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令和3(ヨ)22075仮処分命令申立事件

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裁判所 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和4年11月25日
事件種別 民事
法令 著作権
著作権法20条2項2号10回
著作権法20条2項4号3回
著作権法10条1項5号3回
著作権法20条1項2回
著作権法15条1項2回
著作権法14条2回
著作権法2条1項1号1回
著作権法112条1項1回
キーワード 実施28回
侵害15回
差止8回
許諾1回
分割1回
主文 1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。10
1 債務者は、別紙物件目録記載1の建物につき、別紙差止工事目録記載1の各
2 債務者は、別紙物件目録記載2の庭園につき、別紙差止工事目録記載2の各15
1 事案の要旨
2 争点
3 争点に関する当事者の主張
0)。
23ないし28頁)には、債権者の自筆の文字が記載されている。10
2号)に該当するか)について
1 認定事実20
6日に国際版画美術館アプローチ道路実施設計業務委託契約を、それぞれ25
62年4月に開館した。
5月から6月までの間、「町田市立博物館に関する意識調査」を実施した。15
23年3月、展示機能を持つ債務者の施設を「美術系」、「歴史民俗系」
2年間先延ばしすることを決定した。
2 争点1(版画美術館及び本件庭園の著作物性)について
3 争点2(版画美術館及び本件庭園の著作者)について
10)及び審尋の全趣旨によれば、① 債権者は、昭和57年6月4日にA建20
1)によれば、A建築設計事務所のウェブサイト中の「Works」及び
4 争点3(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債
4のとおり、撤去される壁には、部屋と部屋を仕切る壁のみならず、喫茶室、
5 争点4(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が25
1 建物
2 庭園
1529-4、1531-5、1531-6等
1 版画美術館について
2 本件庭園について
事件の概要 1 事案の要旨 本件は、債権者が、「(仮称)国際工芸美術館新築工事」(以下「工芸美術 館新築工事」という。)、「(仮称)国際工芸美術館・国際版画美術館一体化20 工事」(以下「一体化工事」という。)及び「芹ヶ谷公園第二期整備工事」 (以下「公園整備工事」といい、工芸美術館新築工事及び一体化工事と併せて 「工芸美術館新築工事等」という。)と称する各工事の実施を計画する債務者 に対し、債務者が、これらの工事の一部である別紙差止工事目録記載の各工事 (以下、同目録記載1(1)の工事を「本件工事1(1)」、同目録記載2(1)の工事25 を「本件工事2(1)」などといい、本件工事1(1)ないし(4)及び2(1)ないし(3) を併せて「本件各工事」という。)を行うことにより、「町田市立国際版画美 術館」と称する別紙物件目録記載1の建物(以下「版画美術館」という。)及 びその敷地であって芹ヶ谷公園の一部を構成する同目録記載2の庭園(以下 「本件庭園」という。)に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害 されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事5 の差止めを求める事案である。

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判決文

令和3年(ヨ)第22075号 仮処分命令申立事件
決 定
債 権 者 A
同 代 理 人 弁 護 士 吉 岡 和 弘
5 債 務 者 町 田 市
同 代 理 人 弁 護 士 秋 山 一 弘
小 林 大 祐
主 文
1 本件申立てをいずれも却下する。
10 2 申立費用は債権者の負担とする。
理 由
第1 申立て
1 債務者は、別紙物件目録記載1の建物につき、別紙差止工事目録記載1の各
工事を行ってはならない。
15 2 債務者は、別紙物件目録記載2の庭園につき、別紙差止工事目録記載2の各
工事を行ってはならない。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、債権者が、「(仮称)国際工芸美術館新築工事」(以下「工芸美術
20 館新築工事」という。)、「(仮称)国際工芸美術館・国際版画美術館一体化
工事」(以下「一体化工事」という。)及び「芹ヶ谷公園第二期整備工事」
(以下「公園整備工事」といい、工芸美術館新築工事及び一体化工事と併せて
「工芸美術館新築工事等」という。)と称する各工事の実施を計画する債務者
に対し、債務者が、これらの工事の一部である別紙差止工事目録記載の各工事
25 (以下、同目録記載1(1)の工事を「本件工事1(1)」、同目録記載2(1)の工事
を「本件工事2(1)」などといい、本件工事1(1)ないし(4)及び2(1)ないし(3)
を併せて「本件各工事」という。)を行うことにより、「町田市立国際版画美
術館」と称する別紙物件目録記載1の建物(以下「版画美術館」という。)及
びその敷地であって芹ヶ谷公園の一部を構成する同目録記載2の庭園(以下
「本件庭園」という。)に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害
5 されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事
の差止めを求める事案である。
2 争点
(1) 版画美術館及び本件庭園の著作物性(争点1)
(2) 版画美術館及び本件庭園の著作者(争点2)
10 (3) 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債権者の
意に反する改変に該当するか(争点3)
(4) 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物
の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に
該当するか(争点4)
15 (5) 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「やむを
得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に該当するか(争点5)
(6) 保全の必要性(争点6)
3 争点に関する当事者の主張
当事者の主張の要旨は以下のとおりであり、その詳細は各主張書面に記載の
20 とおりであるから、これらを引用する。
(1) 争点1(版画美術館及び本件庭園の著作物性)について
(債権者の主張の要旨)
ア 版画美術館の著作物性
(ア) 版画美術館は、設計者である債権者の思想及び感情が表現された芸術
25 品である。
実際、版画美術館について、芝浦工業大学名誉教授であり、東京建築
士会会長、日本建築士会連合会会長等を務めたBは「こういう版画美術
館が多くの市民や版画ファンに愛され、いきいきと使われている幸せな
建築として高く評価されたのである。」(甲A12)と、ペンシルヴェ
ニア大学客員教授、東京大学名誉教授、アメリカ建築家協会名誉会員及
5 び日本建築家協会名誉会員であるCは「「町田市立版画美術館」は現代
建築の秀れた作品として高く評価され、また町田市民を始め、多くの人
々に愛されている公共施設であります」(甲A13)と、町田市都市計
画審議会会長を務め、東京都立大学名誉教授であるDは「公共的な建築
物の設計・建設に際しては設計者の提案のオリジナリティが市民共有の
10 財産として大切にされるべきであり、…そのオリジナリティは、設計者
の著作権を構成するものでもあります。」(甲A14)と、総合計画研
究所代表及び日本建築家協会・登録建築家であるEは「工芸美術館を版
画美術館との連続性を持たせる構想は意匠の連続性を損ない、版画美術
館の著作権を損なうものと考える。」(甲A16)と、それぞれ指摘し、
15 そのほかにも権威ある専門家が高く評価している(甲A17、18、2
0)。
さらに、版画美術館は、その高い芸術性を評価され、BELCA賞ロ
ングライフ部門賞及びJIA25年賞を受賞しており、建築界全体が、
版画美術館が債権者の思想又は感情の表現物であり、高い芸術性・文化
20 性を有する建造物であることを是認しているというべきである。
したがって、版画美術館は「建築の著作物」(著作権法10条1項5
号)に該当する。
(イ) 債務者は、版画美術館について、専ら版画専門の美術館としての機能
性及び実用性に意を注いで設計されたことが明らかであり、その芸術性
25 ないし美術性(建築美術としての創作性)が表現されているとは見られ
ず、仮に、「建築の著作物」の該当性について、建築物としての実用目
的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象
となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるかという基準
で判断するとしても、「建築の著作物」には該当しないと主張する。
しかし、建築なるものは、実用性・有用性と芸術性を併せ持つ作品で
5 あり、実用性・有用性と建築美は不可分一体のものであるところ、建築
という人工物が備える道具性・有用性の中に、美しさを生み出す技術
(芸術)が輝き表れる場合に、建築美・建築芸術性を感じ取ることにな
る。そして、版画美術館は、温かい色調のレンガで作られた外壁及び緑
青の銅板でできた屋根を有するところ、緑に囲まれた版画美術館が本件
10 庭園と一体となって、来訪者に優しく、温かく、静謐で、安心感を与え
る空間を創造したものであって、建築美・建築芸術性を有するものであ
る。版画美術館のような美的価値及び文化的価値を有する芸術的建物の
著作物性が否定されるとなれば、あらゆる建築物の著作物性は否定され
るに等しく、思想又は感情を創作的に表現した著作物の保護を図り、も
15 って文化の発展に寄与することを目的とする著作権法の理念に反するも
のである。
したがって、版画美術館が「建築の著作物」に該当することは明らか
である。
イ 本件庭園の著作物性
20 本件庭園は、債権者が、荒れ地の谷地に遊歩道や小広場等を設け、樹木
を植栽するなど、自然環境や地形を巧みに生かすように設計し、市民らを
版画美術館に誘う空間を作出することにより、版画美術館を自然環境に溶
け込ませ、静謐な環境の中に版画美術館が静かに佇むことを企図したもの
であるから、版画美術館と一体的関係を持ち、両者は、一体・不可欠の芸
25 術品として、債権者の思想又は感情の表現物といえる。
したがって、本件庭園は「建築の著作物」に該当する。
(債務者の主張の要旨)
ア 版画美術館の著作物性
(ア) 「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)に該当するというため
には、① 単に建築物であるというだけでは足りず、いわゆる建築芸術と
5 見られるものでなければならず、② 建築芸術といえるか否かを判断する
に当たっては、使い勝手の良さ等の実用性、機能性等ではなく、専ら、
その文化的精神性の表現としての建築物の外観を中心に検討すべきであ
り、③ その種の一般的な建築物において通常加味される程度の美的要素
を超えて、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家又は設計者の思想又
10 は感情といった文化的精神性を感得せしめるような芸術性ないし美術性
(建築芸術といえる創作性)を備えた場合であることを要すると解すべ
きである。
しかし、版画美術館については、第三者によりその建築物としての芸
術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を評価されているもので
15 はない。また、債権者が主張するところによっても、専ら版画専門の美
術館としての機能性及び実用性に意を注いで設計されたことが明らかで
あり、その芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)が表現され
ているとはみられない。
したがって、版画美術館は、「建築の著作物」に該当しない。
20 (イ) 仮に、「建築の著作物」の該当性について、建築物としての実用目的
を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象と
なり得る美的特性を備えた部分を把握することができるかという基準で
判断するとしても、債権者が工事の差止めを求める版画美術館の各構成
部分及び全体の外観について、実用目的を達成するために必要な機能に
25 係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分
を把握することはできないから、版画美術館は「建築の著作物」には該
当しない。
イ 本件庭園の著作物性
(ア) 庭園は、「建築の著作物」として保護され得ると解すべきであるが、
人間にとっての実用性が前提となることは建築物と同様であるから、庭
5 園が「建築の著作物」といえるためには、前記ア(ア)と同様に、通常加味
される程度の美的要素を超えて、独立して美的鑑賞の対象となり、建築
家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるよう
な芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を備えることが必要
であると解すべきである。
10 しかし、本件庭園については、第三者によりその芸術性ないし美術性
(建築芸術といえる創作性)に対する評価はされていない。また、債権
者が主張するところによっても、芹ヶ谷公園がもともと有していた自然
環境を生かし、利用者が散策、回遊しやすいものとし、版画美術館から
見る際の景観を考慮したものにすぎないから、通常の庭園ないし都市公
15 園施設としての美的要素を超えて、独立して美的鑑賞の対象となり、建
築家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるよ
うな芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)を備えるとはいえ
ない。
したがって、本件庭園は、「建築の著作物」に該当しない。
20 (イ) 仮に、「建築の著作物」の該当性について、前記ア(イ)の基準で判断す
るとしても、債権者が工事の差止めを求める本件庭園の各構成部分及び
全体の外観について、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成
と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握す
ることはできないから、本件庭園は「建築の著作物」には該当しない。
25 (2) 争点2(版画美術館及び本件庭園の著作者)について
(債権者の主張の要旨)
版画美術館及び本件庭園を設計した当時、株式会社A建築設計事務所(現
商号。以下、商号変更の前後を問わず「A建築設計事務所」という。)には、
債権者のほかに、F、G、H及びIの4名が所属していた。しかし、Fは、
債権者の妻で、当時、子育て中であり、Iは、専らデザイン専門の二級建築
5 士で、住宅等の設計資格を有するにすぎなかった。一級建築士であるG及び
Hは、図面作成助手の業務を担っていたため、版画美術館及び本件庭園の基
本設計、実施設計等の主要な設計は、全て債権者が担当した。実際、版画美
術館の基本設計図(甲A24・2ないし8頁(右下の頁番号。以下同じ。))
及び実施設計図(同・9ないし22頁)並びに本件庭園の実施設計図(同・
10 23ないし28頁)には、債権者の自筆の文字が記載されている。
また、版画美術館は、債権者がこだわり続けている、「現代レンガの建物
設計」の一環として設計されたものであり、債権者以外には設計し得ない建
築物である。
確かに、版画美術館及び本件庭園の設計について、債務者との間で締結し
15 た設計等の委託契約は、A建築設計事務所が当事者となっているが、自治体
には、当事者を建築事務所名で表記した委託契約を締結するという慣行があ
り、債権者も債務者からそのようにしてほしいと依頼されたから、A建築設
計事務所が契約上の当事者となったにすぎない。
以上によれば、版画美術館及び本件庭園の著作者は債権者であるというべ
20 きである。
(債務者の主張の要旨)
ア A建築設計事務所のウェブサイトには、「Works」及び「Awar
ds」として版画美術館が紹介されており、債権者の業績としては表示さ
れていない。また、版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門
25 賞については、設計者としてA建築設計事務所と表示され、債権者は表示
されておらず、JIA25年賞については、設計者としてA建築設計事務
所の名称に債権者の名前が併記されている。さらに、雑誌等における版画
美術館の記事においても、A建築設計事務所の業績ないし作品として表示
されており、債権者の業績等としては表示されていない。その上、観念的
な建築物は設計図に表現され、設計図には著作者である設計者の名を記載
5 するのが社会慣行であるところ、版画美術館の基本設計図(甲A24・1
ないし8頁)、本件庭園の設計図(甲A6)等には、A建築設計事務所の
名称が記載されている。
したがって、版画美術館及び本件庭園の著作者名として、専らA建築設
計事務所の名称が通常の方法により表示されており、債権者の名前が単独
10 で表示されている例はないと認められるから、著作権法14条により、A
建築設計事務所が版画美術館及び本件庭園の著作者として推定されるとい
うべきである。
イ 仮に、上記推定が働かないとしても、著作権法15条1項によれば、①
法人等の「発意に基づき」、② 「その法人等の業務に従事する者が」、③
15 「職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で」、④ 「その
法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」は、⑤ 「その作成の時に
おける契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り」、法人等が著作者
とされる。
上記①について、版画美術館及び本件庭園の設計は、A建築設計事務所
20 が債務者との間で締結した委託契約に基づいて行われているから、A建築
設計事務所の発意に基づくものである。また、上記②について、「法人等
の業務に従事する者」には、会社の従業員のみならず、役員も含まれると
解されるところ、版画美術館及び本件庭園の設計に関与した者は、代表取
締役である債権者を含むA建築設計事務所の役員及び従業員である。さら
25 に、上記③について、「職務上作成する」とは、一般的には、法人等の指
示で具体的に職務を与えられ、そのプロセスで作成することをいうところ、
債権者及び他の従業員等がA建築設計事務所の職務として版画美術館及び
本件庭園の設計を行ったことは明らかである。そして、上記④について、
前記アのとおり、版画美術館及び本件庭園に関しては、専らA建築設計事
務所の名称が表示されており、債権者の名前が単独で表示されている例は
5 ないから、A建築設計事務所の著作の名義の下に公表されたといえる。上
記⑤について、A建築設計事務所と債権者及び他の従業員等との間に、職
務上作成した著作物の著作者を債権者等とする特段の契約ないし勤務規則
の存在について、債務者は説明を受けておらず、聞いたこともないので、
そのような規定があったとは考えられない。
10 以上によれば、版画美術館及び本件庭園について、著作権法15条1項
の要件を満たすから、著作者はA建築設計事務所というべきである。
(3) 争点3(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が
債権者の意に反する改変に該当するか)について
(債権者の主張の要旨)
15 工芸美術館は、市民からの強い要望があってその建設が計画されたもので
はなく、町田市議会においても、「従前の博物館を存続させればいい。」、
「工芸品は市役所で展示すればいい。」、「駅から遠い場所に(市が見積も
る)年間10万人の来訪者など到底見込めない。」、「財政難の折、30億
円も投下する価値がある計画なのか。」、「博物館を改装すれば、30億円
20 をかけなくてもできる。」、「子供の体験というが、どれほどの子供が工芸
品に関心を持つのか。」、「工芸美術館を建てても十分な駐車場は確保でき
るのか。」などの質問が相次ぎ、担当部局が答弁に苦慮し続けている。
また、仮に、工芸美術館を建設するとしても、版画美術館の北側に、版画
美術館と分離した新博物館(3000㎡、3階建て)を建設する案や、版画
25 美術館の北側の平地に、建築面積は狭くするけれども、延べ床面積は変える
ことなく、工芸美術館をコンパクトに建設する案等の回避策が考えられ、版
画美術館と工芸美術館をブリッジでつなぐことなく、これらの一体的な整備
計画を実現することは可能である。
本件各工事により、債権者が心血を注いだ美しく芸術性あふれる版画美術
館及び本件庭園は台無しとなり、版画美術館内の分かりやすく、暖かく、落
5 ち着いた平面計画は根源から否定され、天井配管等がむき出しになった空間
が出現しようとしている。このような損傷行為は、版画に特化した美術館と
しての存在意義を捨てるものであり、債権者にとって、自らの内臓をえぐり
取られるに等しい甚大な被害と苦痛を招来するものである。
したがって、本件各工事は債権者の意に反する改変に該当する。
10 (債務者の主張の要旨)
「その意に反して」(著作権法20条1項)については、著作者の主観的意
図により判断すべきではなく、著作者の精神的・人格的利益を害しない程度
の改変であれば、「その意に反」するものに当たらないと解すべきである。ま
た、改変の許諾を得た第三者が行う、当該著作物の品位を低下させず、本質
15 的な表現上の特徴に関わらない軽微な変更、切除等は、「変更…その他の改
変」(同項)に該当しないと解される。したがって、著作者の精神的・人格
的利益を害しない程度の改変であり、著作者の意図した特徴が損なわれない
程度の改変は、「その意に反し」た「変更…その他の改変」に該当せず、同
一性保持権を侵害するものではないというべきである。
20 版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)については、版画美術館の外観
のうちわずかな面積を占めるにすぎない窓や壁等を撤去したり、版画美術館
の西側の部分に変更を加えたり、大谷石の柱の立ち並びというエントランス
ホールの外観を損なわない透明のガラス壁及びガラスの自動扉を設置したり、
事務室及び学芸員室におけるレイアウトを変更したりするものであり、いず
25 れも、版画美術館の外観や雰囲気に与える影響は極めて限定的であるか、建
築家又は設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような
芸術性ないし美術性(建築芸術といえる創作性)とは関係のないものである。
また、本件庭園に係る本件工事2(1)ないし(3)についても、園路の拡幅や
モミジ園上空ブリッジの設置等に伴い、必要最小限の範囲で樹木を伐採した
り、版画美術館の前のスペースを新たに舗装して整備したり、門柱を撤去し
5 たりするものであり、本件庭園全体としての雰囲気や景観、印象、美的感覚
等を変更するものではない。
したがって、本件各工事は、債権者の精神的・人格的利益を害しない程度
のものであるから、債権者の意に反する改変には該当しない。
(4) 争点4(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が
10 「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項
2号)に該当するか)について
(債務者の主張の要旨)
ア 「増築、改築、修繕又は模様替え」(著作権法20条2項2号)の各文言
の意義は、社会通念に即して捉えれば十分と解されるところ、「増築」と
15 は、一般に建て増しと呼ばれる、従来の建築物に新たな部分を付け加える
ことを、「改築」とは、建築物が老朽化し、又は、インテリジェント化等
新たな時代の要請を受けて、建て直すことを、「修繕」とは、建築物の一
部が傷んだり、不具合な部分が意識されたりした場合に、それを修復、修
理することを、「模様替え」とは、建築物や家屋の内部について、調度や
20 装飾等をしつらえ直すことを、それぞれ意味すると解すべきである。
そして、同号は、建築物の実用性という側面に鑑み、建築物に係る著作
者の同一性保持権と建物所有者の経済的利用権との調和を図った規定であ
るところ、同号の文言にない要件を加えることは、建物所有者の権利に不
合理な制約を加えるものであるから、同号の「改変」には、個人的な嗜好
25 に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変は含まないといった、文
言にない制限を加えるべきではない。
また、本件庭園は、建築物そのものではないが、建築物と一体と認めら
れるかにかかわらず、庭園は同号の「建築物」に含まれると解すべきであ
るから、本件庭園についても同号が適用されるというべきである。
イ 版画美術館に係る本件工事1(1)は、版画美術館の西側の池の位置にエレ
5 ベーター棟を増築し、これを版画美術館2階の西側と接続する工事である
から、「増築」に、本件工事1(2)は、版画美術館1階エントランスホール
と内ホワイエの間の大谷石による柱の間の一つに自動扉のガラスサッシを
設置するほか、他の柱の間にガラス壁を設置する工事であるから、「模様
替え」に、本件工事1(3)は、アートステージを設置するために、既存の工
10 房、アトリエ及び喫茶室の間仕切り壁を撤去する工事であるから、「模様
替え」に、本件工事1(4)は、事務室及び学芸員室のレイアウト変更である
から、「模様替え」に、それぞれ該当する。
また、本件庭園に係る本件工事2(1)は、版画美術館から見て北西側の芹
ヶ谷公園の入口から公園内に至る園路を拡幅する工事及び工芸美術館に対
15 する収蔵品・資機材の搬出入スペースを設置する工事であるから、「模様
替え」に、本件工事2(2)のうち、芹ヶ谷公園のエントランスにサインウォ
ールと滞留スペースを設ける工事は、「増築」又は「模様替え」に、工芸
美術館の東側にスロープやモミジ園上空ブリッジを設置し、版画美術館の
東側の路面を新たに舗装して広場を設置する工事は、「模様替え」に、本
20 件工事2(3)は、遊歩道付近の樹木の伐採工事及びレンガタイルの門柱の撤
去工事であるから、「模様替え」に、それぞれ該当する。
以上のとおり、本件各工事は、著作権法20条2項2号の「増築」又は
「模様替え」に該当するから、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の同
一性保持権を侵害するものとは認められない。
25 ウ 仮に、建築物の増築等による改変が著作者との関係で信義に反すると認
められる特段の事情がある場合には、著作権法20条2項2号は適用さな
いと解したとしても、債務者は、工芸美術館新築工事等を計画するに当た
り、公募型プロポーザルによって公平公正に委託事業者を選定し、A建築
設計事務所は委託事業者に選定されなかったものの、A建築設計事務所が
版画美術館及び本件庭園の設計者であり、長年にわたり版画美術館の定期
5 点検業務を行ってきたことに配慮して、A建築設計事務所の協力及び助言
を求めるために、複数回にわたりA建築設計事務所と打合せを行った。債
権者は債務者に対して回避策を提案したと主張するが、債務者は具体的な
提案を受けたとは認識していないし、その提案は、版画美術館への影響を
抑えることにのみ主眼を置き、新たに整備する工芸美術館の在り方や芹ヶ
10 谷公園全体の整備について十分に考慮されているとはいい難いものであっ
た上、町田市議会においても様々な課題等が指摘された基本設計案に類似
するものであった。さらに、版画美術館及び本件庭園は、公の施設(地方
自治法244条1項)である以上、その老朽化や社会情勢、市民の意識や
ニーズの変化、債務者の財政状況や公共施設再編の要請に応じて、適宜更
15 新されることは、その性質上当然であり、版画美術館及び本件庭園が建設
当初の形状ないし機能のまま将来にわたって維持されるものではないこと
は、これらが設計され、建設された当初から明らかなものであったといえ
る。
これらの事情に鑑みれば、本件各工事による版画美術館及び本件庭園の
20 改変について、債権者との関係で信義に反すると認められる特段の事情が
あるとはいえない。
(債権者の主張の要旨)
ア 著作権法20条2項2号は、同条1項において、原則として、建築の著
作物に関する同一性保持権を認めた上で、例外として、建物所有者のやむ
25 を得ない改変を認め、建物所有者と著作権者との利害調整を図るために設
けられた規定であるから、同項の原則を極力維持し、同条2項2号は、限
定的に解さなければならず、「増築、改築、修繕又は模様替え」の必要性
が認められる必要がある。
また、「増築、改築、修繕又は模様替え」の各文言の定義は、建築の基
本法である建築基準法令に従うことが大前提であり、著作権法においてあ
5 えてこれと異なる概念や定義をする必要性が認められない限り、著作権法
の解釈に当たっても、建築基準法令を踏まえた解釈こそが、法の統一的解
釈の要請と法的安定性を導くことになる。
さらに、上記のとおり、同号は限定的に解されなければならず、みだり
に類推適用すべきではないし、同号の「増築、改築、修繕又は模様替え」
10 とは、文字どおり、建築に係る用語であり、庭園に当てはめて解釈するこ
とは予定されていない。
イ 版画美術館自体に「増築」や「模様替え」の必要があり、版画美術館の
設計思想や特徴を極力尊重した上で、版画美術館の「増築」又は「模様替
え」を行い、版画美術館の価値を更に高める改変を行う場合であれば、著
15 作権法20条2項2号の「改変」に該当するといえるが、本件各工事は、
未だ存在しない工芸美術館なる建築物を建設するに際し、合理的な理由も
なく版画美術館を乱暴にも破損しようとするものである。その上、版画美
術館の北側に版画美術館とは分離した新博物館(3000㎡、3階建て)
を建築する案や、版画美術館の北側の平地に工芸美術館をコンパクトに配
20 置する案等の回避策があり、これらの案や回避策は、採用することが困難
な事情もなく、債務者の計画より廉価に工芸美術館を建設することができ
るものである。したがって、版画美術館については「増築」又は「模様替
え」の必要性が認められず、同号が予定した「改変」には当たらないとい
うべきである。
25 また、「増築」とは「同一敷地内で建築物の床面積が増加すること」を
意味するところ、版画美術館に係る本件工事1(1)は、版画美術館の床面積
が増加するわけではないから、「増築」には当たらない。「模様替え」と
は「建築物の構造・規模・機能の同一性を損なわない範囲で改変する場合」
を意味するところ、本件工事1(2)は、エントランスの列柱にガラス壁を設
置し、エントランスと奥行き空間を二つに分断するものであり、「建築物
5 の構造・規模・機能の同一性」を損なう改変であるから、「模様替え」に
は当たらない。本件工事1(3)は、既存の工房、アトリエ及び喫茶室の間仕
切り壁を撤去するものであり、版画美術館の機能や同一性を一変させるも
のであるから、「模様替え」の定義に含まれない。本件工事1(4)は、事務
室や学芸員室等の壁を撤去するものであり、単なるレイアウトの変更など
10 ではないから、「模様替え」に当たらない。
さらに、本件庭園については、前記アのとおり、そもそも著作権法20
条2項2号の適用はおよそ考えられないが、仮にこれを適用する余地があ
るとしても、本件庭園に係る本件工事2(1)は、園路の樹木等を伐採し、道
路を拡幅するものであるから、「模様替え」に当てはまるものではない。
15 本件工事2(2)は、庭園内の樹木等を伐採し、環境を一変させるものであり、
現状の塀と庇を撤去して版画美術館との調和を壊すものであるから、「増
築」にも「模様替え」にも当たらない。本件工事2(3)は、遊歩道付近の樹
木を伐採し、レンガタイルの門柱を撤去するものであるから、「模様替え」
に当たらない。
20 以上のとおり、本件各工事は、著作権法20条2項2号の「増築」及び
「模様替え」のいずれにも該当しないから、同号は適用されず、同条1項
により、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の同一性保持権は保護され
ることになる。
ウ 債務者は、本件各工事による版画美術館及び本件庭園の改変について、
25 債権者との関係で信義に反すると認められる特段の事情があるとはいえな
いと主張する。
しかし、債権者は、当初から、版画美術館の改修に対して反対の意思を
表明しており、幾度となく、債務者に対し、どのような工事を行おうとし
ているのかを問い合わせたが、債務者は、まともに回答することなく、債
権者が提案した回避策についても全く回答することはなかった。A建築設
5 計事務所代表取締役のJ(以下「J」という。)が、数回、債務者との打
合せの場に臨んだことはあるものの、協力及び助言を求めるようなもので
はなく、「計画に反対しないでほしい。」という姿勢に終始していた。町
田市議会において様々な課題等が指摘されたのは、専ら工芸美術館の建設
に反対する意見にほかならず、債権者の提案した回避策に対する反対意見
10 ではなかった。債権者としても、公の施設等が適宜更新されるべきである
との意見に異議を述べるものではないが、そのような更新が真に必要なも
のか、その理由は具体的にどのようなものか、これにより他の権利を侵害
することにならないか、それを回避するための方策を検討したか、他に有
益な計画は見当たらないのかなどを慎重に検討し、分析する必要があると
15 いうべきである。ところが、債務者は、このような検討、分析をすること
なく、債権者の権利を不必要に侵害しようとするものであり、そのような
侵害行為が避けられないものであることの合理的理由が全く開示されてい
ない。
以上のとおり、本件各工事による版画美術館及び本件庭園の改変は、債
20 権者との関係で信義に反すると認められる事情があるから、債務者の上記
主張は失当である。
(5) 争点5(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が
「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に該当するか)
について
25 (債務者の主張の要旨)
版画美術館及び芹ヶ谷公園の一部である本件庭園は、債務者の公の施設
(地方自治法244条1項)であり、その老朽化や社会情勢、市民の意識や
ニーズの変化、債務者の財政状況や公共施設再編の要請に応じ、適宜に更新
されていくべきものである。
債務者においては、高度経済成長期に整備した多くの施設が老朽化により
5 更新の時期を迎え、多額の維持管理費の確保が課題となっており、また、税
収入の減少と扶助費等の義務的経費の増加による財源不足が年々深刻化し、
将来を見据えて、これからの時代に合った公共施設・公共空間の再編が急務
となっていた。こうした課題に対応するため、債務者は、平成28年3月、
「町田市公共施設等総合管理計画(基本計画)」を策定し、施設総量の圧縮、
10 ライフサイクルコストの縮減、官民連携によるサービス向上及び既存資源の
有効活用の4つの基本方針を定め、公共施設の再編を進めることとなった。
そして、債務者は、既存の版画美術館や工芸美術館の整備等により、芹ヶ
谷公園の存在感を高め、集客力を向上させることで、町田駅からの回遊性を
生み、中心市街地に新たな賑わいを創出し、中心市街地の集客力の向上につ
15 なげることを目指した「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェクト」という名称の地
域再生計画を策定した。同計画は、令和元年11月、内閣総理大臣の認定を
受けており、本件各工事を含む工芸美術館新築工事等に係る事業は、同計画
に基づくものである。
具体的には、町田市立博物館の老朽化及び狭あい化が課題となっていたこ
20 とから、版画美術館の隣に、展示と収蔵の機能に特化したコンパクトな工芸
美術館を新たに建設し、町田市立博物館の収蔵品をそこに移転させるととも
に、版画美術館と工芸美術館を渡り廊下でつなぎ、事務室等については、版
画美術館の既存施設を供用することによって工芸美術館の建設コストを節減
し、ライフサイクルコストの縮減を目指したものであり、施設の運営につい
25 ても、芹ヶ谷公園を含めて官民連携での一体管理の手法を検討しており、上
記4つの基本方針に沿ったものを目指している。
以上のとおり、本件各工事は、公共施設再編並びに版画美術館及び工芸美
術館の一体整備における重要な要素であり、いずれも必要不可欠な工事であ
るから、著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に該
当し、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の同一性保持権を侵害するもの
5 とは認められない。
(債権者の主張の要旨)
債権者も、公共施設再編の要請に応じて、公の施設を適宜更新しなければ
ならないことを争うものではないが、工芸美術館新築工事等について、版画
美術館及び本件庭園を更新する必要性及び合理性があることの分析及び検討
10 がされていない上、回避策があるにもかかわらず、債務者がこれを無視し続
けるという点に問題がある。
仮に、本件庭園内に工芸美術館を建築する必要性及び合理性があるとして
も、版画美術館に手を加えることなく目的を達成することは可能であり、債
権者の権利を侵害してまで版画美術館に手を加えなければならないことの合
15 理的理由はない。
債務者は、本件各工事を含む工芸美術館新築工事等に係る事業が、内閣総
理大臣の認定を受けた「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェクト」という名称の地
域再生計画に基づくものであると主張するが、内閣総理大臣が、条例違反や
美術館の原則・行動指針違反、更には債権者への権利侵害を容認してまで、
20 地域再生計画を実行せよと言うはずはなく、債務者が、芸術性及び文化性が
高く、美しい版画美術館が壊され、債権者の権利が侵害される事実を秘匿し
たまま、上記認定を取り付けていた事実が推認されるというべきである。
以上によれば、本件各工事は、著作権法20条2項4号の「やむを得ない
と認められる改変」に該当するものではない。
25 (6) 争点6(保全の必要性)について
(債権者の主張の要旨)
本件各工事が開始されると、版画美術館及び本件庭園は破損されることに
なり、二度とその価値を回復し得なくなる。
債務者は、令和2年12月2日付け「通知書について」と題する書面にお
いて、本件各工事を計画どおり進める旨を記載しており、また、令和3年1
5 月、工芸美術館の実施設計に着手した。さらに、債務者は、同年3月20日
及び同月23日、住民に対する報告会において、「計画を変更する考えはな
い。粛々と進める。」旨を述べた。
したがって、本件各工事は目前に迫っており、保全の必要性が認められる
ことは明らかである。
10 (債務者の主張の要旨)
争う。
工芸美術館新築工事については、現在、実施設計を行っているところであ
り、令和4年度に着工を予定している。また、一体化工事については、現在、
基本設計が完了し、令和6年度中に実施設計、令和7年度に着工、令和8年
15 度に完成を予定している。さらに、公園整備工事については、基本設計が完
了し、令和8年度に実施設計を予定している。
これらからすると、本件各工事は、当面、着工されないから、保全の必要
性は認められない。
第3 当裁判所の判断
20 1 認定事実
後掲の各疎明資料(疎明資料番号は、特記しない限り枝番を含む。)及び審
尋の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 版画美術館及び本件庭園の概要
ア 版画美術館について
25 (ア) 版画美術館の現況等(甲A1、4、乙2、3、5、7、審尋の全趣旨)
a 版画美術館は、町田市ゆかりの版画家や西洋の作家等による、ヨー
ロッパ中世から現代までの浮世絵や版画作品を幅広く収集し、3万点
を超える収蔵品を擁する版画を中心とした美術館である。
b 版画美術館は、町田駅の北東約700mに位置し、別紙敷地案内図
記載のとおり、南北に細長い芹ヶ谷公園の東入口付近に所在する。そ
5 の建築面積は2955.8㎡、延床面積は7840.2㎡であり、地
上3階地下1階建ての鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)である。ま
た、間取りは、別紙既存平面図記載のとおりである(ただし、2階部
分は、本件各工事に関わる部分のみ表示する。)。
c 版画美術館は、平成27年、25年以上の長きにわたり、建築の存
10 在価値を発揮し、美しく維持され、地域社会に貢献してきた建築を表
彰するJIA25年賞を受賞した。また、平成30年、長期にわたっ
て適切な維持保全を実施したり、優れた改修を実施したりした既存の
建築物のうち、特に優秀なものを表彰するBELCA賞のうち、長期
使用を考慮した設計の下で建設され、長年にわたり適切に維持保全さ
15 れ、今後、相当の期間にわたって維持保全されることが計画されてい
る模範的な建築物を表彰するロングライフ部門賞を受賞した。
(イ) 版画美術館の構成(甲A1、乙13、審尋の全趣旨)
a 版画美術館の壁は、直角に交わる大小様々な平面からなり、版画美
術館又は芹ヶ谷公園の来訪者が通行する歩道に面した版画美術館の東
20 側は、連続的に直角に折れ曲がる壁が雁行する形状となっている。
b 版画美術館の外壁には、少しずつ色合いが異なる、比較的明るい茶
色のレンガが積み上げられ、一定の間隔ごとに、地面から屋根まで鉛
直方向に細長い灰色のコンクリートリブが設けられている。
c 版画美術館の西側に接続するように概ね丁字状の池が設けられてお
25 り、この池には、大小5つの石が配置されている。この池の更に西側
には、石積み壁を隔てた上段に小さな池が設けられ、上段の池から下
段の池に向けて、揚水ポンプにより引き上げた水が流れ落ちる構造と
なっている。もっとも、上記ポンプは、既に20年以上、稼働してい
ない。
d 版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールの西側半分
5 は、1階と2階が吹き抜けとなっている。吹き抜け部分の1階北側に
は、内ホワイエ(別紙既存平面図記載のヴィデオコーナー部分)との
間に3本の大谷石の柱が並び、同部分の周囲の壁面には、床面から2
階の手すり部分まで、同色の大谷石が貼り付けられている。また、吹
き抜け部分の天井には、12個の略正四角柱状の空洞が設けられ、そ
10 れらの各上部に天窓が設置され、そこから自然光が差し込む構造にな
っている。
イ 本件庭園について
(ア) 本件庭園の現況等(審尋の全趣旨)
本件庭園は、芹ヶ谷公園の南側に位置し、別紙庭園範囲図記載のとお
15 り、版画美術館の敷地及びその周辺部分によって構成されるものであり、
版画美術館の建設と同時に整備された。
(イ) 本件庭園の構成(乙9の2、審尋の全趣旨)
a 本件庭園付近の地形は、西側の文学館口付近、せりがや会館口付近
及び「マイスカイホール」と称する銀色の球体様の彫刻(以下「マイ
20 スカイホール」という。)のある広場付近の標高が高く、比較的急な
傾斜を経て、モミジ園及び版画美術館付近が谷の底となっており、本
件庭園は、このような地形を利用して設けられた。
b 本件庭園には、せりがや会館口の両脇に、レンガ造りの門柱があり、
せりがや会館口からマイスカイホールに向かっては、緩やかに下るス
25 ロープとなっており、スロープの床には濃淡の異なる2色の茶色のタ
イルが貼られ、スロープの両側には樹木が植えられている。
広場に設置されたマイスカイホールの周囲には、複数の白い御影石
のベンチが設けられており、マイスカイホールから東に向かって階段
を下ると、版画美術館の北の歩道に到達する。
c 文学館口から公園内に向かっては、緩やかに下る階段となっており、
5 階段の床には濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られ、両側に樹木
が植えられている。階段の途中に、複数の白い御影石のベンチが設け
られ、球体一部が地表から盛り上がるような形をした、直径100c
m弱、高さ約10cmの石材が設置されている。
上記階段を下ったところにバルコニーがあり、バルコニーからは眼
10 下のモミジ園を一望することができ、バルコニーを北向きに曲がる通
路は、谷を周るようにして、前記bのスロープに通じている。
d モミジ園には、多数のモミジ及びショウブが植えられており、遊歩
道及び橋が設けられている。
e 美術館口から版画美術館の東側を通り、北に向かって、歩道及び広
15 場が設けられ、それらの床には、濃淡の異なる2色の茶色のタイルが
貼られており、間隔を置いて樹木が植えられている。
(2) 版画美術館の建設の経緯(甲A2、3、乙9、審尋の全趣旨)
ア 債務者は、昭和56年1月、「国際版画館建設準備委員会」を設置し、
昭和57年6月、芹ヶ谷公園内に版画美術館を建設することを決定した。
20 イ 債務者は、A建築設計事務所との間で、昭和58年1月8日に「(仮称)
町田市立国際版画美術館」基本構想作成委託契約を、同年7月11日に町
田市立国際版画美術館基本設計作製業務委託契約を、同年10月19日に
町田市立国際版画美術館実施設計作製業務委託契約を、昭和60年3月9
日に町田市立国際版画美術館新築工事監理委託契約を、昭和61年8月2
25 6日に国際版画美術館アプローチ道路実施設計業務委託契約を、それぞれ
締結し、A建築設計事務所は、これらの契約に基づき、版画美術館並びに
その敷地及び周辺部分である本件庭園の設計、施工監理等の業務を行った。
ウ 債務者は、大成建設・小田急建設・高尾建設共同企業体との間で、版画
美術館及び本件庭園の建築請負契約を締結し、同企業体は、昭和60年4
月、版画美術館及び本件庭園の建設工事に着手した。
5 エ 版画美術館及び本件庭園は昭和61年8月に竣工し、版画美術館は昭和
62年4月に開館した。
(3) 工芸美術館の建設の経緯(乙7、16、18、32ないし37、39ない
し43、46、審尋の全趣旨)
ア 町田市立博物館(開館当初は「町田市郷土資料館」)は、昭和48年に
10 開館したが、その後、建物の老朽化や狭あい化が問題となり、平成20年
に実施された債務者における事業仕分けにおいて、博物館としての本来の
役割を果たすことができていないとして、「不要」と評価された。
イ 債務者は、平成20年、「町田市博物館等の在り方検討委員会」を設置
し、博物館機能の再構築のための課題抽出や論点整理を行い、平成21年
15 5月から6月までの間、「町田市立博物館に関する意識調査」を実施した。
また、債務者は、平成22年、外部の有識者により構成される「町田市
の博物館等の新たな在り方構想検討委員会」を設置し、同委員会は、平成
23年3月、展示機能を持つ債務者の施設を「美術系」、「歴史民俗系」
及び「自然系」の3分野に整理し、「美術系」については、美術系機能の
20 連携による「美術ゾーン」を形成し、相乗効果を高めること、バリアフリ
ーやアクセスの向上、美術系施設の運営の一体化の検討等の課題を挙げた
報告書をまとめた。
これらを踏まえて、債務者は、平成24年3月、美術工芸部門における
新しい博物館の整備に着手すること、町田駅から徒歩でアクセスが可能な
25 芹ヶ谷公園内に版画美術館とともに「美術ゾーン」を形成すること、新し
い博物館の名称を「(仮称)町田市立国際工芸美術館」とすること等を内
容とする「町田市における博物館機能の再整備に向けた調査・検討報告書」
を策定した。
ウ 債務者は、A建築設計事務所に対し、工芸美術館の建設候補地の検討を
委託したところ、A建築設計事務所は、平成25年3月、債務者に対し、
5 芹ヶ谷公園内の町田荘跡地、版画美術館北側及び高ヶ坂都営住宅跡地の3
か所を候補地に挙げる報告書を提出した。
そして、債務者は、同年、学識経験者により構成される「(仮称)町田
市立国際工芸美術館整備基本計画検討委員会」を設置し、同委員会は、平
成26年5月27日、「(仮称)町田市立国際工芸美術館整備基本計画
10 (案)」を取りまとめた。また、債務者は、これと併行して、市民説明会
や計画の素案に対する市民意見募集等を実施した。
これらの結果を踏まえて、債務者は、同年6月、工芸美術館の建設候補
地を、駅からのアクセスや中心市街地との回遊性を考慮して、版画美術館
北側とすること等を内容とする「(仮称)町田市立国際工芸美術館整備基
15 本計画」を策定した。
エ 債務者は、平成27年、「(仮称)町田市立国際工芸美術館」基本設計
に係る設計者選定のためのプロポーザルを実施した。同プロポーザルには、
A建築設計事務所を含む設計会社8社が参加したところ、株式会社シーラ
カンスアンドアソシエイツが選定された。
20 債務者は、同年8月28日、同社との間で、「(仮称)町田市立国際芸
術美術館」基本設計業務委託契約を締結し、同社は、平成28年3月、工
芸美術館の基本設計を完成させた。当初の計画では、直ちに実施設計が行
われる予定であったが、債務者は、当時の財政状況を踏まえ、実施設計を
2年間先延ばしすることを決定した。
25 その後、町田市議会の平成30年6月議会定例会において、工芸美術館
整備費として実施設計委託料2993万1000円の歳出を含む平成30
年度(2018年度)町田市一般会計補正予算案が審議されたが、工芸美
術館の建設について疑問の声が上がり、同月29日に開催された町田市議
会の本会議において、工芸美術館整備費を削る修正案が可決された。これ
により、上記基本設計は、事実上、利用できないものとなった。
5 オ 町田市議会の平成31年3月議会定例会において、町田市長は、芹ヶ谷
公園と町田市立博物館から収蔵品を引き継ぐ工芸美術館を「芹ヶ谷公園“
芸術の杜”」として一体的に整備することを表明した。そして、工芸美術
館整備費を含む平成31年度(2019年度)町田市一般会計予算案が審
議され、同年3月28日、同案は可決された。この決議に当たっては、芹
10 ヶ谷公園と「(仮称)国際工芸美術館」の一体的な整備における検討状況、
子どもと体験という視点の取組等について、情報提供の徹底及び逐次報告
を求める付帯決議がされた。
カ 債務者は、前記エの基本設計を見直すこととし、「芹ヶ谷公園“芸術の
杜”公園・美術館一体整備」におけるデザイン監修(総合企画)及び設計
15 業務受託候補者選定のための公募型プロポーザルを実施した。同プロポー
ザルには、債権者が参加するチームを含む17者が参加したところ、株式
会社オンデザインパートナーズを代表とする共同企業体(以下「オンデザ
イン」という。)が選定された。
債務者は、オンデザインとの間で、令和元年5月31日、上記業務に係
20 る業務委託契約を締結し、同年11月14日、「(仮称)国際工芸美術館」
基本設計業務委託契約を締結した。
また、債務者は、同年8月以降、多数回にわたり、ワークショップ、ア
ンケート、意見募集、説明会等を通じて、住民等から芹ヶ谷公園の活用、
工芸美術館建設等に関する意見を募集したり、住民等と意見交換をしたり
25 した。
キ 令和元年11月8日、芹ヶ谷公園を「芸術の杜」をテーマに再整備し、
この再整備を機に、芹ヶ谷公園を一つのブランドとして確立させ、多くの
人々が訪れる公園とすることを目指した「芹ヶ谷公園芸術の杜プロジェク
ト」と称する地域再生計画について、地域再生法5条15項の内閣総理大
臣の認定がされた。
5 ク 令和2年3月議会定例会において、工芸美術館の実施設計予算、版画美
術館について工芸美術館との具体的な連携を図るために必要な改修に係る
基本設計を行うための予算等を含む令和2年度(2020年度)町田市一
般会計予算案が審議され、同年3月30日、同案は可決された。
ケ 工芸美術館新築工事については、基本設計が完了し、現在、実施設計を
10 行っており、令和4年度に着工し、令和7年度に完成する予定である。一
体化工事については、基本設計が完了し、令和6年度に実施設計を行い、
令和7年度に着工し、令和8年度に完成する予定である。公園整備工事に
ついては、基本設計が完了し、令和8年度に実施設計を行い、令和9年度
に着工し、令和11年度に完成する予定である。
15 (4) 本件各工事の概要
ア 本件工事1(1)ないし(4)は、一体化工事の一部を構成するところ、各工
事の概要は以下のとおりである(乙5の1、3、審尋の全趣旨)。
(ア) 本件工事1(1)について
本件工事1(1)は、版画美術館の西側の池を撤去し、そこにエレベータ
20 ー棟を建設し、これを版画美術館の2階西側と接続する工事である(別
紙図1参照)。これに伴い、版画美術館の1階西側のサッシ及びRC立
上を撤去して、風除室、自動扉による出入口等を設置し、2階西側の腰
壁及びサッシを撤去することになる。
(イ) 本件工事1(2)について
25 本件工事1(2)は、版画美術館1階のエントランスホールと内ホワイエ
(別紙既存平面図記載のヴィデオコーナー部分)との間の大谷石の柱の
間の一つに、ガラスの自動扉を設置し、他の柱の間に、ガラス壁を設置
する工事である(別紙図2参照)。
(ウ) 本件工事1(3)について
本件工事1(3)は、版画美術館1階の工房、アトリエ及び喫茶室の壁を
5 撤去する工事である(別紙図3参照)。
(エ) 本件工事1(4)について
本件工事1(4)は、版画美術館1階の学芸員室と美術資料閲覧室との間
の間仕切り壁を撤去する工事である(別紙図4参照)。
イ 本件工事2(1)ないし(3)は、公園整備工事の一部を構成するところ、各
10 工事の概要は以下のとおりである(乙6、審尋の全趣旨)。
(ア) 本件工事2(1)について
本件工事2(1)は、版画美術館の北西の芹ヶ谷公園入口(せりがや会館
口)からマイスカイホールまでの園路を約6mに拡幅し、工芸美術館の
西側に収蔵品や資機材の搬出入スペースを設ける工事である(別紙図1
15 参照)。もっとも、どの樹木を伐採するかについては、未定である。
(イ) 本件工事2(2)について
本件工事2(2)は、工芸美術館の東側にスロープを設置する工事、版画
美術館の西の芹ヶ谷公園入口(文学館口)からのモミジ園に向かう園路
にスロープを設置し、これに連続してモミジ園上空に橋を架け、工芸美
20 術館に至る通路を設ける工事、版画美術館の北東側の路面をパーミアス
トーンにより舗装し、カウンターベンチ等を設置する工事及び版画美術
館の南の芹ヶ谷公園入口(美術館口)にサインウォール及び屋根付き滞
留スペースを設置する工事である(別紙図1参照)。
(ウ) 本件工事2(3)について
25 本件工事2(3)は、版画美術館の北西の芹ヶ谷公園入口(せりがや会館
口)に設置されたレンガ造り(レンガタイル)の門柱及び同入口から公
園内に至る園路付近の樹木を撤去する工事である(別紙図1参照)。も
っとも、どの樹木を伐採するかについては、未定である。
(5) 債権者と債務者とのやり取り(甲A8ないし11)
ア 債務者は、令和元年10月9日、A建築設計事務所を訪問し、債権者及
5 び同社代表取締役のJに対し、工芸美術館を版画美術館の隣に建設し、両
者を一体的に活用すること等を計画していることを伝えた。しかし、債権
者は、版画美術館を改修することには反対するなどの意見を述べた。
イ 債務者は、令和元年10月から令和2年8月までの間、複数回にわたり、
Jと面談し、工芸美術館の設計の進捗状況を報告し、版画美術館の改修工
10 事の必要性を説明して、協力を求めた。上記面談の場には、オンデザイン
の担当者が加わることもあった。
ウ 債権者は、令和2年9月2日、債務者に対し、版画美術館の改修工事が
債権者の著作物を侵害すること、工芸美術館の建設が本件庭園の景観や自
然を破壊すること、本件に関して、市長との面談を希望すること等を記載
15 した書面を交付した。
これを受けて、債務者は、同月11日頃、債権者に対し、これまでの経
緯を説明するとともに、版画美術館の改修工事は著作物の侵害には当たら
ないこと、現在の基本設計を見直すつもりはないこと、市長との面談には
応じられないこと等を記載した書面を送付した。
20 エ 債権者代理人は、令和2年11月17日、債務者に対し、工芸美術館の
建設計画は、版画美術館及び本件庭園に係る債権者の著作者人格権を侵害
することになるから、債権者が提案した回避策を検討するよう申し入れる
通知書を送付した。
これに対して、債務者は、同年12月2日頃、債権者に版画美術館及び
25 本件庭園に係る著作者人格権は認められないこと、仮にこれが認められた
としても、工芸美術館の建設及び版画美術館の改修は債権者の著作者人格
権を侵害するものではないこと、これまで債務者とJとの間で話合いを続
けてきたが、Jは債務者が検討している設計案に理解を示しており、債務
者が債権者の指摘する回避策を提案されたことはないこと等を記載した通
知書を送付した。同通知書は、誤って債権者に対して送付されたため、債
5 務者は、令和3年1月27日頃、改めて、債権者代理人に対し、同通知書
とほぼ同内容の通知書を送付した。
オ 債権者は、令和3年4月20日、本件仮処分命令を申し立てた(当裁判
所に顕著な事実)。
2 争点1(版画美術館及び本件庭園の著作物性)について
10 (1) 版画美術館について
ア 建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性
が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」
(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するも
の」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」と
15 いえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければ
ならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7
日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。そして、建築物は、
通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術
鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成す
20 るために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権
法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調
整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、
著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1
条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。このような
25 観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを
判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能
に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把
握できるか否かという基準によるのが相当である。
さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなけ
ればならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」
5 として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要
となる。その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照
らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであ
って保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進
の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきで
10 ある。
イ 版画美術館の構成は、前記1(1)ア(イ)のとおりであり、これを踏まえて、
版画美術館が「建築の著作物」として保護されるか検討する。
(ア) 「美術」の「範囲に属するもの」か否かについて
a 版画美術館の壁は、直角に交わる大小様々な平面からなり、その東
15 側は、連続的に直角に折れ曲がって雁行する形状となっている。
これらは、版画美術館の内部を外部と仕切ることにより、展示物や
保管物が自然条件で毀損されることのないようにするとともに、来館
者が快適に展示物を鑑賞することができるようにするなどのために不
可欠な構造として、その形状に制約を受けざるを得ないものであり、
20 建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とい
える。
したがって、上記の形状については、建築物としての実用目的を達
成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象とな
る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。
25 b 版画美術館の外壁は、色合いの異なるレンガが積み上げられ、一定
の間隔ごとに、地面から屋根まで鉛直方向に、細長い灰色のコンクリ
ートリブが設けられている。
これらのうち、レンガ部分は、壁に貼り付けられたものと考えられ、
版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物と
しての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、
5 美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握すること
ができるといえる。
また、コンクリートリブ部分も、壁に貼り付けられたものと考えら
れ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築
物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離し
10 て、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握する
ことができるといえる。
c 版画美術館の西側には、概ね丁字状の池及びその上段に位置する小
さな池が版画美術館に接続するように設置され、人工的に引き上げた
水が上段の池から流れ落ちる構造となっている。
15 これらは、美術館としての静謐な空間を演出し、来館者が心穏やか
に展示物を見て回ることができるようにするために、来館者の鑑賞の
対象として設けられたものといえることからすると、建築物としての
実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術
鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することがで
20 きるといえる。
d 版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールのうち、吹
き抜け部分は、その周囲の壁面に、床面から2階の手すり部分まで、
柱と同色の大谷石が貼り付けられ、その天井に、天窓につながる12
個の略正四角柱状の空洞が設けられている。
25 この吹き抜け部分は、版画美術館の内部空間を区切るための壁又は
天井そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するため
に必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美
的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
e 以上の検討によれば、版画美術館は、少なくとも、前記bないしd
のとおり、建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る
5 構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている
部分を把握することができるから、全体として、「美術」の「範囲に属
するもの」であると認められる。
(イ) 「思想又は感情を創作的に表現したもの」か否かについて
前記1(2)イのとおり、版画美術館は、A建築設計事務所が債務者との
10 間で業務委託契約を締結し、同契約に基づき設計したものである。
そして、証拠(甲A1、22)及び審尋の全趣旨によれば、版画美術
館を構成する部分のうち、例えば、① 前記(ア)aの版画美術館の壁につ
いては、リズムを生み出すために、連続的に折れ曲がる形状とされたこ
と、② 前記(ア)bのうちコンクリートリブ部分については、外壁のレン
15 ガが単調な印象にならないように、リズムを付けるために設けられたこ
と、③ 前記(ア)cの二つの池及び水が上段の池から下段の池に流れ落ち
る構造については、周囲の緑の中に水を溜めて小さな滝を設け、これを
版画美術館内から眺めることができるようにしたものであること、④ 前
記(ア)dの吹き抜け部分については、多くの来館者がまず足を踏み入れる
20 ことになる空間であり、大谷石で周囲を取り囲み、天井から自然光が必
要十分に差し込むように工夫されたものであることが認められ、設計者
が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる。
一方、版画美術館の全体の設計や少なくとも上記①ないし④の各部分
がありふれたものであることを認めるに足りる疎明資料はない。
25 以上によれば、版画美術館は、作成者の思想又は感情が創作的に表現
された部分を含むものと認めるのが相当であり、全体として、「思想又は
感情を創作的に表現したもの」であると認められる。
(ウ) 以上によれば、版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属する
もの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」
であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。
5 (2) 本件庭園について
ア 本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提と
して、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得る
か否かについて検討する。
「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の
10 著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」
の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同
法1条)に沿うように解釈するのが相当である。
そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着す
る工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造
15 のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」
に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々
が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解され
ない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設け
られ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということが
20 でき、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができ
るものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当
すると解するのが相当である。
ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地
内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直
25 接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利
用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するため
に必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。そうすると、
庭園の著作物性の判断も、前記(1)アの建築物の著作物性の判断と同様に、
その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑
賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものに
5 ついては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は
感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の
著作物」として保護されると解するのが相当である。
イ 本件庭園の構成は、前記1(1)イ(イ)のとおりであり、これを踏まえて、
本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かについて検討する。
10 (ア) せりがや会館口の両脇には、レンガ造りの門柱があるが、これは、芹
ヶ谷公園の出入口を示すために設けられたものであり、芹ヶ谷公園を訪
れようとした人にとっての目印として利用されるものであるから、庭園
としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成ということが
でき、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象
15 となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認め
られない。
(イ) せりがや会館口からマイスカイホールにかけてのスロープ、マイスカ
イホールのある広場、文学館口からバルコニーにかけての階段並びに美
術館口から版画美術館の東側を通り、北に向かって設けられた歩道及び
20 広場は、専ら、版画美術館に来館するために通行したり、本件庭園を散
策したり、子ども達が遊んだりするための構造であるといえるから、庭
園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべき
であり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対
象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認
25 められない。
また、これらの床には濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られてい
るが、これらのタイルは、歩行者等が歩いたり、走ったりしやすいよう
にし、通路等が、人々の往来や自然条件により、損壊することのないよ
うにするための構造を備えることが不可欠であるから、庭園としての実
用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件
5 全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る
美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
(ウ) 文学館口からバルコニーにかけての階段の途中及びマイスカイホール
の周囲に設けられた白い御影石のベンチは、本件庭園を訪れた人が休息
をとるため等に使用できる構造を備える必要があるから、庭園としての
10 実用目的を達成するために必要な機能に係る構成ということができ、本
件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得
る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
上記階段の途中に設けられた、球体の一部が地表から盛り上がるよう
な形状を有する直径100cm弱、高さ約10cmの石材は、通路の舗
15 装の一部を構成するものであり、装飾的な要素がありつつも、歩行者等
が歩いたり、走ったりしやすいようにし、通路等が、人々の往来や自然
条件により、損壊することのないようにするような構造を備えることに
より、その装飾的な要素が一定程度制限されているものと考えられ、ま
た、訪れた子ども達が飛び乗るなどして遊ぶという遊具としての構造も
20 備えているとも考えられる。そうすると、上記の石材は、通路と一体の
ものとして、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る
構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞
の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものと
は認められない。
25 (エ) バルコニーは、モミジ園及び版画美術館より標高が高いところにあり、
眼下にモミジ園を一望することができる設備であるところ、本件庭園を
訪れた人が散策する過程で、本件庭園の景色を楽しむため場所を提供す
るものということができるから、庭園としての実用目的を達成するため
に必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と
分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握する
5 ことができるものとは認められない。
(オ) モミジ園には、多数のモミジ及びショウブが植えられており、遊歩道
及び橋が設けられている。
これらの遊歩道等は、本件庭園を訪れた人が散策するなどするために
不可欠の構造であり、庭園としての実用目的を達成するために必要な機
10 能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と
分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握する
ことができるものとは認められない。
また、モミジ等自体も、本件庭園内を心地良く散策することができる
ようにするために植栽されたものということができ、その植栽のされ方
15 や配置等は、散策等の目的を有する庭園全体やその通路の構造によって
一定程度制約されるものと考えられるから、庭園としての実用目的を達
成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、
同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を
把握することができるものとは認められない。
20 (カ) マイスカイホールについて、疎明資料(甲A1、乙9)及び審尋の全
趣旨によれば、本件庭園が建設された時点では、彫刻を展示するための
広場のみが設けられており、本件庭園が完成した後にこれが設置された
と認められる。
したがって、マイスカイホールは、本件庭園が建設された後に設置さ
25 れたものであるから、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるの
か否かを検討する対象足り得ない。
(キ) 本件庭園は、西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、モミジ園及
び版画美術館付近が谷の底となる地形を利用して、園内を散策したりす
ることができるように、通路や階段、ベンチ、門柱、広場等が設けられ
たものである。
5 そうすると、前記(ア)ないし(カ)のとおり、本件庭園内の通路や階段等
は、いずれも庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る
構成であることから、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討し
たとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するため
に必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特
10 性を備えた部分を把握することはできないというほかない。
(ク) そして、本件庭園のその余の部分は、本件全疎明資料によっても、庭
園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、
美術鑑賞の対象となり得る美的特性を把握することができるものとは認
められない。
15 以上によれば、本件庭園は、「美術」の「範囲に属するもの」に該当
するとは認められず、「建築の著作物」として保護されない。
ウ これに対して、債権者は、本件庭園について、自然環境や地形を巧みに
生かすように設計し、版画美術館を自然環境に溶け込ませ、静謐な環境の
中に版画美術館が静かに佇むことを企図したものであるから、本件庭園は
20 版画美術館と一体的関係を持ち、版画美術館と共に「建築の著作物」に該
当すると主張する。
しかし、別紙敷地案内図及び同庭園範囲図から明らかなように、本件庭
園は芹ヶ谷公園の一部を構成するものであり、版画美術館は本件庭園の4
分の1程度の面積を占めるにすぎない。また、前記1(1)ア及びイのとおり、
25 本件庭園付近は、もともと西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、東
側に谷の底がある地形をしており、本件庭園はこのような特殊な地形を利
用して設けられたものであるのに対し、版画美術館はこのような地形のう
ち平地部分に建設されたものであって、設計の前提となる条件が大きく異
なるといえる。さらに、版画美術館の来館者が、基本的に、その展示物を
見て回ることを目的とするのに対し、芹ヶ谷公園の一部を成す本件庭園の
5 来園者には、版画美術館に来館した者のみならず、散策する者、休息をと
る者、運動をする者、単に通り抜けようとして通行する者等がおり、利用
目的が異なっている。
これらの事情に照らせば、本件庭園が版画美術館の建設と同時に整備さ
れたものであり、相互の利用を考慮して設計されたものであるとしても、
10 本件庭園は、版画美術館と一体となるものとして設計されたと認められず、
版画美術館と一体として利用されるものと評価することもできないから、
版画美術館と共に「建築の著作物」を構成するとは認められないというべ
きである。
したがって、債権者の上記主張は採用することができない。
15 エ 以上によれば、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるとは認め
られないから、その余の点を判断するまでもなく、本件庭園に係る工事で
ある本件工事2(1)ないし(3)の差止めを求める申立ては理由がない。
3 争点2(版画美術館及び本件庭園の著作者)について
(1) 版画美術館の著作者について検討するに、疎明資料(甲A22、乙1、9、
20 10)及び審尋の全趣旨によれば、① 債権者は、昭和57年6月4日にA建
築設計事務所を設立し、平成22年5月26日に退任するまで、A建築設計
事務所の代表取締役であったこと、② 債務者から版画美術館に係る基本設計
作製業務等を受託した昭和58年当時、A建築設計事務所には、債権者のほ
かに、7名の1級建築士又は2級建築士の所員がいたこと、③ 債権者は、自
25 ら、版画美術館に係る基本設計図及び実施設計図の一部を作成し、また、配
置図、平面図、立面図、断面図等のスケッチを作成し、所員に指示をしてこ
れらを完成させたこと、④ 債権者は、エントランスホール前のタイルの床、
エントランスホールの大理石の床や大谷石の内壁、手すり、照明器具、エン
トランス前の寄り付きの天井等についてアイデアを出し、所員に対し、これ
に基づいて図面等を作成するよう指示したこと、⑤ 大成建設・小田急建設・
5 高尾建設共同企業体は、このようにして作成された基本設計等に基づき、版
画美術館を完成させたことが認められる。
上記認定事実によれば、債権者は、自らの氏を商号の一部に含むA建築設
計事務所を設立して、その代表取締役に就任し、法人設立から間もなく、所
属する所員も少数であった昭和58年に、A建築設計事務所をして債務者か
10 ら版画美術館に係る基本設計作製業務等を受託させたものであり、債権者は、
自ら設計図等を作成し、あるいは、所員に対し、具体的な指示をして図面等
を作成させ、その図面等に基づいて版画美術館が完成するに至ったものであ
る。そして、建築物の設計者は、「建築家」と呼ばれることがあり、当該設
計者が設計した建築物について、当該設計者個人の業績として紹介されるこ
15 とが少なくないことを併せ考慮すると、版画美術館は、債権者の思想又は感
情を創作的に表現した著作物であると認められ、他方、A建築設計事務所の
発意に基づき、債権者及び所員がA建築設計事務所の職務上作成したものと
は認められず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はないから、債権者が版
画美術館の著作者であると認めるのが相当である。
20 (2) これに対して、疎明資料(甲A6、乙2の2、乙3の2、乙9の1、乙1
1)によれば、A建築設計事務所のウェブサイト中の「Works」及び
「Awards」の各ウェブページにおいて、版画美術館が紹介されている
こと、版画美術館に係る設計図等にはA建築設計事務所の名称が記載されて
いること、版画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞では、A
25 建築設計事務所が設計者として表示され、JIA25年賞では、A建築設計
事務所及び債権者が設計者として表示されていることが認められる。
しかし、A建築設計事務所のウェブサイト中において版画美術館が紹介さ
れたり、版画美術館に係る設計図等にA建築設計事務所の名称が記載された
りしているのは、前記1(2)のとおり、債務者との間で版画美術館に係る基本
設計作製業務等の委託契約を締結したのがA建築設計事務所であったことに
5 よるものであると考えられるところ、著作物を創作した者である著作者と、
著作物の作成を依頼した者との間で契約を締結して当該契約に基づく権利義
務の主体となる契約当事者とが、必ず一致するとは限らない。また、上記各
賞において、A建築設計事務所が設計者と表示された理由は明らかではない
が、これらについても、A建築設計事務所が上記委託契約を締結した契約当
10 事者であったからであると考えられ、A建築設計事務所が著作者であること
を直ちに裏付けるとはいい難い。
そうすると、上記各認定事実をもって、前記(1)の認定を左右するというこ
とはできないというべきである。
(3) また、債務者は、前記(2)のとおり、A建築設計事務所のウェブサイトや版
15 画美術館が受賞したBELCA賞ロングライフ部門賞等において、版画美術
館及び本件庭園の著作者名として、専らA建築設計事務所の名称が通常の方
法により表示されており、債権者の名前が単独で表示されている例はないと
認められるから、著作権法14条により、A建築設計事務所が版画美術館及
び本件庭園の著作者として推定されると主張する。
20 しかし、前記(1)のとおり、版画美術館の著作者は債権者であると認められ
るので、同条の推定は結論に影響を及ぼさない。
(4) 以上を踏まえると、債権者は、版画美術館の著作者であり、版画美術館に
係る著作者人格権(同一性保持権)を有する。
4 争点3(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債
25 権者の意に反する改変に該当するか)について
版画美術館に係る本件工事1(1)は、前記1(4)ア(ア)のとおり、版画美術館の
西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、
これを版画美術館に接続するものであるところ、版画美術館の躯体に関わる工
事であり、小規模なものとはいい難い上、これにより鑑賞の対象であった池が
失われ、この周辺の外観は大きく変わることになるといえる。
5 また、版画美術館に係る本件工事1(2)は、前記1(4)ア(イ)のとおり、エント
ランスホールと内ホワイエとの間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガ
ラス壁を設置するものであるところ、版画美術館の躯体を直接取り壊したりす
る工事ではないものの、エントランスホールから内ホワイエにかけての連続す
る空間を分断し、空間的な広がりを狭めるものであるから、来館者が抱くエン
10 トランスホール及び内ホワイエの印象を少なからず変えることになるといえる。
さらに、版画美術館に係る本件工事1(3)及び(4)は、前記1(4)ア(ウ)及び(エ)
のとおり、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並びに学芸員室と美術資料閲覧室と
の間の間仕切り壁を撤去するものであるところ、別紙既存平面図、図3及び図
4のとおり、撤去される壁には、部屋と部屋を仕切る壁のみならず、喫茶室、
15 アトリエロッカールーム及びアトリエの東側の壁も含まれており、この付近に
は、来館者用の出入口や歩道があることからすると、人々の注意を惹きやすい
部分に大きな変更を加えるものといえる。
そして、前記1(5)アのとおり、債権者は、債務者から版画美術館の改修を計
画していることの報告を受けたときに、これに反対する意向を示しており、債
20 権者が上記各改変を許容していたことを認めるに足りる疎明資料はない。
以上によれば、本件工事1(1)ないし(4)は、版画美術館の機能や外観に対し
て相当程度大きな変更を加えるものであり、実際、債権者は、これに反対する
意向を示していたことからすると、債権者の意に反する改変であると認めるの
が相当である。
25 5 争点4(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が
「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2
号)に該当するか)について
(1) 著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」は、建築基準法にお
いて用いられる用語ではあるものの、著作権法及び建築基準法のいずれにも
定義規定がないことからすると、これらの用語の一般的な意味を考慮しつつ、
5 両法に整合的に解釈するのが相当である。
この点、「増築」とは、一般的に、在来の建物に更に増し加えて建てるこ
とをいい、建築基準法6条2項等においてもこのような意味で理解すること
ができる。また、「模様替え」とは、一般的に、室内の装飾、家具の配置等
を変えることをいうが、同法2条15号、6条1項等からすると、建造物の
10 構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変することをいう
と解すべきである。そして、これらの解釈は、著作権法20条1項、2項2
号の趣旨に反するものではない。
そうすると、本件工事1(1)は、前記1(4)ア(ア)のとおり、版画美術館の西
側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、
15 これを版画美術館に接続するものであるから、在来の建物に更に増し加えて
建てるものであるといえ、「増築」に該当すると認められる。また、本件工
事1(2)は、前記1(4)ア(イ)のとおり、エントランスホールと内ホワイエとの
間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガラス壁を設置するものであり、
版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、既存の柱を利用し、壁等を
20 設けることによって、一連の空間を分割するにすぎないものであるから、建
造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまるもの
といえ、「模様替え」に該当すると認められる。さらに、本件工事1(3)及び
(4)は、前記1(4)ア(ウ)及び(エ)のとおり、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並
びに学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去するものであり、
25 版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、内部の空間の区切り方や入
口の位置及びレイアウトを利用しやすいように変更するにすぎないものであ
るから、やはり、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での
改変にとどまり、「模様替え」に該当すると認められる。
(2) もっとも、著作権法は、著作物を創作した著作者に対し、著作者人格権と
して、同法20条1項により、その著作物の同一性を保持する権利を保障す
5 る一方で、建築物が、元来、人間が住み、あるいは使うという実用的な見地
から造られたものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図るこ
とを許す必要性が高いことから、同条2項2号により、建築物の著作者の同
一性保持権に一定の制限を課したものである。このような法の趣旨に鑑みる
と、同号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築
10 であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当で
なく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変につい
ては、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。
これを本件について検討するに、前記1の認定事実によれば、本件工事1
(1)ないし(4)が決定されるに至った経緯は、次のとおりである。すなわち、
15 町田市立博物館がその開館から30年以上が経過し、建物の老朽化等が問題
になったことから、債務者は、市民に対する意識調査や外部の有識者により
構成される委員会での検討結果等を踏まえ、芹ヶ谷公園内に、名称を「(仮
称)町田市立国際工芸美術館」とする新しい博物館(工芸美術館)を整備し、
版画美術館とともに「美術ゾーン」(展示機能を持つ債務者の施設のうち
20 「美術系」に分類されるものを集約し、これらの連携を図ることを目指した
区域)を形成する計画を立てた。そして、債務者は、A建築設計事務所に対
し、工芸美術館の建設候補地の検討を委託するとともに、学識経験者により
構成される委員会での検討結果や市民からの意見募集等を実施した上で、版
画美術館の北側に工芸美術館を建設すること等を内容とする基本計画を策定
25 した。これを踏まえて、工芸美術館の基本設計が行われたが、町田市議会に
おいて、工芸美術館の建設をめぐり議論となり、実施設計委託料に相当する
工芸美術館整備費を予算から削る修正案が可決されため、一旦、計画は頓挫
することとなった。その後、町田市長は、芹ヶ谷公園と工芸美術館を一体的
に整備することを表明し、町田市議会において、工芸美術館整備費を含む予
算案が再び審議され、同案が可決承認されるとともに、芹ヶ谷公園と工芸美
5 術館の一体的な整備における検討状況等についての情報提供を徹底すること
等の付帯決議がされた。債務者は、先の基本設計を見直すこととし、芹ヶ谷
公園と美術館の一体整備に係る総合企画及び設計業務を委託する候補者を選
定するための公募型プロポーザルを実施し、これにより選定されたオンデザ
インとの間で、これらの業務委託契約及び工芸美術館の基本設計業務委託契
10 約を締結した。債務者は、これと並行して、多数回にわたり、ワークショッ
プ、アンケート、説明会等を通じて、住民等から、芹ヶ谷公園の活用や工芸
美術館建設等に関する意見を募集するなどし、現在、工芸美術館新築工事等
の各基本設計が終了したものである。本件各工事は、これらの基本設計に基
づくものである。
15 以上の経緯によれば、版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)は、債務
者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有
する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会におい
ても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインに
よって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見
20 が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改
変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない。
したがって、本件工事1(1)ないし(4)については、著作権法20条2項2
号が適用されるから、版画美術館に係る債権者の同一性保持権が侵害された
とは認められない。
25 (3) これに対して、債権者は、著作権法20条2号の「改変」に該当するとい
うためには、版画美術館自体に「増築」や「模様替え」の必要があり、かつ、
版画美術館の設計思想や特徴を極力尊重した上で、版画美術館の「増築」又
は「模様替え」を行い、版画美術館の価値を更に高める改変を行う場合でな
ければならないところ、本件各工事は、合理的な理由もなく版画美術館を乱
暴にも破損しようとするものであるばかりか、版画美術館の北側に版画美術
5 館とは分離した新博物館(3000㎡、3階建て)を建築する案や、版画美
術館の北側の平地に工芸美術館をコンパクトに配置する案等の回避策が存在
する一方、これらの回避策を採用することが困難な事情は存在せず、債務者
の計画よりも廉価に工芸美術館を建設することができるから、同号が予定し
た「改変」には当たらないと主張する。
10 しかし、前記(2)のとおり、著作権法は、建築物の特殊性に鑑み、同法20
条2項2号により、建築の著作物の著作者に保障された同一性保持権に一定
の制限を課したものであるところ、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必
要な範囲を超えた改変について同号の適用を制限することを超えて、その適
用に更なる制限を課すことは、著作者の同一性保持権と建築物の所有者の経
15 済的・実用的な利益との調整として同号の予定するところではないというべ
きであり、本件工事1(1)ないし(4)についても、このような観点から検討す
れば足りる。
したがって、債権者の上記主張は採用することができない。
第4 結論
20 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、債権者の申立てはいずれ
も理由がないからこれらを却下することとして、主文のとおり決定する。
令和4年11月25日
東京地方裁判所民事第29部
25 裁判長裁判官 國 分 隆 文
裁判官 小 川 暁
裁判官 間 明 宏 充
(別紙)
物 件 目 録
1 建物
(1) 所在
以下の土地上にあり、別紙庭園範囲図記載の①ないし㊺及び①を順次直線
で結んだ線内に存する建物
東京都町田市高ケ坂一丁目1546、1547、1557、1558、
東京都町田市原町田1555-1、1556-1、1532-18、1532
-19
(2) 建物の構造
鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造 地下1階、地上3階建て建物
2 庭園
(1) 所在
東京都町田市高ケ坂一丁目1546、1547、1557、1558、東
京都町田市原町田1531-1、1532-14、1528-2、1529-1、
1529-4、1531-5、1531-6等
(2) 範囲
別紙庭園範囲図記載の①ないし㊺及び①を順次直線で結んだ線内の庭園
以 上
(別紙)
差止工事目録
1 版画美術館について
(1) 別紙図1記載の版画美術館西側の池(同図①)にエレベーター及び階段
(同図②)を設置する工事、及び、版画美術館2階西側の窓部分(同図③)
を除去し生活通路を設置する工事
(2) 別紙図2記載の版画美術館1階エントランスホールの大谷石の列柱(同図
④)の間に自動扉のガラスサッシ(同図④’)を設置する工事
(3) 別紙図3記載の版画美術館1階の工房(同図⑤)、アトリエ(同図⑥)及
び喫茶室(同図⑦)の各間仕切り壁(赤で示す壁。青色枠線で囲まれた部分
を除く。)の撤去工事
(4) 別紙図4記載の版画美術館1階の学芸員室(同図⑨)及び美術資料閲覧室
(同図⑩)の各間仕切り壁(同図点線部)の撤去工事
2 本件庭園について
(1) 別紙図1記載の工芸美術館に至る道路(同図⑪)及び来客用駐車場(同図
⑫)を設置する工事
(2) 別紙図1記載の工芸美術館東側に空中歩廊(同図⑬)、モミジ園上空ブリ
ッジ(同図⑭)、アトリエステージ(同図⑮)、スロープ状の斜め道(同図
⑯)及びコンクリート塀と庇(同図⑰)を設置する工事
(3) 別紙図1記載の遊歩道付近の樹木(同図⑱)及びレンガタイルの門柱(同
図⑲)を撤去する工事
以 上
別紙庭園範囲図、別紙図面1、別紙図面2、別紙図面3、別紙図面4、別紙敷地案
内図及び別紙既存平面図は、省略

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