平成30(ワ)866職務発明の対価
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 大阪地方裁判所大阪地方裁判所
|
裁判年月日 |
令和3年12月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告P1 被告不二製油グループ本社株式会社
|
法令 |
特許権
|
キーワード |
実施42回 特許権41回 職務発明13回 ライセンス3回 分割2回 無効審判1回 無効1回 優先権1回
|
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1 本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,2つの職務発明につい20
9号による改正前の特許法(以下「昭和34年法」という。)35条3項の規定に
2 前提事実(争いのない事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨より容易に認定で
1. 第一国への最初の特許出願に対し,1件につき金 10,000 円。」(10条)
3. 本条及び前条による補償金額の合計額は,その発明等が職務発明等に属する
3. 会社は,格別の利益を得るのに貢献した旨,申請があった発明を原則4年毎
4. 本条,前条及び次条による補償金額の合計額は,その発明等が職務発明等に25
4. 会社は,不二製油グループで行われた事業について,特許権等が出願から権
5. 第11条ないし前条および前4項の規定は,従業員等であった発明者等に準
9年6月15日頃,原告に対し,貢献報奨金名目で賞金総額100万円の 45%相当
3 争点
1 独占の利益の有無(争点1)15
6年から平成18年にかけて CBE 販売の市場シェアを急増させ,その後もこれを
9年~平成28年は●(省略)●を維持している。また,FVO 品は,CBE の世界
0年代から現在まで一般に利用されている分別技術であり,被告と共に CBE の市
0度~35度で急速に溶けるものがいわゆる口溶けが良く良質とされている。また,10
29年の FVO 等の各 SOS パーツの分別に関連する比例費を比較すると,FVO パ
2 使用者の貢献度(争点2)
5月以降に,原告がこの開発に可能性を感じ,これに集中するためであった。
3 共同発明者間の貢献割合等(争点3)
28日頃には乾式分別技術の大まかなフローをまとめるまでに至り,同年4月頃に
4 相当な対価の額(争点4)20
1 独占の利益の有無(争点1)について20
4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づ
5倍加えて溶解後冷却し,結晶を析出させて分画する方法で結晶画分と液体画分の
5倍加えて溶解後冷却し,結晶を析出させて分画する方法で結晶画分と液体画分の
1,3-ジ飽和-2-不飽和トリグリセライド,飽和脂肪酸残基の炭素数が16個
3,弁論の全趣旨)
3rd 歩留●(省略)●とした場合,計算上では28時間晶析で●(省略)●を達成15
3(Typical)」と記載されている。
9別紙3)
0年まで急激に拡大し,それ以降も,平成28年まで,緩やかな拡大傾向を示して
9年2月から始まった本件各発明における原告の貢献度等に関する交渉等を契機と
2 まとめ
45万円)は,本件各発明いずれにおいても,昭和34年法35条4項に従って定 |
事件の概要 |
1 本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,2つの職務発明につい20
て特許を受ける権利をいずれも被告に承継させたことにつき,平成16年法律第7
9号による改正前の特許法(以下「昭和34年法」という。)35条3項の規定に
基づき,相当の対価の未払分合計1億0515万円及びこれに対する平成30年2
月17日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による
改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。25
2 前提事実(争いのない事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨より容易に認定で
きる事実。なお,枝番号のある証拠で枝番号の記載のないものは全ての枝番号を含
む。)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和58年10月に被告に従業員として入社し,平成13年4月か
らは被告の新技術開発室(以下「NT」という。)の室長として業務に従事したが,5
平成18年10月に被告を退職した。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
令和3年12月27日判決言渡 同日判決原本交付 裁判所書記官
平成30年(ワ)第866号 職務発明の対価請求事件
口頭弁論終結の日 令和3年10月12日
判 決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 室谷 和彦
被告 不二製油グループ本社株式会社
同訴訟代理人弁護士 重冨 貴光
10 同 渡辺 洋
同 岩﨑 翔太
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
15 事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は,原告に対し,1億0515万円及びこれに対する平成30年2月17日
から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
20 1 本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,2つの職務発明につい
て特許を受ける権利をいずれも被告に承継させたことにつき,平成16年法律第7
9号による改正前の特許法(以下「昭和34年法」という。)35条3項の規定に
基づき,相当の対価の未払分合計1億0515万円及びこれに対する平成30年2
月17日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による
25 改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨より容易に認定で
きる事実。なお,枝番号のある証拠で枝番号の記載のないものは全ての枝番号を含
む。)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和58年10月に被告に従業員として入社し,平成13年4月か
5 らは被告の新技術開発室(以下「NT」という。)の室長として業務に従事したが,
平成18年10月に被告を退職した。
イ 被告は,油脂,蛋白及びそれらの副産物の製造,加工及び売買等の事業を営
むこと,並びにこれらの事業を営む会社(外国会社を含む。)その他の法人等の株
式又は持分を所有することにより,当該会社等の事業活動を支配し,管理すること
10 等の事業を営むことを目的とする株式会社である。
被告は,平成27年10月1日,その商号を「不二製油株式会社」から「不二製
油グループ本社株式会社」に変更した(以下,商号変更の前後を問わず「被告」と
いう。)。合わせて,同日,被告は,被告を分割会社,新設する「不二製油株式会
社」(以下「新不二製油」という。)を承継会社とする新設分割を行い,被告がグ
15 ループ経営管理事業を除く一切の事業に関して有していた権利義務を,重畳的債務
引受の方法により新不二製油に承継させた。
(2) 原告の職務発明及び特許を受ける権利の承継
原告は,被告在職中の平成13年ないし平成14年頃,ハードバター製造などに
有用な油脂を乾式分別により得る方法に関する発明(以下「本件発明 A」という。)
20 と,油脂,特にハードバターのように常温で固状であり,体温付近で融解する,又
は液状である油脂に有用な油脂の乾式分別法に関する発明(以下「本件発明 B」と
いい,本件発明 A 及び B を併せて「本件各発明」という。)をした(ただし,本
件各発明につき,原告以外の共同発明者の有無及び共同発明者間の貢献割合につい
ては,後記のとおり,当事者間に争いがある。)。
25 本件各発明は,いずれも,その性質上被告の業務範囲に属し,かつ,その発明を
するに至った行為が被告における原告の当時の職務に属するものであった。
原告並びにP2,P3及びP4(以下P2,P3及びP4を併せて「P2ら」と
いう。)は,平成15年6月23日頃,被告に対し,当時の被告における「社内発
明等取扱規程」(以下,その後の改訂を問わず「被告規程」という。)に基づき,
同人らを本件各発明の発明者とする「発明等取扱規定による発明等の届出書兼譲渡
5 証書」(乙24,25)を提出し,本件各発明に係る特許を受ける権利をいずれも
譲渡した。
(3) 被告の特許出願及び登録等
被告は,本件各発明それぞれにつき,別紙特許目録記載のとおり,特許出願をし,
設定登録を受けた(以下,本件発明 A に係る特許につき「本件特許 A」と総称する
10 と共に,国別には「本件特許 A1」などといい,本件発明 B に係る特許についても,
同様に「本件特許 B」及び「本件特許 B1」などという。また,本件特許 A 及び B
を併せて「本件各特許」といい,本件特許 A 及び B に係る特許権を合わせて「本
件各特許権」という。)。
被告は,平成27年12月17日,本件特許 A1 及び B1 に係る各特許権を新不
15 二製油に移転した。
(4) 被告における本件各発明の実施等
ア チョコレートの原料であるココアバターの代用脂(以下「CBE」という。)
は,例えば SOS 脂(以下「SOS パーツ」という。)と POP 脂(以下「POP パー
ツ」という。)とを混合して製造されるところ,本件各発明は,SOS パーツ等の
20 製造方法(油脂の分別方法)に関するものである(以下,本件各発明による SOS
パーツ等の分別方法を「本件乾式分別法」という。)。
イ 被告は,米国所在の子会社 FUJI VEGETABLE OIL,INC.(以下「FVO」と
いう。)において本件各発明を実施することとし,平成15年3月頃,本件各発明
すなわち本件乾式分別法を使用した SOS パーツの分別設備(以下「本件設備」と
25 いう。)を設置した工場(以下「本件工場」という。)の建設に着工し,平成16
年 2 月 頃に完成し た 本件設備を 同年4 月 頃から稼働させ, SOS パーツ (以 下,
FVO にて製造された SOS パーツを「FVO パーツ品」という場合がある。)を製造
・販売している。
また,FVO は,SOS パーツの製造・販売に加え,これと POP パーツを混合して
CBE(以下「FVO 品」という。)を製造・販売している。
5 なお,FVO に導入された本件乾式分別法のプロセスは,おおむね,下図のとお
りである(下図中の「製品 ESF2」が SOS パーツである。)。
ウ SOS パーツを製造する工程は,大きく,原料から原料油脂を抽出する過程
と,原料油脂から精製油脂を分別する過程に分けられる。被告では,ヒマワリ油を
10 原料として,酵素エステル交換技術(以下「EE 技術」という。)を用いて原料油
脂(ESO)を生成し,原料油脂から SOS パーツを分別している。原料油脂から
SOS パーツを分別する方法には,主に,分別に際してアセトン等の溶剤を用いる
溶剤分別法と溶剤を用いない乾式分別法の2種類があるところ,本件各発明は後者
に関する発明である。
15 (5) 被告規程及び貢献報奨金の支払等
ア 被告規程
被告規程には,次のとおりの記載がある。
(ア) 平成11年4月1日より実施された被告規程(甲15)
「会社は職務発明等を出願したとき,従業員等である発明者等に対し,下記の金
額に持分…を乗じた金額を支払う。
1. 第一国への最初の特許出願に対し,1件につき金 10,000 円。」(10条)
「2. 会社は第4条(発明等の届出)…により特許等を受ける権利を承継した発
5 明等について日本国における特許…を受けたとき,従業員等である発明者等に対し,
前条第1項に規定する金額の2倍の登録補償金を支払う。
3. 本条及び前条による補償金額の合計額は,その発明等が職務発明等に属する
場合においては特許法第35条第3項…の対価とみなす。」(11条)
「会社は特許発明等を実施し,…格別の利益を得たときは,その特許権等に係る
10 発明者に対し,別途補償金を支払うことができる。」(12条)
(イ) 平成17年4月1日より実施された被告規程(甲16)
「本条,前条及び次条による補償金額の合計額は,その発明等が職務発明等に属
する場合においては特許法第35条第3項…の対価とみなし,発明者等はその額の
算定について特許管理者に意見を述べることができる。」(11条3項)
15 「特別補償金は次2項に掲げるライセンス補償金と貢献補償金とする。…
(貢献補償金)
3. 会社は,格別の利益を得るのに貢献した旨,申請があった発明を原則4年毎
に審査し,10年間で約10指に入るレベルを目安として選出した,特許権等に係
る発明者等に対し,貢献補償金(百万円,50万円または30万円)を添え表彰す
20 る。」(12条)
(ウ) 平成24年11月1日より実施された被告規程(甲17)
「3. 会社は第4条(発明等の届出)…により特許等を受ける権利を承継した発
明等について日本国における特許登録…を受けたとき,従業員等である発明者等に
対し,前条第1項に規定する金額の2倍の登録補償金を支払う。…
25 4. 本条,前条及び次条による補償金額の合計額は,その発明等が職務発明等に
属する場合においては特許法等に定める職務発明等の特許等を受ける権利の承継に
対する対価とみなし,発明者等はその額の算定について特許管理者に意見を述べる
ことができる。」(11条)
「会社は,会社およびグループ会社で行った事業について,格別の利益を得るの
に貢献した旨,申請があった発明を原則4年毎に審査し,10年間で約10指に入
5 るレベルを目安として選出した,特許権等に係る発明者等に対し,貢献補償金(百
万円,50万円または30万円)を添え表彰する。」(12条3項)
なお,これらの規定は従業員等であった発明者等に準用される(11条5項)。
(エ) 平成28年4月1日より実施された被告規程(甲18)
「3. 会社は職務発明等…により特許等を受ける権利を承継した業務発明等につ
10 いて日本国における特許登録…を受けたとき,従業員等である発明者等に対し,前
条第1項に規定する金額の2倍の登録報奨金を支払う。」(11条)
「特別報奨金は,以下に掲げるライセンス報奨金と貢献報奨金とする。…
<貢献報奨金>
4. 会社は,不二製油グループで行われた事業について,特許権等が出願から権
15 利消滅までに格別の利益を得るのに貢献した旨,申請があった発明を原則4年毎に
審査し,10年間で約10指に入るレベルを目安として選出した,特許権等に係る
発明者等に対し,貢献報奨金(百万円,50万円または30万円)を添え表彰す
る。」(12条)
「第10条ないし前条の規定による報奨金の合計額は,その発明等が職務発明等
20 に属する場合においては特許法等に定める職務発明等の特許等を受ける権利を会社
が取得したことに対する相当の利益とみなす。…
5. 第11条ないし前条および前4項の規定は,従業員等であった発明者等に準
用する。」(12条の2)
なお,施行日よりも前に完成された発明等にあっては,従前の規程が適用される
25 (付則7項)。
イ 被告は,平成28年12月15日,本件発明 A2,B2 及び関連ノウハウ6件
につき,「最優秀貢献発明賞」(以下「本件発明賞」という。)に選出して表彰し
た。また,被告は,上記各発明等に対する原告の貢献度につき 45%として,平成2
9年6月15日頃,原告に対し,貢献報奨金名目で賞金総額100万円の 45%相当
分である45万円を支払った。
5 ウ 被告は,平成30年7月19日,2018年度経営賞表彰式を行い,FVO
は,「低トランス酸油脂や SOS の販売増や採算改善が寄与し,増収増益。営業利
益も8年ぶりに最高益を更新する等,連結利益の増大に貢献。」という理由により,
「総合経営賞」(以下「本件経営賞」という。)と受賞した。
3 争点
10 (1) 独占の利益の有無(争点1)
(2) 使用者の貢献度(争点2)
(3) 共同発明者間の貢献割合等(争点3)
(4) 相当な対価の額(争点4)
第3 当事者の主張
15 1 独占の利益の有無(争点1)
〔原告の主張〕
(1) 本件乾式分別法は,以下のとおり,溶剤分別法と比較した場合,品質面では
同等であり,コスト面では圧倒的に優位である。また,溶剤分別は安全衛生面で問
題を有しており,様々な法規制もあるため,その設備を新設すること自体容易でな
20 い。そのため, FVO パーツ品及び FVO 品は,高い競争力を有する。他方,CBE
メーカーである競合他社は,本件乾式分別法を採用しようとしても,本件各特許権
により阻止されている。その結果,被告及び FVO を含むそのグループ会社(以下,
これらを併せて「被告グループ」という。)は,本件工場が稼働を開始した平成1
6年から平成18年にかけて CBE 販売の市場シェアを急増させ,その後もこれを
25 維持している。このような状況に鑑みれば,被告は,本件各発明の実施により独占
の利益を得ているといえる。
(2) 品質の同等性
ア FVO は,平成16年4月に本件工場の運転を開始し,当初は圧搾機の温度
管理の不具合等により本件設備が十分な性能を発揮できなかったものの,平成19
年1月までに行われた増設工事(以下「本件増設工事」という。)により正常な運
5 転がされるようになった。平成19年2月1日以降の FVO パーツ品(ESF2)の
SOS 濃度は●(省略)●であり,溶剤分別●(省略)●と異なるところはなかっ
た。
被告指摘に係る平成15年当時のデータは,本件工場が稼働を開始する平成16
年以前のものであり,FVO 品のものではない。また,平成29年当時実施された
10 品質比較に用いられた FVO パーツ品は, SOS 濃度が●(省略)●であり,上記
増設工事後の FVO パーツ品の平均 SOS 濃度●(省略)●等と比較すると極めて低
く,このような異常値のサンプルをもとに品質を議論することに意味はない。なお,
SOS 濃度●(省略)●の FVO パーツ品であっても,被告における品質規格を十分
満たしている。
15 イ 大阪府泉佐野市内にある工場(以下「FOJ」という。)で溶剤分別法により
製造された CBE(以下「FOJ 品」という。)と,パイロットレベルの乾式分別装
置で分別された乾式分別品を比較したところ,後者は前者と同等以上の品質を有す
ることが実証されている。
被告は,同じ SOS 濃度であっても,口溶けの良さやテンパリングのしやすさの
20 点で FVO 品が FOJ 品に劣る旨主張するが,乾式分別と溶剤分別の分別性能や CBE
の品質の比較に当たっては,同一の原料を分別してその品質を比較することを要す
ると共に,分別対象である ESO が同一でなければならず,また,POP パーツも同
一でなければならない。被告が主張の基礎とするデータは,これらが異なると思わ
れることから,乾式分別と溶剤分別の分別性能の比較としては意味がない。
25 (3) 価格優位性
ア 比例費
FVO 品,FOJ 品及び被告のシンガポールに所在する子会社(以下「FOS」とい
い,FOJ と FOS を併せて「FOJ 等」,FVO と FOJ 等を併せて「FVO 等」とい
う。)で製造した CBE(以下「FOS 品」といい,FOJ 品と FOS 品を併せて「FOJ
品等」という。)の平成27年~平成29年の3年分の加工費を試算すると,原料
5 油脂1トン当たりの完成品(ESF2)の分別に要する加工費は,FVO 品が,溶剤分
別法を使用する FOJ 品等の約●(省略)●と,大幅な安価となっている。また,
固定費を除く製品コストも圧倒的に安価である。
このため,本件乾式分別法による歩留まり(原料油脂 (ESO)に対する完成品
(ESF2)の収率)が溶剤分別法より低いこと等を考慮しても,本件乾式分別法に
10 よる加工費は溶剤分別法の場合よりも圧倒的に安価である。
●(省略)●このため,FVO 品の平成27年以降の実際の製品コストは,FOJ
品のそれに比べ圧倒的に安価である。
また,競合他社における溶剤(アセトン)による分別は,FOJ における溶剤(ノ
ルマルヘキサン)による分別よりも加工費が大きい。したがって,競合他社の溶剤
15 分別における加工費は,本件乾式分別法による加工費よりもはるかに高額となる。
イ 固定費
本件工場の建設には●(省略)●の建設費を要したが,仮に FVO において溶剤
分別方式を採用した工場を建設した場合,FOS での建設の実績をも参考にすると,
●(省略)●程度の建設費を要したと考えられる。このため,工場の建設費につい
20 ては,乾式分別は溶剤分別に比して圧倒的に低額である。
また,本件工場では,平成19年にフィルタープレスの増設及び濾板の改善を内
容とする本件増設工事のために●(省略)●の費用を要したが,これは建設当初の
設計・施工の不具合等を解消するための費用であり,本件乾式分別法を採用するた
めの費用ではない。仮に上記費用を加算しても,FVO の建設費は合計約●(省略)
25 ●であり,溶剤分別方式を採用した工場を建設した場合よりもはるかに低額である。
なお,生産キャパの観点からは,FVO に溶剤分別設備を設けた場合の生産キャ
パは最大●(省略)●と見込まれるというのに対し,FVO における最大の出来高
は●(省略)●(平成20年)であることから,両者を比較すると後者の方が大で
ある。
ウ 販売単価
5 FVO 品は,本件乾式分別法を用いて製造しており,その品質は溶剤分別方式に
よるものと同等である一方で,その製品コストは圧倒的に安価であるから,その販
売価格を低く設定できる。その意味で,FVO 品は,溶剤分別方式により製造され
た CBE に比して高い価格競争力を有する。現に,FVO 品の販売単価は,ココアバ
ターの国際価格の●(省略)●であり,競合他社の価格(相場はココアバターの国
10 際価格の 60%~70%)に比べて安価であり,価格競争では絶対的に優位である。
(4) 溶剤分別法は代替技術に当たらないこと等
溶剤分別法は,引火性が高く,爆発性を有し,毒性のある有機溶剤(ノルマルヘ
キサン,アセトン)が用いられるため,爆発・火災,溶剤残留,大気汚染の危険が
内在する。このため,溶剤分別法を実施するに当たっては,有機溶剤の使用に伴う
15 様々な法規制が存在しており,これに対応して溶剤を管理するために生じる管理コ
ストも無視できないし,欧米では溶剤分別法を用いた設備を新設すること自体が容
易でない。また,そのような規制の下で溶剤分別を行うためには,大規模な設備が
必要となると共に,定期点検(年1回)のための莫大な費用及び点検に伴う操業停
止(通常は1か月前後)も製造コストに大きく影響する。さらに,溶剤分別法では,
20 油脂の数倍以上の溶剤を使い,分別後には溶剤の全量を除去する必要があり,電力
・蒸気を大量に使用することから,エネルギーコストは著しく割高となる。
このため,油脂業界においては,溶剤分別法から乾式分別法への切替えが望まれ
ていたのであり,溶剤分別法は従来技術に過ぎず,乾式分別法の代替技術とはなり
得ない。
25 FOS において溶剤分別方式の設備が採用されたのは,FOS の分別設備において,
ESO の分別と別の物質の分別を兼用するという必要性によるものであり,乾式分
別法が溶剤分別法に劣ることによるものではない。
(5) 競合他社が本件乾式分別法を採用することが可能であること
本件各発明は,競合他社のようにシア脂を原料として SOS パーツを製造する場
合も実施可能である。すなわち,競合他社で採用されているシア脂を原料とする
5 SOS パーツの製造方法は,抽出分離による不ケン化物除去工程(以下「第1工程」
という。)と,一段晶析分離による SOS パーツの濃縮工程(以下「第2工程」と
いう。)からなるところ,いずれも溶剤にアセトンが使われている。しかし,両工
程では構造の異なる設備が用いられているため,第1工程で用いた設備を第2工程
で兼用することはできない。また,第2工程では第1工程と比べて大量のアセトン
10 を使用するため,溶剤の分離回収に多大なコストが必要となる。したがって,第1
工程と第2工程で同じアセトンを使用することは何ら効率的ではなく,むしろ第1
工程で不ケン化物を除去した後いったんアセトン全量を除去し,それを乾式分別法
により分別して SOS を濃縮することは可能であるし,その方がコストは著しく低
くなる。
15 (6) 市場シェアの推移等
被告グループの CBE 市場におけるシェアは,FVO 稼働前である平成15年時点
では●(省略)●であったが,その後平成18年には●(省略)●になり,平成1
9年~平成28年は●(省略)●を維持している。また,FVO 品は,CBE の世界
需要の●(省略)●を占める。さらに,FVO の主な販売地域である北アメリカで
20 の被告グループのシェアは,平成27年において●(省略)●を超える。
このような被告グループのシェアの推移等に鑑みると,仮に本件各発明につき被
告が特許権を有していなければ,競合他社も追随して乾式分別設備を設け,その結
果,被告グループの高い競争力は著しく低減されたはずであって,上記シェアの推
移等は,本件各特許権の存在が競合他社の参入を阻止したことがその一因であると
25 いえる。FOS の溶剤分別法による工場が平成21年に稼働しているが,平成22
年以降の被告グループの CBE 市場におけるシェアが上昇しているといえないこと
も,これを裏付けている。
(7) その他の事情
ア 「不二製油五十五年史」(平成19年発行。甲39。以下「本件記念誌」と
いう。)において,被告は,本件工場につき,SOS の分別に当たり溶剤を使用し
5 ない世界初の工場で,安全かつ低コストの設備であると評価し,本件乾式分別法に
ついて,被告の製品は既に高い競争力を持つところ,導入した新技術により競争力
は更に高まるなどと賞賛している。また,本件乾式分別法は,高い競争力を有する
FVO パーツ品製造に役立ち,FVO すなわち被告に経済的に貢献したことから,本
件各発明は,10年間で約10指に入るレベルのうち最高のものとして本件発明賞
10 を受賞すると共に,FVO は,本件経営賞を受賞した。
イ 被告は,FVO より本件各特許権に係るライセンス料を得ている。
〔被告の主張〕
(1) 本件各発明については,以下のとおり,溶剤分別法という従来より確立した
代替技術が存在し,被告の競合他社は従前よりこれにより SOS パーツを生成し,
15 本件各特許権に何らの影響も受けることなく事業活動を行っていること,SOS パ
ーツ生成に伴う品質面及びコスト面共に溶剤分別法が乾式分別法を上回ることなど
から,被告が本件各発明を実施したことに伴って売上・利益が増加したことはなく,
独占の利益は存しない。
(2) 代替技術の存在
20 ア SOS パーツの製造においてシア脂を利用する場合,溶剤分別法は,197
0年代から現在まで一般に利用されている分別技術であり,被告と共に CBE の市
場シェアの8割弱を占める AarhusKarlshamn 社(以下「AAK」という。)及び
Bunge Loders Croklaan 社(以下「LC」という。)は,現在に至るまで,シア脂
を原料として溶剤分別法により SOS パーツを製造している。
25 また,シア脂を原料として SOS パーツを製造する場合,原告主張に係る第1及
び第2工程の2段階での分別を行う必要があるところ,不ケン化物除去(第1工程)
のためには溶剤分別が必要であるため,メーカーは溶剤分別設備を調達・使用する
ことが必須となる。この場合,SOS 濃縮(第2工程)においても,既に調達済み
の溶剤分別設備を使用して溶剤分別法により SOS の純度を上げることが効率的で
あり,工場設備の採算性にも適う。このように,シア脂を利用して SOS パーツを
5 製造するメーカーにとって,乾式分別法を採用することは非効率かつ不採算である
から,被告以外の競合他社にとって,乾式分別法を行う動機はなく,また,本件各
発明を実施する必要がない。被告以外の CBE メーカーは,本件各発明の存否にか
かわらず,何らの支障もなく代替技術としての溶剤分別法を使用して安定的に
SOS パーツを製造している。
10 イ CBE 及び SOS パーツの製造に溶剤分別法を用いる場合,主にコスト面で難
があるものの,分別の精度が高いため,品質面では溶剤分別法が優れている。他方,
乾式分別法は,理論的にはコスト削減の可能性があるものの,品質面で考えると優
れたものではなく,その技術的原理から,溶剤分別法に係る成果物と同等の品質の
ものは期待できない。しかも,本件発明Aに係る特許出願日前の時点で, CBE の
15 製造工程における油脂分別に関し,溶剤分別法が一般的な方法として採用されてい
た。加えて,乾式分別法についてだけを見ても,複数の方法が公知であり,本件各
発明によることなく乾式分別法を採用することも可能であった。
ウ 競合他社による溶剤分別設備の新設は可能であり,現に新設している例が複
数存在する。
20 エ 以上のとおり,本件各特許権は,競合他社において代替技術である溶剤分別
法を利用することで回避することが容易に可能であり, また,競合他社は,SOS
パーツの製造において溶剤分別方式を用いており,その事業に何らの支障も生じて
おらず,そもそも本件各発明を実施する必要性も動機も有しない。実際にも,被告
は,本件各発明について,現在に至るまで,出願経過における特許庁への情報提供,
25 特許異議申立て及び無効審判請求がされたことはなく,本件各特許権に関し,ライ
センスの申入れを受けたこともない。
(3) 品質の同等性
ア 乾式分別法では,結晶を洗浄するために混合される ESO 融液は結晶の融点
とほぼ同じ温度であるため,SOS 等の必要な成分は ESO 融液に溶け出してしまい,
必然的に結晶画分に残存する SOS 等の成分含量は低下することになる。これに対
5 し,溶剤分別法では,結晶画分に残存する液体成分を溶剤で薄められるため,より
容易に結晶内の SOS 等の必要成分の高純度化が可能となる。このように,分別法
の原理からして,本件各発明に係る乾式分別技術は,SOS の分離精度において,
溶剤分別技術に劣る。
イ CBE はチョコレートの原料であるところ,チョコレートは,体温に近い3
10 0度~35度で急速に溶けるものがいわゆる口溶けが良く良質とされている。また,
チョコレートを綺麗に結晶化させて固めること(テンパリング)のしやすさもチョ
コレートの品質に影響を与える要素であり,この点は原料である CBE に良質な脂
が多く含まれているか否かに影響する。
平成15年時点において, FVO 品の多くは,FOJ 品と比較して,噛みだしが硬
15 いと共に,口溶けが遅いという評価であった。すなわち,この時点で,FVO 品は
FOJ 品との比較において,品質が劣るものであった。
平成29年時点での FVO 品等の比較においても,FVO 品は,FOJ 品等と比較し
て,口溶けが悪くテンパリングがとりづらいという評価となった。この差異は,
SOS 分離精度が高い溶剤分別法とこれが劣る乾式分別法という製造プロセスの相
20 違に由来する。
ウ FVO パーツ品は,後記のとおり,歩留まりが低く前工程である EE 工程へリ
サイクルする ESL の量が FOJ パーツ品よりも多いため,同じ SOS 濃度(SOS と
SSO の合計量で測定される。)の SOS パーツであっても,テンパリングのしやす
さに資する SOS の量が少なく,SOS の結晶化を阻害する SSO の量が多くなると共
25 に,口溶けのよさを阻害する不純物の割合が多くなる。このため,FVO パーツ品
は,FOJ パーツ品よりも品質面で劣る。
また,FVO は,後記のとおり,CBE の製造にあたり,SOS パーツの比率を高め
て品質基準を達成しているが,増加することのできる SOS パーツの割合には品質
管理上の上限が存在するため,FVO 品には被告における品質基準を下回る製品が
少なくなく,このような製品の用途は極めて限定される結果となる。
5 (4) 価格優位性を欠くこと
ア 固定費
被告は,平成12年頃より FVO における SOS パーツ生産計画の検討を開始し,
油脂分別の方法につき溶剤分別法と乾式分別法とを比較検討していたところ,NT
の試算等を踏まえ,乾式分別法においても溶剤分別法とそれほど遜色のない SOS
10 パーツの歩留まりと生産量が得られると考え,主にコスト削減の観点から,乾式分
別法を採用した。
しかし,実際には,本件設備では設計値を大きく下回る実績しか出せなかったた
め,設備改善のための追加投資を行うこととなった結果,最終的に,本件工場の建
設には,目標実行予算●(省略)●以上も上回る●(省略)●の費用を要し,溶剤
15 分別設備を導入した場合の費用見積●(省略)●の方がはるかに安く済んだとの結
果をもたらした。
また,SOS パーツ1トン当たりの固定費を算出すると,溶剤分別設備を建設し
た場合は●(省略)●となるのに対し,平成29年の FVO パーツ品1トン当たり
の固定費は,●(省略)●となる。
20 本件設備と FOS の溶剤分別設備とは,その規模,設備構成,建設業者等が相違
することから,FOS の溶剤分別設備建設の実績費をそのまま FVO での建設費用と
して適用することは相当でない。
イ 比例費
(ア) 歩留まりの低さとその影響
25 FVO パーツ品の歩留まりは,本件設備の導入計画当時に目標値が●(省略)●
とされたが,実際には本件増設工事等の設備改善を行った後もこれを下回る約●
(省略)●に過ぎず,最も高い年でも●(省略)●にとどまり,FOJ パーツ品の最
低値●(省略)●にも達していない。その背景としては,顧客が要求する品質を実
現するためには高純度の SOS パーツを確保する必要があるところ,本件乾式分別
法によって生じた結晶画分における SOS の純度(濃度)が低いため,歩留まりを
5 犠牲にせざるを得ないという事情がある。このような事情により,本件各発明を実
施した乾式分別品は,溶剤分別品との比較において,製造コスト面で劣る。
また,歩留まりが低いと●(省略)●FVO においては,FOJ 品と同等の品質の
製品を得るために,●(省略)●する必要がある。FVO の最終的な製品コストに
は,このような ●(省略)● 加算する必要があった 。もっとも,FVO で は ,●
10 (省略)●
さらに,CBE は SOS パーツと POP パーツを配合して製造しており,SOS パー
ツは POP パーツよりも高価であるところ,FVO では,SOS パーツ品の被告グルー
プにおける品質基準を達成するため,通常の SOS パーツと POP パーツの配合比率
よりも SOS パーツの割合を増加させて対処しており,これによりコストの大幅な
15 増加につながっている。
(イ) 運転費・加工費等
FVO においては,●(省略)●比例費が低額となっているところ,同年~平成
29年の FVO 等の各 SOS パーツの分別に関連する比例費を比較すると,FVO パ
ーツ品の比例費は,平成27年は FOJ 等のものよりも高く,平成28年及び29
20 年においても,FOJ のものより高く,FOS のものとは大差がない。
また,同期間の FVO における SOS パーツ1トン当たりの製造コスト(比例費及
び固定費)と,FOJ 等を基準として FVO において溶剤分別法を採用した場合を仮
定して算出した製造コストを比較した場合,乾式分別法が溶剤分別法に比して低額
であるとはいえない。
25 (5) 販売機会の喪失
FVO パーツ 品は, 本件乾式分別法により製造されるため, 溶剤分別法 に よ る
FOJ 品等よりも品質が低い。このため,FVO パーツ品は,溶剤分別品と同等の
SOS パーツを求める顧客に販売することができず,売上・利益の逸失を生じてい
る。FVO では,その販売努力によって納入先の開拓及び販売活動をしているのが
現状である。
5 また,FOJ 品の代替として,これと同等の品質の SOS パーツを FVO で製造しよ
うとした場合,ESL の系外排出に伴う多額のバイプロダクト処理費用が掛かると共
に,乾式分別法であるがゆえに SOS 濃度を挙げるために結晶を絞るのに長時間を
要し,しかも,同じ SOS 濃度とした場合でも,FOJ 品の品質に並ぶことはできな
い。このため,ESL を全量リサイクルした FVO 品は,品質面で FOJ 品の代替品と
10 しての使用に耐えず,FVO 品によって FOJ 品の顧客に対する供給不足分を補うこ
とができない。このため,FOJ 品の代替としては溶剤分別品である FOS 品を採用
しているが,FOS からの調達を考慮しても日本での需要に応えるだけの SOS パー
ツの確保ができない事態を避けることができず,被告は,FOJ で需要過多となり供
給の逼迫が見込まれる場合,早期に販売を抑制することに加え,受注を競合他社に
15 振り分けることで対応している。このように,FVO 品が FOJ 品の代替品となれて
いないことにより,被告グループ全体における売上機会の損失が生じている。
(6) 市場シェアの推移等
CBE 市場における被告グループの世界シェアは,平成19年~平成28年の間,
●(省略)●の間を推移しており,上昇を続けているわけではない。むしろ,本件
20 各特許が登録された平成22年~平成23年の頃は,シェアが下がっている。この
ような事情からしても,本件各特許権が被告グループにおける CBE の売上及び市
場シェアの拡大に貢献したとはいえない。被告グループの CBE 市場におけるシェ
アに影響を与える主な原因は,ココアバターと SOS の原料であるシア脂の価格相
場の変動である。
25 仮に,平成15年と平成16年以降とを比較して被告グループのシェアが上昇し
ていたとしても,単に本件工場が稼働したからに過ぎない。また,FOS における
新工場の稼働前後において被告グループのシェアが伸びていない点については,分
母となる CBE の世界需要量の大幅な増加と FOJ における SOS パーツの生産量の
大幅な減少といった FOS 品とは関係しない事情によるものに過ぎない。
被告が競合他社に対して価格競争力を有している要因は,品質・価格が上下する
5 シア脂と異なり,比較的品質・コストが安定しているヒマワリ油から ESO を得る
EE 技術を確立したことにより,顧客に対し品質及びコストが安定した製品を供給
できることをアピールできたことによるものであって,本件各発明が存在するから
ではない。そもそも,FVO 品の価格は,その時々の状況に基づいて事業戦略的に
決定されるものであり,本件各発明の実施の有無によって価格競争上の優位性が獲
10 得されるわけではない。
(7) その他の事情
ア 本件発明賞の受賞と,法律的な独占の利益の有無は何ら連動・直結するもの
ではない。
被告の表彰制度は,他の研究職員への発明のインセンティブを向上させることな
15 どの発明の価値以外の諸事情をも考慮の上,独占の利益の認定基準に比して緩やか
な基準で判断している。本件各発明についても,平成28年の表彰選考から,国内
に限らず海外を含めた被告グループ全体で実施されている発明が対象となったとこ
ろ,本件各発明は FVO という生産規模が大きい工場で実施されていたことから目
に留まりやすかったこと,海外で実施されていたその他の発明に目ぼしいものがな
20 かったこと,チャレンジ精神自体は評価でき,それを表彰することによる他の研究
職員へのインセンティブ効果が期待できたことから,表彰を行うこととしたもので
あって,その際,本件各発明が被告にどの程度の超過利益をもたらしたかについて
は,計算すらされていない。
イ 被告は,平成18年~平成19年にかけて FOS の油脂分別設備の設置を検
25 討したが,その際,乾式分別法について全く検討しなかった。これは,被告内部に
おいて,本件乾式分別法は,溶剤分別法との比較で,品質及びコスト双方において
劣るとの認識・評価がされていたためである。
ウ 被告は,平成22年に本件特許 A2 に係る特許権を取得したものの,本件発
明 A に係る技術を商業スケールで実施することは多大な困難を伴う上,溶剤分別法
等の代替技術が存在することなどから,被告にとって上記特許権を維持することに
5 より排他力を確保する機会がなく,当該特許権を維持する必要がないと判断し,平
成29年,特許料を納付しなかった。そのため,上記特許権は消滅した。
また,被告は,本件各特許権につき,特許料の納付期限が到来したものは国内外
全てについてこれを支払わないという判断をしている。
2 使用者の貢献度(争点2)
10 〔原告の主張〕
原告は,従業員として被告から施設や研究開発費の提供を受けていたものの,本
件各発明については原告の自宅において着想から完成にまで至っており,着想から
完成には原告の頭脳とデスクが必要であっただけである。被告による施設や研究開
発費の提供は,何ら本件各発明の完成に貢献していない。また,原告は,被告の他
15 の部門からの助力,参考となる未公開技術の提供及び他の従業員から必要な情報や
知識の供与を受けなかった。本件各発明の実証実験や FVO のプラント設置に必要
なデータ収集のための実験を行うに当たっては被告の施設や研究開発費を使用した
が,これらは本件各発明の完成に対する貢献として位置付けられるものではない。
被告の営業努力が売上向上に貢献していることはそのとおりであるが,これに要し
20 た経費は販管費として売上から控除された上で利益が算定されることから,ことさ
ら営業努力を使用者の貢献として強調する意味はない。
また,NT は乾式分別技術の開発を目的に設置された部署ではなかった。すなわ
ち,原告は,NT 室長に移る際,当時の担当役員から開発テーマは自由に設定して
よいと提示されており,原告が当初設定したテーマの中に SOS パーツの乾式分別
25 技術を挙げたのは,当該テーマが難しいものであり,原告が主導して解決しようと
考えたからである。NT が一体として乾式分別法の開発を始めたのは,平成13年
5月以降に,原告がこの開発に可能性を感じ,これに集中するためであった。
〔被告の主張〕
被告は,平成12年頃,ESO の乾式分別法の研究開発を開始するとの方針を決
定し,平成13年4月にこれを進めるための新部署として NT を新たに設置した。
5 NT 室長には原告が任命され,室員として,被告の関連会社でパーム油の乾式分別
法に係る業務経験を有するP2を招聘するなどした。このように,NT において使
用する研究設備及び資金の手当て,人員の配置等はいずれも被告によるものである。
また,本件各発明は,研究室レベルでの原理的な技術的思想に過ぎず,それ自体
として SOS 分別の商業化に堪え得るような技術を開示するものではない。本件各
10 発明につき商業化に堪えるものとして FVO で実施できているのは,FVO の大規模
プラント設備建設後に巨額の費用を投じ,量産化を実現するための様々な技術的検
討を重ねてきた被告の負担及び貢献があったからこそである。
さらに,FVO では,●(省略)●SOS パーツを製造していたが,●(省略)●
これは,FVO において,●(省略)●顧客を被告の営業努力によりかろうじて獲
15 得できていることが大きく,これなしにはあり得なかった。
しかも,被告には,本件各発明の素地が存在していた。すなわち,乾式分別技術
自体は本件各発明以前から存在し,被告においても,平成元年にパーム核油の乾式
分別法の新技術(HP 法)を開発し,平成5年には N-HP 法として同技術を完成し
ている。こうした技術の利用及び改良により,平成14年には,マレーシアに所在
20 する被告グループの生産拠点の一つにおいて乾式分別法を採用した工場を完成して
いた。加えて,本件発明 B は,NT とは別の部署に所属していた被告の従業員であ
るP5らによって,技術的特徴を同一とする発明(以下「P5発明」という。)と
して遅くとも NT が設置される前である平成12年8月頃に完成していた。本件各
発明は,NT において,こうした従来の被告の乾式分別技術に関する知見・実績を
25 踏まえつつ,その改良を目指して取り組む研究テーマとされたものである。
以上のとおり,本件各発明に係る乾式分別法の技術開発や商業化を実現したのは,
被告の多大な貢献によるものである。
3 共同発明者間の貢献割合等(争点3)
〔原告の主張〕
(1) NT では,平成13年4月~同年10月まで,N-HP 技術をベースに,晶析条
5 件の工夫,結晶核の添加及び晶析後の解砕スラリーに圧搾後の濾液を混合してから
圧搾する方法等を検討したが,溶剤分別法と同等の品質には至らなかった。
原告は,同月頃,晶析後のスラリーを一旦圧搾濾過し,濾液は分離して EE 反応
に戻し,結晶部は原料(ESO)と混合することで結晶部に残る残液の SOS 濃度を
上げた後,再度圧搾し,この圧搾濾液を晶析工程に送り,結晶側を回収する方法を
10 考えつくと共に,この方法を使用する場合,高融点成分の除去については融解法が
有利であると判断した。前者が本件発明 A,後者が本件発明 B である。そこで,原
告は,同年11月10日,着想したプロセスを記載した簡易デザインフローを作成
した。当該簡易デザインフローには,分別分野における通常の知識を有する者がそ
の実施をすることができる程度に具体的な技術的知見が示されていることから,そ
15 の完成により本件各発明は完成している。
したがって,本件各発明について創作行為に現実に加担したのは原告のみであり,
発明者は原告のみである。
(2) P2らは,いずれも原告から簡易デザインフローのコピーを渡された後,原
告の指示に従って実証実験等を行い,データをまとめるなどした者であって,本件
20 各発明完成後に関与した単なる補助者に過ぎない。
被告規程に基づく発明等の届出書兼譲渡証書に,原告のほか,P2及びP4が発
明を自ら着想し実現した者として記載されているが,これは,本件各発明当時,被
告社内では発明への実際の寄与内容を当該書面に忠実に記載する習慣はなく,真の
発明者やその貢献度を特定しないまま,職制上の関係者の名前を列記するのが慣習
25 であったことによる。
〔被告の主張〕
(1) 本件発明 A について
平成13年4月の NT 設置以降,NT において ESO に係る乾式分別法の研究が進
められたが,その複数の研究テーマのうち「乾式分別技術の確立」についてはP2
が中心となって取り組むこととされた。他方,原告は,具体的な研究テーマを担当
5 せず,管理職として全体を統括する立場にあった。
本件発明 A は,結晶画分(AF)を ESO である油脂 G2U 含有油脂(A)と混合
すること(ESO 添加)を技術的特徴とするものであるところ,P2は,平成13
年末~平成14年初頭の間に,ESO 融液で ESF を洗浄することにより ESF 内部の
残留濾液成分を置換すれば,残留濾液に含まれる SOO%が減少し,SOS%が向上す
10 るのではないかとの ESO 添加の基本的着想を得た。P2は,その着想の効果を検
証するべく,ESF について ESO 添加による置換の実験を行い,その結果から,
ESO 添加による置換に SOS%向上の可能性を見出し,更に研究を進め,同年2月
28日頃には乾式分別技術の大まかなフローをまとめるまでに至り,同年4月頃に
は,設備における運転条件の方向性を示した。
15 したがって,本件発明 A の着想に対するP2の貢献度は高い。他方,原告は,経
験を生かしてP2らに対し研究開発の方向性を示すなどして,一定の貢献はあった
ものの,その貢献度は低い。
(2) 本件発明 B について
ア 本件発明 B は,SOS 及び SS-DG や SSS 等の高融点成分を含有する油脂を
20 固化したものを昇温し,溶解度の差を利用することで,高融点成分以外を融解し,
高融点成分(SS-DG や SSS)を除去することを技術的特徴とする。
イ 遅くとも NT 設置前の平成12年8月頃,本件特許 B2 に係る特許発明の発
明者として記載されているP5らは,上記技術的特徴である高融点成分を含有する
油脂を固化したものを昇温し,溶解度の差を利用することで,高融点成分以外を融
25 解し,高融点成分を除去するという方法を見出し,完成していた。本件特許 B2 は,
このP5発明に係る出願を最先の優先権主張の基礎出願として PCT 出願がなされ,
米国特許が発行されたものである。
P5発明に原告は関与しておらず,この点において原告の貢献はない。
ウ 平成13年4月以降,NT において ESO に係る乾式分別法が研究されること
になったが,乾式分別法によって高品質の ESF2 を製造するには,SOS を ESF2 側
5 に残しつつ,SS-DG や SSS といった不要な高融点成分を除去する必要があり,こ
れに係る技術(F1 カット)についてはP3が中心となって研究を行うこととなっ
た。なお,当時,被告においてP5発明は周知されておらず,P3を含む NT メン
バーはその存在を知らなかった。
P3は,平成13年8月頃,高融点成分及び低融点成分が結晶となった状態から
10 昇温操作を行い,低融点成分だけを融解させ高融点成分だけを残した上で,固液分
離するという融解法にて F1 カットを行うことを想起して融解法の実験を進め,遅
くとも平成14年2月28日頃,NT における本件発明 B が完成した。
エ NT によってなされた本件発明 B に係る出願は,P5発明と技術的特徴が同
一であったことから,PCT 出願を行う際にP5発明に係る出願と1つに取りまと
15 められた。
オ 本件発明 B は,被告が有していた従来技術であるP5発明の実施に過ぎない
から,これに対する NT 所属メンバーの貢献はない。仮にあるとしても,本件発明
B の着想はP3によって行われたことから,同人の貢献度が高いのであって,本件
発明 A の場合と同様に,原告の貢献度は低い。
20 4 相当な対価の額(争点4)
〔原告の主張〕
(1) 使用者の利益
平成16年~平成28年の間の FVO における CBE の売上が●(省略)●であ
り,その期間における為替の平均は102.3円/ドルであることから,当該期間
25 の FVO における CBE の売上は,●(省略)●である。
●(省略)●
これによれば,平成16年から本件各特許権の存続期間満了時である令和6年ま
での間の売上は,●(省略)●となる。
●(省略)●
超過売上の割合は●(省略)●,仮想実施料率は●(省略)●であるから,発明
5 により使用者等が受けるべき利益は,●(省略)●を下らない。
●(省略)●
(2) 使用者の貢献度等
被告グループの貢献の程度は,●(省略)●を超えない。また,発明者間におけ
る原告の貢献割合は●(省略)●である。
10 そうすると,原告が受けるべき相当の対価は,1億0560万円を下らない。
●(省略)●=¥105,600,000
(3) 既払額
原告は,本件発明賞による貢献報奨金名目で,45万円を受領した。
(4) 未払額
15 したがって,未払の相当の対価の額は,1億0515万円である。
〔被告の主張〕
原告が被告から貢献報奨金名目で45万円を受領したことは認め,その余は否認
ないし争う。
第4 当裁判所の判断
20 1 独占の利益の有無(争点1)について
(1) 社内規程等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継
させた従業者等は,当該社内規程等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対
価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が昭和34年法35条
4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づ
25 き,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解される(最高
裁平成15年4月22日第3小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
また,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」(同条4項)とは,使
用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権に
ついて無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことに鑑みると,使用者等が当該
発明を実施することによって得られる利益の全体ではなく,その全体の額から,通
5 常実施権の実施によって得られる利益の額を控除した残額(以下「独占の利益」と
いう。)をいうと解される。加えて,特許を受ける権利が将来特許を受けることが
できるか否かも不確実な権利であり,その発明により使用者等が将来得ることがで
きる独占的実施による利益の額をその承継時に算定することが極めて困難であるこ
とからすると,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の認定について
10 は,当該発明の独占的実施による利益を得た後の時点において,これらの独占的実
施による利益をみてその法的独占権に由来する利益の額を認定することも当然に想
定されているものと解される。
本件では,平成27年12月17日までは被告が,同日以降は被告の完全子会社
である新不二製油が本件各特許権を有し,同様に被告の完全子会社である FVO が
15 本件各発明を実施していることから,被告自身が本件各発明を自社で独占して実施
している場合と同視し得ると考えられる。
上記の点を踏まえ,本件各発明による被告の独占の利益の有無について検討する。
(2) 本件各発明の技術的意義等
ア 本件発明 A
20 本件明細書 A には,以下の記載がある。
(ア) 技術分野
「この発明はハードバター製造などに有用な油脂を乾式分別により得る方法に関
するものである。」(【0001】)
(イ) 背景技術
25 「油脂分別技術には,溶剤分別法,乾式分別法が一般に知られている。ここに言
う分別の技術は,結晶化特性の差を利用して油脂を結晶画分と液体画分に分画する
技術であるが,分別方法によって結晶画分と液体画分の分画性能に違いが出てくる。
溶剤分別法の場合,油脂に溶剤(アセトン,ヘキサン,アルコール等)を0.5~
5倍加えて溶解後冷却し,結晶を析出させて分画する方法で結晶画分と液体画分の
分画性能は極めて良好であり,結晶部における液体成分の残存量は乾式分別法に比
5 べて概して低い。しかし,溶剤を使用することによる安全性の確認には,乾式分別
法に比べてコストが高くつく問題がある。」(【0002】)
「乾式分別法においては,結晶画分と液体画分の収率は分画温度によって調節で
きるものの,圧搾,圧濾等で固液分離する際,溶剤を使用していないため,結晶画
分における液体成分の残存量は溶剤分別法に比べ極めて高いものであり,固液分離
10 した後の液体成分の残存量を低減することが出来なかった。この液体成分の残存量
は,ハードバターとして使用する油脂の品質に大きな影響を与えるが,その解決は
容易なものではなかった。」(【0003】)
(ウ) 発明が解決しようとする課題
「従来の技術では,乾式分別法において結晶画分への液体成分の残存量を低減す
15 るために,固液分離する際の圧搾の圧力を高めたり,濾布の種類(材質,メッシュ
度合等)を変えたりしたが,結晶画分における液体成分の残存量の低減には限界が
あり,乾式分別法の結晶画分の品質は溶剤分別法に比べ,良好とは言えないもので
あった。」(【0004】)
(エ) 課題を解決するための手段
20 「本発明者は,…液体画分に比べ液体側の主成分含量が少なく,結晶側の主成分
含量が多い液体油脂と結晶画分を混合後濾過圧搾し,結晶画分と液体画分として固
液分離することで,結晶画分における液体成分の残存量を低減した結晶画分の品質
良好な乾式分別法を完成するに至った。」(【0005】)
「(1)G2UとGU2を含有する油脂(A)を晶析・固液分離することにより,G2Uの濃
25 縮された結晶画分(AF)とGU2の濃縮された液体画分(AL)とに分画し,この結晶画
分(AF)をGU2の濃度が液体画分(AL)中の濃度より低い液体のG2U含有油脂(B)と混
合後,結晶画分(BF)と液体画分(BL)に分離することを特徴とする,油脂の乾式分別
方法。
但し,Gは飽和またはトランス酸型脂肪酸残基,Uはシス型不飽和脂肪酸残基で
あって,G2UはG残基が2個,U残基が1個結合したトリグリセリド,GU2はG残
5 基が1個,U残基が2個結合したトリグリセリド。」(【0006】)
(オ) 発明の効果
「G2UとGU2を含有する油脂(A)を晶析・固液分離することにより,G2Uの濃縮
された結晶画分(AF)とGU2の濃縮された液体画分(AL)とに分画し,この結晶画分
(AF)をGU2の濃度が液体画分(AL)中の濃度より低い液体のG2U含有油脂(B)と混合
10 後,結晶画分(BF)と液体画分(BL)に分離することで,結晶画分における液体成
分の残存量を低減することが出来,その結果,ハードバターとして良好な品質の油
脂を得ることが出来た。」(【0007】)
(カ) 発明を実施するための最良の形態
「本発明の油脂(A)は,G2UとGU2を含有する油脂であり,…G2UとGU2を含有
15 する油脂であれば,どのような油脂を用いても良いが,パーム油,シア脂…等の所
謂植物バター,…2位がオレイン酸に富む油脂の1,3位に選択的に飽和脂肪酸を
導入して得たエステル交換反応油…が例示される。」(【0008】)
イ 本件発明 B
本件明細書 B には,以下の記載がある。
20 (ア) 技術分野
「この発明は,油脂,特にハードバターなどのように常温で固状であり,体温付
近で融解する,または液状である油脂に有用な油脂の乾式分別方法に関するもので
ある。」(【0001】)
(イ) 背景技術
25 「油脂分別技術には,溶剤分別法,乾式分別法が一般に知られている。分別技術
とは,融解性状の差を利用して油脂を結晶画分と液体画分に分画する技術であるが,
分別方法によって,結晶画分と液体画分の分画性能に違いが出てくる。」
(【0002】)
「溶剤分別法は,油脂に溶剤(アセトン,ヘキサン,アルコール等)を0.5~
5倍加えて溶解後冷却し,結晶を析出させて分画する方法で結晶画分と液体画分の
5 分画性能は極めて良好であるが,溶剤を使用しているため,その取扱には安全衛生
上,十分な注意が必要であり,設備も大掛かりとなり,また,溶剤を除去するため
コスト高となる問題がある。一方,乾式分別法は,加熱溶融した油脂を冷却して結
晶を析出させ,これを濾過等して液体部と分離する方法で,溶剤を使用しないこと
から安全性,低コストの面で良好であるが,結晶画分と液体画分の分画性能が低い
10 ことが問題となる。」(【0003】)
「特にG2Uを主成分とするハードバターの製造において,それより高融点の成分
を,典型的にはGGG(Gは飽和またはトランス酸型脂肪酸残基),GG-DG(飽和
またはトランス酸型脂肪酸残基を2個有するジグリセリド)を効率良く除去するこ
とが困難であった。ハードバター中のGGG含量の多いものをチョコレートに使用
15 した場合,チョコレートの口溶けが悪くなり,また,ハードバター中の GG-DG含
量の多いものをチョコレートに使用した場合,チョコレートの結晶性(冷却曲線),
テンパリング性に問題が生じる。」(【0004】)
(ウ) 発明が解決しようとする課題
「従来の技術では,乾式分別法の分画性能に満足できない場合,溶剤分別法で良
20 く用いられる,多段階分別の方法を取り入れることで,結晶画分と液体画分の分画
性能は改善されているが,1,3ジ飽和-2不飽和トリグリセリドを多く含む油脂
からトリ飽和グリセリドを分画する方法はまだ解明されておらず,乾式分別法の結
晶画分と液体画分の分画性能は良好とは言えないものであった。」(【0005】)
(エ) 課題を解決するための手段
25 「本発明者は,…1,3ジ飽和-2不飽和トリグリセリドを多く含む結晶画分を
昇温して1,3ジ飽和-2不飽和トリグリセリド成分を融解し,トリ飽和グリセリ
ドを結晶画分として固液分離することで,1,3ジ飽和-2不飽和トリグリセリド
とトリ飽和グリセリドの分画性能の良好な乾式分別法を完成するに至った。」
(【0006】)
「本発明は,G2U及びこれより高融点のグリセリドを含有する,晶析・固液分離
5 して得た結晶画分を,昇温して一部融解し,次いで固液分離することを特徴とする
油脂の乾式分別方法ものである。上記結晶画分がG2U及びGU2を含有する油脂(A)
を晶析・固液分離することにより,G2Uの濃縮された結晶画分(AF)とGU2の濃縮
された液体画分(AL)とに分画して得た結晶画分(AF)であることで,また,G2Uが
1,3-ジ飽和-2-不飽和トリグリセライド,飽和脂肪酸残基の炭素数が16個
10 から22個であり,油脂(A)が植物バター,エステル交換反応油もしくはそれらを
乾式分別して得られた結晶画分,または異性化硬化油脂である油脂の乾式分別方法
を骨子とするものである。但し,Gは飽和またはトランス酸型脂肪酸残基,Uはシ
ス型不飽和脂肪酸残基であって,G2UはG残基が2個,U残基が1個結合したトリ
グリセリド。」(【0007】)
15 (オ) 発明の効果
「以上のように,G2U及びこれより高融点のグリセリドを含有する,晶析・固液
分離して得た結晶画分を,昇温して一部融解することで,経時的な結晶析出がなく,
高融点のグリセリドを結晶側に濃縮して固液分離することで,品質上,作業性にお
いて良好なチョコレート用油脂(ハードバター)を得ることが出来る乾式分別法が
20 得られた。」(【0008】)
(カ) 発明を実施するための最良の形態
「本発明は,溶剤(アセトン,ヘキサン等)を使用せず油脂を分画する乾式分別
法に関する。」(【0009】)
「G2Uを主成分とし,高融点のグリセリドを少量含有する油脂から高融点のグリ
25 セリドを分画する方法としては,溶剤分別法で溶媒に油脂を加温溶解後,冷却して
結晶を析出させて分画する方法が,または,乾式分別法で油脂を加熱完全融解後,
冷却して結晶析出させて分画する方法が考えられる。しかしながら,高融点のグリ
セリドの含有量が主成分の含有量に対して少量の場合,いずれの分別法においても,
高融点のグリセリドを特異的に結晶析出させることは非常に困難であるが,本発明
の主成分を含め油脂を固化したものを昇温して一部融解する方法では,主成分と高
5 融点のグリセリドの持つ液体画分に対する溶解度の差を利用することで容易に高融
点のグリセリド以外を融解させ,主成分中から少量の高融点のグリセリドを分離す
ることが出来る。」(【0011】)
「G2U及びGU2を含有する油脂(A)は,植物バター,エステル交換反応油もしく
はそれらを分別して得られた結晶画分,または異性化硬化油脂のものが好ましい。
10 植物バターとしては,例えば,…シア脂など植物性油脂が挙げられる。上記油脂類
の単独,または混合油脂,あるいはそれらの部分,及び全水添,エステル交換など
を施したG2U及びGU2を含有する油脂(A)をG2Uの結晶化温度よりも低く,GU2の
結晶化温度よりも高い範囲で晶析・固液分離することにより,G2Uの濃縮された結
晶画分(AF)とGU2の濃縮された液体画分(AL)に分画し,得られた結晶画分(AF)を
15 使用する。結晶画分(AP)は溶剤分別で得たものでも良いが,乾式分別で得た結晶画
分 (AF) の 方 が 製 造 設 備 上 , 溶 剤 除 去 不 要 で あ り 簡 単 に 得 る こ と が 出 来 る 。 」
(【0012】)
「結晶画分(AF)は,ハードバターとして使用することが出来るが,G2U及びこ
れより高融点のグリセリド(GGG,及びGG-DG)を含有しており,このGGG,及
20 びGG-DGはハードバターの機能を低下させる傾向がある。そこで,次に結晶画分
を昇温して一部融解することにより,高融点のグリセリドを結晶側に残存濃縮して
固液分離する。」(【0013】)
「固体の融解されていない結晶画分を昇温して一部融解するには,結晶画分を出
来るだけ均一にG2Uを融解するが,それより高融点のグリセリドは融解しない温度
25 に昇温する。」(【0014】)
「結晶画分を昇温して一部融解させることにより,高融点のグリセリドが結晶側
に濃縮し,それを固液分離することで,この高融点のグリセリドを分画することが
出来る。結晶画分中のG2Uが1,3-ジ飽和-2-不飽和トリグリセライド…であ
る場合,SUSとSSS及びSS-DGを従来の乾式分別法,すなわち全部を融解後,冷却,
固化により分画することは非常に困難であった。従来の乾式分別法で,結晶画分を
5 全部融解後,冷却して高融点のグリセリド(SSS)を析出させて固液分離した場合,
SUSが経時的に結晶析出し,液体側に品質の低下,収率の低下,及びフィルタープ
レスによる固液分離が困難となる。」(【0015】)
ウ 以上によれば,本件各発明の技術的意義等については,以下のとおり理解さ
れる。
10 (ア) 本件発明 A について
油脂分別技術のうち,溶剤分別法は,結晶画分と液体画分の分画性能は極めて良
好であり,乾式分別法と比較すると,結晶部における液体成分の残存量は概して低
いものの,溶剤を使用する点で,安全性の確認にコストが高くつくという問題があ
る。他方,従来の乾式分別法においては,溶剤を使用しないことにより,溶剤の使
15 用に伴う安全性及びコストの問題はないものの,油脂を結晶画分と液体画分に分画
する性能において,結晶画分の液体成分の残存量が極めて高く,これを低減するこ
とができなかった。液体成分の残存量はハードバターとして使用する油脂の品質に
大きな影響を与えることから,結晶画分への液体成分の残存量を低減するため,固
液分離する際の圧搾の圧力を高めたり,濾布の種類を換えたりしたものの,従来の
20 技術では残存量の低減には限界があり,乾式分別法の結晶画分の品質は溶剤分別法
と比較して良好とはいえないという課題があった。
本件発明 A は,この課題を解決し,乾式分別法において,結晶画分における液体
成分の残量を低減することができ,その結果,良好な品質の油脂を得ることを可能
とするものである。
25 なお,本件発明 A において晶析・固液分離される油脂(A)には,2位がオレイン
酸に富む油脂の1,3位に選択的に飽和脂肪酸を導入して得たエステル交換反応油
のほか,シア脂等の植物バターを使用することができる。
(イ) 本件発明 B について
油脂分別技術のうち,溶剤分別法は,結晶画分と液体画分の分画性能は極めて良
好であるものの,溶剤を使用する点で,その取扱いには安全衛生上十分な注意が必
5 要であり,設備も大掛かりとなり,また,溶剤を除去するためコスト高となるとい
う問題がある。
他方,乾式分別法は,溶剤を使用しないことから,安全性,低コストの面で良好
であるものの,結晶画分と液体画分の分画性能が低く,特に,G2U を主成分とす
るハードバターの製造において,それより高融点の成分(典型的には GGG,GG-
10 DG)を効率よく除去することが困難であるという問題があった。ハードバター中
の GGG 含量の多いものをチョコレートに使用した場合,チョコレートの口溶けが
悪くなり,また,ハードバター中の GG-DG 含量の多いものをチョコレートに使用
した場合,チョコレートの結晶性やテンパリング性に問題が生じる。
従来の技術では,上記のような問題のある乾式分別法の分画性能に満足できない
15 場合,溶剤分別法でよく用いられる多段階分別の方法を取り入れることで結晶画分
と液体画分の分画性能の改善が図られていたものの,1,3-ジ飽和-2-不飽和
トリグリセリドを多く含む油脂からトリ飽和グリセリドを分画する方法は解明され
ておらず,乾式分別法の結晶画分と液体画分の分画性能は良好とはいえないという
課題があった。
20 本件発明 B は,この課題を解決し,乾式分別法において,G2U 及びこれより高
融点のグリセリドを含有する,晶析・固液分離して得た結晶画分を,昇温して一部
融解し,次いで高融点のグリセリドを結晶側に濃縮して固液分離して結晶側を除去
した液体側を得ることで,品質上,作業性において良好なチョコレート用油脂(ハ
ードバター)を得ることを可能とするものである。
25 なお,本件発明 B において用いられる G2U 及び GU2 を含有する油脂(A)には,
エステル交換反応油のほか,シア脂等の植物バターを使用することができる。また,
結晶画 分 (AF)( なお , 本件 明細 書 B【0012】には「 (AP)」と の記載 もあ るが,
「(AF)」の誤記と認められる。)は溶剤分別で得たものでもよいが,乾式分別で得
たものの方が,製造設備上溶剤の除去が不要であり簡単に得ることができる。
(3) 前提事実(前記第2の2),文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以
5 下の事実が認められる。
ア CBE の規格・販売市場等
(ア) CBE はチョコレートの原料であるココアバターの代用脂であるところ,チョ
コレートに関する国際的な規格は,概ね次のとおりである。(甲39,43,乙3
3,弁論の全趣旨)
10 a EU を中心とするヨーロッパ諸国では,チョコレートへのココアバター以外
の植物性油脂の使用を認めていなかったところ,2000年(平成12年)の EU
指令(DIRECTIVE 2000/36/EC。以下「2000年 EU 指令」という。)により,
ココアバター以外の植物性油脂のうち一定の基準を満たすココアバター代用油脂
(CBE)は,チョコレート製品に添加することができるが,当該添加物は,ココ
15 アバター又は総乾燥ココア固形分の最低含量を低下させることなく,所定の食用物
質の総量控除後の最終製品の5%を超えてはならないことが定められた。上記基準
を満たす CBE にシア脂は含まれるが,FVO が原料として使用するヒマワリ油は含
まれない。
b 他の多くの国では,2003年(平成15年)以降,ココアバターに代えて,
20 CBE をチョコレートの 5%以内であれば使用でき,これには,ヒマワリ油を原料と
して被告が製造する CBE も含まれる(以下「CODEX5%ルール」という。)。
c 日本では,CODEX5%ルールは採用されておらず,別のチョコレート規格が
あり,CBE を 5%以上含むことも許される。
(イ) CBE 販売市場におけるシェア(概況)
25 世界的な CBE 販売市場におけるシェアは,AAK,LC 及び被告がその約8割を
占める。(乙9)
なお,AAK 及び LC は,シアを原料としてシア脂を抽出し,これを原料油脂とし
て,溶剤分別法により SOS パーツを製造している。(弁論の全趣旨)
イ 本件設備の導入に至る経緯及び本件各発明の実施状況等
(ア) 被告は,SOS パーツに関し,CODEX5%ルールの認可及び東南アジアの経済
5 発展等に伴う国際的な CBE の需要増加が見込まれる中,FOJ の生産能力が限界に
達していることから,需要増加に対応するため, FVO に EE 技術を用いた新工場
及び分別を行う新工場を建設し,SOS パーツの増産及び各海外グループ会社に対
する安定供給を行うことを計画し,平成13年10月30日実施に係る経営会議に
おいて,これを承認した。この時点では,新工場の分別設備としては溶剤分別法に
10 よる設備の導入が予定されていた。(甲43,乙11)。
(イ) 原告を含む NT のメンバーは,平成14年2月,被告の技術開発部(KG)部
会での報告において,それまでの ESO の乾式分別技術の開発内容を踏まえたパイ
ロット規模テストによる試作品が,完成品(ESF2)単体の品質のみならず,チョ
コレートテストでも,既存の溶剤分別法による製品と同等以上の品質であることが
15 実証されたこと,主成分 SOS の回収率が●(省略)●と高く,溶剤分別法の場合
の●(省略)●と大差ないレベルに来ていること,SOS 濃度は溶剤分別法では得
られない高レベル品となること,設備の建設費及び比例費共に溶剤分別法による場
合と比較して大幅な低減が可能であることを特徴の1つとして挙げた。なお,同月
の KG 部会では,「新 SOS 製造工場検討状況」として,溶剤分別法を採用した場
20 合の設備的検討の状況の報告もされた。(甲49,56,58,乙10)
(ウ) NT は,同年3月にも,関係者向け説明会において,乾式分別法によって得ら
れる ESF2 は,溶剤分別法による現行製品よりも SOS 濃度が高く,SOO 濃度はや
や高いものの大差ないレベルに低減されていること,高融点成分が少ないのも特徴
であること,チョコレートテストにおいても触感は既存品よりもシャープであり,
25 耐熱性も問題ないこと,比例・加工費では現行の溶剤分別法と比較するとコストダ
ウンとなっていること,設備費についても現行法と比較すると大きく差があること
などを説明した。(甲58,64)
(エ) 被告は,同年4月16日,経営会議において,FVO に建設する工場で実施さ
れる ESO の分別方法につき,溶剤分別法から乾式分別法に変更することなどにつ
いて,承認・了承した。
5 上記経営会議に提出された報告書(乙12)には,本件工場の「生産キャパ」と
して,乾式分別法及び溶剤分別法の生産能力につき,「ESO 処理」が●(省略)
●,「稼働日数」が「300 日」の場合,分別収率及び ESF2 生産量は,乾式分別法
では●(省略)●,溶剤分別法では●(省略)●であること,分別工場の設備投資
額につき,乾式分別法では●(省略)●,溶剤分別法では●(省略)●であること
10 などが記載されている。
また,上記報告書の添付資料である「米国に EE 及びドライ分別新工場を建設し
た場合の採算」と題する書面(甲44)には,分別工場に乾式分別設備を導入した
場合の新工場の投資額及び生産コスト等が具体的に記載されているところ,投資額
については上記報告書と同じ金額が記載されており,生産コストについては,
15 「MT 当り固定費」(固定費)及び「ESF2 比例コスト」(比例費。単位:百万円)
が,乾式分別法では●(省略)●,溶剤分別法では●(省略)●であることが記載
されている。
さらに,上記報告書の付属書面である報告書(甲62)には,「米国に EE 及び
分別新工場を建設した場合の採算」に関する記載があるところ,設備投資額や固定
20 費の予想額等が記載されているほか,「ドライ分別の分別収率は●(省略)●と溶
剤分別に劣るが,ドライ分別による SOS パーツは SOS 濃度が上がるため,CBE へ
の配合比率を落とすことが出来る」といった記載がある。
(以上につき,上記のほか,甲58)
(オ) 同年9月2日,被告の経営会議において,乾式分別法による本件工場の投資
25 額につき,当初計画の●(省略)●から,アメリカベースで算出した積算費用に基
づき,実行予算を●(省略)●とすることが承認された。(乙13)
(カ) 被告は,平成15年1月,本件工場の建設とこれにより被告グループのチョ
コレート用油脂の供給能力が現行の約2倍となること,本件設備に乾式分別法を導
入することなどを公表すると共に,乾式分別法は,従来の製法に比べ,製造時の安
全性が高く,コストも安く済むなどのメリットがあるなどと説明した。(甲70)
5 (キ) 被告は,平成15年3月頃に本件工場の建設に着工し,平成16年2月頃に
完成させ,同年4月頃からこれを稼働させて,SOS パーツの製造を開始した。
本件工場の稼働開始前である平成16年3月20日付け「USEF/DF 工場 運転
結果報告」と題する書面(乙14)において,原告は,本件工場の生産運転の結果
につき,「現行の設備では先の報告の通り細分機の能力が出せない状況にあって●
10 (省略)●運転が概ね限界であるが,この他に結晶化率が不足していることと 2nd
工程(ESO による結晶洗浄と 2nd 圧搾)での結晶回収率が設計に比して低い(両
者含め設計の回収率の8割足らずになっている)こと,および結晶洗浄性能が不十
分な状況が観察された。」,「今後の運転において 2nd 工程での最適化が最も重要
な課題である。」などと報告すると共に,処理量につき,「 ESO 処理,Ton/Day」
15 及び「ESF2 生産,T/D」につき,対設計値でそれぞれ●(省略)●であることな
どを示した。
(ク) 本件設備建設に係る費用の実績は,同年10月20日時点で●(省略)●で
あり,目標実行予算●(省略)●を●(省略)●,平成15年5月30日の経営会
議で報告された見通し額●(省略)●を●(省略)●上回った。(乙15)
20 (ケ) 被告は,平成18年5月11日,同年3月期決算発表において,同期の油脂
部門の概況として,海外グループ会社に関し,「利益面ではチョコレート用油脂工
場の生産効率改善が遅れている米国グループ会社を除き,前期を上回りました。」
と公表した。(甲71の4)
(コ) 被告の経営会議は,同年6月15日付け「FVO/ドライ分別工場 FP 増設
25 投資増額について」と題する承認依頼の書面により,「FVO での SOS 生産につき
ましては,抜本的な改善が必要であり,…05年9月の経営会議にて投資額●(省
略)●の予算につき承認を経て鋭意進めてまいりましたが,投資額が予算をオーバ
ーする見通し」となった,フィルタープレスの増設により生産量増加を図り,供給
不足を補うとして,フィルタープレスの増設と濾板の改善のための投資額●(省略)
●の予算の増枠等が提議されたのに対し,同月20日,これを承認した。(乙16)
5 (サ) 被告は,平成19年1月頃までに本件増設工事を完了したところ,KG 所属
の従業員P7は,被告に対し,同年3月12日付け「FVO 出張報告(DF 工場能力
増工事)」と題する報告書(乙17)において,平成18年9月14日~平成19
年3月11日の間に行われた「DF 工場の増設工事管理,試運転準備および試運転,
性能評価」を目的とする出張につき報告を行った。これには,以下の記載がある。
10 ・出来高につき,設計上は「ESF2 出来高は●(省略)●。…ただし,投資額が
大幅に増額されたことにより,●(省略)●を新たな target とした。品質は SOS
濃度●(省略)●以上。」とされているところ,出来高は「晶析時間 28 時間*晶
析 温 度 83.5degf で 安 定 し た 2 月 2 3 日 以 降 で の 平 均 を 計 算 す る と ● ( 省 略 )
●。」,「コアロス●(省略)●,1st 歩留●(省略)●,2nd 歩留●(省略)●,
15 3rd 歩留●(省略)●とした場合,計算上では28時間晶析で●(省略)●を達成
できることになる。この数字に到達していないのは主に 2nd の歩留が低いためであ
って,試運転前後で●(省略)●から●(省略)●に低下している。」
・品質につき,「ESF2 は晶析が不調だった時期…を除けば,●(省略)●以上
をほぼ達成している。達成していない日は,…原因がハッキリしている。」
20 ・ 添 付 書 類 で あ る 「 Daily Record 」 に は , 「 ESF2 」 の 「 yield 」 及 び
「 ave.quality 」 に つ き , 「 ave.(1/19-1/24) 」 が ● ( 省 略 ) ● 及 び ● ( 省 略 ) ●
( SOS% ) , 「 ave.(2/1-3/7) 」 が ● ( 省 略 ) ● 及 び ● ( 省 略 ) ● ( SOS% ) ,
「ave.(2/23-3/7)」が●(省略)●及び●(省略)●(SOS%)であるとされている。
・添付書類である「MATERIAL BALANCE(1)」の「TARGET」では,「ESF2」
25 に つ き い ず れ も 「 yield ● ( 省 略 ) ● 」 と さ れ て い る 。 ま た , 「 ACTUAL
OPERATION@ave.(1/19-1/24) 」 , 同 「 (2/1-3/7) 」 及 び 同 「 (2/23-3/7) 」 で は ,
「ESF2」の「yield」につき,上記「Daily Record」と同一の数値が示されている。
(シ) 被告は,平成19年5月10日,同年3月期決算発表において,同期の油脂
部門の概況として,海外グループ会社に関し,「利益面でも売上高の増加要因に加
え,米国油脂会社の生産性向上が寄与し大幅に前期を上回りました。」と公表した。
5 (甲71の5)
また,被告は,平成20年5月8日,同年3月期決算発表において,同期の油脂
部門の概況として,海外グループ会社に関し,「前期に引き続きチョコレート用油
脂が好調に推移し,特に欧米の油脂子会社が大幅な増収増益となり業績に貢献しま
した。」と公表した。(甲71の6)
10 ウ FVO 品及び FVO パーツ品について
(ア) 品質面
a チョコレートについては,体温に近い30度~35度において急速に溶ける
ものが,いわゆる口溶けが良く品質が良いものとされ,また,テンパリング(温度
調整による結晶の安定化・均一化)のしやすさもチョコレートの品質に影響を与え
15 る要素とされており,テンパリングのしやすさは原料である CBE に良質な脂が多
く含まれているか否かに影響される。CBE はチョコレートの原料であるところ,
そ の 品 質 に 関 わ る 主 な 指 標 と し て , 固 体 脂 含 量 ( 以 下 「 SFC 」 と い う 。 ) と
Jensen C.C-Tmax(完全溶解した CBE を攪拌しながら冷却し結晶化していく過程
における最大温度。以下「Tmax」という。)がある。SFC は,数値が高いほどそ
20 の温度において溶けにくいことを示し,SFC が30度~35度において高い値から
急に小さくなるものが望ましいとされる。他方,Tmax は,これが低いとテンパリ
ングが取り辛く,高ければ高いほど,良質な脂の割合が多くテンパリングしやすい
とされる。
b 被告従業員P8作成に係る平成29年10月20日付け書面(乙29別紙4)
25 には,次の表が掲載されている。なお,同表中の FOJ 品及び FOS 品はいずれも溶
剤分別品,FVO 品は乾式分別品である。
また,当該書面には,「乾式分別品 FVO 品の課題」として,「高融点成分…増
加により SFC 中高温部が上昇(黄着色部)。チョコレートでは口どけ品質に悪影
響を及ぼす。」,「液油成分…増加により SFC 低温部が低下(緑着色部)。チョ
5 コレートでは噛みだし品質に軟化影響を及ぼす。」,「SS-DG,SSO の上昇によ
り,Jensen Tmax が低下。チョコレート品質では結晶特性に悪影響を及ぼし,テ
ンパリングしづらくなる。」等の記載がある(SS-DG 及び SSO は,いずれも CBE
の結晶化を阻害する物質である。)。なお,上記表に係る比較に使用された FVO
品及び FOS 品の SOS 濃度はいずれも●(省略)●であり,FOJ 品は●(省略)●
10 である。
なお,被告が顧客に提示する規格書(乙34の1)には,ヒマワリ油を用いてい
る 可 能 性 の あ る CBE の SFC に つ い て , 「 30 ℃ 44(Typical) 」 , 「 35 ℃
3(Typical)」と記載されている。
また,被告の品質保証部発行に係る平成15年10月7日付け承認済みの「製品
15 規格書」と題する書面(乙46別紙2)には,「製品規格」欄及び「物性・有害物
質規格」欄のいずれにも,「Tmax29.0℃以上」と記載されている。もっとも,実
際には SOS パーツから CBE を製造する過程で Tmax が●(省略)●下がる傾向に
あることを踏まえ,製造現場では,CBE 製造前の Tmax 値は●(省略)●に設定
する運用がされている。
20 c ●(省略)●と品質との関係
P8作成に係る平成18年1月24日付け研究レポート「SOS パーツ海外生産
フォロー(44)~品質,晶析への●(省略)●の影響確認~」 (乙48の1)は,
「FVO SOS 製造工場では稼働初期に比べ,ESF2(SOS-DF)の DG,SSO が徐
々に増加し,品質低下を招いている。その要因として,●(省略)●が考えられて
いる。また,DG,SSO の多い ESO は晶析での結晶化への影響も懸念される」こ
とから,「FVO 原料…を使用し,…ESO を作製し,●(省略)●の品質,晶析へ
の影響を確認した」結果に関するものである。その結論等として,「●(省略)●,
5 ESO 中の DG,SSS,SSO 量が増加する。これに伴い,ESF2 の品質低下が生じ,
さらに,晶析での結晶化速度遅延も生じる。よって,●(省略)●するべきと考え
る。」,●(省略)●ことで,DG,SSS,SSO 量の生成を抑制することが可能で,
ESF2 での品質向上が期待できる。」,●(省略)●DG,SSS,SSO が多い①は,
SOS 成分の結晶化が遅延する。また,Tmax が低く(C.C.結果),油温が下がるの
10 が遅い(晶析結果)からだらだらと結晶化していると推測され,結晶化率の上昇も
遅くなる傾向にある。」(「①」は,基質配合につき●(省略)●のものを指
す。),「●(省略)●…ESO の DG,SSS,SSO 量が増加する。これに伴い,
ESF2 の品質低下が生じ,さらに,晶析での結晶化速度遅延も起こると推測される。
よって,●(省略)●べきと考える…。」との記載がある。
15 FVO の SOS パーツ製造工程における●(省略)●と製造される SOS パーツの
品質の関係について,●(省略)●最終的に製造される SOS パーツの品質に悪影
響が出るところ,上記研究レポートは,これを確認したものといえる。
また,P8作成に係る平成18年3月29日付け研究レポート「SOS パーツ海
外生産フォロー(48)~品質,晶析への●(省略)●の影響確認(カラムテスト)~」
20 (乙48の2)は, 「現状 FVO SOS 製造工場では●(省略)●が高いため,
ESF2(SOS-DF)の DG,SSO が増加し,品質低下を招いている。また,DG,
SSO の多い ESO は晶析での結晶化への影響も懸念される」ことから,「FVO 使用
原料…を使用し,●(省略)●(現行条件),●(省略)●にてカラム反応により
ESO を作製し,各 ESO 組成の挙動及び晶析への影響を確認した」結果に関するも
25 のである。その結論等として,●(省略)●ESO 中の DG,SSS は減少し,ESF2
の品質が改善すると考える。」,「●(省略)●について検討を進めていく。」,
「●(省略)●,結晶化を遅延するような DG,SSS が減少するため,Tmax は高
くなる。」,「●(省略)●DG,SSS の影響で結晶化が遅延し,Tmax の時間が
遅くなり,結晶化がだらだらと進行していると推測される。」,「●(省略)●…
ESO の DG,SSS,SSO 量が増加する。●(省略)●DG,SSS が減少することが
5 カラム通液反応によっても確認できた。また,C.C.の結果から,晶析における結晶
性も良好になることも推測されたことから,●(省略)●するべきである。」との
記載がある。
これらの研究レポートの内容を踏まえ,FVO では,平成18年頃~平成27年
頃までは,●(省略)●現在に至っている。
10 (以上につき,上記のほか,乙47)
d 同一 SOS 濃度での CBE の品質
平成29年に製造された FVO 品と FOJ 品につき,SOS 濃度を横軸,Tmax を縦
軸にとってグラフ化すると,下表のとおりである。これによれば,同一 SOS 濃度
の CBE における Tmax は,FOJ 品の方が高いことが看取される。
また,平成29年に製造された FVO 品と FOJ 品につき,SOS 濃度を横軸,SOO
濃度を縦軸にとってグラフ化すると,下表のとおりである。SFC に影響を及ぼす成
分として,SOO をはじめとする液体成分及び SS-DG をはじめとする高融点成分が
あるところ,これらが少なければ少ないほど,SFC が低温で高く,高温で低くなる
ため,口溶けの良い良好なチョコレートとなる。
この表によれば,同一 SOS 濃度の製品における SOO 濃度は FOJ 品の方が低い
5 ことが看取される。
さらに,平成29年に製造された FVO 品と FOJ 品につき,SOS 濃度を横軸,
SS-DG 濃度を縦軸にとってグラフ化すると,下表のとおりである。これによれば,
同一 SOS 濃度の製品における SS-DG 濃度は FOJ 品の方が低いことが看取される。
(以上につき,乙46)
(イ) コスト面
a 固定費
5 本件工場の建設費用は,少なくとも●(省略)●である(前記イ(ク))。また,
本件増設工事に係る費用は,●(省略)●である(前記イ(コ))。これらを併せる
と,●(省略)●となる。
b 比例費
平成27年1月28日付け,平成28年4月12日付け及び平成29年4月6日
10 付けの各「G 社製品の比例費試算」と題する書面(甲47,乙35添付資料1)に
よれば,被告グループの各社における SOS パーツの加工費(主に原料を加熱又は
冷却するのに要するエネルギーコストであり,蒸気や電力の代金が大半を占める。)
は,以下のとおりである。
・FVO いずれの年も,●(省略)●
15 ・FOJ ●(省略)●
・FOS いずれの年も,●(省略)●
また,本件設備に係る最終製品の比例費(主に原料コスト,加工賃,副産物処理
費用からなるもの。ただし,この試算では原料コストは一定の値に固定されてい
る。)は,以下のとおりである(ただし,この差には,原料であるヒマワリ油の価
格差等も含まれる。甲57。なお,試算の基礎となる数値がいつの時期のものかは
必ずしも明らかでないが,FVO においては●(省略)●その時期以降のものにつ
5 いては,●(省略)●を比例費の試算に含めるのは適当でない。)。
c 歩留まり
歩留まりについて比較すると,平成15年~平成29年の FOJ パーツ品の歩留
10 まりは最小値●(省略)●(平成16年)~最大値●(省略)●(平成29年),
平均●(省略)●であるのに対し,平成16年~平成29年の FVO パーツ品歩留
まりは,●(省略)●(平成16年)~●(省略)●(平成23年),平均●(省
略)●であり,このうち本件増設工事が完了した平成19年~平成29年の歩留ま
りは,●(省略)●(平成19年)~●(省略)●(平成23年)である。この間
15 の歩留まりの変動状況を見ると,FOJ パーツ品についてはほぼ同一水準ないし微増
傾向にあるのに対し,FVO パーツ品は,全体としては漸増傾向にあるとも見られ
るものの,増減を繰り返しており,平成27年以降はむしろ漸減している。(乙2
9別紙3)
d 採算性
20 被告グループにおいては,「販売限利」により商品品目ごとの収支・採算性の管
理をしているところ,この「販売限利」とは,「売上-①設定比例費-②設定発送
費-③設定容器代」との計算式により算出される(①~③は,被告グループの各会
社において,それぞれ,その時々の相場と過去の実績等を考慮した上,予め設定さ
れた一定の金額であり,変動費に相当する見込額として位置付けられるものであ
る。)。この販売限利を売上高で除した利益率(以下「販売限利率」という。)は,
為替の影響を受けることなく,各商品品目の収支採算性を把握し得る。
5 平成20年~令和元年における FVO 及び FOJ の CBE として販売された SOS パ
ーツに係る各年間平均販売限利率は,次表のとおりである。
FVOから被告グループに販売されたSOSパーツにおける各年間平均販売限利率
は,次表のとおりである。
FVO及びFOJから被告グループ以外に販売されたSOSパーツにおける各年間平
均販売限利率は,次表のとおりである(FVOの販売先は●(省略)●である。な
お,「0.0%」は,販売がなかったことを示す。)。
(以上につき,乙70,弁論の全趣旨)
エ CBE 販売市場の状況等
(ア) CBE 需要量の増加
CBE の 国 際 的 な 需 要 は , 新 興 国 市 場 で の 需 要 増 加 や 2 0 0 0 年 EU 指 令 ,
5 CODEX5%ルールの認可,ココアバターの価格上昇等に伴い,平成12年~平成2
0年まで急激に拡大し,それ以降も,平成28年まで,緩やかな拡大傾向を示して
いる。(甲39,乙36)
(イ) 被告グループの市場シェア
被告グループの市場シェアについて,本件記念誌には,平成13年度の CBE 需
10 要(年間約5万トン)に占める被告グループのシェアは 37%である旨の記載がある
(ただし,上記 CBE 年間需要量は,「Alternatives to Cocoa Butter」(乙36。
以下「LMC レポート」という。)に掲載された数値と異なる。)。
また,LMC レポート及び被告作成の資料によれば,平成19年~平成28年に
おける CBE の国際的な需要量に対する被告グループのシェアは,●(省略)●
15 (平成25年)~●(省略)●(平成28年)の間で増減している。この増減の変
動は,ココアバターの価格上昇によりシェアが上昇し,ココアバターの価格低下に
よりシェアが低下するといった形で,ココアバターの価格変動との関連性がうかが
われる。(乙35,乙36)
さらに,平成29年12月作成に係る「 AAK Profit and Loss」と題する書面
20 (乙9)では,世界の CBE 市場における被告のシェアは約●(省略)●とされて
いる(ただし,これがいつの時期のものであるかは明示されていない。)。
オ 溶剤分別法及び乾式分別法について
有機溶剤であるヘキサン(ノルマルヘキサン,n-ヘキサン)やアセトンは,引火
性が高く爆発性があり,また,身体への暴露により有害な影響を与えることなどか
ら,国内では第2種有機溶剤として,その取扱いについては有機溶剤中毒予防規則,
大気汚染防止法,消防法等による規制が及ぶ。このため,溶剤分別法は,結晶画分
と液体画分の分画性能は極めて良好であり,乾式分別法に比して結晶部における液
体成分の残存量は概して低いという利点を有するものの,溶剤の取扱いには安全衛
5 生上十分な注意を要すると共に,設備も大掛かりとなるため,設備費が高く,また,
冷却や蒸留により多くの電力,エネルギーが必要なため,運転費がかかるという問
題を有する。こうした事情もあって,溶剤分別法については,「好まれない。しか
し,ある種の高品質製品は溶剤分別でしか作れない。」との見方も示されている
(甲76)。
10 他方,乾式分別法のうち,本件各発明にとっての従来技術であるものについては,
結晶画分と液体画分の分画性能は良好とはいえず,その結晶画分の品質は溶剤分別
法に比べて良好とはいえないといった問題があった。また,乾式分別法は,最も持
続可能性の高い方法であり,ほとんどはこれにより処理できるようになったものの,
製品収率が良好でないという問題点もあり,また,シア脂の最高品質品等は乾式分
15 別法では難しく,溶剤分別法が依然として選ばれていることなどが指摘されている
(甲76)。
(上記のほか,甲3,10,32,33,35~38,60,乙6,7,72)
カ 特許料の不納付及び特許権の消滅等
被告は,●(省略)●特許権を維持し,●(省略)●特許料の支払を継続するか
20 否かを判断する取り決めを採用している。
米国特許の管理については,例外として上記ルールの厳密な適用を行っていない
ものの,被告は,平成29年,本件特許権 A2 について特許料を納付しなかったた
め,当該特許権は消滅した。これは,本件発明賞の受賞に関連して遅くとも平成2
9年2月から始まった本件各発明における原告の貢献度等に関する交渉等を契機と
25 して,被告において特許権の維持の必要性に関する検討の結果として行われたもの
である。(甲21~24,弁論の全趣旨)。
また,被告は,令和2年2月時点で,既に特許料の納付期限が到来していた本件
特許権 A3 及び B1 について特許料を納付せず,同年中に納付期限が到来する本件
特許権 A1 及び B3 についても,特許料を納付しない旨の判断をした(弁論の全趣
旨)。
5 (以上につき,甲21~24,乙18,弁論の全趣旨)
(4) 検討
ア 本件各発明は,いずれも,溶剤分別法の持つ安全性及びコストに関する課題
及び液体画分の分画性能が良好とはいえないという従来の乾式分別法の課題を解決
するものとされている(前記(2)ウ)。また,被告は,FVO につき,当初は新工場
10 の分別設備として溶剤分別法によるものを導入予定であったものの,NT の報告等
を踏まえ,分別工場の建設費等の設備投資額や生産コスト,分別収率等につき溶剤
分別法による場合と乾式分別法による場合とを比較の上,本件乾式分別法を導入す
るに至ったものである(前記(3)イ(ア)~(カ))
さらに,本件各発明は,原料油脂として EE 技術により製造されたエステル交換
15 反応油を使用し得るほか,植物バターであるシア脂を使用することもできる(前記
(2)ウ)。したがって,シア脂を原料油脂として使用する被告の競合他社において
も,本件各発明は,技術的には実施可能なものと見られる。
イ 品質面について
(ア) 本件工場は,その稼働開始当初,生産効率等の問題を抱えており(前記(3)イ
20 (キ),(ケ)),平成18年1月頃の分析では,ESF2 の品質低下の要因として,●(省
略)●が指摘された(前記(3)ウ(ア)c)。
こうした分析を受けて,FVO では,●(省略)●こととなった(前記(3)ウ(ア)
c)。また,FVO において,本件増設工事が行われることとなった(前記(3)イ
(コ))。
25 被告は,●(省略)●しているところ,その実施に当たり,●(省略)●ことを
うかがわせる証拠はない。そうすると,被告は,●(省略)●するとの判断に至っ
たことがうかがわれる。
(イ) 本件増設工事等が終了した平成19年3月頃の時点の被告従業員による性能
評価において,FVO パーツ品の SOS 濃度は●(省略)●と報告されているところ,
この点は特段問題視されていない(前記(3)イ(サ))。
5 なお,この際,本件工場の分別収率につき,当初の設計上は●(省略)●とされ
ていたのに対し,この時点では●(省略)●とされており,実際の運用状況を見て
も,週当たりの平均値が●(省略)●であって,●(省略)●には届かなかった
(前記(3)イ(サ))。被告の平成19年3月期決算発表においては「米国油脂会社の
生産性向上」が利益増に貢献した旨の言及があり,平成20年3月期決算発表にお
10 いては「欧米の油脂子会社が大幅な増収増益」となった旨の言及があることから
(前記(3)イ(シ)),本件増設工事が本件工場の生産性向上に一定程度寄与したこと
がうかがわれるが,上記収率の点を踏まえると,当初想定した程度には至っていな
いと見られる。
(ウ) 平成29年10月頃に実施された FVO 品と FOJ 品等の分析によれば, FVO
15 品(SOS 濃度●(省略)●)について,FOJ 品等(SOS 濃度は,FOJ 品は●(省
略)●,FOS 品は●(省略)●)と比較して SFC 及び Tmax のいずれの数値も品
質的に劣ることを示す結果が示され,FVO 品の課題として,「チョコレートでは
口どけの品質に悪影響を及ぼす。」,「チョコレートでは噛みだしの品質に軟化影
響を及ぼす。」,「チョコレート品質では結晶特性に悪影響を及ぼし,テンパリン
20 グしづらくなる。」と指摘されている(前記(3)ウ(ア)b)。
また,平成29年に製造された同一 SOS 濃度の CBE であっても,FVO 品は,
FOJ 品に比して Tmax の値が低く,また,SFC に悪影響を与える不純物(SOO 及
び SS-DG)が多いという実験結果が存在する(前記(3)ウ(ア)d)。これも,FVO 品
は FOJ 品に品質的に劣ることを示す。
25 (エ) 以上のような事情を総合的に評価すると,FVO において生産される SOS パ
ーツは,FOJ 等において溶剤分別法により生産される SOS パーツに比して品質的
に劣るか,少なくともこれと同等以上の品質を有するものとはいえないと見るのが
相当である。
ウ コスト面について
(ア) 本件工場の建設に係る設備投資について,実行予算●(省略)●に対し,実
5 際には●(省略)●の建設費用を要し,本件増設工事に更に●(省略)●の費用を
要したことで,合計●(省略)●を要したこと(前記(3)ウ(イ)a)に加え,被告に
とって,本件工場は本件乾式分別法による設備を導入した初めての事例であるのに
対し,溶剤分別法による設備を設置した事例は既に FOJ 等において存在し,FVO
建設当初における溶剤分別設備に係る投資額の見積もりは本件設備の見積もりに比
10 して比較的正確になされたと考えられること等を踏まえると,本件工場建設に係る
設備投資額が溶剤分別法による設備を導入する場合と比して安価であったとは考え
難く,少なくともその点は不明と見るほかない。
(イ) 比例費については,平成27年~平成29年の FVO 等の各 SOS パーツの加
工費に係る試算結果を比較した場合,FVO は FOJ 等に比して大幅に低額である。
15 また,分別設備に係る最終製品の比例費を見ても,FVO は,●(省略)●FOJ 等
に比して幾分低額である(以上につき,前記(3)ウ(イ)b)。もっとも,具体的な金
額は不明ながら,本件工場の稼働開始から平成26年までは FVO において●(省
略)●ことも考慮に入れる必要がある。
(ウ) 歩留まりについては,当初より乾式分別法による歩留まりが溶剤分別法より
20 も低いことが前提とはされていたものの,本件増設工事を経て更に設計上の分別収
率は●(省略)●に引き下げられ,実際の歩留まりも●(省略)●という状況にあ
る(前記(3)ウ(イ)c)。
(エ) これらの事情を総合的に考慮すると,本件乾式分別法は,必ずしも溶剤分別
法に比してコスト面で明確に有利とはいえない。
25 エ 採算性について
FVO パーツ品の採算性については,販売限利率を見る限り,FVO パーツ品は,
CBE として販売されたもの及び SOS パーツ単体で販売されたもののいずれも,総
じて FOJ パーツ品よりも低い(前記(3)ウ(イ)d)。すなわち,FVO 品は,SOS パ
ーツ製造の比例費を溶剤分別法により製造された FOJ 品に比して抑えられている
にもかかわらず,FOJ 品よりも利益への貢献の程度は低いといえる。
5 なお,販売限利率は,分別方法による利益率の相違等をそれ自体として表すもの
では必ずしもないが,販売限利は,その算出に当たってその時々の相場と過去の実
績等が考慮され,変動費に相当する見込額として位置付けられるものであることな
どに鑑みると,販売限利率に基づき収支採算性を評価することには一定程度の合理
性があると考えられる。
10 オ CBE 販売市場の状況について
CBE の国際的な需要は,平成12年~平成20年にかけて急激に拡大し,それ
以降も,平成28年まで,緩やかな拡大傾向を示しているところ(前記(3)エ(ア)),
被告グループのシェアが本件工場の稼働によって増大したことを裏付けるに足りる
客観的な資料はない。むしろ,平成19年~平成28年における被告グループのシ
15 ェアは●(省略)●で増減していると見られると共に,この変動はココアバターと
の価格変動との関連性がうかがわれる(前記(3)エ(イ))。これを見る限り,本件各
発明の実施は,被告による競合他社からのシェア奪取にはつながっていないと考え
られる。
また,被告との合計で CBE 市場の約8割のシェアを占める AKK 及び LC は,
20 CBE 製造にあたり,いずれもシア脂から SOS パーツを製造・精製する工程におい
て,溶剤分別法によっている。本件各発明はシア脂を原料とする分別にも利用でき
るとされているものの,実際には,各設備の規模等のほか,本件工場の稼働による
被告のシェア増大といった事情もないことをも踏まえれば,競合他社にとって,多
額の設備投資を行って本件乾式分別法による設備を導入するメリットは乏しいと思
25 われ,本件各特許権の存在いかんにかかわりなく本件乾式分別法による設備の導入
は容易ではないと考えられるのであって,本件各特許権の存在が競合他社による本
件各発明の実施を回避させているとまではいえない。
このことは,原告との係争が表面化した後とはいえ,被告が特許料不納付により
本件各特許権を消滅させ,又はその方向で対応する旨の判断を示していることとも
平仄が合うといえる。
5 なお,油脂分別技術の開発の方向性としては,安全性及びコスト面での問題を抱
える溶剤分別法から,最も持続可能性の高い方法とされる乾式分別法に向かうとし
ても,現状においては乾式分別法もなお問題点を抱えており,溶剤分別法も依然と
して選ばれる場面があるとされていることなどに鑑みると,少なくとも本件各特許
権の存続期間においては,油脂分別法として溶剤分別法と乾式分別法はなお選択的
10 な関係にあるものと見るべきであって,その意味で,溶剤分別法は本件各発明の代
替技術として位置付けられる。
カ 小括
以上の事情を総合的に考慮すると,本件において,本件各特許権に係る通常実施
権の実施によって得られる利益の額を超えて被告が利益を得たと認めるに足りる証
15 拠はないというべきである。すなわち,被告は,本件各特許権により独占の利益を
得たとはいえない。
キ 原告の主張について
原告は,被告が本件各特許権により独占の利益を得ているとして,縷々主張する。
しかし,FVO パーツ品及び FVO 品の品質については,原告は主にパイロットレ
20 ベルでの乾式分別法による SOS パーツの数値を根拠とするにとどまり,また,実
際に本件設備を用いて製造した FVO パーツ品を用いた分析結果等の信用性につき
疑義を抱くべき事情は見当たらない。また,コスト及び採算性については,前記の
とおりである。
さらに,溶剤分別法に係る各種規制の存在も,溶剤分別法による設備の導入の障
25 害になり得るものではあっても,その新設が不可能ないし著しく困難であるとまで
見るべき事情はない。このため,前記のとおり,油脂分別法として溶剤分別法はな
お乾式分別法の代替技術といえる。
本件発明賞や本件経営賞の受賞等も,FVO における本件乾式分別法による設備
の導入に対する肯定的な評価を裏付けるものではあるものの,必ずしも被告に独占
の利益が生じたことを前提とするものではない。
5 被告の有価証券報告書に FVO から被告への特許料支払が記載されていること
(甲74)についても,その支払が本件各特許権の実施に係るものであるかが明ら
かではない上,本件各特許権の特許権者が被告であること,グループ会社とはいえ
被告と FVO とは法人格を異にすることなどに鑑みると,これをもって,被告に本
件各特許権による独占の利益が生じていることを示すものとは必ずしも見られない。
10 その他原告が縷々指摘する事情を踏まえても,この点に関する原告の主張は採用
できない。
2 まとめ
以上によれば,被告規程に基づく対価の額(本件発明賞による貢献報奨金名目の
45万円)は,本件各発明いずれにおいても,昭和34年法35条4項に従って定
15 められる対価の額に満たないということはできないから,原告は,被告に対し,同
法3項に基づく相当対価請求権を有しない。
第5 結論
よって,原告の請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとして,主文
のとおり判決する。
20 大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官
杉 浦 正 樹
裁判官
杉 浦 一 輝
10 裁判官
布 目 真 利 子
最新の判決一覧に戻る