平成30(ワ)16555特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
令和1年10月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告積水メディカル株式会社 原告ベー・エル・アー・ハー・エム・エ
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対象物 |
敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び物質 |
法令 |
民事訴訟
特許法101条5号13回 特許法101条4号6回 特許法29条1項3号4回 特許法102条3項2回 特許法36条4項1回
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キーワード |
実施37回 侵害21回 間接侵害15回 進歩性14回 新規性12回 特許権10回 無効6回 損害賠償2回 差止2回 刊行物1回 ライセンス1回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。20
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
本件は,発明の名称を「敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及
び物質」とする特許の特許権者である原告が,別紙物件目録記載1の装置(以下10
「被告装置」という。),同目録記載2のキット(以下「被告キット」という。)及
び同目録記載3のコントロール(以下「被告コントロール」といい,「被告装置」,
「被告キット」及び「被告コントロール」を併せて「被告製品」という。)を用い
る敗血症及び敗血症様全身性感染の検出に係る方法(以下「被告方法」という。)
が,上記特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)15
の技術的範囲に属し,被告による被告装置の製造,譲渡,輸入,貸渡し,譲渡又
は貸渡しの申出(以下「製造等」という。)が上記特許権の間接侵害(特許法10
1条5号)に当たり,被告による被告キット及び被告コントロールの製造等(た
だし,被告キット及び被告コントロールについては貸渡し及び貸渡しの申出を除
く。以下同じ。)が上記特許権の間接侵害(被告キットについては同条4号,被告20
コントロールについては同条4号又は5号)に当たると主張して,被告に対し,
①同法100条1項に基づき,被告製品の製造等の差止め,②同条2項に基づき,
被告製品の廃棄を求めるとともに,③民法709条,特許法102条3項に基づ |
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判決文
令和元年10月29日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成30年(ワ)第16555号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 令和元年8月22日
判 決
原 告 ベー・エル・アー・ハー・エム・エ
ス・ゲーエムべーハー
同訴訟代理人弁護士 古 城 春 実
10 同 牧 野 知 彦
同訴訟代理人弁理士 松 谷 道 子
同 田 村 啓
同 呉 英 燦
同 坂 田 啓 司
被 告 積 水 メ デ ィ カ ル 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 村 田 真 一
主 文
20 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
25 1 被告は,別紙物件目録記載1の製品を製造し,譲渡し,輸入し,貸し渡し又は
譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
2 被告は,別紙物件目録記載2の製品を製造し,譲渡し,輸入し,譲渡の申出を
してはならない。
3 被告は,別紙物件目録記載3の製品を製造し,譲渡し,輸入し,譲渡の申出を
してはならない。
5 4 被告は,その占有にかかる第1項ないし第3項記載の各製品を廃棄せよ。
5 被告は,原告に対し,金1500万円及びこれに対する平成30年6月7日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,発明の名称を「敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及
10 び物質」とする特許の特許権者である原告が,別紙物件目録記載1の装置(以下
「被告装置」という。,同目録記載2のキット(以下「被告キット」という。
) )及
び同目録記載3のコントロール(以下「被告コントロール」といい,
「被告装置」,
「被告キット」及び「被告コントロール」を併せて「被告製品」という。)を用い
る敗血症及び敗血症様全身性感染の検出に係る方法(以下「被告方法」という。)
15 が,上記特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)
の技術的範囲に属し,被告による被告装置の製造,譲渡,輸入,貸渡し,譲渡又
は貸渡しの申出(以下「製造等」という。)が上記特許権の間接侵害(特許法10
1条5号)に当たり,被告による被告キット及び被告コントロールの製造等(た
だし,被告キット及び被告コントロールについては貸渡し及び貸渡しの申出を除
20 く。以下同じ。)が上記特許権の間接侵害(被告キットについては同条4号,被告
コントロールについては同条4号又は5号)に当たると主張して,被告に対し,
①同法100条1項に基づき,被告製品の製造等の差止め,②同条2項に基づき,
被告製品の廃棄を求めるとともに,③民法709条,特許法102条3項に基づ
き,損害賠償金1500万円及びこれに対する不法行為後の日である平成30年
25 6月7日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認められる事実)
当事者
ア 原告は,ドイツ連邦共和国の法人であり,分析機器,診断用試薬等の製造,
5 販売,輸出等を業としている。原告は,日本のライセンスパートナーを通じ
て,プロカルシトニンを測定する測定機器及びプロカルシトニン測定用試薬
(テストキット)の販売を行っている。
イ 被告は,医療機器,試薬,医薬品等の製造,販売,輸入,輸出等を業とす
る株式会社である。
10 原告の特許権(甲1,2)
ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」
といい,その特許出願の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」
という。)の特許権者である。
特 許 番 号 第5215250号
15 出 願 日 平成21年6月26日
(特願2009-152844号)
登 録 日 平成25年3月8日
優 先 日 平成10年10月15日
発明の名称 敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び
20 物質
イ 本件特許権の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む,敗
血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法。」
ウ 本件発明は,次のとおり,構成要件に分説することができる(以下それぞ
25 れの構成要件を「構成要件A」などという。。
)
A 患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む,
B 敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法。
被告の行為
被告は,平成29年8月ころから,日本国内の医療機関,研究機関等に向け
て,被告製品の製造等を行っている。
5 被告方法(甲7の1ないし7の4)
被告装置は,試薬表面上の反射光強度を連続的に測定し,測定結果に基づい
て試薬の測定対象の濃度値を算出するものであり,被告キットは,検体中のプ
ロカルシトニンを検出するために用いられる被告装置の専用試薬である。
被告コントロールは,被告キットを使用して,血漿又は全血中のプロカルシ
10 トニンの濃度を測定する際に,被告装置による測定精度を管理するために用い
るものである。
被告製品は,一体として,検体中のプロカルシトニンを検出し,敗血症及び
敗血症様全身性感染(以下「敗血症等」という。)の診断に用いられるもので
あるが,被告方法による測定は,プロカルシトニン1-116とプロカルシト
15 ニン3-116とを区別してそれぞれの濃度を測定することはできない。
2 争点
被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 「血清中で・・・測定する」の充足性(構成要件A)(争点1-1)
イ 「プロカルシトニン3-116を測定する」の充足性(構成要件A)
(争点
20 1-2)
被告装置及び被告コントロールについての間接侵害の成否
ア 被告装置は特許法101条5号に該当するか(争点2-1)
イ 被告コントロールは特許法101条4号又は5号に該当するか(争点2-
2)
25 無効の抗弁の成否(争点3)
ア 乙4による新規性・進歩性欠如(争点3-1)
イ 乙6による新規性・進歩性欠如(争点3-2)
ウ 乙7による新規性・進歩性欠如(争点3-3)
エ 本件特許は特許法36条4項に違反しているか(実施可能要件違反)(争
点3-4)
5 オ 本件特許は特許法29条1項柱書に違反しているか(産業上利用可能性欠
如)(争点3-5)
損害の発生の有無及びその額(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
⑴ 争点1-1(「血清中で・・・測定する」の充足性)
10 (原告の主張)
ア 血漿及び全血のいずれにおいても,血清はその一部を構成するものである
ところ,被告製品は,血清成分を含む血漿又は全血を検体とするものであり,
かつ,プロカルシトニン3-116は血清中に存在するものである以上,被
告製品は,血清成分に含まれるプロカルシトニン3-116を測定しており,
15 「患者の血清中で・・・測定する」ものに該当する。
イ これに対し,被告は,①本件明細書において,
「血清」との用語を「血漿」
や「血中」と区別して用いていること,②いずれを検体とするかによって診
断結果が異なることがあり(乙12~15),血液の検査においてこれらの
区別が重要であることは,本件発明の優先日前における技術常識であるなど
20 と主張する。
しかし,本件明細書には,プロカルシトニンを検出する対象として「血清」,
「血漿」「全血」を区別するような記載は一切なく,むしろ,プロカルシト
,
ニンを検出する対象としては,
「血清中」や「血中」といった用語を特に区別
することなく用いている(段落【0007】
【0014】。また,原理的には
)
25 同じ数値になるとの期待があるからこそ異なる測定値となることをわざわ
ざ論文で公表しているのであり,一般論として血清と血漿とで測定値が大き
く異なると当業者が考えるなどということはできないのであり,被告の主張
には理由がない。
ウ 被告は,
「血清中で」は,原告が審査経過において補正により限定したもの
であるとも主張するが,審査過程では,請求項1全体を「患者の血清中でプ
5 ロカルシトニン3-116を測定することを含む,敗血症及び敗血症用全身
性感染を検出するための方法。」に補正した上で,プロカルシトニン3-1
16を測定することにより敗血症を検出できるという技術的特徴が,いずれ
の引用文献にも記載も示唆もされていないと主張したものであり,被告の主
張には理由がない。
10 エ 被告は,血液を用いた診断方法においては,血清,血漿,全血のいずれを
検体とするかによって診断結果が異なることがあるとして,乙3を挙げる。
しかし,乙3は本件発明の優先日後の文献であり,乙3に記載された事項が
本件発明の優先日当時の技術常識であったとはいえないし,乙3発明の優先
日後の原告の認識がいかなるものであったかは,本件特許請求の範囲の記載
15 の解釈の基礎となるものではない。
(被告の主張)
ア 本件明細書に記載されている実験は,いずれも血清を対象として行われた。
出願人が,患者の血清だけでなく,血漿からもプロカルシトニンの測定を行
うことの可能性を認識しながら(段落【0002】,本件特許請求の範囲に
)
20 おいてあえて「血清」との用語を用いているのは,本件発明の方法を,血清
を検体とする測定する方法に限定して捉えていたからである。そして,「血
清中で」測定を行うということは,検体として血清を調製し,これを対象に
測定を行うことを意味するのであるから,本件特許請求の範囲における「血
清中で・・・測定する」との文言は,
「血清を検体として」測定することを意
25 味するものである。
イ 被告キットの添付文書の「使用目的」において,
「血漿又は全血」中のプロ
カルシトニンを測定することが記載され,同文書の「全般的な注意」におい
て,「記載された使用方法及び使用目的以外での使用については,測定値の
信頼性を保証しかねます。」と記載されているように,被告キットで用いら
れる検体は,
「血漿又は全血」のみであり,
「血清を検体として」測定するも
5 のではないから,被告キットは患者の「血清中で」測定を行うものではなく,
構成要件Aのうち,「血清中で・・・測定する」を充足しない。
また,本件明細書においても「血清」との用語は,血漿などとは区別され
て用いられ,本件明細書に記載された実験においても血清のみを検体として
いること,審査過程において,出願人たる原告自らが「血清」中で測定を行
10 う場合に限定するような形で補正していること(乙8)に照らすと,原告が
本件発明の方法を,血清を検体として測定する場合に限定する趣旨で,特許
請求の範囲においてあえて「血清」の用語を用いたことは明らかであるから,
原告が主張するような不自然な解釈をとることは許されない。
ウ 原告は,被告製品で用いられる検体は血清成分を含む血漿又は全血である
15 から,被告製品は,患者の血清中でプロカルシトニンを測定するものである
と主張する。しかし,原告の主張は,①「血清中で・・・測定する」との構
成要件中の文言とは整合しない上,②血液を用いた診断方法においては,血
清,血漿,全血のいずれを検体とするかによって診断結果が異なることがあ
り,血液の検査においてこれらの区別が重要であることは,本件発明の優先
20 日前における技術常識であるにも関わらず(乙2ないし4,12ないし15),
検体を用いて診断を行うということを捨象し,また,本件特許請求の範囲に
記載のない「成分」との用語を持ち出して,単に科学的事実として血漿又は
全血が血清成分を含むと主張するものであって,原告の主張は失当である。
⑵ 争点1-2(「プロカルシトニン3-116を測定」の充足性)
25 (原告の主張)
ア 被告方法による測定は,プロカルシトニン1-116とプロカルシトニン
3-116とを区別してそれぞれの濃度を測定することはできないが,本件
発明は,敗血症等を検出することを技術的思想とするものであるから,敗血
症等を検出できるのであれば,プロカルシトニン3-116を測定するにあ
たって他のプロカルシトニンが混在していたとしてもよく,プロカルシトニ
5 ン3-116を他のプロカルシトニンと区別して特異的・選択的に測定する
ことまでは必要ではないから,被告製品は「プロカルシトニン3-116を
測定」するものに該当する。
イ 請求項1において,いずれの測定手段を用いるかについては何ら限定がさ
れておらず,本件明細書の実施例(段落【0062】【表3】)においても,
10 プロカルシトニンの濃度の測定がプロカルシトニン3-116を特異的・選
択的に測定することが困難なイムノアッセイによって敗血症等の診断が実
施されているのであるから,当業者が,請求項1の「プロカルシトニン3-
116を測定する」との記載を,プロカルシトニン3-116をプロカルシ
トニン1-116と区別して特異的・選択的に測定する場合に限定されると
15 解釈することは考えられない。
また,本件明細書に記載されているとおり,敗血症患者の血清中に存在す
るプロカルシトニンの濃度は,健常者のそれと比較して平均値で2桁以上高
くなっているだけでなく(【表3】,敗血症患者の血中で増加するプロカル
)
シトニンの大部分がプロカルシトニン3-116なのである(段落【003
20 0】
【0035】)から,患者の血中に存在するプロカルシトニンをイムノア
ッセイによって測定すれば,その濃度は,おおよそプロカルシトニン3-1
16の濃度であり,プロカルシトニン3-116を測定しているといえるし,
測定されたプロカルシトニン3-116の濃度は敗血症等の診断に必要な
精度となっていると当業者は理解することが可能である。
25 ウ 被告は,本件発明の技術的特徴は,従来知られていなかった敗血症患者に
のみ存在するプロカルシトニン3-116をプロカルシトニン1-116
と区別して測定することにより敗血症等を従来よりも高感度で検出すると
いう課題を解決することにあることに照らすと,「プロカルシトニン3-1
16を測定する」との用語は,「プロカルシトニン3-116のみを測定す
る」ものと解釈されるべきであると主張し,その根拠として,審査過程にお
5 ける原告の意見書(乙8)を指摘する。
しかし,原告は,審査過程において,プロカルシトニン3-116のみを
特異的・選択的に測定する方が,通常のイムノアッセイを用いて測定する場
合に比べて「高感度」になると主張したのではなく,上記のような技術的特
徴がいずれの引用文献にも記載も示唆もされていないということを主張し
10 たに過ぎない。
(被告の主張)
ア 「測定」との用語は,本来的に「量を測ること」
(乙9,乙10)を意味す
るものであるから,対象物が他の物と混在するような場合には,当該対象物
を他の物と区別して測ることができなければ,対象物を「測定する」とはい
15 えない。また,本件発明の課題は,従来知られていなかった敗血症患者にの
み存在するプロカルシトニン3-116をプロカルシトニン1-116と
区別して測定することにより敗血症等を従来よりも高感度で検出するとい
うものであり,本件発明はこれを解決するものである。
そうすると,
「プロカルシトニン3-116を測定する」との用語は,プロ
20 カルシトニン3-116のみを特異的・選択的に測定することを意味すると
解釈されるべきである。
イ これに対し,原告は,本件明細書の「特許発明の課題」には,本件発明の
課題が敗血症等を従来よりも高感度で検出することであるとの記載はなく,
被告の解釈は本件明細書に基づかない独自の解釈であると主張する。
25 しかし,本件明細書の「発明の詳細な説明」には,敗血症患者の血清中に
おいて高濃度で検出可能なプロカルシトニンが,プロカルシトニン3-11
6であることが発見されたことが記載されているし(段落【0010】,本
)
件発明の審査経過においても,プロカルシトニン3-116を患者の血清中
で測定することにより,敗血症等を高感度に検出できるという技術的特徴が
従来技術との差として主張されて本件特許が付与されたのであるから,プロ
5 カルシトニン3-116をプロカルシトニン1-116と区別しないで測
定する方法も本件発明に含まれるとする原告の主張には理由がない。
ウ また,原告は,本件明細書の実験(段落【0062】)におけるプロカルシ
トニン濃度の測定がプロカルシトニン3-116を選択的・特異的に測定す
ることが困難なイムノアッセイによって実施されているとも主張する。
10 しかし,上記実験はプロカルシトニン以外のプロホルモン濃度の測定を目
的としてされたものであるところ(段落【0050】,同実験セクションに
)
プロカルシトニン3-116に関する言及は一切ないし,本件明細書には,
正常な患者の測定結果と敗血症患者の測定結果とを比較すると,測定された
濃度の差異がプロホルモンよりもプロカルシトニンにおいて際立っている
15 ことを示すものである旨の記載があることからすると(段落【0059】
【0
062】
【0063】
【表3】,上記実験は本件発明の実施例として記載され
)
たものではない。
エ さらに,原告は,本件明細書に記載のとおり,敗血症患者の血中で増加す
るプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であることを
20 根拠に,患者の血中に存在するプロカルシトニンを測定すれば,他のプロカ
ルシトニンが混在していたとしても,その濃度は,おおよそプロカルシトニ
ン3-116の濃度であるから,プロカルシトニン3-116を測定してい
るといえるとも主張する。
しかし,敗血症患者の血中に存在するプロカルシトニンをイムノアッセイ
25 によって測定した場合に,その濃度がおおよそプロカルシトニン3-116
の濃度であるということ自体根拠に基づかないものである。仮に,敗血症患
者の血中でプロカルシトニン3-116が優勢であるという関係が存在す
るとしても,敗血症等に罹患しているかどうか分からない患者については,
その血清中のプロカルシトニンとしてプロカルシトニン3-116が優勢
であるとの前提に立つことはできず,プロカルシトニン3-116を特異
5 的・選択的に測定できない従来の測定方法を使用した場合には,プロカルシ
トニンが測定されたとしても,プロカルシトニン3-116の量はもとより
その存在すら検出できず,敗血症等かどうかを判定するという本件発明の課
題を解決することはできないのであるから,原告の主張は失当である。
争点2-1(被告装置についての特許法101条5号の間接侵害の成否)
10 (原告の主張)
ア 本件発明はプロカルシトニン3-116を測定することに関する方法の
発明であるところ,被告キットの添付文書(甲5)の「測定原理」の「2.
特徴 3) の
」 「専用装置と組み合わせた」との記載に示されているとおり,
被告装置は被告キットを用いるための専用品であって,被告キットと被告装
15 置とを組み合わせて初めて,すなわち,被告装置が「試薬表面上の反射光強
度を測定」するからこそ「プロカルシトニン3-116を測定する」ことが
できるのであり,被告装置がなければ,本件発明を実施することは不可能で
あるから,被告装置が「プロカルシトニン3-116を測定する」という「発
明による課題の解決に不可欠なもの」であることは明らかである。
20 また,被告は,被告キットや被告装置が納品された医療機関を認識してお
り,被告キットや被告装置を用いる以上,そこで測定されるのはプロカルシ
トニンを用いた敗血症等の検出という本件発明の実施であるから,被告が被
告装置を譲渡する際に,被告装置が「その発明の実施に用いられることを知」
っていたことは明らかであるし,少なくとも,本件訴状の送達により,被告
25 は,被告装置の販売が本件発明との関係で問題となることを認識するに至っ
ている。
したがって,被告が業として被告装置を製造等する行為は特許法101条
5号の間接侵害に該当する。
イ これに対し,被告は,被告装置は試薬表面上の反射光強度を測定する汎用
装置にすぎず,技術的・原理的には,試薬表面上の反射光強度を測定するこ
5 とができる装置であれば被告装置に代替可能であるし,プロカルシトニンの
測定そのものには関与していないため,被告装置は本件発明の技術的特徴に
特有の成分ないし成分を直接もたらすものには該当せず,被告装置を製造等
する行為は特許法101条5号の間接侵害に該当しないと主張する。
しかし,間接侵害が成立するのは,特許発明の方法の使用に直接用いられ
10 る物を製造等する行為に限定されるとはいえず,むしろ,侵害を惹起する蓋
然性の高い行為については直接使用するか否かに関わりなく一定の範囲で
規制すべきと解釈するのが相当であり,特許法101条5号を被告のように
限定的に解釈する理由はない。また,被告装置が被告キット以外のキットに
も使用できるからといって被告装置が汎用装置となるわけではなく,被告装
15 置は被告キットの専用品であるし,実際の使用においては,被告キットを用
いるのであれば被告装置を用いる他ないのであるから,他の装置と代替可能
であるなどということはできないし,被告キットと被告装置とを組み合わせ
ることで初めてプロカルシトニン3-116を測定することができるので
あるから,被告装置がプロカルシトニンの測定そのものに関与していないと
20 いうことはできず,被告の主張には理由がない。
ウ また,被告は,被告装置が試薬表面上の反射光強度を測定する汎用装置で
あることのほか,被告における試薬キットの取扱状況や被告と卸売業者との
取引状況などを根拠に,被告装置を販売する際,被告としては被告装置が医
療機関においてプロカルシトニンの測定に用いられる抽象的な可能性を認
25 識するにとどまり,「その発明の実施に用いられることを知」りという要件
を充足しないとも主張する。
しかし,ある医療機関に被告装置と被告キットの双方が納品されているの
であれば,当該医療機関において被告方法が実施されていることは確実であ
るし,被告は被告キット及び被告装置が納品された医療機関を認識している
ことを自認しているのであるから,被告は,当該医療機関において被告方法
5 が実施されていることの具体的な認識を有していることは明らかであり,被
告には故意が認められる。
(被告の主張)
ア 特許法101条5号にいう「発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,
それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決され
10 るような部品,道具,原料等,すなわち,当該発明が新たに開示する技術的
特徴に特有の構成ないし成分を直接もたらす,特徴的な部品,原料,道具等
が,これに該当するものと解するのが相当である。
本件発明の技術的特徴は,患者の血清中のプロカルシトニン3-116を
測定することにあるところ,被告製品においてプロカルシトニンを測定する
15 機能を有するのは被告キットのみであり,被告装置は試薬表面上の反射光強
度を測定する汎用装置にすぎず(甲4),プロカルシトニンの測定そのもの
には関与していない。また,被告装置の販売が開始されたのは,被告装置が
BNPに係る測定に関して用いられる装置として販売が開始された平成2
1年1月30日から8年以上経過した後である(乙16,17)ことに照ら
20 せば,被告装置は本件発明とは無関係に用いられてきた汎用装置であり,技
術的・原理的には,試薬表面上の反射光強度を測定することができる装置で
あれば被告装置に代替可能である。
したがって,被告装置は,本件発明の技術的特徴に特有の構成ないし成分
を「直接」もたらすものではないし,何ら「特徴的」なものでもないのであ
25 るから,被告装置は「発明による課題の解決に不可欠なもの」ではなく,被
告装置を製造等する行為について特許法101条5号の間接侵害は成立し
ない。
イ また,特許法101条5号にいう「その物がその発明の実施に用いられる
ことを知りながら」とは,そのような可能性の一般的認識では足りず,当該
物が特定の者によって現実に特許発明の実施に用いられている事実を認識
5 していることを要すると解される。
被告装置は,試薬表面上の反射光強度を測定する汎用装置で,プロカルシ
トニンに係る測定以外にも用いられるものであり,多様な用途があるところ,
被告は,被告装置を譲渡する際に,納品先の医療機関と被告との間に介在す
る卸売業者から医療機関における使用目的を把握できる立場にはなく,確認
10 することもしていない。また,被告キット以外の試薬キットの方が取扱量が
多く,医療機関において被告装置がプロカルシトニンの測定に用いられる蓋
然性が高い状況にもないし,仮に,医療機関がプロカルシトニンの測定のた
めに被告キットと被告装置を卸売業者に同時に発注したとしても,卸売業者
の在庫状況によっては,被告に対しては一方の発注しかないことも十分にあ
15 り得る。このように,被告は,被告装置を販売する際,被告装置が医療機関
においてプロカルシトニンの測定に用いられる抽象的な可能性を認識する
にとどまる。
したがって,被告は,被告装置が特定の者によって本件発明の実施に現実
に用いられているという事実を認識しながら被告装置を譲渡するわけでは
20 ないのであるから,被告装置を製造等する行為について特許法101条5号
の間接侵害は成立しない。
ウ これに対し,原告は,被告キットと被告装置を組み合わせることで初めて
プロカルシトニンを測定することができるとして,被告装置が発明による課
題の解決に不可欠なものであると主張するが,そうであるとしても,上記の
25 とおり,被告装置は本件発明の技術的特徴に特有の構成を直接もたらす特徴
的な部材等に該当するものではないから,原告の主張は失当である。
エ また,原告は,医療機関に対して被告キットの補充をしている以上,被告
装置が本件発明の実施に使用されていることについても被告は認識してお
り,「発明の実施に用いられることを知りながら」という要件を充足すると
も主張する。しかし,被告装置は試薬表面上の反射光強度を測定する汎用装
5 置であることのほか,被告における試薬キットの取扱状況や被告と卸売業者
との取引状況などに照らせば,被告は,被告装置を販売する際に,被告装置
が医療機関においてプロカルシトニンの測定に用いられる抽象的な可能性
を認識するにとどまることは上記のとおりであり,原告の主張には理由がな
い。
10 争点2-2(被告コントロールについての特許法101条4号又は5号の間
接侵害の成否)
(原告の主張)
ア 被告コントロールは,被告キット及び被告装置の組合せが所望の測定結果
を示すかどうかを確認することで被告装置による測定精度を管理するもの
15 であって,本件発明の「使用にのみ用いる物」
(特許法101条4号)に該当
するとともに,
「発明による課題の解決に不可欠」
(同条5号)なものに該当
することもまた明らかである。
また,被告装置について主張したのと同様に,被告は,被告装置を保有す
る医療機関に被告コントロールが納品されていることを認識している以上,
20 被告が被告コントロールを譲渡する際,被告コントロールが「その発明の実
施に用いられることを知」っていたことは明らかであるし,少なくとも,本
件訴状の送達により,被告は,被告コントロールが「その発明の実施に用い
られることを知」ったといえる。
よって,被告コントロールを製造等する行為は,特許法101条4号又は
25 同条5号に該当する。
イ これに対し,被告は,「その方法の使用にのみ用いる物」といえるために
は,少なくとも,その特許発明の方法の使用に直接用いる物であることを要
すると解した上で,被告コントロールは,本件発明に直接用いる物ではない
として,特許法101条4号の間接侵害は成立しないと主張する。しかし,
同号にいう間接侵害の典型例のひとつが「金型」であることからも明らかな
5 ように,同号にいう「その方法の使用にのみ用いる物」を被告が主張するよ
うに限定して解釈する理由はない。
ウ また,被告は,被告コントロールは被告装置による測定精度を管理するた
めのものにすぎず,本件発明の技術的特徴に特有の構成をもたらす特徴的な
部材,原料,道具等ではないから,特許法101条5号にいう「発明による
10 課題の解決に不可欠なもの」には該当しないとも主張する。
しかし,間接侵害の規定については,侵害を惹起する蓋然性の高い行為に
ついては直接使用するか否かに関わりなく一定の範囲で規制すべきと解釈
するのが相当であり,特許法101条5号を被告のように限定的に解釈する
理由はない。また,実際の使用において被告キットを用いるには被告コント
15 ロールによる測定精度の管理が不可欠であり,被告コントロールがなければ
被告キットを用いて本件発明を実施することはできないのであるから,被告
コントロールは「課題の解決に不可欠なもの」に該当する。
(被告の主張)
ア 間接侵害の規定の趣旨は,直接侵害を誘発する蓋然性が高い行為に限って
20 補足的に規制の対象とするものであるから,間接侵害の規定の要件について
は,特許権の効力の不当な拡張を招かないよう限定的に解釈されるべきであ
り,特許法101条4号にいう「その方法の使用にのみ用いるもの」といえ
るためには,その特許発明の方法の使用に関連して用いられる物であるとい
うだけでは足りず,その方法の使用に直接用いられる物でなければならない。
25 被告コントロールは,プロカルシトニン濃度が既知の試料を調製するため
のものであり,同試料を用いて被告キットによる測定を行った上でこれを被
告装置で測定した際の測定値を確認することによって,被告装置の測定精度
を管理するためのものにすぎず,被告コントロールによって測定されるのは,
血清中のプロカルシトニンに関するものではなく,同試料のプロカルシトニ
ンに関するものである。
5 よって,被告コントロールは,患者の血清中のプロカルシトニンの測定に
何ら関与していないのであるから,特許法101条4号にいう「その方法の
使用にのみ用いる物」には該当しない。
イ また,特許法101条5号にいう「発明による課題の解決に不可欠なもの」
とは,当該発明が新たに開示する技術的特徴に特有の構成ないし成分を直接
10 もたらす,特徴的な部品,原料,道具等をいうと解すべきところ,被告コン
トロールはこれにも該当しない。
ウ したがって,被告コントロールを製造等する行為について特許法101条
4号又は5号の間接侵害は成立しない。
争点3-1(無効の抗弁の成否―乙4による新規性・進歩性欠如)
15 (被告の主張)
ア 乙4には,患者の血清中で,プロカルシトニンのカタカルシン領域に対す
るモノクローナル抗体とカルシトニン領域に対するモノクローナル抗体を
用いた免疫放射定量測定法により,プロカルシトニン(116アミノ酸から
なるプロカルシトニンだけでなく,その高分子開裂産物を含む。)を測定す
20 ることを含む,敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法(以下
「乙4発明」という。 が記載されており,
) 乙4発明のプロカルシトニン測定
手段は,116アミノ酸からなるプロカルシトニンだけでなく,その高分子
開裂産物をも測定できるものであり,イムノアッセイ(乙5)に対する反応
性を示す全てのプロカルシトニンを測定の対象とすることが記載されてい
25 る。
したがって,本件発明では,測定対象であるプロカルシトニンがプロカル
シトニン3-116であることが特定されているのに対して,乙4発明では,
当然にプロカルシトニン3-116も測定対象となるものの,測定対象がプ
ロカルシトニン3-116であることが特定されていない点で本件発明と
乙4発明とは相違する。
5 イ 仮に,原告が主張するように,構成要件Aの「プロカルシトニン3-11
6を測定すること」には,プロカルシトニン3-116をプロカルシトニン
1-116と区別することなく測定することが可能な測定手段によりプロ
カルシトニン3-116を測定することも含むと解釈するのであれば,乙4
発明の免疫測定法は,測定対象がプロカルシトニン3-116であることは
10 特定されていないものの,患者の血清中でプロカルシトニンとしてプロカル
シトニン3-116を測定することにより敗血症等を検出するものであり,
本件発明と乙4発明との間に方法の発明として実質的な相違点はないので
あるから,本件発明には新規性はない。
また,仮に新規性があるとしても,本件発明は乙4発明に比して有利な効
15 果は無く,技術進歩に役立つものとはいえないのであるから,進歩性がない。
ウ これに対し,原告は,新規性について,プロカルシトニン3-116が敗
血症等のマーカーとして機能するということを見出した点において本件発
明は乙4発明とは全く異なる発明であるなどと主張する。
しかし,仮に原告が主張するように,敗血症患者の血清中にプロカルシト
20 ニン3-116が高濃度で存在し,敗血症等のマーカーとして機能するとい
うことが見出されたとしても,そのことを見出した前後において,測定対象
が何であるかについての当業者の認識とは関係なく,客観的現象としてプロ
カルシトニン3-116を測定対象として敗血症等が検出されることとな
るのであり,公知技術として乙4発明を使用する行為やその使用方法及びそ
25 の結果に何ら変化はないのであるから,本件発明の内実は単に公知技術にお
いて生じていた現象を発見した点にあると主張しているにすぎない。
エ 原告は,進歩性について,乙4発明の教示に従って敗血症等を検出しよう
とすれば,プロカルシトニン1-116等は測定できるがプロカルシトニン
3-116は測定できない抗体(N末端アミノ酸領域の第1から2番目に特
異的な抗体)の組合せを選択して敗血症等の診断を誤る可能性があったので
5 あり,プロカルシトニン3-116を敗血症等のマーカーとして特定したこ
とによって誤診の可能性をなくすことができたことを理由に,本件発明は進
歩性を有すると主張する。
そもそも,原告が本件発明の技術的貢献として主張する効果は,本件明細
書に記載されたものでなく,参酌されるべきものでない。また,本件発明の
10 優先日後に,原告がN末端アミノ酸領域の第1から2番目に特異的なモノク
ローナル抗体に係る技術を,新規な発明として特許出願している(乙3)こ
とから明らかなように,同抗体は本件発明の優先日当時存在しなかった。仮
に,本件発明の優先日当時,同抗体が存在していたとしても,乙4発明に記
載された免疫診断測定法に照らすと,原告が主張するような正確な診断結果
15 が得られない抗体の組合せを選択する余地はないのであるから,原告が指摘
するような課題は存在しないのであり,プロカルシトニン1-116とプロ
カルシトニン3-116とを区別しないでプロカルシトニンを測定する免
疫測定法により現実に誤診が行われていない状況において,同抗体を選択す
るという可能性を排除したことに技術的貢献は存在しない。また,本件発明
20 の優先日当時の技術常識として,血中を循環するタンパク質はその性質に応
じて一定の割合がプロテアーゼの作用によって配列末端が切断され得るこ
とが知られていた(甲14)ことと,乙4発明が未知の高分子開裂産物の存
在を想定していることを考慮すれば,当業者として,断片化されたプロカル
シトニンを広く捕捉できる抗体の組合せを選択しようとするのは本件発明
25 の優先日当時の技術常識であって,N末端アミノ酸領域の第1から2番目に
特異的なモノクローナル抗体を除いた組合せとすることは,当業者が当然に
なし得たものである。
(原告の主張)
ア 本件発明は,敗血症等の患者の血中で比較的高濃度で検出されるプロカル
シトニンが,乙4発明などで従来認識されていた,①完全なアミノ酸配列の
5 プロカルシトニン1-116,②C―プロカルシトニン,③C末端アミノ酸
領域が数個変異または逸脱したプロカルシトニンのいずれでもなく,従来そ
の存在さえ認識されていなかったN末端のジペプチド(アミノ酸2個)が欠
損したプロカルシトニン3-116であり,これが敗血症等を検出すること
を目的とする方法において測定すべきプロカルシトニンであることを特定
10 して開示したという点で,本件発明は乙4発明と相違する。
そして,プロカルシトニン3-116を測定対象とする敗血症等の検出方
法は乙4発明には記載されていないし,当業者が乙4発明の記載から測定対
象としてプロカルシトニン3-116を認識,理解することは到底不可能で
ある。
15 したがって,敗血症等を検出する方法において測定すべきプロカルシトニ
ン3-116が開示されているという点で,敗血症等を検出する方法の発明
として本件発明と乙4発明は相違しており,かつ,敗血症等の検出に使用す
ることのできる抗体の組合せの範囲を明らかすることによって使用する抗
体の組合せが適切でないために正確な診断結果が得られない事態を回避す
20 るという従来技術にはみられない技術的貢献を提示するものであるから,本
件発明は新規性及び進歩性を有する。
イ これに対し,被告は,乙4発明に記載されたルミテストと同様の抗体の組
合せ(カタカルシン抗体及びカルシトニン抗体)を用いれば,乙4発明の測
定手段によってもプロカルシトニン3-116が測定されていたはずであ
25 るから,本件発明がプロカルシトニン3-116をプロカルシトニン1-1
16と区別しないで測定する方法も含むと解するのであれば,本件発明は,
乙4発明と実質的に同一であり,新規性を有しないと主張する。
しかし,乙4発明に記載された抗体の組合せにより乙4発明の教示事項に
はない「プロカルシトニン3-116」を測定していたはずであるという憶
測に基づく公用・公然実施の問題と,「測定対象としてプロカルシトニン3
5 -116が現に記載されているか」という刊行物記載事項に基づく公知の問
題とは,次元の異なる問題である。乙4発明において測定対象として記載さ
れているのは,上記のとおりであり,プロカルシトニン3-116について
は開示も示唆もなく,プロカルシトニン3-116が敗血症患者の血中に存
在するという知見を推認するに足る本件発明の優先日当時の当業者の技術
10 常識ないし技術水準も存在しない以上,本件発明と乙4発明とが異なる発明
であることは明らかである。
ウ 被告は,進歩性について,仮に本件発明が新規性を有するものであったと
しても,本件発明は従来技術に対して有利な効果は無く,技術進歩に役立つ
ものとはいえないのであるから,進歩性を有しないとも主張する。
15 しかし,上記のとおり,本件発明は,敗血症等を検出するための測定対象
をプロカルシトニン3-116と特定して開示したことにより,使用する抗
体の組合せが適切でないために正確な診断結果が得られない事態を回避す
るという従来技術にはみられない技術的貢献を提示するものであるし,また,
乙4発明当時,乙4発明において開示された12種類のプロカルシトニンの
20 いずれかが敗血症患者の体内でプロカルシトニン3-116に変換される
という知見も存在しなかったのであるから,当業者が乙4発明に基づいて敗
血症等のマーカーとしてのプロカルシトニン3-116を合理的に予測で
きたものではなく,これをマーカーとして選択すべき動機づけも存在しなか
ったのであるから,本件発明は乙4発明に対し進歩性を有する。
25 エ 被告は,N末端アミノ酸領域の第1から2番目に特異的なモノクローナル
抗体は本件発明の優先日当時存在しておらず,仮に存在していたとしても,
乙4発明に特定して記載された測定法に照らすと正確な診断結果が得られ
ない抗体の組合せを選択する余地はないし,プロカルシトニン1-116と
プロカルシトニン3-116とを区別しないでプロカルシトニンを測定す
る免疫測定法により現実に誤診が行われていない状況の下では,原告が指摘
5 するような課題は存在しないのであるから,本件発明は,原告が主張するよ
うな技術的貢献を提示するものではなく,進歩性を有しないと主張する。
しかし,乙4発明の方法で用いられる抗体に関して,乙4発明で開示され
た一対のモノクローナル抗体と同様の高親和性を有する一対の抗体を使用
しなければならない旨記載されていることからも明らかなように,乙4発明
10 で具体的に開示されている一対の抗体は,敗血症等のマーカーでないカルシ
トニンと区別してプロカルシトニンを捕捉するために例示的に選択された
に過ぎないのであるから,乙4発明の測定方法を実施しようとする当業者が
乙4発明に記載の一対のモノクローナル抗体のみを限定して用いる理由は
なく,乙4発明当時に敗血症等のマーカーとされていたプロカルシトニンを
15 カルシトニンと区別して捕捉するために,プロカルシトニンの両末端により
近いアミノ酸に親和性を示す抗体を採用することは十分に考えられる。そし
て,乙4発明に開示された敗血症等のマーカーとなりうる具体的なプロカル
シトニン分解開裂産物のほとんどがC末端変異体であり,正確な診断結果を
得ることが出来ないN末端の第1から2番目のアミノ酸に特異的なモノク
20 ローナル抗体を除いた抗体の組合せを採用することについて動機づけとな
る記載は何ら存在せず,当業者において,正確な診断結果が得られない抗体
の組合せを採用してしまうことは十分に起こり得るのであるから,被告の主
張には理由がない。
争点3-2(無効の抗弁の成否―乙6による新規性・進歩性欠如)
25 (被告の主張)
乙6には,患者の血清中で,抗カルシトニンモノクローナル抗体と抗カタカ
ルシンモノクローナル抗体を用いた市販キット(ルミテスト)により,プロカ
ルシトニンを測定することを含む敗血症及び敗血症様全身性感染を検出する
ための方法(以下「乙6発明」という。)が記載されており,本件発明と乙6発
明との一致点,相違点は,上記 において主張したのと同様である。
5 よって,本件発明は,上記 と同様の理由により,特許法29条1項3号に
該当し,又は同条2項の規定により特許を受けることができない発明である。
(原告の主張)
本件発明と乙6発明との一致点,相違点は,上記 において主張したのと同
様である。
10 よって,本件発明は,上記 と同様の理由により,特許法29条1項3号に
も,同条2項にも該当しない。
争点3-3(無効の抗弁の成否―乙7による新規性・進歩性欠如)
(被告の主張)
乙7には,患者の血清中で,抗カルシトニンモノクローナル抗体と抗カタカ
15 ルシンモノクローナル抗体を用いた市販キット(ルミテスト)により,プロカ
ルシトニンを測定することを含む敗血症及び敗血症様全身性感染を検出する
ための方法(以下「乙7発明」という。)が記載されており,本件発明と乙7発
明との一致点,相違点は,上記 において主張したのと同様である。
よって,本件発明は,上記 と同様の理由により,特許法29条1項3号に
20 該当し,又は同条2項の規定により特許を受けることができない発明である。
(原告の主張)
乙7発明の記載は概ね被告の主張のとおりであり,本件発明と乙7発明との
一致点,相違点は,上記 において主張したのと同様である。
よって,本件発明は,上記 と同様の理由により,特許法29条1項3号に
25 も,同条2項にも該当しない。
争点3-4(無効の抗弁の成否―実施可能要件違反)
(被告の主張)
ア 原告は,血漿及び全血を検体とする場合であっても,プロカルシトニンが
それらを構成する血清中に存在するものであることを根拠に,「血漿または
全血中での測定」が行われれば「血清中での測定」が行われることとなると
5 主張するところ,原告の主張を前提とすると,「血清中での測定」には,①
「血漿又は全血中での測定」 ②
, 「①以外の血清中での測定(血液から血球と
いくつかの血液凝固因子を取り除くことにより血清を調製し,その調製され
た血清を検体として行われる測定を含む)」の双方が含まれることとなる。
しかし,血液を用いた診断方法においては,血清,血漿,全血のいずれを
10 検体とするかによって診断結果が異なり得ることは,本件発明の優先日前に
おける技術常識であり,これらの検体としての区別は重要な要素であるとこ
ろ,本件明細書の「発明の詳細な説明」には,②のうちの一部しか記載され
ておらず,当業者が①と②の全範囲にわたってプロカルシトニン3-116
を測定して敗血症等を検出することができるかどうかが不明である。
15 したがって,本件明細書には,血清を検体として測定を行うものしか記載
されていないところ,本件明細書の「発明の詳細な説明」は,少なくとも血
漿又は全血を検体とした場合についてまで当業者が容易に実施することが
できる程度に記載されておらず,当業者が容易に本件発明を実施することが
出来るように記載されていないのであるから,特許法36条4項所定の実施
20 可能要件を欠いている。
イ これに対し,原告は,イムノアッセイを用いれば,血清,血漿,全血のい
ずれを検体とした場合でも,同じような測定結果を得ることができ,各測定
値からバックグラウンドの影響によって生じる誤差を差し引けば測定対象
の濃度を算出できるのであるから,本件明細書の「発明の詳細な説明」は,
25 血清に限らず,血漿,全血についても,本件発明を実施可能な程度に記載し
ている旨主張する。
しかし,原告は,本件発明の審査過程において,患者の血清中で測定する
ことにより敗血症等を高感度に検出することを可能にしたことをもって本
件発明の技術的貢献として主張しながら,上記のように測定上の誤差を許容
するかのような主張をすることは背理であるし,疾患の判別に用いられる測
5 定値には高い正確性が求められるのであるから,単純にバックグラウンドの
影響を差し引けば測定対象の濃度が比較できるというのは,診断薬における
常識を無視したものであって妥当ではない。
(原告の主張)
ア 本件発明の優先日当時,血液のような夾雑物の多い生体材料から特定の微
10 量物質(プロカルシトニン3-116など)を測定する方法として,免疫反
応性を利用した免疫測定法であるイムノアッセイを用いることが常識であ
り,イムノアッセイは,血清などの比較的複雑な生体材料についても利用で
き ,通常,血漿であっても血清であっても,同じような測定結果を得ること
ができる方法であった。
15 そして,本件発明の測定対象は,血清,血漿,全血のいずれにも含まれる
タンパク質性の成分であるプロカルシトニン3-116であるところ,本件
発明の優先日当時の技術水準においては,血清で測定できるものは血漿や全
血を検体とした場合でも測定可能である。
したがって,本件明細書の「発明の詳細な説明」は,当業者が容易に本件
20 発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されており,実施可
能要件を充足する。
イ これに対し,被告は,血清,血漿,全血のいずれを検体として測定するか
によって測定結果が異なるのであり,検体としてこれらの区別は重要である
にもかかわらず,本件明細書の「発明の詳細な説明」からは,これらの検体
25 の全範囲にわたって当業者がプロカルシトニン3-116を測定して敗血
症等の検出ができるかどうかが不明であるとして実施可能要件を充足しな
いと主張し,乙2を根拠として挙げる。
しかし,①乙2は,血清には含まれていないが血漿には含まれている凝固
因子を測定対象とするものであるのに対し,本件発明における測定対象であ
るプロカルシトニン3-116は,血清中に存在するタンパク質性の成分で
5 あり,血漿や全血にも含まれているのであるから,これらを検体とする場合
にも測定可能であるし,②血清,血漿,全血のいずれを検体とするかで測定
結果は変化するものの,それはバックグラウンドの影響にすぎず,測定値か
らバックグラウンドの影響を差し引けば測定対象の濃度を算出できるので
あるから,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載は,血清に限らず,血
10 漿ないし全血を検体とする場合についても,当業者が容易に本件発明を実施
可能な程度に記載している。
争点3-5(無効の抗弁の成否―産業上利用可能性欠如)
(被告の主張)
「血清中で」測定するとの文言には,
「人体中の血清」か「人体から取り出さ
15 れた血清,すなわち血清検体」のいずれかで測定することが該当し得るところ,
仮に,原告が主張するように,血清が全血中にも血漿中にも存在する成分であ
ることを理由として全血や血漿を検体とした測定も「血清中で」測定すること
に含まれると解釈した場合には,人体中の血液にも血清が存在する以上,人体
を構成要素として測定する方法も本件発明に含まれることとなる。
20 そうすると,本件発明は,産業上利用することができない発明であり,特許
法29条1項柱書により特許を受けることができない発明である。
(原告の主張)
「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定する」とは,敗血症等
のケースにおいて患者の血清中に存在するタンパク質性の成分であるプロカ
25 ルシトニン3-116を,血清,血漿,全血のいずれか検体として測定すると
いう意味であって,検体が人体に存在する状態でプロカルシトニン3-116
を測定することを意味するものではない。
したがって,本件発明は,人体を構成要素として測定する方法を含むもので
はなく,産業上利用することが可能であるから,被告の主張に理由はない。
争点4(損害の発生の有無及びその額)
5 (原告の主張)
原告は,被告による被告製品の販売等の侵害行為により,少なくとも実施料
相当額の損害を被っているところ,本件発明の実施に対する相当な実施料額は
被告製品についての売上額の50パーセントを下らない。被告が,平成29年
8月から本訴訟提起までに被告製品の販売等によって得た売上額は3000
10 万円を下らないから,原告は,特許法102条3項に基づいて算定した損害額
として少なくとも金1500万円の損害賠償請求権を有する。
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
15 1 本件発明の技術的意義
本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には,次の記載がある。記載中の
図は,本判決別紙の図である。
ア 技術分野
「本発明は,敗血症及び敗血症様全身性感染において,プロカルシトニン
20 又はプロカルシトニンの部分ペプチド(partial peptides)の発生に関係す
る,新規な,実験的に確認された発見から導かれる,新規な診断及び治療の
可能性に関する。(段落【0001】
」 )
イ 背景技術
「特許 DE 42 27 454 及び EP 0 656 121 B1 及び US 5,639,617 は,敗血
25 症の危険を有する患者及び敗血症の典型的な症候が見られる患者の血清又
は血漿中のプロホルモンのプロカルシトニン及びそこから得られる部分ペ
プチドの測定が,早期検出にとって,すなわち敗血症に至らしめるかもしれ
ない感染の検出及び非感染性の病因との鑑別,重大性の検出,及び,敗血症
及び敗血症様全身性感染の治療の成果の評価にとって,有益な診断手段であ
ること開示している。・・・」(段落【0002】)
5 ウ 発明が解決しようとする課題
「プロカルシトニンは,カルシトニンのプレホルモンとして既知となって
お り , そ の 完 全 な ア ミ ノ 酸 配 列 は 古 く か ら 知 ら れ て い る ( FEBS 167
(1984),93-97 頁)。プロカルシトニンは,甲状腺のC細胞において,通常の
状態で産生されており,それから,特異的開裂によってホルモンのカルシト
10 ニンになり,さらに,部分ペプチドのカタカルシン及び57のアミノ酸を含
む N-末端残基(「アミノプロカルシトニン」)となる。(段落【0006】
」 )
「敗血症の間のプロカルシトニンの生成に重要である器官もしくは細胞
又は組織に関する実験資料によってサポートされているものもいくつか存
在する前記技術文献中には異なる意見もあるが,敗血症のケースでは,甲状
15 腺を完全に除去した患者からでさえも,著しく高いプロカルシトニンレベル
が観察されることもあるので,敗血症患者の血中に検出可能なプロカルシト
ニンが,甲状腺の外で形成されると結論付けることが必要であった。(段落
」
【0007】)
「敗血症において「プロカルシトニン」として測定されるペプチドの性質
20 に関して,実際,その特定のペプチドが,甲状腺においてカルシトニン前駆
体として形成される完全な長さの既知のプロカルシトニンと完全に同一で
ある必要はないことは,上述の患者におけるアウトセットから明らかにされ
ている。しかしながら,敗血症のケースで形成されるプロカルシトニンが甲
状腺で形成されるプロカルシトニンと異なるのかどうかという疑問は,現在
25 まで答えが得られていない。あり得る違いは,既知のプロカルシトニンの,
糖化(グリコシレーション),リン酸化あるいは一次構造の修飾等の翻訳後
の修飾,さらに,変性した,短くされたあるいは長くされたアミノ酸配列で
あった。今日まで分析アッセイ方法は,カルシトニン前駆体として既知のプ
ロカルシトニンと,敗血症の場合に形成されるプロカルシトニンとの間の違
いを明らかにしなかったので,敗血症のケースで形成されるプロカルシトニ
5 ンは,カルシトニン前駆体と同一であり,ゆえに,既知の116アミノ酸の
プロカルシトニン配列を有するペプチド(プロカルシトニン1-116)で
あると暫定的,一般的に見なされていた。(段落【0008】
」 )
エ 課題を解決するための手段
「しかしながら,出願人の研究室における測定によって明らかにされ,本
10 出願の実験部分により詳細に説明されているように,敗血症のケースで形成
されるプロカルシトニンは,甲状腺で形成される完全なプロカルシトニン1
-116とは,わずかだが重大な違いがある。見出された違いは,それから,
新規な診断及び治療方法,そこで使用可能な物質,及び,遂行され得る科学
的アプローチにおいて実施可能な多数の科学的結論を導き出した。 (段落
」
15 【0009】)
「本出願において開示される発明の開始点は,敗血症及び敗血症様全身性
感染のケースにおいて患者血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシ
トニンが,116のアミノ酸を含む完全なプロカルシトニン1-116では
なく,そのアミノ末端がジペプチド分短くなっているが他は同一であり,1
20 14のアミノ酸のみのアミノ酸配列を有するプロカルシトニン(プロカルシ
トニン3-116)であるという驚くべき発見である。」
(段落【0010】)
「完全なプロカルシトニンと比べて欠落している前記ジペプチドは,Ala-
Pro 構造を有している。完全なプロカルシトニン配列のアミノ末端の二番目
のアミノ酸としてのプロリン残基を含むジペプチドの欠落は,特定のペプチ
25 ダーゼ,すなわち,いわゆるジペプチジル-(アミノ)-ペプチダーゼ IV
(DP
IV 又は DAP IV 又は CD 26)が,敗血症のケースで検出されるプロカルシト
ニン3-116の生成に役割を果たすかもしれないという推測を導く。(段
」
落【0011】)
「より正確に得られた結果はさらに,敗血症及び全身性感染のケースの高
濃度のプロカルシトニンの発生は孤立した現象ではなく,同様に,他のプロ
5 ホルモンもまた高濃度で測定可能であり,その結果,そのようなプロホルモ
ンの測定が,プロカルシトニン測定に代えて可能であるか又は個々のケース
のプロカルシトニン測定を補足するか,もしくは,さらにそれを診断上の意
義のある方法で確認するのに適している,という仮説の展開をもたらした。」
(段落【0013】)
10 オ 発明を実施するための形態
「プロカルシトニン3-116が実際に炎症過程と関連し,特異的分子レ
セプター又は類似した特異的バインダーがこの短くされたプロカルシトニ
ンに対して存在するのであれば,プロカルシトニン3-116の使用,又は,
プロカルシトニン3-116のレセプターと相互作用するアゴニスト及び
15 アンタゴニストの使用によって,敗血症の進行に影響を与え,それがきっか
けとなって起こる生理反応に,そして炎症過程にも影響を与えることができ
る新規な治療の可能性が開かれる。プロカルシトニン3-116の特異的バ
インダー,例えば,選択的抗体,の使用は,ここで伝えられる発見によって
明らかにされる治療アプローチでもある。(段落【0017】
」 )
20 「結局,敗血症及び全身性感染のケースでジペプチジル-アミノペプチダ
ーゼ IV がプロカルシトニン3-116の生成に役割を果たすかもしれない
ということは,更なる仮説,すなわち,例えば適当な選択的バインダー,抗
体又は類似のレセプター分子によってそれをブロックすることによりジペ
プチジル-アミノペプチダーゼ IV の活性に影響を与え,それによって,敗
25 血症及び敗血症様炎症過程に治療上の影響を与えることも可能かもしれな
いという仮説を導く。(段落【0018】
」 )
カ 実施例
「実験セクション A.―敗血症患者の血清からの内因性プロカルシトニン
ペプチドの単離と確認
重度の敗血症に苦しむ複数の患者からの血清サンプルを混合することに
5 よって,総容量68ml の混合血清が調製された。得られたプール血清中のプ
ロカルシ トニ ン濃度 は,市販 のプ ロカル シトニン アッ セイ( LUMItest
PCT,B.R.A.H.M.S. Diagnostica)を用いて測定したところ,280ng/ml(総
量19μg)であった。前記プール血清は,同量のバッファー(68ml;10
mM EDTA,1mg/ml マウス-IgG,2mg/ml ヒツジ-IgG,2mg/ml ウシ-IgG,
10 0.1mmol ロイペプチン,PBS 中50μM アマスタチン)と混合し,その
サンプル中に含まれるプロカルシトニンを,アフィニティークロマトグラフ
ィーによって単離及び精製した。(段落【0023】
」 )
「この方法で集められた物質は,rpC カラムμBondapak 0.4×30
㎜(Waters より)での逆相 HPLC によって精製した。・・・」(段落【002
15 5】)
「そのカラム流出物は,214nm での吸収によって持続的に測定され,0.
25ml のフラクションが集められた。市販のプロカルシトニンアッセイ
(LUMItest PCT, B.R.A.H.M.S. Diagnostica)を用いて,PCT 免疫反応性を
検出できたフラクションを決定した。主要な免疫反応性を有する部分が,シ
20 ャープなバンドとして51番目のフラクションに溶離したことが見出され
た。加えて,不均一な組成及び低いPCT免疫反応性を有するタンパク質フ
ラクションが,39から49のフラクションにて得られた。(段落【002
」
7】)
「図1は,前記 rp HPLC の,集められた各フラクションについて決定され,
25 溶離したフラクションの吸光度(OD)を示す曲線に重ね合わせた PCT 免疫反
応性(ng PCT/ml で表される)を示す。(段落【0028】
」 )
「ポジティブなプロカルシトニン免疫反応性を有する全てのフラクション
を,窒素ガス処理によって乾燥させた。その後,それらのサンプルをマスス
ペクトロメトリーで分析し,N-末端塩基配列決定を行った。」
(段落【002
9】)
5 「前記マススペクトロメトリー分析(MSLDI-TOF 法)では,図2に示され
るプロファイルが,フラクション50-52に対して得られ,そのプロファ
イルから,12640±15のモル質量という結果となった。マススペクト
ロメトリーで調べられた他のフラクション(36-49,53-59)はす
べて,12640未満のモル質量で不均一な質量分布を示した。それらの
10 個々の質量は,フラクション50-52の質量の強度と比べて2%未満の強
度を与えた。このように,敗血症患者血清中のプロカルシトニン免疫反応性
が,12640±15の質量と関連があることが示された。(段落【003
」
0】)
「フラクション36-59中に含まれるペプチドの N-末端塩基配列決定
15 を行った。ここでも,フラクション36-49及び53-59の内容が不均
一であると証明された。すなわち,N-末端の多様性が測定された。 (段落
」
【0031】)
「その優勢なプロカルシトニン免疫反応性がわかったフラクション50-
52では,そこに含まれるペプチドが明らかに以下の N-末端(15のアミ
20 ノ酸):Phe Arg Ser Ala Leu Glu Ser Ser Pro Ala Asp Pro Ala Thr Leu
を有することが明らかになった。(段落【0032】
」 )
「それから,フラクション50-52からのペプチドは,プロテアーゼ Glu-
C 又はトリプシンを用いて消化され,得られたフラグメントは,SMART-HPLC
によってそれ自身は既知である方法で元に戻され,それから,マススペクト
25 ロメトリーと配列分析によって調べられた。(段落【0033】
」 )
「既知のプロカルシトニン1-116のアミノ酸3-116の配列と完全
に対応した配列が得られた。その配列の理論上の質量は12627であった
が,これはマススペクトロメトリーにより測定された12640±15の質
量と一致する。(段落【0034】
」 )
「したがって,114のアミノ酸を含み且つプロカルシトニン3-116
5 としてデザインされたプロカルシトニンペプチドが敗血症患者の血液中を
循環することが示された。・・・」(段落【0035】)
「前記プロカルシトニン3-116は,可能性のある内因性プロカルシト
ニン部分ペプチドとしては,現在に至るまで科学論文で論じられておらず,
それゆえに,当業者にとって,今日までに,具体的に,このペプチドを調製
10 し,その性質についてそれを調べる理由もない。しかしながら,上記発見は,
今や,遺伝子工学技術によって前記プロカルシトニン3-116の具体的な
調製の理由をもたらしている。・・・」(段落【0036】)
本件明細書の記載によれば,本件発明の意義は,次のとおりであ
ると認められる。
15 本件発明は,敗血症等において,プロカルシトニン又はその部分ペプチド
の発生に関係する新規な診断及び治療の可能性に関するものである。
従来技術として,敗血症の危険を有する患者及び敗血症の典型的な症候が
見られる患者の血清又は血漿中のプロカルシトニン及びそこから得られる
部分ペプチドの測定が,敗血症等の早期検出にとって有益な診断手段である
20 ことが知られていた。しかし,敗血症のケースで形成されるプロカルシトニ
ンが甲状腺のC細胞において形成される既知のプロカルシトニン1-11
6と異なるかどうかは明らかではなく,敗血症のケースで形成されるプロカ
ルシトニンは,プロシカルシトニン1-116と暫定的,一般的にみなされ
ていた。
25 本件発明は,敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカ
ルシトニンが,プロカルシトニン1-116ではなく,そのアミノ末端が短
くなっているプロカルシトニン3-116であるという発見に基づき,新規
の敗血症等の診断方法等を導き出したものである。
2 争点1-2(「プロカルシトニン3-116を測定する」の充足性)
「プロカルシトニン3-116を測定する」の意義
5 ア 本件発明の特許請求の範囲の記載は「患者の血清中でプロカルシトニン3
-116を測定することを含む,敗血症及び敗血症様全身性感染を検出する
ための方法。 であり,
」 その構成要件Aは「患者の血清中でプロカルシトニン
3-116を測定することを含む」というものであるところ,特許請求の範
囲には,その意義について規定する記載はないが,
「測定」とは,一般的に,
10 「長さ,重さ,速さなど種々の量を器具や装置を用いてはかること」
(大辞林
(第3版))との意味を有する。
そうすると,特許請求の範囲の記載からは,構成要件Aの「プロカルシト
ニン3-116を測定すること」とは,敗血症等を検出するため,血清中に
含まれるプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味する
15 ものと解するのが自然である。
イ また, 敗血症等の患者の
血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンについて,従前プロシ
カルシトニン1-116と暫定的,一般的にみなされるなどしていたところ,
本件発明は,敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカル
20 シトニンが,プロカルシトニン1-116ではなく,プロカルシトニン3-
116であるという発見に基づき,新規な敗血症等の診断方法を提供するこ
とを目的とするものである。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,
「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について,特段の記
載はない。そうすると,本件明細書の記載からも,構成要件Aの「プロカル
25 シトニン3-116を測定すること」とは,敗血症の検出のため,上記の発
見に基づきプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味し,
その測定結果が敗血症等の検出に用いられることと理解できる。
ウ 原告は,構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」と
は,プロカルシトニン3-116を敗血症等の検出に必要な精度で測定する
ことをいい,プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-
5 116を特異的・選択的に測定することを必須とするものではない旨主張し,
その根拠として,本件明細書の実施例において,プロカルシトニン3-11
6を特異的・選択的に測定することが困難なイムノアッセイによりプロカル
シトニンの濃度を測定することが記載されていること,本件明細書の記載等
を踏まえると,患者の血清中でプロカルシトニン1-116とプロカルシト
10 ニン3-116とを区別することなくプロカルシトニン一般を測定したと
しても,その濃度は,おおよそプロカルシトニン3-116の濃度であり,
測定されたプロカルシトニン3-116の濃度は敗血症等の検出に必要な
精度になっていることを指摘する。
しかし,本件明細書のイムノアッセイによる測定に関する記載について,
15 正常者及び敗血症患者の血清中のプロカルシトニン濃度の測定結果と,これ
と同時に行われたこれらの者の血清中のプロホルモン濃度の測定結果と対
比することにより,正常者と敗血症患者の間の濃度の差異がプロカルシトニ
ンにおいて際立っていることを示すものである旨の記載があることからす
ると(段落【0059】
【0062】
【0063】
【表3】,上記測定は,
) 「敗
20 血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の実施例であるとは認
められないから,原告の上記主張の根拠となるとは認められない。
また,仮に,敗血症患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分が
プロカルシトニン3-116であるという関係があるとしても,プロカルシ
トニン3-116を測定することとプロカルシトニン一般を測定すること
25 が同義とはいえないことは明らかである,また,敗血症等であるかどうかが
明らかではない患者については,その血清中のプロカルシトニンの大部分が
プロカルシトニン3-116であるかどうかは明らかではないといえるほ
か,本件明細書には,患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定すること
により敗血症等を検出する技術は本件発明の優先日前に従来技術として存
在したところ,本件発明は,従来技術に対して新規のものである旨が記載さ
5 れているのであって,原告の主張は採用することはできない。
以上によれば,原告の主張には理由がなく,これを採用することはできな
い。
エ 以上によれば,構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定する
こと」とは,プロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味す
10 るものと解される。
前記前提事実 のとおり,被告装置及び被告キットを使用する
と,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別する
ことなく,いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ,
その測定結果に基づき敗血症等の鑑別診断等が行われていると認められる。被
15 告装置及び被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で,プロカルシトニ
ン3-116の量が明らかにされているとは認められない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告方法は,構成要
件Aを充足するものとは認められない。
小括
20 以上によれば,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するものとは認めら
れない。
第4 結論
以上のとおり,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められ
ず,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がないからこ
25 れをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 柴 田 義 明
裁判官 佐 藤 雅 浩
裁判官 古 川 善 敬
別紙
物件目録
1 製品名:ラピッドピア
5 2 製品名:ラピッドチップPCT
3 製品名:ラピッドチップ用PCTコントロール
別紙
図表(本件明細書)
【表3】
【図1】
【図2】
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