知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和1(ワ)31214 民事訴訟 特許権

この記事をはてなブックマークに追加

令和1(ワ)31214民事訴訟 特許権

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 認容 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和2年12月8日
事件種別 民事
当事者 原告旭化成株式会社
被告株式会社シーズワン
対象物 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法
法令 特許権
特許法36条4項1号8回
特許法36条6項2号4回
特許法29条1項3号4回
特許法36条6項1号2回
特許法29条1項2号2回
キーワード 実施112回
無効54回
進歩性35回
新規性30回
特許権6回
侵害3回
差止2回
損害賠償1回
主文 1 被告は,別紙物件目録記載の各製品を輸入し,販売し,又は販売の申出をし
2 被告は,前項記載の各製品を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,仮に執行することができる。
事件の概要 本件は,発明の名称を「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造 方法」とする特許に係る特許権を有する原告が,被告は,上記特許に係る発明 の技術的範囲に属する別紙物件目録記載の各ラップフィルム製品について,輸 入,販売又は販売の申出をしており,これらの行為は,上記特許権を侵害する5 と主張して,上記特許権に基づき,上記各製品の輸入,販売又は販売の申出の 差止め及び上記各製品の廃棄を求める事案である。

▶ 特許権に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

令和2年12月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

令和元年(ワ)第31214号 損害賠償等請求事件

口頭弁論終結日 令和2年10月27日

判 決

原 告 旭 化 成 株 式 会 社

同訴訟代理人弁護士 新 保 克 芳

同 小 倉 拓 也

同訴訟代理人弁理士 亀 ヶ 谷 薫 子

同 補 佐 人 弁 理 士 飛 澤 晃 彦

同 杉 村 純 子

被 告 株 式 会 社 シ ー ズ ワ ン

同訴訟代理人弁護士 川 田 篤

同 補 佐 人 弁 理 士 井 上 真 一 郎

主 文

1 被告は,別紙物件目録記載の各製品を輸入し,販売し,又は販売の申出をし

てはならない。

2 被告は,前項記載の各製品を廃棄せよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 この判決は,仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

主文同旨

第2 事案の概要

本件は,発明の名称を「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法」とする特許に係る特許権を有する原告が,被告は,上記特許に係る発明の技術的範囲に属する別紙物件目録記載の各ラップフィルム製品について,輸

5 入,販売又は販売の申出をしており,これらの行為は,上記特許権を侵害すると主張して,上記特許権に基づき,上記各製品の輸入,販売又は販売の申出の差止め及び上記各製品の廃棄を求める事案である。1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。なお,枝番号の記載を省略したものは,枝番号を含む。以下同様。)

⑴ 当事者ア 原告は,食品包装用ラップフィルム等の製造を業とする株式会社である。原告は,ラップフィルムを自ら製造し,完全子会社である旭化成ホームプロダクツ株式会社を通じて,「サランラップ」という登録商標でラップフィルム(以下「原告製品」という。)を販売している。イ 被告は,食品包装用ラップフィルム等の輸入,販売を業とする株式会社である。

⑵ 本件特許原告は,発明の名称を「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法」とする特許権(特許第6100034号。請求項の数は2である。以下,請求項1に係る特許を「本件特許」という。)を有している。原告は,本件特許につき,平成25年3月11日に特許出願をし,平成29年3月3日にその設定登録を受けた。

⑶ 本件発明本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のアのとおりであるところ(甲1の2。以下,これを「本件特許請求の範囲」といい,これに係る発明を「本件発明」という。また,その明細書(図面を含む。)を「本件明細書」といい,その該当部分の記載を段落【0001】などと表すこととする。 ,これは次)のイのとおりの構成要件に分説することができる(以下,分説した構成要件をそれぞれの符号に従い「構成要件A」などのようにいう。 。)ア 本件特許請求の範囲

5 「TD方向の引裂強度が2~6cNであり,かつ,MD方向の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって,温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり,塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し,かつ,厚みが6~18μmである,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。」イ 構成要件の分説A TD方向(ラップフィルムの幅方向)の引裂強度が2~6cNであり,かつ,B MD方向(ラップフィルムの流れ方向)の引張弾性率が250~600MPaであるC 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって,D 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり,E 塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,F エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し,かつ,G 厚みが6~18μmである,H 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。

⑷ 被告の行為

5 被告は,別紙物件目録記載のラップフィルム製品である被告製品1ないし3(甲2,乙1。以下,それぞれ単に「被告製品1」ないし「被告製品3」といい,これらを併せて「被告各製品」という。)について,日本国内において輸入,販売又は販売の申出をしている。

⑸ 先行文献本件特許の特許出願日である平成25年3月11日より前に,次の文献等が存在した。ア PVDC樹脂安全技術説明書(乙5。以下「引用例1-1」といい,これに記載された樹脂を用いたラップフィルムを「引用発明1-1」という。)イ 旭化成ホームプロダクツ株式会社を出願人とする発明の名称を「フィルムコート剤,ラップフィルム及び該ラップフィルムの製造方法」とする公開特許公報(特開2011-162641号)(乙12。以下「引用例1-2」といい,これに記載された発明を「引用発明1-2」という。)ウ 「サランラップの製膜とフィルム特性」(化学と教育58巻12号・)と題する論稿(乙13。以下「引用例2」という。)2 争点

⑴ 被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

⑵ 本件特許の無効の抗弁の成否(争点2)ア 無効理由1-1(引用発明1-1に基づく新規性・進歩性欠如)の有無(争点2-1)イ 無効理由1-2(引用発明1-2に基づく新規性・進歩性欠如)の有無(争点2-2)ウ 無効理由2(TD方向の引裂強度の測定方法に関する実施可能要件違反)の有無(争点2-3)エ 無効理由3-1(本件発明の組成値に関する実施可能要件違反)の有無(争点2-4)

5 オ 無効理由3-2(サポート要件違反)の有無(争点2-5)カ 無効理由4(TD方向の引裂強度の測定方法に関する明確性要件違反)の有無(争点2-6)キ 無効理由5(本件公然実施品に基づく新規性・進歩性欠如)の有無(争点2-7)ク 無効理由6(低温結晶化開始温度の制御方法に関する実施可能要件違反)の有無(争点2-8)ケ 無効理由7-1(低温結晶化開始温度の測定方法に関する実施可能要件違反)の有無(争点2-9)コ 無効理由7-2(低温結晶化開始温度の測定方法に関する明確性要件違反)の有無(争点2-10)

第3 争点に関する当事者の主張

1 争点1(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか)

⑴

(原告の主張)

被告各製品の構成は,次のとおりに分説することができ,本件発明の各構成要件を充足するから,被告各製品は,本件発明の技術的範囲に属する。ア 被告製品1a TD方向の引裂強度が約4.7cNb MD方向の引張弾性率が約411MPac 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムd 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が約52.1℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約80.8%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油を約1.6重量%,クエン酸エステルを約5.7重量%含有する

5 g 厚みが約11μm

h 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムイ 被告製品2a TD方向の引裂強度が約4.6cNb MD方向の引張弾性率が約406MPac 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムd 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が約51.9℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約80.9%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油を約1.5重量%,クエン酸エステルを約5.5重量%含有するg 厚みが約10μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムウ 被告製品3a TD方向の引裂強度が約4.3cNb MD方向の引張弾性率が約423MPac 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムd 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が約52.4℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約80.8%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油を約1.5重量%,クエン酸エステルを約5.5重量%含有するg 厚みが約11μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム

5 ⑵

(被告の主張)

被告各製品の構成が本件発明の構成要件A及びDの物性値を満たしていることは否認し,その余は不知である。ア 後記2⑶アのとおり,本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」に関し,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用し,「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定する方法は明らかでなく,第三者機関を通じて「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定したところ,約7cNという結果が得られたから,被告各製品の構成が上記構成要件の物性値を満たしているとはいえない。イ また,後記2⑼アのとおり,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」を測定する方法は明らかではなく,これを一義的に確定することはできないところ,被告においては,測定方法によって62℃という結果も得られているから,被告各製品の構成が上記構成要件の物性値を満たしているとはいえない。

2 争点2(本件特許の無効の抗弁の成否)

⑴ 争点2-1(無効理由1-1(引用発明1-1に基づく新規性・進歩性欠

如)の有無)ア

(被告の主張)

次のとおり,本件発明は,本件特許の特許出願前の平成15年に中華人民共和国(以下「中国」という。 において浙江巨化股份有限公司(以下) 「浙江巨化」という。)により製造販売されていた「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」(引用例1-1)を用いたラップフィルム(引用発明1-1)と同一のものであるか,少なくともこれに基づいて容易に発明をすることができたものであるから,新規性・進歩性が欠如しており,本件特許には,特許法29条1項3号又は2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。

5 新規性について

a 本件発明の各構成要件は,「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(C,H)につき,①物性値に係る構成要件(A,B,D)と,②組成値に係る構成要件(E~G)の二つに分けられるところ,①の物性値(以下「本件発明の物性値」という。)に係る構成を得るための手段として,②の組成値(以下「本件発明の組成値」という。)に係る構成が必須となるものであり,すなわち,上記組成値を満たす塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,当然に上記物性値も満たすものとなる。b そして,次のとおり,引用発明1-1の構成は,本件発明の組成値(構成要件E~G)を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(構成要件C,H)であるから(乙5,10~12),当然に本件発明の物性値(構成要件A,B,D)も満たすことになる。したがって,本件発明は,引用発明1-1に基づき,新規性を欠くといえる。

⒜ 構成要件C,H(塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム)

引用発明1-1の構成は,引用例1-1の「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」を用いた「ラップフィルム」であるから,本件発明の構成要件C,Hを充足する。

⒝ 構成要件E(塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有)

引用例1-1には,「塩化ビニリデン・塩化ビニル共重合体」全体の量として「90-96%」との記載があり,そのうち「塩化ビニリデン」の「繰り返し単位」の割合の記載はないが,「塩化ビニリデン繰り返し単位」が72~93%の割合になることは一般的であるから(乙10~12),引用発明1-1の構成も,「塩化ビニリデン繰り返し単位」を「72~93%」含有するはずであり,本件発明の構成要件Eを充足する。

5 ⒞ 構成要件F(エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エ

ステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有)引用発明1-1の構成は, エポキシ化植物油」「 である「大豆油 CAS8013-07-8」 「0.を 8~2%」,「クエン酸エステル」である「O-アセチルクエン酸トリブチル CAS77-90-7」を「5~6%」含有するから,本件発明の構成要件Fを充足する。

⒟ 構成要件G(厚みが6~18㎛)

引用例1-1には,「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」の成分についての記載があるだけで,ラップフィルムとしての物性についての記載はないが, 中華人民共和国国家基準GB/T「 24334-2009」(乙7。以下「乙7規格」という。)に従ってラップフィルムを製造した場合の厚みは9~12μmとなるから,引用発明1-1の構成は,本件発明の構成要件Gを充足する。進歩性について仮に本件発明と引用発明1-1との間で, ポリ塩化ビニリデン系樹脂「(PVDC) をラップフィルムに用いる点や乙7規格に従うべき点が相」違点になるとしても,当該相違点は,当業者(発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)において容易に想到し得たものである。したがって,本件発明は,引用発明1-1に基づき,進歩性を欠くといえる。イ

(原告の主張)

そもそも,本件発明は,本件発明の組成値を満たせば,当然に本件発明の物性値も満たすというものではなく,そのことは,本件明細書の段落【0076】~【0082】の比較例1~7からも明らかである。また,引用例1-1には,「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」の

5 成分についての記載があるだけで,ラップフィルムとしての物性について

の記載はないから,主たる引用例になり得ない。そして,引用例1-1には, 塩化ビニリデン 塩化ビニル共重合体」「 ・ 全体の量として「90-96%」との記載はあるものの,そのうち「塩化ビニリデン」の「繰り返し単位」の割合の記載はなく,これが「72~93%」の割合にあることが一般的であるとはいえない。したがって,本件発明は,新規性・進歩性を欠くものではない。

⑵ 争点2-2(無効理由1-2(引用発明1-2に基づく新規性・進歩性欠

如)の有無)ア

(被告の主張)

次のとおり,本件発明は,引用例1-2に記載された引用発明1-2と同一のものであるか,少なくともこれに引用例2に開示された技術的思想を適用することにより,容易に発明をすることができたものであるから,新規性・進歩性が欠如しており,本件特許には,特許法29条1項3号又は2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。新規性について引用発明1-2の構成は,次のとおりに分説することができ,本件発明の組成値(構成要件E~G)を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(構成要件C, であるところ,H) 引用発明1-2の組成値は,本件明細書の実施例の組成値と比較してもほとんど大差がないから,当業者において,引用発明1-2のラップフィルムを製造すれば,当然に本件発明の物性値(構成要件A,B,D)も満たすはずである。したがって,本件発明は,引用発明1-2に基づき,新規性を欠くといえる。a TD方向の引裂強度(記載なし)b MD方向の引張弾性率(記載なし)

5 c 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム

d 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度(記載なし)e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約85%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油であるエポキシ化大豆油(ESO)を1.3重量%,クエン酸エステルであるアセチルクエン酸トリブチル(ATBC)を5.3重量%含有するg 厚みが10μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム進歩性について仮に本件発明と引用発明1-2との間に物性値に関する相違点があるとしても,塩化ビニリデン系樹脂を用いたラップフィルムの密着性及びカット性は周知の課題であったところ,引用例2には,原告製品「サランラップ」について,「引裂強さ」が「3cN」であること,「引張弾性率」が「470MPa」であること,厚みが「11μm」であることが記載されていたのであるから,当業者において,引用発明1-2に引用例2に開示された技術的思想を適用することにより,本件発明の構成要件A及びBの物性値(TD方向の引裂強度が2~6cN及びMD方向の引張弾性率が250~600MPa)を備えることは容易に想到し得た。そして,本件発明の構成要件Dの物性値(低温結晶化開始温度が40~60℃)については,引用例1-2及び引用例2に記載がないものの,本件明細書の記載によっても,従来の塩化ビニリデン系樹脂を用いたラップフィルムとの間に差異又は顕著な違いがあるのか,上記物性値を満たすことにより異質な効果又は顕著な効果を得ることができるのかは明らかではなく,上記物性値に係る数値範囲に臨界的意義はないから,本

5 件発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない。

したがって,本件発明は,引用発明1-2に引用例2に開示された技術的思想を適用することにより,容易に発明をすることができたものであり,進歩性を欠くといえる。イ

(原告の主張)

上記⑴イのとおり,そもそも,本件発明は,本件発明の組成値を満たせば,当然に本件発明の物性値も満たすというものではないところ,引用例1-2には,本件発明の物性値についての記載がなく,本件発明とは明らかに相違している。したがって,本件発明は,新規性を欠くものではない。引用例1-2には,「引裂強度」及び「引張弾性率」についての記載がなく,それらの性能が課題にされているわけでもないから,引用例1-2に接した当業者が,様々な要求物性の中から「引裂強度」及び「引張弾性率」に着目して,引用例2を適用する動機付けがない。また,本件発明は,従前のラップフィルムの「低温結晶化開始温度」が60℃を上回っていたところを,延伸速度,緩和比率及び原反の保管温度等の調整を通じて「40~60℃」に制御することにより,裂けトラブルを抑制するという課題を解決するものであり,このことは,本件明細書の段落【0065】以下及び【表1】の実施例1~6と比較例2~6との対比から明らかである。したがって,本件発明は,進歩性を欠くものでもない。

⑶ 争点2-3(無効理由2(TD方向の引裂強度の測定方法に関する実施可

能要件違反)の有無)ア

(被告の主張)

本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」の測定方法に関し,本件明細書の段落【0057】には,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)(甲」

5 16,19,21,乙8)を使用し,「JIS-P-8116」(乙2)記

載の方法に準拠して測定することが記載されているところ,JIS-P-8116は,紙の引裂強度を測定するための日本工業規格(フィルムの引裂強度を測定するための日本工業規格はJIS-K-7128-2(乙3))であって,フィルムの引裂強度を測定するのに適していない上,エルメンドルフ形引裂試験機(甲18,20,乙8)を使用することを前提とするものであり,軽荷重引裂試験機とエルメンドルフ形引裂試験機では,引裂対象とする試験片の長さや枚数も異なり,いずれを採用するかによって引裂強度の測定結果も異なることになる(乙15,18)。そうすると,当業者において,JIS-P-8116記載の方法に準拠することと,軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用することとの関係を理解することは困難である。したがって,本件発明に係る本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)がある。イ

(原告の主張)

本件明細書において,「TD方向の引裂強度」の測定には,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用するとされている以上,プラスチック試験片の寸法(長さ:63.5±0.5mm,幅:50±2mm),切り込み長さ(切り込み深さ12.7±0.5mm),引き裂き長さ(50.8mm=63.5mm-12.7mm),試験片枚数(1枚)等の測定条件は一義的に定まる(甲16,19)。そして,「JIS-P-8116」記載の方法に「準拠して」との記載は,3つの引裂強さ試験法(①トラウザー引裂法,②エルメンドルフ引裂法,

③直角形引裂法)のうち,軽荷重引裂試験機と全く同じ測定原理(甲18

5 ~21,乙15)であるエルメンドルフ引裂法による原理・計算方法によ

る引裂強度の測定であることを明らかにするものである。なお,JIS-K-7128-2ではなく,JIS-P-8116としたのは,フィルムの当業者において後者が常用されているためであり,実際に,JIS-P-8116記載の方法に準拠して軽荷重引裂試験機を用いることは,他の大手事業者による特許出願に係る公開特許公報や特許公報(甲6~8,10~13,17)にも記載があり,何ら特異なものではなく,当業者において容易に理解し,実施できるものである(甲3の1,甲15,乙4, 。9)したがって,本件特許は,実施可能要件を満たしている。

⑷ 争点2-4(無効理由3-1(本件発明の組成値に関する実施可能要件違

反)の有無)ア

(被告の主張)

前記⑴ のとおり,本件発明は,本件発明の組成値(構成要件E~G)を満たすことで,本件発明の物性値(構成要件A,B,D)を満たしたラップフィルムが得られるとの技術的思想である。しかし,本件明細書の段落【0065】以下及び【表1】の実施例又は比較例には,上記組成値を満たしたラップフィルムにおいても,上記物性値を満たしておらず,本件発明の効果を奏さないものもあれば,上記物性値を満たし,本件発明の効果を奏すべきラップフィルムでありながら,上記組成値を満たさないものもあり,上記組成値を満たすラップフィルムであれば上記物性値も満たすという関係は認められないし,これらの間に相関関係も認められない。これでは,当業者において,本件発明の組成値のみならず,その他の多数の要素をどのように調整すれば,本件発明の効果を奏するラップフィルムを得ることができるのかを認識することができず,仮にそのような条件が存在するとしても,過度の試行錯誤をしなければ,これを認識すること

5 ができない。

したがって,本件発明に係る本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)がある。イ

(原告の主張)

前記⑴イのとおり,そもそも,本件発明は,本件発明の組成値を満たせば,当然に本件発明の物性値も満たすというものではなく,組成と物性が一体となったものである。そして,本件発明の物性値を満たすラップフィルムを得る方法については,本件明細書の段落【0038】 【0039】 【0041】及び【00, ,46】以下において詳細な記載があり,当業者が実施することは容易であって,過度の試行錯誤を要することはない。したがって,本件特許は,実施可能要件を満たしている。

⑸ 争点2-5(無効理由3-2(サポート要件違反)の有無)

ア

(被告の主張)

仮に,本件発明について,本件発明の組成値を満たすことで,本件発明の物性値を満たしたラップフィルムが得られるとの関係が否定されるのであれば,本件明細書には,当業者において,いかなる組成値を備えれば,必要な物性値を備えたラップフィルムとなり,本件発明の課題を解決することができるのかを認識するに足りる十分な記載はなく,特に本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」について,「裂けトラブル抑制効果」を奏するための数値範囲が「2~6cN」であることを裏付ける比較例は全くない。したがって,本件特許請求の範囲の記載については,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえず,本件特許には,サポー

5 ト要件(特許法36条6項1号)を満たさない無効理由(同法123条1

項4号)がある。イ

(原告の主張)

本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者において,本件発明の課題を解決することができると認識するに足りる十分な記載がある。したがって,本件特許は,サポート要件を満たしている。

⑹ 争点2-6(無効理由4(TD方向の引裂強度の測定方法に関する明確性

要件違反)の有無)ア

(被告の主張)

前記⑶アのとおり,当業者において,本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」の意義及び測定方法を理解することができないから,自ら生産し,又は譲渡する「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」が,上記構成要件の物性値を満たすか否かを認識することができない。したがって,本件特許請求の範囲の記載については,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず,本件特許には,明確性要件(特許法36条6項2号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)がある。イ

(原告の主張)

前記⑶イのとおり,「TD方向の引裂強度」の測定に関し,「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用する方法は,当業者において容易に理解できるものである。したがって,本件特許は,明確性要件を満たしている。

⑺ 争点2-7(無効理由5(本件公然実施品に基づく新規性・進歩性欠如)

の有無)ア

(被告の主張)

次のとおり,本件発明は,中国広東省に所在する「汕頭市金丛包装材料有限公司」(以下「金丛社」という。)が,平成24年頃に浙江巨化の「ポ

5 リ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」である「SL-20」(乙14の証

拠資料③)を仕入れ,同年7月頃に中国において製造販売していた「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(乙16の1,17,19の1・2,乙24の2・3。以下「本件公然実施品」という。)と同一のものであるか,少なくともこれに基づいて容易に発明をすることができたものであるから,新規性・進歩性が欠如しており,本件特許には,特許法29条1項2号又は2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。新規性について本件公然実施品の構成は,次のとおりに分説することができ,少なくとも本件発明の組成値及び物性値のうち構成要件Dの物性値(低温結晶化開始温度が40~60℃)以外を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」であることは明らかである。なお,本件公然実施品の低温結晶化開始温度を測定し,これらの製造年月,測定年月及びその間の月数をまとめたものが,別表「浙江巨化のPVDCを使用した製品の低温結晶化開始温度」であり,これに基づいて,縦軸に「低温結晶化開始温度」,横軸に製造年月から測定年月までの「月数」をとってその散布図を作成し,最小二乗法により求められた近似曲線(y=0.0493x+60.128)を示したものが,別図「製造年月から測定年月までの月数(横軸)と低温結晶化開始温度(縦軸)の分布」である。そうすると,本件公然実施品の製造時の低温結晶化開始温度は,上記近似曲線のy切片である60.128℃であると推認することができ,これを四捨五入すれば60℃になるから,本件発明の構成要件Dの物性値も満たすことになる。したがって,本件発明は,本件公然実施品に基づき,新規性を欠くといえる。a TD方向の引裂強度が5.8cNb MD方向の引張弾性率が552MPa

5 c 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム

d 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が60.128℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を82.2%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ系植物油であるエポキシ大豆油(ESO)を0.8~1.6%,クエン酸エステルであるO-アセチルクエン酸トリブチルと二塩基酸エステルであるセバシン酸ジブチルとを合わせて3.3~4.8%含有するg 厚みが11~12μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム進歩性について仮に本件発明と本件公然実施品の間に低温結晶化開始温度に関する相違点があるとしても,前記⑵ア のとおり,本件発明の構成要件Dの物性値に係る数値範囲に臨界的意義はないから,本件発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない。したがって,本件発明は,本件公然実施品に基づき,進歩性を欠くといえる。イ

(原告の主張)

本件公然実施品は,製造時期や販売時期が定かではなく,実際に販売されて公知になっていたものかも不明であって,そもそも公然実施の立証はない。仮に本件公然実施品の製造日が平成24年7月頃であるとしても,それから7年以上が経過しており,その間に組成値や物性値が変化することは避けられず,製造時の数値は不明である。そして,前記⑵イ のとおり,本件発明の構成要件Dの物性値に係る数

5 値範囲は,本件発明の進歩性を基礎付けるものであるが,本件公然実施品

の低温結晶化開始温度が上記数値範囲を満たすことは何ら実証されておらず,被告が推測する製造時の数値にも何ら根拠がない。したがって,本件発明は,新規性・進歩性を欠くものではない。

⑻ 争点2-8(無効理由6(低温結晶化開始温度の制御方法に関する実施可

能要件違反)の有無)ア

(被告の主張)

本件明細書には,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」に影響を与える要因としては,段落【0050】の「フィルムの緩和比率」についての言及しかなく,これが「7%以上」の場合に「低温結晶化開始温度」を「60℃以下」にできる旨が記載されているが,段落【0086】の比較例等には,フィルムの緩和比率が10%でありながら,低温結晶化開始温度が60℃を上回るものがあり,本件明細書の記載を踏まえても,当業者において,「低温結晶化開始温度が40~60℃」のラップフィルムを得るための方法を理解することができない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)がある。イ

(原告の主張)

前記⑵イ のとおり,ラップフィルムの「低温結晶化開始温度」を「40~60℃」とするには,緩和比率だけでなく,延伸速度や原反の保管温度等を制御することが必要である。そして,本件明細書には,「低温結晶化開始温度」を「40~60℃」とする条件が詳細に示されており,当業者において,これらの条件を制御して,「低温結晶化開始温度が40~60℃」のラップフィルムを得ることは

5 容易である。

したがって,本件特許は,実施可能要件を満たしている。

⑼ 争点2-9(無効理由7-1(低温結晶化開始温度の測定方法に関する実

施可能要件違反)の有無)ア

(被告の主張)

本件明細書の段落【0040】には,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」は,「JIS K7121」の「補外結晶化開始温度」(高温側のベースラインを低温側に延長した直線と,結晶化ピークの高温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接線の交点の温度)であると明確に記載しながら,「JIS K7121」の「補外結晶化終了温度」(低温側のベースラインを高温側に延長した直線と,結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接線の交点の温度)の定義と同一のものが十分な説明もなく記載されており,不明瞭であるし,「補外結晶化開始温度」については,明瞭な「結晶化ピーク」がないときは,「ベースライン」(試験片に転移及び反応を生じない温度領域のDSC曲線)も「こう配が最大になる点」も認識することが困難であり,「ベースライン」の取り方によって,「低温結晶化開始温度」(補外結晶化開始温度)も異なり得る。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)がある。イ

(原告の主張)

本件明細書の段落【0040】の記載に従えば,当業者であれば,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」の測定方法を一義的に導くことができる。したがって,本件特許は,実施可能要件を満たしている。

5 ⑽ 争点2-10(無効理由7-2(低温結晶化開始温度の測定方法に関する

明確性要件違反)の有無)ア

(被告の主張)

上記⑼アのとおり,本件明細書の記載を踏まえても,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」が一義的に定まらない。したがって,本件特許請求の範囲の記載については,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず,本件特許には,明確性要件(特許法36条6項2号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)がある。イ

(原告の主張)

上記⑼イのとおり,本件特許は,明確性要件を満たしている。

第4 当裁判所の判断

1 本件発明について

⑴ 本件明細書の記載本件特許請求の範囲は,前記第2・1⑶アのとおりであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある(甲1の2・別紙特許公報)。ア 技術分野【0001】本発明は,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法に関する。イ 背景技術【0002】従来,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,密着性,ガスバリア性等の特性に優れているため,食品等の簡易包装材料として多くの一般家庭で使用されてきた。【0003】塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを製造する方法として,インフレーション製膜方法が広く知られている(図1参照)。インフレーション製膜方法においては,塩化ビニリデン系樹脂に添加剤全般を含有させた塩化ビニリデン系樹脂組成物をダイから管状に押し出し,押し出された

5 樹脂組成物の外側を冷水で,ダイ口とピンチロールとに挟まれた内側をミネラルオイル等公知の冷媒で冷却し,固化させることにより,塩化ビニリデン系樹脂成形体を作製する。このピンチロールで折り畳まれた環状ダブルプライシートをパリソンと称す。そして,パリソンは,再加熱してインフレーションすることにより延伸する。延伸したダブルプライフィルムをスリットし,1枚のフィルムになるように剥がす。最終的には,フィルムを紙管に巻き取り,化粧箱に詰めることで,化粧箱に収納された塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム巻回体(図2参照)が得られる。【0004】塩化ビニリデン系樹脂組成物中の添加剤としては,安定剤や可塑剤などが用いられている。良好な加工性と良好な物性を得るために,安定剤として,例えばエポキシ化大豆油(以下,ESO,と称す)等に代表されるエポキシ化植物油を添加し,可塑剤として,例えばアセチルクエン酸トリブチル(以下,ATBC,と称す)やセバシン酸ジブチル(以下,DBS,と称す)等に代表される脂肪族エステルを添加することが広く知られている。ウ 発明が解決しようとする課題【0008】通常,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,その巻回体からフィルムを引き出した後,巻回体を収納する化粧箱に付帯されたフィルム切断刃でカットして使用される。従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,カット性を良くするためにフィルムの引裂強度を低くしていた。しかし,このような引裂強度の低いフィルムにおいては,巻回体からフィルムを引き出す際,及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際,化粧箱付帯の切断刃でカットした端部からフィルムが裂けるトラブルが多かった。【0009】一方,裂けトラブルを抑制するためにフィルムを厚くする等の手法によって,フィルムの引裂強度を高くすることは可能であるが,フ

5 ィルムがカットしにくくなり,使い勝手が悪くなっていた。【0010】(前略)結晶配向度を制御することにより,フィルムの裂けトラブルを抑制することができる。しかし,ラップフィルムに求められるフィルムの裂けトラブル低減とカット性の両立ができない。(後略)【0011】本発明は,上記問題点に鑑みてなされたものであり,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ,巻回体からのフィルム引き出し時,及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し,使い勝手を向上させた,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを目的とする。エ 課題を解決するための手段【0012】本発明者らは,(中略)製膜ラインの樹脂の幅方向(以下,TD方向と称す)の引裂強度が2~6cNであり,かつ,製膜ラインの樹脂の流れ方向(以下,MD方向と称す)の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムにおいて,温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度を40~60℃とすることで,消費者の要求を満たすレベルにまで裂けトラブルを抑制でき,かつ,フィルムのカット性に優れるラップフィルムが得られることを見出し,本発明を完成するに至った。(後略)オ 発明の効果【0014】本発明によれば,巻回体からフィルムを引き出す際,及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際に,フィルムの裂けトラブルが発生しにくく,しかも,化粧箱付帯のフィルム切断刃でフィルムをカットする際のカット性に優れた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムが得られる。カ 発明を実施するための形態【0017】[塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム]本実施形態の塩化ビ

5 ニリデン系樹脂ラップフィルム(以下,単に「ラップフィルム」という場合がある。)は,TD方向の引裂強度が2~6cNであり,かつ,MD方向の引張弾性率が250~600MPaであって,温度変調型DSCにて評価した低温結晶化開始温度が40~60℃である。(後略)【0018】本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,塩化ビニリデン系樹脂を含有する。<塩化ビニリデン系樹脂>本実施形態に用いる塩化ビニリデン系樹脂は,塩化ビニリデン繰り返し単位を含むものであれば特に制限されず,(中略)塩化ビニリデンと共重合可能な単量体が一種又は二種以上共重合されていてもよい。塩化ビニリデン系樹脂が共重合樹脂である場合,塩化ビニリデン繰り返し単位の比率は,特に制限されないが,塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含むものが好ましい。塩化ビニリデン繰り返し単位が72%以上の場合,塩化ビニリデン系樹脂のガラス転移温度が低くフィルムが軟らかく,冬場等の低温環境下での使用時にもフィルムの裂けを低減できるので好ましい。一方,塩化ビニリデン繰り返し単位が93%以下の場合,結晶性の大幅な上昇を抑制し,フィルム延伸時の成形加工性の悪化を抑制できるので好ましい。前記観点から,塩化ビニリデン繰り返し単位を81~90%含むものがより好ましい。(後略)【0021】本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,特に制限されないが,前記塩化ビニリデン系樹脂に加えて,必要に応じて,各種添加剤を含有してもよい。前記添加剤は,特に制限されず,例えば,エポキシ化植物油等の公知の安定剤,及びクエン酸エステルや二塩基酸エステル等の公知の可塑剤等がある。ラップフィルムから各成分の含有量を測定する方法は分析対象物によって異なる。例えば,塩化ビニリデン系樹脂の含有量は,ラップフィルムの再沈濾過物を真空乾燥し,重量測定して得ることができる。一方,エポキシ化植物油の含有量は,ラップフィルムの

5 再沈濾液をゲルパーミエーションクロマトグラフィー分析して得ることができる。また,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルの含有量は,アセトン等の有機溶媒を用いてラップフィルムから添加剤を抽出し,ガスクロマトグラフィー分析して得ることができる。【0022】<エポキシ化植物油>本実施形態のラップフィルムは,エポキシ化植物油を含有することが好ましい。(中略)エポキシ化植物油は,塩化ビニリデン系樹脂押出加工用安定剤として作用する。ラップフィルムの色調変化の抑制の点から,本実施形態のラップフィルムは,エポキシ化植物油を含有することが好ましい。エポキシ化植物油は,特に制限されず,例えば,ESO,エポキシ化アマニ油が挙げられるが,これらのなかでも,ESOは,高温下にラップフィルムを保管した際,化粧箱からのフィルム引出性悪化を抑制する点で好ましい。【0023】本実施形態のラップフィルムがエポキシ化植物油を含有する場合,その含有量は,特に制限されないが,ラップフィルムの色調変化の抑制,ブリードによるべたつき防止等の点から,0.5~3重量%が好ましく,1~2重量%がより好ましい。【0024】本実施形態のラップフィルムは,成形加工性等の観点から,クエン酸エステル又は二塩基酸エステルを含有することが好ましい。<クエン酸エステル>本実施形態のラップフィルムに用いられるクエン酸エステルは,特に制限されないが,クエン酸トリエチル,クエン酸トリブチル,アセチルクエン酸トリエチル,ATBC(中略)などがある。これらのなかでも,ATBCは,塩化ビニリデン系樹脂に対する可塑化効果が高く,少量でも十分に樹脂を可塑化し,成形加工性を向上させる点で好ましい。【0025】<二塩基酸エステル>本実施形態のラップフィルムに用いられる二塩基酸エステルは,特に制限されないが,アジピン酸ジブチル,(中

5 略);DBS(中略)がある。これらのなかでも,DBSは,塩化ビニリデン系樹脂に対する可塑化効果が高く,少量でも十分に樹脂を可塑化し,成形加工性を向上させる点で好ましい。【0026】前記クエン酸エステルや二塩基酸エステルの合計含有量は,制限されないが,より優れた成形加工性の付与,及び添加剤高含有時のラップフィルムの過剰な密着性防止等の点から,3~8重量%が好ましく,3.5~7重量%がより好ましい。(後略)【0027】<その他の配合物>本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,前記エポキシ化植物油,クエン酸エステル,及び二塩基酸エステル以外の配合物(以下,「その他の配合物」という。 ,) 例えば可塑剤,安定剤,耐候性向上剤,染料又は顔料等の着色剤,防曇剤,抗菌剤,滑剤,核剤,ポリエステル等のオリゴマー,MBS(メチルメタクリレート-ブタジエン-スチレン共重合体)等のポリマー等を含有してもよい。【0037】<ラップフィルムの厚み>本実施形態のラップフィルムの厚みは,特に制限されないが,6~18μmが好ましく,9~12μmがより好ましい。(後略)【0038】<引裂強度>本実施形態のラップフィルムは,TD方向の引裂強度が2~6cNである。ここで,TD方向とは,巻回体からラップフィルムを引き出す方向に垂直な方向をいう。引裂強度は,後述の方法によって測定される。本実施形態のラップフィルムは,TD方向の引裂強度が2cN以上であることにより,特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき,また,ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制できる。一方,TD方向の引裂強度が6cN以下であることにより,化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく,カット性が向上する。TD方向の引裂強度は2.5cN以上4cN以下が好ましい。本実施形態のラップフィルムのTD方向の引裂強度は,

5 塩化ビニリデン系樹脂の組成,添加剤組成,フィルムの延伸倍率,延伸速度,及びフィルムの厚み等によって調整できる。特に制限されないが,例えば,TD方向の引裂強度はTD方向の延伸倍率を低くしたり,ラップフィルムを厚くすることによって,向上する傾向にあり,TD方向の延伸倍率を高くしたり,ラップフィルムを薄くすることによって,低下する傾向にある。【0039】<引張弾性率>本実施形態のラップフィルムは,MD方向の引張弾性率が250~600MPaである。ここで,MD方向とは,巻回体からラップフィルムを引き出す方向をいう。引張弾性率は,後述の方法によって測定される。本実施形態のラップフィルムは,MD方向の引張弾性率が250MPa以上であることにより,鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際,フィルムのMD方向への延びを抑制でき,鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき,カット性が向上する。一方,MD方向の引張弾性率が600MPa以下であることにより,フィルムが軟らかく,鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき,切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる。その結果,巻回体からフィルムを引き出す際,及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際,切断端面からフィルムが裂けるトラブルが発生するのを抑制できる。MD方向の引張弾性率は,350MPa以上550MPa以下が好ましい。本実施形態のラップフィルムのMD方向の引張弾性率は,塩化ビニリデン系樹脂の組成,添加剤組成,フィルムの延伸倍率,及び延伸速度等によって調整できる。特に制限されないが,例えば,MD方向の引張弾性率は,延伸倍率を高くしたり,添加剤量を低減することによって,向上する傾向にあり,延伸倍率を低くしたり,添加剤量を増加することによって,低下する傾向にある。【0040】<低温結晶化開始温度>本実施形態のラップフィルムは,温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)にて測定される低温結晶化

5 開始温度が40~60℃である。ここで,低温結晶化開始温度は,温度変調型DSCによる昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において,低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JIS K7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に,昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と,結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接点(原文ママ)の交点の温度)をいい,以下の方法により,測定される。(後略)【0041】従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの低温結晶化開始温度は,60℃を超える。これに対して,本実施形態のラップフィルムは,低温結晶化開始温度が40~60℃であり,それによって,ラップフィルムの裂けトラブルを低減できる。本実施形態のラップフィルムと従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムとは,熱を受けた場合の挙動が相違する。従来のラップフィルムでは,流通時及び倉庫保管時に20℃以上の雰囲気下に長時間晒されると,塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖が再配列を起こし,微結晶の形成・成長が起こると考えられる。このような分子鎖の再配列は,製造した塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの分子鎖の配向やフィルムの応力が十分に緩和していないために発生したと推定される。フィルムが高温に晒されるほど,分子鎖の再配列は起こりやすくなるため,フィルムが物理的に劣化し,裂けトラブルを誘発しやすくなると考えられる。【0042】一方,本実施形態のラップフィルムでは,製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の配向やフィルムの応力を緩和させることで ,低温結晶化開始温度を40~60℃とし,流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長時間晒されても,分子鎖の再配列が起こりにくく,フィルムの劣化,さらには裂けトラブルを抑制する。その結果,カット性を維持しつつも,裂けトラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成する。

5 【0043】低温結晶化開始温度は,ラップフィルム製造後の流通・倉庫保管時に高温下に晒されて形成・成長した微結晶の熱安定性を示す指標であり,分子鎖の再配列の程度,すなわち,フィルムの物理的劣化による裂けトラブルの発生しやすさを評価することができる。低温結晶化開始温度が60℃を上回るラップフィルムでは,既に分子鎖の再配列が進行し,フィルム中の物理劣化が起きているため,裂けトラブルの著しい増加が発生する。【0044】一方,本発明者らが検討したところ,ラップフィルム製造後にガラス転移温度以下である-30℃で保管した場合の低温結晶化開始温度は,40℃であった。すなわち,ラップフィルムが製造後に全く熱を受けていないとみなせる場合の低温結晶化開始温度は40℃であり,この温度に近いほど,分子鎖の再配列,さらには,裂けトラブルを抑制できる。そのため,ラップフィルムの低温結晶化開始温度は40~60℃が好ましく,より好ましくは40~55℃,さらに好ましくは40~50℃である。【0045】(前略)本発明者らは,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの裂けトラブルの原因が,流通過程や保管時に受ける熱履歴によるフィルム中に物理劣化にある(原文ママ)ことを見出し,前記物理劣化によるトラブルの発生のしやすさを,温度変調型DSCを用いて測定される低温結晶化開始温度という新たな指標によって判断できることを見出した。そして,従来のラップフィルムの低温結晶化開始温度が60℃を上回るために裂けトラブルが発生していたことに着目し,鋭意検討した結果,低温結晶化開始温度を40~60℃に制御することにより,フィルムのカット性を維持しつつ,裂けトラブルを抑制したフィルムを提供することに成功した。【0046】〔塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法〕本実施形態の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法は,特に制限されないが,塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押し出しした後,MD方向及び

5 TD方向に延伸する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法であって,MD方向及びTD方向の延伸倍率を共に4~6倍とし,MD方向の延伸速度を0.09~0.12倍/s,TD方向の延伸速度を3.1~4.0倍/sとし,延伸直後のフィルム緩和比率を7~15%とし,かつ,延伸後24時間以上5~19℃で保管する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの製造方法を好適に包含する。以下,本実施形態のラップフィルムの好ましい製造方法について説明する。まず,塩化ビニリデン系樹脂と,必要に応じて,エポキシ化植物油,クエン酸エステル又は二塩基酸エステルから選ばれる少なくとも一種の化合物と,必要に応じて種々の添加剤とを,リボンブレンダー又はヘンシェルミキサー等で均一に混合させ,24時間熟成させて塩化ビニリデン系樹脂組成物を製造する。その後,図1にラップフィルムの製造工程の一例の概略図を示すように,該樹脂組成物を押出機(1)により溶融させ,ダイ(2)から管状に押出され,ソック(4)が形成される。ソック(4)の外側を冷水槽(6)にて冷水に接触させ,ソック(4)の内部にはソック液(5)を注入することにより,内外から冷却して固化させる。固化されたソック(4)は,第1ピンチロール(7)にて折り畳まれ,パリソン(8)が成形される。【0047】続いて,パリソン(8)の内側にエアを注入することにより,再度パリソン(8)は開口されて管状となる。このとき,ソック(4)内面に表面塗布したソック液(5)はパリソン(8)の開口剤としての効果を発現する。パリソン(8)は,温水により延伸に適した温度まで再加熱される。パリソン(8)の外側に付着した温水は,第2ピンチロール(9)にて搾り取られる。適温まで加熱された管状のパリソン(8)にエアを注入してバブル(10)を成形し,延伸フィルムが得られる。その後延伸フィルムは,第3ピンチロール(11)で折り畳まれ,ダブルプライフィルム(12)となる。ダブルプライフィルム(12)は,巻き取りロール(1

5 3)にて巻き取られる。さらに,このフィルムはスリットされて,1枚のフィルムになるように剥がしながら巻き取られ,一時的に1~3日間原反の状態で保管される。最終的には原反から紙管に巻き返され,化粧箱に詰められることで,化粧箱に収納された塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム巻回体が得られる。【0048】上記記載の第1ピンチロール(7)から第3ピンチロール(11)までの工程が延伸工程であり,第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の回転速度比でMD方向の延伸倍率が決まり,パリソン(8)の延伸温度やバブル(10)の大きさでTD方向の延伸倍率を調整できる。また,第1ピンチロール(7)や第3ピンチロール(11)の回転速度を変更すること,又は,第1ピンチロール(7)と第3ピンチロール(11)の間の距離を変更することにより,パリソン(8)の延伸速度を変更することができる。延伸速度を遅くすることで,パリソンの延伸性が向上するため,従来塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムでは,MD及びTDの延伸速度をそれぞれ0.08以下,及び3.0以下としていた。これに対して,結晶化開始温度を40~60℃に制御した,カット性と裂けトラブルに優れるフィルムは,特に制限されないが,MD方向及びTD方向の延伸倍率を,延伸温度30~45℃条件下において,共に4~6倍とし,MD方向の延伸速度を,0.09~0.12倍/s,TD方向の延伸速度を3.1~4.0倍/sとすることにより,好適に製造できる。(後略)【0049】(前略)一般的に,延伸後に赤外ヒーター等の熱を利用してフィルムを緩和させる場合があるが,本実施形態のラップフィルムを製造する場合,熱によりフィルムの裂けの原因である微結晶の形成・成長が起こり,結晶化開始温度は60℃を超えてしまう。そのため,緩和時の雰囲気温度を25~32℃に設定することが好ましい。【0050】フィルムの緩和比率は,制限されないが,7~15%が好ま

5 しい。(中略)緩和比率が7%以上の場合,フィルムを十分に緩和し,高温に晒される場合であっても,分子鎖の再配列が発生するのを抑制し,低温結晶化開始温度を60℃以下とでき,裂けトラブルを低減できる観点から,好ましい。【0051】フィルムをスリットした後,原反の状態で保管する条件は,特に制限されないが,延伸後24時間以上5~19℃で保管することが好ましい。特に,保管の際の雰囲気温度は,フィルム裂けトラブル増加を誘発する微結晶の形成・成長を抑制する点で重要となる。(後略)【0052】(前略)スリット原反を24時間以上,5~19℃で保管することが好ましく,これにより,微結晶の形成・成長を抑制しつつ,非晶部の分子鎖を配向緩和させたフィルムが得られる。原反保管時に分子鎖の配向を緩和させることにより,フィルムの流通及び保管時に高温下に晒されても微結晶が形成・成長しにくくなり,裂けトラブルを抑制することができる。【0053】スリット原反は,保管後,特に制限されないが,例えば紙管等に巻き返され,巻回体(16)として,図2に示すようなフィルム切断刃(15)を備える化粧箱(14)に収納される。(後略)キ 実施例【0054】以下,実施例及び比較例により本発明を具体的に説明するが,本発明はこれらにより何ら制限されるものではない。実施例及び比較例で用いた評価方法は,以下の通りである。【0055】(測定方法)1.塩化ビニリデン繰り返し単位の含有量 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの塩化ビニリデン繰り返し単位の比率は ,高分解のプロトン核磁気共鳴測定装置(H-NMR:日本電子製α-400)を用いて測定した。ラップフィルムの再沈濾過物を真空乾燥し,5重量%を重水素化テトラヒドロフランに溶解させた溶液を,測定雰囲気温度

5 約27℃にてH-NMR測定した。塩化ビニリデンと塩化ビニルの共重合体に関しては,テトラメチルシランを基準とした前記共重合体の3.50~4.20ppm,2.80~3.50ppm,2.00~2.80ppmのピークを利用して塩化ビニリデン繰り返し単位の含有量を計算した。【0056】2.フィルムの厚み ラップフィルムの出荷後の流通,及び家庭での保管を想定し,作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後,ラップフィルムの厚みを測定した。測定にはダイアルゲージ(テクロック社製)を利用し,23℃,50%RHの雰囲気中で行った。【0057】3.引裂強度 ラップフィルムの出荷後の流通,及び家庭での保管を想定し,作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後,測定を実施した。測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し,23℃,50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS-P-8116記載の方法に準拠して,ラップフィルムの引裂強度を測定した。【0058】4.引張弾性率 ラップフィルムの出荷後の流通,及び家庭での保管を想定し,作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後,測定を実施した。測定はオートグラフAG-IS(島津製作所製)を使用し,23℃,50%RHの雰囲気中にて評価した。ASTM-D-882に記載の方法に準拠し,5mm/minの引張速度,チャック間距離100mmの条件で2%伸長時の荷重から引張弾性率を測定した。【0059】5.低温結晶化開始温度 測定サンプルは,ラップフィルムの出荷後の流通,及び家庭での保管を想定し,作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したものを使用した。測定は,パーキンエルマー社製のDSC(DiamondDSC)を使用し,ステ

5 ップスキャン測定モード(サンプル重量:6mg,サンプルパン材質:アルミ製,測定温度:0~180℃,昇温速度:10℃/min,昇温ステップ幅:4℃,等温時間:1min)を利用した。空のアルミ製サンプルパンについても前記条件にて測定し,ラップフィルムの温度-熱流曲線の補正を行った。補正後の温度-熱流曲線の非可逆成分において,低温結晶化に起因する発熱が開始する温度を低温結晶化開始温度とした。

⑵ 以上によれば,本件発明の特徴は,次のとおりである。ア 本件発明は,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムに関するものである(段落【0001】 。)イ 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,密着性やガスバリア性等の特性に優れているため,食品等の簡易包装材料として多くの一般家庭で使用されているものであるが,カット性を向上するためにフィルムの引裂強度を低くすれば裂けトラブルが多発し,これを抑制するためにフィルムを厚くすればカット性が悪化するなど,裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させることが課題となっていた(段落【0002】 【0008】~,【0010】 。)ウ 本件発明は,上記イの課題の解決手段として,本件特許請求の範囲に記載のとおり,塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有すること(構成要件E),エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有すること(構成要件F),厚みが6~18μmであること(構成要件G)という組成値を満たす上,TD方向の引裂強度が2~6cNであること(構成要件A) MD方向の引張弾性率が250~600MPaで,あること(構成要件B) 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結,晶化開始温度が40~60℃であること(構成要件D)という物性値をも満たす構成の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム(構成要件C,H)を

5 採用したものである(段落【0011】 【0012】 。, )エ 上記ウの構成により,塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの組成値を制御することで成形加工性等を向上させるとともに,その物性値を制御することで裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させることができる(段落【0012】,【0017】,【0018】,【0021】~【0026】,【0037】~【0052】 。)すなわち,TD方向の引裂強度を2cN以上にすることにより,特に化粧箱内の巻回体からフィルムを引き出す際の裂けを低減するなどして,裂けトラブルを抑制でき,これを6cN以下にすることにより,化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすくなって,カット性を向上させることができる(段落【0038】 。また,MD方向の)引張弾性率を250MPa以上にしてMD方向への伸びを抑制することにより,化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをカットするために力を加えた際に,鋸刃がフィルムに食い込みやすくなることで,カット性を向上させ,これを600MPa以下にしてフィルムを軟らかくすることにより,鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットし,切断端面に多数の裂け目が発生するのを低減できることで,裂けトラブルを抑制することができる(段落【0039】 。さらに,従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの)低温結晶化開始温度は60℃を超えていたため,流通時及び倉庫保管時に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖が再配列を起こすなどして,フィルムが物理的に劣化していたところ,これを40~60℃に制御することにより,分子鎖の再配列が起こりにくくなり,フィルムの劣化,さらには裂けトラブルを抑制することができる(段落【0041】~【0045】 。)オ その結果,本件発明によって得られた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムは,化粧箱内の巻回体からフィルムを引き出す際や化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部を摘み出す際に,フィルムの裂けトラブルが発生しに

5 くく,かつ,化粧箱付帯のフィルム切断刃でフィルムをカットする際のカット性にも優れたものとなる(段落【0014】 。)

2 争点1(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について⑴ 原告が,株式会社DJK及び株式会社三井化学分析センターに対し,本件発明の各構成要件に対応する被告各製品の物性値及び組成値について,本件明細書の記載に従った方法による測定を依頼したところ,次の結果が得られたことが認められる(甲3,15,16,19)。ア 構成要件A(TD方向の引裂強度が2~6cN)関係被告各製品について,本件明細書の段落【0057】の記載に従って,軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し,その取扱説明書の記載に従って,プラスチック試験片の寸法(長さ:63.5±0.5mm,幅:50±2mm),切り込み長さ(切り込み深さ12.7±0.5mm),引き裂き長さ(50.8mm=63.5mm-12.7mm) 試験片枚数, (1枚)等の条件を設定し,23℃,50%RHの雰囲気中にて,JIS-P-8116記載の方法に準拠して,フィルムの引裂強度を測定した。その結果,TD方向の引裂強度は,被告製品1で4.7cN,被告製品2で4.6cN,被告製品3で4.3cNであった。イ 構成要件B(MD方向の引張弾性率が250~600MPa)関係被告各製品について,本件明細書の段落【0058】の記載に従って,引張弾性率を測定した。その結果,MD方向の引張弾性率は,被告製品1で411MPa,被告製品2で406MPa,被告製品3で423MPaであった。ウ 構成要件C,H(塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム)関係被告各製品からは,ポリ塩化ビニリデンが検出され,これは,塩化ビニリデン系樹脂に相当するものである。エ 構成要件D(温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始

5 温度が40~60℃)関係被告各製品について,本件明細書の段落【0040】,【0059】の記載に従って,低温結晶化開始温度を測定した。その結果,低温結晶化開始温度は,被告製品1で52.1℃,被告製品2で51.9℃,被告製品3で52.4℃であった。オ 構成要件E(塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有)関係被告各製品について,本件明細書の段落【0055】等の記載に従って,塩化ビニリデン繰り返し単位の含有量を計算した。その結果,塩化ビニリデン繰り返し単位の割合は,被告製品1で80.8%,被告製品2で80.9%,被告製品3で80.8%であった。カ 構成要件F(エポキシ化植物油を0.5~3重量%,クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有)関係被告各製品について,本件明細書の段落【0021】の記載に従って,エポキシ化植物油及びクエン酸エステルであるアセチルクエン酸トリブチル(ATBC)を検出し,その含有量を測定した。その結果,エポキシ化植物油及びATBCの含有量は,被告製品1では,エポキシ化植物油が1.6重量%,ATBCが5.7重量%であり,被告製品2では,エポキシ化植物油が1.5重量%,ATBCが5.5重量%であり,被告製品3では,エポキシ化植物油が1.5重量%,ATBCが5.5重量%であった。キ 構成要件G(厚みが6~18μm)関係被告各製品について,本件明細書の段落【0056】の記載に従って,ラップフィルムの厚みを測定した。その結果,ラップフィルムの厚みは,被告製品1で11μm,被告製品2で10μm,被告製品3で11μmであった。

5 ⑵ 上記⑴によれば,被告各製品は,それぞれ次の構成を有し,いずれも本件発明の技術的範囲に属するものと認められる。ア 被告製品1a TD方向の引裂強度が約4.7cNb MD方向の引張弾性率が約411MPac 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムd 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が約52.1℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約80.8%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油を約1.6重量%,クエン酸エステルを約5.7重量%含有するg 厚みが約11μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムイ 被告製品2a TD方向の引裂強度が約4.6cNb MD方向の引張弾性率が約406MPac 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムd 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が約51.9℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約80.9%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油を約1.5重量%,クエン酸エステルを約5.5重量%含有するg 厚みが約10μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム

5 ウ 被告製品3a TD方向の引裂強度が約4.3cNb MD方向の引張弾性率が約423MPac 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムd 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が約52.4℃e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約80.8%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ化植物油を約1.5重量%,クエン酸エステルを約5.5重量%含有するg 厚みが約11μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム

⑶ これに対し,被告は,本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」に関し,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製) を使用し,」 「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定する方法は明らかでなく,第三者機関を通じて「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定したところ,約7cNという結果が得られた旨を主張する。しかし,後記3⑶で説示するとおり,本件明細書の段落【0057】の記載によれば,当業者において,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製) を使用してラップフィルムの」 「TD方向の引裂強度」を測定する方法を理解することができるといえるところ,被告が提出した一般財団法人カケンテストセンター作成の試験証明書(乙22) 「試験方法」の欄には「JIS P 8116準用」と記載され,その試験片の重ね枚数が16枚であることからすると,上記においては本件明細書の段落【0057】記載の「軽荷重引裂試験機(東洋精機製) (甲16,19,21,乙8)で」はなく,「JIS P 8116」(乙2)記載の「エルメンドルフ形引裂試験機」(甲20,乙8)を用いたものと考えられ,その測定方法自体が本件明

5 細書から理解できる測定方法と異なっている(なお,このように,被告が提出した上記試験証明書は,被告各製品の「TD方向の引裂強度」について,「エルメンドルフ形引裂試験機」を用いて,「JIS P 8116」記載の方法に従って測定したものと考えられるところ,そもそも,「JIS P 8116」の「6.d)」には,「試験片は,互いに分離して,付着していてはならない。 と記載されており,」 被告各製品のような自着性がある家庭用包装用ラップについては,「JIS P 8116」の条件に従った測定はできないことがうかがわれるものであり,上記試験証明書にも,上記測定結果は「参考値」であると記載されている。 。したがって,被告の主張する上記測定結)果は採用できない。また,被告は,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」を測定する方法は明らかではなく,これを一義的に確定することはできないところ,測定方法によって62℃という結果も得られている旨を主張する。しかし,後記3⑼で説示するとおり,本件明細書の段落【0040】 【0059】の,記載によれば,当業者において,「低温結晶化開始温度」を測定する方法を理解することができるといえるところ,被告は,当初は原告による被告各製品の低温結晶化開始温度の測定結果(前記⑴エ)を特段争わず,その後に提出した日鉄環境株式会社作成の分析結果報告書(乙19の3,乙21の2通)によれば,被告製品1の低温結晶化開始温度の測定結果はそれぞれ59℃,62℃となっており,前者の「発行番号」は「第M1903023-2号」,後者の「発行番号」は「第M1903023-7号」となっていることからして,前者の方が当業者において通常理解される測定方法を用いたものであることもうかがわれるから,被告の主張する上記測定結果は採用できない。

3 争点2(本件特許の無効の抗弁の成否)について⑴ 争点2-1(無効理由1-1(引用発明1-1に基づく新規性・進歩性欠如)の有無)について

5 ア 被告は,本件発明につき,引用例1-1の「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC) を用いたラップフィルムである引用発明1-1に基づき,新」規性・進歩性を欠いている旨を主張する。新規性についてa 引用例1-1(乙5)には,「塩化ビニリデン・塩化ビニル共重合体」の含有量が「90-96%」 「大豆油」の含有量が「0.8-2%」, ,「O-アセチルクエン酸トリブチル」の含有量が「5-6%」(本件発明の構成要件F)などの「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」についての記載があるが,塩化ビニリデン繰り返し単位(本件発明の構成要件E)についての記載,当該樹脂をラップフィルムに用いることについての記載,当該樹脂を用いたラップフィルムの厚み(本件発明の構成要件G)についての記載,当該ラップフィルムのTD方向の引裂強度(本件発明の構成要件A),MD方向の引張弾性率(本件発明の構成要件B)及び低温結晶化開始温度(本件発明の構成要件D)についての記載はない。b この点,被告は,引用例1-1の「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」を使用して,乙7規格(「中華人民共和国国家基準GB/T24334-2009」 に従って製造したラップフィルムである引用)発明1-1は,本件発明の組成値(構成要件E~G)を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(構成要件C,H)であるところ,本件発明の技術的思想からすれば,当然に本件発明の物性値(構成要件A,B,D)も満たす旨を主張する。しかし,本件明細書には,本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」が,当然に本件発明の物性値も満たす旨の説明は何ら記載されていない。むしろ,本件明細書には,本件発明の物性値を満たすための諸条件として,TD方向の引裂強度は,塩化

5 ビニリデン系樹脂の組成及びフィルムの厚みのみならず,添加剤組成,フィルムの延伸倍率及び延伸速度等によって調整することができること,MD方向の引張弾性率は,塩化ビニリデン系樹脂の組成のみならず,添加剤組成,フィルムの延伸倍率及び延伸速度等によって調整することができること,低温結晶化開始温度は,フィルムの延伸環境・延伸倍率・延伸速度,緩和環境・緩和比率,原反の保管環境等によって,60℃以下に制御することができることなどが詳細に記載されている(段落【0038】 【0039】 【0046】~【0052】 。, , )また,本件明細書の比較例には,本件発明の組成値を満たしながら,本件発明の物性値を満たさない具体例が多数示されている(段落【0076】~【0082】【表1】の比較例1~7), 。そうすると,本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」が,当然に本件発明の物性値も満たすという関係があるとは認められない。そうすると,仮に引用発明1-1が本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」に当たるとしても,当然に本件発明の物性値も満たすものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。被告の上記主張は採用できない。c したがって,本件発明が,引用発明1-1と同一のものであるとはいえず,これに基づき,新規性を欠くとはいえない。進歩性についてa 上 ,本件発明と引用例1-1を対比すると,少なくとも,本件発明が,本件発明の物性値(構成要件A,B,D)を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(構成要件C,H)であるのに対し,引用例1-1は,そもそもラップフィルムではなく「ポリ塩化ビニリデン系樹脂(PVDC)」であり,それゆえラップフィルムとしての物性値は不明である点において相違するものと認められる。

5 b そして,上記 のとおり,引用例1-1には,そもそも当該樹脂をラップフィルムに用いることについての記載や当該樹脂を用いたラップフィルムの物性値についての記載はない。c そうすると,仮に,引用例1-1に接した当業者において,当該樹脂を用いたラップフィルム(引用発明1-1)を製造することを想到し得たとしても,そこから進んで,本件発明の課題(裂けトラブルの抑制及びカット性の向上)を解決するための手段として,本件発明の物性値を満たすことに着目する示唆ないし動機付けがあったとはいえず,これを容易に想到し得たとはいえない。d したがって,本件発明は,当業者において,引用例1-1ないし引用発明1-1に基づいて容易に発明することができたものとはいえず,進歩性を欠くともいえない。ウ 以上によれば,本件特許には,引用発明1-1に基づき,特許法29条1項3号又は2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるとはいえない。⑵ 争点2-2(無効理由1-2(引用発明1-2に基づく新規性・進歩性欠如)の有無)についてア 被告は,本件発明につき,引用例1-2に記載された引用発明1-2に基づき,新規性・進歩性を欠いている旨を主張する。新規性についてa 引用発明1-2(乙12)の構成は,次のとおりに分説することができ,本件発明の組成値(構成要件E~G)を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」(構成要件C,H)に当たると認められる。a TD方向の引裂強度(記載なし)b MD方向の引張弾性率(記載なし)c 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム

5 d 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度(記載なし)e 塩化ビニリデン繰り返し単位を約85%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して,f エポキシ系植物油であるエポキシ化大豆油(ESO)を1.3重量%,クエン酸エステルであるアセチルクエン酸トリブチル(ATBC)を5.3重量%含有するg 厚みが10μmh 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムb この点,被告は,本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」は,当然に本件発明の物性値(構成要件A,B,D)も満たす旨を主張する。しかし,上記⑴ で説示したとおり,そもそも本件発明において上記のような関係は認められないから,引用発明1-2が,本件発明の組成値を満たす「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」に当たるからといって,当然に本件発明の物性値も満たすものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。被告の上記主張は採用できない。c したがって,本件発明が,引用発明1-2と同一のものであるとはいえず,これに基づき,新規性を欠くとはいえない。進歩性についてa 上 のとおり,本件発明と引用発明1-2とを対比すると,本件発明は,本件発明の物性値を満たすのに対し,引用発明1-2は,これを満たすか否かが不明である点において相違するものと認められる。b この点,被告は,塩化ビニリデン系樹脂を用いたラップフィルムの密着性及びカット性は周知の課題であったところ,引用例2(乙13)

5 には,原告製品「サランラップ」について,「引裂強さ」が「3cN」であること,「引張弾性率」 「470MPa」が であること,厚みが「11μm」であることが記載されていたのであるから,当業者において,引用発明1-2に引用例2に開示された技術的思想を適用することにより,本件発明の構成要件A及びBの物性値(TD方向の引裂強度が2~6cN及びMD方向の引張弾性率が250~600MPa)に係る相違点は,容易に想到し得た旨を主張する。しかし,そもそも,主引例である引用例1-2(乙12)には,ラップフィルムの性能としての「密着性」や「カット性」についての記載はあるものの,これらと関係する物性としての「引裂強度」や「引張弾性率」についての記載はなく,それらの数値範囲の設定が課題であるとの示唆もないから,引用例1-2に接した当業者において,様々な物性の中からあえて「引裂強度」及び「引張弾性率」に着目して,引用例2を適用する動機付けがあるとはいい難く,上記相違点を容易に想到し得たとはいえない。したがって,被告の上記主張は採用できない。c また,被告は,仮に本件発明と引用発明1-2との間に本件発明の構成要件Dの物性値(低温結晶化開始温度が40~60℃)に係る相違点があるとしても,上記物性値に係る数値範囲に臨界的意義はないから,本件発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない旨を主張する。しかし,本件明細書によれば,本件発明は,従前のラップフィルムの「低温結晶化開始温度」が60℃を上回っていたところを,フィルムの延伸環境・延伸倍率・延伸速度,緩和環境・緩和比率,原反の保管環境等の調整によって「40~60℃」に制御する(40℃を下回ることはない。 ことにより,) 裂けトラブルを抑制するという課題を解決しようとするものであり,その効果も実施例及び比較例を通じて実

5 証されているといえる(段落【0041】~【0052】【0065】,~【0086】 【表1】の実施例1~6及び比較例2~6。例えば,,実施例1と比較例3は,本件発明の組成値及び物性値のうち構成要件Dの物性値以外をほぼ共通させ,同構成要件の物性値のみ前者を49℃,後者を66℃としたところ,裂けトラブルの抑制効果に顕著な差があることを示したものである。 。)なお,被告は,本件発明の効果としての裂けトラブルの抑制は,低温結晶化開始温度と原反の保管環境のいずれの影響によるものかを判断できない旨を指摘する。しかし,本件発明は,所定の製造方法によって製造した原反を一時的に保管した後に,紙管等に巻き返してラップフィルムとして製品化することを予定しているのであるから(段落【0003】 【0047】 【0051】~【0053】 ,原反の保管, , )環境等をラップフィルムの物性値の抑制のための条件として用いることも許容されると考えられるところ,本件発明は,飽くまで裂けトラブルの抑制効果の有無を低温結晶化開始温度という物性値を指標として判別することとし,原反の保管環境等を低温結晶化開始温度の抑制のための一要因として位置付けているのであるから,これを正解しない被告の上記主張は失当である。そうすると,本件発明の構成要件Dの物性値に係る数値範囲に臨界的意義がないということはできない。そして,引用例1-2及び引用例2には,「低温結晶化開始温度」についての記載はなく,その数値範囲の設定が課題であるとの示唆もないから,引用例1-2(及び引用例2)に接した当業者において,様々な物性の中からあえて「低温結晶化開始温度」に着目する動機付けがあるとはいえず,上記相違点を容易に想到し得たとはいえない。被告の上記主張は採用できない。d したがって,本件発明は,当業者において,引用発明1-2に引用

5 例2に開示された技術的思想を適用することにより,容易に発明をすることができたものであるとはいえず,引用発明1-2に基づき,進歩性を欠くともいえない。ウ 以上によれば,本件特許には,引用発明1-2に基づき,特許法29条1項3号又は2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるとはいえない。⑶ 争点2-3(無効理由2(TD方向の引裂強度の測定方法に関する実施可能要件違反)の有無)についてア 被告は,本件明細書の段落【0057】には,本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」は,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用するとしながら,他方でエルメンドルフ形引裂試験機を使用することを前提とする「JIS-P-8116」記載の方法に準拠して測定する旨が記載されているところ,これではTD方向の引裂強度の測定方法を理解することは困難であるため,本件特許は,実施可能要件を満たさない旨を主張する。イ そこで検討するに,本件明細書によれば,TD方向の引裂強度は,飽くまで「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を「使用」して測定するとされ,「JIS-P-8116」記載の方法については「準拠して」とされているにすぎないのであるから,当業者であれば,その技術常識に従って,実際に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書(甲16,19) 「JISと P 8116」(乙2)の使用条件に相違がある場合には,前者の使用条件を優先すべきものであると理解し,それゆえ引裂対象となるプラスチック試験片についても,上記取扱説明書の記載に従って,その寸法(長さ:63.5±0.5mm,幅:50±2mm),切り込み長さ(切り込み深さ12.7±0.5mm),引き裂き長さ(50.8mm=63.5mm-12.7mm),試験片枚数(1枚)等の測定条件を一義的に設定

5 するなどして,TD方向の引裂強度を測定することができるといえる。なお,原告は,「JIS-P-8116」記載の方法に「準拠して」との記載の意味について,3つの引裂強さ試験法(①トラウザー引裂法,②エルメンドルフ引裂法,③直角形引裂法)のうち,軽荷重引裂試験機と全く同じ測定原理であるエルメンドルフ引裂法による原理・計算方法による引裂強度の測定であることを明らかにするものである旨を説明するところ,実際に軽荷重引裂試験機とエルメンドルフ形引裂試験機の測定原理が同じであることが認められることからしても(甲18~21) 当業者において,も,上記記載の意味を理解できるものといえる。すなわち,実際に,本件発明の技術分野に関する当業者において,例えば,東レ株式会社の特許出願に係る公開特許公報(甲10の段落【0035】 ,二村化学工業株式会社の特許出願に係る公開特許公報(甲11の段)落【0030】 ,グンゼ株式会社の特許出願に係る再公表特許(甲12の)段落【0076】 ,株式会社興人の特許出願に係る公開特許公報(甲13)の段落【0029】)に加え,興人フィルム&ケミカルズ株式会社の特許出願に係る特許公報(甲17の段落【0021】)においても,ラップフィルムの引裂強度について,「JIS-P-8116に準拠し,軽荷重引裂試験機(東洋精機製)で測定した」旨の記載がされている。さらに,原告が被告各製品のTD方向の引裂強度の測定を依頼した株式会社DJKのみならず,被告が被告各製品等のTD方向の引裂強度の測定を依頼した株式会社生活品質科学研究所においても,本件明細書の段落【0057】の記載に基づいて,軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用してラップフィルムのTD方向の引裂強度を測定する方法の理解が可能であったことがうかがわれる(甲3の1,甲15,乙4,9)。そうすると,本件明細書によれば,当業者において,技術常識に基づいて,ラップフィルムのTD方向の引裂強度の測定方法を理解し,これを実

5 施できるものというべきである。被告の上記主張は採用できない。ウ 以上によれば,本件発明に係る本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑷ 争点2-4(無効理由3-1(本件発明の組成値に関する実施可能要件違反)の有無)についてア 被告は,仮に本件発明の組成値を満たすラップフィルムであれば本件発明の物性値も満たすという関係が否定されるのであれば,当業者において,本件発明の組成値を含む多数の要素をどのように調整すれば,本件発明の効果を奏するラップフィルムを得ることができるのかを認識することができないか,あるいは過度の試行錯誤をしなければこれを認識することができないから,本件特許は,実施可能要件を満たさない旨を主張する。イ そこで検討するに,本件明細書には,本件発明の物性値(構成要件A,B,D)は,本件発明の組成値(構成要件E~G)のみならず,その他の要素を調整することによって制御できる旨が記載されている。すなわち,具体的には,TD方向の引裂強度(構成要件A)について,塩化ビニリデン系樹脂の組成,添加剤組成,フィルムの延伸倍率,延伸速度,フィルムの厚み等によって調整でき,特に制限されないが,例えば,TD方向の延伸倍率を低くしたり,ラップフィルムを厚くすることによって,向上する傾向にあり,TD方向の延伸倍率を高くしたり,ラップフィルムを薄くすることによって,低下する傾向にある旨が記載されている(段落【0038】 。また,MD方向の引張弾性率(構成要件B)について,塩化ビニリ)デン系樹脂の組成,添加剤組成,フィルムの延伸倍率,延伸速度等によって調整でき,特に制限されないが,例えば,延伸倍率を高くしたり,添加剤量を低減することによって,向上する傾向にあり,延伸倍率を低くした

5 り,添加剤量を増加することによって,低下する傾向にある旨が記載されている(段落【0039】 。さらに,低温結晶化開始温度(構成要件D))を制御したラップフィルムの好適な製造方法として,塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押し出しした後の製造工程において ,延伸温度30~45℃条件下において,MD方向及びTD方向の延伸倍率を共に4~6倍とし,MD方向の延伸速度を0.09~0.12倍/s,TD方向の延伸速度を3.1~4.0倍/sとし,延伸直後のフィルムの緩和時の雰囲気温度を25~32℃に設定して,フィルム緩和比率を7~15%とし,延伸後の原反を24時間以上5~19℃で保管するなどの処置をすることによって,低温結晶化開始温度を40~60℃に制御することができる旨が記載されている(段落【0046】~【0052】 。そして,本件明細書の)実施例及び比較例では,具体的な延伸条件等による物性値の調整方法(例えば,比較例1において延伸速度を,比較例2において緩和比率を,比較例3,4において原反の保管温度を,それぞれ上記数値範囲から外すことで,低温結晶化開始温度が40~60℃から外れる。 が開示されている) (段落【0065】~【0086】 【表1】 。, )そうすると,本件明細書に基づいて,当業者において,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明の組成値その他の要素を調整することにより,本件発明の物性値を満たすラップフィルムを製造することができるというべきである。被告の上記主張は採用できない。ウ 以上によれば,本件発明に係る本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑸ 争点2-5(無効理由3-2(サポート要件違反)の有無)についてア 被告は,仮に本件発明の組成値を満たすラップフィルムであれば本件発

5 明の物性値も満たすという関係が否定されるのであれば,本件明細書には,当業者において,いかなる組成値を備えれば,必要な物性値を備えたラップフィルムとなり,本件発明の課題を解決することができるのかを認識するに足りる十分な記載はなく,特に本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」について,「裂けトラブル抑制効果」を奏するための数値範囲が「2~6cN」であることを裏付ける比較例は全くないから,本件特許は,サポート要件を満たさない旨を主張する。イ そこで検討するに,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。そして,前記1で認定したとおり,本件明細書の「発明が解決しようとする課題」には,従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムでは,カット性を良くするためにフィルムの引裂強度を低くすれば裂けトラブルが多発し,これを低減するためにフィルムの引裂強度を高くすればカット性が悪化するなど,裂けトラブルの抑制とカット性の向上の両立が課題となっていた旨の記載がある(段落【0008】~【0010】 。)また,「課題を解決するための手段」には,本件発明は,上記課題の解決手段として,TD方向の引裂強度が2~6cNであること,MD方向の引張弾性率が250~600MPaであること,温度変調型示差走査熱量計によって測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であることという物性値を満たす構成の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを採用した旨の記載があり(段落【0012】 ,)「発明の効果」には,本件発明の構成を

5 採用することで,裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを得ることができる旨の記載がある(段落【0014】 。)さらに,「発明を実施するための形態」には,前記⑴,⑵,⑷で説示したとおり,本件発明の物性値を得るための諸条件やラップフィルムの好適な製造方法が記載され(段落【0038】 【0039】 【0046】~【0, ,052】 ,)「実施例」及び「比較例」には,具体的な延伸条件等による物性値の調整方法が開示されている(段落【0065】 【0086】~ ,【表1】 。)そうすると,たとえ被告の主張するような比較例がないとしても,本件発明の技術分野に関する当業者において,本件発明の課題が,裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することにあるところ,本件発明は,その解決手段として,本件発明の組成値に加えて,本件発明の物性値を満たすものを採用したものであり,その結果,裂けトラブルの抑制とカット性の向上を両立させた塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを得ることができるものと優に認識できるというべきである。被告の上記主張は採用できない。ウ 以上によれば,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載され,その記載から,本件発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるといえ,本件特許には,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑹ 争点2-6(無効理由4(TD方向の引裂強度の測定方法に関する明確性要件違反)の有無)についてア 被告は,当業者において,本件発明の構成要件Aの「TD方向の引裂強度」の意義及び測定方法を理解することができないから,自ら生産し,又は譲渡する「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム」が,上記構成要件の物性値を満たすか否かを認識することができず,本件特許は,明確性要件

5 を満たさない旨を主張する。イ しかし,前記1及び前記3⑶で認定説示したところによれば,本件明細書の段落【0012】 【0038】 【0057】の記載及び技術常識に従, ,えば,当業者において,構成要件Aの「TD方向の引裂強度」の意義は,あらかじめ切れ目を入れた1枚の試験片を幅方向(TD方向)に引き裂き続けるのに必要とする力の平均値(乙2)であり,その測定方法は,「軽荷重引裂試験機(東洋精機製)」を使用し,その取扱説明書(甲16,19)と「JIS P 8116」(乙2)の使用条件に相違がある場合には,前者の使用条件を優先し,それゆえ引裂対象となるプラスチック試験片についても,上記取扱説明書の記載に従って,その寸法(長さ:63.5±0.5mm,幅:50±2mm),切り込み長さ(切り込み深さ12.7±0.5mm),引き裂き長さ(50.8mm=63.5mm-12.7mm),試験片枚数(1枚)等の測定条件を一義的に設定するなどして測定することができるものと容易に理解できるというべきであって,上記文言が明確でないということはできない。被告の上記主張は採用できない。ウ したがって,本件特許請求の範囲の記載については,特許を受けようとする発明が明確であるといえ,本件特許には,明確性要件(特許法36条6項2号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑺ 争点2-7(無効理由5(本件公然実施品に基づく新規性・進歩性欠如)の有無)についてア 被告は,本件発明が,本件公然実施品に基づき,新規性・進歩性を欠いている旨を主張する。イ 新規性についてa 被告は,本件公然実施品の低温結晶化開始温度を測定し,これらの製造年月,測定年月及びその間の月数をまとめたものが,別表「浙江

5 巨化のPVDCを使用した製品の低温結晶化開始温度」であり,これに基づいて,縦軸に「低温結晶化開始温度」,横軸に製造年月から測定年月までの「月数」をとってその散布図を作成し,最小二乗法により求められた近似曲線(y=0.0493x+60.128)を示したものが,別図「製造年月から測定年月までの月数(横軸)と低温結晶化開始温度(縦軸)の分布」であることからして,本件公然実施品の製造時の低温結晶化開始温度は,上記近似曲線のy切片である60.128℃であると推認することができ,これを四捨五入すれば60℃になるから,本件発明の構成要件Dの物性値(低温結晶化開始温度が40~60℃)を満たす旨を主張する。b しかし,そもそも,被告が指摘する上記別表及び別図によっても,本件公然実施品の測定時の低温結晶化開始温度は,全て60℃を超えており,上記数値範囲を満たさないのであり,その製造時の低温結晶化開始温度が上記数値範囲を満たすことは何ら実証されているものではない。c これを措くとしても,被告が主張する本件公然実施品の製造時の低温結晶化開始温度の推定値(60.128℃)は,そもそも本件発明の構成要件Dの物性値の数値範囲を満たさない。また,被告が指摘する上記別図については,最小二乗法による推定の前提(線形の関数関係)が成り立つことが必要であるが,そのことについての合理的根拠が示されているとはいえない。さらに,被告は,本件公然実施品である「製造年月が2012年7月」のラップフィルム(乙24の2)のデータ(67℃)及び「製造年月が2015年10月」のラップフィルム(乙24の3)のデータ(66℃)を計算対象から除外しており,その理由について,前者は製造年月が他のラップフィルム(乙16の1)と重複するためとし,

5 後者は劣化し難いラップフィルムの「中央付近」と対比するために劣化しやすい「端部」を測定したものであって参考的なものにすぎないとしている。しかし,他方で,被告は,「製造年月が2012年1月」のラップフィルム(乙17,19の1)のデータ(3個)については重複を排除していないなど,データ選択に一貫性がなく,上記の「製造年月が2012年7月」のラップフィルム(乙24の2)のデータを除外して,他の製造年月が同じラップフィルム(乙16の1)のデータを選択した理由も説明していない上,上記の「製造年月が2015年10月」のラップフィルムの分析結果報告書(乙24の3)は,「端部」が劣化し易いことについて何ら指摘していない。そうすると,被告が上記推定値を導くに当たって計算対象としたデータの選択については,合理的な説明を欠くといわざるを得ない(なお,被告は,当初は,本件公然実施品の製造時の低温結晶化開始温度の推定値を導くに当たり,上記別表及び別図で計算対象とした本件公然実施品のデータのみならず,本件発明の構成要件Dの物性値を満たす被告製品1のデータを加えていたものであるが,これが失当であることは,事の性質上明らかである。 。)以上によれば,被告が主張する本件公然実施品の製造時の低温結晶化開始温度の推定値(60.128℃)は採用できず,仮にこれを前提としたとしても,本件公然実施品が本件発明の構成要件Dの物性値を満たすとはいえない。d したがって,その余の点について検討するまでもなく,本件発明が,本件公然実施品と同一のものであるとはいえず,これに基づき,新規性を欠くとはいえない。進歩性について

5 a 上記 のとおり,本件発明と本件公然実施品とを対比すると,少なくとも,本件発明が構成要件Dの物性値を満たすのに対し,本件公然実施品はこれを満たさない点において相違する。b この点,被告は,本件発明の構成要件Dの物性値に係る数値範囲の臨界的意義が明らかではないから,本件発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない旨を主張する。しかし,前記⑵イ で認定説示したとおり,本件発明の構成要件Dの物性値に係る数値範囲には臨界的意義がないということはできないものであるし,本件証拠を精査しても,本件公然実施品に接した当業者において,様々な物性の中からあえて本件発明で取り上げられている「低温結晶化開始温度」に着目する示唆ないし動機付けがあることをうかがわせる合理的根拠も認められず,当業者が上記相違点を容易に想到し得たということはできない。被告の上記主張は採用できない。c したがって,本件発明は,当業者において,本件公然実施品に基づいて容易に発明することができたものとはいえず,進歩性を欠くともいえない。ウ 以上によれば,仮に本件公然実施品が本件特許の特許出願前に公然実施されたものであったとしても,本件特許には,本件公然実施品に基づき,特許法29条1項2号又は2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるとはいえない。

⑻ 争点2-8(無効理由6(低温結晶化開始温度の制御方法に関する実施可能要件違反)の有無)についてア 被告は,本件明細書には,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」に影響を与える要因としては,段落【0050】の「フィルムの緩和比率」についての言及しかなく,これが「7%以上」の場合に「低温結晶

5 化開始温度」を「60℃以下」とできる旨が記載されているが,段落【0086】の比較例等には,フィルムの緩和比率が10%でありながら,低温結晶化開始温度が60℃を上回るものがあり,本件特許は,実施可能要件を満たさない旨を主張する。イ しかし, で認定説示したとおり,本件明細書には,従前のラップフィルムの「低温結晶化開始温度」が60℃を上回っていたところを,フィルムの延伸環境・延伸倍率・延伸速度,緩和環境・緩和比率,原反の保管環境等の調整によって「40~60℃」に制御することができる旨の記載があり,具体的には,低温結晶化開始温度を40~60℃に制御したラップフィルムの好適な製造方法として,塩化ビニリデン系樹脂組成物を溶融押し出しした後の製造工程において ,延伸温度30~45℃条件下において,MD方向及びTD方向の延伸倍率を共に4~6倍とし,MD方向の延伸速度を0.09~0.12倍/s,TD方向の延伸速度を3.1~4.0倍/sとし,延伸直後のフィルムの緩和時の雰囲気温度を25~32℃に設定して,フィルム緩和比率を7~15%とし,延伸後の原反を24時間以上5~19℃で保管するなど の処置をすることによって,低温結晶化開始温度を40~60℃に制御することができる旨が記載されているほか,実施例及び比較例では,具体的な延伸条件等による低温結晶化開始温度の調整方法(例えば,比較例1において延伸速度を,比較例2において緩和比率を,比較例3,4において原反の保管温度を,それぞれ上記数値範囲から外すことで, 低温結晶化開始温度が40~60℃から外れる。)が開示されている(段落【0041】~【0052】,【0065】~【0086】 【表1】 。, )このように,本件明細書には,低温結晶化開始温度を40~60℃に制御するための方法として,フィルムの緩和比率のみならず,その他の様々な条件について詳細に記載されているのであり,これらの記載に基づくこ

5 とによって,当業者において,過度の試行錯誤を要することなく,低温結晶化開始温度が上記数値範囲を満たすラップフィルムを得ることができるというべきである。被告の上記主張は採用できない。ウ したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑼ 争点2-9(無効理由7-1(低温結晶化開始温度の測定方法に関する実施可能要件違反)の有無)についてア 被告は,本件明細書の段落【0040】には,本件発明の構成要件Dの「低温結晶化開始温度」は,「JIS K7121」の「補外結晶化開始温度」であると明確に記載しながら,「JIS K7121」の「補外結晶化終了温度」の定義と同一のものが十分な説明もなく記載されており,不明瞭であるし,「補外結晶化開始温度」については,明瞭な「結晶化ピーク」がないときは,「ベースライン」も「こう配が最大になる点」も認識することが困難であり,「ベースライン」の取り方によって,「低温結晶化開始温度」(補外結晶化開始温度)も異なり得るから,本件特許は,実施可能要件を満たさない旨を主張する。イ しかし,本件明細書の段落【0040】には,本件発明のラップフィルムについて,「温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃である」 低温結晶化開始温度は,「,温度変調型DSCによる昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において,低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JIS K7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に,昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と,結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接点(原文ママ)の交点の温度)」な

5 どと記載され,段落【0059】には,「測定サンプルは,ラップフィルムの出荷後の流通,及び家庭での保管を想定し,作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したものを使用した」 測定は,「,パーキンエルマー社製のDSC(DiamondDSC)を使用し,ステップスキャン測定モード(サンプル重量:6mg,サンプルパン材質:アルミ製,測定温度:0~180℃,昇温速度:10℃/min,昇温ステップ幅:4℃,等温時間:1min)を利用した」 「空のアルミ製サンプ,ルパンについても前記条件にて測定し,ラップフィルムの温度-熱流曲線の補正を行った」 「補正後の温度-熱流曲線の非可逆成分において,低温,結晶化に起因する発熱が開始する温度を低温結晶化開始温度とした」などと記載されている。しかして,当業者において,上記のようなDSCを使用した測定方法は広く採用されており,実際に原告ないし被告が被告各製品ないし本件公然実施品等の低温結晶化開始温度の測定を依頼した株式会社DJKや日鉄環境株式会社においても,本件明細書の記載に従って低温結晶化開始温度を測定していることがうかがわれる(甲3,乙16の1,17,19,21,24,弁論の全趣旨)。このように,本件明細書には,低温結晶化開始温度を測定する方法が明記されているといえ,これに基づいて,当業者において,過度の試行錯誤を要することはなく,低温結晶化開始温度を測定することができるというべきである。被告の上記主張は採用できない。ウ したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件特許には,実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑽ 争点2-10(無効理由7-2(低温結晶化開始温度の測定方法に関する明確性要件違反)の有無)について

5 ア 被告は,本件明細書の記載を踏まえても,本件発明の構成要件Dの低温結晶化開始温度が一義的に定まらないから,明確性要件を満たさない旨を主張する。イ しかし,上記⑼で説示したとおり,本件明細書には,低温結晶化開始温度を測定する方法が明記されているのであり,これが明確性を欠くとはいえない。ウ したがって,本件特許請求の範囲の記載については,特許を受けようとする発明が明確であるといえ,本件特許には,明確性要件(特許法36条6項2号)を満たさない無効理由(同法123条1項4号)があるとはいえない。

⑾ 小括以上によれば,本件特許に無効理由があるとはいえない。

4 原告の請求の可否以上の1ないし3によれば,被告が被告各製品について輸入,販売又は販売の申出をする行為は,本件発明の実施行為に当たるものとして,原告の有する本件特許に係る特許権を侵害するものであるというべきである。したがって,原告は,被告に対し,上記特許権に基づき,被告各製品の輸入,販売又は販売の申出の差止めを求めることができるとともに,侵害の行為を組成した物である被告各製品の廃棄を求めることができるといえるものである。

第5 結論

よって,原告の請求は理由があるからこれらを全て認容することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部

裁判長裁判官 田 中 孝 一

裁判官 奥 俊 彦

裁判官 西 尾 信 員

(別紙特許公報 省略)

別 紙

物件目録

5 1 被告製品1商品名を「PREMIUM(プレミアム)ラップ」とする30cm×50mの食品包装用ラップフィルム(JANコード4560131930424)2 被告製品2商品名を「PREMIUM(プレミアム)ラップ」とする22cm×50mの食品包装用ラップフィルム(JANコード4560131930431)3 被告製品3商品名を「PREMIUM(プレミアム)ラップ」とする45cm×50mの食品包装用ラップフィルム(JANコード4560131930523)以 上

別 表

浙江巨化のPVDCを使用した製品の低温結晶化開始温度製造から5 低温結晶化号 証 製造年月 測定年月 測定までの開始温度月 数乙16の1 2012年07月 2019年12月 89月 63.41℃乙17 2012年01月 2020年02月 97月 64.11℃乙17 2012年01月 2020年02月 97月 64.88℃乙19の1 2012年01月 2020年04月 99月 66.65℃乙19の2 2015年10月 2020年04月 54月 63.07℃別 図製造年月から測定年月までの月数(横軸)と低温結晶化開始温度(縦軸)の分布

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

来週の知財セミナー (10月26日~11月1日)

10月29日(木) - オンライン

第68回東北大学知財セミナー

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

ひので総合特許事務所

〒330-0846 埼玉県さいたま市大宮区大門町3-205 ABCビル401 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

あいぎ法律事務所

〒450-0002 愛知県名古屋市中村区名駅三丁目13番24号 第一はせ川ビル6階 特許・実用新案 意匠 商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

辰己国際特許事務所【中小企業様~中堅企業様、歓迎致します】

バーチャルオフィス化(個人宅をワークスペースにしており、原則として各人がリモートワークをしております。)に伴い、お客様、お取引先様にのみ個別にご案内させていただいております。 特許・実用新案 商標 外国特許 外国商標 コンサルティング