知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和2(行ケ)10150 審決取消請求事件

この記事をはてなブックマークに追加

令和2(行ケ)10150審決取消請求事件

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和3年12月16日
事件種別 民事
当事者 原告株式会社ダイセル
被告大塚製薬株式会社
対象物 エクオール含有抽出物及びその製造方法,エクオール抽出方法,並びにエクオールを含む食品
法令 特許権
特許法36条4項1号3回
特許法29条1項3号3回
特許法44条1項1回
特許法126条5項1回
キーワード 進歩性58回
実施54回
審決49回
新規性35回
分割24回
刊行物16回
無効14回
無効審判8回
特許権6回
侵害2回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用のうち,補助参加によって生じた費用は原告補助参
事件の概要 本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,新規 性・進歩性及び委任省令要件違反についての認定判断の誤りの有無である。

▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

令和3年12月16日判決言渡
令和2年(行ケ)第10150号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和3年12月16日
判 決
原 告 株 式 会 社 ダ イ セ ル
同訴訟代理人弁護士 三 村 量 一
澤 田 将 史
田 邉 幸 太 郎
同訴訟代理人弁理士 津 国 肇
鈴 木 音 哉
井 上 慎 一
同補佐人弁理士 小 糸 清 太
原告補助参加人 株式会社アドバンスト・メディカル・ケア
同訴訟代理人弁護士 水 野 晃
丹 羽 厚 太 郎
中 田 裕 人
同訴訟代理人弁理士 関 根 宣 夫
被 告 大 塚 製 薬 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 城 山 康 文
林 康 司
山 内 真 之
同訴訟復代理人弁護士 村 上 遼
同訴訟代理人弁理士 小 野 誠
重 森 一 輝
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用のうち,補助参加によって生じた費用は原告補助参
加人の負担とし,その余は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2019-800098号事件について令和2年11月25日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,新規
性・進歩性及び委任省令要件違反についての認定判断の誤りの有無である。
1 手続の経緯
(1) 本件特許の登録
被告は,平成20年6月13日,発明の名称を「エクオール含有抽出物及びその
製造方法,エクオール抽出方法,並びにエクオールを含む食品」とする発明につい
て,特許出願(特願2009-519326号[以下「本件原出願」という。,優

先権主張:平成19年6月13日[以下「本件優先日」という。,日本国)をした

後,本件原出願の一部を特願2013-108439号として分割出願し,その一
部を特願2016-156372号として分割出願し,さらにその一部を特願20
17-125880号として分割出願し(以下「本件出願」という。,平成30年

1月19日,特許第6275313号として特許権の設定登録(請求項の数1)を
受けた(以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書及び図面を
「本件明細書」という。甲201)。
(2) 前訴(特許無効審判及び審決取消訴訟)
原告は,平成30年10月12日,本件特許の無効審判請求をし,被告は,平成
31年1月24日付けで本件特許の特許請求の範囲についての訂正請求をした。特
許庁は,上記無効審判請求を無効2018-800122号事件として審理し,令
和元年7月19日,上記訂正請求に係る訂正を認めた上,
「本件審判の請求は,成り
立たない。」との審決をした。原告は,同審決に取消事由があると主張して,知的財
産高等裁判所に対し,審決取消訴訟を提起し(令和元年(行ケ)第10112号),
原告補助参加人が原告を補助するために参加したが,同裁判所は,令和2年10月
21日,原告の請求を棄却する判決を下し,原告及び原告補助参加人は,それぞれ
最高裁への上告受理申立てを行ったがいずれも上告不受理決定がされ,同判決は,
令和3年5月20日,確定した。(乙1,8,9)
(3) 本件特許に対する再度の無効審判請求に係る審決
原告は,令和元年11月19日,本件特許の無効審判請求をし,被告は,令和2
年2月7日付けで本件特許の特許請求の範囲についての訂正請求(以下「本件訂正」
という。)をした。本件訂正の内容は,上記(2)における訂正請求の内容と同じであ
る。特許庁は,上記無効審判請求を無効2019-800098号事件として審理
し,令和2年11月25日,本件訂正を認めた上,
「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
2 発明の要旨(甲201,202,乙1,8,9)
(1) 本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
【請求項1】
ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択され
る少なくとも1種のダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料をオルニチ
ン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オ
ルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法。
(2) 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,
本件訂正後の請求項1記載の発明を「本件訂正発明」という。下線部が本件訂正に
よる訂正箇所である。)。本件特許については,前記1(2)のとおり,訂正を認める
審決が確定しているので,以下,本件訂正発明を前提として検討する。
【請求項1】
ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択され
る少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び,
前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエ
クオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエク
オールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,
前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン
及び1mg 以上のエクオールを生成し,及び,
前記発酵物が食品素材として用いられるものである,
前記製造方法。
3 本件審決の理由の要点
(1) 原告の主張した無効理由
原告は,本件訂正が新規事項の追加に当たるとして,本件訂正の可否を争うとと
もに,本件訂正発明が,(ア)①甲1(国際公開第2005/000042号),②
甲6の1(国際公表第2004/009035号)及び甲6の2(特表2006-
504409号公報)又は③甲9(国際公開第99/07392号)により新規性・
進歩性がないから,特許法29条1項3号又は同条2項により特許を受けることが
できない,(イ)本件出願が分割要件違反であることを前提として,甲12(再公
表公報WO2008/153158)により新規性・進歩性がないから,特許法2
9条1項3号又は同条2項により特許を受けることができない,(ウ)委任省令違
反により特許法36条4項1号を満たさない,ことを理由として特許法123条1
項1号及び4号により,本件特許を無効とすべきであると主張した。
(2) 本件訂正の可否について
ア 本件訂正は,①発酵物の製造方法がダイゼイン類にアルギニンを添加する工
程を含むことが特定され,②発酵物が粉末状に特定され,③発酵処理により発酵物
の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオールを生成す
ることが特定され,④製造方法で製造される発酵物の用途が食品素材に特定されて
おり,これらの特定により訂正前の請求項1の発酵物の製造方法が減縮されるので,
いずれの訂正部分についても,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 本件明細書の記載に照らすと,本件訂正は,新規事項の追加に該当せず,実
質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもないから,特許法第134条
の2第9項で準用する特許法126条5項及び6項に適合する。
ウ そこで,特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のと
おり訂正することを認める。
(3) 甲1記載の発明による新規性・進歩性欠如の主張について
ア 甲1には,次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認めら
れる。
「ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から選ば
れる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料(豆乳を含むダイゼイン含有基
礎培地など)をエクオール産生能力を有する微生物であるラクトコッカス 20-92(FERM
BP-10036 号)で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物を製造する
方法。」
イ 本件訂正発明と甲1発明を対比すると,両者は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択さ
れる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する
微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物の製造方法。 であ

る点で一致し,次の点で相違すると認められる。
(相違点1)本件訂正発明では,発酵原料がアルギニンを添加したものであるこ
と,微生物がオルニチン産生能力を有すること,及び発酵物の乾燥重量1g当たり,
8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオールを生成することが特定されている
のに対して,甲1発明ではこれらの点が特定されていない点。
(相違点2)本件訂正発明では,製造される発酵物について,粉末状であること,
及び食品素材として用いられることが特定されているのに対して,甲1発明では特
定されていない点。
ウ 所定量のオルニチンとエクオールを有用な生成物として生成させることが本
件訂正発明の目的であって,この目的を達成できるようにダイゼイン類にアルギニ
ンを添加して発酵原料を調製し,特定の微生物を用いて発酵原料を発酵処理するこ
とが本件訂正発明の技術思想であると認められる。
これに対して,甲1発明は,エクオールの生成を目的として発酵処理を行う発明
であるが,甲1にはオルニチンの生成を目的として発酵処理を行うものではなく,
ゆえに,発酵物中にオルニチンが所定量生成したことを確認したことなどは記載さ
れていない。すなわち,甲1発明からは上記本件訂正発明におけるオルニチンを生
成しようとする技術思想をくみ取ることができない。同様に,甲2,甲3の1~8,
甲4の1~3,及び他の証拠をみても,エクオールの生成を目的として発酵処理を
行う際に,さらにオルニチンの生成を目的とすること,その際に,オルニチン産生
能力を有する微生物を用いること,発酵物中のオルニチンの生成量が8mg 以上であ
る発酵物を製造することができるように,オルニチンに変換されるアルギニンを発
酵原料に添加することが記載ないし示唆されているとは認められない。したがって,
相違点1を当業者が容易になし得るとはいえない。
よって,
(相違点2)について検討するまでもなく,本件訂正発明は,甲1に記載
された発明であるとも,甲1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたとも認められない。
(4) 甲6記載の発明による新規性・進歩性欠如の主張について
ア 甲6には,次の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されていると認めら
れる。
「ダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳を
エ ク オ ー ル 産 生 能 力 を 有 す る 微 生 物 で あ る , BIFIDOBACTERIUM LACTIS ,
LACTOBACILLUS ACIDOPHILUS , LACTOCOCCUS LACTIS , ENTEROCOCCUS FAECIUM ,
LACTOBACILLUS CASEI,及び,LACTOBACILLUS SALIVARIUS を含む「混合培養物」で
発酵処理することを含む,
エクオールを含有する発酵物を製造する方法。」
イ 本件訂正発明と甲6発明を対比すると,両者は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択さ
れる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する
微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物の製造方法。 であ

る点で一致し,次の点で相違すると認められる。
(相違点1’)本件訂正発明は「オルニチン及びエクオールを含有する」「発酵物
の製造方法」であり,
「発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以
上のオルニチン及び1mg 以上のエクオールを生成」することが特定されているのに
対して,甲1発明は「エクオールを含有する発酵物を製造する方法」であり,また,
本件訂正発明では,発酵原料にアルギニンを添加すること及び微生物がオルニチン
産生能力を有することが特定されているのに対して,甲6発明では特定されていな
い点。
(相違点2’本件訂正発明では,
) 製造される発酵物について,粉末状であること,
及び食品素材として用いられることが特定されているのに対して,甲6発明では特
定されていない点。
ウ 本件訂正発明は,発酵物に含まれる「8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上の
エクオール」を有用な生成物として生成させることを目的とする『オルニチン及び
エクオールの製造方法』に関するものといえ,本件訂正発明には,エクオールに加
えて有意な量のオルニチンを製造するために,オルニチン産生能力及びエクオール
産生能力を有する微生物を用いること,該微生物の発酵によってオルニチンに変換
されるアルギニンを発酵原料に添加してオルニチンが8mg 以上の発酵物が得られる
ように製造することが特定されていると認められる。
これに対して,甲6発明は,エクオールの生成を目的として発酵処理を行う発明
であるが,甲6にはオルニチンの生成を目的として発酵処理を行うことは記載され
ていない。また,甲4の1,甲7,甲8,及び他の証拠をみても,エクオールの生
成を目的として発酵処理を行う際に,さらにオルニチンの生成を目的とすること,
その際に,オルニチン産生能力を有する微生物を用いること,オルニチンに変換さ
れるアルギニンを発酵原料に添加してオルニチンが所定量含まれる発酵物が得られ
るように製造することが記載ないし示唆されているとは認められない。
したがって,相違点1’を当業者が容易になし得るとはいえない。
よって,(相違点2’)について検討するまでもなく,本件訂正発明は,甲6に記
載された発明であるとも,甲6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたとも認められない。
(5) 甲9記載の発明による新規性・進歩性欠如の主張について
ア 甲9には次の発明(以下「甲9発明」という。)が記載されていると認められ
る。
「基質としてダイゼイン,例えば豆乳を含む発酵原料を変法GAM培地でエクオ
ール産生能力を有する微生物であるストレプトコッカス インターメディアス菌,特
にストレプトコッカス A6G-225(FERM BP-6437)で発酵処理することを含む,エクオ
ールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,粉末状の発酵物の乾燥重量1
g当たり,1mg~3mg のエクオールを生成し,前記発酵物が,例えば飲料,乳製品,
発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等の食品形態として用いられる,製造
方法。」
イ 本件訂正発明と甲9発明を対比すると,両者は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択さ
れる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する
微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方
法であって,該発酵物が食品素材として用いられるものである,前記製造方法。」で
ある点で一致し,次の点で相違すると認められる。
(相違点1”)本件訂正発明は「オルニチン及びエクオールを含有する」「発酵物
の製造方法」であり,
「発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以
上のオルニチン及び1mg 以上のエクオールを生成」することが特定されているのに
対して,甲9発明は「エクオールを含有する発酵物を製造する方法」であり,また,
本件訂正発明では,発酵原料にアルギニンを添加すること及び微生物がオルニチン
産生能力を有することが特定されているのに対して,甲9発明では特定されていな
い点。
ウ 本件訂正発明は,発酵物に含まれる「8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上の
エクオール」を有用な生成物として生成させることを目的とする『オルニチン及び
エクオールの製造方法』に関するものといえ,本件訂正発明には,エクオールに加
えて有意な量のオルニチンを製造するために,オルニチン産生能力及びエクオール
産生能力を有する微生物を用いること,該微生物の発酵によってオルニチンに変換
されるアルギニンを発酵原料に添加してオルニチンが8mg 以上の発酵物が得られる
ように製造することが特定されていると認められる。
これに対して,甲9発明は,エクオールの生成を目的として発酵処理を行う発明
であるが,甲9にはオルニチンの生成を目的として発酵処理を行うことは記載され
ていない。また,甲4の1,甲10,甲11及び他の証拠をみても,エクオールの
生成を目的として発酵処理を行う際に,さらにオルニチンの生成を目的とすること,
その際に,オルニチン産生能力を有する微生物を用いること,オルニチンに変換さ
れるアルギニンを発酵原料に添加してオルニチンが所定量含まれる発酵物が得られ
るように製造することが記載ないし示唆されているとは認められない。
したがって,相違点1”を当業者が容易になし得るとはいえない。
よって,本件訂正発明は,甲9に記載された発明であるとも,甲9に記載された
発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとも認められ
ない。
(6) 分割要件違反を前提とした甲12記載の発明による新規性・進歩性欠如の主
張について
ア 分割要件と出願日の遡及について
本件特許出願(第三世代)の原出願(第二世代)の明細書(甲13)には,
「エク
オール産生微生物を,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよ
りなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産
生する能力(代謝活性)を有する微生物を,該ダイゼイン類を含む発酵原料(発酵
に供される原料)に接種し,該微生物の生育環境下で発酵(培養)させることによ
り,エクオールを含む発酵物を得ることができる。,
」「ダイゼイン類を含む発酵原料
としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではない」と記載されて
おり,エクオールの発酵原料として「ダイゼイン類を含む発酵原料」が記載され,
大豆胚軸はダイゼイン類の代表例として記載されていると認められる。また,発酵
原料には他の成分が添加されることも記載されており,これらの点は,本件特許出
願(第三世代)の親出願(第一世代)の明細書(甲12)にも記載されていると認
められる。
そうすると,本件明細書には「大豆胚軸」を代表とする「ダイゼイン類」がエク
オールの発酵原料として記載されていると認められ,
「大豆胚軸」にアルギニンを添
加するとの記載から,
「ダイゼイン類」にアルギニンを添加することも記載されてい
るといえる。
したがって,本件訂正発明に特定される「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジ
ヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアル
ギニンを添加すること,及び,前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料」
をエクオールの発酵原料とすることは,本件特許出願(第三世代)の原出願(第二
世代)及び親出願(第一世代)の明細書に記載されていた事項であると認められる。
よって,原出願及び親出願と同じく,本件訂正発明の新規性・進歩性の判断は遅
くとも本件出願の親出願の出願日である「2008年6月13日」より前の文献に
基づいてなされるといえる。
イ 新規性,進歩性について
本件特許出願は第三世代の分割出願であるところ,甲12はその親出願である特
願2009-519326号(PCT/JP/2008/060913)の再公表
公報であって,その記載内容は平成20(2008)年12月18日に国際公開さ
れているが,甲12は上記「2008年6月13日」よりも後に公知となった文献
であるから,この文献により本件訂正発明を新規性要件違反,進歩性要件違反とす
ることはできない。
(7) 委任省令違反について
本件特許明細書には,次の事項が記載されている。
「【0226】
原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得
られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分
析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3
に示す。この結果からも,ラクトコッカス 20-92 株によって大豆胚軸を発酵させる
ことにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認さ
れた。また,ラフィノースやスタキオース等のオリゴ糖は,発酵前後でその含量が
同程度であり,発酵による影響を殆ど受けないことが明らかとなった。一方,アル
ギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従
って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理するこ
とにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとな
った。」
本件訂正発明の技術上の意義は,本件明細書の上記記載からみて,ラクトコッカ
ス 20-92 株を用いて発酵を行うと,培地中のアルギニンからオルニチンが生成する
ことを明らかにし,そのことに基づいて,エクオールに加えて有意な量のオルニチ
ンを含有する発酵物の製造方法を提供したことであると認められる。
そして,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,上記記載に加えて【表3】
(段
落【0228】 に発酵によりアルギニンからオルニチンが生成することが示されて

いることから,技術上の意義に関して十分に記載されていると認められる。
したがって,本件特許明細書は委任省令要件を満足する。
(8) 以上のとおり,原告の主張及び証拠方法によっては,本件特許を無効とする
ことができない。
第3 原告が主張する審決取消事由
原告が主張する審決取消事由は次の五つである。なお,取消事由1(本件訂正請
求に関し,訂正要件の充足性に関する判断の誤り)の主張は撤回された。
1 取消事由2(甲1に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
2 取消事由3(甲6に基づく進歩性違反についての判断の誤り)
3 取消事由4(甲9に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
4 取消事由5(分割要件違反及び甲12に基づく進歩性違反についての判断の
誤り)
5 取消事由6(委任省令要件違反についての判断の誤り)
第4 当事者の主張
1 取消事由2(甲1に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)につ
いて
(原告の主張)
(1) 本件訂正発明について
ア 本件訂正発明は,下記イ及びウのとおり,①系内にアルギニンが存在する状
況下における微生物の発酵において,不可避的に生成されることが技術常識であり,
また,周知技術であったオルニチンの生成を構成に取り込み,かつ,②発酵物の乾
燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンの生成という何ら技術的意味のない数値限
定をすることで,新規性及び進歩性を備えているかのように見せかけているものに
すぎない。本件審決は,このような本件訂正発明の本質を看過して判断したもので
ある。
イ 「アルギニンジヒドロラーゼ」は,
「アルギニンを加水分解し,最終産物とし
てオルニチン,アンモニアおよび炭酸ガスを生じる酵素系」という生化学的性質を
意味するところ,
「アルギニンジヒドロラーゼ」及び「アルギニンジヒドロラーゼ経
路」を用いてエネルギー(ATP)を得るに当たり「アルギニン」から「オルニチ
ン」が産生されることは,本件優先日ないし本件訂正発明の出願日において,技術
常識であった(甲3の1〜4)。
そして,
「ラクトコッカス・ガルビエ」がアルギニンジヒドロラーゼ活性を有して
おりオルニチン産生能力を有していること(甲2・表2参照),本件明細書において
記載されているラクトコッカス属,及びストレプトコッカス属等の乳酸菌と同じ乳
酸菌がアルギニンからオルチニンに変換する能力を有すること(甲3の5) 甲5の

1(「大豆発酵食品の成分よりみた発酵分解の意義」日本醸造協会雑誌・1967年
62巻4号367~373頁)に,
「大豆発酵食品において発酵過程中のアルギニン
の減少は,共通した特徴的な現象である。……一般に微生物は強いアルギニンの異
化作用を持ち,味噌より分離した乳酸菌がアルギニンをオルニチンおよびチトルリ
ンに分解することが認められている。 と記載されているとおり,
」 大豆発酵食品にお
いて使用される微生物(乳酸菌)がアルギニンをオルニチンに分解すること(甲5
の1・2)も,本件優先日ないし本件訂正発明の出願日において,技術常識となっ
ていた。
また,乳酸菌においては,生成される乳酸によってpHの低下を引き起こし,生
育不良等が生じないようにするために,アルギニンを添加することによってpHの
低下を防ぐことは,本件優先日よりも前から当業者にはよく知られた事実であり,
さらに,微生物を使用した発酵分野において,複数の代謝産物が同時に産生される
ことは通常であり,当業者にとっては至極当然のことであった(甲213)。
以上からすれば,系内にアルギニンが存在している状況における微生物(例えば
乳酸菌)の発酵において,アルギニンを分解してオルニチンが不可避的に生成され
ることは技術常識であったし,このような形でオルニチンを他の成分と同時に生成
することは当業者にとって何ら特別なものではなく,発酵分野において通常生じる
程度の技術常識であった。
ウ 本件訂正発明の
「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンを生成」
するという点は,何ら技術的意義を有しない無意味な数値限定である。オルニチン
は,天然に広く存在する遊離アミノ酸(タンパク質を構成することなく,単体で存
在する。)である。ヒトでは,L-アルギニンから生合成される。すなわち,ビタミ
ンや必須アミノ酸と異なり,敢えて食品から摂取する必要はない。
例えば,「おやすみオルニチン 良眠サポート」と題する機能性表示食品は,「L
-オルニチンは起床時の主観的な睡眠感を評価する一部の指標(長く眠った感覚)
を改善し,より良い気分の目覚めをサポートする機能が報告されています。 と機能

性表示がなされているところ,オルニチンを392mg 含有している(甲16の1)。
また,「キリン サプリ ヨーグルトテイスト」と題する機能性表示食品は,「オル
ニチンは,快眠(良い寝つき・深く長く眠れた感覚)をサポートすることが報告さ
れています。 と機能性表示がなされているところ,
」 オルニチンを400mg 含んでい
る(甲16の2) 他方,
。 本件訂正発明が規定するオルニチンの量は「8mg」であり,
上記機能性表示食品の含有量のわずか「1/50」程度の微量にすぎない。
この点については,複数の専門家も,本件訂正発明が規定するオルニチンの量(8
mg)では,有意な作用を奏しない旨を述べている(甲26,209,210)。
本件訂正発明における数値限定が何ら有意な作用効果を奏しないことは,本件訂
正発明が「発酵物の乾燥重量1g当たり」「8mg 以上のオルチニン」及び「1mg 以
上のエクオール」について規定しているにもかかわらず,それに対応する課題につ
いても効果についても本件明細書に全く記載がないことからも明らかである。
(2) 進歩性について
ア 相違点の認定
(ア) 本件審決の認定した相違点1は,複数の事項を含んでいるため,以下,本件
審決が認定した相違点1及び2を,以下の相違点A1~A5に分けて検討する。
相違点A1:微生物がオルニチン産生能力を有すること
相違点A2:発酵原料にアルギニンを添加すること
相違点A3:オルニチンを含有する発酵物が生成されること
相違点A4:発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当た
り8mg以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上であること
相違点A5:製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられること
(イ) 以下に述べるとおり,そもそも上記相違点A1及びA3~A5は,いずれも
「刊行物に記載されているに等しい事項」であって,相違点とはならない(後記イ)。
相違点A2に係る構成については,甲1発明及び周知技術から,容易に想到するこ
とができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後記ウ)。
仮に,上記相違点A1及びA3~A5が相違点であると認定されたとしても,こ
れらの相違点に係る構成については,甲1発明及び周知技術から,容易に想到する
ことができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後記エ)。
また,このように本件訂正発明は進歩性を有しないにもかかわらず,本件審決は
誤った判断手法を用いて進歩性判断を誤ったものである(後記オ)。
以上のとおり,本件訂正発明は,甲1及び周知技術に基づき当業者が容易に発明
できたものであって,進歩性を有しない。
イ 相違点A1及びA3~A5は相違点ではないこと
(ア) 相違点A1
甲1は,
「ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)」を「エクオール産生能力」を
有する微生物として明示している(甲1・3頁11〜15行及び26〜27行)。
そして,甲1(3頁28行)では,
「以下,この乳酸菌の菌学的性質につき詳述す
る。 とした上で,
」 ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)
(「この乳酸菌」 が (1
) 「
3)アルギニンジヒドラーゼ: +」であるとして,この生化学的性質を有するこ
とを開示している(甲1・4頁20行)。
このことに,前記(1)イの技術常識(①「アルギニンジヒドロラーゼ」を有する微
生物はアルギニンを分解してオルニチンを生成できること,及び②ラクトコッカス
20-92(FERM BP-10036号)の属する「ラクトコッカス・ガルビエ」も「アルギニンジ
ヒドロラーゼ」活性を有しオルニチン産生能力があること)を考慮すれば,ラクト
コッカス20-92(FERM BP-10036号)がオルニチン産生能力を有することは,刊行物た
る甲1に記載されている事項に当該技術常識を参酌することにより当業者が導き出
すことができる。
よって,相違点A1(微生物がオルニチン産生能力を有すること)は,甲1に記
載されているに等しい事項である。
なお,被告の主張は,ある菌株がADH活性を有していたとしても,
「必ずしもオ
ルニチンが蓄積した発酵物を得られるとは限らない」という話であって,オルニチ
ンが蓄積しないことを示さない。生成されたオルニチンは,乳酸菌にとっては利用
価値のないものであるため,菌体外へ排出され,蓄積されるところ(甲213・3
頁) 菌体外に蓄積されたオルニチンが,
, 生きた菌体内の酵素に起因するオルニチン
脱炭酸能により分解されることは物理的に不可能であることは技術常識である。
ところで,新規性要件及び進歩性要件は,特許発明の技術的範囲に包含されてい
る物・方法について特許権を付与して独占を与えて良いか否かを判断するものであ
るところ,実施者の認識によって特許権侵害の有無が変わるわけではないことを踏
まえると,引用発明との相違点の認定に当たっては,専ら客観的・内在的に物・方
法が同一か否かにより判断すべきである。
(イ) 相違点A3
甲1発明は,試験例1(甲1の明細書〔以下「甲1明細書」という。〕23頁22
行以下)に記載されたとおり発酵原料を微生物であるラクトコッカス 20-92(FERM BP-
10036 号)を用いてBHI(Bact Brain Heart Infusion)ブロスで発酵処理を行っ
ている。
そして,上記(ア)のとおり,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)がアルギニ
ンジヒドロラーゼの生物学的性質を有していることは甲1の明細書に明示されてお
り,アルギニンジヒドロラーゼはアルギニンからオルニチンを生成するオルニチン
生成能力があることを示していることは技術常識であった。
また,BHIブロスなどの栄養培地に「アルギニン」が含まれていることは技術
常識である(甲15の1~3)。
よって,発酵原料を微生物であるラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)を用
いてBHIブロスで発酵処理することによって,オルニチンを含有する発酵物が生
成されていることは,刊行物たる甲1に記載されている事項に技術常識を参酌する
ことにより当業者が導き出すことができるから,相違点A3は,甲1に記載されて
いるに等しい事項である。
(ウ) 相違点A4
a オルニチンについて
甲1の試験例1に用いられている「ラクトコッカス20-92株」は,本件明細
書の参考例1-1~1-3(本件特許明細書段落【221】~【224】)及び参考
例1-4(本件特許明細書段落【225】~【228】)に用いられている「ラクト
コッカス20-92株(FERM BP-10036号)」と同一であるところ,本
件明細書の段落【228】【表3】では,「発酵前」に存在していた「遊離アルギニ
ン」881mg(5.06mmol)が,
「発酵後」には12mg に減少し,他方で,
「発
酵前」は検出されなかった「遊離オルニチン」が1.06g(8.02mmol)
検出されたことが記載されており,アルギニンからオルニチンへと100%(変換
率約159%)を優に超える変換がなされている。
上記変換率を踏まえ,甲1の試験例1において産出されるオルニチンの量を算出
する。まず,「BHIブロス」に含まれる「遊離アルギニン」の量は「1.20%」
であるから(甲15の1)「BHIブロス」37g/L(甲15の2の5枚目赤枠

部分)に含まれる「アルギニン」の量は,0.444g/Lである。アルギニンか
らオルニチンへの変換率を100%とすると,0.444g/Lの「アルギニン」
から0.337g/Lの「オルニチン」が産生される。BHIブロス1L中の固形
分約37gがあり,0.337gのオルニチンが新たに産生されたというのである
から,発酵物の乾燥重量1g当たりの産生される「オルニチン」量は9.10mg と
なる。なお,
「BHIブロス」には元来「オルニチン」が234mg/100g含まれ
ている(甲15の1)ため,最終的な発酵物1g当たりの「オルニチン」の量は,
発酵物の乾燥重量1g当たり11.4mg である。
原告が行った甲1の図3(1)の再現実験(甲18の1)において,
「ダイゼイン
10mg/L」の場合,オルニチン産生量は,発酵物の乾燥重量1g当たり13.7
mg であった。また,甲1も培地として開示している「GAMブイヨン」及び「変法
GAMブイヨン」に含まれる量のアルギニンからでも,
「8mg」を超える程度の「オ
ルニチン」を生成し得ることもまた当業者は十分に理解し得た(甲29)。
したがって,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成されるこ
とは,刊行物たる甲1に記載されている事項に技術常識を参酌することにより,当
業者が導き出すことができる事項である。
b エクオールについて
甲1の25頁15~24行には,ダイゼイン換算量として約80μg/mL」「豆
「 の
乳」を用いて発酵させた結果,
「57.0μg/mL」のエクオールが生成したことが
記載されている(なお,図3(2)参照) そして,
。 被告が本件無効審判の答弁書(甲
211)16頁において主張しているとおり,甲1の「図3(1)」に関するエクオ
ール産生量「10μg/mL」を乾燥重量1g当たりに換算すると「0.27~0.
28mg 程度」となるのであれば,甲1の「図3(2)」において「57.0μg/mL
のエクオール」が生成された場合には,乾燥重量1g当たり1.5~1.6mg のエ
クオールが生成していることになる。
なお,原告が行った甲1の図3(2)の再現実験(甲18の1)において,
「ダイ
ゼイン80mg/L」の場合,エクオール産生量は,発酵物の乾燥重量1g当たり1.
33mg であった。
甲14の2のFIG.1に代表されるように,エクオール1mol は,ダイゼイン1
mol から形成されることが,本件優先日ないし本件訂正発明の出願日に周知であっ
たし,甲1発明の試験例1の具体的なエクオール生成量については,上記のとおり
試験例1の再現実験を行い,その生成物を当業者が技術常識又は周知技術を用いて
任意の方法で調べれば明らかとなる事柄である。
したがって,甲1の図3(2)では発酵物の乾燥重量1g当たり1.5〜1.6
mg のエクオールが生成されることになるから,発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以
上のエクオールが生成されることは,刊行物たる甲1に記載されている事項に技術
常識を参酌することにより,当業者が導き出すことができる。
c よって,相違点A4は,甲1に記載されているに等しい事項である。
(エ) 相違点A5
甲1には,(3−4)食品形態」
「 (13頁7行目) 「本発明エクオ一ル産生乳酸菌

含有組成物は,一般には,前記特定の乳酸菌を必須成分として,適当な可食性担体
と共に含む食品形態に調製される。」
(13頁8〜9行),
「固形食品形態には,顆粒,
粉末(発酵乳凍結乾燥粉末などを含む),錠剤,発泡製剤,ガム,グミ,プディング
などの形態が含まれる。(13頁23〜25行)など,製造される発酵物が粉末で

あっても良いこと,食品形態に調製し得ることについて明記されている。
したがって,当業者であれば,刊行物たる甲1に記載されている事項に技術常識
を参酌することにより,任意の方法で粉末状の発酵物を調製し,当該発酵物を食品
の素材として用いることができ,製造される発酵物が粉末状であり,食品素材とし
て用いられることは,当業者が導き出すことができるから,相違点A5は,甲1に
記載されているに等しい事項である。
ウ 相違点A2は容易に想到できること
「添加」とは,「ある物に何かをつけ加えること。そえ加えること。」である(新
村出編『広辞苑第7版』。

甲1では,微生物培養のための栄養培地について「BHI,EG,BL,GAM
培地」
(10頁19~20行)を挙げ,実施形態では「液体培地(MRS)(23頁

1行),試験例1では「BHIブロス(増殖用液体培地(基礎培地)(23頁25〜

26行)「GAM寒天培地」
, (24頁10行),試験例2では「BHIブロス」
(26
頁4行),試験例3では「増殖用液体培地(基礎培地)(26頁26行)
」 ,試験例4
では「BHIブロス」
(28頁2行) 実施例2では
, 「嫌気性菌培養用のGAM培地」
(32頁3~4行)が用いられている。これらの栄養培地は,微生物の栄養源であ
り,生体由来の様々な成分を多く含んでいるところ,アルギニンは,たんぱく質を
構成するアミノ酸であるから,上記の栄養培地の生体由来の成分中に多く含まれて
いる。上記「BHIブロス」が脳や心臓の生体成分を含み,それらにアルギニンが
含まれることが当業者には周知であり(甲15の1~3)「BHIブロス」は,栄

研化学株式会社により,遅くとも1959年(昭和34年)以降,一般に販売され
ている(甲19,23)「GAMブイヨン」及び「変法GAMブイヨン」について

も,遊離アルギニンが含まれていることも技術常識である(甲29)。また,甲1に
は,培地に付け加えることができる発酵促進物質の一例として,酵母エキス,ペプ
トンなどが挙げられているが(15頁1~2行) これらにもアルギニンが含まれて

いる。
これらはいずれも,栄養培地や発酵促進物質にアルギニンが含まれていることを
開示するものであり,発酵原料にアルギニンが付け加えられているものではない。
しかしながら,発酵処理において発酵原料と共に用いる栄養培地にアルギニンが
含まれているのであるから,当業者は,発酵原料自体にアルギニンを付け加えるこ
とができることを認識し,本件訂正発明の開示する構成に容易に想到することがで
きる。
したがって,相違点A2に係る構成については,甲1発明及び周知技術から,容
易に想到することができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない。
エ 相違点A1及びA3~A5は容易に想到できること
仮に相違点A1及びA3~A5に係る構成が,一応の相違点となると認定される
場合であっても,当業者は,既に述べた技術常識を踏まえて,甲1発明及び周知技
術からこれらの相違点に係る構成に容易に想到することができることは明らかであ
る。
そもそも,ダイゼイン類を発酵原料とするアルギニンの存在下における微生物を
用いた発酵であれば,当該発酵処理によりオルニチンが不可避的に生成されること
は技術常識であり,このような形でオルニチンを生成することは周知技術であった。
また,本件訂正発明が規定するオルニチン「8mg/g」という程度の微量では,お
よそ有意な作用を奏しないのであって,このことは後述するとおり本件訂正発明は
「発酵物の乾燥重量1g当たり」
「8mg以上のオルチニン」及び「1mg以上のエクオ
ール」について規定しているにもかかわらず,それに対応する課題についても効果
についても本件明細書に全く記載がないことからも明らかである。
したがって,仮に,相違点A1及びA3~A5が相違点であると認定されたとし
ても,相違点A1及びA3~A5に係る構成については,甲1発明及び周知技術か
ら,容易に想到することができる上,そもそもこれらの構成については技術常識,
周知技術及び何ら有意な作用を奏しない無意味な構成の組み合わせにすぎないので
あり,この点は進歩性の判断に影響を与えない。
この点,被告は,エクオールに加えてオルニチンを含有する発酵物を得られるよ
うにする積極的な動機付けは存在しないなどと主張するが,下記オのとおり,早晩
公衆に利用可能となる物・方法については,実施する際の意図に違いがあったとし
ても,独占権を認めてまで創作のインセンティブを与える必要はないから,本件訂
正発明と全く同一の技術的思想に想到することが動機付けられる必要はなく,物又
は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到することが動機付けられれば
十分である。
オ 本件審決の判断方法について
本件審決は,甲1発明において開示されている製造方法から,本件訂正発明の技
術思想に至る動機付けがなければ,本件訂正発明は甲1発明から容易に発明をする
ことができたとはいえないと判断しているものと思われるが,このような判断手法
は,進歩性要件の趣旨に反するものである。
進歩性要件の趣旨は,公知の技術から容易に創作可能な技術に対する独占を否定
することにあり,抽象的な技術思想には容易に想到できない場合であったとしても,
具体的な技術が容易に得られるものであったのであれば,それに対する独占権を認
める必要はない。本件審決のように本件訂正発明の技術思想に容易に想到すること
ができることまで求めることは不要であり,構成要件を充足する製造方法に容易に
想到することができれば,それだけで進歩性は否定されると解すべきである。
したがって,甲1に,有用な生成物としてのオルニチンの生成に関する記載も示
唆もないことを理由として進歩性を認めた本件審決の判断は,誤っている。
(3) 新規性について
被告は,相違点A2に関する本件訂正発明の「アルギニンを添加する」の解釈に
関し,本件特許権の侵害を問題とする別件訴訟(知的財産高等裁判所令和2年(ネ)
第10059号。 「別件訴訟」
以下 という。 の原審
) (東京地方裁判所平成30年(ワ)
第18555号)において,『アルギニンを添加する』とは,その文言上,発酵原

料に含まれるアルギニンが,ダイゼイン類を供給する物質中に含まれているアルギ
ニンではなく,別途添加したものであることを意味するのであり,当該アルギニン
を培地/培養液中に含めて添加することを排除するものではない。 と主張した
」 (甲
22・6頁)。
上記主張を前提とすると,甲1には,発酵処理において発酵原料と共に用いる栄
養培地や発酵促進物質にアルギニンが含まれていることが開示されているところ,
アルギニンが含まれた培地や発酵促進物質を添加することも本件訂正発明の「アル
ギニンを添加する」に該当することになる。
したがって,被告の別件訴訟における主張を前提とすると,本件訂正発明は,特
許法29条1項3号所定の「刊行物」たる甲1に「記載された発明」に当たり,新
規性を有しない。
(4) したがって,本件訂正発明は,甲1に記載された発明であって新規性を有し
ないか,甲1発明及び周知技術から容易に想到できるから進歩性を有しない。
(被告の主張)
(1) 本件訂正発明について
ア 原告は,アルギニンが存在する状況下における微生物の発酵において,オル
ニチンが不可避的に生成されることが技術常識かつ周知技術であったなどと主張す
るが,誤りである。全ての「微生物」がアルギニンジヒドロラーゼ活性(ADH活
性)を有するわけではないし,仮に「ラクトコッカス・ガルビエ」種や「ラクトコ
ッカス属」「ストレプトコッカス属」に属するものなかにADH活性を有する微生

物が存在し得ることが知られていたとしても,それらの「種・属」に属する全ての
微生物がADH活性を有するわけではなく,ましてや,ダイゼイン類を資化してエ
クオールを産生する「エクオール産生能」を有する微生物が,必ずADH活性を有
するとも限らない。
イ 原告は,本件訂正発明について,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオ
ルニチンの生成という何ら技術的意味のない数値限定をしているなどと主張するが,
オルニチンが様々な機能を有し,健康に有利な作用を持つ物質であることが知られ
ていたところ(乙6),当該技術分野における専門家の意見書(甲107,108,
118)により,本件訂正発明に規定されるオルニチン量により有利な健康効果が
生じることが示されている。
すなわち,本件訂正発明により製造される発酵物は,エクオール及びオルニチン
のいずれも含有することにより,エクオールが,更年期女性におけるホルモンバラ
ンスを改善し,疲労感等の更年期症状の改善の効果を有するとともに,肝臓を標的
としたホルモンバランスを改善し,肝臓の機能を高めて疲労感の改善の効果を有す
る一方,オルニチンは肝臓における代謝に関与して疲労感の改善の効果を有する。
すなわち,同時に複数の側面から,更年期の女性の疲労感の改善効果を訴求できる
という効果を有する。このようにエクオールにより更年期女性のホルモンバランス
異常による肝機能の低下を改善し,かつ,オルニチンにより肝機能を改善すること
で,脂質代謝異常をも改善し,女性の健康増進が期待できる(甲107,108)。
(2) 進歩性について
ア 相違点の認定について
原告の主張する相違点の区分を前提に以下主張する。
イ 相違点A1及びA3~A5は相違点であること
(ア) 相違点A1
甲1には,「ラクトコッカス20-92(FERMBP-100036号)」が,
エクオール産生能に加えて,オルニチン産生能をも有する微生物であることは何ら
開示も示唆もされていない。甲1(4頁)の「アルギニンジヒドラーゼ:+」との
記載は,菌の性状から菌種を判定する目的で用いられる同定キットの判定結果を示
しているにすぎず,オルニチンの生成については何ら確認できない。
原告がいうアルギニンジヒドロラーゼ活性が,一般論として,菌がアルギニンジ
ヒドロラーゼ経路を用いてアルギニンからエネルギーを得ること,及びその過程で
オルニチンが産生し得ることを示すものであるとしても,実際の培養系においては,
例えば,シトルリンまでで反応が止まっている可能性もあり,また,オルニチンが
乳酸菌等のオルニチン脱炭酸能により分解してさらに代謝するものも存在すること
から(甲101,102),仮に一時的にオルニチンが生成し得たとしても,分解さ
れて発酵物には残存しない,すなわち,発酵物中には必ずしも蓄積されるわけでは
ないと理解することが,当業者の常識であったといえる。
本件優先日の時点において,当業者が仮に甲1に接したとしても,甲1の記載か
ら,「ラクトコッカス20-92」がエクオール産生能力に加えてオルニチン産生
能力をも有する微生物であり,実際にオルニチンが生成・蓄積していることを認識
できたとはいえないから,甲1にこれらの事項が記載されているに等しいとはいえ
ない。
原告自身も,自らの別件特許(甲103)の審査過程における拒絶理由通知(甲
104)に対する意見書(甲105)において,
「アルギニンが含まれる培地で嫌気
性微生物を培養しても,常にL-オルニチンが得られるとは言えません。L-オル
ニチンが得られるためには,嫌気性微生物が,アルギニンをL-オルニチンに変換
するための酵素を有することが必要です。しかしながら,DSM 19450株がそのような
酵素を有するオルニチン産生菌であることは引用文献1および2には開示されてお
らず,示唆もされないと考えます」等と述べているが,アルギニンの代謝経路が文
献上で明らかになっていないという意味では,甲1における「ラクトコッカス20
-92」は,「DSM 19450株」と同じである。
また,原告は,
「ラクトコッカス20-92」を入手して行った甲18の実験結果
によって,オルニチンの生成を確認したと主張するが,そもそも,原告の再現実験
は,本件優先日後になされたものであるから,それをもって本件優先日当時に甲1
に接した当業者が,甲1においてオルニチンが生成・蓄積していることを裏付ける
ものとはいえない。
ところで,原告は,いわゆる内在同一の考え方(以下,便宜上,
「内在同一論」と
呼ぶ。)によれば,各引用発明(甲1発明,甲6発明,甲9発明)は,本件訂正発明
の構成要件を客観的・内在的に充足していると主張するが,本件訂正発明のような
「生産方法の発明」については,原告の主張する内在同一論を適用して新規性を否
定することは妥当ではない。万が一,本件訂正発明と各引用発明の対比について,
原告の主張する内在同一論に基づいたとしても,甲1,甲6,甲9に本件訂正発明
が開示されているとはいえない。
(イ) 相違点A3
甲1にはエクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることは何ら開示
されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載は一切なされていないし,
上記相違点A1で述べたとおり,
「アルギニンジヒドロラーゼ活性」についての記載
の有無はオルニチンが実際に生成するか否かとは直接関連するものではない。原告
が別件特許の審査過程で主張していたように,培地にアルギニンが含まれているか
らといってオルニチンが蓄積した発酵物が常に得られるわけではない(甲105)。
甲1の試験例1で用いられている「BHIブロス」は,一般に,主として試験研
究用に用いられる培地であって,原料としてウシやブタの脳・心臓に由来する栄養
成分を含むものであるため食品用途として用いることは想定されていない材料であ
るというのが技術常識である(甲106)。そうすると,BHIブロスを用いた甲1
の試験例及びその結果は,そもそも,得られた発酵物を食品素材として用いること
を前提とする本件訂正発明との関係で用いることが想定されない栄養培地であるか
ら,BHIブロス中に含まれるアルギニンを考慮する余地はない。
したがって,相違点A3が甲1に記載されているに等しい事項であるとはいえず,
本件審決に誤りはない。
(ウ) 相違点A4
a オルニチンについて
上記(イ)で述べたように,甲1に「オルニチンを含有する発酵物が生成(蓄積)さ
れること」は記載されていないのであるから,発酵物中のオルニチンの量に関する
相違点A4も甲1に記載されているに等しい事項ということはできないことは明白
である。
原告は,本件明細書の記載を根拠に換算しているが,本件優先日時点では,本件
明細書は公開されていなかったから,本件明細書の記載を前提に甲1の開示の内容
を認定することはできない。
原告は,自らが行った甲1の試験例1の再現実験(甲18の1)によれば,オル
ニチン産生量が13.7mgであったとも述べるが,原告の再現実験は,本件優先日
後になされたものであるから,それをもって,本件優先日当時に甲1に接した当業
者が,甲1においてオルニチンが生成・蓄積していることを裏付けるものとはいえ
ない。甲1の出願人である被告自身が行った再現実験である甲19によってオルニ
チンの生成量は「8mg以上」の範囲外となることが実証されている。
b エクオールについて
原告は,
「オルニチン量」に関しては,甲1の試験例1のうちBHIブロスを用い
る「ダイゼイン含有基礎培地」に関する実施態様に基づいた主張をしておきながら,
「エクオール量」についてこれとは異なる実施態様である「豆乳」を発酵原料とし
て用いる実施態様による当てはめを行っている点で,誤りである。
仮に,
「豆乳を発酵原料として用いる実施態様」を考慮したとしても,被告が行っ
た試験例1の再現実験により,発酵原料として豆乳を用いた場合には,エクオール
の生成量が「1mg以上」を下回るものであったことが実証されている(甲19)。
c したがって,相違点A4が甲1に記載されているに等しい事項であるとはい
えない。
(エ) 相違点A5
甲1の試験例1では,得られた発酵物が粉末状のものであり,食品素材として用
いられるものであるとの記載は何らなされていないのであるから,甲1の試験例1
の実施態様を甲1発明と認定しているとの前提に基づけば,相違点2(相違点A5)
を認定した審決に誤りはない。
ウ 相違点A1~5は容易に想到できない
甲1発明は,あくまでエクオール産生能を有する乳酸菌を用いてエクオールを製
造する方法に関するものであって,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵
物を得ることを課題とするものではない。甲1には,オルニチン産生能力及びエク
オール産生能力を有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物
を得るという具体的な技術的思想は開示されていなし,オルニチンを得るためにア
ルギニンを発酵原料に含むことも何ら開示されていないし,そもそもオルニチン自
体に関する記載は一切なされていない。甲1発明において,エクオールに加えてオ
ルニチンを含有する発酵物が得られるようにし,かつエクオールやオルニチンの産
生量を「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上の
エクオール」という範囲内となるように原料や発酵条件を設定することの積極的な
動機付けは存在しない。
加えて,本件訂正発明が奏する「同時に複数の側面から,更年期の女性の疲労感
の改善効果を訴求できる」という上記の効果は,甲1には何ら記載も示唆もされて
おらず,甲1を含む従来技術からは予測し得ない顕著な効果である。
したがって,本件訂正発明は甲1に基づいて当業者が容易になし得たものとはい
えないとした本件審決の判断に誤りはない。
エ 本件審決の判断方法について
本件訂正発明に規定されるオルニチン量は「何ら技術的意義のない構成」ではな
いから,そもそもその前提を欠き理由がないことは明白である。百歩譲って,ある
種の微生物ではアルギニンからオルニチンを生成し得ることが技術常識ないし周知
技術という余地があったとしても,引用発明との相違点に係る構成についての技術
的思想の開示や適用する動機付けが不要となるわけではなく,そのことだけでただ
ちに相違点に容易に想到し得たといえるわけではない。
仮に主引用発明との相違点に係る構成が周知技術や技術常識であったとしても,
単にそのことだけで相違点に係る構成の進歩性を否定し得るものではなく,主引用
発明にかかる周知技術等を適用することの動機付けがあるか等を具体的に検討する
ことが求められる(東京高判昭和61年10月23日判決,知財高裁平成23年9
月28日判決)。
原告は,技術的に意義のない構成であれば「文献に記載や示唆もないことは当然
である」などとも述べるが,上述のように,副引用発明であっても引用文献から抽
出し得る「技術的思想」である必要があるのであるから,相違点に係る構成が技術
的思想として引用文献に開示されている必要がないなどという原告の主張は明らか
に誤りである。
(3) 新規性について
原告は,別件訴訟における被告の主張(甲22)を引用し,これを前提とすれば,
アルギニンの添加に関する相違点A2は甲1に記載されるに等しいということがで
き,本件訂正発明は甲1により新規性を有しないと主張する。
しかしながら,甲1には,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを別途
添加する工程は開示されていないし,BHIブロス等にアルギニンが含まれること
具体的には記載されていない。そして,本件訂正発明と甲1発明とは,実質的な他
の相違点が存在するのであるから,本件訂正発明が甲1発明に対して新規性を有す
ることは明らかであるから,上記原告の主張は理由がない。
2 取消事由3(甲6に基づく進歩性違反についての判断の誤り)について
(原告の主張)
(1) 相違点の認定
ア 本件審決の認定した相違点1’は,複数の事項を含んでいるため,以下,本
件審決が認定した相違点1’及び2’を,以下の相違点B1~B5に分けて主張す
ることとする。
相違点B1:微生物がオルニチン産生能力を有すること
相違点B2:発酵原料にアルギニンを添加すること
相違点B3:オルニチンを含有する発酵物が生成されること
相違点B4:発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当た
り8mg以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上であること
相違点B5:製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられること
イ 上記相違点B1,B3及びB5は,いずれも「刊行物に記載されているに等
しい事項」であって,相違点とはならない(後記(2))。
そして,相違点B2及びB4に係る構成については,甲6発明及び周知技術から,
容易に想到することができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後
記(3))。
仮に,上記相違点B1,B3及びB5が相違点であると認定されたとしても,こ
れらの相違点に係る構成については,甲6発明及び周知技術から,容易に想到する
ことができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後記(4))。
以上のとおり,本件訂正発明は,甲第6号証及び周知技術に基づき当業者が容易
に発明できたものであって,進歩性を有しない。
(2) 相違点B1,B3及びB5は相違点ではないこと
ア 相違点B1
甲6は,「エクオール産生能力」を有する微生物として,「BIFIDOBACT
ERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOPHILU
S,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUS FAE
CIUM,LACTOBACILLUS CASEI,およびLACTOBACI
LLUS SALIVARIUS」の「混合培養物」(甲6の2・段落【0070】
及び【0071】参照)を開示している。
そして,上記「混合培養物」のうち,「LACTOCOCCUS LACTIS」
がアルギニンデイミナーゼ経路(アルギニンジヒロドラーゼ経路と同義)を介して
アルギニンを代謝し,オルニチンを産生するという「オルニチン産生能力」を有し
ていることは技術常識であった(甲7・1024頁,甲17の1)。
そうすると,ラクトコッカス・ラクチスが,エクオール産生能力だけでなくオル
ニチン産生能力を有する微生物であることは,刊行物たる甲6に記載されている事
項に当該技術常識を参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点B1は,甲6に記載されているに等しい事項である。
イ 相違点B3
上記アのとおり,甲6において開示された微生物であるラクトコッカス・ラクチ
スが,アルギニンを代謝してオルニチンを産生するという「アルギニンデイミナー
ゼ経路」を有していることは技術常識であった。
そして,甲6は,発酵原料として「ほぼ20mg/lのダイゼインを含むダイゼイ
ン強化豆乳」(甲6の2・段落【0152】)を用いることを開示しているところ,
甲4の1の
「Table4」保存中の無菌豆乳の遊離アミノ酸への貯蔵温度の影響)

は,
「豆乳」が「アルギニン」を含むことを開示しており,このことは技術常識であ
った。
したがって,甲6発明においてオルニチンを含有する発酵物が生成されることは,
刊行物たる甲6に記載されている事項に技術常識を参酌することにより当業者が導
き出すことができる。
よって,相違点B3は,甲6に記載されているに等しい事項である。
ウ 相違点B5
甲6の段落【0032】には「S-エクオールを含有する組成物 本発明の組成
は,S-エクオールを含み,典型的には主にS-エクオールからなる。その組成は
市販品を作ることに使われる。その組成物,或いはそこから作られる製品は経口で
消費したり,局部に塗布したりし得る。」と記載されており,同段落【0044】に
は「経口投与に適した組成物は,……粉末……のような個々の形で提供できる。」と
記載されている。また,甲6の段落【0065】には「従来の食品技術を利用して,
S-エクオールはバルクで製造することができ,また種々の食品においては現場で
製造できる。ダイゼインやダイゼインを誘導できる他のイソフラボン誘導体を含む
ベース培養液,食物製品または植物抽出物を提供できる。ダイゼインまたは他のイ
ソフラボンは,標準的なバクテリア性または酵素発酵プロセスによってS-エクオ
ールに変換でき,Sエクオールを含有するバルク溶液や食物製品,または植物抽出
物を提供できる。」と記載されている。
以上の記載からすると,甲6において製造される発酵物を粉末状にし,食品素材
として用いることについては,刊行物たる甲6に記載されている事項に当該技術常
識を参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点B5は,甲6に記載されているに等しい事項である。
(3) 相違点B2及びB4は容易に想到できること
ア 相違点B2
甲6発明は,発酵原料として「ほぼ20mg/lのダイゼインを含むダイゼイン強
化豆乳」
(甲6の2・段落【0152】)を用いることを開示しており,
「豆乳」が「ア
ルギニン」を含むことは技術常識であった。そして,甲6発明において用いられる
発酵原料にアルギニンが含まれている以上,当業者は,発酵原料にアルギニンを付
け加えるという形で発酵原料にアルギニンを含めることにも容易に想到することが
できる。
したがって,甲6発明及び周知技術から,当業者は,相違点B2に係る構成を容
易に想到することができる。
仮に,被告の別件訴訟における主張(「アルギニンを添加する」の文言は,アルギ
ニンを培地/培養液中に含めて添加することを排除するものではない。 を前提とし

たとしても,甲1などの周知技術から,当業者が相違点B2に係る構成を容易に想
到することができることは明らかである。
イ 相違点B4
甲6には,発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり
8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であることに
ついて,明示的な記載はない。
しかしながら,生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であ
り,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であるという数値限定は,
何ら技術的意義のない構成である。このような構成について,通常は明示的な記載
がなく,技術思想やそのような構成を採用する動機付けは存在しない以上,文献に
記載や示唆もないことはむしろ当然といえる。このような技術的意味のない構成に
関して,技術思想への想到を求めることは,進歩性要件が設けられた趣旨を没却す
るものである。
そして,甲6発明にはダイゼインもアルギニンも含まれているのであるから,当
業者は,これらの量を適宜追加することによって,オルニチンが発酵物の乾燥重量
1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上と
いう生成量を実現することができる。
したがって,甲6の記載から,当業者は相違点B4に係る構成を適宜実現するこ
とができ,容易に本件訂正発明の開示する構成を想到する。
(4) 相違点B1,B3及びB5は容易に想到できること
仮に相違点B1,B3及びB5に係る構成について,甲6に記載されているに等
しいとまではいえず,一応の相違点となると認定された場合であっても,当業者は,
既に述べた技術常識を踏まえて,甲6発明及び周知技術からこれらの相違点に係る
構成に容易に想到することができることが明らかである。
(被告の主張)
(1) 相違点の認定
原告の主張する相違点の区分を前提に以下主張する。
(2) 相違点B1,B3及びB5は相違点であること
甲6には,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることは何ら開
示されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載がない。また,甲6には,
アグリコンをエクオールに変換するバクテリア菌種によって,アルギニンがオルニ
チンに変換されるとの記載はないし,オルニチンを発酵生成物として得ることを目
的として,アルギニンを発酵原料に含むことの開示もない。すなわち,甲6には,
ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産
生能力を有する微生物で発酵処理することによって,オルニチン及びエクオールを
含有する発酵物を得ることが,具体的な技術的思想として開示されていない。
さらに,甲6には,オルニチンとエクオールの含有量を発酵物の乾燥重量1g当
たり「8mg 以上」及び「1mg 以上」という特定量とすることは何ら開示も示唆もさ
れていない。
これに対し,原告は,アルギニンデイミナーゼ経路が技術常識であり,ラクトコ
ッカス ラチルスがオルニチン産生能を有することも技術常識であったことを挙げ,

相違点B1及びB3は甲6に記載されているに等しいと述べる。
しかしながら,ある種の微生物がアルギニンを代謝に使用してエネルギーを得て
いるとしても,そのことと「オルニチンが蓄積した発酵物が得られること」とは同
義ではないところ,単にラクトコッカス・ラチルスがアルギニンデイミナーゼ経路
を有することが知られていたとしても,当業者は一旦生成されたオルニチンが必ず
蓄積されるわけではないとの認識を有していたのであるから,そのことだけで甲6
の発酵物がオルニチンを含むことが開示されているとはいえない。また,仮に「ラ
クトコッカス・ラクチス」のなかにオルニチンを産生し得るものが存在するとして
も,当該ラクトコッカス・ラクチス以外にも複数の微生物を含む甲6の「混合培養
物」において実際にオルニチンが生成・蓄積することが具体的に確認されていない
以上,甲6の実施例5において,アルギニンデイミナーゼ経路によりオルニチンが
生成・蓄積していることを認識できない。また,相違点B5についても,甲6発明
の対象とされた甲6の実施例5の実施態様では,得られた発酵物を粉末状とするこ
とは何ら開示されていない。
したがって,相違点B1,B3,及びB5は,いずれも甲6に記載されているに
等しい事項とはいえないから,本件審決に誤りはない。
(3) 相違点B1~B5は容易に想到できないこと
ア 相違点B1及びB3~B5
原告は,相違点B1及びB3~B5が容易に想到することができることの理由と
して,オルニチンが発酵処理により「不可避的」に生成されることは技術常識であ
ることや,
「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上」というオルニチン量は何ら技
術的意義のない構成であり動機付け等は不要であること等を挙げるが,前記1(被
告の主張)(1)のとおり,これらは誤りである。
甲6発明は,あくまで鏡像異性のエクオールを製造することを課題とするもので
あって,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とする
ものではない。そして,甲6には,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を
有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得るという技術
的思想は具体的に開示されていなし,オルニチンを得るためにアルギニンを発酵原
料に含むことも何ら開示されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載が
ない。さらに,甲6には,オルニチンとエクオールの含有量を発酵物の乾燥重量1
g当たり「8mg 以上」及び「1mg 以上」という特定量とするという技術的思想は何
ら具体的に開示も示唆もなされていない。
してみると,鏡像異性のエクオールを製造することを課題とする甲6発明におい
て,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを加えて,特定量のエクオール
とオルニチンを含有する発酵物が得られるようにし,かつエクオールやオルニチン
の産生量を「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以
上のエクオール」という範囲内となるように原料や発酵条件を設定することの積極
的な動機付けは存在しない。原告は,ダイゼインやアルギニンを適宜追加すること
によって,上記エクオールとオルニチンの生成量を実現することができるなどとも
述べているが,それだけで動機付けとなるものではない。
したがって,相違点B1及びB3~B5は,当業者が容易に想到し得たものでは
ない。
イ 相違点B2
甲6には,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを別途添加する工程は,
開示されていない。甲6発明においてエクオールに加えてオルニチンを含有する発
酵物を得るという動機付けがないのであるから,かかる発酵物を得るために,
「オル
ニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」によってオルニチンに変
換されるアルギニンを発酵原料に添加する積極的な動機付けもまた存在しない。仮
に甲6の実施例5において発酵原料として用いられている「ダイゼイン強化豆乳」
なるものにアルギニンが含まれているとしても,これにさらに別途アルギニンを添
加することは,特定量のオルニチンを含有する発酵物を得るという目的がない限り
行い得ることではない。
ウ したがって,本件訂正発明は甲6に基づいて当業者が容易になし得たものと
はいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由4(甲9に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)につ
いて
(原告の主張)
(1) 進歩性について
ア 相違点の認定
(ア) 相違点1”は,複数の事項を含んでいるため,以下,本件審決が認定した相
違点1”を,以下の相違点C1~C4に分けて主張することとする。
相違点C1:微生物がオルニチン産生能力を有すること
相違点C2:発酵原料にアルギニンを添加すること
相違点C3:オルニチンを含有する発酵物が生成されること
相違点C4:発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当た
り8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であること
(イ) 以下に述べるとおり,そもそも上記相違点C1,C3及びC4は,いずれも
「刊行物に記載されているに等しい事項」であって,相違点とはならない(後記イ)。
そして,相違点C2に係る構成については,甲9発明及び周知技術から,容易に
想到することができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後記ウ)。
仮に,上記相違点C1,C3及びC4が相違点であると認定されたとしても,こ
れらの相違点に係る構成については,甲9発明及び周知技術から,容易に想到する
ことができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後記エ)。
以上のとおり,本件訂正発明は,甲第9号証及び周知技術に基づき当業者が容易
に発明できたものであって,進歩性を有しない。
イ 相違点C1,C3及びC4は相違点ではないこと
(ア) 相違点C1
甲9発明は,ストレプトコッカス・インターメディアス菌,とりわけ,ストレプ
トコッカスA6G-225(FERM BP-6437)を開示しているところ,
これは,本件特許明細書の段落【0032】記載のものと完全に一致するから,本
件特許明細書の段落【0032】のエクオール産生微生物が「オルニチン産生能力」
を有するならば,甲9発明の「ストレプトコッカス・インターメディアス菌」,特に
「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」も当然に「オ
ルニチン産生能力」を有することになる。このことは,特許権者である被告が,別
件訴訟において甲11を提出し,ストレプトコッカスA6G-225
「 (FERM B
P-6437)」が「オルニチン産生能力」を有することを示したことからも明らか
である。
そして,「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」が
オルニチン産生能力を有することは,本件優先日及び本件訂正発明の出願日当時に
技術常識であった(甲3の7)。また,微生物が,客観的にオルニチン産生能力を有
しているのであればアルギニンデイミナーゼの作用により,オルニチンが生成され
ていると考えるのが通常である。生成されたオルニチンは,乳酸菌にとっては利用
価値のないものであるため,菌体外へ排出され,蓄積されるところ(甲213・3
頁) 菌体外に蓄積されたオルニチンが,
, 生きた菌体内の酵素に起因するオルニチン
脱炭酸能により分解されることは物理的に不可能であることは技術常識である。
したがって,「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)
がエクオール産生能力だけでなく,オルニチン産生能力を有することは,刊行物た
る甲9に記載されている事項に技術常識を参酌することにより当業者が導き出すこ
とができる。
よって,相違点C1は,甲第9号証に記載されているに等しい事項である。
(イ) 相違点C3
㋐「変法GAM培地」がアルギニンを含んでいること(甲10,甲29),㋑発酵
原料として甲9に明示されている「豆乳」がアルギニンを含むこと(甲4の1)及
び㋒ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)が,オルニ
チン産生能力を有することはいずれも技術常識である。
被告は,甲9にオルニチンに係る記載がないことを指摘して相違点C3が実質的
な相違点である旨主張するが,新規性・進歩性判断の前提として引用発明との相違
点を認定するにあたっては,専ら物・方法としての客観的・内在的な同一性を基準
に判断すべきであり,認識されていた技術的思想の差異は問題とならない。そして,
甲3の7において,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-643
7号)自体の名称が記載されていなくとも,同じストレプトコッカス属であるスト
レプトコッカス・ラクティスについてアルギニンデイミナーゼ経路を有している旨
の記載が存在する以上,同様にストレプトコッカスA6G-225(FERM B
P-6437号)についてもアルギニンデイミナーゼ経路を有していると当業者は
考えるのが通常であり,アルギニンデイミナーゼ経路を有していれば,オルニチン
産生能力を有していることは客観的に明らかであって,当該微生物を反応に用いれ
ばオルニチンが生成されることは至極当然の事象であると当業者は認識する。
したがって,甲9においてオルニチンを含有する発酵物が生成されていることは,
刊行物たる甲9に記載されている事項に技術常識を参酌することにより当業者が導
き出すことができる。
よって,相違点C3は,甲9に記載されているに等しい事項である。
(ウ) 相違点C4
a オルニチンについて
甲9には,ストレプトコッカス・インターメディアス菌及び嫌気性菌増殖用の変
法GAM培地(Modified Gifu Anaerobic Medium)を用いたエクオールの製造方法
が開示されている。
甲9に開示される変法GAM培地は,甲28の1における「変法GAMブイヨン」
に相当する。当該変法GAMブイヨンは,41.7g中にL-アルギニンが1.0
g添加されているが(1.0g/41.7g=2.40g/100g),他の成分に
由来するアルギニンと併せた総遊離アルギニン量を測定したところ,固形分100
g中遊離L-アルギニンは「3.35%」含まれていた(甲28の2)。変法GAM
培地は,変法GAMブイヨン41.7gを1Lの水に溶解して調製する(甲28の
1)。甲9によれば,基質となるダイゼインは,「0.01~0.5mg/mL」(=0.
01g~0.5g/L)溶解するが,これは上記変法GAMブイヨンの1%程度な
ので,最終的に得られる発酵物の乾燥重量として,ダイゼイン由来のものは無視で
きる。そして,嫌気性菌の培養の前後で,培地の固形分(41.7g)は実質的に
変化しないと考えられるので,培養前の変法GAM培地1L中に含まれるアルギニ
ンの量は,1.40g(=41.7g×3.35%)となる。
培養によって,このアルギニンがすべてオルニチンに変換された(変換率:10
0%)とすると,1.40g×132.16(オルニチンの分子量)/174.2
0(アルギニンの分子量)の式により1.06gのオルニチンが生成されることに
なる。
そうすると,最終的に得られる発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチン量は,
最終的に得られる発酵物の固形分の濃度41.7g/Lから,1.06g/L×1
000(mg 換算のため1000倍)/(41.7g/L)の式により25.4mg/
gである。
したがって,甲9が開示する「変法GAM培地」を用い,アルギニンがすべてオ
ルニチンに変換された(変換率:100%)とすると,得られる発酵物の乾燥重量
1g当たりのオルニチン量は,25.4mg であり,本件訂正発明における乾燥重量
1g当たりのオルニチン産生量「8mg 以上」を満たしている。なお,甲11が示す
とおり,ストレプトコッカスA6G-225の「オルニチン産生・変換率」が「1
22%」であるならば,変法GAM培地を用いたオルニチンの産生量はさらに増え,
発酵物の乾燥重量1g当たり31.0mg となる。
b エクオールについて
甲9発明は,「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg〜3mg のエクオールを生成」す
るものであるのに対し,本件訂正発明は,「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上
のエクオールを生成」するものであるため,エクオール生成量の上限について差異
がある。しかしながら,本件審決は,
「通常,微生物は代謝産物を必要な程度の量を
生産するという技術常識に照らせば,本件特許発明にオルニチン上限値が特定され
ていないからといって,下限値をはるかに超えるような生成量である場合まで含む
ものとは解されないところ,オルニチンの上限については,本件特許明細書の段落
【0050】の記載も参酌すれば,当業者であればある程度理解できるから,上限
値を特定しないことが新規事項の追加であるとはいえない。(本件審決11頁27

〜32行)と判断し,上限値が厳密に特定されている必要性はないことを前提とし
ているため,上限値の差異は相違点を構成しないものと解するべきである。
c 被告の主張に対する反論
被告は甲9にオルニチンに関する記載がないことを指摘するが,引用文献の記載
に従った結果,生成した発酵物の成分含量が本件訂正発明の構成要件を充足してい
るならば相違点とはならないし,引用文献中にオルニチンが生成されることに対す
る認識を窺わせる記載が全くなかったとしても,また生成されるエクオールやオル
ニチンの量について正確な認識を示す記載が欠けていたとしても,そのことは相違
点を構成する理由とはならない。
被告は,甲9には,実施例3に「変法GAM培地」が用いられたとは具体的に記
載されていないことから,実施例3に「変法GAM培地」を組み合わせて甲9発明
を認定することは許されない旨主張しているところ,甲9の実施例3では,前培養
に関して特に言及することなく,豆乳をストレプトコッカスA6G-225(FE
RM BP-6437号)で発酵させたことが記載されているものの,前培養を行
うことは,当業者にとっては当然のことである。そして,甲9の実施例3の箇所に
前培養の方法についての記載がなかったとしても,甲9の明細書の一般的記載部分
において(28頁),変法GAM培地であらかじめ培養(前培養)して増殖させた上
で,ダイゼインを溶解させた変法GAM培地に接種し好気的条件下で静置培養(本
培養)することが記載されているのであるから,実施例3も当然に変法GAM培地
を用いて前培養していると考えるのが,むしろ当然である。本件審決も上記の理解
の下,甲9発明」
「 の認定において「変法GAM培地でエクオール産生能力を有する」
と記載しており,本件審決の認定に誤りはない。
また,被告は,変法GAM培地は,主として試験研究用に用いられる培地であっ
て食品用途として用いることは想定されていないとして,甲9・28頁の「変法G
AM培地」に係る記載は,本件訂正発明の比較対象とはならない旨主張するが,甲
9は,食品形態を主たる用途の一つとして想定したものであり(25頁17~20
行) その中でより好ましい例として変法GAM培地を用いた前培養が記載されてい

るのであるから,食品用途に用いられることを前提としたものである。そもそも,
変法GAM培地が食品用途で用いられる場合の培地として想定されている材料か否
かは,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437号)を用い
て変法GAM培地で発酵処理することによって,オルニチンを含有する発酵物が生
成されているのかどうかという点に何ら影響を及ぼさない。仮に被告の主張を前提
としても,発酵後に精製過程を経て,変法GAM培地由来の成分を除けば良い。
被告は,実験報告書(乙7)を根拠に甲9におけるオルニチン生成量が8mg/g
に及ばないなどと主張するが,乙7記載の実験結果は,被告が行った過去の実験報
告書(甲216)記載の実験結果と明らかに矛盾しており,およそ信用できない。
甲216記載の実験結果によれば,ストレプトコッカスA6G-225(FERM
BP-6437号)を用いた発酵処理の結果,培養前は14.5mg/gあったアル
ギニンを変換して,培養前は0.8mg/gしかなかったオルニチンが15.0mg/
gまで増加しており,オルニチンの生成量は14.2mg/gであった。
被告は,原告が甲9の実施例3で用いられているA6G-225の分譲を受けた
にもかかわらず再現実験を提出していないことが,本件訂正発明の新規性を否定し
得るような結果が出なかったことを推認させるものであると主張する。しかし,原
告がNITEから分譲を受けた菌株は,そもそも甲9記載株とは別の菌株であるこ
とが明らかとなったことから,原告は分譲を受けた菌株を用いた試験の結果を提出
していないだけであり,被告の上記主張は何らの根拠もない憶測である。
d したがって,甲9において,発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物
の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり
1mg 以上であることは,刊行物たる甲第9号証に記載されている事項に技術常識を
参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点C4は,甲9に記載されているに等しい事項である。
ウ 相違点C2は容易に想到できること
甲9発明は,
「変法GAM培地」で発酵処理することを開示している。そして,
「変
法GAM培地」がアルギニンを含んでいること(甲10,甲29)及び発酵原料と
して甲9発明に明示されている「豆乳」がアルギニンを含むこと(甲4の1)は,
本件優先日又は本件訂正発明の出願日よりも前から技術常識であった。
そして,発酵処理において発酵原料にアルギニンが含まれている以上,当業者は,
発酵原料にアルギニンを付け加えることもまた可能であることを認識し,本件訂正
発明の開示する構成に容易に想到することができる。
したがって,相違点C2に係る構成については,甲9発明及び周知技術から,容
易に想到することができる。
エ 相違点C1,C3及びC4は容易に想到できること
ダイゼイン類を発酵原料とするアルギニンの存在下における微生物を用いた発酵
であれば,当該発酵処理によりオルニチンが不可避的に生成されることは技術常識
であり,このような形でオルニチンを生成することは周知技術であった。また,本
件訂正発明が規定するオルニチン「8mg/g」という程度の微量では,およそ有意
な作用を奏しないのであって,このことは後述するとおり本件訂正発明は「発酵物
の乾燥重量1g当たり」「8mg 以上のオルチニン」及び「1mg 以上のエクオール」
について規定しているにもかかわらず,それに対応する課題についても効果につい
ても本件明細書に全く記載がないことからも明らかである。
したがって,仮に,相違点C1,C3及びC4が相違点であると認定されたとし
ても,相違点C1,C3及びC4に係る構成については,甲9発明及び周知技術か
ら,容易に想到することができる上,そもそもこれらの構成については技術常識,
周知技術及び何ら有意な作用を奏しない無意味な構成の組合せにすぎないのであり,
この点は進歩性の判断に影響を与えない。
(2) 新規性について
甲9においては,発酵処理において発酵原料と共に用いる栄養培地にアルギニン
が含まれていることが開示されているところ,被告の別件訴訟における主張(「アル
ギニンを添加する」の文言は,アルギニンを培地/培養液中に含めて添加すること
を排除するものではない。 を前提とすると,
) アルギニンが含まれた培地や発酵促進
物質を添加することも本件訂正発明の「アルギニンを添加する」に該当するから,
相違点C2についても甲9に記載されているに等しいといえる。そして,前記(1)イ
のとおり,相違点C1,C3及びC4も甲9に記載されているに等しい。
したがって,上記被告の別件訴訟における主張を前提とするならば,本件訂正発
明は,特許法29条1項3号所定の「刊行物」たる甲9に「記載された発明」に当
たり,新規性を有しない。
(被告の主張)
(1) 進歩性について
ア 相違点の認定
原告の主張する相違点の区分を前提に以下主張する。
イ 相違点C1,C3及びC4は相違点であること
(ア) 相違点C1
甲9には,
「ストレプトコッカスA6G-225」によりアルギニンがオルニチン
に変換されるとの記載は全くないし,そもそもオルニチン自体に関する記載は一切
なされていないのであるから,本件明細書中の記載や甲11を根拠とする原告の主
張は「後知恵」というほかない。
「ストレプトコッカスA6G-225」がエクオー
ルに加えてオルニチンを産生する能力を有することは,当業者が本件明細書を見て
初めて理解できることであり,本件優先日時点では,本件明細書は公開されておら
ず,当業者は本件明細書に接することができなかったのであるから,本件明細書の
記載を根拠とすることは許されない。また,甲11の実験結果は,あくまで本件明
細書の記載を前提として,段落【0032】に例示されている菌が実際にエクオー
ル・オルニチン産生能を有することを示すためのものであるから,本件優先日前の
先行技術である甲9発明の認定に用いることはできない。
原告は,甲3の7により「ストレプトコッカスA6G-225」がオルニチン生
産能力を有することは本件優先日当時に技術常識になっていたなどと述べるが,甲
3の7には「ストレプトコッカス・ラクティス」がアルギニンをアルギニンデイミ
ナーゼ経路により代謝することが記載されているだけであり,ある種の微生物がア
ルギニンを代謝に使用してエネルギーを得ているとしても,そのことと「オルニチ
ンが蓄積した発酵物が得られること」とは同義ではない。単にストレプトコッカス・
ラクティスがアルギニンデイミナーゼ経路を有することが知られていたとしても,
本件優先日当時,当業者は一旦生成されたオルニチンが必ず蓄積されるわけではな
いとの認識を有していたから,甲9の発酵物がオルニチンを含むことが開示されて
いるとはいえない。
したがって,相違点C1が甲9に記載されているに等しい事項とはいえず,本件
審決に誤りはない。
(イ) 相違点C3
単にストレプトコッカス・ラクティスがアルギニンデイミナーゼ経路を有するこ
とが知られていたとしても,必ずしもオルニチンが蓄積した発酵物を得られるとは
限らないのであり,オルニチンが生成及び蓄積されていることを実際に測定しなけ
れば,その点を認識できたとまではいえないところ,甲9ではそのような実験を行
ってオルニチンの生成及び蓄積が何ら確認されていないのであるから,甲9発明に
おいて,エクオールに加えてオルニチンを含有する発酵物が実際に生成したことが
記載されているに等しいなどとはいえない。
原告は,甲10や甲4の1を引用し,
「変法GAM培地」や「豆乳」にアルギニン
が含まれていることが技術常識であったと述べるが,これらの文献には変法GAM
培地や豆乳の成分が記載されているのみであって,エクオールとオルニチンを含有
する発酵物やその製造方法に関する開示や示唆はされていない。そして,原告が自
ら述べていたように,培地にアルギニンが含まれているからといってオルニチンが
蓄積した発酵物が常に得られるわけではない(甲105)。
したがって,相違点C3が甲9に記載されているに等しい事項であるとはいえず,
本件審決に誤りはない。
(ウ) 相違点C4
甲9には,
「オルニチンを含有する発酵物が生成(蓄積)されること」は記載され
ておらず,具体的な技術的思想としてエクオールとともにオルニチンを含有する発
酵物を得ることは記載されていない。
原告は,甲9の28頁に記載されている「変法GAM培地」を用いた場合には,
あたかも本件訂正発明に規定される「8mg以上」のオルニチンが生成すると推算さ
れるなどと主張するが,甲9発明は実施例3の実施態様に基づくものであるところ,
実施例3では,甲9の28頁に記載されている「変法GAM培地」が用いられたと
は具体的に記載されていない。甲9において別個に記載されている異なる実施態様
を組み合わせて一つの引用発明を認定することは許されない。また,甲9の28頁
における変法GAM培地中での培養に関する記載と,甲9の実施例3における豆乳
の発酵に関する記載とを混同したり組み合わせて理解したりすることは許されない。
本件審決における「甲9発明」の認定における「変法GAM培地でエクオール産生
能力を有する」との記載も,微生物を修飾するものにすぎず,変法GAM培地を食
品形態として用いる発酵物を得る際に使用することを認定しているものではない。
そもそも,甲9の28頁で用いられている「変法GAM培地」は,食品添加物指
定のない成分である「チオグリコール酸ナトリウム」を含むものであり(甲28の
1)主として試験研究用に用いられる培地であって食品用途として用いることは想

定されていない材料であるから,かかる変法GAM培地を用いた甲9の28頁の記
載は,得られた発酵物を食品素材として用いることを前提とする本件訂正発明との
関係で比較対象とはならない。
原告は,甲9発明において「8mg以上」のオルニチンが生成するとの推算の根拠
として種々の計算式を示しているが,このような推算を行ったところで,実際に「変
法GAM培地」を用いて発酵した場合にオルニチンが生成するかどうかは実験を行
ってみなければ確認できない。培地中にアルギニンが含まれるからと言って常にオ
ルニチンが産生するかどうかすら分からないのであるから,その産生量については
なおさらその具体的な値が換算値どおりになるとは限らない。
被告は,甲9の実施例3で用いられている「豆乳100g」の一部を,甲9の2
8頁に記載の変法GAM培地に置き換え(豆乳:変法GAMブイヨン=55:45
又は70:30),ストレプトコッカスA6G-225を用いて,甲9発明である実
施例3と同様の発酵処理を行ったが,その結果,オルニチンの産生量は本件訂正発
明に規定される「8mg以上」には遠く及ばなかった(乙7)。なお,原告は,甲9の
実施例3で用いられているA6G-225の分譲を受けたにもかかわらず(乙13
の1,乙13の2),再現実験を提出していない。このことは,実験を行ったが,本
件訂正発明の新規性を否定し得るような結果が出なかったことを推認させるもので
ある。
したがって,具体的な技術的思想として,相違点C4が甲9に記載されているに
等しい事項であるとはいえず,本件審決に誤りはない。
ウ 相違点C1~C4は容易に想到できないこと
相違点C1~C4が容易に想到することができることの理由として原告が挙げる
のは,オルニチンが発酵処理により「不可避的」に生成されることは技術常識であ
ることや,
「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上」というオルニチン量は何ら技
術的意義のない構成であり動機付け等は不要であること等に過ぎず,これらの点が
誤りであることは前記1(被告の主張)(1)で述べたとおりであって,本件訂正発明
が容易に想到し得たものであることの根拠となるものではない。
本件訂正発明は,優れた生理活性を有するエクオールを含む発酵物の機能性食品
素材として用途に着目し,食品として女性の健康増進に好適なエクオールとオルニ
チンを含有する発酵物の製造方法を提供することを目的とするものである。前記1
(被告の主張)(1)イのとおり,本件訂正発明により製造される発酵物は,エクオー
ルにより更年期女性のホルモンバランス異常による肝機能の低下を改善し,かつ,
オルニチンにより肝機能を改善することで,脂質代謝異常をも改善し,女性の健康
増進が期待できる(甲107,108)。
これに対し,甲9発明は,あくまでエクオールを産生する能力を有する微生物自
体を含有する組成物,又はエクオールを含有する組成物に関するものであって,エ
クオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とするものではな
い。
そして,甲9には,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物
を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得るという具体的な技術的思
想は開示されていないし,オルニチンを得るためにアルギニンを発酵原料に含むこ
とや別途添加することについて何ら開示されておらず,そもそもオルニチン自体に
関する記載は一切なされていない。さらに,甲9には,オルニチンとエクオールの
含有量を発酵物の乾燥重量1g当たり「8mg以上」及び「1mg以上」という特定量
とするという技術的思想は何ら具体的に開示も示唆もなされていない。
また,甲10や甲4の1も,変法GAM培地や豆乳の成分が開示されているのみ
であり,エクオールとオルニチンを含有する発酵物やその製造方法に関する開示や
示唆はない。
してみると,発酵生成物としてのオルニチンに全く着目していない甲9発明にお
いて,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを添加して,特定量のエクオ
ールとオルニチンを含有する発酵物が得られるようにし,かつエクオールやオルニ
チンの産生量を「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1
mg以上のエクオール」という範囲内となるように原料や発酵条件を設定することの
積極的な動機付けは存在しない。原告は,審判段階においても,訴訟段階において
も,そのような積極的な動機付けの存在については何ら具体的に示すことができて
いない。
したがって,相違点C1~C4は,当業者が容易に想到し得たものではないから,
本件訂正発明が甲9に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえないとした本
件審決の判断に誤りはない。
(2) 新規性について
原告は,別件訴訟における被告の主張(甲22)を引用し,これを前提とすれば,
アルギニンの添加に関する相違点C2は甲9に記載されるに等しいから,本件訂正
発明は甲9により新規性を有しないなどと主張する。しかしながら,甲9には,エ
クオールを得るための発酵原料にアルギニンを別途添加する工程は具体的に開示さ
れていないし,豆乳や変法GAM培地等にアルギニンが含まれることも具体的には
記載されていない。
そして,前記(1)イのとおり,本件訂正発明と甲9発明には,他に実質的な相違点
が存在するから,本件訂正発明が甲9発明に対して新規性を有することは明らかで
ある。
4 取消事由5(分割要件違反及び甲12に基づく進歩性違反についての判断の
誤り)について
(原告の主張)
(1) 分割要件違反に当たること
ア 本件訂正発明は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよ
りなる群から選択される少なくとも 1 種のダイゼイン類にアルギニンを添加するこ
と」という構成を有するところ,当該事項は,分割出願直前の出願当初の明細書等
(甲13。特願2016-156372(特開2017-18120)。以下「当初
明細書」という。)に明示されておらず,当該記載から自明な事項でもなく,新たな
技術的事項を導入するものであるから,新規事項の追加に該当し,分割要件を満た
さない。
イ 当初明細書(甲13)には,発酵原料として「大豆胚軸」を用いる発明が開
示されており,エクオールが生成されることが示されているところ,A実験報告書
(甲14の1)のとおり,本件訂正発明の採用する「ダイゼイン配糖体,ダイゼイ
ン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン
類」を発酵原料として用いた場合,エクオールは生成されないというのであるから,
本件訂正発明は,分割出願直前の出願の範囲をおよそ超えて,エクオールが生成さ
れない方法まで包含されてしまっていることは明らかである。
したがって,前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産

生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニ
チン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法」とする本件訂正発明は,当初明
細書(甲13)に明示的に記載された事項でも当該記載から自明な事項でもなく,
新たな技術的事項を導入するものであるから,新規事項の追加に該当し,分割要件
を満たさない。
ウ 「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン」を生成するとの構
成は,新たな技術的事項を追加するものであり,当初明細書の記載に明示的に記載
された事項でも当該記載から自明な事項でもなく,新たな技術的事項を導入するも
のであるから分割要件を満たさない。
エ 以上のとおり,本件訂正発明は,当初明細書(甲13)の開示を超えた新た
な技術的事項を規定したもので,分割要件を具備しないから,分割出願の遡及効を
得ることができず,本件訂正発明の進歩性の判断は,分割出願の現実の出願日であ
る平成29年6月28日よりも前の文献や周知技術に基づいてされることになる。
そこで,以下,平成29年6月28日よりも前の平成20年12月18日に国際公
開されたWO2008/153158号公報(甲12)に記載された甲12発明に
基づいて主張する。
(2) 甲12に基づく進歩性違反について
本件訂正発明と甲12発明を対比すると,本件訂正発明が「ダイゼイン配糖体,
ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダ
イゼイン類」にアルギニンを添加して発酵原料としているのに対して,甲12発明
では,
「大豆胚軸」にアルギニンを添加して発酵原料としている点(相違点D1)で
相違し,その余の点で一致している。
そして,甲12の記載から,大豆胚軸に含まれているダイゼイン類がエクオール
を産生していることは,当業者であれば容易に理解することができる。そこから,
当業者は,甲第12号証における「大豆胚軸」を「ダイゼイン類」に置換すること
を容易に想到することができる。
そうすると,本件訂正発明は,甲12及び周知技術に基づき当業者が容易に発明
できたものであって,進歩性を有しない。
(被告の主張)
(1) 分割要件を満たすこと
ア ダイゼイン類にアルギニンを添加する点については,甲13の【0036】,
【0050】【0222】【0225】【0226】には,
, , , 「ダイゼイン類を含む発
酵原料」の例である「大豆胚軸」にアルギニンを添加することが記載されている。
イ 甲13には,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインより
なる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料とすることが明
確に記載されているし(段落【0091】【0093】等)
, ,大豆胚軸は,あくまで
「ダイゼイン類を含む発酵原料」の一例(或いは代表例)として記載されているの
であって,発酵原料においてエクオール産生のために微生物が資化するのは「ダイ
ゼイン類」であることが説明されている。
原告は,A実験報告書(甲14の1)によれば大豆胚軸以外の場合には発酵が進
まないと述べるが,甲13の記載に基づけば,適宜栄養成分を補ったり,適切な発
酵条件等を用いることができるし,また,甲14の1と同様の実験を行った被告の
再現実験(甲115)では,栄養素を別途添加することなくダイゼインのみ(ダイ
ゼイン,水,及びアルギニン)を発酵原料とした場合でも発酵が進み,イソフラボ
ンを発酵原料とした場合でも発酵が進み,乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオー
ルが産生することが示されている。したがって,甲14の1に基づく原告の主張は
失当である。
ウ オルニチンとエクオールの含有量の数値範囲は,甲13の【0042】及び
【0050】に好ましい範囲が記載されているのであるから,何ら新規事項ではな
い。
エ 本件訂正発明の構成は,当業者が当初明細書の全ての記載を総合することに
よって導かれる事項,すなわち「当初明細書等に記載した事項」に該当するもので
あって新規事項に該当しないことは明らかである。
(2) 甲12に基づく進歩性違反の主張について
上記(1)のとおり,甲12は先行文献に当たらないので,本件審決の判断に誤りは
ない。
5 取消事由6(委任省令要件違反についての判断の誤り)について
(原告の主張)
本件訂正発明は,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法である
にもかかわらず,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】段落【0010】
において,「オルニチン」という用語は,一度たりとも使用されていない。加えて,
本件明細書のオルニチンの文言が用いられている箇所を見ても,オルニチンを用い
た本件訂正発明が,どのような課題をどのように解決したかは,全く明らかでない。
また,
「発酵物の乾燥重量1g当たり」
「8mg 以上のオルチニン」という数値限定に
ついて,それに対応する課題も効果も,本件明細書に何ら記載がない。
したがって,本件明細書には,本件訂正発明がどのような技術的貢献をもたらす
ものであるかが理解でき,また審査及び調査に役立つように,発明が解決しようと
する課題,その解決手段などの,
「当業者が発明の技術上の意義を理解するために必
要な事項」が何ら発明の詳細な説明に記載されておらず,たとえ「本件特許明細書
の全体の記載及び技術常識を踏まえ」たとしても,当業者において本件訂正発明の
課題やその解決手段を認識することはできない。
よって,本件明細書について,特許法36条4項1号において委任する経済産業
省令(特許法施行規則24条の2)の要件を満たしているとした本件審決の判断は
誤りであり,本件審決は取り消されるべきである。
(被告の主張)
エクオールとオルニチンを同時に含有する点については,本件明細書の段落【0
164】及び【0165】に,本件発明の発酵物が「エクオールを初めとして,種々
の有用生理活性物質を含有しているので様々な生理活性や薬理活性を発現すること
ができる」ことが記載されおり,これらの効果は,発酵物中に含有されるエクオー
ルだけでなく,オルニチンを含む「種々の生理活性物質」によってもたらされるこ
とが明確に説明されている。
本件訂正発明に規定されるエクオールとオルニチンの含有量については, 【0
段落
042】及び【0050】に説明されている。また,前記1(被告の主張)(1)イの
とおり,本件訂正発明に規定されるオルニチン量により有利な健康効果が生じるこ
とが十分に理解し得る。
原告は,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】 (段落
欄 【0010】 に,

その表面上はオルニチンに関する記載がないなどとも述べるが,知財高裁平成21
年7月29日判決に「特許法施行規則24条の2の求める事項は,発明の詳細な説
明中の『課題及びその解決手段』に記載される必要もなく,当業者が発明の技術上
の意義を当然に理解できれば足りるのであって,明示的な記載は必要ない。 と判示

されているように,必ずしも【発明が解決しようとする課題】欄に記載されている
必要はなく,あくまで明細書等の全体の記載及び出願時の技術常識に基づき,発明
の技術上の意義が理解できれば足りる。
したがって,本件明細書の全体の記載及び出願時の技術常識に基づけば,当業者
であれば本件訂正発明の技術上の意義を理解することができ,本件明細書は「当業
者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」が記載されているといえる
から,本件特許は委任省令要件を満たすとした本件審決に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 本件訂正発明について
(1) 本件明細書(甲201)には次の記載がある。
【技術分野】
【0001】
本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物から有用成分が抽出されたエクオール
含有抽出物,及びその製造方法に関する。また,本発明は,エクオール含有物から
高純度のエクオールを効率的に精製する方法に関する。更に,本発明は,エクオー
ル含有食品素材,及びエクオール含有食品に関する。
【背景技術】
【0002】
大豆中に含まれるイソフラボン(大豆イソフラボン;ダイゼイン,ゲニステイン,
グリシテイン)はエストラジオールと構造が類似しており,エストロゲンレセプタ
ー(以下,ERと表記する)への結合に伴う抗エストロゲン作用及びエストロゲン様
作用を有している。これまでの大豆イソフラボンの疫学研究や介入研究からは,抗
エストロゲン作用による乳癌,前立腺癌等のホルモン依存性の癌の予防効果や,エ
ストロゲン様作用による更年期障害,閉経後の骨粗鬆症,高脂血症の改善効果が示
唆されている。
【0003】
近年,これら大豆イソフラボンの生理作用の活性本体がダイゼインの代謝物のエ
クオールである可能性が指摘されている。即ち,エクオールは大豆イソフラボンと
比較して ERとの結合能(特に,Eβとの結合)が強く,乳房や前立腺組織などの標
的臓器への移行性が顕著に高いことが報告されている(非特許文献1-4参照)。
また,患者-対照研究では,乳癌,前立腺癌患者でエクオール産生者が有意に少な
いことが報告され,閉経後の骨密度,脂質代謝に対する大豆イソフラボンの改善効
果をエクオール産生者と非産生者に分けて解析するとエクオール産生者で有意に改
善されたことも報告されている。
【0004】
エクオールは,ダイゼインより腸内細菌の代謝を経て産生されるが,エクオール
産生能には個人差があり,日本人のエクオール産生者の割合は,約50%と報告さ
れている。つまり,日本人の約50% がエクオールを産生できないヒト( エクオ
ール非産生者)であり,このようなヒトにおいては,大豆や大豆加工食品を摂取し
ても,エクオールの作用に基づく有用生理効果が享受できない。従って,エクオー
ル非産生者に,エクオールの作用に基づく有用生理効果を発現させるには,エクオ
ール自体を摂取させることが有効であると考えられる。
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでに,本発明者等は,エクオールを含有する食品素材として,大豆胚軸を
エクオール産生微生物で発酵させることにより得られる大豆胚軸発酵物を見出した。
当該大豆胚軸発酵物には,エクオールのみならず,イソフラボンやサポニン等の大
豆由来の有用成分を含み,これによって有用生理効果を発現できるので,機能性素
材として有用であることが明らかにされている。更に,当該大豆胚軸発酵物は,大
豆胚軸由来のアレルゲンが低減されており,低アレルゲン素材としても有用である
ことが確認されている。このように,本発明者等が見出した上記大豆胚軸発酵物は,
含有成分に基づく有用生理活性を示し,低アレルギー性であるので,機能性食品素
材として有用であることが分かっている。
【0007】
一方,上記大豆胚軸発酵物中のエクオールの含有量は,製造に使用した大豆胚軸
の種類,エクオール産生微生物の種類等によって異なるが,1重量%程度であるこ
とが多い。そこで,エクオール含有割合をより高めた素材が提供できれば,食品形
態の多様化等に対応でき,様々なタイプのエクオール含有食品を容易に提供するこ
とが可能になる。しかしながら,これまでに,上記大豆胚軸発酵物自体,公知でな
く,また上記大豆胚軸発酵物から効率的にエクオールを含む有用成分を抽出するに
は如何なる手法が有効であるかについても,明らかにされていない。
【0008】
また,上記大豆胚軸発酵物のような発酵法により得られるエクオール含有物は,
化学的合成方法に比べて安全性が高く,工業的製造に適しているという利点がある。
しかしながら,発酵法によって得られるエクオール含有物には,エクオール以外の
代謝産物も含まれ,更には原料由来の多種の成分も残存する。また,発酵に使用し
た原料の種類によっては,発酵法によって得られるエクオール含有物には,アレル
ゲンとなり得る物質が混在している場合もある。そこで,エクオールを食品や医薬
品に使用される添加剤として応用するには,エクオールを製造する技術のみならず,
エクオールを高純度で精製する技術の開発も不可欠である。しかしながら,従来,
エクオールを精製する方法に関しては殆ど報告がないため,工業的な応用が可能で,
効率的且つ簡便にエクオールを高純度に精製できる技術の確立が望まれている。
【0010】
そこで,本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物から,エクオールを含む有用
成分が抽出された抽出物,及びこれを製造する方法を提供することを目的とする。
また,本発明は,エクオール含有物から高純度のエクオールを効率的に精製する方
法を提供することを目的とする。更に,本発明は,エクオール産生微生物で大豆胚
軸を発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物
を含み,その風味が改善されている食品素材を提供することを目的とする。また,
本発明は,当該エクオール含有大豆胚軸発酵物を含み,良好な風味を呈する食品(特
に,焼き菓子)を提供することを目的とする。そして更に,本発明は,エクオール
含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品を提供することを目的と
する。
【発明の効果】
【0023】
本発明のエクオール含有抽出物の製造方法によれば,エクオール含有大豆胚軸発
酵物から,エクオールを含む有用成分を効率的に抽出して,機能性食品素材として
有用なエクオール含有抽出物を製造することができる。また,エクオール含有大豆
胚軸発酵物に対して,エタノール水溶液を用いた抽出処理及びエタノールを用いた
抽出処理を順次実施することによって,エクオール及びグリシテインを高濃度で含
みながら,不快味の原因となるサポニンが低減されているエクオール含有抽出物が
得られる。従って,当該エクオール含有抽出物には,呈味に悪影響を及ぼすことな
く,食品に配合できるという利点がある。
【0024】
また,本発明の精製方法によれば,エクオール含有物から,簡便且つ効率的に高
純度のエクオールを得ることが可能になる。特に,本発明の精製方法は,エクオー
ル含有物に, エクオールと構造が類似するイソフラボンが混在していても,これら
のイソフラボンを除去して,エクオールを高純度に精製することができる。それ故,
本発明の精製方法は,イソフラボンを多く含むエクオール含有発酵物から,エクオ
ールを精製するために好適に使用できる。
【0025】
更に,エクオール含有大豆胚軸発酵又はその抽出物がカカオマスに分散されてな
る本発明の食品素材は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含みなが
ら,苦味が抑制されており,良好な風味を有している。・・・
【0026】
そして更に,本発明の各種形態の食品によれば,エクオール含有大豆胚軸発酵物
又はその抽出物に基づく有用生理作用を享受することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下,本発明について説明する。
1.エクオール含有抽出物の製造方法
・・・以下,本発明の製造方法において原料として使用されるエクオール含有
大豆胚軸発酵物,並びに第I法及び第II法の具体的内容について詳述する。
エクオール含有大豆胚軸発酵物・・・
【0030】
エクオール含有大豆胚軸発酵物とは,エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵さ
せて得られる大豆胚軸発酵物である。
【0031】
当該エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造に使用されるエクオール産生微生物と
しては,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から
選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力
(代謝活性)を有する微生物が使用される。・・・
【0032】
上記エクオール産生微生物としては,食品衛生上許容され,上記能力を有する限
り特に制限されず,従来公知のもの,或いは通常の方法でスクリーニングしたもの
を使用できる。例えば,ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)等の
ラクトコッカス属に属する微生物;ストレプトコッカス・インターメディアス
( Streptococcus intermedius ) , ス ト レ プ ト コ ッ カ ス ・ コ ン ス テ ラ ー タ ス
(Streptococcus constellatus)等のストレプトコッカス属に属する微生物;バク
テロイデス・オバタス(Bacteroides ovatus)等のバクテロイデス属に属する微生
物の中にエクオール産生能を有する微生物が存在していることが分かっている。エ
クオール産生微生物の中で,好ましくは,ラクトコッカス属,及びストレプトコッ
カス属等の乳酸菌であり,更に好ましくはラクトコッカス属に属する乳酸菌であり,
特に好ましくはラクトコッカス ガルビエが挙げられる。
・ エクオール産生微生物は,
例えば,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離することがで
きる。上記エクオール産生微生物については,本発明者等により,ヒト糞便から単
離同定された菌,即ち,ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号),ストレプトコッ
カスE-23-17
(FERM BP-6436号) ストレプトコッカスA6G225
, (FERM BP-6437号),
及びバクテロイデスE-23-15(FERM BP-6435号)が寄託されており,本発明ではこ
れらの寄託菌を使用できる。これらの寄託菌の中でも,ラクトコッカス20-92が好適
に使用される。
【0033】
当該エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵原料として大豆胚軸を用いて製造さ
れる。大豆胚軸とは,大豆の発芽時に幼芽,幼根となる部分であり,ダイゼイン配
糖体やダイゼイン等のダイゼイン類が多く含まれていることが知られている。本発
明に使用される大豆胚軸は,含有されているダイゼイン類が著しく損失されていな
いことを限度として,大豆の産地や加工の有無については制限されない。例えば,
生の状態のもの;加熱処理,乾燥処理,蒸煮処理等に供された大豆から分離したも
の;未加工の大豆から分離した胚軸を加熱処理,乾燥処理又は蒸煮処理等に供した
もの等のいずれであってもよい。また,使用される大豆胚軸は,脱脂処理や脱タン
パク処理に供したものであってもよい。また,使用される大豆胚軸の形状について
は,特に制限されるものではなく,粉末状であっても,粉砕又は破砕された粒状又
は塊状であってもよい。より効率的にエクオールを生成させるという観点からは,
粉末状の大豆胚軸を使用することが望ましい。
【0034】
大豆胚軸の発酵処理は,適量の水を大豆胚軸に加えて水分含量を調整し,これに
上記エクオール産生微生物を接種することにより行われる。
【0036】
また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,
発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,
肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,
硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,
エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するも
の(以下,「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合に
は,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中
にオルニチンを含有させることができる。・・・なお,オルニチン・エクオール産
生微生物としては,エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指
標として公知のスクリーニング方法により得ることができる。オルニチン・エクオ
ール産生微生物は,例えばラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,そ
の具体例としてラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)が挙げられる。
【0038】
また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含
むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別
途添加しておくことにより,得られる大豆胚軸発酵物中のエクオール含量をより高
めることが可能になり,その有用性を一層向上させることができる。
【0039】
大豆胚軸の発酵は,使用するエクオール産生微生物の生育特性に応じた環境条件
下で実施される。例えば,上記で具体的に列挙したエクオール産生微生物を使用す
る場合であれば,大豆胚軸の発酵は嫌気性条件下で行われる。
【0040】
また,発酵温度としては,エクオール産生微生物の生育に好適な条件であればよ
く,例えば,20~40℃,好ましくは35~40℃,更に好ましくは36~3
8℃が挙げられる。
【0041】
発酵時間については,エクオールの生成量,ダイゼイン類の残存量,エクオール
産生微生物の種類等に応じて適宜設定できるが,通常1~10日間,好ましくは2
~7日間,更に好ましくは3~5日間とすることができる。
【0042】
・・・大豆胚軸発酵物中のエクオール含量については,使用するエクオール産生
微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり
(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1~20mg,好ま
しくは2~12mg,更に好ましくは5~8mg含まれている。
【0049】
更に,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆胚軸に由来するサポニンをも有
している。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のサポニンは,エクオール含有大豆胚
軸発酵物の乾燥重量1g当たり,サポニンが10~80mg,好ましくは20~50
mg,更に好ましくは30~40mg含まれている。
【0050】
また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアル
ギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚
軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸
発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸
発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,更
に好ましくは9~12mg程度が例示される。
【0089】
エクオール含有物
本発明の精製方法において,精製処理に供されるエクオール含有物は,エクオー
ルを含有する限り,特に制限されるものではなく,化学合成法によってエクオール
が合成された反応産物であっても,また発酵法によってエクオールが産生された発
酵物であってもよい。・・・本発明の精製方法に供されるエクオール含有物の好ま
しい一例として,エクオールを含有する発酵物が挙げられる。
【0090】
以下,エクオールを含有する発酵物について説明する。
【0091】
エクオールを含む発酵物は,エクオール産生微生物を用いて公知の方法に従って
発酵することにより製造される。具体的には,エクオール産生微生物を,ダイゼイ
ン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なく
とも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有す
る微生物を,該ダイゼイン類を含む発酵原料(発酵に供される原料)に接種し,該
微生物の生育環境下で発酵(培養)させることにより,エクオールを含む発酵物を
得ることができる。
【0092】
上記エクオール産生微生物としては,前記「1.エクオール含有抽出物の製造方
法」の「エクオール含有大豆胚軸発酵物」の欄に記載するエクオール産生微生物が
使用される。
【0093】
また,ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制
限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが
好適である。ダイゼイン類を含む発酵原料としては,具体的には,大豆,大豆胚軸,
大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクロ
ーブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等が挙げられる。これらの中
でも,大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発
酵原料として好ましい 。
【0094】
また,ダイゼイン類を含む発酵原料には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフ
ラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加し
ておくことにより,得られる発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能に
なる。
【0095】
更に,ダイゼイン類を含む発酵原料には,必要に応じて,発酵効率の促進等を目
的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュク
ロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸
等の栄養成分を添加してもよい。
【0096】
エクオールを含む発酵物の製造において,発酵原料の水分量,醗酵時間,発酵温
度,発酵雰囲気等の発酵条件については,エクオール産生微生物の種類,発酵原料
の種類,エクオールの産生量,ダイゼイン類の残存量等に応じて適宜設定すればよ
い。
【0097】
本発明の精製方法において使用されるエクオール含有物としては・・・エクオー
ル含有大豆胚軸発酵物が好適である。
【0142】
3.食品素材
更に,本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物が,カカオマス
に分散されている食品素材を提供する。以下,本発明の食品素材について,含有成
分等に分けて説明する。
【0144】
エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵後の状態のまま,本発明の食品素材に使
用してもよく,また,必要に応じて乾燥処理に供して乾燥固形物状にして本発明の
食品素材に使用することもできる。・・・また,加熱乾燥処理されたエクオール含
有大豆胚軸発酵物は,必要に応じて粉末化処理に供して,粉末状にしてもよい。
【0157】
上記食品素材の用途
本発明の上記食品素材は,エクオール含有食品の製造原料,或いは食品添加剤と
して使用され,様々な食品に配合される。即ち,本発明は,更に,上記食品素材を
含有するエクオール含有食品を提供する。
【0162】
当該エクオール含有食品に含まれる本発明の食品素材の配合割合については,特
に制限されず,本発明の食品素材中のエクオール含量,当該エクオール含有食品の
形態等に応じて適宜設定される。一例として,当該エクオール含有食品の原料の総
量当たり,本発明の 食品素材が3~30重量%,好ましくは5~20重量%,更に好まし
くは5~8重量%となる割合が例示される。また,当該エクオール含有食品に含まれ
るエクオールの割合としては,当該エクオール含有食品の原料の総量当たり,エク
オールが0.002~0.1重量%,好ましくは 0.004~0.05重量%,更に好ましくは0.005
~0.03重量%となる範囲が例示される。このような割合で,本発明の食品素材を含
有することにより,エクオール含有食品の良好な風味を保持しながら,エクオール
含有大豆胚軸発酵物に基づく有用生理活性を有効に享受させることができる。
【0163】
当該エクオール含有食品は,本発明の食品素材と共に,該食品の他の原料を所定
量混合し,該食品の種類に応じて,成形,焼成,冷却等の工程に適宜供することに
よって製造される。
【0164】
当該エクオール含有食品は,エクオール含有大豆胚軸発酵物を含み,エクオール
を初めとして,種々の有用生理活性物質を含有しているので様々な生理活性や薬理
活性を発現することができる。それ故,当該エクオール含有食品は,一般の食品の
他,特定保健用食品 ,栄養補助食品,機能性食品,病者用食品等として使用できる。
特に,本発明の大豆胚軸発酵物を含有する食品は,栄養補助食品として栄養補助食
品として有用である。
【0165】
例えば,当該エクオール含有食品は,更年期障害,骨粗鬆症,前立腺肥大,メタ
ボリックシンドローム等の疾患や症状の予防乃至改善,血中コレステロール値の低
減,美白,にきびの改善,整腸,肥満改善,利尿等に有用である。中でも,当該エ
クオール含有食品は ,特に,中高年女性における不定愁訴乃至閉経に伴う症状(例
えば,骨粗鬆症,更年期障害等)の予防乃至改善に有用である。
【実施例】
【0221】
以下に,参考例,実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれ
らによって限定されるものではない。
【0222】
参考例1-1~1-3 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造
表1に示す組成となるように,粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水を混合して,
大豆胚軸溶液(原料)を調製した。この大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス20-
92株(FERM BP-10036号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養を
行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌
した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理する
ことにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0223】
表1に,培養96時間後の培養液における生菌数及びpH,粉末状の大豆胚軸発
酵物の取得量,及び粉末状の大豆胚軸発酵物中のエクオール濃度を示す。・・・
【0224】
【0225】
参考例1-4 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造
粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液
5mlに,ラクトコッカス20-92株(FERM BP-10036号)を植菌し,嫌気条件下で,
37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った。培養後,得られた発
酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾
燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚
軸発酵物を得た。
【0226】
原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得
られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分
析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3
に示す。この結果からも,ラクトコッカス20‑92株によって大豆胚軸を発酵させるこ
とにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認され
た。また,ラフィノースやスタキオース等のオリゴ糖は,発酵前後でその含量が同
程度であり,発酵による影響を殆ど受けないことが明らかとなった。一方,アルギ
ニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従っ
て,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することに
より,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。
【0227】
【0228】
【0229】
参考例1-5~1-11 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造
上記参考例1-3とは異なる7種のロットの粉末状大豆胚軸を使用すること以外は,
上記参考例1-3と同様の条件で,粉末状の大豆胚軸発酵物(参考例1-5~1-11)を製
造した。・・・
【0231】
参考試験例1 アレルゲンの確認試験
大豆胚軸には,Gym4,Gm30K,Gm28K,7Sグロブリンmix(β
-コングリシン),オレオシン,トリプシンインヒビター等のアレルゲンが含まれ
ていることが分かっている。そこで,上記参考例1-1で製造したエクオール含有大
豆胚軸発酵物中にアレルゲンの存否を以下の試験により判定した。
【0233】
結果を図1~3に示す。図1には,総タンパク質の検出結果を;図2には,Gy
m4,Gm30K,及びGm28Kの検出結果を;図3には,7Sグロブリンmi
x,オレオシン,及びトリプシンインヒビターの検出結果を,それぞれ示す。
【0234】
この結果から,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆又は大豆胚軸に含まれ
る主要アレルゲンが低減していることが確認された。
(2) 本件訂正発明の概要
本件訂正発明は,オルニチン及び更年期障害等の改善効果が示唆されるエクオ
ールを含有する食品素材として用いられる粉末状の発酵物の製造方法に関するもの
である(【請求項1】,段落【0002】,【0003】)。
本件訂正発明は,アルギニンを添加したダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒ
ドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含むも
のを発酵原料とし,それをオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微
生物で発酵処理することにより,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチ
ン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵
物を製造するというものである(【請求項1】,段落【0001】,【0036】,
【0042】,【0050】,【0091】~【0096】,【0222】~【0
227】,【0229】)。
本件訂正発明により製造された発酵物を食品素材に用いたエクオール及びオルニ
チンを含有する食品は,エクオールによる中高年女性における不定愁訴や閉経に伴
う症状(骨粗鬆症,更年期障害等)の予防又は改善をはじめとした様々な生理活性
や薬理活性を発現し,一般の食品の他,特定保健用食品,栄養補助食品,機能性食
品,病者用食品等として使用できるものである(段落【0144】,【0157】,
【0162】~【0165】)。
2 取消事由2(甲1に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
(1) 甲1発明について
ア 甲1明細書及び図面には次の記載がある
(頁数は甲1明細書中の頁数である。。

「技術分野
本発明は,エクオール産生能を有する乳酸菌,該乳酸菌を含有する組成物および
該乳酸菌を利用してエクオールを製造する方法に関する。(1頁3~5行)

「背景技術」
「本発明者らは,上記の着想から研究を重ねた結果,先に,抗エストロゲン効果,
エストロゲン様効果などを発揮させるためのエクオール産生菌として,ヒ卜の糞便
からパクテロイデス E-23-15(FERM BP-6435 号),ストレプトコッカス E-23-17(FERM
BP-6436 号)およびストレプトコッカス A6G225(FERM BP-6437 号)の3菌株を新たに
単離・同定し,これらのエクオ一ル産生菌およびその利用に係る発明を特許出願し
た(国際公開 WO99/07392)。
発明の開示
本発明者らは,引き続き研究を重ねた結果,先に単離・同定した微生物とは本質
的に異なる新しい菌として,ダイゼイン配糖体,ダイゼインあるいはジヒドロダイ
ゼインを資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳
酸菌を単離・同定するに成功した。本発明はこの乳酸菌の単離・同定を基礎として
更に研究を重ねた結果,完成されたものである。(2頁13~24行)
」 」
「本発明は,下記項1-13に記載の要旨の発明を提供する。
項1.ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から
選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有
するラクトコッカス属に属する乳酸菌を必須成分として含有することを待徴とする
エクオール産生乳酸菌含有組成物。(2頁25~29行)

「項9.ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少な
くとも1種に,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクト
コッカス属に属する乳酸菌を作用させることを特徴とするエクオールの製造方法。
項10.ラクトコッカス属に属する乳酸菌が,ラクトコッカス ガルビエ
・ (Lactococcus
garvieae)である項9に記載の方法。(3頁11~15行)

「Ⅱ.生化学的性質
・・・
(13) アルギニンジヒドラーゼ: +」(4頁7~20行)
「(2) ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質
本菌株ラクトコッカス 20-92 が資化するダイゼイン類には,ダイゼイン配糖体,
ダイゼインおよびジヒドロダイゼインが含まれる。ダイゼイン配糖体の具体例とし
ては,例えばダイジンを例示することができる。該ダイジンは,アグリコンとして
ダイゼインを有するイソフラボン配糖体(ダイゼイン配糖体)である。該ダイジン
の場合は,上記微生物により資化されて,ダイゼインを遊離し,該ダイゼインが更
に資化されてジヒドロダイゼインとなり,それから最終的にエクオールが産生され
る。
本発明においては上記ダイゼイン類を基質として利用する。また,該基質として
はダイゼイン類に限らず,これを含有する各種の物質を利用することができる。該
ダイゼイン類を含有する物質(ダイゼイン類含有物質)の代表例としては,大豆イ
ソフラボンを例示することができる。大豆イソフラボンは,既に市販されており,
本発明ではこのような市販品,例えばフジッコ社製「フジフラボンP10」
(登録商
標)などを利用することもできる。また,大豆イソフラボンに限らず,例えば葛,
葛根,レッドクローブ,アルファルファなどの植物自体およびこれらを起源とする
イソフラボン誘導体もまた,ダイゼイン類含有物質に含まれる。
更に,ダイゼイン類を含有する物質の他の具体例としては,上述した大豆,葛,
葛根,レッドグローブ,アルファルファなどの食素材自体に加えて,それらの加工
品,例えば大豆粉,煮大豆,豆腐,油揚げ,豆乳,大豆胚軸抽出物など,およびそ
れらの発酵調製物,例えば納豆,醤油,味噌,テンペ,発酵大豆飲料などを挙げる
ことができる。これらはいずれもダイゼイン類を含有している。また,これらは,
ダイゼイン類の他に,エストロゲン様作用を有するイソフラボン類,例えばゲニス
テインとその配糖体(ゲニスチンなど)
;グリシテインとその配糖体(グリシチンな
ど) ダイゼインおよびゲニステインの一部がメチル化された前駆体であるバイオチ

ェインA(Biochain A)およびフォルモネチン(Formonetin)などを含有しており,
本発明に好適に利用できる。(9頁3~28行)

「(3-1)エクオール産生乳酸菌含有組成物」
「本発明組成物は,上記有効成分としての微生物(菌体など)を含んでいればよく,
他に特に必要ではないが,所望により,上記有効成分としての微生物の維持(もし
くは増殖)に適した栄養成分を含有させることもできる。該栄養成分の具体例とし
ては,前述したように各微生物の培養のための栄養培地,例えば BHI,EG,BL,GAM
培地などを挙げることができる。
(中略)
上記本発明組成物はその摂取によって,摂取者の体内で所望のエクオール産生能
を発揮する。(10頁16~26行)

「(3-3)エクオール含有本発明組成物
本発明組成物は,更にエクオールを含むこともできる。
(中略)
エクオ一ル含有本発明組成物の好ましい一具体例としては,大豆イソフラボンま
たはこれを含有する食素材を適当な培地に添加し,該培地中で本発明微生物,好ま
しくはラクトコッカス 20-92 を発酵させて得られる発酵産物を挙げることができる。
ここで,発酵は,より詳しくは,例えば基質を溶液状態にして滅菌した後,本発明
微生物の生育可能な栄養培地,例えば BHI,EG,BL,GAM 培地など,もしくは食品と
して利用可能な牛乳,豆乳,野菜ジュースなどに所定量の本発明微生物を添加して,
37°C 下に,嫌気状態あるいは好気的静置状態で,48-96 時間程度発酵 (必要に応じ
て pH 調節剤,還元物質 (例えば酵母エキス,ビタミン K1 など)を添加できる)さ
せることにより実施できる。上記において基質量は 0.01-0.5mg/mL 程度とすること
ができ,微生物の接種量は約 1-5%の範囲から選択することができる。
(中略)
得られる本発明組成物がエクオールを含むことは,例えば,後述する試験例1に
示す方法により確認することができる。(11頁25行~13頁1行)

「実施例1
(1) 発酵豆乳飲料の調製
下記処方の各成分を秤量混合して,発酵豆乳飲料形態の本発明組成物を調製した。
水溶性大豆蛋白の発酵培養物 100mL
ビタミン·ミネラル 適量
香料 適量
水 適量
全量 150mL
上記水溶性大豆蛋白の発酵培養物は,水溶性大豆蛋白 13g を水 10OmL に溶解した
ものに,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を 108-109 個加えて,37℃で 24-48 時
間発酵させたものである。尚,利用した水溶性大豆蛋白はその 1g 中にダイゼイン類
をダイゼイン換算量で 1-2mg 程度含んでいる。
(2) 発酵乳の調製
下記処方の各成分を秤量混合して,発酵乳形態の本発明組成物を調製した。
ラクトコッカス 20-92 発酵乳 100mL
ビタミン·ミネラル 適量
香料 適量
水 適量
全量 150mL
尚,ラクトコッカス 20-92 発酵乳は,牛乳 1L(無脂乳固形分 8.5%以上,乳脂肪分
3.8%以上)にラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を 108-109 個を加えて,37°C で
24-48 時間発酵させたものである。
(3) 発酵豆乳凍結乾燥粉末の調製
ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)約 109 個を用いて,豆乳(大豆固形分含量
10%,ダイゼイン含量:ダイゼイン換算量として 10-15mg)100g を 37°C で 72-96 時間
乳酸発酵させて,エクオールを生成させた。これを凍結乾燥して粉末とした。粉末
中のエクオール含量は,HPLC 測定の結果 0.1-0.3 重量%であった。
上記粉末を用いて,下記処方の各成分を秤量混合して,粉末形態の本発明組成物
(食品形態および医薬品形態)を調製した。
発酵豆乳凍結乾燥粉末 2.2g
(エクオール 0.005g 含有)
賦形剤(コーンス夕一チ) 17g
ビタミン·ミネラル 適量
香料 適量
全量 20g」(21頁14行~22頁20行)
「試験例1
増殖性とエクオール産生能(活性)および生成量試験
(1) 試験方法
ラクトコッカス 20-92 株(107-109/g)を BHI ブロス(増殖用液体培地(基礎培
地) 5mL 中で嫌気的条件下,
) 37℃で 24 時間培養した後,基礎培地で 102 および 10

に希釈して希釈液を調製した。
培養終了後の培養液およびその各希釈液のそれぞれ 0.2mL ずつを,ダイゼイン含
有基礎培地(BHI ブロスにダイゼインを 10μg/mL となる量で添加したもの),牛乳
および豆乳の各 5mL と混合し,嫌気的条件下,37℃で培養した。培養時間は 10μg/mL
ダイゼイン含有基礎培地および豆乳では,8 時間,24 時間,48 時間,72 時間および
96 時間とし,牛乳では 8 時間,24 時間および 48 時間とした。
培養開始前と各培養終了時点で,培養液 0.1mL および 0.2mL をサンプリングし,
それぞれ菌数測定およびエクオール産生能(活性)測定に供した。更に,10μg/mL
ダイゼイン含有基礎培地および豆乳については,培養開始前と各培養終了時点で培
養液 0.5mL をサンプリングして,該液中のエクオール産生量を測定した。
菌数測定は次の通り行った。即ち,各サンプル 0.1mL を PBS(-)溶液(ニッスイ社
製)で希釈して 104,105,106および 107希釈液を作成し,これら各希釈液の 0.1mL
を GAM 寒天培地に塗布して,好気的条件下に 37℃で 24 時間培養し,培地上に生育
してくるコロニー数を計測して菌数とした。
エクオール産生能(活性)の測定は次の通り行った。即ち,各サンプル 0.2mL を
ダイゼイン含有基礎培地 5mL(各 3 本)と混合し,96 時間,嫌気的条件下,37do で
培養し,培養終了後に各培養液 0.5mL をサンプリングして,酢酸エチル 5mL で 2 回
抽出後,抽出液中のダイゼイン,ジヒドロダイゼイン(中間体)およびエクオール
を HPLC で測定し,また,それらの総量からエクオールの占める割合を算出した。得
られた結果を下記 5 段階でスコア化し, 検体の平均スコアをエクオール産生能
3 (活
性)の指標とした。
4:90%以上エクオール,
3:エクオール生成,ダイゼインが 50%未満に減少(中間体あり),
2:エクオール生成,ダイゼイン 50%以上が残存(中間体あり),
1:中間体生成あり,エクオール生成なし
0:中間体およびエクオールの生成なし,ダイゼインの減少なし。
エクオール産生量測定は,次の通り行った。即ち各サンプル 0.5mL を酢酸エチル
5mL で 2 回抽出し,抽出液中のダイゼイン,ジヒドロダイゼイン(中間体)および
エクオールをHPLCで測定した。各濃度を算出してエクオール産生量とした。
(2) 試験結果
(2-1) 菌数(増殖性)を調べた結果を図1に示す。
図中,(1)はダイゼイン含有基礎培地を利用した場合の結果であり,(2)は豆乳を
利用した場合の結果であり,
(3)は牛乳を利用した場合の結果である。各図におい
て横軸は培養時間(hr)を示し,縦軸は生菌数(Log cfu/ml)を示す。
各図に示す結果より,本菌株の増殖性は良好であり,ダイゼイン含有基礎培地,
豆乳および牛乳のいずれでも接種量の如何に関わらず培養8時間で定常状態に達し
た。菌数は,ダイゼイン含有基礎培地で 109.1-9.4 個/mL を維持し,豆乳では 108.5-8.7
個/mL,牛乳では 108.0-8.4 個/mL を維持することが判った。
(2-2) エクオール産生能(活性)を求めた結果を図2に示す。
図2において,(1)はダイゼイン含有基礎培地を利用した場合の結果であり,(2)
は豆乳を利用した場合の結果であり,(3)は牛乳を利用した場合の結果である。各図
において横軸は培養時間(hr)を示し,縦軸はスコアを示す。
該図に示される結果から,ダイゼイン含有基礎培地,豆乳および牛乳のいずれに
おいてもエクオール産生能(活性)は経時的に増加する傾向が確認された。しかも,
牛乳および豆乳を利用した場合でも,本菌株のエクオール産生能(活性)は維持さ
れることが確認された。
(2-3) エクオール産生量測定結果
ダイゼイン含有基礎培地および豆乳(ダイゼイン換算量として約 80μg/mL)中に
産生されるエクオール量を測定した結果は,図3に示すとおりである。
図3において(1)はダイゼイン含有基礎培地を利用した場合の結果であり,(2)は
豆乳を利用した場合の結果である。各図において横軸は培養時間(hr)を示し,縦軸
はエクオール濃度(μg/ml)を示す。
両培地とも,培養開始後 48 時間目以降からエクオール産生を認めた。豆乳を利用
した場合では,接種量の変化によるエクオール生成量の違いが観察され,特に 4.00%
接種によって培養 96 時間で 57.0μg/mL の著量のエクオール生成が認められた。
豆乳中にはエクオールの基質となるダイゼインが 90%以上配糖体(グルコースが
結合した状態)で存在しているが,測定したクロマトグラム上には該配糖体のピー
クは消失していることから,本菌株は配糖体を分解し(β-グルコシダーゼ活性)
てダイゼインを生成した後,該ダイゼインをエクオールに代謝するものと考えられ
る。(23頁22行~25頁最終行)

「図面の簡単な説明
(中略)
図3は,試験例1に示す方法に従い求められた培養時間とエクオール産出量との
関連を示すグラフである。(20頁24行~21頁1行)

【図3】
イ 甲1発明の認定
上記アのとおり,甲1には,ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる
群から選ばれる少なくとも1種に,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する
能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることを特徴とするエク
オールの製造方法が実施例1として開示され,上記乳酸菌の具体例として,ラクト
コッカス 20-92(FERM BP-10036)が示され,試験例1として,ラクトコッカス 20-
92(FERM BP-10036)をダイゼイン含有基礎培地や豆乳と混合して培養した結果,【図
3】のとおりエクオールが産生されたことが記載されている。
これらを総合すると,甲1には,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロ
ダイゼインからなる群から選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料
(豆乳,ダイゼイン含有基礎培地など)を,エクオール産生能力を有する微生物で
あるラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)で発酵処理することを含む,エクオー
ルを含有する発酵物を製造する方法。」が記載されていると認められる。
(2) 本件訂正発明と甲1発明の対比
前記第2の2(2)の本件訂正発明と前記(1)イの甲1発明を比較すると,本件訂正
発明と甲1発明は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりな
る群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産
生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物の
製造方法。」である点で一致し,次の点で相違すると認められる。なお,相違点は,
原告の主張する区分に沿って検討する。
(相違点A1)本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」こ
とが特定されているのに対して,甲1発明では微生物が「ラクトコッカス 20-92(FERM
BP-10036 号)であることが特定されているものの,オルニチン産生能力を有する」
」 「
ことは特定されていない点
(相違点A2)本件訂正発明では,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロ
ダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニ
ンを添加し,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することが特定
されているのに対して,甲1発明では,発酵原料が豆乳,ダイゼイン含有基礎培地
などであることが特定されているものの,ダイゼイン類にアルギニンを添加し発酵
原料がアルギニンを含むものであることは特定されていない点
(相違点A3)本件訂正発明では,オルニチンを含有する発酵物が生成すること
が特定されているのに対して,甲1発明ではこの点が特定されていない点
(相違点A4)本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上
のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対
して,甲1発明ではこの点が特定されていない点
(相違点A5)本件訂正発明は,製造される発酵物が粉末状であり,食品素材と
して用いられるものであることが特定されているのに対して,甲1発明ではこの点
が特定されていない点
(3) 相違点A4について
所論に照らし,相違点A4(本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当
たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定され
ているのに対して,甲1発明ではこの点が特定されていない点)について検討する。
ア 新規性について
前記(1)のとおり,甲1明細書(22頁)には,実施例1に係る記載として「ラク
トコッカス 20-92(FERM BP-10036)約 109 個を用いて,豆乳(大豆固形分含量 10%,
ダイゼイン含量:ダイゼイン換算量として 10-15mg)100g を 37°C で 72-96 時間乳酸
発酵させて,エクオールを生成させた。これを凍結乾燥して粉末とした。粉末中の
エクオール含量は,HPLC 測定の結果 0.1-0.3 重量%であった。」との記載がある。
これによると,甲1発明では,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を用いて豆乳
を発酵させてエクオールを生成し,冷凍乾燥して粉末を得ており,当該粉末中のエ
クオール含有量は 0.1-0.3 重量%であったとのことであるが,これは,
「発酵処理に
より乾燥重量1g当たり1~3mg のエクオールが生成された」ことを意味する。
しかしながら,甲1には発酵処理によりオルニチンが生成されることは記載され
ておらず,実施例1により生成されるオルニチンの量の記載はない。また,実施例
1では豆乳 100g が用いられているところ,甲4の1(「保存中の無菌調製豆乳の品
質評価指標について」日本食品工業学会誌1985年32巻7号457~462頁
の Table 4)によると,豆乳1ml 中の遊離アルギニンの量は0.7μmol 未満であ
るから,仮に豆乳に含まれるアルギニンがすべてオルニチンに変換されたとしても,
豆乳1ml 当たり0.1mg にも満たない量(0.7μmol×132.16〔オルニチ
ンの分子量〕≒0.09mg)のオルニチンが生成されるのみであるから,上記甲1
の記載の通り,豆乳の大豆固形分含量が10%であることや発酵後に乾燥して粉末
にすることを考慮しても,実施例1において,乾燥重量1gあたり8mg 以上のオル
ニチンが生成されていると認めることはできない。
そして,前記(1)のとおり,甲1の試験例の記載をみてもオルニチンの生成につい
ての示唆はなく,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を用いて,豆乳を発酵原料
として,甲1の試験例1の条件に従って行われた実験結果(甲109)をみても,
オルニチンの生成量は乾燥重量1gあたり8mg 未満であった。
そうすると,相違点A4が甲1に記載されているに等しいということはできない。
イ 進歩性について
そして,甲1のその余の記載を検討しても,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)
を用いて,ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群か
ら選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料(豆乳,ダイゼイン含有
基礎培地など)を発酵処理することにより,乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニ
チンを生成することを示唆する記載はない。
そもそも甲1には「オルニチン」に関する記載が全く存在しないから,甲1発明
においてオルニチンの生成量を一定以上とするために,発酵原料の組成や培養条件
等を設定しようとする動機付けがあったということもできない。
そうすると,相違点A4について,甲1発明に基づいて当業者が容易に想到する
ことができたということはできない。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は,甲1の試験例1において産生されるオルニチンの量について,発酵
物の乾燥重量1g当たり11.4mg と計算される旨主張する。
原告の主張は,本件明細書の【表3】においてアルギニンからオルニチンへと1
00%(変換率約159%)を優に超える変換がなされていることを前提とするも
のであるところ,本件明細書の【表3】は,粉末状大豆胚軸10重量%及びL-ア
ルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス 20-92 株(FERM
BP-10036 号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養することにより
発酵処理を行った結果を示したものであるのに対し
(本件明細書の段落【0225】,

甲1の試験例では,ラクトコッカス 20-92 株(107-109/g)をBHIブロス(増殖
用液体培地(基礎培地))5mL 中で嫌気的条件下,37℃で24時間培養した後,基
礎培地で希釈し,ダイゼイン含有基礎培地(BHIブロスにダイゼインを 10μg/mL
となる量で添加したもの) 牛乳および豆乳の各 5mL と混合して培養しており,
, 発酵
原料及び発酵条件が異なる。そして,発酵原料や培地中の固形成分の含有量により
発酵物の乾燥重量が大きく変化し得るので,発酵原料が変わると乾燥重量1g当た
りのオルニチンの量も変化するから,発酵原料として大豆胚軸溶液を用いた場合と
豆乳を用いた場合で発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチンの産生量は大きく変
化し得る。また培養条件が異なるとアルギニンからオルニチンへの変換率も異なり
得る。
そうすると,甲1の試験例におけるオルニチンの産生量を推定するに当たって,
本件明細書の【表3】を前提とすることが相当であるということはできない。
(イ) また,原告は,甲1の図3(1)の再現実験(甲18の1)において,
「ダイ
ゼイン10mg/L」の場合,オルニチン産生量は,発酵物の乾燥重量1g当たり1
3.7mg であったから,甲1発明のオルニチン生産量は発酵物の乾燥重量1g当た
り8mg 以上である旨主張する。しかし,被告が行った再現実験(甲19)では,オ
ルニチンの産生量は発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 未満であり,これについては,
両実験における培養前の培地中のアルギニンとオルニチンの量が相違することによ
る影響も考えられ,これらの実験について,どちらか一方のみに信用性を疑わせる
事情があるものではないところ,甲1の試験例では培地とするBHIブロスの組成
が特定されていない以上,甲1発明においては,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg
以上のオルニチンが産生されるとは限らないというほかない。
そうすると,甲1発明は「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンを
産生するもの」であるということはできない。
(ウ) 次に,原告は,乳酸菌においては,生育不良等が生じないようにするために,
アルギニンを添加することによってpHの低下を防ぐことは,本件優先日よりも前
から当業者にはよく知られた事実であったとも主張する(前記第4の1(原告の主
張)(1)イ)。しかしながら,証拠(甲213)によると,アルギニンの添加によっ
てpHの低下を防ぐというのは,乳酸菌がアルギニンからオルニチンとアンモニア
を遊離させることから,アンモニアの遊離によりpHを上昇させることを機序とす
るものと認められるところ,証拠(乙4・表5,乙5・Table2)によると,乳酸菌
が必ずしもアルギニンジヒドロラーゼ活性(ADH)を有する,すなわち,アルギ
ニンからオルニチンとアンモニアを遊離させるものということはできないから,一
般的に,乳酸菌にアルギニンを添加してpH低下による生育不良等を防止すること
が技術常識であると認めることはできない。
(エ) 原告は,早晩公衆に利用可能となる物・方法については,実施する際の意図
に違いがあったとしても,独占権を認めてまで創作のインセンティブを与える必要
はないから,本件訂正発明と全く同一の技術的思想に想到することが動機付けられ
る必要はなく,物又は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到すること
が動機付けられれば十分であると主張する。
そこで検討するに,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容
易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,①主引用発明又は副引
用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的
に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるか
どうかを判断するとともに,②適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効
果の有無等を併せ考慮して判断するのが相当であるところ(知的財産高等裁判所平
成30年4月13日判決〔平成28年(行ケ)第10182号・第10184号事
件〕参照),これは,引用発明に周知技術を適用して本願発明を容易に発明すること
ができたかどうかを判断する場合にも妥当する。そして,進歩性の有無は,基準日
時点での容易想到性により判断すべきであって,動機付けの有無を検討するに当た
り,早晩公衆に利用可能となるか否かというような不確実かつ技術的内容には関係
のない事情をもって,特許権を付与して保護を与えるか否かの判断に影響を与える
べきとはいえない。
また,仮に原告の主張を前提としても,本件においては,甲1にはそもそもオル
ニチンについての記載や示唆もないから,物又は方法の面において客観的に同一と
いえる技術に想到することの動機付けもないと言わざるを得ず,相違点A4につい
て当業者が容易に想到できないとの判断を左右しない。
(4) 取消事由2についての結論
したがって,その余の相違点について検討するまでもなく,本件訂正発明が甲1
に記載されているに等しいと認めることはできず,また,甲1発明に基づいて当業
者が本件訂正発明を容易に想到することができたと認めることもできないから,本
件訂正発明について,甲1に記載された発明であるとも,甲1に記載された発明及
び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとも認められないと
した本件審決に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(甲6に基づく進歩性違反についての判断の誤り)
(1) 甲6発明について
ア 甲6の1には次の記載がある(なお,訳文は甲6の1の翻訳に相当する甲6
の2によった。以下,甲6の2記載の表現による甲6の1を単に「甲6」という。 。

【0001】
本発明は,鏡像異性のエクオール化合物,すなわち,S-エクオールおよび R-エク
オールの製造および単離,および哺乳類およびヒトの疾患や体の異常の治療に用い
る鏡像異性のエクオール化合物を含む食品および医薬組成物に関する。
【0065】
S-エクオールの生合成
従来の食品技術を利用して,S-エクオールはバルクで製造することができ,また
種々の食品においては現場で製造できる。ダイゼインやダイゼインを誘導できる他
のイソフラボン誘導体を含むベース培養液,食物製品または植物抽出物を提供でき
る。ダイゼインまたは他のイソフラボンは,標準的なバクテリア性または酵素発酵
プロセスによって S-エクオールに変換でき,S-エクオールを含有するバルク溶液
や食物製品,または植物抽出物を提供できる。
【0066】
食物製品としての S-エクオールの製造は,ダイズイン,ダイゼイン,ホルモノネ
チンまたはプエラリンまたはそれらの共役物または混合物等の充分なスタート物質
を含む食物に繁殖するバクテリアの代謝活動を利用することによって達成できる。
図 2 に示すように,ダイゼインのエクオールへの変換は,3 つの主なステップを含
む:1) グルコシド共役基の加水分解;2)イソフラボンアグリコンのジヒドロ中間
体への変換 および 3)
; ジヒドロ中間体のエクオールへの変換。 つのステップの各々
に必要な代謝経路および酵素は,必ずしも 1 つのバクテリアに現れるわけではない。
ヒトの研究事例ではこれらの反応を行うことに関連して作用するひとつかそれ以上
のバクテリアがしばしば存在するということが示唆される。これらの研究では,エ
クオールは,少量であるかほとんど検出されないかも知れないが,ジヒドロダイゼ
インは,しばしば大量に血漿および尿に存在するという事実が証明された。エクオ
ールは単一の微生物によってダイゼインから製造されるかも知れないが,それぞれ
に固有の代謝の特徴を持つバクテリア種の混合物を使う時,よりよいまたは更に効
率的な変換を達成することができると思われる。S-エクオールへの効果的な変換を
するための重要な条件には,バクテリア微生物または微生物の混合物,培養温度お
よび微生物が利用できる酸素の量の選択などが含まれる。これらの状態は,当業界
に精通した人々によく知られている技術によって最適化できる。この反応を遂行す
るために使う微生物は,食品工業で使用される標準的な技術によって不活性化でき,
またはその製品において活性状態であり続けることが可能である。
【0067】
ダイゼインおよび/または他の構造的に S-エクオールに関係するイソフラボン,
または中間複合物を変換する過程で有用なバクテリアは,バクテリアの菌種や「エ
クオール産生者」であるヒトやウマ,齧歯類,または他の哺乳類の胃腸管にコロニ
ーを作ることが見出されたバクテリアの菌種を含むことができる。哺乳類の腸内バ
クテリアは,糞便で見出されるので,エクオール産生バクテリアもまたエクオール
産生哺乳類の糞便中に見出せる。
【0068】
発酵過程で有用な典型的なバクテリアは,最適変換速度およびエクオールの生合
成を効率的に行うことを示すべきである。
【0069】
典型的にはダイゼイン(または他の関連イソフラボン)を中間体を通じて S-エク
オールへ変換するために,一つ以上のバクテリア菌種が必要である。その反応は,
一般に 3 つの主な反応のうちの 1 つ以上を含む:イソフラボングリコンからアグリ
コンイソフラボンへの変換;アグリコンイソフラボンからジヒドロイソフラボンへ
の変換 およびジヒドロイソフラボンから産物エクオールへの変換である。
; 例えば,
ウマの糞尿から単離した微生物の混合培養液および「エクオール産生者」として知
られるヒトの胃腸管から単離した混合培養液は,インビボで行うようにグリコンダ
イセインを最終生成物である S-エクオールに変換することができる。
【0070】
グリコンをアグリコンに変換できる(例えばダイズインをダイゼインに)典型的
なバクテリア菌種は,ENTEROCOCCUS FAECALIS,LACTOBACILLUS PLANTARUM,LISTERIA
WELSHIMERI,
「エクオール産生者」の哺乳類の腸管から単離された微生物の混合培養
物 , BACTERIODES FRAGILIS , BIFIDOBACTERIUM LACTIS , EUBACTRIA LIMOSUM ,
LACTOBACILLUS CASEI,LACTOBACILLUS ACIDOpHILOUS,LACTOBACILLUS DELBRUECKII,
LACTOBACILLUS PARACASEI , LISTERIA MONOCYTOGENES , MICROCOCCUS LUTEUS ,
PROPRIONOBACTERIUM FREUDENREICHII および SACHAROMYCES BOULARDII,およびそれ
らの混合物を含む。
【0071】
アグリコンをエクオールに(例えばダイゼインをエクオールに)変換できる典型
的 なバ ク テ リ ア 菌種 は PROPRIONOBACTERIA FREUNDENREICHII , BIFIDOBACTERIUM
LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOpHILUS, LACTOCOCCUS LACTIS, ENTEROCOCCUS FAECIUM,
LACTOBACILLUS CASEI および LACTOBACILLUS SALIVARIUS,および「エクオール産生
者」の哺乳類の胃腸管から単離された微生物の混合培養物を含む。
【実施例5】
【0152】
食品中におけるダイゼインのエクオールへのバクテリア変換
還元環境下でダイゼインを代謝させることができるバクテリアまたはバクテリア
の組み合わせを見出す実験において,ほぼ 20 mg/l のダイゼインを含むダイゼイン
強化豆乳の諸試料に,異なるバクテリア単独またはいくつかの微生物の組み合わせ
を植え付けた。微生物を植えつけた豆乳を 37℃で 42 時間まで嫌気状態で培養した。
実験期間の全体にわたってある時間間隔で試料を抜出し,イソフラボン含有量,特
にダイゼイン含有量を分析した。ダイゼインのエクオールへの変換は,時間と共に
当該反応物中のダイゼインレベルの低下を伴い,変わりに水素化産物,即ちエクオ
ールが現れる。ダイゼインレベル以外で,イソフラボン含有量の著しい変化は微生
物を植えつけた試料のいずれにも見当たらず,このことはイソフラボン(適当な代
謝バクテリアが存在しないか不活性である時のダイゼインを含む)の安定性を明示
している。結果を表 D に示す。調べた 7 種の微生物を植えつけた試料のうち,4 種
は全培養期間中ダイゼイン濃度に変化を示さなかった。微生物を植えつけた試料の
うちの 3 種は,水素化化合物の濃度変化に伴ってダイゼインレベルの実質的な低下
を示した。この変化に作用した微生物は PROPRIONOBACTERIA FREUNDENREICHII,以
下を含む混合培養物:BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOpHILUS,
LACTOCOCCUS LACTIS , ENTEROCOCCUS FAECIUM , LACTOBACILLUS CASEI , お よ び
LACTOBACILLUS SALIVARIUS,およびウマの糞便から単離した混合培養物であった。
初期レベルのほぼ 50%のダイゼイン減失は,ウマの糞便混合培養物では 15 時間未
満で生じ,そして他の 2 種の培養物では 25 時間までかかった。
【0153】
【表4】
イ 甲6発明の認定
上記アのとおり,甲6の【実施例5】には,
「ダイゼインを含むダイゼイン強化豆
乳 」 に , 以 下 を 含 む 混 合 培 養 物 : BIFIDOBACTERIUM LACTIS , LACTOBACILLUS

ACIDOpHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,
および LACTOBACILLUS SALIVARIUS」を植え付けて培養したところ,エクオールが産
生したことが記載されている。
そこで,甲6には,次の甲6発明が記載されていると認定できる。
「ダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳をエクオール産生能力を有する微生物で
ある,BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOpHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,
ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,及び,LACTOBACILLUS SALIVARIUS を
含む「混合培養物」で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物を製
造する方法。」
(2) 本件訂正発明と甲6発明の対比
前記第2の2(2)の本件訂正発明と前記(1)イの甲6発明を比較すると,本件訂正
発明と甲6発明は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりな
る群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産
生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物の
製造方法。」である点で一致し,次の点で相違すると認められる。なお,相違点は,
原告の主張する区分に沿って検討するものとする。
(相違点B1)本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」こ
とが特定されているのに対して,甲6発明では微生物として「LACTOCOCCUS LACTIS」
を含むことが特定されているものの,当該微生物が「オルニチン産生能力を有する」
ことは特定されていない点
(相違点B2)本件訂正発明では,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロ
ダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニ
ンを添加し,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することが特定
されているのに対して,甲6発明では,発酵原料が豆乳を含むダイゼイン含有基礎
培地などであることが特定されているものの,ダイゼイン類にアルギニンを添加し
発酵原料がアルギニンを含むものであることは特定されていない点
(相違点B3)本件訂正発明では,オルニチンを含有する発酵物が生成されるこ
とが特定されているのに対して,甲6発明ではこの点が特定されていない点(相違
点B4)本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオ
ール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して,甲
6発明ではこの点が特定されていない点
(相違点B5)本件訂正発明では,製造される発酵物が粉末状であり,食品素材
として用いられるものであることが特定されているのに対して,甲6発明ではこの
点が特定されていない点
(3) 相違点B1について
相違点B1(本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」こと
が特定されているのに対して,甲6発明では微生物として「LACTOCOCCUS LACTIS」
を含むことが特定されているものの,当該微生物が「オルニチン産生能力を有する」
ことは特定されていない点)について検討する。
ア 甲6には,
「エクオール産生能力」を有する微生物として,「BIFIDOBACTERIUM
LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOPHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUS FAECIUM,
LACTOBACILLUS CASEI,および LACTOBACILLUS SALIVARIUS」の「混合培養物」が開示
されているものの,これらのいずれかの微生物がオルニチン産生能力を有すること
は記載されていない。
この点について原告は,
「LACTOCOCCUS LACTIS」がアルギニンデイミナーゼ経路を
介してアルギニンを代謝し,オルニチンを産生するという「オルニチン産生能力」
を有していることは技術常識であったと主張する。ここで,LACTOCOCCUS LACTIS は,
かつて,ストレプトコッカス ラクティス(又はラクチス)と呼ばれていたものであ
るところ(甲8)甲7
, (Journal of Bacteriology, Vol.150, No.3,1982,1024-1032)
には,ストレプトコッカス ラクティスは,
「 ・ アルギニンデイミナーゼ経路を介して,
アルギニンを代謝し,オルニチン,アンモニア,二酸化炭素及びATPを産生する」
との記載がある。また,甲17の1(Journal of Daily Research,1998,vol.65,
p.101-107)には,「アルギニンの利用促進とシトルリンとオルニチンの放出から,
対数増殖後期におけるアルギニンデイミナーゼ経路の活性上昇が推測された」との
記載がある。
しかしながら,乙4 「レンサ球菌の分類と病原性」
( 魚病研究 17(1)1-10,1982.6)
の表5にあるように,ストレプトコッカス・ラクティスの中にもアルギニンデイミ
ナーゼ経路の活性を有する菌株と有さない菌株があることから(YIT-2003 は ADH+
であるが,M-29C は ADH‐である。,ストレプトコッカス・ラクティスであることか

ら直ちにオルニチン産生能力を有するものと認めることはできない。
そうすると,甲6の LACTOCOCCUS LACTIS が,オルニチン産生能力を有する微生物
であるか否かは明らかではないというほかない。また,甲6発明のその余の微生物
についても,甲6にはオルニチン産生能力を有するとの記載はなく,また,本件優
先日当時,その旨の技術常識があったと認めるに足りる証拠もない。
したがって,相違点B1について,甲6に記載されているに等しい事項であると
はいえない。
イ 上記アのとおり,相違点B1は実質的な相違点であるところ,本件優先日当
時,当業者は,甲6の記載から,甲6記載の微生物のいずれかがオルニチン産生能
力を有することを導き出すことはできなかった。
そして,甲6発明は,鏡像異性のエクオール化合物,すなわち,S-エクオールお
よび R-エクオールの製造および単離,および哺乳類およびヒトの疾患や体の異常の
治療に用いる鏡像異性のエクオール化合物を含む食品および医薬組成物に関するも
のであって(甲6の段落【0001】,甲6には,オルニチンに関する記載は全く

なく,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物を用いてエクオ
ールとオルニチンを含有する発酵物を得ること等のオルニチンの産出を示唆する記
載もない。
そうすると,本件優先日当時,当業者は,甲6発明から,相違点B1を容易に想
到することができたということはできない。
(4) 取消事由3についての結論
したがって,その余の相違点について検討するまでもなく,甲6発明に基づいて
当業者が本件訂正発明を容易に想到することができたと認めることもできないから,
本件訂正発明について,甲6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたとは認められないとした本件審決に誤りはなく,取消
事由3は理由がない。
4 取消事由4(甲9に基づく新規性・進歩性違反についての判断の誤り)
(1) 甲9発明について
ア 甲9の明細書(甲9の3枚目以降。以下「甲9明細書」という。)には次の記
載がある。
「これらの知見をもとに,本発明者らは更に鋭意研究を重ねた結果,ダイゼイン
を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物と,ダイゼイン又
はこれを含む適当な素材とを組合せた新しい組成物,及び上記微生物にてダイゼイ
ンを資化させて得られるエクオールを含む新しい組成物の開発に成功すると共に,
それらの摂取が中高年女性の不定愁訴の予防及び緩和に有効であるという事実を発
見した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。(6頁18行~7

頁4行)
「本発明によれば,次に,ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力を有
する微生物を,ダイゼイン含有物に作用させて得られるエクオールを含有する,食
品形態又は医薬品形態の組成物(以下「エクオール含有組成物」という)が提供さ
れる。(7頁11~15行)

「(3)ストレプトコッカス A6G-225
(Streptococcus A6G-225,FERM BP-6437)
I.培地上での発育状態
(略)
II.生理学的性質
(中略)
以上,菌の形状,生化学的性質,糖資化性及び有機酸産生の各点から,本菌株は,
グラム陽性球菌であるストレプトコッカス インターメディアスに分類されるが,
その基準株とは,L-ラムノース,D-トレハロースの同化性の点で異なっている。
従って,本発明者は本菌株をストレプトコッカス A6G-225(Streptococcus
A6G-225)と命名し,平成9年7月7日に,工業技術院生命工学工業技術研究所に,
微工研菌寄第P-16314号として寄託した。尚,このものは,平成10年7月
22日に,原寄託よりブタペスト条約に基づく寄託に移管されており,その受託番
号は,FERM BP-6437 である。(19頁7行~23頁5行)

「本発明エクオール含有組成物は,上記ダイゼイン含有物,好ましくは大豆イソ
フラボン又はこれを含有する食素材を基質として利用して,一般的な発酵方法に従
い,上記微生物を培養することによって調製できる。
この方法は,より詳しくは,例えば基質を溶液状態にして滅菌した後,これに所
定の微生物を添加して,37℃下に,嫌気状態あるいは好気的静置状態で,48~
96時間程度発酵(必要に応じてpH調節剤,還元物質(例えば酵母エキス,ビタ
ミンK1等)を添加できる)させることにより実施できる。
上記培養は,例えばストレプトコッカス インターメディアス菌の場合は,より好
ましくは次の如くして実施できる。即ち,嫌気性菌増殖用の変法GAM培地(Modified
Gifu Anaerobic Medium)に,基質としてダイゼインを0.01~0.5mg/mlの
範囲で溶解する。予め,変法GAM培地で14時間程度前培養して増殖させた微生
物の培養液を,ダイゼインを溶解させた変法GAM培地に接種する。接種量は培地
の1/100容量とする。好気的条件下に,37℃で,48~96時間静置培養す
る。
本発明は,かかる微生物を利用したエクオールの製造方法をも提供するものであ
る。
上記発酵系内には,更に好ましくは上記微生物の維持,増殖に特に適した栄養成
分を含有させることができる。該栄養成分としては,例えば乳果オリゴ糖,大豆オ
リゴ糖,ラクチュロース,ラクチトール,フラクトオリゴ糖,ガラクトオリゴ糖等
のオリゴ糖を例示できる。これらの配合量は,特に限定されるものではないが,通
常本発明組成物中に1~3重量%程度配合される量範囲から選ばれるのが好ましい。
かくして,所望のエクオール含有培養物が得られる。(27頁21行~29頁7

行)
「本発明のエクオール含有組成物は,上記の如くして得られるエクオール含有培
養物又は単離されたエクオールを利用して,これを更に必要に応じて適当な他の食
素材等を適宜配合して,適当な食品形態乃至医薬品形態に調製することができる。
上記食品形態としては,例えば飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプ
セル,錠剤等を例示できる。(29頁13~19行)

「実施例3 発酵豆乳凍結乾燥粉末の調製
ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)約107個/m
lの1mlを用いて,豆乳100gを37℃で24時間乳酸発酵させて,エクオー
ルを生成させた。これを凍結乾燥して粉末とした。粉末中のエクオール含量は,0.
1~0.3重量%であった。
上記粉末を用いて,下記処方の各成分を秤量混合して,発酵豆乳凍結乾燥粉末形
態の本発明組成物を調製した。
発酵豆乳凍結乾燥粉末 2.2g
賦形剤 適量
ビタミン・ミネラル 適量
香料 適量
全量 20g
尚,賦形剤としては,コーンスターチ17gを用いた。(32頁7行~20行)

イ 甲9発明の認定
上記アのとおり,甲9には,
「ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力を
有する微生物を,ダイゼイン含有物に作用させて得られるエクオールを含有する,
食品形態又は医薬品形態の組成物(エクオール含有組成物)が提供される。 こと
」 (甲
9明細書の7頁11~15行),上記微生物の培養は,「変法GAM培地」を用いで
実施することが好ましいこと
(27頁21行~29頁7行)食品形態の例としては,

「飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等」があげられるこ
と(29頁13~19行),実施例3として,「ストレプトコッカスA6G-225
(FERM BP-6437)」を用いて,「豆乳」を乳酸発酵させて,「エクオール
を生成」させ,「凍結乾燥して粉末とした」ところ,「粉末中のエクオール含量は,
0.1~0.3重量%」すなわち,乾燥重量1g当たり1~3mg であったこと(3
2頁7~20行)が記載されている。
以上の各記載からすると,甲9には,次の甲9発明が記載されていると認定でき
る。
「基質としてダイゼイン,例えば豆乳を含む発酵原料を変法GAM培地でエクオ
ール産生能力を有する微生物であるストレプトコッカス インターメディアス菌,特
にストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)で発酵処理する
ことを含む,エクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,粉末状の
発酵物の乾燥重量1g当たり,1mg~3mg のエクオールを生成し,前記発酵物が,
例えば飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等の食品形態と
して用いられる,製造方法。」
(2) 本件訂正発明と甲9発明の対比
前記第2の2(2)の本件訂正発明と前記(1)イの甲9発明を比較すると,本件訂正
発明と甲9発明は,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりな
る群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産
生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する粉末状の
発酵物の製造方法であって,該発酵物が食品素材として用いられるものである製造
方法。」である点で一致し,次の点で相違すると認められる。なお,相違点は,原告
の主張する区分に沿って検討するものとする。
(相違点C1)本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」こ
とが特定されているのに対して,甲9発明では微生物が「ストレプトコッカス イン
ターメディアス菌,特にストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-64
37)」であることが特定されているものの,当該微生物が「オルニチン産生能力を
有する」ことは特定されていない点
(相違点C2)本件訂正発明では,
「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロ
ダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニ
ンを添加し,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することが特定
されているのに対して,甲9発明では,変法GAM培地で発酵することが特定され
ているものの,ダイゼイン類にアルギニンを添加し発酵原料がアルギニンを含むも
のであることは特定されていない点
(相違点C3)本件訂正発明では,オルニチンを含有する発酵物が生成すること
が特定されているのに対して,甲9発明ではこの点が特定されていない点
(相違点C4)本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上
のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対
して,甲9発明ではこの点が特定されていない点。
(3) 相違点 C4について
所論に照らし,相違点C4(本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当
たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定され
ているのに対して,甲9発明ではこの点が特定されていない点)について検討する。
ア 新規性について
甲9発明では,本件明細書段落【0032】に記載されている微生物ストレプト
コッカスA6G-225(FERM BP-6437)が用いられているものの,甲
9には,同微生物を用いた発酵処理によりオルニチンが得られることやその産生量
についての記載がない。
原告は,甲9の開示するストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6
437)及び変法GAM培地を用いて培養を行うことで得られる発酵物の乾燥重量
1g当たりのオルニチン量は,25.4mg であるから,相違点C4は甲9に記載さ
れているに等しいと主張するが,原告は,ダイゼインを発酵原料として変法GAM
培地を用いて本培養を行い,培地中のアルギニンが100%オルニチンに変換され
ることを前提として上記オルニチンの量を算出しているのに対し,甲9においては,
甲9発明の前提となる実施例3としてストレプトコッカスA6G-225(FER
M BP-6437)を用いた培養が記載されているところ(甲9の明細書32頁7
~20行) 同実施例においては,
, ストレプトコッカスA6G-225(FERM B
P-6437)約107個/mlの1mlを用いて,豆乳100gを37℃で24時
間乳酸発酵させて,エクオールを生成させ,これを凍結乾燥して粉末としており,
ダイゼインを発酵原料とするものではなくまた本培養に変法GAM培地が用いられ
ているものではないから,上記原告の算出は,その前提とする条件が同実施例とは
異なる。そして,同実施例において,仮に前培養に変法GAM培地が用いられてお
り,これを含むストレプトコッカスA6G-225の1mlと豆乳100gが発酵
されており,前培養で用いられた変法GAM培地に含まれるアルギニンが変換され
てオルニチンが産生されていたとしても,豆乳の量に比べて,前培養における変法
GAM培地に由来する量が少ないことや乾燥後の粉末に含まれる豆乳由来の固形物
の量を考慮すれば,同実施例とは発酵原料や培地等が異なる条件を前提とした原告
の上記算出をもって,同実施例により生成される発酵物の乾燥重量1g当たりのオ
ルニチン産生量が8mg 以上になると認めることはできない。
そして,被告が甲9の実施例3に基づいて行ったとされる実験の結果(乙7・実
験報告書。もっとも乙7の実験では,本培養に豆乳及び変法GAMブイヨンを混合
して使用しており,実施例3とは本培養の培地が異なる。)によると,オルニチンの
生成は認められたものの,その量は乾燥重量1g当たり約0.15~0.16mg で
あったことからしても,実施例3により,乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチ
ンが生成されていると認めることはできない。
また,甲9には,ストレプトコッカス インターメディアス菌を用い,変法GAM
培地に基質としてダイゼインを0.01~0.5mg/mlの範囲で溶解し,予め変
法GAM培地で14時間程度前培養して増殖させた微生物の培養液を,ダイゼイン
を溶解させた変法GAM培地に接種し,好気的条件下に,37℃で,48~96時
間静置培養する旨の記載もあるが(27頁21行~29頁7行) 同培養方法につい

ては,アルギニンからオルニチンへの変換率や具体的な培養条件が必ずしも明らか
ではなく,原告の上記算出の前提に沿った条件であるということはできないから,
同記載をもって,同培養方法により乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生
成されることが記載されているということはできない。
そうすると,相違点C4が甲9に記載されているに等しいということはできない。
イ 進歩性について
上記アのとおり,甲9には,発酵処理により乾燥重量1g当たり8mg 以上のオル
ニチンが生成されることの記載がない(記載されているに等しいということもでき
ない)が,加えて,甲9発明が,ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力
を有する微生物を,ダイゼイン含有物に作用させて得られるエクオール含有組成物
を提供する(甲9明細書7頁11~15行)ものであって,甲9にはオルニチンに
関する記載が全くなく,何らの示唆もないことからすると,当業者が,甲9発明に
おいて,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成するように培養
条件等を変更しようとすることを想起したということはできない。
そうすると,相違点C4について,甲9発明に基づいて当業者が容易に想到する
ことができたということはできない。
(4) 取消事由4についての結論
したがって,その余の相違点について検討するまでもなく,本件訂正発明が甲9
に記載されているに等しいと認めることはできず,また,甲9発明に基づいて当業
者が本件訂正発明を容易に想到することができたと認めることもできないから,本
件訂正発明について,甲9に記載された発明であるとも,甲9に記載された発明及
び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとも認められないと
した本件審決に誤りはなく,取消事由4は理由がない。
5 取消事由5(分割要件違反及び甲12に基づく進歩性違反についての判断の
誤り)
(1) 原告は,本件訂正発明の採用する①「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジ
ヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発
酵原料として用いる構成,②「アルギニンを添加する」という構成,③「発酵物の
乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン」を生成するとの構成は,いずれも分
割出願直前の出願当初の明細書等である当初明細書に記載がなく,特許法44条1
項の「2以上の発明を包含する特許出願の一部を1又は2以上の新たな特許出願と
する」の要件を満たさないと主張する。そこで,本件訂正発明の上記①~③の構成
が,当初明細書に記載された事項の範囲内であるか検討する。
(2) 当初明細書(甲13)には,次の記載がある。
【0036】
また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,
発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,
肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,
硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,
エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するも
の(以下,
「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,
大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオ
ルニチンを含有させることができる。この場合,アルギニンの添加量については,
例えば,大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,アルギニンが0.5~
3重量部程度が例示される。なお,オルニチン・エクオール産生微生物としては,
エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスク
リーニング方法により得ることができる。オルニチン・エクオール産生微生物は,
例えばラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,その具体例としてラク
トコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)が挙げられる。
【0050】
また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアル
ギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚
軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸
発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸
発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,更
に好ましくは9~12mg 程度が例示される。
【0091】
エクオールを含む発酵物は,エクオール産生微生物を用いて公知の方法に従って
発酵することにより製造される。具体的には,エクオール産生微生物を,ダイゼイ
ン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なく
とも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有す
る微生物を,該ダイゼイン類を含む発酵原料(発酵に供される原料)に接種し,該
微生物の生育環境下で発酵(培養)させることにより,エクオールを含む発酵物を
得ることができる。
【0093】
また,ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制
限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが
好適である。ダイゼイン類を含む発酵原料としては,具体的には,大豆,大豆胚軸,
大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクロ
ーブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等が挙げられる。これらの中
でも,大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発
酵原料として好ましい。
【0226】
原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得
られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分
析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3
に示す。この結果からも,ラクトコッカス 20-92 株によって大豆胚軸を発酵させる
ことにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認さ
れた。また,ラフィノースやスタキオース等のオリゴ糖は,発酵前後でその含量が
同程度であり,発酵による影響を殆ど受けないことが明らかとなった。一方,アル
ギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従
って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理するこ
とにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとな
った。
【0228】
【表3】
(3) ①「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から
選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料として用いる構成について
前記(2)のとおり,当初明細書の段落【0091】には,「ダイゼイン配糖体,ダ
イゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダ
イゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物」と
の記載,段落【0093】には,「ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼ
イン類を含む限り,特に制限されるものではない」との記載があるから,当初明細
書において,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群
から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料として用いる構成が記
載されているということができるから,上記①の構成は当初明細書に記載された事
項の範囲内にあると認められる。
(4) ②「アルギニンを添加する」という構成について
前記(2)のとおり,当初明細書の段落【0036】には,「特に,エクオール産生
微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下,「オ
ルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,大豆胚軸に
アルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを
含有させることができる。」との記載があり,段落【0226】には「大豆胚軸に
アルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより,エクオー
ルのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。」との記載が
ある。これらからすると,当初明細書には,発酵原料にアルギニンを添加すること
が記載されているといえるから,上記②の構成は,当初明細書に記載された事項の
範囲内にあると認められる。
(5) ③「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン」を生成するとの
構成について
前記(2)のとおり,当初明細書の段落【0050】には,「エクオール含有大豆胚
軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚
軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,
更に好ましくは9~12mg 程度が例示される。」との記載があり,発酵物の乾燥重
量1g当たり8~15mg のオルニチンが含まれることが好ましい旨の記載があると
ころ,上記③の構成は,当初明細書に例示された「8~15mg」のうちの下限値に
より特定したものということができる。
そして,段落【0093】に「ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイ
ン類を含む限り,特に制限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材と
しても利用可能なものが好適である。「大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んで

いるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい。との記載があることから,

大豆胚軸は「ダイゼイン類を含む原料」の一例に当たると認められるところ,上記
段落【0050】は,
「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を用い
た場合のオルニチンの含有量について記載したものであると解される。
そうすると,上記③の構成は,当初明細書に記載された事項の範囲内のものであ
って,新規事項の追加に当たらないというべきである。
(6) 取消事由5についての結論
したがって,①~③の構成はいずれも当初明細書に記載された事項の範囲内にあ
る。そして,前記(2)の各記載は本件原出願の再公表広報(甲12)における【発明
の詳細な説明】の段落【0034】
【0048】
【0089】
【0091】
【0224】
【0226】
【表3】の各記載と同一であるから,①~③の構成は,本件原出願の明
細書等に記載された事項の範囲内にあるといえ,さらには,本件原出願から分割出
願した特願2013-108439号,さらにその一部を分割出願した特願201
6-156372号の各明細書等に記載された事項の範囲内にあると推認できる。
そうすると,本件出願は,適法に分割されたものと認められるから,本件原出願の
出願日である平成20年6月13日に出願したものとみなされる。
したがって,甲12が上記出願日よりも後に公知となった文献であることを理由
として甲12により本件特許発明を進歩性要件違反とすることはできないとした本
件審決に誤りはなく,原告が主張する取消事由5は理由がない。
6 取消事由6(委任省令要件違反についての判断の誤り)
(1) 委任省令要件について
特許法36条4項1号の委任する特許法施行規則24条の2は,発明の詳細な説
明の記載について,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発

明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解
するために必要な事項を記載することによりしなければならない」と規定するとこ
ろ,原告は,本件明細書からはオルニチンを用いた本件訂正発明が,どのような課
題をどのように解決したか明らかでないこと,「発酵物の乾燥重量1g当たり」「8
mg 以上のオルチニン」という数値限定に対応する課題も効果も,本件明細書に記載
がなく,当業者において本件訂正発明の課題やその解決手段を認識することはでき
ないから,上記委任省令要件違反である旨主張する。
(2) 本件明細書の記載について
そこで検討するに,前記1(1)のとおり,本件明細書の段落【0226】には,
「ア
ルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。
従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理する
ことにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかと
なった。」との記載があり,本件明細書の段落【0228】【表3】にも,発酵によ
り,アルギニンからオルニチンが生成することが示されている。また,本件明細書
の段落【0050】には,
「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を
用いた場合のオルニチンの含有量について,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥

重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,更に好ましくは
9~12mg 程度が例示される。」と記載されており,当業者は,本件訂正発明は,こ
の好ましい量の下限を採用したものであると理解できる(前記5(5)参照)。
これらからすると,当業者は,本件訂正発明の技術上の意義は,ラクトコッカス
20-92 株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成さ
せ得ることを明らかにし,エクオール及びオルニチンを含有する発酵物(オルニチ
ンの含有量は乾燥重量1g当たり8mg 以上)の製造方法を提供したことにあること
及び発酵処理によりこれを解決することが理解できるから,本件明細書の発明の詳
細な説明の記載には,当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が
記載されているということができる。
(3) 原告の主張について
原告は,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】段落【0010】におい
てオルニチンに係る記載がないことを指摘するが,上記のとおり,特許法施行規則
24条の2は,「発明の詳細な説明の記載」に係る規定であるから,本件明細書全
体の記載から理解できれば足り,必ずしも,発明の技術上の意義を理解するために
必要な事項が「発明が解決しようとする課題」の項目に記載されている必要はない。
(4) 取消事由5についての結論
よって,本件明細書について,特許法36条4項1号において委任する経済産業
省令(特許法施行規則24条の2)の要件を満たしているとした本件審決の判断に
誤りはなく,原告が主張する取消事由6は理由がない。
第6 結論
よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
浅 井 憲
裁判官
勝 又 来 未 子

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

特許事務所の求人知財の求人一覧

青山学院大学

神奈川県相模原市中央区淵野辺

今週の知財セミナー (11月25日~12月1日)

来週の知財セミナー (12月2日~12月8日)

12月4日(水) - 東京 港区

発明の創出・拡げ方(化学)

12月5日(木) - 東京 港区

はじめての米国特許

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

特許業務法人 浅村特許事務所 (東京都品川区)

〒140-0002 東京都品川区東品川2丁目2番24号 天王洲セントラルタワー21F・22F 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

イージスエイド特許事務所

東京都新宿区四谷2-12-5 四谷ISYビル3階 PDI特許商標事務所内 特許・実用新案 訴訟 鑑定 コンサルティング 

矢野特許事務所

京都市伏見区深草大亀谷万帖敷町446-2 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング