令和3(ネ)10030発信者情報開示請求控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和3年10月7日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被控訴人Y
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法令 |
著作権
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キーワード |
侵害21回 許諾1回 損害賠償1回 実施1回
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主文 |
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
1 被控訴人は,漫画家であり,控訴人は,特定電気通信役務提供者の損害賠償
責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」と
いう。)2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」である。 |
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判決文
令和3年10月7日判決言渡
令和3年(ネ)第10030号 発信者情報開示請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和2年(ワ)第19880号)
口頭弁論終結日 令和3年8月10日
判 決
控 訴 人 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 五 十 嵐 敦
小 林 央 典
橋 本 直 記
被 控 訴 人 Y
同訴訟代理人弁護士 平 野 敬
高 井 雅 秀
笠 木 貴 裕
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 被控訴人は,漫画家であり,控訴人は,特定電気通信役務提供者の損害賠償
責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」と
いう。)2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」である。
本件は,被控訴人が,原判決別紙発信端末目録記載の発信端末の各利用者(以下,
同目録記載の個々の発信端末の利用者を同目録の番号に対応させて「本件発信者1」
などという。)は控訴人が提供するインターネット接続サービスを介して被控訴人
を著作者とする漫画に係る電子データを送信し,又は送信可能化したところ,これ
により被控訴人の著作権(公衆送信権又は送信可能化権)が侵害されたことが明ら
かであると主張し,控訴人に対して,同法4条1項に基づき,原判決別紙発信者情
報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案であ
る。
原審は,被控訴人の請求を全部認容したところ,控訴人は,これを不服として本
件控訴を提起した。
2 前提事実
次の点を改めるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2に摘示のとおり
であるから,これを引用する。
(1) 原判決2頁18行目の「同プログラム」を「同プロトコル」に改める。
(2) 原判決2頁22行目の「対象ファイル」から「同提供者」までを「接続し
た端末を追跡し,対象ファイルの提供者」に改める。
(3) 原判決3頁12行目末尾に「(甲4,5,6の1,6の5,6の6,7,
8,11の4,11の5)」を加える。
(4) 原判決3頁13行目から16行目までを削る。
3 争点
原判決の「事実及び理由」欄の第2の3に摘示のとおりであるから,これを引用
する。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)該当性)につ
いて
(被控訴人の主張)
(1) 後記争点2における被控訴人の主張のとおり,本件発信者1及び3の各端
末は,不特定の者である被控訴人代理人の端末に対し,いずれも本件データを現に
送信したものであるが,このようにBitTorrentを用いた端末(以下,単
に「端末」という。)が不特定の端末に対してファイルを送信する行為は,プロバ
イダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に該当する。
(2) また,ある端末から他の端末に対してファイルが送信されていない場合で
あっても,前者の端末がトラッカーを通じて当該ファイルを送信することが可能で
あることを不特定の端末に通知する行為(本件通知)も,プロバイダ責任制限法2
条1号の「特定電気通信」に該当する。
なお,仮に,本件通知が端末とトラッカーとの間の一対一対応の通信であり,こ
れのみでは同号の「特定電気通信」に該当しないとしても,BitTorrent
においてファイルを共有する行為は,本件通知,端末間におけるファイルの受送信
等の複数の通信から成り,これらの各通信は,ファイルを不特定の者に送信すると
いう目的に向けられた工程であるから,全体として同号の「特定電気通信」に該当
する。
(控訴人の主張)
(1) ある端末から他の端末に対してファイルが送信されていない場合につき,
本件通知は,前者の端末から特定の相手であるトラッカーに対する一対一対応の通
信にすぎず,これは,不特定の者によって受信されることを目的とする通信ではな
いから,プロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に該当しない。
(2) 被控訴人は,本件通知につき,これがある端末から不特定の端末に対する
通知行為である旨主張するが,不特定の端末に対しファイルの提供が可能であるこ
とを通知するのは,トラッカーであって発信者の端末ではない。
(3) また,被控訴人は,ファイル共有に係る一連の行為を全体として捉えるべ
きであるとも主張するが,一連の通信の全体が一つの通信となるわけではなく,プ
ロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に該当するか否かにつき判断する
に当たっては,開示請求者の権利を侵害した可能性のある個々の通信(侵害情報を
流通させた可能性のある通信)を問題にすべきである。
2 争点2(権利侵害の明白性)について
(被控訴人の主張)
(1) 本件発信者1及び3は,不特定の者である被控訴人代理人の端末に対し,
いずれも本件データを現に送信したところ,これが本件漫画に係る被控訴人の公衆
送信権を侵害したことは明らかである。
なお,控訴人は,本件発信者1及び3の端末から被控訴人代理人の端末に対して
本件データが送信されたことにつき,被控訴人が自ら権利侵害の状態を創出したな
どと主張するが,被控訴人代理人は,本件発信者1及び3による権利侵害の意思を
誘発したわけではなく,本件発信者1及び3は,自らの端末をネットワークに接続
し,自己がどんなファイルを所有しており送信可能であるかをトラッカー経由で広
く通知し,これを希望する者に送信したものであって,自己の意思に基づいて当該
送信をしたものである。被控訴人が自ら権利侵害の状態を創出したものではないし,
被控訴人が本件発信者1及び3に対して公衆送信の承諾を与えたわけでもない。そ
もそも,権利者の側でダウンロードを行って著作権侵害の有無を調査することが自
ら権利侵害の状態を創出したと評価されるのであれば,当該調査は不可能とならざ
るを得ず,著作権保護の趣旨を没却することになる。
(2) また,現に本件データの送信をしたか否かにかかわらず,本件発信者1~
3は,いずれも本件通知をすることにより,自己の端末から本件データを提供する
ことが可能であることをトラッカー経由で不特定の端末に通知した。このように,
本件発信者1~3は,本件通知をすることにより,要求があればいつでも本件デー
タを送信し得る状態を生じさせ,本件データを送信可能な状態に置いたところ,こ
れが本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権を侵害したことは明らかである。
(控訴人の主張)
(1) 被控訴人代理人が行った調査に十分な信頼性があるとはいえず,同調査に
よっても,本件発信者1及び3が被控訴人代理人の端末に対して本件データを送信
したと認めることはできない。
仮に,本件発信者1及び3が被控訴人代理人の端末に対して本件データを送信し
たとしても,それは,被控訴人代理人が実施した調査により惹起されたものであっ
て,被控訴人の同意又は承諾の下に行われたものであるから,違法性がない。また,
被控訴人は,自ら権利侵害の状態を創出しておきながら,これを基に発信者情報の
開示請求等を行おうとしており,発信者情報開示請求制度の趣旨にもとるものであ
る。
(2) ある端末から本件データを自動で送信し得る状態を作り出したのは,発信
者が本件データを発信者の当該端末にダウンロードした行為であるから,本件通知
によって被控訴人の送信可能化権が侵害されるわけではない。
(3) なお,BitTorrentを用いて送信されるピース・ファイルは,本
件ファイルそのものではなく,これを断片化したものであって,もはや画像ファイ
ルですらない可能性が高い。すなわち,ピース・ファイルは,本件漫画としての原
形をとどめておらず,著作権の対象となる著作物ではない。したがって,ピース・
ファイルの流通により被控訴人の著作権が侵害されたことが明らかであるとはいえ
ない。
3 争点3(本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)について
原判決の「事実及び理由」欄の第3の3に摘示のとおりであるから,これを引用
する。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の請求は全部理由があるものと判断する。その理由は,
次のとおりである。
2 争点2(権利侵害の明白性)について
事案に鑑み,争点2から判断する。
(1) 訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)及び(3)のとおり,本件発信者
1~3は,トラッカーに対し,BitTorrentを用いてダウンロードした本
件データが送信可能であることを通知する旨の本件通知をし,他の不特定のネット
ワーク参加者からの要求があれば本件ファイルに係るピース・ファイルをいつでも
送信し得る状態に置いたのであるから,本件通知により,本件データを送信可能化
したものということができる。そして,被控訴人が本件発信者1~3に対して本件
データの送信可能化を許諾していたなど,本件発信者1~3による本件データの送
信可能化が違法でないと認めるに足りる証拠はないから,本件発信者1~3がした
本件通知により,本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権が侵害されたことは明ら
かである。
(2) この点に関し,控訴人は,本件データの送信を可能にする状態を作り出し
たのは,本件通知ではなく,発信者が本件データを発信者の端末にダウンロードし
た行為であるから,本件通知が本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権を侵害した
わけではない旨主張する。確かに,訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)の
とおり,BitTorrentでファイルをダウンロードしたネットワークの参加
者は,他の不特定のネットワーク参加者からの要求があればいつでもこれを送信し
得る状態に置くこととされ,これにより,ピース・ファイルの送信が行われ得るこ
とになるが,ここでいう他の不特定のネットワーク参加者からの要求は,トラッカ
ーが管理する当該ファイルの提供者のリストに基づいてされるものであり,当該リ
ストは,当該ファイルをダウンロードした参加者がトラッカーに対し当該ファイル
が送信可能であることを継続的に通知することによって作成されるものであるから,
本件発信者1~3についても,単に本件データをダウンロードしただけでは,その
送信可能化が完成したというには足りず,トラッカーに対して本件通知をすること
により,他の不特定の参加者に対する本件データの送信可能化が実現されるに至っ
たものとみるのが相当である。
(3) 控訴人は,BitTorrentを用いて送信されるファイルが断片化さ
れたピース・ファイルであることを根拠に,本件発信者1~3がした本件データの
送信可能化によっても,本件漫画に係る被控訴人の送信可能化権は侵害されない旨
主張する。しかしながら,訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)及び(3)のと
おり,本件発信者1~3を始めとするBitTorrentの利用者は,ピース・
ファイルを順次受信することにより対象ファイルの全体を受信することができるの
であるから,BitTorrentにおける1回の送信の対象が対象ファイルを断
片化したピース・ファイルであるとしても,本件発信者1~3が本件漫画に係る被
控訴人の送信可能化権を侵害したとの前記結論を左右するものではない。
3 争点1(「特定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)該当性)につ
いて
プロバイダ責任制限法2条1号は,「特定電気通信」とは,不特定の者によって
受信されることを目的とする電気通信の送信をいう旨規定しているから,その文理
に照らせば,最終的に不特定の者によって受信されることを目的とする情報の流通
行為に必要不可欠な電気通信の送信は,同号にいう「特定電気通信」に含まれると
解するのが自然である。また,著作権等を侵害するような態様でいわゆるファイル
共有ソフトが用いられる場合に,問題となる通信が不特定の者により受信されるこ
とを目的とする最終的な行為にとって必要不可欠なものであるにもかかわらず,た
またま当該通信が発信者と特定の受信者との間の一対一対応のものであるために同
号の「特定電気通信」に該当せず,ひいては開示請求者が同法4条の開示を受けら
れないとすることは,著作権侵害等の加害者の特定を可能にして被害者の権利の救
済を図るとする同条の趣旨を没却することになる。
そうすると,最終的に不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為
に必要不可欠な電気通信の送信は,プロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通
信」に該当すると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,訂正して引用した原判決の前記前提事実(2)及び(3)
のとおり,本件発信者1~3がした本件通知は,本件発信者1~3の各端末とトラ
ッカーとの間の一対一対応の通信ではあるが,前記2(2)において説示したところ
によれば,本件通知は,不特定の者に受信されることを目的とする情報の流通行為
(本件データの送信可能化)にとって必要不可欠な電気通信の送信であるといえる
から,プロバイダ責任制限法2条1号の「特定電気通信」に該当するというべきで
ある。
4 争点3(本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)について
原判決6頁16行目の「公衆送信権及び」を削るほかは,原判決の「事実及び理
由」欄の第4の3に説示のとおりであるから,これを引用する。
5 結論
よって,当裁判所の上記判断と同旨の原判決は結論において相当であり,本件控
訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
浅 井 憲
裁判官
中 島 朋 宏
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