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令和4(行ケ)10049審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和4年11月28日
事件種別 民事
当事者 原告沢井製薬株式会社
被告東レ株式会社
対象物 止痒剤
法令 特許権
キーワード 審決81回
無効35回
実施17回
特許権11回
無効審判5回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は、特許権の存続期間延長登録の無効審判請求に対する不成立審決の取消訴 訟である。争点は、無効理由についての判断の誤りの有無(より具体的には、審決 を取り消した判決の拘束力の理解の誤りの有無)及び手続上の瑕疵の有無である。

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判決文

令和4年11月28日判決言渡
令和4年(行ケ)第10049号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和4年10月19日
判 決
原 告 沢 井 製 薬 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護 士 小 松 陽 一 郎
原 悠 介
千 葉 あ す か
被 告 東 レ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護 士 重 冨 貴 光
長 谷 部 陽 平
秋 田 康 博
鷲 見 健 人
同訴訟代理人弁理 士 皆 川 量 之
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2020-800004号事件について令和4年3月15日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は、特許権の存続期間延長登録の無効審判請求に対する不成立審決の取消訴
訟である。争点は、無効理由についての判断の誤りの有無(より具体的には、審決
を取り消した判決の拘束力の理解の誤りの有無)及び手続上の瑕疵の有無である。
1 手続の経緯
(1) 被告の特許権
被告は、名称を「止痒剤」とする発明について、平成9年11月21日に特許出
願(特願平10-524506号。優先日:平成8年11月25日、優先権主張国:
日本)をし、平成16年3月12日、その設定登録を受けた(特許第353117
0号。請求項の数36。以下「本件特許」といい、本件特許の特許請求の範囲の各
請求項に係る発明を、項数に従い「本件発明1」などといい、本件発明1~36を
併せて「本件発明」という。また、本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」
という。)(甲1、2)。
(2) 存続期間延長登録の出願
ア 被告は、平成29年11月20日、本件特許について、存続期間延長登録の
出願(出願番号2017-700310号。以下「本件延長登録出願」という。)を
し(甲1、123)、平成30年4月20日付け手続補正書(甲148)により補正
をした。上記補正後の本件延長登録出願は、延長を求める期間及び特許発明の実施
について、平成28年法律第108号による改正前の特許法(以下「旧特許法」と
いう。)67条2項の政令に定める処分を受けることが必要であった処分(以下「本
件処分」という。 を次のとおりとするものである
) (甲1、123、148、166)。
(ア) 延長を求める期間 5年
(イ) 延長登録の理由となる処分
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「医
薬品医療機器等法」という。)14条1項に規定する医薬品に係る同条9項(ただ
し、令和元年法律第63号による改正前のもの。以下同じ。)の承認
(ウ) 処分を特定する番号
22900AMX00538000
(エ) 処分を受けた日
平成29年9月22日
(オ) 処分の対象となった医薬品(以下「本件医薬品」という。また、以下、本件
医薬品の添付文書(甲25)を「本件添付文書」と、本件医薬品と剤形のみを異に
する「レミッチカプセル2.5μg」と同一製剤である「ノピコールカプセル2.
5μg」(甲150参照)の「医薬品インタビューフォーム」(甲9)を「本件イン
タビューフォーム」とそれぞれいう。)
販売名 レミッチOD錠2.5μg
有効成分 ナルフラフィン塩酸塩
(カ) 処分の対象となった医薬品について特定された用途
次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)
透析患者(血液透析患者を除く)、慢性肝疾患患者
イ 本件医薬品については、本件処分に先立ち、平成29年3月30日に医薬品
医療機器等法14条1項に基づく医薬品製造販売承認(以下「先行処分」という。)
がされていた(甲38、111)。
ウ 本件延長登録出願については、平成30年7月25日付けで延長登録(以下
「本件延長登録」という。)がされた(甲1)。
(3) 無効審判の請求等
ア 原告は、令和2年1月23日、本件延長登録について無効審判の請求をし(無
効2020-800004号事件)、特許庁は、同年7月28日、「特許第3531
170号の特許権存続期間延長登録出願2017-700310号に基づく特許権
の存続期間の延長登録を無効とする。」との審決(以下「第1次審決」という。)を
した(甲62、65)。
イ 被告は、令和2年8月25日、当庁に対し、第1次審決の取消しを求める訴
えを提起し(当庁平成2年(行ケ)第10098号事件。以下「前訴」という。、

当庁は、令和3年3月25日、第1次審決のうち「特許第3531170号の特許
権存続期間延長登録出願2017-700310号に基づく特許権の存続期間の延
長登録のうち『処分の対象となった医薬品について特定された用途』が『慢性肝疾
患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る) との部分を

無効とする。 という部分以外を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。また、

以下、前訴判決に記載された上記事件における原告の取消事由を「前訴取消事由」
ということがある。)をし、その後、前訴判決は確定した(甲161)。
ウ 特許庁は、令和4年3月15日、前記アの無効審判請求事件について、
「本件
審判の請求は、「特許第3531170号の特許権存続期間延長登録出願2017
-700310号に基づく特許権の存続期間の延長登録のうち『処分の対象となっ
た医薬品について特定された用途』 『慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善
が (既
存治療で効果不十分な場合に限る)』との部分を無効とする。」という部分以外につ
いては、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、
同年4月20日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件特許の特許請求の範囲の請求項の記載は、次のとおりである(甲2)。
(1) 請求項1~20
請求項1、10、15及び20は、次のとおりであり、①請求項2~9は、請求
項1に従属し、請求項1の一般式(I)における置換基を限定するもの、②請求項
11~14は、請求項10に従属し、請求項10の一般式(II)における置換基を
限定するもの、③請求項16~19は、請求項15に従属し、請求項15の一般式
(III)における置換基を限定するものである。
【請求項1】
下記一般式(I)
[式中、
は二重結合又は単結合を表し、R1は炭素数1から5のアルキル、炭素数4から7の
シクロアルキルアルキル、炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル、炭素数6
から12のアリール、炭素数7から13のアラルキル、炭素数4から7のアルケニ
ル、アリル、炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5の
チオフェン-2-イルアルキルを表し、R2は水素、ヒドロキシ、ニトロ、炭素数1
から5のアルカノイルオキシ、炭素数1から5のアルコキシ、炭素数1から5のア
ルキルまたは-NR9R10を表し、R9は水素または炭素数1から5のアルキルを表し、R10
は水素、炭素数1から5のアルキルまたは-C(=O)R11-を表し、R11は、水素、
フェニルまたは炭素数1から5のアルキルを表し、R3は水素、ヒドロキシ、炭素数
1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し、Aは-
XC(=Y)-、-XC(=Y)Z-、-X-または-XSO2-(ここでX、Y、Zは各々
独立してNR4、SまたはOを表し、R4は水素、炭素数1から5の直鎖もしくは分岐ア
ルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し、式中R4は同一または異なってい
てもよい)を表し、Bは原子価結合、炭素数1から14の直鎖または分岐アルキレ
ン(ただし炭素数1から5のアルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、
ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、ヨウ素、アミノ、ニトロ、シアノ、トリフルオロ
メチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基によ
り置換されていてもよく、1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわって
いてもよい)、2重結合および/または3重結合を1から3個含む炭素数2から1
4の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキ
シ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、ヨウ
素、アミノ、ニトロ、シアノ、トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群か
ら選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく、1から3個
のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)、またはチオエーテル結
合、エーテル結合および/もしくはアミノ結合を1から5個含む炭素数1から14
の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化水素(ただしヘテロ原子は直接Aに
結合することはなく、1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていて
もよい)を表し、R5は水素または下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル、炭素数1から5のア
ルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、
ヨウ素、アミノ、ニトロ、シアノ、イソチオシアナト、トリフルオロメチル、トリ
フルオロメトキシ、メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上
の置換基により置換されていてもよい)を表し、R6は水素、R7は水素、ヒドロキシ、
炭素数1から5のアルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、もしくは、
R6とR7は一緒になって-O-、-CH2-、-S-を表し、R8は水素、炭素数1から5の
アルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また、一般式(I)は(+)
体、(-)体、(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効
成分とする止痒剤。
【請求項10】
下記一般式(II)
[式中
は二重結合又は単結合を表し、R1は炭素数1から5のアルキル、炭素数4から7の
シクロアルキルアルキル、炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル、炭素数7
から13のアラルキル、炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し、R2は水
素、ヒドロキシ、ニトロ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、炭素数1から5
のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し、R3は水素、ヒドロキシ、炭
素数1から5のアルカノイルオキシ、または炭素数1から5のアルコキシを表し、
R4は水素、炭素数1から5の直鎖もしくは分枝アルキル、または炭素数6から12
のアリールを表し、Aは炭素数1から6のアルキレン、-CH=CH-または-C≡C
-を表し、R5は下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル、炭素数1から5のア
ルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、
ヨウ素、ニトロ、シアノ、イソチオシアナト、トリフルオロメチル、トリフルオロ
メトキシ、メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基
により置換されていてもよい)を表し、R6は炭素数1から5のアルキル、アリルで
あり、Xはその薬理学的に許容される対イオン付加塩を表す。また、一般式(II)
は(+)体、(-)体、(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合
物を有効成分とする止痒剤。
【請求項15】
下記一般式(III)
[式中、
は二重結合又は単結合を表し、R1は炭素数1から5のアルキル、炭素数4から7の
シクロアルキルアルキル、炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル、炭素数7
から13のアラルキル、炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し、R2は水素、
ヒドロキシ、ニトロ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、炭素数1から5のア
ルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し、R3は水素、ヒドロキシ、炭素数
1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し、R4は水
素、炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリー
ルを表し、Aは炭素数1から6のアルキレン、-CH=CH-または-C≡C-を表し、
R5は下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル、炭素数1から5のア
ルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、
ヨウ素、ニトロ、シアノ、イソチオシアナト、トリフルオロメチル、トリフルオロ
メトキシ、メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基
により置換されていてもよい)を表す。また、一般式(III)は(+)体、
(-)体、
(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的
に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤。
【請求項20】
そう痒が皮膚疾患あるいは内蔵疾患に伴うものである、請求項1ないし19のい
ずれかに記載の止痒剤。
(2) 請求項21~36
請求項21、26及び31~36は、次のとおりであり、①請求項22~25は、
請求項21に従属し、請求項21の一般式(II)
(請求項10に記載のものと同じ。)
における置換基を限定するもの、②請求項27~30は、請求項26に従属し、請
求項26の一般式(III)
(請求項15に記載のものと同じ。)における置換基を限定
するものである(以下、前記一般式(I)~(III)については、いずれもその記載
を省略する。)。
【請求項21】
一般式(II)で表されるモルヒナン4級アンモニウム塩誘導体。
【請求項26】
一般式(III)で表されるモルヒナン-N-オキシド誘導体またはその薬理学的に許
容される酸付加塩。
【請求項31】
請求項21ないし25記載のモルヒナン4級アンモニウム塩誘導体を含んでなる
医薬。
【請求項32】
請求項26ないし30記載のモルヒナン-N-オキシド誘導体またはその薬理学
的に許容される酸付加塩を含んでなる医薬。
【請求項33】
一般式(VIII)
で表される3級アミンを、アルキル化剤を用いて4級アンモニウム塩化することを
特徴とする一般式(II)
(上記一般式(VIII)および(II)において、
は二重結合又は単結合を表し、R1は炭素数1から5のアルキル、炭素数4から7の
シクロアルキルアルキル、炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル、炭素数7
から13のアラルキル、炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し、R2は水
素、ヒドロキシ、ニトロ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、炭素数1から5
のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し、R3は水素、ヒドロキシ、炭
素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し、R4
は水素、炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキル、または炭素数6から12の
アリールを表し、Aは炭素数1から6のアルキレン、-CH=CH-または-C≡C-
を表し、R5は下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル、炭素数1から5のア
ルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、
ヨウ素、ニトロ、シアノ、イソチオシアナト、トリフルオロメチル、トリフルオロ
メトキシ、メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基
により置換されていてもよい)を表す。)で表される化合物の製造法。
【請求項34】
アルキル化剤が炭素数1から5のヨウ化アルキル、炭素数1から5の臭化アルキ
ル、炭素数1から5の塩化アルキル、炭素数1から5のメタンスルホン酸アルキル、
炭素数1から5のジアルキル硫酸、ヨウ化アリル、臭化アリルまたは塩化アリルで
ある請求項33記載の製造法。
【請求項35】
一般式(IX)
で表される3級アミンを、酸化剤を用いて酸化することを特徴とする一般式(III)
で表される化合物の製造法。
(上記一般式(IX)および(III)において、
は二重結合又は単結合を表し、R1は炭素数1から5のアルキル、炭素数4から7の
シクロアルキルアルキル、炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル、炭素数7
から13のアラルキル、炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し、R2は水
素、ヒドロキシ、ニトロ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、炭素数1から5
のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し、R3は水素、ヒドロキシ、炭
素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し、R4
は水素、炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のア
リールを表し、Aは炭素数1から6のアルキレン、-CH=CH-または-C≡C-を
表し、R5は下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル、炭素数1から5のア
ルコキシ、炭素数1から5のアルカノイルオキシ、ヒドロキシ、弗素、塩素、臭素、
ヨウ素、ニトロ、シアノ、イソチオシアナト、トリフルオロメチル、トリフルオロ
メトキシ、メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基
により置換されていてもよい)を表す。)
【請求項36】
酸化剤が有機カルボン酸の過酸化物、過酸化水素、第3ブチルヒドロペルオキシ
ド、クメンヒドロペルオキシドまたはオゾンである請求項35記載の製造法。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 第1次審決の理由の要旨及び前訴判決について(本件審決の第4)
ア 第1次審決の理由の要旨(本件訴訟と直接関連する「無効理由1」に係る部
分に限る。)
(ア) 本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の記載に照らすと、本件特許の特
許請求の範囲は、塩を含むか否かを明示的に記載するものであって、一般式(II)
及び(III)の化合物に関しては塩を含むが、一般式(I)の化合物に関しては塩を
含まないものであると解するのが相当である。
そうすると、ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品は、本件発明1
の発明特定事項を備えておらず、本件発明2~36の発明特定事項も備えていない
から、本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められない。
(イ) 本件特許の審査経過に照らすと、ナルフラフィン塩酸塩などの「一般式(I)
で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」を
有効成分とする止痒剤は、出願当初は特許請求の範囲に含まれていたものの、手続
補正により特許請求の範囲から除外されたものと解するよりほかない。仮に、手続
補正をした者の意図がそうでなかったとしても、外形的にこう解されることが否定
されるわけではない。
したがって、本件特許の審査経緯に照らしても、本件発明は、ナルフラフィン塩
酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないといえる。一方、本件医薬品
の有効成分はナルフラフィン塩酸塩であるから、本件発明の実施に本件処分を受け
ることが必要であったと認めることはできない。
イ 前訴判決における取消事由と結論
前訴判決における原告主張の審決取消事由は、前訴取消事由1(本件医薬品の有
効成分に関する事実認定の誤り)、前訴取消事由2(本件発明1の解釈の誤り)及び
前訴取消事由3(法令解釈の誤り)であり、前訴判決の結論は、前訴取消事由1は
理由があり、第1次審決にはその結論に影響を及ぼす違法があるものの、本件審決
が、本件延長登録のうち「処分の対象となった医薬品について特定された用途」を
「慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」
とする部分を無効にしたことは正当であるから、第1次審決のうち「特許第353
1170号の特許権存続期間延長登録出願2017-700310号に基づく特許
権の存続期間の延長登録のうち『処分の対象となった医薬品について特定された用
途』が『慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に
限る)』との部分を無効とする。」という部分以外を取り消し、その余の請求を棄却
するというものである。
ウ 前訴判決の拘束力について
審決を取り消す旨の判決の拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認
定及び法律判断にわたるから、本件審決に係る審理は、前訴判決の判決主文が導き
出されるのに必要な判示事項である、前訴判決が認定した事実関係及び当該事実関
係を基にして検討された次の(ア)~(カ)の事項に拘束される。
(ア) 本件処分は、医薬品医療機器等法14条9項に基づく医薬品製造販売承認事
項一部変更承認であるから、本件処分においては(判決注:
「本件処分は」の誤記と
みられる。、
)「有効成分」を始めとする先行処分に係る製造販売承認書の記載に基づ
くものであると認められる。
(イ) 特許権の存続期間の延長登録の制度は、政令処分を受けることが必要であっ
たために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とす
るものであるから、本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったかどう
かは、このような特許法の存続期間延長の制度が設けられている趣旨に照らして判
断されるべきであり、その場合における本件処分の内容の認定についても、このよ
うな観点から実質的に判断されるべきであって、承認書の「有効成分」の記載内容
から形式的に判断すべきではない。このように解することは、最高裁平成26年(行
ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号1912頁
の趣旨にも沿うものということができる。
(ウ) 医薬品について、良好な物性と安定性の観点からフリー体に酸等が付加され
て、フリー体とは異なる化合物(付加塩)が医薬品とされる場合があること、その
ような医薬品が人体に取り込まれたときには、付加塩からフリー体が解離し、フリ
ー体が薬効及び薬理作用を奏すること、ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩に
ついても同様の関係にあり、ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩で薬効及び薬
理作用に違いがないことは、平成28年3月31日に先行処分に係る製造販売の承
認申請がされた時までに、当業者に広く知られていたものと認められる。
(エ) 医薬品分野の当業者は、医薬品の目的たる効能、効果を生ぜしめる作用に着
目して、付加塩だけでなく、そのフリー体も「有効成分」と捉えることがあるもの
と認められる。
(オ) 先行処分に係る製造販売承認書には、「成分」として「ナルフラフィン塩酸
塩」と記載されており、本件添付文書にも「有効成分に関する理化学的知見」とし
て、
「ナルフラフィン塩酸塩」と記載され、その構造式や性状などが記載されている
が、これは、賦形剤などの製剤補助剤と区別する観点から、実際に医薬品に配合さ
れている原薬(付加塩)を有効成分として捉えていることに基づく記載であると解
される。これに対し、本件添付文書の「有効成分・含量(1カプセル中)」の欄に、
「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載
されており、本件インタビューフォームには、和名は「ナルフラフィン塩酸塩」と
記載されているものの、洋名については「ナルフラフィン塩酸塩」と「ナルフラフ
ィン」が併記されているし、「有効成分(活性成分)の含量」として、「カプセル:
1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μ
g)含有OD錠:1錠中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして
2.32μg)含有」と記載されている。そして、先行処分に係る製造販売承認書
では、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●同じく本件添付文書や本件インタビューフォームにおけ
る、本件医薬品の「薬物動態」の血漿中濃度推移や薬物動態パラメータもナルフラ
フィン塩酸塩ではなく、ナルフラフィンを測定して得られたものとなっている。
(カ) 以上のことを考え併せると、本件処分の対象となった本件医薬品の有効成分
は、先行処分に係る製造販売承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式
的に決するのではなく、実質的には、本件医薬品の承認審査において、効能、効果
を生ぜしめる成分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と、本件医
薬品に配合されている、その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると
認めるのが相当である。
したがって、「ナルフラフィン塩酸塩」のみを本件医薬品の有効成分と解し、「ナ
ルフラフィン」は、本件医薬品の有効成分ではないと認定して、本件発明の実施に
本件処分を受けることが必要であったとはいえないと判断した第1次審決の認定判
断は誤りであり、前訴取消事由1は理由がある。
(2) 「当審の判断」(本件審決の第5)
ア 無効理由1について
前訴判決の拘束力からみて、無効理由1を検討する。
(ア) 医薬品について、良好な物性と安定性の観点からフリー体に酸等が付加され
て、フリー体とは異なる化合物(付加塩)が医薬品とされる場合があること、その
ような医薬品が人体に取り込まれたときには、付加塩からフリー体が解離し、フリ
ー体が薬効及び薬理作用を奏すること、ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩に
ついても同様の関係にあり、ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩で薬効及び薬
理作用に違いがないことは、平成28年3月31日に先行処分に係る製造販売の承
認申請がされた時までに、当業者に広く知られていたものと認められる。
(イ) 医薬品分野の当業者は、医薬品の目的たる効能、効果を生ぜしめる作用に着
目して、付加塩だけでなく、そのフリー体も「有効成分」と捉えることがあるもの
と認められる。
(ウ) 先行処分に係る製造販売承認書には、「成分」として「ナルフラフィン塩酸
塩」と記載されており、本件添付文書にも「有効成分に関する理化学的知見」とし
て、「一般名:ナルフラフィン塩酸塩 Nalfurafine Hydrochloride」と記載され、
そ の 化 学 名 や 構 造 式 、 性 状 な ど が 、 化 学 名 : (2E)-N-
「 [(5R,6R)-17-
(Cyclopropylmethyl)-4,5-epoxy-3,14-dihydroxymorphinan-6-yl]-3-(furan-3-yl)
-N-methylprop-2-enamide monohydrochloride
構造式:
・・・
性状:白色~ごくうすい黄色の粉末である。吸湿性が高く、光にやや不安定である。
溶解性は、水、メタノールに対して溶けやすく、エタノール(95)に対しては溶け
にくく、酢酸エチルとジエチルエーテルにはほとんど溶けない。 と記載されている

が、これは、賦形剤などの製剤補助剤と区別する観点から、実際に医薬品に配合さ
れている原薬(付加塩)を有効成分として捉えていることに基づく記載であると解
される。これに対し、本件添付文書の「有効成分・含量(1カプセル中)」の欄に、
「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載
されており、本件インタビューフォームには、和名は「ナルフラフィン塩酸塩」と
記載されているものの、洋名については「ナルフラフィン塩酸塩」と「ナルフラフ
ィン」が併記されているし、「有効成分(活性成分)の含量」として、「カプセル:
1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μ
g)含有OD錠:1錠中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして
2.32μg)含有」と記載されている。そして、先行処分に係る製造販売承認書
では、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●同じく本件添付文書や本件インタビューフォームにおけ
る、本件医薬品の「薬物動態」の血漿中濃度推移や薬物動態パラメータもナルフラ
フィン塩酸塩ではなく、ナルフラフィンを測定して得られたものとなっている。
(エ) そうすると、本件処分の対象となった本件医薬品の有効成分は、先行処分に
係る製造販売承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式的に決するので
はなく、実質的には、本件医薬品の承認審査において、効能、効果を生ぜしめる成
分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と、本件医薬品に配合され
ている、その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるのが相当
である。
(オ) 一方、本件発明は、前記2のとおりの36の請求項に係る発明からなるとこ
ろ、化合物の一般式、引用関係からみて、次のa~cの3つに大別することができ
る。
a 一般式(I)で表される化合物に関する発明(本件発明1~9及び20)
b 一般式(II)で表される化合物に関する発明(本件発明10~14、20~
25、31、33及び34)
c 一般式(III)で表される化合物に関する発明(本件発明15~20、26~
30、32、35及び36)
そして、ナルフラフィンは、本件発明1の一般式(I)のオピオイドκ受容体作
動性化合物において、式中の
が「単結合」を表し、R1が「炭素数4のシクロアルキルアルキル」である「シクロ
プロピルメチル」を表し、R2及びR3が「ヒドロキシ」を表し、Aが「-XC(=
Y)-」であって、Xが「NR4」を表し、Yが「O」を表し、R4が「炭素数1の
直鎖アルキル」である「メチル」を表し、Bが「2重結合を1個含む炭素数2の直
鎖の非環状不飽和炭化水素」である「-CH=CH-」を表し、R 5が
であってQは「O」を表す有機基である「フラン-3-イル」を表し、R 6とR7が
一緒になって「-O-」を表し、R8が「水素」を表す化合物に相当するから、一般
式(I)に含まれ、一般式(II)及び(III)には含まれないものである。
(カ) したがって、本件医薬品の承認審査における有効成分はフリー体の「ナルフ
ラフィン」と原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認められ、本件
発明1は、ナルフラフィンを有効成分とする止痒剤を含むものであるといえるから、
本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったと認められる。
イ 無効理由1に対する原告の主張について
原告の主張は、本件医薬品の有効成分は「ナルフラフィン塩酸塩」であることを
前提とするものであるが、前記ア(ア)~(エ)のとおり、本件処分の対象となった本件
医薬品の有効成分は、フリー体の「ナルフラフィン」と「ナルフラフィン塩酸塩」
の双方であると認めるのが相当であるから、その前提において誤っており、採用す
ることができない。
第3 原告主張の取消事由
1 取消事由1(無効理由についての判断の誤り)
前訴判決は、「本件医薬品の有効成分」についての判断に基づき判決したのみで、
本件発明1の「ナルフラフィンを有効成分とする」
「止痒剤」の技術的範囲(無効理
由)については何らの判断をしなかった。しかるに、本件審決は、上記の点につい
て明確な誤解・混同をし、本件発明の技術的範囲の属否についての判断をしないま
ま審決をしたもので、本件審決には初歩的な違法がある。具体的には、次のとおり
である。
(1) 前訴判決の拘束力の範囲
前訴判決は、前訴取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)
についてのみ判断して第1次審決を取り消したもので、前訴取消事由2の技術的範
囲論については一切判断していない。
(2) 本件延長登録に係る前訴判決の拘束力についての明らかな判断の誤り
ア 本件審決の内容
本件審決は、前訴判決の拘束力からみて検討すべき無効理由1の内容については、
本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書の記載や審査経過等から、本件発明1~
36は、ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないと
するものであると主張整理した。
そして、本件審決は、前訴判決における取消事由と結論を記載するに当たり、前
訴取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)、前訴取消事由2
(本件発明1の解釈の誤り)及び前訴取消事由3(法令解釈の誤り)を摘示した上
で、前訴判決が前訴取消事由1についてのみ判断したことを正確に指摘した。
イ 本件審決の明白な誤解
(ア) しかるに、本件審決は、前訴判決の拘束力について、前訴判決が認定した事
実関係及び当該事実関係を基にして検討された事項に拘束される旨を記載した上で
判断を示したが、
「第5 当審の判断」には、無効理由1について、本件発明の特許
請求の範囲及び本件明細書の記載や審査経過等を検討した形跡がない。本件審決は、
クレームの文言解釈や出願経過の主張に係る判断を脱漏したものである。
(イ) そもそも、本件発明における「・・・を有効成分とする止痒剤」の技術的範
囲という審判対象と、本件医薬品の有効成分は何かという審判対象とは明確に異な
る。
そして、取消判決の採用した無効理由と異なる無効理由により無効判決をするこ
とや、取消判決の採用した引用例とは異なる引用例により容易想到であると判断す
ることは、取消判決の拘束力に反するものではないと理解されているところである。
前訴判決は、前訴取消事由1を認めてそれが結論に影響するとして第1次審決を
取り消したにすぎないから、本件審決が、他の無効理由(クレーム解釈論)につい
ての判断がなくてもそれにも拘束力が及ぶと考えたのであれば(その可能性が高
い。、誤りである(なお、審決取消訴訟において複数の取消事由が主張された場合

に、その1つが認められれば直ちに審決全体を取り消すという実務も、現実に存在
している。。

(3) まとめ
以上のとおり、本件審決は、前訴判決においては本件発明1の「ナルフラフィン
を有効成分とする」「止痒剤」の技術的範囲については何ら判断をしていないのに、
その点について明確な誤解・混同をし、本件発明の技術的範囲の属否についての判
断をしないままで審決をしたものであって、本件審決には初歩的な実体法上の瑕疵
に基づく違法がある。
2 取消事由2(手続上の瑕疵)
本件審決は、前訴判決の確定により差戻しとなった段階で、当事者には何ら意見
書等の提出を求めることなく、直ちに第1次審決と異なる審決をした。
第1次審決が(部分的に)取り消され特許庁に差し戻されたのであって、新たな
論点が発生したのであるから、原告には、何らかの弁駁の機会を与えてこそ、充実
した審理、行政処分が期待できる。
したがって、本件のような場合に、適正手続との関係でも、当事者に意見を述べ
る機会が付与されなかったことは、本件審決に手続上の瑕疵があったというべきで
あり、それは、本件審決の結論に影響するものである。
第4 被告の主張
1 取消事由1(無効理由についての判断の誤り)について
前訴判決は、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属すると判断したもので、本
件審決も、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属すると判断したものであるから、
原告の主張は、その前提とする理解に誤りがある。具体的には、次のとおりである。
(1) 前訴判決について
ア 前訴判決は、前訴取消事由1について、
「本件処分の対象となった本件医薬品
の有効成分は、
・・・実質的には、本件医薬品の承認審査において、効能、効果を生
ぜしめる成分として着目されていたフリー体の『ナルフラフィン』と、
・・・その原
薬形態の『ナルフラフィン塩酸塩』の双方である」と判断して、本件発明の実施に
本件処分を受けることが必要であったとはいえないと判断した第1次審決の認定判
断が誤りであるとの結論を示したところ、前訴判決の上記判断は、本件医薬品が(ナ
ルフラフィン塩酸塩のみではなく)ナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする
止痒剤である旨の判断であり、それにより、本件医薬品が本件発明1 「一般式
( (Ⅰ)
で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤」)の発明特
定事項を全て備えるとの判断である。この判断により、前訴判決は、本件医薬品の
製造販売が「本件発明の実施」に該当するものとして、
「本件発明の実施に本件処分
を受けることが必要であった」との結論を導いている。
審決取消事由は審決の結論に影響を及ぼす違法事由であるとされているところ、
第1次審決の結論に影響を及ぼす違法事由とは、いうまでもなく、第1次審決の「延
長登録要件を充足していない」旨の審決の結論としての判断に影響を及ぼす誤りで
ある。前訴取消事由1は第1次審決のかかる判断の違法を指摘するものであるから、
前訴判決は、
「延長登録要件を充足する」旨の結論に影響を及ぼす判断の誤りを指摘
したものである。より分析的には、前訴判決は、①本件医薬品が(ナルフラフィン
塩酸塩のみではなく)ナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする止痒剤であり、
②かような本件医薬品が本件発明の構成要件「一般式(Ⅰ)で表されるオピオイド
κ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤」を全て充足することから、③本件
医薬品の製造販売は本件発明の実施に該当し、④それゆえに「本件発明の実施に本
件処分を受けることが必要であった」と判断し、⑤したがって、
「延長登録要件を充
足していない」旨の第1次審決の判断は誤りであると結論付けた。
したがって、前訴判決が、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属するとの判断
を含むものであることは明白である。
なお、前訴判決が、前訴取消事由1の判断をするに当たり、
「本件処分に係る本件
医薬品の製造販売が本件発明の実施行為に該当するか否か」を明示的に取り込んで
判断したことは、前訴判決が、前訴取消事由1に関し、
「本件発明の実施に本件処分
を受けることが必要であったかどうかについて検討する」と明記した上で、ナルフ
ラフィンが本件医薬品の有効成分ではないと第1次審決が認定したことの誤りを判
示したことからも明らかである。
イ 原告は、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて前訴判
決が判断しておらず、前訴判決には理由不備又は理由齟齬の違法がある等と主張し
て、最高裁判所に対して上告及び上告受理申立てを行ったが、最高裁判所は、原告
の上告を棄却し、上告受理申立ての不受理決定をした。すなわち、既に最高裁判所
において、前訴判決は、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属すると判断したと
の結論が出されているところであり、原告の主張は、既に確定した判決が解決済み
の争点を不当に蒸し返すものにすぎない。
(2) 本件審決について
本件審決も、本件医薬品が本件発明の技術的範囲に属するとの判断を前提として、
「本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であった」と判断していることが
明らかである。本件審決は、本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であっ
たか否かにつき、
「本件発明1は、ナルフラフィンを有効成分とする止痒剤を含むも
のであるといえる」と判示しているところである。上記の判示は、本件発明1の技
術的範囲を示すとともに、
「ナルフラフィンを有効成分とする止痒剤」であると認定
判断された本件医薬品が本件発明1の技術的範囲に含まれると判断したものであ
る。
したがって、本件審決が本件発明の技術的範囲の属否について判断していないと
の原告の主張は、本件審決に対する誤った理解に基づくものである。
2 取消事由2(手続上の瑕疵)について
差戻審において当事者に意見を述べる機会が付与されなければ違法であるとの原
告の主張は、法令上の根拠すら示されていないもので、失当である。その点を措く
としても、前記1(1)イとおり、前訴判決は最高裁判所により支持され、確定してい
るのであって、特許庁が本件審決を出すに当たり、当事者の意見を聞いて審理判断
しなければならない新たな争点・検討事項は存在しないから、本件審決をするに当
たり当事者に改めて意見を求める必要など全くない。
したがって、原告の主張は、理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(無効理由についての判断の誤り)について
(1) 本件審決の理由の要旨は、前記第2の3のとおりであるところ、本件審決の
記載内容からは、次の点を指摘することができる。
ア 本件審決は、前訴判決の拘束力について、本件審決が拘束される前訴判決が
認定した事実関係等の事項を、六つに整理しているところ(前記第2の3(1)ウ(ア)
~(カ))、そこに記載された事項は、あくまで「本件医薬品の有効成分」についての
判断に係る事項に限定されているといえる(特に同(カ)参照)。
イ その上で、本件審決は、
「当審の判断」と題する項中、
「無効理由1について」
と題する項において、前記アのとおり六つに整理した事項のうち四つ(前記第2の
3(1)ウ(ウ)~(カ))に対応するとみられる四つの事項(同(2)ア(ア)~(エ))を指摘し
た上で、さらに、本件発明の特許請求の範囲を検討して、本件発明を「一般式(I)
で表される化合物に関する発明」を含む三つに大別し、ナルフラフィンが一般式(I)
に含まれ、一般式(II)及び(III)には含まれないと認定している(同(2)ア(オ))。
その上で、本件審決は、
「本件医薬品の承認審査における有効成分はフリー体の「ナ
ルフラフィン」と原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認められ、
本件発明1は、ナルフラフィンを有効成分とする止痒剤を含むものであるといえる」
と結論付けている(同(2)ア(カ))。
上記に関し、本件審決は、
「当審の判断」と題する項中、無効理由1に対する原告
の主張についての判断として、本件処分の対象となった本件医薬品の有効成分がフ
リー体の「ナルフラフィン」と「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるの
が相当であると改めて説示するに当たり、
「無効理由1について」と題する項で指摘
した事項のうち前訴取消判決の拘束力について指摘した事項と共通するとみられる
四つの事項のみを援用するにとどめている(同(2)イ)。
ウ 本件審決は、「当審の判断」において、「無効理由1を検討する」と記載して
いるところ、本件審決の第3の1の「請求人の主張及び証拠方法」と題する項にお
いて、(1) 無効理由1の概要」は、
「 「本件発明に係る「止痒剤」は、
「一般式(I)
で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする」ものであって、
「一
般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」の酸付加塩である「ナル
フラフィン塩酸塩」を発明特定事項として含んでいない。本件特許明細書において、
塩を形成していないフリー体と酸付加塩とは区別して記載されており、出願経過に
おいて、酸付加塩は特許請求の範囲から意識的に除外されたものである。、
」「これに
対して、本件医薬品の有効成分は「ナルフラフィン塩酸塩」であるから、本件発明
の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められない。、
」「したがって、
本件延長登録は、同法第125条の2第1項第1号に該当し、無効とすべきもので
ある。」と整理されている(なお、本件審決の第5の2の「(1) 請求人の主張」に
「上記第4の1(1)」とあるのは、「上記第3の1(1)」の誤記と認められる。。

(2) 前記(1)ア~ウで指摘した点からすると、本件審決が、前訴判決で判示され拘
束力を有すると解する事項を踏まえた上で、必要と考える事項を新たに追加して、
それらの事項全体を考慮して「本件発明1は、ナルフラフィンを有効成分とする止
痒剤を含むものであるといえる」
(前記第2の3(2)ア(カ))と判断したことは明らか
である。
(3) 原告は、本件発明における「・・・を有効成分とする止痒剤」の技術的範囲
という審判対象と本件医薬品の有効成分は何かという審判対象とは明確に異なると
ころ、前訴判決では後者(前訴取消事由1)について判断がされたのみであるにも
かかわらず、本件審決においては、他の無効理由(クレーム解釈論)についての判
断がなくてもそれにも拘束力が及ぶと考えられた可能性が高いと主張するが、前記
のとおり、本件審決が上記二つの審判対象のいずれについても判断していることは
明らかであり、原告の上記主張は採用することができない。
上記に関し、原告は、本件審決の「第5 当審の判断」に、本件発明の特許請求
の範囲及び本件明細書の記載や審査経過等を検討した形跡がないと主張するが、前
記(1)のとおり、本件審決が本件発明の特許請求の範囲等を検討したことは明らか
である。出願経過についての検討結果が具体的に示されていないことは、前記(2)の
判断を左右するものではない。本件審決において、クレームの文言解釈や出願経過
の主張に係る判断について、原告が求める程度の理由が記載されていないとしても、
そのことから本件審決がそれらについての判断を脱漏したものとは認められない。
(4) したがって、本件審決が前訴判決の拘束力について誤解・混同をし、本件発
明の技術的範囲の属否について判断しなかったという取消事由1は、認められない。
2 取消事由2(手続上の瑕疵)
証拠(甲62、65、161)に照らすと、前訴判決に至るまでの間に、原告に
は、審判段階においても、本件発明の技術的範囲について自らの主張立証を尽くす
機会が与えられていたもので、それにもかかわらず、前訴判決の確定後、本件審決
に至るまでの間に、原告に改めて主張の機会等が与えられなかったことをもって手
続に瑕疵があったというべき事情は認められない。本件発明の技術的範囲に係る点
は、原告による本件延長登録についての無効審判の請求の当初から、無効理由に含
められていたもので、前訴判決後に新たな論点が発生したなどという原告の主張は、
採用することができない。
第6 結論
以上の次第であるから、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし
て、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
中 島 朋 宏
裁判官
勝 又 来 未 子

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