令和1(行ケ)10143審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和2年8月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告株式会社パークウェイ 被告特許庁長官
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法令 |
商標権
商標法3条1項6号3回 商標法5条2項5号1回
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キーワード |
審決17回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告は,平成28年3月28日,次のとおり,位置商標に係る商標登録出
願を行った(商願2016-34650号)。
【商標登録を受けようとする商標】
【商標の詳細な説明】
商標登録を受けようとする商標(以下「商標」という。)は,標章を付
する位置が特定された位置商標であり,複数本の櫛歯を延出したくし本体
において,そのくし本体の長手方向に沿って並べた複数の楕円貫通孔を組
み合わせた図形からなる。なお,破線は,商品のくしの形状の一例を示し
たものであり,商標を構成する要素ではない。
【指定商品】
第21類「くし」
⑵ 原告は,平成29年8月7日付け手続補正書により,商標の詳細な説明を,
次のとおりに補正した。 |
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判決文
令和2年8月27日判決言渡
令和元年(行ケ)第10143号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和2年6月30日
判 決
原 告 株式会社パークウェイ
訴訟代理人弁護士 小 林 幸 夫
同 木 村 剛 大
同 藤 沼 光 太
訴訟代理人弁理士 岡 本 敏 夫
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 阿 曾 裕 樹
同 木 村 一 弘
同 板 谷 玲 子
同 石 塚 利 恵
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2018-8775号事件について令和元年9月17日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告は,平成28年3月28日,次のとおり,位置商標に係る商標登録出
願を行った(商願2016-34650号)。
【商標登録を受けようとする商標】
【商標の詳細な説明】
商標登録を受けようとする商標(以下「商標」という。)は,標章を付
する位置が特定された位置商標であり,複数本の櫛歯を延出したくし本体
において,そのくし本体の長手方向に沿って並べた複数の楕円貫通孔を組
み合わせた図形からなる。なお,破線は,商品のくしの形状の一例を示し
たものであり,商標を構成する要素ではない。
【指定商品】
第21類「くし」
⑵ 原告は,平成29年8月7日付け手続補正書により,商標の詳細な説明を,
次のとおりに補正した。
【商標の詳細な説明】
商標登録を受けようとする商標(以下「商標」という。)は,標章を付
する位置が特定された位置商標であり,複数本の櫛歯を有するくし本体の
長辺方向の中央を除いた左右部分に,それぞれ一定間隔で横並びに配され
た楕円型にくりぬかれた貫通孔を組み合わせた図形からなる。なお,破線
は,商品のくしの形状の一例を示したものであり,商標を構成する要素で
はない。
⑶ 特許庁は,平成30年3月26日付けで,拒絶査定をした。
⑷ 原告は,同年6月26日付けで,拒絶査定に対する審判請求を行った(不
服2018-8775号)。
審判手続の中で,原告は,指定商品を次のとおり補正した。
【指定商品】
第21類「毛髪カット用くし」
⑸ 特許庁は,令和元年9月17日付けで,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をした。
⑹ 原告は,同年10月1日,審決謄本の送達を受け,同月29日,審決の取
消しを求めて本件訴訟を提起した。
2 審決の理由の要旨
(本項の「請求人」は原告を指す。審決の「別掲3」~「別掲5」の写しを本
判決の別紙とし,別紙の末尾に「別掲3」で言及された写真を掲げる。審決の
「くし」は「櫛」と表記することがある。)
⑴ 本願商標の図形の識別性
ア 請求人の出願に係る商標(以下「本願商標」という。)は,(ア)複数本の
櫛歯を有する櫛本体の長辺方向の,中央を除いた左右部分の位置に配置し
た位置商標であって,(イ)それぞれ一定間隔で横並びに配された,楕円型に
くりぬかれた7個の貫通孔を組み合わせた図形からなるものであり,図形
全体としては,小さな楕円を連続して,中央を除いて7個ずつ(計14
個)横一列に配置した線状模様との印象を与えるものである。
イ そして,本願商標の指定商品に係る櫛との関係においては,本体の櫛歯
根元の位置に,様々な模様や文様を装飾として施すことは取引上普通に行
われていることで,その装飾手法として「透かし彫り」(彫刻手法の一つ。
板金・木材・石材などをくりぬいて図案をあらわすこと)を採択するもの
も多く見られる(別掲3)。
また,装飾や機能(目盛,グリップ)を果たすことを目的として,櫛本
体の櫛歯根元の長辺方向の位置に,小さな点状模様や楕円状の窪みなどを,
一定間隔で連続して配置することで,全体として連続した小さな点又は楕
円による線状模様(中には,中央部を空白又は点の形状を変えて,左右に
連続模様を横一列に配置するような構成のものもある。)との印象を与え
るような装飾を施した櫛が製造,販売されている実情もある(別掲4)。
なお,請求人のカタログにおいても,貫通孔が櫛にしなやかさを与え,1
cm間隔のメジャーになっていることが記載され,その貫通孔に機能的な
役割もあることが明示されている。
さらに,本願商標と同様に,櫛本体の櫛歯根元の長辺方向の位置に,連
続した複数の貫通孔を,一定間隔で横一列に配置してなる櫛も製造,販売
されており,例えば,連続した複数(片側7個,片側9個)の貫通孔を,
中央を空けて左右に横一列に配置するもののほか,連続した複数(7個,
8個)の貫通孔を横一列に配置するものなどもある(別掲5)。
ウ 以上のような取引の実情を踏まえると,本願商標は,その指定商品であ
る櫛との関係において,装飾又は機能を果たすことを目的として模様又は
窪みが取引上普通に施されている位置に,連続した貫通孔を横一列に配置
した図形(線状模様)を表したものであり,全体として,装飾又は機能を
果たす目的の模様であるとの印象を与える。
そうすると,本願商標は,その図形の構成及び位置をして,その指定商
品に係る需要者に対し,単なる装飾又は機能を果たす目的の模様との印象
を与えるにすぎず,自他商品の識別標識として機能するような特徴は見出
し難い。
エ 以上のとおり,本願商標は,その構成中の図形及び位置をして,商品の
模様又は装飾を普通に用いられる方法で表してなる標章のみからなる商標
と看取されるもので,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識
することはできない。
⑵ 本願商標の使用による識別性
ア 認定事実
(ア) 請求人は,櫛本体の長辺方向の,中央を除いた左右の位置に,一定間
隔で7個ずつの貫通孔を横一列に配置した櫛(以下「請求人商品」とい
う。)を,複数種類,製造販売している。
なお,請求人商品と同様の形状で,貫通孔の数を左右8個以上ずつと
した櫛(以下「請求人類似商品」という。)も,複数種類,製造販売さ
れている。
(イ) 請求人商品は,1989年に販売開始したと主張されるが,請求人商
品の特徴(左右7個ずつの貫通孔)を備える商品「YS-CL337」
は,平成14年(2002年)3月1日現在の価格を表示する問屋カタ
ログでの掲載が確認できる。
(ウ) 請求人商品及び請求人類似商品は,国内及び海外において商品展開さ
れており,それらを合わせた年間の売上げは,2012年度~2016
年度は,約17万本~約27万本である。
(エ) 請求人は,2004年から2018年にかけて海外を含めて美容・理
容用品の展示会に出展しているが,そのうち国内の展示会への出展は,
2018年,2014年,2013年,2010年に各1回である。国
内の展示会のうち2010年及び2014年のものでは,請求人商品の
写真が請求人のブランド名「Y.S.PARK」の文字などとともに表
示されているのぼりも設置したとされるが,それ以外の請求人商品の広
告態様は明らかではない。
(オ) 請求人商品及び請求人類似商品には,書籍や雑誌,テレビ番組等にお
いて,コームの見本として掲載されたり,それを利用してヘアカットし
ている様子を示す写真の中に写り込んでいるものがあるが,記事中に請
求人商品を紹介する記述や,その形状を出所識別標識として印象付ける
ような記述は見当たらない。また,請求人商品を取り上げたテレビ番組
においても,請求人商品及び請求人類似商品の機能的特徴や日本産であ
ること等について紹介されており,貫通孔により構成される図形を出所
識別標識として印象付けるような紹介は見当たらない。
イ 検討判断
本願商標の図形としての特徴を備える請求人商品は,我が国において1
7年以上の販売実績があり,請求人類似商品と合わせた販売数量も毎年少
しずつ増加していることがうかがえる。
しかしながら,請求人は,請求人商品と請求人類似商品という,同様の
形状をしながらも貫通孔の数が異なる商品を,並列したラインナップの中
で特段区別せずに取り扱っているため,これに接する需要者において,貫
通孔の数に関する記憶は散漫となり,多数の貫通孔により構成される模様
という漠然とした印象を与えるとしても,請求人商品に係る貫通孔により
構成される図形(左右7個ずつの貫通孔を横一列に配置したもの)として,
需要者の間において認識,記憶されるものとは考えにくい。
また,請求人商品(又は請求人類似商品)の広告宣伝においても,新聞,
雑誌等のメディアを通じた大規模な宣伝実績はなく,国内における展示会
出展も数年に一度の頻度で,そこでの広告態様も不明だから,請求人商品
に係る貫通孔により構成される図形部分の認知度の向上にどの程度貢献し
たのかも明らかではない。
さらに,請求人商品(又は請求人類似商品)の我が国における新聞,雑
誌等における掲載も,多くがヘアカット時の使用態様を示す写真や映像に
写り込んでいるにすぎず,その貫通孔の構成や数まで確認することは困難
であるし,その機能的特徴や産地等を紹介する記事によっては,請求人商
品に係る貫通孔により構成される図形部分の認知度が向上したとは考えに
くい。
そうすると,本願商標は,請求人商品に係る使用実績を勘案したとして
も,貫通孔により構成される図形部分(左右7個ずつの貫通孔を横一列に
配置したもの)が,需要者の間において広く認知されているとは認めるこ
とはできず,請求人による使用の結果,需要者が何人かの業務に係る商品
であることを認識することができるに至ったものとはいえない。
ウ 以上のとおり,本願商標は,その構成中の図形及び位置をして,我が国
の需要者の間において,請求人又はその業務に係る商品との具体的関係を
連想,想起させるに至っているものとはいえない。
したがって,本願商標は,需要者が何人かの業務に係る商品であると認
識し得るに至ったものといえない。
⑶ まとめ
以上のとおり,本願商標は,その構成中の図形及び位置並びに請求人によ
る使用実績を勘案しても,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務である
ことを認識することができない商標であって,商標法3条1項6号に該当す
る。
第3 原告の主張(審決取消事由)
1 本願商標の構成
⑴ 本願商標は,複数本の櫛歯を有する櫛本体の長辺方向の,中央を除いた左
右部分の位置に配置した位置商標であって,それぞれ一定間隔で横並びに配
された,楕円型にくりぬかれた7個の貫通孔を組み合わせた図形からなるも
のであり,図形全体としては,小さな楕円を連続して,中央を除いて7個ず
つ(計14個)横一列に配置した線状模様との印象を与えるものである。
⑵ 本願商標は,補正後の「商標の詳細な説明」のとおり,楕円型に「くりぬ
かれた」「貫通孔」を組み合わせた図形である。櫛という立体的な商品に貫
通孔を組み合わせると,当該貫通孔も立体的なものとなる。被告は,本願商
標は貫通孔の「輪郭によって表現された」「平面的な」図形である旨主張す
るが,誤りである。
2 本願商標の構成が識別性を発揮する特徴を有していること
⑴ 商標の持つべき本質的機能としては,需要者に対し,商品が一定の出所か
ら流出したものであることを,一般的に認識させることができれば十分であ
る。このため,識別性を商標登録の要件とする商標法3条1項6号では,そ
の商品が特定の者の業務に係るものであることを需要者が認識し得るか否か
ではなく,「何人かの」業務に係る商品であることを認識し得るか否かを問
題にしている。
また,位置商標の識別性は,位置商標を構成する標章とその標章が付され
る位置とを総合して,商標全体として考察する(商標審査便覧)。
⑵ 本願商標の需要者は専門職としての理美容師であること
毛髪カット用櫛(以下「カットコーム」という。)は,理美容師が毛髪等
をカットするために用いる櫛を意味するから,その需要者は理美容師などの
職業的専門家である。一般消費者が子供の散髪などのためにこれを購入する
ことがあるとしても,それは専門職のための用品を一般消費者が購入してい
るというのにすぎないから,識別性を判断する際の「需要者」に一般消費者
が含まれることにはならない。
⑶ カットコームの背骨部が識別性にとって重要な部位であること
カットコームは,毛髪をカットするために用いる櫛であり,単に毛髪を梳
くことのみを目的とする櫛とは異なる。カットコームは,その全体の形状が
ほぼ長方形であること,薄い櫛歯が多数本並ぶことに関しては,いずれの製
造者のカットコームであっても特徴に違いが生じにくい。そのため,カット
コームの背骨部に付される商標により,需要者は出所を判断するという事情
がある。
カットコームは実用品であるから,つげ櫛のような美術的作品と異なり,
背骨部に「透かし彫り」のような手法を採ることはない。また,カットコー
ムの背骨部は細長い形状であるから,通常,背骨部に貫通孔を配置すること
はない。そして,カットコームの背骨部は,需要者である理美容師が直接手
に触れる部分であるから,需要者は背骨部に特に着目し,その部分の違いか
ら大きな印象を受ける。
したがって,カットコームの背骨部に本願商標が付されるという事実は,
本願商標の識別性を判断するに当たっての重要な事実である。
⑷ 本願商標は背骨部に付されたものであること
本願商標には,次の特徴がある。
① カットコームの背骨部に,多数の楕円型の貫通孔を均等に配置して,
全体としてまとまり良く構成している点
② カットコームの背骨部の長手方向と楕円型の貫通孔の長手方向を一
致させて規則正しくスマートな印象を持たせている点
③ カットコームの背骨部の長手方向と貫通孔の配列方向を一致させ,
貫通孔を横一列に配置することにより,②の特徴と相まって,よりス
マートな印象を持たせている点
④ カットコームの背骨部に貫通孔を配置することで,その孔から背景
や光が見えるので,遠くからでも需要者は本願商標の特徴を理解し,
他の商品と識別できる点
このように,本願商標は,その本願商標が付される背骨部という形状的に
特徴のある位置との関係等も絡めた上記特徴①ないし④を有することから,
需要者は本願商標を一目で看取し,その特徴を覚えることが可能となってい
る。
⑸ 本願商標の構成は他の商品に見られないものであること
カットコームの背骨部という位置に多数の楕円型の貫通孔を配置した本願
商標と同等の構成は,他の同種商品には見られない特徴的なものである。
審決が引用する他の商品の例は,本願商標の識別性を否定するものではな
い。
① 審決が別掲3として挙げる例は,「つげ櫛」の図形・模様であり,
本願商標と何ら類似しない。
② 審決が別掲4として挙げる例は,いずれも貫通孔ではなく,数及び
平面的形状等において本願商標とは異なる。
③ 審決が別掲5として挙げる例は,本願商標と類似するが,これらは,
既に原告の商品表示として周知著名となった本願商標を不正に使用す
る違法な商品であるから,本願商標の識別性の判断において考慮すべ
きでない。仮に考慮するのであれば,むしろ,本願商標が原告による
使用を通じて強い識別性を獲得したことを裏付ける事情として考慮す
べきである。
⑹ 機能は副次的なものにすぎないこと
審決は,本願商標は,単なる装飾又は機能を果たす目的の模様との印象を
与えるにすぎず,識別性を有する特徴は見出しがたい旨判断した。そして,
機能として,しなやかであること,持ちやすいこと,定規代わりに使えるこ
とを挙げている。
しかしながら,カットコームにそのような機能を付加するために,貫通孔
を設けなければならないものではないし,貫通孔を設けるとしても,貫通孔
の配置及び大きさが本願商標のようなものである必要はない。すなわち,審
決が認定する機能は,カットコームに本願商標を付した結果としての副次的
効果にすぎない。
したがって,本願商標の,他の商品にはない構成を見た需要者は,これを
単なる装飾又は機能を果たす目的の模様とは認識しない。
⑺ 小括
以上の事実を考慮すると,本願商標は他にはない構成を有するものであり,
需要者はかかる構成により,本願商標が付された商品を一定の出所にかかる
商品であると認識し,他の商品と区別して購入することができる。よって,
本願商標が識別標識として機能していることは明らかである。
3 本願商標が使用を通じて識別性を獲得したこと
⑴ カタログ等への掲載
原告の製造販売に係る本願商標が付された各種のカットコーム(以下「原
告商品」という。)は,理美容用品の大手商社5社のカタログに長期継続的
に掲載されている。これらのうち2社のカタログの年間発行部数はそれぞれ
25万部程度,15万部程度と推測でき,全国の美容所の施設数が約24万
か所であることからすると,ほぼ全ての需要者がこれらのカタログを目にし
ていたものといえる。
また,原告のグループ会社は,遅くとも平成14年以降,ウェブサイト及
びカタログに原告商品を掲載している。
⑵ 展示会での使用
原告は,日本全国の展示会に,遅くとも2009年から現在まで,年間6
8回~82回出展している。原告商品は,展示会での原告ブースの看板にも
使用される主力商品であるから,上記展示会のいずれにおいても当然に展示
販売している。
⑶ ソーシャルメディアでの著名な美容師による使用
インスタグラムやブログにおいても,原告商品を撮影した写真が多くアッ
プロードされており,影響力のある著名な美容師によって使用されている場
面が写されている。これらの著名な美容師が原告商品を利用していることを,
原告商品の需要者である美容師は容易に認識することができる。
⑷ 販売数
原告商品の平成14年以降の販売数は,年間8万本弱から19万本弱へと
増加しており,平成27年度の従業美容師数が約50万人であることからす
れば,極めて流通量が多い。
⑸ 美容学校での使用
原告商品は,年間平均2千本以上が美容学校に納入されている。平成28
年度の美容学校数が272校であることに照らすと,原告商品の納入数は極
めて多い。
⑹ 業界のスタンダードとしての世界的な認知
原告商品は,国外の展示会においても長年にわたり継続して展示・販売さ
れ,海外46か国において62の代理店を通じて世界中に流通しており,業
界のスタンダードとして広く美容師に使用されている。
⑺ 原告グループを示す「YSパーク」の周知性及び著名性
原告が国内外において多くの展示会を開いていること,原告代表者が実技
指導セミナーを多数回にわたって行っていること,Amazon等において
「カッティングコーム」を検索した際の「ブランド」欄に原告グループを示
す「YSパーク」等が表記されることから,原告グループを示す「YSパー
ク」は需要者において周知又は著名なものといえる。
⑻ 米国における類似の商標の登録
米国においては,本願商標と類似した原告の商標は,使用による識別性が
認められて登録されるに至っている。この米国商標と本願商標とは同一では
ないものの,類似の商標であることから,商標制度の国際的調和の観点から
も,本願商標は登録されるべきである。
⑼ 小括
以上のとおり,本願商標が付された原告商品は長期間販売され,多くのカ
タログでの掲載等がされているところ,前述のとおり,本願商標と同一の特
徴を有する他の商品がないことを加味すると,当該使用の結果,需要者であ
る美容師において,本願商標は広く認知されたというべきである。
したがって,原告による本願商標の使用の結果,需要者は本願商標を何人
かの業務に関する商品であると認識することができるに至ったといえる。
第4 被告の反論
1 本願商標の構成について
本願商標は,7個の楕円が連続したものを左右に横並びにした線状模様によ
り表された平面的図形をその構成要素とするものである。このような本願商標
の構成には,装飾又は模様としての印象を超えて,看者の注意を引くような顕
著な特徴はない。
2 本願商標の構成の識別性について
本願商標は,上記1のとおりの構成からなるものであり,自他商品の識別標
識として一般的に認識できるような特徴を備えていない上に,その構成要素中
の貫通孔は,櫛としての機能(持ちやすさ,しなり,目盛り等)や美観のため
に設けられたものと認識される。そして,カットコームの需要者・取引者層と
しては,理美容師のほかに,家庭におけるカットのためにこれを購入する一般
消費者も想定すべきであるところ,このような需要者等の視点からしても,本
願商標の構成は,美感及び機能を目的とした単なる商品形状と理解される程度
のもので,自他商品の出所識別標識としての機能を有するとはいえない。
3 本願商標の使用による識別性について
原告が主張するとおりの本願商標の使用実績及び原告商品の販売実績がある
としても,本願商標の図形(線状模様)及び位置がシンプル又はありふれたも
ので特異性は見出せないこと,類似又は酷似する構成要素を備える商品も複数
存在すること,さらには,原告による使用態様においても,本願商標の構成要
素の特徴について独立した識別標識であることを強調又は説明するような記述
や言及はなく,また,貫通孔の数や配置が一貫していないことに照らすと,本
願商標の構成要素が独立して自他商品の出所識別標識としての機能を獲得する
に至っているとはいえない。
第5 当裁判所の判断
1 本願商標の構成について
⑴ 本願商標は位置商標であり,商標法5条2項5号の「経済産業省令で定め
る商標」として出願されたため,その願書には,【商標登録を受けようとす
る商標】の図面(以下「請求図面」という。)のほかに,同条4項に基づき
【商標の詳細な説明】(以下「詳細説明」という。)が記載されている。
そして,商標法5条4項が詳細説明の提出を要求しているのは,位置商標
は,請求図面のみではその構成の意義を一義的に明確に理解できないのが通
例であることを考慮したためであると考えられるから,出願に係る商標の構
成を検討するに当たっては,詳細説明を参酌すべきであると解される(なお,
商標法27条3項参照)。
⑵ 本願の請求図面及び詳細説明の各記載を総合すると,本願商標は,複数本
の櫛歯を有する櫛本体の長辺方向の,中央を除いた左右部分の位置に配置し
た位置商標であって,それぞれ一定間隔で横並びに配された,楕円型にくり
ぬかれた左右7個ずつの貫通孔を組み合わせてなる。
このうち,貫通孔の意義については,「くりぬかれた貫通孔」という詳細
説明の字義どおり,櫛本体の背骨部を貫通するという立体的な意義を有する
と解される。この点,被告は,「貫通孔」は,輪郭によって表現された平面
的な図形であると主張しているが,平面「的」という言葉の使い方からして,
立体的な意義を有することを否定しているものとは考えられないから,上記
被告の主張は,前記の理解に反するものではない。
2 本願商標の構成の識別力について
⑴ 商標が備えるべき識別力の程度
商標の持つべき本質的機能は,商品又は役務の出所識別標識として機能す
ること(以下,この機能を「識別力」という。)であるから,需要者に対し,
当該商品が何人かの業務に係るものであることを認識させるものであること
を要し,かつ,それで足りるものと解される。
また,位置商標の識別力は,位置商標を構成する標章とその標章が付され
る位置とを総合して,商標全体として考察すべきものと解される。
⑵ 本願商標の需要者
カットコームは,理美容師が毛髪等をカットするために用いる櫛を意味す
るから,その製造販売等に関与する取引者が需要者として想定するのは,主
として理美容師などの職業的専門家であると推認される。しかしながら,カ
ットコームの流通においては,その購入に一定の資格を有するなど特に業務
専用品としての制限があるわけではないし,証拠(乙31~37)によれば,
カットコームが家庭での調髪などの用途のために一般消費者向けにも販売さ
れており,美容用品としての櫛と一般用の櫛とが混在してインターネット等
を通じ広く流通している事実も認められる。したがって,職業としてヘアカ
ットを行う理美容師だけではなく,一般消費者が子供その他の家族の散髪な
どを目的としてカットコームを購入することも,十分想定される。
したがって,本願商標の識別力の有無を判断するに当たっては,指定商品
の需要者として,一般消費者を想定するのが相当である。
⑶ 本願商標の識別力
整髪又は調髪に用いる櫛は,理美容道具としての性格上,その機能性が重
視されるものと考えられるところ,取引の実情においても,櫛の背骨部の位
置に一定間隔で模様,窪み又は貫通孔等を設けることにより,それらを目盛
り代わりに用いる,指のすべり止めとしての機能を果たさせる,しなりを生
み出し,使いやすさを向上させるなどといった,機能向上のための工夫がさ
れ,それらの工夫が宣伝されている実情があることが認められる(乙5~1
7)。したがって,カットコームの背面部の貫通孔も,一般的には,機能向
上のための工夫として認識されるのが通常であり,自他商品の識別標識とし
ての特徴であると理解されるものではないといえる。
また,このことは本願商標に係る貫通孔が設けられたカットコームについ
ても同様であり,商品の紹介で強調されているのは,「硬さとしなやかさを
両立するための『エアーサスペンション機能(1センチ間隔で空いた背面の
穴)』」などといった機能面での工夫であって,貫通孔に自他商品識別標識
としての機能があることは,何ら言及されていない(乙23~25)。そう
すると,これらの記述に接した需要者は,一般的には,上記貫通孔は,機能
向上のための工夫として設けられているものと認識するのが通常であって,
これを自他商品の識別標識と認識するとは考え難いところである。
⑷ 以上に検討したところによれば,本願商標の構成は,指定商品の需要者と
して想定される一般消費者の注意力に照らしてみたとき,構成自体として,
識別力を備えたものとはいえない。
3 本願商標の使用による識別力について
⑴ この点につき,審決は,審判手続で提出された証拠に基づいては,本願商
標がその使用を通じて原告が製造販売する商品としての識別力を獲得するに
至っているとは認められない旨判断しているところ,その認定判断に特段の
誤りはない。
⑵ 原告は,本願商標は,それが使用された結果,需要者が何人かの業務に係
る商品であることを認識することができるに至っているとして,商品のカタ
ログ等(甲3~48,73,103,172~183,185~194,1
97~300)や,美容師,理容師,理美容師養成学校関係者に対するアン
ケート結果や陳述書(甲77,87,333(枝番を含む。)。もっとも,
甲333は,定型の文言が記載された用紙に各人の署名捺印がされているだ
けなので,その信用性はやや低いものと考えざるを得ない。)を提出してい
るところ,たしかに,これらの各証拠等によれば,原告が販売する櫛は,プ
ロである美容師や理容師等の間では有名であること,及び,これらの美容師,
理容師等の中には,「穴のあいた櫛」であることを原告の商品であることを
識別する標識として掲げている者が多いことが認められる。
しかしながら,上記各証拠によれば,原告が販売している櫛には,本願商
標の構成とは異なる数の貫通孔を空けたもの(請求人類似商品)も少なから
ず存在することが認められるところ,上記のとおり,理容師,美容師等が識
別標識としているのは「穴のあいた櫛」であることであって,本願商標の構
成である中央部を除いた左右に7つずつ空けられた貫通孔ではないのである
から,これによって,本願商標の構成そのものが自他商品の識別標識となっ
ていると断定できるかどうかには疑問がある。さらに,上記アンケート結果
等は理容師,美容師及び理美容師養成学校の関係者を対象とするものである
から,本願商標を付した商品の需要者・取引者としては一般消費者を想定す
べきこと(上記2⑵)に照らして,これらの証拠によっては,本願商標が需
要者・取引者一般に対して識別力を獲得するに至っていると認定することは
できない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4 結論
以上によれば,本願商標が商標法3条1項6号に該当し,同条2項の適用は
ないとした審決の認定判断には誤りがなく,原告の取消事由に係る主張は理由
がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴 岡 稔 彦
裁判官
上 田 卓 哉
裁判官
都 野 道 紀
別紙
別掲3の櫛の写真
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