令和2(行ケ)10094審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和3年6月29日 |
事件種別 |
民事 |
対象物 |
逆流性食道炎の再発抑制剤 |
法令 |
特許権
特許法148条1項1回
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キーワード |
審決42回 実施42回 進歩性22回 無効20回 新規性8回 分割8回 無効審判1回 刊行物1回 優先権1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。主たる争点は,進歩性についての認定
判断の誤りの有無である。 |
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判決文
令和3年6月29日判決言渡
令和2年(行ケ)第10094号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和3年5月11日
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2019-800035号事件について令和2年7月9日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。主たる争点は,進歩性についての認定
判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成29年4月4日,発明の名称を「逆流性食道炎の再発抑制剤」
とする特許出願(特願2017-74712号。優先権主張 平成28年10月2
7日[以下「本件優先日」という。)をし,平成30年2月2日,その設定登録を
]
受けた(特許第6283440号。以下「本件特許」といい,本件特許に係る明細
書及び図面を「本件明細書」という。甲33)。なお,本件特許は,プロトンポンプ
阻害剤(プロトンポンプインヒビター。Proton Pump Inhibitor:PPI)を有効成
分とする医薬品に関するものである。
(2) 被告沢井製薬は,平成31年4月15日,本件特許の無効審判の請求(以
下「本件審判請求」といい,本件審判請求により開始された審判手続を「本件審判
手続」という。)をし(無効2019-800035号事件。甲34),被告大原薬
品は,令和元年8月27日,本件審判手続への特許法148条1項による参加を許
可された。
その後,原告は,令和2年4月17日付けで訂正の請求(甲38。以下,同請求
による訂正を「本件訂正」という。)をした。
(3) 特許庁は,令和2年7月9日,本件訂正を認めた上で,「特許第6283
440号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。」との審決
(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日に原告に送達された。
2 本件特許に係る発明の要旨
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,各
請求項に係る発明を,それぞれ請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,
本件発明1~6を併せて「本件発明」という。。
)
【請求項1】
ラベプラゾールナトリウムを有効成分とし,維持療法を行う前の治療により治癒
したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために,ラ
ベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,4週間以上投与されることを特徴と
する,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項2】
維持療法を行う前の治療期において,前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食
道炎患者は,ラベプラゾールナトリウムを,8週間,20mgを1日2回投与,又
は10mgを1日2回投与されている,請求項1に記載のプロトンポンプ阻害剤抵
抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項3】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における治癒前の食
道粘膜の炎症が,ロサンゼルス分類でGradeBより重症である,請求項1又は
2に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項4】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,食道裂孔ヘルニアを併発
している,請求項1~3のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流
性食道炎の再発抑制剤。
【請求項5】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,逆流性食道炎の罹病期間
が1年以上である,請求項1~4のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵
抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項6】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,シトクロムP450(C
YP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである,請求項1~5のいずれか一項に
記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
3 本件審決の理由の要旨等
(1) 引用発明の認定
ア 甲1(Webページ「ClinicalTrials.gov archive」の出力物[NCT0213510
7,H28.9.28 版,URL:https:以下省略])に記載された発明(以下「甲1発明」とい
う。)の認定
「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における,E3810 10mg
1日2回投与の有効性と安全性を検討するための第Ⅲ相臨床試験に供される E3810
であって,
前記第Ⅲ相臨床試験は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に,維持療法期間中,E3810
10mgを1日2回52週間投与するものであり,
前記患者は,治療期間中は E3810 10mgを1日2回投与された患者である,
E3810。」
イ 甲2(Webページ「一般財団法人日本医薬情報センター臨床試験情報」
の出力物[JapicCTI-142540,H28.8.29 改訂版,URL:https:以下省略])に記載され
た発明(以下「甲2発明」という。)の認定
「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における,ラベプラゾールナ
トリウム10mgを1日2回投与の有効性及び安全性を検討するための第Ⅲ相臨床
試験に供されるラベプラゾールナトリウムであって,
前記第Ⅲ相臨床試験は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に,維持療法期間中,1
0mgを1日2回52週間投与するものである,ラベプラゾールナトリウム。」
(2) 本件発明と引用発明との対比
ア 甲1発明との対比
(ア) 本件発明1との対比
本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(一致点)
「維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食
道炎患者に対して,維持療法期に,10mgを1日2回,4週間以上投与される,
ラベプラゾールナトリウム」
(相違点1)
本件発明1は,「ラベプラゾールナトリウム」を有効成分とする,「維持療法のた
めに」投与される「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であ
るのに対して,甲1発明は,
「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法にお
ける」「有効性と安全性を検討するための第Ⅲ相臨床試験に供されるラベプラゾー
ルナトリウム(E3810)」である点。
(イ) 本件発明2との対比
本件発明2と甲1発明とは,相違点1に加え,次の相違点2において更に相違す
る。
(相違点2)
本件発明2は,
「維持療法を行う前の治療期において,前記プロトンポンプ阻害剤
抵抗性逆流性食道炎患者は,ラベプラゾールナトリウムを,8週間,20mgを1
日2回投与,又は10mgを1日2回投与されている」ことを特定しているのに対
し,甲1発明は,「治療期間中はラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1
日2回投与された」ことを特定している点。
(ウ) 本件発明3との対比
本件発明3と甲1発明とは,相違点1及び2に加え,次の相違点3において更に
相違する。
(相違点3)
本件発明3は,「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期に
おける治癒前の食道粘膜の炎症が,ロサンゼルス分類でGradeBより重症であ
る」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特定をしていない点。
(エ) 本件発明4との対比
本件発明4と甲1発明とは,相違点1~3に加え,次の相違点4において更に相
違する。
(相違点4)
本件発明4は,
「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,食道裂孔
ヘルニアを併発している」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特定をして
いない点。
(オ) 本件発明5との対比
本件発明5と甲1発明とは,相違点1~4に加え,次の相違点5において更に相
違する。
(相違点5)
本件発明5は,
「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,逆流性食
道炎の罹病期間が1年以上である」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特
定をしていない点。
(カ) 本件発明6との対比
本件発明6と甲1発明とは,相違点1~5に加え,次の相違点6において更に相
違する。
(相違点6)
本件発明6は,
「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,シトクロ
ムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである」と特定している
のに対し,甲1発明は,当該特定をしていない点。
イ 甲2発明との対比
(ア) 本件発明1との対比
本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(一致点)
「維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食
道炎患者に対して,維持療法期に,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,
4週間以上投与される,ラベプラゾールナトリウム」
(相違点1’)
本件発明1は,「ラベプラゾールナトリウム」を有効成分とする,「維持療法のた
めに」投与される「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であ
るのに対して,甲2発明は,
「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法にお
ける」「有効性及び安全性を検討するための第Ⅲ相臨床試験に供されるラベプラゾ
ールナトリウム」である点。
(イ) 本件発明2との対比
本件発明2と甲2発明とは,相違点1’に加え,次の相違点2’において更に相
違する。
(相違点2’)
本件発明2は,
「維持療法を行う前の治療期において,前記プロトンポンプ阻害剤
抵抗性逆流性食道炎患者は,ラベプラゾールナトリウムを,8週間,20mgを1
日2回投与,又は10mgを1日2回投与されている」ことを特定しているのに対
し,甲2発明は,当該特定をしていない点。
(ウ) 本件発明3~6との対比
本件発明3~6と甲2発明との相違点1’及び2’以外の相違点は,本件発明3
~6と甲1発明との相違点である相違点3~6と同じである。
(3) 無効理由1(甲1に基づく新規性欠如)について
甲1には,第Ⅲ相の臨床試験計画が記載されているのみで,当該計画を実施した
結果については,全く記載されていない。また,本件優先日当時,PPI抵抗性逆
流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日
2回投与することについて,何らかの技術常識があったとはいえない。
そうすると,甲1の記載及び本件優先日当時の技術常識からは,甲1発明に係る
第Ⅲ相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗性逆流性食道
炎患者の再発抑制剤として用いることができることが,明らかであるとはいえない
から,相違点1は,実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲1発明と同一ではない。
本件発明2~6は,本件発明1を引用して更に限定した発明であるから,上記と
同様の理由により,甲1発明と同一ではない。
(4) 無効理由2(甲2に基づく新規性欠如)について
相違点1’は,相違点1と実質的に同じであり,上記(3)と同様の理由により,相
違点1’は実質的な相違点であるから,本件発明1は,甲2発明と同一ではない。
本件発明2~6は,本件発明1を引用して更に限定した発明であるから,上記と
同様の理由により,甲2発明と同一ではない。
(5) 無効理由3(甲1に基づく進歩性欠如)について
ア 本件発明1について
(ア) 相違点1について
a 甲1に記載の臨床試験計画が第Ⅲ相であることについて
甲15(椿広計他編集「これからの臨床試験 医薬品の科学的評価―原理と方法」
3頁~4頁,朝倉書店,平成11年10月1日),甲16(折井孝男編「医薬品情報
学―基礎・評価・応用―」69頁~70頁,南山堂,平成17年10月5日)及び
甲17(日本臨床薬理学会編「臨床薬理学 第2版」66頁~68頁,医学書院,
平成15年4月1日)によると,臨床試験における第Ⅲ相の主たる目的は,第Ⅱ相
までに得られた医薬品候補薬の適応症や対象患者群における有効性と安全性の成績
を検証することであり,有効性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者
を対象とすることが,本件優先日当時の技術常識であった。
そうすると,甲1発明の第Ⅲ相臨床試験における患者は,当該試験を行う前に得
られた情報から,「維持療法期間中,ラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを
1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者
であることが理解できる。
b 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量について
(a) 甲10(藤本一眞「逆流性食道炎の維持療法(長期投与)におけ
るパリエット®錠の安全性と有効性の検討―特定使用成績調査結果―」薬理と治療
37巻10号829頁~845頁,平成21年10月20日)及び甲18(「パリエ
ット®錠5mg,パリエット®錠10mg」添付文書,平成28年4月改訂)による
と,本件優先日当時,ラベプラゾールナトリウムについては,次の事項が技術常識
となっていたといえる。
(技術常識a)ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量について
PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期には,ラベプラゾールナトリウ
ム10mgを1日1回投与し,また,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期には,
ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,8週間投与すること。
(技術常識b)ラベプラゾールナトリウムの維持療法期における用法・用量につ
いて
PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期には,ラベプラゾールナト
リウム10mgを1日1回投与すること。
(b) 上記(a)の技術常識a及びbに照らすと,PPI抵抗性ではない
逆流性食道炎患者においては,維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウ
ム10mgを1日1回)を治療期の用法・用量と同じとして,再発抑制を図ってい
たものと解される。
また,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の場合,治療期の用法・
用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与するものであったが,維
持療法期の用法・用量は明らかではなかった。
c 甲1発明は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期
の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回)を,治療期の用法・
用量と同じとしたものである。
上記a及びbを併せ考慮すると,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持
療法期の用法・用量を,治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第Ⅲ
相臨床試験に供される甲1発明のラベプラゾールナトリウムは,本件発明1の医薬
の用途発明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを,当業者が容易に予
測できたものといえる。
d そうすると,甲1発明のラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗
性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い,相違点1に係
る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することがで
きたものといわざるを得ない。
(イ) 効果について
本件明細書の実施例1において,有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験
(1日2回投与群N=181)の結果,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日
2回52週間投与する方法は,従来の維持療法(10mgを1日1回52週間投与)
と比較して,顕著に優れた再発抑制効果が得られ,安全性プロファイルは大きく異
ならないと判断され,忍容性が認められたことが示されている。
PPI抵抗性の患者の逆流性食道炎を治療できない用法・用量である「10mg
1日1回」よりも,治療できる用法・用量である「10mg1日2回」の方が再発
抑制においても優れた効果があることは,当業者の予測の範囲内である。
また,ラベプラゾールナトリウムの製造販売承認されていた用法・用量は,(i) 逆
流性食道炎の治療においては10mgを1日1回投与を8週間まで,維持療法にお
いては10mgを1日1回投与する,(ii) PPI抵抗性逆流性食道炎の治療(PP
Iによる治療で効果が不十分な場合)においては,10mgを1日2回,重度の粘
膜傷害を有する場合には20mgを1日2回,さらに8週間投与できる,というも
のであったことを考慮すると(甲18),本件発明1が,PPI抵抗性逆流性食道炎
患者に対する維持療法のために,4週間程度あるいはそれ以上の期間,10mgを
1日2回投与しても安全性が過度に損なわれることがないことは,当業者が予測し
得たものといえる。
そうすると,本件発明1の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものという
ことはできない。
(ウ) したがって,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものである。
イ 本件発明2について
(ア) 相違点1については,前記ア(ア)のとおりである。
(イ) 相違点2について
前記ア(ア)b(a)の技術常識aのとおり,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期
には,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,8週間投与することが,本
件優先日当時の技術常識となっていたから,相違点2に係る本件発明2の発明特定
事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。
(ウ) 効果について
相違点1及び2を併せ考慮しても,本件発明2の効果は,当業者が予測し得ない
格別顕著なものとはいえない。
(エ) したがって,本件発明2は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものである。
ウ 本件発明3について
(ア) 相違点1及び2については,前記ア(ア)及びイ(イ)のとおりである。
(イ) 相違点3について
甲20(Kazuma Fujimoto 他「Risk factors for relapse of erosive GERD during
long-term maintenance treatment with proton pump inhibitor: a prospective
multicenter study in Japan」Journal of Gastroenterology 45巻1193頁~
1200頁,平成22年7月6日)によると,本件優先日当時,
「食道裂孔ヘルニア」
や「過去のびらん性GERDの重症度(グレードC又はD)」などの条件が,再発リ
スクの高さに関連していることは,周知であった。
そうすると,甲1発明において,治療期の治癒前の食道粘膜の炎症がロサンゼル
ス分類でGradeBより重傷な患者である,GradeC又はDの患者とし,相
違点3に係る本件発明3の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た
事項にすぎない。
(ウ) 効果について
本件明細書の実施例1の表6において,内視鏡所見がロサンゼルス分類でGra
de B~Dの被験者群では,非再発率の群間差(1日1回投与群と1日2回投与
群との差)が30%以上と大きく,1日1回投与群よりも,1日2回投与群の方が
再発抑制効果が顕著であったことが示されている(本件明細書の段落【0058】,
【0059】。
)
しかし,上記(イ)のとおり,びらん性GERDの重症度(すなわちロサンゼルス分
類のGrade)が再発リスクの高さに関係していることは周知であるから,重症
度が高いほど,有効成分を多くしないと再発することは,当業者の予測の範囲内で
あった。
本件明細書の表6に示されるように,GradeAの患者は10mgを1日1回
投与することで,既にある程度の再発抑制効果が得られていることから非再発率の
群間差が小さいのに対し,GradeB・C・Dは,10mgを1日1回投与する
ことでは再発抑制効果が不十分であるが,10mgを1日2回投与することで十分
に再発抑制効果が得られるから非再発率の群間差が大きいことは,当業者が予測可
能な程度のものにすぎない。
そうすると,相違点1~3を併せ考慮しても,本件発明3の効果は,当業者が予
測し得ない格別顕著なものとはいえない。
(エ) したがって,本件発明3は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
エ 本件発明4について
(ア) 相違点1~3については,前記ア(ア)並びにイ及びウの各(イ)のとおり
である。
(イ) 相違点4について
前記ウ(イ)と同様に,甲1発明の患者を,食道裂孔ヘルニアを併発している患者と
し,相違点4に係る本件発明4の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜な
し得た事項にすぎない。
(ウ) 効果について
相違点1~4を併せ考慮しても,本件発明4の効果は,当業者が予測し得ない格
別顕著なものとはいえない。
(エ) したがって,本件発明4は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ 本件発明5について
(ア) 相違点1~4については,前記ア(ア)及びイ~エの各(イ)のとおりであ
る。
(イ) 相違点5について
甲19(Yoshikazu Kinoshita 他「Efficacy of Twice-Daily Rabeprazole for
Reflux Esophagitis Patients Refractory to Standard Once-Daily
Administration of PPI: The Japan-Based TWICE Study」The American Journal of
GASTROENTEROLOGY 107巻4号522頁~530頁,平成24年3月20日)によ
ると,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,罹患期間が1年以上である患者は
一般的であったから,甲1発明の患者を,罹患期間が1年以上である者に特定し,
相違点5に係る本件発明5の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得
た事項にすぎない。
(ウ) 効果について
相違点1~5を併せ考慮しても,本件発明5の効果は,当業者が予測し得ない格
別顕著なものとはいえない。
(エ) したがって,本件発明5は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ 本件発明6について
(ア) 相違点1~5については,前記ア(ア)及びイ~オの各(イ)のとおりであ
る。
(イ) 相違点6について
甲 1 1 ( Toshihito Saitoh 他 「 Influences of CYP2C19 Polymorphism on
Recurrence of Reflux Esophagitis during Proton Pump Inhibitor Maintenance
Therapy」Hepato-Gastroenterology 56巻91-92号703頁~706頁,平成
21年5月~6月)によると,CYP2C19ホモ接合体EM(高代謝)患者は,
ヘテロ接合体EM患者やPM(低代謝)患者に比べて,再発しやすいことは周知で
あったから,甲1発明の患者を,CYP2C19ホモ接合体EM患者とし,相違点
6に係る本件発明6の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項
にすぎない。
(ウ) 効果について
相違点1~6を併せ考慮しても,本件発明6の効果は,当業者が予測し得ない格
別顕著なものとはいえない。
(エ) したがって,本件発明6は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)
に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
キ 小括
以上によると,本件発明は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,無効理
由3によって無効とすべきものである。
(6) 無効理由4(甲2に基づく進歩性欠如)について
ア 本件発明1について
(ア) 相違点1’について
a 甲2に記載された臨床試験計画が第Ⅲ相であることについて
前記(5)ア(ア)aの本件優先日当時の技術常識によると,甲2発明の第Ⅲ相臨床試
験における患者は,当該試験を行う前に得られた情報から,
「維持療法期間中,ラベ
プラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある
程度期待される疾患を有する患者であることが理解できる。
b 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量について
前記(5)ア(ア)bのとおりである。
c 甲2には,甲2発明における患者の治療期の用法・用量がどのよう
なものであったかについて記載されていない。しかし,前記(5)ア(ア)b(a)の技術常
識aからすると,甲2発明における患者も,当然,治療期の用法・用量がラベプラ
ゾールナトリウム10mgを1日2回であった患者を含むものと想定される。
そうすると,甲2発明は,PPI抵抗性の患者の維持療法期において,治療期と
同じ用法・用量を継続し,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与する
場合を含むものと解される。
上記a及びbを併せ考慮すると,PPI抵抗性の患者において,維持療法期の用
法・用量を,治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第Ⅲ相臨床試験
に供される甲2発明のラベプラゾールナトリウムは,本件発明1の医薬の用途発明
に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを,当業者が容易に予測できたも
のといえる。
d そうすると,甲2発明のラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗
性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い,相違点1’に
係る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することが
できたものといわざるを得ない。
(イ) 効果について
前記(5)ア(イ)のように,本件発明1の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著な
ものということはできない。
(ウ) したがって,本件発明1は,甲2発明及び技術常識に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものである。
イ 本件発明2について
(ア) 相違点1’については,前記ア(ア)のとおりである。
(イ) 相違点2’について
前記(5)ア(ア)b(a)の技術常識aからすると,相違点2’に係る本件発明2の発明
特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。
(ウ) 効果について
前記(5)イ(ウ)のように,本件発明2の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著な
ものということはできない。
(エ) したがって,本件発明2は,甲2発明及び技術常識に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものである。
ウ 本件発明3~6について
(ア) 相違点1’及び2’については,前記ア(ア)及びイ(イ)のとおりである。
(イ) 相違点3~6について
甲2発明において,相違点3~6に係る本件発明3~6の発明特定事項を採用す
ることは,当業者が容易に想到することができたといえる。
(ウ) 効果について
前記(5)ウ~カの各(ウ)のように,本件発明3~6の効果は,当業者が予測し得な
い格別顕著なものとはいえない。
(エ) したがって,本件発明3~6は,甲2発明及び技術常識(周知技術を
含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
エ 小括
以上によると,本件発明は,甲2発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,無効理
由4によって無効とすべきものである。
第3 原告主張の取消事由等
1 取消事由1(無効理由3における判断の誤り)
(1) 本件発明1について
ア 相違点1に対する容易想到性の判断の誤り
(ア) 臨床試験の「相」に関する技術常識の判断の誤り
a 新医薬品の個々の臨床試験及び包括的な開発戦略に関する国際的な
原則と具体的なあり方を記述した「臨床試験の一般指針」
(甲27の1。以下,単に
「一般指針」ということがある。)に示されているとおり,医薬品が製品として承認
されるための安全性,有効性のデータを得るための臨床試験は,論理的で段階的な
手続により進められ,一般的には,第Ⅰ相試験(臨床薬理試験など) 第Ⅱ相試験
, (探
索的試験など)及び第Ⅲ相試験(検証的試験など)の段階に分けられて実施される
(同7頁~10頁)。これらの臨床試験において,被験対象の医薬品が,医薬品とし
ての安全性,有効性を有しているか判断するためのデータが取得され,得られたデ
ータから医薬品としての安全性,有効性を有していると判断された場合にのみ医薬
品としての承認を受けて製品となる。
b 本件審決は,甲15~17を根拠として,臨床試験における第Ⅲ相
の主たる目的は,第Ⅱ相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対象患者群におけ
る有効性と安全性の成績を検証することであり,有効性が期待される疾患を有する
と診断された多数の患者を対象とすることが,本件優先日当時の技術常識であった
と判断した。
しかし,甲15~17では,医薬品の臨床試験の段階について一般的な説明がさ
れているにすぎず,実際の臨床試験の進め方は,対象となる疾患の種類や,使用す
る薬剤,治療方法の内容等により様々であることが当業者の常識である。
一般指針(甲16[69頁,70頁]や甲17[66頁]でも引用されている。)
には,
「3.1.3 臨床開発における相」において,
「ある種の臨床試験は複数の相
において実施されることもあることから,開発の相という概念が臨床試験の分類の
基礎としてふさわしくないことを認識するのは重要である(図1参照)」「医薬品
。,
によっては典型的な開発順序が不適切,又は不必要であったりすることから,逐次
的な相とは試験が決まった順序で行われることを意味しているわけではないことを
認識することも重要である。などという記載があり,
」 一般指針の記載を踏まえると,
臨床試験の種類と開発の相は必ずしも一律に対応するものではなく,この点につい
ては本件優先日当時の当業者の常識であった。なお,甲16(69頁)でも,「相」
は,治験の分類ではなく,開発段階を示す時間的な概念として使用されているとい
った旨の説明がされている。
(イ) 甲1に記載された臨床試験は有効性や安全性がある程度期待される疾
患を有する患者に対して投与がなされる試験ではないこと
a 甲1に記載された臨床試験計画は,本件審決が前記(ア)bのように技
術常識として述べる第Ⅲ相とは異なるものである。
まず,甲1に記載の試験計画に基づき実施された臨床試験については,第Ⅱ相試
験に相当する前段階の臨床試験は存在していない。したがって,本件審決が,甲1
の試験計画に基づく第Ⅲ相臨床試験における患者について,「当該試験を行う前に
得られた情報」から,「維持療法期間中,ラベプラゾールナトリウム(E3810)10
mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有す
る患者であると判断した根拠は示されていないといえる。この点,本件審決は,上
記「当該試験を行う前に得られた情報」とは,単に第Ⅱ相試験で得られた結果のみ
を意味するわけではなく,甲1発明の第Ⅲ相臨床試験を行う前に得られた情報の全
てを意味するとするが,具体的にどのような情報をいうのか説明しておらず,上記
根拠が示されていないことに変わりはない。
甲1に記載された臨床試験計画の概要の記載(甲1の3頁)から,甲1に基づく
臨床試験が有効性と安全性を評価する試験であることは,明らかである。
b 前記(ア)に加え,臨床試験の第Ⅲ相試験から承認を得るまでの一般的
な成功確率等を踏まえると,甲1に記載された試験計画が第Ⅲ相試験の段階にある
ことから,直ちに,有効性や安全性がある程度期待されるともいえない。
医薬品の臨床試験の各段階において,次の段階に進むための結果が得られない場
合には臨床試験は中止され,医薬品として製品化はされないところ,過去に実施さ
れた臨床試験の実績(甲26によると第Ⅲ相試験から承認までの確率は49.6%,
甲49のTable3によると第Ⅲ相試験から承認までの確率は50%)を踏まえ
ると,本件優先日当時,たとえ第Ⅲ相試験を実施する医薬品であっても,被験対象
の医薬品が実際に製品になるかどうかは全く不明であった。医薬品については,法
規制の下,製造販売のための承認を得るには,その有効性及び安全性が有意なもの
であるかを確認するために,一定規模の患者数を確保して(本件発明では,360
名程度の被験者を確保している[本件明細書の段落【0048】。,臨床試験を実
])
施する必要があるが,そのような臨床試験の実施に必要な費用の膨大さや時間,そ
れらに加えて,実際に試験に参加する被験者が負担する安全性リスクの点を考慮す
ると,当業者である製薬企業等にとっては,製品にならない(投資した臨床試験の
費用が全く回収できない)可能性が相当程度あるのである。
この点,甲1に記載された臨床試験計画は,既に逆流性食道炎の治療についての
適応を取得している(医薬品としての承認を得ている)ラベプラゾールに関し,新
たにプロトンポンプ阻害剤抵抗性の逆流性食道炎の維持療法について適応を取得す
るための第Ⅲ相試験ではあるが,既に承認を得ている治療法についての用法・用量
が存在しているとしても,それは既承認の用法・用量については安全性や有効性が
確認されているにとどまり,新たに実施する第Ⅲ相臨床試験について,安全性や有
効性が未確認であることには違いがなく,新たに実施する第Ⅲ相の臨床試験の成功
確率が当然に高い確率になるとはいえない。
新たに実施する第Ⅲ相臨床試験については,安全性や有効性が未確認であるから
こそ,巨額の費用と長期の時間をかけることに加え,実際に試験に参加する被験者
各自が安全性リスクを負担してまで実施されるのである。
(ウ) 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量の判断の誤り
a 技術常識の認定の誤り
本件審決が認定する,本件優先日当時のラベプラゾールナトリウムについての
技術常識のうち,ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量について
の技術常識aは,本件優先日当時に公知であったラベプラゾールナトリウムの治療
期における用法・用量の一部のみを切り出したもので,正確な内容ではない。正し
くは,次の技術常識a’のようになる(本件明細書の段落【0002】,
【0003】,
甲22,23,甲41[図2],甲42[70頁,xvii頁のフローチャート,xviii
頁]。
)
(技術常識a’)ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量につ
いて
PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期には,ラベプラゾールナトリウ
ム10mgを1日1回投与するが,病状により1回20mgを1日1回経口投与す
ることができる。なお,通常,8週間までの投与とする。また,PPIによる治療
で効果不十分な患者(PPI抵抗性逆流性食道炎患者)の治療期には,ラベプラゾ
ールナトリウム1回10mg又は1回20mgを1日2回,さらに8週間投与する。
ただし,20mg1日2回投与は重度の粘膜傷害を有する場合に限る。
b 容易想到性に関する判断の誤り
(a) 本件審決は,次の①及び②のような判断をする。
① 「技術常識a及びbに照らすと,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に
おいては,維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1
回)を治療期の用量 ・用量と同じとして,再発抑制を図っていたものと解される。 ,
」
「また,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の場合,治療期の用法・
用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与するものであったが,維
持療法期の用法・用量は明らかではなかった。」
② 「甲1発明は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期の用法・
用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回)を,治療期の用法・用量と
同じとしたものである。,
」「PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期の
用法・用量を,治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第Ⅲ相臨床試
験に供される甲1発明のラベプラゾールナトリウムは,本件発明1の医薬の用途発
明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを,当業者が容易に予測できた
ものといえる。」
(b) しかし,そもそも,上記(a)の判断の前提となる第Ⅲ相試験に関す
る理解に誤りがあることは,前記(ア)及び(イ)のとおりである。
また,技術常識a’の内容を踏まえると,本件優先日当時,我が国において承認
され,一般的に行われていた,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する維
持療法(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回経口投与)は,逆流性食道
炎患者に対する治療期に投与される常用量と同量又はその半量を1日1回投与する
というもの(本件明細書の段落【0004】,甲22,23)であり,PPI抵抗性
ではない逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量は,維持療法期の用法・用量と同
じではなかった。PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量に
は,症状により1回20mgを1日1回投与することも含まれており,かつ,投与
期間の上限も8週間と定められていたもので,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎
患者の維持療法期の用法 用量と一部重なるものであったにすぎない。
・ したがって,
上記(a)①は誤りである。
同様に,技術常識a’の内容を踏まえると,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治
療期の用法・用量は,甲1発明における維持療法期の用法・用量(ラベプラゾール
ナトリウム10mgを1日2回)と同じではなかった。PPI抵抗性逆流性食道炎
患者の治療期の用法・用量には,重度の粘膜傷害時には1回20mgを1日2回投
与することも含まれ,かつ,その投与期間の上限も8週間とされていたもので,甲
1発明における維持療法期の用法・用量と一部重なるものであったにすぎない。し
たがって,上記(a)②も誤りである。
さらに,技術常識a’の内容を踏まえると,PPI抵抗性の逆流性食道炎患者に
は,20mgの1日1回投与でも治癒しない患者も含まれている。したがって,仮
に上記(a)①及び②の考え方が正しいとした場合でも,PPI抵抗性ではない逆流
性食道炎患者の維持療法期の用法・用量の定め方を基にして定めたPPI抵抗性逆
流性食道炎患者に対する維持療法期の用法・用量が,PPI抵抗性逆流性食道炎患
者に対して,
(PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期の用法・用量で
投与した場合に比して)有意な再発抑制効果や優れた安全性を有することが予測で
きるとすることは,およそ論理的な帰結ではない。
したがって,本件審決の上記(a)の判断は誤りである。
(エ) 有意な再発抑制効果や優れた安全性を予測することは困難であるこ
と
a 本件発明1の再発抑制効果予測についての判断の誤り
(a) 本件審決は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者とそうでない逆流性
食道炎患者の病態の具体的な相違などを何ら考慮することなく,極めて安易に,
「本
件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度」の再発抑制効果を有することを当
業者が容易に予測できたものといえると判断したが,上記用途発明に必要とされる
程度の具体的内容は不明であり,かつ,そのような予測ができる根拠も示されてい
ない。
(b) 本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎に対する維持療法期
の用法・用量は確立していなかったものの,再発抑制効果は不十分と認識されなが
らも,暫定的な措置として,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎に対する維持療法
期の用法・用量により維持療法が実施されていた(本件明細書の段落【0004】,
【0006】。
)
したがって,容易想到性の判断との関係で,当業者の予測対象となる発明の構成
としての「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる」再発抑制効果の程度とし
ては,本件優先日当時に実施されていた(PPI抵抗性ではない逆流性食道炎に対
する)維持療法期の用法・用量により得られていた(不十分な)PPI抵抗性逆流
性食道炎の再発抑制効果に比して,再発抑制効果の点だけでなく,安全性の面から
も優れた効果を示し,既存の維持療法期の用法・用量から転換されるような効果の
程度が要求されるというべきである。そのようなレベルでない場合には,医薬品の
新たな用法・用量として承認されず,少なくとも医薬の用途発明として完成したと
いうことはできない。
しかし,後記bのとおり,甲1発明について,上記のような程度の再発抑制効果
を有することの予測は,困難であった。
b 本件発明による再発抑制効果の予測困難性について
(a) 本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に
おけるプロトンポンプ阻害剤の用法・用量については,何ら明らかとなっておらず
(甲24,29~31),PPI抵抗性逆流性食道炎に対して有効な維持療法は,存
在していなかった。このことは,本件優先日前に米国消化器病学会及び日本消化器
病学会が公表していた胃食道逆流症に関するガイドライン中のPPI抵抗性患者に
対する治療法の記載箇所において,維持療法についての明確な記載がされていない
こと(甲42,44)からも明らかであり,本件優先日以後に公開された文献等に
もその記載がないこと(甲45,46)からも裏付けられる。
したがって,甲1の臨床試験計画で開示されていたラベプラゾールナトリウムの
用法・用量のみから,その再発抑制効果が「本件発明1の医薬の用途発明に必要と
される」再発抑制効果の程度を有することを「容易に予測」することはできない。
本件審決は,当該予測が容易であったとの具体的な根拠を明らかにしていない。
(b) 加えて,本件発明は,維持療法期の用法・用量であることから,
投与開始時に食道粘膜傷害といった顕在化した所見を治癒するための「治療におけ
る有効性(効果)」と異なり,投与開始の時点で,治療期の治療により食道粘膜傷害
が治癒した患者においてその治癒の状態をどの程度の期間維持し,粘膜傷害が再発
することを防ぐことができるかという「再発防止剤における有効性(効果)」を予測
することが,より一層困難であることは明らかである。
上記の予測の困難さには,投与により得られる効果自体の予測の困難さだけでな
く,プロトンポンプ阻害剤の投与量を決めるに際し,有効性を得るという点及び安
全性確保の点を考慮した上,その両者のバランスをとった最適な投与量を臨床試験
の結果を得る前に(臨床試験の開始前に)設定することが困難であることも含まれ
る。なお,このバランスをとった投与量の設定については,平成7年5月24日付
け厚労省通知「致命的でない疾患に対し長期間の投与が想定される新医薬品の治験
段階において安全性を評価するために必要な症例数と投与期間について」(薬審第
592号)においても「当該医薬品を長期にわたり投与すると発現率が変わってく
るような事象については,その重症度及び医薬品の有効性と安全性の総合的評価(リ
スク・ベネフィットアセスメント)における重要性を勘案して,その特徴を明らか
にすることが必要な場合もある。(甲28の1頁)との内容で言及されている。
」
(c) 安全性についても,維持療法期においては,食道粘膜傷害が認め
られる患者に対して投与を開始する治療期と異なり,食道粘膜傷害が治癒した患者
に対して高い投与量(1回10mgを1日2回)を長期間投与するため,既存の維
持療法期の用法・用量と同程度の高い安全性が要求されるものと考えられる。
この点,上記(a)のとおり,本件優先日当時,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性
食道炎に対する有効な維持療法が存在していなかった理由の一つとしては,プロト
ンポンプ阻害剤は強力な胃酸分泌抑制作用を有するため,本件優先日当時,その長
期投与については,注意深い観察が必要とされ,様々な副作用の発生が懸念されて
いたことが挙げられる。本件優先日当時,各種ガイドラインにおいて,プロトンポ
ンプ阻害剤の長期投与についての様々な副作用発生の懸念や,プロトンポンプ阻害
剤の投与に関連する複数の有害事象への懸念が示されていた(甲42,44)ほか,
プロトンポンプ阻害剤の添付文書中の重要な基本的注意の記載において,特に逆流
性食道炎の維持療法に関する注意事項として,対象患者の選択,用量の選択,治療
中の定期的な観察が記載されていた(甲23,29~31)。また,本件発明に係る
医薬品の用法・用量に関する承認申請の審査報告書の別紙(甲47)の「注目すべ
き有害事象」の記載からも,プロトンポンプ阻害剤の逆流性食道炎の維持療法期に
おける投与による有害事象の発生が懸念されていたことが示されている。
したがって,
「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の」安全性につい
ても予測することは,より一層困難であったといえる。
c 医薬用途発明の構成に関する知財高裁判決の判断に反すること
医薬用途発明の構成に関する知財高裁平成29年2月28日判決(平成28年(行
ケ)第10107号。以下「平成29年判決」という。)は,医薬用途発明の効果の
有無については,臨床効果を確認しない限り知ることは困難であるから,引用発明
の組成物である「GP2」を投与することによって本願発明の組成物である「E7
5」を投与した場合と同様の効果が得られるものということはできない旨を判断し
た。平成29年判決は,医薬品の用途発明については,その医薬品の構成のみでな
く,臨床効果の確認により完成する場合があることを支持する内容であって,医薬
品の用途発明のうち,特に用法・用量に特徴のある医薬発明については,使用され
る薬剤の性質,対象となる疾患の病態など様々な要因が関係することから,実際に
人に投与された結果をもって,有効性,安全性が認められ,発明として完成すると
いう,医薬用途発明の完成の経緯を支持するものと考えられる(甲51[「先端医療
分野における特許保護の在り方について」知的財産戦略本部 知的財産による競争
力強化専門調査会 先端医療特許検討委員会,平成11年5月29日]の17頁3
行目~5行目,20頁18行目~21行目参照)。
本件発明も,そのような経緯で完成する発明の典型例といえるもので,平成29
年判決を踏まえると,本件発明のように用法・用量に特徴のある医薬の用途特許発
明の容易想到性の判断においては,当業者が想到する発明の構成として,用法・用
量に加え,その効果が必要不可欠な要素として含まれており,そして,その効果に
ついては,臨床効果を確認しない限り,知ることが困難である。
したがって,
「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度」の再発抑制効果
を甲1発明が有することを当業者が容易に予測できたとする,本件審決の判断は誤
りである。
d まとめ
以上のように,容易想到性の判断との関係において,本件発明1の医薬の用途発
明に必要とされる再発抑制効果の程度については,逆流性食道炎の再発抑制効果の
点だけでなく,安全性の点からも優れた効果を示し,既存の維持療法期の用法・用
量から転換されるような効果の程度が要求され,また,そのような効果は,臨床効
果を確認しない限り知ることは困難なものである。しかるに,何らの具体的な根拠
を示すことなく,甲1の記載と技術常識から,相違点1の構成を採用することにつ
いて当業者が容易に想到できるとした本件審決の判断は,誤りである。
(オ) よって,相違点1に関する容易想到性に対する本件審決の判断が誤り
であることは明らかである。
(カ) 被告らの主張について
a 維持療法は治療の延長にすぎないとの主張について
逆流性食道炎の治療期の治療と維持療法との間に明確な違いがあることは,既に
主張した点のほか,甲52(大阪市立大学のA教授[以下「A教授」という。]の意
見書3頁19行目~4頁5行目) 甲54及び甲55における,
, 両者での治療目標や
治療の考え方の違いに関する記載からも明らかである。
また,一般的に長期投与が想定される医薬品については,治験の段階での安全性
評価方法について,長期投与が想定されていない短期間投与の医薬品とその取扱い
が区別されている(甲28の1頁16行目~18行目,22行目及び23行目)が,
このことは,ラベプラゾールの投与期間の上限が8週間と定められている逆流性食
道炎の治療期の治療(短期間投与)と,投与期間の上限が定められていない維持療
法(長期間投与)については,安全性評価の観点でも,異なるものとして区別され
ることを示している。
以上のような逆流性食道炎の治療期の治療と維持療法との違いに関する技術常識
を前提とせずに,両者を同質のものとして議論しようとする被告らの主張は,その
前提からして明らかに誤りである。
b PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する技術常識
について
次のとおり,被告らが引用する各証拠の記載から,本件優先日当時にPPI抵抗
性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを
1日2回投与することについて,何らかの技術常識があったとは認めることはでき
ない。
(a) 甲5 「第88回日本消化器病学会総会プログラム及び抄録」
( 日本
消化器病学会雑誌・第99巻臨時増刊号(総会),平成14年3月20日)には,G
ERDの内科的治療は酸分泌抑制薬が主体になること,患者の(食道での)pHモ
ニタリング試験の結果,重症の逆流性食道炎では,PPIのhalf dose(半量)の投
与では酸逆流を抑えられない症例が多く,full dose(全量)の投与を必要としたと
いった記載があるのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関す
る記載は存在しない。
(b) 甲 6 ( A 他 「 Sleep Disturbances and Refractory
Gastroesophageal Reflux Disease Symptoms in Patients Receiving Once-Daily
Proton Pump Inhibitors and Efficacy of Twice-Daily Rabeprazole Treatment」
Digestion 88巻145頁~152頁,平成25年9月5日)には,胃内pHモニ
タリング試験の結果等から,ラベプラゾールの1日2回投与が夜間の胃酸分泌を抑
制することが示され,その結果から,夜間の胃酸分泌抑制がGERD患者の睡眠障
害の改善に関与することを示唆することが記載されているのみで,PPI抵抗性逆
流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載は存在しない。
(c) 甲7(C. Wilder-Smith他「The effects of dose and timing of
esomeprazole administration on 24-h, daytime and night-time acid inhibition
in healthy volunteers」Alimentary Pharmacology and Therapeutics 32巻12
49頁~1256頁,平成22年9月28日)には,健常成人での胃内pHモニタ
リング試験の結果から,エソメプラゾールの投与において,用量増加させると胃酸
分泌抑制が強力になること,夜の投与又は分割投与により,夜間の胃酸分泌を改善
することが示されることが記載されているのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者
に対する維持療法に関する記載及びラベプラゾールに関する記載は存在しない。
(d) 甲8(T. SHIMATANI他「Rabeprazole 10 mg twice daily is
superior to 20 mg once daily for night-time gastric acid suppression」
Alimentary Pharmacology and Therapeutics 19巻113頁~122頁,平成1
6年)には,健常成人での胃内pHモニタリング試験の結果から,ラベプラゾール
の1日2回投与の方が1日1回投与よりも優れた胃酸分泌抑制を示したことが記載
されているのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載
は存在しない。
なお,甲5~8で用いられている食道又は胃でのpHモニタリング試験とは,胃
酸の分泌状態を食道又は胃内でのpHの変動により評価するものであり,本件明細
書の実施例に記載の内視鏡検査による食道粘膜傷害の治癒状態を評価する試験(本
件明細書の段落【0047】【0049】
, )とは異なる評価方法である(甲35)。
また,本件発明は,逆流性食道炎の再発抑制剤であるから,その効果の有無の評価
については食道又は胃でのpHモニタリングのみでは不十分であり,内視鏡検査に
よる食道粘膜傷害の評価が必須である(本件明細書の段落【0049】。
)
(e) 甲9(平成15年4月24日付け国立医薬品食品衛生研究所長作
成のパリエット錠10mgに関する審査報告書[衛研発第2625号]の記載では,
)
治療期の投与量はラベプラゾール20mgとされ,維持療法期の投与量はラベプラ
ゾール10mg又は20mgとされており,治療期と維持療法期で投与量は異なっ
ているのであり,逆流性食道炎患者の1日当たりの投与回数及び用量が治療期と維
持療法期で同じ旨の記載はない。また,甲9には,ラベプラゾールの類薬(ランソ
プラゾール,オメプラゾール)に関する情報として,逆流性食道炎の維持療法にお
ける再発率について,投与量が多いほど再発率が低くなることが記載されているの
みであり,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載及びラベ
プラゾールに関する記載はない。
むしろ,甲9には,H2受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰瘍型逆流性食道炎患者を
対象とした第Ⅲ相臨床試験において,治療期(ラベプラゾールナトリウム20mg
の1日1回投与を8週間)で内視鏡的治癒が認められた症例に対して,維持療法期
としてラベプラゾールナトリウム10mg又は20mgを1日1回24週間投与し
たところ,非再発率に関し,ラベプラゾールナトリウムの用量間の差は認められな
かったこと,すなわち10mg投与で効果が頭打ちになっていることが記載されて
いる。また,上記結果に関する考察として「逆流性食道炎の発生にかかわる因子と
して,胃酸分泌亢進以外にも下部食道括約筋圧など他の因子も関与していることを
考慮すると,維持療法中の再発が胃酸分泌抑制効果の不足によるものだけであった
かどうかは示されていないと考える。(12頁16行目~18行目)と記載されて
」
おり,胃酸分泌抑制のみが逆流性食道炎の再発防止に効果を示すものではないと本
件優先日前に考えられていたことを示している。このことは,単にPPIの投与回
数や投与量を増やすことのみをもって再発抑制効果が高まることを容易に予測し得
たものとはいえないことを示している。
(f) 甲14(平成22年11月8日付け独立行政法人医薬品医療機器
総合機構作成のパリエット錠10mg及びパリエット錠20mgに関する審査報告
書)には,PPI抵抗性の逆流性食道炎患者に対する治療期においてラベプラゾー
ル10mg又は20mgを1日2回投与したときの安全性について特段の問題は認
められないといった記載があるのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維
持療法に関する記載は存在しない。
c 安全性について
(a) 甲9及び甲13(平成21年9月24日付け医薬品医療機器総合
機構作成のパリエット錠10mgに関する再審査報告書)に記載されているのは,
PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナ
トリウム10mgの1日1回投与(甲9では,20mgの1日1回投与も含む。)を
した場合の安全性評価の結果であり,甲14に記載されているのは,PPI抵抗性
の逆流性食道炎患者の治療期の治療としてラベプラゾールナトリウムを10mg又
は20mgの1日2回投与を8週間行った場合の安全性評価の結果のみであり,い
ずれもPPI抵抗性の逆流性食道炎患者の維持療法としてラベプラゾールナトリウ
ム10mgの1日2回投与を長期間行った場合の安全性評価の結果ではない。それ
らは,いずれも,甲1発明や本件発明とは,対象とする患者,投与量,投与期間が
一致するものではなく,甲1に記載された臨床試験計画についての長期投与の安全
性が,当業者にとって期待し得たものであることが明白であるとはいえない。
(b) 甲42及び44のガイドライン中の各記載は,本件優先日以前の,
甲1発明及び本件発明のラベプラゾールナトリウムの長期投与結果がない段階にお
いて,消化器疾患の専門医がPPIの長期投与時の安全性の懸念に関して記載した
ものであるところ,それらガイドライン中にPPI抵抗性逆流性食道炎における維
持療法に関する明確な記載がないことから,本件優先日当時においては,PPI抵
抗性逆流性食道炎における維持療法に対する専門医による安全性の認識が確立され
ていなかったものと認められる。
したがって,甲42及び44の記載について,一般的な懸念を示すものにすぎな
いとはいえない。なお,甲42のガイドラインの作成委員を担当しているA教授の
意見書(甲52)でも,平成28年当時,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道
炎の維持療法が確立されていなかった理由について,副作用の発生の懸念等の指摘
がされている。
(c) 甲23及び29~31に記載された各PPIの添付文書における
逆流性食道炎の維持療法に関する注意書きは,維持療法と治療期の治療の違いに係
るPPIの性質を考慮した背景事情のもとに記載されたもので,一般的な注意書き
にとどまるものではない。
イ 効果に対する判断の誤り
(ア) 最高裁の判断内容に反すること
a 最高裁平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷
判決・裁判集民事262号51頁(以下「令和元年最判」という。)は,「本件各発
明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先
日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかった
ものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著
なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各
発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,
本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知
られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なも
のであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原
審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 と判断し
」
た。
b 本件審決は,本件発明1の奏する効果について,本件明細書中の実
施例1の記載を引用する他に特に具体的な根拠を何ら示すことなく,PPI抵抗性
の患者の逆流性食道炎を治療できない用法・用量である「10mg1日1回」より
も,治療できる用法・用量である「10mg1日2回」の方が再発抑制においても
優れた効果があることは当業者の予測の範囲内であると判断した。
また,本件審決は,安全性についても,ラベプラゾールナトリウムの添付文書中
の用法・用量の記載の一部を切り出して言及する他に特に具体的な根拠を何ら示す
ことなく,本件発明1が,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のため
に,4週間程度あるいはそれ以上の期間,10mgを1日2回投与しても安全性が
過度に損なわれることがないことは,当業者が予測し得たものといえるとの判断を
した。
以上のように,具体的な根拠を示すことなく本件発明1の効果について顕著な作
用効果の存在を否定した本件審決の判断は,令和元年最判の判断内容に反するもの
である。より具体的には,以下のとおりである。
(イ) 本件発明の奏する効果の具体的内容について
a 本件明細書の実施例から効果の違いを定量的に評価できること
前記ア(エ)bのとおり,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療
法におけるプロトンポンプ阻害剤による再発抑制効果を容易に予測することはでき
ず,安全性についても予測することは困難であったところ,本件明細書の実施例に
記載された【表1】~【表8】から,ラベプラゾール10mgの1日1回投与群と
1日2回投与群における効果の違いを定量的に評価することが可能とされている
(本件明細書の段落【0051】~【0067】。具体的には,次のとおりである。
)
(a) 本件明細書の【表1】から,52週間投与後の1日1回投与群の
再発率は55.2%,1日2回投与群の再発率は26.1%であり,1日2回投与
により再発率が半分以下に低下したことが認められる(本件明細書の段落【005
1】【0052】。
, )
(b) 本件明細書の【表2】から,1日2回投与群は投与期間全体を通
して,1日1回投与群に対して再発率を低下させていたことが認められる。これは,
1日2回投与群では再発までの期間が長いことを意味する(本件明細書の段落【0
051】~【0053】。
)
(c) 本件明細書の【表5】及び【表6】から,1日2回投与群は,特
に再発率が高いことが懸念されていた重症(重症度がA,Bの場合)の食道裂孔ヘ
ルニア併発の患者,シトクロム(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EM
(extensive metabolizers[高代謝群]。本件明細書の段落【0042】)の患者に
おいて非再発率の増加について顕著な効果が認められ(同【表5】,治癒前の食道
)
粘膜の炎症がロサンゼルス分類でGrade Bより重症である患者において(同
【表6】,1日2回投与による再発率低下の効果が一層顕著であったことが認めら
)
れる(同段落【0054】【0057】~【0059】。
, )
(d) 治療期開始時点と再発時における食道粘膜の炎症の程度を比較し
た結果を示す本件明細書の【表8】の結果から,1日2回投与群では,再発した場
合であっても,治療期前より軽症で再発する割合が1日1回投与群に比して高いこ
とが認められる。この結果から,1日2回投与による維持療法を行うことで,再発
した場合でも軽症で済むことが期待される(本件明細書の段落【0066】【00
,
67】。
)
(e) 本件明細書の【表7】では,投与期間が長期化しても有害事象・
副作用が増加する傾向は観察されなかった。1日2回投与群では,1日1回投与群
に比べて,鼻咽頭炎等の有害事象や副作用の発現頻度が若干高かったが,死亡や高
度な副作用,重篤な副作用はみられなかった(本件明細書の段落【0064】【0
,
065】。また,1日2回投与群で発現した各事象の内訳も,1日1回投与群とほ
)
ぼ同様であった(同段落【0064】。これらの結果から,1日2回投与群の安全
)
性プロファイルは,1日1回投与群とは大きく異ならないと判断され,ラベプラゾ
ールを,従来の倍量投与を長期間行う維持療法の忍容性が認められたものである。
b 安全性の面だけに着目しても当業者の予測を超えた顕著に優れた効
果があること
本件発明で投与されている薬剤は,前記ア(エ)b(c)のとおり,長期投与により有
害事象の発生が懸念されるプロトンポンプ阻害剤である。本件明細書の実施例の本
件発明の維持療法の対象となる患者は,逆流性食道炎発症後,治療期に常用量のプ
ロトンポンプ阻害剤の投与を8週間受けた後,さらにプロトンポンプ阻害剤抵抗性
患者の治療としてプロトンポンプ阻害剤の投与を8週間受け,治癒が確認された後
に維持療法を開始し,52週間の投与を受けていることから,プロトンポンプ阻害
剤の投与は通算68週間(8+8+52週間)にも及ぶ。そのような長期間にわた
りプロトンポンプ阻害剤であるラベプラゾール10mgを1日2回投与されていた
にもかかわらず,安全性プロファイルが1日1回投与群とは大きく異ならない結果
であったことは,安全性の面だけに着目した場合でも,当業者の予想を超えた顕著
に優れた効果であるといえる。
c 小括
以上のように,本件発明の奏する有効性及び安全性に対する効果は,プロトンポ
ンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法におけるプロトンポンプ阻害剤の用
法・用量について何ら明らかとなっていなかった本件優先日以前の段階では,当然
に当業者は予測することはできず,本件発明の完成により初めて明らかとなったも
のである。
(ウ) 甲9との対比での評価について
a 甲9の被験者は,あくまでH2受容体拮抗薬抵抗性の患者群であり,
プロトンポンプ阻害剤とは異なる作用機序の薬剤であるH2受容体拮抗薬で治療し
たところ症状が改善しなかった患者を意味するが,その中には,潜在的にはPPI
抵抗性を示す患者も含まれていることが想定されるものの,PPI抵抗性の患者に
限定されているわけではない点には留意が必要である。もっとも,①本件優先日当
時の時点では,維持療法期としてラベプラゾールナトリウムを逆流性食道炎の薬物
治療(甲9ではH2受容体拮抗薬による治療)に抵抗性を示した患者に対して長期投
与した臨床試験結果は,甲9のみであったこと,②維持療法期における1日当たり
のラベプラゾールナトリウムの投与量(10mg又は20mg)及び治療期と維持
療法期を合わせた投与期間の長さ(治療期は20mg1日1回を8週間,維持療法
期は24週間で合計32週間の投与期間となる。)といった甲9の臨床試験の内容
を踏まえると,甲1の臨床試験計画に記載された投与期間及び用法・用量によるラ
ベプラゾールナトリウムのPPI抵抗性の患者に対する投与により得られる再発抑
制効果については,甲9の結果こそが,本件優先日当時,本件発明に関し,本件発
明の構成が奏するものとして当業者が予測し得る結果であったといえる。
したがって,本件優先日当時,薬物治療抵抗性の逆流性食道炎患者へのラベプラ
ゾールナトリウムの維持療法としての長期投与の唯一の先例である甲9の結果(1
0mg投与群と20mg投与群で同程度の効果であったこと)からしても,本件発
明の奏した効果は,本件優先日当時,本件発明の構成が奏するものとして当業者が
予測することができなかったもの又は当該構成から当業者が予測することができた
範囲の効果を超える顕著なものに該当するといえる。
上記について,本件審決は,PPI抵抗性ではない患者を含む場合においては,
10mgで既に十分な再発抑制作用があったから,10mgと20mgとで用量依
存性がないとされたとも解されるなどとするが,具体的な根拠のない憶測にすぎな
い。
b 被告らは,甲9に記載の患者群(H2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食
道炎患者群)とPPI抵抗性逆流性食道炎の患者群と同一視することはできないと
主張する。
しかし,被告らは,用いた薬剤の作用機序の違いがあることとそれらの各薬剤が
投与されていた患者群を同一視することができないこととの論理的な関係について,
説明をしていない。甲9にも記載されているように, 2受容体拮抗薬抵抗性の逆流
H
性食道炎患者に対しても,維持療法としてのラベプラゾールナトリウムの投与は効
果を示していたことから,当該患者群を,逆流性食道炎の薬物治療に抵抗性を示し
た患者群に対する維持療法としてのラベプラゾールナトリウムの投与対象として取
り扱うことについて,特段の問題点は認められない。
また,甲9は,本件審判手続において,被告らが,本件発明の容易想到性に関す
る主張において逆流性食道炎の維持療法に関する技術常識の存在を立証するために
提出した証拠であり,被告らは,維持療法として投与されるPPI抵抗性逆流性食
道炎の再発抑制剤という相違点の容易想到性の主張立証のために,甲9を用いてい
た。したがって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法としてPPIを投与し
た場合の効果の検討において,甲9の対象患者が逆流性食道炎の治療期に服用して
いた治療薬の作用機序の違いが影響しないことは,被告らも当然に理解し,認識し
ているものである。
(エ) A教授の意見
平成28年時点において,どのような用法・用量が安全で再発抑制効果が高いか
の確証がない状況であったことから,PPI抵抗性逆流性食道炎の維持療法の精密
な検討はいっさい実現しておらず,最適なレジメン(投与量や投与期間を含む治療
計画)が見つかるかどうかも予測がつかない状況であった。これを踏まえると,本
件発明の奏する効果が,安全性の点でも問題がなく,その再発抑制効果についても
従前のプロトンポンプ阻害剤を用いたPPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する治療
実績からは予測できない顕著なものであったこと,その結果,それまでの維持療法
に比べて画期的な治療方法を確立したという点で,本件発明が医療及び社会に与え
た影響が大変意義のあるものであったことは,甲1に記載された臨床試験に治験責
任医師として参加した専門医であるA教授の意見書(甲52)の内容からも明らか
である。
(オ) 以上より,本件発明1の奏する効果に対する本件審決の判断は誤りで
ある。
ウ その他
(ア) 臨床試験情報の公開について
a 医薬品の開発における,治験・臨床研究については,原則として事
前にそれらの情報を適切に公開することで,その透明性を確保し,被験者の保護と
治験・臨床研究の質が担保されるように,また,患者に広くそれらの情報を提供す
るために,世界保健機関(WHO)主導の下に世界的な取り組みが実施されており,
我が国でも平成20年以前からそのような取り組みを実施している(甲48) その
。
一例として,一般社団法人日本医薬情報センターが運営する医薬品等に関する臨床
試験 情 報を 収 録 した デー タ ベー ス 「 臨床 試験 情 報 」 Japic Clinical Trials
(
Information:JapicCTI)において臨床試験(治験及び非治験)に関する情報公開が
されている(甲25)。同様に,米国では,アメリカ国立衛生研究所(National
Institute of Health:NIH)のアメリカ国立医学図書館(United States National
Library of Medicine:NLM)が提供する臨床試験登録・公開サイトである
ClinicalTrials.govが,WHOによる基準を満たす登録サイトとして認定されてい
る。
b 甲1及び2に記載された内容は,いずれもエーザイ株式会社が日本
で実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報が,日本では
JapicCTI,米国ではClinicalTrials.govにおいて公開されたものである。
上記aのように,原則として治験計画を事前に公開することが事実上義務付けら
れている状況下で,通常の医薬品の承認申請のために臨床試験計画(治験プロトコ
ル)を公開した場合に,その臨床試験の結果を待たなければ医薬品発明が完成しな
いにもかかわらず,公開された試験計画を根拠として特許発明の進歩性が否定され
るのであれば,極めて不合理な結論となる。
加えて,上記のような判断は,医薬品の用法・用量に特徴のある発明を物の発明
として特許の保護対象とすることで,医薬品の研究開発への投資に対するインセン
ティブを高め,革新的な医薬品の開発促進を図るという我が国の知財及び医薬品開
発戦略に反するものであり,製薬企業のみならず,革新的な医薬品の治療効果を享
受できないという我が国の多くの患者にとってもデメリットを生ずるものである。
(イ) 医薬品の用法・用量特許について
a 平成27年10月1日以降,我が国の特許制度では,
「特定の用法又
は用量で特定の疾病に適用するという医薬用途に特徴を有する医薬」について「引
用発明と比較した有利な効果が,出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕
著なものである等,他に進歩性の存在を推認できる事情がある場合は,請求項に係
る医薬発明の進歩性は肯定される」こととされている(甲50の1・2)。これは,
専門家の予測を超える効果を示す新用法・用量の医薬の発明を特許対象とすること
により,企業にとってリスクの高い研究・開発への投資に対するインセンティブと
なり,革新的な医薬の開発が促進され,ひいては我が国の患者の治療のための選択
肢を広げようとするものである(甲51)。
b 上記aのような制度趣旨から,新用法・用量の医薬用途の発明の進
歩性の審査基準が規定されている。特許庁の「特許・実用新案審査ハンドブック」
の附属書B第3章医薬発明「(4) 特定の用法又は用量で特定の疾病に適用するとい
う医薬用途に特徴を有する医薬」においては,「引用発明と比較した有利な効果が,
出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである等,他に進歩性の
存在を推認できる事情がある場合は,請求項に係る医薬発明の進歩性は肯定される。」
と記載された上で,併せて,具体的な事例や,それぞれの医薬品の特徴などの個別
具体的な内容に応じて審査が実施されていることが示されており,また,判断にお
いて考慮すべき要素について,備考として,
「どの程度の効果が『技術水準から予測
される範囲を超えた顕著なもの』であるかは,本願明細書の開示内容,先行技術調
査の結果,出願時の技術常識等を考慮して個別に判断される。」と説明されている
(甲50の2)。
ところが,本件審決は,既に指摘したとおり,その認定や判断についての具体的
な根拠や考慮した個別の事情等の内容を何ら示すことなく,極めて安易に誤った判
断を行ったもので,上記審査基準からも,本件審決の判断が誤りであることは明ら
かである。
c 本件発明は,従前存在していなかったPPI抵抗性を示した逆流性
食道炎患者に対する維持療法として,再発抑制効果が従来の維持療法よりも有意に
高く,かつ,安全性の点からも優れた逆流性食道炎の再発抑制剤を提供することに
成功したもので,
「専門家の予測を超える効果を示す新用法・用量の医薬の発明」で
あることから,まさに医薬品の用法・用量特許発明として,保護されるべき対象の
ものである。
また,医薬品の用法・用量特許については,事前に作成した試験計画に基づき実
施した臨床試験において,その効果が確認されて,初めて,発明が完成したといえ
るのであり,臨床試験で得られた結果を踏まえて,発明が完成され,その後に出願
を行うより他に選択肢はない。他方で,前記アのように,現在制度上,医薬品の臨
床試験の計画は原則として事前に公開することとなっている。
したがって,本件審決のように,未完成の発明でしかない臨床試験の計画の公表
により,医薬品の用法・用量特許発明の進歩性が容易に否定されることになるので
あれば,我が国における革新的な医薬品の開発は阻害され,結果として,我が国の
患者の治療の選択肢が狭まるという不当な結果に至ることとなる。このような観点
からも,本件審決に判断の誤りがあることは明らかである。
エ 小括
よって,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,甲1発明に基
づき,当業者が容易に発明できたものではない。
(2) 本件発明2~6について
前記(1)のとおり,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,甲1
発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。
したがって,治療期の投与期間を明確にした本件発明2及び本件発明1を更に限
定した本件発明3~6は,いずれも,甲1発明及び技術常識に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものではない。
2 取消事由2(無効理由4における判断の誤り)
前記1で取消事由1について主張した事項は,甲1を甲2と,甲1発明を甲2発
明と,相違点1を相違点1’と読み替えると,そのまま無効理由4についても当て
はまる。
よって,本件発明1並びに治療期の投与期間を明確にした本件発明2及び本件発
明1を更に限定した本件発明3~6は,いずれも,甲2発明及び技術常識に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものではない。
3 被告らの予備的主張に対する反論
(1) 被告らは,物の発明の新規性・進歩性の検討においては,刊行物に記載さ
れた発明と本願発明との客観的構成及び技術的事項の同一性のみが問題とされ,そ
の有効性及び安全性が確立した態様で記載されている必要はないと主張するが,上
記主張の具体的な根拠はなく,被告らの独自の見解にすぎない。
甲1及び2には,臨床試験計画のみが記載され,当該臨床試験の結果は何ら記載
されておらず,本件発明の技術的事項である「PPI抵抗性逆流性食道炎の再発抑
制効果」について,甲1及び2には何ら記載されていないから,仮に,引用例と本
願発明の客観的構成及び技術的事項の同一性のみが問題とされるとの判断枠組みに
従ったとしても,甲1発明及び甲2発明と本件発明が同一ではないことは明らかで
ある。
(2) 本件発明の奏する具体的な効果が,「優先日当時本件各発明の構成が奏す
るものとして当業者が予測することができなかったもの」又は「当該構成から当業
者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なもの」に該当するものであっ
たことは,前記1で主張したとおりである。また,被告らの引用する証拠の記載か
ら,本件優先日当時にPPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベ
プラゾールナトリウム10mgを1日2回投与することについて,何らかの技術常
識があったと認められないことも,前記1で主張したとおりである。
(3) したがって,相違点1及び相違点1’はいずれも実質的な相違点であり,
甲1発明及び甲2発明と本件発明が同一ではないことは明らかである。本件発明1
~6が甲1発明及び甲2発明と同一ではないとした本件審決の判断に誤りはない。
第4 被告らの主張
1 取消事由1(無効理由3における判断の誤り)について
(1) 本件発明1について
ア 相違点1に対する容易想到性について
逆流性食道炎患者に対する維持療法期における用法・用量としては,従来から,
ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与する方法が承認されていたとこ
ろ,本件発明の特徴は,投与回数を従来の1日1回から1日2回に増やした(それ
に伴い1日当たりの総投与量も増加した)ことにより,その分だけ再発抑制効果が
高まったというものにすぎないものであり,甲1の記載から,ラベプラゾールナト
リウムを逆流性食道炎の再発抑制剤として用い,本件発明の構成を採用することは,
当業者であれば容易に想到し得たものである。原告の主張に対する反論を含め,よ
り具体的には,次のとおりである。
(ア) 甲1発明の臨床試験が第Ⅲ相試験であったことについて
甲1における臨床試験は,既承認薬剤に関する試験であるところ,当該薬剤につ
いて,PPI抵抗性逆流性食道炎に対する至適用量(1回10mg1日2回)は公
知であり,治療効果や安全性を有することは明らかであった。
したがって,一般論としての臨床試験の種類と開発の相の対応関係がどうであれ,
このような臨床試験が,その薬理活性の推測を行う「臨床薬理試験」や治療効果の
探索を行う「探索的試験」
(甲16の70頁,甲17の66頁)であるとは考えられ
ない。
(イ) 甲1に記載された臨床試験は有効性や安全性がある程度期待される疾
患を有する患者に対して投与がなされる試験ではないとの原告の主張について
a 用途発明を含む物の発明の場合,引用例と本願発明との客観的構成
及び技術的事項の同一性のみが問題とされるのであり,その有効性及び安全性につ
いては,医薬品製造販売承認が得られるほどに確立した態様で記載されている必要
はない。
したがって,第Ⅲ相試験を実施する医薬品であっても実際に製品になるかどうか
は不明であるとか,医薬用途発明について,既存の維持療法の用法・用量から転換
されるような有効性及び安全性に優れた効果の程度が要求されるべきで,そのよう
なレベルでない場合には,医薬品の新たな用法・用量として承認されず,少なくと
も医薬の用途発明として未完成であるといった旨の原告の主張は,いわば医薬の製
造販売承認の要件として求められる有効性・安全性の程度と,引用例の認定方法を
混同するものであり,認められるものではない。既に製造承認を得ている治療薬が
存在するのに,同じ医薬化合物についての本件発明における維持療法薬という用途
(しかも用法・用量の違いのみ)に関して,その有効性と安全性を満たすことが不
可欠であるとの前提に立つ原告の主張は,製造販売承認における要件と特許発明に
おける進歩性(容易想到性)の問題とを混同するものというほかない。
引用例に当該医薬用途発明が記載されているか否かの判断においては,出願当時
の技術常識の下で,当業者が当該効果を奏することを合理的に理解できる程度の記
載があれば足り,それ以上に,薬理試験又はそれと同等に有効性及び安全性が確立
していることや,それが発明として完成していること等まで要求されるものではな
い。
b 現に,特許登録がされていながら,医薬品の製造販売承認がされな
かった事例も複数存在しており(乙2~5),このことからも,特許要件との関係に
おいては,医薬品製造販売承認において必要とされる程度に有効性及び安全性が確
立している必要はないことが実務上も当然の前提とされていることが分かる。
c A教授の意見書(甲52)も,医薬品製造販売承認のレベルにおい
て,その有効性及び安全性に確証がなかった旨を述べるにすぎず,特許要件との関
係で問題とすべき程度の有効性及び安全性の予測可能性を阻害するものではない。
d そもそも,先願主義のもとで,医薬発明において,特許要件として
その有効性や安全性の確証を求めるとする原告の立論は,著しく特許要件が高度で
なければならないとするものであり,特許制度の趣旨にも反する。
(ウ) 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量の判断に誤りがあ
るとの原告の主張について
a 本件審決の技術常識a及びbを踏まえた判断過程は,次のようなも
のと解されるところ,このような判断過程から容易想到性を導くためには,治療期
と維持療法期の用法・用量が全く同一である必要はない。
① 技術常識bにおけるPPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期に
おける用法・用量(10mg1日1回)は,技術常識a前段のPPI抵抗性ではな
い逆流性食道炎患者に対する治療期の用法・用量と同一のものである。
② 治療期においては,PPI抵抗性逆流性食道炎患者には1日1回投与である
と効果が不十分であるために,1日2回投与とするということが既に技術常識とな
っていた(技術常識a後段)。
③ 上記①及び②からすると,維持療法期においても,PPI抵抗性逆流性食道
炎患者に対しては,1日1回投与では効果が不十分である場合があり得ることは当
然想定し得るところであるし,このような課題を解決するため,治療期同様に1日
2回投与とすることでその再発抑制効果が発揮されるであろうことは,当業者であ
れば容易に予測し得るところである。
b 本件優先日当時には,例えば,
「胃食道逆流症(GERD)診療ガイ
ドライン2015改訂第2版」の記載(甲42の74頁)や「プロトンポンプ阻害
薬のすべて」の記載(乙6の108頁)などから,PPIを維持療法に用いること
は,当業者において既に知られているところであった。そして,逆流性食道炎の治
療としては,胃酸分泌を抑制する対症療法がとられていたが(本件明細書の段落【0
002】,甲5),再発を繰り返すGERD(胃食道逆流症)患者の胃酸分泌は,発
症時と同様に,寛解時においても亢進していることから,逆流性食道炎は,再発を
繰り返しやすく,治癒後も継続した投薬が必要とされていた(甲9)。維持療法はま
さしくその役割を果たすもの,すなわち,酸分泌抑制剤の投薬を継続し,胃酸分泌
を抑えることで,その再発を抑制するというものであった(本件明細書の段落【0
004】。したがって,維持療法は治療の延長にすぎず,治療期と「同一の薬剤」
)
が有する「同一の薬効」を用いて,
「同一の方法」によって再発を抑えるものである
から,両者の同質性・近接性は容易に認められる。なお,逆流性食道炎以外の症状
の場合においても,根治が難しかったり,治癒後も再発可能性が高い疾患(消化性
潰瘍や精神疾患)において,治療後に,治療時に用いる薬剤を継続投与し,引き続
き維持療法を行うことが技術常識として存在していた(乙7の1・2,乙8の1・
2)もので,一般論としても,治療と維持療法の近接性は認められていた。
このことを本件審決が認定した技術常識と併せ考えると,①PPI抵抗性逆流性
食道炎患者に対する治療期における用法・用量を,同患者の維持療法にも用いた場
合や,あるいは,②治療期における用法・用量(技術常識a)にならって(この点,
本件明細書の【0003】にも,
「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対す
る治療として,プロトンポンプ阻害剤の倍量投与(常用量の倍量を1日1回投与)
やその分割投与(常用量1日2回投与)の有効性が報告されている(例えば,非特
許文献1及び2参照。」との記載がある。,維持療法期において,1日1回投与で
) )
は効果不十分な場合に1日2回投与した場合にも,再発抑制効果が発揮されること
は,当業者であれば当然に予測できたものといわざるを得ない。
c 治療期においては,10mg1日1回投与が「通常」の用法・用量
とされており(甲18),当業者としては,まず,通常の用法・用量(10mg1日
1回)に基づき検討することが当然であるといえるから,その通常の用法・用量の
みが重なるものであるとしても,容易想到であることに変わりはない。
d 以上より,技術常識a及びbについての原告の主張は,結論に影響
しない些末な点の指摘にすぎない。
(エ) 有意な再発抑制効果や優れた安全性を予測することは困難であると
の原告の主張について
a 再発抑制効果の予測について
原告は,
「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる」再発抑制効果の程度とし
ては,従来の維持療法の用法・用量に比して,再発抑制効果の点だけでなく,安全
性の面からも優れた効果を示し,既存の維持療法の用法・用量から転換されるよう
な効果の程度が要求されるべきであるという旨を主張するが,原告の主張する効果
の程度は,まさしく医薬品の製造販売承認に際して求められるような程度をいうも
のである。
しかし,前記(イ)のとおり,引用例に基づく進歩性判断の場面と医薬品の製造販売
承認の場面とは全く別次元のものであり,進歩性判断において,医薬品の製造販売
の承認に必要なものと同程度の有効性が確認されている必要はない。
b 本件発明による再発抑制効果の予測について
(a) 本件発明の有効性については,本件優先日当時の技術常識からす
すると,当業者であれば当然に予測できたものであることが明らかである。
すなわち,従来から逆流性食道炎の治療は胃酸分泌を抑制する対症療法がとられ
ており(本件明細書の段落 【0002】,甲5),重症患者の治療には酸逆流を抑え
るため高用量の投与が必要であったこと(甲5,本件明細書の段落【0003】,
)
胃酸分泌抑制及び胃内pH>4 holding timeが用量依存的であること(甲9),1
日当たりの投与量が同じであっても,1日2回投与の方が胃酸分泌抑制効果が高い
こと(甲6~8),逆流性食道炎患者の1日当たりの投与回数及び用量は,治療期と
維持療法期で同じであり(甲9) PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期において
,
10mgを1日2回投与することの有効性及び安全性は確認されていたこと(甲1
4)などは,技術常識として,当業者において知られていたところであった。その
ような技術常識からすると,投与回数を増やすことにより再発抑制効果が高まるこ
とは,容易に予測し得たものといえる。
上記に関し,PPI抵抗性逆流性食道炎患者であっても,PPI抵抗性ではない
逆流性食道炎患者と同様に,PPIによる対症療法がとられ,単に,その投与量が
多くなるという違いがあるというにすぎない。また,前記(ウ)で指摘したとおり,治
療と維持療法の同質性も認められる。そうすると,直接的にはPPI抵抗性逆流性
食道炎患者の維持療法に関する記載がないとしても,当業者であれば,甲5~9及
び14に記載された技術常識に基づき,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維
持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与する場合の有効性
及び安全性を当然に期待することができたというほかない。
なお,甲7のエソメプラゾールもラベプラゾールナトリウムと同じPPIであり,
当業者であれば,同文献及び他文献の記載から,同じPPIであるラベプラゾール
ナトリウムも用量依存的であろうことは容易に導き得る。また,pHモニタリング
は,PPIによる胃酸分泌抑制効果を評価しているところ,胃酸分泌抑制の結果と
して胃食道逆流症(GERD)や逆流性食道炎を治療できることは本件優先日当時
の技術常識であった(甲5~8,本件明細書の段落【0002】)から,甲5~8に
おいて内視鏡検査による評価がされていなくとも,pHモニタリングによって,P
PIの胃食道逆流症(GERD)や逆流性食道炎に対する効果を評価することは可
能である。
(b) 安全性について,甲9,13及び14の記載からすると,PPI
のうち,少なくとも甲1発明及び本件発明が対象とするラベプラゾールナトリウム
の長期投与の安全性については,懸念は存在していたものの,当業者であれば安全
性を期待し得たことが明らかである。
すなわち,甲9はパリエット錠10mg(ラベプラゾールナトリウム)を維持療
法として長期投与した場合の有効性及び安全性を報告する審査報告書であるところ,
同19頁「⑤」においては,
「本薬の治療効能に対する国内市販後における安全性情
報と比較しても,長期投与によって有害事象の発現頻度及び内容に変化は生じてい
ないと判断している」として,長期投与の安全性が確認された旨が明記されている。
また,同薬の再審査報告書である甲13においては,104週間にもわたる長期
投与の安全性が審査されたが,「機構は,・・・本剤の『逆流性食道炎の維持療法』
の対象となる患者に対する安全性及び有効性について現時点では特段の対応が必要
となるような問題点はないと判断した」として,その安全性が確認された旨が記載
されている(同9頁5行目以下)。
したがって,PPI長期投与の安全性について,少なくとも甲1の試験対象であ
るラベプラゾールナトリウムに関しては,甲9及び13記載の審査によって,その
懸念が払拭されたといえることが明らかである。
そして,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期において10mgを1日2回投
与することの安全性は確認されていたこと(甲14)も併せ考えると,甲1におけ
る1日2回の長期投与の安全性が,当業者にとって当然期待し得たものであること
は明白である。
なお,原告が指摘する甲42及び44は,いずれもPPI全般の長期投与に関す
る一般的な懸念を示すものにすぎず,その内容は「わずかにリスクが増える」とい
う程度にとどまるものばかりであり,このような記載によって,ラベプラゾールナ
トリウムを対象として実際に行われた上記審査結果を覆し得るものではない。
また,甲23及び29~31の副作用の記載は,いずれも,あらゆる薬剤の添付
文書において記載されているような一般的な注意書きにとどまるものであり,その
内容も,
「維持療法の必要のない患者に行うことのないよう」にするというものであ
るところ,投薬の必要のない患者に何らかの薬剤を投与することが推奨されないこ
とは常識的に考えても当然のことであり,このような記載を基にPPI長期投与の
安全性が懸念されていたと根拠付けることは強引である。
c 平成29年判決の判断に反するとの原告の主張について
平成29年判決は,
「ペプチドにより特異的CTLが誘導されたとしても,そのC
TLは必ずしもがん細胞を攻撃するとは限らない」という優先日当時の技術常識が
存在することを前提として,引用発明には,出願発明に係る組成物(ペプチド)が,
特異的CTLを誘導したことまでしか示されておらず,上記技術常識に照らすと,
当該ペプチドにワクチンとしての臨床効果があるかが不明であり,当業者が特定用
途(乳がん再発の予防用ワクチン)への使用の適否を予測することができないと認
定したものである。
他方,本件における甲1発明は,既承認薬剤にかかる第Ⅲ相試験に関する文献で
あるところ,その臨床効果は期待されていたのであり,単にこれまで1日1回とさ
れていた用法・用量を1日2回とした場合の安全性・有効性が,医薬品製造販売承
認を受けるレベルまでは確立していなかったというのみである。本件において,平
成29年判決のような技術常識は存在せず,むしろ投与回数を増やせばより効果が
高まるとする技術常識が存在するのみであって(甲6~8),全く事案が異なる。
(オ) よって,相違点1に関する容易想到性に対する本件審決の判断は相当
である。
イ 効果に対する判断について
(ア) 令和元年最判では,進歩性判断における効果の顕著性について,
「当該
構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否
か」という判断基準が示されているところ,本件明細書の段落【0051】~【0
067】に記載されている本件発明の奏する効果は,いずれも,本件発明と甲1発
明の医薬化合物が同じ化学構造式のラベプラゾールナトリウムであり,維持療法期
に,従来よりもラベプラゾールナトリウムの投与回数を増やした結果(あるいはそ
れに伴って投与総量が増えた結果)として,その分だけ再発抑制効果が高まってい
るにすぎないものである。
そして,上記のような結果が本件優先日当時の技術常識から当然に予測できたこ
とは,前記ア(エ)b(a)のとおりである。
なお,本件審決が認定した技術常識a及びbは,甲1又は2に甲10及び18を
加えたものであるが,これらはいずれも同じ化学構造のラベプラゾールナトリウム
であるから,令和元年最判とは全く事案を異にする。
したがって,令和元年最判の判断基準に基づくとしても,上記の程度の効果の発
現にとどまる本件発明について,全く異なる効果に係る非予測可能性が問題となら
ないことはもとより,当業者の予測を超える格別に顕著な効果を奏するものと解す
ることはできない。
(イ) 甲9は,H2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎患者に関するもので
あるところ,H2受容体拮抗薬とPPIはそもそも作用機序が全く異なる薬剤であ
り(甲9の7頁等) 2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎と本件発明のPPI抵
,H
抗性逆流性食道炎の患者群を同一視することはできない。
ラベプラゾールナトリウムについて,投与用量よりも投与回数を増加させる方が
より有効であることは,本件優先日当時,技術常識となっていた(甲6~8及び1
4)。また,本件優先日当時,治療期においては,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に
対し1日2回投与するということが技術常識となっており(技術常識a後段) これ
,
が同患者に対してより優れた治療効果を発揮することも知られていた(甲14) さ
。
らに,前記ア(ウ)の治療と維持療法の同質性・近接性にも鑑みると,維持療法の場合
についても,治療期同様に投与回数の増加の有効性が認められることは,当業者で
あれば容易に予測し得えた。
この点,甲9には,「逆流性食道炎の維持療法における再発率については,・・・
投与量が多いほど再発率が低くなる」との知見があること(11頁30行目以下),
「維持療法における再発率についてもPPI投与量増加に伴う胃酸分泌抑制作用の
強さと関連しているものと考えられる。20mgの胃酸分泌抑制作用は10mgと
比較して強いことが確認されていることから,10mg投与で胃酸分泌抑制が十分
でないために再発したと考えられる場合は,20mg投与による維持療法が行われ
ることが予想される」こと(12頁5行目)「審査センターは,申請者が提示した
,
論文から,20mg投与は10mg投与より酸分泌抑制及び胃内pH>4 holding
timeについて高い効果を示す可能性は示唆されていると考える」(12頁9行目以
下)こと等が記載されており,逆流性食道炎の再発率の抑制が用量依存的であると
の技術的知見の存在が開示されている。その上で,甲9は,上記技術的知見が認め
られることを前提としても,第Ⅲ相試験において,ラべプラゾールの維持療法にお
ける20mg投与の追加を直ちに承認できるレベルでの再発抑制効果の差が確認で
きなかったという結果を報告するものでしかない。
原告の指摘する点は,いずれも当業者の予測可能性を否定し得るものではなく,
原告の主張は,当業者の有効性への予測可能性に何らの影響も及ぼさない。
ウ 原告は,開示が義務付けられている臨床試験計画の開示を根拠に進歩性
が否定されることは極めて不合理な結果を導くことになる旨主張するが,特許法に
従い解釈すると,少なくとも甲1発明については,引用発明の適格性が認められる
ものと解するほかない。明文の規定がないにもかかわらず,原告の主張するような
政策的考慮のみで進歩性を肯定することになれば,法的根拠に基づかずして第三者
の予測可能性を著しく害する結果を導くことになり,許されない。
エ 小括
以上のとおり,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識から容易に想到できる
ものであり,また,これにより顕著な効果を奏するものでもないから,進歩性は認
められない。
(2) 本件発明2~6について
前記(1)のとおり,本件発明1についての原告の主張は認められないところ,この
ことは,本件発明2~6との関係においても当然に当てはまる。
(3) まとめ
以上のとおり,本件発明1~6は,甲1発明から容易に想到し得るもので,本件
審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1には理由がない。
2 取消事由2(無効理由4における判断の誤り)について
取消事由1と同様の理由により,本件発明1~6は,甲2発明から容易に想到し
得るものであったといえるため,本件審決の判断は正当であり,取消事由2に関す
る原告の主張にも理由はない。
3 予備的主張(新規性欠如)
(1) 甲1及び2には,試験概要として,「PPI抵抗性胃食道逆流症患者」(甲
2では「PPI抵抗性逆流性食道炎患者」「に対する維持療法におけるE3810 10
)
mg1日1回又は1日2回投与の有効性と安全性を評価すること」と記載されてい
ることからも明らかなとおり,当該薬剤を「逆流性食道炎の再発抑制」に用いると
いう用途も含め,本件発明の構成が全て開示されていた。
(2) 新規性の検討においては,公知発明が当該発明に対応する構成を有するか
どうかのみが問題とされるのであり,臨床試験によって期待されたとおりの効果が
得られるか否かは,問題とならない。
そして,引用例に作用効果の記載がない場合であっても,引用例に記載された発
明の効果が当業者に当然予測される効果に止まる場合には,効果について記載され
ているに等しいものとして,特許発明との同一性が認められ,新規性は否定される。
(3) 本件発明と比較して,甲1及び2に唯一記載されていないのは,臨床試験
の結果のみであるが,その結果は,維持療法期における治療において投与回数を増
やしたことによって再発抑制効果が高まったというだけである。そして,前記1で
指摘したとおり,このような効果は,本件優先日当時の技術常識等からすると,当
業者に当然に期待されていた効果にすぎない。したがって,相違点1は実質的な相
違点とはなり得ない。
また,本件審決のいう相違点2~6は,甲1発明が,本件発明2~6の各発明の
特定事項を特定していない点を相違点とするもののようであるところ,甲1発明は
これらの構成を除外しているものではなく,本件発明2~6の構成も甲1の記載に
当然に含まれているものと解すべきである。したがって,甲1に,これらの客観的
構成が開示されていることも明白であり,相違点2~6も,実質的な相違点とはな
り得ない。
したがって,甲1及び2には本件発明の客観的構成が全て開示されているといえ
る。
(4) 本件発明は医薬用途発明であるところ,用途発明に特許性を認めるために
は,高度の創作性が必要であり顕著な効果がなければならない(知財高裁平成23
年3月23日判決[平成22年(行ケ)第10256号]。しかるに,本件発明に
)
顕著な効果が認められないことは,前記1で主張したとおりである。
(5) 以上によると,本件発明は,本件優先日当時に存在した甲1発明及び甲2
発明と同一であるから,仮に,本件審決における進歩性欠如の判断に誤りがあると
しても,新規性を欠くものとして無効となるべきものである。
第5 当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書の記載(甲33)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,プロトンポンプ阻害剤(PPI)抵抗性逆流性食道炎患者に対し,維
持療法期に服用されるベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とす
る逆流性食道炎の再発抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
逆流性食道炎は,胃酸が食道内に逆流・停滞し,食道粘膜傷害(食道粘膜の炎症)
が引き起こされる疾患である。逆流性食道炎は胸やけ,胸痛,呑酸等の症状によっ
て生活の質(QOL)が低下するだけでなく,食道狭窄,食道出血,バレット食道,
食道腺癌といった重篤な合併症をもたらす危険性がある。主な病因は胃内から食道
への胃酸逆流のため,治療は胃酸分泌を抑制することが重要とされている。このた
め,逆流性食道炎の診断が確定した患者に対する治療の第一選択薬としてはプロト
ンポンプ阻害剤が使用されている。プロトンポンプ阻害剤としては,例えば,ラベ
プラゾールを始めとするベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が,一般に処
方され使用されている。プロトンポンプ阻害剤により胃酸分泌を抑制して胃酸逆流
を防止し,食道粘膜傷害を治癒させるのが一般的な治療法である。通常,成人には,
以下に示す常用量をプロトンポンプ阻害剤の1日1回経口投与,病状により常用量
の倍量を1日1回経口投与する治療が行われるが,いずれも,投与期間は8週間ま
でである。本邦において,逆流性食道炎に対して承認されている薬剤の常用量と用
法は,ラベプラゾールナトリウム1回10mgを1日1回,病状により1回20m
gを1日1回,オメプラゾール1回20mgを1日1回,エソメプラゾールマグネ
シウム水和物1回20mgを1日1回,ランソプラゾール1回30mgを1日1回,
である。
【0003】
しかし,逆流性食道炎の約1割は,流性性食道炎の治療として承認されているプ
ロトンポンプ阻害剤の常用量(1日1回投与)を8週間行っても治癒が認められな
いプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎である。このようなプロトンポンプ阻
害剤抵抗性逆流性食道炎に対する治療として,プロトンポンプ阻害剤の倍量投与(常
用量の倍量を1日1回投与)やその分割投与(常用量1日2回投与)の有効性が報
告されている・・・。本邦において,プロトンポンプ阻害剤による治療で効果不十
分な逆流性食道炎に対して承認されている薬剤はラベプラゾールナトリウムのみで
あり,その用法・用量は,1回10mg又は1回20mgを1日2回であり,さら
に8週間経口投与することができる。ただし,1回20mgを1日2回投与は,重
度の粘膜傷害を有する場合に限る。
【0004】
プロトンポンプ阻害剤による治療は疾患の根本治療では無いため,食道粘膜傷害
の治癒後に薬物治療を中止すると,多くは食道粘膜傷害や胸やけなどの症状が再発・
再燃する。このため,食道粘膜傷害を治癒した後も,酸分泌抑制剤の投与を継続し,
再発を抑制すること(維持療法)が重要とされている。現在承認されており,一般
的に行われている維持療法は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎
患者に対する治療期に投与される常用量と同量又はその半量を1日1回投与する方
法である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の場合,プロトンポンプ阻害剤の倍量
投与やその分割投与によって治療されたとしても,その後の維持療法を現在承認さ
れている用法・用量(常用量1日1回投与)で行った場合に得られる再発抑制効果
は十分とはいえなかった。
【0007】
本発明は,プロトンポンプ阻害剤の常用量による治療終了後にプロトンポンプ阻
害剤抵抗性を示した逆流性食道炎患者に対する維持療法期において再発抑制のため
に投与される逆流性食道炎の再発抑制剤において,ベンズイミダゾール系プロトン
ポンプ阻害剤を有効成分とし,従来よりも再発抑制効果が有意に優れている逆流性
食道炎の再発抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは,上記課題を解決すべく鋭意検討した結果,維持療法期において,
ラベプラゾールを有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤として現在承認されて
いる用量,即ち10mgを,1日2回,4週間以上服用することにより,従来の1
日1回服用した場合に比べて,逆流性食道炎の再発抑制効果が有意に高いことを見
出し,本発明を完成させた。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性
食道炎の治療期終了後の維持療法で服用されるものであり,常用量1日1回投与と
いう従来の維持療法に比べて,再発抑制効果が統計学的に有意に高い。このため,
本発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤は,治療により治癒したプロトンポンプ阻
害剤抵抗性逆流性食道炎に対する再発抑制を目的とした維持療法のための治療剤と
して非常に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明及び本願明細書において,
「プロトンポンプ阻害剤」とは,プロトンポンプ
(H+,K+-ATPase)のSH基を修飾して酵素活性を阻害し,酸分泌を抑制
する薬剤をいう。
【0013】
逆流性食道炎の診断や治療効果を客観的に評価する方法としては,内視鏡検査が
標準的な手法である。食道粘膜の状態の診断基準(内視鏡的重症度分類)として,
ロサンゼルス分類が世界で最も普及している。ロサンゼルス分類は,Grade N,
M,A,B,C,Dの6段階(Grade Dになるほど重症)に分類されており,
Grade A以上は食道粘膜傷害があり,逆流性食道炎と診断され,Grade
N及びMは食道粘膜傷害が無い(又は治癒している状態)とされる。
【0014】
本発明及び本願明細書において,「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患
者」とは,日本国内で承認されているプロトンポンプ阻害剤の常用量を,1日1回,
8週間以上投与したにもかかわらず内視鏡的に治癒に至らない患者(一般財団法人
日本消化器病学会の「GERD診療ガイドライン」による定義)を意味する。また,
「治癒」とは,内視鏡観察により,食道粘膜の炎症がロサンゼルス分類でGrad
e N又はMになることを意味する。
【0015】
本発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤(以下,
「本発明に係る再発抑制剤」とい
うことがある。)は,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし,
治療期終了後の維持療法期に,逆流性食道炎の再発を抑制するために投与されるも
のである。具体的には,治療期終了後の食道粘膜傷害が治癒したプロトンポンプ阻
害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,逆流性食道炎の再発抑制のために,常用量
(プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の1回投
与量)又は常用量の半量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を1日2回,
一定期間投与されることを特徴とする。一定期間としては,4週間以上,好ましく
は4週間から100週間,より好ましくは4週間から80週間,さらに好ましくは
4週間から70週間,特に好ましくは4週間から60週間,最も好ましくは,52
週間を挙げることができる。本発明に係る再発抑制剤は,ベンズイミダゾール系プ
ロトンポンプ阻害剤を常用量1日1回,投与する従来の維持療法の倍量を1日2回
に分けて投与することにより,従来の維持療法よりも,プロトンポンプ阻害剤抵抗
性逆流性食道炎患者に対し,有意に高い再発抑制効果を奏することができる。本発
明に係る再発抑制剤は,常用量の倍量を長期間投与することになるが,従来の維持
療法と比較して重篤な副作用を奏することはなく,臨床上比較的安全に服用するこ
とができる。
【0021】
ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害活性化合物の常用量,すなわち,本邦
において,逆流性食道炎の治療期に投与される1日1回当たりの投与量は,成人に
対して,ラベプラゾールナトリウムが10mg,ただし,症状が著しい場合及び再
発性・難治性の場合は20mg,オメプラゾールが20mg,エソメプラゾールマ
グネシウム水和物が20mg,ランソプラゾールが30mgである。つまり,本発
明において,維持療法期の治療のために投与される1日1回当たりの投与量は,成
人に対して,ラベプラゾールが10mg,オメプラゾールが10又は20mg,エ
ソメプラゾールが10又は20mg,ランソプラゾールが15又は30mgである。
【0035】
本発明に係る再発抑制剤は,治療期終了後の維持療法期に,食道粘膜の炎症が治
癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,食道粘膜の状態を
維持し,再発を抑制するために投与される。プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食
道炎患者に対しては,治療期には,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を,
常用量の倍量投与がなされる。具体的には,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ
阻害剤を,8週間,1回投与時の常用量を1日2回投与する治療が行われる。
【0039】
本発明に係る再発抑制剤は,患者の食道粘膜の炎症の程度にかかわらず,従来の
維持療法(常用量を1日1回投与)よりも高い再発抑制効果が得られるが,プロト
ンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者のうち,特に,症状が重症な患者に投与し
た場合に,従来の維持療法よりも優れた再発抑制効果がより顕著に得られる。例え
ば,治療期における治癒前において,内視鏡観察による食道粘膜の炎症の程度がロ
サンゼルス分類でGrade Aの患者では,従来の維持療法でもある程度の再発
抑制効果が得られるが,Grade Bより重症な患者では,従来の維持療法では
充分な再発抑制効果は得られない。これに対して,本発明に係る再発抑制剤は,G
rade Bより重症な患者であっても,強い再発抑制効果が得られる。
【0040】
また,本発明に係る再発抑制剤は,食道裂孔ヘルニアを併発しているプロトンポ
ンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者のうち,より重症な患者(重症度がBやA)で
は,従来の維持療法よりもより有効な再発抑制効果を得ることができる。食道裂孔
ヘルニアは,本来,横隔膜の下にある胃の一部が食道裂孔から上の胸部側に脱出し
ている状態であり,通常の状態に比べ,胃の内容物が逆流しやすくなり,逆流性食
道炎の重症化因子の1つである。食道裂孔ヘルニアがより重度な患者は,逆流性食
道炎の重症度も高く,再発抑制には長期的に強力な酸分泌抑制が必要であり,従来
の常用量の1日1回投与では十分な再発抑制効果が得られなかったと推察される。
【0041】
また,本発明に係る再発抑制剤は,逆流性食道炎に長期間罹患しているプロトン
ポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,より充分な再発抑制効果を奏する。
中でも,逆流性食道炎の罹病期間(一番最初に逆流性食道炎と診断された日からの
経過期間)が1年以上のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法
期に本発明に係る再発抑制剤を投与することにより,従来の維持療法に対して有意
に強い再発抑制効果を得ることができる。
【0042】
本発明に係る再発抑制剤は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者のう
ち,シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EM(高代謝群:
extensive metabolizers)及びヘテロ接合体EMである患者において,当該遺伝子
の他の遺伝子型の患者PM(低代謝群:poor metabolizers)よりも,本発明に係る
再発抑制剤を用いることによって従来の維持療法に比較して強い再発抑制効果を得
ることができる。特に,CYP2C19遺伝子型がホモ接合体EMの患者では,非
常に良好な再発抑制効果が得られる。
【0043】
維持療法を本発明に係る再発抑制剤を投与して行った場合には,従来の維持療法
を行った場合と比較して,再発してもより軽症となる傾向がある。
【実施例】
【0045】
[実施例1]無作為化二重盲検多施設共同並行群間比較試験
プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法として,ラベ
プラゾールナトリウム10mgを1日2回,52週間投与する方法の有効性及び安
全性を検討する二重盲検比較試験を実施した。比較対象は,従来の維持療法である,
ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回,52週間投与する方法とした。プ
ロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,まず8週間の治療を行った
後,治癒した患者に対してのみ,52週間の維持療法を行った。
【0046】
<被験者>
内視鏡検査で粘膜傷害(びらん,潰瘍)を有する逆流性食道炎と診断された患
者のうち,下記(1)と(2)のいずれかの条件を満たすプロトンポンプ阻害剤抵
抗性逆流性食道炎患者を被験者とし,以降の試験を行った。
(1) ラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与,ラベプラゾールナ
トリウム20mgの1日1回投与,ランソプラゾール30mgの1日1回投与,オ
メプラゾール20mgの1日1回投与,又はエソメプラゾール20mgの1日1回
投与を,少なくとも8週間実施したにもかかわらず,内視鏡的に未治癒(ロサンゼ
ルス分類でGrade A~D)の患者。
(2) ラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与,ランソプラゾール
30mgの1日1回投与,オメプラゾール20mgの1日1回投与,又はエソメプ
ラゾール20mgの1日1回投与の維持療法中に,内視鏡的に再発(ロサンゼルス
分類でGrade A~D)を認めた患者。
【0047】
<治療期>
治療期は,被験者を対象に,内視鏡的に治癒(食道粘膜傷害を治癒)させるこ
とを目的として,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回又は20mgを1
日2回投与する非盲検試験とした。ロサンゼルス分類でGrade A又はBの被
験者に対しては,ラベプラゾールナトリウム10mg錠を1回1錠で1日2回,朝
食後及び夕食後に経口投与した。ロサンゼルス分類でGrade C又はDの被験
者に対しては,ラベプラゾールナトリウム20mg錠を1回1錠で1日2回,朝食
後及び夕食後に経口投与した。
【0048】
<維持療法期>
治療期8週時の内視鏡検査にて治癒(ロサンゼルス分類でGrade N又は
Mであること)が確認された被験者に対して,治療期開始時の内視鏡所見を層別因
子とした層別割付を行い,ラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与群と,
ラベプラゾールナトリウム10mgの1日2回投与群のいずれかに1:1の割合で
無作為に割付けた。1日1回投与群(N=178)では,ラベプラゾールナトリウ
ム10mg錠を1錠,朝食後に経口投与し,プラセボ錠を1錠,夕食後に経口投与
した。1日2回投与群(N=181)では,ラベプラゾールナトリウム10mg錠
を1回1錠で1日2回,朝食後及び夕食後に経口投与した。
【0049】
維持療法期12週時,24週時,及び52週時に,内視鏡検査を行い,再発の有
無を調べ,非再発率を求めた。無作為割付から再発までの期間について,投与群ご
とにKaplan-Meierプロットを作成した。また,投与群ごとにKapl
an-Meier法を用いて12週,24週及び52週の累積非再発率及びその9
5%信頼区間を算出した。さらに,ログランク検定を用いて,群間比較を行い,C
ox比例ハザードモデルに基づくハザード比及びその95%信頼区間を算出した。
【0050】
維持療法期開始時に日中及び夜間に胸やけのない被験者を対象に,維持療法期の
各評価時期で,胸やけの発現率についてχ2検定を用いて群間比較を行った。また,
日中又は夜間のどちらかに胸やけのある被験者を対象に,維持療法期の各評価時期
で,胸やけの消失率についてχ2検定を用いて群間比較を行った。
【0051】
<結果>
維持療法期52週時における,1日1回投与群と1日2回投与群における非再
発率の結果を表1に示す。また,各群の非再発率の経時的な変化を表2に示す。表
1及び表2に示すように,1日2回投与群では,1日1回投与群よりも有意に非再
発率が高く,また,再発までの期間も有意に長かった。これらの結果から,維持療
法をラベプラゾールの常用量の1日2回投与で行うことにより,従来の維持療法に
比べて顕著に優れた再発抑制効果が得られることが確認された。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
被験者の背景因子ごとに,各群の非再発率(維持療法52週時)を求め,群間差
を調べた。結果を表3~5に示す。表中,
「前治療PPI」は,治療期開始前に受け
ていた治療において投与されていたプロトンポンプ阻害剤を示す。また,治療期開
始時における食道粘膜の炎症のロサンゼルス分類のGradeごとに分けた各群に
ついて,非再発率の経時的な変化を表6に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
【表4】
【0057】
【表5】
【0058】
【表6】
【0059】
この結果,CYP2C19遺伝子型がPMの被験者群以外では,いずれのカテゴ
リーであっても,1日1回投与群よりも1日2回投与群のほうが,非再発率が高か
った。特に,逆流性食道炎の罹病期間が1年以上の被験者群や,内視鏡所見がロサ
ンゼルス分類でGrade B~Dの被験者群,食道裂孔ヘルニアの重症度がB又
はAの被験者群,及びCYP2C19遺伝子型がホモ接合体EMの被験者群では,
非再発率の群間差が30%以上と大きく,1日2回投与群のほうが,再発抑制効果
が顕著であった。また,表6に示すように,維持療法期12週時において既に,1
日1回投与群よりも1日2回投与群のほうが高い再発抑制効果を奏することが確認
された。
【0060】
また,各群における,維持療法期間内に胸やけがあった被験者の割合の経過時的
変化を図1~3に示す。図1は,1日のうち,日中又は夜間のいずれかの時点にお
いて胸やけがあった被験者の割合(%)を,図2は日中に胸やけがあった被験者の
割合(%)を,図3は夜間に胸やけがあった被験者の割合(%)を,それぞれ示す。
維持療法期間の全期間において,1日2回投与群のほうが1日1回投与群よりも,
胸やけ発現率は低く,特に,日中の胸やけの発現率は非常に低かった。
【0061】
維持療法期開始時に日中と夜間のいずれも胸やけが無かった被験者について,1
日1回投与群と1日2回投与群における胸やけの発現率(胸やけが発現した被験者
の割合,%)の経時的変化を図4に示す。また,維持療法期開始時に日中と夜間の
いずれかに胸やけがある被験者について,1日1回投与群と1日2回投与群におけ
る胸やけの消失率(胸やけが消失した被験者の割合,%)の経時的変化を図5に示
す。さらに,各群の維持療法期間において,一の被験者に胸やけが発現した時点を
一のイベントとしてカウントすることにより,胸やけの累積発現率(Kaplan-Meier
plot)を調べた。図6は,維持療法期開始時に日中と夜間のいずれも胸やけが無か
った被験者について,日中又は夜間に生じた胸やけの累積発現率を示す。図7は,
維持療法期開始時に日中に胸やけが無かった被験者について,日中に生じた胸やけ
の累積発現率を示す。図8は,維持療法期開始時に夜間に胸やけが無かった被験者
について,夜間に生じた胸やけの累積発現率を示す。図6~8のKaplan-Meier plot
の下の数値は,各時点における評価対象の被験者数を示す。図4~8に示すように,
維持療法期の全期間において,1日2回投与群のほうが1日1回投与群よりも,胸
やけ発現率が有意に低く(図4),また胸やけ消失率も高く(図5),累積発現率で
評価した場合も,逆流性食道炎による胸やけ症状を抑制する効果は,1日2回投与
群のほうが高いことが確認された(図6~8)。
【0062】
また,全ての被験者において,維持療法期間中の有害事象の有無を記録した。な
お,
「有害事象」とは,同意取得後に認められた好ましくない又は意図しない徴候(臨
床検査値異常を含む) 症状又は疾病であり,
, ベンズイミダゾール系プロトンポンプ
阻害剤との因果関係の有無は問わない。例えば,新たに認められた疾病又は既に認
められている疾病の増悪,何らかの症状が認められるような臨床検査値又はその他
の検査の悪化,治療法の変更あるいは治験の中止に至るような臨床検査値又はその
他の検査の悪化,同意取得時には認められていなかった間欠的な医学的症状の再発,
何らかの処置を要するような臨床検査値異常は,
「有害事象」として記録した。ただ
し,内視鏡検査,日中の胸やけ,夜間の胸やけ,夜間の胸やけ又は呑酸による睡眠
障害から認められた原疾患の悪化については,それぞれ独立した評価したため,
「有
害事象」とはしなかった。また,有害事象のうち,ベンズイミダゾール系プロトン
ポンプ阻害剤の投与との関連があるかもしれない又はおそらく関連ありと判断され
た有害事象を,「副作用」とした。
【0063】
有害事象の中でも,死に至るもの,生命を脅かすもの,入院又は入院期間の延長
が必要となるもの,永続的又は顕著な障害/機能不全に陥るもの,被験者の子供に
先天異常を来すものを,「重篤な有害事象」とした。その他の医学的に重要な事象,
すなわち直ちに生命を脅かしたり死亡又は入院には至らなくとも,適切な医学的判
断の結果,被験者を危機にさらしたり,上記のような結果に至らぬように処置を必
要とするような重大な医学的事象の場合には,それらも重篤とみなした。なお,
「生
命を脅かすもの」とは,被験者にその事象が起こった際に死に至るリスクを伴って
いた場合であり,さらに重症だったら死に至ったかもしれない又は治験薬の投与を
継続していた場合には死に至ったかもしれないという仮定的な意味を指すものでは
ない。
【0064】
1日2回投与群では,1日1回投与群に比べて,鼻咽頭炎等の有害事象や副作用
の発現頻度が若干高かったが,死亡や高度な副作用,重篤な副作用は見られなかっ
た。各群の有害事象と副作用の発現について,発現時期別に集計した結果を表7に
示す。表中,被験者数の後ろの括弧内の数値は,発現率(%)を示す。また,
「0-
12週」は,維持療法期0週目から12週目までの期間を意味する。表7に示すよ
うに,投与期間が長期化しても有害事象・副作用が増加する傾向は観察されなかっ
た。また,1日2回投与群で発現した各事象の内訳も,1日1回投与群とほぼ同様
であった。これらの結果から,1日2回投与群の安全性プロファイルは,1日1回
投与群とは大きく異ならないと判断され,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻
害剤を,従来の倍量投与を長期間行う維持療法の忍容性が認められた。
【0065】
【表7】
【0066】
さらに,各群で再発した被験者について,治療期開始時点と再発時における食道
粘膜の炎症の程度(ロサンゼルス分類によるGrade)を比較した。結果を表8
に示す。治療期前よりもより軽症で再発する割合が,1日2回投与群では1日1回
投与群に比べて高かった。この結果から,本発明に係る再発抑制剤を用いて維持療
法を行うことにより,再発しても軽症ですむことが期待される。
【0067】
【表8】
(2) 本件発明の概要
前記第2の2で認定した本件訂正後の特許請求の範囲の記載及び前記(1)で認定
した本件明細書の記載からすると,本件発明の概要は,次のとおりである。
ア 技術分野
本件発明は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対し,維持療法期に服用されるベ
ンズイミダゾール系PPIを有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤に関する。
(本件明細書の段落【0001】)
イ 背景技術
(ア) 逆流性食道炎の治療
胃酸が食道内に逆流・停滞し,食道粘膜傷害(食道粘膜の炎症)が引き起こされ
る疾患である逆流性食道炎について,その主な病因は胃内から食道への胃酸逆流の
ため,PPIにより胃酸分泌を抑制して胃酸逆流を防止し,食道粘膜傷害を治癒さ
せるのが一般的な治療法であるが,逆流性食道炎の約1割は,本邦において治療と
して承認されているPPIの常用量(1日1回投与)を8週間行っても治癒が認め
られないPPI抵抗性逆流性食道炎である。PPI阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対
する治療として,PPIの倍量投与(常用量の倍量を1日1回投与)やその分割投
与(常用量1日2回投与)の有効性が報告されているが,本邦において,PPIに
よる治療で効果不十分な逆流性食道炎に対して承認されている薬剤はラベプラゾー
ルナトリウムのみで,その用法・用量は,1回10mg又は1回20mgを1日2
回(ただし,後者は,重度の粘膜傷害を有する場合に限る。)であり,さらに8週間
経口投与することができる。(同【0002】【0003】
, )
(イ) 維持療法
PPIによる治療は疾患の根本治療ではなく,食道粘膜傷害の治癒後に薬物治療
を中止すると,多くは食道粘膜傷害や胸やけなどの症状が再発・再燃するため,食
道粘膜傷害を治癒した後も,酸分泌抑制剤の投与を継続し,再発を抑制すること(維
持療法)が重要とされているところ,現在承認され,一般的に行われている維持療
法は,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期に投与される常用量
と同量又はその半量を1日1回投与する方法である。(同【0004】)
ウ 発明が解決しようとする課題
PPI抵抗性逆流性食道炎の場合,維持療法を現在承認されている用法・用量(常
用量1日1回)で行った場合に得られる再発抑制効果は十分といえなかった。(同
【0006】。
)
本件発明は,PPIの常用量による治療終了後にPPI抵抗性を示した逆流性食
道炎患者に対する維持療法期において再発抑制のために投与される逆流性食道炎の
再発抑制剤において,ベンズイミダゾール系PPIを有効成分とし,従来よりも再
発抑制効果が有意に優れている逆流性食道炎の再発抑制剤を提供することを目的と
する。(同【0007】)
エ 課題解決のための手段
本件発明は,維持療法期において,ラベプラゾールを有効成分とする逆流性食道
炎の再発抑制剤として現在承認されている用量すなわち10mgを,1日2回,4
週間以上服用するものである。(同【0008】)
オ 発明の効果
本件発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤は,常用量1日1回投与という従来の
維持療法に比べて,再発抑制効果が統計学的に有意に高いため,治療により治癒し
たPPI抵抗性逆流性食道炎に対する再発抑制を目的とした維持療法のための治療
剤として非常に優れている。常用量の倍量を長期間投与することになるが,従来の
維持療法と比較して重篤な副作用を奏することはなく,臨床上比較的安全に服用す
ることができる。(同【0010】【0015】
, )
2 甲1発明について
(1) 甲1は,本件優先日前に,エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治
験プロトコル)について作成した情報を,米国のClinicalTrials.govが公開したも
のであり,甲1には,次の事項が記載されている。
ア 表題等
「NCT02135107試験
日付:2016年9月28日(第6版)」
イ 「試験の識別」
「固有のプロトコルID: E3810-J081-311
簡易な試験の名称: PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけ
るE3810 10mg1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試
験
正式な試験の名称: PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけ
るE3810 10mg1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試
験」
ウ 「試験状況」
「記録バージョン 2016年9月
総合状況 完了
試験開始 2013年9月
一次完了 2016年5月(実績)
試験終了 2016年6月(実績)
最初の提出 2014年3月24日
QC基準に適合する最初の提出 2014年5月7日
最初の提出 2014年5月9日(見積)
QC基準に適合する,提出された最終更新 2016年9月28日
提出された最終更新 2016年9月30日(見積)」
エ 「スポンサー/共同開発者」
「スポンサー エーザイ
責任当事者 スポンサー」
オ 「試験の内容」
「概要 本研究の目的は,PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持
療法におけるE3810 10mg1日1回及び1日2回投与の有効性と安全性を評価す
ることである。
詳細な説明 これは無作為化多施設並行群間二重盲検試験であり,52週間
にわたるE3810 10mg1日2回投与の有効性及び安全性を検討する。内視鏡的に
確認した52週目の非再発率を主要評価項目とし,これはE3810 10mg1日2回
52週間の有効性及び安全性を調査する無作為化多施設並行群間二重盲検試験によ
り検討する。」
カ 「(患者の)状態」
「(患者の)状態 胃食道逆流症」
キ 「試験デザイン」
「試験の種類 介入試験
主目的 治療
試験のフェーズ 第Ⅲ相
介入試験モデル 並行群間比較試験
群数 4
マスキング 二重 対象患者,調査者
割付 無作為化
被験者数 317(実績)」
ク 「治療群及び介入試験」
「治療群 割り当てられた介入
試験:A群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 10mgを1日2回(非盲検),
維持療法期間中は10mgを1日1回(二重盲検)経口投与する。
試験:B群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 10mgを1日2回,
維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与する。
試験:C群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 20mgを1日2回,
維持療法期間中は10mgを1日1回経口投与する。
試験:D群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 20mgを1日2回,
維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与する。」
ケ 「評価項目」
「主要評価項目
1 維持療法52週目後の内視鏡所見(修正ロサンゼルス分類)による非再発率
E3810 10mgを1日2回52週間投与し,その有効性及び安全性を検討
する維持療法期を通じて,52週目における内視鏡的に確認された非再発
率を検討する。
[時間枠:52週目]
副次評価項目
2 維持療法12週目及び24週目の内視鏡所見(修正ロサンゼルス分類)に
よる非再発率
12週目及び24週目
3 無作為化から疾患の再発までの期間
52週目まで
4 維持療法期間中の胸やけの発生率(日中/夜間)
維持療法期間の0週目に日中及び夜間の胸やけを認めなかった被験者に
ついて,維持療法期間の各評価期間における胸やけの発生率をX2検定を
用いて,E3810 10mg1日1回投与群とE3810 10mg1日2回投与群
との比較を行う。日中と夜間の胸やけ,夜間の睡眠障害も同様に比較する。
[時間枠:52週目まで]」
コ 「適格」
「基準 適合基準
以下の基準を全て満たす被験者を本治験の対象とする。
1.胃食道逆流症と診断され,内視鏡検査で粘膜病変(びらん,潰瘍)が認めら
れた患者
2.PPIを1日1回8週間投与しても内視鏡検査で回復が認められなかっ
た患者」
(2) 上記(1)からすると,甲1には,本件審決が認定した前記第2の3(1)アの
甲1発明が記載されていると認められる。
その上で,①本件発明1と甲1発明とを比較すると,本件審決が認定した前記第
2の3(2)ア(ア)の一致点及び相違点1が,②本件発明2と甲1発明とを比較すると,
相違点1に加えて同(イ)の相違点2が,③本件発明3と甲1発明とを比較すると,相
違点1及び2に加えて同(ウ)の相違点3が,④本件発明4と甲1発明とを比較する
と,相違点1~3に加えて同(エ)の相違点4が,⑤本件発明5と甲1発明とを比較す
ると,相違点1~4に加えて同(オ)の相違点5が,⑥本件発明6と甲1発明とを比較
すると,相違点1~5に加えて同(カ)の相違点6がそれぞれ存することが認められ
る。
上記認定に反する被告らの主張を採用することはできない。
3 本件優先日当時の技術常識等に係る証拠の記載事項
(1) 甲4の記載事項
甲4(財団法人日本消化器病学会編「患者さんと家族のための胃食道逆流症(G
ERD)ガイドブック」南江堂,平成22年12月1日)には,次の事項が記載さ
れている。
ア 「GERDは,逆流性食道炎があるものと,食道炎ははっきりしないも
のの逆流によっておこる胸やけがあるものとの両方を含みます。(4頁4行目~5
」
行目)
イ 「内視鏡で食道炎がみとめられるものが「逆流性食道炎」で,ひどい胸
やけがあるものの内視鏡で食道炎が確認できないものを「非びらん性胃食道逆流症」
とよびます。・ 非びらん性胃食道逆流症は英語では
・・ 「non-erosive reflux disease」
とよび,その頭文字をとってNERD(ナード)とよぶこともあります。(4頁下
」
から6行目~末行)
(2) 甲5の記載事項
甲5のうち,「S2-1 24時間pHモニタリングを用いた難治性逆流性食道
炎に対する各種PPI投与の検討」には,次の事項が記載されている。
ア 「GERDは一過性の下部食道括約筋弛緩など,motilityの異常の疾患
である。しかし,この異常を正常化させる薬剤はないためGERDの内科的治療は
酸分泌抑制薬が主体となる。」
イ 「Grade C-Dの重症の逆流性食道炎ではPPIのhalf doseで
は酸逆流を抑えられない症例が多く,full doseの投与を必要とした。」
(3) 甲6の記載事項
甲6には,次の事項が記載されている。
「いくつかのpHモニタリング試験で,胃酸分泌,特に夜間の抑制効果は,ラベ
プラゾール10mg又は20mgを1日1回投与するよりも,ラベプラゾール10
mg又は20mgを1日2回投与する方が高いことが示されている。(150頁右
」
欄9行目~13行目)
(4) 甲7の記載事項
甲7には,次の事項が記載されている。
ア 「標準的な1日1回の治療にもかかわらず症状が持続する患者では,例
えば,用量を2倍にするか,分割投与を考慮してもよい。この試験では,エソメプ
ラゾール40mg1日1回は20mg1日1回よりも薬力学的効果の観点から一般
的に優れていたが,エソメプラゾール20mg1日2回は,全ての40mg1日1
回レジメンと比較して24時間の酸阻害作用を改善した。 (1253頁の
」
「DISCUSSION」の項の6行目~13行目)
イ 「結論として,本研究は,健康成人において,エソメプラゾールの用量
を増加させると酸抑制が強力になり,朝の投与は24時間及び日中の酸阻害作用を
改善し,一方で夜の投与又は分割投与は夜間の酸抑制を改善することを示す。(1
」
255頁の右欄25行目~29行目)
(5) 甲8の記載事項
甲8には,次の事項が記載されている。
ア 「これらの結果は,ラベプラゾール10mgを朝及び夕方の1日2回が,
胃酸抑制に関して,朝の20mgの1日1回又は夕方の20mgの1日1回よりも
優れているかもしれないことを示している。実際,CYP2C19の遺伝子型状態
も考慮した本試験では,全ての遺伝子型群において,胃内pHの中央値及びpH>
4保持時間比率は,ラベプラゾール10mg1日2回投与の方が高かった。(11
」
9頁右欄下から5行目~120頁左欄4行目)
イ 「これらの結果から,胃食道逆流症がラベプラゾール10mg1日1回
に反応しなければ,20mg1日1回ではなく10mg1日2回を投与して,より
強力で持続的な酸抑制を達成すべきである。(120頁右欄33行目~37行目)
」
(6) 甲9の記載事項
甲9には,次の事項が記載されている。
ア 「[審査結果]」
「有効性
H2受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰瘍型逆流性食道炎患者を対象とした第Ⅲ相
試験において,治療期(本薬20mg,8週間投与)で内視鏡的治癒が認められた
症例に対して維持療法期として本薬10mg,20mg又はファモチジン40mg
を24週間投与したところ,いずれの本薬群もファモチジン群に対して有意に高い
内視鏡的非再発率を示し,用量間の差は認められなかった(10mg群78.6%
及び20mg群78.9%に対し,ファモチジン群18.2%)。
安全性
24週間の維持療法期において認められた有害事象は,治療期に認められたもの
と内容及び頻度共に差は認められず,既承認の治療効能における副作用のほかに問
題となるものはなかった。(3頁7行目~17行目)
」
イ 「審査報告(1) 平成15年3月11日」
(ア) 「2.審査の概要」
「2) 審査センターにおける審査内容
(1) 用法・用量の設定根拠について
逆流性食道炎の維持療法における申請用法・用量が「通常,成人にはラベプラゾ
ールナトリウムとして1日1回10mgを経口投与するが,病状により1日1回2
0mgを経口投与することができる。 とされていることについて,
」 第Ⅲ相試験では
20mg群と10mg群の間で有効性及び安全性に差が認められなかったことから,
審査センターは,20mgへの増量を可能としたことの妥当性を説明するよう申請
者に求めた。申請者は,以下の各項目について述べ,10mg投与では胃酸分泌抑
制が十分でないために早期に内視鏡的再発が認められた患者,または胸やけ等の症
状が再発してきた患者には,20mgを投与することが妥当であると回答した。
①胃酸分泌抑制作用
申請者は,本薬による胃酸分泌抑制作用について,公表文献をもとに次のように
説明した。
・ ・H2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎患者8名に対して本薬10mgを投
・
与したところ8名中2名でpH>4 holding time ratio(胃内pHが4以上を示
す時間の長さの1日に対する割合)が4%以下と正常化し,正常化しなかった6名
に20mgを投与したところ6名中5名が正常化した(B他.
・・・)との報告があ
る。また,類薬に関する情報として,逆流性食道炎患者の維持療法における再発率
については,・・・,投与量が多いほど再発率が低くなることが示されている
(C.・・・)・・・逆流性食道炎の治癒率は胃内pH>4 holding timeと相関す
。
るとの報告(NJB Bell,et al.・・・)を踏まえると,維持療法における
再発率についてもPPI投与量増加に伴う胃酸分泌抑制作用の強さと関連している
ものと考えられる。20mgの胃酸分泌抑制作用は10mgと比較して強いことが
確認されていることから,10mg投与で胃酸分泌抑制が十分でないために再発し
たと考えられる場合は,20mg投与による維持療法が行われることが予想される。
審査センターは,申請者が提示した論文から,20mg投与は10mg投与より
酸分泌抑制及び胃内pH>4 holding timeについて高い効果を示す可能性は示唆
されていると考える。しかしながら,本薬の第Ⅲ相試験における再発抑制効果にお
いて20mg群と10mg群との間に類薬で認められたような用量間の差が全く認
められなかったことから,再発にかかわる胃酸分泌抑制効果は10mg投与で十分
に得られている可能性がある。維持療法中に再発した症例に対し,20mg投与に
より治療を受け治癒した後,再度維持療法を行う際に20mgへ増量することによ
って得られる程度の胃酸分泌抑制が必要であるかどうかは疑問であると考えている。
また,逆流性食道炎の発生にかかわる因子として,胃酸分泌亢進以外にも下部食道
括約筋圧など他の因子も関与していることを考慮すると,維持療法中の再発が胃酸
分泌抑制効果の不足によるものだけであったかどうかは示されていないと考える。
したがって,10mgによる維持療法中に再発した患者に対して,本薬を増量する
ことにより改善する可能性があるかどうかは,得られた試験結果では明らかではな
いと考えている。(11頁2行目~12頁20行目)
」
「(3) 維持療法の期間について
逆流性食道炎の維持療法における本薬の投与は,胃酸分泌を抑制することにより
食道への酸逆流を抑制するという対症療法であり根治療法ではないことから,審査
センターは,維持療法における本薬の投与期間及び投与を中止する場合の判断方法
について申請者に照会した。
申請者は,次のように回答した。逆流性食道炎は胃酸の食道への逆流によって生
じ,胃酸分泌の亢進のほかに胃酸逆流防止機構としての下部食道括約筋(LES)
圧の低下によって発生する疾患であることから,本薬による維持療法を中止すると
再び食道への酸逆流が生じ,容易に逆流性食道炎が再発すると考えられる。(15
」
頁11行目~19行目)
「(4) 長期投与時の安全性について
①第Ⅲ相試験の維持療法期における安全性
有害事象及び臨床検査値異常変動について,発現頻度は治療期に比べ維持療法期
で上昇するものの,試験期間の長さに関連するものと考えられ,その内容自体には
治療期との間に差を認めず,また20mgと10mgでも差は認められなかった。
因果関係の否定できない有害事象及び臨床検査値異常についても同様であった。
・・・
なお,国内では維持療法についての長期投与試験は実施されていない。申請者は
長期投与の安全性について,③に示す海外試験の成績を参考資料として提出してい
る。
・・・
③海外試験における安全性
逆流性食道炎が治癒した患者に対する再発防止効果の検証を目的とした海外4
試験の結果が参考資料として提出されている。
米国では本薬20mg,10mg及びプラセボについて52週間の二重盲検比較
試験が2試験実施され,1つの試験(参考資料ト-1)では,有害事象発現率は2
0mg群82%(77/94例)10mg群84%(80/95例)及びプラセボ
群59%(58/99例)と本薬群間では差を認めなかった。・・・
・・・
欧州では,本薬20mg,10mg及びOPZ(オメプラゾール)20mgにつ
いて,52週間の二重盲検比較試験とそれに引き続く52週間の延長試験が実施さ
れている。・・・
・・・
④海外長期投与試験における安全性
欧州では,参考資料として提出された試験の後さらに計5年間にわたる延長試験
が実施されていることから,審査センターは,5年間投与時の安全性について説明
するよう申請者に求めた。
申請者は以下のように説明した。・・・
・・・
以上より,申請者は本薬の長期投与時の安全性について,臨床上問題となる重大
な所見は認められないとした。
⑤長期投与時の安全性についてのまとめ
長期投与時の安全性データについては,試験によって有害事象や臨床試験値異常
変動の発現頻度にばらつきがあるが,10mg群と20mg群の間に臨床的に問題
となる差は認められず,対照薬及び20mgと10mgの間に安全性に差は認めら
れないと考えている。また,本薬の治療効能に対する国内市販後における安全性情
報と比較しても,長期投与によって有害事象の発現頻度及び内容に変化は生じてい
ないと判断している。しかしながら,国内において第Ⅲ相試験で検証された本薬の
安全性は32週(8週+24週)までであることから,維持療法に対し長期に使用
される際の安全性については,国内においても市販後に十分に情報収集する必要が
あると考えている。(16頁1行目~19頁14行目)
」
(イ) 「4.総合評価」
「審査センターは,本薬の逆流性食道炎の維持療法に対する有効性について,第
Ⅲ相試験の結果より有効性が認められたと判断するが,20mg群及び10mg群
の再発抑制率がそれぞれ78.9%及び78.6%と差が認められなかったことか
ら,20mgまでの増量を認めることの妥当性については確認されず,用量として
は10mgとすることで承認して差支えないのではないかと考えている。また,安
全性については,第Ⅲ相試験において維持療法に関連して問題となる有害事象の増
加又は発生が認められていないことから,海外における5年間の試験結果も考慮し,
特段の問題はないものと考えている。しかしながら,第Ⅲ相試験では血清ガストリ
ン値の高値が持続しているなど,海外とは異なる傾向を示す可能性があることから,
医療現場に対して,維持療法を行う際にはその必要性を検討するよう促すと共に維
持療法中は定期的な検査を実施するよう注意喚起することが必要であり,市販後に
は長期投与時の安全性について調査することが必要であると考えている。(23頁
」
22行目~32行目)
ウ 「審査報告(2) 平成15年4月23日作成」
(ア) 「2.審査内容」
「維持療法の用量としては10mgとすることが妥当であり,「効果不十分の場
合は20mgへ適宜増量」とすることの妥当性は示されていないとした審査センタ
ーの判断は,専門委員により支持された。
専門委員からは,第Ⅲ相試験の再発抑制効果において20mg群と10mg群と
の間に類薬で認められたような用量間の差が全く認められず,再発にかかわる胃酸
分泌抑制効果は10mgで十分であるとする意見が出された。さらに,20mgへ
増量するための妥当性について検証するためには,国内で24週間を超える長期投
与時の非再発率を比較検討する必要があること,また,10mgで効果不十分であ
った症例を対象にその有用性を検討するなどの案が出された。
・・・
以上の議論を踏まえ,審査センターは維持療法の用量を10mgのみとすること
が妥当と判断し,この旨を申請者に伝達した。申請者は20mgの申請を取り下げ
ると回答し,審査センターはこれを了承した。(25頁22行目~26頁6行目)
」
(イ) 「4.総合判断」
「以上の審査結果より,審査センターは,H 2受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰
瘍型逆流性食道炎患者に対して本薬10mgを24週間投与した第Ⅲ相試験におい
て対照薬と比較して高い再発抑制効果が認められ,本薬の有効性が示されたことか
ら,承認して差し支えないと判断する。(30頁7行目~10行目)
」
(7) 甲10の記載事項
甲10には,次の事項が記載されている。
ア 「そこで,われわれはパリエット®錠10mgの製造販売後の適正使用情
報を把握する目的で,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法に対し,製造
販売後の使用実態下における安全性・有効性の検討を目的とした特定使用成績調査
を実施した。(830頁左欄本文25行目~29行目)
」
イ 「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎患者[ロサンゼルス分類(改) 3)
<以下LA分類(改)>でGradeA~D]で,本剤を含む治療剤で内視鏡的に
治癒[LA分類(改)でGrade0]を確認した後,長期の維持療法が必要と判
断された患者を対象とした。(830頁左欄下から1行目~右欄4行目)
」
ウ 「調査薬はパリエット®錠10mgとした。投与方法は,再発・再燃を繰
り返す逆流性食道炎の維持療法の用法・用量である「1日1回10mgを経口投与
する。」とした。
なお,投与期間および観察期間は6ヵ月以上,最長2年間とした。(830頁右
」
欄17行目~22行目)
エ 「逆流性食道炎の維持療法に関してPPIの常用量,PPIの半量投与,
H2RAの効果を検討したメタアナリシスでは,PPI常用量6ヵ月以上投与で再
発率は約20%,PPI半量投与での再発率は約30%6)である。・・・
本調査では,1468例を収集し解析した結果,パリエット®錠10mgは長期間
投与においても,忍容性があり,かつ再発防止への貢献に寄与することが確認され
た。(839頁右欄下から3行目~末行目,841頁右欄1行目~9行目)
」
(8) 甲13の記載事項
甲13には,次の事項が記載されている。
ア 「承認年月日」
「1.平成15年7月17日:用法・用量の追加「さらに再発・再燃を繰り返す
逆流性食道炎の維持療法においては1日1回10mgを経口投与する。 (パリエッ
」
ト錠10mg)」
。(2頁)
イ 「3.製造承認後臨床試験の概要」
「逆流性食道炎の維持療法に対して本剤は長期間投与することが想定されるが,
承認時までの国内試験では24週までの安全性を確認しているのみであった。
・・・
3-1.試験計画の概要
・・・
試験薬の用法・用量 本剤10mgを1日1回経口投与した。
投与期間:104週間
・・・
3-3.安全性
・・・
3-4.有効性
・・・
機構は,以上の申請者の説明を了承し,本剤の『逆流性食道炎の維持療法』の対
象となる患者に対する安全性及び有効性について現時点では特段の対応が必要とな
るような問題点はないと判断した。なお,重篤な副作用及び未知の副作用について
は「4.副作用及び感染症」の項にて詳述する。 (6頁~9頁)
」
ウ 「4.副作用及び感染症」
「機構は,製造販売後臨床試験及び特定使用成績調査(逆流性食道炎の予後因子
に関する調査)により,国内の逆流性食道炎患者の維持療法に対する本剤の6ヵ月
を超える長期投与における安全性が確認されたことから,申請者の要望を了承した。」
(11頁)
(9) 甲14の記載事項
甲14には,次の事項が記載されている。
ア 「審査結果」(2頁~3頁)
(ア) [審査結果]
「提出された資料から,逆流性食道炎における本薬1日2回投与の有効性は示さ
れ,認められたベネフィットを踏まえると,安全性は許容可能と判断する。
以上,医薬品医療機器総合機構における審査の結果,本品目については,以下の
効能・効果及び用法・用量で承認して差し支えないと判断した。」
(イ) [用法・用量]
「①パリエット錠10mg
・・・
逆流性食道炎
逆流性食道炎の治療においては,通常,成人にはラベプラゾールナトリウムと
して1回10mgを1日1回経口投与するが,病状により1回20mgを1日1回
経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。また,プロト
ンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合,1回10mg又は1回20
mgを1日2回,さらに8週間経口投与することができる。ただし,1回20mg
を1日2回投与は重度の粘膜傷害を有する場合に限る。
再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては,通常,成人にはラベ
プラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。」
イ 「審査報告(1) 平成22年9月10日」
(ア) 「[申請時用法・用量]」
「①パリエット錠10mg
・・・
・逆流性食道炎
・・・既存治療で効果不十分な場合,1回10mgを1日2回又は1回20m
gを1日2回,経口投与することができる。なお,通常,それぞれ8週間までの投
与とする。(4頁)
」
(イ) 「Ⅱ.提出された資料の概略及び審査の概要」
a 「1.起原又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資
料」(5頁~6頁)
「逆流性食道炎(reflux esophagitis:以下,「RE」)は胃酸の食道内への逆流
により食道粘膜の傷害を来す疾患であり・・・」
「 R E に 対 す る 薬 物 治 療 と し て は , プ ロ ト ン ポ ン プ 阻 害 剤 ( proton pump
inhibitor:以下,
「PPI」,ヒスタミンH2受容体拮抗剤(以下, 2受容体拮抗
) 「H
剤」)等の胃酸分泌抑制剤及び消化管運動機能改善剤が使用されるが,本邦では,・
・・診療ガイドライン・・・においてPPIが第一選択薬として推奨されている。」
「ラベプラゾールナトリウム(以下,「本薬」)は申請者により開発されたPPI
であ・・・る。REの治療に対する承認用法・用量は,1日1回10mgを8週間
投与,ただし,病状が著しい場合や再発性・難治性のREに対しては20mgに増
量することが可能とされている。しかし,現在までに申請者が実施したRE患者を
対象とした臨床試験では,本薬1日1回20mgの8週間投与によっても, 1%
9.
の患者で内視鏡的治癒が得られていないため,申請者は,これら既存の治療に抵抗
性を示す難治性のREに対し,本薬の1日2回投与について開発を行い,本申請に
至った。」
b 「4.臨床に関する資料」(7頁~11頁)
「(ii)有効性及び安全性試験成績の概要
<提出された資料の概略>
(1)難治性RE患者を対象とした第Ⅱ/Ⅲ相試験(5.3.5.1.1:試験番号E381
0-J081-304<以下,「304試験」>・・・)
PPI抵抗性のRE患者(目標症例数300例)を対象として,本薬の有効性及
び安全性を検討する目的で,多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験が国内
71施設で実施された。
用法・用量は,本薬20mgを1日1回朝食後(以下,「20mg1回投与群」,
)
本薬10mgを1日2回朝食後及び夕食後(以下,
「10mg2回投与群」,又は本
)
薬20mgを1日2回朝食後及び夕食後(以下「20mg2回投与群」)に8週間経
口投与することとされた。
・・・
<審査の概略>
(1) 本申請用法・用量の臨床的位置付けについて
・・・
機構は,以下のように考える。
通常用法・用量のPPI治療に抵抗性のRE患者は,本邦では少ないと考えられ
るものの,臨床試験においても存在が確認されていることから,そのような患者に
対する治療手段を提供することは臨床的に意義があると考える。当該患者を対象に
実施された304試験において,20mg1回投与群に対する10mg2回投与群
及び20mg2回投与群の優越性が示されたことから,本薬の1日2回投与は,通
常用法・用量のPPI治療に抵抗性のRE患者において治療選択肢の一つになり得
ると考える。ただし,1日2回投与時の用量については,専門協議の議論も踏まえ
て判断する必要があると考える・・・。
(2) 有効性について
1) 有効性評価項目について
・・・
以上より,機構は,通常用法・用量のPPI治療に抵抗性のRE患者における本
薬10mg1日2回投与及び本薬20mg1日2回投与による有効性は示されたと
考える。
・・・
(3) 安全性について
304試験における有害事象の発現率は,20mg1回投与群39.3%(44
/112例),10mg2回投与群47.7%(53/111例)及び20mg2回
投与群54.4%(62/114例)であり,投与回数及び用量の増加に伴い,主
に便秘及び血中TSH増加等の有害事象の発現率が増加する傾向が認められた(表
2)・・・
。
死亡例は認められず,重篤な有害事象に一定の傾向は認められなかった。
・・・
本薬10mg又は20mgを1日2回投与したときの安全性については,専門協
議での議論も踏まえて最終的に判断したい。」
ウ 「審査報告(2) 平成22年11月8日」
「(1) 有効性について
機構は,通常用法・用量のPPIによる治療に抵抗性のRE患者を対象にした3
04試験において,主要評価項目である「投与8週後の内視鏡所見による治癒率」
について,20mg1回投与群に対する10mg2回投与群及び20mg2回投与
群の優越性が検証されたことから,通常用法・用量のPPIによる治療に抵抗性の
RE患者に対する10mg及び20mgの1日2回投与の有効性は示されたと考え
た。
以上の機構の判断は,専門委員より支持された。
(2) 安全性について
機構は,304試験における有害事象の発現状況から(表2),1日2回投与につ
いては,1日1回投与と比較して甲状腺機能へ与える影響に注意する必要があると
考え,添付文書の【使用上の注意】・・・において注意喚起する必要があると考え
た。・・・
その他,本薬10mg又は20mgを1日2回投与したときの安全性に,1日1
回投与時に加えて更なる問題は現時点では認められないと考えた。
以上の機構の判断は,専門委員より支持された。 (18頁)
」
(10) 甲18の記載事項
甲18には,次の事項が記載されている。
ア 用法・用量
「逆流性食道炎の治療においては,通常,成人にはラベプラゾールナトリウムと
して1回10mgを1日1回経口投与するが,病状により1回20mgを1日1回
経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。また,プロト
ンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合,1回10mg又は1回20
mgを1日2回,さらに8週間経口投与することができる。ただし,1回20mg
1日2回投与は重度の粘膜傷害を有する場合に限る。
再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては,通常,成人にはラベ
プラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。(1頁右欄下
」
から10行目~2頁左欄2行目)
イ 使用上の注意
「(4) 逆流性食道炎の維持療法については,再発・再燃を繰り返す患者に対し行
うこととし,本来,維持療法の必要のない患者に行うことのないよう留意するこ
と。・・・」(2頁右欄4行目~7行目)
ウ 薬効薬理
「1.作用機序
本剤は酸分泌細胞の酸性領域で活性体(スルフェンアミド体)になり,プロトン
ポンプ(H+,K+-ATPase)のSH基を修飾して酵素活性を阻害し,酸分泌
を抑制する。・・・
2.ヒトでの作用
(1)胃酸分泌抑制作用
・・・
(2)胃内pH上昇作用」(6頁右欄10行目~26行目)
(11) 甲19の記載事項
甲19には,次の事項が記載されている。
ア 要約
「目的: 逆流性食道炎患者のおよそ10%が,8週間の1日1回のプロトンポ
ンプ阻害剤(PPI)の標準的な投与によって治癒しない。そのため,1日2回投
与がしばしば抵抗性逆流性食道炎患者に適用されるが,1日2回のPPI投与によ
る治癒を内視鏡的に確認した報告はこれまでにない。本研究は,日本において,常
用量PPI治療に抵抗性の逆流性食道炎患者らにおける,ラベプラゾールナトリウ
ム20mg1日1回投与と比較した,ラベプラゾール20mg1日2回又は10m
g1日2回投与による8週間の治療の有効性と安全性を評価することを目的とする。
方法: 常用量PPI治療を少なくとも8週間受けたことのある,内視鏡的に確
認された抵抗性逆流性食道炎患者(ロサンゼルス分類グレードA-D)は,無作為
に二重盲検法により,8週間,ラベプラゾールを20mg,10mg1日2回投与
されるグループと,20mgを1日1回投与されるグループ(対照群)とに分けら
れた。一次主要有効性評価項目は,8週間後の内視鏡的に確認される治癒率とした。
・・・
結論: ラベプラゾール20mg及び10mg1日2回8週間の治療は,20m
g1日1回に比べ,常用量PPI治療に抵抗性の逆流性食道炎における,内視鏡的
に確認される治癒及び症状の解消に関して,より効果的だった。 (522頁の要約
」
の「OBJECTIVES」「METHODS」及び「CONCLUSIONS」の項)
,
イ 表1 患者数の統計とベースライン特性(・・・)
「項目 20mg1日1回 10mg1日2回 20mg1日2回
(n=110) (n=111) (n=111)
逆流性食道炎の期間(年)
1年未満 13(11.8) 16(14.4) 22(19.8)
1年から5年 53(48.2) 49(44.1) 44(39.6)
5年以上 44(40.0) 46(41.4) 45(40.5) 」(5
24頁。翻訳の一部は,本件審決による。)
4 取消事由1(無効理由3における判断の誤り)について
(1) 相違点1の容易想到性について
ア 本件優先日当時におけるラベプラゾールナトリウムを利用しての逆流性
食道炎の治療についての技術常識
前記1(1)の本件明細書の記載及び前記3の本件優先日当時の技術常識等に係る
証拠の記載事項を踏まえると,本件優先日当時におけるラベプラゾールナトリウム
を用いた逆流性食道炎の治療についての技術常識として,次のとおり認められる。
(ア) 逆流性食道炎の治療におけるラベプラゾールナトリウムの利用等
a PPIは,酸分泌細胞による酸分泌を抑制するという作用を利用す
ることで,逆流性食道炎の治療に用いられる薬剤であり,ラベプラゾールナトリウ
ムは,ベンズイミダゾール系のPPIである(本件明細書の段落【0001】【0
,
002】,前記3(10)ウ[甲18]。逆流性食道炎の治療は,酸分泌抑制薬を主体と
)
し,PPIを第一選択薬として行われている 【0002】 前記3(2)ア
(同 , [甲5])
が,対症療法である(同【0004】,前記3(6)イ(ア)[甲9]。
)
b 逆流性食道炎は,内視鏡検査により食道粘膜傷害が認められるもの
(ロサンゼルス分類のGrade A~D。AからDに向かってより重症となる。)
であり,内視鏡的に,食道粘膜傷害がない状態(同分類のGrade N又はM)
となると「治癒」に至ったものと取り扱われる(本件明細書の段落【0013】【0
,
014】,前記3(1)イ[甲4]。
)
c ただし,上記bの「治癒」に至った患者についても,薬物治療を中
止すると,多くは食道粘膜傷害等の症状が再発・再燃するため,酸分泌抑制剤の投
与を継続して再発を抑制するという維持療法が重要とされている(本件明細書の段
落【0004】。この点に関し,維持療法を中止して再発に至る機序に関しては,
)
中止により,再び食道への酸逆流が生じて再発に至るものと考えられていた(前記
3(6)イ(ア)[甲9]。
)
(イ) ラベプラゾールナトリウムの用法・用量
a ラベプラゾールナトリウムの用法・用量について,逆流性食道炎の
治療期においては,通常,1回10mg又は病状により1回20mgを1日1回,
8週間まで経口投与されるが,PPI抵抗性逆流性食道炎患者(日本国内で承認さ
れているプロトンポンプ阻害剤の常用量を,1日1回,8週間以上投与したにもか
かわらず内視鏡的に治癒に至らない患者[本件明細書の段落【0003】【001
,
4】)に対しては,治療のため,1回10mg又は1回20mg(重度の粘膜傷害
]
を有する場合に限る。 を1日2回,
) さらに8週間経口投与することができる 【0
(同
002】【0003】
, ,前記3(10)ア[甲18]。
)
b 上記(ア)bの「治癒」に至ったものの,再発・再燃を繰り返す逆流性
食道炎の維持療法におけるラベプラゾールナトリウムの用法・用量は,1回10m
gを1日1回経口投与するというものである(本件明細書の段落【0004】,前記
3(10)ア[甲18]。
)
(ウ) ラベプラゾールナトリウムの用法・用量等と有効性の関連性について
a 胃酸分泌の抑制効果は,PPIの用量や投与回数と正の相関関係に
あるとみられていた(前記3(2)イ[甲5],同(3)[甲6],同(5)[甲8],同(6)イ
(ア)[甲9])し,このような相関性は,ラベプラゾール以外のPPIについてもみ
られていた(前記3(4)[甲7] 本件明細書の段落
, 【0002】 なお,
, 甲5~8は,
pHモニタリング試験を用いて胃酸分泌の抑制効果を評価しているが,そうである
からといって,上記技術常識を認定することができないというべき理由はない。 。
)
そして,維持療法における再発率についても,PPI投与量増加に伴う胃酸分泌
抑制作用の強さと関連しているものと考えられていた(前記3(6)イ(ア)[甲9]。
)
b また,同量を投与する場合,1日1回の投与(例えば,20mgを
1日1回)を1日2回(例えば,10mgを1日2回)とすることで,より高く持
続的な胃酸分泌抑制効果があることがうかがわれ(前記3(5)ア[甲8],PPI抵
)
抗性逆流性食道炎患者の治療期においても,20mg1回投与群に対する10mg
2回投与群の優越性が認められていた(前記3(9)イ・ウ[甲14],同(11)[甲1
9]。
)
(エ) ラベプラゾールナトリウムの安全性について
a ラベプラゾールナトリウムについて,8週間にわたり20mgを投
与した後,24週間にわたって10mg又は20mgを投与しても,臨床上,問題
となるような副作用は認められなかった(前記3(6)ア[甲9]。そして,その後,
)
維持療法期において,52週以上,104週間(2年間)にわたり10mgを1日
1回投与した場合の臨床上の安全性が国内でも確認されるに至っていた(前記3(6)
イ(ア)[甲9],同(7)[甲10],同(8)[甲13]。
)
b ラベプラゾールナトリウムについて,維持療法期の長期投与に関し,
20mg投与と10mg投与の間で,臨床上,副作用に大きな差はないと考えられ
ていた(前記3(6)イ(ア)[甲9]。
)
c ラベプラゾールナトリウムについて,PPI抵抗性逆流性食道炎患
者に対する治療期における投与に関し,1日2回投与については,1日1回投与と
比較して,甲状腺機能へ与える影響への注意は要したものの,その他の安全性に問
題はないと考えられていた(前記3(9)ウ[甲14]。
)
イ 相違点1に係る構成の容易想到性について
(ア) 本件優先日当時の技術常識として,①逆流性食道炎の治療について,
ラベプラゾールナトリウムは,治療期と維持療法期のいずれにおいても,酸分泌抑
制作用という共通の作用によって,治療効果や再発防止効果をもたらすものとみら
れたこと(前記ア(ア)a,c),②胃酸分泌の抑制効果は,ラベプラゾールナトリウ
ムの投与量や投与回数と正の相関関係にあり(同(ウ)a),治療期における用法・用
量もそのような理解に沿うものとなっていたこと(同(イ)a),③胃酸分泌抑止作用
の強さは,維持療法における再発率とも関連していると考えられていたこと(同(ウ)
a),④PPI抵抗性逆流性患者の治療期において,20mgの1日1回投与より,
10mgの1日2回投与の抑制効果の優越性が認められていたこと(同(ウ)b)を指
摘することができる。
上記の点を踏まえると,本件優先日当時,当業者においては,PPI抵抗性逆流
性食道炎患者の維持療法期におけるラベプラゾールナトリウムの利用について,従
来の逆流性食道炎患者に対する維持療法期における「1回10mgを1日1回」と
いう用法・用量を,特にそのうちPPI抵抗性逆流性食道炎患者については「1日
2回」に増やすという方向で,あるいは,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期
における「1回10mg又は1回20mg(重度の粘膜傷害を有する場合に限る。)
を1日2回」という用法・用量を踏まえ,それをPPI抵抗性逆流性食道炎患者の
維持療法期にも広げるという方向で,
「1回10mgを1日2回」という用法・用量
を設定し,もって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対してより高い再発抑制効果
を有する薬剤として利用することを,容易に想到することができたといえる。
(イ) 前記ア(エ)の安全性に関する技術常識を踏まえると,本件優先日当時,ラ
ベプラゾールナトリウムの維持療法における20mg1日1回長期投与の忍容性は,
当業者に明らかであった(前記ア(エ)a,b)ところ,1日2回投与と1日1回投与
とでは安全性に差異はないと考えられていたこと(前記ア(エ)c)をも考慮すると,
「1回10mgを1日2回」
「4週間以上」投与することについて,臨床上の安全性
の観点から阻害されたといった事情も見受けられない。なお,甲42及び44のガ
イドラインには,PPIの長期投与の安全性に関する懸念についての記載があるが,
「いずれの懸念もPPI投与との直接的な因果関係が明らかとはいいがたい」(甲
42)などとされており,上記判断を左右するものではないし,甲23及び29~
31の各PPIの添付文書における注意書きも,薬剤の添付文書における一般的な
副作用等についての記載にすぎず,上記判断を左右するものではない。
(ウ) そうすると,甲1発明のラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗性
逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い,相違点1に係る
本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することができ
たものということができる。
(エ) ラベプラゾールナトリウムを有効成分とするパリエット錠10mgの
維持療法期における投与に係る審査の際,申請者において,10mg投与では胃酸
分泌抑制が十分でないために一定の場合には20mgを投与することが妥当である
との見解を示したところ,20mg投与による胃酸分泌抑制効果が10mg投与に
よるものより高い可能性は示唆されているが,再発に関わる胃酸分泌抑制にその程
度の胃酸分泌抑制が必要かどうかに疑問があるとされ,1日1回20mgの申請が
取り下げられたという経緯(前記3(6)イ(ア)及びウ(ア)[甲9])は,本件優先日当
時,当業者において,PPI抵抗性逆流性食道炎患者を含めた逆流性食道炎患者の
維持療法期におけるラベプラゾールナトリウムの利用について,「1回20mgを
1日1回」という用法・用量を設定し,もって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に
対してより高い再発抑制効果を有する薬剤として利用することを容易に想到するこ
とができたことを示す事情ということができ,それを分割投与する「1回10mg
を1日2回」という用法・用量の設定による再発抑制効果の向上も,同様に,当業
者において容易に想到することができたとみることに沿う事情であるといえる。
ウ 本件発明1の効果について
本件明細書の段落【0015】には,本件発明に係る再発抑制剤について,従来
の維持療法よりも有意に高い再発抑制効果を奏することができること及び臨床上比
較的安全に服用することができることの記載があり, 【0051】 【0067】
同 ~
においても,顕著に優れた再発抑制効果が得られること及び長期投与の安全性が記
載されている。
しかし,前記ア(ア)~(ウ)の技術常識及びこれから認められる前記イ(ア)①~④の
点を踏まえると,上記各段落に記載された再発抑制効果が,本件優先日当時,PP
I抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期にラベプラゾールナトリウムについて「1
回10mgを1日2回」という用法・用量で用いることによって達成され得るであ
ろうと当業者において予測し得た範囲の再発抑制効果を超える顕著な効果であった
とは認められない。また,前記ア(エ)の技術常識を踏まえると,上記各段落に示され
た安全性に係る効果が,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療
法期にラベプラゾールナトリウムについて「1回10mgを1日2回」という用法・
用量で用いることによってもなお達成され得るであろうと当業者において予測し得
た範囲の安全性を上回る顕著な効果であったとも認められない。
したがって,本件発明1の効果が,当業者が予測し得ない顕著なものということ
はできない。
エ よって,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容
易に発明をすることができたものであるといえる。
(2) 原告の主張について
ア 甲1発明の臨床試験の「相」に係る主張について
原告は,本件審決が,第Ⅲ相試験について,有効性や安全性が期待される疾患を
有すると診断された多数の患者を対象とするものであるという技術常識を前提に判
断した点において,誤っている旨を主張する。
しかし,前記(1)のとおり,甲1発明の臨床試験が第Ⅲ相であることを考慮しなく
とも,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明する
ことができたものといえる。
イ 本件優先日当時の用法・用量に係る主張について
原告は,本件審決について,ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・
用量についての技術常識aの認定に誤りがあると主張する。
しかし,本件優先日当時の逆流性食道炎の治療期におけるラベプラゾールナトリ
ウムの用法・用量についての前記(1)ア(イ)aの認定は,原告の主張に沿うものであ
るところ,それを前提としても,前記(1)のとおり,本件発明1は,甲1発明及び技
術常識に基づいて,当業者が容易に発明することができたものといえる。
ウ 再発抑制効果や安全性の予測に係る主張について
(ア) 原告は,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法
期におけるPPIの用法・用量については,何ら明らかとなっておらず(甲24,
29~31),PPI抵抗性逆流性食道炎に対して有効な維持療法は存在していな
かった(甲42,44~46)と主張し,それを前提として,本件明細書の段落【0
051】~【0067】に記載された本件発明に係る再発抑制剤の有効性や安全性
に対する効果は,当業者において予測することができず,本件発明の完成により初
めて明らかとなったものであると主張する。
しかし,前記(1)ア(イ)bのとおり,本件優先日当時,再発・再燃を繰り返す逆流
性食道炎の維持療法におけるラベプラゾールナトリウムの用法・用量は,1回10
mgを1日1回経口投与するというものであったところ,当該維持療法の対象とな
る患者から,PPI抵抗性逆流性食道炎患者が除外されていたというべき事情は認
められず,PPI抵抗性逆流性食道炎に対して有効な維持療法が存在していなかっ
たとはいえない。そして,従来の逆流性食道炎患者に対する維持療法期における「1
回10mgを1日1回」という用法・用量を,特にそのうちPPI抵抗性逆流性食
道炎患者については「1日2回」に増やすという方向で,あるいは,PPI抵抗性
逆流性食道炎患者の治療期における「1回10mg又は1回20mg(重度の粘膜
傷害を有する場合に限る。)を1日2回」という用法・用量を踏まえ,それをPPI
抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期にも広げるという方向で,「1回10mgを
1日2回」という用法・用量を設定し,もって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に
対してより高い再発抑制効果を有する薬剤として利用することを,容易に想到する
ことができたといえることは,前記(1)イ(ア)で判示したとおりであり,また,本件
明細書の段落【0051】~【0067】に記載された再発抑制剤の有効性や安全
性が,当業者の予測を超える顕著なものであると認められないことも,前記(1)ウで
判示したとおりであって,原告の主張を採用することはできない。
(イ) 上記に関し,原告は,甲9に記載された試験結果(10mg投与群と
20mg投与群で同程度の効果であったこと)が,本件優先日当時において当業者
が予測することができた範囲の効果であり,それゆえに,本件発明に係る再発抑制
剤の効果は当業者が予測することができなかった顕著なものである旨の主張をする
が,甲9は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する「1回20mgを1日1回」
投与するという用法・用量について,本件優先日当時において当業者が予測するこ
とができた効果が実験によって的確に裏付けられなかったという一例を示すにとど
まり,上記(ア)の判断を左右するに足りるものとはいえない。
(ウ) 原告は,A教授の意見書(甲52)を提出するが,同意見書の内容を
踏まえても,上記(ア)の判断が左右されるものではない。
エ 原告が引用する判決について
原告は,平成29年判決を引用して主張するが,同判決は「新規性」について判
断したもので「進歩性」について判断したものではないから,事案を異にすること
は明らかである。また,以上の本件発明1の進歩性についての判断が令和元年最判
に反するものではないことも明らかである。
オ 原告がその他主張する点について
原告は,臨床試験情報の公開の制度との関係や医薬品の用法・用量に係る特許の
意義などについて主張するが,本件発明1は,既に判示したとおり,甲1発明及び
技術常識に基づいて進歩性を否定されるものであって,そのことが不合理であると
か,我が国の患者の選択肢を不当に狭めるものであるなどということはできない。
(3) 本件発明2~6について
原告は,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,甲1発明に基
づいて当業者が容易に発明できたものではないから,治療期の投与期間を明確にし
た本件発明2及び本件発明1を更に限定した本件発明3~6は,いずれも,甲1発
明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと
主張する。
しかし,前記(1)のとおり,本件発明1についての原告の主張は認められず,原告
の上記主張は,いずれもその前提を欠くものである。
(4) まとめ
よって,原告の主張する取消事由1は認められない。
第6 結論
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由が
ないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森 義 之
裁判官
中 島 朋 宏
裁判官
勝 又 来 未 子
(別紙)
当 事 者 目 録
原 告 EAファーマ株式会社
同訴訟代理人弁護士 田 中 克 郎
塩 月 秀 平
中 村 勝 彦
岡 田 誠
波 多 江 崇
中 野 亮 介
同訴訟代理人弁理士 稲 葉 良 幸
内 藤 和 彦
岩 崎 正 路
被 告 沢 井 製 薬 株 式 会 社
(以下「被告沢井製薬」という。)
同訴訟代理人弁護士 小 松 陽 一 郎
大 住 洋
千 葉 あ す か
被 告 大原薬品工業株式会社
(以下「被告大原薬品」という。)
同訴訟代理人弁理士 謝 卓 峰
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