべきである。そして,甲22製品及び甲23製品
の販売実績に鑑みれば,需要者はその価格が十分に機能に見合っていたと評価して
いたものというべきであるから,原告製品の価格は高価とはいえない。
また,被告製品の購入者の多くが購入動機として原告製品からの乗換えを明らか
にしており,被告製品は1審原告から直接需要者を現に奪っている。
ウ 需要者の購買動機等について
被告製品の販売サイトには,「動いてもハミ尻しない」など,股関節の屈伸運動
との関連で被告製品の宣伝文句が記載されている。
また,需要者が被告製品の何をもって「履き心地のよさ(適度のフィット感があ
ること,締め付け感がないこと)」と捉えているのかは直ちには明らかではなく,
「お尻がはみ出さない」こと及び「足口が巻き上がらない」ことと「履き心地のよ
さ(適度のフィット感があること,締め付け感がないこと)」とは,截然とは区別
できない。さらに,被告製品の宣伝文句でも,「着用時の圧迫感や窮屈感を軽減し
快適に過ごせる」,「脚口/らくらく」,「裾口ピタっと」など,被告製品の上記
各機能が「履き心地のよさ」や「適度なフィット感があること」,「締め付け感が
ないこと」とは明確に区別できない表現で記載されている。
エ 市場における類似品の存在について
1審被告らは,原告製品を購入し得る需要者は,原告製品の宣伝文句と同様の宣
伝文句が記載された製品等を購入する可能性があり,そのような競合品が存在する
などと主張する。
しかし,このような主張は需要者の通常の購買行動や取引の実際に適合しないし,
1審被告らが競合品とする製品はいずれも大腿部パーツが前方に突出するようには
構成されておらず,そもそも原告製品及び被告製品と相違する。
オ 販売形態の相違について
1審被告らは,被告製品の販売がなかった場合に,被告製品を店頭で購入した需
要者が原告製品をインターネット販売等の方法で購入した可能性が相当程度あると
はいえないなどと主張する。
しかし,問題は,店頭で被告製品を購入したがインターネット販売のみであれば
決して購入しなかったといった需要者が実際の被告製品の購入者の中にどれだけい
たかである。インターネットが普及した現代において,そのような存在するかどう
かも定かではない需要者を想定して安易に推定の覆滅を認めることは妥当ではない。
〔1審被告らの主張〕
ア ハイウエストタイプとテンセル素材の製品の存在について
需要者にとって,直接肌に触れるショーツの「素材」は,購入時の重要な考慮要
素の一つである。そして,需要者が原告製品の生地に不信感を有していることがう
かがわれることに鑑みると,需要者が,被告製品の販売がなければ原告製品を購入
していたとはいえない。
イ 販売価格の相違について
(ア) 甲26製品とイ号又はロ号製品との価格差(200円~500円)は,甲
26製品の販売価格を基準にしても13.3%~33.3%を占める。このような
価格差は,購入者にとってはセール販売の割引率と同様の割安感を与えるものであ
り,その差は大きい。
他方,甲22製品及び甲23製品とイ号製品又はロ号製品(価格差は1200円
~1500円)については,そもそも,1枚2500円という甲22製品及び甲2
3製品の価格自体高価である上,需要者が価格の上限を設定できる検索機能を利用
するにあたり原告製品より安い価格を上限に設定して検索すれば,原告製品は抽出
されない。このような状況下では,需要者が,被告製品の販売がなければ原告製品
を購入する可能性はない。
以上より,販売価格の相違は推定覆滅事由として考慮すべき事項である。
(イ) 機能に関する宣伝文句に誘引されて1審被告らの商品広告を「見る」需要
者は存在するかもしれないが,需要者は宣伝文句以外の要素を何ら考慮することな
く直ちに商品を購入するわけではない。また,ショーツは消耗品であり,需要者が
1回の買物で複数枚の商品を購入することも一般的である。このため,商品広告に
たどりついたきっかけが宣伝文句であっても,商品価格が高価で,色,素材,デザ
イン等にバリエーションがない場合と,商品価格が安価で,色,素材,デザイン等
にバリエーションがある場合とを比較すれば,需要者が最終的に購入する商品の数
量は,当然後者の方が増加する。よって,被告製品を購入した需要者が,被告製品
の販売がなければ原告製品を同じ数量購入したということはできない。
ウ 需要者の購買動機等
本件発明の技術的意義は,股関節の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下肢
用衣料を提供することである。これに対し,被告製品の宣伝文句は股関節の屈伸運
動等に何ら言及していないことから,これをもって直ちに,専ら本件発明の技術的
意義に関連するものということはできない。また,被告製品につき,「履き心地の
よさ(適度なフィット感があること,締め付け感がないこと)」をレビューに挙げ
た需要者が存在することをもって,「お尻がはみ出さない」,「足口が巻き上がら
ない」という要素と同様に,被告製品の広告内容と密接に関連し,かつ,本件発明
の技術的意義にも対応するものということはできない。
そもそも,宣伝広告において製品の機能が強調されているからといって,需要者
がこれに誘引され,購買に至るとは考えられず,製品のデザイン,素材等,機能以
外の要因をも加味検討されるべきである。
エ 市場における類似品の存在
原告製品を購入し得る需要者は,原告製品の宣伝文句と同様の宣伝文句が記載さ
れた製品等を購入する可能性があるというべきであり,そのような競合品は存在す
る。しかも,原告製品の宣伝広告においては,「脚口の部分が前方に突出する」旨
は記載されていないのであるから,こうした競合品の宣伝広告に同旨を強調した記
載がなかったとしても,原告製品の競合品ではなく需要者がこれらを購入しないと
いうことにはならない。
したがって,市場におけるこのような競合品の存在は推定覆滅事由として考慮さ
れるべきである。
オ 販売形態の相違
インターネットが普及した現代においても,店頭で下着商品を購入する需要者は
相当数存在する。これは,店頭での購入を選択する何らかの理由が存在するためと
推認するのが自然である。そうである以上,被告製品の販売がなかった場合に,被
告製品を店頭で購入した需要者が原告製品をインターネット販売等の方法で購入し
た可能性が相当程度あるなどとはいえない。
したがって,推定覆滅事由として販売形態の相違も考慮されるべきである。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属し,また,本件特許
は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないことなどから,1審
原告及び1審被告らの各控訴をいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は,
以下のとおりである。
1 本件発明について
本件明細書(甲2)の記載によれば,本件発明は,以下のとおりのものであると
認められる。
⑴ 本件発明は,大腿部を覆う形状のインナーやスポーツウエア等の下肢用衣料
に関する(【0001】)。
⑵ 従来,市場に出ているスパッツ類の大半は,下胴部と大腿部が一枚の布で繋
がっており,運動性は素材の伸びに頼っているものが大半である。その中で,大腿
部の動きを阻害しない工夫としては,高い伸縮性を有する素材を使用する程度であ
った(【0002】)。上記従来のスパッツ類は,基本が直立姿勢に合わせたパタ
ーンであるため,これら個々の工夫では股関節の屈曲運動への追従は不十分であっ
た。特に,前屈みになる姿勢をとったり,足を前に上げたりしゃがんだりして,股
関節を大きく屈伸することが多いスポーツ種目では,より身体の動きに対応した形
状が求められていた(【0004】)。また,従来のスパッツ類は,臀部には生地
が伸びて張力が発生して圧力がかかり,大腿部にも押さえられる方向に力がかかり,
運動を妨げる抵抗が身体に生じていた(【0005】)。本件発明は,上記従来の
技術の問題点に鑑みてなされたものであり,股関節の屈伸運動が円滑に行われ,運
動に適した下肢用衣料を提供することを目的とする(【0006】)。
⑶ 本件発明は,大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部
を備えた前身頃と,この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り
形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と,前記前身頃と前記後身頃の各足
刳り形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツとを有し,前記前身頃の足刳
り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し,前記後身頃の足刳り形成部の下
端縁は臀部の下端付近に位置し,前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部
の前側の湾曲深さよりも低い形状とし,前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前
記山の幅を広く形成し,取付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対し
て前方に突出する形状となる下肢用衣料である(【0007】)。すなわち,本件
発明の下肢用衣料においては,特定の範囲において,足刳り形成部の湾曲部分の高
さ及び幅と山の高さ及び幅とがそれぞれ上記関係にあることによって,取付け状態
で筒状に形成される大腿部パーツが前身頃に対して前方に突出する形状となる。
⑷ 本件発明の下肢用衣料は,大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られ,
股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少なく,生地にかかる張力が小さい状態で
運動を行うことができる。これにより,屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,
体にかかる負担が少なく円滑に運動することができる(【0011】)。
2 構成要件Dの充足性(争点1-ア)について
⑴ 「腸骨棘点付近」の意義
ア 「腸骨棘点」について
構成要件Dの「腸骨棘点」については,本件特許に係る特許請求の範囲請求項1
及び本件明細書のいずれにおいても,明確な定義はされていない。
もっとも,「腸骨棘」については,医学大辞典(甲5)によれば,「腸骨にある
4つの棘。腸骨稜の前端が上前腸骨棘…,後端が上後腸骨棘…である。上前腸骨棘
から寛骨臼にたどる途中の前縁の膨らみを下前腸骨棘…という。耳状面の下後方の
広くて低い高まりが下後腸骨棘…である。」とされ,上前腸骨棘,上後腸骨棘,下
前腸骨棘及び下後腸骨棘があるとされている。そして,本件明細書には,本件発明
の実施形態につき,「縫製されたスパッツ10を着用したとき,前身頃12の足刳
り形成部24は,図1に示すように,股底点脇から上方に延出して足の付け根の腸
骨棘点a付近を通過し,大腿部外側上方の転子点b付近の上方を通過して湾曲し,
後側下向きに延出して,後身頃14の足刳り形成部32に連続する。」,「足刳り
形成部24の一番高いところは腸骨棘点a付近である。」(いずれも【002
6】),「この実施形態のスパッツ10によれば,伸縮性のある素材を使用し,臀
部の生地分量を確保し,足刳りのパターンの形状の工夫により,身体の腸骨棘点a
付近から前方の生地の立体的方向性が確保されるため,着用時に股関節の前方への
屈伸抵抗が少なく運動しやすく,疲れにくいものである。」(【0027】)との
記載がある。また,図1には,「腸骨棘点a」が人の身体の前面にあることが示さ
れている。そうすると,構成要件Dの「腸骨棘点」とは,上記4つの腸骨棘のうち,
上後腸骨棘,下後腸骨棘でないことは明らかである。
また,本件明細書には腸骨棘点aが1つあることしか記載されておらず,図1で
示された位置以外の位置にあり得ることは記載も示唆もされていない。このことと,
上前腸骨棘は体表面から触って確認できることなどから(なお,甲6において,上
前腸骨棘は「体表のレリーフ」において示されているのに対し,下前腸骨棘は示さ
れていない。),下前腸骨棘よりも位置を確認しやすいこと,「腸棘点」につき
「上前腸骨きょく(棘)〔腸骨りょう(稜)の前端にある突起〕の最も下縁の点。」
の意とする文献(「JIS 人間工学-設計のための基本人体測定項目」(乙1))
や,「(上前)腸骨棘点」の「定義は『上前腸骨棘の再下端の点』です。」とする
文献(「~口伝 人体寸法・形状・運動計測編~ 人体寸法計測その1」バイオメ
カニズム学会誌vol.26,No.1(乙78))等が存在することなどに鑑みると,構成
要件Dの「腸骨棘点」は「上前腸骨棘」を意味するものと解するのが相当である。
イ 「腸骨棘点付近」について
本件発明の下肢用衣料は,大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られるもの
であるところ(【0011】),大腿部の屈曲により体表上に表れる鼠径溝につき,
「お腹側の足の付け根」として,上前腸骨棘と下前腸骨棘の間付近を通る部分とさ
れること(甲20)並びに上記【0026】及び【0027】の記載を考慮すると,
「腸骨棘点a付近」とは,足の付け根である鼠径溝にあり,足刳り形成部24の一
番高いところを鼠径溝にある「腸骨棘点a付近」とすることにより,本件発明の下
肢用衣料は,着用時に股関節の前方への屈伸抵抗が少なく運動しやすく,疲れにく
いものとなると解される。他方,下前腸骨棘も,鼠径溝に沿った位置にあるといえ
るとともに,上前腸骨棘とは2~3cm程度離れているにとどまる(甲57)。
また,下肢用衣料の形状は,着用者の身体的個体差や実際の着用方法ないし着用
状態に左右される。さらに,本件明細書には,「基本の立体形状が,着用者が前屈
みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状になっており,足の運動性に適した形状に形成さ
れる。」(【0025】),「このスパッツ10は,着用者が軽く前屈みになった
姿勢に沿う立体形状に作られ,この姿勢では生地にあまり張力が発生しないため身
体が圧迫されず,またさらに深く屈む動作をするときの負荷も少なく抑えられるも
のである。」(【0027】)と記載されているところ,屈曲により体表上に表れ
る鼠径溝の形状ないし深さは,屈曲の程度に左右されることは明らかである。これ
らの事情を踏まえると,本件発明の下肢用衣料につき「大腿部を屈曲した姿勢に沿
う立体形状」とするに当たっては,腸骨棘点「付近」につき限定的に解するのでは
なく,一定程度の広がりを有するものと解するのが相当である。
これらの事情を総合的に考慮すると,「腸骨棘点付近」とは,上前腸骨棘を中心
としつつ,下前腸骨棘付近をも含むものと解される。これに反する1審被告らの主
張は採用できない。
⑵ 被告製品の構成要件Dの充足性
ア 構成要件Dは,着用状態において本件発明の足刳り形成部の湾曲した頂点が
くるべき位置を特定したものであるところ,前記のとおり下肢用衣料の着用状態は
着用者の身体的個体差等に左右されることに鑑みると,その充足性の判断に当たっ
ては,被告製品の設計時に想定されたであろう着用状態を前提として,足刳り形成
部の湾曲した頂点が,着用者の下前腸骨棘付近をも含む「腸骨棘点付近」に位置す
る否かを検討すべきである。
イ 被告製品においては,「お尻から太腿の自然な動きに合わせ脚の付け根まで
超立体化した…パターンデザイン」,「脚口らくらく」(いずれも甲3の1・2),
「平らなところに超立体ショーツを置くと,脚口がこんなにも立つんです。これが
人間の身体=立体“超立体ショーツ”のはきやすさの理由です。」,「裾がピッタ
リフィットし,ずり上がらない」(いずれも甲4の1・2),「脚口部分が太もも
の付け根に合うようにオリジナル立体パターンを採用し,動いてもずれ上がりにく
いようになっています。」(乙15)との宣伝文句が使用されている。
ここで,「脚の付け根」ないし「太ももの付け根」の意味については,前記のと
おり,鼠径溝を意味するものと解することができるけれども,衣料分野では,この
ほかに,鼠径部より下方の部位を指す語として用られることがあることがうかがわ
れる(例えば,甲22の3頁の図,乙115,116)。そして,「脚の付け根」
ないし「太ももの付け根」を鼠径溝と解すると,1審被告らの宣伝文句(「足の付
け根まで超立体化」,「脚口部分が太ももの付け根に合うようにオリジナル立体パ
ターンを採用」)の表現はやや不自然な印象を与えるのに対し,鼠径溝より下方の
部位を指すものと解すると,これらの表現にそのような不自然さはない。
もっとも,「脚の付け根」ないし「太ももの付け根」を鼠径溝より下方の部位と
解したとしても,想定された着用状態において「オリジナル立体パターン」が形成
されるのは鼠径溝より下方の部分となり,オリジナル立体パターンの上方にある縫
合線が鼠径溝に沿う位置にあることを否定することにはならない。また,動いても
「裾がピッタリフィットし,ずり上がらない」ないし「動いてもずれ上がりにくい」
ようにするためには,縫合線につき,鼠径溝の下方の部位に位置するよりも鼠径溝
に沿うようにする方が構造上より適切であることは,当業者にとって自明である。
上記不自然さに関しても,宣伝文句であり表現としての厳密さは必ずしも求められ
るものではないことや,「脚の付け根」等の語が上記のような幅のある概念を示す
ものであることに鑑みると,本件において,「脚の付け根」等の語が指す身体的部
位の理解を左右するほどのものではないというべきである。
以上より,被告製品は,その設計時の着用状態について,身頃部のパーツと脚口
部のパーツとの縫合線が鼠径溝に沿うように着用することを想定したものであると
解するのが相当である。
ウ 被告製品につき,上記のとおり身頃部のパーツと脚口部のパーツとの縫合線
を鼠径溝に沿うように着用した場合,甲21及び弁論の全趣旨によれば,被告製品
の足刳り形成部の湾曲の頂点は,下前腸骨棘付近に位置すると認められるところ,
この頂点は,上前腸骨棘を中心に考えてもなお「腸骨棘点付近」に位置するものと
いうことができる。
エ 1審被告らの主張について
(ア) 1審被告らは,被告製品では,腰部脇線が上下方向における中間位置辺り
から下端にかけて,前方に徐々に立体的に迫り出すような構成となっていることに
伴い,縫合線が鼠径溝よりも下方に位置するように着用し,鼠径溝辺りが締め付け
られることなくゆったりと着用することが想定されている旨主張する。
しかし,仮に1審被告ら主張のとおり被告製品が腰部脇線の下部が前方に徐々に
迫り出すような構成となっているとしても,最も迫り出すであろう腰部脇線の下端
を鼠径溝ないしその直近に位置することとすることで,より「脚口部分が太ももの
付け根に合う」形状になると解されることから,当該構成を採用していることは,
被告製品につき,縫合線が鼠径溝よりも下方に位置するように着用することが想定
されているものとすべきことに直ちには結び付かない。また,被告製品の宣伝広告
や説明書等において,縫合線が鼠径溝より下方に位置するように着用すべきことを
指示ないし推奨するなど,そのような着用を想定したものであることをうかがわせ
る事情もない。
(イ) 1審被告らは,縫合線が鼠径溝付近に沿う形となる先行製品のパターンと
重ね合わせると,被告製品のパターンにおいては,足刳り形成部の頂点が先行製品
よりも大きく下方に位置する旨主張する。
しかし,先行製品の足刳り形成部の形状は,脚口パーツが前身頃に対して伸ばし
縫いされることにより,縫い合せ後の形状がパターンの状態と大きく変化すること
から,この比較結果をもって,被告製品における縫合線は鼠径溝よりも下方に位置
することが想定されているものということはできない。
(ウ) 1審被告らは,ボディーフォームではなく「人」に対して実施した一定数
の着用実験結果は判断の基礎として十分考慮されなければならず,被験者に被告製
品を着用させた実験結果(乙12,106の1)によれば,いずれも足刳り形成部
の湾曲した頂点が転子点付近又は転子点よりも下方に位置した旨主張する。
しかし,そもそも被験者らが一般的な女性の体形を有する者であり,かつ,当該
実験に当たって被験者らが被告製品を着用した態様が,被告製品の設計時に想定さ
れた着用状態にかなうものであるとは必ずしも断定できない。その点をおき,当該
実験結果を考慮したとしても,被告製品の宣伝文句に基づく被告製品の機能面から
の上記考察をもって不合理ということはできない。
(エ) 1審被告らは,被告製品の宣伝文句に基づき被告製品の着用状態に関する
設計時の想定を考察することは相当でない旨主張する。
しかし,被告製品の宣伝広告がインターネット上に継続的に掲載されていること,
被告製品の購入者から,被告製品につき宣伝文句と実際の着用状態ないし着用感と
異なる旨の苦情等が寄せられたことをうかがわせる証拠はないことなどに鑑みると,
少なくとも当該宣伝文句と設計時に想定された被告製品の着用状態とは,大きなそ
ごはないと推認される。換言すれば,被告製品の宣伝文句は,客観的には,被告製
品の設計時に想定される着用状態に沿うものといえることから,これに基づき当該
着用状態を考察することは相当である。
(オ) その他1審被告らがるる指摘する事情を考慮しても,この点に関する1審
被告らの主張は採用できない。
⑶ 小括
以上より,被告製品は構成要件Dを充足する。
3 構成要件Eの充足性(争点1-イ)について
構成要件Eの充足性(争点1-イ)については,原判決「事実及び理由」の第3
の3(原判決78頁24行目~79頁22行目)に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
4 構成要件F及びGの充足性(争点1-ウ)について
⑴ 構成要件F及びGの充足性(争点1-ウ)については,原判決81頁2行目
及び25行目の各「幅及び高さ関係」を,いずれも「幅及び高さの関係」に改める
とともに,当審における当事者の主張につき後記⑵のとおり付加するほかは,原判
決「事実及び理由」の第3の4(原判決79頁23行目~84頁23行目)に記載
のとおりであるから,これを引用する。
⑵ 当審における当事者の主張について
ア 1審被告らは,本件発明における後身頃の足刳り形成部25,32の境界は,
着用状態では,左右各臀部の中心に上下に引いた線よりもわずかに側方の線上に位
置するところ,被告製品において,後身頃の足刳り形成部25と32の境界となる
ギャザー部の起点は,着用状態で,左右各臀部の中心に上下に引いた線よりもわず
かに側方の線上に位置するものではないなどと主張する。
しかし,臀部ダーツ31を設ける構成は本件発明の実施形態の1つにすぎず,本
件発明は本件明細書記載の実施形態に限定されるものではない(【0029】)。
そして,前記(引用に係る原判決「事実及び理由」の第3の4⑴(原判決79頁2
4行目~83頁7行目))のとおり,本件明細書の記載(【0018】,【002
0】,【0025】~【0027】,図2,3)によれば,構成要件F及びGにい
う足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」は,足刳り形成部のうち,股
部パーツと前身頃の境界部分から,臀部の隆起に対応させる位置部分の手前までを
いうものと解される。この点,被告製品においては,ギャザー部の本来的な目的が,
当該部分をもって身体の膨らみに対応させることにあることを考慮すると,ギャザ
ー部の起点までの部分をもって「臀部の隆起に対応させる位置部分の手前まで」に
当たるものと解するのが相当である。
イ 1審被告らは,足刳り形成部24,25が構成要件F及びGの「前側の湾曲」
ないし「湾曲部分」に相当し,山40aが構成要件F及びGの「山」に相当すると
仮定すると,「山」は「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」に対応する範囲である
「前側」のみに位置し,「前側」を超えては延びないものと解されるところ,被告
製品のパターンの「山」は,大腿部パーツの全長にわたって設けられていることか
ら,被告製品は,構成要件F及びGの「山」に相当する構成を持たないなどと主張
する。
しかし,構成要件F及びGにおいては,足刳り形成部の「前側の湾曲」深さ及び
「湾曲部分」の幅と大腿部パーツの「山」の高さ及び幅との関係を定めるものの,
「山」すなわち大腿部パーツの裾部とは反対側の縁部に形成された膨出部分が「前
側」のみに位置し,これを超えて延びない旨を明示的に定めるものではない。本件
明細書にも,上記膨出部分が「前側」のみに位置し,これを超えて延びないものと
解すべき記載は見当たらない。後記のとおり,本件明細書に記載された本件発明の
実施形態においては,大腿部パーツの山40aの縁部と足刳り形成部の湾曲部分の
長さが一致することが前提とされていると理解し得るけれども,当該実施形態に限
定されるものではない(【0029】)。
ウ 1審被告らは,構成要件F及びGは,「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」が
前身頃と後身頃にわたって延びるものについては,縫合後の前身頃及び後身頃の縫
合部分が立体化されないこと,すなわち前身頃と後身頃とはパターン図において隙
間なく合致することを前提としたものであるところ,被告製品は,腰部曲線を縫い
合わせ後,当該縫い合わせ部分が前部に突出し,立体化されるものであり,腰部曲
線部分をパターン図において隙間なく配置することは不可能であるなどと主張する。
しかし,前身頃及び後身頃の各腰部前側縁に係るパターン図における位置関係に
ついては,本件発明の特許請求の範囲の記載において言及がない。本件明細書の記
載を見ても,上記各腰部前側縁のパターン図上の位置関係について,両者が隙間な
く合致することを要することをうかがわせる記載は見当たらない。
エ したがって,この点に関する1審被告らの主張は採用できない。
5 構成要件Hの充足性(争点1-エ)について
構成要件Hの充足性(争点1-エ)については,原判決「事実及び理由」の第3
の5(原判決84頁24行目~85頁24行目)に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
6 無効理由(明確性要件違反)の有無(争点2)について
⑴ 1審被告らの主張について
乙37及び弁論の全趣旨によれば,1審被告らは,別件審決に係る審判請求にお
いて,無効理由として,①「腸骨棘点」自体が不明確であり,「腸骨棘点付近」が
どの範囲を指すのかも不明確である,②「前記後身頃の足刳り形成部の下端縁」が
どの部分を指すのか明らかでなく,「臀部の下端」がどのように特定されるかも不
明である,③「前記大腿パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよ
りも低い形状とし,」及び「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を
広く形成し,」につき,(ⅰ)「(前記大腿部パーツ)の山」の意味が不明であり,
どのように山が設けられているのかが特定されておらず,また,「山」を特定する
ための基準を把握できない,(ⅱ)「前記足刳り形成部」が前身頃,後身頃のいず
れのものを指すのかが明らかでない,(ⅲ)「前記足刳り形成部の前側の湾曲」及
び「足刳り形成部の湾曲部分」がどのように特定されるのか不明であることを主張
したが,別件審決において無効理由はないと判断され,審決取消訴訟を提起するこ
となくこれが確定したことが認められる。そして,本件における無効理由(明確性
要件違反)の主張は,別件審決に係る上記主張と内容を同じくするものといえる。
そうすると,1審被告らは,別件審決に係る無効審判手続において主張立証を尽
くしたものの,それが認められなかったものであり,不成立審決が確定した結果,
特許法167条により,同一の理由に基づいて特許無効審判を請求することができ
ない。1審被告らに対し,同一内容の無効理由で権利行使を阻止する機会を与える
必要性に乏しく,このような主張を許すことは紛争の蒸し返しというべきであって,
紛争の一回的解決の要請に反することから,これを許さないとすることが訴訟上の
信義則にかなうというべきである。
したがって,この点に関する1審被告らの主張は,上記訴訟上の信義則に反する
ものであり,採用できない。
⑵ なお,念のため,明確性要件違反について判断したとしても,原判決「事実
及び理由」の第3の6(原判決85頁25行目~86頁17行目)に記載のとおり
であるから,これを引用する。
7 無効理由(サポート要件違反)の有無(争点3)について
無効理由(サポート要件違反)の有無(争点3)については,原判決「事実及び
理由」の第3の7(原判決86頁18行目~87頁26行目)に記載のとおりであ
るから,これを引用する。
この点,1審被告らは,当審において,構成要件Fの「前側」は本件明細書から
自然に看取することが不可能であるなどと主張する。
しかし,前記のとおり,実施形態の「h2」が構成要件Fの「前側の湾曲深さ」
に対応すると解されることなどから,この点に関する1審被告らの主張は採用でき
ない。
8 無効理由(新規性欠如)の有無(争点4)及び無効理由(進歩性欠如)の有
無(争点5)について
⑴ 無効理由(新規性欠如)の有無(争点4)及び無効理由(進歩性欠如)の有
無(争点5)については,原判決88頁2行目の「被告」を「1審被告ら」に改め
るとともに,当事者の当審における主張につき後記⑵のとおり付加するほかは,原
判決「事実及び理由」の第3の8及び9(原判決88頁1行目~91頁25行目)
に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑵ 当審における当事者の主張について
ア 先行製品に係る発明を主引用例とした場合の本件発明の新規性及び進歩性に
ついて
(ア) 1審被告らは,本件発明における特許請求の範囲において,大腿部パーツ
の山と足刳り形成部の湾曲部分の長さが一致することは特定されていないことから,
大腿部パーツを前身頃及び後身頃に取り付けた場合にそのままの長さを保っている
ことを要するとする解釈は特許請求の範囲の記載に基づいたものではない,構成要
件F及びGに技術的意義は存在せず,これらの構成要件によって構成要件Hが得ら
れるわけではない,などと主張する。
(イ) 大腿部パーツの山と足刳り形成部の湾曲部分の長さの関係については,特
許請求の範囲に具体的に記載されておらず,その点で本件発明に係る特許請求の範
囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することはできない。そこで,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,本件明細書には「足付根部40の山
40aの縁部は,前身頃12の足刳り形成部24と等しい長さに形成され,足刳り
形成部24に縫い合わされる部分である。ここで,足付根部40の,足刳り形成部
24,25に取り付ける山40aの高さをh1とし,足刳り形成部24,25の湾
曲深さをh2とすると,h1はh2よりも低い形状である。また,足付根部40の
山の幅をw1とし,足刳り前部24,25の湾曲部分の幅をw2とすると,互いに
縫い付けられる同じ位置間で,w1はw2よりも広い形状となっている。」(【0
020】)との記載がある。これによれば,本件発明の実施形態として,足付根部
40の山40aの縁部は,足刳り形成部24,25の湾曲部分の長さと等しくなる
ように形成され,これに縫い合わされること,また,山40aの高さをh1,足刳
り形成部24,25の湾曲深さをh2とした場合,h1はh2よりも低い形状であ
り,さらに,40aの幅をw1,「足刳り前部24,25」の湾曲部分の幅をw2
とした場合,互いに縫い付けられる同じ位置間でw1はw2よりも広い形状となる
ことが,それぞれ想定されているといえる。そうすると,当該実施形態においては,
大腿部パーツの山40aの縁部と足刳り形成部の湾曲部分の長さが一致することが
前提とされていると理解し得る。また,仮に,「h1=h2」とし,互いに縫い付
けられる同じ位置間で「w1=w2」として足付根部40と前身頃及び後見頃とを
縫い付けた場合,足付根部40は,前身頃12及び後見頃14に対して,下肢用衣
料としての外側にも内側にも突出せず,同じ平面になることは,図3を参照すれば
明らかである。そうすると,構成要件F及びGが規定するように,「h1<h2」
とし,互いに縫い付けられる同じ位置間で「w1>w2」とすれば,足付根部40
は,前身頃12及び後見頃14に対して,下肢用衣料としての外側か内側のいずれ
かに突出することも明らかである。そして,そのように縫い付けられた場合に,足
付根部40が下肢用衣料としての外側に突出することを特定しているのが,本件発
明の構成要件Hであると理解される。そうすると,山40aの高さ及び幅並びに足
刳り形成部の湾曲部分の湾曲深さ及び幅に係る上記関係は,本件発明の技術的意義
の中核に関わるものというべきである。
他方,本件明細書を見ても,大腿部パーツの山と足刳り形成部の湾曲部分の関係
につき,上記と異なる前提に基づく記載は見当たらない。
したがって,本件発明においては,大腿部パーツを足刳り形成部に前身頃及び後
身頃に取り付けた場合に,大腿部パーツの山と足刳り形成部の湾曲部分の長さとは,
そのままの長さを保っていることが必要であると解される。
(ウ) 本件発明は,上記のように,構成要件F及びGによって構成要件Hを可能
とし,これら構成要件F~Hの関係によって,「本発明の下肢用衣料は,大腿部を
屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られ,股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少
なく,生地にかかる張力が小さい状態で運動を行うことができる。これにより,屈
伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運動する
ことができる。」(【0011】)との効果を奏するものと解される。そうすると,
構成要件Gに技術的意義が存在しないとはいえない。
(エ) 1審被告らは,先行製品に係る発明と乙18発明(又は乙29記載の発明)
とを組み合わせることは容易に想到し得る旨主張する。
乙18には,「前記各腰部布6の下端縁10は前身頃部分において上方に凹状の
深いカーブ11とされた横の切替線であり,各腰部布6の後端縁12は人体臀部稜
線に沿う凸状のカーブ15とされた縦の切替線であり,前記各脚部布7の上端縁1
3は前身頃部分において前記腰部布6の凹状カーブ11に対して上方へ緩い凸状の
カーブ14とされた横の切替線であり,腰部布6の下端縁10の凹状カーブ11と
脚部布7の上端縁13の凸状カーブ14は展開されたとき三ケ月形の空間即ち第1
図鎖線Dが形成され,この部分を互いに縫着等によつて接合され,その接合線はそ
れぞれ人体屈折時の形態に沿つている。/即ち,横の切替線つまり腰部布6の下端
縁10と脚部布7の上端縁13との後部接合点をそれぞれA 1 ,A 2とすると,こ
のA1,A2点は第2図Ⅱで示す臀溝線Bの概ね中央に位置し,この後部接合点A 1,
A2を出発点として人体屈折時に画かれる第2図で示す関節部Cに沿つて横方向に
切替えられ,前身頃部分において腰部布6の下端縁10が凹状の深いカーブ11と
され,脚部布7の上端縁13が凸状の緩いカーブ14とされ,腰部布6の下端縁1
0におけるカーブ終点E 1と脚部布7の上端縁13におけるカーブ終点E 2を前股
部で接合するようにされている。」(3頁5欄16行目~40行目。なお,「/」
は改行部分を示す。)との記載がある。乙18発明の「凹状カーブ11」と「凸状
カーブ14」について,この記載からは,凸状カーブ14の曲率半径が凹状カーブ
11の曲率半径より大きいことが認められるところ,第1図も参照すると,凸状カ
ーブ14と凹状カーブ11は,ともに上に凸の部分を持つ曲線であるから,脚部布
7と腰部布6を縫着した場合,凸状カーブ14の幅の方が,凹状カーブ11の幅よ
りも大きい部分ができる。もっとも,凸状カーブ14と凹状カーブ11とが,とも
に上に凸で,かつ,変曲点のない曲線であることを明示し,又はこれを示唆する記
載を見出すことはできず,凸状カーブ14と凹状カーブ11は,ともに上に凸の部
分を持つ曲線であり,かつ,凸状カーブ14の方が凹状カーブ11よりも曲率半径
が大きいこと以外には,それぞれどのような曲線であるのか不明確である。このた
め,乙18において,凸状カーブ14の幅が凹状カーブ11の幅よりも大きくない
部分がある可能性を否定できない。
そうすると,乙18の記載からは,本件発明の構成要件Gが実質的に開示されて
いるとはいえない。そうである以上,同じく構成要件Gに係る構成を含まない先行
製品に係る発明と乙18発明とを組み合わせても,本件発明を容易に想到できると
いうことはできない。このことは,乙18発明に代わり乙29記載の発明を組み合
わせる場合も同様である。
(オ) 1審被告らは,そのほかにも容易想到性に関してるる指摘するけれども,
先行製品の構成を本件発明に近づける形で変更することが先行製品に係る発明の技
術的思想に合致するか疑問があることなどに鑑みると,これらの主張も採用できな
い。
(カ) 小括
以上より,先行製品に係る発明との関係において,本件発明は,新規性が認めら
れるとともに,乙18発明(又は乙29記載の発明)を副引用例とした場合に当業
者にとって容易に想到できるということはできず,進歩性も認められる。
イ 乙18発明を主引用例とした場合の本件発明の新規性・進歩性について
1審被告らは,乙18発明は本件発明の構成要件Gの大小関係を有するパターン
を包含する蓋然性が高いなどとして,本件発明につき,構成要件Gを根拠として直
ちにその新規性・進歩性を認めることは相当でないなどと主張する。
しかし,前記ア(エ)のとおり,乙18の記載からは,本件発明の構成要件Gが実
質的に開示されているとはいえず,少なくともこの点が本件発明と乙18発明との
実質的な相違点であるということができる。
したがって,1審被告らがるる主張するところを考慮に入れたとしても,この点
に関する1審被告らの主張は採用できない。このことは,乙29記載の発明との関
係においても同様である。
9 特許法102条2項の適用の可否(争点6),1審原告が行使可能な損害賠
償請求権の範囲(争点7),1審被告らが得た利益額(102条2項)(争点8),
推定覆滅事由の存否(争点9)及び1審原告に生じた損害額(争点10)について
⑴ 原判決の引用
特許法102条2項の適用の可否(争点6),1審原告が行使可能な損害賠償請
求権の範囲(争点7),1審被告らが得た利益額(102条2項)(争点8),推
定覆滅事由の存否(争点9)及び1審原告に生じた損害額(争点10)については,
後記ア~ウのとおり訂正するとともに,当審における当事者の主張について後記⑵
のとおり付加するほかは,いずれも原判決「事実及び理由」の第3の10~14
(原判決91頁26行目~113頁7行目)に記載のとおりであるから,これを引
用する。
ア 原判決100頁12行目及び102頁18行目の各「102条2項」を,い
ずれも,「特許法102条2項」に改める。
イ 原判決100頁15行目の「湾の」を,「湾曲の」に改める。
ウ 原判決103頁25行目の「二号」(「二」は漢数字)を,「ニ号」(「ニ」
は片仮名)に改める。
⑵ 当審における当事者の主張について
ア 特許法102条2項の適用の可否(争点6)について
(ア) 1審被告らは,特許法102条2項の適用に当たり,権利者は特許発明を
自ら実施していることを要するなどと主張する。
しかし,侵害者が侵害行為によって利益を得ているときは,その利益額を特許権
者の損害額と推定するとして,特許権者の受けた損害額の立証の困難性を軽減する
という特許法102条2項の趣旨に鑑みると,特許権者に,侵害者による特許権侵
害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,
同項の適用が認められ,特許権者が当該特許発明を実施していることは同項を適用
するための要件とはいえない。また,上記の事情が存在する場合であるにもかかわ
らず特許権者が利益を得られなかったことを基礎付ける事情は,推定された損害額
を覆滅する事情として考慮されると解するのが相当である。
(イ) 1審被告らは,「ショーツ」自体国内で大量に販売され,市場に流通する
物品であることなどから,1審被告らが被告製品を販売していなくても,1審原告
が原告製品の販売により利益を得られない蓋然性が高いなどと主張する。
しかし,上記のとおり,このような事情は特許法102条2項の適用の有無に関
わる事情ではなく,同項により推定された損害額を覆滅する事情として考慮され得
るにとどまる。
(ウ) したがって,この点に関する1審被告らの主張は採用できない。
イ 1審原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)について
1審原告は,特許法102条2項に基づく推定額から共有に係る特許権者である
訴外会社に生じた損害額を控除することはできない旨を,1審被告らは,侵害者の
得た利益の額を共有者の持分権の割合によって按分した額を当該共有者の受けた損
害額と推定すべき旨を,それぞれ主張する。
民法の原則の下では,特許権侵害による特許権者の損害の賠償を求めるためには,
特許権者において損害の発生及び額等につき主張立証しなければならないところ,
前記のとおり,特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設
けられたものであり,加害行為がなかった場合に想定される利益状態と加害行為に
よって現実に発生した不利益状態とを金銭的に評価した場合の差額を「損害」とし
て把握し,その填補賠償を目的とするという点で,民法上の不法行為による損害賠
償制度の枠内にあるものであることに違いはない。特許権の共有者は,それぞれ,
原則として他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができるも
のの(特許法73条2項),その価値の全てを独占するものではないことに鑑みる
と,特許法102条2項に基づく損害額の推定を受けるに当たり,共有者は,原則
としてその実施の程度に応じてその逸失利益額を推定されると解するのが相当であ
り,共有者各自の逸失利益額と相関関係にない持分権の割合を基準とすることは合
理的でない。なお,本件では,引用に係る原判決指摘のとおり,原告製品は本件発
明の実施品と認めるに足りる証拠はないものの,原告製品と被告製品とは市場にお
いて競合関係にあるものといえる。このため,前記のとおり特許法102条2項の
適用が認められることから,本件においても上記と同様に解するのが相当である。
もっとも,特許発明の実施品(又は侵害品と競合する特許権者の製品)の販売利
益の減少等による特許権者の逸失利益と,侵害者から得べかりし実施料の喪失によ
る逸失利益とは,類型的にその性質を異にするものである。また,共有者の一部が
当該特許発明を実施しなかったとしても(又は侵害品と競合する製品の製造等を行
っていなかったとしても),共有に係る特許権の侵害による侵害者の利益は,特許
権の共有者の一方の持分権の侵害のみならず他方の持分権の侵害にもよるものであ
る以上,実施料相当額の逸失利益を観念することは可能であり,特許法102条3
項もこのことを前提とするものと理解される。そうである以上,同条2項による損
害額の推定に基づき侵害者に対し特許権の共有者の一部が損害賠償請求権を行使す
るに当たっては,同条2項に基づく損害額の推定は,不実施に係る他の共有者の持
分割合による同条3項に基づく実施料相当額の限度で一部覆滅されるとするのが合
理的である。
また,1審原告は,本件における特別の事情として,訴外会社の1審被告らに対
する損害賠償請求権が1審原告に債権譲渡されていることを指摘する。
しかし,当該請求権は本件における1審原告固有の損害賠償請求権とその発生原
因を異にし,訴外会社の1審被告らに対する債権譲渡の結果,1審原告の下に両立
していると考えられること,1審原告が,債権譲渡を受けた損害賠償請求権を行使
しないで,固有の損害賠償請求権のみの行使を主張する旨明言していることなどに
鑑みると,本件においては,結果として同一人に帰属しているからといって,結論
を異にすべき事情ということはできない。
その他1審原告ないし1審被告らがるる指摘する事情を考慮しても,この点につ
いてのそれぞれの主張はいずれも採用できない。
ウ 推定覆滅事由の存否(争点9)について
(ア) インターネット上のサイトに見られる原告製品及び被告製品に関する宣伝
文句に鑑みると,引用に係る原判決の認定のとおり,原告製品及び被告製品は,い
ずれも脚口部分が前方に突出するように構成され,脚口部分及びお尻の部分がずり
上がらないという特徴を有する点で共通すると認められるところ,これらは,本件
発明の作用効果に係るものということができる。また,原告製品及び被告製品は,
いずれも,これらの機能に関係する形状を除き,そのデザイン面で特徴的というべ
き形状ないし装飾は存在しない。ただし,原告製品にはハイウエストタイプの製品
及びテンセル素材の製品が存在しないのに対し,被告製品には存在するところ,丈
のタイプ及び素材は,いずれも下肢用衣料にとって重要な要素である着心地に直接
関わる要素であり,ハイウエストタイプやテンセル素材を好む需要者も一定程度存
在することは容易に推察されること,他方で,被告製品の販売実績に占める割合等
から,この点が需要者の購買に及ぼす影響は,限定的ながらも存在すると考えるの
が相当である。
(イ) 価格については,一般に,同種かつ同程度の機能等の製品相互間では,製
造者・販売者のブランド力等様々な要素が需要者の購買行動に影響するものの,価
格の顧客誘引力も大きな影響力を持つといえること,その影響力の程度は,製造者
等のブランド力等の影響をも受けつつ,製品相互間の機能面等での差異の程度に応
じて相対的に変化することは,経験則上明らかである。その意味で,市場において
競合関係にあり,その機能面でも同種かつ同等ないし類似する関係にあると見られ
る製品における価格帯の相違は,推定覆滅事由として考慮されることがあり得ると
いうべきである。もっとも,本件においては,原告製品と被告製品との価格差をも
って,顧客誘引力の点で大きな影響を及ぼすものとまでは認められない。
(ウ) 販売形態の相違について,1審被告らは,何らかの理由で店頭での商品購
入のみを行い,インターネット販売を利用しない需要者の存在を主張する。
しかし,これを具体的に裏付けるに足りる的確な証拠はないし,現在のインター
ネット利用可能な端末それ自体やインターネット上での日用品取引の普及状況等に
鑑みると,特許法102条2項に基づく損害額の推定を覆滅すべき事由とはいえな
い。
(エ) その他1審原告及び1審被告らがそれぞれるる主張する事情を考慮しても,
この点に関するそれぞれの主張はいずれも採用できない。
10 差止め及び廃棄の必要性について
差止め及び廃棄の必要性については,原判決「事実及び理由」の第3の15(原
判決113頁8行目~23行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
11 当審における1審被告らの追加的主張について
⑴ 当審において,1審被告らは,無効の抗弁及び公知技術の抗弁の各主張の追
加を求めたが,当裁判所は,民訴法157条1項及び特許法104条の3第2項に
基づき,これを却下した。
これに対し,1審被告らは,異議を述べるとともに,追加に係る無効の抗弁のう
ち公然実施による無効主張以外のもの及び公知技術の抗弁を撤回する旨述べ,また,
口頭弁論終結後,上記却下決定の違法を理由としてその再開を申し立てた。
そこで,以下,この点について付言する。
⑵ 訴訟の経過
本件訴訟は,平成26年8月13日に訴訟が提起され,平成28年6月3日実施
の第13回弁論準備手続期日において侵害論の主張立証の終了を当事者双方が確認
して損害論に移行した。そして,平成29年12月25日に原審の口頭弁論が終結
し,平成30年3月12日に原判決が言い渡された。
これに対し,1審被告らは,同月23日に控訴し,同年5月11日付け控訴理由
書⑴を提出した後,控訴理由書提出期限(同月14日)を1か月以上経過した後で
ある同年6月20日,同月19日付け「控訴理由書⑵」とともに,無効の抗弁及び
公知技術の抗弁の追加主張を主な内容とする同日付け「控訴理由書⑶」を提出した。
1審原告は,上記無効の抗弁等の追加主張に対し,時機に後れた攻撃防御方法であ
るとして却下を求めた。
上記追加に係る無効理由は,①サポート要件違反((i)構成要件F,Gの「山」
が「前側」を超えて延びるものも含むと解される場合,(ii)本件発明は,臀部ダ
ーツ等の存在を前提とするものであること,(iii)構成要件F,Gは,「前側の
湾曲」ないし「湾曲部分」が前身頃と後身頃にわたって延びるものにつき,前身頃
と後身頃が隙間なく合致することを前提としないと解される場合,(iv)本件発明
が未完成発明であること),②明確性要件違反(構成要件F,Gは,「前側の湾曲」
ないし「湾曲部分」が前身頃と後身頃にわたって延びるものにつき,前身頃と後身
頃が隙間なく合致することを前提としないと解される場合),③実施可能要件違反
((i)構成要件F,Gの「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」と「山」の設け方が
不明であること,(ii)本件発明が未完成発明であること,(iii)構成要件F,
Gが構成要件Hを得るための十分条件ではないと解される場合),④特許法29条
1項柱書違反(本件発明が未完成発明であること),⑤新規性欠如(先行製品A
(品番GT5681/UN5681),先行製品B(品番D296ON)ないし先
行製品C(品番D346UN)の公然実施によるもの),⑥進歩性欠如(先行製品
A~Cに基づくもの)というものである。
⑶ 民訴法157条1項の適否
ア 本件訴訟の上記経過に鑑みると,1審被告らの上記主張が時機に後れたもの
であること,1審被告らにその点につき少なくとも過失が認められることは明らか
である。
これに対し,1審被告らは,追加に係る無効理由等の主張を原審において追加し
得なかった事情をるる指摘するけれども,明確性要件,サポート要件,実施可能要
件といった特許法36条の記載要件に係る無効理由や,同法29条1項柱書に係る
無効理由に基づく主張を原審段階で主張できなかったものということはできない。
また,先行製品A~Cが1審被告らの実施に係るものであることに照らすと,これ
らに基づく新規性,進歩性欠如の主張も,原審段階で主張できなかったということ
はできない。
イ また,1審被告らの上記主張につき1審原告による認否反論を要すると共に,
1審原告の反論に対する1審被告らの再反論がされることも容易に推察される。さ
らに,各無効理由について,1審原告による訂正の再抗弁の検討も必要になること
から,訴訟の完結が遅延することは明らかである。
ウ 以上によれば,1審被告らの当審における無効の抗弁及び公知技術の抗弁の
主張の追加については,民訴法157条1項に基づき時機に後れた攻撃防御方法と
して却下すべきである。
⑷ 特許法104条の3第2項の適否
上記事情に加え,1審被告らは,原審において法条単位で4個もの無効理由を主
張しているところ,当審において追加しようとする無効理由は,前記のとおり少な
くとも6項目に及ぶ。控訴審におけるこれほど多数の無効理由による無効の抗弁の
追加は,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものといわざるを得
ない。
したがって,無効の抗弁の追加主張については,特許法104条の3第2項によ
っても,却下されるべきものである。
⑸ なお,前記のとおり,1審被告らは,却下決定の後に,追加に係る無効の抗
弁のうち公然実施に基づく無効主張以外のもの及び公知技術の抗弁の主張を撤回す
る旨述べたが,既に却下決定がされた後であって,意味はない。このことをおくと
しても,維持された無効理由の主張は3つの製品の公然実施による新規性欠如及び
進歩性欠如による無効を内容とするものであり,訴訟の完結を遅延させることに変
わりはなく,また,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたとの認定
を覆すべき事情ということもできない。よって,その追加主張を却下すべきである
との結論を左右するものではないし,口頭弁論を再開する必要も認められない。
12 結論
以上のとおり,被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属し,また,本件発
明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
したがって,1審原告の請求は,1審被告らに対し,被告製品(1審被告タカギ
につきイ号~へ号製品,1審被告名古屋タカギにつきイ号及びロ号製品)の製造販
売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,1審被告タカギに対し,441万596
3円及びうち原判決別紙「被告タカギ遅延損害金一覧表」の「遅延損害金元金
(円)」欄記載の各金員に対する各「年月」欄記載の各年月末日から,うち40万
円に対する平成26年8月23日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金の支払を求め,また,1審被告名古屋タカギに対し,339万70
77円及びうち原判決別紙「被告名古屋タカギ遅延損害金一覧表」の「遅延損害金
元金(円)」欄記載の各金員に対する各「年月」欄記載の各年月末日から,うち3
0万円に対する平成26年8月26日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払を求める限度で,理由がある。これと同旨の原判決は相
当であるから,1審原告及び1審被告らの各控訴はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部


裁判長裁判官 高 部 眞 規 子


裁判官 杉 浦 正 樹


裁判官 片 瀬 亮

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