平成24(行ケ)10134審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成24年12月5日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官黒瀬雅一 原告日本テクノ株式会社秋本恵理
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対象物 |
省エネ行動シート |
法令 |
特許権
特許法2条1項3回 特許法29条1項3回
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キーワード |
審決19回 実施2回 分割1回 進歩性1回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記
2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は
成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のと
おり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 |
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判決文
平成24年12月5日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成24年(行ケ)第10134号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成24年11月21日
判 決
原 告 日 本 テ ク ノ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 恩 田 俊 明
秋 本 恵 理
同 弁理士 工 藤 一 郎
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 長 島 和 子
黒 瀬 雅 一
樋 口 信 宏
守 屋 友 宏
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2010-24151号事件について平成24年3月6日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記
2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は
成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のと
おり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「省エネ行動シート」とする発明につき,平成22
年3月31日に特許出願(出願番号:特願2010-82481。平成21年12
月25日に出願した特願2009-295281号(以下「原出願」という。)の
分割出願)を行った(甲1)。
(2) 原告は,平成22年8月16日付けで拒絶査定を受け,同年10月27日,
不服の審判を請求し(甲4),平成24年2月7日,手続補正書を提出した(甲2。
以下「本件補正」といい,本件補正後の明細書(甲1)を「本件明細書」とい
う。)。
(3) 特許庁は,上記請求を不服2010-24151号事件として審理し,平
成24年3月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,そ
の謄本は同月16日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下「本願発明」とい
う。)は,以下のとおりである(甲2)。文中の「/」は,原文の改行箇所を示す。
建物内の複数の場所名と,軸方向の長さでその各場所にて節約可能な単位時間当
たりの電力量とを表した第一場所軸と,/時刻を目盛に入れた時間を表す第一時間
軸と,/取るべき省エネ行動を第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領
域に示すための第一省エネ行動配置領域と,/からなり,/第一省エネ行動配置領
域に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第一場所軸方向の長
さ,省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さとする第一省エネ行動識別
領域をさらに有し,/該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エネ行動と,
その省エネ行動によって節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位
時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可
能な電力量)を示す省エネ行動シート
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,①産業上利用することができ
る発明であるとは認められないから,特許法29条1項柱書に該当せず,②仮に,
特許法上の発明であるとしても,後記引用例1に記載された発明又は後記引用例2
に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,
同条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:特開2008-104310号公報(甲10)
イ 引用例2:経済産業省編「エネルギー白書2006年版~エネルギー安全保
障を軸とした国家戦略の再構築にむけて~」(株式会社ぎょうせい,平成18年7
月30日発行)77頁(甲11)
(2) なお,本件審決は,その判断の前提として,引用例1に記載された発明
(以下「引用発明1」という。)並びに本願発明と引用発明1との一致点及び相違
点を以下のとおり認定した。
ア 引用発明1:単位時間当たりの電力量を表す縦軸と,時間を表す横軸と,縦
軸に交差し,上限値を表す一点鎖線と,単位時間当たりの電力量を軸方向の長さ,
継続時間を横軸方向の長さとする領域を実線で区画することで,現在使用電力量を
示し,単位時間当たりの電力量を軸方向の長さ,継続時間を横軸方向の長さとする
領域を点線で区画することで,許容電力量を示す,住戸での電力使用量と許容電力
量を表す図
イ 一致点:場所名と,軸方向の長さでその場所にて想定される単位時間当たり
の電力量とを表した一方の軸と,時間を表す他方の軸と,一方の軸と他方の軸によ
って特定される一定領域が配置される配置領域と,からなり,配置領域に特定の行
動により生じる単位時間当たりの電力量を一方の軸方向の長さ,特定の行動の継続
時間を他方の軸の軸方向の長さとする特定行動識別領域をさらに有し,該当する特
定行動識別領域の特定行動と,その特定行動によって生じる概略電力量(特定行動
により生じる単位時間当たりの電力量と特定行動の継続時間との積算値である面積
によって把握可能な電力量)を示す特定行動図
ウ 相違点1:一方の軸に関し,本願発明は「建物内の複数の場所名と,軸方向
の長さでその各場所にて節約可能な単位時間当たりの電力量」とを表した「第一場
所軸」であるのに対し,引用発明1の縦軸は,「住戸」での単位時間当たりの電力
量を表すものの,建物内の複数の場所名ではなく,「縦軸に交差し,上限値を表す
一点鎖線」によって,縦軸の長さが定まり,該定まった縦軸の長さが住戸にて使用
可能な単位時間当たりの電力量の上限値を表しているものの,各場所にて節約可能
な単位時間当たりの電力量を表したものではなく,第一場所軸と特定されていない
点
エ 相違点2:時間を表す他方の軸に関し,本願発明は「時刻を目盛に入れた」
「第一時間軸」であるのに対し,引用発明1の横軸は,時刻を目盛に入れたもので
はなく,第一時間軸と特定されていない点
オ 相違点3:配置領域に関し,本願発明は「取るべき省エネ行動を第一場所軸
と第一時間軸によって特定される一定領域に示すための」「第一省エネ行動配置領
域」であるのに対し,引用発明1は,「現在使用電力量」を示す「実線で区画」さ
れた領域及び「許容電力量」を示す「点線で区画」された領域が配置される「横
軸」と「上限値を表す一点鎖線」の間の領域である点
カ 相違点4:特定行動識別領域に関し,本願発明は「第一省エネ行動配置領域
に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第一場所軸方向の長さ,
省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さとする」「第一省エネ行動識別
領域」であるのに対し,引用発明1は,「単位時間当たりの電力量を軸方向の長さ,
継続時間を横軸方向の長さとする領域を実線で区画することで,現在使用電力量を
示す」領域及び「単位時間当たりの電力量を軸方向の長さ,継続時間を横軸方向の
長さとする領域を点線で区画することで,許容電力量を示す」領域であるものの,
本願発明のようなものではない点
キ 相違点5:本願発明が「該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エネ
行動と,その省エネ行動によって節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可
能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によっ
て把握可能な電力量)を示す省エネ行動シート」であるのに対し,引用発明1は,
住戸での電力使用量と許容電力量を表す図である点
(3) また,本件審決は,その判断の前提として,引用例2に記載された発明
(以下「引用発明2」という。)並びに本願発明と引用発明2との一致点及び相違
点を以下のとおり認定した。
ア 引用発明2:縦軸の長さで単位時間当たりのピーク供給電力量を表した縦軸
と,0時から2時間おきに24時まで時刻が示された横軸と,7種のエネルギー源
毎に単位時間当たりの供給電力量を縦軸方向の長さ,供給の継続時間を横軸の軸方
向の長さとする7つの領域を設け,該当する領域に記載されたエネルギーを使うこ
とで供給される概略供給電力量を示す一般電気事業用各電源の使われ方のイメージ
図
イ 一致点:軸方向の長さで単位時間当たりの電力量を表した一方の軸と,時刻
を目盛に入れた時間を表す他方の軸と,特定の行動を一方の軸と他方の軸によって
特定される一定領域に示すための配置領域と,からなり,配置領域に特定の行動に
より生じる単位時間当たりの電力量を一方の軸方向の長さ,特定の行動の継続時間
を他方の軸の軸方向の長さとする特定行動識別領域をさらに有し,該当する特定行
動識別領域に示される特定行動と,その特定行動によって生じる概略電力量(特定
行動により生じる単位時間当たりの電力量と特定行動の継続時間との積算値である
面積によって把握可能な電力量)を示す特定行動図
ウ 相違点6:一方の軸に関し,本願発明は「建物内の複数の場所名と,軸方向
の長さでその各場所にて節約可能な単位時間当たりの電力量」とを表した「第一場
所軸」であるのに対し,引用発明2の縦軸は,場所名を表しておらず,縦軸の長さ
で単位時間当たりのピーク供給電力量を表しているものの,節約可能な単位時間当
たりの電力量を表したものではなく,第一場所軸と特定されていない点
エ 相違点7:時間を表す他方の軸に関し,本願発明は「第一時間軸」であるの
に対し,引用発明2の横軸は,第一時間軸と特定されていない点
オ 相違点8:配置領域に関し,本願発明は「取るべき省エネ行動を第一場所軸
と第一時間軸によって特定される一定領域に示すための」「第一省エネ行動配置領
域」であるのに対し,引用発明2は,「7種のエネルギー源毎に単位時間当たりの
供給電力量を縦軸方向の長さ,供給の継続時間を横軸の軸方向の長さとする7つの
領域」が設けられる縦軸の上端と横軸の右端を限界とする領域である点
カ 相違点9:特定行動識別領域に関し,本願発明は「第一省エネ行動配置領域
に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第一場所軸方向の長さ,
省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さとする」「第一省エネ行動識別
領域」であるのに対し,引用発明2は,「7種のエネルギー源毎に単位時間当たり
の供給電力量を縦軸方向の長さ,供給の継続時間を横軸の軸方向の長さとする7つ
の領域を設け,該当する領域に記載されたエネルギーを使うことで供給される概略
供給電力量を示す」ものの,本願発明のようなものではない点
キ 相違点10:本願発明が「該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エ
ネ行動と,その省エネ行動によって節約できる概略電力量(省エネ行動により節約
可能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によ
って把握可能な電力量)を示す省エネ行動シート」であるのに対し,引用発明2は,
一般電気事業用各電源の使われ方のイメージ図である点
4 取消事由
(1) 発明該当性に係る判断の誤り(取消事由1)
(2) 容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)
第3 当事者の主張
1 取消事由1(発明該当性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 技術的思想の創作
そもそも「技術」とは,「ある一定の目的を達するための手段」と考えられてお
り,これは,ある課題の解決という一定の目的達成のための手段に関する思想のこ
とを指す。したがって,「技術的思想の創作」とは,ある課題の解決に向けられた
手段に関する思想の創作である。
(2) 審査基準の妥当性
特許庁の審査基準は,「発明」に該当しないものの一類型として「技術的思想で
ないもの」を挙げ,具体例として「情報の単なる提示(提示される情報の内容にの
み特徴を有するものであって,情報の提示を主たる目的とするもの)」を挙げてい
る。そして,「情報の提示(提示それ自体,提示手段,提示方法など)に技術的特
徴があるものは,情報の単なる提示に当たらない」とした上で,テレビ受像機用の
テストチャートや,文字,数宇,記号からなる情報を凸状に記録したプラスチック
カードを具体例として挙げ,これらはそれぞれ,テストチャートそれ自体あるいは
情報の提示手段に技術的特徴があるとして「技術的思想」に該当することを明示し
ている。
以上の基準は,情報そのものは,目的達成のための手段たり得ず「技術」とはい
えないのであって,課題解決に向け情報を提示する何らかの手段こそが,「技術」
といえることを意味しているおり,原告の見解と合致する。
(3) 情報の提示
ここで,「提示」とは,文理上「提出して示すこと」あるいは「差し出して見せ
ること」と解釈されるので,ある情報を記録した物における情報の「提示」とは,
当該物に当該情報を特定の手段や方法を用いて記録し,記録された態様の性質に応
じて,人の五感に対して情報に起因する結果を提供することと解される。したがっ
て,「情報の提示(提示それ自体,提示手段,提示方法など)に技術的特徴がある
もの」とは,情報の記録の仕方それ自体や,記録手段及び記録方法等に技術的特徴
があり,その結果として,提供された情報にその特徴が反映されたものということ
ができる。換言すると,課題の解決に向けて「どのような情報」を提示するかとい
う点のみが創造的特徴となっていればそれは「情報の単なる提示」にすぎないが,
情報を「どのようにして」記録し示すかという点に特徴があれば,その特徴は「情
報の提示」についての技術的特徴に当たる。
(4) 本願発明の技術的特徴
ア 本願発明における「情報」とは,発明の課題から判断できるように,省エネ
行動をとるべき場所,時間,そして上記時間にわたり上記場所により省エネ行動を
とることで節約可能な電力量である。
本願発明における「提示」とは,省エネ行動をとるべき場所と,その場所におい
て単位時間に節約可能な電力を示す縦軸(第一場所軸)を備え,時間(時刻)を示
す横軸を備え,これらを利用するとともに,さらに,該当する場所において起こす
べき省エネ行動をこの両軸を利用して所定の面積を持つ領域(第一省エネ行動識別
領域)として記録し備えることによって,前記情報を示すことである。
イ 本願発明の第一場所軸,第一省エネ行動識別領域は,課題を解決するために
技術的に用いられる「提示」手段,すなわち本願発明の構成要件である。そして,
当該構成要件並びにこれらの組合せに技術的思想が存在するのであるから,本願発
明は「発明」として特許されてしかるべきである。
本願発明の「第一場所軸」という構成要件は,建物内の複数の場所名と,その各
場所にて節約可能な単位時間当たりの電力量とを示す機能を有している。これは,
「場所名」という情報と対応可能な位置に,「軸」という情報記録手段を用いて
「電力量」という情報を単位時間という概念を利用して記録することにより,「あ
る場所においてどれだけの電力量の節約が可能であるか」を一目で把握可能とする
構成を第一場所軸が取っていることを意味している。あくまで「軸」はこれらの各
情報をシート上に記録するための手段であって,かかる記録手段を構成要件として
採用することにより,見る者にとって「概略電力量」という情報を「見やすい,理
解しやすい」という効果を生じさせることが可能になる。
本願発明の「第一省エネ行動識別領域」という構成要件は,「第一省エネ行動配
置領域」に存在し,省エネ行動と,その省エネ行動によって節約できる概略電力量
とを示す機能を有している。これは,「省エネ行動」という情報と対応可能な位置
に「領域」という情報記録手段を用いて「概略電力量」という情報を記録すること
により,「特定の省エネ行動を取ることにより,どれだけの電力量の節約が可能で
あるか」を一目で把握可能とする構成を第一省エネ行動識別領域が取っていること
を意味している。ここでもあくまで「領域」はこれらの各情報をシート上に記録す
るための手段なのであって,かかる記録手段を構成要件として採用することによ
り,見る者にとって「取るべき省エネ行動」と「概略電力量」という2つの異なる
情報を関連付け「見やすい,理解しやすい」という効果を生じさせることが可能に
なる。
当該各構成の下では,ある場所において取るべき省エネ行動と概略電力量を一目
で瞬時に理解することが可能になるのみならず,場所ごとに提示されている各情報
を比較することも可能になるため,どの場所におけるどの省エネ行動を優先的に行
えば最適な省エネ効果を実現できるかを瞬時に把握することも可能となる。これら
の視覚的効果が,いずれも,「電力量」「場所」といった情報の内容自体ではな
く,「第一場所軸」「第一省エネ行動識別領域」といった構成をとる情報の提示方
法によってもたらされたことは明らかであって,このような情報の提示にこそ本願
発明における技術的特徴が認められる。
なお,ある発明が技術的思想の創作であることを前提とし,それが「自然法則を
利用した」といえるかどうかの判断の文脈において用いるべき規範と,審査基準に
おける「自然法則を利用しているか」と「技術的思想であるか(さらには,単なる
情報の提示なのか)」は別個の判断事項とされている。本件審決において審判官は
終始本願発明が「単なる情報の提示なのか」を論じており,上記規範が審決におけ
る「技術的思想の創作」に当たるかどうかの判断との関係で引用されるべき規範と
しては適切ではない。
ウ 本願発明は,平面的な構成(技術的構造)により,これを見る者において
必ず一定の効果(見やすい,理解しやすいというような効果)を生ずる以上,自然
法則の利用に該当するものである。
(5) 小括
本願発明は,その情報の提示の仕方にこそ技術的特徴があり,当該特徴により,
見る者に対して「見やすい,理解しやすい」という効果をもたらすものである。し
たがって,本願発明は,特許法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想の
創作」に該当し,ひいては同法29条1項柱書に規定する「発明」に該当する。か
かる結論と矛盾する本件審決には,上記事実誤認により判断を誤った違法があり,
取り消されなければならない。
〔被告の主張〕
(1) 本願発明の発明該当性
ア 本件明細書の記載からは,本願発明が「省エネ行動シート」そのものの発明
であって,「省エネ行動シート作成装置」や「省エネ行動シート作成方法」の発明
ではないことが理解できる。また,本願発明の「省エネ行動シート」は,取るべき
省エネ行動のスケジュールを図示した図表であって,例えば,図1のように,横軸
を時間とし,縦軸を単位時間当たりの消費電力量とし,場所毎に,省エネ行動を積
み上げ表示したものであることが理解できる。また,特許請求の範囲には,図表の
レイアウト及びその図表が図示する情報は記載されているものの,省エネ行動シー
トを図示する特定の物(紙やディスプレイ)との具体的関係は記載されていない。
そもそも,本願発明の省エネ行動シートは,紙に印刷してもディスプレイに表示し
ても構わないものであるから,特定の物と結びつけられているものではなく,ま
た,特定の物を別の状態に変えるようなものでもない。
イ 本願発明の課題及び課題解決手段並びに効果の観点から検討しても,本願発
明の省エネ行動シートは,省エネ行動に関する情報を原告が決めたレイアウトに従
って単に図表として提示するにすぎないものであるから,本願発明は「自然法則を
利用した技術的思想」に該当せず,特許法29条1項柱書に規定する要件を満たさ
ないものである。
(2) 審査基準について
審査基準に例示されている「テレビ受像機用のテストチャート」は,テレビ受像
機が要求仕様に従って画像を出力するか否かを検証するために,テレビ受像器に入
力され,得られた出力を観測するためのものであり,テストチャートによる情報の
提示がテレビ受像器という特定の物と結びつけられていると評価できるから,情報
の提示それ自体に技術的特徴がある。
審査基準に例示されている「文字,数字,記号からなる情報を凸状に記録したプ
ラスチックカード」も,情報の記録がプラスチックカードという特定の物と結びつ
けられていると評価でき,また,情報の記録(プラスチックカードの凸形状)が伝
票等の特定の物を別の状態に変える作用を具備するものと評価できるから,情報の
提示手段に技術的特徴がある。
このように,審査基準の「技術的特徴」とは,自然法則を利用した技術におけ
る特徴のことである。
特許法上の発明は,自然法則を用いた技術であるから,スポーツや演奏等の技芸
や法技術等が除かれ,情報の提示に自然法則を用いた技術以外の技術(表現技法
等)において特徴があるとしても,依然として特許法上の発明から除かれる。
他方,本願発明の省エネ行動シートは,紙に印刷してもディスプレイに表示して
も構わないものであるから,物としての情報の媒体と密接に結びつけられているも
のではなく,情報を単に理解しやすく図示するという表現上の作用を奏するだけで
あり,物を別の状態に変える作用を備えるものでもない。
審査基準に照らしても,本願発明が自然法則を利用した技術的思想であるという
ことはできない。
(3) 原告の主張について
原告は,本願発明の「第一場所軸」は「軸」という情報記録手段であり,「第一
省エネ行動配置領域」は「領域」という情報記録手段であり,これらの構成を取る
ことによって,本願発明の視覚的効果が得られると主張する。
しかしながら,本願発明の「軸」や「領域」は,図表のレイアウトを決める表現
上の構成にすぎないものであり,特定の物と結びつけられてなる,自然法則を利用
した技術的な構成ではない。また,本願発明の視覚的効果は,図表の表現を創意工
夫したことによる表現上の効果にとどまるものであるから,本願発明の「軸」や
「領域」は,特定の物を別の状態に変える作用を奏する,自然法則を利用した技術
的な構成ではない。
さらに,本願発明の創造的特徴は,表の第一軸及び第二軸等に取る情報の内容並
びに表に描く情報の内容にあること,すなわち,図表としてのレイアウトの取決め
にあることが理解できる。
また,本願発明は,提示される情報である電力量の内容が「省エネ行動によって
節約できる」概略電力量であり,その図示された大きさから量を一見して把握する
ことが可能となる効果を奏するものであるが,図示された大きさから量を一見して
把握可能とすることは,図表が当然備える機能にすぎないから,結局,本願発明の
特徴は,提示される電力量の内容が「省エネ行動によって節約できる」概略電力量
である点に帰着する。
以上のとおり,原告が主張する情報を記録し提示する手段は,自然法則を利用し
た技術が関与しない,単なる図表のレイアウトの取決めにすぎないものである。
(4) 小括
以上のとおり,本願発明の省エネ行動シートは,省エネ行動に関する情報を原告
が決めたレイアウトに従って単に図表として提示するにすぎないものであるから,
「自然法則を利用した技術的思想」に該当せず,特許法29条1項柱書に規定する
要件を満たさないものである。
2 取消事由2(容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 引用例の比較対象としての妥当性について
進歩性の判断に当たっては,①技術分野の関連性,②課題の共通性,③作用や機
能の共通性,④内容中の示唆,という観点から,先行技術との異同が検討される。
したがって,かかる異同を検討するために用いられる先行技術文献は,上記観点に
基づいた要件を充たすものでなければならない。
しかしながら,引用例1及び2は,いずれも本願発明とは目的・効果を大きく異
にしており,これらは本願発明との比較対象としての妥当性を著しく欠いたもので
ある。
(2) 引用例1との対比について
引用発明1における「領域」は,そもそも「特定行動識別領域」としての性質を
有するものではない。引用発明1には,「節約」「節制」といった概念はないか
ら,「電気を使用しない」という状態を「行動」として表現することができず,引
用発明1において「特定行動識別領域」という技術が開示されているとした本件審
決は誤っている。
本願発明においては,それぞれ縦の長さが異なる配置領域及び縦軸が縦軸方向に
複数並べられていることによって,本願発明のシートを目にした者は,縦軸方向に
視線を動かして各配置領域及び縦軸の縦の長さを比較することとなる。これによっ
て,その場所において節約可能な単位時間あたりの電力量を一目で比較することが
可能となり,省エネ行動を取るべき優先度が高い場所が一目瞭然になるという本願
発明の効果を初めて得ることができる。本件審決が引用する図は,各配置領域及び
縦軸の縦の長さや当該長さがそれぞれ異なることについて,何ら特別の意味付けは
されていない。
(3) 引用発明2との対比について
本願発明における「特定行動」とは,省エネ効果を発生させるものであるから,
省エネを行う側,すなわち電力消費者において行われる行動でなければならない。
引用発明2の「エネルギーを使うこと」は,電力供給者において行われる行動であ
り,「特定行動」及び「特定行動識別領域」について,言及も示唆もない。
(4) 本願発明の容易想到性
本願発明は,引用発明1及び引用発明2において言及も示唆もない「特定行動識
別領域」を技術的構造として備えており,かつ,配置領域の並べ方について新規な
工夫を行ったものであり,引用発明1及び2から容易に想到できるとはいえない。
〔被告の主張〕
(1) 引用発明の比較対象としての妥当性について
引用発明1及び2と本願発明は,全体のレイアウトが共通し,同様の課題や機能
を有する図表である点で共通しており,異なるのは,レイアウトに設定された情報
のみであるから,本願発明との比較対象としての妥当性を欠いているものとはいえ
ない。
(2) 引用発明1との対比について
ア 特定行動識別領域について
本件審決は,「実線で区画することで,現在使用電力量を示」す領域と「点線で
区画することで,許容電力量を示す」領域の両方を認定し,それらの領域に設定さ
れる情報と本願発明の情報の相違は認識しつつ,一致点として「特定行動識別領域
をさらに有し」と認定し,その領域に設定される情報については相違点4で取り上
げて検討しているから,本件審決に一致点の認定の誤りはなく,相違点の看過もな
い。
イ 「複数並べる」の意義について
請求項5の記載から,請求項1に係る本願発明の「第一場所軸」は,複数の場所
名ごとに尺度を変えたものも複数の場所名ごとに尺度を変えないものも含んでいる
ものであることが明らかである。そうすると,複数の場所名ごとの第一場所軸の尺
度が同じ尺度であることを前提にした原告の主張は,特許請求の範囲に基づかない
ものであり,失当である。
(3) 引用発明2との対比について
本件審決は,引用発明2として「7種のエネルギー源毎に単位時間当たりの供給
電力量を縦軸方向の長さ,供給の継続時間を横軸の軸方向の長さとする7つの領域
を設け,該当する領域に記載されたエネルギーを使うことで供給される概略供給電
力量を示す」領域を認定し,その領域に設定される情報と本願発明の情報の相違は
認識しつつ,一致点として「特定行動識別領域をさらに有し」と認定し,その領域
に設定される情報については相違点9で取り上げて検討しているから,本件審決に
一致点の認定の誤りはなく,相違点の看過もない。
(4) 本願発明の容易想到性について
本願発明は,二つの軸と,その二つの軸から特定される領域と,その領域に配置
されるさらなる領域に「省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第
一場所軸方向の長さ,省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さとする」
「省エネ行動によって節約できる概略電力量」という情報を設定したものであり,
「さらなる領域」の面積がその領域に示される省エネ行動によって節約できる概略
電力量であることを,図表を見る者に分かりやすく示すものである。
引用発明1は,二つの軸と,その二つの軸から特定される領域と,その領域に配
置されるさらなる領域というレイアウトを有しており,「さらなる領域」には,引
用発明1では,「現在使用電力量」や「許容電力量」という情報が設定されてお
り,特定の概略電力量を,図表を見る者に分かりやすく示すものである。
引用発明2も引用発明1と同様,二つの軸と,その二つの軸から特定される領域
と,その領域に配置されるさらなる領域というレイアウトを有しており,「さらな
る領域」には,引用発明2では,「該当する領域に記載されたエネルギーを使うこ
とで供給される概略供給電力量」という情報が設定されており,特定の概略電力量
を,図表を見る者に分かりやすく示すものである。
図表のテーマを何にするかは,人の思想の発露そのものであり,そして「さらな
る領域」で示される概略電力量が何を示すものとするかは,図表のテーマに従っ
て,人が自由に決定すべきものであって,引用発明2において,「さらなる領域」
で示される概略電力量を省エネ行動によって節約できる概略電力量とすることは,
人が図表のテーマに従って自由に設定できる程度のことであり,本件審決の判断に
誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 本願発明について
(1) 本願発明
本願発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願発明の
「省エネ行動シート」は,以下のとおりのものである。
① 建物内の複数の場所名と,軸方向の長さでその各場所にて節約可能な単位時
間当たりの電力量とを表した第一場所軸と,
② 時刻を目盛に入れた時間を表す第一時間軸と,
③ 取るべき省エネ行動を第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領域
に示すための第一省エネ行動配置領域と,
からなり,
④ 第一省エネ行動配置領域に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電
力量を第一場所軸方向の長さ,省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さ
とする第一省エネ行動識別領域をさらに有し,
⑤ 該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エネ行動と,その省エネ行動
によって節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電
力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な電力量)を
示す省エネ行動シート
(2) 本件明細書には,次の記載がある(甲1)。
ア 発明が解決しようとする課題
従来技術においては,各省エネ行動によってどれくらいの電力量又は電力量料金
を節約できるのかを一見して把握することが難しく,どの省エネ行動を優先的に行
うべきかを把握することが難しかった(【0005】)。
以上の課題を解決するために,建物内の場所名と,軸方向の長さでその場所にて
節約可能な単位時間当たりの電力量とを表した第一場所軸と,時刻を目盛に入れた
時間を表す第一時間軸と,取るべき省エネ行動を第一場所軸と第一時間軸によって
特定される一定領域に示すための第一省エネ行動配置領域と,からなり,第一省エ
ネ行動配置領域に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第一場所
軸方向の長さ,省エネ行動の継続時間を第一時間軸の軸方向の長さとする第一省エ
ネ行動識別領域を設けることで,該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エ
ネ行動を取ることで節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間
当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な
電力量)を示すことを特徴とする省エネ行動シートなどを提案する(【000
6】)。
イ 発明の効果
以上のような構成をとる本願発明によって,省エネ行動を取るべき時間と場所を
一見して把握することが可能になり,かつ,各省エネ行動を取ることにより節約で
きる概略電力量や電力料金を把握することが可能になる(【0007】)。
ウ 実施例1
図1に示すように,本実施例の「省エネ行動シート」は,建物内の場所名と,軸
方向の長さでその場所にて節約可能な単位時間当たりの電力量とを表した「第一場
所軸」と,時刻を目盛に入れた時間を表す「第一時間軸」と,取るべき省エネ行動
を第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領域に示すための「第一省エネ
行動配置領域」と,からなり,第一省エネ行動配置領域に一定の面積を有する「第
一省エネ行動識別領域」を設けることで,該当する第一省エネ行動識別領域に示さ
れる省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量を示すことを特徴とする。当該
構成とすることにより,省エネ行動を取るべき時間や場所を明確に把握でき,かつ,
省エネ行動を取ることにより節約できる概略電力量を一見して把握することが可能
になる(【0010】)。
軸方向の長さでその場所にて節約可能な単位時間あたりの電力量を表すとは,そ
の場所にて節約可能な単位時間あたりの電力量の大きさに応じて,その場所と関連
づけられた軸領域の軸方向の長さを変化させることをいう。ここで節約可能な単位
時間あたりの電力量の大きさと軸方向の長さは一定の比例関数で関連づけすること
が考えられるが,大きさの対応関係が分かるものであれば特に限定されない。大き
さの対応関係は,図1に示すように矢印とその長さに対応する電力量を表示したり,
電力量の目盛り線を付けたりすることが考えられる。また,省エネ行動シートの余
白に,単位時間当たりの電力量と軸方向の長さとの関係式や,関係図等を表示させ
ることも考えられる(【0013】)。
また,1日における最大需要電力を取りやすい時間帯において,各第一省エネ行
動識別領域の第一場所軸方向の長さに応じて需要電力がどれくらい減らせるかを把
握することが可能になり,最大需要電力の削減を図ることも可能になる(【001
4】)。
「第一時間軸」は,時刻を目盛に入れた時間を表すものである。目盛は,「9
時」,「10時」,‥‥,のように細かい刻みとすることも可能であるし,「9時
~12時」,「12時~15時」,「15時~18時」,「18時~21時」のよ
うに粗い刻みとすることも可能である。これらの目盛は,省エネ行動シートの用途
によって変化するものであり,種々の態様が考えられる。また,時刻の範囲につい
ても用途によって種々選択可能である(【0015】)。
「第一省エネ行動配置領域」は,取るべき省エネ行動を第一場所軸と第一時間軸
によって特定される一定領域に示すためのものである。取るべき省エネ行動として
は,「空調装置の電源OFF」,「空調装置のモード変更」,「換気扇の電源OF
F」,「照明の電源OFF」,「不使用の電気機器のコンセントを抜く」等といっ
た種々のものが考えられる。第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領域
とは,第一場所軸と第一時間軸の各座標によって特定される所定の大きさを有する
領域をいう(【0018】)。
このように,第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領域に取るべき省
エネ行動を示すことで,その場所及び時間においてどのような省エネ行動を取るべ
きかを一見して把握することが可能になる(【0019】)。
「第一省エネ行動識別領域」は,第一省エネ行動配置領域に一定の面積を有する
ものであり,該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エネ行動をとることで
節約できる概略電力量を示すことを特徴とする。つまり,第一場所軸方向の軸方向
の長さにより単位時間当たりの電力量が分かり,第一時間軸方向の軸方向の長さに
より継続時間が分かるため,その積算値である第一省エネ行動識別領域の面積によ
って,節約できる概略電力量を把握することができる。図1の例では,営業部室に
おいて,8時から10時までの間に空調装置と換気扇の電源をOFFにすることに
より単位時間当たり約2kWhの電力量(2時間で約4kWhの電力量)を節約可
能であることが一見して把握できる(【0020】)。
以上のような構成をとる本願発明によって,省エネ行動を取るべき時間と場所を
一見して把握することが可能になり,かつ,各省エネ行動を取ることにより節約で
きる概略電力量を把握することが可能になる(【0040】)。
(3) 本願発明の特徴
本件明細書の前記記載によれば,本願発明の「省エネ行動シート」は,①場所名
と,単位時間当たりの電力量とを表した第一場所軸と,②時間を表す第一時間軸と,
③取るべき省エネ行動を第一場所軸と第一時間軸によって特定される一定領域に示
すための第一省エネ行動配置領域と,からなり,④第一省エネ行動配置領域に第一
省エネ行動識別領域を設け,⑤該当する第一省エネ行動識別領域に示される省エネ
行動を取ることで節約できる概略電力量を示すことにより,省エネ行動を取るべき
時間と場所を一見して把握することが可能になり,かつ,各省エネ行動を取ること
により節約できる概略電力量を把握することが可能になるという効果を奏するもの
である。
この「第一省エネ行動識別領域に示される省エネ行動」は,第一省エネ行動配置
領域に設けられた第一省エネ行動識別領域により識別されるから,「空調装置の電
源OFF」,「空調装置のモード変更」,「換気扇の電源OFF」,「照明の電源
OFF」,「不使用の電気機器のコンセントを抜く」等といった種々のものが考え
られるが,建物内の複数の場所において取られるものであり,それぞれの行動を具
体的に識別可能な「省エネ行動」を意味するものである。
2 取消事由1(発明該当性に係る判断の誤り)について
(1) 自然法則の利用について
特許法2条1項は,発明について,「自然法則を利用した技術的思想の創作のう
ち高度のもの」をいうと規定するところ,人は,自由に行動し,自己決定すること
ができる存在である以上,人の特定の精神活動,意思決定,行動態様等に有益かつ
有用な効果が認められる場合があったとしても,人の特定の精神活動,意思決定や
行動態様等自体は,直ちには自然法則の利用とはいえない。
したがって,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,いかに,具体的で
あり有益かつ有用なものであったとしても,その課題解決に当たって,専ら,人間
の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決
めや,数学上の公式等を利用したものであり,自然法則を利用した部分が全く含ま
れない場合には,そのような技術的思想の創作は,同項所定の「発明」には該当し
ない。
(2) 本願発明の構成について
前記1(1)の①ないし⑤の構成は,「省エネ行動シート」という図表のレイアウ
トについて,軸(「第一場所軸」と「第一時間軸」)と,これらの軸によって特定
される領域(「第一省エネ行動配置領域」と「第一省エネ行動識別領域」)のそれ
ぞれに名称を付し,意味付けすることによって特定するものであるから,各「軸」
及び各「領域」の名称及び意味,という提示される情報の内容に特徴を有するもの
である。
そして,図表の各「軸」,及び軸によって特定される「領域」に,それぞれ「第
一場所軸」,「第一時間軸」,「第一省エネ行動配置領域」及び「第一省エネ行動
識別領域」という名称及び意味を付して提示すること自体は,直接的には自然法則
を利用するものではなく,本願発明の「省エネ行動シート」を提示された人間が,
領域の大きさを認識・把握し,その大きさの意味を理解することを可能とするもの
である。
また,本願発明の「省エネ行動シート」は,人間に提示するものであり,何らか
の装置に読み取らせることなどを予定しているものではない。そして,人間に提示
するための手段として,紙などの媒体に記録したり,ディスプレイ画面に表示した
りする態様などについて,何らかの技術的な特定をするものではないから,一般的
な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴が存するとはいえない。
(3) 本願発明の課題と作用効果について
本件明細書の前記記載によれば,本願発明は,従来技術においては,各省エネ行
動によってどれくらいの電力量又は電力量料金を節約できるのかを一見して把握す
ることが難しく,どの省エネ行動を優先的に行うべきかを把握することが難しかっ
たという課題を解決し,省エネ行動を取るべき時間と場所を一見して把握すること
が可能になり,かつ,各省エネ行動を取ることにより節約できる概略電力量を把握
することが可能になるという効果を奏するものである。
本願発明の上記作用効果は,一方の軸と,他方の軸の両方向への広がり(面積)
を有する「領域」を見た人間が,その領域の面積の大小に応じた大きさを認識し,
把握することができること,さらに「軸」や「領域」に名称や意味が付与されてい
れば,その「領域」の意味を理解することができる,という心理学的な法則(認知
のメカニズム)を利用するものである。このような心理学的な法則により,領域の
大きさを認識・把握し,その大きさの意味を理解することは,専ら人間の精神活動
に基づくものであって,自然法則を利用したものとはいえない。
(4) 原告の主張について
原告は,本願発明は,その情報の提示の仕方にこそ技術的特徴があり,当該特徴
により,見る者に対して「見やすい,理解しやすい」という効果をもたらすもので
あると主張する。
しかしながら,本願発明に係る「省エネ行動シート」が情報の提示に当たるとし
ても,前記のとおり,図表の「軸」及び軸によって特定される「領域」に,「第一
場所軸」等の名称及び意味を付して提示すること自体は,直接的には自然法則を利
用するものではないし,人間に提示するための手段として,何らかの技術的な特定
をするものではないから,一般的な図表を記録・表示することを超えた技術的特徴
が存するとはいえない。また,見やすい等の効果も,心理学的な法則を利用するも
ので,自然法則を利用した効果とはいえない。
(5) 小括
以上のとおり,本願発明の「省エネ行動シート」の構成及びそれを提示(記録・
表示)する手段は,専ら,人間の精神活動そのものを対象とする創作であり,自然
法則を利用した技術的思想の創作とはいえない。また,本願発明の奏する作用効果
も,自然法則を利用した効果とはいえないから,本願発明に係る「省エネ行動シー
ト」は,特許法2条1項にいう「発明」に該当しないものである。
3 結論
以上の次第であるから,取消事由2について判断するまでもなく,原告の請求は
棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 土 肥 章 大
裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 齋 藤 巌
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