令和3(行ケ)10150審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
令和4年8月23日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告内海造船株式会社 被告三菱造船株式会社
|
対象物 |
船舶 |
法令 |
特許権
|
キーワード |
審決143回 無効44回 実施13回 無効審判11回 訂正審判7回 刊行物3回 特許権2回 新規性2回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。20 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 設定登録
三菱重工業株式会社(以下「承継前会社」)は、平成22年12月18日を
出願日とする特願2010-282471号の一部を新たな出願として、平
成25年4月30日、発明の名称を「船舶」とする特許出願(特願2013
-95949号)をし、平成26年5月9日、特許権の設定の登録を受けた5
(特許第5536254号、請求項の数は8、甲32。特許の請求項の数、
特許請求の範囲の記載は、その後訂正等により変わったが、以下、訂正等の
前後を通じて、「本件特許」といい、その特許権を「本件特許権」という。)。
⑵ 最初の訂正審判
承継前会社は、平成27年8月17日付けで、特許請求の範囲について訂10
正を求める訂正審判の請求をし(訂正2015-390092号)、同年10
月6日付けで手続補正をした(甲9。以下、手続補正後の訂正審判の請求に
係る訂正を「前件訂正1」という。)。
特許庁は、平成27年10月13日、前件訂正1を認める旨の審決をした |
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判決文
令和4年8月23日判決言渡
令和3年(行ケ)第10150号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和4年5月19日
判 決
原 告 内 海 造 船 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 鎌 田 邦 彦
同 福 本 洋 一
10 同 坂 根 大 亮
同訴訟代理人弁理士 松 阪 正 弘
被 告 三 菱 造 船 株 式 会 社
15 同訴訟代理人弁護士 大 野 聖 二
同 木 村 広 行
同訴訟代理人弁理士 酒 谷 誠 一
主 文
1 原告の請求を棄却する。
20 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2017-800086号事件について令和3年10月26
日にした審決を取り消す。
25 第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 設定登録
三菱重工業株式会社(以下「承継前会社」)は、平成22年12月18日を
出願日とする特願2010-282471号の一部を新たな出願として、平
成25年4月30日、発明の名称を「船舶」とする特許出願(特願2013
5 -95949号)をし、平成26年5月9日、特許権の設定の登録を受けた
(特許第5536254号、請求項の数は8、甲32。特許の請求項の数、
特許請求の範囲の記載は、その後訂正等により変わったが、以下、訂正等の
前後を通じて、「本件特許」といい、その特許権を「本件特許権」という。。
)
⑵ 最初の訂正審判
10 承継前会社は、平成27年8月17日付けで、特許請求の範囲について訂
正を求める訂正審判の請求をし(訂正2015-390092号) 同年10
、
月6日付けで手続補正をした(甲9。以下、手続補正後の訂正審判の請求に
係る訂正を「前件訂正1」という。。
)
特許庁は、平成27年10月13日、前件訂正1を認める旨の審決をした
15 (甲28の1)。
⑶ 二度目の訂正審判
承継前会社は、平成29年6月2日、特許請求の範囲について訂正を求め
る訂正審判の請求をした(訂正2017-390042号。以下、この訂正
審判請求に係る訂正を「前件訂正2」という。。
)
20 特許庁は、平成29年7月25日、前件訂正2を認める旨の審決をし(甲
28の2)、同審決は同年8月3日に確定した(甲28の3)。
⑷ 最初の無効審判、訂正請求及び審決
原告は、平成29年7月4日、本件特許につき特許庁に無効審判(無効2
017-800086号)を請求した(甲34)。
25 被告は、平成30年3月20日、承継前会社から一般承継により本件特許
権の移転を受けた(甲33)。
被告は、平成30年11月26日付けで本件特許の特許請求の範囲につき
訂正請求した(以下「前件訂正請求3」といい、前件訂正請求3に係る訂正
を「前件訂正3」という。前件訂正3後の請求項の数は9である。甲45)。
特許庁は、平成31年4月23日、結論を「特許第5536254号の特
5 許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正
後の請求項〔1-5、7、8〕、6、9について訂正することを認める。本件
審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決
(以下「前件審決」という。)をした(甲48)。
⑸ 前件審決に対する審決取消訴訟及び判決
10 原告は、令和元年6月5日、前件審決の取消しを求めて、知的財産高等裁
判所(以下「知財高裁」という。)に審決取消訴訟(令和元年(行ケ)第10
079号)を提起した。
知財高裁は、令和2年7月2日、
「特許庁が無効2017-800086号
事件について平成31年4月23日にした審決のうち、特許第553625
15 4号の請求項1から8に係る部分を取り消す。原告のその余の請求を棄却す
る。」旨の判決(以下「前件判決」という。)をし(甲31)、前件判決は確定
した。
⑹ 前件判決後の無効審判の再開及び訂正請求
前件判決後に再開した無効審判において、被告は、令和2年10月15日
20 付け訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)を行った(甲30)。
特許庁は、令和3年10月26日、結論を「特許第5536254号の特
許請求の範囲を令和2年10月15日付け訂正請求書に添付された訂正特許
請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5、7、8〕、6について訂正す
ることを認める。特許第5536254号の請求項1から8に係る発明につ
25 いての本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」と
いう。)をし、その謄本は、令和3年11月9日、原告に送達された。
⑺ 本件訴訟の提起
原告は、令和3年12月2日、本件審決の取消しを求めて、知財高裁に本
件訴訟を提起した。
2 本件訂正の内容等
5 ⑴ 本件訂正の対象となった特許請求の範囲等
本件訂正請求(前記1⑹)に伴い、前件訂正請求3(平成30年11月2
6日付け訂正請求、前記1⑷)のうち、請求項1ないし8に対して請求され
た訂正請求は、特許法(以下、「法」という。)134条の2第6項の規定に
より、取り下げられたものとみなされた。そのため、本件訂正請求は、前件
10 訂正2(平成29年8月3日に確定した訂正審判である訂正2017-39
0042号による。前記1⑶)により訂正された、本件訂正前の一群の請求
項〔1-8〕に対して請求されたものである。
また、本件訂正は、訂正後の請求項6について引用関係の解消を目的とす
る訂正であるから、請求項6を、請求項1ないし5、7及び8とは別途訂正
15 することを求めるものであった。
⑵ 本件訂正の内容
本件訂正の内容は、次のとおりである(本件審決第2の1〔本件審決5~
6頁〕。
)
ア 訂正事項1(請求項1に係る訂正)
20 (ア) 訂正事項1-1
特許請求の範囲の請求項1に、
「前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋」とあ
るのを、
「前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋(ただ
25 し、タンクを除く。」に訂正する。
)
請求項1の記載を引用する請求項2ないし5、7ないし8も同様に訂正
する。
(イ) 訂正事項1-2
特許請求の範囲の請求項1に、
「前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面してその下
5 方に設けられ、」とあるのを、
「前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面してその下
方に設けられ、前記部屋の高さ方向にわたって形成され、」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2ないし5、7ないし8も同様に訂正
する。
10 (ウ) 訂正事項1-3
特許請求の範囲の請求項1に、
「前記機関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画されていない」とあるの
を、
「前記隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの
15 前記部屋は、いずれも縦通隔壁で区画されていない」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2ないし5、7ないし8も同様に訂正
する。
イ 訂正事項2(請求項6に係る訂正)
特許請求の範囲の請求項6に、
20 「前記浸水防止部屋は、前記隔壁の前記船体の後方の前記部屋側に設けら
れることを特徴とする請求項1または2に記載の船舶。」とあるのを、
「船外に面する左右の側壁を有する船体と、
該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の
部屋と、
25 前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋(ただし、
タンクを除く。)と、
を備え、
前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合される仕切板
により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面すると共に、
前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面してその下方
5 に設けられ、前記部屋の高さ方向にわたって形成され、
前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋に設けられ、
前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間
であり前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水し、
前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われた前記隔壁は、前記機関区域の
10 2つの前記部屋を推進方向の前後に区画し、
前記隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの
前記部屋は、いずれも縦通隔壁で区画されず、
前記浸水防止部屋は、前記隔壁の前記船体の後方の前記部屋側に設けら
れることを特徴とする船舶。」に訂正する。
15 ⑶ 本件訂正後の特許請求の範囲
本件訂正後の特許請求の範囲は次のとおりである(各請求項記載の発明は、
請求項の番号に対応して「本件発明1」などといい、本件発明1~9を併せ
て「本件発明」という。本件審決第3〔本件審決11~13頁〕。
)
ア 請求項1(本件発明1)
20 船外に面する左右の側壁を有する船体と、
該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部
屋と、
前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋(ただし、
タンクを除く。)と、
25 を備え、
前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合される仕切板
により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面すると共に、
前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面してその下方
に設けられ、前記部屋の高さ方向にわたって形成され、
前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋に設けられ、
5 前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間
であり前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水し、
前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われた前記隔壁は、前記機関区域の
2つの前記部屋を推進方向の前後に区画し、
前記隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの前
10 記部屋は、いずれも縦通隔壁で区画されていないことを特徴とする船舶。
イ 請求項2(本件発明2)
前記浸水防止部屋は、前記左側の側壁と前記隔壁に接する左方浸水防止
部屋と、前記右側の側壁と前記隔壁に接する右方浸水防止部屋とを有する
ことを特徴とする請求項1に記載の船舶。
15 ウ 請求項3(本件発明3)
前記浸水防止部屋は、前記隔壁を挟んで前後の前記部屋側にそれぞれ設
けられることを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載の船
舶。
エ 請求項4(本件発明4)
20 前記浸水防止部屋は、前記複数の部屋より容積が小さく、且つ、満載喫
水線での幅が前記船体の幅の1/10以上に設定されることを特徴とす
る請求項1から3のいずれか一つに記載の船舶。
オ 請求項5(本件発明5)
前記浸水防止部屋は、前記複数の部屋より容積が小さく、且つ、前記満
25 載喫水線での前後長さが前記船体の全長の3/100以上に設定される
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一つに記載の船舶。
カ 請求項6(本件発明6)
船外に面する左右の側壁を有する船体と、
該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部
屋と、
5 前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止部屋(ただし、
タンクを除く。)と、
を備え、
前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合される仕切板
により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面すると共に、
10 前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面してその下方
に設けられ、前記部屋の高さ方向にわたって形成され、
前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋に設けられ、
前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間で
あり前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水し、
15 前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われた前記隔壁は、前記機関区域の
2つの前記部屋を推進方向の前後に区画し、
前記隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの前
記部屋は、いずれも縦通隔壁で区画されず、
前記浸水防止部屋は、前記隔壁の前記船体の後方の前記部屋側に設けら
20 れることを特徴とする船舶。
キ 請求項7(本件発明7)
前記浸水防止部屋は、4辺の壁に囲まれていることを特徴とする請求項
1から3のいずれか一つに記載の船舶。
ク 請求項8(本件発明8)
25 前記浸水防止部屋は、前記ショアランプが設けられる甲板と船底との間
に設けられる車両搭載甲板より後方に設けられることを特徴とする請求
項1から3のいずれか一つに記載の船舶。
ケ 請求項9(本件発明9)
船外に面する左右の側壁を有する船体と、
該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部
5 屋と、
を備え、
前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合される仕切板
により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面すると共に、
前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面してその下方
10 に設けられ、前記部屋の高さ方向にわたって形成され、
前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋に設けられ、
前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間で
あり前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水し、
前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われた前記隔壁は、前記機関区域の
15 2つの前記部屋を推進方向の前後に区画し、
前記隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの前
記部屋は、いずれも縦通隔壁で区画されず、
前記浸水防止部屋は、前記左側の側壁と前記隔壁に接する左方浸水防止
部屋と、前記右側の側壁と前記隔壁に接する右方浸水防止部屋とを有し、
20 前記浸水防止部屋は、前記隔壁の前記船体の後方の前記部屋側に設けら
れ、二つの前記浸水防止部屋が上下2段に並んで配置されていることを特
徴とする船舶。
3 本件審決による判断の対象とされた無効理由
前件判決後に再開した無効審判において審理され、本件審決の判断の対象と
25 された無効理由は、次のとおりである(本件審決第4の1〔本件審決14~1
5頁〕。
)
⑴ 無効理由1(新規事項追加)
前件訂正1(前記1⑵)によりされた訂正は、願書に添付した明細書、特
許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内ではなく、法126条5項の
規定に違反するものであり、その特許は法123条1項8号により、無効と
5 すべきである。
⑵ 無効理由2-1(甲3の1を主引用例とする新規性喪失、容易想到性)
本件発明1、4、5、7及び8は、本件特許の出願前に電気通信回線を通
じて公衆に利用可能となった甲3の1に記載された発明(以下「甲3発明」
という。)であるから、法29条1項3号の規定に該当し、それらについての
10 特許は法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
本件発明2、3及び6は、本件特許の出願前に、日本国内において頒布さ
れた刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能とな
った発明である甲3発明、甲4及び甲5に記載された事項に基づいて、出願
前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、法29条2項
15 の規定により特許を受けることができないものであり、それらについての特
許は法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
⑶ 無効理由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)
本件発明1ないし8は、本件特許の出願前に日本国内において頒布された
刊行物に記載された発明である甲4に記載された発明(以下「甲4発明」と
20 いう。
)並びに甲17、甲22及び甲23に記載された事項、甲27に記載さ
れた事項、甲5に記載された事項に基づいて、出願前に当業者が容易に発明
をすることができたものであるから、法29条2項の規定により特許を受け
ることができないものであり、それらについての特許は法123条1項2号
に該当し、無効とすべきである。
25 ⑷ 無効理由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)
本件発明1ないし8は、本件特許の出願前に日本国内において頒布された
刊行物に記載された発明である甲6に記載された発明(以下「甲6発明」と
いう。)並びに甲17、甲22及び甲23に記載された事項、甲24ないし甲
26に記載された事項、甲5に記載された事項、甲7に記載された事項に基
づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、
5 法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、それら
についての特許は法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
4 本件審決の理由の要旨
⑴ 本件訂正の適否
ア 訂正事項1(請求項1に係る訂正)について
10 (ア) 訂正事項1-1について
訂正事項1-1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、
本件特許の願書に添付した特許請求の範囲、明細書及び図面(以下、本
件特許の願書に添付した特許請求の範囲、明細書及び図面を併せて「本
件明細書等」という。 に記載した事項の範囲内においてした訂正であっ
)
15 て、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は
変更するものには該当しない。(本件審決第2の2⑴(1-1)〔本件審
決6~7頁〕)
(イ) 訂正事項1-2について
訂正事項1-2は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、
20 本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であって、新規
事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する
ものには該当しない。(本件審決第2の2⑴(1-2)〔本件審決7~8
頁〕)
(ウ) 訂正事項1-3について
25 訂正事項1-3は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、
本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であって、新規
事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する
ものには該当しない。(本件審決第2の2⑴(1-3)〔本件審決9~1
0頁〕)
イ 訂正事項2(請求項6に係る訂正)について
5 訂正事項2は、特許請求の範囲の減縮、明瞭でない記載の釈明及び他の
請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用し
ないものとすることを目的とするものであり、本件明細書等に記載した事
項の範囲内においてした訂正であって、新規事項の追加に該当せず、実質
上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
(本件審決
10 第2の2⑵〔本件審決10~11頁〕)
⑵ 無効理由についての判断の要旨
ア 無効理由1(新規事項追加)について
前件訂正1(前記1⑵)によりされた訂正は、本件明細書等に記載した
事項の範囲内においてした訂正といえるから、法126条5項の規定に違
15 反するものではなく、その特許は、法123条1項8号により、無効とな
るものではない。(本件審決第7の2〔本件審決42~45頁〕)
イ 無効理由2-1(甲3の1を主引用例とする新規性喪失、容易想到性)
について
本件発明1と甲3発明とは、少なくとも相違点3(本件発明1は、
「前記
20 隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの前記部屋
は、いずれも縦通隔壁で区画されていない」のに対し、甲3発明は、
「前記
エンジンルームは、前記左右舷の側壁と前記隔壁で区画され、前記エンジ
ン&電気室は、前記隔壁、壁3、4、及び後側の隔壁で区画されている」
点。
)において相違するから、本件発明1は、甲3の1の公知性を検討する
25 までもなく、甲3発明であるとはいえず、その特許は、法29条1項3号
の規定に該当するものとはいえない。
本件発明4、5、7及び8は、本件発明1と同様に、甲3発明であると
はいえないから、甲3の1の公知性を検討するまでもなく、それらについ
ての特許は、法29条1項3号の規定に該当するものとはいえない。
本件発明2、3及び6は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さら
5 に減縮したものであり、本件発明2、3及び6と甲3発明とを対比すると、
本件発明1と同様に、少なくとも相違点3を含むものであり、甲3発明に、
甲4又は甲5に記載された事項を適用しても、相違点3に係る構成には至
らないから、本件発明2、3及び6は、甲3発明、甲4及び甲5に記載さ
れた事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはい
10 えず、甲3の1の公知性を検討するまでもなく、それらについての特許は、
法29条2項の規定により特許を受けることができないものではない。
(本件審決第7の3〔本件審決45~50頁〕)
ウ 無効理由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)について
本件発明1は、甲4発明と相違点1(「水密な構造体」に関し、本件発明
15 1は「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。」であるのに対し、甲4発
)
明は「アンチローリングタンク」である点。)において相違し、本件発明1
は、甲4に記載された発明並びに甲17、甲22、甲23、甲27及び甲
5に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きたものではないから、その特許は、法29条2項の規定により特許を受
20 けることができないものではない。
本件発明2ないし8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに
減縮したものであり、本件発明2ないし8と甲4発明とを対比すると、本
件発明1と同様に、少なくとも相違点1を含むものであり、本件発明1と
同様に、甲4に記載された発明並びに甲17、甲22、甲23、甲27及
25 び甲5に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものではないから、その特許は、法29条2項の規定により特許
を受けることができないものではない。
(本件審決第7の4〔本件審決50~56頁〕)
エ 無効理由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)について
本件発明1は、甲6発明と相違点1(「水密な構造体」に関し、本件発明
5 1は、「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。」であって、
) 「その少なく
とも1つは、「前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水」するのに
」
対し、甲6発明は、「船尾トリミングタンク」であって、「前記空間に面す
る前記側壁が損傷した場合」浸水するか明らかでない点。 において相違し、
)
本件発明1は、甲6発明並びに甲17、甲22ないし甲26、甲5及び甲
10 7に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることがで
きたものではないから、その特許は、法29条2項の規定により特許を受
けることができないものではない。
本件発明2ないし8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに
減縮したものであり、本件発明2ないし8と甲6発明とを対比すると、本
15 件発明1と同様に、少なくとも相違点1を含むものであり、本件発明1と
同様に、甲6発明並びに甲17、甲22ないし甲26、甲5及び甲7に記
載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたも
のではないから、その特許は、法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができないものではない。
20 (本件審決第7の5〔本件審決56~62頁〕)
5 原告主張の取消事由
⑴ 取消事由1
ア 本件訂正の適否の判断の誤り
イ 本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理由2-3(甲6
25 を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り(取消事由1-1)
ウ 本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理由2-2(甲4
を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り(取消事由1-2)
⑵ 取消事由2
無効理由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り
⑶ 取消事由3
5 無効理由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り
第3 当事者の主張
1 取消事由1について
⑴ 本件訂正の適否の判断の誤り
〔原告の主張〕
10 ア 訂正事項1-1及び訂正事項2の「(ただし、タンクを除く。」という記
)
載の追加は、新規事項を追加するものかについて
(ア) 訂正事項1-1について
a 本件明細書等には「浸水防止部屋」に関し、その種別や具体例、種
別ごとの作用効果について一切記載されておらず、種別等による区分
15 が何らない浸水防止部屋が示されているのみであり、それ以外につい
て何らの技術的意義も開示していないから、本件発明の浸水防止部屋
を、タンクを除く浸水防止部屋にする訂正事項1-1は、新たな技術
事項を導入するものである。
b 訂正によって訂正前の発明の作用効果が失われないとしても、新た
20 な技術事項の導入が否定されるわけではない。
c 浸水防止部屋をタンクを除くものに限定することによって、 タンク
「
と比べて、設置スペースを低減することができ、配置の自由度を向上
できるという有利な効果を奏」し、
「更に、浸水防止部屋という空間を
設けることによって、タンクと比べて、損傷時復原性の計算、二次浸
25 水、環境汚染の観点からも有利な効果を奏する」という新たな作用効
果を奏するところ、このような作用効果は、本件明細書等に何ら開示
されていなかった新たな作用効果であるから、訂正事項1-1は、本
件訂正請求が新たな技術的事項を導入するものである。
d また、被告は、本件訂正請求書(甲30)において、タンクである
浸水防止部屋を有する甲6発明及び甲4発明に基づいてタンクを除く
5 浸水防止部屋を有する本件発明は容易に想到できない(すなわち、本
件発明は甲6発明及び甲4発明とは技術的意義を異にする)と主張し
ているが、本件訂正請求により訂正前の発明から容易に想到し得ない
構成を有する本件発明が生じたことを主張するものであり、本件訂正
請求が新たな技術事項を有するものであることを主張するものにほか
10 ならない。
e したがって、訂正事項1-1は新規事項追加に当たる。
(イ) 訂正事項2について
訂正事項2のうち、訂正事項1-1と同様の訂正をする部分は、訂正
事項1-1と同様に、新規事項の追加に当たる。
15 イ 訂正事項1-3及び訂正事項2の「前記隔壁によって推進方向の前後に
区画された」及び「いずれも」という記載の追加は、明瞭でない記載の釈
明を目的とするものか、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものか
について
(ア) 訂正事項1-3について
20 a 本件訂正前(前記のとおり本件訂正により前件訂正3は取り下げた
ものとみなされたので、本件訂正前の請求項は、前件訂正2後のもの
である。)の請求項1は、次のとおりであった(構成要件の符号は、本
判決において付した。。
)
「1A 船外に面する左右の側壁を有する船体と、
25 1B 該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画さ
れる複数の部屋と、
1C 前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止
部屋と、
1D を備え、
1E 前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合さ
5 れる仕切板により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面す
ると共に、
1F 前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面し
てその下方に設けられ、
1G 前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋
10 に設けられ、前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との
連結部を覆った空間であり前記空間に面する前記側壁が損傷し
た場合浸水し、
1H 前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われた前記隔壁は、前記
機関区域の2つの前記部屋を推進方向の前後に区画し、
15 1I 前記機関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画されていない
1J ことを特徴とする船舶。」
訂正事項1-3は、前記のとおりであり、構成要件1Iに、
「前記機
関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画されていない」とあるのを、
「前
記隔壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの前
20 記部屋は、いずれも縦通隔壁で区画されていない」に訂正するもので
あり、請求項1の記載を引用する請求項2ないし5、7ないし8も同
様に訂正するものであった。
本件訂正前の構成要件1Iの「前記機関区域の前記部屋」は、構成
要件1Gの「前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、
(中略)前記機関
25 区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との連結部を覆った空間であ
り前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水し、」という部分を
受けてそこで特定された「前記機関区域の前記部屋」 すなわち浸水防
、
止部屋が設けられた機関区域の部屋を意味していると解すべきであ
る。これに対し、本件訂正後の「前記隔壁によって推進方向の前後に
区画された前記機関区域の2つの前記部屋」は、機関区域における部
5 屋のうち浸水防止部屋が設けられた部屋以外の部屋(浸水防止部屋が
設けられていない部屋)を含むものであり、
「いずれも」もそのような
部屋を含むことを示す。そのため、訂正事項1-3の訂正は、特許請
求の範囲の減縮を目的とするものに当たらない。
b 本件審決は、訂正事項1-3の目的について、明瞭でない記載の釈
10 明を目的とするものであると判断した(本件審決第2の2⑴(1-3)
ア〔本件審決8~9頁〕。しかし、被告は、訂正請求書(甲30)に
)
より、特許請求の範囲の減縮を目的として訂正事項1-3の訂正を請
求したから、本件審決の上記判断は誤りである。
c また、訂正事項1-3のうち請求項1に係る訂正において、浸水防
15 止部屋が設けられていない部屋が縦通隔壁により区画されていないこ
とを示すように訂正することが、特許請求の範囲の減縮を目的とする
ものであるとしても、そのような部屋に縦通隔壁を設けるか否かは、
浸水防止部屋を機関区域における部屋に設けるか否かと技術的に関連
はないから、訂正事項1-3は、本件発明1の目的及び作用効果と関
20 係しない構成を加えるものであり、実質上特許請求の範囲を変更する
ものである。
本件明細書等の段落【0006】【0007】及び【0022】の
、
記載によれば、船損傷時における複数の部屋への浸水を防止するとと
もに設計の自由度を拡大可能とする船舶を提供するという本件発明の
25 目的は、浸水防止部屋を設けることによって達成されている。浸水防
止部屋が設けられた部屋だけでなく、浸水防止部屋が設けられていな
い部屋にも縦通隔壁を設置しないことによって、浸水防止部屋が設け
られていない部屋の内部における装置等の配置の自由度が向上したと
しても、それは本件発明1の目的、作用効果とは関係がない。
(イ) 訂正事項2について
5 訂正事項2のうち、訂正事項1-3と同様の訂正をする部分は、訂正
事項1-3と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たら
ず、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、また、その目的を明
瞭でない記載の釈明であると判断した本件審決の判断は誤りである。
ウ 本件訂正の可否
10 以上のとおり、本件訂正は、法134条の2第1項ただし書き1号、3
号及び4号に掲げる事項を目的とするものではなく、同条9項において準
用する法126条5項及び6項の規定に適合するものではないので、本件
訂正は認められず、本件訂正を認めるとの本件審決の判断(本件審決第2
の2⑶〔本件審決11頁〕)は誤りである。
15 〔被告の主張〕
ア 〔原告の主張〕ア(訂正事項1-1及び訂正事項2の「(ただし、タンク
を除く。」という記載の追加は、新規事項を追加するものかについて)に
)
対し
(ア) 訂正事項1-1について
20 本件訂正(訂正事項1-1)後の本件発明1は、
「浸水防止部屋」のう
ち、タンクを除いた構成によって、隔壁を挟んだ2区画(部屋)の少な
くとも一方に側壁及び隔壁に接する浸水防止部屋を設けることを特徴と
することにより、当該浸水防止部屋に面する側壁が損傷し浸水しても、
当該浸水防止部屋が設けられた部屋に浸水せず、設計の自由度を拡大で
25 きるという本件訂正前の請求項1記載の発明と同様の効果を奏するもの
といえる。したがって、本件訂正前の請求項1記載の発明の「浸水防止
部屋」からタンクを除外することによって、特許請求の範囲及び本件明
細書等に記載された技術的事項に新たな技術的事項を付加するものでな
いことは明らかであり、訂正事項1-1は、当業者によって、特許請求
の範囲及び本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技
5 術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
「浸水防止部屋」について、本件明細書等には空間を仕切ったもので
あるという記載があるが(段落【0031】、それを超えて、浸水防止
)
部屋が、液体を蓄積することが可能なタンクであることについての記載
はないから、タンクではない浸水防止部屋、すなわち「タンクを除く浸
10 水防止部屋」は、本件明細書等に開示されていたといえる。
したがって、訂正事項1-1は、新規事項の追加に当たらない。
(イ) 訂正事項2について
訂正事項2のうち、訂正事項1-1と同様の訂正をする部分は、訂正
事項1-1と同様に、新規事項の追加に当たらない。
15 イ 〔原告の主張〕イ(訂正事項1-3及び訂正事項2の「前記隔壁によっ
て推進方向の前後に区画された」及び「いずれも」という記載の追加は、
明瞭でない記載の釈明を目的とするものか、実質上特許請求の範囲を拡張
又は変更するものかについて)に対し
(ア) 訂正事項1-3について
20 本件訂正前の請求項1は、「前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われ
た前記隔壁は、前記機関区域の2つの前記部屋を推進方向の前後に区画
し、(構成要件1H)「前記機関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画さ
」 、
れていない」
(構成要件1I)と文言が続くものであるから、構成要件1
I 「前記機関区域の前記部屋は、
( 縦通隔壁で区画されていない」 の
) 「前
25 記機関区域の前記部屋」は、その前の構成要件1Hの「前記機関区域の
2つの前記部屋」を指すと読むのが自然で合理的である。そして、訂正
事項1-3は、上記構成要件1Iの「前記機関区域の前記部屋」につい
て、更に「前記隔壁によって推進方向の前後に区画された」「2つの」
、
及び「いずれも」という特定を加えることによって、機関区域のどの部
屋であるかを明瞭にするものであるから、訂正事項1-3による訂正は、
5 明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。また、訂正事項1-3
により、
「前記隔壁によって推進方向の前後に区画された」「2つの」及
、
び「いずれも」という特定が加えられた後の部屋は、訂正事項1-3に
よる訂正前の構成要件1Iの「前記機関区域の前記部屋」にもともと含
まれているものであったから、訂正事項1-3は、実質上特許請求の範
10 囲を拡張又は変更するものに当たらない。
(イ) 訂正事項2について
訂正事項2のうち、訂正事項1-3と同様の訂正をする部分は、訂正
事項1-1と同様に、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、
実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものに当たらない。
15 ⑵ 取消事由1-1(本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理
由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
ア 本件審決は、本件訂正が認められることを前提に、本件発明1と甲6発
明の相違点として相違点1(「水密な構造体」に関し、本件発明1は、「浸
20 水防止部屋(ただし、タンクを除く。」
)であって、その少なくとも1つは、
「 」
「前記空間に面する前記側壁が損傷した場合浸水」するのに対し、甲6発
明は、「船尾トリミングタンク」であって、「前記空間に面する前記側壁が
損傷した場合」浸水するか明らかでない点。)を認定し(本件審決第7の5
⑴ア〔本件審決59頁〕、相違点1に係る本件発明1の構成である「タン
)
25 クを除く浸水防止部屋」は容易想到でないことから、本件発明1は容易想
到ではないと判断した(本件審決第7の5⑴イ〔本件審決59~61頁〕。
)
また、本件発明2ないし8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さ
らに減縮したものであり、甲6発明と対比すると、本件発明1と同様に相
違点1を含むから、本件発明1と同様の理由により、容易想到ではないと
判断した(本件審決第7の5⑵〔本件審決61~62頁〕。
)
5 イ しかし、本件訂正は認められないから、相違点1に係る本件発明1の構
成は、
「浸水防止部屋であって、その少なくとも1つは、前記空間に面する
前記側壁が損傷した場合浸水」するものとなる。他方、甲6発明の「船尾
トリミングタンク」は、タンクであって、側壁に接する水密な構造体であ
るから、前記空間に面する側壁が損傷した場合浸水し、その浸水を防止す
10 るものであり、浸水防止部屋ということができる(本件審決第7の5⑴イ
(ア)〔本件審決59頁〕)から、相違点1に係る本件発明1の構成は、甲6発
明の「船尾トリミングタンク」と同じことになり、相違点1は存在しない
ことになる。
ウ したがって、本件発明1と甲6発明の相違点として相違点1が存在する
15 ことを前提に、本件発明1ないし8に容易想到性は認められないとした本
件審決の前記アの判断は誤りである。
〔被告の主張〕
本件訂正請求による訂正は認められ、本件発明1と甲6発明の相違点とし
て相違点1が存在するから、相違点1が存在することを前提に、本件発明1
20 ないし8に容易想到性は認められないとした本件審決の判断に誤りはない。
⑶ 取消事由1-2(本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理
由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
ア 本件審決は、本件訂正が認められることを前提に、本件発明1と甲4発
25 明の相違点として相違点1(「水密な構造体」に関し、本件発明1は、「浸
水防止部屋(ただし、タンクを除く。」であるのに対し、甲4発明は「ア
)
ンチローリングタンク」である点。)を認定し(本件審決第7の4⑴ア〔本
件審決52頁〕、相違点1に係る本件発明1の構成である「タンクを除く
)
浸水防止部屋」は容易想到でないことから、本件発明1は容易想到ではな
いと判断した(本件審決第7の4⑴イ〔本件審決53~55頁〕。また、
)
5 本件発明2ないし8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに減
縮したものであり、甲4発明と対比すると、本件発明1と同様に相違点1
を含むから、本件発明1と同様の理由により、容易想到ではないと判断し
た(本件審決第7の4⑵〔本件審決55~56頁〕。
)
イ しかし、本件訂正は認められないから、相違点1に係る本件発明1の構
10 成は、
「浸水防止部屋」となる。他方、甲4発明の「アンチローリングタン
ク」は、タンクであって側壁に接する水密な構造体であるから、当該側壁
が損傷した場合浸水し、その浸水を防止するものであり、浸水防止部屋と
いうことができる(本件審決第7の4⑴イ(ア)〔本件審決53頁〕)から、相
違点1に係る本件発明1の構成は、甲4発明の「アンチローリングタンク」
15 と同じことになり、相違点1は存在しないことになる。
ウ したがって、本件発明1と甲4発明の相違点として相違点1が存在する
ことを前提に、本件発明1ないし8に容易想到性は認められないとした本
件審決の前記アの判断は誤りである。
〔被告の主張〕
20 本件訂正請求による訂正は認められ、本件発明1と甲4発明の相違点とし
て相違点1が存在するから、相違点1が存在することを前提に、本件発明1
ないし8に容易想到性は認められないとした本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(無効理由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)の判断の
誤り)について
25 〔原告の主張〕
⑴ 本件発明1と甲6発明の相違点1の判断について
ア(ア)a 甲17(実開昭50-111892号のマイクロフィルム)は、昭
和50年9月11日に公開された「損傷時における浸水量をすくなく
した船舶」に関する考案であり、
「船側の損傷時における船内への浸水
量を最小限にとどめるために、横置隔壁の両端部に浸水阻止用の区画
5 を設けた船舶に関するものである」(明細書1頁10~13行)。それ
は、
「横置隔壁を有する従来の船舶においては、衝突などにより、その
横置隔壁の近辺の船側外板に損傷をうけた場合は、その横置隔壁に隣
接する2つの船倉に浸水が起る」
(明細書1頁14~17行)という課
題を、
「横置隔壁の船側両端に、その一面を船側外板で構成される区画
10 を設けることにより、その横置隔壁の近辺の船側外板に損傷をうけた
場合の浸水を、その区画のみに限定するか、またはその隔壁隣接区画
の片側と前記区画内のみに限定することができるようにした」明細書
(
2頁9~14行)ことで解決したものであり(第1図参照)、損傷時復
原性の確保と2区画浸水への対策という課題と、その解決手段として、
15 船側に設けられ、部屋を仕切る隔壁と側壁の連結部を覆う液密性区画
を設けることが記載されている。
甲17の第1図
b 甲56(特開昭63-247188号公報)には、特許請求の範
25 囲 「隣接するホールドの境界部に、
( 該ホールドを仕切る隔壁端部に
接するよう損傷回避区画を設け、且つ上記ホールドに、ホールドの
スペースに対応した形状のタンクを設置したことを特徴とする液化
ガス運搬船。)において、
」 「損傷時の復原性を満た」すこと(明細書
3頁2~3行)を目的として、
「隣接するホールドの境界部に、該ホ
ールドを仕切る隔壁端部に接するよう損傷回避区間を設け」る発明
5 (明細書3頁7~9行)が開示されている。
[発明が解決しようとす
る問題点]に、
「本発明は斯かる実情に鑑み、損傷時の復原性を満た
しつつホールド内の無駄なスペースをなくし、 と記載され
」 (明細書
3頁2~4行)、
[問題点を解決するための手段]として「本発明は、
上記目的を達成するために、隣接するホールドの境界部に、該ホー
10 ルドを仕切る隔壁端部に接するよう損傷回避区間を設け、と記載さ
」
マ マ
れ(明細書3頁7~9行)[作用]に、
、 「従って、、損傷をどこに受
けても、隣接する2つのホールドが同時に浸水することがなくなる。」
(明細書3頁13~15行)と記載され、[発明の効果]に「(Ⅰ)
損傷時復原性を満たしてタンク数を減らすことができる」明細書5
(
15 頁下から2行~最終行)と記載されている。また、第5図の従来例
や第1図及び第3図の前方には、船側(側壁)に設けられ、側壁と
(横置)隔壁の連結部を覆う損傷回避区画5を設けることが図示さ
れている。このように、甲56には、損傷時復原性の確保と2区画
浸水への対策という課題と、その解決手段として、船側に設けられ、
20 「横置隔壁」と側壁の連結部を覆う損傷回避区画を設けることが記
載されている。
甲56の第1図、第3図及び第5図
c 甲57(特開平9-226676号公報)は、従来技術として、
船体の幅の約1/10で荷役区域全通に渡り縦通隔壁を設けること
10 により、小事故又は横置隔壁間の船側衝突事故に対して残存させる
ことが記載されており(段落【0003】等)、船側損傷に備えて側
壁に設ける水密な区画が記載されている。さらに、横置隔壁から一
定の距離まで、縦通隔壁を船側外板から船幅の約1/5だけ離間さ
せ、横置隔壁3、外板6および縦通隔壁5’に囲まれた広い区画7’
15 を設けることにより、横置隔壁に小事故ではない船側衝突を受けた
場合に、広い区画7’の縦通隔壁が損傷することを少なくして2区
画浸水を抑制し、船舶の安全性をより保つことが記載されている(段
落【0004】【0010】
、 、図1、図3等。。このように、甲57
)
には、横置隔壁近傍の側壁が損傷した場合に備えて、側壁と横置隔
20 壁の連結部に接する水密な区画を設けることが記載されている。
甲57の【図1】及び【図3】
【図1】
【図3】
d そうすると、横置隔壁を設けた船舶において、横置隔壁近傍の側
壁が損傷した場合に備えて側壁と横置隔壁の連結部に接する水密な
区画を設けることにより二つの部屋が同時に浸水しないようにする
ことは技術常識であった(甲17、甲56、甲57)。
20 (イ) 甲6の船尾トリミングタンク(左舷と右舷の「No.4 W.B.T.
(P/S)(左舷/右舷の4番バラスト水タンク)
」 )は、船側(船舶の側
壁)に(側壁と横置隔壁の連結部に接して)設けられた水密な区画であ
り(タンクであるから当然に水密であるし、平面図においても側面図に
おいても水密を表す対角線の×印が付されている)上下方向において満
、
25 載喫水線(側面図の船首と船尾に「D.L.W.L.(計画満載喫水線)
」
と付された線が記されている)と重なり、損傷時の復原性確保(浸水防
止)のために設けられた水密な区画であることは当業者において自明で
ある。
したがって、当業者が甲6(「船の科学」2001年1月号)の58、
59頁の船尾トリミングタンク(左舷と右舷の「No.4 W.B.T.
5 (P/S)(左舷/右舷の4番バラスト水タンク)
」 )を見れば、船尾トリ
ミングタンク(バラスト水タンク)と2区画浸水の対策としての浸水防
止部屋を兼用したものであることを当然に理解する。
甲6の2の1 「船の科学」
( 2001年1月号58頁) 甲6の2の2
、 (同
59頁)の一般配置図(本件審決34頁)
10 (無効審判で矢印を用いて部材に仮称※が付されている。
「区画B※」は
「船尾トリミングタンク」である。)
イ 浸水防止のための部屋として空所又はタンクが使用可能であることは技
術常識である(甲17、甲22、甲23)。
ウ(ア) 甲24(「船の科学」1983年1月号)の37頁下段の図によれば、
5 バラスト水タンクを軸室の後方に設けることにより、軸室の有効利用が
図られている。
甲24(「船の科学」1983年1月号)の37頁下段の図(本件審決4
0頁)
(無効審判で矢印を用いて部材名を付けている。「№6 W.B.T」はバラス
ト水タンクである。)
(イ) 甲25(関西造船協会誌第142号)の7枚目の一般配置図の下から
2段目及び1段目の図によれば、バラスト水タンクを後方の部屋に設け
ることにより、補機室に続く部屋の有効利用を図っている。
甲25(関西造船協会誌第142号)の7枚目の一般配置図(本件審
10 決41頁)
(無効審判で矢印を用いて部材名を付けている。「A.P.T (B.W.T)」はバ
ラスト水タンクである。)
(ウ) 甲26 「船の科学」
( 1971年12月号)の67ないし68頁の下か
ら2段目及び1段目の図によれば、バラスト水タンクを後方の部屋に設
けることによる軸室の有効利用を図っている。
5 甲26(「船の科学」1971年12月号)の67ないし68頁の下か
ら2段目及び1段目の図(本件審決41頁)
(無効審判で矢印を用いて部材名を付けている。
「W.B.T.」はバラスト水
タンクである。)
(エ) そうすると、船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)を船舶のど
こに配置するかは、適宜、自由に設計し決めることのできる事項であり、
特に後方の部屋に設けることはモーメントの関係で好適であり、周知の
事項であった。
5 エ したがって、甲6の船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)を浸水
防止部屋として空所に置換し、船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)
を後方の部屋に配置することは当業者が容易に想到し得ることであった。
オ 本件審決は、甲6発明の船尾トリミングタンクを空所に置き換えること
について、船尾トリミングタンクは、タンクであって、船体のトリム(船
10 体の前後方向の傾斜)を調整する機能を有するものであるから、当該機能
を有しない、タンクでないものに置き換える動機付けはないとし(本件審
決第7の5⑴イ(イ)〔本件審決59~60頁〕、
)「甲6発明の『船尾トリミン
グタンク』に上記周知の事項を適用する動機付けはなく、仮に適用を試み
た場合であっても、船体のトリム(船体の前後方向の傾斜)を調整する機
15 能を有しない空所に改変することには阻害要因があるといわざるを得な
い。(本件審決第7の5⑴イ(エ)〔本件審決60頁〕
」 )と判断した。
しかし、船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)を空所に換えるべ
き動機付けはあるし、第1軸室の船尾トリミングタンクをなくすのではな
く後方へ移動させるのであるから、阻害要因はない。また、船尾トリミン
20 グタンクを後方に移動させる場合において、前記のとおり船尾トリミング
タンクを空所に置換する動機付けがあり、本件審決の上記判断は誤ってい
る。
カ 以上によれば、本件発明1の相違点1に係る構成は、甲6発明に甲17、
甲22又は甲23を参照し、場合によっては甲24ないし甲26を参照す
25 ることにより、当業者が容易に想到できたものであり、容易想到性を否定
した本件審決の判断は誤りである。
⑵ 本件発明2ないし8について
本件審決は、本件発明2ないし8と甲6発明とを対比すると、少なくとも
相違点1を含むものであるとした上で、本件発明1と同様に、当業者が容易
に発明をすることができたものではないとしたが、前記⑴カのとおり、本件
5 発明1の相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到できたものであるから、
本件発明2ないし8についての本件審決の判断も誤りである。
〔被告の主張〕
⑴ 〔原告の主張〕⑴(本件発明1と甲6発明の相違点1の判断について)に
対し
10 ア 甲17、甲56及び甲57には、横置隔壁近傍の側壁が損傷した場合に
備えて側壁と横置隔壁の連結部に接する水密な区画を設けることにより二
つの部屋が同時に浸水しないようにすることは、開示されておらず、その
ようなことは技術常識ではない。
イ 甲17、甲22及び甲23には、側壁と隔壁との連結部を覆う浸水防止
15 のための部屋については記載がなく、浸水防止のための部屋として空所又
はタンクを使用可能であることは技術常識でない。
ウ 船尾トリミングタンク(又はバラスト水タンク)は、船体のトリム(船
体の前後方向の傾斜)の調整の容易さを踏まえて配置されており、船舶の
どこに配置するかは、適宜、自由に設計し決めることのできる事項ではな
20 い。また、これを後方の部屋に設けることがモーメントの関係で好適であ
るかどうかは不明である。
エ 甲6の船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)をタンクではない空
所に置き換え、船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)を後方の部屋
に配置することが記載された文献はなく、そのようなことを動機付ける示
25 唆が記載された文献もない。
オ 甲6の船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)は、
「車両乗降時の岸
壁と舷外ランプの高さを保つ」という重要な機能を有するものであるから、
そのような機能を有しないものに置き換える動機付けはないし、甲6発明
の船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)を、タンクではない浸水防
止部屋に置換することには阻害要因がある。
5 カ 以上によれば、本件発明1の相違点1に係る構成は、甲6発明並びに甲
17、甲22ないし甲26、甲5及び甲7に記載された事項に基づいて当
業者が容易に想到することができたものとはいえないから、その特許は、
法29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない
とした本件審決の判断に誤りはない。
10 ⑵ 〔原告の主張〕⑵(本件発明2ないし8について)に対し
本件審決は、本件発明2ないし8と甲6発明とを対比すると、少なくとも
相違点1を含むものであるとした上で、本件発明1と同様に、当業者が容易
に発明をすることができたものではないとしたが、前記⑴カのとおり、本件
発明1の相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到することができたもの
15 とはいえないから、本件発明2ないし8についての本件審決の判断に誤りは
ない。
3 取消事由3(無効理由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)の判断の
誤り)について
〔原告の主張〕
20 ⑴ 本件発明1と甲4発明の相違点1の判断について
ア 横置隔壁近傍の側壁が損傷した場合に備えて側壁と横置隔壁の連結部に
接する水密な区画を設けることにより二つの部屋が同時に浸水しないよう
にすることは技術常識である(甲17、甲22、甲56、甲57)。当業者
が甲4(「船の科学」1977年12月号)の54、55頁のアンチローリ
25 ングタンクを見れば、アンチローリングタンクと2区画浸水の対策として
の「浸水防止部屋」を兼用したものであることを当然に理解する。
甲4の2の1 「船の科学」
( 1977年12月号54頁) 甲4の2の2
、 (同
55頁)の一般配置図(本件審決28頁)
(無効審判で矢印を用いて部材に仮称※が付されている。「区画A※」は
「アンチローリングタンク」である。)
イ 浸水防止のための部屋として空所又はタンクが使用可能であることは技
術常識である(甲17、甲22、甲23)。
ウ アンチローリングタンクを船舶のどこに配置するかは、適宜、自由に設
計し決めることのできる事項である。
エ そうすると、甲4のアンチローリングタンクを「浸水防止部屋」として
の空所に置換し、アンチローリングタンクを別の場所(例えば甲27(「船
の科学」2001年8月号)の30頁のように船体の上部)に配置するこ
5 とは、当業者が容易に想到し得ることにすぎない。
甲27(「船の科学」2001年8月号)の30頁の一般配置図(本件審決
42頁)
「ANTI ROLLING TANK」
(無効審判で矢印を用いて部材名を付けている。
はアンチローリングタンクである。)
オ 本件審決は、甲4発明のアンチローリングタンクを空所に置き換えるこ
とについて、アンチローリングタンクは、タンクであって、減揺効果を得
るという機能を有するものであるから、当該機能を有しない、タンクでな
いものに換える動機付けはないとし(本件審決第7の4⑴イ(イ)〔本件審決
15 53~54頁〕、
)「甲第4号証には当該『アンチローリングタンク』を浸水
防止のための部屋として利用することは記載も示唆されていないのである
から、甲4発明の『アンチローリングタンク』に上記周知の事項を適用す
る動機付けはなく、仮に適用を試みた場合であっても、減揺効果が得られ
ない空所に改変することには阻害要因があるといわざるを得ない。以上の
とおりであるから、甲4発明の『アンチローリングタンク』を、空所に換
えた上で、さらに甲第27号証記載のごとく『アンチローリングタンク』
を船舶の上部に設ける動機付けもない。(本件審決第7の4⑴イ(エ)〔本件
」
審決54頁〕)とし、甲4発明の「アンチローリングタンク」を、空所、す
5 なわちタンクを除く「浸水防止部屋」に換える動機付けがない(本件審決
第7の4⑴イ(キ)〔本件審決55頁〕)と判断した。
しかし、アンチローリングタンクを空所に換えるべき動機付けはあるし、
アンチローリングタンクをなくすのではなく別の場所(例えば甲27のよ
うに船体の上部)に設けるのであるから、阻害要因はない。また、アンチ
10 ローリングタンクを後方に移動させる場合において、前記のとおりアンチ
ローリングタンクを空所に置換する動機付けがあり、本件審決の上記判断
は誤っている。
カ 以上によれば、本件発明1の相違点1に係る構成は、甲4発明に、甲1
7、甲22又は甲23を参照し、場合によっては甲27を参照することに
15 より、当業者が容易に想到できたものであり、容易想到性を否定した本件
審決の判断は誤りである。
⑵ 本件発明2ないし8について
本件審決は、本件発明2ないし8と甲4発明とを対比すると、少なくとも
相違点1を含むものであるとした上で、本件発明1と同様に、当業者が容易
20 に発明をすることができたものではないとしたが、前記⑴カのとおり、本件
発明1の相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到できたものであるから、
本件発明2ないし8についての本件審決の判断も誤りである。
〔被告の主張〕
⑴ 〔原告の主張〕⑴(本件発明1と甲4発明の相違点1の判断について)に
25 対し
ア 横置隔壁近傍の側壁が損傷した場合に備えて側壁と横置隔壁の連結部に
接する水密な区画を設けることにより二つの部屋が同時に浸水しないよう
にすることは、技術常識ではない。
イ 甲17、甲22及び甲23には、側壁と隔壁との連結部を覆う浸水防止
のための部屋については記載がなく、浸水防止のための部屋として空所又
5 はタンクを使用可能であることは技術常識でない。
ウ 甲4の「アンチローリングタンク」は、荒天時の車両の移動を防止する
とともに乗り心地を良好にするためのものであり、減揺効果を踏まえて配
置されており、船舶のどこに配置するかは、適宜、自由に設計し決めるこ
とのできる事項ではない。
10 エ 甲4の「アンチローリングタンク」をタンクではない空所に置き換え、
「アンチローリングタンク」を別の場所に設けることが記載された文献は
なく、そのようなことを動機付ける示唆が記載された文献もない。
オ 甲4の「アンチローリングタンク」は、荒天時の車両の移動防止及び乗
り心地を良好にするためのものであり、減揺効果を得るという重要な機能
15 を有するものであるから、そのような機能を有しないものに置き換える動
機付けはないし、甲4の「アンチローリングタンク」を、タンクではない
「浸水防止部屋」に置換することには阻害要因がある。
カ 以上によれば、本件発明1の相違点1に係る構成は、甲4発明に甲17、
甲22又は甲23を参照し、場合によっては甲27を参照することにより
20 当業者が容易に想到することができたものとはいえないから、その特許は、
法29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない
とした本件審決の判断に誤りはない。
⑵ 〔原告の主張〕⑵(本件発明2ないし8について)に対し
本件審決は、本件発明2ないし8と甲4発明とを対比すると、少なくとも
25 相違点1を含むものであるとした上で、本件発明1と同様に、当業者が容易
に発明をすることができたものではないとしたが、前記⑴カのとおり、本件
発明1の相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到することができたもの
とはいえないから、本件発明2ないし8についての本件審決の判断に誤りは
ない。
第4 当裁判所の判断
5 1 本件発明の内容
⑴ 本件明細書等の記載
本件明細書等(甲32)には、次の記載がある。
ア 技術分野
「本発明は、旅客船、フェリー、RO-RO船(Roll-on/Roll-off Ship)、
10 自動車専用船としてのPCC(Pure Car Carrier)、PCTC(Pure
Car / Truck Carrier)などの船舶に関するものである。(段落【00
」
01】)
イ 背景技術
「例えば、従来の旅客船は、船体に多層の甲板を有する区画が設けられ、
15 この各区画に各層の甲板間を接続するランプウェイが設けられたものが
一般的である。この場合、船体の上層に居住区画が形成され、下層に車両
区画が形成され、自動車は、ドライバが運転し、岸壁からショアランプウ
ェイを介して船内の甲板へ入り込み、ランプウェイを経由して下層の甲板
に移動し、指定された位置に駐車する。(段落【0002】
」 )
20 「また、このような旅客船は、居住区画や車両区画とは別に、船内が機関
室や軸室など多数の部屋が区画形成されている。この場合、船舶の国際規
則として、ダメージスタビリティの要件が規定されている。この規則では、
船側損傷の要件として、損傷後の残存復原力の確保、損傷後の最終水線が
浸水を制限する甲板を超えないことなどが規定されている。(段落【00
」
25 03】)
「なお、このような従来の船舶の区画構造としては、下記特許文献1に記
載されたものがある。この特許文献1に記載された自動車運搬船は、船舶
の船底のボイドスペースを形成する最下層の水密甲板に遠隔で開放可能
な海水導入手段を設けたものであり、これにより、船舶の船側外板等が破
損して、海水が船内に進入した場合、最下層の水密甲板に設けられた海水
5 導入手段を開放することにより、船内に進入した海水をボイドスペースに
導入し、このボイドスペースを海水バラストタンクとして機能させること
で、船舶の復原力を回復させることができる。(段落【0004】
」 )
ウ 発明が解決しようとする課題
「上述した従来の船舶の国際規則において、船側損傷は、旅客搭載人数に
10 よりその損傷時の損傷想定長さ、幅、高さが決められており、損傷時の浸
水容積が大きな区画(例えば、機関室、補機室、軸室など)が損傷した際、
隔壁を挟んで2区画の損傷要件となる。そのため、船損傷時の浸水容積が
過大となり、規則要求の復元性能の項目としてのGoM(横メタセンタ高
さ)が大きくなってしまう。この場合、船型計画の制約、上部構造の制約、
15 区画配置の制約があることから、配置の自由度が制限されてしまう。(段
」
落【0006】)
「本発明は、上述した課題を解決するものであり、船損傷時における複数
の部屋への浸水を防止すると共に設計の自由度を拡大可能とする船舶を
提供することを目的とする。(段落【0007】
」 )
20 エ 課題を解決するための手段
「上記の目的を達成するための本発明の船舶は、左右の側壁を有する船体
と、該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の
部屋と、前記側壁及び前記隔壁に接する浸水防止部屋と、を備え、前記浸
水防止部屋は、機関室の上部甲板の下方またはショアランプが設けられる
25 甲板の下方に設けられることを特徴とするものである。」
(段落【0008】)
「従って、側壁における隔壁の近傍が損傷を受けても、浸水防止部屋が浸
水するだけで、複数の部屋に跨って浸水することはなく、船損傷時におけ
る複数の部屋への浸水を防止することができると共に、複数の部屋の大型
化を抑制して設計の自由度を拡大することができる。」
(段落【0009】
)
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記左側の側壁と前記隔壁に
5 接する左方浸水防止部屋と、前記右側の側壁と前記隔壁に接する右方浸水
防止部屋とを有することを特徴としている。(段落【0010】
」 )
「従って、浸水防止部屋が船体の左右両側にそれぞれ設けられることで、
浸水防止性能を向上することができる。(段落【0011】
」 )
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記左右の側壁と前記隔壁に
10 接することを特徴としている。(段落【0012】
」 )
「従って、浸水防止部屋を船体の左右で共用化することで、構造の簡素化
及び低コスト化を可能とすることができる。(段落【0013】
」 )
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記隔壁を挟んで前後の前記
部屋側にそれぞれ設けられることを特徴としている。」
(段落【0014】
)
15 「従って、浸水防止部屋を隔壁の前後に設けることで、更なる浸水防止性
能の向上を可能とすることができる。(段落【0015】
」 )
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記複数の部屋より容積が小
さく、且つ、満載喫水線での幅が前記船体の幅の1/10以上に設定され
ることを特徴としている。(段落【0016】
」 )
20 「従って、浸水防止部屋による浸水防止性能を十分に確保することができ
る。(段落【0017】
」 )
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記複数の部屋より容積が小
さく、且つ、前記満載喫水線での前後長さが前記船体の全長の3/100
以上に設定されることを特徴としている。(段落【0018】
」 )
25 「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記隔壁の前記船体の後方の
前記部屋側に設けられることを特徴としている。(段落【0019】
」 )
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、4辺の壁に囲まれていること
を特徴としている。(段落【0020】
」 )
「本発明の船舶では、前記浸水防止部屋は、前記上部甲板もしくは前記シ
ョアランプが設けられる甲板と船底との間に設けられる車両搭載甲板より
5 後方に設けられることを特徴としている。(段落【0021】
」 )
オ 発明の効果
「本発明の船舶によれば、隔壁により船体の前後に複数の部屋を区画し、
側壁とこの隔壁に接する浸水防止部屋を設け、浸水防止部屋をショアラン
プが設けられる甲板の下方に設けるので、船損傷時における複数の部屋へ
10 の浸水を防止することができると共に設計の自由度を拡大することがで
きる。(段落【0022】
」 )
カ 発明を実施するための形態
(ア)「以下に添付図面を参照して、本発明に係る船舶の好適な実施例を詳細
に説明する。なお、この実施例により本発明が限定されるものではなく、
15 また、実施例が複数ある場合には、各実施例を組み合わせて構成するも
のも含むものである。(段落【0024】
」 )
(イ) 実施例1
「図1は、本発明の実施例1に係る船舶としての旅客船における後部の
平面図、図2は、実施例1の旅客船を表す側面図である。 (段落【00
」
20 25】
)
「実施例1の船舶としての旅客船(カーフェリー)において、図2に示
すように、船体11は、上下多層の甲板12a、12b、12c、12
d、12e、12fが設けられており、甲板12bの下方に後述する機
関室が設けられる下層空間13が形成され、この下層空間13の船尾側
25 に推進用エンジン14が配置されている。(段落【0026】
」 )
「そして、甲板12a上にトラック、バス等の大型車両も搭載可能な大
型車両搭載区画15aが形成され、甲板12b上に大型車両搭載区画1
5bが形成され、甲板12c上に大型車両搭載区画15cが形成されて
いる。また、甲板12aと甲板12cとの間に、大型車両が通行可能な
少なくとも1本の船内ランプ16aが設けられている。甲板12bと甲
5 板12cとの間に、大型車両が通行可能な少なくとも2本の船内ランプ
16bが設けられている。甲板12cと甲板12dとの間に、1本の乗
用車専用船内ランプ16cが設けられている。また、甲板12bの船首
側右舷に、車両がロールオン・ロールオフするための起倒式の船首舷側
ランプ17aが設けられ、船尾側右舷には、起倒式の船尾舷側ランプ1
10 7bが設けられている。(段落【0027】
」 )
「居住区用として、甲板12d、12e、12fが設けられ、複数段の
居住区画18a、18b、18cが形成されている。この場合、居住区
画18a、18b、18cは、推進用エンジン14からの騒音を避ける
ために、推進用エンジン14の設置位置の直上より船首側に形成されて
15 いる。そして、居住区画18a(甲板12d上)の船尾側は、遊歩スペ
ース19として利用されている。(段落【0028】
」 )
「また、船体11は、左右の側壁20a、20bと船底21を有してお
り、甲板12bと船底21との間の空間で、且つ、甲板12aの配設位
置より後方の空間に、複数の部屋22a、22b、23a、23bが設
20 けられている。(段落【0029】
」 )
「即ち、図1及び図2に示すように、船体11は、甲板12bと船底2
1との間に仕切甲板24が設けられることで、上下の空間(部屋)22、
23が区画されている。また、船体11は、この各空間(部屋)22、
23の前後方向のほぼ中間部に位置して隔壁25(25a、25b)が
25 設けられることで、前後の空間(部屋)22a、22b、23a、23
bが区画されている。(段落【0030】
」 )
「そして、船体11は、上部の空間(部屋22a、22b)にて、端部
が左右の側壁20a、20b及び隔壁25(25a)に接合される仕切
板26a、26bが設けられることで、左右の側壁20a、20b及び
隔壁25(25a)に接する左右の浸水防止部屋27a、27bが形成
5 されている。また、下部の空間(部屋23a、23b)にて、端部が左
右の側壁20a、20b及び隔壁25(25b)に接合される仕切板2
8a、28bが設けられることで、左右の側壁20a、20b及び隔壁
25(25b)に接する左右の浸水防止部屋29a、29bが形成され
ている。(段落【0031】
」 )
10 「本実施例では、左側の側壁20aと隔壁25(25a、25b)に接
する左方浸水防止部屋27a、29aと、右側の側壁20bと隔壁25
(25a、25b)に接する右方浸水防止部屋27b、29bとが設け
られている。(段落【0032】
」 )
「この場合、各浸水防止部屋27a、27b、29a、29bは、複数
15 の部屋22a、22b、23a、23bより容積が小さく、且つ、満載
喫水線Lでの幅が船体11の幅の1/10以上に設定されると共に、満
載喫水線Lでの前後長さが船体11の全長の3/100以上に設定され
ている。これは、船舶区画規定の第44条に規定される要件を満足する
ものである。(段落【0033】
」 )
20 「なお、この場合、部屋22a、23aは、機関室として利用し、部屋
22b、23bは、軸室として利用してもよい。(段落【0034】
」 )
「従って、船体11の外部から隔壁25(25a、25b)の近傍に位
置する左側壁20aに損傷を受けた場合、部屋22aまたは部屋23a
には浸水するものの、部屋22bや部屋23bに浸水することがない。
25 即ち、このとき、部屋22b、23bより小さい浸水防止部屋27a、
29aに浸水することで、部屋22b、23bへの浸水が防止される。」
(段落【0035】)
「このように実施例1の旅客船にあっては、左右の側壁20a、20b
を有する船体11と、この船体11の内部であって隔壁25(25a、
25b)により推進方向の前後に区画される複数の部屋22a、22b、
5 23a、23bと、側壁20a、20b及び隔壁25(25a、25b)
に接する浸水防止部屋27a、27b、29a、29bとを設けている。」
(段落【0036】)
「従って、側壁20a、20bにおける隔壁25(25a、25b)の
近傍が損傷を受けても、浸水防止部屋27a、27b、29a、29b
10 が浸水するだめ(判決中:
「だけ」の誤記)で、前後の部屋22a、22
b、23a、23bに跨って浸水することはなく、船損傷時における複
数の部屋22a、22b、23a、23bへの浸水を防止することがで
きると共に、複数の部屋22a、22b、23a、23bの大型化を抑
制して設計の自由度を拡大することができる。(段落【0037】
」 )
15 「また、実施例1の旅客船では、浸水防止部屋として、左側の側壁20
aと隔壁25(25a、25b)に接する左方浸水防止部屋27a、2
9aと、右側の側壁20bと隔壁25(25a、25b)に接する右方
浸水防止部屋27b、29bとを設けている。従って、浸水防止部屋2
7a、27b、29a、29bが船体11の左右両側にそれぞれ設けら
20 れることとなり、浸水防止性能を向上することができる。(段落【00
」
38】)
「また、実施例1の旅客船では、浸水防止部屋27a、27b、29a、
29bは、複数の部屋22a、22b、23a、23bより容積が小さ
く、且つ、満載喫水線Lでの幅が船体11の幅の1/10以上に設定さ
25 れている。従って、浸水防止部屋による浸水防止性能を十分に確保する
ことができる。(段落【0039】
」 )
キ 産業上の利用可能性
「本発明は、船舶において、側壁と前後の部屋を区画する隔壁に接する浸
水防止部屋を設けることで、船損傷時における複数の部屋への浸水を防止
すると共に設計の自由度を拡大可能とするものであり、いずれの船舶に適
5 用することができる。(段落【0055】
」 )
ク 図面
(ア) 図1
(イ) 図2
⑵ 本件発明の技術的意義
ア 本件発明は、旅客船、フェリー、RO-RO船(Roll-on/Roll-off
15 Ship)、自動車専用船としてのPCC(Pure Car Carrier)、PCTC
(Pure Car/Truck Carrier)などの船舶に関する(段落【0001】。
)
イ 従来の旅客船は、居住区画や車両区画とは別に、船内が機関室や軸室
など多数の部屋が区画形成されている。この場合、船舶の国際規則とし
て、ダメージスタビリティの要件が規定されている。この規則では、船
20 側損傷の要件として、損傷後の残存復原力の確保、損傷後の最終水線が
浸水を制限する甲板を超えないことなどが規定されている。従来の船舶
の国際規則において、船側損傷は、旅客搭載人数によりその損傷時の損
傷想定長さ、幅、高さが決められており、損傷時の浸水容積が大きな区
画(例えば、機関室、補機室、軸室など)が損傷した際、隔壁を挟んで
25 2区画の損傷要件となる。そのため、船損傷時の浸水容積が過大となり、
規則要求の復原性能の項目としてのGoM(横メタセンタ高さ)が大き
くなってしまう。この場合、船型計画の制約、上部構造の制約、区画配
置の制約があることから、配置の自由度が制限されてしまう(段落【0
003】【0006】。
、 )
ウ 本件発明は、上述した課題を解決するものであり、船損傷時における
5 複数の部屋への浸水を防止すると共に設計の自由度を拡大可能とする船
舶を提供することを目的とする(段落【0007】。
)
エ 上記課題を解決するために、本件発明の船舶は、左右の側壁を有する
船体と、該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される
複数の部屋と、前記側壁及び前記隔壁に接する浸水防止部屋と、を備え、
10 前記浸水防止部屋は、機関室の上部甲板の下方またはショアランプが設
けられる甲板の下方に設けられることを特徴とするものである(段落【0
008】。
)
オ 本件発明の船舶によれば、隔壁により船体の前後に複数の部屋を区画
し、側壁とこの隔壁に接する浸水防止部屋を設け、浸水防止部屋をショ
15 アランプが設けられる甲板の下方に設けるので、側壁における隔壁の近
傍が損傷を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、複数の部屋に跨
って浸水することはなく、船損傷時における複数の部屋への浸水を防止
することができると共に、複数の部屋の大型化を抑制して設計の自由度
を拡大することができる(段落【0009】【0022】。
、 )
20 2 取消事由1について
⑴ 本件訂正の適否の判断の誤りについて
ア 訂正事項1-1及び訂正事項2の「(ただし、タンクを除く。」という記
)
載の追加は新規事項を追加するものかについて
(ア) 訂正による新規事項追加の判断方法
25 訂正が、当業者によって、特許請求の範囲、明細書又は図面の全ての
記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新た
な技術的事項を導入しないものであるときは、新規事項追加(法134
条の2第9項、法126条5項)に当たらないと判断するのが相当であ
る。
(イ) 訂正事項1-1について
5 a 本件発明1の「浸水防止部屋」の意味
本件訂正前(前記のとおり本件訂正により前件訂正3は取り下げた
ものとみなされたので、本件訂正前の請求項は、前件訂正2後のもの
である。)の請求項1は、次のとおりであった(構成要件の符号は、被
告準備書面で用いられたものと同じである。。
)
10 「1A 船外に面する左右の側壁を有する船体と、
1B 該船体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画さ
れる複数の部屋と、
1C 前記側壁及び前記隔壁に接する少なくとも1つの浸水防止
部屋と、
15 1D を備え、
1E 前記浸水防止部屋は、端部が前記側壁及び前記隔壁に接合さ
れる仕切板により形成され、前記仕切板の全面が前記部屋に面す
ると共に、
1F 前記浸水防止部屋は、ショアランプが設けられる甲板に面し
20 てその下方に設けられ、
1G 前記浸水防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋
に設けられ、前記機関区域の前記部屋の前記側壁と前記隔壁との
連結部を覆った空間であり前記空間に面する前記側壁が損傷し
た場合浸水し、
25 1H 前記浸水防止部屋で前記連結部が覆われた前記隔壁は、前記
機関区域の2つの前記部屋を推進方向の前後に区画し、
1I 前記機関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画されていないこ
とを特徴とする船舶。」
本件訂正前の請求項1の記載によれば、本件発明1の「浸水防止部
屋」は、側壁及び隔壁に接すること、仕切板により形成されること、
5 部屋の高さ方向にわたって形成されること、機関区域の部屋に設けら
れること、側壁と隔壁との連結部を覆った空間であり空間に面する側
壁が損傷した場合浸水することなどが特定されている。しかし、専ら」
「
又は「主に」浸水防止を企図した空間であるべきかは明らかでない。
なお、当業者の技術常識として、「空間」とは、「空所」や「ボイド」
10 とは異なり、必ずしも物体が存在しない場所には限定されないと認め
られ、このことは「下層空間13の船尾側に推進用エンジン14が配
置されている」(段落【0026】)などの本件明細書等の記載とも整
合する。そのため、
「空間」であることから、直ちに「専ら」あるいは
「主に」浸水防止を企図していることは導けない。また、SOLAS
15 条約「千九百七十四年の海上における人命の安全のための国際条約」
( 、
甲23)によれば、浸水率の計算において、タンクは、0又は0.9
5のいずれか、より厳格な条件となる方の値(もともと水で満たされ
ているため浸水が0である場合と、もとは空であるため浸水が容積の
95%に及ぶ場合のうち、復原性を悪くする方の値)を用いて計算す
20 べきとされており、タンクであってもそれに面する側壁が損傷した場
合浸水する場合があることを前提としているから、空間に面する側壁
「
が損傷した場合浸水すること」が、必ずしもタンクを排除するものと
はいえない。
次に、本件明細書等によれば、本件発明の課題及び解決手段は、前
25 記のとおり、浸水防止部屋を設けて、側壁における隔壁の近傍が損傷
を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、浸水防止部屋を設けた
部屋が浸水することがないようにすることで、浸水区画が過大となる
ことを防止し、設計の自由度を拡大することを目的とするものである。
そうであるとすれば、
「浸水防止部屋」は、それに面する側壁が損傷し
浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密構造
5 となっていれば、浸水区画が過大となることを防止するという本件発
明の目的にかなうのであって、タンク等の他の機能を兼ねることが、
そのような目的を阻害すると認めるに足りる証拠はない。かえって、
甲17(実願昭49-19748号(実開昭50-111892号)
のマイクロフィルム)には、第1図及び「本考案は、横置隔壁2の船
10 側部両端に、船側外板1を一面とした高さ方向に細長い浸水阻止用の
区画7を備えているから、横隔壁数を増加しなくても、船側外板1の
損傷による船内への浸水を該区画7内に、または該区画7と隣接する
1つの船内区画内にとどめることができ」
(4頁下から7~1行)との
記載があり、本件発明の「浸水防止部屋」の機能に類似する「区画7」
15 を有する船舶の発明が開示されているところ、同文献には、
「該区画7
を小槽として利用することもできる。(5頁7行)とも記載されてい
」
るから、浸水防止を目的とした区画を、小槽(タンク)として利用す
ることは、公知であったと認められる。また、
「浸水防止部屋」が他の
機能を兼ねることを許容する方が、設計の自由度が拡大し、その意味
20 で本件発明の目的に資するものである。
以上によれば、本件訂正前の請求項1の「浸水防止部屋」とは、そ
れに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸
水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解するのが
相当である。そして、
「浸水防止部屋」は、タンク等の他の機能を備え
25 ることが許容されるものであると認められる。
b 「(ただし、タンクを除く。」という記載の追加による新たな技術的
)
事項の導入の有無
前記aのとおり、
「浸水防止部屋」は、タンクの機能を備えることが
許容されるから、浸水防止部屋」
「 には、タンクの機能を兼ねるものと、
タンクの機能を兼ねないものがあるものと認められる。本件明細書等
5 には、浸水防止部屋としてタンクの機能を兼ねるもののみが記載され
ていると解すべき理由はないから、本件明細書等には、タンクの機能
を兼ねる「浸水防止部屋」とともに、タンクの機能を兼ねない「浸水
防止部屋」が記載されていると認められる。そして、タンクの機能を
兼ねる「浸水防止部屋」を備える発明と、タンクの機能を兼ねない「浸
10 水防止部屋」を備える発明は、いずれも本件明細書等に記載された発
明であったから、訂正事項1-1により、特許請求の範囲の請求項1
の「浸水防止部屋」がタンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋(ただ
し、タンクを除く。」に訂正されて、タンクの機能を兼ねる「浸水防
)
止部屋」を備える発明が除かれても、新たな技術的事項を導入しない
15 ことは明らかである。
なお、本件訂正により、本件訂正後の発明が、側壁における隔壁の
近傍が損傷を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、複数の部屋
に跨って浸水することはなく、船損傷時における複数の部屋への浸水
を防止することができると共に、複数の部屋の大型化を抑制して設計
20 の自由度を拡大することができるという本件発明の効果を奏すること
なく、新たな効果を奏する発明となると解すべき理由はない。そのた
め、本件訂正によって発明の作用効果が変わることによって新たな技
術的事項が導入されたと解する余地もない。
したがって、訂正事項1-1による「(ただし、タンクを除く。」と
)
25 いう記載の追加は、当業者によって、特許請求の範囲、明細書又は図
面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係に
おいて、新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから、
新規事項追加(法134条の2第9項、法126条5項)に当たらな
いというべきである。
c 原告の主張に対する判断
5 原告は、浸水防止部屋を、タンクを除くものに限定することによっ
て、
「タンクと比べて、設置スペースを低減することができ、配置の自
由度を向上できるという有利な効果を奏」し、
「更に、浸水防止部屋と
いう空間を設けることによって、タンクと比べて、損傷時復原性の計
算、二次浸水、環境汚染の観点からも有利な効果を奏する」という新
10 たな作用効果を奏するから、(ただし、タンクを除く。」という記載
「 )
の追加は、新たな技術事項を導入するものであると主張する。
しかし、原告が主張する上記の効果は、タンクの機能を兼ねる「浸
水防止部屋」と比べた場合に、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部
屋」が有する効果を述べたものにとどまる。前記のとおり、本件明細
15 書等には、もともと、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」ととも
に、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」が記載されていたもの
と認められるから、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」が何ら
かの作用効果を有するとしても、それは、もともと本件明細書等に記
載されていた発明の一部が作用効果を有しているというにすぎず、そ
20 のことをもって、本件明細書等との関係で新たな技術的事項が付け加
えられたと解する余地はない。
したがって、特許請求の範囲を、タンクの機能を兼ねない「浸水防
止部屋」に限定したとしても、特許請求の範囲、明細書又は図面の全
ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、
25 新たな技術的事項を導入するものとは認められない。
(ウ) 訂正事項2について
訂正事項2の「(ただし、タンクを除く。」という記載の追加は、訂正
)
事項1-1の「(ただし、タンクを除く。」という記載の追加が新規事項
)
追加に当たらないのと同様の理由により、新規事項の追加に当たらない。
(エ) 本件審決の判断の当否
5 したがって、本件審決が、訂正事項1-1について新規事項の追加に
該当しないとし(本件審決第2の2⑴(1-1)イ〔本件審決7頁〕、
)
訂正事項2について新規事項の追加に該当しないとした(本件審決第2
の2⑵イ〔本件審決11頁〕)判断に誤りはない。
イ 訂正事項1-3及び訂正事項2の「前記隔壁によって推進方向の前後に
10 区画された」及び「いずれも」という記載の追加は、明瞭でない記載の釈
明を目的とするものか、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するもの
か
(ア) 訂正事項1-3について
a 明瞭でない記載の釈明を目的とするものか
15 本件訂正前の請求項1(前記ア(イ)a)における「部屋」とは、
「該船
体の内部であって隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部屋」
(構成要件1B)である。また、本件訂正前の請求項1は「前記浸水
防止部屋の少なくとも1つは、機関区域の前記部屋に設けられ」
(構成
要件1G)と規定しているから、
「機関区域」の「該船体の内部であっ
20 て隔壁により推進方向の前後に区画される複数の部屋」の中には、
「浸
水防止部屋」が設けられる「部屋」が少なくとも一つ存在する。そし
て、本件訂正前の請求項1は、
「前記浸水防止部屋で前記連結部が覆わ
れた前記隔壁は、前記機関区域の2つの前記部屋を推進方向の前後に
区画」する(構成要件1H)と規定するから、本件訂正前の請求項1
25 によれば、機関区域は、少なくとも、
「浸水防止部屋を備える部屋」
(以
下「部屋ⓐ」という。)と、「当該『浸水防止部屋を備える部屋』と隔
壁により推進方向の前後に区画される部屋」
(以下「部屋ⓑ」という。)
の二つの部屋を備えるものと認められる。そして、構成要件1Hの「前
記機関区域の2つの部屋」は、隔壁によって推進方向の前後に区画さ
れた部屋ⓐと部屋ⓑを意味するものと認められる。
5 他方、機関区域は二つの部屋のみからなるとは限らず(甲49の3
6~46頁) 三つ以上の部屋を備えることはあり得るから、
、 本件訂正
前の請求項1の「前記機関区域の前記部屋は、縦通隔壁で区画されて
いない」
(構成要件1I)における「前記機関区域の前記部屋」は、そ
れがどのような部屋であるかの特定がないから、上記部屋ⓐ及び部屋
10 ⓑに加え、更にⓐでもⓑでもない部屋(以下「部屋ⓒ」という。)を備
えることも排除されない。
そうすると、構成要件1Iの「前記機関区域の前記部屋」は、部屋
ⓐのみを指すのか、部屋ⓑのみを指すのか、部屋ⓐ及び部屋ⓑを指す
のか、あるいはそれらとともに部屋ⓒを指すのかは明らかでなく、明
15 瞭でない記載であったと認められる。
本件訂正の訂正事項1-3は、本件訂正前の「前記機関区域の前記
部屋は、縦通隔壁で区画されていない」(構成要件1I)を、「前記隔
壁によって推進方向の前後に区画された前記機関区域の2つの前記部
屋は、いずれも縦通隔壁で区画されていない」と訂正し、
「前記隔壁に
20 よって推進方向の前後に区画された」「2つの」の部屋の「いずれも」
が縦通隔壁で区画されていないことを特定することによって、縦通隔
壁で区画されない部屋が、機関区域の部屋のうち部屋ⓐ及び部屋ⓑで
あることを明らかにし、本件訂正前の構成要件1Iの「前記機関区域
の前記部屋」について、機関区域の部屋のうち部屋ⓐ及び部屋ⓑであ
25 ることを明瞭にするものであるから、訂正事項1-3は、明瞭でない
記載の釈明を目的とする訂正であると認められる。
b 実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものか
前記aのとおり、本件訂正の訂正事項1-3は、本件訂正前の構成
要件1Iの「前記機関区域の前記部屋」が、部屋ⓐのみを指すのか、
部屋ⓑのみを指すのか、部屋ⓐ及び部屋ⓑを指すのか、あるいはそれ
5 らとともに部屋ⓒを指すのかは明らかでなかったものを、機関区域の
部屋のうち部屋ⓐ及び部屋ⓑであることを明瞭にするものであるから、
実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないこと
は明らかである。
c 原告の主張に対する判断
10 この点に関して原告は、被告は、訂正請求書(甲30)により特許
請求の範囲の減縮を目的として訂正事項1-3の訂正を請求したから、
本件審決が、訂正事項1-3の目的について、明瞭でない記載の釈明
を目的とするものであると判断した(本件審決第2の2⑴(1-3)
ア〔本件審決8~9頁〕)のは誤りであると主張する。
15 しかし、前記aのとおり、訂正事項1-3は、明瞭でない記載の釈
明を目的とする訂正であると認められ、法134条の2第1項の要件
を充足していると認められるから、被告が訂正請求書(甲30)によ
り特許請求の範囲の減縮を目的として訂正事項1-3の訂正を請求し
ていたとしても、それによって訂正事項1-3が違法となることはな
20 く、原告の上記主張は、理由がない。
(イ) 訂正事項2について
訂正事項2の「前記隔壁によって推進方向の前後に区画された」及び
「いずれも」という記載の追加は、訂正事項1-3の「前記隔壁によっ
て推進方向の前後に区画された」及び「いずれも」という記載の追加が
25 明瞭でない記載の釈明に当たり、実質上特許請求の範囲を拡張するもの
に当たらないのと同様の理由により、明瞭でない記載の釈明に当たり、
実質上特許請求の範囲を拡張するものに当たらないものと認められる。
(ウ) 本件審決の判断の当否
したがって、本件審決が、訂正事項1-3について明瞭でない記載の
釈明を目的とするものであるとし(本件審決第2の2⑴(1-3) 〔本
ア
5 件審決8~9頁〕、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものには
)
該当しないとした(本件審決第2の2⑴(1-3) 〔本件審決10頁〕
ウ )
本件審決の判断に誤りはなく、訂正事項2について、特許請求の範囲の
減縮、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記
載を引用しないものとするとともに、明瞭でない記載の釈明を目的とす
10 るものであるとし(本件審決第2の2⑵ア〔本件審決10頁〕、実質上
)
特許請求の範囲を拡張又は変更するものには該当しないとした(本件審
決第2の2⑵ウ〔本件審決11頁〕)本件審決の判断に誤りはない。
ウ 本件訂正の可否
以上によれば、本件訂正は、法134条の2第1項ただし書き1号、3
15 号及び4号に掲げる事項を目的とするものであり、同条9項において準用
する法126条5項及び6項の規定に適合するから、本件訂正を認める
(本件審決第2の2⑶〔本件審決11頁〕 との本件審決の判断に誤りはな
)
い。
⑵ 取消事由1-1(本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理
20 由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り)について
原告は、本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理由2-3
(甲6を主引用例とする容易想到性)の判断の誤りを主張するが、前記⑴ウ
のとおり本件訂正は認められるから、原告の上記主張は理由がない。
⑶ 取消事由1-2(本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理
25 由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)の判断の誤り)について
原告は、本件訂正が認められないことを前提とした場合の無効理由2-2
(甲4を主引用例とする容易想到性)の判断の誤りを主張するが、前記⑴ウ
のとおり本件訂正は認められるから、原告の上記主張は理由がない。
⑷ 以上のとおり、取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(無効理由2-3(甲6を主引用例とする容易想到性)の判断の
5 誤り)について
⑴ 本件発明1と甲6発明の相違点1の存在について
前記2のとおり、本件訂正は認められるべきものであるから、本件発明1
と甲6発明は、少なくとも次の相違点1(前記第2の4⑵エ、本件審決第7
の5⑴ア〔本件審決59頁〕)において相違する。
10 (相違点1)
「水密な構造体」に関し、本件発明1は、
「浸水防止部屋(ただし、タンクを
除く。」であって、
) 「その少なくとも1つは、「前記空間に面する前記側壁が
」
損傷した場合浸水」するのに対し、甲6発明は、
「船尾トリミングタンク」で
あって、
「前記空間に面する前記側壁が損傷した場合」浸水するか明らかでな
15 い点。
⑵ 本件発明1と甲6発明の相違点1の判断について
ア 前記2⑴ア(イ)aのとおり、本件訂正前の請求項1の「浸水防止部屋」と
は、それに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に
浸水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解するのが相
20 当であり、
「浸水防止部屋」は、タンク等の他の機能を備えることが許容さ
れるものであると認められ、同様の理由により、本件訂正後の本件発明1
の「浸水防止部屋」も、同様に解されるものと認められる。そして、本件
発明1の「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。」は、
) 「浸水防止部屋」
のうち、タンクでないものを意味するものと認められる。
25 イ 甲6によれば、甲6発明の「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」
は、もともとタンクの機能を備えるものであり、側壁に面しており、当該
側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような
水密の構造となっている部屋であるから、
「浸水防止部屋」にも当たり、タ
ンクの機能を兼ねる水密防止部屋であるものと認められる。
しかし、タンクを兼ねる「浸水防止部屋」を、タンクと、タンクを兼ね
5 ない「浸水防止部屋」として別々に構成することを示唆する証拠はなく、
また、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであ
って「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクの配
置位置に、タンクとしての機能を有しない「浸水防止部屋」を配置しつつ、
その配置位置とは異なる箇所に別個のタンクを配置することを示唆する
10 証拠もないから、甲6発明において「船尾トリミングタンク(バラスト水
タンク)」を、タンクと、タンクでない「浸水防止部屋」として別々に構成
することや、
「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、
「浸水防止
部屋」としての空所に置き換えることについて動機付けがあるとは認めら
れない。
15 また、タンクと、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」を別々に構
成することとし、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計され
たものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるような
タンクを、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」に置き換えるとする
と、新たにタンクを収める配置スペースが必要となる上に、タンクとして
20 利用できた配置位置をタンクとして利用できなくなり、設計の自由度を損
なうこととなるから、そのようなことをするについては阻害要因があると
いえる。
そうすると、甲6発明において、
「船尾トリミングタンク(バラスト水タ
ンク)」を「浸水防止部屋」としての空所に置き換え、後方の部屋に「船尾
25 トリミングタンク(バラスト水タンク) を配置することを当業者が容易に
」
想到し得るとは認められない。
ウ(ア)a 原告は、甲17には、損傷時復原性の確保と2区画浸水への対策と
いう課題とその解決手段として、船側に設けられ、部屋を仕切る隔壁
と側壁の連結部を覆う液密性区画を設けることが記載されていると主
張する。
5 しかし、甲17の3頁には、(液密性区画7)の一面は外板1、底
「
面は船底、上面は上甲板、他の3面は適当な鋼板で構成され」と記載
されており、液密性区画は、側壁と隔壁の連結部を覆った空間ではな
いから、甲17には、部屋を仕切る隔壁と側壁の連結部を覆う液密性
区画を設けることは記載されていない。
10 b 原告は、甲56には、損傷時復原性の確保と2区画浸水への対策と
いう課題と、その解決手段として、船側に設けられ、横置隔壁と側壁
の連結部を覆う損傷回避区画を設けることが記載されていると主張す
る。
しかし、甲56記載の発明は、損傷時の復原性を考慮した変形自立
15 角型タンクをもつ液化ガス運搬船に関するものであり(産業上の利用
分野) 発明の効果は、
、 損傷時復原性を満たしてタンク数を減らすこと
ができること、タンク数を減らすと同時にホールドスペースに無駄な
スペースがなく、船全体として合理化された船型となることとされて
いる(発明の効果)。また、第3図(前記第3の2〔原告の主張〕⑴ア
20 (ア)b)の船尾側の「損傷回避区画」である「5」は、側壁の連結部を
覆うものではなく、甲56にいう「損傷回避区画」は、横置隔壁と側
壁の連結部を覆う損傷回避区画といえるものではない。
したがって、甲56は、船舶一般について、横置隔壁と側壁の連結
部を覆う損傷回避区画を設けることが記載されていると認められるも
25 のではない。
c 原告は、甲57には、横置隔壁近傍の側壁が損傷した場合に備えて、
側壁と横置隔壁の連結部に接する水密な区画を設けることが記載され
ていると主張する。
しかし、甲57には、従来設けられていた図3の縦通隔壁35の一
部につき、図1(前記第3の2〔原告の主張〕⑴ア(ア)c)の5’のよ
5 うに、外板36との幅を大きくすることにより、船側衝突を横置隔壁
に受けた場合に、幅を大きくした縦通隔壁が損傷することを少なくす
るという事項が記載されているにとどまり、原告の上記主張を採用す
ることはできない。
d 以上のとおり、甲17、甲56及び甲57には、横置隔壁を設けた
10 船舶において、横置隔壁近傍の側壁が損傷した場合に備えて側壁と横
置隔壁の連結部に接する水密な区画を設けることにより二つの部屋が
同時に浸水しないようにすることは記載されているとは認められず、
そのことが技術常識であったと認めることはできない。
(イ) 原告は、浸水防止のための部屋として空所又はタンクが使用可能であ
15 ることは技術常識であるなどと主張し、本件発明1の相違点1に係る構
成は、甲6発明に甲17、甲22ないし甲26を参照することにより、
当業者が容易に想到できたものであると主張する。
しかし、原告の主張に係る書証を検討しても、前記イのとおり、
「浸水
防止部屋」としての機能を兼ねるタンクを、タンクの機能を有しない空
20 所である「浸水防止部屋」に置き換えることを示唆する証拠はなく、そ
のような置き換えをすることについて動機付けはないし、阻害事由があ
るから、原告の上記主張は採用することができない。
原告は、船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)を船舶のどこに
設置するかは、適宜、自由に設計し決めることのできる事項であり、特
25 に後方の部屋に設けることはモーメントの関係で好適であり、周知の事
項であったと主張するが、船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)
は、船体のトリム(船体の前後方向の傾斜)を調整する機能を有するも
のであり、そのような機能を発揮できる位置に配置されなければならず、
その位置は自ずと限られるものであり、船舶のどこに配置するかは、適
宜、自由に設計し決めることのできる事項とは言い切れないし、船の船
5 尾側のうちの特に後方に設けることが好適であると認めるに足りる証拠
はないから、原告の上記主張は、採用することができない。
その他、原告は縷々主張するが、いずれも理由がない。
エ したがって、相違点1に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到
することができたものとは認められず、本件発明1の特許は、法29条2
10 項の規定により特許を受けることができないものとはいえないとした本件
審決の判断(本件審決第7の5⑴イ〔本件審決59~62頁〕)に誤りはな
い。
⑶ 本件発明2ないし8について
本件発明2ないし8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に減縮
15 したものであり、甲6発明と対比すると、本件発明1と同様に少なくとも相
違点1を含むから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に想到す
ることができたものとは認められない。
したがって、本件発明2ないし8の特許は、法29条2項の規定により特
許を受けることができないものとはいえないとした本件審決の判断(本件審
20 決第7の5⑵〔本件審決62頁〕)に誤りはない。
⑷ 以上のとおり、取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(無効理由2-2(甲4を主引用例とする容易想到性)の判断の
誤り)について
⑴ 本件発明1と甲4発明の相違点1の存在について
25 前記2のとおり、本件訂正は認められるべきものであるから、本件発明1
と甲4発明は、少なくとも次の相違点1(前記第2の4⑵ウ、本件審決第7
の4⑴ア〔本件審決52頁〕)において相違する。
(相違点1)
「水密な構造体」に関し、本件発明1は、
「浸水防止部屋(ただし、タンクを
除く。」
) であるのに対し、甲4発明は「アンチローリングタンク」である点。
5 ⑵ 本件発明1と甲4発明の相違点1の判断について
ア 前記2⑴ア(イ)aのとおり、本件訂正前の請求項1の「浸水防止部屋」と
は、それに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に
浸水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解するのが相
当であり、
「浸水防止部屋」は、タンク等の他の機能を備えることが許容さ
10 れるものであると認められ、同様の理由により、本件訂正後の本件発明1
の「浸水防止部屋」も、同様に解されるものと認められる。そして、本件
発明1の「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。」は、
) 「浸水防止部屋」
のうち、タンクでないものを意味するものと認められる。
イ 甲4によれば、甲4発明の「アンチローリングタンク」は、もともとタ
15 ンクの機能を備えるものであり、側壁に面しており、当該側壁が損傷し浸
水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密の構造とな
っている部屋であるから、
「浸水防止部屋」にも当たり、タンクの機能を兼
ねる「水密防止部屋」であるものと認められる。
しかし、タンクを兼ねる「浸水防止部屋」を、タンクと、タンクを兼ね
20 ない「浸水防止部屋」として別々に構成することを示唆する証拠はなく、
また、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであ
って「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクの配
置位置に、タンクとしての機能を有しない「浸水防止部屋」を配置しつつ、
その配置位置とは異なる箇所に別個のタンクを配置することを示唆する
25 証拠もないから、甲4発明において「アンチローリングタンク」を、タン
クと、タンクでない「浸水防止部屋」として別々に構成することや、
「アン
チローリングタンク」を、
「浸水防止部屋」としての空所に置き換えること
について動機付けがあるとは認められない。
また、タンクと、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」を別々に構
成することとし、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計され
5 たものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるような
タンクを、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」に置き換えるとする
と、新たにタンクを収める配置スペースが必要となる上に、タンクとして
利用できた配置位置をタンクとして利用できなくなり、設計の自由度を損
なうこととなるから、そのようなことをするについては阻害要因があると
10 いえる。
そうすると、甲4発明において、
「アンチローリングタンク」を「浸水防
止部屋」としての空所に置き換え、別の場所に「アンチローリングタンク」
を配置することを当業者が容易に想到し得るとは認められない。
ウ 原告は、浸水防止のための部屋として空所又はタンクが使用可能である
15 ことは技術常識であるなどと主張し、本件発明1の相違点1に係る構成は、
甲4発明に甲17、甲22、甲23及び甲27を参照することにより、当
業者が容易に想到できたものであると主張する。
しかし、原告の主張に係る書証を検討しても、前記イのとおり、
「浸水防
止部屋」としての機能を兼ねるタンクを、タンクの機能を有しない空所で
20 ある「浸水防止部屋」に置き換えることを示唆する証拠はなく、そのよう
な置き換えをすることについて動機付けはないし、阻害事由があるから、
原告の主張は採用することができない。
また、原告は、アンチローリングタンクを船舶のどこに設置するかは、
適宜、自由に設計し決めることのできる事項であると主張するが、アンチ
25 ローリングタンクは、減揺効果を生じるような位置に配置されなければな
らないから、その位置は自ずと限られるものであり、船舶のどこに配置す
るかは、適宜、自由に設計し決めることのできる事項とも言い切れない。
その他、原告は縷々主張するが、いずれも理由がない。
エ したがって、相違点1に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到
することができたものとは認められず、本件発明1の特許は、法29条2
5 項の規定により特許を受けることができないものとはいえないとした本件
審決の判断(本件審決第7の4⑴イ〔本件審決53~55頁〕)に誤りはな
い。
⑶ 本件発明2ないし8について
本件発明2ないし8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に減縮
10 したものであり、甲4発明と対比すると、本件発明1と同様に少なくとも相
違点1を含むから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に想到す
することができたものとは認められない。
したがって、本件発明2ないし8の特許は、法29条2項の規定により特
許を受けることができないものとはいえないとした本件審決の判断(本件審
15 決第7の4⑵〔本件審決55~56頁〕)に誤りはない。
⑷ 以上のとおり、取消事由3は理由がない。
5 結論
以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
20 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
25 東 海 林 保
5 裁判官
中 平 健
10 裁判官
都 野 道 紀
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