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令和2(行ケ)10028審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和2年12月9日
事件種別 民事
当事者 原告株式会社プロタイムズ・ジャパン
被告キユーピー株式会社
法令 商標権
キーワード 審決26回
商標権17回
無効8回
許諾2回
意匠権2回
無効審判1回
実施1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1 特許庁における手続の経緯等25
1,3,80)。5
0)。その間の平成15年11月26日,本件商標の指定商品を第30類10
2 本件審決の理由の要旨
3 関係法令の定め
6号第7号第11号,…ノ規定ニ違反ストノ理由ニ依ル場合ハ此ノ限ニ在20
2年法」という。)によりしたものを除く。)についての新法第46条5
16条第1項の規定は,新法の施行後も,なおその効力を有し,同項に
1 取消事由1(本件商標の旧商標法2条1項4号該当性の判断の誤り)
9)年ごろに作られた「大正切込焼」のキューピー人形の特別公開が10
9センチの白磁製。上薬を使わずに焼いた後に髪,唇,目に彩色が施
00号),知財高裁平成18年9月20日判決(平成17年(行ケ)第
10349号)等参照),キューピー人形及びその名称の「キューピー」
1年(1922年)まで9年余にすぎないことに照らすと,Aが,キュ
7年)),絵葉書(甲9,17。大正5年(1916年),大正10年(1
921年))や年賀状(甲9,15,16。大正5年(1916年),大
2 取消事由2(本件商標の旧商標法2条1項11号該当性の判断の誤り)
1 認定事実
6年)には,キューピーと牛と寿老人を描いた年賀状及び帽子に乗って
17年)には,キューピーとひつじを描いた年賀状,キューピーが雑煮
1912年,キューピー人形がアメリカで発売され始めました。彫刻家で
3月2日発行,株式会社INAX)20
2 取消事由1(本件商標の旧商標法2条1項4号該当性の判断の誤り)につい
1909年,米国の雑誌「Ladies’ Home Journal」(同
917年)には,鏑木清方画伯によって,和服姿の女性がキューピー人形に
16),紙きせかえ(甲9)が発売されたほか,大正13年(1924年)
21の記述(前記第3の1(1)ア(イ))は,これを裏付けるものといえる。
2)には,Aが他人の著名標章を自己のものとして商標登録した経緯が記載
13日時点)保有しているほか,既に消滅したもの又は保留中のものを含め
6年(平成28年)5月26日,「KEWPIE DOLL」の商標に係る
3 取消事由2(本件商標の旧商標法2条1項11号該当性の判断の誤り)につ
4 結論
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等25 (1)ア Aは,大正11年4月1日,別紙1記載の構成からなる商標(以下「本 件商標」という。)について,指定商品を第41類「醤油,ソース,ケツ ヤツプ,酢類一切」として,商標登録出願(以下「本件出願」という。) をし,同年10月27日,本件商標の商標登録(登録番号147269号) を受けた(以下,この商標登録に係る商標権を「本件商標権」という。甲

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判決文

令和2年12月9日判決言渡
令和2年(行ケ)第10028号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和2年9月16日
判 決
原 告 株式会社プロタイムズ・ジャパン
訴訟代理人弁護士 日 野 修 男
10 被 告 キ ユ ー ピ ー 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 宮 嶋 学
高 田 泰 彦
柏 延 之
15 砂 山 麗
訴訟代理人弁理士 本 宮 照 久
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
20 事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2017-890064号事件について令和2年1月21日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
25 1 特許庁における手続の経緯等
(1)ア Aは,大正11年4月1日,別紙1記載の構成からなる商標(以下「本
件商標」という。)について,指定商品を第41類「醤油,ソース,ケツ
ヤツプ,酢類一切」として,商標登録出願(以下「本件出願」という。)
をし,同年10月27日,本件商標の商標登録(登録番号147269号)
を受けた(以下,この商標登録に係る商標権を「本件商標権」という。甲
5 1,3,80)。
イ 本件商標権は,大正14年5月4日に本権の登録の回復がされた後,昭
和17年10月13日,昭和37年8月22日,昭和48年4月12日,
昭和58年1月27日,平成5年4月27日,平成14年5月21日及び
平成24年8月14日に存続期間の更新登録がされた(甲1ないし3,8
10 0)。その間の平成15年11月26日,本件商標の指定商品を第30類
「ウースターソース,グレービーソース,ケチャップソース,しょうゆ,
食酢,酢の素,ドレッシング,ホワイトソース,マヨネーズソース」に書
き換える書換登録がされた(甲3,80)。
ウ 本件商標権は,Aから株式會社中島董商店へ,同社から株式會社キユー
15 ピー商會へ順次譲渡され,その旨の移転登録(登録日はそれぞれ昭和18
年10月10日及び昭和36年11月2日)が経由された。
その後,被告は,昭和36年12月13日に株式會社キユーピー商會と
の合併により本件商標権を取得し,昭和37年1月22日,その旨の移転
登録が経由された(甲4,61)。
20 (2) 原告は,平成29年9月15日,本件商標について商標登録無効審判(以
下「本件審判」という。)を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2017-890064号事件として審理を行
い,令和2年1月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年2月3日,原告に送
25 達された。
(3) 原告は,令和2年2月28日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。
その要旨は,①本件商標は,不正の目的をもって出願,登録されたものとは
5 いえず,また,被請求人(被告)が本件商標を始めとするキューピーの絵図,
「KEWPIE」の文字若しくは「キユーピー」の文字又はそれらを組み合わ
せてなる標章からなる登録商標をその指定商品又は指定役務について使用する
ことが社会公共の利益に反する又は社会の一般的道徳観念に反するものともい
えず,さらに,その使用が不正な意図をもってされ,国際信義又は公正な取引
10 秩序に反するものともいえないとみるのが相当であるから,本件商標は,商標
法施行法(昭和34年法律第128号)2条による廃止前の商標法(大正10
年法律第99号。以下「旧商標法」という。)2条1項4号の「秩序又ハ風俗
ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当しない,②本件出願前の大正時代の中頃以降にお
いては,ローズ・オニールとの関連なく,「キューピー」(KEWPIE)と
15 いう同一の名前の下,その創作のオリジナルからかけ離れた日本独特の特徴を
備えたものが普及し,様々な商品のブランド名や広告類のイラスト等として,
継続的に使用され続けているといった状況にあったといえることからすれば,
本件商標をその指定商品について使用しても,これに接する需要者が本件商標
の構成中の図形部分や文字部分をもって特定の出所を認識することはないから,
20 本件商標は,同項11号の「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当し
ないというものである。
3 関係法令の定め
(1) 旧商標法(大正10年法律第99号)
「第2条 左ニ掲クル商標ニ付テハ之ヲ登録セス
25 (略)
四 秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ
(略)
十一 商品ノ誤認又ハ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」
「第7条 商標権ハ登録ニ依リ発生ス
(略)
5 ③商標権カ其ノ登録商標ノ使用ノ態様ニ依リ其ノ出願ノ日前ノ出願ニ係
ル意匠権ト牴触スル場合ニ於テハ商標権者ハ意匠権者ノ実施許諾アル
ニ非サレハ其ノ態様ニ於テ登録商標ヲ使用スルコトヲ得ス」
「第16条 商標ノ登録カ左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ審判ニ依リ之ヲ無
効ト為スヘシ
10 一 登録カ第1条乃至第4条又ハ前条第2項ノ規定ニ違反シテ為サレタ
ルトキ」
「第22条 審判ハ本法又ハ本法ニ基キテ発スル勅令ニ規定スルモノノ外左
ニ掲クル事項ニ付之ヲ請求スルコトヲ得
(略)
15 二 第16条ノ規定ニ依ル商標又ハ商標権存続期間更新ノ登録ノ無効
②前項第1号ノ取消ノ審判又ハ第2号ノ無効ノ審判ハ利害関係人及審査
官ニ限リ之ヲ請求スルコトヲ得」
「第23条 前条第1項第2号ノ無効ノ審判ハ登録ノ日ヨリ5年ヲ経過シタ
ルトキハ之ヲ請求スルコトヲ得ス但シ第2条第1項第1号乃至第4号第
20 6号第7号第11号,…ノ規定ニ違反ストノ理由ニ依ル場合ハ此ノ限ニ在
ラス」
(2) 商標法施行法(昭和34年法律第128号)
「第1条 商標法(昭和34年法律第127号。以下「新法」という。)は,
昭和35年4月1日から施行する。」
25 「第2条 商標法(大正10年法律第99号。以下「旧法」という。)は,
廃止する。」
「第3条 旧法による商標権…であって,新法の施行の際現に存するものは,
新法の施行の日において新法による商標権となったものとみなす。」
「第10条 旧法によりした商標登録(第7条第1項の規定により従前の例
によりしたものを含み,旧商標法(明治42年法律第25号。以下「4
5 2年法」という。)によりしたものを除く。)についての新法第46条
第1項の審判又はその審判の確定審決に対する再審においては,旧法第
16条第1項の規定は,新法の施行後も,なおその効力を有し,同項に
規定する場合に限り,その商標登録を無効にすることができる。
(略)
10 ③ 第1項に規定する商標登録については,旧法第23条の規定は,新法
の施行後も,なおその効力を有する。」
第3 当事者の主張
1 取消事由1(本件商標の旧商標法2条1項4号該当性の判断の誤り)
(1) 原告の主張
15 ア ローズ・オニールが創作したキューピー人形,その「キューピー」の名
称及びキューピーのキャラクターの周知性・著名性について
(ア) ローズ・オニールによるキューピー人形及びその「キューピー」の
名称の創作等
a ローズ・オニールは,米国の雑誌「Ladies’ Home J
20 ournal」1909年12月号において,「The KEWPI
ES’Christmas Frolic(訳文「クリスマスでのキュ
ーピーたちの戯れ」)と題した自作のイラスト付き詩を掲載し,同誌
には,ローズ・オニールが創作した多数のキューピーが描かれている
(甲6)。
25 ローズ・オニールは,同誌において,「このファニーでずんぐりし
た生き物」を「KEWPIE」と名づけたものであり,「KEWPI
E」は,ローズ・オニールが創作した名称であり,彼女の知的創作で
ある(甲7,9)。
b ローズ・オニールは,キューピーのイラストをモチーフとしたキュ
ーピー人形(甲5,9)を創作した。
5 キューピー人形(甲9)は,1912年,米国で発売され,世界的
ブームになった(甲8)。
また,ローズ・オニールは,同年12月17日,米国特許庁に,キ
ューピー人形に係る「人形」の意匠(甲5)の意匠登録出願をした。
(イ) 周知性・著名性について
10 以下の各文献の記述によれば,本件出願以前において,ローズ・オニ
ールが創作したキューピー人形の特徴を備えたキューピー人形,その名
称の「キューピー」(「KEWPIE」)及びキューピーのキャラクタ
ーは,日本国内において,老若男女を問わず,全国津々浦々まで人気が
あり,周知著名であったといえる。
15 a 甲6(「キューピー物語」大澤秀行著)
甲6には,大正2年に三越において,セルロイドのおもちゃが売り
出され,そのころ,キューピー人形が輸入され,人気を集めたので,
セルロイドの国産キューピーもどんどん作られた旨の記述がある。
b 甲10(「20世紀おもちゃ博物館」)
20 甲10には,キューピー人形の写真とともに,1913年(大正2
年)に原作者ローズオニールの依頼でビスク製のキューピー人形が盛
んに作られ,子どもたちの人気者となったこと,同年,キューピーが
日本で紹介され人気になったこと,1917年(大正6年)に,セル
ロイド製のキューピー人形が流行し,東京のデパートには特設玩具売
25 り場が出現したことの記述がある。
c 甲12(「おもちゃの歴史」)
甲12には,「1913 キューピーが日本で紹介され人気に。輸
出用のビスクドール製造される」,「1917 セルロイド製のキュー
ピー人形が流行」との記述がある。
d 甲13(「春装」)
5 甲13(国民新聞の附録)において,鏑木清方(かぶらき きよか
た)画伯は,大正6年,キューピー人形を題材にした「春装」という
日本画を発表した。
e 甲14(「20世紀の天使たち キューピーのデザイン」)
甲14には,キューピー人形の画像とともに,「大正9年をはじめ
10 とするキューピーの年賀状の多さ(このことは昭和初期にも言えま
す)。」との記述があり,キューピー人形の図案が市販の多数の年賀
状に取り入れられた旨の記述がある。
f 甲9(7枚目,8枚目),甲15(1枚目ないし3枚目),甲16
(2枚目,3枚目),甲17(1枚目,2枚目)(キューピー人形の
15 図案を取り入れた市販年賀状)
本件出願前,キューピー人形の絵図は市販の多数の年賀状に採用さ
れるほど,我が国において広く人気を博した。
g 甲9(9枚目)(「キューピー紙きせかえ」)
大正時代の童画作家・武井武男は,「キューピー紙きせかえ」を発
20 表した。
h 甲11(兵庫県立歴史博物館作成の「こども文化事典」)
甲11には,キューピー人形は1909年にアメリカのローズ・オ
ニールが創作し,日本では大正のころ流行したものであり,同博物館
は大正時代を代表するおもちゃの一つである旨の記述がある。
25 i 甲18(「広告キャラクター大博物館」)
甲18には,「ギリシャ神話のキューピッドをセルロイド人形にし
たのがキューピー。明治時代にアメリカで生まれ,大正時代に日本で
も国産化されて,子供たちに爆発的な人気となった。日本初のマヨネ
ーズ誕生も,同じころ」との記述がある。
j 甲19(「丸善と三越」寺田寅彦著)
5 甲19(中央公論)には,大正9年6月に,三越デパートの6階の
おもちゃの陳列所に,キューピーが陳列されていた旨の記述がある。
k 甲20(毎日新聞「大正切込焼」)
甲20(2016年7月21日地方版)には,キューピー人形の写
真とともに,「加美町宮崎の切込焼記念館で16日,1920(大正
10 9)年ごろに作られた「大正切込焼」のキューピー人形の特別公開が
始まった。切込焼復興に取り組んだ一人,沼田秀平・旧宮崎村長の生
誕130年にちなんで企画された。」,「キューピー人形は高さ15・
9センチの白磁製。上薬を使わずに焼いた後に髪,唇,目に彩色が施
されている。同館の畠山静子学芸員は「地域に住む90代の所蔵者か
15 ら『昔はたくさんあった』と聞いた。子供のおもちゃとして輸出も考
えて多く作られたとみられるが,他に現存品は確認できない」と話す。」
との記事が掲載された。
l 甲21(宮城県加美町長猪股洋文の町長日記)
甲21には,瀬戸のビスク人形が飛ぶように売れたという情報によ
20 り,復活した切込焼でキューピーを生産することが企画され,そのた
めに仙台から加美町宮崎村まで仙台鉄道を延伸させようとする計画も
練られた旨の記述がある。
(ウ) 本件審決の認定判断の誤り
本件審決は,キューピー人形,その名称の「キューピー」(「KEW
25 PIE」)及びキューピーのキャラクターの周知性・著名性に関し,①
キューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)は,大正時
代の初めにその人形が紹介されたことをきっかけとして,我が国におい
て知られるようになったとはいえるものの,その人形や名前がローズ・
オニールの創作によるものであることまで知られるようになったか否か
は明らかでなく,さらに,大正時代の中頃以降においては,その創作者
5 との関連なく,同一の名前の下,その創作のオリジナルからかけ離れた
日本独特の特徴を備えたものが普及し,様々な商品のブランド名や広告
類のイラスト等として,継続的に使用され続けていることからすれば,
キューピッドを模した裸体の幼児といったイメージからなるキャラクタ
ーないしその名前を表すものとして認識されてきたとはいえる一方,ロ
10 ーズ・オニールがその創作者として認識されてきたとはいい難い,②し
てみれば,本件商標の登録出願日(大正11年4月1日)前はもとより,
その登録日(同年10月27日)以後においても,我が国において,キ
ューピー人形やその名前「キューピー」(KEWPIE)が広く知られ
ていたとまではいい得るものの,それらについて,いずれがローズ・オ
15 ニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係るものとは別個の
ものであるかなどといった峻別がされて認識されていたとは認めること
ができない旨判断した。
しかしながら,キューピー人形,その名称の「キューピー」(「KE
WPIE」)及びキューピーのキャラクターの周知性・著名性の認定に
20 おいては,創作者が誰であるかの認知は不要であるというべきであるか
ら(知財高裁平成24年6月27日判決(平成23年(行ケ)第104
00号),知財高裁平成18年9月20日判決(平成17年(行ケ)第
10349号)等参照),キューピー人形及びその名称の「キューピー」
がローズ・オニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係るも
25 のとは別個のものであるかなどといった峻別がされて認識されていたと
認めることはできないとした本件審決の上記認定判断は,そもそも失当
である。
また,大正5年(1916年)の市販の絵はがきや年賀状のイラスト
のキャラクター(甲9,17)も,キューピー人形が描かれた日本画(大
正6年)(甲13)も,ローズ・オニール作成に係る人形の全体的な特
5 徴及び細部の特徴,すなわち,ローズ・オニール創作のキューピー人形
の特徴を備えるものである。一方,甲14に記載された日本独特の特徴
を備えた絵柄の人形は,ローズ・オニール創作のキューピー人形の特徴
を備えていないから,キューピー人形とは非なるものである。そうする
と,ローズ・オニール創作のキューピー人形の特徴を備えたものである
10 か,そうでないかの差異は誰の目にも明らかであって,峻別することは
極めて容易であるから,この点においても本件審決の上記認定判断は誤
りである。
さらに,キューピー人形とは非なるものが存在しても,キューピー人
形,その名称の「キューピー」(「KEWPIE」)が周知・著名であ
15 ったとの認定を妨げるものではない。
したがって,本件審決の上記認定判断は誤りである。
イ 不正の目的
(ア) 被告の創業者のAは,本件出願前の1915年(大正4年)3月か
ら同年12月9日までの間,米国に滞在し,米国においてキューピー人
20 形が人気を博し,キューピー人形及びその名称「キューピー」が広く知
られていたことを見聞した(甲6ないし8,35,67)。また,Aの
滞在当時,米国では,「キューピー狂時代」という商業的大流行が起こ
り,ゼリー菓子「JELL-O」にキューピーのキャラクターが宣伝広
告に使用された(甲7の2,77)。
25 したがって,Aは,米国滞在中に,米国においてキューピー人形が人
気を博し,キューピー人形及びその名称「キューピー」が広く知られて
いたことを了知した。
(イ) そして,①本件商標は,ローズ・オニール創作に係る人形の絵図及
び人形の題号「KEWPIE」,「キューピー」のみからなること,②
前記ア(イ)のとおり,本件商標出願以前において,ローズ・オニールの
5 創作したキューピー人形の特徴を備えたキューピー人形とその名称は,
日本国内において,老若男女を問わず,全国津々浦々まで人気があり,
周知著名であったこと,③被告は,本件商標を指定商品に使用した実績
がないこと(甲65,66),④被告のウェブページ(甲27の1,2)
には,Aが他人の著名標章を自己のものとして商標登録した経緯が記載
10 されていること,⑤被告は,本件出願後に,本件商標と同様のローズ・
オニール創作に係る人形の絵図とローズ・オニール創作に係る人形の題
号「KEWPIE」,「キューピー」から構成されるキューピー関連商
標470件について広範な指定商品において出願及び登録し,あるいは
商標を譲り受けて,他人の知的創作である「キューピー人形の絵図」,
15 「キューピーの名称」からなる商標の独占を図ったことからすると,A
は,他人の標章の著名性にただ乗りし,あるいは他人の知的財産を自己
のものとして,権利化を図るという「不正の目的」をもって,本件出願
を行ったものである。
①,③及び④について補足すると,以下のとおりである。
20 ①については,本件商標は,別紙1記載のとおり,中央に人形の図形
を配し,その上部に同大同書体の「KEWPIE」の欧文字,人形の図
形の下部に同大同書体の「キューピー」の片仮名文字からなるところ,
中央の人形は,ローズ・オニールの創作したキューピー人形と同一の特
徴を持った人形であり,上部の「KEWPIE」の文字はローズ・オニー
25 ルが創作した人形の名称「KEWPIE」と同一であり,下部の「キュ
ーピー」は,「KEWPIE」の片仮名表記である。このような本件商
標の構成は,ローズ・オニールの創作したキューピーのキャラクター及
びその名称「KEWPIE」の双方を商標権の権利範囲に含めるものに
ほかならず,本件商標の構成自体に出願人のAの不正の目的が示されて
いる。
5 ③については,Aは,本件商標を使用していないから,もっぱら,ロ
ーズ・オニール創作に係る人形の絵図及びその人形の名称「KEWPI
E」「キューピー」を自己のものとして権利化するために本件出願をし

たものといえる。この点に関し被告は,本件商標(少なくともこれと社
会通念上同一と言える商標)を指定商品に含まれるマヨネーズ等に使用
10 している旨主張するが,上記主張を裏付ける証拠の提出はない。
④については,甲27の1,2には,被告の創業者のAは,キューピ
ーはアメリカのローズ・オニールが発表したイラストであること,キュ
ーピー・キャラクターが全米で大ヒットし商品コマーシャルに使用され
たこと,大正時代に日本でもセルロイドの国産キューピーが大流行した
15 ことを認識した上で,人気者のキューピーを1922年に商標にしまし

た。」との記載がある。この記載は,Aが当時大流行したキューピー人形
を冒用した経緯を記載したものである。甲68の1にも同様の記載があ
る。
(ウ) 以上のとおり,Aは,他人の標章の著名性にただ乗りし,あるいは
20 他人の知的財産を自己のものとして,権利化を図るという「不正の目的」
をもって,本件出願を行ったものであるから,これを否定した本件審決
の判断は誤りである。
(エ) この点に関し被告は,キューピー人形,その「キューピー」の名称
及びキューピーのキャラクターは,本件出願当時,キューピッド,サン
25 タクロース,福助人形,金太郎などと同様に,特定の誰かの創作物であ
ると世間一般において認識されていなかったものであり,Aは,こうし
た状況の下で,本件出願をしたのであるから,本件商標の絵図とローズ・
オニールの創作に係るキューピー人形の絵図が類似し,また,
「KEWP
IE」又は「キューピー」という名称がローズ・オニールの創作に係る
ものであるからといって,他人の標章の著名性にただ乗りし,又は他人
の知的財産を自己のものとし,権利化を図るという不正の目的をもって
5 本件商標を出願したとはいえない旨主張する。
しかしながら,仮にAが,本件出願当時,キューピーがローズ・オニ
ールの創作物であることを知らなかったとしても,我が国にキューピー
人形が紹介された大正2年(1913年)から本件出願がされた大正1
1年(1922年)まで9年余にすぎないことに照らすと,Aが,キュ
10 ーピーのキャラクターとキューピッド,サンタクロース,福助人形,金
太郎などの民俗的伝承に由来するキャラクターとを同列に認識すること
はあり得ず,特定の誰かが創作したものであるとの認識を持っていたは
ずである。
また,自由にキャラクターを使用できることと,そのキャラクターの
15 商業的使用を独占することは同義ではなく,市場あるいは世上でキャラ
クターが著名性・周知性を獲得している場合において,そのキャラクタ
ーと何ら関わりのない者がそのキャラクターの独占を企てることは,そ
の顧客吸引力にフリーライドするものである。
そして,キャラクターの図柄のみ,あるいはキャラクターの図柄とそ
20 の名称のみからなる商標を出願することは,当該商標の構成から当該キ
ャラクターの独占を図るものにほかならないところ,本件商標は,キュ
ーピーの絵図と,
「KWEPIE」の欧文字及び「キューピー」の片仮名
の文字から構成されるものであるから,Aは,不正の目的をもって本件
商標の出願をしたことは明らかである。
25 したがって,被告の上記主張は理由がない。
ウ 国際信義違反
前記イ(ア)のとおり,Aは,本件出願前の1915年(大正4年)3月
から同年12月9日までの間,米国に滞在し,米国においてキューピー人
形が人気を博し,キューピー人形及びその名称「キューピー」が広く知ら
れていたことを見聞し,了知していたから,本件商標の出願及び登録は,
外国の著名標章を自己のものとすることを目的とするものであり,不正の
5 目的をもってされたものである。
また,A及び本件商標を承継した被告は,ローズ・オニールの創作に係
る人形の絵図と類似し,かつ,その創作に係る人形の名称「キューピー」
の創作者の母国であり,
「キューピー人形」の著作物の第1発表国であり,
意匠登録された米国において,多数のキューピー関連商標を出願,登録し
10 (甲36),「KEWPIE DOLL」なる商標に対して権利行使をし
た(甲37)。
のみならず,被告は,米国を含めた全世界において,本件商標と同じく,
キューピー人形の絵図,「KEWPIE」,「キューピー」等の文字商標
を多数出願し,登録しており,他人の知的創作であるキューピー人形及び
15 その名称の権利化を図っており,A及び被告による他人の知的創作の剽窃
行為は全世界に及んでいる。
したがって,本件商標の出願及び登録は,国際信義に反するものである。
エ 本件商標の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」該当性
以上によれば,被告の創業者のAは,本件出願以前において,ローズ・
20 オニールが創作したキューピー人形の特徴を備えたキューピー人形,その
名称の「キューピー」(「KEWPIE」)及びキューピーのキャラクタ
ーが,日本国内において,全国的に周知著名であったという状況下におい
て,他人の標章の著名性にただ乗りし,あるいは他人の知的財産を自己の
ものとして,権利化を図るという「不正の目的」をもって,本件出願を行
25 ったものであって,本件商標権をAから承継した被告が保有することは,
社会公共の利益に反し,又は社会の一般道徳観念に反するものであり,ま
た,本件商標の出願及び登録は,国際信義に反するものであるから,本件
商標は,旧商標法2条1項4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に
該当するというべきである。
したがって,本件商標の同号該当性を否定した本件審決の判断は誤りで
5 ある。
(2) 被告の主張
ア ローズ・オニールが創作したキューピー人形,その「キューピー」の名
称及びキューピーのキャラクターの周知性・著名性の主張に対し
本件出願前に,我が国において,キューピー人形が人気を博し,キュー
10 ピー人形及びその名称である「キューピー」が広く知られていたが,その
ことは直ちに,本件商標の出願時又は登録時に,我が国において,キュー
ピー人形の図形及び「キューピー」標章が他人(特定の誰か)の何らかの
商品の出所表示として周知又は著名であったことを意味するものではな
く,そのような事実も認められない。
15 すなわち,我が国においては,大正時代の中頃以降,ローズ・オニール
が作成し,あるいは作成を監修し,作成に協力し,その他作成に関与した
ことが見いだせないキューピー人形が多数作成され(甲6の16頁,40
頁,41頁),また,「あかすり」,「ベビー石けん」,「シャンプー」,
「マヨネーズ」,「ベビフード」の容器やケースに「日本的な,日本でデ
20 ザインされ生産されたキューピー」が使用されてきた(甲6の45頁)。
さらに,キューピー人形が描かれた日本画(甲13。大正6年(191
7年)),絵葉書(甲9,17。大正5年(1916年),大正10年(1
921年))や年賀状(甲9,15,16。大正5年(1916年),大
正7年(1918年),大正8年(1919年),大正11年(1922
25 年)),紙着せ替え(甲9)に描かれた「キューピー」は,顔だちなどの
表情のみならず,その着衣や背景に日本独特のものが描かれており,こう
した年賀状等に描かれている「キューピー」や,大正13年(1924年)
又は大正14年(1925年)に作られた童謡「キューピー」は,ローズ・
オニールが作成し,あるいは作成を監修するなど,作成に関与したもので
はない。
5 このように,大正時代の中頃以降,ローズ・オニールが創作したオリジ
ナルとかけ離れた日本独特の特徴を備えた「日本なりのキューピー」が普
及し,多数の者がローズ・オニールの許諾を得ることなく,キューピー(人
形)を使用してきた状況からすると,キューピー人形,その「キューピー」
の名称及びキューピーのキャラクターは,本件出願当時,ローズ・オニー
10 ルが創作したものとして周知又は著名であったとは言い難く,むしろ他人
(特定の誰か)が新たに創作したものではなく,キューピッド,サンタク
ロース,福助人形,金太郎などと同様に,世間一般に民俗的な存在である
と認識されていたことがうかがわれる。
したがって,本件商標の出願日前はもとより,その登録日以後において
15 も,我が国において,キューピー人形やその名前「キューピー」(KEW
PIE)が広く知られていたとまではいい得るものの,それらについて,
いずれがローズ・オニールの創作に係るものであるか又は同人の創作に係
るものとは別個のものであるかなどといった峻別がされて認識されてい
たとは認めることができないとした本件審決の判断に誤りはない。
20 イ 不正の目的の主張に対し
(ア) 前記アのとおり,キューピー人形,その「キューピー」の名称及び
キューピーのキャラクターは,本件出願当時,他人(特定の誰か)が新
たに創作したものではなく,キューピッド,サンタクロース,福助人形,
金太郎などと同様に,世間一般に民俗的な存在であると認識されていた
25 ことがうかがわれるから,それを使用することが悪意に基づくものとい
うことはできない。
そうすると,Aは,本件出願をするに当たり,キューピー(人形)が
他人のものであるとの認識をしていたとはいえないから,本件商標の絵
図とローズ・オニールの創作に係るキューピー人形の絵図が類似し,ま
た,「KEWPIE」又は「キューピー」という名称がローズ・オニー
5 ルの創作に係るものであるからといって,他人の標章の著名性にただ乗
りし,あるいは他人の知的財産を自己のものとして,権利化を図るなど
の「不正の目的」をもって本件出願をしたということはできない。
これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(イ) これに対し原告は,Aは,本件出願前の米国滞在中に,米国におい
10 てキューピー人形が人気を博し,キューピー人形及びその名称「キュー
ピー」が広く知られていたことを了知したこと,本件商標は,ローズ・
オニール創作に係る人形の絵図及び人形の題号「KEWPIE」,「キ
ューピー」のみからなること,本件商標出願以前において,キューピー
人形とその名称は,日本国内において,周知著名であったこと,被告に
15 おいて,本件商標を指定商品に使用した実績がないこと,被告のウェブ
ページ(甲27の1,2)には,Aが他人の著名標章を自己のものとし
て商標登録した経緯が記載されていること,被告は,本件出願後に,本
件商標と同様のローズ・オニール創作に係る人形の絵図とローズ・オニ
ール創作に係る人形の題号「KEWPIE」,「キューピー」から構成
20 されるキューピー関連商標470件について出願及び登録し,あるいは
譲り受けて,「キューピー人形の絵図」,「キューピーの名称」の商標
的使用の独占を図ったことなどからすると,Aは,他人の標章の著名性
にただ乗りし,あるいは他人の知的財産を自己のものとして,権利化を
図るという「不正の目的」をもって,本件出願を行ったものである旨主
25 張する。
しかしながら,Aが,米国滞在期間中にキューピーを見聞したと認め
るに足りる証拠はなく,実際,Aが米国滞在中にキューピーを見聞した
という話は何ら伝えられていない。Aが米国に滞在したのは,大正4年
(1915年)であり,当時,現在のようにインターネット,テレビ等
の情報入手手段はなく,日本人が外国に滞在すること自体容易ではなく,
5 当時の西洋の先進的な食品工場,食生活等の見聞を深めるのに精一杯で
あったことが容易に想像され,当時のAがキューピーについて見聞する
ことはなく,あるいは認識するに至らなかったとしても不思議ではなく,
仮にAが米国でキューピーに接する機会があったとしても,それが他人
の創作物であるなどと認識する余裕があったとは思われず,そのような
10 記録も残されていない。
次に,本件商標の絵図はローズ・オニール創作に係るキューピー人形
の絵図と同一ではなく,また,キューピー人形,その「キューピー」の
名称及びキューピーのキャラクターは,本件出願当時,他人(特定の誰
か)が新たに創作したものではなく,キューピッド,サンタクロース,
15 福助人形,金太郎などと同様に,世間一般に民俗的な存在であると認識
されていたことがうかがわれるから,Aが,本件商標を出願するに当た
り,キューピー(人形)が他人のものであると認識していたとはいえず,
他人の標章の著名性にただ乗りする,あるいは,他人の知的財産を自己
のものとして,権利化を図るなどの不正の目的をもって本件出願をした
20 とはいえない。
さらに,被告は,本件商標(少なくとも社会通念上同一の商標)を指
定商品に含まれるマヨネーズ等に使用し,また,商号を「キユーピー株
式会社」とし,調理,調味事業,サラダ・惣菜事業,タマゴ事業,フル
ーツソリューション事業,ファインケミカル事業,物流事業のほか,食
25 料品・医薬品の製造機器等の設計,製造販売,エンジニアリング,飼料・
肥料の製造販売,農畜産業の経営等,幅広い分野で事業展開し,「KE
WPIE(kewpie)」の文字,「キューピー」の片仮名,「キュ
ーピーの絵図」からなる商標を使用しており,もっぱら権利を独占する
ために本件商標の商標登録を独占するものではない。また,被告が,米
国で事業を行うために必要な商標について商標登録を受けたり,ブラン
5 ド保護のために第三者の「KEWPIE DOLL」なる商標に対して
異議の申立てを行ったことは何ら批判されるべきものではない。
加えて,原告が挙げる甲27の1,2には,Aが,キューピー(人形)
がローズ・オニールの創作物であることを知りながら,本件商標を採択
した旨の記載はなく,他人の著名標章を自分のものとして商標登録した
10 経緯などの記載はない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
ウ 国際信義違反の主張に対し
前記イのとおり,Aが「不正の目的」をもって本件出願をした事実はな
く,また,被告が,米国で事業を行うために必要な商標について商標登録
15 を受け,米国におけるブランド保護のために第三者の「KEWPIE D
OLL」なる商標に対して異議の申立てを行ったことは,何ら批判される
べきものではない。
加えて,Aは,本件出願当時,キューピー(人形)がローズ・オニール
の創作物であることを知らなかったが,その後数十年が経過し,このこと
20 が知られるようになってから,被告は,ローズ・オニールの功績に敬意を
表し,ローズ・オニールの流れを汲む者,団体との交流を通じて,その功
績を後世に伝えるべく,ささやかながら協力をしている。
したがって,本件商標の出願及び登録は,国際信義に反するものではな
い。
25 エ 本件商標の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」該当性の主張に対し
以上によれば,本件商標は,Aが,不正の目的をもって本件出願をし,
登録されたものとはいえず,また,被告が本件商標を始めとするキューピ
ーの絵図,「KEWPIE」の文字若しくは「キユーピー」の文字又はそ
れらを組み合わせてなる標章からなる登録商標をその指定商品又は指定
役務について使用することが社会公共の利益に反する又は社会の一般的
5 道徳観念に反するものともいえないし,さらに,その使用が不正な意図を
もってされ,国際信義又は公正な取引秩序に反するものともいえないから,
本件商標は,旧商標法2条1項4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」
に該当しないというべきである。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないから,原告主張
10 の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件商標の旧商標法2条1項11号該当性の判断の誤り)
(1) 原告の主張
「商品に関係なくても非常に著名な商標を他人が別種の商品に使用する
とき」は,旧商標法2条1項11号の「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞」があ
15 ると判断されると解される(甲41)。この著名性の獲得は,商標的使用に
よる獲得に限定されるものではなく,また,当該著名商標がどこの誰が権利
者であるかということを世人が知ることを要求するものではない。
そして,前記1(1)アのとおり,キューピー人形とは非なるもの(甲14)
を除いて,大正5年(1916年)の市販の絵はがきや年賀状のイラストの
20 キャラクターもローズ・オニールが創作したイラストに描かれたキャラクタ
ーの特徴を備えるものであり,その創作のオリジナルからかけ離れた日本独
特の特徴を備えたものが普及したものではない。また,甲6に記載されてい
る被告商品以外のあかすり,石けん,シャンプー,鍋のふたに表示されてい
るキューピー人形は,いずれも,ローズ・オニールの創作に係るキューピー
25 人形の特徴を備えるものであって,その創作のオリジナルからかけ離れた日
本独特の特徴を備えたものではないし,わずか4品目であるにすぎないから,
ローズ・オニールの創作に係るキューピー人形の特徴を備えたキューピー人
形及びその名称の著名性が希釈されたとか,本件商標に接する需要者が,ロ
ーズ・オニールの創作に係るキューピー人形の特徴を備えたキューピー人形
及びその名称を認識できないということはあり得ない。
5 しかるところ,本件商標は,ローズ・オニールが創作したキューピー人形
の絵図と「KEWPIE」の欧文字とその片仮名から構成されるものであっ
て,本件商標を付した商品について,需要者は,著名な「キューピー人形」,
「KEWPIE」の名称と関係があるという特定の出所を認識することによ
り混同を生じさせるものであるから,旧商標法2条1項11号の「商品ノ混
10 同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該当する。
したがって,これと異なる本件審決の判断は誤りである。
(2) 被告の主張
旧商標法2条1項11号の「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞アルモノ」に該
当するというためには,商品の出所識別標識である「非常に著名な商標」を
15 他人が使用することが必要であり,いかに著名なものであったとしても,商
品の出所識別標識として認識されていないものの他人による使用は,同号に
該当しない。
しかるところ,前記1(2)のとおり,キューピー人形,その「キューピー」
の名称及びキューピーのキャラクターは,本件出願当時,他人(特定の誰か)
20 が新たに創作したものではなく,キューピッド,サンタクロース,福助人形,
金太郎などと同様に,世間一般に民俗的な存在であると認識されていたこと
がうかがわれるものであり,「他人の商標」どころか,「他人のもの」とも
認識されていなかったといえる。
したがって,本件商標の使用により「商品ノ混同ヲ生セシムルノ虞」があ
25 ったとはいえないから,同号に該当しないとした本件審決の判断に誤りはな
く,原告主張の取消事由2は理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の事実と証拠(甲1ないし21,35,67)(枝番のあるも
のは枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が
5 認められる。
(1) ローズ・オニールによる「キューピー人形」の創作等
ア イラストレーターのローズ・オニール(1874年6月25日米国ペン
シルバニア州で出生)は,1909年,米国の雑誌「Ladies’ H
ome Journal」同年12月号において,「The KEWPI
10 ES’Christmas Frolic」(訳文「クリスマスでのキュ
ーピーたちの戯れ」)と題したイラスト付き詩(甲6)を発表した。上記
イラスト付き詩は,ローズ・オニールが創作した詩と様々なポーズ及び表
情の多数の裸体の幼児のイラストとから構成されており,ローズ・オニー
ルは,このイラストに描かれたキャラクターを「KEWPIE」と名付け
15 た(以下,このキャラクターのイラストを「キューピーのイラスト」とい
う場合がある。)。
キューピーのイラストのページは,1910年に発行された上記雑誌に
おいても連載された。
その後,ローズ・オニールは,1912年12月17日,米国特許庁に
20 対し,キューピーのイラストに係る「人形」の意匠(別紙2の甲5の図面
記載の意匠)について意匠登録出願をし,1913年3月4日,その意匠
登録を受けた(甲5)。
イ ローズ・オニールは,キューピーのイラストに係るビスク製の人形(B
isque Doll)をドイツの製造業者に依頼して製造し,1912
25 年,立ち姿の「キューピー人形」(「KEWPIE DOLL」。別紙3
の甲9(3枚目)の写真参照)が米国で発売された。その後,1914年
頃から,「ACTION KEWPIE」として,様々な「キューピー人
形」が続々と発売され,キューピー人形は,米国において,人気を博し,
大ブームとなった。
(2) 本件出願前後の「キューピー人形」に係る我が国の状況等
5 ア(ア) キューピー人形は,大正2年(1913年)頃,我が国に輸入され,
人気となった。また,その頃,ローズ・オニールの依頼により,主に米
国輸出用として,ビスク製のキューピー人形(甲10)が製造された。
その後,大正6年(1917年)には,国産のセルロイド製のキュー
ピー人形が製造され,ソフトビニール製のキューピー人形も製造される
10 ようになり,我が国おいて,キューピー人形は,次々と製造,販売され,
流行となった。それらの中には,ローズ・オニールが創作したオリジナ
ル(甲5,9)に似ているもののほか,顔だちに日本の赤ちゃんの可愛
らしい表情が加わったもの(甲6の41頁)や,日本独特の表情を持つ
もの(甲14)も含まれていた。
15 (イ) 大正5年(1916年)には,子供と戯れるキューピーのキャラク
ター「クック」,「チーフ」,「カーペンター」の姿が描かれた絵はが
き(甲9の7枚目)が,プレゼントを運ぶキューピーの年賀状及びキュ
ーピーと遊ぶ女の子の年賀状(甲16の2枚目)が,大正7年(191
6年)には,キューピーと牛と寿老人を描いた年賀状及び帽子に乗って
20 遊ぶキューピーを描いた年賀状(甲16の3枚目)が,大正8年(19
17年)には,キューピーとひつじを描いた年賀状,キューピーが雑煮
を食べたり,餅つきをしたり,凧揚げをしている姿などが描かれた年賀
状(甲15)が,大正10年(1921年)には,羽根つきをするキュ
ーピーが描かれた市販の絵はがき,お餅つきをするキューピーが描かれ
25 た絵はがき,おせちを運ぶキューピーが描かれた絵はがき及び飛行機に
キューピーとにわとりが乗っている絵はがき(甲17)が発売された。
また,大正6年(1917年)には,鏑木清方画伯が,和服姿の女性
がキューピー人形に前掛けを着せている様子を描いた「春装」と題する
日本画(甲13)を発表した。
このほか,童画家武井武雄がキューピーをモチーフとした紙きせかえ
5 (甲9)を発表した。
これらについては,顔だちなどの表情のみならず,その着衣や背景に
日本独特のものが描かれていた。
さらに,日本的な,日本でデザインされたキューピーは,様々な商品
のブランド名,広告類のイラスト等や商品の容器等に広く使用されてい
10 た。
イ(ア) Aは,大正7年(1918年)2月11日,缶詰中次を業とする中
島商店を創業した。
Aは,大正11年(1922年)4月1日,本件商標について,指定
商品を第41類「醤油,ソース,ケツヤツプ,酢類一切」として,本件
15 出願をし,同年10月27日,本件商標権の設定登録を受けた。
本件商標は,別紙1記載のとおり,中央に人形の図形を配し,その上
部に同大同書体の「KEWPIE」の欧文字,その下部に同大同書体の
片仮名を配してなるものである。
(イ) 本件商標権は,Aから株式會社中島董商店へ,同社から株式會社キ
20 ユーピー商會へ順次譲渡され,その旨の移転登録(登録日はそれぞれ昭
和18年10月10日及び昭和36年11月2日)が経由された。
その後,被告は,昭和36年12月13日に株式會社キユーピー商會
との合併により本件商標権を取得し,昭和37年1月22日,その旨の
移転登録が経由された。
25 その間の平成15年11月26日,本件商標の指定商品を第30類「ウ
ースターソース,グレービーソース,ケチャップソース,しょうゆ,食
酢,酢の素,ドレッシング,ホワイトソース,マヨネーズソース」に書
き換える書換登録がされた。
(3) 「キューピー人形」に関する文献
大正2年(1913年)頃以降に我が国で流行した「キューピー人形」に
5 関する文献には,以下のような記載がある。
ア 甲6(「キューピー物語」,大澤秀行著,昭和59年3月5日発行,株
式会社講談社)
(ア) 「「あの頃のセルロイド人形は,ほとんどドイツ製で,アメリカ生
れではなかった」とする説がある。また,その代表たるキューピーちゃ
10 んも,最初はドイツで作られたものだそうだが,それが日本でも作られ
るようになり,いつの間にか日本的キューピーとして生れかわった。そ
のルーツもあまり知られずに,そのくせ,最近まで,子供の頃に一度も
キューピーを手にしていない人はなかったというぐらい大衆性が続い
たのは,キューピーが子供ばかりでなく大人にも可愛がられる何かを,
15 強力にもっていたからだろう。」(16頁9行目~19行目)
(イ) 「まず大正2年に三越で国産のセルロイドのおもちゃを売り出した
という記録がある。まさにその頃,タイミングよく,キューピー人形も
輸入され,たちまち人気を集めたので,セルロイドの国産キューピーも
どんどん作られたのである。…日本製のキューピーは,この頃,早くも
20 ローズさんのオリジナルのイメージをやや離れて,一人歩きをはじめた
ようである。基本的にはおでこの大きい,頭でっかちの,子供の可愛ら
しさをややオーバーに強調したもので,そのテッペンにトンガリがある。
背中の上の方には左右の天使の羽が小さくつき,胴体のうちおなかが丸
くふくらんで,両足はその頃はみんなそろえて立ったままの形だが,両
25 腕のつけねは胴体をはさんでゴムひもでむすばれ自由に動く。両手は5
本の指をひらいてのばした形。いずれもローズ・オニール・オリジナル
に似てはいるのだが,いつのまにか顔だちに,日本の赤ちゃんの可愛ら
しい表情が加わっている。」(40頁11行目~41頁左欄4行目)
「遠く太平洋をへだてた島国の日本のこと,生みの親のローズさんの
ことも,オリジナルの可愛らしいイラストのキューピーもあまり知られ
5 ないまま,どんどん日本なりのキューピーが作られ,ますます広く愛さ
れたのである。」(41頁左欄9行目~右欄3行目)
(ウ) 「日本的な,日本でデザインされ生産されたキューピーは,セルロ
イドその他のお人形だけでなく,何かの商品のブランド名や,広告類の
イラストとして,それに容器やケースとしても広く使われた。…私の記
10 憶にハッキリあるものでは,紙で,QP印があった。石けんも,キュー
ピーの形のものから,今も現役のベビー石けんの箱にまでデザインされ
ている。鍋やフライパン等,金物でQP印があり,背丈1メートルもあ
りそうな大きなキューピーが,フライパンを掲げて町の金物屋の店頭に
立っていたのを思い出す。」(45頁1行目~11行目)
15 (エ) 「1913年(大正2年)ドイツで最初の立体のキューピー人形が
作られ,たちまち爆発的な人気は「キューピー・クレイズ(キューピー
狂時代)」といわれ,米国内に止まらず,半世紀を越えて世界中を飛び
まわるまでになった。」(68頁9行目~13行目)
イ 甲7の2(「キューピー村物語」,ローズ・オニール著,北川和夫監修,
20 横森理香訳,平成9年7月7日発行,株式会社クレスト社)
「キューピーの雑誌連載はまたたく間に人気が高まり,次々と雑誌に連
載されるようになりました。…キューピー人気はとどまるところを知りま
せん。そこで,キューピー人形が作られるようになったのです。さらに,
人気に拍車がかかり,キューピーは商品の広告に登場します。アイスクリ
25 ームやカンヅメ,ゼリーのお菓子(Jell-O)の広告に採用されまし
た。…当時のことを「キューピー狂時代」と呼ぶほど,キューピーは大ブ
ームになっていったのです。」(76頁)
ウ 甲9(日本キューピークラブ公式ホームページ)
「キューピー人形
1912年,キューピー人形がアメリカで発売され始めました。彫刻家で
5 もあるローズオニールは世界の子供達のために,すばらしいキューピー人
形を作ろうと,優れた人形作りの国ドイツに製造を依頼しました。その第
一号が立っている姿のスタンディングのビスクキューピーです。1914
年よりアクションキューピー人形が続々作られるようになりました。…こ
れらのキューピー人形の登場で,キューピーの人気はさらに沸き上がり,
10 アメリカでは“キューピー狂時代”と呼ばれるほどの大キャラクターブー
ムが起こりました。その人気にあやかり,また安心で安全なイメージがあ
ったために,キューピーは食品広告に多く使われました。」(1枚目)
エ 甲11(「こども文化事典」兵庫県立歴史博物館のウェブページ)
「【キューピー人形】
15 今もよく知られているキューピーは,1909(明治42)年にアメリカ
のローズ・オニールによって生み出されました。日本では大正のころに流
行し,ビスクドールやセルロイド人形がたくさんつくられ,世界一のキュ
ーピー大国となりました。」(2枚目)
オ 甲14(「20世紀の天使たち キューピーのデザイン」,1995年
20 3月2日発行,株式会社INAX)
(ア) 「大正・昭和初期のキューピー
日本の第1号キューピーがつくられたのは1913(大正2)年。作者
ローズ・オニールの依頼を受けてであった。ドイツのビスクドール工場
でつくらせたキューピー人形が発売されたのも1913年。ほぼ同時期
25 に日本でも生産が開始されていたわけである。初期の日本製キューピー
は,ローズのオリジナルとほぼ同じ顔形をしているが,国内需要よりも
輸出向けであったらしい。一方,日本独自のキューピー人形も大正初期
に登場。土製や磁器製など,日本独特の表情をもつキューピーがつくら
れた。オリジナルのキューピーの眉が小さな点であるのに対して,日本
のものはなぜか逆三日月の下がり眉になっているのが面白い。」(1枚
5 目)
(イ) 「そうしているうちに,私は少しずつキューピーの存在の大きさを
再認識しだしました。大正5年の「子供の友」への登場,大正9年をは
じめとするキューピーの年賀状の多さ(このことは昭和初期にもいえま
す)。大正13年には童謡「キューピーさん」(葛原しげる作詞,弘田
10 龍太郎作曲)が登場。昭和にも「キューピー・ピーちゃん」(野口雨情
作詞,中山晋平作曲)が愛唱されています。私の手元にある大正から昭
和初期の資料や人形の多さから考えても,いかにキューピーが愛されて
いたかが想像できます。…キューピー誕生の地アメリカでは熱狂的なフ
ァンはいるものの,日本ほど誰でもが知り,身近なものと感じていると
15 はいえません。」(2枚目)
カ 甲18(「広告キャラクター大博物館」,1994年発行,株式会社日
本文芸社)
「ギリシャ神話のキューピッドをセルロイド人形にしたのがキューピー。
明治時代にアメリカで生まれ,大正時代に日本でも国産化されて,子供た
20 ちに爆発的な人気となった。日本初のマヨネーズ誕生も,同じころ。元来,
日本では生野菜を食べる習慣がなかったが,関東大震災を契機に暮らしが
洋風化,発売に踏み切った。同じアメリカ生まれ,舶来の人気者という点
から商標となったキューピー,食卓でもアイドルとなった。」(80頁)
キ 甲21(宮城県加美町長猪股洋文の「町長日記」)
25 「9月30日まで,切込焼記念館に磁器製のキューピー人形が展示され
ています。身長15.9㎝,大正時代に宮崎で作られたものです。…それ
にしても,なぜキューピーだったのでしょうか。調べてみると,その時代
アメリカではドイツ製のビスク人形(素焼きの磁器製)が大流行していま
した。森村ブラザース,現在の(株)ノリタケは,このアメリカ市場に目
を付け,研究を重ね瀬戸で生産し輸出していたのです。折しも大正3年,
5 第1次世界大戦が勃発し,ドイツからアメリカへの供給が途絶え,代わっ
て瀬戸のビスク人形が飛ぶように売れたのです。」
ク 甲67の3(「America in the 1900s」,マーリーン ターグ ブリル
著)
「■ キューピー狂時代
10 …1909年までに,キューピーは非常に多くの読者を魅了し,切り絵細
工や紙製人形が多数製造されました。アメリカ合衆国での最初の商業的大
流行のうちの1つの中で,買い手達は食器,子供向け読み物および宝飾品
にまでキューピーの姿を追い求めました。」(訳文)
2 取消事由1(本件商標の旧商標法2条1項4号該当性の判断の誤り)につい
15 て
原告は,被告の創業者のAは,本件出願以前において,ローズ・オニールが
創作したキューピー人形の特徴を備えたキューピー人形,その名称の「キュー
ピー」(「KEWPIE」)及びキューピーのキャラクターが,日本国内にお
いて,全国的に周知著名であったという状況下において,他人の標章の著名性
20 にただ乗りし,あるいは他人の知的財産を自己のものとして,権利化を図ると
いう「不正の目的」をもって,本件出願を行ったものであって,本件商標権を
Aから承継した被告が保有することは,社会公共の利益に反し,又は社会の一
般道徳観念に反するものであり,また,本件商標の出願及び登録は,国際信義
に反するものであるから,本件商標は,旧商標法2条1項4号の「秩序又ハ風
25 俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」に該当し,これを否定した本件審決の判断は誤りであ
る旨主張するので,以下において判断する。
(1) キューピー人形等の周知性・著名性について
原告は,甲6,9ないし14,18ないし21の記述によれば,本件出願
以前において,ローズ・オニールが創作したキューピー人形の特徴を備えた
キューピー人形,その名称の「キューピー」(「KEWPIE」)及びキュ
5 ーピーのキャラクターは,日本国内において,老若男女を問わず,全国津々
浦々まで人気があり,周知著名であった旨主張する。
そこで検討するに,前記1の認定事実によれば,①ローズ・オニールは,
1909年,米国の雑誌「Ladies’ Home Journal」(同
年12月号)に,ギリシア神話に登場する「キューピッド」をヒントにした
10 裸体の幼児のイラスト(キューピーのイラスト)を発表し,そのイラストに
描かれたキャラクターに「KEWPIE」と名づけたこと,②ローズ・オニ
ールは,キューピーのイラストに係る人形(キューピー人形)をドイツの製
造業者に依頼して製造し,1912年,米国において,立ち姿のキューピー
人形を発売して以来,キューピー人形は人気を博し,米国では「キューピー
15 狂時代」と呼ばれるほどの大ブームとなったこと,③キューピー人形は,大
正2年(1913年),我が国に輸入され,その頃,ローズ・オニールの依
頼により我が国においても輸出用のビスク製のキューピー人形が製造された
ほか,大正6年(1917年)頃にはセルロイド製の国産キューピーが製造
され,我が国においてキューピー人形が次々と販売されて流行となったこと,
20 それらの中には,ローズ・オニールが創作したオリジナルに似ているものの
ほか,顔だちに日本の赤ちゃんの可愛らしい表情が加わったものや,日本独
特の表情を持つもの(甲14)も含まれていたこと,④また,大正6年(1
917年)には,鏑木清方画伯によって,和服姿の女性がキューピー人形に
前掛けを着せている日本画(甲13)が発表され,大正5年(1916年)
25 から大正10年(1921年)にかけて,遊び姿のキューピーを描いた絵葉
書(甲9,17),干支(ひつじ等)とキューピーを組み合わせた絵柄,餅
つき,お雑煮,凧揚げをしているキューピーの姿が描かれた年賀状(甲15,
16),紙きせかえ(甲9)が発売されたほか,大正13年(1924年)
には童謡「キューピーさん」が発表され,さらに,日本的な,日本でデザイ
ンされたキューピーは,様々な商品のブランド名,広告類のイラスト等や商
5 品の容器等に広く使用されてきたことが認められる。
上記認定事実によれば,ローズ・オニールが創作したキューピー人形及び
その名称の「キューピー」が大正2年(1913年)に我が国に紹介された
後,「キューピー人形」及びその名称の「キューピー」は,本件出願前(出
願日大正11年4月1日)に,日本国内の全国にわたり,広く知られるよう
10 になったことが認められる。原告の挙げる甲6,9ないし14,18ないし
21の記述(前記第3の1(1)ア(イ))は,これを裏付けるものといえる。
しかしながら,一方で,上記認定のとおり,大正5年(1916年)以降,
ローズ・オニールが創作に関与したキューピー人形とは異なる「日本なりの
キューピー」人形や,日本文化と関わりを持たせて描かれた絵葉書,年賀状
15 などが発売され,また,日本的な,日本でデザインされたキューピーは,様々
な商品のブランド名,広告類のイラスト等や商品の容器等に広く使用されて
きたこと,加えて,甲6には,「その代表たるキューピーちゃんも,最初は
ドイツで作られたものだそうだが,それが日本でも作られるようになり,い
つの間にか日本的キューピーとして生れかわった。そのルーツもあまり知ら
20 れずに,そのくせ,最近まで,子供の頃に一度もキューピーを手にしていな
い人はなかったというぐらい大衆性が続いたのは,キューピーが子供ばかり
でなく大人にも可愛がられる何かを,強力にもっていたからだろう。」,「遠
く太平洋をへだてた島国の日本のこと,生みの親のローズさんのことも,オ
リジナルの可愛らしいイラストのキューピーもあまり知られないまま,どん
25 どん日本なりのキューピーが作られ,ますます広く愛されたのである。 (前

記1(3)ア(イ))との記載があることに鑑みると,キューピー人形は,本件出
願当時,キューピー人形の創作者がローズ・オニールであることが認識され
ることなく,西洋文化に由来する幼児姿のキャラクターとして誰もが自由に
使用できるものと理解され,全国において,キューピー人形やそれを模した
絵柄や図形等が多数作成され,商品のブランド名や広告宣伝等に広く使用さ
5 れる状況にあったものと認められる。
以上によれば,原告の挙げる甲6,9ないし14,18ないし21の記述
から,キューピー人形及びその名称の「キューピー」が,本件出願前に自他
商品識別機能ないし自他商品識別力を獲得するに至っていたものと認めるこ
とはできず,他人の業務に係る商品を表示するものとして,日本国内におけ
10 る需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。他にこれ
を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(2) 不正の目的について
原告は,被告の創業者のAは,本件出願前の1915年(大正4年)3月
15 から同年12月9日までの間米国に滞在中に,米国においてキューピー人形
及びその名称「キューピー」が広く知られていたことを了知したところ,①
本件商標は,ローズ・オニール創作に係る人形の絵図及び人形の題号「KE
WPIE」,「キューピー」のみからなること,②本件出願以前において,
ローズ・オニールの創作したキューピー人形の特徴を備えたキューピー人形
20 とその名称は,日本国内において,老若男女を問わず,全国津々浦々まで人
気があり,周知著名であったこと,③被告は,本件商標を指定商品に使用し
た実績がないこと(甲65,66),④被告のウェブページ(甲27の1,
2)には,Aが他人の著名標章を自己のものとして商標登録した経緯が記載
されていること,⑤被告は,本件出願後に,本件商標と同様のローズ・オニ
25 ール創作に係る人形の絵図とローズ・オニール創作に係る人形の題号「KE
WPIE」,「キューピー」から構成されるキューピー関連商標470件に
ついて広範な指定商品において出願及び登録し,あるいは商標を譲り受けて,
他人の知的創作である「キューピー人形の絵図」,「キューピーの名称」か
らなる商標の独占を図ったことからすると,Aは,他人の標章の著名性にた
だ乗りし,あるいは他人の知的財産を自己のものとして,権利化を図るとい
5 う「不正の目的」をもって,本件出願を行ったものである旨主張する。
そこで検討するに,本件商標の出願時及び商標登録時において,ローズ・
オニールの創作に由来するキューピー人形及びその名称の「キューピー」は,
日本国内の全国にわたり,広く知られるようになったことは認められるもの
の,キューピー人形及びその名称の「キューピー」が自他商品識別機能ない
10 し自他商品識別力を獲得するに至っていたものと認めることはできず,他人
の業務に係る商品を表示するものとして,日本国内における需要者の間に広
く認識されていたものと認めることはできないことは,前記(1)で説示したと
おりである。
こうした状況のもとで,Aは,大正11年4月1日,本件商標の出願をし,
15 商標登録を受けたものであるから,その余の点について判断するまでもなく,
Aが本件出願に当たり,他人の標章の著名性にただ乗りし,あるいは他人の
知的財産を自己のものとして,権利化を図るという「不正の目的」を有して
いたものと認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
20 (3) 国際信義違反について
原告は,①被告の創業者のAによる本件商標の出願及び登録は,外国の著
名標章を自己のものとすることを目的とするものであり,不正の目的をもっ
てされたものである,②A及び本件商標を承継した被告は,ローズ・オニー
ルの創作に係る人形の絵図と類似し,かつ,その創作に係る人形の名称「キ
25 ューピー」の創作者の母国であり,「キューピー人形」の著作物の第1発表
国であり,意匠登録された米国において,多数のキューピー関連商標を出願,
登録し(甲36),「KEWPIE DOLL」なる商標に対して権利行使
をした(甲37),③のみならず,被告は,米国を含めた全世界において,
本件商標と同じく,キューピー人形の絵図,「KEWPIE」,「キューピ
ー」等の文字商標を多数出願及び登録し,他人の知的創作であるキューピー
5 人形及びその名称の権利化を図っており,A及び被告による他人の知的創作
の剽窃行為は全世界に及んでいる,④したがって,本件商標の出願及び登録
は,国際信義に反する旨主張する。
そこで検討するに,証拠(甲30,37,38)によれば,本件商標を承
継した被告は,「KEWPIE(kewpie)」の文字からなり,又は当
10 該文字を構成中に含む登録商標を米国において合計7件(2018年10月
13日時点)保有しているほか,既に消滅したもの又は保留中のものを含め
て,「KEWPIE(kewpie)」の文字やキューピーの絵図等を含む
商標について,ドイツ,シンガポール,カナダ,フィリピン,オーストラリ
ア,マレーシア,フランス,デンマーク,ベトナム,インドネシア,ブルネ
15 イ,メキシコ,カンボジア,モンゴル,イスラエル,ラオス,チリ,アイス
ランド,ニュージーランド,欧州連合に出願等をしたこと,被告は,201
6年(平成28年)5月26日,「KEWPIE DOLL」の商標に係る
出願に対して異議の申立てをしたことが認められる。
しかしながら,一方で,前記(2)認定のとおり,Aが本件出願に当たり,他
20 人の標章の著名性にただ乗りし,あるいは他人の知的財産を自己のものとし
て,権利化を図るという「不正の目的」を有していたものと認めることはで
きないのみならず,被告が「KEWPIE(kewpie)」の文字からな
り,当該文字等を含む商標を米国のみならず多数の国に出願し,登録を受け
たことは,被告が我が国のみならず世界中で様々な事業を展開する上で,本
25 件商標と類似する商標の出願及び登録が必要であったことによるものと認め
られ,また,被告が「KEWPIE DOLL」の商標に係る出願に対して
異議の申立てをしたことも,米国で保有する「KEWPIE」の文字からな
る商標と類似する文字が含まれているために権利行使をしたものであり,い
ずれも国際信義に照らし,不当であるということはできない。
したがって,本件商標の出願及び登録が国際信義に反するとの原告の上記
5 主張は理由がない。
(4) 本件商標の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ虞アルモノ」該当性について
以上によれば,Aが,他人の標章の著名性にただ乗りし,あるいは他人の
知的財産を自己のものとして,権利化を図るという「不正の目的」をもって,
本件出願を行ったものと認めることはできず,また,本件商標の出願及び登
10 録が国際信義に反するものと認めることはできないから,本件商標権をAか
ら承継した被告が保有することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般
道徳観念に反するものと認めることはできない。
したがって,本件商標が旧商標法2条1項4号の「秩序又ハ風俗ヲ紊ルノ
虞アルモノ」に該当するとの原告の主張は採用することができない。
15 これと同旨の本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1は
理由がない。
3 取消事由2(本件商標の旧商標法2条1項11号該当性の判断の誤り)につ
いて
(1) 原告は,本件商標は,ローズ・オニールが創作したキューピー人形の絵図
20 と「KEWPIE」の欧文字とその片仮名から構成されるものであって,本
件商標を付した商品について,需要者は,著名な「キューピー人形」,「K
EWPIE」の名称と関係があるという特定の出所を認識することにより混
同を生じさせるものであるから,旧商標法2条1項11号の「商品ノ混同ヲ
生セシムルノ虞アルモノ」に該当する旨主張する。
25 しかしながら,前記1(1)で説示したとおり,キューピー人形は,本件出
願当時,キューピー人形の創作者がローズ・オニールであることが認識され
ることなく,西洋文化に由来する幼児姿のキャラクターとして誰もが自由に
使用できるものと理解され,全国において,キューピー人形やそれを模した
絵柄や図形等が多数作成され,商品のブランド名や広告宣伝等に広く使用さ
れる状況にあったものであり,本件商標の出願時及び商標登録時において,
5 ローズ・オニールの創作に由来するキューピー人形及びその名称の「キュー
ピー」が自他商品識別機能ないし自他商品識別力を獲得するに至っていたも
のと認めることはできず,他人の業務に係る商品を表示するものとして,日
本国内における需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできな
いことに照らすと,本件商標をその指定商品に使用しても,これに接する需
10 要者において,特定の他人(当該他人と緊密な営業上の関係等にある営業主
を含む。)の商品の出所との同一性の誤認を生じるおそれがあったものと認
めることはできない。
したがって,本件商標は,旧商標法2条1項11号の「商品ノ混同ヲ生セ
シムルノ虞アルモノ」に該当するものと認められないから,原告の上記主張
15 は採用することができない。
(2) その他,原告は,本件審決における判断の遺脱,事実誤認などについて縷々
主張するが,いずれの主張も理由がないか,又は本件審決の結論に影響を及
ぼすものではない。
4 結論
20 以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれ
を取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 中 村 恭
裁判官 岡 山 忠 広
(別紙1)
本件商標
(別紙2)
甲5の図面
(別紙3)
甲9(3枚目)の写真

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