平成24(行ケ)10140審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成24年12月20日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告エイヴィーティーオーディオビジュアル
|
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
審決19回 優先権1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
本願は,平成14年3月8日(パリ条約による優先権主張・平成13年3月8
日,米国)を国際出願日とする特許出願(特願2002-570523号)の一
部を,平成20年9月24日に新たな特許出願としたものであり(特願2008-
244850号。発明の名称「ビデオ符号化における中間画素高精度高速探索を実
現する装置及び方法」),平成21年5月7日付け手続補正書により特許請求の範囲
の記載が補正されたが,同月25日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,
平成21年10月2日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2009-187
48号)をしたが,特許庁は,平成23年12月5日,「本件審判の請求は,成り
立たない。」との審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された(附加期
間90日)。
2 特許請求の範囲の記載
平成21年5月7日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲(請求項の数
16)の請求項14の記載は,次のとおりである(以下,同請求項に記載された発
明を「本願発明」という。)。 |
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判決文
平成24年12月20日判決言渡
平成24年(行ケ)第10140号 審決取消請求事件
平成24年11月13日 口頭弁論終結
判 決
原 告 エイヴィーティー オーディオ ビジュアル
テレコミュニケイションズ コーポレイション
訴訟代理人弁理士 萩 原 誠
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 渡 邊 聡
同 小 池 正 彦
同 田 部 元 史
同 芦 葉 松 美
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定
める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2009-18748号事件について平成23年12月5日にした
審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
本願は,平成14年3月8日(パリ条約による優先権主張・平成13年3月8
日,米国)を国際出願日とする特許出願(特願2002-570523号)の一
部を,平成20年9月24日に新たな特許出願としたものであり(特願2008-
244850号。発明の名称「ビデオ符号化における中間画素高精度高速探索を実
現する装置及び方法」,平成21年5月7日付け手続補正書により特許請求の範囲
)
の記載が補正されたが,同月25日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,
平成21年10月2日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2009-187
48号)をしたが,特許庁は,平成23年12月5日,「本件審判の請求は,成り
立たない。」との審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された(附加期
間90日)
。
2 特許請求の範囲の記載
平成21年5月7日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲(請求項の数
16)の請求項14の記載は,次のとおりである(以下,同請求項に記載された発
明を「本願発明」という。。
)
「ビデオ映像データの第1フレームに含まれる第1マイクロブロックと第2フレ
ームに含まれる第2マイクロブロックの間の動きベクトルを得る方法であって,
前記第1フレームに関係する前記第2フレームの中の最小絶対誤差手段(“MA
D”
)値を有する整数画素の位置を決定する段階と,
前記整数画素の位置に中心がある第1方向における第1サブ画素の位置であって,
第1方向においてサブ画素の精度で最小MAD値を有する前記第1サブ画素の位
置を決定する段階と,
前記第1サブ画素の位置に中心がある第2方向における第2サブ画素の位置であ
って,第2方向においてサブ画素の精度で最小MAD値を有する前記第2サブ画素
の位置を決定する段階と,
前記整数画素の位置と前記第2サブ画素の位置を用いて前記第1マクロブロック
と前記第2マクロブロックの間の距離を表現している動きベクトルを決定する段階
とを含むことを特徴とする方法。
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平
10-247242号公報(甲2。以下,
「引用例1」といい,引用例1の記載か
ら審決が本願発明との対比のため認定した発明を「引用発明」という。
)から認定
される引用発明及び周知技術に基づいて,容易に発明をすることができたものであ
り,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
審決が認定した引用発明の内容,同発明と本願発明との一致点及び相違点は以下
のとおりである。
(1) 引用発明の内容
「フレーム画像Aとフレーム画像Bの間で16×16のブロックを用いたブロッ
クマッチングを行なって動きベクトルを算出する方法であって,
全データ平面にわたって整数の精度で,複数の歪み量である差分絶対値和を算出
し,最小の歪み量である差分絶対値和を与える最適候補ブロックのベクトル
(Vx_min,Vy_min)を求める第一段階,
第一段階で得た整数精度の位置を基準に,水平・垂直方向に半画素ずらした範囲
内で,合計8回,半画素の精度でブロックマッチングが行われ,最適候補ブロック
に対する歪み量である差分絶対値和が最小のブロックを求め,最終的に最適なブロ
ックの整数精度で求めた位置からのベクトル(Vxh,Vyh)を得る第二段階,
第二段階で得たベクトル(Vxh,Vyh)と第一段階において整数精度で求め
たベクトル(Vx_min,Vy_min)を加算することにより,最終的な動き
ベクトルを得る段階
を含む方法」
(2) 一致点
「ビデオ映像データの第1フレームに含まれる第1マクロブロックと第2フレー
ムに含まれる第2マクロブロックの間の動きベクトルを得る方法であって,
前記第1フレームに関係する前記第2フレームの中の最小歪み量を有する整数画
素の位置を決定する段階と,
歪み量に基づいてサブ画素の精度の範囲内のサブ画素の位置を決定する段階であ
って,決定された整数画素の位置を出発点として,第1方向および第2方向にサブ
画素の精度で移動した位置を決定する段階と,
整数画素の位置と第2サブ画素の位置を用いて第1マクロブロックと第2マクロ
ブロックの間の距離を表現している動きベクトルを決定する段階とを含むことを特
徴とする方法。
」
(3) 相違点
ア 相違点1
上記「歪み量」を,本願発明では「MAD値」とするのに対し,引用発明では
「差分絶対値和」とする点。
イ 相違点2
決定された整数画素の位置を出発点として,第1方向および第2方向にサブ画素
の精度で移動した位置について,
本願発明が,「前記整数画素の位置に中心がある第1方向における第1サブ画素
の位置であって,第1方向においてサブ画素の精度で最小歪み量(MAD値)を有
する前記第1サブ画素の位置を決定する段階」と,
「前記第1サブ画素の位置に中
心がある第2方向における第2サブ画素の位置であって,第2方向においてサブ画
素の精度で最小歪み値(MAD値)を有する前記第2サブ画素の位置を決定する段
階」の2つの段階から決定するのに対し,引用発明はそのような構成とはしない点。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張(相違点2に係る容易想到判断の誤り)
以下のとおり,審決の相違点2に係る容易想到性判断には誤りがある。
(1) 取消事由1(動機付けの存否に係る判断の誤り)
審決には,以下のとおり,引用発明に甲3(特開2000-253407号公
報)ないし甲4(特開平1-233894号公報)に記載された周知技術である
「one-at-a-time 探索法」を適用する動機付けが存在すると判断した誤りがある。
ア 「one-at-a-time 探索法」は,整数画素精度でブロックマッチングを行うも
のであるから,二段階方式での動きベクトルの探索においては,第一段階での高速
探索に用いられ,半画素精度で行われる第二段階での高速探索に用いられるもので
はない。審決は,「one-at-a-time 探索法」の探索始点及び探索範囲を,それぞれ
引用発明の「最適候補ブロックのベクトル」及び「水平・垂直方向に半画素ずらし
た範囲」に対応させるが,「one-at-a-time 探索法」における探索始点は,整数画
素精度での最適候補ブロックを高速探索する観点から決定されるものであり,引用
発明における「最適候補ブロック」自体が探索始点となり得るはずがなく,失当で
ある。
イ 「one-at-a-time 探索法」では,第一段階の探索では,一般に対象マクロブ
ロックと同一位置にある参照マクロブロックを探索始点とするが,一意的には定ま
っておらず,探索始点をどこに選択するかが重要な問題となり,誤った選択をする
と探索回数の増大を招くのに対し,第二段階の探索では,探索始点は第一段階の探
索で選択された整数画素の位置に一意的に定まっている。また,第一段階の探索で
は,ブロックマッチングに先立って,画素値を計算しておく必要はないが,第二段
階の探索では,半画素位置の画素値を計算しておく必要がある。このように,
「one-at-a-time 探索法」における解決課題は,第一段階の探索において,探索開
始の始点を適切に定め,探索回数を減らし演算量を低減することにある。
他方,引用発明における解決課題は,二段階方式での動きベクトルの探索の第二
段階の探索において,最適候補ブロックを取り囲む8方向にある半画素精度の画像
データに対するMAD値を算出するために,必要な探索回数を減らして演算量を低
減することにある。例えば,第二段階の探索において探索範囲をしぼり込むことに
より,整数画素精度で定まった仮の最良位置にあるブロックを取り囲む,8方向に
ついての演算を1方向のみにすることにより,演算量を1/8にすることができる。
以上のとおり,引用発明に,これとは解決課題が異なる周知技術である「one-
at-a-time 探索法」を適用する動機付けは存在しない。
ウ 被告の主張に対して
被告は,周囲8方向の半画素精度の画像データ値の基準フレーム画像に対する歪
み量,すなわち画像データの差分絶対値和を算出する演算は,移動の幅が半画素単
位というだけで,基準フレーム画像に対する歪み量,すなわち画像データの差分絶
対値和を算出する点で,整数画素単位におけるブロックマッチングと相違がないと
主張するが,整数画素単位のブロックマッチングと半画素単位のブロックマッチン
グとは,上記のとおり,探索範囲,探索始点及び画素値の演算の点で相違している。
また,被告は,「one-at-a-time 探索法」は,ブロックマッチング法の探索範囲
と探索候補ブロックを限定することで,動きベクトル探索装置の構成を簡素化する
探索であると主張するが,「one-at-a-time 探索法」が画素値の演算を必要としな
い探索法である点を捨象しており,失当である。
さらに,被告は,引用発明が有する課題と,「one-at-a-time 探索法」を採用す
ることにより解決することができる課題とは,ブロックマッチングを行う際,動き
ベクトル探索のための演算量が低減する点で共通していると主張するが,「one-at-
a-time 探索法」を採用することによって解決することができる課題は,探索回数
の削減であり,半画素位置での画素値の演算量の低減という引用発明の課題とは異
なっている。探索回数の削減と半画素位置での画素値の演算量の低減は,いずれも
演算量の低減に結びつくものではあるが,探索回数の削減が探索範囲と探索始点と
を適正に定めることによって達成できるのに対し,半画素位置での画素値の演算量
の低減は,探索範囲と探索始点が定まっている状態で画素値の演算量を減らすこと
によって達成できるものであって,解決手段が異なっている。被告の主張は,解決
手段が異なる課題について,演算量の低減という点で同列に扱うものであって,失
当である。
(2) 取消事由2(阻害要因の存否に係る判断の誤り)
ア 審決は,動きベクトルの探索を半画素精度で行うことは普通に知られている
ことであり,半画素精度の探索に周知技術である「one-at-a-time 探索法」を適用
することを妨げる特段の事情はない,また,一般に,想定する探索範囲は,見つけ
出す蓋然性が高い範囲に適宜決定されるべきものであるから,「one-at-a-time 探
索法」が2探索単位以上離れた探索範囲でしか適用されないともいえないとして,
引用発明への「one-at-a-time 探索法」の適用に阻害要因はない旨判断する。
しかし,半画素精度の探索を行う場合には,まず整数画素の画素値を使って半画
素値を計算する必要があるところ,対象マクロブロックが半画素分移動するごとに,
マクロブロック内の全ての半画素位置において半画素値の計算を行いつつ,MAD
値を計算するには,膨大な演算量を要するため,高速探索を目的とする「one-at-
a-time 探索法」は適用できない。
また,「one-at-a-time 探索法」は,探索始点を適切に定めた上で,1探索単位
ごとに所定方向にブロックマッチングを進め,その所定方向でのMAD値を持つ画
素位置を決定するものであるから,探索範囲は必然的に2探索単位以上離れた探索
範囲に設定され,探索範囲を1探索範囲内に限定して設定することはできない。
したがって,引用発明への「one-at-a-time 探索法」の適用には阻害要因がある。
イ 被告の主張に対して
これに対し,被告は,引用発明においても高速探索を行う必要があるから,高速
探索を目的とする「one-at-a-time 探索法」を引用発明に適用することに阻害要因
はないと主張する。
しかし,引用発明における高速探索と「one-at-a-time 探索法」における高速探
索とは,その内容を異にしている。すなわち,引用発明における高速探索とは,整
数画素精度での最適候補ブロックの周囲8方向にある半画素位置での画素値の演算
量を低減することを意味しているのに対し,「one-at-a-time 探索法」における高
速探索とは,探索範囲と探索始点とを適正に定めることによって探索回数を削減す
ることを意味している。また,半画素値の計算を必要としない「one-at-a-time 探
索法」を引用発明に適用すると,半画素値の計算に膨大な演算量を要することにな
るから,「one-at-a-time 探索法」を半画素精度の探索へ適用することには,阻害
要因がある。
さらに,被告は,「one-at-a-time 探索法」の探索範囲を1探索範囲内に限定し
て設定されてはならないわけではないと主張する。しかし,甲3,4に記載されて
いるように,「one-at-a-time 探索法」は,整数画素精度でブロックマッチングを
行う時に使用されるものであるから,その探索範囲を1探索範囲に限定することは
あり得ない。
2 被告の反論
以下のとおり,審決の相違点2に係る容易想到性判断に誤りはない。
(1) 取消事由1(動機付けの存否に係る判断の誤り)に対して
原告は,「one-at-a-time 探索法」は,整数画素精度でブロックマッチングを行
うものであるから,半画素精度で行われる第二段階での高速探索に用いられるもの
ではないとして,引用発明に周知技術である「one-at-a-time 探索法」を適用する
動機付けが存在しない,と主張する。
しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,甲2によれば,半画素精度
の探索は,周囲8方向の半画素精度の画像データ値を算出した後,それらの基準フ
レーム画像に対する歪み量,すなわち画像データの差分絶対値和を算出する演算を
行うものであり,上記演算は,移動の幅が半画素単位というだけで,基準フレーム
画像に対する歪み量,すなわち画像データの差分絶対値和を算出する点で,整数画
素単位におけるブロックマッチングと相違はない。また,甲3によれば,「one-at-
a-time 探索法」は,ブロックマッチング法の探索範囲と探索候補ブロックを限定
することで,動きベクトル探索装置の構成を簡素化する探索である。したがって,
半画素精度のブロックマッチングに対しても,周知技術である「one-at-a-time 探
索法」を適用することができる。
また,引用発明は,全データ平面にわたって整数の精度で,最適候補ブロックの
ベクトル(Vx_min,Vy_min)を求める第一段階と,第一段階で得た整
数精度の位置を基準に,半画素の精度でブロックマッチングが行われ,最終的に最
適なブロックの整数精度で求めた位置からのベクトル(Vxh,Vyh)を得る第
二段階の構成を有するところ,第二段階の探索において,最適候補ブロックを取り
囲む8方向にある半画素精度の画像データに対するMAD値を算出するために必要
な探索回数を減らして,演算量を低減することを解決課題とするものである。他方,
甲3によれば,動きベクトルを検出するときに,「one-at-a-time 探索法」を採用
することによって,探索範囲と探索候補ブロックを限定するため,動きベクトルを
簡易に求めることができ,動きベクトル探索装置の構成を簡素化できることが理解
できる。そして,探索範囲と探索候補ブロックを一部に限定すれば,動きベクトル
を検出するための探索回数が減少し,演算量が低減するから,動きベクトルを検出
するときに「one-at-a-time 探索法」を採用することにより解決することができる
課題と,引用発明が有する課題とは,ブロックマッチングを行う際,動きベクトル
探索のための演算量が低減する点で共通している。そうすると,引用発明に「one-
at-a-time 探索法」を適用する際,第二段階,すなわち,半画素精度の探索に,
「one-at-a-time 探索」を採用することは,容易に想到し得たことであり,引用発
明に周知技術である「one-at-a-time 探索法」を適用する動機付けが存在する。
(2) 取消事由2(阻害要因の存否に係る判断の誤り)に対して
原告は,半画素値の計算を対象マクロブロックが移動するごとに行うためには,
膨大な演算量を要するため,高速探索を目的とする「one-at-a-time 探索法」は適
用できない,「one-at-a-time 探索法」は,必然的に2探索単位以上離れた探索範
囲に設定され,探索範囲を1探索範囲内に限定して設定することはあり得ないとし
て,「one-at-a-time 探索法」を半画素精度の探索へ適用することには阻害要因が
ある,と主張する。
しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,引用発明において,動きベ
クトルを半画素単位で探索するのは,1画素単位で探索する場合と比較して,より
細かい単位で探索することにより,ブロックマッチングを行ったときの誤差が少な
い動きベクトルを求めることを目的としている。半画素単位で動きベクトルを探索
するためには,本来画素のない半画素の位置において(補間等により)画素値を得
る必要があり,この点で演算量が増加するものの,この演算は,半画素単位で動き
ベクトルを探索する場合に必ず行われる演算である。そして,引用発明においては,
ブロックマッチングの際に演算量を低減し,高速探索を行う必要性も存在するから,
高速探索を目的とする「one-at-a-time 探索法」を,引用発明に適用することに阻
害要因があるとはいえない。
また,「one-at-a-time 探索法」は,ブロックの始点から,所定の探索範囲内で
最も相似度の高いブロックを見つける探索法であって,この所定の探索範囲を1探
索範囲内に限定して設定されてはならないわけではない。さらに,引用発明は,最
適な動きベクトルを整数画素精度の第一段階で探索し,上記整数画素精度で探索し
た動きベクトルよりも更に誤差の少ない動きベクトルを第二段階で求めるものであ
るから,引用発明に「one-at-a-time 探索法」を適用すれば,第二段階の半画素精
度の探索においては,その探索範囲が半画素以内(1探索範囲内)になることは,
当然である。したがって,引用発明に,1探索範囲内に限定した「one-at-a-time
探索法」を採用することに阻害要因はない。
第4 当裁判所の判断
本件において,審決がした,本願発明及び引用発明の認定,本願発明と引用発明
との一致点・相違点の認定,相違点1の容易想到性判断に誤りがないことついては,
当事者間において争いがないところ,当裁判所は,審決の相違点2に係る容易想到
性判断にも誤りはなく,その他,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判
断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1(動機付けの存否に係る判断の誤り)について
原告は,引用発明に周知技術である「one-at-a-time 探索法」を適用する動機付
けが存在しないと主張する。しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,採用する
ことできない。
(1) 引用発明は,水平・垂直方向に半画素ずらした範囲内で,最終的に最適な
ブロックの整数精度で求めた位置からのベクトル(Vxh,Vyh)を得る第二段
階において,第一段階で得た整数精度の位置を基準に合計8回,半画素の精度でブ
ロックマッチングが行われるものである。そして,甲2には,
「このブロックマッ
チング探索方式では,第一段階を導入することで演算量を減らすことができるが,
第二段階については最適候補ブロックの周囲にわたって合計8回の詳細なブロック
マッチングが必要になる。第二段階では,例えば半画素(ハーフペル)の精度でブ
ロックマッチングが行われるため,まず周囲8方向にある半画素精度の再生画像デ
ータ値を算出し,それらの基準フレーム画像に対する歪み量,すなわち画像データ
の差分絶対値和を算出するよう構成されている。したがって,8方向にわたる演算
量はやはり膨大であり,また演算に必要なメモリのワークエリアも大きくなる。ハ
ードウエアも高速に設計しなければならない。(段落【0004】 ,
」 )「本発明はこ
うした点に鑑みてなされたもので,その目的は,ブロックマッチングの最終結果の
妥当性を確保しながら,さらに演算量を低減し,ハードウエアをよりコンパクトに
し,ハードウエアに要求される高速性を緩和することのできるブロックマッチング
探索方法およびその方法を用いた装置の提供にある。(段落【0005】
」 )との記
載がある。上記によれば,引用発明は,第二段階の探索において,第一段階で得た
基準画素の周囲8方向にわたる8回のブロックマッチング(探索)を行うものであ
って,複数の探索地点を含む探索範囲の限定によって探索回数を減少させ,演算量
を低減させることを課題としているものと認められる。
他方,甲3には,「簡易な動きベクトルの検出方法の一つとしては,one-at-a-
time 探索がある。この探索方法は,注目するブロックに関し,1フレーム前の同
じ位置にあるブロックを始点とし,水平および垂直方向にブロックを一つずつシフ
トさせながら相似度を探索していき,所定の探索範囲内で最も相似度の高いブロッ
クを見つけだして動きベクトルを検出する方法である。この方法では,探索範囲と
探索候補ブロックを限定するため,動きベクトル探索装置の構成を簡素化すること
ができるというメリットがある。(段落【0008】
」 )との記載がある。
また,甲4には,「BMA法において,動きベクトルを検出するには,CDS
(Conjugate Direction Search Algorithm)法がある。これは,前画像の注目する
ブロックの位置を中心として,現画像とのブロック間の対応関係を求め,前画像の
上記ブロックが現画像のどの位置に移動したのかを表わす動きベクトルを求めるも
のである。すなわち,この方法は次の3段階からなるものである。ただし,注目す
る前画像4のブロックの位置を(I,J)とする。①まず,注目するブロックから
横方向に探索してひずみが最小になる点を求める。すなわち,第5図に「1」を付
した点を調べ,ひずみ最小点として「①」の点を見つける。②次に,①で求めた点
から縦方向に探索を行ない,ひずみが最小になる点を求める。すなわち,第5図に
「2」を付した点を調べ,ひずみ最小点として「②」を見つける。③さらに,
(I,
J)と②で求めた点とを結ぶ線上でひずみが最小となる点を探索する。こうして,
第5図に「③」を付した点を最終的なひずみ最小点として見つけるのである。ここ
に,ひずみの評価を次式で行なうMAD法がある。
・・・」
(2頁左上欄7行~右上
欄8行)「・・ただし,ここでは,CDS法の3段階の処理のうち初めの2段階で
,
処理を打ち切るように簡略化した one at a time 法を用いた。
・・」
(3頁左下欄4
乃至6行)との記載がある。
上記によれば,審決が周知技術であると認定した「one-at-a-time 探索法」にお
いては,ブロックマッチング(1つ前のフレームの探索範囲内にあるブロックと着
目するブロックとの間の相似度が最も高いブロックを見つけ出すことによる動きベ
クトルの検出)を行うにあたって,着目するブロックに対応する1つ前のフレーム
内の位置を始点とした水平(横)方向の探索と,この探索によりもっとも相似度の
高いブロックであるとされた位置を始点とした垂直(縦)方向の探索とが行われる
ことによって,探索範囲が限定されるのであり,この探索範囲の限定によって探索
回数が減少し,探索のために必要となる演算量も低減するものと認められる。
以上によれば,引用発明は,第二段階の探索において,探索範囲の限定による演
算量の低減を課題としており,周知技術である「one-at-a-time 探索法」は上記課
題を解決するものであるから,引用発明における第二段階の探索に「one-at-a-
time 探索法」を適用する動機付けが存在する。
(2) 原告の主張について
これに対し,原告は,「one-at-a-time 探索法」は,整数画素精度でのブロック
マッチングを行うもので,画素値の演算を必要としない探索法であるから,二段階
方式での動きベクトルの探索においては,第一段階での高速探索に用いられ,半画
素精度で行われる第二段階での高速探索に用いられるものではない,「one-at-a-
time 探索法」における探索始点は,整数画素精度での最適候補ブロックを高速探
索するために決定されるものであって,目的物である最適候補ブロック自体が探索
始点となり得るはずはない,引用発明の解決課題は,第二段階の探索において,最
適候補ブロックを取り囲む8方向にある半画素精度の画像データに対するMAD値
を算出するために,必要な探索回数を減らして演算量を低減することにあるのに対
し,「one-at-a-time 探索法」の解決課題は,第一段階の探索において,探索開始
の始点を適切に定め,探索回数を減らして演算量を低減することにあり解決課題が
異なる,と主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,
ア 「one-at-a-time 探索法」について,整数画素精度でのブロックマッチング
を行うものに限定されるべき理由はなく,半画素精度での動きベクトルの検索を行
う場合には画素値の演算が必要であるとしても,探索に先立って探索範囲内の半画
素値を予め演算しておくこともできるから,「one-at-a-time 探索法」が半画素精
度での探索に用いることができないとはいえない。
イ 「one-at-a-time 探索法」における探索始点は,「注目するブロックに関し,
1フレーム前の同じ位置にあるブロック」
(甲3・段落【0008】)であり,ゼロ
ベクトル位置を始点とするものであるが,他の位置を探索始点とすることが排除さ
れるものではなく,探索回数が増大しない位置であることが望まれる(甲3・段落
【0010】ないし【0016】参照)
。そうすると,第一段階の探索の結果を利
用できる第二段階の探索において,探索回数が増大しないように第一段階の探索に
より決定された整数画素の位置,すなわち整数画素精度での「最適候補ブロック」
を始点とすることもできる。
ウ 引用発明は,上記のとおり,第二段階の探索において,複数の探索地点を含
む探索範囲の限定によって探索回数を減少させ,演算量を低減させることを課題と
しており,探索範囲の限定による探索回数の減少という「one-at-a-time 探索法」
の解決課題も含むものであり,引用発明と「one-at-a-time 探索法」の解決課題は
共通するものといえる。
(3) 以上のとおり,原告の上記主張は失当であって,引用発明には周知技術で
ある「one-at-a-time 探索法」を適用する動機付けが存在する。
2 取消事由2(阻害要因に係る判断の誤り)について
原告は,半画素値の計算を対象マクロブロックが移動するごとに行うためには,
膨大な演算量を要するため,高速探索を目的とする「one-at-a-time 探索法」は適
用できない,「one-at-a-time 探索法」の探索範囲は,必然的に2探索単位以上離
れた探索範囲に設定され,探索範囲を1探索範囲内に限定して設定することはあり
得ないとして,引用発明への「one-at-a-time 探索法」の適用には阻害要因がある
と主張する。
しかし,上記のとおり,「one-at-a-time 探索法」について,整数画素精度での
ブロックマッチングを行うものに限定されるべき理由はなく,半画素精度での動き
ベクトルの探索を行う場合には画素値の演算が必要であるとしても,探索に先立っ
て探索範囲内の半画素値を予め演算しておくこともできるから,「one-at-a-time
探索法」が半画素精度での探索に用いることができないとはいえない。また,半画
素精度での動きベクトルの探索を行う場合に,探索範囲内の半画素値を予め演算し
ないとしても,半画素単位の探索範囲を限定すれば,その限定によって不要となる
補完演算の分だけ演算量が減少する効果が見込まれる。そうすると,第二段階の探
索が半画素精度で行われることは,引用発明に「one-at-a-time 探索法」を採用す
ることの阻害要因とはならない。
また,甲3には,「このような水平方向(X方向)のベクトル探索は,以下の①
または②の条件が満たされるときに終了する。①算出した絶対差分の和が,前回の
絶対値差分の和よりも大きくなる。②所定の探索範囲の外となる。(段落【008
」
8】 ,
)「・・・垂直方向のベクトル探索の方法は,水平方向のベクトル探索の方法
と同じである。 (段落【0090】
」 )との記載がある。上記によれば,「one-at-a-
time 探索法」が水平及び垂直方向のそれぞれにつき1探索単位ごとにブロックマ
ッチングを進めて最小MAD値を持つ画素位置を決定するものであるとしても,各
方向について探索範囲の外となった場合に探索を終了することができる上,各方向
につき探索の始点の両側1単位を探索範囲とすることもできる(このように探索範
囲を設定しても,水平方向の探索の始点の斜め方向の位置の一部が除外され,始点
から2探索単位以上離れた探索範囲を設定した場合と同様の探索回数の減少が見込
まれる。。
)
そうすると,「one-at-a-time 探索法」において,探索範囲が必然的に始点から
2探索単位以上離れて設定され,探索範囲を1探索範囲内に限定して設定すること
があり得ないとはいえず,二段階方式での動きベクトルの探索において,第一段階
の探索の結果を利用できる第二段階の探索に「one-at-a-time 探索法」を用いる場
合,第一段階の探索の結果を利用して,探索範囲を始点に隣接する半画素の範囲と
することに阻害要因はない。
以上のとおり,原告の上記主張は失当であって,引用発明への「one-at-a-time
探索法」の適用に阻害要因は存在しない。
3 以上によれば,審決の相違点2に係る容易想到性判断に誤りはなく,本願発
明は,引用発明及び周知技術から容易に想到できたといえる。
第5 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取
り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理
由がない。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝 田 俊 文
裁判官
西 理 香
裁判官
知 野 明
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