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令和3(行ケ)10157等審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和5年1月12日
事件種別 民事
対象物 運動障害治療剤
法令 特許権
特許法131条の22回
特許法29条2項1回
特許法29条1項3号1回
特許法134条の21回
キーワード 審決33回
進歩性21回
無効19回
新規性12回
無効審判9回
刊行物5回
実施3回
特許権1回
優先権1回
ライセンス1回
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告東和に生じた費用及び被告に生じた費用の3分の1
事件の概要 本件は、特許無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。争点は、新規性 及び進歩性の判断の誤りの有無並びに審判指揮の違法の有無である。

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判決文

令和5年1月12日判決言渡
令和3年(行ケ)第10157号 審決取消請求事件(第1事件)
令和3年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件(第2事件)
口頭弁論終結日 令和4年11月9日
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告東和に生じた費用及び被告に生じた費用の3分の1
を原告東和の負担とし、原告共和に生じた費用及び被告に生じた費用
の3分の1を原告共和の負担とし、原告日医工に生じた費用及び被告
に生じたその余の費用を原告日医工の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求(第1事件・第2事件)
特許庁が無効2020-800034号事件について令和3年10月27日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は、特許無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。争点は、新規性
及び進歩性の判断の誤りの有無並びに審判指揮の違法の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「運動障害治療剤」とする発明についての特許(特許第4376
630号。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許については、平成15年(2003年)1月28日を国際出願日(パリ
条約による優先権主張・平成14年(2002年)1月28日(以下「本件優先日」
という。)、米国)とし、特願2003-563566号として出願され、平成2
1年9月18日に設定登録がされた(甲A38。以下、本件特許に係る設定登録時
の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。
原告東和は、令和2年3月31日、本件特許(請求項の数は1)について特許無
効審判の請求をし、特許庁は、無効2020-800034号事件として審理した。
その後、原告共和及び原告日医工(以下「原告共和ら」という。)は、請求人とし
て審判に参加した。
被告は、令和2年10月5日、本件特許について訂正請求をした(甲A39。以
下、この訂正請求による訂正を「本件訂正」という。なお、本件訂正後の請求項の
数も1である。また、本件訂正において、本件明細書の訂正はない。)。
特許庁は、令和3年10月27日、「特許第4376630号の特許請求の範囲
を、令和2年10月5日付け訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂
正することを認める。特許第4376630号の請求項1に係る発明の特許につい
ての無効審判請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を
し、その謄本は、令和3年11月9日、原告らに送達された。
原告東和は、令和3年12月8日、本件審決の取消しを求めて第1事件の訴えを
提起し、原告共和らも、同日、本件審決の取消しを求めて第2事件の訴えを提起し
た。
2 本件特許に係る発明の要旨(甲A38、39)
本件訂正後の本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は、次のとおり
である(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
【請求項1】
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル
キサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウ
ェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を
対象とし、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/また
はオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与
される、
ことを特徴とする薬剤。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件訂正の適否
本件訂正は、特許法134条の2第1項ただし書1号に掲げる事項を目的とする
ものであり、かつ、同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に
適合する。
したがって、本件訂正を認める。
(2) 原告らの主張に係る無効理由1(新規性欠如)について
ア 甲A1(「Experimental Neurology」162巻321~327頁(2000
年)。なお、以下、特に断らない限り、枝番のある書証は、枝番を含む。)に記載
された発明の認定
甲A1には、次の発明(以下「甲A1発明」という。)が記載されている。
KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに
対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5m
g/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0m
g/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。
イ 本件発明と甲A1発明との対比
本件発明と甲A1発明は、次の一致点で一致し、相違点で相違する。
<一致点>
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル
キサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、
前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
<相違点>
本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オ
フ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、
「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/また
はオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L
-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「M
PTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善す
る薬剤」である点
ウ 判断
MPTP処置コモンマーモセットとヒトパーキンソン病患者とは、明らかに別異
の動物である。加えて、当該コモンマーモセットは、KW-6002の投与前にL
-ドーパの長期投与を受けていないのであるから、甲A1発明が、L-ドーパの長
期投与に伴い出現する状態である、本件発明の「L-ドーパ療法において、ウェア
リング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の」との発明
特定事項を備えていないことは明らかである。
したがって、上記相違点において、本件発明の対象と甲A1発明の対象とは実質
的に相違しており、その余の点について検討するまでもなく、両発明は相違する。
エ 小括
以上によれば、本件発明は、甲A1に記載された発明ではなく、特許法29条1
項3号に該当し特許を受けることができないものとはいえない。
したがって、本件発明に係る特許は、無効理由1によって無効とすることはでき
ない。
(3) 原告らの主張に係る無効理由2(進歩性欠如)について
ア 相違点について
(ア) 甲A1からの容易想到について
甲A1には、「“ウェアリング-オフ”及び“オン-オフ”応答変動を有する患
者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることな
しに“オン時間”を増加させることができる可能性がある」との記載がある。しか
し、該記載は、甲A1記載の試験結果から導き出されたものといえない。また、甲
A1には、図4で表される試験はもちろん、上記記載を除いて、「ウェアリング・
オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる」ことに関して記
載された箇所はない。
そして、本件優先日当時の抗パーキンソン病薬の技術常識を示す甲A4(「医薬
ジャーナル」37巻S-1号53~60頁(平成13年))には、L-ドーパとの
組合せ使用が検討されていた各種の薬物として、ドパミンアゴニストについては、
L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネ
ジア、ジストニア、精神症状などを抑制する効果が明確となったとの記載があり、
また、COMT阻害剤については、これらの阻害剤はL-ドーパの代謝を抑制する
ことが期待され、臨床的にはウェアリング・オフ現象の改善を目的としているとの
記載がある。しかし、KW-6002等のアデノシンA 2A アンタゴニストについ
ては、L-ドーパ長期治療によって生ずるジスキネジアを抑制することができると
の記載はあるが、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動に関する記載はなく、
本件優先日当時に、KW-6002等のアデノシンA 2A アンタゴニストを、ウェ
アリング・オフ現象やオン・オフ変動の改善のためにL-ドーパ療法と併用すると
の技術常識が存在していたとはいえない。
そうすると、L-ドーパの長期投与においてウェアリング・オフ現象又はオン・
オフ変動を示す状態のパーキンソン病ヒト患者又はそれに対応するモデル動物にK
W-6002を投与する試験を行い、ウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動
における効果を確認してみることなく、甲A1に記載された試験結果から、KW-
6002が、L-ドーパ療法によりウェアリング・オフ現象および/またはオン・
オフ変動を示すに至った段階のパーキンソン病のヒト患者において、オフ時間を減
少する薬剤として使用できることを、当業者が容易に想到し得たということはでき
ない。
また、L-ドーパとの併用により自発運動活性や運動障害に対して24時間程度
の増大作用を有する薬剤であれば、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン
・オフ変動」のオフ時間を減少させる、との技術常識が本件優先日当時に存在して
いたことは、提出されたいずれの証拠をみても理解できない。
以上のとおりであるから、甲A1発明において、甲A1に記載された事項及び本
件優先日当時の技術常識に基づいて、上記相違点に係る構成とすることは、当業者
が格別の創意を要することなくなしえたものとは認められない。
(イ) 甲A1、甲A2(「Annals of Neurology」43巻4号507~513頁
(1998年)。被告が提出した補充の訳文である乙3を含む。以下同じ。)、甲
A3(「European Journal of Pharmacology」408巻249~255頁(200
0年)。被告が提出した補充の訳文である乙4を含む。以下同じ。)、甲A4及び
甲A5(「日本臨床」60巻1号112~116頁(平成14年))からの容易想
到について
a 甲A2には、L-ドーパの投与を受けていないMPTP処置コモンマーモセ
ット又はL-ドーパ治療によって引き起こされ確立されたジスキネジアの状態を示
すMPTP処置コモンマーモセットに対して、KW-6002を単独投与した場合
に、KW-6002が奏する作用・効果についての試験結果が記載されている。し
かし、甲A2には、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動について何らの記載
もない。そして、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動はL-ドーパの長期投
与において出現する状態であり、また、ジスキネジアはウェアリング・オフ現象や
オン・オフ変動とは異なる現象である。そうすると、甲A2に記載された事項は、
ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間に対するKW-6002の作
用・効果についてなんらの知見も与えない。
b 甲A3には、甲A3記載の試験結果に関する記載に続いて、「これらの結果
は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、進行期パーキンソン病患者におけ
るドーパミン作動薬反応の持続の短縮を回復するのに有用である可能性があること
を示唆している」との記載がある。しかし、甲A3に記載されているのは、KW-
6002の投与が、パーキンソン病モデル動物のアポモルヒネ誘発の回転運動応答
の回転数を増加させ、また、その持続時間をより長くしたことや該モデル動物のL
-ドーパに対する回転運動を増加させたことであり、これら試験結果はいずれもウ
ェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を示すに至った段階の動物を用いた試験に
よって得られたものではない。したがって、上記試験結果はウェアリング・オフ現
象やオン・オフ変動を示すに至った段階の動物においてKW-6002がその持続
時間の短縮を回復させる、すなわち、オフ時間を減少させることを直接的に示すも
のではない。そもそも、上記試験は、アポモルヒネ誘発の回転運動応答についての
ものであり、甲A3に記載がないL-ドーパ誘発の回転運動応答において、L-ド
ーパとは異なる性質を有するアポモルヒネと同様の持続時間に対する作用・効果が
得られるともいえない。
c 甲A4には、L-ドーパ長期療法によるウェアリング・オフ現象、オン・オ
フ変動、ジスキネジアなどがパーキンソン病治療薬の課題となっていることが記載
されている。そして、本件優先日当時、L-ドーパ長期服用に伴う問題を最小限に
とどめ長期的に安定した治療を継続するために他剤を組み合わせる併用が基本であ
ることもまた記載されており、L-ドーパとの組合せ使用が検討されていた各種の
抗パーキンソン病薬のうち、ドパミンアゴニストやCOMT阻害剤のいくつかの薬
剤は、L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象等を抑制又は改善する
作用・効果を有することが知られていたといえる。しかし、本件優先日当時、KW
-6002などのアデノシンA 2A アンタゴニスト活性を有する薬物を、ウェアリ
ング・オフ現象やオン・オフ変動の改善のためにL-ドーパと併用するとの技術常
識が見当たらないことは上記(ア)ですでに説示したとおりである。
d 甲A5には、「アデノシンA2A受容体」の「選択的な拮抗薬」が「従来の
ドーパミン系薬物加療で問題となる副作用の発現や耐性の問題を克服」「する機能
を持つ」と考えられるが、「KW-6002が、実際に、病状の進行を認めるパー
キンソン病の患者において、期待される効果をどのように発揮するか、また上記問
題点を克服できるかどうかについては、進行中のパーキンソン病患者を対象とした
フェーズ II 試験の結果が待たれる」との記載がある。
上記問題となる副作用として、甲A5には、L-ドーパ誘発性ジスキネジアが記
載されているにとどまり、ウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動については記
載されていない。また、該「問題点を実際に克服できるかどうか」は、「パーキン
ソン患者を対象としたフェーズ II 試験の結果が待たれる」との上記記載によれば、
本件優先日当時、長期的投与の問題点に関し、ヒト臨床試験結果をみることなく判
断できるという状況にあったとは認められない。
e 以上のとおり、甲A1発明に甲A1ないし甲A5の記載事項を組み合わせて
も相違点に係る構成が導き出されるとはいえない。
イ 効果について
本件明細書には、実施例1として、L-ドーパ関連の運動合併症を伴うパーキン
ソン病患者に、L-ドーパとともに、KW-6002を4週間ごと、3段階で、
(5/10/20mg/日)、又は(10/20/40mg/日)のいずれか漸増
的用量を投与したKW-6002群の被験者は、プラセボ群の被験者と比較して、
オフ時間における有意な減少があったこと(図1)が記載されている。
そして、上記アで説示のとおり、(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)
-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤は、「パーキンソン病
のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/
またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、」「前記L-ドーパ
療法」において投与され、「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象
および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」
という上記相違点に係る発明特定事項については当業者が容易に想到しえたといえ
ないのであるから、その投与の結果もたらされる、L-ドーパ療法におけるウェア
リング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるという効
果は、甲A1ないし甲A5の記載事項及び本件優先日当時の技術常識を参酌しても
当業者が予測し得たものと認められないことは明らかである。
ウ 小括
以上によれば、本件発明は、甲A1に記載された発明及び甲A1に記載された事
項に基づいて、本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものでも、
また、甲A1に記載された発明及び甲A1ないし甲A5に記載された事項に基づい
て、本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、特許法
29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない。
したがって、本件発明に係る特許は、無効理由2によって無効とすることはでき
ない。
第3 原告東和主張の審決取消事由
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について
(1)ア 甲A1が問題としている「応答変動」とは、パーキンソン病の治療から
5年以内に生じる現象のことをいい、また、ジスキネジアとは別の現象である。そ
して、ウェアリング・オフ現象等がL-ドーパを投与してから5年以内に生じる現
象であることは、周知の事項であるし、また、甲A1には、「応答変動」に対する
治療としてL-ドーパの薬効時間を長くする処置を説明した記載がみられるのであ
るから、甲A1にいう「応答変動」がウェアリング・オフ等(L-ドーパの薬効時
間が短くなる現象)を指すことは明らかである。さらに、甲A1には、考察の項に
おいて、「結論として、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、単独療法とし
てのみならず、L-ドーパ及びドーパミン作動薬との組合せで、パーキンソン病の
有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オ
フ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネ
ジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性があ
る。」との記載(以下「本件記載」という。)があり、ここでも、「応答変動」が
ウェアリング・オフ等を示すことが明記されている。
このように、甲A1における「応答変動」とは、L-ドーパの薬効に対する応答
が変動した状態のことを指し、具体的には、ウェアリング・オフ等のことを示して
いる。
イ 上記アを踏まえ、甲A1は、「応答変動」に対する治療では更にジスキネジ
アの出現を伴うという課題があることを指摘した上、従来のドーパミン作動性の薬
剤とは作用機序が異なる非ドーパミン作動性の選択的アデノシンA 2A アンタゴニ
スト(KW-6002)の薬効を調査している。
したがって、甲A1は、L-ドーパ療法ではほとんどの患者においてウェアリン
グ・オフ等のL-ドーパに対する「応答変動」が生じ、そのため、L-ドーパを投
与してもオフ時間が生じ、パーキンソン病の症状が現れてくるようになることから、
その症状を抑えるために、すなわち、オフ時間を短縮するために、ジスキネジアを
悪化させるおそれのある従来のドーパミン作動性の薬剤に代えて、非ドーパミン作
動性の薬剤を見いだすことを目的とするものである。
(2) 上記(1)の目的を達成するため、甲A1においては、コモンマーモセットの
動物モデル(これがパーキンソン病の動物モデルであることは、本件優先日当時の
技術常識であった。)を用いて、KW-6002の単独投与、ドーパミンアゴニス
トであるキンピロール及びSKF80723との併用並びにL-ドーパとの併用に
よる抗パーキンソン効果の測定が行われ、そのいずれにおいても、有意な改善が見
られたと報告されている。このような結果を受け、甲A1の著者らは、本件記載を
したものであるところ、本件記載は、①アデノシンA 2A アンタゴニストであるK
W-6002は、単独療法(図1)で有意な抗パーキンソン効果を示しているのみ
ならず、ドーパミン作動性の薬剤であるL-ドーパとの併用(図4)やドーパミン
アゴニストであるキンピロールやSKF80723との併用(図2、3)でも有意
な抗パーキンソン効果を示すこと、②閾値量(2.5mg/kg)のL-ドーパと
の併用で有意な抗パーキンソン効果を示しているにもかかわらず(図4)、ジスキ
ネジアを悪化させないこと(図5)等の技術的事項を結論としてまとめたものであ
る。
(3) 以上によると、甲A1に記載された発明は、次のとおり認定するのが相当
である(以下、次の発明を「甲A1発明’」という。)。
KW-6002を含有する薬剤であって、
L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動
を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加
させることができる可能性がある薬剤。
(4) 本件発明と甲A1発明’との対比
ア 甲A1発明’の「KW-6002」は、本件発明の「(E)-8-(3,4
-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」である。
イ 甲A1発明’の「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有
する患者」は、L-ドーパ療法の結果ウェアリング・オフ現象等のL-ドーパへの
応答変動を示すに至ったヒト患者であることが明らかである。また、甲A1発明’
にいう「「オン時間」を増加させる」は、本件発明の「「オフ時間」を減少させる」
と同義である。
ウ 甲A1発明’の「KW-6002」は、本件発明の「(E)-8-(3,4
-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」と同様、L
-ドーパと併用される薬剤である。
エ 以上によると、本件発明は、甲A1に記載された発明(甲A1発明’)であ
るといえるから、これに反する本件審決の判断は誤りである。
オ なお、仮に、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオ
フ時間を減少させる」ことにつき、甲A1発明’においてその「可能性がある」と
されているにすぎない点が本件発明と甲A1発明’との相違点であるとしても、当
該相違点は、甲A1発明’については、いまだヒト患者に対して実際に投与してい
ないので、ヒト患者のパーキンソン病の症状を改善できるか確実とまではいえない
ことをいうものにすぎない。そして、甲A1記載の試験を行った者は、本件記載の
技術的事項を確認するために当該試験を行い、その結果に基づいて本件記載の内容
を結論付けたのであるし、実際の事後的な検証においても、POC試験において非
臨床研究の結果がよく再現されているのであるから、甲A1発明’の「可能性があ
る」との記載は、当業者にとって、十分に高い蓋然性を持つとの記載であると解さ
れる。したがって、上記の相違点に係る本件発明の構成は、本件優先日当時の当業
者が容易に想到し得たものである。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点を前提とした本件発明の進
歩性についての本件審決の判断は、以下のとおり誤りである。
(1) 対象がヒト患者であるか否かの点について
甲A1発明のKW-6002は、もともとヒト患者のほとんどに生じるウェアリ
ング・オフ等の応答変動に対応するための化合物、すなわち、オフ時間を短縮する
ための化合物として着目され、かつ、甲A1においては、KW-6002の効果を
検証するために、MPTPを投与されたコモンマーモセット(パーキンソン病のヒ
ト患者とほぼ同様の症状を呈し、ヒトにおける薬物作用の高度な予測が可能である
と認識されていたパーキンソン病モデル動物)を用いた試験を行い、実際に、L-
ドーパとの併用において、有意にパーキンソン病の症状が改善されたとの結果が得
られたのであるから、甲A1発明は、最初からヒト患者への適用を前提としている
ものである。したがって、甲A1発明のMPTP処置コモンマーモセットをヒト患
者に転用することは、甲A1自体に強い動機付けが記載されている。また、もとも
とヒト患者への適用を目指している甲A1発明において、ヒト患者の代わりとして
のMPTP処置コモンマーモセットへの薬剤の投与をヒト患者に適用することは、
自明の事項である。
したがって、甲A1発明の化合物(KW-6002)を投与する対象についての
相違点(ヒト患者か否か)に係る本件発明の構成は、本件優先日当時の当業者が容
易に想到し得たことである。
(2) ウェアリング・オフ等を示すに至った段階の患者を対象とし、そのオフ時
間を減少させるために用いられるとの点について
ア 前記1(1)のとおり、甲A1には、ウェアリング・オフ等の応答変動に対応
するための治療薬としてKW-6002を使用することが開示されているから、甲
A1発明のKW-6002は、ウェアリング・オフ等の応答変動を示すに至った段
階の患者に投与されることを目的とした薬剤である。
また、甲A1の図1及び図4によると、KW-6002は、単独投与される場合
(L-ドーパが作用していない状態)であっても、閾値投与量のL-ドーパとの併
用の場合であっても、パーキンソン病の症状を有意に改善させているところ、これ
は、ウェアリング・オフ等のオフ時間の減少を意味する。
そうすると、甲A1発明のKW-6002は、本件発明と同様、ウェアリング・
オフ等を示すに至った段階の患者を対象とし、そのオフ時間を減少させるために用
いられる薬剤であるから、「ウェアリング・オフ減少および/またはオン・オフ変
動を示すに至った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に
用いられるとの点は、本件発明と甲A1発明との相違点ではない。
イ 仮に、「ウェアリング・オフ減少および/またはオン・オフ変動を示すに至
った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に用いられると
の点が本件発明と甲A1発明との相違点であるとしても、本件優先日当時、ウェア
リング・オフ現象は、L-ドーパの薬効時間が短くなる現象であり、その原因は、
ドーパミン作動系の異常であると認識されていたし、また、KW-6002の作用
機序は、L-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくもので
あることが広く知られていた。これらによると、パーキンソン病に対してドーパミ
ン作動系以外の作用機序で効く医薬品であるKW-6002が、ウェアリング・オ
フ現象を示すに至った患者のオフ時間に現れるパーキンソン病の症状に対してのみ
特異的に作用しなくなるとは考え難い。当業者である甲A1の著者らも、そのよう
に考えるからこそ、ヒト患者のほとんどに生じる応答変動に対応するための薬剤の
試験をMPTP処置コモンマーモセットを対象に行っているのであり、その結果、
パーキンソン病の症状が有意に改善したことを受けて、本件記載のとおり、ウェア
リング・オフ等の応答変動を有する患者においても、KW-6002がオン時間を
増加させる可能性があると考察している。
したがって、甲A1に接した当業者であれば、甲A1自体には直接的にはMPT
P処置コモンマーモセットを対象とした試験の結果のみが開示されているとしても、
その内容から、上記相違点に係る本件発明の構成(KW-6002を「ウェアリン
グ・オフ減少および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象と
し、その「オフ時間を減少させるため」に用いるとの構成)に容易に想到し得たも
のである。
(3) 被告の主張について
ア 被告は、本件発明の化合物(以下「本件化合物」という。)を本件発明の医
薬用途に用いる動機付けはないと主張するが、甲A1、甲A2及び甲A5は、L-
ドーパ節減療法を提案するものではなく、また、カニクイザル、ラット及びマーモ
セットを用いた動物実験においてKW-6002がL-ドーパの作用時間を延長し
ないことが示されているとの事実はなく、さらに、甲A3は、L-ドーパとKW-
6002の併用では有意な延長効果を示すものであり、加えて、甲A4について、
これが甲A2を参照しており、甲A2においてKW-6002の単独投与が提案さ
れているにすぎないとする被告の主張は、上記の動機付けを否定する事情とはなり
得ないから、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがないとする被告
の主張は理由がない。
イ 被告は、仮に、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがあると
しても、当業者は本件発明に容易に想到し得なかったと主張するが、被告は、各動
物実験の結果の理解を誤っており、また、被告が本件優先日から20年以上経過し
た現在の事情をいう点は、本件優先日後の事情である上、KW-6002とは別の
化合物に関する事情をいうものであって、本件発明の進歩性とは無関係であり、さ
らに、本件発明は、L-ドーパやKW-6002の用量を何ら限定しておらず、K
W-6002に単独投与療法としての有意な効果がないとの点も、本件優先日後の
事情にすぎないから、当業者が本件発明に容易に想到し得なかったとする被告の主
張は理由がない。
ウ 被告は、本件発明は本件発明の構成のものとして本件優先日当時の当業者が
予測した効果と比較した顕著な効果を奏するものであると主張するが、本件明細書
に記載された本件発明の実際の効果は、甲A1、甲A3等により当業者が予測し得
たものであるし、既に動物モデルで示されていた効果を確認するという程度のもの
にすぎないから、本件発明の効果は、本件発明の構成のものとして当業者が予測し
た効果を超えるものではない。被告の上記主張は理由がない。
第4 原告東和主張の審決取消事由に対する被告の主張
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について
(1) 原告東和が援用する甲A1の記載のうち緒言は、ウェアリング・オフ現象
やそのオフ時間の減少に言及するものではなく、ジスキネジア現象に対する影響に
着目するものである。したがって、甲A1の目的がウェアリング・オフ現象のオフ
時間を減少させることであると理解することはできない。なお、甲A1の緒言の前
に記載されている要約においても、KW-6002がL-ドーパの用量を減量させ
るための手段であり得、単独投与療法又はL-ドーパとの併用療法における新たな
治療アプローチを提供する潜在的可能性があるとされている。
また、本件記載は、①ジスキネジア現象が延長されず、かつ、②ウェアリング・
オフ現象のオン時間が増加し、かつ、③オン・オフ変動のオン時間が増加するとの
記載ではあるが、上記①ないし③は、いずれも甲A1の試験結果とは無関係の記載
であり、単に患者が自由に動ける時間が長くなるという意味にすぎないのであって、
本件記載は、いわば究極の治療目標を記した単なる願望的な記載にすぎない。した
がって、甲A1にそのような願望的な記載である本件記載があるとしても、そこに
甲A1発明’が実質を伴って記載されているということはできない。
(2) 原告東和は、甲A1に記載された試験結果から、甲A1には甲A1発明’
が記載されていると主張するが、甲A1には、そこに記載された各試験結果とL-
ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少との関連が全く示さ
れていない。そもそも、動物モデルにおいて、試験の対象たる化合物がウェアリン
グ・オフ現象のオフ時間を減少させるか否かを確認するためには、①L-ドーパの
継続的な投与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態が現れるようにした動
物モデルにおいて、②試験の対象たる化合物と有効用量のL-ドーパとの併用投与
を行い、また、対照として、(当該化合物を使用しない)有効用量のL-ドーパの
単独投与を行い、③前者と後者を比較して、抗パーキンソン作用の作用時間が延長
されるか否かを実証する必要があるところ、甲A1に記載された各試験は、これら
の要件を満たさないものである。
また、前記(1)のとおり、原告東和の上記主張は、願望的な記載である本件記載
に基づくものにすぎず、何ら甲A1の試験結果に裏付けられたものではない。
さらに、特許庁の審査基準においては、刊行物等の記載及び出願時の技術常識に
基づいて、当業者がある化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるよう
に当該刊行物等に記載されていない場合には、当該刊行物等に医薬発明が記載され
ているとすることはできないとされているところ、これによると、甲A1に「…増
加させることができる可能性がある薬剤」である甲A1発明’が記載されていると
する原告東和の主張は、主張自体失当である。
(3) 以上のとおりであるから、原告東和の主張に理由はなく、新規性について
の本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
以下のとおりであるから、本件発明の進歩性についての本件審決の判断に誤りは
ない。
(1) 対象がヒト患者であるか否かの点について
甲A1には、いかなる動物実験においても本件化合物が本件発明の医薬用途(L
-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少)に用いることが
できることが示されているわけではない。
また、原告東和は、甲A1の試験結果とは無関係の願望的な本件記載を根拠に、
甲A1発明のMPTP処置コモンマーモセットをヒト患者に転用することは甲A1
自体に強い動機付けが記載されていると主張するが、甲A1の試験結果は、L-ド
ーパ節減療法を提案しているものであるから、原告東和の主張は理由がない。
さらに、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモ
セットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量の
L-ドーパの作用時間を延長させることができなかった旨の報告が一貫してされて
いたところ、これらの試験系は、有効用量のL-ドーパを用いているという点にお
いても、作用時間が明確に理解できるという点においても、甲A1の試験系よりも
はるかに本件発明の医薬用途に近いものであるから、KW-6002をヒト患者に
転用しても、同様の結果(有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるものでは
ないとの結果)となることが想定されるにすぎなかった。
以上によると、甲A1発明の化合物(KW-6002)を投与する対象について
の相違点(ヒト患者か否か)に係る本件発明の構成は、本件優先日当時の当業者が
容易に想到し得たものではない。
(2) ウェアリング・オフ等を示すに至った段階の患者を対象とし、そのオフ時
間を減少させるために用いられるとの点について
ア 甲A1の図4の試験(以下「図4試験」という。)について、①L-ドーパ
を初めて投与される動物モデルであり、L-ドーパの継続的な投与によってパーキ
ンソン病の進行期に特有の病態を呈するようにした動物モデルではない点からみて
も、②閾値用量のL-ドーパしか用いられておらず、ウェアリング・オフ現象が生
じるようなL-ドーパ療法の局面において問題となる有効用量のL-ドーパに対し
て本件化合物が与える影響について何ら評価していない点からみても、③そもそも
閾値用量のL-ドーパの抗パーキンソン作用についてさえ、その作用を増強するか
のみが検討の対象とされており、作用時間を延長するかについて評価し得るもので
はない点からみても、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を
示すに至った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に用い
られるとの点は、本件発明と甲A1発明との相違点であるというべきである。
イ 前記(1)のとおり、甲A1には、いかなる動物実験においても本件化合物が
本件発明の医薬用途(L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間
の減少)に用いることができることが示されているわけではない。
また、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセ
ットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL
-ドーパの作用時間を延長させることができなかった旨の報告が一貫してされてい
たところ、これらの試験系は、有効用量のL-ドーパを用いているという点におい
ても、作用時間が明確に理解できるという点においても、甲A1の試験系よりもは
るかに本件発明の医薬用途に近いものであるから、本件化合物とL-ドーパを組み
合わせたところで、本件発明の医薬用途に用いることができると想定できるもので
はない。
この点に関し、原告東和は、ドーパミン作動性ではなく別の作用機序に基づくK
W-6002がウェアリング・オフ現象を示すに至った患者のオフ時間に現れるパ
ーキンソン病の症状に対してのみ特異的に作用しなくなるとは考え難いと主張する。
しかしながら、KW-6002は、L-ドーパの受容体とは別の受容体であるアデ
ノシンA2A 受容体に作用するものの、アデノシンは、ドーパミンとは無関係の別
個独立した作用機序によって、ドーパミンと無関係に別個独立に運動指令を伝達す
ることができるわけではない。そして、本件優先日当時、種々の動物モデルにおい
て、KW-6002が有効用量のL-ドーパの作用時間を延長することができなか
ったことが一貫して示されていたのであるから、当業者は、むしろ、特異的な状況
さえ起きなければ、ヒトにおいて有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるこ
とができないであろうと想定したと考えられる。原告東和の上記主張は理由がない。
以上によると、本件優先日当時の当業者は、KW-6002を「ウェアリング・
オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、
その「オフ時間を減少させるため」に用いるとの本件発明の構成に容易に想到し得
たものではない。
(3) なお、以下の点からも、本件発明の進歩性が否定されることはない。
ア 甲A1は、試験結果に基づき、L-ドーパ節減療法を提案し、これを当業者
に動機付けるものであり、本件化合物をウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少
に用いることを動機付けるものではない。また、本件優先日当時、カニクイザルに
おいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量の
L-ドーパと併用しても有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるものではな
かった旨の報告が一貫してされており、当業者が甲A1に基づいて本件化合物を本
件発明の医薬用途に用いることを動機付けられることはない。さらに、本件優先日
当時、L-ドーパの継続的な投与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態が
現れるようにした動物モデル(カニクイザル)において、本件化合物の併用がL-
ドーパの作用時間に影響を与えなかったことが実証され、報告されていたため、当
業者は、なおさら、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いることを動機付けられ
ることはない。加えて、甲A1に甲A2ないし甲A5を組み合わせても、本件化合
物を本件発明の医薬用途に用いることは動機付けられないことも併せ考慮すると、
本件においては、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがないという
べきである。
イ 仮に、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがあるとしても、
本件化合物を併用したところで、いかなる動物実験においても有効用量のL-ドー
パの作用時間を延長させることはできないため、当業者が本件発明に容易に想到す
ることはできなかった。また、本件優先日から20年以上が経過した現在において
も、ウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少を医薬用途として承認された選択的
アデノシンA2A受容体阻害薬は、本件化合物以外には存在しないから、本件優先
日当時に本件発明が成功する合理的期待がなかったことは明らかであり、当業者が
本件発明に容易に想到することはできなかった。さらに、本件優先日から20年以
上が経過した現在においても、他の作用機序による非ドーパミン系薬剤に関し、パ
ーキンソン病関連の医薬用途について承認されたものは存在しないから、本件優先
日当時に本件発明が成功する合理的期待がなかったことは明らかであり、当業者が
本件発明に容易に想到することはできなかった。加えて、本件優先日当時の当業者
は、ヒト臨床において適切な用量設定すら見いだすことができず、また、ヒト臨床
では、動物実験が期待させた単独投与療法においてさえも有意な効果が認められな
かったのであるから、当業者が本件発明に容易に想到することはできなかった。
以上のとおり、仮に、本件優先日の当業者が本件化合物を本件発明の医薬用途に
用いることを動機付けられたとしても、通常程度の創作能力を備えるにすぎない当
業者は、本件発明に容易に想到し得なかったものである。
ウ 本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用したところで、カニクイザルにお
いても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、有効用量のL-ドーパの作
用時間を延長させるものではなかった旨の報告が一貫してされており、そのことは、
当業者に広く知られていた。取り分け、本件優先日当時、L-ドーパの継続的な投
与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態が現れるようにした動物モデル
(カニクイザル)において、本件化合物の併用が有効用量のL-ドーパの作用時間
に影響を与えないことが実証され、報告されていた。したがって、本件優先日当時
の当業者は、「本件化合物がパーキンソン病の進行期のヒト患者においてウェアリ
ング・オフ現象のオフ時間を減少させる効果があり、しかも、その程度も、臨床上
の意義が極めて大きい程度のものである」などと考えることはなかった。
以上のとおり、本件発明は、本件発明の構成のものとして本件優先日当時の当業
者が予測した効果と比較した顕著な効果を奏するものであることは明らかであるか
ら、本件発明は、その顕著な効果により、進歩性を否定されない。
第5 原告共和ら主張の審決取消事由
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について
(1)ア 甲A1には、本件記載がある。①本件記載は、パーキンソン病のヒト患
者についてのKW-6002の使用可能性を述べていることは明らかであり、また、
②甲A1は、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者を
対象としているところ、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有
する患者は、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン
・オフ変動を示すに至った段階の患者であり、さらに、③KW-6002は、オン
時間を増加させるものであるから、オフ時間を減少させるために患者に投与される
ものである。加えて、④KW-6002は、L-ドーパと組み合わせて治療剤とな
るのであるから、L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して患者に投与される
ものである。
したがって、本件記載は、本件発明の全構成を記載したものであるといえる。
イ 上記アのうち、KW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オ
フ現象および/またはオン・オフ変動の「オフ時間」を減少させることは、図4試
験によって裏付けられている。すなわち、図4試験は、パーキンソン病モデルコモ
ンマーモセットにおいて、KW-6002を投与した後24時間はKW-6002
が併用されたL-ドーパの効力を補完して抗パーキンソン病活性を発揮することを
示しているのであるから、ウェアリング・オフ現象が生じた患者にKW-6002
を投与すれば、1日のオフ時間内にKW-6002が抗パーキンソン病活性を発揮
することは明らかである。そして、それは、オフ時間の減少として現れるものであ
るから、甲A1は、結論として、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性が
あると述べるものである。
(2) 本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点は、次のとおり、い
ずれも実質的な相違点ではない。本件審決は、図4試験の結果を形式的に捉えて、
その記載内容を甲A1発明として認定しているにすぎないが、次のとおり、本件記
載を含む甲A1の記載の全体、図4試験が実質的に示唆する内容、本件優先日当時
の技術常識、被告の過去の主張等を考慮すると、実質的にみて、甲A1には、本件
発明が記載されているといえる。
ア ヒト患者ではなくMPTP処置コモンマーモセットを対象としている点
刊行物においてヒト患者に対する医薬の効果が実証されていないために、その刊
行物に医薬用途が記載されていないとするならば、臨床試験結果が公表されていな
い限り、医薬用途発明は新規性を有することになるところ、現実の医薬開発では、
動物モデルで薬効が確認された後に臨床試験に進むことを考慮すると、動物モデル
での薬効は、ヒトでの薬効を示すといえる。臨床試験結果だけが医薬用途発明の新
規性を否定できるとするのは誤りである。
また、MPTP処置をしたコモンマーモセット等の霊長類のパーキンソン病の病
態がヒトパーキンソン病の病態に極めて近いものであることは、本件優先日当時の
技術常識であった。
したがって、甲A1発明がMPTP処置コモンマーモセットを対象としている点
は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではない。
イ ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生じていないモデル動物を用い
ている点
(ア) L-ドーパとKW-6002は、その受容体が異なり、また、同じドーパ
ミン受容体に結合するドーパミンアゴニストでさえL-ドーパを長期投与しても薬
効を示し、さらに、ウェアリング・オフ現象及びオン・オフ変動がL-ドーパに対
する生体の変化であることや、L-ドーパとKW-6002とが作用メカニズムを
異にすることも総合すると、KW-6002は、L-ドーパを長期投与しなくても
薬効を示すのであるから、甲A1に試験において、L-ドーパを長期投与したモデ
ル動物を用いる必要はない。
(イ) オフ時間の減少のためにL-ドーパの作用時間を延長することは不要であ
るから、甲A1の試験において、L-ドーパに対する応答が変化したモデル動物を
用いる必要はない。
(ウ) 被告の過去の主張によると、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象が
生じていないモデル動物を用いても、オフ時間の減少作用があったと評価すること
ができたものである。
(エ) 以上によると、甲A1は、L-ドーパを長期投与せず、ウェアリング・オ
フが生じていない動物を用いて行った試験(図4試験)に基づき、オフ時間の減少
効果を評価できると述べていることになる。
したがって、甲A1発明がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生じてい
ないモデル動物を用いている点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点では
ない。
ウ KW-6002が少なくとも24時間にわたり抗パーキンソン病活性を持続
し、L-ドーパと併用された状態で自発運動活性と運動障害を改善する点
図4試験は、KW-6002の薬効がL-ドーパと併用した状態で24時間持続
して発揮されたことを、L-ドーパの単独投与による薬効と比較することで説明す
るものである。すなわち、図4試験は、L-ドーパと併用したKW-6002が持
続的に薬効を発揮したことを示すものである。そうだとすると、甲A1は、KW-
6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものといえる。
したがって、甲A1発明は、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示
すものとして、本件発明と相違しない。
(3) なお、以上に述べたところからすると、甲A1には、実質的にみて、次の
発明(以下「甲A1発明”」という。)が記載されているといえるところ、これは、
本件発明と一致する。
KW-6002を含有する薬剤であって、
ウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動を示すヒト患者において、
L-ドーパと組み合わせられて、オン時間を増加させる(すなわち、オフ時間を
減少させる)薬剤。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点を前提とした本件発明の進
歩性についての本件審決の判断は、以下のとおり誤りである。
(1) 甲A1には、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動におけるオフ時間
の短縮のためにL-ドーパと長時間作用型ドーパミンアゴニストを組み合わせて使
用することが記載され、甲A4には、ドーパミンアゴニストは作用時間が長く、L
-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を抑制する効
果を有することが明確になったことが記載され、甲B8(特表2000-5133
49号公報)には、L-ドーパより作用時間が長いドーパミンアゴニストを併用す
れば、抗パーキンソン病活性が得られる期間が長くなって、オフ時間が減少するこ
とが記載され、甲B23(「BRAIN nursing」第9巻春季増刊(通巻第102号)
(平成5年))には、ウェアリング・オフ現象に対する対策として、ドーパミンア
ゴニストを併用することが記載され、甲B26(「Neuroscience Research」41
巻397~399頁(2001年))には、半減期が長いゾニサミドを進行期のパ
ーキンソン病患者に投与した結果、オフ時間が減少したことが記載されるなど、ウ
ェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少のため、抗パーキンソン
病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用することは、本件優先日当
時によく知られていた。
他方、図4試験は、KW-6002をL-ドーパと併用した場合に、結果として、
KW-6002が24時間にわたり抗パーキンソン病活性を発揮してL-ドーパの
効力を補完することを示している。
以上によると、L-ドーパと併用して抗パーキンソン病活性が長時間持続するK
W-6002をパーキンソン病のヒト患者に投与してウェアリング・オフ現象やオ
ン・オフ変動のオフ時間を減少させることは、当業者であれば容易に想到できるこ
とである。したがって、本件発明は、甲A1と本件優先日当時の技術常識から、当
業者が容易に想到し得たものである。
(2) 甲A3には、非ドーパミン作動性受容体を標的とするアデノシンA2Aアン
タゴニストが進行期のパーキンソン病患者におけるドーパミン作動性薬剤反応の持
続の短縮の回復(ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少)に
有用である可能性があることが記載され、甲B6(「医療ジャーナル」第36巻増
刊号39~44頁(平成12年))には、L-ドーパの長期投与によるウェアリン
グ・オフ現象やオン・オフ変動といった問題点を解決できることが期待される薬物
として、アデノシンA 2 A アンタゴニストが挙げられることが記載され、甲B9
(「Neurology」52巻1916頁(1999年))には、臨床試験において、L
-ドーパ治療によりウェアリング・オフ現象が生じている進行期のパーキンソン病
患者にテオフィリンを投与した結果、オフ時間の持続が30%にまで有意に減少し
たことが記載されている。
他方、図4試験には、KW-6002がL-ドーパと併用した場合に抗パーキン
ソン病活性を発揮して長時間にわたりL-ドーパの効力を補完することが示されて
いる。
以上によると、KW-6002をウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオ
フ時間の減少のために使用することは、当業者であれば容易に想到できることであ
る。したがって、本件発明は、甲A1及び本件優先日当時の技術常識から、当業者
が容易に想到し得たものである。
(3) 前記1(2)イのとおりであるから、図4試験は、ウェアリング・オフ現象や
オン・オフ変動を生じた患者におけるKW-6002の薬効・挙動を少なくとも予
測させるものである。また、前記1(2)ウのとおりであるから、図4試験は、KW
-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可
能性があることを記載するものである。
このように、甲A1(図4試験)は、KW-6002がウェアリング・オフ現象
やオン・オフ変動を示すヒト患者においてオフ時間を減少させる可能性を少なくと
も予測させるものであるから、本件発明は、甲A1から、本件優先日当時の当業者
が容易に想到し得たものである。
(4) 本件記載は、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動
のオフ時間を減少させる可能性があることを述べている。また、甲A3は、L-ド
ーパの持続投与によるウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させる薬剤として、
KW-6002の補助的な使用が有用である可能性があることを述べている。この
ように、本件記載は、試験結果と無関係のものではなく、図4試験の結果の示唆を
受けて記載されたものであるといえ、第三者に対しても、KW-6002がウェア
リング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性があることを示
唆するものである。
したがって、本件発明は、甲A1から、本件優先日当時の当業者が容易に想到し
得たものである。
(5) 甲A1の試験から本件発明の構成のものとして当業者が予測できる効果は、
24時間程度の間におけるオフ時間の減少効果であって、薬効の持続に霊長類の種
の間で差異があるとしても、0.8時間又は1.2時間より短くなるとは考えられ
ないし、そのような証拠もないから、ヒト患者において1日当たり0.8時間又は
1.2時間のオフ時間の減少がみられたという本件発明の実際の効果は、本件発明
の構成のものとして当業者が予測できる効果を超えるとはいえず、本件発明が予測
できない顕著な効果を奏するとは認められない。
(6) 被告の主張について
ア 被告は、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けはないと主張す
るが、図4試験は、L-ドーパ節減療法を提案しているものではなく、また、被告
が主張する動物実験の結果は、KW-6002を併用してもL-ドーパのオフ時間
を減少させることができないことを示すものではないから、被告の上記主張は理由
がない。
イ 被告は、仮に、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがあると
しても、当業者は本件発明に容易に想到し得なかったと主張するが、本件化合物を
本件発明の医薬用途に用いることが甲A1等の公知文献から動機付けられるのであ
れば、本件発明の容易想到性は肯定される。例えば、当業者は、本件記載に基づい
て、KW-6002のような薬剤をパーキンソン病のヒト患者のオン時間の増加
(オフ時間の減少)の用途に用いるという構成に容易に想到することができるので
ある。なお、被告は、本件優先日から20年以上経過した現在の事情を主張するが、
いずれも本件優先日当時に存在した知見ではなく、本件発明の進歩性について判断
する際に考慮すべき事情ではない。したがって、被告の上記主張は理由がない。
3 取消事由3(審判指揮の違法)について
(1) 原告共和らは、特許庁に対し、本件発明が甲A3に基づいて容易に発明を
することができた旨の主張(以下「本件主張」という。)等を記載した令和3年1
月28日付け審判事件弁駁書(以下「本件弁駁書」という。)を提出した。
(2) これに対し、特許庁審判長は、令和3年3月16日付け審理事項通知書に
おいて、本件弁駁書に記載された本件主張が審判請求の理由の要旨を変更する補正
に相当するなどとして、原告共和らに対し、本件主張を審理の対象としない予定で
あること、本件主張に関する証拠(甲B7~10)を採用しない予定であること等
を通知した。
(3) 原告共和らは、やむなく上記(2)の通知に応じ、令和3年4月27日の第1
回口頭審理期日において、本件弁駁書に記載された主張のうち本件主張を撤回する
とともに、これに関する証拠(甲B7~10)の申出を撤回するなどした。そのた
め、本件主張及びこれらの証拠は、本件審決において取り上げられなかった。
(4) しかしながら、本件主張は、審判請求の理由の要旨を変更する補正に該当
しないから、特許庁審判長の上記(2)の審判指揮は、特許法131条の2第1項に
違反するものであり、違法であるところ、この審判指揮の違法は、本件審決の判断
に影響を及ぼすものである。
第6 原告共和ら主張の審決取消事由に対する被告の主張
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について
(1) 原告共和らは、本件記載は本件発明の全構成を記載したものであると主張
する。しかしながら、前記第4の1のとおり、甲A1においては、マーモセットに
おけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少が示されているわけではなく、ま
してや、ヒトにおけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少が示されているわ
けではないから、本件記載は、試験による裏付けのない願望的な記載にすぎないと
いわざるを得ず、この記載をもって、甲A1に記載された発明を認定することはで
きない。
(2) 原告共和らは、KW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・
オフ現象および/またはオン・オフ変動の「オフ時間」を減少させることは図4試
験によって裏付けられていると主張する。しかしながら、図4試験は、単に「KW
-6002をどれくらい前に投与しておいても、閾値用量のL-ドーパの作用を増
強できるか」について示した試験であり、閾値用量のL-ドーパの作用時間の延長
を示す試験ですらない。また、図4試験は、ウェアリング・オフ現象のモデルでは
なく、パーキンソン病の進行期に特有の病態を呈するに至った動物モデルでもなく、
L-ドーパの継続的な投与を伴うモデルでもなく、初めてL-ドーパを投与する場
合のモデルにすぎない。さらに、図4試験は、有効用量のL-ドーパではなく、閾
値用量のL-ドーパに対する影響を評価するものにすぎない。したがって、原告共
和らの上記主張は、理由がない。
(3)ア 原告共和らは、本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点は
いずれも実質的な相違点でないと主張するが、そもそも、原告共和らが主張する当
該相違点は、本件審決が認定した相違点を正確に引用するものではない。
イ 原告共和らは、甲A1発明がMPTP処置コモンマーモセットを対象として
いる点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。しかしな
がら、問題となる特許発明がヒトを対象とする医薬であって、引用発明が動物を対
象とする医薬であるときは、これらの相違は、両発明の相違点として認定されるべ
きである。
ウ 原告共和らは、甲A1発明がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生
じていないモデル動物を用いている点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点
ではないと主張する。しかしながら、甲A1には、ウェアリング・オフ現象が生じ
た動物モデルを対象とするとの直接の記載はない。また、本件優先日当時、カニク
イザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有
効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させる
ことができなかった旨の報告が一貫してされていたのであるから、甲A1に触れた
本件優先日当時の当業者にとって、ウェアリング・オフ現象が生じた動物モデルを
対象とするとの記載がされているに等しいとみることはできない。
エ 原告共和らは、KW-6002が少なくとも24時間にわたり抗パーキンソ
ン病活性を持続し、L-ドーパと併用された状態で自発運動活性と運動障害を改善
する点を根拠に、甲A1発明はKW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示
すものであると主張する。しかしながら、そもそも、甲A1には、「KW-600
2が少なくとも24時間にわたり抗パーキンソン病活性を持続」したとは記載され
ていない。また、前記(2)で述べたとおりであるから、甲A1発明は、KW-60
02がウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少さ
せるものとはいえない。
オ 以上のとおりであるから、本件発明と甲A1発明との間に実質的な相違点が
ないとする原告共和らの主張は理由がない。
(4) 一般に、引用発明は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に
認定されなければならないところ、原告共和らは、本件発明の発明特定事項が甲A
1に全て記載されていると主張するために、本件発明の構成のうち甲A1に記載さ
れていないものを全て抽象化し、一般化し、拡張するなどして、これらが甲A1に
実質的に記載されていると主張するにすぎない。また、前記第4の1(2)において
述べたとおり、原告共和らが主張する甲A1発明”についても、甲A1の記載及び
本件優先日当時の技術常識に基づいて、当業者がKW-6002を甲A1発明”の
医薬用途に使用できることが明らかであるように甲A1に記載されているとはいえ
ないから、甲A1に甲A1発明”が記載されていると認めることはできない。
2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
以下のとおりであるから、本件発明の進歩性についての本件審決の判断に誤りは
ない。
(1) 原告共和らは、「ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の
減少のため、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併
用すること」は本件優先日当時の技術常識であったと主張するが、本件優先日当時、
そのような技術常識は存在していなかった。原告共和らの主張が妥当するのは、せ
いぜいドーパミン系薬剤(ドーパミン受容体に入る刺激を高める薬剤)に関してで
あって、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象のオフ時間が生じている
ような場合、非ドーパミン系薬剤がどのような働きをするのかや、作用時間を延長
させることができるのかなどについて技術常識が存在したわけではないし、これら
について当業者が予測できたわけでもない。
したがって、本件発明が甲A1及び上記技術常識から当業者が容易に想到し得た
ものであるとする原告共和らの主張は理由がない。
(2) 原告共和らは、「ウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少のためにアデ
ノシンA2A 受容体アンタゴニストを併用すること」は本件優先日当時の技術常識
であった旨の主張をするが、本件優先日当時、そのような技術常識は存在していな
かった。原告共和らが挙げる各文献は、いずれも「ウェアリング・オフ現象のオフ
時間の減少のために、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストを併用すること」が
技術常識であったことを示すものではない。例えば、甲A3においては、ラットに
おいて本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても有効用量のL-ドーパの作
用時間を延長させるものではなかったことが報告されているし、甲B6においては、
冒頭で、ウェアリング・オフ現象がオン・オフ変動、ジスキネジア現象、精神症状
等と共にパーキンソン病の進行期における問題点として列記されているにすぎず、
アデノシンA2A受容体アンタゴニストがウェアリング・オフ現象のオフ時間の減
少を治療用途とする旨の記載はない。甲B9は、原告共和らが審判請求手続におい
て撤回した証拠であるし、そもそも、その詳細が不明で信頼性の低い試験を記載し
たものである。また、甲B9に記載のあるテオフィリンは、非選択的アデノシン受
容体アゴニストであり、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストではない。
したがって、本件発明が甲A1及び上記技術常識から当業者が容易に想到し得た
ものであるとする原告共和らの主張は理由がない。
(3) 原告共和らは、甲A1(図4試験)はKW-6002がウェアリング・オ
フ現象やオン・オフ変動を示すヒト患者においてオフ時間を減少させる可能性を少
なくとも予測させると主張する。しかしながら、本件発明の医薬用途は、L-ドー
パ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少であるから、ウェアリン
グ・オフ現象の局面における治療有効用量のL-ドーパの作用時間を延長できなけ
れば意味がないところ、甲A1(図4試験)は、ウェアリング・オフ現象のモデル
でもなく、パーキンソン病の進行期に特有の病態を呈するに至った動物モデルでも
なく、L-ドーパの継続的な投与を伴うモデルでもなく、初めてL-ドーパを投与
する場合のモデルにすぎないし、有効用量のL-ドーパではなく、閾値用量のL-
ドーパに対する影響を評価するものにすぎず、加えて、有効用量のL-ドーパの投
与後のL-ドーパの作用時間の延長ではなく、閾値用量のL-ドーパの作用の増強
について報告するものにすぎない。さらに、本件優先日当時、カニクイザルにおい
ても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量のL-
ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることができな
かった旨の報告が一貫してされていたところ、これらの試験系は、有効用量のL-
ドーパを用いているという点においても、作用時間について明確に理解できるとい
う点においても、甲A1の試験系よりもはるかに本件発明の医薬用途に近いもので
ある。
したがって、上記主張を前提に、本件発明が甲A1から当業者が容易に想到し得
たものであるとする原告共和らの主張は理由がない。
(4) 原告共和らは、甲A1以外の文献の記載を挙げて、本件記載が試験結果と
無関係のものではなく、図4試験の結果の示唆を受けて記載されたものであると主
張する。しかしながら、甲A3には、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用し
ても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることはなく、作用を増強させ
ることもなかったとの記載があるところである(なお、甲A3の末尾には、アポモ
ルフィンの試験結果に基づく記載があるが、アポモルフィンは、L-ドーパのよう
なプロセス(L-ドーパがドーパミン神経に取り込まれ、L-ドーパを材料として
ドーパミンが合成され、ドーパミンが放出され、ドーパミン受容体に作用するとの
プロセス)を経るものではなく、アポモルフィンとの併用試験の結果をL-ドーパ
の試験の結果であると擬制ないし推定することはできない。)。そもそも、甲A1
が意味するところを確定するに当たっては、甲A1自体における実験結果が何を意
味するのかについての当業者の理解が重要である。
したがって、上記主張を前提に、本件発明が甲A1から当業者が容易に想到し得
たものであるとする原告共和らの主張は理由がない。
(5) なお、本件において本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けが
ないこと、仮にそのような動機付けがあるとしても、通常程度の創作能力を備える
にすぎない当業者が本件発明に容易に想到し得なかったこと及び本件発明が顕著な
効果を奏することについては、前記第4の2(3)のとおりである。
3 取消事由3(審判指揮の違法)について
(1) 原告共和らは、本件の無効審判の手続において、本件弁駁書に記載された
主張のうち本件主張及びこれに関する書証(甲B7~10)の申出を自ら撤回する
などしたのであるから、特許庁審判長の審判指揮には何らの違法もない。
(2) 特許庁審判長は、①撤回の対象とされた本件主張は、新たな主引用例や副
引用例を主張するものであって、原告東和がした審判請求の理由の要旨を変更する
ものであることが明らかであったこと、②原告共和らは、既に被告による答弁書の
提出がされた後に審判への参加が認められたため、審判請求の理由の要旨を変更す
る本件主張について審理するとなると、被告による更なる反論や訂正の機会を与え
なければならず、無効審判の審理が不当に遅延すること、③原告共和らは、本件特
許について別件の無効審判の請求をしており、本件の無効審判の手続において本件
主張を取り上げなくても、原告共和らに特段の不利益を与えないことに鑑み、本件
主張を審理の対象としない予定であること、本件主張に関する証拠(甲B7~10)
を採用しない予定であること等を通知した上、本件主張及びこれらの証拠の申出の
撤回についての原告共和らの意向を確認したものである。したがって、特許庁審判
長のした審判指揮に違法はない。
第7 当裁判所の判断
1 本件発明の概要
(1) 本件明細書の記載
本件明細書には、次の記載がある。
【0003】
パーキンソン病および運動合併症
パーキンソン病(振戦麻痺)は、振戦ならびに歩行、運動および協調の困難を特
徴とする脳の疾患である。この疾病は筋運動を支配する脳の一部の損傷と関連して
いる。
【0004】
黒質緻密部および腹側被蓋野のドーパミン作動性ニューロンは、それぞれ、運動
の調節および認知において重大な役割を果たしている。数通りの証拠から、黒質中
のドーパミン作動性細胞(すなわち、ドーパミン産生細胞)の変性がパーキンソン
病の症状をもたらすことが示唆されている。黒質のその領域に集中しているドーパ
ミン作動性細胞は、体内で最も速く加齢する細胞である。ドーパミン作動性細胞が
崩壊すると、運動に対する制御が損なわれ、パーキンソン病が発症する。
【0005】
通常、パーキンソン病の最初の症状は、特に身体を静止しているときの肢の振戦
(震えまたは振動)である。振戦は半身で始まることが多く、片側の手において頻
繁に起きる。その他のよく起こる症状としては、例えばゆっくりとした動き(運動
緩慢)、運動不能(アキネジア)、体肢の硬直、引きずり歩行、前かがみの姿勢等
のその他の運動障害が挙げられる。パーキンソン病患者は表情が乏しくなり、静か
な声で話すことが多い。この疾病は、鬱病、不安、人格変化、認知障害、痴呆、睡
眠障害、言語障害または性的不全といった二次的な症状を引き起こすことがある。
パーキンソン病の治療法は知られていない。治療はそれらの症状の制御を目的とし
ている。薬物療法では主として神経伝達物質間の不均衡を制御することによってそ
れらの症状を制御する。ほとんどのパーキンソン病の初期患者は、ドーパミン補充
療法による対症療法に対してよく応答するが、疾病が進行するにつれ能力障害が増
加する。
【0006】
用いる薬剤、用量および投与間隔は、症例に応じて変わる。症状変化に合わせて、
用いる薬剤の組み合わせを調節する必要があり得る。多くの薬剤は重大な副作用を
引き起こすことがあるので、医療提供者によるモニタリングとフォローアップが重
要である。
現在利用できるパーキンソン病用薬剤は、一般に、数年間は十分な対症制御をも
たらすものの、多くの患者が、運動変動およびジスキネジアを発症し、これが臨床
効果を鈍らせる。…これが起こると、ドーパミン作動性療法を増やすことはジスキ
ネジアを悪化させる恐れがあり、ドーパミン作動性療法を減らすことは運動機能を
悪化させ、オフ時間を増加させる恐れがある。この問題を踏まえて、非ドーパミン
作動性神経伝達物質系の治療的処置の可能性が注目されることとなった。
【0007】
ほとんどのパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じ、ほとんどの抗
パーキンソン薬はドーパミンを元の状態に戻すかドーパミンの作用を模倣するもの
である。しかし、これらの薬剤はドーパミンを恒久的に元に戻すものではなく、ド
ーパミンの作用を正確に模倣するものでもない。黒質にドーパミン細胞がないこと
がパーキンソン病の主な特徴ではあるが、非ドーパミン神経細胞も喪失している。
さらに、ドーパミン応答細胞は黒質だけでなく他の脳領域にも存在する。したがっ
て、パーキンソン病において有効な薬剤は、これらの細胞を刺激することにより、
例えば悪心、幻覚、錯乱等の副作用を引き起こし得る。
L-ドーパは1967年に報告され、以来最も有効な抗パーキンソン薬となって
いる。L-ドーパの有効性が最も高い症状としては、運動緩慢、硬直、静止時振戦、
歩行困難および小書症が挙げられる。L-ドーパの有効性があまり望めない症状と
しては、姿勢不安定、動作時振戦および嚥下困難が挙げられる。L-ドーパは痴呆
を悪化させる可能性がある。L-ドーパは、パーキンソン病において、強くかつ急
速な治療上の効果をもたらすが、最終的には、例えばウェアリング・オフ現象、オ
ン・オフ変動、ジスキネジア等の運動合併症をはじめとするドーパミンによって引
き起こされる重篤で好ましくない反応が現れる。…運動合併症は、通常、一度発症
すると、L-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤による処置では制御不能であ
る。
【0008】
パーキンソン病の初期にはL-ドーパを1日3回服用する。脳内でのピーク濃度
は投与後1~2時間で生じる。薬剤の半減期は短い(0.5~1時間)が、脳内に
残存しているドーパミン細胞がドーパミンを貯蔵し、数時間の間その活性を維持す
るには十分である。パーキンソン病が進行すると、より多くのドーパミン細胞が死
滅し、残存する細胞ではその効果を維持するのに十分なドーパミンを貯蔵できなく
なり、各投与量での作用持続時間が減少し、患者に対してより高用量なまたはより
頻繁な投与が必要となる。2~5年後には、50~75%もの患者で、L-ドーパ
に対する反応、つまりオン/オフ期間に変動が起こる。変動に伴い、患者はジスキ
ネジアを発症する。通常、ジスキネジアはL-ドーパのピーク作用時に生じるが、
薬剤の効果が切れるときまたはストレスが多いときにもまた生じる場合がある。変
動およびジスキネジアは患者の生活に深刻な影響を及ぼし得る。L-ドーパが連続
投与されれば(静脈内ポンプによって)、オン/オフ作用はなくなり、ジスキネジ
アも減少する。しかし、L-ドーパを静脈内投与することはできない。
【0009】
L-ドーパを単独で服用すると、その一部がドーパ-デカルボキシラーゼによっ
て脳外でドーパミンに変換される。このように生じたドーパミンは脳に入ることが
できず、例えば悪心、嘔吐、食欲の喪失等の副作用を引き起こす。従って、L-ド
ーパはカルビドパまたはベンセラジド(benserazide)と組み合わせることが多い。
カルビドパは脳外のドーパ-デカルボキシラーゼをブロックすることにより、悪心、
嘔吐および食欲の喪失を引き起こすことなく、より多くのL-ドーパが脳に入るこ
とができるようにする。アタメット(Atamet)またはシネメット(Sinemet)はカ
ルビドパとL-ドーパの両方を含有する錠剤である。カルビドパとの組み合わせで
は、L-ドーパの半減期は1.2~2.3時間である。
その発見から30年、L-ドーパは依然としてパーキンソン病の最良の治療であ
る。この疾病の初期段階では、患者は通常L-ドーパに対する良好な反応を享受す
るが、疾病が進行すると、L-ドーパはあまり有用でなくなる傾向がある。これは
L-ドーパの効力の喪失によるものではなく、例えばエンド・オブ・ドーズ(end-
of-dose)での悪化または「ウェアリング・オフ(wearing-off)」、「オン/オフ
変動」、ジスキネジア等の運動応答における逆変動のような運動合併症の発症によ
るものである。オン/オフ変動とは、薬剤治療における効果(「オン」状態、患者
にパーキンソン病の症状が比較的ない期間)が、突然、容認できないほどに失われ、
パーキンソン状態(「オフ」状態)を発現することである。ウェアリング・オフ現
象はL-ドーパが有効である期間の減少であり、「オフ」状態が徐々に再発するこ
とを特徴とし、「オン」状態が短くなる。ジスキネジアは、舞踏病(多動性の、目
的のないダンスのような動き)とジストニア(持続性の、異常な筋収縮)に大別す
ることができる。…治療期間が長くなるにつれ、ジスキネジアの頻度および重症度
も増加する。神経保護に有用であると思われる薬剤のパーキンソン病における効果
の可能性について影響を与えた研究-DATATOP 試験-では、平均20.5ヶ月間L
-ドーパの治療を受けた患者の20~30%でL-ドーパ誘発性ジスキネジアが観
察された。最終的に、L-ドーパを受けた患者のほとんどがジスキネジアを経験し、
患者の最大80%で、治療の5年以内にジスキネジアを発症した。…治療に関連し
たジスキネジアは、単にL-ドーパのみの問題ではなく、ドーパミン受容体アゴニ
ストも同様にジスキネジアを誘発し得る。このように、共通の用語「L-ドーパ誘
発性ジスキネジア」は、一般用語でドーパミン治療に関連したジスキネジアを記載
するために用いられることもある。ほとんどのジスキネジアは、レボドパまたは他
のドーパミン受容体アゴニストが、被殻中の過敏性ドーパミン受容体に対して十分
で あ る一定の脳内濃度であるときに生じる(ピーク・ドーズ・ジスキネ ジ ア
(peak-dose-dyskinesia))。しかし、ジスキネジアはまた、ドーパミン濃度が低
い際(オフ・ジストニア)、またはドーパミン濃度が増減する状態(二相性ジスキ
ネジア)でも生じる。また、例えばミオクローヌス、アカシジア等の他の運動障害
もL-ドーパ誘発性ジスキネジアの範疇の構成要素であり得る。
【0030】
アデノシンA2A受容体
アデノシンは、4種の主要な受容体サブタイプ、A1、A2A 、A 2B、A3(これ
らはその一次配列によって特性決定されている)を介して作用することがわかって
いる。…アデノシンA2受容体はさらに、A2A(高親和性)とA2B(低親和性)の
サブタイプに分けられる。…A1、A 2BおよびA 3受容体が脳内に広範囲にわたっ
て分布しているのに対し、 A 2 A 受容体は大脳基底核、とりわけ、尾状 - 被殻
(caudate-putamen)(線条体)、側坐核および淡蒼球、ならびに嗅結節に高度に
局在している。…大脳基底核は、終脳に局在し、いくつかの相互接続されている核
:線条体、淡蒼球外節(GPe)、淡蒼球内節(GPi)、黒質緻密部(SNc)、
黒質網様部(SNr)および視床下核(STN)からなる。大脳基底核は、運動行
動を起こすための運動感覚(sensorimotor)、連合および辺縁系情報の統合に関与
する皮質下回路(subcortical circuits)の重要な要素である。大脳基底核の主要
構成要素は線条体であり、ここではGABA作動性の中型の有棘ニューロンが唯一
の投射ニューロンであり、これは線条体ニューロン群の90%以上に相当する。
【0032】
神経科学の近年の進歩は、A 2A 受容体に選択的な薬剤の開発とともに、アデノ
シンおよびアデノシンA2A受容体についての認識の拡大を促した。アデノシンA2
A 受容体アンタゴニストが数種類のパーキンソン病の動物モデル(例えば、MPT
P処置したサル)の運動機能障害を改善するが、またドーパミン作動性薬剤とは異
なるA2A受容体アンタゴニストの特徴も示すことを、行動研究は示している。
【0033】
選択的アデノシンA 2A受容体アンタゴニストであるKW-6002の抗パーキ
ンソン病作用は、MPTP処置したマーモセットおよびカニクイザルを用いて研究
されてきた。…MPTP処置マーモセットでは、KW-6002の経口投与により、
用量依存的に自発運動の増加が誘発され、最大11時間まで持続した。…自発運動
は正常動物で認められるレベルまで増加したが、L-ドーパでは運動亢進が誘発さ
れた。さらに、L-ドーパを前投与したMPTP処置マーモセットでは、21日間
のKW-6002を用いた処置により、ジスキネジアがほとんどまたは全く誘発さ
れなかったが、同じ条件下での、L-ドーパを用いた処置では、顕著なジスキネジ
アが誘発された。ジスキネジアを発症するように処置されたMPTP処置マーモセ
ットに、KW-6002(20mg/kg)を閾値のL-ドーパとともに1日1回、
5日間投与した場合、ジスキネジアを増加させることなく抗パーキンソン病活性が
増強された。…KW-6002は、またさらにキナピロール(quinpirole)、ドー
パミンD2受容体アゴニストの抗パーキンソン病作用を増強したが、SKF807
23、ドーパミンD1受容体アゴニストの作用は増強しなかった。総合すれば、こ
れらの研究結果は、アデノシンA2A アンタゴニストが、パーキンソン病の初期の
患者に単独療法として抗パーキンソン病効果をもたらす可能性があること、および
L-ドーパ治療を受けた運動合併症患者では、ジスキネジアを増加させることなく
抗パーキンソン病作用を改善させる可能性があることを示唆している。
【0038】
…アデノシンA 2A 受容体の遮断効果を有する非ドーパミン作動性薬剤療法が、
パーキンソン病を治療するための手段として提供される。さらに、代表的なドーパ
ミン作動薬の副作用、つまり運動合併症を増加させる危険もしくは発症させる危険
がほとんどまたは全くない、抗パーキンソン病作用を提供するアデノシンA 2A受
容体アンタゴニストが望ましい。
いくつかのキサンチン化合物は、アデノシンA2A 受容体アンタゴニスト作用、
抗パーキンソン病作用、抗鬱作用、神経変性に対する阻害活性等を示すことが知ら
れている…。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0039】
本発明は、パーキンソン病患者に1種以上のA2A 受容体アンタゴニストを投与
することまたは併用投与することを特徴とするL-ドーパ療法の副作用を軽減また
は抑制する方法を提供する。このような治療は、例えばL-ドーパまたは他のドー
パミン作動性薬剤で誘発される運動合併症を患っている患者を治療して、オフ時間
を減少させるおよび/またはジスキネジアを改善するのに有効であり得る。
(2) 本件発明の概要
本件発明に係る特許請求の範囲の記載及び上記(1)の記載によると、本件発明の
概要は、次のとおりであると認められる。すなわち、パーキンソン病は、振戦、歩
行、運動及び協調の困難を特徴とする脳の疾患であり、黒質中のドーパミン作動性
細胞の変性がその症状をもたらすことが示唆されている。ドーパミン作動性細胞が
崩壊すると、運動に対する制御が損なわれ、パーキンソン病が発症する。ほとんど
のパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じるところ、L-ドーパは、
パーキンソン病の最良の治療である。しかし、パーキンソン病が進行し、L-ドー
パ療法の開始から2~5年が経過すると、50~75%もの患者において、オン/
オフ期間(L-ドーパに対する反応)に変動が起こり、ウェアリング・オフ現象
(L-ドーパが有効である期間が減少すること)、オン・オフ変動(オン状態(パ
ーキンソン病の症状が比較的ない期間)が突然容認できないほどに失われ、オフ状
態(パーキンソン状態)が発現すること)、ジスキネジア等の重篤で好ましくない
反応が現れる。このような状況を踏まえ、本件発明は、L-ドーパ療法においてウ
ェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を
対象とし、L-ドーパと併用して選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストで
ある本件化合物(KW-6002)を含有する薬剤を投与することにより、L-ド
ーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時
間を減少させることができることに着目し、本件化合物を含有する薬剤をそのよう
な用途(ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動におけるオフ時間
の減少)に用いる医薬の発明である。
2 原告東和主張の取消事由1(新規性についての判断の誤り)及び原告共和ら
主張の取消事由1(新規性についての判断の誤り)について
(1) 甲A1の記載
甲A1(被告が提出した補充の訳文である乙3を含む。以下同じ。)には、次の
記載がある。
ア 「L-ドーパ又は選択的D1若しくはD2ドーパミンアゴニストとアデノシ
ンA2AアンタゴニストKW-6002との併用は、抗パーキンソン活性を増強す
るがMPTP処置したサルにおいてジスキネジアは増強させない」(321頁の表
題)
イ 「新規の選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストであるKW-600
2は、MPTP処置パーキンソンマーモセットにおいて、ジスキネジアを引き起こ
すことなしに運動障害を改善する。本研究において我々は、KW-6002がL-
ドーパ又は選択的D1若しくはD2ドーパミン受容体アゴニストとの組合せにおい
て、MPTP処置コモン・マーモセットにおける抗パーキンソン活性を増強するか
否かを検討した。
KW-6002と選択的ドーパミンD2受容体アゴニストであるキンピロール又
はD1受容体アゴニストであるSKF80723との組合せは、運動障害の相加的
改善をもたらした。KW-6002と低投与量のL-ドーパとの組合せ投与もまた、
運動障害における相加的改善をもたらし、自発運動活性を増大させた。
抗パーキンソン活性を増強させるKW-6002の能力は、D1アゴニストとの
組合せによるよりも、L-ドーパと、またキンピロールとの組合せで一層顕著であ
った。しかしながら、KW-6002は、抗パーキンソン応答の増強をもたらすに
もかかわらず、予めL-ドーパに暴露させることでジスキネジアを示すようにして
おいたMPTP処置コモン・マーモセットにおいて、L-ドーパ誘発性のジスキネ
ジアを増悪させなかった。KW-6002のような選択的アデノシンA 2A 受容体
アンタゴニストは、パーキンソン病治療において使用されるL-ドーパの投与量を
低減させる一手段である可能性があり、そして単独療法として並びにドーパミン作
動性薬物との組合せの双方において、当該疾患の治療のための新規のアプローチで
ある可能性がある。(321頁の要約)

ウ 「緒言
パーキンソン病は、中脳のドーパミンニューロンの進行性変性を特徴とし、重度
の尾状核被殻のドーパミン枯渇をもたらす…。パーキンソン病の現在の治療は、L
-ドーパもしくはドーパミンアゴニスト薬を用いたドーパミン補充療法が中心とな
っている。L-ドーパと末梢性脱炭酸酵素阻害剤との併用が、パーキンソン病の治
療に最も効果的な手段である。しかしながら、ほとんどの患者は、5年以内に、応
答変動を経験し、一般的にはジスキネジアの出現を伴う…。応答変動に対する治療
には、現在のところ、均一の且つ制御された放出のL-ドーパと、おそらくカテコ
ール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)阻害剤の追加もしくは長時間作
用型ドーパミンアゴニストの使用との組み合わせを伴うであろう…。アマンタジン
はNMDA受容体を阻害することにより有効かもしれないけれども、既存のジスキ
ネジアを治療するために出来ることはほとんどない…。その結果、パーキンソン病
を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標
的に注目が集まっている。このようなアプローチの一つは、尾状核被殻の線条体出
力経路に選択的に局在するアデノシン受容体の活性を変化させることである。

間接経路は、パーキンソン病の運動障害の発症やL-ドーパによって誘発される
ジスキネジアの発生に関与する。実際に、A2A 受容体の調節は、運動機能に深刻
な影響を与え得る。…
最近まで、運動機能における効果を評価された選択的アデノシンA2A 受容体ア
ンタゴニストはなかった。最近我々は、選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニ
ストKF17837が、ドーパミンアンタゴニストであるハロペリドール又はアデ
ノシンA2A 受容体アゴニストCGS21680によりマウスに誘発されたカタレ
プシー(強硬症)を低減させることを報告し…、アデノシンA 2A 受容体機能の阻
害がパーキンソン病において治療的利益をもたらす可能性について示唆した。実際、
それに続いて我々は、MPTP処置コモンマーモセットにおける運動障害をアデノ
シンA2A 受容体アンタゴニストKW-6002が改善すること…、及び不随意運
動を示すようにL-ドーパで予め準備しておいたMPTP処置霊長類において、K
W-6002による継続治療がジスキネジアを惹起しないことを報告した…。KW
-6002は、MPTP処置霊長類において11時間以上にわたって運動障害の長
時間持続する改善をもたらした…。(321頁左欄下から5行目~322頁左欄3

0行目)
エ 「本研究では、我々は、KW-6002が、MPTP処置マーモセットに追
加の抗パーキンソン活性をもたらすか否か、あるいはL-ドーパとの組合せ又はド
ーパミンD1若しくはD2受容体アゴニストとの組合せで投与した場合に既に確立
されているジスキネジアを惹起するか否か、を検討した。(322頁左欄31~3

6行目)
オ 「方法
MPTP処置
研究は、英国内務省ライセンスPPL 70/3563下の英国法的要件に準拠
して実施された。研究開始時に285~420gで2~7歳であった雌雄の、コモ
ン・マーモセット(Callithrix jacchus)を使用した。…動物を毎日2.0mg/
kg皮下の投与量のMPTPで5日間処置した…。MPTP処置に続いて、動物を
急性効果から6~8週間にわたって回復させた。…行動試験に先立ち、MPTPへ
の曝露後6~8週から8カ月迄に、全ての動物が、基礎的自発運動活性(basal
locomotor activity)の顕著な低下、より緩慢で協調に欠けた動き、身体の何らか
の部位の異常な姿勢、並びに確認行動及び瞬目数の減少を示した。
ジスキネジアを誘発させるため、前報…に従って、動物をL-ドーパ(12.5
mg/kg、経口)及びカルビドパ(12.5mg/kg、経口、30分前)で2
1日間毎日2回処置した。
運動障害の評点
訓練された観察者が一方向ミラーを通して観察することにより、動物を連続的に
モニターした。MPTP処置及び薬理学研究の間、前報…に報告した判定スケール
を用いて動物の運動障害をスコア化した。
自発運動活性の測定
自発運動活性は、動物のホーム・ケージと同一であるが水平方向に向けた8個セ
ットの赤外光セルを備えたステンレス鋼のグリッド・ドア…を備えた4個のアルミ
ニウム・ケージ(50×60×70cm)において、同時に測定した。動物の動き
による光ビーム遮断回数を、Olivetti M290S コンピュータを用いて記録した。…
行動観察
常同行動の有無、運動性刺激又は阻害の程度、首捻りの頻度、著しい震え又は毛
づくろい、口部運動、又は他の運動失調につき、動物を観察した。ジスキネジアの
存在は、半定量的スコアリングシステム… を用いてスコア付けした。異常運動は、
古典的に定義された基準に従って記述した。即ち:舞踏病 ― 速くランダムな振顫
;アテトーゼ ― くねくねした捻じれた四肢運動;ジストニア ― 異常な維持姿勢
;常同行動 ― 反復的で無目的又は半無目的運動。
薬物
以下の薬剤を用いた。すなわち:MPTP(塩酸1-メチル-4-フェニル-1,
2,3,6-テトラヒドロピリジン;Research Biochemicals Inc. U.S.A.)、KW
-6002〔(E)-1,3-ジエチル-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-
7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオン;協和発酵、東京、
日本〕、L-ドーパ…、カルビドパ…、及びSKF80723…。 (322頁左欄

37行目~右欄最終行)
カ 「結果
KW-6002によりもたらされる抗パーキンソン活性の持続
MPTP処置コモン・マーモセットへのKW-6002の経口投与(10.0m
g/kg)は、基剤を投与した動物での観察に比べて、自発運動活性を約2倍に増
大させ(図1A)、且つ運動障害を改善させた(図1B)。KW-6002のこれら
の効果は、薬剤投与の7.5時間後まで明らかであったが、KW-6002による
治療の24及び48時間後の動物観察時には運動障害の明らかな回復は見られなか
った(図1A及び1B)」
。(323頁左欄21~最終行)
キ 「KW-6002とSKF80723との組み合わせによる効果
低用量のSKF80723…を単独で投与すると、MPTPで処置したコモン・
マーモセットの自発運動活性の上昇が生じ、運動障害が少し回復した(図2A及び
2B)。…
KW-6002とキンピロールとの組み合わせの効果
低用量のキンピロール…を投与すると、自発運動活性の増加及び運動障害の回復
で有意ではない増加が生じた(図3A及び3B)。…」(323頁右欄1~29行目)
ク 「図1.MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び運動
障害に対するKW-6002の効果。
(A)6時間の合計自発運動活性。各柱は平均合計自発運動カウントを表す(±標
準誤差;n=4)(B)6時間の合計障害スコア。各柱は、平均合計障害スコアを

表す(±標準誤差;n=4)。*P<0.05 対照(基剤治療群)との比較。(3

23頁の図1)
ケ 「KW-6002とL-ドーパとの組合せの効果
閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)とカルビドパ(12.5mg/k
g)の経口投与は、自発運動活性と運動障害の、有意ではない回復をもたらした
(図4A及び4B)。対照的に、有効投与量のL-ドーパ(12.5mg/kg)
とカルビドパ(12.5mg/kg)との経口投与は、有意な自発運動活性増大と
運動障害の回復をもたらした(図4A及び4B)。KW-6002(10.0mg
/kg、経口、L-ドーパの90分前)とL-ドーパ(2.5mg/kg、経口)
との組合せ投与は、自発運動活性と運動障害に対して有意な相加的応答をもたらし
た。KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与したときは、L-ドー
パの作用はこれを単独で投与した場合に比較して増強することが観察された。しか
しながら、KW-6002の投与の48時間後においては、L-ドーパの投与は、
そのベースライン効果と違わない効果をもたらした。L-ドーパ単独又はKW-6
002との組合せは、常同行動やジスキネジアを誘発しなかった。(323頁右欄

下から5行目~324頁右欄2行目)
コ 「ジスキネジアに対するKW-6002とL-ドーパの組合せの効果
L-ドーパ(12.5mg/kg、経口、2回/日)とカルビドパ(12.5m
g/kg、経口、2回/日)との3週間の継続的投与はジスキネジアを誘発させ、
それはL-ドーパの各投与後に再現された。閾値投与量(2.5mg/kg、経口)
のL-ドーパの投与は、中等度のジスキネジアを誘発させた(図5)。KW-60
02(10mg/kg/日)とL-ドーパ(2.5mg/kg)との5日間にわた
る毎日の組合せ投与も、中等度のジスキネジアをもたらしたが、これはL-ドーパ
単独によってもたらされるジスキネジアと異ならなかった。(324頁右欄3行目

~325頁左欄 3 行目)
サ 「図4.MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び運動
障害に対するKW-6002とL-ドーパとの組合せの効果
(A)基剤又はL-ドーパの投与後、示した各時間から6時間の合計自発運動活
性。各柱は、平均合計自発運動カウントを表す(±標準誤差;n=4)(B)基剤

又はL-ドーパの投与後、示した各時間から6時間の合計障害スコア。各柱は、平
均合計障害スコアを表す(±平均誤差;n=4)。*P<0.05 対照(基剤-基
剤治療群)との比較;+P<0.05 L-ドーパ対照(基剤-L-ドーパ、2.
5mg/kg、治療群)との比較。(325頁図4)

シ 「図5.ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで準備されたジスキネジア
に対するKW-6002とL-ドーパの5日間連日の組合せ投与の効果。
ジスキネジアを誘発させるために、予め動物に、L-ドーパ(12.5mg/kg、
経口、1日2回)及びカルビドパ(12.5mf/kg、経口、1日2回)を21
日間に亘って継続投与した。各柱は、4匹の動物についての最大ジスキネジアスコ
アの平均(±標準誤差)を表す。*P<0.05 対照(基剤 ― 基剤治療群)との
比較。#P<0.05 高投与量L-ドーパ(12.5mg/kg 治療群)との
比較。(325頁左欄図5)

ス 「考察
我々は以前に、MPTP処置したコモン・マーモセットにおいて、L-ドーパに
よる事前治療で確立させておいたジスキネジアを惹起させることなしに、選択的ア
デノシンA 2A受容体アンタゴニストKW-6002が抗パーキンソン効果をもた
らすことを示している…。…
アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが運動機能を変化させるメカニズムに大
きな関心が寄せられている。…このような作用は、パーキンソン病の運動機能障害
の原因と考えられている、線条体の直接出力経路と間接出力経路との間の不均衡を
回復させ得る。

KW-6002は間接経路を介して線条体の出力を選択的に変化させるので、ド
ーパミンD2受容体アゴニストとのより大きな相互作用を期待し得るであろう。実
際、KW-6002とドーパミンD2受容体アゴニストであるキンピロールの組合
せ投与は、最初に、運動障害に対して、どちらか一方の薬剤単独による効果よりも
大きな効果を生じた。これは相加効果のようにも思われるであろうが、KW-60
02の24時間後にキンピロールを投与すると、同様の増強効果が見られた。これ
は、KW-6002単独では自発運動活性や運動障害を変化させていない時に起こ
るので、明らかに相乗的な応答である。どのようにしてこのような効果が生じたの
かは明らかではない。…
閾値投与量のL-ドーパとの組合せでKW-6002を投与したとき、キンピロ
ールとの組合せで観察されたのと同様の挙動応答がもたらされた。最初、L-ドー
パとKW-6002を一緒に投与したとき、相加的と見られる応答をもたらしたが、
KW-6002の投与の24時間後においては、KW-6002それ自体は運動活
性化をもたらしていなかったにも拘わらずL-ドーパの投与で挙動応答の増強がも
たらされた。このことは、アデノシンA 2A 受容体の阻害を通じた線条体の間接出
力経路の変調が、MPTP処置霊長類における運動障害を回復させる低投与量L-
ドーパの能力を、有意に強化することを示している。(325頁右欄1行目~32

6頁右欄15行目)
セ 「重要なことに、ジスキネジアを呈するよう準備されたMPTP処置コモン
・マーモセットに、閾値投与量のL-ドーパと共にKW-6002を投与したとき、
この薬剤の組合せによりもたらされる抗パーキンソン活性の増強にも拘わらず、観
察される不随意運動の大きさは、L-ドーパのみでもたらされるものに比べて大き
くなかった。このことは、パーキンソン病の治療において重要な意味を持つ、とい
うのも抗パーキンソン活性の増強は、例えばCOMT阻害剤の使用で通常起こるよ
うに、ジスキネジアの増強を伴うからである…。(326頁右欄20~30行目)

ソ 「結論として、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、単独療法として
のみならず、L-ドーパ及びドーパミンアゴニストとの組合せで、パーキンソン病
の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・
オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキ
ネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性があ
る。(326頁右欄40行目~最終行)

(2) 甲A1に記載された技術的事項の内容
ア そこで、前記(1)の甲A1の記載内容を前提に、当該記載内容の技術的な意
味について順次検討する。
(ア) 表題の記載
甲A1の表題の記載(前記(1)ア)によると、甲A1は、①L-ドーパとKW-
6002との併用は、MPTP処置をしたサルにおいて抗パーキンソン活性を増強
すること(以下「①の効果」という。)、②L-ドーパとKW-6002との併用
は、MPTP処置をしたサルにおいてジスキネジアを増強させないこと(以下「②
の効果」という。)などを主題とするものであると解される(なお、甲A1の表題
には、L-ドーパに代えて選択的D1又はD2ドーパミンアゴニストとKW-60
02との併用をした場合の効果を主題とする旨の記載もあるが、選択的D1又はD
2ドーパミンアゴニストは、本件発明の発明特定事項とされていないため、この点
についての甲A1の記載内容は、検討の必要がない。)。
(イ) 要約の記載
a 甲A1の要約には、①の効果に関し、「本研究において我々は、KW-60
02がL-ドーパ…との組合せにおいて、MPTP処置コモン・マーモセットにお
ける抗パーキンソン活性を増強するか否かを検討した。」(前記(1)イ)、「KW
-6002と低投与量のL-ドーパとの組合せ投与もまた、運動障害における相加
的改善をもたらし、自発運動活性を増大させた。」(同)との記載がある。
b また、甲A1の要約には、②の効果に関し、「KW-6002は、抗パーキ
ンソン応答の増強をもたらすにもかかわらず、予めL-ドーパに暴露させることで
ジスキネジアを示すようにしておいたMPTP処置コモン・マーモセットにおいて、
L-ドーパ誘発性のジスキネジアを増悪させなかった。」(前記(1)イ)との記載
がある。
c そして、甲A1の要約の末尾には、「KW-6002のような選択的アデノ
シンA2A 受容体アンタゴニストは、パーキンソン病治療において使用されるL-
ドーパの投与量を低減させる一手段である可能性があり、そして単独療法として並
びにドーパミン作動性薬物との組合せの双方において、当該疾患の治療のための新
規のアプローチである可能性がある。」との記載がされている。
(ウ) 試験結果
甲A1には、次のとおり、図4試験のほか、その結果が図1に示された試験(以
下「図1試験」という。)及びその結果が図5に示された試験(以下「図5試験」
という。)が記載されている。
a 図1試験(「MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び
運動障害に対するKW-6002の効果」)(前記(1)カ及びク)
図1試験は、KW-6002によりもたらされる抗パーキンソン活性の持続に関
する試験(KW-6002の単独投与による抗パーキンソン活性に関する試験)で
ある。図1試験によると、KW-6002をMPTP処置コモンマーモセットに経
口投与した場合、KW-6002の投与の7.5時間後までは、MPTP処置コモ
ンマーモセットの自発運動活性の増大及び運動障害の改善が明らかであったが、投
与の24時間後及び48時間後においては、運動障害の明らかな回復がみられなか
ったとされている。
b 図4試験(「MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び
運動障害に対するKW-6002とL-ドーパとの組合せの効果」)(前記(1)ケ
及びサ)
図4試験は、KW-6002とL-ドーパとの組合せの効果に関する試験(①の
効果を確認するための試験)である。図4試験においては、MPTP処置コモンマ
ーモセットに対してKW-6002(10.0mg/kg)を投与した上、当該投
与から一定時間(1.5時間、24時間又は48時間)が経過した後にL-ドーパ
(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5mg/kg)を投与し、これらの
各投与から6時間が経過した時点における自発運動活性の増大及び運動障害の改善
の程度等を確認し、次の結果が得られた。すなわち、KW-6002の投与から1.
5時間後に閾値用量のL-ドーパを投与した場合、MPTP処置コモンマーモセッ
トの自発運動活性及び運動障害に対して有意な相加的応答をもたらし、KW-60
02の投与から24時間後にL-ドーパを投与した場合、L-ドーパの単独投与の
場合と比較してL-ドーパの作用が増強し、L-ドーパの単独投与又はL-ドーパ
とKW-6002との組合せは、常同行動やジスキネジアを誘発しなかった。
c 図5試験(「ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで準備されたジスキネ
ジアに対するKW-6002とL-ドーパの5日間連続の組合せの効果」)(前記
(1)コ及びシ)
図5試験は、ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで処置されたMPTP処置
コモンマーモセットにおけるKW-6002等の投与とジスキネジアの発生の関係
に関する試験(②の効果を確認するための試験)である。図5試験においては、そ
のようなMPTP処置コモンマーモセットに対し、KW-6002(10mg/k
g/日)及びL-ドーパ(2.5mg/kg)を5日間にわたって毎日組合せ投与
をした場合、L-ドーパを単独投与した場合にもたらされるのと同程度である中等
度のジスキネジアが発生したとの結果が得られた。
(エ) 考察の記載
a 甲A1の考察には、①の効果に関し、前記(イ)bの試験結果を踏まえ、「閾
値投与量のL-ドーパとの組合せでKW-6002を投与したとき、キンピロール
との組合せで観察されたのと同様の挙動応答がもたらされた。最初、L-ドーパと
KW-6002を一緒に投与したとき、相加的と見られる応答をもたらしたが、
KW-6002の投与の24時間後においては、KW-6002それ自体は運動活
性化をもたらしていなかったにも拘わらずL-ドーパの投与で挙動応答の増強がも
たらされた。このことは、アデノシンA 2A 受容体の阻害を通じた線条体の間接出
力経路の変調が、MPTP処置霊長類における運動障害を回復させる低投与量L-
ドーパの能力を、有意に強化することを示している。 (前記(1)ス)との記載がさ

れている。
b また、甲A1の考察には、②の効果に関し、前記(イ)cの試験結果を踏まえ、
「重要なことに、ジスキネジアを呈するよう準備されたMPTP処置コモン・マー
モセットに、閾値投与量のL-ドーパと共にKW-6002を投与したとき、この
薬剤の組合せによりもたらされる抗パーキンソン活性の増強にも拘わらず、観察さ
れる不随意運動の大きさは、L-ドーパのみでもたらされるものに比べて大きくな
かった。このことは、パーキンソン病の治療において重要な意味を持つ、というの
も抗パーキンソン活性の増強は、例えばCOMT阻害剤の使用で通常起こるように、
ジスキネジアの増強を伴うからである…。(前記(1)セ)との記載がされている。

c そして、甲A1の考察の末尾には、本件記載(「結論として、アデノシンA
2A 受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ…との組合
せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング
・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のよ
うな化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させるこ
とができる可能性がある。」との記載)がされている(前記(1)ソ)。
イ 前記アによると、甲A1には、次の技術的事項が記載されているものと認め
るのが相当である。
(ア) MPTP処置コモンマーモセットに対してKW-6002を単独投与した
ところ、抗パーキンソン活性が投与から7.5時間後まで継続したとの結果(図1
試験)が得られたことにより、KW-6002の単独療法は、パーキンソン病の治
療のための新規のアプローチである可能性がある。
(イ) ①の効果に関し、MPTP処置コモンマーモセットに対してKW-600
2を投与した上、当該投与から24時間が経過した後にL-ドーパ(2.5mg/
kg)を投与するという組合せ投与をしたところ、L-ドーパの単独投与の場合と
比較してL-ドーパの作用が増強したとの結果(図4試験)が得られたことにより、
KW-6002は、低投与量のL-ドーパの能力を有意に強化することを示してお
り、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、L-ドーパとの組合せにより、パ
ーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。
(ウ) ②の効果に関し、抗パーキンソン活性の増強は、通常、ジスキネジアの増
強を伴うところ、ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで処置されたMPTP処
置コモンマーモセットに対してKW-6002及びL-ドーパを組合せ投与した場
合、L-ドーパを単独投与した場合に発生するジスキネジアと比較して、これが増
悪しなかったとの結果(図5試験)が得られたことは、パーキンソン病の治療にお
いて重要な意味を持つ。
(3) 甲A1に記載された発明の認定
ア 前記(1)のとおりの甲A1の記載内容に加え、前記(2)において検討したとこ
ろも併せ考慮すると、甲A1には、本件審決が認定したとおり、次の発明(甲A1
発明)が記載されているものと認められる。
KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに
対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5m
g/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0m
g/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。
イ この点に関し、原告東和は、①甲A1が問題としているパーキンソン病の
「応答変動」はウェアリング・オフ現象等を指すところ、②甲A1は、そのような
「応答変動」に対する治療方法として、すなわち、ウェアリング・オフ現象等のオ
フ時間を短縮するために非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とし、③
そのような目的を達成するため、甲A1においては、MPTP処置コモンマーモセ
ットを用いてKW-6002の単独投与、L-ドーパとKW-6002との併用等
による抗パーキンソン効果の測定を行い、そのいずれにおいても有意な改善が見ら
れたとの結果を受け、本件記載がされたのであるから、甲A1には、「L-ドーパ
との組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者
において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることが
できる可能性がある薬剤。」(甲A1発明’)が記載されていると主張する。
しかしながら、甲A1の記載(前記(1)ウ)によると、甲A1には、「応答変動」
に関しては、「応答変動」を経験する患者の場合は一般的にジスキネジアの出現を
伴うことから、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経
路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっていることが記載されているもの
と認めるのが相当であるし、また、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW
-6002の単独投与の効果を調べた試験(図1試験)においても、MPTP処置
コモンマーモセットを用いてKW-6002及びL-ドーパの併用の効果を調べた
試験(図4試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットは、長期間にわた
ってL-ドーパ療法を受けた動物ではなく、ウェアリング・オフ現象および/また
はオン・オフ変動を示すに至った動物でもない。さらに、図4試験は、L-ドーパ
の作用の増強の有無及び程度について調べる試験であり、L-ドーパの作用の持続
時間の長短を調べる試験ではない(なお、甲A12(「Neurology」52巻167
3~1677頁(1999年)。原告東和が提出した全訳文である甲A8を含む。
以下同じ。)の記載(「KW-6002は、L-ドーパ/ベンセラジドの自発運動
活性に対する作用を有意に増強(+30%)させた…。L-ドーパ/ベンセラジド
の作用の持続時間については、明確な増加は認められなかった。」)等によると、
本件優先日当時、L-ドーパの作用の増強の有無及び程度とL-ドーパの作用の持
続時間の長短とは区別されていたものと認められる。)。そうすると、甲A1は、
パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時
間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるという
ことはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」
応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」
を増加させることができる可能性がある。」との部分は、これを裏付ける試験結果
等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。
以上のとおりであるから、原告東和の上記主張を採用することはできない。
ウ 原告共和らも、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウ
ェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させること
が図4試験によって裏付けられていることを前提に、本件記載は本件発明の全構成
を記載したものであると主張する。
しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応
答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」
を増加させることができる可能性がある。」との部分が、これを裏付ける試験結果
等に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記イのとおりである。
したがって、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリ
ング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4
試験によって裏付けられていることを前提とする原告共和らの上記主張を採用する
ことはできない。
(4) 本件発明と甲A1発明との対比
ア 本件発明と甲A1発明とを対比すると、本件審決が認定したとおり、両発明
は、次の一致点で一致し、次の相違点(以下「本件相違点」という。)で相違する
ものと認められる。
<一致点>
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル
キサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、
前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
<相違点>
本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オ
フ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、
「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/また
はオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L
-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「M
PTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善す
る薬剤」である点
イ この点に関し、原告共和らは、本件相違点は実質的な相違点ではないと主張
するので、以下検討する。
(ア) 本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点につい

原告共和らは、動物モデルでの薬効はヒトでの薬効を示すといえるし、MPTP
処置コモンマーモセット等の霊長類のパーキンソン病の病態がヒトパーキンソン病
の病態に極めて近いものであることは本件優先日当時の技術常識であったから、本
件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点は本件発明と甲A
1発明との実質的な相違点ではないと主張する。
しかしながら、甲A5に「カフェインなどのメチルキサンチンはホスホジエステ
ラーゼ活性を阻害し、細胞内cAMP濃度を増加させることが知られている。ドー
パミンにもD1受容体を介して同様の効果が認められ、パーキンソン病でもカフェ
インのL-ドーパ製剤増強効果が期待されていた。実際に、6-OHDAで中脳黒
質ドーパミンニューロンを傷害したラットではL-ドーパやドーパミン作動薬によ
る治療増強効果が認められたが、肝心なパーキンソン病患者には無効であった。」
(113頁左欄24~33行目)との記載がみられるように、本件優先日当時の当
業者は、パーキンソン病の治療薬の開発の分野においては、モデル動物において特
定の薬効が確認されたとしても、必ずしもヒト患者においても同様の薬効が認めら
れるとは限らないものと認識していたことがうかがわれ、その他、本件優先日当時、
パーキンソン病の治療薬に関し、MPTP処置コモンマーモセット等の霊長類にお
いて特定の薬効が確認されれば、ヒト患者においても同様の薬効が必ず認められる
との技術常識が存在していたものと認めるに足りる証拠はない。
以上によると、本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの
点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、
これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
(イ) 本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オ
フ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていな
いとの点について
a 次の各文献には、次の各記載がある。
(a) 甲B5(「BRAIN nursing」第9巻春季増刊(通巻第102号)(平成5
年))
「現在のレボドパ療法は合剤によるものが主体であるが、ドパ脱炭酸酵素阻害剤
の併用により脳内でのドパミン濃度が上昇しやすくなることから、中枢性の副作用、
すなわち精神症状やジスキネジアなどは逆に出現しやすくなった。…ADLの改善
により罹患期間が延長し投薬期間が長期になるにつれ、次に述べるようなさまざま
な問題点が出現してきた。
1.“wearing-off”現象
“wearing-off”現象とは薬効期間の短縮により、パーキンソン病症状の日内変
動が出現する現象をいう。レボドパ治療初期には1日2回ないし3回の服薬により、
24時間ほぼ安定した効果を得られるが、治療が長期にわたるにつれ、…血中レボ
ドパ濃度の低下とともに症状が増悪するようになる。“wearing-off”現象の出現
率は治療年数の経過とともに増加し、日本では欧米と比べるとやや頻度は低いが、
4年後に30%、8年後には40%に出現するとされている。発生機序については
レボドパ長期投与によるレボドパの吸収、代謝の変化や、パーキンソン病そのもの
の進行によるドパミンニューロンのドパミン保持能の低下などが考えられている。

2.“on-off”現象
“on-off”現象はレボドパの服用時刻、血中濃度に関係のない、あたかも電気の
スイッチを入れたり切ったりした時のような急激な症状の変化を示す現象である。
…発生機序についてはレボドパ長期投与によるドパミン受容体の感受性の変化が推
測されている。

3.不随意運動
レボドパによる不随意運動は、舞踏病様、パリスム様、ジストニア様等、さまざ
まなタイプのものがあ…る。…レボドパの過剰投与の場合は治療開始後早期でも出
現しうるが、一般には投与期間が長くなってから出現することが多く、さらに治療
量に達しないうちに不随意運動が出現することも稀でない。…
レボドパ服用後1~2時間後の血中濃度がピークに達した頃出現する(ピークド
ーズジスキネジア)ことが最も多いが、内服直後の血中濃度上昇期に出現し濃度の
上昇とともにいったん消失するが下降期に再び出現する二相性ジスキネジアや、早
期レボドパ濃度の最も低い時期に出現する早期ジスキネジアなどもある。
ジスキネジア出現時にはレボドパの一回投与量を減量し、血中濃度が上昇しすぎ
ないようにコントロールし、他剤との併用を試みる。…しかしながらジスキネジア
出現時は、症状が最も良く改善している時刻であることが多く、患者本人はジスキ
ネジアをほとんど気にしていないことが多い。またジスキネジアを消失させるため
の治療によりむしろパーキンソン症状が増悪してしまう場合も比較的多い。(80

頁16行目~82頁8行目)
(b) 甲A13(「Brain Research」701巻13~18頁(1995年)。原告
東和が提出した補充の訳文である甲A10を含む。以下同じ。)
「「ウェアリング・オフ」型の変動は、多くの場合、最初に現れる運動合併症で
あり、レボドパへの応答の持続時間が累進的に短縮することを反映している。この
短縮は、前シナプスにおけるドパミン作動性の末端によって通常は提供されるドパ
ミンの貯蔵が失われることに起因すると、従前は考えられてきた…。しかしながら、
最近の証拠は、ウェアリング・オフ現象の発病にとって、後シナプスにおけるメカ
ニズムが最も重要な関与をすることを示唆している…。
パーキンソン病のラットに対する継続的なレボドパの投与はラットの運動応答の
持続時間の顕著な減少をもたらし、これは、パーキンソン病患者における「ウェア
リング・オフ」現象に擬するものである…。(13頁左欄4~16行)

(c) 甲A14(「Neurology」56巻(S5巻)S1~S88頁(2001年)。
被告が提出した補充の訳文である乙5を含む。以下同じ。)
「運動合併症の原因となっている要因がより明らかになりつつある。軽度、中程
度、および重度の疾患を有するPD患者のグループにおけるレボドパ注入後の運動
応答の持続時間は、全てのグループが同程度の血漿レボドパ薬物動態を有するとい
う事実にもかかわらず、疾患の重症度と逆の相関がある。これらの知見は、進行期
のPD患者における運動変動が、ドパミン作動性末端の喪失によるレボドパ貯蔵能
の低下と関係するという考えを生じさせた。しかしながら、ドパミン作動性末端内
に貯蔵されないアポモルヒネの注入後に同様の知見が得られている。これらの知見
は「貯蔵仮説」によって説明することができない。さらに、レボドパを繰り返し投
与して処置された6-OHDA-損傷の齧歯類においては、病変は安定していてレ
ボドパ貯蔵能はおそらく変わっていないが、運動応答の持続時間の短縮が生じる。
これらの知見は、運動合併症の発症に対して後シナプス…の構成要素が存在すると
いう考えを支持する。運動合併症は、前シナプス…および後シナプスの両方の事象
が関係していて、これには、ドパミン受容体の正常でない間欠的な刺激、下流ニュ
ーロンにおける遺伝子およびタンパク質の調節不全、および、大脳基底核の出力ニ
ューロンにおける発火パターンの変更が含まれることが現在明らかになっている
…。(S13頁左欄7~35行目)

b 前記aの各記載のとおり、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象とは、
薬効期間の短縮により、パーキンソン病の症状の日内変動が出現するとの現象であ
り、その発生機序としては、L-ドーパの長期投与によるL-ドーパの吸収及び代
謝が変化したり、パーキンソン病そのものが進行したりすることによるドーパミン
ニューロンのドーパミン保持能の低下等が考えられており、また、オン・オフ変動
とは、L-ドーパの服用時刻や血中濃度に関係のない、あたかも電気のスイッチを
入れたり切ったりしたときのような急激な症状の変化を示す現象であり、その発生
機序としては、L-ドーパの長期投与によるドーパミン受容体の感受性の変化が推
測されていたが、他方で、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、
L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおけ
る事象の関与が重要であることも指摘されていたのであるから、本件優先日当時の
当業者は、前シナプスや後シナプスにおける事象といったドーパミンニューロンの
ドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下のほかの事象も、ウ
ェアリング・オフ現象やオン・オフ変動の重要な発生原因たり得ると認識していた
ものと認められる。
c また、前記(2)ア(ウ)のとおり、図1試験により、KW-6002を単独投
与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明らかな回復がみられなか
ったにもかかわらず、図4試験は、KW-6002の投与の24時間後にL-ドー
パを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作用が増強したとの結果を
示すものであるから、甲A1の記載(図1試験及び図4試験)に接した当業者にお
いて、KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無関係に独自の作用をもた
らすものと理解するとは考え難い。
d なお、原告共和らは、被告の過去の主張を根拠に、ウェアリング・オフ現象
が生じていないモデル動物を用いてもオフ時間の減少作用があったと評価すること
ができるとも主張するが、原告共和らが主張する被告の過去の主張とは、いずれも
本件優先日後に示されたものであり、当該主張が本件優先日当時の技術常識を示す
ものとはいえない。
e 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、甲A1が、L
-ドーパを長期投与せず、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動が生じていな
い動物を用いて行った試験(図4試験)によってもオフ時間の減少効果を評価でき
ることを開示し、又は示唆していると理解するとは認められない。したがって、本
件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象およ
び/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点は、
本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと
異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
(ウ) 本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オ
フ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与さ
れるものではないとの点について
原告共和らは、甲A1が、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示す
ものであることを根拠として、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法にお
けるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させ
るために患者に投与されるものではないとの点は本件発明と甲A1発明との実質的
な相違点ではないと主張する。
しかしながら、前記(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病
のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる
ための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできない
し、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有す
る患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させる
ことができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいて
された実証的な記載であるということはできない。
したがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリン
グ・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に
投与されるものではないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であ
ると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはでき
ない。
(5) 小括
以上のとおり、本件発明と甲A1発明との間には本件相違点が存在し、これは、
本件発明と甲A1発明との間の実質的な相違点であるから、本件発明が新規性を欠
くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告東和主張の取消事由1及び
原告共和ら主張の取消事由1はいずれも理由がない。
3 原告東和主張の取消事由2(進歩性についての判断の誤り)及び原告共和ら
主張の取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
(1) 甲A1に基づく進歩性欠如(本件相違点のうち、薬剤の用途(用法)に関
し、本件発明は、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ
現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-
ドーパ療法」において投与されるのに対し、甲A1発明は、「自発運動活性と運動
障害を改善する薬剤」である点(以下「本件相違点1」という。)に係る容易想到
性)について
前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリン
グ・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方
法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載
のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者におい
て、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる
可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的
な記載であるということはできない。そうすると、甲A1に「KW-6002が
「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、L-
ドーパとの併用により「オン時間」を増加させること」が開示され、又は示唆され
ていると認めることはできない。
以上によると、本件優先日当時の当業者において、甲A1に基づき、MPTP処
置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善することが確認さ
れたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに
容易に想到し得たものと認めることはできない。
したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明
につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明に基づいて容
易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1
に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(2) 甲A1ないし甲A5に基づく進歩性欠如(本件相違点1に係る容易想到性)
について
ア 甲A2について
(ア) 甲A2には、次の記載がある。
a 「L-ドーパ療法によるパーキンソン病の治療は、薬効の喪失及びジスキネ
ジアの発症を含む長期の合併症をもたらす。線条体中のアデノシンA 2A 受容体は、
線条体淡蒼球系のGABA性出力ニューロンに選択的に局在しており、その様な問
題を回避する可能性がある。新規アデノシンA 2A受容体アンタゴニストであるK
W-6002が、MPTP処置した霊長類における抗パーキンソン活性について検
討された。KW-6002の経口投与は、MPTP処置コモン・マーモセットにお
ける運動障害を用量依存的に回復させた。但しKW-6002は、全体的な自発運
動活性を控えめにだけ増大させ、常同運動等のような異常運動は引き起こさなかっ
た。運動障害を回復させるKW-6002の能力は、21日間にわたる毎日の反復
投与で維持され、耐性は観察されなかった。KW-6002は、L-ドーパに予め
曝露させることでジスキネジアを呈するよう準備しておいたMPTP処置霊長類に
おいて、ジスキネジアを殆ど又は全く誘発しなかった。これらの結果は、選択的ア
デノシンA2A受容体アンタゴニストが、運動亢進の発生やジスキネジアの誘発な
しに障害を改善する、新しいクラスの抗パーキンソン病剤を代表することを示唆し
ている。(507頁要約)

b 「結果
他には薬物に曝されていないMPTP処置マーモセットにおいて、KW-6002
(0.5~100mg/kg)の経口投与は、長く継続する(10時間まで)自発
運動活性を用量依存的に増大させた(図1)。KW-6002(10mg/kg
経口)は、基剤治療によるのに比べて約2倍の自発運動活性をもたらした。より高
い投与量のKW-6002では、更なる自発運動活性の増大は見られなかった。こ
のKW-6002(10mg/kg)によってもたらされた自発運動活性の増大は、
10~11時間まで持続した(図1) 」
。 (508頁右欄下から9行目~510頁
左欄2行目)
c 「L-ドーパ(10mg/kg 経口、1日2回)とベンセラジド(2.5
mg/kg 経口、1日2回)の21日間の投与は、MPTP処置マーモセットに
おいて、四肢及び体幹のジスキネジアを誘発した。…3週間のL-ドーパ治療の後、
全ての動物が顕著なジスキネジアを示し、L-ドーパ治療により一貫して惹起させ
ることができた。
KW-6002(10mg/kg/日)の21日間の経口投与は、L-ドーパで
準備したこれらのMPTP処置マーモセットにおいて、殆ど又は全くジスキネジア
を誘発しなかった(図4) 」
。 (510頁右欄下から14行目~511頁左欄1行目)
d 「本研究の結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、パーキンソ
ン病患者の初期治療、並びにL-ドーパ治療によって惹起され確立されたジスキネ
ジアを有する患者において、特に有用である可能性があることを示唆している。」
(512頁右欄14~18行目)
(イ) 上記(ア)のとおり、甲A2には、その要約に、KW-6002の経口投与
はMPTP処置コモンマーモセットにおける運動障害を用量依存的に回復させたこ
と、KW-6002はL-ドーパにあらかじめ曝露させることでジスキネジアを呈
するように準備しておいたMPTP処置霊長類においてジスキネジアをほとんど又
は全く誘発しなかったこと及びこれらの結果が、選択的アデノシンA 2A 受容体ア
ンタゴニストが運動亢進の発生やジスキネジアの誘発なしに障害を改善する新しい
クラスの抗パーキンソン病剤を代表することを示唆していることが記載されており、
また、具体的には、その結果において、KW-6002の経口投与はMPTP処置
マーモセットにおいて長く継続する(10時間まで)自発運動活性を用量依存的に
増大させたこと(図1)及びKW-6002(10mg/kg/日)の21日間の
経口投与はL-ドーパで準備したMPTP処置マーモセットにおいてほとんど又は
全くジスキネジアを誘発しなかったこと(図4)が記載され、これらを踏まえ、
「本研究の結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、パーキンソン病患
者の初期治療、並びにL-ドーパ治療によって惹起され確立されたジスキネジアを
有する患者において、特に有用である可能性があることを示唆している。」との記
載がされているが、他方で、甲A2には、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変
動についての記載は全くないから、甲A2の記載は、ウェアリング・オフ現象やオ
ン・オフ変動のオフ時間の増減に関するKW-6002の効果について何ら開示し、
又は示唆するものではない。
イ 甲A3について
(ア) 甲A3には、次の記載がある。
a 「アポモルヒネ又はL-ドーパ(L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニ
ン)により誘発される回転運動に対する新規のアデノシンA 2A 受容体アンタゴニ
ストであるKF17837…及びKW-6002((E)-1,3-ジエチル-8
-(3,4-ジメトキシスチリル)-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリ
ン-2,6-ジオン)の効果を、片側6-ヒドロキシドーパミン病変を有するラッ
トにおいて検討した。KF17837及びKW-6002は共に、それ自体、回転
運動を僅かに誘発した。しかしながらKF17837及びKW-6002は、アポ
モルヒネにより誘発される回転の総カウントを、それぞれ3mg/kg経口と10
mg/kg経口の投与量、及び1mg/kg経口とそれより高い投与量で、有意に
増加させた。KF17837及びKW-6002はまた、L-ドーパによって誘発
される回転運動も、3mg/kg経口の投与量で強化した。更に、選択的アデノシ
ンA2A受容体アゴニストであるCGS21680…の脳室内注射(10μg/2
0μg)は、アポモルヒネにより誘発される回転運動を部分的に防止し、この阻害
は、KW-6002(1mg/kg経口)により元に戻った。
これらのアデノシンA 2A受容体アンタゴニストによるアポモルヒネ誘発性の回
転の総カウントの増加は、強度の増大よりも寧ろ、主として回転持続時間の延長に
よるものと思われる。これらの結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、
進行したパーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改
善するのに有用である可能性がある。(249頁要約)

b 「本研究において我々は、内側前脳束の6-ヒドロキシドーパミン病変を有
するラットにおける、アデノシンA 2A アンタゴニストであるKF17837及び
KW-6002の効果を調べた、というのもこのパーキンソン病動物モデルは、候
補化合物の有効性を評価するための最も信頼性のあるものの一つだからである…。
本研究は、ドーパミン受容体アゴニストであるアポモルヒネ又はL-ドーパ(L-
3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)により誘発される回転運動を、KF17
837又はKW-6002により変更することに焦点を置く。(250頁左欄8行

目~右欄2行目)
c 図1には、6-ヒドロキシドーパミン病変ラットにKW-6002を経口投
与した30分後にアポモルヒネを注射して120分間の回転の総カウントの増加を
確認したことが示されている(250頁左欄の図1)。
d 図2には、6-ヒドロキシドーパミン病変ラットにおけるアポモルヒネ(0.
1mg/kg皮下)誘発対側回転運動に対するアポモルヒネの注射の30分前に経
口投与されたKW-6002の効果が、アポモルヒネ注射後の時間(分)を横軸と
して示されている(250~251頁の図2)。
e 図4には、6-ヒドロキシドーパミン病変ラットにおけるL-ドーパ投与後
の回転の総カウントに対するL-ドーパの投与の30分前に経口投与されたKW-
6002の効果が、L-ドーパ投与後150分間の回転の総カウントの平均として
示されている(253頁右欄の図4)。
f 「他方、KW-6002(3mg/kg経口)は、3mg/kg経口又は1
0mg/kg経口の投与量のL-ドーパにより誘発される回転の総カウントを有意
に増加させたが、30mg/kg経口のL-ドーパにより誘発される回転運動には
影響を及ぼさなかった(図4B)」
。(253頁左欄末行~右欄5行目)
g 「アポモルヒネに対する応答の全体的強度は、ピーク効果の増加(アポモル
ヒネ治療後の5分の時点のみ)がみられたものの、…KW-6002による大きな
変化はなかった。従って我々は、アポモルヒネへの総回転応答に対する…強化は、
主として回転の持続時間に対する効果によるものであろうと考える。(254頁左

欄下から19~12行目)
(イ) 上記(ア)のとおり、甲A3には、その要約において、「これらのアデノシ
ンA2A受容体アンタゴニストによるアポモルヒネ誘発性の回転の総カウントの増
加は、強度の増大よりも寧ろ、主として回転持続時間の延長によるものと思われる。
これらの結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、進行したパーキンソ
ン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改善するのに有用であ
る可能性があることを示唆している。」と記載された上、具体的な試験及びその結
果として、上記(ア)bないしfの記載ないし図示がされ、これらの試験の結果を踏
まえて、「アポモルヒネに対する応答の全体的強度は、ピーク効果の増加(アポモ
ルヒネ治療後の5分の時点のみ)がみられたものの、…KW-6002による大き
な変化はなかった。従って我々は、アポモルヒネへの総回転応答に対する…強化は、
主として回転の持続時間に対する効果によるものであろうと考える。」との記載が
されているが、甲A3の試験結果は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を
呈する段階に至った動物を用いた試験によって得られたものではないから、甲A3
の試験結果は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を呈する段階に至った動
物において、KW-6002がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象お
よび/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることを開示し、又は示唆する
ものとはいえない。
ウ 甲A4について
(ア) 甲A4には、次の記載がある。
a 「現在、パーキンソン病治療薬の課題となっているのは L-Dopa 長期療法に
よる wearing off、 on-off、ジスキネジア等の不随意運動、精神症状の克服や、
神経細胞の保護作用薬剤の模索である。(55頁左欄12~16行目)

b 「いずれにしても線条体での長期にわたるドパミン濃度の不安定さ、D1、
D2レセプターの感受性の変化により、線条体(被殻)からの出力系である淡蒼球
外節、内節、視床下核が機能的アンバランスを生じ、結果的に視床-皮質回路が異
常興奮しやすい状態になる。この状態により不随意運動が誘発されていることが考
えられている。
対策としては、L-Dopa の少量頻回投与によって線条体での濃度変化を最小限に
する。…
これらの知識を踏まえ、L-Dopa 長期服用に伴う問題を最小限にとどめ長期的に
安定した治療を継続するために、L-Dopa は必要最小限の至適量を考え、他剤を組
み合わせる「低用量・多剤併用」を基本とすることである。(57頁左欄7~27

行目)
c 「4.ドパミンレセプター刺激剤
(ドパミンアゴニスト)
ドパミンアゴニストは、比較的作用時間が長く、パーキンソン症状に対する効果
は L-Dopa のように切れ味が良いわけではない。しかし L-Dopa の長期投与に伴う
wearing off や on-off などの薬効不安定(fluctuation)やジスキネジア、ジスト
ニア、精神症状などを抑制する効果が明確となった。(57頁右欄下から15~7

行目)
d 「6.カテコール-O-メチル転移酵素
(COMT)阻害剤
カテコール-O-メチル転移酵素(COMT)は、カテコールアミンをメチル化
する酵素で血中で L-Dopa を代謝して3-OMD12、中枢神経内では3MTに変換
する。これらの阻害剤は L-Dopa の代謝を抑制することが期待される。臨床的には、
wearing off の改善を目的としている。(59頁右欄下から14~7行目)

e 「7.アデノシンA2Aアンタゴニスト
(KW-6002、治験中)
特異的アデノシンA 2A受容体拮抗作用を有するキサンチン誘導体である。協和
発酵が開発を行っている。線条体出力ニューロンであるGABA作動性神経に存在
し、パーキンソン病で活動亢進していることが明らかとなったアデノシンA 2A受
容体を阻害することによって L-Dopa 長期治療によって生ずるジスキネジアを抑制
することができる(図7)」
。(60頁左欄10~19行目)
(イ) 上記(ア)のとおり、甲A4においては、パーキンソン病治療薬の課題とな
っているものとして、L-ドーパ長期療法によるウェアリング・オフ現象、オン・
オフ変動、ジスキネジア等が挙げられ、L-ドーパの長期服用に伴う問題を最小限
にとどめ長期的に安定した治療を継続するための手段として、L-ドーパについて
は必要最小限の至適量を考え、他剤を組み合わせる「低用量・多剤併用」を基本と
することが記載されている。また、「ドパミンレセプター刺激剤(ドパミンアゴニ
スト)」については、L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象、オン
・オフ変動、ジスキネジア等を抑制する効果が明確となったことが、「カテコール
-O-メチル転移酵素((COMT)阻害剤)」については、L-ドーパの代謝を
抑制することが期待され、臨床的には、ウェアリング・オフ現象の改善を目的とし
ていることがそれぞれ記載されている。これに対し、「アデノシンA 2A アンタゴ
ニスト(KW-6002)」については、L-ドーパの長期治療によって生じるジ
スキネジアを抑制することができることが記載されているにすぎず、KW-600
2とウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間の減少との
関係やKW-6002をL-ドーパと併用することについての記載は全くないから、
甲A4の記載は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の増減に関
するKW-6002の効果について何ら開示し、又は示唆するものではない。
エ 甲A5について
(ア) 甲A5には、次の記載がある。
a 「パーキンソン病は、中脳黒質緻密層から線条体に投射するドーパミン作動
性ニューロン細胞死に起因して起こり、線条体でのドーパミン含量が正常の20%
以下になると臨床的に安静時振戦、歯車様固縮、無動、姿勢反射障害の四大症候を
呈すると考えられている。病理学的には黒質の選択的神経細胞死とレビー小体の出
現を特徴とし、理論的な原因療法は神経細胞死抑制であるが、このような治療法は
いまだ存在しない。したがって、病気の進行は阻止できないものの、不足したドー
パミンを補充するL-ドーパ製剤(レボドーパ)の対症療法が基本となる。
ところが、その長期間使用により、wearing-off 現象、on-off 現象といった効果
の動揺、dyskinesia などの不随意運動、精神症状が出現し、十分な治療効果が得
られぬケースが多く、長期的L-ドーパ製剤療法の最大の問題点となっている。こ
うした諸問題を克服するために開発されたのがドーパミン作動薬である。(112

頁左欄2行目~右欄下から2行目)
b 「しかしながら、ドーパミン作動薬はL-ドーパ製剤に比べて、効果が弱い
ため、長期投与(3-5年)では病状進行に伴い、単独では十分な症状改善が得ら
れず、L-ドーパ製剤を治療計画に加えねばならなくなる。こうしたドーパミン系
を中心とした従来の治療法とは一線を画する治療法として有力視されているのが、
アデノシンA2A受容体拮抗薬である。アデノシンA2A受容体拮抗薬は、パーキ
ンソン病患者において機能不全に陥っている線条体ニューロンを、本来の健常なニ
ューロンへと再構築する効果が期待されている。

カフェインなどのメチルキサンチンはホスホジエステラーゼ活性を阻害し、細胞
内cAMP濃度を増加させることが知られている。ドーパミンにもD1受容体を介
して同様の効果が認められ、パーキンソン病でもカフェインのL-ドーパ製剤増強
効果が期待されていた。実際に、6-OHDAで中脳黒質ドーパミンニューロンを
傷害したラットではL-ドーパやドーパミン作動薬による治療増強効果が認められ
たが、肝心なパーキンソン病患者には無効であった。一方、テオフィリンの使用で
はL-ドーパとの併用でパーキンソン病患者に著明な症状改善が認められた。
カフェインとテオフィリンの両者はアデノシンA1とA2受容体拮抗薬であり、
脳内アデノシンA2A受容体は線条体、側坐核、嗅結節に限局して分布している点
から、アデノシンA2A受容体が線条体での運動機能制御に重要な役割を果たして
いることが推測された。(113頁左欄6行目~右欄1行目)

c 「Ⅲ. アデノシンA2A受容体拮抗薬(KW-6002)
KF17837とKW-6002は協和発酵工業が創製した、アデノシンA2A
受容体拮抗作用を有する新規化合物である。KF17837、KW-6002のラ
ット線条体アデノシンA2AとA1受容体への結合は、それぞれの阻害定数(Ki)
が1.0nM、62nMと2.2nM、150nMであり、両者ともA2A受容体
に高親和性結合を示し、A2A受容体選択性はA1受容体よりもそれぞれ62、6
8倍勝っている。テオフィリンやカフェインなどの非選択的アデノシン受容体拮抗
作用をもつ薬剤に比し、格段優れたA2A受容体選択性と親和性が得られている。
KW-6002はKF17837のジエチルアナログであるが、経口投与薬として
90倍ほど優れているため、現段階では最も優れたアデノシンA2A受容体拮抗薬
である。現在英国、日本において抗パーキンソン病薬として臨床開発中であるが、
米国では既にパーキンソン病患者を対象としたフェーズⅡ試験が先行している。」
(114頁左欄5~24行目)
d 「運動機能の回復は、checking movement、improved posture、reaction to
stimuli、alertness の各項目において認められ、注目すべきことは、不随意運動、
行動異常や嘔気・嘔吐などの副作用出現を認めなかったことである。更に、KW-
6002投与によるこうした運動量回復は、脳内移行性に優れるアデノシン(AP
EC)の脳室内投与で阻害されるが、アデノシンA1受容体選択的拮抗薬(DPC
PX)では影響を受けぬことから、アデノシンA2A受容体の選択的阻害でパーキ
ンソン病症状の回復が図られることが明らかとなった。
更に、長期加療にて問題となるL-ドーパ誘発性ジスキネジアもほぼ完全抑制さ
れることが明らかとなった。また、ドーパミン作動薬で報告されている反復投与で
の耐性の出現は認められず、KW-6002は慢性投与でも急性投与後に回復した
運動量の維持が可能であった。少量のL-ドーパやドーパミンD2受容体アゴニス
トとの併用効果も確認され、パーキンソン病症状の回復への単独投与やL-ドーパ
減量にも有用性が確認された。(114頁右欄1~22行目)

e 「パーキンソン病の病態形成には、ドーパミン以外に、アデノシンA2A受
容体を介したアデノシンが極めて密接にかかわっていることが明らかとなった。そ
の選択的な拮抗薬は従来のドーパミン系薬物加療で問題となる副作用の発現や耐性
の問題を克服し、そのうえ、パーキンソン病で傷害された線状体内のコリン作動性
ニューロンやGABA作動性ニューロンのネットワークを健常なレベルまで修復し、
また維持する機能をもつと考えられる。こうしたKW-6002で期待される効果
が、実際に病状の進行を認めるパーキンソン病の患者においてどのように発揮され
るか、またより長期的投与で本当にドーパミン系薬物でみられた問題点を克服でき
るかどうかなど、現在進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズⅡ試験の
結果が待たれるところである。(115頁右欄下から17行~末行)

(イ) 上記(ア)のとおり、甲A5においては、まず、パーキンソン病においては
L-ドーパ製剤による対症療法が基本となるが、その長期間の使用により、ウェア
リング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア等が出現し、十分な治療効果が
得られないことが多く、長期的なL-ドーパ製剤療法の最大の問題点となっている
ところ、これを克服するために開発されたのがドーパミン作動薬であること、しか
しながら、ドーパミン作動薬は、L-ドーパ製剤と比べて効果が弱いため、長期投
与においては病状の進行に伴い単独では十分な症状の改善が得られず、L-ドーパ
製剤を治療計画に加えなければならないこと、このようなドーパミン系を中心とし
た従来の治療法と一線を画する治療法として有力視されているのがアデノシンA2
A受容体拮抗薬であることが紹介された上、アデノシンA1及びA2受容体拮抗薬
であるカフェイン及びテオフィリンに係る効果についての記載がされた後、アデノ
シンA2A受容体拮抗薬であるKW-6002につき、現段階で最も優れたアデノ
シンA2A受容体拮抗薬であること、現在、英国及び日本において抗パーキンソン
病薬として臨床開発中であるが、米国では既にパーキンソン病患者を対象としたフ
ェーズⅡ試験が先行していること、運動機能の回復が認められたこと、長期の加療
によって問題となるL-ドーパ誘発性ジスキネジアがほぼ完全に抑制されたこと、
少量のL-ドーパ等との併用効果も確認され、パーキンソン病症状への単独投与や
L-ドーパの減量にも有用性が確認されたこと、KW-6002に期待される効果
が実際に病状の進行が認められるパーキンソン病患者においてどのように発揮され
るか、より長期的な投与により本当にドーパミン系薬物でみられた問題点を克服で
きるかなどにつき、現在進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズⅡ試験
の結果が待たれるところであることなどが記載されている。このように、甲A5に
は、L-ドーパの長期治療によって誘発される諸問題のうちKW-6002が具体
的に抑制できるものとしては、L-ドーパ誘発性ジスキネジアが記載されているの
みであるし、KW-6002と少量のL-ドーパ等との併用の効果があったとの記
載も、KW-6002の単独投与の可能性やL-ドーパの減量の可能性の文脈で言
及されているにすぎない。さらに、KW-6002に期待されるその余の効果につ
いても、現在進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズⅡ試験の結果が待
たれるとの記載があるのみである。その他、甲A5には、KW-6002とウェア
リング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間の減少との関係につい
ての記載は全くない。したがって、甲A5の記載は、ウェアリング・オフ現象やオ
ン・オフ変動のオフ時間の増減に関するKW-6002の効果について何ら開示し、
又は示唆するものとはいえない。
オ 前記アないしエにおいて検討したとおり、甲A2ないし甲A5は、いずれも
本件相違点1に係る本件発明の構成(「前記薬剤」が「前記L-ドーパ療法におけ
るウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる
ために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるとの構成)を開示し、又は
示唆するものではないところ、前記(1)において甲A1について説示したところも
併せ考慮すると、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に基づき、
MPTP処置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善するこ
とが確認されたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用
いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。
したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明
につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に記載された発明
ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはで
きないから、本件発明が甲A1ないし甲A5に基づいて進歩性を欠くとはいえない
とした本件審決の判断に誤りはない。
(3) 原告東和の主張について
原告東和は、①本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象はL-ドーパの薬効時
間が短くなる現象であり、その原因はドーパミン作動系の異常であると認識されて
いたこと、②KW-6002の作用機序はL-ドーパ等のドーパミン作動性ではな
く、別の作用機序に基づくものであることが本件優先日当時に広く知られていたこ
とを根拠に、甲A1に接した当業者であれば、本件相違点1に係る本件発明の構成
に容易に想到し得たと主張する。
しかしながら、上記①の点については、前記2(4)イ(イ)bのとおり、本件優先
日当時の当業者は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、ドーパ
ミンニューロンのドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下の
ほか、L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプス
における事象の関与も重要な発生原因たり得ると認識していたのであるから、原告
東和が主張するように、本件優先日当時の当業者において、ウェアリング・オフ現
象の原因が専らドーパミン作動系の異常であると認識していたということはできな
い。
また、上記②の点については、前記2(4)イ(イ)cのとおり、図1試験により、
KW-6002を単独投与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明
らかな回復がみられなかったにもかかわらず、図4試験は、KW-6002の投与
の24時間後にL-ドーパを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作
用が増強したとの結果を示すものであるから、甲A1の記載(図1試験及び図4試
験)に接した当業者において、KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無
関係に独自の作用をもたらすものと理解するとは考え難い。したがって、甲A1に
おけるKW-6002の作用機序につき、L-ドーパ等のドーパミン作動性ではな
く、別の作用機序に基づくものであると当業者が認識したということはできない。
以上のとおりであるから、上記①及び②の点を根拠に、甲A1に接した当業者で
あれば本件相違点1に係る本件発明の構成に容易に想到し得たとする原告東和の主
張を採用することはできない。
(4) 原告共和らの主張について
ア 原告共和らは、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少
のため、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用す
ることは本件優先日当時によく知られていたと主張する。
確かに、原告共和らが挙げる甲A4には、「カテコール-O-メチル転移酵素
(COMT)は、カテコールアミンをメチル化する酵素で血中で L-Dopa を代謝し
て3-OMD12、中枢神経内では3MTに変換する。これらの阻害剤は L-Dopa の
代謝を抑制することが期待される。臨床的には、wearing off の改善を目的として
いる。 (59頁右欄下から12~7行目)との記載があり、甲B8には、
」 「これら
のL-DOPAの不都合な作用を減じるための試みにおいて、プロモクリプチン、
ペルゴリドおよびリスリドなどのドーパミンアゴニストが、伝統的に補助治療とし
て用いられている。 (4頁16~18行目)との記載があり、甲B23には、
」 「対
策としては、…プロモクリプチン…などのドパミンアゴニストの併用を考える。」
(81頁1~4行目)との記載があり、甲B26には、「我々は、ZNSによるド
ーパミン合成の長期持続活性がパーキンソン病症状、特にウェアリング・オフを回
復させると推測している。 (397頁要約)との記載があるが、これらの文献にお

いてL-ドーパとの併用が提唱されている薬剤は、いずれもドーパミン受容体に入
る刺激を高める薬剤であるから、上記の各証拠を総合しても、本件優先日当時、ド
ーパミン受容体に入る刺激を高める作用を有する薬物に限らず、一般に、抗パーキ
ンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用すればウェアリング
・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間が減少するとの技術常識が存在したものと
認めることはできず、その他、そのような技術常識を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
イ 原告共和らは、甲A3、甲B6及び甲B9の記載を根拠に、ウェアリング・
オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため、アデノシンA 2A 受容体
アンタゴニストとL-ドーパを併用することは本件優先日当時の技術常識であった
旨の主張をする。
しかしながら、甲A3及び甲B9は、いずれも特定の試験の結果を示す学術論文
にすぎないから、甲A3に「アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、進行した
パーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改善するの
に有用である可能性がある。」(249頁要約)との記載があることや、甲B9
(原告東和が提出した甲A7と同旨の文献である。)に「本臨床試験の最も顕著な
知見は、テオフィリンが、APD患者で、「オン」相の持続を有意に延長した(そ
して、その結果、「オフ」相の持続を短縮した)ことである。」(1916頁右欄
24~27行目)との記載があることを考慮しても、これらの文献をもって、ウェ
アリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため、アデノシンA
2A 受容体アンタゴニストとL-ドーパを併用することが本件優先日当時の技術常
識であったと認めるには不十分である。
な お 、 甲 B 6 に は 、 「 K W - 6 0 0 2 ( 8 ,1 ,3-diethyl-3 , 7-dihydro-7-
methyl-1H-purine-2,6-dione)は、アデノシンA2A受容体に特異的な拮抗作用を
有するキサンチン誘導体である。…アデノシンA 2 A アンタゴニストはMPTP
(パーキンソニズム発症神経毒)投与のサルにおいてジスキネジアを中心とした運
動障害を有意に改善すると報告されている。欧米では第Ⅱ相臨床研究が終了してい
る。」(43頁右欄3~13行目)との記載がみられるにすぎず、甲B6は、原告
共和らが主張する上記技術常識を根拠付けるものではない。
以上のとおりであるから、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
ウ 原告共和らは、甲A1(図4試験)はKW-6002がウェアリング・オフ
現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を少なくとも予測させるもの
であると主張する。
しかしながら、前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン
病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させ
るための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるとはいえないし、本
件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者
において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることが
できる可能性がある。」との部分は、図4試験を含め、これを裏付ける試験の結果
等に基づいてされた実証的な記載であるということはできないから、図4試験を含
む甲A1について、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動の
オフ時間を減少させる可能性を予測させるものであるということはできない。
したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
エ 原告共和らは、本件記載は試験結果と無関係のものではなく、図4試験の結
果の示唆を受けて記載されたものであると主張する。
しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応
答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」
を増加させることができる可能性がある。」との部分がこれを裏付ける試験結果等
に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記2(3)イにおいて説
示したとおりである。
したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
(5) 小括
以上のとおり、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記
載された発明又は甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づい
て容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が進
歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告東和主張の取消事
由2及び原告共和ら主張の取消事由2はいずれも理由がない。
4 原告共和ら主張の取消事由3(審判指揮の違法)について
(1) 事実経過
前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ
る。
ア 原告東和は、令和2年3月31日、審判請求書(甲A33)を提出して、本
件特許に係る特許無効審判の請求をした。
イ 原告共和らは、令和2年8月27日付けで、上記アの審判請求について、参
加の申出をした。
ウ 特許庁は、令和2年11月26日付けで、原告共和らについて、上記イの参
加の申出を許可する旨の決定をした。
エ 原告共和らは、令和3年1月28日付けで、甲B7ないし10(以下「本件
書証」という。)を含む書証を添付し、本件主張等を記載した本件弁駁書(甲B2
0)を提出した。
オ 特許庁審判長は、原告共和らに対し、令和3年3月16日付け審理事項通知
書(甲B27)を発送し、本件弁駁書に記載された本件主張が上記アの審判請求書
に記載された審判請求の理由の要旨を変更する補正に相当するなどとして、本件主
張を審理の対象としない予定であること、本件主張に関する証拠である本件書証を
採用しない予定であること等を通知した。
カ 原告共和らは、令和3年4月5日付けで、口頭審理陳述要領書(甲B21)
を提出したが、同書面には、本件主張の記載がなかった。
キ 令和3年4月27日、第1回口頭審理期日(乙1)が実施された。原告共和
らは、同期日において、本件弁駁書に記載された主張のうち本件主張を撤回すると
ともに、本件書証の申出を撤回するなどした。
(2) 上記の事実経過に照らすと、原告共和らは、本件主張を記載し、本件書証
を添付するなどして本件弁駁書を提出したところ、特許庁審判長から審理事項通知
書の送付を受け、本件主張を審理の対象としない予定であること、本件証拠を採用
しない予定であること等を通知されたため、第1回口頭審理期日において、自らの
判断で本件主張及び本件書証の申出を撤回したとみるのが相当である。
そして、特許無効審判請求の当事者(参加人を含む。以下同じ。)がしようとす
る一定の主張を採用しない予定であること、当事者が申し出ようとしている一定の
証拠を採用しない予定であることなどの今後の審理の方針を通知する特許庁審判長
の行為(当該審理の方針を記載した審理事項通知書の送付)は、あくまで今後の予
定を通知するものであって通知の対象となった事項についての最終的な判断を示す
ものではなく、もとより当事者を法的に拘束するものでもなく、特許庁審判長の当
該行為において示された暫定的な審理方針を受け入れ、これを争い、あるいは、本
件主張の提出について特許法131条の2第2項2号の許可を求めるなど、当該審
理方針にどのように対応するかは、当事者の選択に委ねられるものであるから、本
件において、審理事項通知書を送付して上記の通知をした特許庁審判長の行為は、
それだけでは違法であるとはいえない(なお、本件全証拠によっても、本件におい
て、特許庁審判長が違法又は不当な目的をもって上記の通知をしたなどの事情を認
めることはできない。)。
(3) 小括
以上のとおり、特許庁審判長の審判指揮に違法があった旨をいう原告共和ら主張
の取消事由3は理由がない。
5 結論
以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由がない。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
浅 井 憲
裁判官
中 島 朋 宏
(別紙)
当 事 者 目 録
第 1 事 件 原 告 東 和 薬 品 株 式 会 社
(以下「原告東和」という。)
同訴訟代理人弁護士 牧 野 知 彦
平 井 佑 希
同訴訟代理人弁理士 早 坂 巧
第 2 事 件 原 告 共和薬品工業株式会社
(以下「原告共和」という。)
第 2 事 件 原 告 日 医 工 株 式 会 社
(以下「原告日医工」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 速 見 禎 祥
溝 内 伸 治 郎
同訴訟復代理人弁護士 新 藤 圭 介
同訴訟代理人弁理士 多 田 央 子
神 野 直 美
第1事件被告・第2 協 和 キ リ ン 株 式 会 社
事件被告 (以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 三 村 量 一
小 佐 々 奨
同訴訟代理人弁理士 南 条 雅 裕
原 秀 貢 人
瀬 田 あ や 子
以 上

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