平成30(行ケ)10115審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和1年11月28日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告イーライリリーアンドカンパニー 原告ニプロ株式会社
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対象物 |
新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法 |
法令 |
特許権
特許法29条1項1号4回
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キーワード |
実施40回 審決20回 優先権15回 無効12回 進歩性10回 新規性6回 無効審判4回 刊行物3回 特許権1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,進歩
性・新規性の有無である。 |
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判決文
令和元年11月28日判決言渡
平成30年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和元年9月17日
判 決
原 告 ニ プ ロ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 伊 原 友 己
並 山 恭 子
同訴訟代理人弁理士 三 嶋 眞 弘
堤 之 達 也
飛 彈 図 茂 子
木 ノ 村 尚 也
被 告 イーライ リリー アンド カンパニー
同訴訟代理人弁護士 北 原 潤 一
米 山 朋 宏
同訴訟復代理人弁護士 杉 森 康 平
同訴訟代理人弁理士 小 林 浩
日 野 真 美
西 澤 恵 美 子
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2014-800208号事件について平成30年7月4日にした審決
を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,進歩
性・新規性の有無である。
1 手続の経緯
被告は,平成13年6月15日,名称を「新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療
法」とする特許出願(特願2002-506715号。優先権主張:平成12年6
月30日[以下,この優先権主張を「第1優先権主張」といい,その優先日を「第
1優先日」という。,同年9月27日[以下,この優先権主張を「第2優先権主張」
]
といい,その優先日を「第2優先日」という。,平成13年4月18日[以下「第
]
3優先日」という。,米国,甲31,32)をし,平成24年10月5日,その特
]
許権の設定登録(特許第5102928号)を受けた(以下「本件特許」といい,
本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。甲201)。
原告は,平成26年12月16日に本件特許の無効審判請求(無効2014-8
00208号)をしたところ,特許庁は,平成30年7月4日,
「本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同審決の謄本は,同
月12日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件特許の請求項1~7(以下,各請求項の発明を,請求項の番号に従い「本件
発明1」などといい,併せて「本件発明」ということがある。)は,以下のとおりの
ものである。
【請求項1】
葉酸とビタミンB12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩
の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,
ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg~約30mg
およびビタミンB12の約500μg~約1500μgと組み合わせて投与し,該ビ
タミンB12をペメトレキセート二ナトリウム塩の第1の投与の約1~約3週間前に
投与し,そして該ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の
間に約6週間毎~約12週間毎に繰り返すことを特徴とする,該剤。
【請求項2】
約1000μgのビタミンB12を投与する,請求項1記載の剤。
【請求項3】
ビタミンB12が筋肉内注射,経口,非経口の製剤によって投与する,請求項1ま
たは2のいずれかに記載の剤。
【請求項4】
ビタミンB12が筋肉内注射によって投与する,請求項3記載の剤。
【請求項5】
ビタミンB12が経口投与する,請求項3記載の剤。
【請求項6】
葉酸とビタミンB12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩
の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,
ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg~約30mg
およびビタミンB12の約500μg~約1500μgと組み合わせて投与し,該ビ
タミンB12を筋肉内注射によって投与し,該ビタミンB 12をペメトレキセート二ナ
トリウム塩の第1の投与の約1~約3週間前に投与し,そして該ビタミンB 12の投
与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間毎~約12週間毎に繰
り返すことを特徴とする,該剤。
【請求項7】
葉酸とビタミンB12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩
の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,
ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg~約30mg
およびビタミンB12の約500μg~約1500μgと組み合わせて投与し,該ビ
タミンB12を用いる処置は筋肉内注射または経口によって投与し,そしてペメトレ
キセート二ナトリウム塩を用いる処置を止めるまで,約24時間毎~約1680時
間毎に繰り返すことを特徴とする,該剤。
3 本件審決の理由の要点
(1) 無効理由1(進歩性の欠如)について
ア 甲1(特開平5-97705号公報)に記載された発明(以下「甲1発
明」という。)
甲1には,「葉酸を活性成分とする,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤の治
療効果を維持したままその毒性を減少させるための毒性緩和剤であって,GAR-
トランスホルミラーゼ阻害剤の有効量を,葉酸の約0.5mg/日~約30mg/
日と組み合わせて投与する,該毒性緩和剤。 の発明
」 (甲1発明)が記載されている。
イ 本件発明1と甲1発明との対比及び相違点についての判断
(ア) 一致点
本件発明1と甲1発明とは,
「葉酸を含有する,GAR-トランスホルミラーゼ阻
害剤の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,
GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤の有効量を,葉酸の約0.1mg~約30m
gと組み合わせて投与することを特徴とする,該剤。」の発明である点で一致する。
(イ) 相違点
[相違点1]
本件発明1では,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤として「ペメトレキセー
ト二ナトリウム塩」を用いるのに対し,甲1発明では,
「ペメトレキセート二ナトリ
ウム塩」を用いていない点。
[相違点2]
本件発明1は,さらにビタミンB12を含有するのに対し,甲1発明は,ビタミン
B12を含有しない点。
[相違点3]
本件発明1では,ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,さらにビタミン
B12の約500μg~約1500μgとも組み合わせて投与し,該ビタミンB 12を
ペメトレキセート二ナトリウム塩の第1の投与の約1~約3週間前に投与し,そし
て該ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間
毎~約12週間毎に繰り返すという特定の用法・用量で組み合わせて投与するのに
対し,甲1発明では,ビタミンB12を上記特定の用法・用量で組み合わせて投与し
ていない点。
(ウ) 相違点についての判断
a 相違点1について
甲1には,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤としてペメトレキセート二ナト
リウム塩(以下,「LY231514(MTA)」「MTA」「アリムタ」又は「ALIMTA」
, ,
ということがある。)を用いることは記載されていないが,「GAR-トランスホル
ミラーゼもしくは他の葉酸要求性酵素を阻害することがわかっている化合物は,す
べて本発明の処置の対象となる」
(甲1の段落【0006】)と記載されているので,
甲1発明では,
「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」として,甲1に記載された
ロメトレキソールに限らず,他のGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤も用いるこ
とができるといえる。
一方,甲5(Hilary Calvert「An Overview of Folate Metabolism: Features
Relevant to the Action and Toxicities of Antifolate Anticancer Agents」
Seminars in Oncology, Volume 26, No.2, Supplment.6,1999年)には,種々の
葉酸代謝拮抗剤の構造の具体例として,甲1に記載のロメトレキソール(DDAT
HF)と共に LY231514(MTA)が併記されており,LY231514(MTA)は初期第 II 相臨床
試験で報告されているように有望なレベルの活性を有すること及び LY231514(MTA)
は重要な薬剤であり既存薬を進歩させたものであると考えられていることが記載さ
れている。
そうすると,甲1及び甲5の記載に接した当業者は,甲1発明の「GAR-トラ
ンスホルミラーゼ阻害剤」として,甲5に記載されている LY231514(MTA)を用いるこ
とを,自然に想起し得たといえる。
b 相違点2について
甲1には,甲1発明にさらに別の活性成分を含有させることについて記載も示唆
もされていない。
また,甲5,甲6(C. Niyikiza 他「MTA(LY231514):Relationship of vitamin
metabolite profile, drug exposure, and other patient characteristics to
toxicity」 Annals of Oncology, Volume9, Supplement 4,1998年),甲7(C.
Niyikiza 他「LY231514(MTA):RELATIONSHIP OF VITAMIN METABOLITE PROFILE TO
TOXICITY」 Proceedings of ASCO(American Society of Clinical Oncology) Volume
17, 1998年)のいずれにも,MTA の毒性発現を減少させるために血漿中ホモシ
ステイン値を低下させる何らかの手段を講じたことは記載されていない。甲8~
16に記載されているように,ビタミンB12を投与すると血漿中ホモシステイン
値が低下すること,葉酸及びビタミンB12を併用投与すると葉酸の単独投与の場
合に比してより一層血漿中ホモシステイン値が低下することは,本件特許の最先
の優先日である平成12年6月30日(第1優先日, 「本件優先日」
以下 ともいう。)
当時の技術常識といえるが,MTA又はその他の葉酸代謝拮抗剤の毒性発現を減
少させるために,ビタミンB12又は葉酸及びビタミンB12を併用投与することに
ついては記載も示唆もない。
したがって,甲1及び甲5の記載に加えて本件優先日当時の技術常識を参酌した
当業者が,甲1発明の「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」として甲5に記載
の LY231514(MTA)を用いるに当たって,処置前の血漿中ホモシステイン値に着目し
て,甲1発明にホモシステイン値を下げる手段であるビタミンB12をさらに含有さ
せることを容易に想到し得たとはいえない。
c 相違点3について
甲1,甲5の記載に加えて本件優先日当時の技術常識を参酌した当業者が,甲1
発明に,さらにビタミンB12と共に用いることを容易に想到し得たとはいえないか
ら,当業者が,甲1発明に,さらにビタミンB12を特定の用法・用量で組み合わ
せて投与する本件発明1を容易に想到し得たとはいえない。
ウ 本件発明2~7について
本件発明2~5は,いずれも本件発明 1 を直接又は間接的に引用して,本件発明
1におけるビタミンB12の用法・用量をさらに限定するものであり,甲1発明と対
比した場合,相違点1及び2並びにその詳細が相違点3と若干異なるにすぎない相
違点を含む点で相違するものである。
また,本件発明6,7については,甲1発明と対比した場合,相違点1及び2並
びにその詳細が相違点3と若干異なるにすぎない相違点を含む点で相違するもので
ある。
したがって,いずれの発明も,本件発明 1 と同様に,当業者が甲1,甲5に記載
された発明,本件優先日当時の技術水準又は技術常識から容易に想到することがで
きたとはいえない。
エ 本件発明の効果について
甲1,甲5の記載に加えて本件優先日当時の技術水準又は技術常識を参酌しても,
ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に,葉酸及びビタミンB12を組み合わせて
投与した場合に,ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性発現及び
その抗腫瘍活性に対して,それぞれどのような影響が生じるのかについて推認でき
る根拠は見当たらない。したがって,当業者が,本件発明による効果を予測し得た
とはいえない。
オ まとめ
よって,本件発明1~7は,当業者が,甲1,甲5に記載された発明及び本件優
先日当時の技術水準又は技術常識に基づいて,容易に発明をすることができたもの
ではない。
(2) 無効理由2(新規性の欠如)について
原告は,本件発明は,甲21~23で言及されている第 II 相臨床試験(H3E-
MC-JMDR試験。以下「本件臨床試験」という。)によって,本件優先日前に
外国において公然知られた発明又は公然実施された発明であると主張しているとこ
ろ , 医薬品規制調和国際会議(INTERNATIONAL COUNCIL FOR HAROMNISATION OF
TECHNICAL REQUIREMENTS FOR PHARMACEUTICALS FOR HUMAN USE)が定めたGCP(good
clinical practice)についてのICHハーモナイズド3極ガイドライン(甲36。以
下「ICH-GCPガイドライン」という。)の規定を本件臨床試験に当てはめる
と,本件臨床試験において「ビタミン補給ありの患者」とされた者は,治験担当医
師に説明を求めれば,「ビタミン補給レジメン」で用いられた葉酸,ビタミンB12
及びペメトレキセドそれぞれの具体的な投与量・投与期間・投与経路等の数値を含
む全ての臨床治験プロトコール情報を知り得る状況にあったと認められる。
もっとも,「ビタミン補給レジメン」が,本件発明1における必須の発明特定事
項である「ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび
抗腫瘍活性を維持する」ことを満足し得るレジメンであるか否かについては,本件
臨床試験に参加した個々の患者から得られた結果を集約して統計処理を行って「ビ
タミン補給レジメン」の有効性や安全性を評価した結果を考察して判断されるもの
であるから,本件臨床試験に参加した「ビタミン補給ありの患者」は,本件優先日
の前日である平成12年6月29日までの時点で,
「ビタミン補給レジメン」が,本
件発明1における必須の発明特定事項である「ペメトレキセート二ナトリウム塩の
投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持する」ことを満足し得るレジ
メンであるという情報について,知り得る状況にあったとはいえない。
したがって,本件発明1は,「公然知られた発明」又は「公然実施された発明」
のいずれにも該当しない。
そして,上記の点からすると,本件発明1と同様に,本件発明2~7は,「公然
知られた発明」又は「公然実施された発明」のいずれにも該当しない。
4 原告主張の審決取消事由
(1) 進歩性欠如についての認定判断の誤り(取消事由1)
(2) 新規性欠如についての認定判断の誤り(取消事由2)
第3 当事者の主張
1 進歩性欠如についての認定判断の誤り(取消事由1)
(原告の主張)
(1) 本件優先日当時の技術水準
ア 葉酸の予備処置について
本件優先日当時,葉酸の予備処置がMTAも含むGARトランスホルミラーゼ阻
害剤の活性を維持しかつ毒性を低減するものであることは,その理由も含めて既に
明らかになっていて,技術常識であった(甲1~7,42,43)。
イ ホモシステイン値について
MTAも含む葉酸代謝拮抗薬について,処置前の血漿ホモシステインの値が毒性
を予想する感度の高い方法であることは,本件優先日前に広く知られていた(甲5,
6,42,44,45)。
ウ 被告の主張について
被告は,米国医薬食品局(FDA)がMTAの投与に当たってビタミンB12を補
充することに反対していたと主張するが,本件優先日当時,FDAがビタミンの併
用に反対していたとは認められない(甲28,30,107)。
(2) 本件発明1の相違点2についての容易想到性についての判断の誤り
ア 第三者が提起した無効審判不成立審決に対する審決取消訴訟において知
財高裁が平成29年2月2日にした判決(甲26。知財高裁平成27年(行ケ)第
10249号,平成28年(行ケ)第10017号,第10070号,同29年2
月2日判決。以下「先行判決」という。)は,本件訴訟における甲2からは,葉酸の
単独投与で既に十分な効果が達成されていることが読み取れ,他に問題点を指摘す
る記載もないから,当業者にさらに別のものを組み合わせる動機付けはなかったと
しているが,これは誤りである。
がん治療の現場では,患者の命を少しでも延ばすべく,日々改善が検討されてお
り,いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ(アンメット・メ
ディカル・ニーズ)が存在することは技術常識であり,がん化学療法においては,
常に,毒性を低減し又は効果を維持・増強するニーズが存在し,当業者はそのよう
な改善に対して,常に動機付けられている。本件明細書の段落【0004】も,本
件優先日当時の状況として,葉酸単独では不十分としてさらなる改良の必要性を指
摘している。本件発明に相当する,いわば「改良されたレジメン(葉酸+ビタミン
B12)」で治療された本件臨床試験においても,全登録患者の腫瘍奏効率は14.
1%で,ビタミン補給ありの患者の腫瘍奏効率でさえ16.3%にすぎず,CR(完
全奏功)の患者は皆無であったのであるから,更なる高い効果を求めて,当業者に
おいて,別の活性成分を加えることが動機付けられる。
また,甲2は,第I相臨床試験の結果であり,その目的は「葉酸補充療法により
毒性作用が緩和されるか,またそれによりMTA単独の第Ⅱ相推奨用量を上回る有
意な用量漸増が可能か否かを決定する」ことであった。先行判決は,甲2には「葉
酸以外のものを組み合わせれば,より一層MTA毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維
持が促進されるなど,さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる記載も示唆も
ない。 と判示するが,
」 上記目的の下で進められた第I相臨床試験に関する甲2の記
載において,先行判決が期待するような記載は通常盛り込まれない。
したがって,先行判決における主引用例である甲2や,本件の主引用例である甲
1において,葉酸の単独投与に係る問題点を指摘する明示の記載や示唆がなく,ま
た,さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる明示の記載や示唆がないからと
いって,当業者が動機付けられることはなかったと判断するのは誤りである。当業
者は,がん治療の向上のため,常に,改善に向けて動機付けられる状態にある。
イ 以下のとおり,当業者は,甲1発明に,甲5を組み合わせ,必要に応じ,
その他各甲号証から把握される前記(1)の本件優先日当時の技術水準又は技術常識を
考え併せることにより,「さらにビタミンB12を含有させ,ビタミンB12を特定の
用法・用量で組み合わせて投与する」ことを容易に想到した。
(ア) ビタミンB12を追加することが容易想到であること
a 甲42(ANN L. JACKMAN 「ANTIFOLATE DRUGS IN CANCER THERAPY」
1999年)には,癌患者への葉酸代謝拮抗薬の投与に当たって,ホモシステイン
値が高い場合,すなわち,葉酸の機能的状態(葉酸がテトラヒドロ葉酸として代謝
に関与する状態を指す。以下同じ。)が芳しくない場合において,ホモシステイン値
低下のため,葉酸に加えて,ビタミンB12やビタミンB6を補充することがよいこと
が記載されている。すなわち,甲42には,癌患者は葉酸欠乏であること,葉酸補
充により抗腫瘍活性は維持しつつ毒性を低減し得ること,葉酸補助因子を利用する
生化学経路が適当な量のビタミンB12又はビタミンB6を必要とすることから,これ
らに葉酸を含めた三つのビタミンの状態が化学療法中に見られる毒性の重篤度に大
きく影響するであろうこと,ホモシステイン値のような葉酸の機能的状態の代理指
標は栄養補充(すなわち,葉酸,ビタミンB12及びビタミンB6の補充)に対して敏
感に反応することが記載されている。
また,甲8(Robert Clarke「Lowering blood homocysteine with folic acid
based supplements: meta-analysis of randomised trials」BMJ VOLUME 316, 1
998年)には,ホモシステインの血中濃度は,葉酸,ビタミンB12の血中濃度と逆
相関の関係にあるが,ビタミンB6とはより少ない関係しかないと記載されているか
ら,当業者は,そこから葉酸とビタミンB 12 の組合せに注目する。
そして,甲5には,葉酸代謝拮抗剤による治療前に,ホモシステイン値低下のた
め,葉酸とビタミンB12の補充を示唆する記載がある。すなわち,甲5は,葉酸補
充による葉酸代謝拮抗薬の毒性低減は明確であるとした上で,処置前の血漿ホモシ
ステイン値がMTAの毒性を予想する感度の高い方法であることも証明されている
とし,さらに,ホモシステインの上昇はビタミンB12又は葉酸の何らかの機能の欠
如により引き起こされるものであるとしている。
そうすると,MTAの毒性を減ずるため,処置前の血漿ホモシステイン値を低下
させるべく何らかの手段を取ろうとするとき,当業者は,葉酸又はビタミンB 12,
好ましくは葉酸及びビタミンB12を補充しようと動機付けられるといえる。
b 相違点2の容易想到性を判断するに当たって重要なのは,あらかじめ
ベースライン時のホモシステイン値を低下させておけば,メカニズムはどうあれ,
毒性の発現が抑制され,抗腫瘍活性は維持されるという因果関係が存在することで
ある。
先行判決が認定しているとおり,甲5~7によると,本件優先日当時,MTA等
の葉酸代謝拮抗薬投与前のホモシステイン値は,これを投与した場合の毒性のリス
クを予測させるものであり,これを減じておくと(概ね10μM以下迄),毒性を減
じることが期待できることは周知であった。
同様に,甲6~16によると,先行判決が認定したとおり,ビタミンB12を葉酸
と併用投与すると葉酸の単独投与の場合に比してより一層ホモシステイン値を低下
させることができるのは本件優先日当時の技術常識であり,かつ葉酸のみの前投与
がMTAの効力を弱めることなく毒性を減じ得ることも本件優先日当時に周知であ
った(甲2~4,42)。
上記のような状況下で,MTAの投与に当たり,葉酸単独に代えて,葉酸とビタ
ミンB12の組合せを併用することは当業者の格別の創意を要するものではなく,相
違点2は格別の創意を要するものではない。
先行判決は,
「本件優先日当時において,ホモシステイン値を低下させること自体
によって直ちに葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性が低下する,又は,葉酸の機
能的状態が良好となり,その結果として葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ない
しそのリスクが軽減するという事実が公知であったことは,認めるに足りない。」と
判示しているが,ホモシステイン値の低下が直接毒性の低下に効くかどうかやその
メカニズムは重要ではなく,容易想到性を検討する上で無関係である。
本件においては,
「ベースライン時(MTA投与前)のホモシステイン値」と「M
TA投与後の毒性」に明確な因果関係があるというのが,最も重要であり,当業者
が注目する点である(甲5~7)。そして,このような因果関係さえ明確であれば,
当業者は毒性を減じるためにベースライン時のホモシステイン値を下げようと動機
付けられ,ベースライン時のホモシステイン値を下げるために,MTA投与前にビ
タミン類(葉酸,ビタミンB12)を投与しようとする。
先行判決は,上記認定において,
「MTAの毒性発現」と関係があるのは「ベース
ライン時のホモシステイン値」であるという視点を忘れており,間欠投与されるM
TAという薬剤においては,葉酸とビタミンB12を継続して投与する場合,常に,こ
れらがMTAに先立ち前投与されるというサイクルが繰り返し行われるという点も
十分意識してないまま,誤った結論を導き出している。
(イ) 葉酸及びビタミンB12の投与量が容易想到であること
本件発明1に係る葉酸及びビタミンB12の用量(葉酸:約0.1mg~約30m
g,ビタミンB12:約500μg~約1500μg)は,葉酸とビタミンB12を併
用投与することにより,血中ホモシステイン濃度をあらかじめ1/4~1/3程度
減少させておくことが期待できるとしている甲8に記載の用量(葉酸:0.5~5
mg,ビタミンB12:約0.5mg)を含むか,それと重なるものである。
また,ホモシステイン値の平均値が14μMであることを考慮すると,10μM
未満の濃度を達成するためには,甲8に記載の用量よりも多少多目に与えておこう
と当業者は動機付けられるから,当業者は,甲8の投与量を基礎に,本件発明1にお
ける葉酸の「約0.1mg~約30mg」やビタミンB12の「約500μg~約15
00μg」を容易に設定することができる。
(ウ) 葉酸及びビタミンB12の投与期間が容易想到であること
本件発明1において,ビタミンB12の投与期間を「該ビタミンB12をペメトレキセ
ート二ナトリウム塩の第1の投与の約1~約3週間前に投与し,そして該ビタミン
B12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間毎~約12週
間毎に繰り返す」と設定しているが,この点も容易想到である。
ホモシステイン値低下のため葉酸とビタミンB12を投与するに際し,甲8による
と,
「1日当たり,0.5~5mgの葉酸及び約0.5mgのビタミンB-12の補
充により,血中ホモシステイン濃度が,1/4~1/3減少(例えば,約12μm
ol/lから8~9μmol/lへ減少)することが期待できる」ことが明らかで
あったから,MTAの毒性低下のため,ビタミンB12を投与する場合,その時期が
MTAの処置前となることは当業者に自明であったといえるし,さらに,その時期
を投与の1~3週間前とすることは,当業者が適宜行う設計事項の範囲にすぎない。
また,「ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6
週間毎~約12週間毎に繰り返す」とする点についても,通常3週間ごとに間欠投与
されるMTAに応じて,どの程度の頻度で,ビタミンB12を前処置として投与する
のかは当業者が適宜設定する設計事項にすぎず,容易想到である。
(3) 本件発明2~7についての容易想到性の判断の誤り
本件発明1が容易想到である以上,本件発明2~7も同様の理由により,容易想
到である。
本件発明1を直接又は間接的に引用してビタミンB12の用法・用量をさらに限定
する本件発明2~5は,設計事項の範囲内での変更による限定であるから,本件発
明 1 と同じく容易想到である。
本件発明6,7は独立請求項として記載されているが,本件発明1からビタミン
B12の用法・用量を限定するものであって,設計事項の範囲内での変更による限定
であるから,本件発明1と同じく容易想到である。
(4) 本件発明の効果について
ア 本件明細書の段落【0036】~【0043】のヒトMX-1乳癌腫移
植雌性ヌードマウスを用いた実験(以下「実験1」という。)について
(ア) 実験1では,ビタミンB12はALIMTAの投与に先立ってあらかじめ
投与されておらず,本件発明のレジメンとは異なるものである。また,本件優先日
当時,ビタミンB12の投与時期がALIMTAの投与に先立っていなくとも,
「先だ
った場合」と同じ結果が得られるとの技術常識もない。
したがって,実験1は本件発明の実施例とは認められず,その結果は本件発明の効
果を示すものとして参酌できない。
(イ) また,本件優先日の技術水準から当業者が予測できない効果が確認でき
たというためには,本件発明については,本件優先日当時既知であった「葉酸で前
処置した場合」に対して「さらにビタミンB12も組み合わせて処置した場合」を比
較すべきところ,実験1ではそのような比較においてどの程度の効果の差があった
のかが確認できない。
イ 本件明細書の段落【0044】~【0047】の乳腺癌種C3H菌株挿
入マウスを用いた実験(以下「実験2」という。)について
(ア) 実験2では,薬剤について「葉酸代謝拮抗薬」としか記載がないが,
「葉
酸代謝拮抗薬」には多数の薬剤が含まれるから,本実験において,どの葉酸代謝拮
抗薬が使用されるのか特定できない。一方,本件発明の薬剤は「ペメトレキセート
二ナトリウム塩」に限定されている。したがって,実験2の記載は,本件発明の効
果を確認したものとはいえない。
(イ) また,実験2には,実験結果の定量的な報告が一切ないから,実験2の
記載は,何ら実験を行わずとも記載できる範囲のものでしかない。このような記載
は,
「効果についての意義ある記載」とは認められず,単なる「希望的観測」にすぎ
ない。
(ウ) 本件特許の原出願であるPCT/US2001/014860(国際出
願)の明細書では,実験2については,全ての記述が現在形でされている。この点,
本件明細書の段落【0046】の最終文が過去形で記されているが,これは誤訳で
ある。
米国における特許出願では「予測に基づく試験結果及び想定した実施例(紙上で
作文した実施例)」の記載が許される。ただし,「紙上で作文した実施例(ペーパー
イグザンプル)」は,実際に行った試験及び実際に行った結果を記述し得る「実用に
供する実施例(ワーキングイグザンプル)」とは対照的に,①実際に行った仕事を示
す例としてはならないこと,②実際に得られていない結果を,実際の結果として示
してはならないこと及び③過去形を用いた文書で記述しないことなどが定められて
いて,ワーキングイグザンプルとは明確に区別されている。そして,ワーキングイ
グザンプルは試験内容及びその結果とともに過去形で記載される一方,ペーパーイ
グザンプルは結果を伴うことなく現在形で記載されることが慣行となっている。
本件明細書の実験2の記載はペーパーイグザンプルであり,このペーパーイグザ
ンプルに対して,その後これに相当するワーキングイグザンプルも補充されていな
いから,この記載からは,医薬に係る本件発明の効果や「当業者が予測し得ない効
果」は確認できない。
ウ 本件明細書の段落【0050】~【0060】の臨床トライアルについ
て
(ア) 本件審決は,本件明細書の段落【0059】の「ビタミンB12および
葉酸とALIMTAとの組み合わせ」による処置及び段落【0060】の「ビタミ
ンB12,葉酸およびALIMTAを与えた」という組合せによる化学療法処置は,
いずれも,臨床トライアルの「投与方法および服用方法」として記載されている段
落【0055】~【0058】に記載の用法・用量を用いた本件発明のレジメンに
該当する処置であると認定する。
しかし,段落【0059】や【0060】のいずれにも段落【0050】~【0
053】に記載の用法・用量を用いたとの記載はない。また,段落【0059】の
第1文では,
「現在および過去の臨床トライアルは,米国特許第5,217,974
号に記載されている通り,
・・・」とあり,甲1の対応米国特許である「米国特許第
5,217,974号」が引用されている。したがって,本件審決の上記認定は誤
りである。
(イ) 本件明細書の段落【0059】には,ビタミンB12と葉酸の補充につ
いての毒性に関する記載があるが,本件明細書の表1から明らかなとおり,比較の
対象が「ビタミンB12と葉酸のいずれも投与していない症例(N=246)」に対し
てであり,本件優先日当時の技術水準である「葉酸のみ補充された例」に対してで
はない。そうすると,毒性事象を低下させたという結果が得られたとしても,それ
が「葉酸のみでも達成できていた効果」なのか,
「葉酸のみの場合に比較して,ビタ
ミンB12を追加することではじめて達成できた優れた効果」なのかが理解できない
し,本件優先日当時,表1の結果のみから,葉酸のみを補充した場合よりも葉酸と
ビタミンB12を補充した場合の方がより毒性を低下できたことを読み取ることがで
きるといった技術常識もない。
したがって,表1の結果からでは,本件発明の効果のうち,
「毒性低下」のみにつ
いてすら確認できない。まして,表1の結果からでは,本件発明に係る「抗腫瘍活
性の維持」については何ら確認できない。
(ウ) 本件明細書の段落【0060】には,62人の患者を二つのグループ
(17患者と45患者)に分け,①17患者にはALIMTAを与えるがビタミン
B12又は葉酸を与えなかったとし,②45患者にはビタミンB12,葉酸及びALIM
TAを与えたとし,その結果,①では17人のうちの1人だけが応答したにすぎな
いのに,②では45人のうちの8人が応答したとの記載がある。
しかし,これも,ALIMTAにビタミンB12と葉酸を組み合わせて投与した例」
「
に対する比較の対象が「ALIMTAと葉酸を投与した例」又は「ALIMTAと
ビタミンB12を投与した例」と解されるところ,それぞれの数又は比率が明らかで
ないため,17例の中に,どれだけ「ALIMTAと葉酸」を投与した例があるのか不明
である。さらに,仮にその数が判明しても,
「ALIMTAとビタミンB12を投与した
例」と合体させられているから,本件優先日当時の技術水準である「ALIMTA
と葉酸」に対する本件発明の効果が確認できない。したがって,段落【0060】
の記載からでは,本件発明の効果のうち,
「抗腫瘍活性の維持」のみについてすら確
認できないし,本件発明に係る「毒性低下」についても確認できない。
(エ) 本件審決は,本件明細書の表1の結果と,段落【0060】の結果を
組み合わせて,本件発明の「ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒
性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持する」という効果を認定しているが,このよう
に組み合わせることは許されない。なぜなら,本件発明のように,
「毒性を低下しお
よび抗腫瘍活性を維持する」ことを効果としてうたう場合,
「毒性低下」と「抗腫瘍
活性維持」は,一の実験系において双方が同時に達成されていることを示さなけれ
ば発明の効果を立証しているとはいえないからである。
そして,本件発明に係る技術において,
「毒性低下」が確認できると「抗腫瘍活性
維持」も達成されることも自明又は技術常識であるとか,又は反対に「抗腫瘍活性
維持」が確認されると「毒性低下」も達成されという技術常識もない。
(オ) 本件明細書の段落【0048】には,具体的な投与方法が記載されて
いるが,薬剤が葉酸代謝拮抗薬としか記載がなく,ALIMTAを投与したこと
が確認できない。また,葉酸代謝拮抗薬にビタミンB 12 を組み合わせて投与する
旨の記載はあるが,葉酸を組み合わせることの記載がない。さらに,全ての記述
が現在形で書かれており,実験結果については定量的な報告はおろか,定性的な
報告も一切なされていない。したがって,本件明細書の段落【0048】は,ペー
パーイグザンプルであって,何らの効果も読み取れないものである。
(カ) 本件明細書の段落【0049】からは,ALIMTAにビタミンB12
を組み合わせたことは読み取れるが,葉酸を投与した旨の記載はなく,そこから本
件発明の効果である「葉酸の投与に比べて葉酸とビタミンB12を組み合わせた投与に
よってALIMTAの毒性を軽減し,さらに抗腫瘍活性を維持するという効果」を読
み取ることはできない。
また,本件明細書の段落【0049】は,全ての記述が現在形で書かれており,
実験結果については定量的な報告はおろか,定性的な報告も一切されておらず,ペ
ーパーイグザンプルであるから,何らの効果も読み取れない。
(5) 本件特許の優先日が最先でも第3優先日であること
ア 第1優先権主張の基礎とされた出願の明細書(甲31)には,
「葉酸の約
0.1mg~約30mg」を組み合わせて投与する発明は,記載も示唆もされてい
ない。したがって,
「葉酸の約0.1mg~約30mg」を組み合わせて投与するこ
とを構成とする本件発明は,第1優先日(平成12年6月30日)の利益を享受す
ることはない。
イ 本件明細書の段落【0060】には,62人の患者を二つの群に分け,
そのうちの17患者にはALIMTAを与えるがビタミンB12又は葉酸を与えず,
一方,残りの患者にはビタミンB12,葉酸及びALIMTAを与えたところ,45
人の患者のうちの8人が化学療法に応答した一方,17人の患者については1人だ
けが応答したことが記載されている。このような臨床試験に関する結果は,実際に
行われない限りあらかじめ把握することはできず,いかに技術常識を参酌したとし
ても,甲31や第2優先権主張の基礎とされた出願の明細書(甲32)からは把握
できない。
そうすると,本件明細書の段落【0060】の記載を積極的に活用してこれに基
づいて本件発明の効果を認定しようとする場合には,本件特許の優先日は,最先で
も第3優先日(平成13年4月18日)である。
ウ 本件特許の優先日が第3優先日以降である場合,進歩性の判断には以下
の文献(甲33,51,52)も考慮すべきである。
(ア) 甲51(Paul A.BUNN,JR「Triplet Combination Chemotherapy and
Targeted Therapy Regimens」ONCOLOGY・VOLUME 15・NUNBER 3・SUPPLEMENT,2001
年3月)
甲51の中では,ペメトレキセドを投与される患者に対して,ビタミンB12及び
/又は葉酸を補充した結果,ペメトレキセド単体の最大耐用量が著しく増加し,そ
の毒性が減少したことが明確に述べられている。 ペメトレキセド単体の最大耐用量
「
が著しく増加し」とは,少なくとも抗腫瘍活性を損なうことにはならないことを意
味するから,
「ビタミンB12と葉酸の補充」により本件発明の効果が達成できること
が甲51では明確に述べられている。このような記載に接した当業者は,甲1発明
に,抗腫瘍活性の維持及び毒性の低下を目的として,さらにビタミンB12を追加し
ようと強く動機付けられる。
(イ) 甲52(ALEX A.ADJEI「Gemcitabine and Pemetrexed Disodium in
Treating Breast Cancer 」ONCOLOGY・VOLUME 15・NUNBER 2・SUPPLEMENT, 2001年
2月)
甲52には,葉酸の低用量の毎日経口投与及びビタミンB12の4週間ごとの筋肉
内注射が,ペメトレキセド二ナトリウムの副作用を著しく減少させたという初期の
証拠が存在すること及びそれにより,患者はペメトレキセド二ナトリウムの治療に
先立って葉酸とビタミンB12の補充を受けるべきであると考えられることが,明確
に述べられているから,同記載に接した当業者は,甲1発明に,副作用減少のため,
さらにビタミンB12を追加しようと強く動機付けられる。
(ウ) 甲33(米国臨床腫瘍学会第37年会での講演要旨。
「Vitamin B12
and Folate Reduce Toxicity of AlimtaTM (Pemetrexed Disodium, LY231514, MTA),
a Novel Antifolate/Antimetabolite.」
)
甲33の表題は,上記のとおりであり,
「ビタミンB12及び葉酸は新規葉酸代謝拮
抗薬/代謝拮抗薬Alimta(ペメトレキセート2ナトリウム塩,LY23151
4,MTA)の毒性を低下させる」というものであるところ,第3優先日前にその内容
が公知となっていた(甲34,35)
。
上記記載に接した当業者が,甲1発明に,副作用減少のため,さらにビタミンB12
を追加しようと強く動機付けられることは自明である。
(エ) 以上のとおり,本件特許の優先日が第3優先日以降である場合,本件
発明は,甲1発明に甲5と,さらに甲51,52及び33のうちの少なくともいず
れかとを組み合わせ,必要に応じ,その他の各甲号証から把握される優先日当時の
技術水準又は技術常識を考え合わせることにより,容易想到である。
(6) 甲1発明及び相違点1の認定及び容易想到性についての被告の主張について
ア 甲1でGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤とは, GAR-トランスホ
「
ルミラーゼ阻害剤およびこれに関連するアンチ葉酸は,グリシンアミドリボヌクレ
オチドトランスホルミラーゼとして知られている酵素の生理作用を効果的に阻害す
る化合物である。」と定義されており,MTAはこの「グリシンアミドリボヌクレオ
チドトランスホルミラーゼ」を阻害するものに該当する。
また,甲1で,
「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」について説明した段落【0
007】【0008】の記載及びMTAの化学式からすると,甲1の「GAR-ト
,
ランスホルミラーゼ阻害剤」にはMTAが含まれ得る。
そして,甲1は平成5年4月20日に出願公開された特許公報であるが,その後,
遅くとも本件優先日前の平成11年の末までには,甲1の「GAR-トランスホル
ミラーゼ阻害剤」に該当する「MTA」について,葉酸による前処置により,毒性
が減少し,かつ,抗腫瘍活性が維持されることが,少なくとも甲2~4により,当
業者に既知となっていた。当業者は,甲2~4から把握される周知技術を参酌する
とき,甲1は,まさに,MTAをも含むものとして記載された文献であったことを
理解する。
イ 上記のとおり,甲1発明をロメトレキソールに限定して解釈する理由は
ないから,ロメトレキソールとMTAとを比較する実益がなく,阻害対象酵素や細
胞内に取り込まれるメカニズムの相違についても検討する必要はない。
また,仮に,被告の主張する点を検討するとしても,これらの相違はさしたるも
のではない。阻害対象たる酵素が,MTAでは主にチミジル酸シンターゼ(TS)
である他,GAR-トランスホルミラーゼやジヒドロ葉酸リダクターゼ(DHFR)
といった酵素も阻害するといったことは,既にメトトレキセート(MTX)でも確
認されていた特徴である。また,細胞内取込みメカニズムについても,メトトレキ
セート(MTX)の細胞内取込みに還元型葉酸キャリア(RFC)が関与している
ことは知られており(甲58),この点もさしたる特徴ではない。
ウ 被告は,本件優先日当時,ロメトレキソールと葉酸を併用すると,ロメト
レキソールの有効性が損なわれることが既に知られていたと主張するが,本件優先日
当時の技術水準と矛盾する,
被告がその主張の根拠として指摘する甲103は,本件優先日当時の技術水準を
基礎付けるものではない。
(被告の主張)
(1) 本件発明の背景,経緯
本件特許の発明者であるニイキザ博士は,MTAの毒性とビタミンB12との間に
関連があることを見いだし,ビタミンB12と葉酸の組合せで患者を処置すると,被
告のMTA臨床試験において散発的に見られた毒性の問題を解決するのに役立つの
ではないかという,型破りなアイディアを持った。
ニイキザ博士の上記ビタミン補充のアイディアは,本件優先日当時の技術常識に
反するものであり,当初,MTAの効力を低減させるとして被告の委員会やFDA
の反対にあったが,その後に行われた臨床試験で,ビタミン補充がMTAの有効性
を損なうことなく,その毒性が軽減されることが明らかになったのである。
(2) 相違点2が容易想到ではないこと
ア 甲1は,葉酸のみの投与によっては,MTAを含む葉酸代謝拮抗薬の毒
性が十分に低下せず,MTAの用量を漸増させることができないことを示唆するも
のではない。甲1には,葉酸の単独投与についての問題点を指摘する記載はなく,
示唆もされていない。また,甲1には,葉酸以外のものを組み合わせると,より一
層MTAを含む葉酸代謝拮抗薬の毒性の低下又は抗腫瘍活性の維持が促進されるな
ど,さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる記載も示唆もない。
原告は,アンメット・メディカル・ニーズから,甲1に接した当業者が,葉酸の
他にビタミンB12を加えることを動機付けられると主張するが,アンメット・メデ
ィカル・ニーズなるものは,抽象的かつ漠然としたもので,進歩性判断における「主
引用例と副引用例とを組み合わせる動機付け」を基礎付ける事実としては不十分で
ある。
主引用例である甲1の記載によると,引用発明が解決すべき課題である葉酸代謝
拮抗薬の毒性は,引用発明の解決手段(葉酸の投与)によって解決されたものと理
解できるのであり,引用発明について,毒性の低下が未解決の課題として残ってい
るとは理解できない。
原告が副引用例として挙げる甲5も,「葉酸代謝拮抗剤(特にGARFT阻害剤)
の毒性を低減させるための葉酸の補充効果は明確である」と記載しており,GAR
FT阻害剤の毒性を低減させることを目的とし,そのために葉酸を補充する構成を
有する引用発明を改変する必要がないことを更に裏付けている。
イ 原告は,MTA等の葉酸代謝拮抗薬投与前(ベースライン時)のホモシ
ステイン値は,これを投与した場合の毒性のリスクを予想させるものであり,これ
を減じておくと(概ね10μM以下迄) 毒性を減じることが期待できることが技術
,
常識であったと主張する。
(ア) しかし,本件優先日当時,ベースライン時のホモシステイン値は,M
TAを含む葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の程度に影響を与える同投与開始
前における葉酸の機能的状態の指標として信頼性の高いものであることから,MT
Aの投与により生じる上記毒性発生のリスクを予測させるものにすぎないと理解さ
れていた。言い換えると,本件審決や先行判決が認定しているとおり,ホモシステ
イン値を低下させることにより,葉酸の機能的状態が良好となり,その結果として
葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性又はそのリスクが低下するという技術常識は
存在しないし,ホモシステイン値は指標にすぎず,ホモシステイン値とMTAの毒
性発現との間には原因と結果の関係がないから,両者の間に原告が主張するような
因果関係はない。
(イ) 甲42には,原告が主張するような,
「癌患者への葉酸代謝拮抗薬の投
与に当たって,ホモシステインの値が高い場合,すなわち,機能的葉酸の状態が芳
しくない場合において,ホモシステイン低下のため,葉酸に加えて,ビタミンB12
やB6を補充することがよい」ということは何ら記載されておらず,これが技術常識
であったともいえない。
(ウ) メチルマロン酸値は,ビタミンB12の状態の指標であるところ,メチ
ルマロン酸値とMTA毒性との相関性が明確に否定されていた(甲7)から,当業
者は,甲1のロメトレキソールをMTAに置換した引用発明におけるMTA毒性の
回避手段としてビタミンB12投与を動機付けられたとはいえない。
ウ がん化学療法に携わる当業者は,甲115(木村修一他翻訳監修「最新
栄養学〔第7版〕-専門領域の最新情報-」,平成9年)のような栄養学上の文献を
参照するものではなく,甲115に記載されている詳細な内容が当業者の技術常識
を構成していたという事実はないが,甲115に記載されている栄養学上の知見を
考慮したとしても,ビタミンB12を併用する動機付けはない。理由は以下のとおり
である。
(ア) ホモシステイン値の上昇は,ビタミンB12の不足に起因するもの以外
に,メチル基の供給元である5-メチルテトラヒドロ葉酸の不足や,同じくメチル
基の供給元であるべタインの不足,シスタチオニンβ-シンターゼ(CBS)の活
性不良等によってもたらされるが,ホモシステイン値が低下した場合に,それがヌ
クレオチド生合成反応系(DNAサイクル)に影響を与えるのかどうか,与えると
してどのような影響を与えるのかは,甲115からは不明である。また,ホモシス
テイン値の上昇がビタミンB12の欠乏に起因する場合であっても,少なくとも,外
部から葉酸が大量投与されることにより,DNAサイクルに葉酸が十分に供給され
ている場合には,更にビタミンB12が投与されることによってDNAサイクルが影
響を受けると予測することは不可能である。むしろ,葉酸の投与により既に葉酸状
態が改善されていた以上,ビタミンB12の追加投与によっては,DNAサイクルは
何ら影響を受けないという予測も十分に成り立つ。
(イ) 甲115のような葉酸代謝メカニズムについての知見によると,葉酸
を投与することにより,DNAサイクルが正常に機能する程度に葉酸状態は改善す
るから,メチル化サイクルのみに関係するビタミンB12を投与する必要はなく,少
なくとも,葉酸代謝拮抗薬に葉酸を併用して投与することにより,既に葉酸状態が
改善し,毒性が低下している場合(引用発明の構成)において,ビタミンB12を追
加投与することにより毒性が更に低下するという予測が成り立つとはいえず,その
ような追加投与が必要であったとする証拠上の裏付けはない。
実際,本件優先日以前においては,葉酸代謝拮抗薬の毒性への対処のために葉酸
を併用投与する研究のいずれにおいても,研究者は,ビタミンB12を追加投与する
ことが必要であるとは考えていなかった(甲12,113,乙3,16)。
(3) 甲1発明及び相違点1の認定及び容易想到性について
ア 甲1において実際に葉酸と併用した場合の抗腫瘍活性及び毒性が検討さ
れた「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」 「ロメトレキソール」
は のみであり,
その他の「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」が試験に供されたとの記載はな
い。また,甲1では,実施例で検討された葉酸と併用した場合のロメトレキソール
の抗腫瘍活性及び毒性に対する効果を,
「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」に
一般化し得るに足りる根拠は何ら科学的に説明されていない。このため,当業者は,
ロメトレキソール以外の「GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤」についても,葉
酸との併用により効果がみられるとは理解できない。
したがって,甲1発明は,正しくは,ロメトレキソールに関する発明であり,相
違点1も正しくは,「本件発明1では,MTAであるのに対し,甲1発明では,『ロ
メトレキソール』である点。」である。
イ ロメトレキソールは,GAR-トランスホルミラーゼ(GARFT)の
みを阻害するGARFT阻害剤であるのに対し,MTAは,主にチミジル酸シンタ
ーゼ(TS)を阻害する点で,ロメトレキソールとは全く異なる薬剤である。また,
細胞内に取り込まれるメカニズムについても,ロメトレキソールは,葉酸結合タン
パク質(FBP)に結合して運ばれる(甲1)のに対し,MTAはFBPではなく,
還元型葉酸キャリア(RFC)によって細胞内に取り込まれる(乙1) したがって,
。
甲1のロメトレキソールを,このように作用機序の異なるMTAに置換する動機付
けがあったとはいえない。
また,甲1には,FBP結合剤である葉酸が,FBPに結合することにより細胞
に取り込まれるロメトレキソールの毒性を緩和することが記載されているが,これ
はFBPではなくRFCに結合して細胞内に取り込まれるMTAには無関係であり,
本件優先日当時,ロメトレキソールと葉酸を併用すると,ロメトレキソールの有効
性が損なわれることが既に知られていた(甲103[乙3])から,当業者が甲1か
ら出発して本件発明に想到したとは考えられない。
(4) 甲51,52及び33が引用例となり得ないこと
ア 「葉酸の約0.1mg~約30mg」を組み合わせて投与する発明は,
第1優先権主張の基礎出願とされた明細書(甲31)の全体により明らかにされて
いるといえる(甲31の7頁1行~12行及びその訳文である甲31の1の7頁1
行~9行)。したがって,本件特許の優先日は,第1優先日である。
仮に,甲31の記載が第1優先日における優先権を享受するには不十分であると
仮定しても,「葉酸の約0.1mg~約30mg」を組み合わせて投与する発明は,
第2優先権主張の基礎出願とされた明細書(甲32)に明示的に記載されている(甲
32の7頁29行~8頁2行及びその訳文である甲32の1の7頁8行~10行)。
したがって,本件特許の優先日は,遅くとも,第2優先日である。
また,本件発明の「ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低
下しおよび抗腫瘍活性を維持するための」という用途は,甲31及び甲32に記載
のあるヒトMX-1乳癌腫移植雌性ヌードマウスを用いた実験や乳腺癌腫C3H菌
株挿入マウスを用いた実験により裏付けられている。
そして,甲31や甲32には,本件発明のヒトに対する臨床的評価が記載されて
いる上,毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持を特徴とする,葉酸代謝拮抗薬,葉酸及
びメチルマロン酸低下薬(ビタミンB12)の併用投与に係る発明についても記載さ
れている。
したがって,本件発明の構成部分は,甲31又は甲32の全体により明らかにさ
れているから,本件特許の優先日は最先でも第3優先日であるとの原告の主張は理
由がない。
イ また,本件特許の優先日をいつと捉えようと,甲1に,副引用例として,
甲5及び甲51,52又は33を組み合わせた進歩性欠如の無効理由の主張は,無
効審判の手続において審理判断されなかった引用例に基づく無効原因の主張である
から,審決を違法とする理由として主張することができない。
2 新規性欠如についての認定判断の誤り(取消事由2)
(原告の主張)
(1) 本件発明の構成が患者に伝えられていたこと
ア 臨床試験では,統計学的に有意であるという結果を,一定の精度の下の
検証試験(第 III 相臨床試験)を経て確認しておく必要があると考えられているか
ら,統計処理や盲検化等がされ,
「結果の偏りを最小にし,精度を最大にする」とい
うことに多大な注意を払った上で「臨床試験における効果」を判断するものである。
一方,特許に係る発明は,それ程厳密な効果を要求するものではない。反復継続
して得ることができるものであることは要求されるが,その程度は,第三者が同じ
発明を実施するに足る程度に客観的存在であれば足りる。したがって,臨床試験の
結果を待たずとも,あるいは,臨床試験の結果にかかわらず,特許発明は成立する。
現に医薬にかかわるほとんどの発明は,臨床試験としての効果は確認されていない
発明である。
本件臨床試験は,第 II 相臨床試験であるから,その試験結果からは,「臨床試験
における効果」は,たとえ統計処理を経たとしても,未だ確認できないものであっ
た。本件臨床試験の結果が,あたかも,本件発明の「発明における効果」の確認に
おいて決定的な役割を果たしたとする本件審決の認定は誤りである。
イ 被告とFDAとの1999年(平成11)年12月前後のやりとり(甲
28~30,105)から推測されるとおり,FDAがICH-GCPガイドラ
インの下,葉酸とビタミンB12の追加を認めたことからすると,本件臨床試験プロ
トコールを変更した1999年(平成21年)12月10日前に本件発明の効果を
示すデータ
(動物実験のデータ又は小規模の臨床試験データの少なくともいずれか)
が得られていたことは疑いないし,本件臨床試験に治験担当医師として関与したA
(以下「A」という。)の宣誓供述書(甲23)からもそのことは明らかである。
本件明細書の段落【0049】には,
「上記の臨床研究のための製造(準備)にお
いて,ヒトにおけるパイロット研究は,ALIMTAを与えている患者に与えたビ
タミンB12が,ALIMTAが原因の副作用を有効に低下させることを確認した。」
と記載されている。この記載は,第1優先日にも存在した記載(甲31)であるか
ら,ビタミンB12が少なくとも副作用を低下させることは第1優先日前に確認されて
いたことがうかがえる。
また,ICH-GCPガイドラインによると,スポンサー(治験主)が負う義務
として,あらかじめ,①具体的な投与量・投与の時期・投与経路・投与対象(試験対
象群)を定めること,②その定めた試験内容でヒトに実施するに当たり,それをサポー
トするに十分な安全性と有効性に関するデータを取得済みであることが求められるの
であるから,このことからしても,被告は,本件発明の内容に該当するデータを1
999年(平成11年)12月10日における本件臨床試験のプロトコール変更に
先立ち保有していたことが推認できる。
ウ Aの宣誓供述書(甲23),ICH-GCPガイドラインからすると,本
件発明の内容は,投与量・投与期間・投与経路のほか,そのようなレジメンから合
理的に期待できる利益,すなわち,非臨床及び/又は臨床試験データに基づいてM
TAの毒性を低下させかつ抗腫瘍活性を維持することが期待できるという利益に至
るまで,患者に,インフォームドコンセントによって伝えられていたと認められる。
したがって,本件発明は,「公然知られた発明」に当たる。
エ(ア) 被告は,効果についてAが執筆した刊行物(甲135)の記載と矛盾
することから,Aの宣誓供述書(甲23)に信用性がないと主張するが,被告の主
張は,臨床試験での効果判定という特殊な状況と,医療現場における通常の医師の
判断とを同列で比較している点で誤りである。医師が,自らの患者に対して,治療
効果の程度を判断し,伝えることは当然のことであるし,そのことが何らの矛盾を
招くことはない。
また,被告は,本件臨床試験でAが担当した患者に奏効した者がいなかったこと
から,Aの宣誓供述書(甲23)に信用性がないと主張するが,Aが甲23で述べ
ているのは,①当該臨床試験に参加した患者は,いかなる種類の秘密保持契約にも
拘束されていなかったこと,②投与前に患者は,試験プロトコールやその変更理由
(すなわち,ビタミンB12と葉酸の追加によるポジティブな効果)について,十分
に説明を受けていたこと,③試験期間中,参加者は,自分の疾患がどのように治療
に反応したかやその副作用プロファイルについて,医師から知らされていたこと等
である。これらの事項は,本件臨床試験に携わった医師ならば理解している事項で
あって,担当した患者に奏効した者がいなかったことは無関係である。
(イ) 被告は,被験者への口頭又は書面による情報に用いられる文体はでき
るだけ専門用語を使わず理解可能なものであるべきである(ICH-GCPガイド
ライン4.8.6)とされているのを根拠に,本件臨床試験の治験担当医師が患者
に対し,患者が本件臨床試験の内容を理解できるよう,葉酸とビタミンB12の具体
的な投与量等を具体的に伝えていたと考えるのは不自然であると主張する。
しかし,ICH-GCPガイドラインの4.8.1及び4.8.2によると,患
者には,治験への参加意志に関係する可能性のある情報が適時に知らされることと
なっており,どのような治療を受けるのか,その具体的な内容はいかなるものであ
るかは,患者に知らされるべき情報に該当する。
また,ICH-GCPガイドラインや同ガイドラインで言及されているヘルシン
キ宣言で規定された内容を受けて,国立がん研究センターが用いている同意書面(甲
38)と同様の同意書面が欧州(ドイツ,イタリア,英国)や米国で治験を行う医
療機関においても使用されていると考えられる。甲38には,確かに,
「専門用語を
使わず(non-technical)」及び「理解可能(understandable)」とする趣旨が,随所
に盛り込まれているが,そうであるからといって,
「レジメンの具体的な投与量・投
与期間・投与経路等の数値を含む全ての情報」が割愛されている訳ではなく,甲3
8の7頁6行~7行で,
「*投与量,投与方法,投与時間,投与期間,回数などを具
体的に示す。前投薬など,支持療法がある場合はそれも合わせて記載する。」とされ
ている。ICH-GCPガイドライン4.8.6に「被験者への口頭または書面に
よる情報に用いられる文体はできるだけ専門用語を使わず理解可能なものであるべ
きである」とされているのは,単に,判りやすい表現を用いて理解できるようにす
ることを示しているにすぎない。
(2) 本件発明が少なくとも公然知られ得るような状態にあったこと
本件審決が認定したとおり,本件臨床試験に関与した治験担当医師には,患者の
権利,安全及び健康を科学面や社会面の利益に対して優先するため並びに患者が本
件臨床試験に参加するかどうかを決定するための十分な時間と機会を与えるため,
患者から説明を求められた場合は,本件臨床試験の「ビタミン補給レジメン」で用
いられた葉酸,ビタミンB12及びペメトレキセドそれぞれの具体的な投与量・投与
期間・投与経路等の数値を含む全ての臨床試験プロトコール情報を,患者に提供す
ることが求められていたと解するのが自然である。
また,国立がん研究センターが用いている同意文書(甲38)では,患者に提供す
る説明文書に「*投与量,投与方法,投与時間,投与期間,回数などを具体的に示
す。前投薬など,支持療法がある場合はそれも合わせて記載する。とされているし,
」
B教授(以下「B教授」という。)による意見書(甲56)でもインフォームドコン
セントの際に患者にプロトコール(投与の薬剤名,投与期間,分量)が詳しく説明
されることが分かる。
したがって,少なくとも,本件臨床試験に参加した患者は,
「ビタミン補給レジメ
ン」で用いられた葉酸,ビタミンB12及びペメトレキセドそれぞれの具体的な投与
量・投与期間・投与経路等の数値を含む全ての臨床試験プロトコール情報を知り得
る状況にあった。
さらに,「ビタミン補給レジメン」を受けた患者は,1999年(平成11年)
12月10日以降に登録された患者であって,その際,ビタミン補給レジメンがど
のような意義を有するのか,自身の病状に係る最も重要な問題として興味を持って
いるのであるから,当然,その効果について説明を受けたはずである。また,仮に,
万一,そのような説明が医師から自発的になかったとしても,患者が求めれば,医
師が説明しなければならない状況にあったことに変わりはない。そして,前記のと
おり,1999年(平成11年)12月10日前に,本件発明の効果に係る情報は,
プロトコール変更の前提として,既に取得済みであったはずであるから,これらの
患者は,ビタミン補給レジメンが,本件発明における必須の発明特定事項である「ペ
メトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下し及び抗腫瘍活性を維
持する」という効果を奏することも知り得る状況にあった。
(3) 患者に秘密保持義務はないこと
ア ICH-GCPガイドラインの「2.3 治験に参加する被験者の権利,
安全,及び健康は,最も重要な考慮すべき事柄であって,科学面や社会面の利益に
対して優先すべきものである。」や「4.8.7 インフォームドコンセントの取
得が可能となる前に,インベスティゲーター,又はインベスティゲーターから指示
された者は,被験者又は被験者の法的に許容できる代理人に,治験の詳細について
質問をするための及び治験に参加するかどうかを決定するための十分な時間と機会
を与えるべきである。治験についての質問に対しては全て,被験者又は被験者の法
的に許容できる代理人が満足するまで,答えられるべきである。」や「4.8.2
患者に提供される書面同意書式及びその他の書面情報は,患者の同意に関連する可
能性のある重要な新情報が利用可能になるごとに改訂される。改訂されたいずれの
書面同意書式及びその他の書面情報も,その使用前に,IRB/IECの承認/肯
定的見解を得ることとする。患者やその法的に許容される代理人は,治験への参加
継続についての患者の意志に関係する可能性のある新情報が利用可能になった場合
には,適時に知らされることとする。この情報についてのコミュニケーションは書
面化される。からすると,
」 ICH-GCPガイドラインにおいては,被験者の権利,
安全及び健康は科学面や社会面の利益に優先されるべきものであり,かつ,患者が
治験に参加するかどうかを決定するために十分な時間と機会を与えるべきであるこ
とが規定されている。このような状況の下において,仮に,患者に対して秘密保持
義務を課すのであれば,その内容は書面によって明示して患者に伝えられていたは
ずである。なぜなら,義務が課されるということは,それがどのような義務であれ,
治験参加に対しての患者の否定的な意志を促す可能性が否定できないからである。
したがって,そのような情報があらかじめ患者に伝えられない道理はないし,まし
て,暗黙のうちにそのような義務が発生し得ることはあり得ない。
しかし,本件臨床試験において,患者に対し,インフォームドコンセントにおい
て,秘密保持義務を課したという記録はない。
イ 被告も,臨床試験に際して,患者に対し,臨床試験において知りえた技術
情報についての明示的な秘密保持義務を負わせることはしていないことを自認して
いる。
ウ さらに,被告の子会社である日本イーライリリー株式会社のホームペー
ジ(甲59)は,患者に対し,臨床試験について詳しく学ぶことを促し,質問事項や
疑問点はできる限り医師らに質問することを奨めている上,家族のみならず,友人にも
相談することを促しているが,そのような記載に接した患者は,そのような友人にまで
話をしても良い情報に,黙示の秘密保持義務が課せられるとは理解しない。
エ 被告は,秘密保持義務がないというためには,患者やその家族が「社会
通念上又は商慣習上,発明者側の特段の明示的な指示や要求がなくとも,秘密扱い
とすることが暗黙のうちに求められ,かつ,期待される関係にある者」にも該当し
ないことが必要であると主張するが,通常,患者やその家族は,本件発明の存在す
ら知らず,そもそも,何を秘密にすべきかさえ知らないから,上記裁判例にいう「社
会通念上,秘密扱いすることが暗黙のうちに求められ,かつ,期待される関係にあ
る者」に該当しない。
(被告の主張)
(1) 本件臨床試験に参加した患者が秘密保持義務を負っていて,特許法29条1
項1号,2号の「公然」の要件が充たされないこと
ア 我が国のみならず外国(例えば,アメリカ,ヨーロッパ諸国)において
も,各国の医薬品規制当局による医薬品の製造・販売の承認・許可を受けるために
実施される本件臨床試験のような臨床試験は,治験依頼者である製薬会社と治験担
当医師らによる厳重な管理の下に,関係者以外の一般公衆が自由に見分できない環
境下で実施されるのが通例である。そして,臨床試験における薬剤の使用は,未承
認の薬剤の安全性や有効性を確認するという公衆衛生上の目的のために,厳格な法
的規制の下で行われるものであって,安全性や有効性の確認を経て既に承認を受け
た医薬が,商取引により製薬会社のコントロールを離れて患者の手に渡り,患者が
当該医薬の自由な使用や処分をすることができる場合とは,全く状況が異なる。
本件臨床試験も,臨床試験に関する各国の厳格な法的規制の下で,かつ秘密保持
義務を負っていた治験担当医師により,厳重に管理された病院施設という試験関係
者以外の一般公衆の自由な見分が不可能な状況下で,がん患者を対象として,実施
されたものである。そして,対象となった薬剤であるMTAは,治験実施者から,
秘密保持義務を負っていた治験担当医師の手に渡り,患者に対して静脈注射によっ
て投与され,本件臨床試験後には,使用されなかったMTAは治験担当医師により
治験実施者に返還された。したがって,治験担当医師のみならず対象患者もMTA
を本件臨床試験以外の目的に用いることは物理的に全く不可能であった。
さらに,本件臨床試験開始当初のMTAのみのレジメンについての情報,その後
のMTA,葉酸及びビタミンB12の併用投与のレジメン(MTAが,葉酸とビタミ
ンB12と併用投与され,これらのそれぞれが所定の時期,用量で投与されるという
レジメン)についての情報は,治験実施者から秘密保持義務を負う治験担当医師に
伝えられた。また,MTAと葉酸,ビタミンB12の併用投与により,MTAの毒性
低下及び抗腫瘍活性の維持という結果が得られるとの判断は,秘密保持義務を負っ
ていた専門家が,秘密保持義務を負っていた治験担当医師により実施された本件臨
床試験により得られたデータを収集・分析・評価することにより得られたものであ
る。そして,このような収集・分析・評価の結果が本件臨床試験に参加した個々の
患者に伝えられたことはなく,また,本件優先日前に知られていたこともなかった。
イ 臨床試験をめぐる世界各国に共通の実務として,臨床試験に対する患者
の自由意思に基づく参加を促進する観点から,臨床試験の依頼者たる製薬会社,治
験担当医療機関・医師は,患者に対し,臨床試験において知り得た技術情報につい
ての明示的な秘密保持義務を負わせることはしていない。しかし,そのことは決し
て,患者が,臨床試験において知りえた技術情報を,臨床試験の目的を離れて,自
由に利用することを許容するものではない。
仮に,臨床試験において,患者に明示的な秘密保持義務が存在しないことを根拠
として,臨床試験を行ったことにより発明が公知・公用となったとの主張が認めら
れることになれば,製薬会社としては,臨床試験に参加する患者に明示的な秘密保
持義務を要求することは実際上不可能であることから,臨床試験による効果の裏付
けが原則的に必要とされるような医薬品の用途,用法や用量に関する発明について,
特許による保護を求めることが不可能となる。
ウ なお,証明責任について,原告は,本件特許の実施との関係で,
「法律上
又は契約上,明示的に秘密保持の義務を負う者」又は「社会通念上又は商慣習上,
発明者側の特段の明示的な指示や要求がなくとも,秘密扱いとすることが暗黙のう
ちに求められ,かつ,期待される関係にある者」のいずれにも該当しない者の存在
を主張・立証する必要があり,原告がそのような者の存在を主張・立証しない場合
には,特許法29条1項1号,2号の「公然」の要件の証明がないものとして,新
規性欠如による無効の抗弁は成り立たないという帰結となる。
(2) 本件臨床試験は,②特許法29条1項1号にいう「知られた発明」,同項2
号にいう「公然実施をされた発明」の要件を充たさないこと
ア 用法・用量に特徴を有する医薬用途発明である本件発明の内容が患者に
知られた(公知の場合)というためには,単に,MTAが葉酸及びビタミンB12と
併用投与されることが知られたというだけでは足りず,
① MTAは,葉酸とビタミンB12と併用し,MTAの毒性低下を特徴とす
るレジメンの下で投与すること
② MTAは,葉酸とビタミンB12と併用し,抗腫瘍活性の維持を特徴とす
るレジメンの下で投与すること
③ 当該レジメンにおいて,葉酸とビタミンB12は,それぞれ,本件発明に
規定する投与期間かつ数値範囲の用量で投与すること
の各事実が全て,ある一人の患者に知られたことが必要であり,本件発明の内容が
知られ得る状況で当該発明が実施されたというためには(公用の場合) 上記①~③
,
の事実全てについて,ある一人の患者に知られ得る状況が存在したことが必要であ
る。
イ しかし,本件臨床試験のような第 II 相臨床試験は,対象薬剤の安全性や
有効性を確認するための試験であって,安全性と有効性の双方が既に確認済みの「医
薬品として完成された薬剤」が患者に投与される試験ではない。本件臨床試験にお
いても,そこで用いられた,MTA,葉酸及びビタミンB12の所定時期・所定用量
での併用投与というレジメンは,患者への投与の際,
「MTAの毒性低下を特徴とす
る」レジメンとして用いられたのではなく,むしろ,
「MTAの毒性低下を特徴とす
るか否かが不明であるが,その確認が必要なレジメンとして」用いられた。
同様に,本件臨床試験における,MTA,葉酸及びビタミンB12の所定時期・所
定用量での併用投与というレジメンは,患者への投与の際,
「抗腫瘍活性の維持を特
徴とする」レジメンとして用いられたのではなく,むしろ,
「抗腫瘍活性の維持を特
徴とするか否かが不明であるが,その確認が必要なレジメンとして」として用いら
れた。
また,葉酸及びビタミンB12を補充されたMTA投与にMTAの毒性低下及び抗
腫瘍活性の維持という効果があるとの結論を導くには,数多くの患者からのデータ
を収集し,分析し,評価するという高度な知的作業が不可欠である(甲133)。し
かし,そのような収集・分析・評価の結果が本件臨床試験に参加した個々の患者に
伝えられることはなかったし,患者はそれらのデータを分析,評価する能力を有し
ていない。したがって,MTAと葉酸,ビタミンB12の併用投与により,MTAの
毒性低下及び抗腫瘍活性の維持という効果が得られること,すなわち,前記①及び
②の各事実が,本件臨床試験に参加した患者に知られたことや,知られ得る状況は,
本件審決が認定するとおり存在しなかった。
ウ(ア) ICH-GCPガイドラインには,投与される薬剤の具体的な投与量・
投与期間・投与経路等の数値を含む全ての臨床治験プロトコール情報を患者に開示
すべきとは記載されていない。それどころか,ICH-GCPガイドラインには,
「4.8.6 書面同意書式を含む,治験についての口頭又は書面情報に用いられ
る文体は,できるだけ専門用語を使わず,被験者,被験者の法的に許容できる代理
人及び公平な立会人に理解可能なものであるべきである。 と記載されている。
」 そう
すると,本件臨床試験の治験担当医師が患者に対し,患者が本件臨床試験の内容を
理解できるよう,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量等を具体的に伝えていた
と考えるのは不自然である。
(イ) また,本件臨床試験に参加した患者が具体的に何を伝えられたのかを
直接証明する証拠は何ら提出されていない。
Aの宣誓供述書(甲23)には,
「患者はペメトレキセド,ビタミンB12及び葉酸
の併用が行われる事について知らされた」と記載されている。
Aは,甲23において,本件臨床試験に参加した患者は,本件臨床試験の最中,
MTA,葉酸及びビタミンB12の併用投与による自身の腫瘍反応及び副作用につい
て医師から説明を受けており,加えて,副作用の減少については自分自身で経験し
ていたことから,当該患者は,MTA,葉酸及びビタミンB12の併用投与によりM
TA毒性の低下と抗腫瘍活性の維持を図ることができることを理解していた旨供述
するが,Aは,自身が執筆した刊行物(甲135)において,第 II 相臨床試験の効
果を判定することは困難であるため,その効果を判定するためには,治験担当医師
による判定のみならず,外部専門家による判定も必要であると述べているし,Aは,
本件臨床試験についての外部専門家による判定結果を受領しておらず,本件優先日
前に効果について知り得る立場になかった。甲23におけるAの供述は,自身が執
筆した刊行物(甲135)の記述と矛盾しており,信用性を欠く。
Aの担当患者は,いずれも葉酸とビタミンB12の併用投与が開始される前の19
99年(平成11年)12月に本件臨床試験を終了している(甲133)から,A
が,本件臨床試験に参加したいかなる患者に対しても,葉酸とビタミンB12の併用
投与の用法,用量,投与した効果等を伝える場面も可能性も存在せず,実際に伝え
た事実もない。また,本件臨床試験におけるAの担当患者のうち,奏功を示した者
は存在しなかった(甲133)から,Aが,本件臨床試験に参加したいかなる患者
に対しても,MTAにより腫瘍増殖が抑制されたことを伝える場面も可能性も存在
しなかったし,実際に伝えた事実もない。したがって,甲23はこれらの点からも
信用性を欠く。
仮に,上記の点を措くとしても,甲23には葉酸とビタミンB12が,それぞれ,
本件発明所定の時期において,所定の数値範囲の用量で投与することまでが患者に
伝えられたとは記載されていない。
加えて,治験担当医師は治験実施者に対して秘密保持義務を負っていたのである
から,治験担当医師が患者から概括的な説明以上の情報を要請された場合には,そ
のような情報を開示してもよいかを治験実施者に確認した後,患者に開示・説明を
していたとしか考えられない。そうでないと,治験実施者たる治験担当医師に対す
る秘密保持義務と患者に対する説明義務という,一見,互いに相反する義務を果た
すことはできないからである。
エ 特許法29条1項1号(公知)にいう「知られた発明」 同項2号
, (公用)
にいう「公然実施をされた発明」の要件の充足性についても,公知・公用による特
許無効を主張する原告が主張立証責任を負い,原告において,上記ア①~③の各事
実が全て,ある一人の患者に知られたこと(公知)又は上記ア①~③の各事実全て
について,ある一人の患者に知られ得る状況が存在したこと(公用)のいずれかを
主張立証する必要がある。
しかし,前記のとおり,本件臨床試験で用いられた,MTA,葉酸及びビタミン
B12の所定時期・所定用量での併用投与というレジメンは,
「MTAの毒性低下を特
徴とするか否かが不明であるが,その確認が必要なレジメンとして」「抗腫瘍活性
,
の維持を特徴とするか否かが不明であるが,その確認が必要なレジメンとして」用
いられたものである。
被告とFDAとの1999年(平成11年)12月前後のやりとり(甲28~3
0)に基づく原告の主張も,およそ具体性を欠くものであり,自己に都合のよい憶
測を述べているにすぎない。
したがって,原告は,上記の主張立証責任を果たしていない。
第4 当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書の記載
【0001】
(背景技術)
潜在的に生命を脅かす毒性が,葉酸代謝拮抗薬の最適な投与における主な制限であ
る (通常,Antifolate Drugs in Cancer Therapy, Jackman, Ann L.編, Humana
Press, Totowa, NJ, 1999.を参照)。例えば,安全で最大限の投与を可能とするべ
く,支持処置が通常用いられる。例えば,デキサメタゾン(dexamethone)等のステ
ロイドは,葉酸代謝拮抗薬によって引き起こされる皮膚発疹の生成を防止するのに
使用することができる(Antifolate, 197 頁)。
【0002】
葉酸代謝拮抗薬は,最も十分に研究されている抗悪性腫瘍薬物のクラスの1つであ
る。アミノプテリンが,約50年前に最初に臨床的な活性を実証された。メトトレ
キセートがその直後に開発され,このものは今日,悪性疾患(例えば,リンパ腫,
乳癌および頭頚癌)のための有効な化学療法レジメの標準的な成分である ・ 。
(・ ・)
葉酸代謝拮抗薬は,チミジンまたはプリンの生合成経路における1つまたは複数の
重要な葉酸要求酵素,特にチミジル酸シンターゼ(「TS」,ジヒドロ葉酸レダクタ
)
ーゼ 「DHFR」 およびグリシンアミドリボヌクレオチドトランスフェラーゼ 「G
( ) (
ARFT」)を,これらの酵素の結合部位について還元型葉酸と競争することによ
)
って抑制する。(・・・)。いくつかの葉酸代謝拮抗薬が,現在開発中である。チミ
ジエル酸シンターゼ抑制(「TSI」)性質を有する葉酸代謝拮抗薬の例としては,
5-フルオロウラシルおよびトムデックス(Tomudex,登録商標)を含む。ジヒドロ
葉酸レダクターゼ抑制「DHFRI」性質を有する葉酸代謝拮抗薬の例としては,
( )
メトトレキセート(登録商標)である。グリシンアミドリボヌクレオチドホルミル
トランスフェラーゼ抑制(「GAFRTI」)性質を有する葉酸代謝拮抗薬の例とし
ては,ロメトレキソール(Lometrexol)である。これらの葉酸代謝拮抗薬の多数が,
1つ以上の生合成経路を抑制する。例えば,ロメトレキソールはジヒドロ葉酸レダ
クターゼのインヒビターでもあり,そしてペメトレキセート(pemetrexed)二ナト
リウム塩(このものは,アリムタ(Alimta, 登録商標),イーライリリー社製,
indianapolis, IN)は,チミジエル酸シンターゼ,ジヒドロ葉酸レダクターゼおよ
びグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ抑制を実証されて
いる。
【0003】
これらの薬物の開発についての制限は,葉酸代謝拮抗薬の細胞毒性活性および続く
有効性が,ある患者にとっては実質的な毒性と関連し得ることである。加えて,1
クラスとしての葉酸代謝拮抗薬は,胃腸管の毒性を有する散発性の激しい骨髄抑制
(mylosuppression)と関連し,これはまれではあるが,高い死亡率の危険を有する。
これらの毒性を制御するのは無力なために,いくつかの葉酸代謝拮抗薬の臨床的な
開発が放棄され,そして他のもの(例えば,ロメトレキソールおよびラルチトレッ
クスド)の臨床的な開発を複雑にしている(・・・)。
【0004】
最初に,葉酸はGARFTIに関連した毒性を処置するものとして使用された。例
えば,米国特許第 5,217,974 号を参照のこと。葉酸は,ホモシステインレベルをよ
る(判決注:「より」の誤記と認める。)低下させることが分かっている(・・・)。
また,ホモシステインレベルはGARFTインヒビターの使用に関連した細胞毒性
事象の前兆であることも分かっている。例えば,米国特許第 5,217,74 号を参照。し
かしながら,この処置を用いた場合でさえも,GARFTインヒビターおよび1ク
ラスとしての葉酸代謝拮抗薬の細胞毒性活性は,医薬としての葉酸代謝拮抗薬の開
発において重要な関心がある。細胞毒性活性をより低下させる能力は,これらの薬
物の使用において重要な利点となろう。
【0005】
驚くべきで且つ予想外に,我々は,1クラスの葉酸代謝拮抗薬によって引き起こさ
れるある毒性影響(例えば,死亡)および非血液学的な事象(例えば,皮膚発疹お
よび疲労)をメチルマロン酸低下薬の存在によって有意に軽減することができ,治
療学的な効力に有害な影響を及ぼさないことを見出した。従って,本発明はメチル
マロン酸低下薬を用いた処置を与えている宿主に投与することによって,葉酸代謝
拮抗薬の治療学的な有用性を改善する方法を提供する。我々は,メチルマロン酸レ
ベルの上昇は葉酸代謝拮抗薬を与えている患者における毒性事象の前兆であって,
そしてメチルマロン酸を増大させる処置(例えば,ビタミンB12を用いた処置)
が従来の葉酸代謝拮抗薬に関連した死亡率,非血液学的な事象(例えば,皮膚の発
疹)および疲労事象を低下させることを見出した。
【0006】
加えて,我々は,メチルマロン酸低下薬および葉酸の組み合わせが葉酸代謝拮抗薬
の投与に関連した毒性事象を相乗的に低下させることを見出した。葉酸をビタミン
12(判決注:「ビタミンB12」の誤記と認める。)と組み合わせて用いた心血管
疾患の治療および予防が知られているが,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性を
処置するための該組み合わせの使用はこれまで知られていなかった。
【0007】
本発明は,必要のある哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与する方法に関するものであ
って,有効な量の該葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン酸低下薬と組み合わせて投与す
ることを含む。
【0008】
その上,本発明は哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与することに関連した毒性を低下
させる方法に関するものであって,該方法は該哺乳動物に有効な量の該葉酸代謝拮
抗薬をメチルマロン酸低下薬と組み合わせて投与することを含む。
【0009】
その上,本発明は哺乳動物における腫瘍の増殖を抑制する方法に関するものであっ
て,該方法は該哺乳動物に有効な量の該葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン酸低下薬と
組み合わせて投与することを含む。
【0010】
その上,本発明は必要のある哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与する方法に関するも
のであって,該方法は有効な量の該葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン酸低下薬および
FBP結合薬と組み合わせて投与することを含む。好ましいFBP結合薬は,葉酸
である。
【0011】
その上,本発明は哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与することに関連した毒性を低下
させる方法に関するものであって,該方法は該哺乳動物に有効な量の該葉酸代謝拮
抗薬をメチルマロン酸低下薬およびFBP結合薬と組み合わせて投与することを含
む。好ましいFBP結合薬は,葉酸である。
【0018】
本発明は,メチルマロン酸低下薬を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせて投与することに
より,該葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるという発見に関する。
【0019】
葉酸代謝拮抗薬に関する用語「抑制する」とは,腫瘍の増殖の進行を抑制し,軽減
し,寛解し,停止し,制限し,遅らせもしくは逆転させるか,または腫瘍の増殖を
減少させることを意味する。
【0020】
本明細書で使用する用語「有効な量」とは,化合物または薬物についての目的とす
る結果を得ることができる量を意味する。例えば,腫瘍の増殖を低下させようと努
力する際に投与する葉酸代謝拮抗薬の有効な量は,腫瘍の増殖を低下させるのに必
要とされる量である。
【0021】
本明細書で使用する用語「毒性」とは,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象
を意味する。該事象としては,好中球減少,血小板減少,毒物死,疲労,摂食障害,
悪心,皮膚発疹,感染,下痢,粘膜炎および貧血症を含むが,これらに限定されな
い。葉酸代謝拮抗薬を与えている患者が経験する毒性の種類に関する更なる説明は,
通常,Antifolate Drugs in Cancer Therapy を参照のこと。毒性は,毒物死,疲労,
好中球減少,血小板減少および粘膜炎を意味することが好ましい。
【0023】
本明細書で使用する用語「組み合わせた」とは,哺乳動物における葉酸代謝拮抗薬
の毒性を低下させるのに十分なレベルのメチルマロン酸低下薬および場合により葉
酸が存在するようないずれかの順序で,メチルマロン酸低下薬,葉酸代謝拮抗薬,
および場合により葉酸を投与することを意味する。該化合物の投与は,単一の組成
物としてもしくは2つの別々の組成物として同時にすることができたり,あるいは
第2および/または第3の薬物を投与するときに,最初に投与した薬物の有効な量
が患者の体内に存在するように別々の組成物として逐次的に投与することができる。
葉酸代謝拮抗薬を最初に哺乳動物に投与し,続いてメチルマロン酸低下薬を用いて
処理することができる。別法として,哺乳動物は,葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン
酸低下薬と同時に投与することができる。哺乳動物はメチルマロン酸低下薬を用い
て予め処理し,次いで葉酸代謝拮抗薬を用いて処理することが好ましい。葉酸をメ
チルマロン酸低下薬に加えて投与する場合には,該葉酸を,メチルマロン酸低下薬
または葉酸代謝拮抗薬のいずれかの投与前,投与後,または同時でのいずれの時に
投与することができる。哺乳動物はメチルマロン酸低下薬を用いて予め処理し,次
いで葉酸を用いて処理し,続いて該葉酸代謝拮抗性化合物を用いて処理することが
好ましい。
【0024】
用語「葉酸代謝拮抗薬」または「葉酸代謝拮抗性薬物」とは,酵素の結合部位につ
いて還元型葉酸と競争することによって,チミジンまたはプリン生合成経路におけ
る少なくとも1つの重要な葉酸要求酵素(例えば,チミジル酸シンターゼ「TS」,
( )
ジヒドロ葉酸レダクターゼ(「DHFR」)またはグリシンアミドリボヌクレオチド
ホルミルトランスフェラーゼ(「GARFT」)が好ましい)を抑制する化学的な化
合物を意味する。葉酸代謝拮抗薬の好ましい例としては,5-フルオロウラシル(グ
ラクソ(Glaxo)製)
;トムデックス(Tomudex,登録商標)
(ゼネカ(Zeneca)製)
;
メトトレキセート
(登録商標)レデルレ
( (Lederle) )ロメトレキソール
製); (Lometrexol)
(登録商標)
(ツラリカ(Tularik)製)
;ピリド[2,3-d]ピリミジン誘導体(こ
のものは,テイラーらによる米国特許第 4,684,653 号,4,833,145 号,4,902,796 号,
4,871,743 号および 4,882,334 号に記載されている)
;誘導体(アキモト(Akimoto)
らによる米国特許第 4,997,838 号に記載されている) チミジル酸シンターゼインヒ
;
ビター(このものは,EPO出願番号 239,362 において知られる)を含む。ペメト
レキセート(pemetrexed)ナトリウム(ALIMTA)
(イーライリリー社製)が最
も好ましい。
【0025】
用語「メチルマロン酸」および「MMA」とは,健康なヒトの尿に微量に存在する
コハク酸の構造異性体を意味する。
【0026】
用語「メチルマロン酸低下薬」とは,哺乳動物中のメチルマロン酸の濃度を低下さ
せる基質を意味する。該基質の好ましい例は,ビタミンB12である。・・・
【0027】
用語「ビタミンB12」とは,ビタミンB12およびその医薬的な誘導体(例えば,
ヒドロオキソコバラミン,シアノ-10-クロロコバラミン,アココバラミン過塩
素酸塩,アコ-10-クロロコバラミン過塩素酸塩,アジドコバラミン,クロロコ
バラミンおよびコバラミン)を意味する。該用語は,ビタミンB12,コバラミン
およびクロロコバラミンを意味することが好ましい。
【0029】
当該分野の当業者は,該メチルマロン酸低下薬が広い用量範囲にわたって有効であ
ることを認めるであろう。例えば,コバラミンをメチルマロン酸低下薬として使用
する場合には,コバラミンの用量は毎日1回を1ヶ月間から9週間毎に1回を1年
間にわたって約0.2μg~約3000μgの範囲であってよい。コバラミンは,
約24時間毎~約1680時間毎に投与される約500μg~約1500μgの筋
肉内注射として服用されることが好ましい。葉酸代謝拮抗薬を用いた処置を開始し,
葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで続けることに関係なく,葉酸代謝拮抗薬の投与
の約1~約3週間前に最初に約1000μgを筋肉内注射で投与し,約24時間毎
~約1680時間毎に繰り返すことが好ましい。葉酸代謝拮抗薬の第1投与の約1
週間~約3週間前に約1000μgを筋肉内注射で投与し,該葉酸代謝拮抗薬の投
与を止めるまで,6週間毎~12週間毎(約9週間毎が好ましい)に繰り返すこと
が最も好ましい。しかしながら,メチルマロン酸低下薬の量は実際には,関連する
状況(このものは,処置する病気,投与の選択経路,投与する実際の薬物,個々の
患者の年齢,体重および応答,患者の症状の激しさを含む)に照らして医師によっ
て決定されることを理解されるであろう。従って,該上記の用量範囲は本発明の範
囲を限定することを意図するものではない。例えば,上記の範囲より低い用量レベ
ルがより適当であったり,一方で他の場合には更に大きな用量をいずれの有害な副
作用を生じることなく,使用することができる。
【0030】
本明細書で使用する用語「FBP結合薬」とは,葉酸結合性タンパク質の結合薬を
意味する。このものは,例えば葉酸である(6R)-5-メチル-5,6,7,8-テト
ラヒドロ葉酸および(6R)-5-ホルミル-5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸,また
はそれらの生理学的に許容し得る塩もしくはエステルを含む。・・・
【0032】
本発明に従って使用するFBP結合薬は,遊離酸の形態であったりあるいは生物学
的な系中で親酸に変換される生理学的に許容し得る塩またはエステルの形態であり
得る。該用量は通常,ビタミンサプリメントの形態で,すなわち経口投与される錠
剤であったり(例えば,除放性製剤であることが好ましい),飲用水に加えた水溶液
としてであったり,水溶性の非経口製剤(例えば,静脈内製剤)などとして与える。
【0033】
FBP結合薬は通常,葉酸代謝拮抗薬を用いて処置する前に,被験者である哺乳動
物に投与する。約1時間~約24時間での適当な量のFBP結合薬を用いた前処置
は通常,該葉酸代謝拮抗薬を投与する前に葉酸代謝拮抗薬と結合するタンパク質と
実質的に結合させたり,遮断させるのに十分である。FBP結合薬の1回投与(こ
れは,葉酸の経口投与が好ましい)は葉酸結合性タンパク質をロードするのに十分
であるが,該FBP結合薬の複数回服用を活性薬物による処置の数週間前に使用し,
葉酸結合性タンパク質が十分に結合することを確実にしてそれら前処置から得られ
る利点を最大限とすることができる。
【0034】
本発明の特に好ましい態様において,葉酸の約0.1mg~約30mg(約0.3
mg~約5mgが最も好ましい)を,メチルマロン酸低下薬の投与の約1~約3週
間後で且つある量の葉酸代謝拮抗薬の非経口投与の約1~約24時間前に,哺乳動
物に経口投与する。しかしながら,実際に投与するメチルマロン酸低下薬の量は,
関連する状況(例えば,処置する病気,投与の選択経路,投与する実際の薬物,個々
の患者の年齢,体重および反応,並びに患者の症状の激しさを含む)に照らして医
師によって決定されるであろう。従って,上記の用量の範囲は本発明の範囲を限定
することを意図するものではない。ある場合には,上記の範囲の下限よりも低い用
量レベルがより適当であり,一方で他の場合には,より一層の多量をいずれの有害
な副作用を引き起こさずに使用することができる。
(2) 本件発明の概要
前記第2の2の本件特許の特許請求の範囲及び上記(1)の本件明細書の記載からす
ると,本件発明は,以下のような内容のものであると認められる。
本件発明は,メチルマロン酸低下薬を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせて投与するこ
とにより,該葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるという発見に関するものである(段
落【0018】。
)
葉酸代謝拮抗薬は,抗悪性腫瘍薬物の一つであり,チミジン又はプリンの生合成
経路における一つ又は複数の重要な葉酸代謝要求酵素(特にチミジル酸シンターゼ
「TS],ジヒドロ葉酸レダクターゼ「DHFR」,グリシンアミドリボヌクレオチ
ドトランスフェラーゼ「GARFT」)を,その酵素の結合部位について還元型葉酸と
競争することによって抑制するものであるが(段落【0002】,葉酸代謝拮抗薬
)
には,細胞毒性活性があり,胃腸管の毒性を有する散発性の激しい骨髄抑制と関連
し,高い死亡率の危険を有する。そのために,いくつかの葉酸代謝拮抗薬の臨床的
な開発が放棄され,臨床的な開発を複雑にしている(段落【0003】)。
本件発明は,ペメトレキセート二ナトリウム塩について,それによって引き起こ
される毒性(好中球減少,血小板減少,毒物死,疲労,摂食障害,悪心,皮膚発疹,
感染,下痢,粘膜炎,貧血症など)を低下しつつ,腫瘍の増殖を抑制することを課
題とするものである(【請求項1】~【請求項7】,段落【0008】【0009】
, ,
【0019】~【0021】。
)
従来,葉酸は,葉酸代謝拮抗薬の一種であるGARFTインヒビターに関連した
毒性を処置するものとして使用され,ホモシステイン値がGARFTインヒビター
の使用に関連した毒性発現の指標であるとされていたところ,本件発明の発明者ら
は,メチルマロン酸値の上昇が,葉酸代謝拮抗薬の毒性事象の前兆であることを見
いだし,ビタミンB12等を用いた措置が,葉酸代謝拮抗薬に関連した死亡率,非血
液学的な事象(皮膚発疹,疲労など)を低下させることができ,さらに,メチルマ
ロン酸低下薬及び葉酸の組合せが,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象を相
乗的に低下させることを見いだし(段落【0004】~【0006】,上記課題を
)
解決するために,ペメトレキセート二ナトリム塩の投与に関連する毒性を低下し,
かつ抗腫瘍活性を維持するための剤として,葉酸とビタミンB12との組合せを採用
し,かつ,葉酸とビタミンB12の投与量,投与の時期及び投与経路を特定した(【請
求項1】~【請求項7】)ものである。
(3) 本件特許の優先日について
原告は,①第1優先権主張の基礎とされた出願の明細書(甲31) 「葉酸の約0.
に
1mg~約30mg」を組み合わせて投与する発明が記載又は示唆されていないこと
及び②本件明細書の段落【0060】の臨床試験の結果が,第2優先権主張の基礎
とされた出願の明細書(甲32)に記載されていないことからすると,本件特許の
最先の優先日は,平成13年4月18日の第3優先日であって,平成12年9月2
7日の第2優先日から第3優先日までの間に刊行された公知文献である甲33,5
1,52についても進歩性判断に当たって考慮すべきであると主張する。
甲32(7頁下から3行から8頁上から2行,その訳文である甲32の1の7頁
8行~10行)には,投与すべき葉酸の量について,
「約0.1㎎~約30㎎」と明
示する記載があり,本件発明のそれ以外の構成部分についても,甲32に記載され
ているから,本件特許は少なくとも第2優先日に基づく優先権を主張することがで
きる。本件明細書段落【0060】は,実施例の記載であって,そのような実施例
の一部の記載が,甲32に記載されていないからといって,それのみで甲32に基
づく優先権主張ができなくなるものではない。
そして,上記のとおり,原告が主張する甲33,51,52は,いずれも第2優
先日から第3優先日の間に公刊されたものであるから,本件発明について,遅くと
も第2優先日を基礎とする優先権主張が認められる以上,それらを進歩性判断に当
たって考慮することはできないというべきである。
2 取消事由1(進歩性欠如についての認定判断の誤り)について
(1) 甲1発明の認定
ア 甲1には,以下の記載がある。
【発明の名称】 改善された治療薬
【請求項1】 葉酸,(6R)-5-メチル-5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸,
(6R)-5-ホルミル-5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸,あるいは生理学的
に利用可能なそれらの塩またはエステルから選択される葉酸結合タンパク質結合剤
を活性成分とする,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤または葉酸結合タンパク質
と結合するその他のアンチ葉酸剤の毒性緩和剤。
【請求項2】 該結合剤が葉酸もしくは生理学的に利用可能なその塩またはエステル
である請求項1の毒性緩和剤。
【請求項3】該GAR-トランンスホルミラーゼ阻害剤がロメトレキソールである,
請求項1または2の毒性緩和剤。
【請求項4】 葉酸もしくは生理学的に利用可能なその塩またはエステルと,ロメト
レキソールの組み合わせからなる癌化学治療剤。
【発明の詳細な説明】
【0001】本発明は,抗腫瘍アンチ葉酸剤の治療効果を維持したままその毒性を
減少させるための,葉酸およびその関連化合物の新規用途に関する。
【0002】
葉酸代謝拮抗薬は,最も十分に研究されている抗悪性腫瘍薬物のクラスの1つであ
る。アミノプテリンが,約50年前に最初に臨床的な活性を実証された。メトトレ
キセートがその直後に開発され,このものは今日,悪性疾患(例えば,リンパ腫,
乳癌および頭頚癌)のための有効な化学療法レジメの標準的な成分である ・ 。
(・ ・)
葉酸代謝拮抗薬は,チミジンまたはプリンの生合成経路における1つまたは複数の
重要な葉酸要求酵素,特にチミジル酸シンターゼ(「TS」,ジヒドロ葉酸レダクタ
)
ーゼ 「DHFR」 およびグリシンアミドリボヌクレオチドトランスフェラーゼ 「G
( ) (
ARFT」)を,これらの酵素の結合部位について還元型葉酸と競争することによ
)
って抑制する。(・・・)。いくつかの葉酸代謝拮抗薬が,現在開発中である。チミ
ジエル酸シンターゼ抑制(「TSI」)性質を有する葉酸代謝拮抗薬の例としては,
5-フルオロウラシルおよびトムデックス(Tomudex,登録商標)を含む。ジヒドロ
葉酸レダクターゼ抑制「DHFRI」性質を有する葉酸代謝拮抗薬の例としては,
( )
メトトレキセート(登録商標)である。グリシンアミドリボヌクレオチドホルミル
トランスフェラーゼ抑制(「GAFRTI」)性質を有する葉酸代謝拮抗薬の例とし
ては,ロメトレキソール(Lometrexol)である。これらの葉酸代謝拮抗薬の多数が,
1つ以上の生合成経路を抑制する。例えば,ロメトレキソールはジヒドロ葉酸レダ
クターゼのインヒビターでもあり,そしてペメトレキセート(pemetrexed)二ナト
リウム塩(このものは,アリムタ(Alimta, 登録商標),イーライリリー社製,
indianapolis, IN)は,チミジエル酸シンターゼ,ジヒドロ葉酸レダクターゼおよ
びグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ抑制を実証されて
いる。
【0002】ロメトレキソール(lometrexol)は5,10-ジデアザテトラヒドロ葉
酸の一般名であり,これはDDATHFとも呼ばれている。ロメトレキソールは新
種の抗腫瘍剤群の一つであり,プリン生合成の最初の段階に必要な酵素であるグリ
シンアミドリボヌクレオチド(GAR)トランスホルミラーゼを特異的に阻害する
ことがわかっている。
・・・。GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤が,通風,乾癬,
菌状息肉腫,自己免疫障害,リウマチ様関節炎および他の炎症障害などの症状,並
びに器官移植中および他の免疫抑圧に関連する症状を治療する際に有用であること
も知られている。
【0003】ロメトレキソールは臨床的に研究されており,特に結腸直腸,肺,乳
房,頭部および首,膵臓の充実性腫瘍に対する強力な抗腫瘍剤であることがわかっ
ている・・・。他の抗腫瘍剤の大半と同様にロメトレキソールも,腫瘍に対するそ
の効果に加えて,望ましくない幾つかの副作用を示す・・・。現在までに観測され
た典型的な副作用には,食欲不振,体重減少,粘膜炎,白血球減少,貧血,活動低
下および脱水が含まれる。
【0004】本発明者らは,ロメトレキソールおよびこれに関連するGAR-トラン
スホルミラーゼ阻害剤,並びに葉酸結合タンパク質(FBP)
(・・・)に結合する
他のアンチ葉酸剤の毒性効果が,FBP結合剤の存在によって,その治療的効果に
不利な影響を及ぼすことなく有意に減少し得ることを発見した。したがって本発明
は,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤および他のアンチ葉酸類を被治療者に対し
てFBP結合剤と同時投与することによる,該阻害剤および他のアンチ葉酸類の治
療的効用を改善する方法を提供する。
【0005】本発明はその一側面として,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤また
はFBPに結合する他のアンチ葉酸の有効量を,毒性緩和有効量のFBP結合剤も
しくは生理学的に利用可能なその塩またはエステルと組み合わせて哺乳類に投与す
ることからなる,哺乳類のGAR-トランスホルミラーゼ依存性腫瘍の成長を阻害す
る方法を提供する。より具体的には,本発明は,毒性緩和有効量のFBP結合剤も
しくは生理学的に利用可能なその塩またはエステルを,治療を受けている哺乳類に
投与することからなる,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤またはFBPに結合す
る他のアンチ葉酸の哺乳類に対する毒性を減少させる方法を提供する。具体的には,
アンチ葉酸を投与する前にFBPを本質的に遮断しておくのに十分な量の,葉酸,
(6R)-5-メチル-5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸,
(6R)-5-ホルミ
ル-5,6,7,8-テトラヒドロ葉酸,もしくは生理学的に利用可能なそれらの
塩またはエステルから選択される化合物で哺乳類を予備処置することからなる,G
AR-トランスホルミラーゼ阻害剤またはFBPに結合する他のアンチ葉酸の哺乳類
における毒性を減少させる方法を提供する。本発明の最も好ましい態様では,充実
性腫瘍または他の種類の癌にかかっていて治療を要する患者を葉酸で予備処置した
後,この患者にロメトレキソールを投与することによって,ロメトレキソールの良
好な抗腫瘍活性を維持したままその毒性効果を減ずる。
【0006】本発明は,FBP結合剤もしくは生理学的に利用可能なその塩または
エステルを前以て投与することによる,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤または
生物系に存在するFBPに結合する他のアンチ葉酸の毒性を減ずる方法を提供する。
GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤およびこれに関連するアンチ葉酸は,グリシン
アミドリボヌクレオチドトランスホルミラーゼとして知られている酵素の生理作用
を効果的に阻害する化合物である。この酵素は哺乳類におけるプリン生合成(これ
はDNA合成に関連している)の最初の段階に必要であることがよく知られている。
この生合成経路を遮断するとDNA合成が妨害され,その結果細胞が死滅する。G
AR-トランスホルミラーゼもしくは他の葉酸要求性酵素を阻害することがわかって
いる化合物は,すべて本発明の処置の対象となる。
【0012】葉酸は血液形成要素(blood-forming element)の適切な再生と機能の
ために,また 1 炭素単位が転移する中間代謝過程に関与する補酵素として,哺乳類
が必要するビタミンである。これらの反応は種々のアミノ酸の相互変換において,
またプリンおよびピリミジン合成において重要である。葉酸は通常ビタミン補足剤
によって供給されると共に,肝臓,腎臓,乾燥豆類,アスパラガス,マッシュルー
ム,ブロッコリー,レタス,乳,ホウレンソウなどの食物源の消費を通してヒトの
食事に供給される。正常な成人に通常必要な葉酸の最小量は約0.05mg/日であ
る。本発明では,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤または他のアンチ葉酸を投与
されているヒトに対するその薬剤の毒性効果を減ずるために,葉酸もしくは生理学
的に利用可能なその塩またはエステルを該患者に約0.5mg/日~約30mg/
日の投与量で投与する。好ましい態様として,ロメトレキソールなどのGAR-トラ
ンスホルミラーゼ阻害剤の通常投与量と共に,葉酸を約1~約5mg/日の量で投与
する。
【0015】本発明に従って使用されるFBP結合剤は,その遊離酸型でもよいし,
あるいは生物系中でその親酸に変換される生理学的に許容される塩またはエステル
の形態であってもよい。投与量は一般的にはビタミン補足物の形態で,すなわち経
口投与される錠剤として,好ましくは徐放性製剤として,あるいは飲料水に添加す
る水溶液として,あるいは水性非経口製剤(例えば静脈内用製剤)などとして供給
されるであろう。
【0016】このFBP結合剤を,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤または他の
アンチ葉酸による治療の前に,被検哺乳動物に投与する。適切な量のFBP結合剤
による約1~約24時間の予備処置は,通常,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤
または他のアンチ葉酸の投与に先立って葉酸結合タンパク質に結合しこれを遮断す
るのに十分である。葉酸結合タンパク質に負荷をかけるためには,FBP結合剤の
単一投与で,好ましくは1回の葉酸経口投与で十分なはずであるが,このような予
備処置がもたらす利益を最大限にするためには,葉酸結合タンパク質が充分に結合
されていることを確実にするために,活性薬で治療する前数週間までの期間にわた
って,FBP結合剤の複数投与を行うこともできる。
【0017】特に好ましい本発明の態様として,望ましい治療利益を達成するのに
通常必要な量のロメトレキソールを非経口的に投与する約1~24時間前に,約1
mg~約5mgの葉酸を哺乳類に経口投与する。葉酸または別のFBP結合剤をよ
り多く,あるいは追加投与することもできるが,通常上記のパラメーターは,上述
のロメトレキソール投与時に通常認められる毒性効果を減ずるのに充分な程度に,
葉酸結合タンパク質を結合するであろう。
【0018】FBP結合剤が抗腫瘍剤ではなく,またFBP結合剤による哺乳類の
予備処置が相乗作用効果または増強効果ではないことに注目すべきである。むしろ,
GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤または他のアンチ葉酸の投与前に,葉酸結合タ
ンパク質をFBP結合剤によって本質的に結合させておくことによって,その次の
治療の治療効果が損なわれることなく,その毒性効果が大きく減少するのである。
【0019】GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤に対する葉酸の効果は,GAR-
トランスホルミラーゼ阻害剤自体の抗腫瘍活性および毒性効果を決定するのに通常
に使用される標準的な試験によって立証された。このような一試験として,2mm
x2mmの腫瘍切片をマウスの腋窩領域中にトロカールで挿入することによって,
マウスに哺乳類腺癌のC3H株を移植する。全ての実験において,腫瘍移植の翌日
から,ロメトレキソールを1日1回5日間連続して腹腔内投与した。それぞれの投
与量レベルについて10匹の動物を使用した。第10日に,副尺カリパスを用いて
腫瘍成長の長さと幅を測定することにより,抗腫瘍活性を評価した。
【0020】治療前の2週間と治療中に,葉酸を全く含まない飼料で維持した感染
マウスにロメトレキソールを投与すると,ロメトレキソールは極めて低い投与量で
中度の抗腫瘍活性を示したが,極めて低い投与量で重度の毒性(マウスの死として
測定した)をも引き起こした。これらのデータを次の表3に示す。
【表3】
【0021】試験マウス群を,葉酸欠失飼料で治療前2週間維持した。次に,その
動物に0.0003%(w/v)の葉酸を含有する飲料水を与えることによって,
治療中に葉酸を投与した。これらの動物は毎日約4mlの水を消費するので,この
濃度は約1.75mg-葉酸/m2-体表面積/日に相当する。
0.0003g/100ml x 4ml/日=0.000012g/日=0.012m
g/日
マウスの平均サイズは0.00687m2である。
0.012g/日 x 1/0.00687m2=1.75mg/m2/日
被検体が約1.73m2サイズのヒトの場合,これは約3.0mg/日のヒト成人投与
量に相当する。ロメトレキソールの活性および毒性に対する前記の葉酸投与量の効
果を次の表4に示す。
【表4】
上記の結果が示すように,ロメトレキソール被投与者の飼料中に上述のレベルの葉
酸を添加すると,低投与量で,毒性効果が殆どあるいは全くない優れた抗腫瘍活性
がもたらされる。
【0022】葉酸投与量の増大は,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤の抗腫瘍活
性および毒性に対して,さらにより劇的な効果を有すると思われる。例えばロメト
レキソールによる治療の前に葉酸欠失飼料でマウスを2週間維持し,次いで0.0
03%(w/v)の葉酸を含有する水を与えた場合(これは約30mg/日のヒト成
人投与量に相当する)より高い投与レベルにおいてロメトレキソールの良好な抗腫
,
瘍活性が観測される。これらの結果を次の表5に示す。
【表5】
【0023】上記のデータは,ロメトレキソール治療前および治療中に葉酸欠失飼
料で維持した腫瘍保持マウスに関して,ロメトレキソールの毒性が極めて大きく(即
ちマウスの大半にとって1mg/kg/日が致死量である) また非毒性の投与量では
,
低い抗腫瘍活性が観測される,ということを立証している。極めて少量の葉酸投与
(ヒト成人に対して約1~2mg/日)で,薬剤毒性が部分的に反転し,抗腫瘍活性
が改善された。より多量の葉酸投与(ヒト成人に対して約30mg/日まで)は,ロ
メトレキソールの毒性を劇的に減少させ,その抗腫瘍活性を著しく改善した。した
がって,葉酸をGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤と組み合わせて使用すると,抗
腫瘍活性に不利な影響を与えることなく,薬剤毒性が著しく減少する。
【0024】組織学的にあるいは細胞学的に癌の診断を確認された癌患者に関する
典型的な臨床的評価として,ロメトレキソールを葉酸と組み合わせて投与する。2
週間にわたりロメトレキソールを迅速な静脈内注射によって4回投与し,次いで2
週間治療を行わない。投与を2週間のうちの第1,4,8および11日に行う。治
療の初期には5mg/m2/投与の投与量で行い,この期間に観測される毒性効果に応
じて,次の期間には同じ投与量を用いてもよいし,あるいは6mg/m2に増大させ
てもよいし,あるいは4mg/m2 に減少させてもよい。
【0025】これらの患者には,ロメトレキソール第1期間の前日から経口的に1
mg/日の葉酸を投与し,これを該薬剤を投与している間続ける。このような葉酸投
与は毎日 1 回,一般的には朝の間に行われるであろう。
【0026】前記の臨床的研究のための準備として,ヒトにおける試験的な研究に
よって,ロメトレキソールを投与されている患者に与えられた葉酸が,ロメトレキ
ソールによる副作用の減少を達成することが立証されている。具体的には,0.5
~1.0mg/日の葉酸を補足された,鼻咽頭(nasalpharyngeal)癌腫をもつ患者
の場合,12カ月までの治療の間ロメトレキソールが十分使用できた。さらに,こ
の患者はこの12カ月の治療後,疾患の臨床的徴候を示さなかった。これらのデー
タは上に報告した動物実験と一致している。
イ 甲1発明の認定
(ア) 甲1の特許請求の範囲の請求項 1 には,葉酸等の葉酸結合タンパク質結
合剤を活性成分とする,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤等のアンチ葉酸剤の毒
性緩和剤の発明が記載されていて,その課題は,抗腫瘍アンチ葉酸剤の治療効果を
維持したままその毒性を減少させることである(【請求項1】,段落【0002】~
【0004】。
)
甲1発明の発明者らは,ロメトレキソール及びこれに関連するGAR-トランスホ
ルミラーゼ阻害剤並びに葉酸結合タンパク質(FBP)に結合する他のアンチ葉酸
剤の毒性効果が,葉酸結合タンパク質結合剤の存在によって,その治療的効果に不
利な影響を及ぼすことなく有意に減少し得ることを発見し,甲1記載の発明は,同
発見に基づき,アンチ葉酸剤と葉酸結合タンパク質結合剤とを組み合わせて投与す
ることとして,上記課題を解決したものである(【請求項1】,段落【0004】~
【0006】【0012】【0015】~【0018】。
, , )
マウスを用いた動物実験結果では,葉酸をロメトレキソールと組み合わせて使用
すると,抗腫瘍活性に不利な影響を与えることなく,薬剤毒性が著しく減少した(段
落【0021】~【0023】。ヒトにおける試験的な研究では,ロメトレキソー
)
ルを投与されている患者に与えられた葉酸が,ロメトレキソールによる副作用の減
少を達成するとともに,疾患の臨床的兆候を示さなかったのであり,上記動物実験
と一致した(段落【0024】~【0026】。
)
また,甲1には,ロメトレキソールなどのGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤
のアンチ葉酸の毒性効果を減ずるために,葉酸若しくはその塩又はエステルを,約
0.5mg/日~約30mg/日の投与量で患者に投与することが記載されている(段
落【0012】。
)
以上によると,甲1には,本件審決が認定した前記第2の3(1)記載の甲1発明が
記載されていると認められる。
(イ) 被告は,甲1で実際に葉酸と併用して抗腫瘍活性と毒性が検討された
のはロメトレキソールのみであるから,甲1発明はロメトレキソールに関する発明
と認定されるべきであると主張する。
しかし,甲1において,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤(GARFT阻害剤)
は,
「グリシンアミドリボヌクレオチドトランスホルミラーゼ(GARFT)として
知られている酵素の生理作用を効果的に阻害する化合物」(段落【0006】)とさ
れているところ,MTAはこのGARFTの生理作用を阻害する化合物である(甲
2,5,甲5の1,甲7)。また,後記の甲2~4,44の各公知文献からすると,
葉酸が,MTAについてもその毒性を減少し,かつ,抗腫瘍活性を維持することは,
本件優先日(本件特許の優先日が第2優先日の場合を含む。以下同じ。)当時に当業
者に周知であったと認められる。したがって,本件優先日当時に甲1に接した当業
者は,そこに記載のGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤(GARFT阻害剤)はM
TAをも含むものと理解するものと認められる。そうすると,甲1発明の認定に際
し,甲1に記載されているGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤(GARFT阻害剤)
をロメトレキソールに限定する理由はなく,ロメトレキソールとMTAとで,細胞
内に取り込まれるメカニズムが相違するとしても,その点は,この判断を左右する
ものではない。
なお,被告は,甲103(乙3)に基づき,本件優先日当時,ロメトレキソール
と葉酸を併用すると,ロメトレキソールの有効性が損なわれることが既に知られて
いたとも主張するが,これは甲1,42の記載に照らし,採用することができない。
(2) 本件発明1と甲1発明との対比
上記(1)及び弁論の全趣旨によると,本件発明1と甲1発明との間には,本件審決
が認定した前記第2の3(1)イの一致点及び相違点があることが認められ,また,相
違点1は,容易想到であると認められる。
(3) 相違点2についての判断
次に,相違点2の容易想到性について判断することとする。
ア 本件優先日当時の公知事実及び技術常識
(ア) MTAと葉酸の併用等に関する公知文献
a 甲2(L Hammond 他「A PHASE I AND PHARMACOKINETIC(PK) STUDY OF
THE MULTITARGETED ANTIFOL(MTA) LY231514 WITH FOLIC ACID(Meeting abstract)」
American Society of Clinical Oncology, Meeting Abstract,No.866,1998年)
「要約:MTA(LY231514)は,チミジル酸生成酵素,ジヒドロ葉酸還元
酵素及びグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼなどの複数
の葉酸依存型酵素の阻害作用を有する新規の葉酸代謝拮抗剤である。初期の第Ⅰ相
試験では,MTAを10分間かけて静注した際に主な抗腫瘍効果が実証された。し
かし骨髄抑制が妨げとなり,用量を500~600mg/m2超まで漸増することは
不可能であった。前臨床試験で葉酸補充療法によりMTAの治療指数が改善するこ
とが示されたため,葉酸補充療法によりMTAの毒性作用が緩和されるか,またそ
れによりMTA単独の第Ⅱ相推奨用量を上回る有意な用量漸増が可能か否かを決定
するため,最小限及び多数の前治療歴を有する患者において,MTA投与2日前か
ら葉酸1日5mgを5日間投与することのフィージビリティが評価された。今日ま
で,固形がん患者21例が600,700及び800mg/m2の用量でレジメンに
基づく55コースを受けた。好中球減少症,貧血及び血小板減少症の用量依存的な
毒性がみられ,多数の前治療歴を有する患者では特に重度であった。その他のグレ
ード1~2の毒性は,発疹,傾眠,疲労,下肢浮腫及びクレアチニンクリアランス
の低下で発現する腎機能低下であった。非ステロイド系抗炎症剤を服用している患
者1例で800mg/m2の用量で重度の毒性が発現したが,ロイコボリンとチミジ
ンの投与後に消失した。部分奏効が転移性結腸癌患者1例において認められた。薬
物動態及びビタミン(葉酸)代謝プロファイルを600~800mg/m 2の用量で
実施されたサイクル1及びサイクル3治療経過中に測定した。血清葉酸濃度は,こ
れまで,毒性とは関連しないように思われているけれども,800mg/m2の用量
で重度の毒性を発現した患者ではホモシステインが有意に上昇していた。これまで
のところ,多数及び最小限の前治療歴を有する患者は,600mg/m2及び800
mg/m2の用量でMTAに忍容性を示し,増量は,それぞれ700及び900mg
/m2まで用量で継続している。これらの結果は,葉酸補充療法がMTAの用量漸増
を可能にするようであることを示している。」
b 甲3(John F. Worzalla 他「Role of Folic Acid in Modulating the
Toxicity and Efficacy of the Multitargeted Antifolate,LY231514」 ANTICANCER
RESEARCH 18,1998年)
3235頁左欄1行~21行
「抄録.我々は,葉酸がLY231514の毒性及び抗腫瘍有効性の調節に及ぼす
影響について検討した。
・・・葉酸補給により,毒性は減少する一方で,LY231
514の抗腫瘍活性は維持されることが示された。葉酸とLY231514の併用
は,抗がん剤選択拡大の機序となる可能性がある。」
3238頁右欄17行~3239頁左欄2行
「しかし,高濃度の葉酸を補給したLFD飼育動物では,通常の飼料で飼育した動
物に比べて,LY231514に対する致死率の低下が認められており,葉酸摂取
を巧みに処理すれば,より大きな治療効果が得られることを示唆している。これら
のマウスにおいて,葉酸の経口投与で,LY231514の毒性は劇的に低下した
が,抗腫瘍活性は保持された(さらに高い投与量でも同様であった)(図2)。
先行研究により,マルチターゲット葉酸代謝拮抗薬LY231514がユニーク
な生化学的及び薬理学的プロフィールを持つことが明らかにされている。第Ⅰ相及
び第Ⅱ相臨床試験では,結腸癌,乳癌,非小細胞肺癌及び膵臓癌における反応も含
め,わくわくさせるような抗腫瘍活性が認められている。LY231514のより
進歩した,より大規模の臨床試験が現在進行中である。葉酸とLY231514の
併用は,抗がん剤選択拡大の機序となる可能性がある。」
c 甲4(James J. Rusthoven 他「Multitargeted Antifolate LY231514 as
First-Line Chemotherapy for Patients With Advanced Non-Small-Cell Lung Cancer:A
Phase II Study」Journal of Clinical Oncology, Volume 17, No.4 (April), 199
9年)
1195頁左欄3行~20行
「MTAは多くの型の腫瘍に効果を示した。・
・ ・初期の研究から,マウスにおいて,
葉酸の食餌補充により,毒性が低下して治療係数が改善する可能性が示されている。」
d 甲42
270頁19行~34行
「彼らは,患者らは葉酸欠乏であり,悪性疾患患者においては葉酸に対する増加し
た需要があると結論付けた。これらの患者において,伝統的な葉酸代謝拮抗薬の代
謝,薬物動態,及び毒性が,正常な葉酸状態の者と比べて異なっていることは,予
想外でないであろう。さらに,葉酸による栄養補充は,抗腫瘍活性を達成するため
の用量反応を「正常化」し,急速に分裂している腫瘍細胞の高い葉酸需要を満たす
ことなく,葉酸要求量の少ない組織の葉酸プールを回復することで,正常組織に対
する毒性を減少させるであろう。
葉酸補因子を利用する生化学経路はまた,適当な量のビタミンB 12とB6を必要
とする。したがって,患者における3つ全部のビタミンの状態が,化学療法中に見ら
れる毒性の重篤度に大きく影響するであろう。 Allenとその同僚らは,
R. これら
の代謝経路からのアミノ酸代謝物,
特にホモシステインやN-メチルグリシンなどが,
患者のビタミン状態のより敏感で信頼できる評価を与えることを立証した(23)。
機能的葉酸状態のこれらの代理指標は,欠乏をより明確に示すものであり,また,
栄養補充に対してより敏感に反応するものである。」
(イ) MTAとホモシステイン値に関する公知文献
a 甲5
8頁左欄1行~9頁左欄2行
「機能的葉酸の状況の臨床測定
葉酸代謝拮抗剤(特にGARFT阻害剤)の毒性を低減させるための葉酸の補充効
果は明確であるが、葉酸代謝拮抗剤によって誘導される毒性と葉酸前処理のレベル
とを相互に関連付けるのは常に困難であった。考えられるひとつの説明としては、
測定時の葉酸レベルは増殖している細胞の中の葉酸の機能を適切に反映していない
ということである。これまで議論された経路に加えて、葉酸はメチオニン合成にお
けるその役割の効力によって細胞メチル化反応にも関与している。CH2FH4は
5-メチルテトラヒドロ葉酸に還元され得る(図1) これはホモシステインをメチ
。
オニンに変換するためメチル基を使う酵素メチオニンシンターゼの基質である。メ
チオニンは次にホモシステインを再生して細胞内メチル化反応に次々と参加する。
メチオニン合成はB12依存性であるが、また、5-メチルテトラヒドロ葉酸も補
助基質として用いる。従って、B12あるいは葉酸の何らかの機能の欠如はメチオ
ニンシンターゼを通した流れを結果として減少させ、ホモシステインの血漿レベル
を増加させる16(図8) 処置前の血漿のホモシステインの測定はMTAの毒性を
。
予想する感度の高い方法であることが証明されている。」
9頁の図8
「
図8.5-メチルテトラヒドロ葉酸の役割:機能的な葉酸の低下は血漿のホモシス
テインレベルを上昇させる。」
b 甲6
127頁左欄12行~18行
「結論:MTA治療により発現した毒性は,治療前ホモシステイン値から予測可能
であると考えられる。ベースライン時のホモシステイン値上昇(≧10μM)はMT
A治療後の重度の血液学的毒性及び非血液学的毒性と強い相関を示した。ホモシス
テイン値は,アルブミン値と比較し毒性のよりよい予測因子であることが明らかに
なった。」
c 甲7(以下「ニイキザ文献」という。)
558a頁右欄2行~33行
「LY231514(MTA);ビタミン代謝プロファイルと毒性との関連性
C. Niyikiza, J. Walling, D. Thornton, D Seitz, and R. Allen. Eli Lilly and
Company Indianapolis, IN, and Univ. of Colorado Health Science Center,
Denver, CO
LY231514(MTA)は,チミジル酸生成酵素,ジヒドロ葉酸還元酵素およ
びグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼの阻害作用を有す
る新世代の多標的葉酸代謝拮抗剤である。第Ⅱ相試験でMTA(600mg/m 2を
21日間ごとに10分間かけて静注)の治療を受けた計246例中,118例のビ
タミン代謝物を測定した。その他の葉酸代謝拮抗剤を用いた初期の試験では,栄養
状態が重度の毒性発現リスクに関連のある可能性が示唆されたため,ビタミン代謝
物であるホモシステイン,シスタチオニンおよびメチルマロン酸の各値をベースラ
イン時および各サイクルにつき1回測定した。データの多変量統計解析を行い,予
め定めた一連の予測因子(クレアチニンクレアランス,アルブミン値,肝酵素レベ
ルおよびビタミン代謝物)の中でいずれかの因子に毒性との相関があるかを検証し
た。ベースライン時のホモシステイン値と試験期間中いずれかの時点でみられた以
下の毒性発現との間に強い相関が認められた。CTCに基づくグレード4の好中球
減少症(57例,P<0.0001) グレード4の血小板減少症
, (13例,P<0.
0001),グレード3または4の粘膜炎(8例,P<0.0003)及びグレード
3または4の下痢(8例,P<0.004)である。シスタチオニン値に関しては,
血液学的毒性または粘膜炎との相関は示されなかったが,疲労感とは中程度の相関
が認められた(P<0.04)。シスタチオニン最大値はMTA治療期間中にベース
ライン値の2倍に倍増した。毒性(上記に定義するCTCグレード)と残りの予測
因子との間に相関は認められなかった。ホモシステイン値が閾値の10μMを上回
る患者すべてにおいて毒性が認められた。また,ホモシステイン値,CTCグレー
ド4の好中球減少症,血小板減少症,CTCグレード3又は4の粘膜炎との間に経
時的な相関関係が認められたが,治療レジメンの最初の2サイクルでのみ認められ
た。MTA治療期間中,ホモシステイン最大値のベースライン時からの変化は見ら
れなかった。」
d 甲44(Alex A.Adjei 「A review of the pharmacology and
clinical activity of new chemotherapy agents for the treatment of
colorectal cancer」1999年)
270頁左欄下から12行~下から2行
「いくつかの臨床試験からの度重なる結果は,患者の葉酸状態がMTAによる毒性
の敏感な予測因子であることを示している。葉酸状態の最も敏感な指標は,血清中
ホモシステインのようである。血清中ホモシステイン値が10μMの閾値濃度より
高い患者には,重篤な骨髄抑制,粘膜炎又は下痢を起こす有意なリスクがある[5
2](判決注:[52]は,ニイキザ文献を指す。 。MTAの用量は,MTAの抗腫
)
瘍活性に悪影響を与えないような葉酸補充により,3週間ごとに1000mgm-2
まで成功裏に漸増されている[53]」
。
(ウ) 葉酸の代謝やそれと関連するビタミンB12の作用等についての技術常識
本件優先日当時,葉酸の代謝やそれと関係するビタミンB12の作用等に関して,
以下のような技術常識が存したと認められる。
なお,被告は,甲115に記載されている詳細な内容が,がんの化学療法に携わ
る当業者の技術常識とはなっていなかったと主張しているが,本件発明が抗がん剤
である葉酸代謝拮抗薬又はその投与方法に関する発明であることからすると,甲1
15に記載されているような人体内部における葉酸代謝の詳細が当業者の技術常識
ではなかったとは考え難く,被告の主張は採用することができない。
a 人体の細胞内における葉酸の代謝(甲5,10~16,19,69,
115,乙21,弁論の全趣旨)
葉酸は,以下の図のとおり,体外から摂取された葉酸がジヒドロ葉酸レダクター
ゼに触媒されてジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸に還元されることで,DNA合
成に関係するヌクレオチド生合成反応とメチオニン合成に関係するメチル化反応の
双方に関与するようになる。
ヌクレオチド生合成反応において,テトラヒドロ葉酸は,チミジル酸の合成の際,
5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸のメチレン基の離脱等により生成されたジヒ
ドロ葉酸がジヒドロ葉酸レダクターゼに触媒されて再びテトラヒドロ葉酸となるこ
とにより再生される上,プリン塩基の合成の際にも,10-ホルミルテトラヒドロ
葉酸のホルミル基が用いられることによっても再生される。
メチル化反応において,テトラヒドロ葉酸から合成された5,10-メチレンテ
トラヒドロ葉酸が還元された5-メチルテトラヒドロ葉酸はビタミンB12依存性の
メチオニン合成に際して補助基質として用いられることで,ホモシステインからの
メチオニン合成に関与し,テトラヒドロ葉酸へと再生される。したがって,葉酸又
はビタミンB12のいずれか一方又は双方が欠乏すると,ホモシステイン値が上昇す
るという関係に立つ。
b メチルマロン酸値とビタミンB12の関係(甲14,弁論の全趣旨)
上記aのとおり,ホモシステイン値は葉酸とビタミンB12の状態に応じて変動す
るが,メチルマロン酸値はビタミンB12(コバラミン)の欠乏によって上昇するも
ので,ビタミンB12に選択的な指標となるものである。
c ホモシステイン値の低下について(甲8~16,弁論の全趣旨)
ホモシステイン値は葉酸又は/及びビタミンB 12が欠乏した場合に上昇し,葉酸
とビタミンB12を組み合わせて投与すると,葉酸だけを投与する場合に比して,よ
り確実にホモシステイン値を低下させることができる。
本件優先日当時,西洋人において,1日当たり,0.5~5mgの葉酸及び約0.
5mgのビタミンB12を補充することにより,血中ホモシステイン濃度が,1/4
~1/3減少することが期待できるとされていた。
イ 前記(1)の甲1の内容,上記アで認定した本件優先日当時の公知文献の内
容や技術常識に鑑みて,相違点2が容易想到といえるかどうかについて検討する。
(ア) 前記(1)で認定したとおり,甲1には,GAR-トランスホルミラーゼ阻
害剤の治療効果を維持しつつ,その毒性を減少させることを課題とする旨が記載さ
れているところ,甲1では葉酸をGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤と組み合わせ
て投与することによって同課題を解決できるとしており,同課題に関して,更に別
の活性成分,例えば,ビタミンB12を積極的に適用する動機や示唆は甲1には何ら
記載されていない。
これに加えて,上記ア(ア)(イ)の甲2~4,44からすると,本件優先日前にMT
Aの抗腫瘍活性を維持しつつ毒性を低減させるという目的のために,MTAと葉酸
を併用投与することに言及する公知文献は複数存在し,上記目的のためにMTAと
葉酸を併用投与することは技術常識になっていたものと認められるが,いずれの公
知文献にも,上記目的のためには葉酸補充だけでは不十分であるとする指摘はない
し,葉酸補充に加えて他の活性成分を投与する必要性についても何ら指摘されてい
ない。
(イ) 上記ア(イ)(ウ)のとおり,本件優先日当時,①ベースライン時のホモシス
テイン値が10μM以上であると,MTAの毒性発現が高度に予測されること,②
ホモシステイン値は,葉酸又は/及びビタミンB12が不足すると上昇すること,③
葉酸とビタミンB12を併せて投与すると,葉酸単独投与の場合に比して,より確実
にホモシステイン値を低下させることができることが,本件優先日当時に知られて
いたことが認められるものの,以下のa,bからすると,それにより,甲1発明に
ビタミンB12を投与することを組み合わせることは動機付けられないというべきで
ある。
a 上記ア(イ)の各公知文献が指摘しているのは,本件優先日当時,ベー
スライン時のホモシステイン値がMTAの毒性発現を予測させる指標であったとい
うことだけであり,原告が主張するような「ベースライン時のホモシステイン値を
低下させておくとMTAの毒性発現が抑制される」ということまでが読み取れると
はいえない。この点について,原告は,
「ベースライン時のホモシステイン値」 「M
と
TA投与後の毒性」との間に因果関係があると主張する。ベースライン時のホモシ
ステイン値とMTAの毒性発現との間に単純な比例関係があれば,原告が主張する
ようにいうことも可能であるが,本件証拠上,本件優先日当時,単純な比例関係に
あることが知られていたとは認められない(かえって,甲115[212頁左欄5
行~6行]には,葉酸の機能している状態と血漿ホモシステイン濃度とは,非線形
的な逆相関を示す旨記載されている。)から,「ベースライン時のホモシステイン値
が高い場合にMTAの毒性発現を予測させる指標であること」から直ちに「ベース
ライン時のホモシステイン値を低下させておくとMTAの毒性発現が抑制されるこ
と」ということができないことは明らかであり,原告の上記主張は理由がない。
また, ベースライン時のホモシステイン値を低下させておくことで抗腫瘍活性が
「
維持される。 ということについても,
」 甲44に葉酸補充により抗腫瘍活性が維持さ
れて毒性が低減される旨の記載があるほかは,上記各公知文献は何も述べていない
から,この点が技術常識であったとまでは認められない。
そうすると,原告が主張するような,
「ベースライン時のホモシステイン値を低下
させておくと,毒性の発現が抑制され,かつ抗腫瘍活性が維持される。」ということ
が,本件優先日当時に技術常識として存在していたとまで認めることはできないか
ら,その点から動機付けがあるということはできない。
b 葉酸又はビタミンB12の欠乏により上昇するホモシステイン値とは
異なり,メチルマロン酸値はビタミンB12の欠乏により上昇するところ(上記ア(ウ)
b),上記ア(イ)のとおり,本件優先日当時,ニイキザ文献は,ベースライン時のホ
モシステイン値と毒性発現の間には相関関係があるものの,メチルマロン酸値と毒
性発現の間には相関関係がない旨を指摘していたのであるから,当業者は,ここか
ら患者のビタミンB12の状態と毒性発現との間には相関関係がなく,むしろ,葉酸
の欠乏がベースライン時のホモシステイン値の上昇や毒性発現に関係していると考
え,葉酸を補充する方向へと進むものと推認される。現に,上記ア(イ)d のとおり,
その注52でニイキザ文献を引用している甲44は,ベースライン時のホモシステ
イン値10μMが毒性発現の閾値であると指摘しておきながら,葉酸補充にしか言
及していないし,ホモシステイン値を葉酸状態の指標であるととらえている。
また,葉酸とビタミンB12が併用されると,上記ア(ウ)aの図の左側にあるメチオ
ニンを生成するためのメチル化反応が促進され,テトラヒドロ葉酸が再生されやす
くなるから,ビタミンB12の投与は葉酸単独投与に比して葉酸の機能的状態の改善
により資するものといえるが,そのようなテトラヒドロ葉酸の再生の亢進が具体的
にどの程度葉酸の機能的状態に影響を与えるものなのかは本件証拠上不明であり,
がん患者における葉酸の機能的状態を正常化するためには,葉酸を外部から補充す
るだけでは不十分であり,ビタミンB12を補充することまでもが必要であったと本
件優先日当時に当業者に認識されていたとは認められない。
そうすると,仮に当業者がMTAの毒性リスクを低減させるためにベースライン
時のホモシステイン値を10μMより低下させる必要があると考えたとしても,そ
こからビタミンB12を追加することを動機付けられるとは認められない。
(ウ) 原告は,いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ
(アンメット・メディカル・ニーズ)により,更なる高い効果を求めて別の活性成
分を加えることが動機付けられると主張する。
しかし,上記(ア)(イ)で検討したところからすると,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性
の維持と毒性の低減という目的のためには葉酸の予備的処置だけでは十分ではない
ということが当業者に認識されていたとは認められないのであり,原告が主張する
ようなアンメット・メディカル・ニーズが存在するからといって,そこから直ちに
上記目的のために甲1発明を更に改良する必要があると当業者が認識するとは認め
られない。
また,仮にアンメット・メディカル・ニーズにより上記目的のために甲1発明を
改良することが動機付られるとしても,上記イ(イ)で検討したところに照らすと,そ
こから更にビタミンB12を併用することが動機付られるということはできないので
あり,原告の主張はその点からしても採用することができない。
なお,仮に,甲2が,性質上,動機付けや示唆が記載されることがないものであ
ったとしても,上記判断は左右されない。
ウ 本件発明2~5は,いずれも本件発明1を直接又は間接的に引用するも
のであり,本件発明6,7は,本件発明1と同様に甲1発明との間に相違点2を有
するものであるから,これまで検討してきたとおり,相違点2が容易想到なもので
ない以上,本件発明2~7についても容易想到であるということはできない。
エ したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告が主張する
取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(新規性欠如についての認定判断の誤り)について
(1) 事実関係
本件臨床試験等に関して,以下の事実が認められる。
ア 本件臨床試験について
(ア) 本件臨床試験は,悪性胸膜中皮腫患者を対象として行われた抗がん剤
であるMTAの非盲験の第 II 相臨床試験(臨床試験のうち,限られた少数の患者を
対象にして,薬物[治験薬]の安全性と有効性,薬物の体内動態及び最適な投与方
法と投与期間を試験するもの)であって,ドイツ,イタリア,英国及び米国の4か
国にある10施設で実施され,その試験期間は1年10か月半(1999年[平成
11年]9月1日~2001年[平成13年]7月14日)であった(甲21~2
3[甲21,22については,訳文である甲21の1,甲22の1を含む。以下同
じ。,54,133,弁論の全趣旨)
] 。
(イ) 本件臨床試験には合計で64名の患者が参加しており,当初はビタミン
投与がない患者が含まれていたものの,患者の安全性向上のために第1フェーズの
終了間近に治験実施計画書が改訂され,1999年(平成11年)12月10日以
降は,その当時に被験治療をしていた全ての患者に対して葉酸及びビタミンB12が
投与されるようになった(甲21~23,133,弁論の全趣旨)。
なお,本件臨床試験では,43名の患者がビタミン投与あり,21名が投与なし
とされているが,後者については,当初はビタミン投与を受けなかったが,199
9年(平成11年)12月10日以降にビタミン投与を受けた患者も含まれている
(甲21,22)。
(ウ) 本件臨床試験の主要目的は,MTAの投与を受けた悪性胸膜中皮腫患
者の腫瘍奏効率(応答率)を明らかにすることであり,副次的目的として,悪性胸
膜中皮腫患者に対して21日ごとに投与したMTAの毒性について定量的及び定性
的な特性解析を行うことが含まれていた(甲22)。
(エ) 本件臨床試験で1999年(平成11年)12月10日以降に実施さ
れた,葉酸及びビタミンB12を補充するMTA療法は,以下のとおりのものであっ
た(甲21,22)。
・全登録患者に対して,21日を1コースとして1日目に10分間の静脈内注入に
よりMTA500 mg/m2が投与された。
・発疹の一次予防のために,本件臨床試験に登録された全患者に対して,各回のM
TA投与の前日,当日及び翌日に,デキサメタゾン4 mg
(又はデキサメタゾン4 mg
等量のコルチコステロイド)が1日2回経口投与された。
・MTA初回投与の約1~2週前から葉酸350μg~1000μgの連日経口投
与が開始され,患者へのMTA投与中止から1~2週後まで継続された。
・MTA初回投与の約1~2週前にビタミンB12注射薬1000μgが筋肉内投与
され,約9週ごとに継続して投与された。
(オ) 本件臨床試験に際し,治験担当医師は,受領した全ての情報及び本件
臨床試験の実施中に医師自身が得た知識に関して,臨床試験の終了後,少なくとも
10年間秘密保持義務を負っており,法令等が患者等に対して情報を共有すること
を要求しているなどの場合でない限り,契約書に規定された以外の目的のために情
報を使用してはならないとされていた上,治験担当医師は他の個人又は団体からデ
ータの開示を求められた場合,それを直ちに会社に通知することとされていた(甲
134,弁論の全趣旨)。
イ 臨床試験に関する規制について
(ア) 医薬品の開発は,一般に,マウスやラットなどの動物を用いた非臨床
試験で医薬品の候補となる新規物質の有効性と安全性を確認した後,ヒトを対象と
した第 I 相から第 III 相の臨床試験を行い 有効性,安全性,品質などを確認し,
医薬品規制当局に対して製造承認申請をするという段階を経て行われる(甲54,
弁論の全趣旨)。
(イ) 臨床試験については,GCP(good clinical practice)といわれる
規準が定められているところ,1990年(平成2年)に,日本,米国及びヨーロ
ッパの各医薬品規制当局と業界団体6社により発足した医薬品規制調和国際会議(I
CH)は,1996年(平成8年)6月に「ICH HARMONISED TRIPARTITE GUIDELINE
GUIDELINE FOR GOOD CLINICAL PRACTICE E6(R1)」
(ICH-GCPガイドライン)
というGCPに関するガイドラインの最終案を策定して,日本,米国及び欧州の各
医薬品規制当局に同ガイドラインを承認するよう勧告し,日本ではそれに応じ,平
成9年3月27日にICH-GCPガイドラインに沿った内容の「医薬品の臨床試
験の実施の基準に関する省令」が公布され,同年4月1日から施行された(甲36,
甲36の1,甲37,54,弁論の全趣旨)。
本件臨床試験についても上記ICH-GCPガイドラインに沿って行われたもの
である(甲134,弁論の全趣旨)。
(ウ) ICH-GCPガイドラインには,以下の規定がある(甲36,弁論の
全趣旨)。
2.3 治験に参加する被験者の権利,安全及び健康は,最も重要な考慮すべき事
柄であって,科学面や社会面の利益に対して優先すべきものである。
4.8.2 患者に提供される書面同意書式及びその他の書面情報は,患者の同意
に関連する可能性のある重要な新情報が利用可能になるごとに改訂される。
・・・患
者やその法的に許容される代理人は,治験への参加継続についての患者の意志に関
係する可能性のある新情報が利用可能になった場合には適時に知らされることとす
る。この情報についてのコミュニケーションは書面化される。
4.8.6 書面同意書式を含む,治験についての口頭又は書面情報に用いられる
文体は,できるだけ専門用語を使わず,被験者,被験者の法的に許容できる代理人
及び公平な立会人に理解可能なものであるべきである。
4.8.7 インフォームドコンセントの取得が可能となる前に,治験実施者又は
治験実写者から指示された者は,被験者又は被験者の法的に許容できる代理人に,
治験の詳細について質問をするための及び治験に参加するかどうかを決定するため
の十分な時間と機会を与えるべきである。治験についての質問に対しては全て,被
験者又は被験者の法的に許容できる代理人が満足するまで,答えられるべきである。
4.8.10 患者に提供されるインフォームドコンセントの議論及び同意書面の
書式並びにその他の書面情報は以下の説明を含むこととする:
治験は研究に伴うものであること
⒝ 治験の目的
⒞ 治験における処置の内容及び各処置についての無作為化割付けの確率
⒟ 全ての侵襲的手順を含む治験の手順
・・・
⒣ 合理的に期待できる利益。患者に臨床上の利益がないと考えられる場合にはそ
の旨を患者に知らせる。
5.12.1 治験薬の情報
スポンサーは,治験を計画する際には,当該投与量・当該投与経路・当該投与期間・
当該試験対照群によるヒトへの暴露をサポートするに十分な,安全性と有効性に関
する非臨床及び/又は臨床試験データが,利用可能な状態にあることを保証する。
(2) 判断
ア 前記(1)に基づいて判断するに,前記(1)ア(イ)~(エ)のとおり,本件臨床
試験は,抗がん剤としてのMTAについて行われたものであり,本件臨床試験中で
用いられた葉酸及びビタミンB12を投与するMTA療法におけるMTA,葉酸及び
ビタミンB12の投与量,投与の時期,投与経路は,本件発明1~7のそれに含まれ
るものであると認められる。
イ 前記(1)イ(イ)のとおり,本件臨床試験はICH-GCPガイドラインに
沿って実施されたものであるところ,前記(1)イ(ウ)のとおり,ICH-GCPガイ
ドライン4. 10は,
8. インフォームドコンセントの同意書面等に「治験の目的」,
「治験における処置の内容」「治験の手順」「合理的に期待できる利益」について
, ,
記載すべきと規定している。ICH-GCPガイドラインの上記規定からすると,
本件臨床試験においてビタミン補充を受けた患者に対し,投与する抗がん剤がMT
Aであり,それと併用投与されるのが葉酸及びビタミンB 12であるという程度の情
報については情報提供があったとは推認できるものの,同意書面等に記載されるべ
き「治験の目的」「治験における処置の内容」「治験の手順」「合理的に期待でき
, , ,
る利益」が具体的にどのようなものを指し,どこまでの情報を開示すべきであるの
かについて,ICH-GCPガイドラインには明示的な定めがないし,本件臨床試
験が実施されていた諸外国で,当時,どのような法令や実務があったのかについて
は本件証拠上明らかではない。そうすると,上記のような開示されたと合理的に推
認される情報から更に進んでMTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量,投
与の時期,投与経路といった情報や「MTA投与に関連する毒性を低下しおよび抗
腫瘍活性を維持する」ことまでもがインフォームドコンセントの同意書面等に記載
されていたと認めることはできない。
また,ICH-GCPガイドライン4.8.7は,治験担当医師は,患者の同意
を得るに当たって,患者やその法的に許容される代理人(以下,併せて「患者ら」
という。 が,
) 満足するまで患者らからの質問に回答しなければならない旨規定して
いるものの,
「患者らが満足するまで質問に回答しなければならない」という規定は
抽象的なものであって,MTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量,投与の
時期,投与経路といった情報や「MTA投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍
活性を維持する」ことといった情報を含む全ての情報が患者らの求めに応じて治験
担当医師から患者らに対して提供される体制が構築されていたなどそれらの情報が
提供される状況にあったとまで本件証拠上認めることはできず,ましてや,実際に
それらの情報の全てが患者らの求めに応じて治験担当医師から提供されたと認める
ことはできない。
その他,本件臨床試験において,患者らが本件発明の内容を知ったとか,知り得
る状態にあったというべき事実は認められない。
したがって,本件臨床試験において,本件発明が「公然知られた」とか「公然実
施された」と認めることはできない。
ウ 原告は,①ICH-GCPガイドラインやAの宣誓供述書(甲23),国
立がん研究センターの臨床試験の同意書面(甲38)及びB教授の意見書(甲56)
からすると,本件臨床試験において,MTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投
与量,投与の時期,投与経路に関する情報が患者に提供され又は提供され得る状況
にあったと主張する。
しかし,ICH-GCPガイドラインから直ちに本件発明が公然知られた発明又
は公然実施された発明と認定できないことは,上記イで検討したとおりである。
Aの宣誓供述書(甲23)については,患者に本件臨床試験の詳細について説明
した,ビタミンB12と葉酸を投与することやそれがMTAの毒性を軽減するための
ものであることを説明した旨の記載があるものの,本件臨床試験に関与したCが,
Aが担当した患者の中にビタミン投与を受けた患者がいなかった旨を宣誓供述書(甲
133)で述べていることからすると,Aの宣誓供述書のビタミンB12と葉酸を投
与することやそれがMTAの毒性を軽減するためのものであることを説明した旨の
上記記載は,自己が真実体験したことを述べたものであるとは認められず,信用す
ることができないし,また,同宣誓供述書は,どのような情報が患者らに提供され
又は提供され得たかを具体的に述べているものとはいい難いから,同宣誓供述書か
らMTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量,投与の時期,投与経路といっ
た情報や「MTAの投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持する」こ
とが患者らに伝えられていたとか患者らの求めに応じて伝え得る状況になっていた
と認めることはできない。
国立がん研究センターで使用されている同意書面(甲38)については,現在の
日本における実務を明らかにするものにすぎず,そこから本件臨床試験が実施され
た当時,本件臨床試験が実施された諸外国でICH-GCPガイドラインを受けて
具体的にどのような取扱いがされていたのかを具体的に推知できるとはいえず,B
教授の意見書についても同様である。
したがって,原告の上記主張は採用することができず,前記イの認定は左右され
ない。
エ 以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,原告が主張
する取消事由2は理由がない。
第5 結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり
判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森 義 之
裁判官
眞 鍋 美 穂 子
裁判官
熊 谷 大 輔
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