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令和3(行コ)10003手続却下処分取消請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和4年2月24日
事件種別 民事
法令 特許権
キーワード 審決1回
主文 1 本件控訴を棄却する。25
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
事件の概要 1 本件は,「千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約」10 (特許協力条約,PCT)に基づく外国語でされた国際特許出願の出願人であり, 特許法(以下「法」という。)184条の4第1項所定の期間(国内書面提出期 間)内に同第3項所定の明細書及び請求の範囲の日本語による翻訳文(明細書 等翻訳文)を提出しなかったことにより当該国際特許出願を取り下げられたと みなされた者である控訴人が,被控訴人に対し,同第4項所定の「正当な理由」15 があるにもかかわらず,同項に基づく明細書等翻訳文の提出手続を却下した特 許庁長官の処分が違法であると主張して,当該処分の取消しを求める事案であ る。 原判決が控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。

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判決文

令和4年2月24日判決言渡
令和3年(行コ)第10003号 手続却下処分取消請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所 令和2年(行ウ)第316号)
口頭弁論終結日 令和4年1月27日
5 判 決
控 訴 人 オプティパルス インコーポレイテッド
10 同訴訟代理人弁護士 岡 田 春 夫
同 瓜 生 嘉 子
同 熊 谷 仁 孝
同補佐人弁理士 大 崎 勝 真
同 井 原 光 雅
被 控 訴 人 国
処 分 行 政 庁 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 井 坂 直 子
20 同 林 智 彦
同 大 江 摩 弥 子
同 加 茂 絢 弓
同 尾 崎 友 美
主 文
25 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
5 1 原判決を取り消す。
2 特許庁長官が令和元年6月3日付けで控訴人に対してした,特願2018-
540682号についての平成30年4月24日付け提出の国内書面に係る手
続却下の処分を取り消す。
第2 事案の概要(以下,略称は,特に断りのない限り原判決に従う。)
10 1 本件は,「千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約」
(特許協力条約,PCT)に基づく外国語でされた国際特許出願の出願人であり,
特許法(以下「法」という。)184条の4第1項所定の期間(国内書面提出期
間)内に同第3項所定の明細書及び請求の範囲の日本語による翻訳文(明細書
等翻訳文)を提出しなかったことにより当該国際特許出願を取り下げられたと
15 みなされた者である控訴人が,被控訴人に対し,同第4項所定の「正当な理由」
があるにもかかわらず,同項に基づく明細書等翻訳文の提出手続を却下した特
許庁長官の処分が違法であると主張して,当該処分の取消しを求める事案であ
る。
原判決が控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。
20 2 前提事実
前提事実は,原判決の「事実及び理由」の第2の1(原判決2頁19行目か
ら4頁6行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
争点及び争点に関する当事者の主張は,後記4のとおり,当審における当事
25 者の補充主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の2(原判
決4頁8行目から11頁19行目まで)に記載のとおりであるから,これを引
用する。
4 当審における補充主張
〔控訴人の主張〕
⑴ 法184条の4第4項の解釈について
5 法184条の4第4項は,国際調和の目的から新設されたもので,特許法
条約(Patent Law Treaty/PLT)が定める「Due Care」(いわゆる「相当な
注意」)基準を採用した。そして,同じく「Due Care」基準を採用していた
欧州特許庁(European Patent Office/EPO)は,期間徒過の原因が人為的ミ
スによるものである場合に,期限管理システムが通常の状態で有効に機能し
10 ているのであれば,人は間違えることもあるのだからそれは救済するという
立場をとり,期間徒過の救済に関して多くの審決例を蓄積し,このような
EPO の立場は,国際的なデファクトスタンダードとなっていた。そのため,
法184条の4第4項の「正当な理由」の解釈は,EPO の立場に近づける方
向で緩やかにすべきである。
15 ⑵ 相当な注意を尽くしていたか否かについて
ア 期限管理システムの機能に関し
控訴人から本件国際出願についての各国への国内移行手続を受任した
本件代理人事務所では,パラリーガルがクライアントに期限を示すレター
を送る前に担当弁護士にレビューと確認を求めるダブルチェック体制が
20 とられていた。実際,本件代理人事務所から控訴人に平成29年(201
7年)11月14日に送られた最初の期限通知のメール(甲16)には正
しい期限が記載され,本件担当弁護士のダブルチェックが行われた。
日本について国内移行手続の期限が誤って記載されており,控訴人が日
本における国内移行手続の期限を徒過する原因となった本件メール(平成
25 30年(2018年)1月3日に本件担当パラリーガルから控訴人に送付
された。甲21)についても,本件担当パラリーガルは,その文案である
本件メール案を本件担当弁護士に送付してレビューと確認を求めており,
結果的に期限の誤りの見落としは生じたが,ダブルチェック体制自体は有
効に機能していた。
イ 偶発性・予見性に関し
5 本件代理人事務所では,国際出願の出願人に,国内移行手続の期限とし
て,国・地域にかかわらず,国内移行手続の期間が30か月である場合の
期限を報告するのが標準の実務であり,また,費用見積りは,クライアン
トから要望があった場合に行う手続であり,必ず行う手続ではなかった。
しかし,本件担当弁護士は,控訴人の利益のため,費用の発生をできる限
10 り遅らせるように,費用見積りを,国内移行手続の期間が30か月の国と
31か月の国に分けて用意することとし,本件担当弁護士の方で控訴人の
興味があるであろう国を拾い出し,各国の事務所に予め見積り依頼をする
という例外的な対応をとった。このため,本件担当パラリーガルが各国の
事務所から費用見積りをとるというプロセスが偶発に発生し,そのうち,
15 平成29年(2017年)12月5日に日本の特許事務所に見積りを問い
合わせた際に,本件担当パラリーガルは,日本の移行手続の期間が30か
月であることを確かめたが,30か月に対応する日付の計算を誤り,見積
りを問い合わせるメール(甲19の英文2頁目)に国内移行手続の期限と
して誤った期限を記載してしまった。この誤った期限は,本件担当パラリ
20 ーガルから本件担当弁護士に送られた本件メール案(甲20)に記載され
た期限と費用の一覧表(本件一覧表)にそのまま転記された。本件担当弁
護士は,本件一覧表と,本件担当パラリーガルと各国の特許事務所との間
の見積りをめぐる一連のメールの期限及び費用とが一致するかどうかを
確認し,日本の特許事務所からの回答のメールには期限の誤りの指摘がな
25 かったため,誤りを発見できなかった。この誤りが,平成30年(201
8年)1月3日に本件担当パラリーガルが控訴人に送付した本件メール
(甲21)に引き継がれてしまった。見積りの問い合わせは,クライアン
トに期限を知らせるプロセスではないため,その性質上,本件代理人事務
所のダブルチェック体制の範囲外にあって,本件担当弁護士のチェックが
求められない過程であり,また,あくまでも費用を問い合わせるのが目的
5 であるから,手続期限の情報は,必須の情報ではなかった。
このように,控訴人の利益のための極めて例外的な取扱いにより費用見
積りの過程が発生し,この過程は本件代理人事務所のダブルチェック体制
の範囲外で,なおかつ性質上期限を記載する必要がなかったところ,この
過程において,誤った期限が費用見積りの問い合わせメールに偶然記載さ
10 れてしまい,それにより,本件メールに誤った期限が記載されたものであ
り,本件メールの期限の記載の誤りは,偶発的に生じた予期し難いもので
あった。
本件代理人事務所では,ダブルチェック体制と,期限のある手続につい
て複数回の督促を行うという運用が行われており,このような場合,最初
15 の期限通知において注意深くダブルチェックが行われ,そこで特段の問題
が生じなかったのであれば,その後の期限通知の際には最初の期限通知の
際と同水準の注意深いチェックは必要とされない。本件においては,平成
29年(2017年)11月14日の最初の期限通知のメールにおいて注
意深くチェックが行われ,何らの問題も生じなかったから,その後は,そ
20 れと同水準の注意深いチェックは必要とされないというべきである。
なお,平成30年(2018年)1月3日に控訴人へ本件メールが送ら
れた後に控訴人に送られた督促メールは,本件メールと同じ内容のもので
あることが予定されているから,本件担当弁護士には,その都度内容をチ
ェックすることが求められるものではない。
25 ウ 相当な理由の有無に関し
前記ア,イによれば,本件担当パラリーガルが控訴人に送付した本件メ
ールに,日本の国内移行手続の期限として誤った記載がされたのは,本件
代理人事務所においてダブルチェック体制による期限管理システムが有
効に機能していたにもかかわらず,偶発的でかつ予期し得ない人為的ミス
が重なって生じたものであり,偶発的に生じた予期し難いものであった。
5 法184条の4第4項の「正当な理由」の解釈は,期限管理システムが
通常の状態で有効に機能しているのであれば,人は間違えることもあるの
だからそれは救済するという立場に近づける方向で緩やかにすべきである
から,本件においては,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観
的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなか
10 ったものであり,法184条の4第4項の「正当な理由」がある。
⑶ 特段の事情について
前記⑵ア,イによれば,本件担当パラリーガルが控訴人に送付した本件メ
ールに,日本の国内移行手続の期限として誤った記載がされたのは,本件代
理人事務所においてダブルチェック体制による期限管理システムが有効に機
15 能していたにもかかわらず,偶発的でかつ予期し得ない人為的ミスが重なっ
たことによるものであり,偶発的に生じた予期し難いものであった。したが
って,本件について,仮に,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客
観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなか
ったといえないとしても,特段の事情があり,法184条の4第4項の「正
20 当な理由」がある。
〔被控訴人の主張〕
控訴人の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所の判断は,後記2のとおり当審における補充主張に対する判断を付
25 加するほかは,原判決「事実及び理由」第3の1及び2(原判決11頁21行
目から17頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における補充主張に対する判断
⑴ 法184条の4第4項の解釈について
法184条の4第4項は,外国語特許出願の翻訳文の提出について,手続
期間を遵守しなかったことによって出願又は特許に係る権利の喪失を引き起
5 こしたときの権利の回復について定めた特許法条約(PLT)12条に整合し
た救済手続を導入するために,平成23年の特許法改正により新設されたも
のであり,こうした規定新設の経緯からすると,外国語特許出願人について,
期限の徒過があった場合でも,柔軟な救済を図ることを目的としたものであ
ると解される。しかし,他方で,①特許協力条約(PCT)に基づく国際特許
10 出願の制度は,国内書面提出期間内に翻訳文を提出することによって,我が
国において,当該外国語特許出願が国際出願日にされた特許出願とみなされ
るというものであるから,同制度を利用しようとする外国語特許出願の出願
人には,自己責任の下で,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出する
ことが求められる。また,②取り下げられたものとみなされた国際特許出願
15 に係る権利の回復を無制限に認めると,国内書面提出期間経過後も,当該国
際特許出願が取り下げられたものとみなされたか否かについて,第三者に過
大な監視負担をかけることになる。そうすると,法184条の4第4項にい
う「正当な理由があるとき」とは,特段の事情がない限り,国際特許出願を
行う出願人が相当の注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内
20 書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいう
ものと解すべきである。控訴人は,法184条の4第4項の「正当な理由」
の解釈は,期限管理システムが通常の状態で有効に機能しているのであれば,
人は間違えることもあるのだからそれは救済するという立場に近づける方向
で緩やかにすべきであると主張するが,その解釈に当たって上記①,②の点
25 も考慮しなければならないことからすると,
「正当な理由」の解釈を一概に緩
やかにすべきであるということはできず,控訴人の上記主張は,採用するこ
とができない。
⑵ 相当な注意を尽くしていたか否かについて
控訴人は,本件担当パラリーガルが控訴人に送付した本件メールに,日本
の国内移行手続の期限として誤った記載がされたのは,本件代理人事務所に
5 おいてダブルチェック体制による期限管理システムが有効に機能していたに
もかかわらず,偶発的でかつ予期し得ない人為的ミスが重なって生じたもの
であり,偶発的に生じた予期し難いものであったとした上で,法184条の
4第4項の「正当な理由」の解釈を控訴人主張のとおりに緩やかにすれば,
本件においては,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて
10 国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったもので
あり,法184条の4第4項の「正当な理由」があると主張する。
しかし,法184条の4第4項の「正当な理由」の解釈を控訴人主張のと
おりに緩やかにすることができないことは,前記⑴に述べたとおりである。
また,本件代理人事務所では,国際出願の出願人に,国内移行手続の期限と
15 して,国・地域にかかわらず,国内移行手続の期間が30か月である場合の
期限を報告するのが標準の実務であり,また,費用見積りは,クライアント
から要望があった場合に行う手続であった(甲23和訳3~4頁) そうする

と,費用見積りを,クライアントの要望がないにもかかわらず,本件担当弁
護士が選択した国について,国内移行手続の期間が30か月の国と31か月
20 の国に分けて用意し,それに伴って国内移行手続の期限も,国内移行手続の
期間が30か月の国と31か月の国に分けて表示するというのであれば,そ
れは通常の取扱いと異なるのであるから,通常の取扱いと異なる部分につい
て,誤りが生じないように,通常の取扱い以上にチェックすることが必要と
なるというべきである。そして,本件の取扱いにおいては,国内移行手続の
25 期限を,国内移行手続の期間が30か月の国と31か月の国に分けて表示す
るという点が,同期間が30か月である場合の期限のみを報告するという通
常の場合と異なっており,同期限は,国際特許出願の出願人であるクライア
ントの権利の得喪に非常に重要な意味を有するから,通常と異なる取扱いを
する以上は,同期限の表示の誤りの有無は,入念に点検すべきであるといえ
る。そして,本件メール案には,国内移行手続の期限及び同手続に要する費
5 用の見積額が記入された一覧表(本件一覧表)が記載され,国によって異な
る期限が表示されていたのであるから,これらの国ごとの期限に誤りがない
かを点検すべきであり,これをすることは容易にできたものと認められる。
しかしながら,本件一覧表に示された期限が正しいかどうかについてダブル
チェック等により入念な点検が行われたことはうかがわれない。
10 本件一覧表に記載されていたのと同じ誤った期限は,本件担当パラリーガ
ルが日本の特許事務所に送付した,見積額を問い合わせるメール(甲19の
英文2頁目)にも表示されていたが,それは,本文の上の「Re:」という欄に
表示されていたにとどまり,そのメールの本文の問い合わせ事項に含まれて
いたものではなかった。そのため,これに返信した日本の特許事務所がこの
15 表示の誤りを指摘しなかったとしても,日本の特許事務所がその表示に誤り
がないことを確認したと考えることは必ずしもできないようなものであった。
そうすると,上記メールに対する日本の特許事務所の返信メールに誤りの指
摘がなかったことをもって,その表示が正しいことについて確認がされたと
認めることはできない。
20 したがって,控訴人は,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観
的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかっ
たものであるとは認められず,法184条の4第4項の「正当な理由」があ
るとは認められない。
⑶ 特段の事情について
25 本件の事実経過に鑑みれば,法184条の4第4項の「正当な理由」があ
ったとすべき特段の事情があるとも認められない。
3 結論
以上によれば,控訴人の請求は理由がなく,控訴人の請求を棄却した原判決
は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することし,主文のとおり判決
する。
5 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
10 東 海 林 保
裁判官
15 上 田 卓 哉
裁判官
20 中 平 健

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