ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 平成29(ワ)1630 損害賠償等請求事件
裁判所 | 認容 東京地方裁判所 |
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裁判年月日 | 平成31年1月18日 |
事件種別 | 民事 |
法令 |
不正競争 民法709条2回 |
キーワード | 損害賠償7回 侵害6回 差止2回 |
主文 | 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。事 実 及 び 理 由15第1 請求 1 被告は,別紙第1目録記載の顧客情報を複製し,使用し,又は第三者に開示してはならない。 2 被告は,別紙第1目録記載の顧客情報が記載された印刷物(別紙第2目録記載の物件を除く。)及びこれを記録したコンピュータのファイル等の電磁的記20録を破棄せよ。 3 被告は,原告に対し,別紙第2目録記載の物件を引き渡せ。 4 被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成26年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 訴訟費用は被告の負担とする。25 6 仮執行宣言第2 事案の概要等本件は,原告(証券会社)が,被告(弁護士)に対し,①被告が原告の販売するファンドの購入者を代理して原告に対する訴え(後記第1訴訟)を提起し,当該訴えが和解で終了した後,原告を退職した者から,営業秘密である同ファンドの他の購入者の顧客情報が記載されたメモを入手した上で,当5該顧客に書簡を送付するなどして訴訟提起を勧誘し,同顧客の代理人として追加的な訴え(後記第2訴訟)を遂行するなどしたことが,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項8号(主位的)又は同項5号(予備的)の不正競争行為に該当すると主張して,不競法3条1項及び2項に基づき,顧客情報の使用等の差止め及び同情報が記載された印刷物等の廃棄,並びに,10不競法4条及び民法709条に基づき,合計1億円の損害賠償金及び不法行為日である平成26年8月8日(第2訴訟の提起日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②上記メモの所有権に基づき,その返還を求め,③上記第1訴訟の和解調書で規定された秘密保持条項に違反して,当該和解内容を上記書簡やウェブサイトに掲載するなどし15たことが不法行為を構成すると主張して(上記①と選択的な主張),民法709条に基づき,上記①と同内容の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び掲記した証拠により認定できる事実)20(1) 当事者ア 原告は,金融商品取引業者の登録を受けている証券会社である。イ 被告は,東京弁護士会に所属する弁護士である。(2) 第1訴訟の提起及び結果被告は,平成24年6月25日,原告から金融商品「N1グローバル・フ25ァンド」(以下「本件ファンド」という。)を購入した者の代理人として,原告及び原告代表者に対し,原告による本件ファンドの勧誘行為が違法であるなどと主張して,損害賠償を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)を提起した。同訴訟は,平成25年12月4日の第9回弁論準備手続期日において,原告が上記ファンド購入者に対して2489万6115円を支払うこと(和解条項第1項),及び「原告は,本件及び本和解条項の内容の一切を5第三者に口外しないことを確認する」こと(同第5項。以下「本件秘密保持条項」といい,同条項の定める義務を「本件秘密保持義務」という。)などを内容とする訴訟上の和解により終了した。(3) 本件ファンドの購入者に関する情報の入手被告は,第1訴訟の和解成立後,原告を退職した者(被告は同人の氏名を10開示していない。以下「原告退職者」という。)から本件ファンドの他の購入者に関わる情報(以下「本件顧客情報」という。なお,本件顧客情報の内容については当事者間に争いがある。)が記載されたメモ(以下「本件メモ」という。)を受け取った。(4) 本件ファンドの購入者に対する書簡の送付15被告は,平成26年1月21日付で,複数の本件ファンド購入者に対し,「ご案内」と題する,以下の内容が記載された書簡(以下「本件書簡」という。)を送付した。(甲6)「唐突ではございますが,<N1ファンド>を販売した際に,キャピタル・パートナーズ証券がお客さまに交付したパンフレット記載の過去の運用実20績は,商品が存在していないにもかかわらず年率12%ものリターンが生じていたという明らかな虚偽情報です。<N1ファンド>の販売は,このような虚偽情報に基づく違法な勧誘行為であったため,既に大幅な被害回復がなされた実績があります。つきましては,被害回復をご検討されておられる場合は,是非,当所へお25問い合わせください。」(5) 被告の所属する法律事務所のウェブサイトに掲載された情報被告の所属するB法律事務所のウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)における「当事務所の金融取引紛争の解決実績」というページの「当事務所の解決事例」という欄には,同事務所の取り扱った複数の事例について紹介されているが,同欄には,そのうちの一つの事例について,「損5害の8割(約2500万円)の支払いを受けて和解した(平成25年11月東京地裁和解)」(判決注:「11月」は「12月」の誤記であると認められる。),「国内証券会社より,ヘッジファンドの投資する投資信託を購入して損失を被った事例で,損失金額の約8割(約2500万円)の支払いを受けて解決した。」(以下,これらの記載を「本件ウェブサイトにおける記10載」という。)と記載されている。(甲19)(6) 原告による被告に対する通告書の送付原告は,被告に対し,本件書簡を送付した行為が第1訴訟の和解条項に違反する旨の平成26年2月5日付け通告書(以下「本件通告書」という。)を送付した。(甲9)15(7) 第2訴訟の提起被告は,平成26年8月8日頃,本件書簡を送付した本件ファンドの購入者のうち8名を代理して,原告に対し,損害賠償を求める訴えを提起した(以下「第2訴訟」という。)。(甲10,11)(8) 被告に対する懲戒請求及びその結果20原告は,平成26年10月16日,東京弁護士会に対し,被告の懲戒請求を行った。同弁護士会の懲戒委員会は,平成28年11月9日,本件書簡を送付した行為につき和解調書における秘密保持義務違反(懲戒請求事由1),面識のない本件ファンド購入者に対し,本件書簡を郵送し,特定事件の勧誘広告を行った行為につき弁護士の業務広告に関する規程第6条違反(懲戒請25求事由4),上記勧誘行為を行っただけに止まらず,勧誘した本件ファンド購入者から事件を受任し,訴訟提起まで至った行為につき和解条項の口外禁止条項を設けた趣旨を没却した(懲戒請求事由5)ことにより,弁護士の品位を害すべき非行に当たるとして,被告を戒告とする議決をした。他方,同委員会は,懲戒請求事由3の顧客情報の不正入手については,原告退職者がどのような手段で本件顧客情報を入手したかが不明であり,ま5た,不競法2条1項7号の不正競争行為を満たすために必要とされる図利加害目的が立証されていないことなどを理由として懲戒事由が存在するとは認定できないと判断した。以上の理由から,東京弁護士会は被告を戒告とした。(以上,甲12~14,16)10原告は,東京弁護士会の上記懲戒処分を不服として日本弁護士連合会に異議申出を行ったが,日本弁護士連合会は同申出を棄却した。(乙14,15)(9) 第2訴訟の結果第2訴訟については,平成28年6月2日,原告がファンド購入者に対して和解金を支払うことで訴訟上の和解が成立し,終了した。同訴訟におい15て,裁判所は,原告が「少なくとも投資判断に影響を与える販売用資料に過去の運用実績そのものではないデータをパフォーマンスデータとして記載したことは認めることができる」とした上で,「早期かつ一括で相当程度の解決金を支払う」ことで訴訟を解決することが望ましいとの考え方を示し(乙20),結果的に,原告が支払った和解金の合計は請求額の5割を超える772200万円であった。(10) 証拠保全の申立て原告は,平成28年8月,東京地方裁判所に対し,証拠保全の申立てを行い(東京地方裁判所平成28年(モ)第6676号証拠保全申立事件),同年9月27日,同裁判所は,被告の事務所において,証拠保全手続に係る検25証手続を行った。その際,被告は「申立人の退職者から本件顧客情報の提供は受けたが,検証の目的物はない。これ以上説明するつもりはない。」と述べた。(甲15)(11) 仮処分命令の申立て原告は,平成28年8月,被告を債務者として,東京地方裁判所に対し,仮処分命令の申立を行い(平成28年(ヨ)第22108号不正競争仮処分5命令申立事件),同裁判所は,平成29年3月7日,保全の必要性を欠くとして,原告の被告に対する仮処分命令の申立てを却下した。原告はこれを不服として抗告の申立てをした(平成29年(ラ)第10003号不正競争仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件)が,知財高裁は,同年6月13日,保全の必要性を欠くとして,原告の上記却下決定に対する抗告を棄却した。10(乙2,10) 2 争点(1) 不競法に基づく請求権の有無ア 被告が原告退職者から提供を受けた情報(本件顧客情報)の内容イ 本件顧客情報の営業秘密該当性15ウ 原告退職者による営業秘密の不正開示行為又は不正取得行為の介在の有無エ 不正開示行為又は不正取得行為に関する被告の故意又は重過失の有無オ 営業上の利益の侵害又は侵害のおそれの有無(2) 所有権に基づく本件メモの返還請求権の有無20(3) 本件秘密保持義務違反の有無(4) 被告の行為と損害との相当因果関係の有無及び損害額第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)ア(被告が原告退職者から提供を受けた情報の内容)について〔原告の主張〕25被告は,原告の退職者から別紙第1目録記載の顧客情報(本件ファンドの購入者の情報(氏名,郵便番号,住所,電話番号,口座番号,原告における担当者の氏名,部店コード,扱者コード,原告より購入した金融商品の保有口数の全部又は一部を含む。))が記載されたメモ用紙の提供を受けた。〔被告の主張〕被告が原告の退職者から受け取った本件メモは,十数名の本件ファンド購入5者の氏名,住所のみが記載されたものであり,原告が主張するようないわゆる顧客情報として管理された内容は含まれていない。その内容や体裁からすれば,本件ファンドの販売に関わった者であれば顧客情報に不正にアクセスしなくても作成可能なものであった。 2 争点(1)イ(本件顧客情報の営業秘密該当性)について10〔原告の主張〕(1) 原告の顧客情報(顧客の氏名,住所,電話番号,金融商品の保有数,担当者等)は,データベース化されて,STAR-Ⅳシステム(以下「本件顧客情報管理システム」という。)により一括かつ厳重に管理されている。原告顧客情報は社外に知られたものではなく,営業活動に有用なものであるから,15これが非公知かつ有用であることは明らかである。(2) 原告の顧客情報の管理に関し,(i)就業規則(甲7)第53条⑰において,会社の情報資産の一切は会社に帰属し,それらを会社業務以外のために流用したり,機密事項を他に洩らしたりしてはならないとされ,(ⅱ)入退社時において,顧客情報に関する秘密保持の誓約が求められ(甲8の1・2),20(ⅲ)「個人情報取扱運用細則」(甲33)第36条及び「個人情報取扱運用規則」(甲34)第26条において,従業員に対し個人情報に関する研修を行うこととされ,更には(ⅳ)同細則第38条及び同規則第27条において,個人情報が適切に管理されているか否かを定期的に点検するとされている。これによれば,本件顧客情報が原告の事業活動に活用される営業戦略上重25要な情報であって機密にしなければならない情報であることは,原告社内において十分に認識されていたということができる。それに加え,本件顧客情報管理システムを用いて顧客情報にアクセスできる者も,社内の利用規定等(甲28,29)において明確に制限されていたのであるから,原告顧客情報につき,秘密管理性の要件が認められる。この点,被告は,顧客情報とは別に本件ファンドを保有する者の氏名,住5所等が記載された一覧表が日常的に作成されていたと主張するが,被告が指摘する乙24の2の一覧表(以下「本件一覧表」という。)を作成した目的は,本件ファンドの購入者にお知らせを送付するためであって,原告の業務一般として顧客情報の一覧表を作成していたわけではない。この情報を共有していた従業員も必要最小限度の者のみであり,本件顧客情報管理システム10にアクセスすることが可能な者であったのであるから,原告の従業員であれば,本件ファンド購入者の氏名,住所等を知ることができたものではない。〔被告の主張〕(1) 原告は,原告の顧客情報は本件顧客情報管理システムにより厳重に管理されていたと主張するが,誓約書等(甲8の1~3)は単なる雛型でしかなく,15従前から退職者等より徴収していたかどうかも定かでない。また,本件顧客情報管理システムは顧客情報の管理システムではなく,法令で規定される法定帳簿の作成等の対応を可能とする「勘定系」といわれるシステムであり(乙25),顧客情報を厳格に管理することを目的とするシステムではない。同システムは,証券会社の従業員であれば一般的にはアク20セス可能なシステムであるから,本件顧客情報管理システムへのアクセス権限を有する者が限られていたとの原告主張は疑わしい。(2) 原告が本件ファンドを販売していた当時,原告社内では,顧客情報とは別に本件ファンドを保有する者の氏名,住所等が記載された一覧表が作成され,従業員が相互にメールでやりとりしていた。25本件一覧表(乙24の2)はその一例であるが,同一覧表の作成に関与していた3名の従業員には肩書はなく,本件一覧表の作成は事務系の一般職員の業務として行われていたことがうかがわれる。また,本件一覧表の作成に関与した従業員間のメールの交換(乙23,24の1)の際,顧客情報データにはパスワードは付されていない。このことからすると,原告においては,日常的に,顧客情報がエクセル等で抽出されて使用され,上記3名の従業員5以外の営業担当者や事務系アシスタントも顧客情報に接していた可能性が高い。また,顧客情報のファイルをメールで受け取った者が更に他の従業員に転送し,印刷された顧客情報を従業員が取得した可能性も否定できない。このように,本件ファンドの販売当時に原告に在籍していた従業員であれば,本件ファンドを購入した顧客の氏名及び住所程度の情報であれば,本件10顧客情報管理システムにアクセスしなくても見聞きした情報で容易に知り得たのであるから,被告が退職者から得た本件顧客情報は,本件顧客情報管理システムにアクセスすることで得られた情報ではなく,営業秘密としての顧客情報に該当しない。 3 争点(1)ウ(原告退職者による営業秘密の不正開示行為又は不正取得行為の15介在の有無)について〔原告の主張〕本件顧客情報は,原告の顧客情報へのアクセスが認められた原告退職者が被告に不正に開示したものであり(主位的主張),仮に,同退職者が同情報へのアクセス権限を有していなかったとしても,不正の手段により同情報を入20手して被告に開示したものである(予備的主張)。原告が原告の従業員に本件顧客情報の社外への開示を認めた事実はなく,原告の就業規則等において,会社業務以外のために流用し,他に漏らしてはならないことは従業員の義務として定められているのであるから,原告退職者が被告に本件メモを交付する行為は,「不正開示行為」(不競法2条1項725号)又は「不正取得行為」(不競法2条1項4号)に該当する。なお,本件顧客情報管理システムへのアクセスに関する過去の履歴を調査するには数千万円単位の費用を要する上,調査をしたとしても,本件メモを作成した者を特定することは困難であることから,履歴調査は行っていない。〔被告の主張〕本件メモは,一見して本件顧客情報管理システムで管理されていた顧客名5簿のようなものではなく,原告の従業員から見聞きして作成した範囲で作成可能なものであるから,原告退職者が本件顧客情報システムに不正にアクセスして作成したとは考えられない。原告は,原告退職者が同システムに不正にアクセスして本件メモを作成したのであれば,当然,その作成者を特定できているはずであるが,その特定ができていないのは,原告の顧客情報が厳10重に管理されていなかったことを示している。なお,原告は小規模の証券会社であり,退職者の役職や本件メモの作成経緯を明らかにすると退職者の身元が判明する可能性があり,退職者は弁護士である被告を信用して公益通報的な趣旨で本件メモを被告に交付しているので,退職者の身元の判明につながる情報は開示できない。15 4 争点(1)エ(不正開示行為又は不正取得行為に関する被告の故意又は重過失の有無)について〔原告の主張〕被告は,証券会社の顧客情報という本件顧客情報の性質や弁護士という法律の専門家としての知見から,本件顧客情報が不正に入手され,または不正20に開示されたことを当初から当然に知っていたはずであるから,「不正取得行為が介在したことを知って」(5号)又は「不正開示行為が介在したことを知って」(8号)の要件をみたす。仮に,被告が悪意ではないとしても,本件顧客情報は明らかに原告の未公表の重大情報であり,それが正規のルートによらず被告に提供されているの25であるから,被告が弁護士という法律の専門家たる立場にある点を併せ考えると,被告が原告に問い合わせるなど何の調査もせずにこれを取得することについては重過失があるというべきである。そうすると,被告は,「不正取得行為が介在したことを・・重大な過失により知らないで」(5号)又は「不正開示行為が介在したことを・・重大な過失により知らないで」(8号)本件顧客情報の提供を受けたということができる。5〔被告の主張〕原告は,全国の多数の顧客に本件ファンドを販売して多額の被害を発生させており,原告が顧客に本ファンドを販売した行為に重大な問題があったため,被告は,原告退職者から公益通報の趣旨で情報提供を受け,本件メモに基づいて本件書簡を送付したのであるから,被告の行為は,社会的な相当性10を逸脱するものではなく,不法行為と評価される理由はない。また,被告が退職者の「不正取得行為」ないし「不正開示行為」が介在していることについて悪意ないし重過失であることはない。 5 争点(1)オ(営業上の利益の侵害又は侵害のおそれの有無)について〔原告の主張〕15被告は,現在もなお,記録されたコンピュータのファイル等の磁気媒体又は印字された紙媒体の形で,本件顧客情報を保有している。原告が本件通告書をもって警告したにもかかわらず,第2訴訟を提起した経緯からすれば,被告が今後も本件顧客情報を使用して不正に訴訟勧誘するおそれは十分にあるといえるから,原告の営業上の利益が侵害されるおそれがある。20よって,原告は,被告に対し,本件顧客情報の複製及び使用の差止め,並びに第三者に対する開示の禁止を求めるとともに,侵害の行為を組成した物として本件メモ以外の顧客情報の印刷物やコンピュータファイル等の電磁的記録の破棄を求める。〔被告の主張〕25否認ないし争う。被告は,原告の顧客情報に関し,本件メモに記載された情報以外の情報は元々保有しておらず,本件メモは本件書簡送付後に廃棄している。 6 争点(2)(所有権に基づく本件メモの返還請求権の有無)について〔原告の主張〕被告は,原告の退職者から受領した本件メモを被告の法律事務所で保管して5占有している。本件メモは原告の事務所において作成されたもので原告の所有物であるから,原告は,所有権に基づき,同メモの返還を求める。被告は同メモを既に廃棄したため存在しないと主張するが,弁護士が案件に関係する当事者等から入手した資料を廃棄することは,その通常業務のあり方からして到底考えられない。10〔被告の主張〕否認する。被告は,本件書簡送付後に本件メモを廃棄しており,現在保有していない。 7 争点(3)(本件秘密保持義務違反の有無)について〔原告の主張〕15第1訴訟の和解条項において本件秘密保持条項が設けられた趣旨は,同訴訟及び同和解の内容等が第三者,特に本件ファンドの他の購入者の知るところとなり,更なる訴え提起等の紛争が惹起されるのを防ぐことにあった。本件秘密保持条項を設けた経緯及び趣旨に照らすと,第1訴訟の原告代理人であった被告も,第1訴訟の原告と同様に,または少なくともこれに準じるものとして,20信義則上,本件秘密保持条項を遵守する義務を負うと解すべきである。被告は,本件秘密保持義務を負うにもかかわらず,第1訴訟の和解内容が記載された本件書簡を原告顧客に送付するとともに,本件ウェブサイトに第1訴訟の和解内容を具体的に記載することにより,本件書簡を受領した者が本件和解調書の具体的内容を把握することを可能とし,さらには本件通告書を受領し25たにもかかわらず,原告ファンドの購入者を代理して第2訴訟を提起したものであり,被告の同行為は不法行為に該当する。〔被告の主張〕否認ないし争う。被告は,第1訴訟の原告の代理人として関与したことにより,信義則上,秘密保持義務を負うと解されるにすぎず,和解調書の名宛人となっているわけで5はない。本件書簡の内容は被害救済に必要な限度に止められたものであり,「大幅な被害回復がなされた実績があり」と表記した以上に和解の具体的な内容を開示しているわけではないし,本件ウェブサイトの記載から,本件和解調書の内容を把握できるものでもない。10原告は全国の多数の顧客に本件ファンドを販売して多額の被害を発生させており,原告による本件ファンドの販売方法には重大な問題があった。被告は,原告の退職者から公益通報の趣旨で情報提供を受け,本件メモの記載に基づいて本件書簡を送付するなどしたのであり,被告の行為によって得られた利益と本件秘密保持義務違反行為により失われた利益とを比較衡量すると前者の方が15後者よりも優先するのであるから,被告の行為は違法性を欠く。 8 争点(4)(被告の行為と損害との相当因果関係の有無及び損害額)について〔原告の主張〕(1) 被告の本件顧客情報の不正取得行為及び不正使用行為(不競法2条1項8号又は5号)又は本件和解調書の秘密保持義務違反行為(民法709条)に20より,原告は,以下の損害を受けた。下記の各損害は,本件顧客情報の不正取得行為及び不正使用行為や本件和解調書の秘密保持義務違反行為のいずれの行為とも相当因果関係が認められる共通の損害であるので,選択的に主張する。ア 原告は,平成26年1月下旬以降,本件書簡を受領した顧客からの連絡25を受けて対応・調査を余儀なくされ,その費用(弁護士費用を含む。)を支出するとともに,原告の従業員がこれに従事することにより原告の通常業務が阻害されたことによる損害を受けた。また,原告は,本件顧客情報の漏えいが判明した後,平成26年12月以降,顧客や関東財務局等に対して個人情報の漏えいに関する対応・調査を余儀なくされ,その費用(弁護士費用を含む。)を支出するとともに,5原告の従業員がこれに従事することにより原告の通常業務が阻害されたことによる損害を受けた。上記による損害(各従業員が調査等に要した時間に各従業員の時給を乗じたものの合計)は,134万5000円を下らない。イ 原告は,被告の行為により証券会社としての信用が毀損されたことによ10る非財産的損害を受けた。これによる非財産的損害は,500万円を下らない。ウ 原告は,本件顧客情報の不正使用行為又は本件秘密保持義務違反行為の防止等のため,本件訴訟手続及びこれに先立って行われた証拠保全手続,仮処分手続の申立てを余儀なくされ,そのために必要な弁護士費用を支出15した。上記による弁護士費用相当額の損害は,本件訴訟の訴額及びこれ以前に申し立てられた仮処分及び証拠保全の申立ての趣旨や内容等に鑑みて,1000万円を下らない。エ 原告は,第2訴訟において,和解金7720万円及び弁護士費用50220万円を支払わざるを得なくなった。これに加えて,第2訴訟に対応するため,その役職員や従業員が裁判の期日に出席するとともに,社内外において会議を行い,主張書面や証拠を精査するなどしており,かかる作業に要した時間に相当する分,通常業務が阻害され消極的損害が生じている。かかる作業に要した費用(各従業員25が調査等に要した時間に各従業員の時給を乗じたものの合計)は,合計234万2000円にのぼる(甲40)。以上による損害の合計は,8400万円を下らない。オ 原告は,上記アないしエの合計額の一部である1億円を請求する。(2) 上記(1)エに関し,仮に,被告の違法行為と第2訴訟の和解金額全額との間に相当因果関係が認められないとしても,被告の違法行為(特に本件秘5密保持義務違反行為)がなければ,第2訴訟の原告が第1訴訟と同様の高額の和解金の支払を求めることはなかったのであるから,第2訴訟の和解金額と被告の違法行為がなければ支払うことになったであろう和解金額相当額との差額は,被告の違法行為と相当因果関係のある損害である。また,仮に,被告の違法行為と第2訴訟の弁護士費用全額との間に相当10因果関係が認められないとしても,被告の違法行為がなければ,第2訴訟において第1訴訟を基礎とした和解金の和解交渉がされることはなかったはずであるから,第2訴訟の和解期日以降に発生した弁護士費用は,被告の違法行為と相当因果関係のある損害である。〔被告の主張〕15(1) 上記〔原告の主張〕(1)アないしオは,いずれも否認ないし争う。ア 原告は,被告による本件顧客情報の漏えいによって,調査や当局対応等で多大な時間と労力を余儀なくされたことにより損害を被ったと主張するが,通常,不法行為に基づく訴訟が提起される場合であっても,訴訟のための打合せや当該事件に対する対策のための会議や連絡等について,それ20に要した費用や手間が損害賠償請求の対象とされることはない。しかも,原告の提出した証拠(甲39,44)には,「社内会議」,「監査役連絡会」,「打ち合わせ」,「東京財務事務所訪問」等と記載されているにとどまり,これらの具体性を欠く証拠をもって原告の主張する調査や対応が行われたと認めることもできない。25イ 原告は,被告の行為により証券会社としての信用が毀損されたと主張するが,被告は本件ファンドの被害者に本件書簡を送付したにすぎず,不特定又は多数の者に情報を漏えいしたわけではないので,被告の行為によって原告の証券会社としての信用が失墜したとは考えられない。ウ 原告は,証拠保全手続や仮処分手続で要した弁護士費用を損害と主張するが,証拠保全手続に要した弁護士費用が損害賠償請求の対象とされるこ5とはなく,原告が自らの判断で証拠保全の申立てを行った以上,その弁護士費用は自ら負担すべきである。また,仮処分手続については,その必要性は認められないとして却下されたのであるから(乙2,10),その弁護士費用が損害となることはない。エ 原告は,第2訴訟で要した弁護士費用や和解金が本件の損害であると主10張するが,同訴訟は,原告が追加訴訟の原告等に対して本件ファンドを販売して多額の損害を与え,その販売方法に重大な問題があったからこそ提起されたものであり,原告が支払った和解金等は原告の違法行為に起因して生じた実体法上の義務の履行であって,被告の行為によって発生した損害ではない。15また,原告は,第2訴訟への対応のために原告従業員が弁論準備手続等の出席,社内会議,弁護士との打合せ等に要した費用が本件の損害であると主張するが,こうした費用は損害として被告に対して請求することはできず,また,原告の提出した証拠(甲40,45)は客観性を欠き,証拠としての信用性が乏しい。20(2) 上記〔原告の主張〕(2)の主張は,否認ないし争う。第4 当裁判所の判断 1 認定事実前提事実に加え,当事者間に争いのない事実,証拠(後記文中及び末尾掲記の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。25(1) 原告における顧客情報の管理状況についてア 顧客情報管理システムによる顧客情報の管理原告は,平成15年6月以降,原告が取り扱う金融商品に関する顧客情報を本件顧客情報管理システムにより管理していた。本件顧客情報管理システムは,社内の手続に基づきIDとパスワードを付与された者のみが,与えられた権限の範囲内で,社内のパソコンからアクセスすることができ5るようになっていた。本件顧客情報管理システムには,原告の顧客の氏名,郵便番号,住所,電話番号,金融商品の保有数,原告担当者(部店コード/扱者コード/担当者氏名)等の顧客情報がデータベース化されて一括管理されていた。(甲28,35,43)イ 原告の就業規則,誓約書等10原告の就業規則第53条⑰(甲7)には「会社の…記録媒体,情報資産の一切は会社に帰属し,それらを会社業務以外のために流用したり,機密事項…を他に漏らしてはならない」と規定され,従業員に対し,顧客情報を含む情報の目的外使用及び会社外への流出を禁止している。また,原告は,原告の役員や従業員が原告に入社又は退社する際には15「誓約書」を徴求し,顧客に関する情報を第三者に開示,漏えい等しないことを約束させていた。(甲8の1・2)さらに,原告は,「個人情報取得時の取扱いに関する規則」(甲23)に基づき,従業員に対し,原告の保有する顧客情報の取扱いについて関係法令等を遵守すべきことを周知するとともに,「個人情報取扱運用細則」(甲2033)及び「個人情報取扱運用規則」(甲34)に基づき,従業員に対し個人情報に関する研修や個人情報の管理についての点検を行っていた。(なお,上記認定事実は,弁論の全趣旨により,本件メモの作成時点において存在したものと認められる。)。ウ 原告の「STARシステムに係る利用規定」(平成17年制定。甲28)25によれば,①「営業・資産管理本部」においては,営業アシスタントに担当する営業部店の全顧客に関するアクセス権限が付与され,②「法人本部」においても,営業アシスタントに同本部が担当する全顧客に関するアクセス権限が付与され,③「エクイティ・トレーディング部」においては,部員に対して各1台の端末の設置が認められ,「執行店機能に関するアクセス権限」が付与されている。5(2) 平成20年7月頃,原告の商品本部商品企画部(当時)に所属するC(以下「C」という。)が,本件ファンドの過去のパフォーマンスに関する訂正文書(甲18)を送付するため,ファイナンス・ソリューション部に所属するD(以下「D」という。)に対し,本件ファンドの投資家の名前,郵便番号,住所,担当者名の記載されたリストの作成を依頼したところ,Dに代わ10り,同本部トレーディング部に所属するE(以下「E」という。)から顧客リストに関するファイルを受領した。その後,Cは,同ファイルを送付用のラベルとして使用できる形式に加工し,ファイル名を「N1住所.xls」(乙24の2)としてメールに添付し,宛名ラベルの印刷作業をDに依頼した。15Cは当時課長の職にあり,D及びEは役職のない従業員であったところ,上記3名の所属する部署は「STARシステムに係る利用規定」(甲28)の適用上は「エクイティ・トレーディング部」に該当する。そして,上記3名の間でやりとりされた顧客情報に関するファイルには,いずれについてもパスワードは付されていなかった。(以上,甲31,乙23,24)20 2 争点(1)ア(被告が原告退職者から提供を受けた情報の内容)について被告が原告退職者から提供を受けた情報について,原告は,本件ファンドの購入者の氏名及び住所のほかに,その電話番号,口座番号,原告における担当者の氏名,部店コード,扱者コード,原告より購入した金融商品の保有口数の全部又は一部が記載されていたと主張する。25しかし,本件訴訟において,本件メモは証拠として提出されておらず,被告が,原告退職者から,原告の主張するような各種の顧客情報の提供を受けたと認めるに足りる客観的な証拠は存在しない。したがって,被告が原告退職者から受領した本件メモに記載されていたのは,被告の自認する範囲の情報,すなわち,複数の本件ファンド購入者の氏名及び住所であったと認めるのが相当であり,原告の主張するその他の顧客情報につ5いては,被告がこれを原告退職者から受領したと認めることはできない。 3 争点(1)イ(本件顧客情報の営業秘密該当性)について原告は,被告が原告退職者から受領した顧客情報が別紙第1目録記載の顧客情報であることを前提として,同情報は本件顧客情報管理システムにより厳重に管理されており,不競法2条6項の「営業秘密」に該当すると主張する。10この点,確かに,前記認定事実(上記1(1)アないしウ)によれば,本件顧客情報管理システムで管理された情報にアクセスすることができる従業員は社内の利用規程等により一定の範囲に限定され,また,原告の就業規則等においても原告の顧客情報の第三者への漏えいや開示が禁止されていたと認められ,これによれば,同システムで管理されている顧客情報(本件ファンドの購入者の15氏名,住所等を含む。)は,秘密管理性,有用性,非公知性の各要件を充足し,不競法2条6項の「営業秘密」に該当すると認めることができる。このように,原告においては本件ファンドの購入者の氏名,住所も本件顧客情報管理システムによって管理されており,その営業秘密性は肯認し得るものの,他方で,本件メモに記載されていたのは,原告の主張するような別紙第120目録記載の顧客情報ではなく,本件ファンドの購入者の氏名及び住所であったと認められることは前記判示のとおりである。 4 争点(1)ウ(原告退職者による営業秘密の不正開示行為又は不正取得行為の介在の有無)について(1) 原告は,主位的に,被告に提供された顧客情報は,原告の顧客情報へのア25クセスが認められた原告退職者が被告に不正に開示したものである(不競法2条1項7号)と主張する。しかし,原告退職者の氏名はもとより,同人が所属していた部署や役職も明らかではなく,同人が本件顧客情報管理システムへのアクセス権限を有していたと認めるに足りる客観的な証拠は存在しない。したがって,原告の上記主張は理由がない。5(2) 原告は,予備的に,仮に,原告退職者が被告に提供した顧客情報へのアクセス権限を有していなかったとしても,同人は不正の手段により同情報を入手して被告に開示したものである(不競法2条1項4号)と主張する。しかし,原告退職者が本件メモに記載された情報を入手した経緯,相手先,原告退職者が原告に在籍中かどうかも含めその時期,入手方法等は不明であ10り,単に原告退職者が原告に在席していたとの事実から,同人が不正の手段により本件顧客情報を取得したと推認することもできない。また,前記認定事実(1(1)ウ,(2))によれば,原告において,本件顧客情報管理システムにアクセスすることのできる者は,役職のない者も含め比較的広範であり,また,C等が本件一覧表を作成した際に,パスワードを付15すことなく顧客情報を含むファイルをメールで送受信していたとの事実が示すとおり,本件ファンドのような金融商品の顧客の氏名,住所等は原告の業務において日常的に使用され,これらの情報を含むファイルがパスワードを付すことなく関連する部署の従業員間でやりとりされ,本件一覧表のような形で印刷されることもあったものと認められる。そうすると,原告退職者が20本件メモを作成した当時,同人が不正な手段によることなく本件メモに記載された情報に接する機会は十分にあり,不正手段を講じないと同情報を入手することができない状況にあったということもできない。以上によれば,本件退職者が本件メモに記載された情報を不正の手段により取得したと認めることはできない。25(3) したがって,被告の行為が不競法2条1項5号及び8号にいう不正競争行為に該当すると認めることはできず,原告の不競法に基づく請求はいずれも理由がない。 5 争点(2)(所有権に基づく本件メモの返還請求権の有無)について原告は,本件メモが原告の所有物であると主張するが,原告退職者が原告の所有するコピー用紙を使用したと認めるに足りる証拠はなく,同メモが原5告の所有物であるということはできない。また,被告は同メモを既に破棄したと主張するところ,被告が現在も同メモを保有していると認めるに足りる証拠はない。したがって,原告の所有権に基づく本件メモの返還を求める請求は理由がない。10 6 争点(3)(本件秘密保持条項違反の有無)について(1) 第1訴訟における本件秘密保持条項は「原告は,本件及び本和解条項の内容の一切を第三者に口外しないことを確認する」というものであり,同条項の義務を負う主体はその記載上当事者であるとされているが,当然の前提として,第1訴訟の原告代理人である被告は本人と同様の秘密保持義務を負う15というべきである。(2) 本件ウェブサイトの「当事務所の金融取引紛争の解決実績」というページにおける記載は,「当事務所の解決事例」の1つとして「損害の8割(約2500万円)の支払いを受けて和解した(平成25年11月東京地裁和解)」(判決注:「11月」は「12月」の誤記であると認められる。),「国内20証券会社より,ヘッジファンドの投資する投資信託を購入して損失を被った事例で,損失金額の約8割(約2500万円)の支払いを受けて解決した。」というものであり,同記載は,第2事件の事件番号や当事者名等の記載はないものの,第1訴訟の概要及びその和解内容及び和解成立時期を具体的に開示したものということができる。25そうすると,本件ウェブサイトの上記記載を掲載したことについては,被告に本件秘密保持義務違反が認められる。この点について,被告は,原告の退職者から公益通報の趣旨で情報提供を受けたものであり,被告の行為によって得られた利益と本件秘密保持義務違反行為により失われた利益とを比較衡量すると前者の方が後者よりも優先するのであるから違法性を欠くと主張するが,本件ファンドの購入者に対して5訴訟提起を勧誘することが本件秘密保持義務違反の違法性を阻却するに足りる公益性を有するということはできない。(3) 原告は,「<N1ファンド>の販売は,このような虚偽情報に基づく違法な勧誘行為であったため,既に大幅な被害回復がなされた実績があります。」と記載して,本件書簡を送付する行為についても,本件秘密保持義務に違反10すると主張する。しかし,上記記載は,本件ファンドの購入者が受けた被害について,大幅な被害回復がされたという抽象的な事実を内容とするにとどまり,同記載から,第1訴訟の存在やその和解条項の内容を推知することはできない。また,本件書簡においては,その末尾に被告の所属する法律事務所のウェブサイト15(本件ウェブサイト)のアドレスが記載されているが,「大幅な被害回復がなされた」実績として,同ウェブサイトの「当事務所の金融取引紛争の解決実績」というページが明示的に参照されているものではなく,単に書簡の末尾に本件ウェブサイトのアドレスが記載されているにとどまることからすると,本件書簡の受領者が本件ウェブサイトにおける上記ページを参照した可20能性が高いということはできず,また,同受領者が本件ウェブサイトの上記ページを閲覧したと認めるに足りる証拠もない。そうすると,本件書簡における記載については,本件秘密保持義務に違反しているということはできない。 7 争点4(被告の行為と損害との相当因果関係の有無及び損害額)について25(1) 前記のとおり,被告には,本件ウェブサイトにおける第1訴訟の和解内容等の記載について本件秘密保持義務違反が認められるところ,以下のとおり,本件ウェブサイトの上記記載の掲載行為と原告主張に係る損害との間には相当因果関係があるということはできず,または損害の発生を認めるに足りる証拠はない。ア 原告は,本件書簡を受領した顧客からの連絡を受けて対応・調査を余儀5なくされたとして,その費用(弁護士費用を含む。)等が本件の損害であると主張するが,そもそも原告が本件書簡を受領した顧客からいかなる連絡を受け,いかなる対応・調査を行ったかを具体的・客観的に示す証拠はない。また,本件ウェブサイトに第1訴訟の和解内容を掲載した行為と原告の主張する調査・対応との間に相当因果関係があるということもできな10い。また,原告は,関東財務局等に対して個人情報の漏えいに関する対応・調査を余儀なくされたとして,その費用(弁護士費用を含む。)が本件の損害であると主張するが,その調査内容等は証拠上明らかではない上,上記調査等は原告の顧客情報の漏えいに起因するものであり,本件ウェブサ15イトに第1訴訟の和解内容を掲載した行為との間に相当因果関係があるということはできない。イ 原告は,被告の行為により証券会社としての信用が毀損されたことによる非財産的損害を受けたと主張するが,本件ウェブサイトに第1訴訟の和解内容を掲載したことにより原告の信用が毀損されたと認めるに足りる証20拠はない。ウ 原告は,本件秘密保持義務違反の防止等のため,本件訴訟手続及びこれに先立って行われた証拠保全手続,仮処分手続の申立てを余儀なくされ,そのために要した弁護士費用が損害であると主張するが,そもそも証拠保全手続に要した費用は原告が負担すべきものであり,また,仮処分手続に25おいては,本件秘密保持義務違反の主張もされていないのであり,原告の主張には理由がない。エ 原告は,第2訴訟において支払わざるを得なくなった和解金や弁護士費用などが本件の損害であると主張するが,前記認定のとおり,原告は,第2訴訟において,裁判所の「少なくとも投資判断に影響を与える販売用資料に過去の運用実績そのものではないデータをパフォーマンスデータとし5て記載したことは認めることができる」との見解に基づき,自らの意思で請求額の5割を超える和解金を支払ったものであり,同和解金及び第2訴訟の弁護士費用の支払と,本件ウェブサイトに第1訴訟の和解内容を掲載した行為との間に相当因果関係があるということはできない。なお,原告は,予備的に,①本件秘密保持義務違反行為がなければ,第102訴訟の原告が第1訴訟と同様の高額の和解金の支払を求めることはなかったとして,第2訴訟の和解金額と被告の違法行為がなければ支払うことになったであろう和解金額相当額との差額,②本件秘密保持義務違反行為がなければ,第2訴訟において第1訴訟を基礎とした和解金の和解交渉がされることはなかったとして,第2訴訟の和解期日以降に発生した弁護士15費用が,それぞれ,被告の本件秘密保持義務違反と相当因果関係のある損害であると主張する。しかし,第2訴訟における和解内容が,本件秘密保持義務違反の有無により左右されたと認めるに足りる証拠はなく,原告の予備的主張は理由がない。20(2) したがって,本件秘密保持義務違反に基づく原告の請求は理由がない。 8 結論よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第40部裁判長裁判官佐 藤 達 文裁判官三 井 大 有裁判官遠 山 敦 士別紙第 1 目 録被告が,平成26年1月以前に,原告を退職した者から入手した,原告が平成20年3月1日より公募を開始した「N1グローバル・ファンド」の購入者(F,G,H,I,J,K,L,M,Nの全部又は一部を含む。)の顧客情報(当該購入者の5氏名,郵便番号,住所,電話番号,口座番号,原告における担当者の氏名,部店コード,扱者コード,原告より購入した金融商品の保有口数の全部又は一部を含む。)第 2 目 録被告が,平成26年1月以前に,原告を退職した者から手渡された,原告が平成20年3月1日より公募を開始した「N1グローバル・ファンド」の購入者(F,G,H,I,J,K,L,M,Nの全部又は一部を含む。)の顧客情報(当該購入者の15氏名,郵便番号,住所,電話番号,口座番号,原告における担当者の氏名,部店コード,扱者コード,原告より購入した金融商品の保有口数の全部又は一部を含む。)が記載された原告所有のメモ用紙 |
事件の概要 | 本件は,原告(証券会社)が,被告(弁護士)に対し,①被告が原告の販 売するファンドの購入者を代理して原告に対する訴え(後記第1訴訟)を提 起し,当該訴えが和解で終了した後,原告を退職した者から,営業秘密であ る同ファンドの他の購入者の顧客情報が記載されたメモを入手した上で,当5 該顧客に書簡を送付するなどして訴訟提起を勧誘し,同顧客の代理人として 追加的な訴え(後記第2訴訟)を遂行するなどしたことが,不正競争防止法 (以下「不競法」という。)2条1項8号(主位的)又は同項5号(予備的) の不正競争行為に該当すると主張して,不競法3条1項及び2項に基づき, 顧客情報の使用等の差止め及び同情報が記載された印刷物等の廃棄,並びに,10 不競法4条及び民法709条に基づき,合計1億円の損害賠償金及び不法行 為日である平成26年8月8日(第2訴訟の提起日)から支払済みまで年5 分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②上記メモの所有権に 基づき,その返還を求め,③上記第1訴訟の和解調書で規定された秘密保持 条項に違反して,当該和解内容を上記書簡やウェブサイトに掲載するなどし15 たことが不法行為を構成すると主張して(上記①と選択的な主張),民法7 |
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